───祭りには表裏があるとソイツは言った。

その言葉がどれほどのものを背負っているかを俺はよく知らず、

知ろうとするならば大切なものを失わなければならないことを教えられた。

今を唱えるよりずっと先。

その先で地の全てが滅ぶ頃、いったい自分はその世界に対してどんな思いを持つのか。

英雄として確立した自分はいつになった死ねるのか。

助け、救い、いつしか万人から英雄と称えられ、

幾億という時の流れの中で真実英雄となり、

『汝、万物のためにあれ』という世界の理に縛られた自分は───

自害ですら死ねなくなってしまった英雄としての自分は、いつになったら死ねるのか。

そしてもしそれが叶うのなら、その今際(いまわ)の際に親友は傍に居るのか。

そんなことを幻視した。

そんな頃が、いつか訪れるそいつの前にも訪れたことがあった筈だった。




───一ヶ月の祭りは続いてゆく。

またいつか、とは言えないけれど、俺は少し先のことを小さく思って涙した。

今を唱えるより先の未来───

自分は、いつか訪れるそいつとは違う笑顔をしていられるだろうか、と───













───幕間(まくあい)陽炎(かげろう)───
【ケース15:Interlude/───】 ───守りたいものを守りたいと、彼は願った。 長く続くその身の命と、きっと多くを救えただろう力。 それを以って、悲しみに暮れる人を救えたなら─── それはどれほど美しいものだっただろうか。 血を吐きながら、身体を裂きながら、それでも己を高めた。 ただひとつ、守りたいものを守るだなんて幻想を胸に。  だって仕方ない。自分にはそれしかなかったし、誇れるものなどなにもなかった。 そう、それは幻想だった。 自分が守りたいものを守るなどというものは幻想。 様々な世界を巡り、様々な美しいものを見るたび、彼の守りたいものは増えた。 掛け替えの無い人は掛け替えの無い数だけ増え、 そしてその数だけ救える可能性を殺いでいった。  ハ、よしてくれ。いくら泣こうが、時は戻らない。 本当に守りたかったものはなんだろう。 彼はそんなことを呟いた。 この最果てで。 全てが無となった、“地界”という世界で。 たとえばそこに悪が居たのなら、彼はその悪を滅ぼせば誰かを救えた筈だった。 けれどそれが真実に繋がることは無い。 人が多ければ多いほど、世界は彼を英雄として求め、 救ってもらえれば崇め、救ってもらえなければ悪魔と恨んだ。  解ってたことだろう。人っていうのはどこまでも汚い。じゃなかったら、自分は─── 彼の身体は既に自分のものではなかった。 人を救い、大地を救い、世界を救ってきた彼は、 その様々な世界からの理想や感謝、思念を押し付けられ、 長い長い時を経て英雄へと変わっていた。 そうなった瞬間から、彼の身は己のものではなくなっていた。 最初にこうであろうと決めた物事からは乖離され、 いつしか救うことしか出来ない英雄になっていた。  ───……自分は、あの頃あんな目に合わずに済んだ筈だ。 守りたいものがあった。 救いたい未来があった。 それは、こんな大衆のためにある力じゃなかった筈だった。 人々の理想を聞き届けて、 秩序からはみ出してしまった“悪”を滅ぼすようなものじゃなかった筈だった。 むしろ救うべくはその“はみ出してしまった存在”だった筈だったのに。  なにが英雄だ。そんなもの、御伽噺(おとぎばなし)の中にこそ相応しい。 幾億を他人のために生きた英雄。 彼は己が生まれ、育った世界の滅びをその目で見た。 けど、救いたかったのはそんなものじゃない。 むしろ滅んでゆく“地界”という世界を(さげす)んだ目で見送った。 どれもこれもが自業自得で、救ってくれない英雄を恨むのもお門違いだった。  冗談じゃない。ただ増えて略奪するだけの人間、その末路がこれか。 地界は滅んだ。 救いたかったものも救えなかったものも巻き込んで、自らを爆発させ、なにもかも残さず。 その原因が、行き過ぎた探索のためだというのだからあまりに救いが無い。 人々は己が住まうために木々を薙ぎ倒し、自然を破壊して生きてきた。 そうして気づいた時には自然は消滅し、人々は酸素の無い世界で次々と息絶えた。 けど、苦しむ人の中に守りたい人が居たから救った。 新たな木々を埋め、人々を救った。 そうしたことで再び感謝されもしたし、助けるのが遅いんだと罵倒もされた。  なんて理不尽。助けて当然と思われるのが英雄か。 だとするならば、その人生は便利な万能器具だった。 助けてと願われれば助け、殺してくれと言われれば殺す。 そうしているうちに彼は、確かに器具と化していった。 人の醜さに絶望したのはいつだったか。 そしてその絶望を否定したのもいつだったか。 身に着けた力は、こんなもののために使うべきものだっただろうか。 ……どこで道を間違えたのだったか。 そんなことを、いつしかいつだって考えるようになった。  ……… 彼の意思は大衆に否定された。 我々こそが救われるべきだと断ずる者たちと、 それを救わなければ悲しすぎると謳った英雄。 救えない時の悲しみを知っているからこそ、彼は苦悩しながらも救った。 ……それが、どれほど自分の心を削るかも解った上で。  ……… それでも、いつまでも頑張れると思っていた。 彼にはともに生きた親友が居たから。 だから何度挫けても立ち上がれたし、どれだけ辛くても前を向いていられた。 彼もまた英雄と呼ばれ、人々にいいように乞われていた。 それでも守りたいと思ったものは守ったし、あまりに理不尽なことからは目を背けた。 親友の彼にはそれが出来た。 けれど、彼には見捨てたままに出来る心の強さが無かった。 だから助け、救い、裏切られ、それでも救った。 そして───  ……馬鹿な話さ。私はな、悠介。守りたいなどと思うべきじゃなかったんだ。 ───その果てで、親友を失った。 本当に馬鹿な話だ。 散々救ってきた人々に裏切られ、彼は親友を失った。 人々のくだらない探求心や生活のために削られていった“地球”。 やがて爆発を起こしたソレを救うべく、力を使い果たして衰弱した親友。 人々は偉大なその力を目の当たりにし、この力があればいつまでもと夢想した。 そして親友は衰弱したまま幽閉され、研究されてゆく。 仕方ない。 衰弱していなければ手に負えないほどの力の持ち主だ、 そうすることでしか英雄を縛り付けて研究することなど出来なかった。 けれどそれが終わりであり始まり。 親友は他の誰でも無い、救った者にこそ殺され、長い人生に幕を下ろした。  解るか。これが英雄の末路だ。いつだって英雄は利用され、死にゆくのが物語の末。 ───そうして。 同じく異変が起きていた空界を救うために空界へと行っていた彼が戻ってきた時には、 その全てが終わっていた。 救われた人々は生き、救った英雄は死んだ。 よくある話だ。 いつだって英雄は前を歩き、誰かを守って死んでゆく。 その中の大半が裏切りであり、守ったものにこそ殺されるのが英雄。 それはいったい、どんな悪夢だろう。 親友の亡骸はゴミ同然のように廃棄されていて、彼が訪れた時には全てが空っぽだった。 ならばせめて、と。 彼は亡骸と融合し、いつまでもともにあることを誓った。 ……消えた魂は戻らない。 そんなことが悲しい行動だということも知っていた。 そうして……今さらになって、彼は自分が忘れていた原初を思い出す。  大衆ではなく、親友こそを守れて居られたのなら、それでよかったのに─── それでも英雄である彼は、乞われれば助けた。 人々は歓喜し、彼は嘆きながらも救う。 そんなことが、それから何十、何百と続いた。 けどそれが千に至った時、世界は崩壊した。 あっけない幕切れだ。 彼と親友の思い出の場所さえ綺麗に消滅させたその怒りは“地界”そのものの怒りだった。 そんな絶望の中で彼だけが生き残り───天地空間という世界から地界の名が消えた。  ……… それから彼は救うことをやめた。 同じく救っていた空界を救うことをやめ、全てを自然に任せた。 人々は英雄である彼を罵倒した。 し続けた。 けれど、彼はもう救うことをしなかった。 ただ。 彼は『疲れた』と呟いた。 増えて壊すだけのその生命の傲慢と怠惰と強欲に。 そうして、その言葉に怒り、救われないと理解し激怒した人々に襲われた。 英雄が、救うべき己に手を上げることなどないと思ったんだろう。 けれど彼は、向かってきた人々は例外なく皆殺しにした。 子供だろうが大人だろうが老人だろうが、男だろうが女だろうが。  当然だ。己の理念を曲げてまで救うのは地界が最後だ。 人々は恐怖した。 恐怖だけで懺悔の言葉もない。 救われて当然だと確信していたからだ。 なんという理不尽。 そんな思いがあるからこそ人々は無茶ばかりを続け、その末に自滅したというのに。 この世界は、滅んだ世界と同じことをしようとしている。  だから見限った。精霊全てとともにその世界を見捨て、新たな世界へ降り立った。 結論から言えば空界も滅んだ。 なにが起きてもきっと助けてもらえると断じ、 無理矢理に続けてきた時空調査の末に、時空を傷つけて巨大な穴を作ってしまった。 そうなればあとは早かった。 巨大なブラックホールと化した時空の歪みは空間世界の全てを破壊し、無に還した。  それから空虚が続いた。故郷と呼べるものは既になく、どこも勝手に自滅した。 “人”が居る世界は例外なく滅んだ。 栄えすぎた結果だ。 だからこそ彼は自然のみの世界を創り、そこで長い時を生きた。 望むべくもない。 ただ平穏だけが続く、その世界の中を。 英雄となった彼には、世界を創ることなど造作もなかったのだろう。 その緑と水、自然に溢れた世界にそれぞれの精霊を解き放ち、精霊の世界を作った。  ……… そうして永い永い時の中を、思考ばかりで過ごした。 人々に絶望したのは彼だけじゃない。 他の精霊もまた、かつての無の精霊のように万物を嫌うようになった。 愛するものは自然ばかり。 それ故にその世界に緑を齎した。 風が吹き、地が育み、水が流れ、火が燃ゆる理想郷。 光と闇を繰り返し、死と元素を繰り返し、 四季の中で寒く氷り、雨と雷を齎す自然の時を無から創造した。 そこに、連れて来た竜族と幻獣、そしてモンスターを解放した。 そこに人という存在は無い。 “建物”を作る存在を悉く拒絶し、自然の中で生きる存在のみがそこに存在した。 名を“郷界”(きょうかい)。 生存競争は確かにあるが、地を穿ち自然を破壊する開拓を一切しない世界だ。 自然とともに生きることを前提としたその世界に、英雄は満足した。  ……他の世界にはもう興味が無い。だが─── それでも思い出すことは親友のこと。 魂が死滅してしまっていては蘇らせることもできなかった。 だからこそせめてと、身体と融合を果たした。 それが自己満足からの行動だと知りながらも。 自己満足だからこそこのままではいけないと思った。 そして思い出す。 かつて、自分の前に現れたひとりの男のことを。 時間軸に囚われない新たな世界で、彼はようやく考えることを中断して立ち上がった。 そして向かう。 かつて、彼が一番楽しいと感じたその時代へ。 ───それが語られるのはまだ先の話。 今は、一時の祭りを語ろうか。 まだ彼らが幸せだった、蒼い夏の季節の話を。 Next Menu back