いつか思ったことがある。 いつか目覚ましが鳴って、全てが夢だったことが解るんじゃないかって。 目が覚めた時、自分はいろんな辛さも悲しみも持たず、 ただ平穏な時間の中を、一緒に居たいやつらとともに生きてるんじゃないかって。 辛いことも悲しいことも忘れたいって思うことって、きっと誰にでもある。 だから、もしそれが叶うのなら。 全てが夢であることに気づけたのなら。 きっと俺達は、いつまでも笑っていられるんだと思う。 もちろん目覚めた先の現実で、辛いことがないわけじゃないけれど─── その世界は、夢の中よりも静かで、穏やかだと思うから。 だから、今は笑っていこう。 俺自身が夢となって、全てをなかったことにする。 この夏の全てを夢に変えて───今はただ、さよならを。












【ケース01:霧波川柾樹/訪れた夏】

カラーーー……ン……
カラーーー……ン……───
鐘の音が聞こえる。
どこか遠くで鳴る鐘の音。
俺はその音を耳に、虚ろげに目を開けた。
……確かもう夏休みに入ったから……うん、起きる必要なし。
寝ようか、このまま……ばさぁっ!

柾樹 「───ん……っ?」

何か吸い込まれるような感覚とともに体が涼しくなる。
あー、誰かが毛布どけたのかなぁ。
暑かったから丁度いいや。

柾樹 「……ぐー」

ゆさゆさゆさ。
……うう?今度は地震か……?
い、いや……誰かが揺さぶっているんだな……。
誰ですか?

柾樹 「…………ぐー」

気にはなったけど眠気が優先だ。
ああ、眠気とメリーさんが満開だよトニー。

声  「…………はぁ」

む?なんだ?さっきの溜め息。
……えーと、なにか忘れてるよな、俺。

声  「───起きなさい、柾樹くん」

で、突然聞こえるピシッとした声。

柾樹 「あ、は、はいっ」

俺は慌てて飛び起きる。
そしてベッドに正座すると、視線の先には───

紗弥香「相変わらずのネボスケくんね。誰に似たのかな」

目の前で、むっとした顔で俺を見る女性が居た。
その名も閏璃紗弥香(うるうりさやか)さん。
俺が叔父さんと呼んでいる、凍弥さんの娘さんだ。
あ、叔父さんといっても、血縁は一切無い。
俺が好きでそう呼んでいるだけだ。

紗弥香「よいしょ、っと」

紗弥香さんは俺をさっさとベッドから追い出し、その布団をベランダに干す。

柾樹 「あ、そんなの俺がやるよ」
紗弥香「いいから着替える。
    夏休みに入ったからって怠慢していると学校始まった時に大変なんだから。
    せめて早寝早起きだけはクセとしてとれるくらいに身につけること。いい?」
柾樹 「……紗弥香さん、朝から説教は勘弁してよ……」
紗弥香「お説教の類じゃなくて経験者からの助言。ほら、歯を磨いて顔洗って」
柾樹 「うー……」

朝は大体がこんな調子である。
紗弥香さんは俺よりふたつ上で、今は鈴訊庵で両親の仕事を手伝いながら花嫁修行中だ。
……と、本人は言うが、とどのつまりは仕事以外にすることがないのである。
そんな人だが、顔立ちもよく家庭的。
視力は少し低いらしく眼鏡をしているが、
マイナスの点は見つからない、俗に言う『いい女』だ。
だがもし、マイナスな点をひとつでも上げろと言うのならひとつだけ。

紗弥香「ご飯はもう炊けてるから。おかずはダイニングのテーブルに並べてあるよ。
    あ、レンジの中に昨日の卵焼きが入ってるから、取り出して食べてね」

…………押し掛け女房のようなケがあるのだ。
俺はどうもこの『怒涛の心配性』がスキルの中に入ってそうな紗弥香さんが苦手だ。
嫌なわけじゃないけどね。
───溜め息を吐きながらも階下へ。
いつからかな、紗弥香さんが俺を起こしに来るようになったのって。
……ちょっと思い出せない。

柾樹 「……っと」

考え事をしながらも、日々促されたものは染みついたようで、気づけば洗面所。
蛇口を捻って顔を洗い、歯を磨いて……うん、ナイスガーイ♪
不敵にニヤリと笑うとダイニングルームへ向かう。
その途中、紗弥香さんに掴まった。

紗弥香「ああほら、顔も拭かないで出てきたらダメだよ。拭きなさい」

立ち止まらされ、タオルで顔を拭かれる。
……とまあ、中々に徹底した世話好きというかなんというか。
拭きなさいとかいいながら自分で拭いてどうするのかな。

柾樹 「よきにはからえ」
紗弥香「変なこと言ってないで、ほら。朝食食べよ?」
柾樹 「はいはい」
紗弥香「『はい』は一回」
柾樹 「……はい」

ダイニングルームへ辿り着くと椅子に座って料理と睨めっこする。
今日も美味しそうだ。

紗弥香「はい、おかわりたくさんあるからどんどん食べてね」
柾樹 「了解了解」
紗弥香「一度言えば伝わります」
柾樹 「……了解」

キッパリと切って落とされながらも差し出されたご飯を受け取って、
早速料理を口に運んで咀嚼する。
……うん、やっぱり美味い。
流石だね。

紗弥香「………」

紗弥香さんは俺の向かい側の椅子に座って、テーブルに頬杖つきながら俺を見ている。
相変わらずのニコニコ笑顔だ。

柾樹 「紗弥香さん、見られると食しづらいんだけど……どうしたのさ」
紗弥香「うん?んー……柾樹くんって料理の食べ方がお父さんそっくりだな、って」
柾樹 「叔父さん?」
紗弥香「うん。ご飯を口に放ったあと漬物を必ず食べるところなんか、特にね」
柾樹 「う……」

よく見てるな……。
ちょっと感心する。
ああ、でも確かに俺は家が近いこともあって、叔父さんとはよく食卓を囲んだ。
あの人も料理が上手だが、特にその中でも『謎の物体』と呼ばれるものは最高だ。
ソレがなんなのかは俺が小さな頃から解明されていない。
訊いても教えてくれないのだ。

柾樹 「紗弥香さんの家族って紗弥香さんも含めて料理上手すぎだよね。
    あれって誰に習ったの?」
紗弥香「他の家庭と一緒よ。お母さんに習ったの」
柾樹 「……納得」

紗弥香さんの母……由未絵さんは恐ろしいほどに料理上手だ。
俺の知る限り、近所であの人に料理を教わらなかった子供は居ない。
……俺と悠季美を除いては。
ああ、悠季美というのは俺の幼馴染で、
親が旅館の主と喫茶店の店主をしているというすごい家の娘だ。
旅館『友の里』といって、俺の部屋の窓から外を見れば、離れた場所にある。
それは鷹志さん……悠季美の父親だが、
彼と叔父さんの友情と真由美さんとの愛情で作られた場所らしい。

柾樹 「しかし凄いよね。友情と愛情であんな大きな旅館作っちゃうんだから」

感心しながらおかずを突つく。
どんな経緯で作られたのかは訊いても教えてくれないんだけど───
あ、この厚焼き卵美味しい。

紗弥香「お父さんと鷹志さんと真由美さんの共同運営だからね。
    ハイテンションになったお父さんに『旅館を作るぞぉお!』って言われた時、
    どうなることかとか、何事だろう、とか思ったけどね。
    おそば屋と喫茶店のある旅館なんて初めて見たよ、わたし」
柾樹 「同じく。でも繁盛してるみたいだし、夢だったらしいからいいんじゃないかな」
紗弥香「……誰もダメだなんて言ってないでしょう?
    まああんな作り方された所為もあってインパクトが───
    あっと、いけないいけない……えと、えへへ」

紗弥香さんはゆっくりと微笑む。
俺はふと気にかかり、

柾樹 「思ったんだけどさ、紗弥香さんは朝食食したの?」

と訊いてみる。

紗弥香「うん、家の方でね。わたしの家は朝が早いから」

それにお母さんの料理はいくつになっても美味しいから、と付け加えて微笑む。

柾樹 「……紗弥香さんってさ」
紗弥香「うん?」
柾樹 「叔父さんとか由未絵さんに甘えてた時代ってあるのかな」
紗弥香「もちろんあるよ」

当然、とばかりにキッパリと答える。

柾樹 「シャッキリしてるからさ。甘えてた時代なんて想像出来ない」
紗弥香「ふーん、わたしってそう見えるんだ」
柾樹 「欠点があまり見つからないっていうのかな。
    とにかく滅多に居る人種じゃないよ、きっと」
紗弥香「人種って言い方はちょっと引っかかるけど。
    でも欠点が『あまり』見つからないということは、何かあるのかな。
    参考までに聞かせてもらっていい?」
柾樹 「押し掛け世話女房なところ」
紗弥香「………」

ぽかん、とする紗弥香さん。
俺の言葉を聞いて呆れたようだ。

紗弥香「ひとりじゃ起き出せないネボスケくんが生意気言うんじゃないの」

そして叱られた。

柾樹 「紗弥香さん……いつまでも子供扱いは勘弁してよ……」
紗弥香「朝きちんと起き出せて朝食も作れて、
    遅刻ギリギリで学校に到着しないようになったら考えておいてあげる」
柾樹 「うぐ……」

ダメだ、話にならない。

柾樹 「そこまで条件つけておいて、考えておいてくれるだけですか……?」
紗弥香「普通ならそれは出来て当然なの。少しずつでいいから。
    そうやって慣れていった頃にはいい大人になってるよ、きっと」

そこまで言うと微笑んでご飯をよそってくれる。
俺がおかわりを催促したからだ。

柾樹 「いい大人の基準がよく解らないけどさ。……あ、そういえば思ったんだけど」
紗弥香「うん、なに?」
柾樹 「紗弥香さん、彼氏作らないの?」
紗弥香「夢も目的も決まってないからね。
    そんないい加減な状態で誰かと付き合っても長続きしないよ」
柾樹 「それ以前に釣り合う男が居ないとか」
紗弥香「……柾樹くん?
    人と人との恋っていうのはね、釣り合いとか不釣合いの世界じゃないの。
    どれだけ相手を好きになって大切に思えるかが一番大事なんだよ?
    外見や性格の問題じゃないの。
    そういうのが『恋は理屈じゃない』って語源だと思うし」
柾樹 「ふーん……じゃあ気になる男は居るの?」
紗弥香「残念ながら、おりません」

笑顔で大袈裟に溜め息を吐き、肩をすくめるフリをする紗弥香さん。

紗弥香「それじゃあ今度はわたしが質問するけど」
柾樹 「ごちそうさまでした」
紗弥香「待ちなさい」

ガシィと肩を掴まれる。

柾樹 「美味しかった、もう行かなきゃ」
紗弥香「今日から夏休みでしょう。どこに行くの」
柾樹 「全国武者修業が俺を待っているんだ」
紗弥香「いいから。簡単なお話だから」
柾樹 「俺は質問されるのが苦手なんだ」
紗弥香「お父さんみたいな理屈をこねないの。
    ……わかった、それじゃあ場所変えよっか」
柾樹 「え?」

俺はその場所がどこなのか瞬時にピンときた。

柾樹 「そんな、面倒くさいですぞ?」
紗弥香「日々これ鍛錬なり。少しずつの軽い用事でも歩くことは大事なの」
柾樹 「ぐわっ、急に尿意が!」
紗弥香「30秒以内に済ませなさい。それ以上は待てません」
柾樹 「ぐわっ、持病の癪が!」
紗弥香「治らないならせめてわたしが楽にしてあげるけど」

どこからともなくスリッパを取り出す紗弥香さん。
どうやって俺を楽にするのかが異様に気になる瞬間だった。

柾樹 「ジョーク、軽いジョークです」
紗弥香「お父さんに似るのは好きずきだけど、変な性格だけ吸収するのだけはやめてね」

うおう、叔父さんヒドイ言われよう。

柾樹 「いや、それって多分もう今更だよ……」

完全に吸収しちゃってる気がします。

柾樹 「我が家の母さんに似るよりは断然いいと思うけど、
    なんてポジティブシンキングは許可されますか?」
紗弥香「不許可」
柾樹 「やっぱり?」

言いながら伸びをする。
そんな間にも、
話しながら食器の片付けをしている紗弥香さんの世話女房っぷりは流石だ。
きゅっと蛇口を絞めて、濡れた手をタオルで拭きながら、紗弥香さんは俺を見る。
そして拭き終えるとタオルを戻し、俺に近寄って『おそまつさまでした』のひとこと。
妙なところで律儀というか……。

紗弥香「それじゃあ、行こうか」
柾樹 「え?ホントに行く気?」
紗弥香「わたしがウソついたこと、ある?」
柾樹 「重要なこと以外では無いね」
紗弥香「これでもウソはついたことがないつもりだけど」
柾樹 「とか言いながら背中を押さないでくだされ。急かされているようで気が滅入る」
紗弥香「安心して、急かしてるよう、じゃなくて急かしてるから」
柾樹 「安心できる要素が見つからないですよ紗弥香博士」
紗弥香「それはキミが少なからず後ろ向きな思考の方が多いからであるのよ助手クン」
柾樹 「……紗弥香さんもなんだかんだ言って、
    叔父さんのデータを正確にダウンロードしてるんじゃない?」
紗弥香「娘ですから」

ムン、と胸を張る紗弥香さん。

紗弥香「それに、わたしの自慢の親ですから」

さらに張る紗弥香さん。

柾樹 「それは解ってるから。そろそろ行こう」
紗弥香「そうだね」
柾樹 「あーあ、眠いダルイ俺の明日は何処ォ〜……」
紗弥香「腐らない腐らない、ホラ、せっかくのデートなんだから」
柾樹 「え、えぇっ!?」
紗弥香「もちろん冗談。目、醒めた?」
柾樹 「……彼女の居ない男を苛めて楽しいか」

目、醒めたけどさ。

紗弥香「眠いだなんて言うからよ。ホラホラ、きびきび歩け〜男の子〜♪」
柾樹 「………」

どことなく母さんの性格も入ってるのかなぁ。
ここらへんの性格なんてどことなく面影を感じたよ。
溜め息を吐きながら、俺と紗弥香さんは外に出た。
そして歩く。
向かう場所は決まっている。


    『……俺のとってきおきの場所へ……』








───夏のお祭り/轟け我らの二度目の青春───
【ケース02:霧波川柾樹(2)/訪れた予兆】 ───途切れた丘。 そこに立ち、見慣れている街の景色を見下ろす。 穏やかな風が吹くその場所は自分のとっておきな場所で、俺はこの場所が大好きだった。 もとよりとっておきなのだから、嫌いなわけがない。 俺はまた伸びをするとその場に寝転がり、体勢として自然に見える蒼空を眺めた。 紗弥香「いい天気だね〜」 紗弥香さんはそんな俺の横に立って、体いっぱいに風を受けていた。 柾樹 「紗弥香さん、見えてるぞ」 紗弥香「え?あっ」 紗弥香さんがハッと気づく。 だが焦る様子もなく、長いスカートをゆっくりと押さえて座った。 柾樹 「あれ……てっきり怒るかと思ったけど」 紗弥香「見たんじゃなくて見えちゃったんでしょ?それはわたしの不注意の所為だから」 柾樹 「だね。人が寝ている横に立って風を受けるなんて、不注意だ」 紗弥香「ごめんね」 どうして謝るのか解らないけど。 ……自分に自身がないのかな。 柾樹 「いや、むしろ得をしたよ。突き立ての餅のような白さだったし」 スパァン! 柾樹 「ぐあっっ!」 紗弥香「わざわざ言わないの……」 柾樹 「冗談だって……」 相変わらずどこから取り出したのかが気になるスリッパだが、 気にしていてもしょうがない。 紗弥香「オトコノコがえっちなのは当然なんだろうけどさ、     それを正当化してアレコレ言うのはどうかと思うよ、わたしは」 柾樹 「だから……冗談だって言ってるじゃないか。     俺だってそういうのは苦手だし、     さっきだって紗弥香さんがごめんなんて言うから自分に自信が無いのかと思って」 紗弥香「だったらもうちょっと言葉を選ぼうね。只今の言葉の評価:1点」 しょぼいな……。 紗弥香「ちなみに100点満点で」 しょぼッ! しょぼすぎですよ紗弥香サン! 自分のハートを削ってまでのフォロー(?)がこんな結果を生むなんて! 紗弥香「でも───」 ぽむ。 紗弥香さんが寝ている俺の額に手を当てて 紗弥香「心配してくれるのは嬉しかったかな。評価:56点」 そう言って微笑んだ。 55点も膨れました。 でもスリッパで叩かれたことは事実です。 しかも中途半端な数字だ。 紗弥香「ところで。話は本題に入るんだけど」 柾樹 「本題?なにそれ」 俺は体を起こして質問の意図を探る。 なにかあったか? 紗弥香「ここに来た目的、忘れてる?」 ……ああ、そういえば紗弥香さんが質問がどうのって言って、ここに来たんだっけ。 うむ。 柾樹 「俺、誰かに呼ばれたんだ」 紗弥香「呼んでない呼んでない」 柾樹 「ホラ、今も紗弥香さんの横に血まみれの中年男性が」 紗弥香「ッ───!きゃあああああああっ!!!!」 柾樹 「うわっ!?」 突然、紗弥香さんが俺に抱き着いてきた。 柾樹 「な、な……なん……!?」 紗弥香「ど、どこっ……!?ど……」 柾樹 「い、いや……紗弥香さん?」 紗弥香「いやああっ!やっぱり言わないでぇえっ!」 柾樹 「………」 ……もしかして、幽霊の類は苦手なのか? 本気で涙目になって、ぎゅ〜っと俺にしがみついてきている。 時折俺を見るその怯えた顔が、なんていうか……とんでもなく可愛かった。 紗弥香「ふぇぇ……っ」 震えながらしゃくりあげているその体は思っていたより小さくて、 思わず抱き締めたくなるっていうか……馬鹿っ!な、なに考えてるんだ俺は! 相手の弱みに突け込んで……恥を知れ! 柾樹 「紗弥香さん、ごめん……冗談」 紗弥香「ふぇ……!?」 俺の気まずそうな顔と声を聞いて、紗弥香さんはヘナヘナと座り込んだ。 そしてぐしぐしと涙する。 紗弥香「ひどいよ……。わたし、本当に怖いのだめなんだよ……?」 ……意外だ。 てっきり怒ってくるかと思った。 だけど逆に、それが罪悪感を呼んだ。 柾樹 「……ごめん」 大人びていた紗弥香さんの意外な弱点。 だけどそれはあまりにダメージが大きくて、からかう材料には向かなかった。 でも……どうしよう、ヤバイくらいに可愛い。 年上を可愛いなんて言うの、失礼だろうけど…… っと、泣かせた責任として泣き止ませないとな。 俺は紗弥香さんの真似をして紗弥香さんの頭を撫でた。 柾樹 「泣いてばっかりだと悲しい大人になるよ」 紗弥香「それは泣かせた人が年上に言う言葉じゃないよ……」 ジト目で言い返された。 前言撤回、可愛くない。 柾樹 「でもごめん、そんなに怖がるとは思わなかった」 紗弥香「……もういいよ。それより訊きたかったことだけど」 柾樹 「こだわるね。なにか重要なこと?」 紗弥香「ううん、訊いて面白いこと」 柾樹 「?」 目に溜まった涙をハンカチで拭く。 そんな紗弥香さんを見ながら、俺は言葉の意味がよく解らずに首を捻った。 紗弥香「柾樹くんわたしに訊いたよね?気になる男は居ないのかって。     今度は逆に、わたしがそれを質問するよ」 柾樹 「俺に服屋の店長になれと?」 紗弥香「あの人はどうでもいいの。それと勘違いしないように。     わたしが訊いてるのは、気になる女性は居ないのかってこと」 柾樹 「居ない」 紗弥香「即答だね」 柾樹 「だってさ、紗弥香さん。俺って女にモテるようなキャラしてないよ?」 紗弥香「……キャラってなに?」 柾樹 「ものの例えです。意味よりも心意気とノリだけ買ってくだされ」 紗弥香「……いいけど。でもそうだね、     どちらかと言うと柾樹くんは女の子より男友達を作って騒ぐタイプかな」 柾樹 「うん、おかげでスゴイ奴が友達に居る」 紗弥香「……豆村くんね」 柾樹 「……やっぱり解りますか」 豆村は巷(学校)じゃあ不死身人間と評判だ。 とにかく元気でとにかくワケが解らない。 豆村 「呼んだかい、この俺を」 柾樹 「おぉわっ!?」 豆村 「ああ待て、落ち着け、俺だ俺、キミの心のブラァ〜ザ〜、豆村みずき」 柾樹 「解ってるよそんなことは!いきなり出てきたから驚いたんだよ!」 豆村 「なんだ、てっきりアレだと思った。変質者が出てきたから驚いたのかと」 柾樹 「変質者には変わりないんだろうけど……」 豆村 「ブラザー、それは中傷と言うんだぞ。俺じゃあなきゃ泣き崩れているところだ」 柾樹 「別に泣いてもいいけど。それよりどうしてここに?」 豆村 「ん?誰かが呼べば現れるのが当然だろ?     あ、ああ安心しろ、別に紗弥香さんに盗聴機なんて付けてない」 紗弥香「………」 豆村 「ホントホント、付けてないって。親父の部屋から盗み出した盗聴機なんて」 柾樹 「紗弥香さん、その服もう着ない方がいいかも」 紗弥香「そうかも……。お気に入りだったのにな……」 豆村 「つけてねぇっつっとんのじゃオラァッ!どぎゃんして信じねぇっとや!?」 柾樹 「お前が誤解招くようなことを言うからだっ!」 豆村 「なにぃ、俺は釣り餌にゴカイは使わない主義ぞ?」 柾樹 「紗弥香さん、行こう」 紗弥香「意義無し」 豆村 「ギャア!?お待ちになりやがれおふたりさん!話があって探してたんだ!     そして路頭を彷徨ってたら遭難しちまいまして!気がついたらこんな辺境に!」 柾樹 「遭難?……それじゃ、もしかして昨日学校の終業式に来なかったのも……」 豆村 「へ?終業?なにそれ」 柾樹 「………」 学校が終わったことを知らないらしい。 豆村 「え?も、もしかして今……夏休み?」 柾樹 「そうだよ」 豆村 「なっ───そりゃあないぜブラァ〜〜〜〜ザァアアッ!!     どうして黙ってたんだ!お前だけは……お前だけは信じてなかったのに!」 柾樹 「信じてなかったなら問題ないじゃないか!」 豆村 「……ああ、そうだな、言われてみれば、確かに、うん、そうだ。     というわけで地獄に落ちろブラザーこの野郎」 柾樹 「どうしてそうなるんだよ……!」 豆村 「うっせうっせ!俺が遭難してる時に紗弥香さんとラヴラヴデートしやがって!     お前なんて友達じゃない!ブラザーだ!」 柾樹 「いつもながらワケがわからないんだけど……」 豆村 「この男気の解らんヤツは人間じゃねぇ」 柾樹 「俺は人間だ!」 豆村 「紗弥香さん、キミなら解ってくれるねヴェイヴィ〜」 紗弥香「男気を求める物事で女であるわたしに、     そうやって同意を求めることがどういうことか解ってて言ってる?」 豆村 「ぬかり無し!」 ボギャア! 豆村 「ギャァアアアース!!」 ドシャア。 紗弥香「行コ、柾樹くん」 柾樹 「わっ、う、うん……」 豆村がハイキックをくらって倒れた。 首の辺りから嫌な音が鳴って、 口からダバダバ血を吐いてるけど……豆村だから大丈夫だろう。 現に今も、白雪のような白だった……とか言って鼻血まで出してるし。 紗弥香「〜〜〜っ!!」 げしげしげしげしっ!! 豆村 「あふぅん!堪忍!いやっ!やめて!ワタシ初めてなの!もっとやさしく〜!」 赤面の紗弥香さんにストンピングをされながらも余裕な豆村。 どこまで不死身なんだか見当もつかない。 やがて無駄だと悟った紗弥香さんが肩で息をしながら俺の方へ歩いてきた。 紗弥香「……友達は選ぶべきだと思うな、わたし……」 気持ちは解るけど、こいつと居ると飽きないんだよね。 豆村 「俺ほどダンディでナイスガイでイナセでナチュラルハイな友達はそう居ないぜ?」 柾樹 「自分で言うなよ」 しかももう回復してる。 豆村 「あー、待った待った紗弥香さん。訊いておきたいことがあるんだよ。     探したって言ったっしょ?逃げる前に聞いてくれ。     それでも逃げるって言うなら……     貴様には今日から腰抜けの称号をくれてやる、光栄に思うがいい」 紗弥香「ふ…不名誉なあだ名なのに見下し的!?」 豆村 「今ならサービスで腑抜けの称号もつけるが」 紗弥香「……聞くから早く言って。疲れるでしょ」 豆村 「ヤケクソは感心できんが、まあいいでしょう。     えーとさ、おふたりの家にこの手紙って来たかい?」 そう言って豆村が見せたものは、茶色の封筒に入った一通の手紙だった。 紗弥香「読んでみてもいい?」 豆村 「だめだ」 柾樹 「それじゃあ話が進まないだろっ!?」 豆村 「ぬう……ブラザーの頼みじゃあ仕方あるめぇ。     ……ほれ、読め。そしてせいぜい朗読するがいい、友のために」 紗弥香「………」 あの、なんで俺を睨むんですか? 豆村 「ん?どうした?ん?んん〜?読まないのかね?ん?ン〜?」 ドギュッ! 豆村 「ウゴォ!」 ドシャア。 豆村が沈んだ。 人中に対する正確な一本拳を放たれ、白目を向いて倒れた。 紗弥香「……先、帰るね」 不機嫌そうに言うと、紗弥香さんはさっさと行ってしまった。 どうやら豆村のことが苦手らしい。 というか嫌いらしい。 豆村 「うむ、彼女の熱い思い、確かに受け取った」 柾樹 「……普通に不死身でいないでくれよ豆村……」 豆村 「いやーははは、相変わらず丁寧っぽさが抜けてない口調だねぇ柾樹。     それよかさ、ほら。この手紙なんだけど……」 豆村が手紙を見せてくる。 そこにはこうあった。 『この手紙を一週間以内に親しい友達に同じ文章で送りつけないと貴様を愛す』 ……と。 柾樹 「なに、コレ……」 豆村 「親父が書いた手紙」 柾樹 「……お前の親って……」 なんかこの息子にしてこの親ありってやつだろうか。 まああの人なら仕方ない。 豆村 「一応親睦会のようなものの招待状らしいんだけど。     親父が晦神社のみなさまに相談して決めちゃったらしくてさ」 柾樹 「決めたって……なにを」 豆村 「へ?なんだ、ホントに知らないのか?     えーとな、その親睦会ってやつの会場が旅館・友の里なんだよ」 柾樹 「───……え?」 豆村 「旅館の貸し切りに加え、この夏休み中騒ぎまくるんじゃあああ!って……」 柾樹 「う、うそぉ……」 豆村 「残念だが、真実だ」 柾樹 「……お前の親父ってあれだろ……?     授業参観の時にメイド服着て来てお前に生き恥さらさせた……」 豆村 「……ああ」 豆村が目頭を押さえる。 言った通り、彼の親父は授業参観の時にメイド服を着て来て、 父兄や教師に加え、生徒まで驚かせた。 そして『俺、今とっても輝いてる!』とか言いつつ回転してた。 それから何故か豆村は『メイドファーザー』というあだ名をつけられ、マジ泣きした。 豆村がメイド服を着たわけではないのに何故彼がそう呼ばれたかは謎である。 豆村 「あの親父の考えることは俺にも予測不能なんだが……これだけは言える。     あの野郎、絶対何か企んでやがるぞ……。この親睦会で何かが起こる……」 豆村は疲れ気味に言う。 こいつがここまで言うならそれは真実だろう。 晦神社には遊びに行ったことがあるが……とにかく、ひとことで言えば『地獄』だった。 愉快なことは確かだが、それ以上によく解らないことが起こりすぎる。 柾樹 「あ、そういえば……深冬ちゃん、お前のこと心配してたよ。     遭難なんてことやらないであげろよ、泣きそうだったぞ?」 豆村 「なっ……!あ、あ……お、俺……なんてことを……!     そ、それで大丈夫なのか!?深冬は!深冬は大丈夫なのか!?     だだ誰かに襲われたりしなかったか!?なぁっ!」 柾樹 「だ、大丈夫だよ、お前が居ない間は俺がなんとか守ったから……」 豆村 「そ、そうか……柾樹ぃ、やっぱりお前は親友だよぉ……!」 豆村が涙ながらに語る。 ああ、深冬ちゃんっていうのは俺が通っている如月高等学校2年の女子。 豆村はその娘と幼馴染で、既に完全にホレている。 彼女のためならなんでもするし、 実際、月詠街の漣高校の何代目かの番長が深冬ちゃんに惚れて告白しに来た時も、 邪魔者排除部隊総勢100人とひとりで乱闘を繰り広げ、圧勝。 深冬ちゃんに手出しする者はヤツに勝てるつもりで挑めという格言があるほどだ。 まあその乱闘騒ぎで停学をくらったんだが、 その隙を狙って告白しようとしていたやつらのことを刹那の情報で逸早くキャッチ。 闇討ちまでしてそれを仕留めた。 完全に彼女の暗黒騎士となっている。 ……確かに実際、深冬ちゃんは相当可愛い。 綺麗とかじゃなくて、可愛いんだ。 控えめな性格も、人見知りするところも、怯えた子猫みたいで守りたくなる。 で、その守護神役に誰よりもはやく名乗りをあげたのが豆村だ。 最初は月詠街に住んでいたんだが、 親父が危ない目で深冬ちゃんを見るから、如月高校に入ることを決意したらしい。 深冬ちゃんは病気がちで学校から『無理に来なくていい』とまでいわれていたため、 豆村はそれを利用して自分のアパートに深冬ちゃんを連れてきたのだそうだ。 もちろん豆村は『何があってもお前は俺が守る』と言って、ともに入学。 その言葉通りに鬼神の如き強さで、深冬ちゃんに手を出す輩を屠ってきた。 で、今回。 豆村が遭難していた時は俺が彼女を守ったということ。 すごい人気にまいったよ、本当に。 豆村 「あー、俺深冬に謝るためにさっさと帰るよ。教えてくれてサンキュな」 柾樹 「豆村、ちょっと待った。この手紙のことだけど……他の人にも届くのか?」 豆村 「確か由未絵さん、春菜さんと友達だったろ?多分同じものが届いてると思う」 柾樹 「そうなのか?」 豆村 「そこからまた広がっていくだろ。相当な数になるぞ、多分。貸切も頷ける」 ……いったいどうなるんだろう。 不安は募るばかりだった。 豆村 「じゃあな、俺は光よりも早く帰るけど……柾樹、お前はどうする?」 柾樹 「帰るよ。手紙のこと訊いてみる」 豆村 「そか。そんじゃなー」 豆村が崖に飛び降りていった。 ……まあ豆村なら大丈夫か。 豆村はあれでも『月の家系』っていうところの血を引いているらしいから。 その家系はデタラメな家系らしく、漫画の中でしか見たことのないことをやってのける。 知人に死神が居るわ吸血鬼が居るわ、遊びに行った時は本当に地獄を見た。 でもそれにも慣れると、豆村は俺を親友だと言った。 だってね、男としては憧れるよ。 俺も光線とか撃ってみたいし。 深冬ちゃんもその家系なんだそうだ。 月の家系の人間とハーフ死神の間に生まれた娘。 それが深冬ちゃんだ。 彼女は弱い体を持って産まれてきてしまった。 それは家系に伝わる力ってものでも治せないらしい。 死神より人間に近い分、人間の体が死神の力について来れていないらしいのだ。 微弱でも人間の体に本来あってはならないものは、確実に人体を蝕むと。 深冬ちゃんの母親は言っていた。 なのに何故産んだのかは……きっと俺には解らないことなんだろう。 柾樹 「くあ……あ〜あ、眠いや……」 俺は大きく伸びをすると、立ちあがってその場をあとにした。 Next Menu back