───覇薄レイモンドカレー/グリーンピース、好きですか?───
【ケース10:霧波川柾樹/愛】 ───……。 柾樹 「………」 刹那 「………」 チャ〜ランチャ〜チャ〜ランチャ〜♪ キキィーーーッ!!ドゴォオオオオオンッ!!! 柾樹 「………」 刹那 「………」 音速を超越せしものを刹那とやっていたが───なんだかこう心にゆとりが現れなかった。 ふと気づいてみれば時間は過ぎ、とっぷりと夜。 ゲームをぶっつづけでやるのは正直疲れる。 柾樹 「えーと、これからどうしようか」 刹那 「退屈だなぁ。同年代の姿になったとはいえ、     親的な人に混ざって騒ぐのは正直度胸が要る」 柾樹 「それはまぁ解るけど。     俺も叔父さんが俺と同じくらいの背格好になるなんて思ってもなかった。     一日経ったけど、まだ頭が混乱してるよ」 刹那 「俺はそっちの大人たちに知り合いらしい知り合いは居ないから問題ないけど。     やっぱ複雑なんだろうな」 柾樹 「物凄くね」 言葉とともにゲームの電源を切った。 これからどうするかな─── 柾樹 「刹那、これからどうする?」 刹那 「泊まってっていいか?今日はちと家に帰りたくないんだ」 柾樹 「ん、べつにいいけど。なにがあったのかは訊かないほうがいいか?」 刹那 「いや、気にすんなって。     ただウチの親父とお袋が会って話をすることになってるんだ。     だから帰りたくない。ふたりともそれくらい察してくれてるだろうから、     俺が帰らなくたってどうとでもなるよ」 柾樹 「そっか、解った。腹減ってるか?減ってるなら作るけど」 刹那 「お前がか?いっつも紗弥香さんが作ってるのかと思ってた」 柾樹 「そうだけどね。たまに練習してるんだ、いつまでも頼りっぱなしだと悪いから」 刹那 「今時珍しい人だよなー。あんな風に世話してくれる人、そうそう居ないぞ?」 柾樹 「そうだな。でもなんで世話してくれるんだろ」 ずっと前から不思議でしょうがなかった。 あの人はどうして───って、暇だからか?それとも根っからのお世話好きだからか? ……どっちも合ってる気がする。 刹那 「じゃ、一緒に作るか。俺も結構料理作ったりするからさ。今日、お袋さんは?」 柾樹 「母さんは由未絵さんのところで話があるって。     身体が戻ると話すべき話題も若返るみたいだ」 刹那 「なるほどねぇ。じゃ、降りるか」 柾樹 「OK」 こうして俺は、刹那とともに部屋を出ると階下へと降りた。 それからキッチンへと向かい───ともに構えた。 さあクッキング!レッツクッキング!! 柾樹&刹那『荒岩流!!クゥッキング!!ぬぉおおおおおおっ!!!!』 冷蔵庫から適当な食材を取り出し、ふたりで構えるのは包丁。 刹那 「料理は楽しく!これ基本!!」 柾樹 「出来るものがなんであれこれでOK!!さあ友よ!」 刹那 「おう友よ!!」 用意したカレー用の食材の前に立つ。 この高揚感がたまらない。 大きさがとことんバラバラだけど、料理は愛情!いや、男の料理は友情!! 楽しければOKだ!! 刹那 「次は貴様だ!人参野郎!人間みてぇなその名前……まったくふざけた野郎だぜ!」 柾樹 「貴様の苦味にゃ反吐が出る!」 俺と刹那は叔父さんが持っていたテープで聞いた 『ベジータ様のお料理地獄』の真似をしつつ、人参をザカザカに切り刻んでゆく。 次にジャガイモ、肉、玉葱を切ってゆく。 グリーンピースは入れない。俺と刹那ともども苦手だからだ。 柾樹 「なぁ刹那、料理ってやってる楽しいけど失敗するとムカツクよな」 刹那 「まったくだ」 柾樹 「……一応、楽しみつつも成功させる方向で行こうか」 刹那 「依存無し」 楽しみつつ慎重に。 とても難しいことだが大丈夫、絶対に出来る。 柾樹 「ところでさ、刹那。カレーって作ったことある?俺は無い」 刹那 「はっはっは、奇遇だな。俺も無い」 柾樹 「………」 刹那 「………」 柾樹 「これは……試練だ。初めてのレシピに打ち勝てという試練と……俺は受け取った」 刹那 「失敗したら心のゴッドをチェーンソーで惨殺しよう」 柾樹 「よし覚悟は決まった。GOだフレンド」 刹那 「OKフレンド」 これで、刹那はなかなかノリがいい。 というよりは俺と刹那と豆村は随分とノリがいい方だ。 ……もちろん、俺達三人の間では、という意味で。 そこまで面識の無い人とはさすがに騒げない。 あ……そういえば豆村のやつどうしたんだろ。 柾樹 「なぁ刹那。豆村のやつどこ行ったんだ?」 刹那 「さぁなぁ……あいつのことだ、     懲りずに深冬ちゃん追ってボコボコにされてるんじゃないか?」 柾樹 「……それもそっか。     えーと……ジャガイモは硬いから結構長い時間茹でた方がいいよな」 刹那 「そだな。でも玉葱って自然消滅しやすいんだよな。なんとかならんだろうか。     カレーの玉葱って結構好きなんだけど」 柾樹 「大き目に切ったやつもあったし、なんとかなるんじゃないかな」 刹那 「そか。……ルーを入れるのは早すぎるよな?」 柾樹 「まだ水も入れてないだろ……」 刹那の家では一体どのようにカレーを作っているのだろうか。 ちょっと疑問に思ってしまった……。 刹那 「あ、そうそう。紗弥香さんってカレーとかって作ってくれるのか?」 柾樹 「紗弥香さんは……どうだろうな。カレーが食卓に上がったことはそう無いよ」 刹那 「お前、カレー苦手だったっけ」 柾樹 「一度さ、グリーンピースが入ったカレーを紗弥香さんが作ってくれたんだよ。     あ、て言っても随分と小さい頃だけど。     その時俺、せっかく作ってくれたのに     『紗弥香お姉ちゃんのカレー食べたくない』って言っちゃってさ」 刹那 (あ〜……それが原因か) 柾樹 「……刹那?」 刹那 「いやいやなんでもない。そかそか、そんな過去があったか」 柾樹 「でも不思議とそれ以来カレーは作ってくれなかったなぁ。     グリーンピースさえ無ければ食べたと思うんだけど」 刹那 「……お前、結構わがままだな」 柾樹 「いや、子供の時の話なんだって。     俺が否定したのはグリーンピースであって、紗弥香さんのカレーじゃないよ」 刹那 「じゃあ今グリーンピース入りのカレー作ってくれたら食うとでも?」 柾樹 「………」 思考展開……───そして断念。 柾樹 「断るね」 刹那 「俺もだ。あんなマズイものは他に無い」 紗弥香さんの怒る顔が目に浮かぶ。 でもしょうがない。嫌いなものを食わされるくらいなら逃げ出す。 俺達(俺、刹那、豆村)はそうやって生きてきたのだ。逞しく生きたかは別として。 刹那 「あとはどうする?カレーだけでいいか?」 柾樹 「ご飯あったっけ」 刹那 「それは俺に言われても知らんが。見ていいか?」 柾樹 「ん、頼むよ」 刹那 「OKフレンド」 言葉ののちにゴパチャアと電子ジャーを開ける刹那。 そして俺を見て親指を立てる。どうやらあるらしい。 柾樹 「あ、刹那、冷凍庫から板チョコ取って一欠けら折っといてくれ」 刹那 「チョコ?なんだってまた」 柾樹 「以前由未絵さんがカレー作ってるの見たんだけど、     カレーにチョコ一欠けら入れるとコクが出るらしいんだ」 刹那 「へえ……一口にカレーって言っても奥が深いんだな」 まったくだという返事をする俺に、既に出していたらしいチョコの欠片を俺に渡す刹那。 俺はジャガイモの硬さを確認してからルーを溶かし、 それが完全に溶けてからチョコを入れた。 あとは弱火でコトコトと。 柾樹 「よし、と。あとはどうしようか」 刹那 「待つだけでいいだろ。それともトンカツでも揚げてカツカレーにするか?」 柾樹 「油って一度使うとそうそう使わないからなぁ……」 刹那 「あ、そりゃ言えてる。じゃあ……」 などと思案に暮れてた時───ガチャッ、トタトタトタ…… 声  「柾樹ちゃ〜ん、居る〜?お姉ちゃんが来たよ〜♪」 玄関ドアの開く音ののち、嬉しそうな紗弥香さんの声が聞こえた。 足音なんかももうノリノリで、かなり嬉しそうだ。 ……やっぱり『姉』呼ばわりした所為でかつての感覚が戻ったのだろうか。 俺、もう死国(ベアハッグ)
で気絶するのは嫌なんだが……。 刹那 「なんか……物凄いご機嫌だな、紗弥香さん。なにかあったのか?」 柾樹 「あったと言えばあったんだけど……」 声  「───んぅっ!?カ、カレーの匂い!?なんで!?」 ドタドタドタドタドタ───ズバァアアーーーーーンッ!!!! 紗弥香「───っ!?柾樹ちゃん!?なに作ってるの!?」 柾樹 「ちょ、紗弥香さん、なにそんなに怒って……」 紗弥香「カレー!?カレーなの!?なんで!?」 柾樹 「や、なんでって───」 説明しようにも紗弥香さんの迫力とズンズンと迫るその姿に考えが纏まらない。 刹那は刹那で我関せずみたいにお手上げポーズとってるし。 紗弥香「どうしてカレーなんか作ってるの!?言いなさい!!言わないとヒドイよ!?」 訳の解らない文句を言いつつ、ズォオとスリッパを出す紗弥香さん。 ああ……相変わらずこれでどうヒドイ目に合わされるのか見当もつかない。 柾樹 「え、い、いや、俺ただ晩飯作ろうと……」 紗弥香「そうじゃないでしょ!どうしてカレーなのって訊いてるの!!」 柾樹 「どうして、って……食いたかったからで───」 紗弥香「なんで!?」 柾樹 「ああもう……っ!ちょっと落ち着いてくれよ紗弥香さん!!なんでそんなに怒っ」 紗弥香「『紗弥香お姉ちゃん』でしょ!!」 柾樹 「………」 ヤバイ。 今確かに確信した。 紗弥香さん、ヤバイスイッチ入っちまった。 紗弥香「ほらっ!いいから言いなさい!どうしてカレーなの!?」 柾樹 「だから!食いたかったからだってば!!」 紗弥香「なんで!!わたしの時っ───わたしが作った時、     カレーなんて食べたくないって言ったのに!!」 柾樹 「やっ……そうじゃなくて!!俺が言ったのはグリ───」 紗弥香「そうじゃない!?じゃあなに!?     柾樹ちゃんはカレーが嫌いなんじゃなくて、わたしのカレーが嫌いだったの!?」 柾樹 「落ち着いてくれってば!     紗弥香さん誤解してる!!まずは誤解から解かせてくれってば!!」 紗弥香「誤解なんかじゃないもん!!あの日わたしが頑張って作ったカレーを、     柾樹ちゃんは『紗弥香お姉ちゃんのカレー食べたくない』って否定したんだよ!?     これのどこが誤解なの!?それと『紗弥香お姉ちゃん』って呼びなさい!!」 柾樹 「違うんだってば!!俺が否定したのはグリーンピースであって……!!」 紗弥香「言い訳なんか聞きたくないよ!!     お母さんのカレーを『おいしいおいしい』って言って食べてるのを見た時から、     いつかきっとわたしが作って食べさせてあげようと思ってたのに……!!」 柾樹 「……なぁ刹那ぁ……どうして俺、     いきなりこんな修羅場っぽい状況に置かれてるのかなぁ……」 刹那 「話し掛けるな……今の俺は風景の一部なんだ……」 巻き込まれたくないならないって言ってくれた方がいっそ楽だった。 えーとどうしよう……なんだかよく解らないうちに大事態に……。 豆村 「過去が……迫ってくる……!!」 柾樹 「そして当然のように刹那の後ろに居ないでくれ豆村……」 豆村 「いやぁ、修行でこっぴどくやられたもんだから休憩しにきたら修羅場?     大変だなぁ柾樹。ところでグリーンピースは入ってないよなコレ」 刹那 「俺と柾樹の合作だ、入るわけがない」 豆村 「ナイスでグッジョブ」 柾樹 「………」 彼らには『まず親友を助けてから騒ごう』という思考は働かないのでしょうか。 ……働かないな、うん。 断言できる。働かない。 こいつらはそういうやつらだ。 だから───重くないからこそ親友になれた。 とまあそこのところはあとにして…… 紗弥香「〜〜〜っ……!!」 今にも泣き出しそうなこの年上のお姉さんをなんとかしなければ。 ……というより、俺がしたことは彼女を泣かせるほどのことだったんだろうかと 現在本気で疑問に思っている所存である。 豆村 「なにが悲しいの?奥歯にもやしでも詰まったの?     はたまた便所でも我慢してるの?そっと話してごらん?無視してあげるから」 コッパァンッ!! 豆村 「はぶぅいっ!!」 キッチンにステキな音が鳴り響いた。 もちろん紗弥香さんのスリッパだが。 ……ところで、どうして叔父さんたちはただスリッパで殴ることを ドナルドマジックと称してるんだろうか。 不思議だ。 刹那 「ま、柾樹!こちらにも被害が及んでるぞ!今のは豆村の自業自得としても!     なんとかしろ!男だろう!!」 柾樹 「そ、そんなこと言われたって知るかぁあーーーっ!!!」 もう訳が解らない。 確かに俺は紗弥香さんのカレーを否定したのかもしれないが、 俺からしてみれば否定したのは『グリーンピースカレー』であって『カレー』じゃない。 そのことを説明したいのに、 紗弥香さんは既に暴走モードなために話を聞いちゃくれない。 刹那 「ま、豆村よ!時間を稼ぐんだ!」 豆村 「なにぃ何故だ」 刹那 「我らが解放されるためにだ!修行とやらの成果を見せてやれ!     なんの修行してたのかはまるで解ってないが!」 豆村 「それはそれで俺悲しい。だが親友のためならば時間稼ぎもいたしましょう!     そう!全ては友情と愛情のために!!見さらせ俺の一本道!!」 ダタッ───豆村が俺に向かって怒っている紗弥香さんへと走る。 ただ走っている───と言えば聞こえはよかったのかもしれない。 けど、俺にはそれがとてつもなく嫌な予感を呼ぶものだった。 なにせ豆村のヤツ、姿勢を低くしながら走ってる。 かすかに伸ばされた腕はいったいなにをするためか? そんなの、視線を追えばすぐに解った。 柾樹 「さ、紗弥香さん!!」 紗弥香「柾樹ちゃん!紗弥香お姉ちゃんって呼んでって何度言ったら───!!」 バサァッ!! 柾樹 「ぐあ……」 紗弥香「ひや……?」 豆村 「クソガキ流究極奥義……スカトトめくり(誤字にアラズ)」 紗弥香さんの長めのスカートが大き( ひ)(るが)(え )た。 もちろん実行したのは豆村で、 伸ばされた手は紗弥香さんのスカートを思い切り持ち上げるためのものだった。 さらに、俺はその……追い詰められて少し屈み気味だったわけで……。 刹那 「……───降り積もった一面の純白……」 紗弥香「!!」 グボンッ!と音が鳴りそうなほどに、一気に顔を赤くする紗弥香さん。 えぇと刹那?この状況でガラだの色だのプリントだのを発言するのは自殺行為だぞ……。 豆村 「OH……ホワイティン」 刹那 「押忍……大変いいものを見させてもらったッス紗弥香さん」 紗弥香「うっ……うくっ……うぅううう……!!!」 ……ヤバイ。紗弥香さん泣きだした。 顔真っ赤にさせて泣き出した。 恥ずかしさと悔しさと疑問が渦巻いて混乱してるんだろう。 柾樹 「……?」 どうしてだろう。 そんな泣き顔を見たら、胸がズキンと痛んだ。 ……いや、どうしてだろうもなにもない。 こんなこと、時間稼ぎのためだからって女の子にすることじゃない。 それにこの状況はとても胸を苦しませる。 男三人でよってたかってひとりの女の子を囲んで泣かせるなんて。 〜〜〜……ああくそっ!! 豆村を一発殴ってやりたいくらいだけど、それはただの責任転嫁だ。 もともと俺が紗弥香さんを怒らせるようなことをしなければこんなことにはならなかった。 豆村   「えーと、ナンデショ。異様に居心地悪いのだが」 刹那   「まるで女性を泣かせるということは       こういうことだと説明されているようだ……」 みさお  「……そこまで解ってるなら問答は埒も無い……」 豆村&刹那『ぞわぁっ!!?』 俺が、まずは紗弥香さんを泣き止ませようとした時だった。 突然豆村と刹那の後ろにみさおさんが現れて、ふたりの頭を掴んだ。 みさお「呆れたものだなぁみずき……。     少しの修行とはいえ、実際に少しは伸びていると思ったのに。     女性のスカートをめくり、あまつさえ泣かせるか。     そんなお前が深冬を守れると本当に思っているのか……?」 豆村 「あっ……やっ……えっとその……!!」 みさお「お前もだ刹那……。友人の間違った行為を止めもしないで、     下着の色を見てその色を嬉しそうに語るなど……」 刹那 「ゲッ……み、みみみ見てたんですか!!?」 みさお「男児として最低だな。頭を冷やせ」 刹那 「いやちょ───待っ……」 バゴロシャァッ!! 豆村&刹那『ギャオォオオーーーーーッ!!!!』 ……ドシャアアン……。 鞘に納めたままの刀で一閃された豆村と刹那が空を飛んで落下した。 もちろんふたりは呆気なく気絶。 次にみさおさんは俺を見て─── 柾樹 「……覚悟、出来てます。     叱りの言葉ならいくらでも受けるし、殴るっていうなら避けません」 みさお「……?」 柾樹 「俺、あの日からずっと逃げてた。     言いたかったのはあんな言葉じゃなかったのに、謝ることが出来なかった。     紗弥香さん……俺、紗弥香さんの料理好きだよ。     でもね、グリーンピースだけは譲れない。     あの時紗弥香さんが作ったカレー、なにカレーだったか覚えてる?」 紗弥香「……グリーンピースカレー」 柾樹 「まあその……そういうことなんだ。     俺、紗弥香さんのカレーを否定したんじゃなくて、     グリーンピースを否定しただけだったんだよ。     カレーは普通に好きだし、     多分……紗弥香さんが作ってくれたカレーならもっと好きになれると思うから。     だからさ、紗弥香さん。また……カレー作ってくれるかな」 紗弥香「……………」 柾樹 「紗弥香さん?」 紗弥香「……………」 じーーーーーっと見られてる。 なにかを期待してるような目だ。 ……もしかしてアレだろうか。アレなんだろうか。 いや、まずはなによりも謝らないと。 柾樹 「紗弥香さん、ごめん。     あのことで紗弥香さんがそんなに辛い思いをしてたなんて知らなかった。     紗弥香さんが泣いちゃったのって、そのことの所為でもあるんだよな……」 紗弥香「………」 じーーー…… 柾樹 「え、えぇっと……ほら、そんな、涙流したままで見ないで……」 紗弥香さんの涙を指で拭う。 そっと触れた頬は柔らかく、そして思っていたよりも小さなものだった。 その時になったますます後悔した。 ああ……俺はこんな人を泣かせてしまったんだ、と。 柾樹 (……罪滅ぼしになんかならないだろうけど) もしそれで満足してくれるのなら、言おう。 俺は『うん』と頷いて覚悟を決めた。 そして、女の子座りをしながらスカートを押さえたまま ぐしぐしと泣いている紗弥香さんの頭を胸に抱いて─── 紗弥香「え……?」 そして言った。 あの言葉を。 柾樹 「……ごめん。紗弥香……お姉ちゃん」 紗弥香「───!!」 がばしっ!! 柾樹 「はごっ!?」 そして次の瞬間には背中に手が回されていた。 ああ……来る……来るな……こりゃ……。 紗弥香「ま───柾樹ちゃぁあああああああんっ!!!!」 ゴギュムムムゥウウウウウッ!!!! 柾樹 「はぎゃあああああああーーーーーーーっ!!!!」 身体に回された腕に想像を絶する力が込められた。 って冷静に考えてる場合じゃなくて!!し、死ぬ!死んでしまう!! 内臓飛び出てしまう!気絶どころじゃ済みません!! みさお「説明しよう。我々月の家系を快く思い、     存在を受け入れている人々には父さまから身体強化の力が授けられている。     もちろんそれは『人』に向けてなにかをぶつけようと思った時のみ。     料理をしている時などの普段は力は強化されないため、生活に支障など皆無だ。     その代わりにこうして人への感情やなにかをぶつける時は力を解放する。     ああ、ちなみに言えば女性にだけだ。男衆は元より下賎者ばかり。     己の身は己で守れということだろう。いくら父さまとてそう甘くない」 ああ、だから母さんも夜道で襲われても相手を軽くノしてたんだぁ……って!! 柾樹 「こんな時にそんな言葉聞きたかったと思ってるんですか!?」 みさお「思わないな。せいぜい頑張れ。     涙も悲しみも全部受け止められた時に初めて、お前は許される」 柾樹 「言われるまでもっ……」 コキン。 柾樹 「ほぐぅ!!?」 背骨が奇妙な音を奏でた。 だが大丈夫……まだ大丈夫……! まだ頑張れる……!! 自分が許されたいからじゃない……! せめて、紗弥香さんの涙が止まるまでは……!! みさお「……やれやれ。男というのはどうして……」 みさおさんが呆れた顔で俺を見る。 でも。 その顔は情けないものを見る目と喩えるにはあまりに楽しそうな笑顔だった。 ───……。 ……。 ……10分後。 紗弥香「……すぅ……すぅ……」 柾樹 「………………」 寝ますか?普通。 しかも人に抱きついたままで。 柾樹 「えっ……と……みさおさん?」 みさお「お前に否定された頃から気を張り詰めさせていたんだろう。     寝かせてやれ。よっぽど疲れていなければ、そんな状態で眠りはしない」 柾樹 「そりゃそうだと思うけど……」 これでは俺が動けない。 腕を外して動こうとすると、何故だかきつく抱きついてくるんだよな……。 困ったもんだ。 柾樹 「俺、これからどうしたら……?」 みさお「腹が減っていないならそのまま部屋に行って寝てしまえばいい。     少なくともここに眠っている馬鹿ふたりとは違って、     お前が無防備な女性に手を出すほど腐っていないことくらい知っている」 ひどい言われようだ、豆村と刹那……。 まあそれはそれとしても、部屋へ行って眠ればいいって…… 柾樹 「………」 試しに力を込めて紗弥香さんを抱き上げてみた。 するとあっさりと持ち上がる紗弥香さんの身体。 柾樹 「うわ軽ッ!!」 軽い……なんて軽さ……重力あるのかこの人。 いや、確かに人並の重みはあるんだが、平均からしてみれば軽い……軽いだろこれは。 みさお「軽さに驚いてる暇があったらさっさと動かないか。それとも立ったまま眠る気か」 柾樹 「あ、うん……」 拍子抜けというわけではないけど、ともかく驚いた。 でもここはみさおさんの言う通りだ。 立ったまま眠るわけじゃないんだから、部屋に行くか。 ───……。 ……。 そんなわけで自分の部屋に戻って、布団の中へ潜った。 抱きつかれた状態のために風呂に入ることも着替えることもままならなかったけれど、 仕方ないと諦めればなんとかなった。 柾樹 「………」 見ていた天井から視線を横に逸らせば紗弥香さん。 邪魔になるだろうと外した眼鏡は目覚まし時計の隣。 考えてみれば紗弥香さんの素顔…… というか眼鏡をかけていない状態を見るのなんて何年ぶりだろうか。 柾樹 「……無邪気なもんだなぁ」 吐いた言葉は紗弥香さんにも自分にも言える言葉だった。 隣に綺麗な女性が寝ているというのに、特別な感情なんて全然浮かばない。 漫画や小説とかならここで焦ったりするんだろうけど、 俺はそんなことにはならないらしい。 ……俺、男としておかしいのかな。 まあ、べつにそんなことどうでもいいんだけど。 柾樹 「おやすみ、紗弥香さん」 電気の消えた薄暗い部屋。 豆電球の明かりを頼りに、紗弥香さんの額にかかった髪をやさしくどかしてやった。 紗弥香さんはくすぐったそうに微笑むと、また穏やかな寝息とともに俺に抱きついてくる。 俺はもう一度『おやすみ』と声をかけると、小さく笑ってから目を閉じた。 明日も平和な一日でありますようにと願いつつ。 Next Menu back