───冒険の書63/殊戸瀬さんと中井出博光くんと───
【ケース220:橘鷹志/光年は距離である(ガーゴイル考察)】 ───ザム…… 鷹志 「はぁ……道のり長ぇえ〜〜」 凍弥 「提督たちは氷河に向かったってホギッちゃんが言ってったっけ?遠いなぁ」 柿崎 「そういやなんでお前、中井出を提督って言うんだ?」 凍弥 「え?面白いから」 柿崎 「……お前ってさ、むしろ原中に居た方がよかったんじゃないか?」 由未絵「だ、だめだよそんなの!凍弥くんは昂風街で生まれて空界で死ぬんだもん!」 凍弥 「いきなり死ぬ予定まで決めないで欲しいんだが」 由未絵「あ、あぅ……」 来流美「うんうん、もっと言ってやるべきよ由未絵。     このダァホはそれくらいハッキリ言われなきゃ解らないんだから」 凍弥 「お前にそれは言われたくない」 来流美「あらそう?なんだったらわたしに解らないくらいの遠回しなことくらい、     今ここで言ってみたら?」 凍弥 「ブス《コッパァン!!》はぶぅい!!」 来流美「解りやすすぎでしょうが!!」 鷹志 「はは……」 こいつらはやっぱり深いこと考えてないんだろうなぁ。 まあ、だからこそ付き合いやすいってのは確かにあるけど。 ……溜め息ひとつ、俺はまだまだ長い道のりである氷河への道を思う。 あれからものの見事に巨人たちにコロがされた俺達は、 戻ってきた穂岸に中井出たちの居る場所を教えてもらうと早速出発した。 穂岸は別ルートで旅をすると言って分かれたが、 やかましいヤツラが減るなら望むところだと笑っていた。 やかましいやつと言えば……原中の猛者どもは今なにをしてるんだろうか。
【Side───提督さん】 ゴィインッ!! 殊戸瀬「ぴきゅっ!?」 中井出「フオッ!?ドアを開けた途端に何故かタライが降ってきた!?」 藍田 「殊戸瀬!?殊戸瀬ぇえーーーーーっ!!!」 殊戸瀬「……平気」 藍田 「そ、そうか?足元フラついてるように見えるんだが」 殊戸瀬「……平気《ワッシャァアンッ!!》ふくぅっ!?」 夏子 「ああっ!今度は比較的薄く作られたタライが!!」 麻衣香「ていうかなんでタライが!?」 藍田 「き、気をつけろ!何処かに無差別タライ流のお嬢さんが居るのかもしれん!!」 丘野 「それはさすがにないでござろう……」 もしかしてここってトラップ地帯なのか……? そういやさっきからヤケに殊戸瀬が麻痺くらったり毒くらったりと…… 中井出「つーか何事か殊戸瀬!     貴様ともあろうものがこうも簡単にトラップにかかるなど!」 殊戸瀬「……なんでもない」 麻衣香「さっき“運”を低下させる薬品を調合してたんだけど、     ほら、さっきいきなり悪魔が出てきていきなり攻撃してきたでしょ?     その拍子に自分にかかっちゃったらしくて」 殊戸瀬「ま、麻衣香っ……!」 中井出「うわー」 藍田 「殊戸瀬らしからぬミス……これは珍しい」 丘野 「運が低下すると、先ほどのようにトラップにかかりやすくなると?」 中井出「あぁ、そういやここに来た時からステータス内にラックが追加されてたよな」 それが低下するとこんな自体が起こるのか……恐ろしや。 中井出「しかし、ここでこうしていても埒も無し!進もう!」 麻衣香「博ちゃん、顔が笑ってる」 中井出「わ、笑ってないよ!?僕これを機にちょっとだけ、     トラップさんでこらしめてあげましょうなんて思ってないよ!?」 藍田 「うおうさすが提督……」 丘野 「提督殿……何度も言ってるでござるが、睦月は照れ屋なだけでござるよ。     普段の睦月は人を罵倒できるほどの気の強さも持ってないし、     人からの罵倒にもイジメにも慣れてないでござるよ」 中井出「うーむ、俺も何度も聞いてはいるんだが……」 藍田 「殊戸瀬が照れ屋で恥ずかしがり屋って……どうしてもイメージ出来ないんだよな」 丘野 「それは当然でござるよ!なにせ睦月はそんな素顔を     拙者にしか見せようとしないでござ《ドス》オギャーーーリ!!     な、なにをするでござる睦月!!」 殊戸瀬「よ、余計なこと言わないでっ……!!」 丘野 「余計なことって……二人きりの時はこんな感じに意地悪すると、     潤んだ目で上目遣いで見上げながら、     服の端をチョイと摘んで“意地悪しないで”ってオーラを     無言で放って《ギュキュウ!!》ヘブボ!!」 殊戸瀬「そんなことしてないそんなことしてないそんなことしてない!!」 麻衣香「うわー、顔真っ赤……ぬうこれは……」 夏子 「し、知っているのか雷電」 麻衣香「う、うむ……間違い無い。あれは“手霊夜亞魔廼邪苦(てれやあまのじゃく)
”……」  ◆手霊夜亞魔廼邪苦───てれやあまのじゃく  照れ屋が巻き起こす、心とは正反対の行動。即ち天邪鬼。  心はそうしたいと願っていても、極度の照れくささや恥ずかしさが心を塗り潰すことで、  それとはまったく正反対の行動を取ってしまう恐ろしい潜在能力。  この能力に開花してしまっている人は周りから誤解されやすく、  その能力を周りに理解してもらえない限りは孤立しがちとなってしまう。  さらにそこに“意地っ張り”が混ざっていると、もう手がつけられなくなる。  ちなみに相撲の掛け声である“どすこい”は、  相撲発祥に携わる人物“ドスコイカーン”の名前から(略)  *神冥書房刊:『キバヤシ著/他人の愛し方』より 麻衣香「というわけで、睦月は超純度の恥ずかしがり屋で意地っ張りで照れ屋なわけだね」 中井出「………」 藍田 「提督提督、ナギ助の成長後のことを今考えても仕方ないって」 中井出「なんで解った!?」 藍田 「ククク、この俺の眼力にかかれば提督の考えてることなどお見通しだ。     たとえ火の中水の中、主人が呼ぶなら何処へでも。それがこの俺藍田亮。     天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ。主人を守れと俺を呼ぶ。それがこの俺藍田亮。     この世に正義のある限り、悪の栄えた試し無し。それがこの俺藍田亮」 中井出「で、その薬品の効果ってどれくらいで切れるんだ?殊戸瀬」 殊戸瀬「………」 丘野 「《ギゥウウウウ……!!》ギ、ギヴ……ギヴでゴザル……!!」 さっきから顔を真っ赤にした殊戸瀬に首を絞められていた丘野くんの顔が、 そろそろ虹色に彩られてきた。 当の殊戸瀬は俺を見ながらパクパクと口を動かすが、そこから言葉は出ない。 中井出「とりあえず丘野くんを離すのだ!死ぬ!マジで死ぬって!!」 殊戸瀬「……、え───あっ!!」 パッと離される丘野くん。 するとドヒュッと空気を一気に吸い込み、泣き虫サクラのようにその場を転げ回った。 どうやら相当に体内酸素が危険な状況にあったらしい。 一方の殊戸瀬は自分のしたことを相当に悔いるように、 よろよろと後退って───壁にトンと背を預けた。 中井出「───!」 その際、カチリと音がしたのを俺は聞き逃さなかった。 他の猛者たちは暴れる丘野くんが出す騒音に気を取られていて気づいてない。 中井出「ッチィ!!」 やがて発動するトラップ。 殊戸瀬の足元に魔法陣が現れ、何かが動き始めていた……! だが甘し! こんなもん、魔法効果が発現する前に殊戸瀬を引っ張ってやれば─── と、殊戸瀬の手を引っ掴んだ途端に魔法は発動。 俺は見事に巻き込まれ───気づけば高い高い場所から落下していた。 【Side───End】
凍弥 「……かし?鷹志?」 鷹志 「え……っと?な、なんだ?」 ハタと気づけば目の前で凍弥が反復横飛びをしていた。 相変わらずの奇行だが、思考に耽ってそれに気づかない俺も相当だ。 凍弥 「まるでゲームの主人公みたいに話し掛けてもなにも反応しないとは。     何処のモテ男くんだ貴様は」 鷹志 「モテ男くんとか言うな。俺ゃ真由美が居てくれりゃあそれでいいんだ」 柿崎 「うわクサッ!」 鷹志 「クサくて結構!!言葉とは使うためにあるものであり、     他人からの暴言に屈して止めるものにあらず!!     クサいからなんだこの野郎!!俺は真由美が大好きだ!」 真由美「た、鷹志っ……さすがに大勢の中で言われるとっ……」 鷹志 「俺は恥ずかしくない!!大声でだって叫べるさ!!     俺は真由美が大好きだぁーーーーーっ!!!」 だぁーーー……だぁー……だぁー─── 俺の魂の叫びが草原に響く。 すると───ドドドドドドドド……!! 清水 「オ?なんだ?」 田辺 「地震?い、いや、これは……!」 岡田 「し、知っているのか雷電」 田辺 「んーん?知らないや」 柿崎 「───!み、見ろ!!」 凍弥 「はっ!こ、これは!……柿崎、お前耳の後ろ側あたりのホクロに毛が生えてるぞ」 柿崎 「なんの話してんだよお前は!!」 柿崎が見ていた方向を見やる。 と───土煙とともに、なんと魔物の集団が!! 清水 「橘の攻撃!橘は雄叫びを上げた!!」 田辺 「なんと魔物の群れが現れた!!」 岡田 「何処のリカント様だてめぇ!!」 鷹志 「これ俺の所為か!?」 凍弥 「きっとお前の愛がモンスターに届いたんだ!」 清水 「クズが!」 鷹志 「愛とか言うな!!つーかクズって何気にヒドイぞお前!!」 清水 「え?ヒドイか?」 田辺 「?……普通だろ?」 鷹志 「どういう感性してんだよお前ら!!」 清水 「我ら原中ではクズなんて言葉、日常会話のひとつだぞ?」 田辺 「そうだぞ?」 岡田 「そんなこっちゃ胃が壊死するぞ?」 鷹志 「………」 俺の感性が間違ってるように言われても困るんだが……。 とりあえず敵の殲滅は適当にこなし、俺達は息を吐いてから再び前へと進んだ。 鷹志 「はぁ……穂岸が居なくなっただけで会話バランスが余計にズレたな……」 凍弥 「周りに振り回されっぱなしのヤツが居ると、     なんだかんだでそいつ中心に話が進むからな。     まあ、気にするなって鷹志。俺達はただ旅を面白可笑しく堪能するだけだろ?」 鷹志 「……なあ、思ったんだけどさ。     いっそのことドリアードのことは今のところは諦めて、     他の精霊の加護を貰ったほうがいいんじゃないか?」 真由美「わたしもそう思うかな……」 清水 「よろしい!ならばセルシウスだ!」 来流美「意地でも氷河に行きたいのね……」 岡田 「いや、どっちかっつーと雪合戦がしたい」 田辺 「連絡がつかない提督たちのことも気になるしな」 そういえば……今ではもう一切連絡が取れなくなってるんだよな。 どういうことなんだろうかこれは。 我が親戚さまは何処でなにをしてやがりますか。 そんなことを思いながら、特に敵と遭遇することもなく進んでいった。 【ケース221:中井出博光/ヒューマイヘイン】 ───、…… 声  「……!…………!!」 中井出「……?いっ───!!つ、ぅ……!!」 ふと、誰かに呼ばれた気がして目が覚めた。 つーか……な、なんだぁ……?頭がすげぇ痛ぇ……。 殊戸瀬「あ───……、……」 中井出「殊戸瀬?いっ……!いぢぢぢぢ……!!」 目を開けて、体を起こしてみれば───すぐ近くに殊戸瀬の姿があった。 けど……何処だここは。 見たところ、個室みたいだけど─── 中井出「殊戸瀬?ここ……」 殊戸瀬「……動かない方がいい。頭、強く打ってたから」 中井出「そういうわけにもいかんだろ。よっしゃダイジョブダイジョブ。     で、殊戸瀬?俺たちって一体どうなったんだ?」 殊戸瀬「………」 中井出「殊戸瀬?」 殊戸瀬「知らない。自分で考えて」 中井出「む……」 そりゃそうだが。 俺だって気絶してたんだ、もしかしたら殊戸瀬だって気絶してた可能性もある。 中井出「じゃ、移動を開始するか」 殊戸瀬「………」 中井出「殊戸瀬?」 立ち上がって移動を開始しようとした。 だがしかし殊戸瀬は立ち上がらず、無表情のままにそっぽ向いていた。 うーむ……もしやこの博光とは一緒に行動したくないと? ……ハッ!もしや今までの陰湿な行動は全て俺を陥れるために!? ……んなわけないか。 我ら原中は戦闘民族だが、民族内でのマジモンの抗争はご法度としている。 真に猛者内の誰かを憎む際、その者には除名が下されるのだ。 下されたらそれっきり、ツラを見せることさえ許さんという徹底っぷりだ。 まあもちろん、そんな鉄則が無くても誰も裏切ったりはしないんだが。 中井出「どした?やっぱアレか?丘野二等が居なけりゃ心細いか?」 殊戸瀬「………」 反応無し。うーむ…… 返事くらいしてくれてもいいじゃないかコノヤロー。 あれ?でも待て? 中井出「もしかしてお前……足挫いてる?」 殊戸瀬「っ……!」 中井出「しかも腰まで抜けてる?」 殊戸瀬「〜〜っ……」 どれも図星のようだった。 中井出「はぁ……あのなぁ。狭い場所に男と二人で、     しかもご丁寧に足を挫くなんて何処の世界のヒロインだコノヤロー」 殊戸瀬「……ほっといて」 中井出「どれ、この博光が負ぶってしんぜよう。我が広い背中に乗るがいい」 殊戸瀬「……ほっといて」 中井出「猛者内で遠慮なんかすんな気持ち悪い。     我らは無遠慮集団だ。きちんと原中大原則第一項にも書いてある。     原中大原則ひとつ。原中たる者、仲間内で遠慮をしてはならない」 殊戸瀬「〜〜……いいからほっといて!!」 中井出「ダメね!断るね!!」 殊戸瀬「どうして!?あぁそう!     今までヒドイことしてきたからその仕返しがしたいの!?そうなんでしょう!     ご苦労なことよね!そうやって動けないわたしを」 中井出「食べちゃうぞ小僧〜〜〜っ!!ボバァーーーーーッ!!」 殊戸瀬「………」 中井出「………」 ……悲しい風が吹いてるな……。 中井出「殊戸瀬さ、ちったぁ落ち着いたらどうだ?     別に俺ゃ取って食おうなんてしてねぇし」 殊戸瀬「………」 中井出「ま、とにかく丘野たちとはすぐ合流してやっから。ホレ、背中乗れ」 殊戸瀬「そうやって油断したところを……」 中井出「押し倒さないよ!!なんでキミいつもそんなことばっか言うの!!     ってそうだよ!こんな機会またとねぇ!!     殊戸瀬!キミが何故僕にばかりこんな態度を取るのか言うのだ!!     僕は逃げも隠れもしないぞ!大友組は永遠なのだ!!」 殊戸瀬「………っ……うっく……ひぅう……っ!!」 中井出「ってギャアなんで泣いてんのぉおーーーーーーっ!!?     えっ……ぃゃっ……お、俺なんかヒドイこと言った!?     むしろ俺が毎回言われてる気がするんですけど!?あ、あれぇ!?」 殊戸瀬「違っ……ちが……違う……ちがう……!違う……っ……違うの……っ!!」 中井出「…………?」 訳が解らなかった。 ───……。 ……。 で……結局。 殊戸瀬「ど、どこ触ってるの変態!!」 中井出「あーはいはいすみませんですよっと……はぁ」 あれから泣きっぱなしの殊戸瀬をそのままにしておけるわけもなく、 俺は殊戸瀬に再び背を向けておんぶを促した。 すると今度は案外すんなりと背に乗ってくれた……のだが。 立ち上がり、持ち上げてやったら変態呼ばわりである。 だがこの博光、それくらいでは挫けぬ。 俺にはもう家族と呼べるようなヤツが麻衣香と紀裡くらいしかいない。 だから俺は、原中の猛者たちを家族だと思ってる。 当然、何故か俺にばかり辛辣な言葉を投げかける殊戸瀬でもだ。 殊戸瀬「………」 中井出「んー……ふむふむ、なるほど。     女神転生系でよくありのワープトラップだったのか。     しかもここは隠し部屋……。やっぱこうなると気になるのは宝箱だよな?」 殊戸瀬「………」 中井出「……喋ってよ……」 独りで喋り続ける某ペリーの気持ちが少しだけ解った瞬間だった。 こりゃ寂しい。 中井出「な、なぁ殊戸瀬よ。俺、お前になにかしたっけ?     俺には嫌われるような覚えが一切ないんだが……     もしかしてエロマニア時代になにかやったか?」 殊戸瀬「酔っ払った勢いで裸踊りをした」 中井出「してないよ!!」 そんなことしたら俺、その当日に既に英雄と化してるよ!! 中井出「あぁもう解ったよ……詮索するなって言いたいんだろ?     だったらもう何も訊かんわ。だがなぁ殊戸瀬よ。     お前が本気で俺のこと嫌いなら、脱退も考えてもらわなきゃならんぞ?     ご存知の通り、原中では本気の憎み合いがご法度だ。     俺はべつに殊戸瀬のことは嫌いじゃない。     でもお前が一方的に俺のことを嫌いなんだとしたら、     出て行くべきはお前ってことになる」 殊戸瀬「………」 中井出「人を追い詰める趣味は無いよ。     もし俺が何か酷いことしちまってたんなら、俺はちゃんとそれを謝りたいんだ。     だから聞きたい。……俺、お前になにかしたか?」 殊戸瀬が嫌いだとか、そんなことは本当に無いのだ。 むしろ原中の中でまがりなりにもリーダーもどきとして生きてきた俺だ。 多分誰よりもからかわれたり馬鹿にされたりネタにされたり……うっうっ…… と、ともかく。 いろいろあったから今さら心から辛くなるなんてこたぁない。 だからそれを気にしてるとかだったらやめてほしい。 我らは原中。 元々、遠慮無用の戦闘集団だ。 だが何か理由があるなら聞いておきたいよね? ……などと思っているときだった。 俺の首筋になにやら水滴のようなものが 中井出「って何故泣く!?」 殊戸瀬「泣いてない!」 中井出「ヒィ!?な、なんだよー!     怒鳴んなくったっていいじゃないかー!て、提督だぞー!馬鹿にすんなー!」 背中で何故か泣きながら僕を罵倒する彼女に向かい、 僕はユキジ節かベキ子節か既に解らない叫びを上げていた。 中井出「で?何故泣くのかね?先生怒らないからそっと囁いてごらん?」 殊戸瀬「うるさい!!」 中井出「ギャアうるせぇーーーーっ!!耳元で叫ぶなバカモーーーーン!!」 殊戸瀬「泣いてない!!泣いてない泣いてない泣いてない!!泣いてなんかない!!」 中井出「じゃあ僕の項に落ちてくるこの雫と、キミの声が掠れてるのは何事?」 殊戸瀬「うるさいうるさいうるさい!!」 中井出「貴様の方がうるさいわ!何処のフレイムヘイズだてめぇ!!     耳元で叫ぶな!人の話を聞け!!メロンパンを食え!!」 などと叫びつつ首を限界まで捻って見た背中のフレイムヘイズは、 それはもう喩えようのないくらいに顔を真っ赤にして泣いていた。 うおぉ……殊戸瀬の泣き顔って初めて見たかも。 しかもこんな真っ赤で……何事? 殊戸瀬「見るなばかっ!!見るな見るな見るな!!」 中井出「だぁもう解ったから耳元で叫ぶな馬鹿!!」 悪いがなぁ丘野!? この子泣きおなごの何処に可愛げがあると!? 正直このナギーが大きくなったような我が儘っぷりに僕のハートは憤慨爆破ですよ!? 殊戸瀬「っ……く……うくぅ……もうやだ……眞人……眞人ぉ……」 中井出「………」 ……勘弁してくれ。 本泣きし始めちまいましたよ。 もうやだって、こっちの台詞なんだがなぁ……。 だがこの博光は見抜いたぜ?殊戸瀬が今叫んだことの全ては恐らく全部デタラメだ。 うん……なんとなく解ってきた。 中井出「……悪かったな。どうせ俺ゃ丘野じゃないよ。     けどな、だからって罵倒されたまま泣かれたんじゃそれこそ気分悪いだろ」 殊戸瀬「黙っ───……〜〜〜〜……!!違うっ……ちがっ……!!」 中井出「………」 また“違う”だ。 だが言葉の意味は既に予想がつく。 丘野はウソなどついていなかった。 そして俺は、ただそれを信じていればよかったのだ。 OKだ同志、我らは原中。 遠慮無用の戦闘集団にして、同時に裏切りご法度の友情集団でもある。 中々素直にならん殊戸瀬に、正直疲れてたが……もうOKだ。 しかし丘野め……素直じゃない女が好みのタイプっつったって、 素直じゃないにも限度ってもんがあるだろ? 殊戸瀬「ごめんなさいっ……ごめん、ごめんなさい……!!」 中井出「はぁ……」 ほらみろやっぱりビンゴ。 そして丘野よ、お前の好みはかなり性質が悪すぎる。 殊戸瀬「こんなこと言いたいんじゃなくて……っ……     でもなんて言っていいか解らなくて……!ごめんなさい……ごめんなさい……!」 だがこの博光、しめっぽいのは何より嫌い。 神様、この懺悔空間破壊していい?……え?ダメ?最後まで聞いてやるのが男の務め? ……まあいいけどさ。 殊戸瀬「本当はずっと謝りたくて……でも言おうとすると他の人の視線が気になって……」 中井出「それって照れ屋の領域超越してるにも程があるだろ……」 キミはなにか? 視線が気になると人をエロマニアに仕立て上げたくなるのか? 勘弁してくだいさいマジで。 中井出「ま、別に気にしてないからいいぞ。     丘野からは殊戸瀬が素直な性格じゃないってのは聞いてたし、     照れ屋だとか恥ずかしがり屋だってことも聞いてた。     ……まあ、実際目にすると正直これが現実なのか疑いたくなるが」 思いつつ舌を少し噛んでみる。 ……うん、痛いな。 中井出「でも一ついいか?丘野と二人きりの時はずっと今みたいな状態なのか?」 …………背中で、頷く気配。 うおうマジか。 なるほど、丘野が好きになるわけだ。 ヤツは“普段は素っ気無いが、二人きりの時には甘えてくる女”が理想だと語ってくれた。 それを言えば、殊戸瀬はまさに丘野の理想の人そのものなのかもしれん。 中井出「よしゃ、まあ我らの戒律を破ったわけじゃないなら俺から文句なんて無いや。     じゃあ先に進むか。そろそろ藍田たちと合流───」 殊戸瀬「話、聞いて」 中井出「話?そりゃ構わんが……なんの話だ?」 殊戸瀬「……楽しいってことの意味さえ知らなかった、馬鹿な子供の話」 中井出「つまんなそうだから辞退していいですか?」 その日、僕は背後から容赦なく首を絞められて、聞くことを強要されました。 ほんの冗談だったんだが、 どうやら悲しみに支配されていた彼女には通用しなかったようです。 Next Menu back