───冒険の書81/穂岸遥一郎の憂鬱───
【ケース265:穂岸遥一郎/穂岸遥一郎の憂鬱0】 ───……。 雪音 「そこでね?わたしは思ったんだよー。     ギルティギアのザッパの声で、     剣を出した時の“刃物だぁ!”って声が時々“あのロマン!”って聞こえるって」 遥一郎「そうかそうか。まあまずワカメを食え」 雪音 「うう……わたしワカメ苦手なんだよぅ……」 本日晴天、今日も元気に旅を続ける俺達は、 かつてうろついていた場所を大きく離れた西側にある、 シヌラウマというヘンテコな名前の漁業都市に訪れていた。 地図を見て解るとおり西側は海でいっぱいであり、 孤島や離れた洞窟などへもここから船を出すことでいけるのだという。 まだ見ぬ場所に心惹かれた、我らが炸裂馬鹿の観咲雪音(独身)が、 己のレベルも弁えずにこんな遠くに来ようと言ったのにはそんな理由があるわけで。 それでも敵から逃げずに勝ってしまう謎の暴力女性集団や、 今自分や蒼木が立たされている現状に対し─── 若干どころか叫びたくなるほどの文句が脳内に目白押し状態である。 さて、そんな俺達が何故船旅にも出ずに適当な店でワカメを食っているのかといえば。 話は少し前に遡るのだが─── ───……。 ……。 雪音 「鈍器ーーっ!!」 ドゴシャッ!ベゴシャボゴシャッ!! スター『ギャーーーッ!!』 雪音 「へぁぅっ!!はぁうっ!!けぇいっ!!ぐぁあぅっ!!」 さて……見果てぬ場所を目指して先頭をきって歩くは、 我らがパーティーの中の極上炸裂馬鹿の観咲雪音(独身)である。 ジョブについての新たなメールが届いてから、 とうとう鈍器一本に絞った彼女は己の狂気に導かれるままに悪鬼羅漢と化した。 この場合、漢ではないというツッコミは却下させてもらいたい。 ともかく適度に重く、 斬るというより破壊するという行為が可能なエモノを持つと性格が変わるらしい彼女が、 その手に持つ鈍器でヒトデ型モンスターをメッタメタにブチノメす姿は凄まじく。 つい“あれは観咲じゃねぇ、岬くんだ”と、 あまりにもわけのわからないことを脳内が展開、暴走を始めた次第だ。 その横ではメイドさんなノアが、 既に兵器と化している調理器具を手に魚型モンスターを料理中。 その強さはパーティーのナンバー2であり、 観咲がナンバー3、サクラがナンバー4であり、 驚くことにレイチェルの姐さんがナンバー1。 で、俺と蒼木の男衆が回復役でナンバー5の同位というなんとも情けない構成である。 体を動かすことに基本的に慣れていない頭でっかちな俺は、 元々魔法使い系が似合っているだろうと決めた道。 蒼木は自分の力で人が癒せるならと、すぐにメイガスの道を歩んでいた。 遥一郎「今日もいい天気だな」 澄音 「そうだね」 本日晴天。 見上げる空には雲ひとつない蒼空。 俺達はそんな空を見上げながら、 すっかり戦いに慣れてしまったお嬢さんがたを思い、心半分途方に暮れていた。 ちなみに現在のジョブ構成は─── 俺と蒼木がワイズマン、観咲が剣士(鈍器)、 他三名がメイドさんという、実に奇妙珍妙なパーティーである。 そんな状況を見ていると最近、天界人は人に尽くすのが好きなのだろうかとよく考える。 そんなんだから、町を歩いていると奇異の目で見られるのにも、もう慣れてしまった。 ああ、ちなみに武器は俺が錫杖、蒼木が杖、ノアが調理器具で観咲が鈍器。 サクラが極道モンよろしくの匕首で、レイチェルの姐さんが大剣だった。 うん、全然メイドさんと一緒に居るという感じはしない。 むしろ弦月がこの場に居たら激昂は約束されるだろう。 そんな恐ろしい戦闘集団なメイドさんばかりのパーティーだが…… これまた案外順調にレベルはあがり、ちゃっかりと80台に達していたりする。 もっとも俺達が80台なだけであり、 トドメ担当の女性軍は90に達していたりするんだが。 言うまでもないんだろうが、何故しばらくの間、 お国のために働いていた俺達がこうもレベルが上がったのかといえば─── 異常なまでに好戦的なメイドさんがたやどこぞの鈍器ーコングに原因がある。 見つけた敵はなんであろうと襲い掛かってボコる彼女らを、 俺達男衆はただ黙って傍観することしか出来なかった。 雪音 「敵〜、敵〜、ウォーウォウォー♪」 遥一郎「お前はいちいち歌わなきゃ歩けないのか?」 雪音 「ホギッちゃん解ってないなぁ。冒険者と海賊は歌わなきゃウソなんだよ?」 なにがだ。 遥一郎「敵を倒したんなら普通に進もう。     ひとつの町に向かうのにどれだけ時間かかってるんだよ……」 雪音 「でもそのお蔭でホラ、わたしたちも96レベルになったよ?」 澄音 「目指すジョブを決めてからは特にレベルアップが速かったね」 雪音 「鈍器パワーのお蔭だよー!」 わはー!と両手を上げて(はしゃ)
ぐ観咲。 いっつも思うんだが、 何故こいつは嬉しいことがあったときとか心の内を叫ぶ時は両手を上げるんだろうか。 今日まで案外腐れ縁が続いたわけだが、今さら気になってきた。 まあ、無意識なんだろうから敢えて訊こうとは思わないが。 その手に持つ謎の汁が付着した鈍器を喜びとともに振り回すのは勘弁していただきたい。 さて……そんな観咲と蒼木との会話をそこそこに、 俺達は当初の目的地であるシヌラウマに、 通常かかるであろう時間の三倍をかけて到着していた。 モンスターが塵とならない制度がこの世界にあったのなら、 きっと俺達が歩いてきた道は、死屍累々という言葉が一番喩えとして妥当だったのだろう。 そして言えることは、男衆は一切手を出していないという、 アマゾネス的な状況下に俺と蒼木は立っているということである。 別に女性が男性より強いことに文句があるわけでも、 イチャモンつけたいというわけでも断じてない。 ただこれだけは言える。 俺達のパーティーの中にあって、 “男は女を守るものだ”などという昔の格言はとっくの昔に どこぞの誰かが口からガムを道端に吐き捨てるかのごとく、 無くなってしまっていたのである。 常識に囚われないのはとても大事なことだろう。 しかし人間っていうのはなかなかどうして、先入観に振り回されやすい生き物である。 男としてこの世に生を受け十と数年。 他の時間軸の精霊時代やらなにやらを合わせれば、 どこぞのおっさんにも負けない人生経験を持つ俺と蒼木だが、 やはり男として産まれたからには、 戦いの全てを女性に任せっぱなしというのは夢見が悪いというか、 どうにも手持ち無沙汰というか、居心地が悪いというか。 もちろん箸より重いものを持てば腕が折れそうではあるお姫さま的な俺達が、 今さら戦前に立って錫杖や杖をどれだけ振り回そうが、 敵にボコボコにされて汚名を被るだけなのは目に見なくても明らかである。 世の中気合と根性だけではどうにもならんことで溢れている。 でもちょっとはそうであってほしい、みたいな希望的思想を うだうだと小学校低学年の読書感想文のように思考の中で展開するも、 所詮は錫杖握って時折回復魔法を放つだけの坊さんみたいな俺達では、 これ以外に特に目立った行動などとれる筈もないのだ。 稼いだ金の大半は食費として観咲の胃袋に消え、 いつか精神が肥えるのではなかろうかと心配している観咲の顔を横目に見つつも、 俺は大食が主である観咲の弱点をあれやそれやと想定してみているわけである。 ……もっとも、観咲の精神が肥えるか否かの点について論点を戻すのであれば、 既に肥えているからこそ神経が図太いのだろうと俺は結論付ける。 雪音 「ホギッちゃーん!ゴハン食べよゴハンー!!」 遥一郎「ダメです!さっき食べたばっかりでしょう!!」 サクラ「与一、口調がオカンになってるです」 俺がオカンになることでこいつが言うこと聞いてくれるんだったら、 まあそれでもいいかなと最近は思い始めている自分が怖い。 もはや末期症状である。 財布の紐がいくら硬かろうが、 解かれてしまえば金は落ちるという単純かつ当然の理論に基づいて、 俺は結局金を出すしかないのである。 考え無しに注文しては自分の持ち金を超越した食事を ぱくぱくと平然と食すこの炸裂馬鹿は、 きっと俺やみんなにとっての貧乏神と相違無いのだろう。 結局俺達は食い逃げの共犯にされないためにも出すしかなく、 いくら食べても太らないって幸せなことだよね、 などと能天気に笑いかける激烈馬鹿の顔面にグーを叩き込みたくなる衝動を抑えつつ、 俺達は旅を続けているのである。 そんなこんなで漁業都市シヌラウマの食事処に早速引きずられていった俺達なのだが─── ───……。 ……。 雪音 「迂闊だったよ……漁業都市だから、ワカメがあるのは当然なのに……」 遥一郎「なぁ、しばらくここに滞在しないか?」 澄音 「物凄く嬉しそうだね、穂岸くん」 ようやく訪れた安寧の時に、俺は感動すら覚えていた。 観咲はワカメが嫌いだったのだ。 いや、昔は好きだったらしいのだが? 古くなっていたワカメを食して腹痛だのなんだのに追い込まれて以来、 とんと喉を通らなくなったのだという。 そしてこの漁業都市は新鮮で美味なワカメが特産らしく、 どの料理を頼んでもワカメが混ざっているとくる。 神よ、貴方は俺を見捨てていなかった。 さらば、観咲の悪魔的食欲。フォーエヴァ〜♪ 雪音 「……いいや、ホギッちゃんこれ食べて」 遥一郎「へ?ど、どうしてだ?遠慮せずにお前が───」 雪音 「わたしなら大丈夫!食材屋さん行って果物とか買って食べるよー!」 神よ、貴様はやはり俺を見捨てていたようだ。 ガタッと椅子から立ち上がって手を振りつつも、 食材屋へと向けて全力疾走で駆けていったであろう観咲を見送るに至り─── どうせなら食材屋もワカメだけを置くような喜作な都市であることを、俺は切に願った。 と……こんな出だしの、 とあるなんでもなさそうな夏の日に───事件は起こったのである。 【ケース266:穂岸遥一郎(再)/穂岸遥一郎の憂鬱1】 それは、仕方なしに俺がワカメ料理をもしゅもしゅと食していた時に起きた。 なにかから逃げるように外の景色をシュゴォオと駆けてゆく観咲と、 それを追うように走る頭に捻り鉢巻を巻いたおっさんを確認。 俺はなんだかとても嫌な予感がして、さっさと会計をすませて逃げ出した。 ノア 「マスター?いったい……」 遥一郎「ノア。今からサクラとこの町を適当に探検してきてくれないか?」 サクラ「澄音と同じようにです?」 遥一郎「そう、蒼木と同じようにだ」 蒼木は既にレイチェルの姐さんと一緒に別行動中である。 蒼木が、というよりはレイチェルの姐さんが連れ出したんだが。 彼女は行動力があって大変結構だ。 そういうところが蒼木には合ってるのかもしれない。 認識の中で観咲雪音(独身)と思考したものだが、 俺も独身ではあるので、観咲のことはそうどうのこうのと言えたもんじゃない。 でもなぁ、結婚する以前にサクラとノアに囲まれた状態じゃあ、 恋人のひとつも出来たもんじゃないだろう。 もちろん俺だって人並みに恋愛だの結婚だのに興味はある。 だがノアとサクラと……何故か観咲の存在もあって、女性と付き合った試しはゼロ。 以前───といっても学生の時分、 観咲の家に遊びに行った時からなにかが狂い始めていた。 地図の通りに道を歩いて辿り着いた家はデッケェ家。 目の錯覚か、はたまた場所を間違えたのかと何度も思ったが、 そんな思考は最初っから家の前で俺を待っていた蒼木と観咲の姿によって打ち消された。 だが、“これが蒼木を簡単に引き取れた理由か”などと妙に納得したのもこの瞬間である。 しかもそこの観咲(親父)と観咲(母)が妙に俺のことを気に入ってしまい、 俺も妙に話が合うことから意気投合。 いつの間にか話は俺と観咲の結婚話にまで発展し、 それをやんわりと断るのにどれほど時間を費やしたことか。 それからも観咲(親父)と観咲(母)は執拗に俺を家に招いては、 妙な……そう、見合いの席のような場を用意する始末。 いくら鈍感な俺でもその状況の意味することには解るってもので、 いつしか俺は、周りに親公認の仲だと勝手な誤認をされていた。 いや、親公認という意味でならそれは確かに誤認ではないのだが、 俺達は断じて付き合ってなどいなかった。 いなかったのだが……観咲(両親)が、 とうとう俺の両親に会いに俺の故郷にまで行ってしまったのだ。 その行動力は、ああ確かに観咲の親だなと妙に納得したものだが─── 両親よ、そこで息子をよろしくという返事を贈るとはどういうことだ。 しっかり書状まで用意して、 “私達は二人の結婚を認めます”なんて文章に判まで押しやがった。 今思い出してもこの時間軸の高校生活は地獄だったと言えるだろう。 もちろんそれは大学でもだったんだが。 遥一郎「じゃあな、俺はちょっと身を隠す」 ノア 「……かしこまりました。それがマスターの意思ならば」 サクラ「ノア、海を見にいくですー」 ノア 「それでは」 歩いてゆくノアとサクラを見送り、俺は移動しながら再び思い出の中に思考を投じた。 ───大学の自分。 俺は唯一の武器である勉学知識を振りかざして……などと言えず、 蒼木とレイチェルの姐さんと同じ大学へと進学。 蒼木は知識がなかっただけで物覚えはよく、 知識をぐんぐんと取り入れては見事に大学に合格。 レイチェルの姐さんも頭は良かったらしく、蒼木と二人三脚で大学に合格。 さて……こう来ると問題になってくるのはもちろんあの馬鹿なわけで。 結局観咲(両親)の陰謀によって俺達と同じ大学に強引入学。 ここまでくるとあまりにも闇入学っぽく、口を出すのも烏滸(おこ)がましかった。 しかしその入学が明らかなな闇入学ではなく、 観咲(両親)がその大学の理事をやっているのだと知るのは相当あとになってからである。 ああいや、名誉理事、ってやつで、寄付だのなんだのを多々としている人物らしいのだ。 それだけならばまあ、普通のキャンパスライフを送ることができたのだろうが…… そこには確かな陰謀があった。 その大学では、大学ぐるみで俺と観咲をくっつけようとする陰謀が渦巻いたのだ。 こうまで親父殿の魂胆が見え透いているとまともに相手をするのも辛くなり、 俺は人生というものについてを幾度も幾度も考えることになったのだ。 そう、大学生活はほぼ地獄だったといえる。 あの時ほど金と権力が怖いと思ったことなどなかったのだ。 遥一郎「あんなことされれば、逆にくっつきたくなくなるってもんだよな……」 べつに観咲のことは嫌いではない。 だが好きかと訊かれればそれは否だ。 友達としてしか見ていないのが現状。 そして、これからもそれは変わらないと思う。 そもそもなんでも色恋に結びつけるのは好きじゃない。 そりゃ、興味はあるんだけどな。 それを墓場にするつもりはさらさら無いのだ。 それがきっと、人として生きていた瞬間と精霊として生きた考えの違いだろう。 俺はたくさんの幸せの波動を糧に精霊になった。 それ故に、自分の幸せなんて後回しになっていた。 もちろんそれは、今この時も。 “考え方”の根本が変わったのだ、当然といえば当然だ。 遥一郎「さてと……」 過去を懐かしむのもそろそろ終わりだ。 俺は思考しながら動かしていた足を止め、 入り組んでいる漁業都市のとある場所に潜伏した。 何故こんなことをするのかといえば───俺の経験上、 あいつが逃げ出すような事態は俺の手に負えるようなものではないからである。 今まで何度、あいつの尻拭い……実際に考えると卑猥ではあるが、 事後処理をさせられたことか。 観咲(両親)に遭遇したのちの高校生活後半や大学時代などはまさに地獄だったと言える。 いや断言する。 何故ならあいつが起こした事件事故その他もろもろ、 なんでもかんでも責任の一端が、あたかもツバメが巣に戻るかの如く俺に飛んでくるのだ。 帰巣本能を持つ災厄など、性質の悪い悪夢でしかないだろう。 そのことについて講義をするも、“キミの許婚だろう!”の返事のみ。 俺はほとほと、人生についてを考えさせられる回数の多い学生時代を歩んだのだ。 さて……そういった過去の経験を生かした上で俺は考える。 存在自体が烏滸がましいにも程がある観咲雪音(独身)があれほど全力で逃げていたのだ。 それは恐らく、かつてないほどに俺の嫌な予感を引き出すきっかけとなるのは当然だろう? 嫌な予感が引き出される対象が俺だけなのはとても納得いかん事実なのだが。 だから逃げなければいけないのだ。 俺はもう金輪際、観咲の暴走に巻き込まれるのは御免だ。 俺は賑やかだけど静かな時はとことん静かな暮らしをするのが夢なのだ。 高校生活前日、一人暮らしが叶った時にそれが約束されると思っていたのに。 俺は……あいつと出会っちまったぁ〜……。 漁夫 「お?どしたいニイチャン、俺っちの船の前で」 遥一郎「いえ実は一度でいいから船旅を味わってみたいと思いまして。     失礼かと存じ上げますが、     是非ともこの船でこの港から離れてもらえはしないでしょうか」 漁夫 「おお?そーかい、初めての船旅に俺っちの船を選ぶなんて、     おめぇさんいい目持ってんじゃねぇかい。よし気に入った!     すぐ出してやるから、ほら、乗った乗った」 俺は心の底からこの魔窟(観咲が潜伏しているであろう漁業都市)から俺を遠ざけてくれる ニヒルなおっさんに感謝をしつつ、彼の船……“おのれ越後屋”へと乗り込んだ。 どういう名前なんだ、とツッコムのはきっとマナーに反するのだろう。 別にファンタジーに日本語と江戸の悪行代表店の名前があってもいいだろう。 差別はいかんよな、差別は。 思考はいつでも柔軟にがいつしか俺のモットーになっていたのだから、柔軟に柔軟に。 とまあそんなこんなで船の上に乗って、適当な場所に寄りかかり───…… 船が出て、シヌラウマにさようならとハンケチーフを振って、 振り向いた辺りだっただろうか。 振り向いた瞬間、視界の隅に見てはいけない物体を見てしまったというか。 遥一郎「………」 ギ、ギギ……と振り向いた。 どうかそれが見間違いであってくれと。 だが現実ってのはさめざめするほど厳しいものであり─── 雪音 「………」 どこぞの馬鹿が、機材の間に隠れていやがりました。 俺はたっぷり数秒、思考が停止するのを感じ───やがて思考が機能を再開したとき、 他の機材を持ってきて観咲が見えるスペースを埋めたのだった。 さらば観咲、フォーエバー。 漁夫 「あん?どしたいニイチャン」 遥一郎「いぃえぇ、いい釣竿だなぁと」 漁夫 「お、解るかい。実はそれは俺の兄貴が作ったモンでな。     性格は悪いが腕だけは一級だ。まあ、漁夫なんてのはみんなそんなもんだが」 ああ、ほんといい竿だ。 災厄魔人を見事に閉じ込めてくれた。 俺は安堵の息を吐きつつその場から離れ─── 様々なブツを喰い散らかした痕跡と遭遇した。 遥一郎「………」 ?? 「………」 機材の山に振り返ると、隙間から見える瞳と目があった。 まるでホラーである。 俺はなるべく漁夫に気づかれないように喰い散らかされたブツを海に放り投げようと─── 漁夫 「おおそうだ言い忘れてた」 遥一郎「ウヒョオ!?な、なにか!?」 漁夫 「この漁業都市シヌラウマは海が命の町だ。     だから、海にゴミを捨てようものなら厳罰だから気をつけろよ?」 遥一郎「………ハ、ハイ……ワカリマシタ」 いっそこのまま観咲を海に沈めてやりたい気分だった。 ───……。 ……。 船旅がようやく終わりを迎える頃───機材の奥はガタガタと揺れ動きまくっていて、 ヤツが船酔いをした様子が窺い知れた。 だが無視したね。 いい加減自業自得の極みを悟ってもらわなければ俺の身が保たない。 大体、既にここは高校でも大学でもないのだ。 冷静に考えれば、ヤツのとばっちりが俺に飛んでくることなど───ゴプシャア!! 漁夫 「あん?なんだぁこの臭い……オワッ!!?     お、俺っちの大事な機材から謎の汁が!?ってなんだこりゃ!     喰い散らかしがこんなに……!!お、おいおいニイチャン!?」 遥一郎「いや、俺じゃない。船に乗る時、な〜んも持ってなかったろ」 漁夫 「お……お、おお、そういやそうだな……じゃあこりゃなんだ?」 俺は一刻も早くここから逃げたい気持ちでいっぱいだった。 しかし駆け足で逃げ出したりすれば、その時点で俺が犯人にされるだろう。 怪しいヤツを怪しまない人間など居ないのだから。 ともかく、と機材をどかし始めた時点で逃げられないことなど、 きっと俺の経験は理解していたのだろう。 雪音 「うぶっ……うう……うぅうう〜〜……」 漁夫 「うおわっ!?て、ててててめぇこんなところでなにしてやがる!!     俺っちの船に密航するたぁどういう了見でぃ!!しかも!     しかも俺っちの大事な機材に搾りたての新鮮な汁を《がばしっ!》うおっ!?     な、なにしやがる!泣きついてきたって許さねぇぞ!?     それに俺っちには帰りを待つ妻も子供も居るんだ!ガキの色香なんぞに───」 雪音 「ヴ……《ギュポリ》」 漁夫 「ヒッ!?お、おめぇまさか!?や、やめろ!離せ!はなっ───     イヤァアアアアアアアアアアッ!!!!!!」 ごぶしゃっ!!べしゃっ!!キラキラ…… ……ああ、もうなにも言うまい。 結局俺は、こいつと一緒に居るとこういうことに巻き込まれる宿命にあるのかもしれない。 宿命?運命?決まりごと?そんなもの信じたくない。 が、起こってしまうことは起こってしまうのだ。 泣きたくなるような事実だが、これが現実なのだろう。 俺は胸の前で十字を切って観念した。 ───……。 ……。 漁夫 「弁償しろ弁償!!大事な機材を汚しやがって!!」 雪音 「お金なんて無いよー!!《どーーん!!》」 漁夫 「胸張って言うことじゃねぇえええーーーーーっ!!!!」 雪音 「でも大丈夫!ホギッちゃんならドドンと持ってるよー!!」 漁夫 「なに!?マジかテメー!!」 神様……親切な人が修羅と化すのに必要なトッピングエッセンスを教えてくれ。 所詮は金なんだろうか。 ああ、空が眩しいなちくしょー。 遥一郎「俺、そんな人知りません」 雪音 「ホギッちゃん!?」 漁夫 「知り合いの嬢ちゃんを知らないと言い放つたぁふてぇ野郎だ!!     男の風上にも風下にも台風の目にも置けねぇ!!」 その知り合いの嬢ちゃんから金をせびろうとしてるふてぇ野郎に、 何故俺が男の云々を問われなければならないのだろうか。 とまあ、そんなことをいくら思考の中で唱えようとも。 結局は悪いのは一方的にこっちなわけで、金は払わねばならないんだろう。 起こした罪は償わなければならない。 ……もっとも、起こした本人にその力がないのなら、周りが助ける他ないのだが。 だってしょうがないだろう?まがりなりにも仲間として一緒に旅をしているんだから。 まったく、このお人良しがいつか改善されることを俺は願っているよ、俺の未来。 【ケース267:穂岸遥一郎(再ゲディヒ・ゲーテ)/穂岸遥一郎の憂鬱2】 そんなこんなで───金を払い終えた俺は、 結局随分と軽くなってしまった財布に嘆きつつ歩を進めていた。 ああ……あの時ノアとサクラと一緒に行動していたらどうなっていたんだろうなぁ。 世界の確率論にケチをつけてもどうしようもないのだが、 それでも“災厄遭遇回避セービングスロー”が上手く働かなかった事態に涙を流したい。 でも泣かない。だって僕男の子だもん。 いや、差別はいかんよな、差別は。 雪音 「えへへぇ〜、なんだかんだでホギッちゃんって助けてくれるよね〜。     やっぱりホギッちゃんって頼りに《ボゴッス!》あっきょう!?」 遥一郎「お前は……。     自分で処理出来ない事態は巻き起こすなってあれほど言っといただろっ!     出来の悪い妹を持ったお兄さんな気分だぞ俺はっ……!!」 雪音 「うう……だって、追われてて仕方が無かったんだよぅ……」 頭を押さえて目を潤ませる馬鹿者に、 どこぞのタイヤキ泥棒が重なって見えた俺は重傷だろうか。 俺もこいつとの家族ぐるみの付き合いで、案外毒されたりしたからな。 ……付け加えるが、好んでではなくこいつに無理矢理に毒されただけである。 しみじみ思うんだが、こいつはいったい俺に何を望んでいるのだろうか。 スケープゴート?財布?話相手?……どれも該当しそうだからたまらない。 この場合で言うたまらないのというのは喜びの言葉じゃないぞ? しかしなんだろうな。 俺の心が、経験が、まだ油断するなと警告─── おっさん「居たァーーーッ!!!」 ほ〜らやっぱり来た。 視線の先にある曲がり角から ゾガァッシャアアと滑るように走ってきたハゲがかかったおっさんが、 俺達を……主に隣の馬鹿を睨んでいた。 そうだったな、この馬鹿が船で輝く汁を吐き出すくらいにまで追い詰められる発端てのは、 確かに存在していたのだ。 我ここに至り。ゆえに、経緯や発端もあり、だ。 さてどうするかな。 どうせこいつが喰い散らかしたのは、彼が勤めているであろう食材屋の食材なのだ。 そして俺にはもうトント金が無い。 いや、あるにはあるのだが、これは俺にとっては大事な─── ───……。 ……。 さて……とことん自分のお人よし加減に呆れが迸る中。 俺は1$のみが残った財布を空に放り投げては受け取り、呆然と道を歩いていた。 その隣には申し訳無さそうにするどころか、 なにが嬉しいのか満面の笑みで闊歩する観咲雪音(独身)の姿があった。 カッコの中の独身の後に“炸裂馬鹿”をエンチャントしてもいいだろうか。 いや、それくらいは許されるべきだろう。 これ以上こいつに我が道を左右されるわけには─── 雪音 「ホギッちゃんホギッちゃん!」 遥一郎「なー……なぁんだよぅ……」 雪音 「わたしお腹空いた!!《ボグシャア!!》オキャーーーウ!!!」 遥一郎はレベルが上がった!!女を殴れるようになった!! 遥一郎「貴様な……いい加減にせんとおいさん優しいだけじゃ済まなくなるぞ……!!」 雪音 「の、のー!ぶれいくぶれいく!女の子殴っちゃだめー!!」 遥一郎「うーるーせぇええーーーっ!!!!頭頂殴っただけでもありがたく思え!!     どうしてお前はそう毎度毎度問題を起こすんだっ!!     学生時代にあれだけ注意しただろうが!!」 雪音 「だ、だってだってそうしないとホギッちゃんてばかまってくれないんだもん!」 遥一郎「お前は気になる女の子をイジメることで気を引かせようとする男子小学生か!!     大体かまうもなにも!いっつもいっつもお前の両親やウチの両親の陰謀で、     一緒に居なかった時間の方が少なかったくらいだろうが!!     お蔭でどれほどノアに殺されかけたか貴様に解るか!?     おお恐ろしい……!何度あの料理の前に意識を失いかけたことか……!!」 雪音 「それって普通に料理作ってただけなんじゃないかな」 遥一郎「言うな。気づきたくなかっただけだ」 ノアの料理はそれ自体が毒殺に用いることが出来る物体だからなぁ……。 大学のサークル仲間によく“お前って外食してばっかだよな”って言われたもんだ。 だってしょうがないだろう。 あれは多く食べると致死量に至る大変な毒物だ。 それなら金が削られると解っていても、外食したくなるってものだ。 自分で作ろうとするとノアのヤツ泣き出すし。 俺にどうしろって言うんだよ、なぁ神よ……。 と───そんな風に思考に意識を取られていたのがマズかったのだ。 気づけば隣を歩いていた観咲は消え失せていて、 すぐ横にある食堂兼宿屋……いや、宿屋兼食堂といえばいいのか? ああいや喩えなんてどうでもいい。 そこで、スピード第一の料理らしいものを食っていたー……。 大きく“スピード命!海の町の肉丼!”という垂れ幕がついていたことに気づいたのは、 おそらく失態だったといえるだろう。 気づくのが遅すぎたのだ。 俺は慌てて止めようとしたが、時既に遅し。 無計画におかわりを要求した観咲雪音(独身炸裂馬鹿)は、 その勢いのままにおかわりを続け─── 会計の時に金がトント無いことに気づき、 既に逃げ出していた俺という存在に助けを求めたのだそうだ。 これは完璧な逃走術だったといえるだろう。 だが、誤算を唱えるならば───あの船の漁夫さんが宿屋の主人と知り合いだったこと。 俺はあっさりと発見され、女を置いて逃げるたぁだの、 再び理不尽な独白を一身に受けたのちに、 金が無いことを知られるとアルバイターとして立たされたのであった。 そして───気づくと観咲雪音(独身炸裂馬鹿)の姿は無く。 このごたごたに乗じて逃げ出しやがったのだと理解した時の俺の心を誰が知ろう。 俺はつくづく、人生についてを延々と考えさせられるハメになったのであった……。 Next Menu back