───冒険の書127/海原日和───
【ケース343:中井出博光(再)/スットコ大戦ドッコイダー】 説明しよう。 古くからの言葉で“スットコドッコイ”とは褒め言葉として使われてきた。 とある外人にそう言うと喜ばれたものである。 しかしそんな彼もいつしか姿を消し、めっきり現れることが無くなり早幾年。 みなさん、お元気でしょうか。 原中が提督、中井出博光です。 え?ああ、今の奇妙な説明は気にしないでください。 そんなわけで今僕は猫の里に居ます。 どういう経緯があったのかは、いろいろな戦慄が重なった故に至ったということで納得を。 さて皆様。 今僕が置かれている状況といえば、 我が息子(仮)のシードが切実な思いで僕を見上げているような状況です。 察しのいい人なら解ってくれるのかなぁ、ちくしょうめ。 シード『父上……答えてください!     僕は───僕は父上の本当の息子ではないのですか!?』 直球という言葉を知ってるだろうか。 野球などでストレートを投げるとか、 サッカーで変化もつけずにシュートするとか、いろいろある。 しかしこれは危機に対面した人の心の葛藤時、最大の攻撃力を発揮する方の直球である。 どうしてくれようか。 いっそ逃げちまうか? などと心の葛藤がわんさか大量生産されているのが今の俺の現状である。 誰か助けてくれ、たいやきあげるから。 とは言いつつ……いや、思いつつも、 言葉にすべきことは頭の中にしっかりと……あればよかったのに。 僕はキミのパパンさ!と言うのは簡単だが、もし全てがバレたら後が怖い。 しかし僕のパパはパパじゃないと知れば、 いったいどんな奇行に走るのかわかったもんじゃない。 もちろんこのまま先延ばしにしていれば、やがては暴走するだろう。 どうしろっていうんだちくしょう、誰か教えてくれ。たいやきあげるから。 中井出「あーうーいやそのう。そ、そんなこと誰から聞いた〜〜〜っ」 シード『マクスウェルからです。あいつが言うには僕は父上の息子ではなく、     かつて存在した魔王ナーヴェルブラングの子だと……!それは本当なのですか!』 グ、グウウ……これは厄介なことに……! バラすのはいつか一緒に居る時にしようと心に決めてたのに……。 そして“パパは悪い人なの?”と言われるのが夢だったのに……。 この場合、“魔王からしてみれば善行をすること=悪い人”って意味で。 しかしこのまま全部暴露してしまっては面白そうだ、是非やろう。 中井出「そ、その通りだ〜〜〜っ!!貴様は俺の実の息子ではなぁーーーーい!!」 シード『───!!《ズガァアーーーン!!》』 中井出「うあ……」 予想以上にショックを受けた顔をされた。 カタカタ震えて、視点なんざあっちゃいない。 よくアニメや漫画で驚いた時に黒目が小さくなる瞬間ってあるよね?ホラ、あんな感じ。 中井出「だが間違うな!俺は貴様に対し親子として接してきたつもりだ!     それをどう受け取るかは貴様次第であり、     実父の仇であるこの博光を討ち取りたいというのなら全力で相手をしよう!     臆さぬならばかかってこい!!」 シード『ぐっ……今までずっと騙してきたというのですか……!』 中井出「間違うなと言うとろうが!俺は貴様の卵を受け取り貴様が産まれ、     そして己を父と名乗り貴様が受け止めて以降は父として接してきたわ!     その何処に騙しがあったというのか!」 シード『うるさい!よくも僕の信頼を泥まみれに───!許さないぞ!』 中井出「ほほう来るか!ならば来い!剣の錆びにしてくれ───あれ?」 にぎにぎ、と両手を開けたり閉じたりする。 しかしその手に双剣の感触などなく、 今さらながらに双剣は鍛えてもらっている最中だと思い出す。 シード『くらえ我が究極の一撃!オーランドストリーム!!』 ドゴォッチュゥウウウウンッ!!!! 中井出「いや───……」 シードの手に巨大な魔法陣が出現し、物凄い回転とともに魔法を発現させた。 もちろん俺目掛けて飛んでくる巨大な光を避ける術は俺にはなく─── 咄嗟に反応出来なかった俺は、まるで桃白々のような声を出すと、 光の渦へと巻き込まれて吹っ飛んだのだった。 ───……。 ……。 シュゥウウ……プスプス…… シード『何故だ!何故反撃しない!今まで見てきた貴様の動きなら避けられた筈だ!』 中井出「いやあの……勘違いしてるとこ悪いんだけど……」 シード『うるさい!僕と戦え!』 中井出「ひでぇ……無視だよ……」 煙をあげつつなんとか無事な僕。 しかし今のが究極技とは…… ウムー、シードとナギーは上で修行をしてたわけじゃないのか? 結構なダメージを受けたが、なんのことはない。 恐らくステータス全てを防御に回せばまるで効かないと思う。 ならば一丁……遊んでやるか。 中井出「さぁこい!この博光、逃げも隠れもんせん!」 シード『言われるまでもない!魔王の呼びかけにより暗黒の雷を招来させる!     “ヴォルテックダークネス”!!』 シードの呼びかけとともに黒い霧が渦を巻いて俺を包み込む! と同時に雷を放ち、俺に襲い掛かった!!  バガシャァアアアン!ズガガガガォオオンッ!!! シード『どうだ!』 中井出「くだらん技だ……ただ埃を巻き上げるだけか?」 シード『……!?だったらこれでどうだ!闇の刃よ彼の者を穿て!     “シャドウエッジ”!!“イーヴィルスフィア”!!』 ザゴォッフィィンッ!!ゾバシャシャシャァアッ!! 地面から突き出た黒い刃が俺の腹にぶつかり、 そこを中心に闇の刃が幾重にも鏤められ、俺への攻撃を連ねてゆく。 中井出「……効かぬ。効かぬのだ……」 シード『なっ……!嘘だ!だったらもう一度!“オーランドストリーム”!!』 ドゴォッチュズガガガガォオオオンッ!!!! シード『っ……!?か、片手一つで受け止めた……!?』 中井出「無駄なのだ、シード……貴様では俺には勝てぬのだ……」 シード『な、なにを言う!僕は魔王の子だ!人間なぞに───!!』 中井出「解らないか。その“魔王の力”自体が不死王に奪われてしまっていると。     復活したナーヴェルブラングに力なぞ残っていなかった。     封印されている中で、力の大半を不死王に奪われてしまっていたのだから。     恐らくナーヴェルブラングは自分に残った全ての魔力を貴様に託したんだろうさ」 シード『だからなんだ!』 中井出「まだ強さのなんたるかも知らなかった我らでも勝てたのだぞ……。     そんな残りカスを分けられた魔力の貴様が……この博光に勝てるわけがないのだ」 シード『ぐっ……!そんなことはない!そんなことは───!     ステータスを割り振って、魔力のみに集中すれば───はっ!』 中井出「……そう。所詮貴様には何も残されてなどいなかったのだ。     この土壇場に来て、窮地だというところに来て、貴様が選んだ戦法がそれか?     果たして……それは誰に習った戦法だったのか」 シード『う、ぐっ……!くっ……!』 中井出「理解するのだシードよ……この博光は貴様を偽物の息子扱いなどしない。     強くなりたいと願うからこそネックレスを渡し、加護を齎したのだ。     それを復讐として返すもよし。だが知れ。     このまま戦いを続けた先に、いったい貴様になにが残る」 シード『───……魔王としての誇りだ!』 中井出「……馬鹿者めが」 シードが再び構える。 ブルボカルボバルボを構え、長い長い詠唱を唱えてゆく。 シード『僕は魔王だ!亡き父の仇は僕が討つ!最大出力!オーランドストリーム!!』  ギガァッッ!チュゥウウウウンッ!!! ───耳を劈く轟音。 それとともに目の前に迫るは破壊の黒き輝き。 やがてそれは俺を軽く飲み込むと巨大な爆発を起こし─── 中井出「くだらん技だな……ただ埃を巻き上げるだけか」 シード『……!そんなっ……』 俺は平然と立っていた。 中井出「解らないかシードよ……。マグニファイを使わん状態でもこの有様なのだ……。     貴様ではこの博光には勝てん……諦めて帰るのだ」 シード『黙れ黙れ黙れ!     何故真面目に戦わない!まだ一度も攻撃をしてきていないだろう!』 中井出「攻撃をする理由が無いのだ……我が子に何故攻撃など出来よう……」 シード『なっ…………ち、父う───違う!お前は僕の父なんかじゃない!僕は───!』 中井出「さあ、いくらでもこい……。     貴様の恨みも憎しみも、この博光が全て受け止めてしんぜよう……」 頭の中で“ただからかってるだけだろ”と晦が囁いた気がした。 からかってるなどとんでもない、楽しんでるだけだ。 しかしシードを思う気持ちはホンモノ。 事実上の仮の息子とはいえ、きちんと接してきたつもりである。 そんな息子とどうして戦うことが出来ようか。 ……いや、もちろんやる時ゃやるのが俺ですが。 シード『戦え!戦わないなら───この森を焼き払う!』 中井出「バカモン!!スッパァーーーーーン!! シード『う───ぐっ───!?』 ビンタ炸裂。 なんとこのお子め、森を焼き払うとおっしゃった! この博光、貴様をそんな子に育てた覚えは無い! ……そもそも普通に育てた覚えすらあるのかどうか。 シード『や、やっと攻撃《ガシィッ!》うぐっ!?』 中井出「貴様!それでも誇り高き魔王族か!気に入らんことがあるから森を燃やす!?     ふざけるのも大概にするのだ!     父は悲しいぞ!よってこれより制裁を加える!歯ァ喰いしばれ!」 シード『なにが制裁だ!そんなもの、障壁で《ズッパァアアアアンッ!!》ぐはぁっ!?』 シードの胸倉を掴んで引き寄せ、叫ぶと同時にビンタ炸裂。 だがこの博光、既に辛抱たまらん! キミがっ!泣くまでっ!殴るのをやめないっ!! シード『そんな!障壁が効かな《ズパァン!》ぐぁあっ!《バチィンッ!》げはぁっ!!』 中井出「左の頬を叩かれたら右の頬を差し出し、右の頬を叩かれたら左の頬を……。     だが知れ、シードよ。───この博光の制裁はただの制裁じゃないんだ」 シード『げほっ……!な、なにを《ガシィッ!》うわっ!?』 中井出「トルネードフィッシャーマンズスープレックスゥッ!!」 ダンッ!ギュルルルドッゴォオオンッ!!! 中井出「ビッグプロブレムスープレックスゥウッ!!」 ダンッ!ドゴォッシャァアアンッ!!! シード『ぐはぁっ……!!』 回転フィッシャーマンズスープレックスから強引に引き起こし、 肩固めをするとその状態のまま強引にスープレックス。 さらに抱き起こすとそのまま跳躍し、器用に体を捌いてシードの体を固める。 中井出「ターンオーバァッ!キィン肉ッバァスタァーーーッ!!」 ゴォオオオドッゴォオオオンッ!! シード『……グヘッ!』 相手の向きを逆にしたキン肉バスターが決まると、 シードは口から血を吐いて大地に沈んだ。 だがこの博光の制裁はこの程度では終わらないんだ。 中井出「脱穀スープレックス!!」 グオゴコシャァアアアアアンッ!!! シード『えはぁっ!!』 仰向けに倒れていたシードの両足を脇で抱え、そのままスープレックス。 見事シードは顔面を地面に叩きつけ、痙攣し始めた。 中井出「この馬鹿……………………っ!馬鹿めが………………!     上手くいかない苛立ちを自然にぶつけようなど…………!     まっこと……正真正銘…………人間クズ…………っ!様々な魔王…………!     様々な大魔王は村や人を襲ったが自然を襲ったことなどない…………っ!     恥を知れ……恥をっ…………!カス……!ゴミ……!クズッ…………!」 さらに倒れたシードの背に乗るように足と腕を固めると、その状態で後方へと跳躍! そして 中井出「ロメロスープレックス!!ドグシャア!! シード『〜〜〜〜っ……!』 ロメロスペシャルで固めた状態のままでスープレックス。 さすがのシードもぐったりだった。 シード『く……そ……!体が……動かない……!』 中井出「理解するんだ……それが敗北だ」 シード『負けた……?僕が……!?     〜〜〜……嘘だっ!僕は……っ……僕はぁああっ……!!』 中井出「……産まれて初めて流す悔し涙か」 シード『ぐっ……う、ふぐっ……うぅう……!』 中井出「男は何度か泣いて、本当の男になるのさ」 シード『───!〜〜〜っ……父上……!』 涙顔で倒れていたシードが俺を見上げてそう言った。 そして俺はちと後悔。 まさかこれで本当に父と見直してくれるとは、というやつで……。 “初めて流す悔し涙か。男は何度か泣いて、本当の男になるのさ”ってのは、 知ってる人は知っている“ジャングルの王者ターちゃん”の名言である。 でもしっかりと差し伸べた手を掴み、やがて大声で泣き始めるシード。 俺はそんなシードをしっかりと抱き止めてやり、 せめて泣く場所だけでもときつく抱き締めてやったのだった。 ───……。 ……。 それからどうなったかといえば。 シード『すいませんでした父上……。     生まれがどうであれ、父上が僕とともに居てくれたのは嘘ではなかったのに……』 落ち着いたシードは俺に頭を下げて謝罪してきた。 もちろん俺はそんなことせんでもと言ったんだが、 このカタブツさんはてんで話を聞きやしない。 ナギー『もう決着はついたのかの?』 シード『ああ。ドリアードにも迷惑をかけた』 ナギー『む?お、おお、まったくなのじゃ。まあ解ればよいのじゃ、頭を上げぃ』 中井出「顔赤いぞ」 ナギー『うるさいのじゃ!』 でも一応は一件落着だ。 まさか戦うことになるとは思ってなかったが、 こうして元のサヤに戻ってなによりってもんだろう。 シード『あの……父上。僕はこれからどうするべきなのでしょうか』 中井出「好きに生きなさい。貴様は自由という名の翼を手に入れたのです。     静かに暮らすも良し、魔王となるも良し。何処へなりともゆけぇーーーい!!」 シード『何処へなりとも……はい!     では僕は空の大陸でもっと力をつけ、精進に励みます!』 中井出「そ、そうか〜〜〜っ!」 ナギー『わ、わかったのじゃ〜〜〜っ!』 中井出「……って、ナギー、キミは?」 ナギー『わしはヒロミツと一緒に行くのじゃ』 中井出「え……なんで?」 ナギー『その方が楽しいからじゃ!!』 中井出「………」 神様……精霊ドリアードは本当に良い子に成長しました。 【ケース344:藍田亮/夕飯時の出来事。微食倶楽部の海原雄山】 カチャカチャ……ツ、ツツ……モグモニュ…… 藍田 「はぁふぅ〜〜〜っ……やっぱメシってのはいいもんだなぁ」 閏璃 「もちろん美味いかどうかが第一だが」 ガブガブと出されたメシを喰いまくる。 いや美味い。 穂岸や凍弥ボーイの料理の腕は相当だ。 考えてみりゃあファンタジーで米が出てくるのは予想外もいいとこなんだが、 それでも美味いからどうでもいい。 おおこのおかずの美味いこと、ご飯がご飯がススムくんだ。 丘野 「相変わらず美味いでござるなぁちくしょうめ!おかわりでござる!」 下田 「俺もだ!」 蒲田 「俺も!」 柿崎 「あ、俺も」 鷹志 「俺も」 それぞれがざざっと茶碗を突き出す。 と、その先に…… 雄山 「………」 総員 『ゲッ……!』 ついさっきまでその場には居なかった筈の黒い人が居た。 しかもその黒い人ってば黒を巧みに操り、己の体を黒い海原雄山にしてやがるのだ。 雄山 「こんな不味い飯をおかわりおかわりと……。     やはり現在の日本人の味覚など地に落ちたも同然だな」 藍田 「いや普通に美味いだろ」 雄山 「こんなものを美味いの不味いの言っても始まらんからそれは言うまい。     だがひとつだけ言っておこう。───こんなものは売り物にはならん!」 下田 「いやお前今“こんな不味い飯”って」 雄山 「なんだこの料理は!この雄山にこんなものを食わせるとは!     だから食に招かれるのは嫌なのだ!     人を招いておいてこんなものを食わせるなど!」 下田 「いや、お前今“こんな不味い」 雄山 「チッ……コトの本質を知らぬ者がプロなどと呼ばれる時代か。     ならば現在の日本のなんと堕落したこと」 下田 「いやだからお前今───」 雄山 「貴様を見損なったぞ宇田!!     こんな子供だましの食い物ひとつ、まともに作れんとはなっ!!」 遥一郎「誰が宇田だよ!さっきから黙ってれば人が作ったものに文句ばっかつけて!」 雄山 「ほう、誰が黙っていろなどと言ったのだ?     言いたいことがあるならば言えばいいだろう」 遥一郎「いちいち腹の立つヤツだなこいつ……!」 総員 『いちいちごもっとも』 微食倶楽部の海原雄山は本当に五月蝿いからな。 仮にも食を語る者のくせに、食事への文句しか言わないクズだから。 雄山 「だがせっかく招かれたのだ、次いで腕前のほどを堪能させてもらうとするか。     さあ女将、次を持ってこい」 凍弥 「え?俺?」 雄山 「女将!この私が誰だか知らぬ筈はあるまいな!」 凍弥 「……彰衛門だろ?」 藍田 「いや……今の弦月は食に対して罵倒のみを浴びせる最強最悪の微食家、     その名も微食倶楽部の“海原雄山”(うなばらおっさん)
だ」 雄山 「そうか、微食倶楽部を主宰する海原雄山と知りながらこんなものを出したのか。     この私も舐められたものよなッ」 凍弥 「……えっ……と……」 佐古田「おお、ムナミーが動揺してるッス」 浩介 「久しい光景だな」 雄山 「ここの料理人は出汁の取り方も知らんのか!なんだ!この吸い物は!     まるで飲めたものじゃない!魚の煮物もそうだ!     煮汁の出汁がまるでなっとらん!作り直してこい!!」 凍弥 「……?普通にやったつもりだけどな」 蒲田 「無視しときゃいいんだよ。ただ料理に文句つけたいだけなんだから」 遥一郎「───いや。こうまでコケにされて黙ってられるか」 雪音 「おおっ、ホギッちゃんがやる気だ!」 よしときゃいいのに、穂岸が腕まくりをして厨房へとくぐってゆく。 ……どうなってもしらんぞ、ほんと。 雄山 「大原さん、こんな店のものを美味いと思っているようじゃ、     微食倶楽部の会員になっている意味がありませんなあ」 藍田 「え?俺!?」 閏璃 「そうか……お前の本名は大原だったのか……」 藍田 「断じて違う!頼むから海原雄山のノリにだけはノらないでくれ!     こいつこうなるとホントしつこい上に五月蝿いんだよ!」 雄山 「東西新聞の社主というから少しはマシなものを食べているかと思えば、     こんな料亭のクズ料理を有難がっているとはな!     そんな程度の味覚をしておるから     士郎みたいな無能な男を鋭敏な味覚の持ち主などと言うんだッ!!     まったく大笑いだ!わあっはっはっはっはっは!!」 藍田 「ギ、ギギギギィイイイイイーーーーーーーーッ!!!!!」 大原って言ってるんだから自分のこととはまるで無関係だというのにこの腹の立ちよう!! くあああ全力で殴りたい!いやむしろ蹴り飛ばしたい!! 藍田 「おのれ貴様!もはや辛抱たまらん!     大体味覚と新聞会社の社主とどんな関係があるってんだよ!     こりゃちゃんと美味ぇだろうが!」 雄山 「うわあっはっはっは!!だから味の解らぬ豚や猿だというんだ!!     これが美味いだと!?馬鹿も休み休み言え!!」 藍田 「豚や猿だなんて言われてねぇって!」 雄山 「さあ女将!どうした!次はまだか!」 凍弥 「そう急かすなよ。おっさん、急ぎつつも丁寧にやってってんだから」 雄山 「黙れ!“雄山”はこの私だ!」 凍弥 「へ?あ、いや、そうじゃなくてさ。俺、与一のことをおっさんって───」 雄山 「黙れ!さっさと次を持ってこい!!」 凍弥 「ほんと無意味に腹立つなちくしょう……!!」 遥一郎「言わせておけ。ほら、作ってきたぞ」 と、雄山と凍弥ボーイの間を割るように入ってきたのは穂岸。 その手にはきちんとお吸い物が入った椀が。 雄山 「ほう、泣いて土下座すると思ったら、懲りずに作り直してきたか」 下田 「いやお前が作り直せって言ったんじゃ」 雄山 「フン、どうれ。少しはマシな味になっているのかどうか。     でなければわざわざ作り直してきた意味がないというもの」 下田 「いやお前が作り直せって」 雄山 「うむ……《ズズ……》」 下田 「とことんまでに人の話を無視する微食家だなおい……」 言われつつもしっかりとまず汁を飲み、次に具を口に含む雄山。 果たして反応は───!? 雄山 「この吸い物を作ったのは誰だあっ!!」 遥一郎「いや……目の前に居て“誰だ”もクソもないだろ」 まったくだった。 しかしこのパターンからすると、こりゃダメか。 雄山 「貴様か!貴様はクビだ!出ていけっ!!」 下田 「おお……いつものことながら、何故にクビ?」 雄山 「やかましい!腕の善し悪し以前の問題だ!     こやつには料理をする資格はない!!出ていけえっ!!」 ゴワシャアンッ!! 藍田 「うおっと!?」 雄山、怒り任せに茶碗を投げ捨て、見事に割ってみせる雄山。 ……これって誰が弁償するんだろうか。 って、間違い無く雄山だよなぁ。 遥一郎「よし、安心した。一応ちゃんとした味覚は持ってるみたいだな」 藍田 「へ?」 怒る雄山、しかしその一方で軽く笑う穂岸が別の椀を出すと、 雄山はことさらに怒りを露にした表情で“うーぬ”と唸った。 遥一郎「飲んでみてくれ。こっちのが本命だ。     さっきみたいに砂を混ぜたりなんかしてない」 総員 『よくやった!』 思わず正直な言葉が口から漏れた。 ざまぁみさらせ雄山め!無駄に態度が太いからそんな目に合うのだ! ……我らも人のことは言えんのだが。 雄山 「むう、これは……」 遥一郎「まあ、まずは飲んでみてくれって」 穂岸が新たに出したのはやはり吸い物。 しかしさっきのものよりも透き通るように澄んでいて、しかしうっすらと香るソレは、 対面して座る俺の鼻腔さえくすぐるいいものだった。 雄山 「ううぬ、中華料理の材料だ。春雨と同じ豆を使った同じ製法だが、     こちらは平状に薄べったくつくったものだ。     無味無臭、歯応えと舌触りだけのこれを食べさせるには、     かけてあるツユが問題だが……」 藍田 「そうなのか?」 遥一郎「いや、ただのお吸い物だが」 藍田 「………」 雄山 「むう………………出汁の取り方は完璧、調味料の配合も申し分無い。     酢を使っているが、酢のきつい香りを巧みに押さえてある。     ふむ……全体にわざと香りをおさえてある…………いや待て、     微かに、微かに何か香りをつけてあるぞっ。     この僅かな香りが、この何も味も匂いも無きものに     鮮やかでふくよかな風味を与えているのだ……この香りは何だ?     おのれっ!この雄山の味覚と嗅覚を試そうというのか!!!」 ……で、予想通りにキレる雄山。 雄山 「これを作ったのは誰だ!!」 遥一郎「だから……俺だって」 雄山 「貴様か!この雄山を試すような生意気なことをしたのはっ!!」 遥一郎「ところでだが……     自分のことをおっさんおっさん叫び散らかして虚しくならないか?」 雄山 「問題はこの香りだ!木の実だ……木の実をもいで酒に漬けておいて、     木の実の色と香りのついたその酒をツユの中に入れた!!そうだなっ!!」 藍田 「おお、完全に無視してるぞ」 丘野 「きっと自分自身でも気づいているでござるよ……」 雄山 「問題は木の実だ。木苺ではない、スグリでもない、サクランボでもない……     コケモモでもない……」 下田 「いや……ほんっっとにとことんまでに人の話を無視するやつだな」 雄山 「桑の実だ!そうだろうっ!!」 遥一郎「違う」 雄山 「ゲッ……!ふっふっ……この雄山を試しおって、生意気な小僧だ」 藍田 「おお!間違えたにも関わらずめげないぞ!」 蒲田 「さすが黒雄山!!」 雄山 「しかし雄山を唸らせるとは感心だ、次の料理を作れ!」 遥一郎「じゃあこの砂入りの吸い物を」 雄山 「貴様はクビだ!出て行けぇっ!!」 藍田 「感心した途端にクビ宣言かよ……」 物凄い自己中心的な微食家も居たもんだ。 中村 「でも実際、穂岸の料理は美味いぞ?そこんところは普通に解ってるんだろ?」 雄山 「コトの本質を知らぬ愚か者めが!     こんなものが美味いなどとよくも言えたものよな!」 藍田 「あぁおいおいおい……また荒れてきたぞ……?」 岡田 「まあまあ、ここは怒りをためて、その後全員でボコボコにしよう」 藍田 「ああ、それいいな」 なにせ相手は海原雄山だ、遠慮なくボコれる。 雄山 「ふっふっ……ではこの雄山が本当の吸い物というものを味わわせてやる。     せいぜいそこで真の料理というものが出来るのを待っているがよいわ!     うわあっはっはっはっはっはっは!!」 岡田 「ああっ……!もうほんっとに……!」 藍田 「殴り甲斐がありそうだなぁあっ……!!」 こうして俺達の怒りのボルテージは臨界点を越えんがために躍動するのであった。 ───……。 ……。 ややあって───全員分作られた吸い物が全員の目の前にズラリと並べられた。 雄山 「ま、召し上がってごろうじろ。食べる毎に食欲がいや増すのが解ります」 藍田 「……なんでここだけ丁寧語なんだ?」 夏子 「ホラ、この言葉って京極さんと膳を囲んだ時の……」 藍田 「あ、あー、なるほど」 京極さんへの言葉だからこんなに丁寧なのか。 大原社主とはえらい違いだな、おい……。 藍田 「しかし、どう違うってのかね」 言いつつズズ、と口に含んでみる。 すると─── 藍田 「う、お……!?」 遥一郎「……!」 岡田 「こ、こりゃ……!」 体の中に戦慄が走った。 これは……この味は確かに“本物”だ。 悔しいが……非常に悔しいが……悔しくてたまらないが……呪い殺せるくらい悔しいが、 これは確かに穂岸のものよりも……圧倒的に美味い。 雄山 「これが吸い物というものだ。いやしかし、豚や猿にこの味が解る筈もないかな?     うわあっはっはっはっはっは!!」 総員 『───……』 ああもう……素直に驚いてたのにどうしてこう一言も二言も多いかねぇこの雄山は……! ───ザザッ!! 雄山 「ぬう……?なんだ、食事は終わっておらんというのに立ち上がりおって。     ここは行儀も知らぬクズどもの集いの場所か?     わっはっは、いや、豚や猿に躾け云々を唱えるのも無理な話か!!     わあっはっはっはっはっは!!うわあっはっはっはっはっは!!」 ドゴゴシャメキャゴシャガンゴンガン!!! 雄山 「ギョアアァアーーーーーーーーッ!!!!」 ……ここしばらく闘技場のモンスター以外と戦っていなかった俺達は─── 身に付いた力を思う様振るい、それが確実に実りになっていることをやがて、 塵になってゆく雄山の亡骸の前で確信するのだった。 Next Menu back