───冒険の書129/ヘルクライムピラーと未来への不安───
【ケース346:中井出博光(再)/ジョジョ二部名物“油の塔”を素手でやってみる】 で─── 中井出「………」 悪い予想はよく当たるってのは誰が言い出したことなんだろうなぁ。 誰か知ってたら教えてくれ、俺には解らん。 そんな発端の解らん現象が今自分の目の前にあるんだ、 知りたいって思っても罰は当たらないんじゃなかろうか。 罰が当たるっていうなら、そういう世界に作った神をチェーンソーで斬殺したい。 中井出 「ここ……なんだよな」 アイルー『だニャ』 あっさり頷かれてしまった。 冗談であってほしかったんだが、冗談でもなんでもなかった。 現実ってのは厳しいもんだなぁ。 ……この世界は現実なんぞじゃないなんて些事にしとこう。 じゃないと精神が保ってられん。 ナギー『むう……』 エィネ『人の姿では通り抜けは無理ですね』 そう、狭すぎるのだ。 猫が通れるくらいの隙間しかない。 それも山に穿ってある穴ではなく、地面に穿ってある穴なのだ。 つまり山の土は硬いし鉱石などもあるから、 山ではなく地面を潜っていこうっていう穴なのだ、これは。 しかもだ。 しかもエィネは妖精のペンダントは妖精界のレアズ将軍に預けてしまっているため、 持っていないのだという。 妖精になれば通れただろうに、これではその方法も出来ない。 受け取りに行こうにも、知っての通り妖精界へはゲートから飛ばなければ辿り着けない。 もしくは特定の植物の力を借りて飛ぶことも出来るらしいんだが─── ナギー『無理じゃな。この里には転移の力を持つ植物が存在しないのじゃ』 とのこと。 つまり結局はこの切り立った高い高ぁああ〜い山を登らなければならないわけだ。 俺だけが。 ナギーは精霊であるために自分の体の縮小くらいわけない、的なことを言っていたし、 エィネは妖精だから余裕で通れる。 で……俺はどうあっても抜け道なんぞ使える筈もないわけだ。 え?ナギーの転移はどうしたって? はは、それがさぁ、この森って精霊の力の加護が届かないらしくてさぁ。 魔法一切使えないんだってさ。 加護が届かないから精霊の気配を探ることも出来なかったみたいでさぁ……。 いや、ほんと厄介なところに住処を作ってくれたもんだ。 お兄さん幸せすぎて自作でチェーンソー作ってみたくなっちゃったよ、ははははは。 ……そんなことしたって現状が変わるわけでもないんだが。 あーくそ、人生って難しー。 アイルー『どうするニャ?』 中井出 「山が俺を呼んでるぜ!」 ナギー 『お、おおっ!?登る気なのかヒロミツ!』 中井出 「当たり前じゃないか!何を隠そう、俺は登山の達人だ!!」 ナギー 『おお!そうなのか!?……ならば最初から登ればよかったのではないかの?』 中井出 「と、登山家だって人の子だい!楽したい時だってあるさチクショー!!」 エィネ 『よく解りませんが、大変なんですね』 ああそうだ大変だなにが大変って使いたい能力が使えないのがなにより大変だ!! こんな時に未来の世界征服兵器があればソラトプターでゴヒュウと空くらい簡単に! 中井出「───そうだナギー!貴様の浮遊の特技と我がフロートを合わせれば     こんな山くらいきっとひとッ飛びだ!そうだこの手があった!」 ナギー『それもいいやもじゃが、わしはヒロミツの登山っぷりが見たいのじゃー!』 中井出「ゲゲエ!無責任な一言が心無いイベントフラグを発生させた!!     だだだダメです!今はそれよりも一刻も早く精霊の力を解放してだな!」 ナギー『見たいのじゃ!見たいのじゃ見たいのじゃ見たいのじゃー!!』 中井出「だー!じたばた暴れるな!子供か貴様は!大体こんな山を登って───……」 いや待て? 中井出「…………よし登ろう!」 ナギー『おお!本当かヒロミツ!』 中井出「おお!本当だナギー!」 考えてみれば何を恐れることがあろう! この世界では我々プレイヤーは疲れることなど皆無! さらに度重なるレベルアップのお蔭で身体能力もバッチリ高い! ならばむしろ登って降りた方がさっさとこの里を脱出出来る!! 中井出「そうと決まれば善は急げだ!エィネ、服の中に入っててくれ!     ナギー!タッグフォーメーションASだ!」 ナギー『待っていたのじゃそいつを!!』 バッ───ガッシィイイインッ!! ナギーが俺の背中に張り付き、しっかりと俺の首に腕を回す! ……まあその、いわゆるおんぶというやつ。 中井出 「準備はいいかぁ!」 ナギー 『サーイェッサー!!』 中井出 「よしでは出発!!猫よ、世話になった!」 アイルー『毎度ありニャ。また何処かで会ったらご贔屓にニャ』 中井出 「うむ!では───武器はしっかり二刀流!!」 ナギーにしっかりと掴まっててもらい、空いてる手から双剣を引き攣り出して頭上で交差。 鬼人化を発動させ、 ステータスが倍になったところでその全てをAGLとSTRに振り分ける! さあ参りましょう!これぞこの中井出博光一世一代の断崖絶壁登りである!! 中井出「ぬおぉおおおおおおおりゃぁああああああっ!!!!」 そう、ここは山の間とは名ばかりの、むしろ断崖絶壁に囲まれたひっそり空間! 登山して普通にくるとしたらとんでもなく疲れるであろう場所にわざわざ作られている! だがしかし!今なら大丈夫!僕なら出来る! 無意味にそう確信して、 壁に突き当たるとおもむろに手を伸ばしてロッククライミングを開始する! 中井出「今さらだけど登山とロッククライミングって意味が違うってばさ!!」 ここにゃあ登山出来るような道がありゃしない! 足の踏み場も無いってのとはちと違うが、本当に壁を登るような状況なのである。 だからまあ、なんというか…… 中井出「あ、あのさ。やっぱりフロートでババーンと」 ナギー『楽しみなのじゃー!きっと物凄い速さで登っていくのじゃー!』 エィネ『わたしも見てみたいです!頑張ってくださいね、博光さん!』 中井出「…………ウン、ボクガンバル」 何気ない一言が自分を追い詰めることってあるよね。 今の僕はきっとそんな感じなのでしょう。 だがこの博光!転ぶ時はただでは転ばず、誰かを巻き添えにしてから転ぶ猛者!! この絶壁、見事登ってくれよう! なぁに大丈夫さ!今の俺ならきっとシコルスキーばりのロッククライミングが出来る筈! もし落ちてもナギーが付いてる! 落ちた時は見事にフェニックスドライバーを決めてみせよう!(思考混乱中) 中井出「オーーーッギョッギョッギョッギョッギョ!!」 ザカザカザカザカザカザカ!!! というわけで早速登ってゆく。 岩が飛び出たような場所に手をかけては登り、 疲れ知らずをいいことにペース配分を考えることもなくとにかく登る。 が───やはり無鉄砲に登ってれば難関は出てくるもので。 でっぱり一つ無い地層、とでも言うんだろうか。 雨かなんかで少しずつ削られていったのであろう、妙にツルツルした壁に到達した。 が、やはり考える間も無く特攻。 恐らく鉱石なのだろうそこに指をドゴォと突き立て、上へ上へと登ってゆく! ナギー『お、おお!!すごいのじゃヒロミツ!     でっぱりの無い場所でも物凄い速さで登ってゆくのじゃー!』 中井出「ふはははは!任せてくれたまえぇええ!《ズリャアッ!》うおわっ!?」 引っ掛けようとした足が見事に滑った。 っと、落ち着け落ち着け……勢いに任せて登れるなら苦労はせんよな。 流石に足を突き刺すことは出来ないし、したとしても抜いてまた登るのも大変だ。 じゃあ……構わん!指だけで登る!! 中井出「COOOOOOOO!!!!」 呼吸は一定に!練り、放つ波紋は───一点集中!! 指に力を込め、岩盤に突き刺しては体を持ち上げて登ってゆくッッ!!  『JOJO!水鉄砲の穴は小さい方がよく飛ぶってことだぜ!!』 り、理解したッッ!シーザーは落ちそうだったのではないッッ! こうすることでしっかりと登ることに成功していたのだ! “波紋”のパワーの謎とは!!これかッ!! 手の平の方がピタリとくっつくので体重が支えられるイメージがあった!! しかし実際は奇妙だがその逆だッ!! “一点集中”故、指先!!波紋は指先だけの方が強い!! なんてことはねえ謎だったぜ!解ったッ! ここまで解ればあとは登っていってベキャア!! 中井出「ギャアーーーーーーーーッ!!!!」 ナギー『うわわっ!?な、なんじゃ!?どうしたのじゃヒロミツ!!』 中井出「折れたァーーーッ!!指折れたァーーーーーッ!!」 エィネ『あ……そういえば聞いたことがあるのを思い出しました。     二足で行動する獣が集う場所は、かつてはミスリル鉱山だったと───』 中井出「そういうことはもっと早く思い出そうよ!     指が異常な方向に曲っちゃってるよ!?     ていうか片手で二人分支えるのって物凄く痛い!」 ナギー『な、なにを言うのじゃ!     わしは軽いから負担になっているのはヒロミツの体重だけなのじゃ!』 中井出「一人分は一人分だよ!合わせれば結局重いよ!」 ナギー『重くないのじゃー!!』 中井出「《ギリギリギリギリ!!》ギャアーーーーッ!!首が絞まる首が絞まる!!」 し、しかしミスリルかぁ〜〜〜っ!! ど、どうりで指が徹らんと……!!ていうか痛い!物凄く痛い!! 折れた骨が指の皮突き破ってる! ヒィ!それなのにあっとういう間に自然回復するもんだから見てると気持ち悪い!! 助けて!助けてぇええ!! 中井出「マモマモマモ……ミ、ミスリル鉱山か〜〜〜っ!     こ、この博光の猛攻を妨げるとは見事なものよ〜〜〜っ!」 だがこの博光もただでは折れねぇぜ〜〜〜っ! ならばこそ出番だ双剣! 中井出「これを逆手で持って、と……よし!フンハッ!!」 ザコンッ!ザコンッ!……ザコッ、ザコンッ! ナギー『おおっ、ミスリル鉱石に剣を立てて登りおったのか』 中井出「フフフ、少なくとも指よりは強度がある筈だからな〜〜っ!」 剣を横向きに突き立てれば落ちることもなし! この調子でどんどんと登っていって…… 中井出「あの……そろそろ首絞めを緩めてくれると大変ありがたいんですが」 ナギー『お?お、おお、忘れていたのじゃ』 忘れてたって、そんな長閑(のどか)
な……。 お蔭で窒息して落ちるところだったんだが。 だがもはやこの博光の前に障害など無し! ミスリル鉱石でも掘り出したいところだが、 風で飛べない状況ではマトックを使うことすら出来ん。 ナギーに強力してもらえば出来ないこともないんだが、 中井出「ナギーよ、ちとミスリル鉱石を掘りたいんだが……貴様の浮遊の力を貸してくれ」 ナギー『登るのじゃ』 こんなもんである。 どうやら能力も無しにスルスル登ってゆく状況がいたくお気に召したらしいのだ。 素直に(はしゃ)ぐ子供は嫌いではないこの博光だが、 しかしながら融通の利かない子供は滅法苦手な、この博光である。 それはもう乗馬でもしてるつもりなのかとツッコミたくなるくらいな暴れっぷりを披露し、 俺の髪の毛を引っ張るわ耳を引っ張るわ、 勢い余って頚動脈を圧迫するわで物凄いわんぱくぶりだ。 いっそこのまま落下して、 フェニックスドライバーでも極めてくれようかとさえ思ったほどだ。 しかし長い軟禁生活紛いの人生を送ってきた子供だ、 そんな残酷なことも時にはするくらいのことで、 楽しんでいるところを一方的に不幸のどん底に落とすのもどうかと 踏みとどまってしまった。 むしろいっそ落下して死亡し、 神父が居るであろう教会に飛ばされるのも悪くはないんじゃなかろうかとも思ったのだが? そんなことをすればネックレスを持たないエィネはこの場に取り残されてしまうのだ。 やはり冒険も人生も一筋縄ではいかないのが世の理というものらしい。 ま、あれだ。 人間焦らずじっくり、しかし熱心に物事に取り組んでいれば、 いつかきっと報われる時も来るんじゃなかろうか。 チャンスは追い続けなけりゃ掴み取れないとはよくいったもんだが、 そのチャンスを追い続けるあまりに 周りが見えなくなってしまっては本末転倒というものだろう。 というわけで俺は声を大にして言いたい。 俺に訪れたチャンスってのは、 ミスリル鉱石を掘って売り払うか錬成して素材にすることなんじゃなかろうかと。 そしてこればっかりは焦らずじっくり待っていたら、 手に入れる機会を失う気がしてならない。 中井出「なぁナギーよ」 ナギー『登るのじゃ』 でもこれなのだ。 子供ってのはやはり融通など利かないのだ。 いいさ、解ってる。 またいつか、力が安定したら掘りにくるさちくしょう。 中井出「キキルケルキルキキルケル!!」 ならばもうヤケクソになってでもさっさと登り切り、 戒めの宝玉を壊して妖精界を救ってくれる! もはやこの博光、辛抱たまらん!! 中井出「ぬぅうおぉおおおおおおっ!!」 ズバーーーム!!と渾身を以って断崖絶壁を登り切る。 おお、体がいい具合に温まった! 環境利用闘法……これからが真骨頂! ……全然関係ないけどね。 中井出「よーしナギー!登り切ったぞ!」 ナギー『おお!凄いのじゃヒロミツ!この高さを斯様な速さで!』 中井出「いいや違うさナギー!僕らの戦いは───始まったばかりだ!!」 などと打ち切り伝統のセリフを吐きつつ俺は走った! そう!崖を登っただけで宝玉が壊れるならまだしも、まだまだやることがあるのである! まずは地図オープン! 中井出「ムームムム……うむ!現在地確認!     ここよりしばらく進んだ場所に、懐かしきガザミ砂漠を確認!!」 ナギー『む?なんじゃ?ガザ?』 中井出「ガザミ砂漠である!我ら原中───といっても、俺と藍田と丘野くん、     麻衣香に木村夏子二等に殊戸瀬の六人で降り立った場所だが」 ナギー『降り立った?……む?』 中井出「いや!なんでもない!気にするな!」 おお危ない危ない。 あまり不用意なことを言うと全てがバレてしまうな。 自分が作りモノだと気づいてしまったらきっとショックを受けてしまうだろう。 そんなことは味わわせたくないからな。 中井出「ではこれより奈落より這い、山河を越え、大路にて判を下す旅を開始する!     意味はよく解ってないがともかく旅!二人とも覚悟はいいか!?」 ナギー『サーイェッサー!!』 エィネ『は、はい!』 ナギー『違うのじゃ!“はい”ではなく“サーイェッサー!!”なのじゃ!』 エィネ『え……さ、さー?』 ナギー『サーイェッサー!!復唱するのじゃ!』 エィネ『さ、さーいぇっさー!』 ナギー『声が小さい!』 エィネ『さっ……サーイェッサー!!』 ナギー『うむ!よし!どうじゃヒロミツ!わしの後輩への手解きもなかなかものであろ!』 中井出「うむ素晴らしいぞナギー新兵!     その調子でエィネを立派な猛者にしてやってくれ!」 ナギー『任せるのじゃー!』 エィネ『……な、なんだか解りませんけど……いい予感はしませんね……』 こうして。 俺、エィネ、そして新たに加わったナギーを連れた旅が再会した。 はてさて、これからどんなことになってゆくのか…… それはまだ、誰にも解らないのでした。 ……なんて昔話風に語っても仕方ないか。 では行こう!まだ見ぬ冒険の旅へ! 中井出「……ところでだが、ナギー新兵」 ナギー『なんじゃ?』 中井出「目的地が決まってて、     しかも宝玉破壊が目的の場合、それは旅と言えるんだろうか」 ナギー『知らんのじゃ』 ……そうだよなぁ。 【ケース347:晦悠介/とある朝、決意とともに】 ジャアッ……ジャッジャッジャッ……カン、カンッ…… 悠介 「よしっ、一丁あがりっ」 さて……今さら確認するまでもなく朝である。 それが日課だからか、それとも自分が思うほど精神の負担が無かったのか、 随分と早く起きた俺は宿屋の主人に頼んで料理を作らせてもらっていた。 で、こんな朝っぱらからなにを作っているのかといえば……やっぱり日本料理なわけで。 ええいほっとけ、どうせこれ以外に自信のある料理なんて無い。 悠介 「しかしまあ、なんだ。調理音だけ聞けば炒飯作ってるように聞こえなくもないな」 ディル『炒飯?なんだそれは』 悠介 「いろんな具とご飯を混ぜて炒める料理だ。     味付けと焼き加減で美味くも不味くもなる、     一見単純だけど奥が深くて難しいヤツだ」 簡単っぽく見えて難しい。 そういうのに限って意外と好みの幅が広く、難しい。 ご飯がパラパラの方がいいってヤツも居れば、 くっついてもいいからもっちりしたのがいいってヤツも居て、 カリカリに焼きあがったやつがいいって人も居れば、 ふっくら仕上がりの方がいいってやつも居る。 俺はその中間くらいに位置する好みだ。 ディル『王よ。なにも早起きまでして     宿に泊まる者全ての朝食を用意することもなかったのではないか?』 悠介 「ほっとけ、時々こういうのをやりたくなるんだよ」 時々、料理を作りたくなってしまう時ってのがある。 晦の家に居た頃の癖ってやつだろうか。 もちろん楽しいかと訊かれたら、まあ楽しい。 しかしながら、これを食べて誰かが喜ぶ顔が見たいとかそういう思いは、 誓って言えるが一切ない。 ただ作りたかったから作っただけなのだ、結果は二の次である。 悠介 「味見してみるか?」 ディル『ふむ』 俺の右肩に留まっているちっこいディルに、出来上がった料理のうちの少しを摘んで促す。 ディルはそれを含んでみせ、噛み締めるが…… ディル『味がよく解らんな。竜族は肉食だ、人の食べ物など理解出来ん』 悠介 「そか」 返ってきた返事は、それでも予想通りのものだった。 人型の種族ならまだしも、竜族に料理の味を理解しろっていうのも酷な話だろう。 悠介 (……料理か。そういやあの馬鹿、今頃なにやってるのかな) 頭に浮かんだ黒い馬鹿者の行く末を想像してみた。 ……が、ろくでもないイメージしか沸いてきやしなかった。 さすがと言っても過言でもなんでもないのがまた凄い。 悠介 「さてと。朝食も出来たし、そろそろルナを起こすか。     他の宿泊者たちは適当に起きてもらうとして」 ディル『ルナとはあの死神の名だったな。浮きながら寝ていたが、あれはどんな芸当だ?』 悠介 「あいつだけの異常睡眠方法だ、気にするな」 いつまで経っても浮かなければ眠れない……じゃないな、寝てると浮く死神なのだ。 どういう寝癖なんだろうな、あれは。 悠介 「じゃあお前は朝はどうする?」 ディル『適当にそこいらのモンスターでも狩る。心配は無用だ、王よ』 悠介 「そか」 宿屋の一階、酒場のようになっている広間に料理を並べるとその足で二階へ。 で、現在俺達の部屋扱いになっている部屋をノックし、 返事がないのを確認するとドアを開ける。 悠介 「………」 チャ、という軽い音。 新品のドアを開けた音にも似た先に、 予想通りフワフワ浮きつつ寝ている妻の姿を確認した。 重力魔法かけたらどうなるんだろうな、これ。 悠介 「ルナ?ルナ〜?」 フワフワと浮かぶルナに声を掛けて覚醒を促すが───てんで起きようともしない。 悠介 「はぁ……どうして寝顔はこんなに幸せそうなんだろうなぁこいつは」 とりあえずだ。 包まっている毛布を取り上げベッドに投げると、 浮いたままのルナの襟首を掴んで移動を開始した。 起こすよりこっちのほうがよっぽど早いのは経験上で嫌ってほど理解してる。 悠介 「……ルナー?」 ルナ 「……んむー」 んむーってなんだ?これは返事なんだろうか。 悠介 「ディル」 ディル『応』 ルナ 「《ゴリッ》キャーーーーーッ!!!」 ディルがルナの鼻っ柱を噛んだ。 と同時に響く絶叫。 ルナ 「な、なになに!?なに!?」 軽く噛んだだけだが、それでもびっくりしたらしい。 悠介 「竜に噛まれるなんて貴重体験だ、よかったなールナ」 ルナ 「えぇっ!?噛まれたの!?」 悠介 「血も出てないし、歯型が残るほどでもなかったから大丈夫だろ。     そもそも傷がついてもすぐ治るのがこの世界だ。     ……大体、どうして一緒に寝たのにこんなに起きるのが遅いんだお前は」 ルナ 「えへへー、だって悠介の匂いがいっぱいだったんだもん」 悠介 「寝言は寝て言え馬鹿者」 ルナ 「む、即答はちょっとひどいんじゃないかな」 悠介 「そういうことは口に出して言うもんじゃないだろ。     感情は大事だけど、顔が赤くなるような甘酸っぱい感情は苦手なんだよ」 ルナ 「苦手じゃなくて、どう対応していいか解らないだけなんじゃないの?」 悠介 「あー……そういうのを苦手って言うんじゃないか?」 ルナが、頬を掻く俺の顔を覗いてきて、にこーと笑う。 ああそうだよ、どうせ真っ赤なんだろうさ。 ルナ 「ねぇ悠介」 悠介 「顔が赤いとかいうツッコミなら勘弁してほしいが」 ルナ 「そうじゃなくて。今日はどうするの?」 悠介 「どうするとはまた随分と漠然とした質問だが……そうだな。     朝食とって体動かして、それから宝玉探し、と。大体そんな感じだと思う。     けどどうしたんだ?予定訊くなんて珍しい」 ルナ 「後先のこと。大丈夫なのかなって思ってさ」 悠介 「……なるほど」 やっぱり知ってるか。 再び魂結糸で繋がった後、 俺がルナの感情を経由して自分の感情を理解したのと同じように、 ルナも俺の奥底にある燻りめいたものを感じ取っていたってことか。 まあ、そりゃそうか。 深く探ろうとすれば、相手の考えてることくらい解ってしまうくらいだ。 まったく、魂結糸ってのもありがたいのか迷惑なのか。 ルナ 「気になるのよね、他の人達が上手くやってるのか」 悠介 「……知られてるのに隠すのも馬鹿馬鹿しいしな。その通りだよ。     俺とノートの勝手な行動だけどだ、今回ばっかりは必要なことだ」 ルナ 「でも大丈夫なの?この世界で戦闘経験があるって言っても、相手は……」 悠介 「だからこそ頑張ってもらいたいんだよ。実力が及ばなけりゃ死んじまう。     未来を生きたきゃ強くなるしかない。     もしくは───なにもかも見捨てて逃げるしかないさ。     でもあいつらはそんなことが出来るやつらじゃないって俺は知ってる。     ……解るか、ルナ。それを知ってて俺は、     あいつらを利用するようなことをしてる」 ルナ 「悠介……でもそれは───」 悠介 「世界を救うためだとか死んでほしくないからだとか、     理由はどうとでもつけられるだろうさ。それでも俺がやってることは、     あいつらの中に存在する未来を殺すようなことと同じなんだよ」 ルナ 「………」 見えた未来は全てじゃない。 ところどころに穴があるし、もちろん望めば別の瞬間を築くことだって出来る。 けど行き着く先はどうやったって変わってくれはしない。 だからせめて、自分の身は自分で守れるくらいに強くなっていてほしい。 そんな懸念を受け取ってくれたからこそ、 ノートはマクスウェルを通してあいつらに修行をさせているんだろう。 戦闘経験はもとより、ともかく基礎を徹底的にと。 どんな修行をしているかまでは知らされていない。 俺が知ってるのは精々で基礎からの底上げをしている、ということだけだ。 レベルアップで強くなる、なんてシステムを作れるくらいだ、 その気になれば簡単に強くさせることくらい出来るんだろう。 けどそれをしないのは、それに追いつけるほどの経験があまりに不足しているからだ。 いつかの彰利の時と同じだ。 願えば力は齎されるが、それに見合う苦痛は味わってもらう。 ノートの修行ってのは、 ハードになればなるほどそういったものの真へと深まっていくものだ。 もちろん、そこから逃げ出さなければだ。 ……逆に基礎が整ってきてからが怖いんだよな、ノートの修行って。 悠介 「湿っぽい話はここまでにしようか。     メシ喰い終わったら体動かすけど、お前はどうする?」 ルナ 「ん、付き合うー」 悠介 「そか。じゃ、パパッと食うか」 話をしているうちにちらほらと降りてきた他の宿泊客も居ることだし、 さっさと食べてさっさと出るとしよう。 今やるべきことは自己鍛錬。そしてこの世界を目一杯楽しむことだけだ。 他のことなんて今は忘れてしまおう。 どうやったって破壊することの出来ない壁があるのなら、 人に出来ることなんて一時でもそれを忘れて騒ぐことくらいだ。 それでも努力していれば未来は開けると信じたい。 だから今は、自分の力よりも他のやつらの力に賭けたい。 そりゃ不安は残る。 信頼出来るやつらだからって、自分の理想をそのままぶつけるのは卑怯なことだ。 でも“嫌う”よりも“信頼していたい”って思ってしまったんだ、仕方が無い。 悠介 「……今日もいい天気だな」 ルナ 「うん?……ん、そうね」 ふと覗いた窓から見えた蒼い空。 真っ青な空ばかりを見上げることが出来る、夏という蒼い季節の中で。 俺は果たして、自分が望んだ未来を掴みとることが出来るのだろうか。 悠介 (……いいや、出来るさ) 断片的でもいい。 あいつと喧嘩できる世界が俺の未来に存在するのなら、なにも恐れることなんてない。 ……ああそうだ。 結局俺は、どんな未来よりもあいつと馬鹿やっていられる未来を願ってしまう。 だってのに、ルナは俺の心の中を知りながらも俺に微笑んでくれる。 その笑顔が少しだけ寂しそうなのは…… きっと、指摘なんてしちゃいけないことなんだろう。 だから俺は何も言わず、ただルナの頭を撫でた。 ルナ 「……悠介?」 悠介 「………」 苦笑めいた笑顔のまま撫でた。 そうした時に思い出すことだが、笑顔よりも苦笑が多いところは変わっちゃいない。 悠介 「メシ、食うか」 ルナ 「うん」 俺の考えを知ってか知らずか、ルナは頷くと俺を引っ張って歩き出した。 宿の窓際でなにやってんだって感じで、 置き出してきた宿泊客が俺達を見ていたが、そんなことはもうどうでもいい。 人生気にしたら負けだ。 せっかく感情があるんだし、せめて明るく楽しくいこうぜ。な、俺。 悠介 「……うん」 気持ちを切り替えるようにそう言った。 どうしようもない未来なんて存在しないと今だけは信じよう。 そして、出来る限りの意思を以って、全てを越えていこう。 自分は創造者にして超越者。 だからせめて、乗り越えることの出来た先に、幸せな未来が待っていますように。 そんなことを願い、俺はルナに引っ張られて苦笑しながら席につくのだった。 Next Menu back