───幕間/悔恨───
【ケース377:interlude/───】 ───守りたいものがあった。 自分の全てはそこにあり、それが全てだったからこそ今の自分が居る。 それは事実だったし、曲げる気にもなれないとても美しい“生き方”だった。 何度も何度も前を向き、その度に何かを守れていたんだと、いつか振り返ったことがある。 だけど振り向いた先には守りきれなかったものもあって、救えなかった未来があった。 なにを守ればよかったのか。 なにを守りきれば満足できたのか。 そんなのは解らない。 その未来に立つことが出来なかった自分には、 そんなことを考えること自体があまりにも遠すぎた。 剣を振るえば人は死に、剣を振るえば人を守れた。 そんな矛盾した世界の中で、未来を目指せる者と目指せない者は次々と増えていった。 そんなことが起こるたびに思ったことがある。 人はなんて醜いんだろうと。 けれどそんなことを考えたところで、救えなかった未来が戻ってくるわけがない。 だから自分を奮い立たせ、前を向き続けるしか自分には選択肢が無かったのだ。 何を目指したかったのかなんて知らない。 本当に守りたかったものがなんだったのかなんて、その時点で気づけるわけもなかった。 だって、それが自分で美しいと感じた生き方なら、貫き通さなきゃウソだと思った。 自分は確かにそれを美しいと感じて、ここに至るまでに人を助けてきた。 その時の笑顔が眩しかったのは、今でも自分の中に残ってる。  ああ……こんな俺でも……誰かに笑顔を与えることが─── とても嬉しかったんだ。 あんまりに眩しすぎて、自分も思わず小さく笑ってしまうくらい嬉しかった。 世界がこんな風になってしまう前に気づけていたなら、それはどれほど心強かっただろう。 人の蝕みは世界を壊し、いつしか酸素の少ない世界を作り上げた。 だから自分はそのために緑を植えては、人々の在り方を救ってきた。 けれど人は増える一方で、気づけば植えたはずの緑の上には建物が建っていた。 それでも必要とされたから助けた。 大勢の人々に罵倒されようが建物の上などに緑を植え、 出来る限り空気を綺麗にしようと無茶もした。 けれど人は格好悪い、無様だ、などと口々に言っては緑を破壊した。 何を言っても聞き入れもしない。  「……大丈夫だから───」 世界には酸素が必要だった。 産まれゆく子も、強い子で生まれてくれば成長も出来た。 けれど未熟児などは酸素の薄い世界では弱る一方で、 たとえ産まれたとしてもすぐに死んでしまった。 未熟児だけじゃない、少しでも弱ければ大人でも子供でも死んでしまう世界だった。 だから植えた。 破壊されようが罵倒されようが。 守りたいものが存在したから、何を言われても自分を貫かなきゃウソだと思ったから。 それなのに。 どうして自分の目の前は、こんなに人の死に溢れていたんだろう。  「……俺は……お前に、……れ、なんて……」 知り合いが死んでゆく。 あんなにも元気だった仲間が、次々と老いて亡くなっていった。 寿命は永遠じゃない。 そんなことは解ってる。 でも、せめてこの世界が今よりもほんのちょっと酸素に溢れていたなら、 まだ少しでも生きながらえることが出来たんじゃないか───  「……そんな顔、するもんじゃない。お前は……」 気づけば泣きながら緑を植えていた。 次の瞬間には破壊される緑でも、 せめてほんの少しの間はこの世界を守ってほしいと願って。  「……ぶっきらぼうでもいい。上手くなくてもいいから……」 創造した酸素だけじゃ間に合わなかった。 だから何度も、幾度も植えた。 この世界……いや、違う。 俺は自分の周りにある日常って世界くらいは守りたくて───  「……お前は、笑ってろ───」 他になにを守れなくてもよかった。 ただせめて、こんなカラッポな自分の中を暖めてくれる人達くらい、 守りたかっただけなのに。  「お前はなんにも……悪くないんだから」 ───……。 最後に植えた緑が破壊され、その上に建物が建った時、最後の友達が逝った。 千年の寿命を背負ったとはいえ、他のやつらより長生きしたほうだと思った。 最後まで俺に笑っていろっていったそいつは、 まだ仲間内で元気に騒いでいられた頃を懐かしみながら息を引き取った。 そして……俺と彰利だけが残された。 悠介 『………』 力を失った手が垂れていた。 彰利は今も空界を飛び回っているんだろうか。 死ぬなら生まれ育った場所で死にたいと言ったこの友達は、 こんな建物だらけの世界に何を思うことが出来ただろうか。 悠介 『………』 呆然としながら、思い出すのはこの友達が言ってくれた言葉。 “守るべき者”である俺に対して、およそ言うべきじゃない言葉を……こいつは残した。  「他のやつらは家族を頼むとかなんとか言ってたけど……“俺の家族は守らんでくれ”」 信じられない言葉だった。  「もうお前は十分に守ったから。俺はお前に守ってくれなんて言わない。   ……な、もういいだろ?英雄としてなんかじゃない。義務としてでもない。   守りたいから守るなんて思いは、全部俺が墓に持ってってやるから。   だから……お前は笑ってろ。たとえ守らなくなったことで罵倒されても、   お前はなんにも悪くないんだから」 だから、いったい自分がなにを言われているのかまるで解らなかった。  「守ることなんてもうやめちまえ。   なんの因果か解らないけど、こうして最後に俺だけが残った。   けど、それには何かの意味がある。みんなみんな守ってくれって言い残して逝った。   でも俺がお前に遺してやれる言葉は……俺が残った意味はそんなもんじゃない」 言ってる意味が解らない。 その時の俺はそう言った。 すると……そう。 あいつは笑ってみせたんだ。 そして───  「これを言うのも随分久しぶりで───   ああ、まったく泣きたくなるくらい懐かしいけど。   ……晦一等兵。原中が提督の名の下に命ずる。もう、誰かのために傷つくのはやめろ」 そう言った。 そうだ、確かにそう言ってくれたのに───  「俺の最後の言葉だ。馬鹿丁寧に遺言として受け取って、守り続けろなんて言わない。   お前がどうしても守りたいっていうなら、きっと俺なんかじゃ止められない。   でもな、晦……守りたいものを守るってのは、何かを守らないってことだ」 ……そんなこと、とっくに解ってる。  「守りたいものがあるからお前は立ち上がって、守りたいものだけを守る。   でも……じゃあ、お前は守りたいものと守りたいものが争いを始めたら、   いったいどっちを守るべきなんだ……?」 ……、それは───  「そんなことを続ければ、お前はいつか壊れちまう。   貫こうとした信念が曲ってしまうことだってある。   俺はいつかそんなことが起きて、お前が傷ついちまうのが怖いんだ。   ……だから、やめちまえ。やめて、静かな世界でも創ってそこに住めばいい。   この世界はもうだめだ。お前が居る限り生きてゆくだろうけど、   逆に、お前が居るからこそ滅べない」 俺が……居るから……?  「この世界はもうとっくに終わってる。   英雄なんて存在が無ければ、これから一年も保たずに終わる世界だ」 だったら───!  「ゲホッ!ゴホッ……!……チッ……そろそろ辛くなってきたな……。   だったら……だったら俺が守らないで誰が守る、か?   それこそ寝言は寝て言えだろ、ばか」 え……  「なぁ……晦。お前が守りたかったのは“この世界”か?   こんな、建物ばっかりで、いくら酸素創造物を設置しようが   一向に空気が綺麗にならない世界か?」 それは……  「……お前が守りたかったのはさ、“世界”なんかじゃなかったんだ。   ただ、ずっと俺達と馬鹿やっていられた時代こそを、お前は美しいと感じてくれた。   お前はさ……そんな仲間たちの遺言だからって、子孫たちをずっと守り続けてきた。   でもな、そりゃ……みんなは死ぬ間際には自分の家族を心配したかもしれない。   最後にそれを言い残すのは、残される人を案じる逝く者にとっては当然だ……。   でも、でもな……?それでも……お前が守りたかった“あの時代”は……   もうこの世界にはカケラも残されちゃいないんだよ……」 ───!  「思い出は綺麗だ。お前は創造者だから……想像する者だから、   俺なんかよりずっと鮮明にあの頃を思い出せるだろう……。   でも、だからこそ……もう気づいてもいい。みんなもう俺達を置いて逝っちまった。   世界も変わって、俺達が通った学校も、騒いだ街も、全部無くなっちまったんだ」 でも……俺は……  「思い出してみろ、晦一等兵……。俺達原中は、もう何世代も遠く過ぎ去った家族を、   今さら守らなくなったからって……本気で仲間を罵倒するような連中だったか……」 …………。  「頼むから……もう休んでくれ。俺達は十分守ってもらったから。   今の俺達の血筋の中に、俺達のことを知ってるヤツなんて一人も居やしない。   それどころか、自分の親や祖父母の墓まで破壊して、   その上に家を建てるようなやつらの中の一人だ。   そんなやつらを守ってもらったって喜ぶやつなんて居やしない」 …………。  「…………、……悪いな、こんなことしか言えないなんて。   でもその意味がちゃんとあったって、   天国だろーが地獄だろーが胸張っていけるように……   せめて、お前だけでも笑っててくれ……」 ───、……  「……じゃあな。あの世がせめて、幸せだった思い出の中であるように祈ってる」 …………。 遺された言葉はそれだけだった。 本当は守らなきゃいけなかった言葉。 それでも俺は馬鹿で、守ることしか能がなかったんだ。 助けなきゃ滅んでゆく世界に、手を伸ばせば助けられる人々。 そんなものを目の前にして、黙っていられる筈がなかった。 そしていつしか……大事な友人の言葉の意味も忘れ、やがて───   俺はただ      ハカイするだけの人形と化していた 『なんだよ、あんた英雄だろっ!?』 キコエナイ ───肉を裂く音がする。 『俺達は守られて当然なんだ!そんな世界に誰がした!?お前じゃないのか!?』  キコエナイ ───頭蓋を壊し、眼球を潰し、脳を削ぐ感触が剣を伝う。 『みんな産まれた時から守られてたんだ!それなのにどうして俺達だけが───!』   キコエナイ 破壊する、破壊すル、ハカイ、スル…… 『どうして、どうしてぇえっ!!』    キコエナイ 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ 『俺のガキを生贄にする!だから俺だけは───』     キコエナイ 汚い物は排除すべきだ だから死ね 死ね 死ね死ね死ね死ね死ね死ね 『知っているぞ!これは貴様の復讐なんだろう!仲間を殺されたのがそんなに悔しいか!?  だが当然だろう!不公平だとは思わないのか!  貴様らだけが永遠を生きる術を持ち、我々は100年足らずで───』      キコエナイ 増えて蝕むだけの害虫が何を言う 増え続けるからこんなことになったのに何故気づかない 故にくたばれ 慈悲など無い あるとするなら一撃で殺してやるくらいだ ───…… そうして、世界は滅んだ。 最後の末路は俺が手を下すまでもなく自滅。 酷く滑稽だったのを今でも覚えている。 悠介 『………』 そうして滅びた世界になにを見たのか。 それもまた酷く滑稽で。 ただ俺は、もう流す涙も無くなってしまった眼で懐かしい時代の幻想を見て、 心に留めておかなきゃいけなかった言葉を残してくれた友人の笑顔を思い出していた。 悠介 『っ……』 謝罪の言葉なんて思い浮かばない。 どうやったって償えもしないし、今立っている全ての原因が、 自分が“守りたいものを守るため”に立ち上がったからだった。 そんな俺にどうやって謝罪が出来る。 何を以てば償えるというんだ。 俺はただ……あの日常の中で、親友の未来を守れていればそれでよかったのに─── 悠介 『……先に立つ後悔など無い……か』 何処でどう間違ったのかなんて言い訳はしない。 どの道守らねば長くは続かなかった世界だ。 そして、守ることで“守られて当然”という意識を与えてしまったのも俺自身。 それを今さら後悔がどうと言ってなにになる。 悠介 『……そうか、つまり───』 かつて自分の前に訪れた自分も、ここへと至ったのだ。 だったら自分もかつて美しいと感じた世界に降り立てば、何かを得られるのでは…… そう思うと、もう止まることなど出来なかった。 俺は答えを得るべく遙か過去の世界へ降り立ち、 そこで一人の少年の体の中へと入り込んだ。 その少年は一人で青年に立ち向かうなんて馬鹿なことをしていた。 もちろん散々たる結果だった。 それでも立ち向かっていく少年になにを感じたのか。 俺はそいつが気絶したのをいいことに体を操り、ニヤニヤ笑うゴミの清掃にかかった。 ……結果はあっさりしたものだ。 喧嘩にもならず、男は一方的に小さな子供にやられた。 舐めてかかってきた男の膝を無遠慮に蹴り付け皿を砕き、 泣こうが喚こうが徹底的に痛めつけ、指を折り、手を折り、腕を折り、 いっそ殺す気で痛めつけた。 だが所詮子供の体だ。 殴っているうちにこちらの拳がまいってきた時点で攻撃は終了した。 そんな経緯もあって、自分のままで行動するよりは都合がいいとこの体の中に住み着いた。 そうしてみて思い出すことなど山ほどあった。 その子供の名前が柾樹で、知り合いの息子だったこと。 いつか自分がこの時代に居た頃も、その子供には感情が無かったこと。 いろいろな物事のピースが嵌まっていくうちにただ懐かしくなり、 そんな中で出会う懐かしい面々の顔を見て、声も涙も無しに泣いたことを覚えてる。 守りたいものは確かにこの時代にこそあったのだ。 まだ緑もあって、ただ平和で平凡だった時代にこそ。 けどそれだけではこの世界は変わらない。 変わるためにはあることをしなければならない。 それもきっと、運命に抗い続けてきた親友が居るならなんとかなるって信じてた。 そう、信じたのは親友のみで、晦悠介なんていう存在は信じるには値しなかった。 こいつ……つまり俺を含めた“晦悠介”という存在が居なくならない限り、 堕落した未来は消えはしないのだ。 守りたいものを守るなんて幻想は、 空界を救うためだけの空想や幻想だけに留めておくべきだった。 だから破壊する必要がある。 俺もお前も、なまじ力を持った者だからこそ、 馬鹿みたいな願いなんて持つべきじゃあなかったんだ。  守りたいものを守りたい そんな思いは決して叶えるべきじゃなかったのに。 俺はただ、小さな幸せの中に埋没していればそれでよかったのに。 何故こうなってしまったのだろう。 他にもきっと目指せる場所はあった筈なのに。 その答えが今も解らないから───俺は今、この時代に立っている。 あいつを殺さなければならないのは確かで、でも、それとは別に願っていることもある。 それはとても簡単なことだけど、手を伸ばしても晦悠介という存在では辿り着けない願い。 遙か昔から感情が壊れたままで、今も尚子供のままな自分には辿り着けない理想の果て。 守りたいから守るなんて、それこそ自分の意思から産まれたものではない。 だからこそ、そんなものに縋らなきゃ生きていけない自分では、 いつまで経ったって辿り着けやしないのだ。  ───、…… 遙か遠くの過去から聞こえる声は小さい。 きっと思い出さなければいけない思い出も、その全てが経験の海の奥底に沈められている。 今さら手を伸ばしたって届かなくて。 だけどそれを知らなければいけない気がして─── 今も、そしてこれからも、いつまでも答えが解らないまま、涙も流さず泣いている。 Next Menu back