───冒険の書132/初心者修練場バトル(再々)───
【ケース378:晦悠介/ルナっちはきっと怒っとる】 シャランラァ〜♪ 悠介 「ン───お……」 眩い光に包まれて降り立った場所。 他のフィールドなどでは絶対に流れない独特の音楽と雰囲気。 紛れも無い、そこは初心者修練所場だった。 で─── ゼノ 「ヌ……ここは何処だ」 ライン「知らんな」 俺の周りには見慣れた面々。 今回初めてヒロライン入りする奴等が一緒に揃っていた。 そのメンバーが見慣れすぎてて……逆に怖い。 若葉 「おにいさまっ!わわわたし、この場所のことをよく知りませんっ!     ですからそのててて手取り足取りっ!!」 木葉 「落ち着いてください、嫁き遅───姉さん」 若葉 「木葉っ!?今なんて言いやがりました!?     いきおくれ!?嫁き遅れと言いましたか!?」 木葉 「言ってません」 水穂 「あわわ落ち着いてくださいよぅお姉さん方……っ」 若葉 「あーなたは黙ってなさい水穂っ!!」 水穂 「ひゃうぅっ……!」 ゼノ 「ぬ……貴様、それは我が妻に対する挑戦か。ならば我とて───」 若葉 「晦の家主として言います。ここで楯突くならむこう一年、食を差し上げませんよ。     あなたは平気かもしれませんが、水穂はどうでしょうねぇ」 ゼノ 「ぬぐっ!卑怯だぞ女!!」 若葉 「なんとでも言いなさい!」 悠介 「………」 しばらく見ない内に、晦家の事情もいろいろ変わったんだなぁ……。 あのゼノが言い負かされてら。 ライン「それで……王よ。これより何処へ進めばいい」 悠介 「すまん、話を根本に戻してくれると助かる。     橋を渡った先に城みたいのがあるだろ、あそこに向かってくれ」 ライン「あそこか。承知した」 悠介 「ほら、お前らも喧嘩なんかしてないで、行くぞ」 ゼノ 「甞められたまま進めと言うのか貴様!」 若葉 「おにいさまからも何か言ってください!この解らず屋に!」 悠介 「さっさと進め(注:何か)」 若葉 「そういうことを言えと言っているのではなくて!!」 悠介 「お前らの性格は解ってるんだ、言い出したら止まらないことも、     まとめるヤツが居なければ延々と騒ぎ続けることも。     本当に……水穂の苦労が目に浮かぶようだ……」 木葉 「それもこれもお兄様が家を飛び出したからですが」 悠介 「……そもそもお前らが騒がなければいいって結論には至れないのか木葉よ」 木葉 「騒いでいるのは姉さんなので」 若葉 「煽っているのはいつもあなたでしょう!!」 木葉 「……現在進行形で騒いでます」 悠介 「騒いでるな」 若葉 「《カァッ……!》で、ですからこれはあなたがそうやって煽るからっ!!」 悠介 「は〜いはいはい、解ったからほら。行くぞ」 若葉 「う、うぅう……」 久しぶりにポンポンと若葉の頭を撫でて歩き出す。 シュバルドラインとゼノはさっさと橋を渡ってしまったらしく、 一緒にくっついていった水穂と城の扉を開けているところだ。 俺は俺で、まぁたここからとはなぁ……と小さくぼやきながら、 のんびりと橋をガガシィッ!! 悠介 「お……おい、若葉、木葉?」 若葉 「お、おにいさま?わたしゲームなどというものは初心者なので、その。     手取り足取り教えてもらえると嬉しいのですが」 木葉 「…………《こくこく》」 悠介 「……それと、今のこの囚われの宇宙人的状況と、どんな関係があるんだ?」 厳密に言えば両側から腕に抱きつかれてる状態なのだが。 若葉 「関係などありません」 木葉 「したいからしてるだけです」 悠介 「………」 セレス「まあ……心中察します」 懐かしいってくらいの脱力感が俺を襲う中、 今まで黙っていたセレスが小さく言葉を発する。 はぁ……本当に先行き不安だ。 ───……。 ……。 ガゴッ……ゴコココォオオン…… 若葉 「わ……あ……」 木葉 「これは……」 セレス「随分広い場所ですね」 こういうのは無駄に広いって言うんだと思うが。 ともかく後ろで閉ざされた扉が軋む音を立てる中で、 広い城の通路を歩いた先に居るナイト。 そいつに話し掛けることで始まる状況は、俺が設定した頃のままらしく、 シュバルドラインやゼノ、水穂はナイトの前で俺達を待っていた。 ……全員揃わないと話進まないのもそのままか。 まあ、一人一人に説明するよりはよっぽど早いけど。 ナイト「ようこそ、博光の野望ONLINEの世界へ。新規の冒険者ですね?」 ライン「冒険をするとは言っていないが、まあいい、話を続けろ」 ナイト「細かい説明はもう面倒なのでまずこの首飾りをどうぞ」 若葉 「……随分と適当な人ですね」 ナイト「どうせここでしか出番ありませんから」 セレス「自分の存在意義を見切っているゲームキャラクターというのも、     それはそれでどうかと……」 悠介 「言ってやるな……聞き流してやるのが礼儀だと思う───経験上」 セレス「悠介さんが言うと物凄く説得力がありますね……」 悠介 「だから……納得してさえくれれば聞き流してくれた方が楽だって言ってるんだが」 セレス「周囲から認められるほどの苦労人が何を言うんですか」 悠介 「お前までそれを言うか……」 うんざりするような顔でセレスを見る……と、 セレスはくすくす笑ってあっさりと答えた。 セレス「わたしは元々、晦家に面倒事を引っ張ってきた方ですよ?それこそ今更です」 ……と。 悠介 「………」 ふぅ、と溜め息を吐くとともに、 既に吸血鬼や死神が傍に居る状況に慣れすぎていた自分の思考にこそうんざりした。 そうだよな……吸血鬼だもんなぁ……。 あー……ルナが初めて晦家に来訪した時が懐かしいよちくしょう。 あの頃は純粋に霊や死神なんてものはてんで見えたりしなかったっていうのに、 ちょっと関わったらいつの間にかこんな状況だ。 最初の頃、ギャーギャー騒いでた自分がむしろ最果てのようだ。 悠介 「……ところで。こんなにプレイヤーが増えて、イセリアの方は大丈夫なのか?」 セレス「わたしに聞かれましても」 悠介 「ん……そりゃそうだ」 一人一人の精神状態を監視するのも相当に大変だと思うんだが。 そこのところはあれか?至高魔術師の上を行くイセリアの力の見せ所ってところだろうか。 あー……ともかく。 こうして再び手に取ったナビネックレスをしげしげと見下ろすに至り…… 以前のネックレスはどうなったのだろうか、とか考えるわけだ、俺は。 やっぱり無情に没収されたのか?今まで集めたアイテムも全部。 何故だろうなぁ〜……理不尽な気がしてならんのだが。 ナイト「今回のバージョンアップにおいて、敵やダンジョンの数が増えました。     さらには特定のモンスターの変更や改善、イベントの数も増えています。     前回までの設定と違う場所があっても、     それは仕方のないことだと思って諦めてください。     どうせ真面目にこの世界を楽しんでいるのは中井出博光氏だけなので」 悠介 「中井出よ……」 なんだかヤツが哀れに思えた。 それってあれだよな、こなしてたイベントが変更されて初期化された、とかそういうのか? ……やっぱり哀れだ。 ナイト「なお変更されたモンスターの代表的なものとして、     宝玉を守る竜が大幅に変更されました。それぞれの属性の宝玉を守る竜として、     地にアースドラゴン、水にブルードラゴン、火にレッドドラゴン、     風にストームドラゴン、雷にサンダードラゴン、氷にフリーズドラゴン、     光にホーリードラゴン、闇にダークドラゴン、元にグレイドラゴン、     然にカイザードラゴン、時にサウザンドドラゴン、死にスカルドラゴン、     無にデスゲイズ、創にジハードとなります」 悠介 「ジハード!?ジハードが居るのか!?」 ライン「む……」 ナイト「なおグレイドラゴン、カイザードラゴン、サウザンドドラゴン、スカルドラゴン、     デスゲイズ、ジハードは他の守護竜よりも群を抜いて強いので、     ゼプシオンと渡り合えるくらいの力量をつけてからお挑みください。     でないと一撃。たった一撃で昇天できます」 悠介 「おいおい……」 ゲームバランス悪すぎやしないか……? でもそれくらいの相手が居ないと、強くなる楽しみっていうのは無いのかもしれない。 今の俺からしてみても、守りたいものを守るって意識は大分薄れている。 かつては自分の生き方とさえ思ったこの意志は……そう、 感情の大半が自分の身に流れてきてからは、落ち着きを取り戻している。 守りたいものを守るって意志は、俺が父さんから受け継いだ……いや。 俺が勝手に受け継いだ気になっていたものだ。 ルナやルヒドに記憶の封印をされていた頃でも無意識に行動を起こすほどの根強い意志。 でも、それは父さんの生き方であって俺の生き方じゃあなかった。 今は周りのやつらのお蔭でそれに気づけて─── そりゃあもちろん、全然守らないなんてことは出来ないと思うし、 守れるなら守りたいって思うのは当然のことだ。 だけどそれも以前ほどじゃない。 ……みんな、この世界で強くなっていっている。 それは多分俺が思っている以上に、 ノートが俺の生き方に違和感を覚えてた証拠なのかもしれない。 みんなが強くなれば俺が守る必要なんて無くなるのだと。 今考えれば馬鹿なことを考えていたと呆れるくらいだ。  誰かを守るってことは、誰かを守らないってこと。 そう言ってくれたやつの真っ直ぐな目が俺の心に温かい。 そうだ、全てを守ることなんて出来ない。 だから何処かで妥協しないと守ることなんて出来ないし、 全てを守るつもりでいたら、自分の意思はいつか歪んでしまう。 その先に“あいつ”は居て、英雄でありながら全てを滅ぼす破壊者へと堕ちた。 ……俺が目指すのはそれとは別の未来。 そして、なによりもまずしなければいけないことは、 この夏の先の未来へと……あの約束の季節へと至ること。 そのためならどんな苦難だって乗り越えてみせよう。 また、守れなかった自分から守れる自分になれるように。 せめて、あいつの未来くらいは守れるように。 ナイト「えー、そんなわけですので。他に特に話すことはありません。     あるとするならば実戦訓練をするか否かくらいですが、どうされますか?」 ゼノ 「我に向かって実戦訓練とはよく言ったものだ」 ライン「人間風情が大層な口を利く。ならば我が力、貴様の身で試してみるか?」 悠介 「……おーい、人が感傷に浸ってる時に、     あまり無茶なことを仕出かさないでほしいんだがー?」 ライン「止めてくれるな王。     時に何かを爆発させることは存在にとって必要不可欠なことだ」 ゼノ 「実戦訓練をさせてくれると言うのだ、     今ここで殴りかかることにどんな異存がある」 悠介 「……お前らって奇妙に似た者同士だよな……。     でも先に言っておくぞ?やめとけ、コロがされるぞ」 ライン「王よ、貴様本気でそんなことを言っているのか?」 ゼノ 「フン、我も低く見られたものだ。いいだろう、今一度我が力の程、見せてくれる」 ギパァと綴じ目だった目を見開くと同時に、ゼノがその一歩を踏み出す! やがて手の中に出現した鎌がナイトに向けて振り落とされた! 悠介 「若葉!木葉!水穂!セレス!───逃げるぞ!」 若葉 「……?何故ですか?」 木葉 「彼ならばあんなナイトごとき、倒せるのでは?」 水穂 「そうですっ、ゼノさんはあんな人になんか負けません!」 セレス「それではわたしは悠介さんと逃げますので、ごきげんよう」 水穂 「ええっ!?セレスさんっ!?」 合点とばかりに俺はセレスに頷いてみせ、全速力で逃げ出した! ───直後、 声  「なめたらかんでぇ!!」 声  「ぬっ!?馬鹿な!」 耳に届く音楽が初心者修練所の音楽から 初代熱血硬派くにおくんの戦闘テーマに変わったあたりで、 炸裂音とともに聞きなれた声が絶叫として耳に届いたのだった。 セレス「……悠介さんが言うから逃げましたが。あれはいったい?」 悠介 「ここに来るヤツは全員平等にレベルが下げられるんだよ……。     どれだけ現実世界で強くても、ここじゃ全員1レベルだ。     差が出るとしたら戦闘経験くらいで、そこいらに居るナイトは     1レベルのやつがどれだけかかっても勝てるような相手じゃない」 セレス「納得出来ました」 それはまあ、後ろを見るだけで明らかだ。 自信満々だったゼノやシュバルドラインはあっさりと殴殺され、 若葉や木葉や水穂もそれに順ずる結果となっていた。 で、こうなればもちろん…… ナイト「ええことしよかぁ」 悠介 「やっぱりかぁあああっ!!!?」 別の方向に待機していたNPCが、呼んでもいないのに参戦!! ああまったくくにおくんの醍醐味だ! そこらを歩く老人やおばさんでも平気で喧嘩を売ってくるのが大阪! ああ恐るべきは大阪! ……ちなみに彰利は初代熱血硬派くにおくんをやった当時、 大阪人は全員が全員道を歩いているだけで喧嘩を売ってくるものだと本気で信じていた。 などと言ってる間にナイトは剣を使わず拳を繰り出し…… 俺たちはまるでナイトらしくない戦い方をするナイトにボコボコにされた。 ───……。 ……。 神父 「おお旅人よ!死んでしまうとは情けない!!」 そして現状がこれである。 まだ旅もしてないのに旅人扱いされて、しかも情けないと言われるなんてどういう現状だ。 悠介 「話忘れてたのは悪かったけどな……     いや、むしろナイトが説明しなかったのが悪いんだが……。     とにかく村人や通行人といったNPCに攻撃を加えると襲い掛かってくるから、     無闇矢鱈と攻撃しないこと。あ、叩くのも無しだぞ」 ライン「では蹴りつけるとしよう」 悠介 「ああそれならって待てぇええええっ!!!」 ドゴォン! 神父 「ブゲッ!?」 悠介 「オアーーーッ!!」 シュバルドラインの攻撃! 神父は顔面に1のダメージを受けた!! ライン「ぬう……!?馬鹿な、本気で蹴りつけたというのに───!?」 悠介 「たわけ!この世界じゃ誰でも全員レベル1からの開始なんだよ!     そんな俺達が神父に勝てるかぁっ!これでもこいつ精霊だぞ!?」 ライン「精霊か。精霊についてならば王の方が詳しいな、さあ行け」 悠介 「さあ行けじゃないだろっ!ちょ、待て!自分で招いた面倒事くらい自分で」 神父 「なめたらかんでぇ!!」 悠介 「ま、待て!蹴ったのは俺じゃないだろ!     どうして真っ直ぐ俺に向かって《バゴシャア!!》ぐはぁあーーーーっ!!!」 ああ……星が見えるスター。 ───……。 ……。 神父 「おお旅人よ!死んでしまうとは情けない!!」 悠介 「自分の手でコロがしといてどの口が言いやがる……!」 早くもうんざりした状況だった。 何故って、こんな神父に誰がしたって言われれば、俺がしたって言うしかないのだ。 自業自得とはいえ、なんとも嫌な神父になってしまったもんだ。 これで精霊だっていうんだぞ?しかも無の。何かが歪んでる。歪んでるだろ、明らかに。 悠介 「なぁセレス。     あ、いや、なんというかまともに話になりそうなのがお前しか居ないから     お前に訊くことをまず許してほしいが……」 セレス「ええまあ……解りますから続けてください。     水穂さんもゼノと一緒になってからは少しずつ歪んできてますから」 悠介 「懐かしいな……ルナに振り回されてピーピー叫んでた水穂……」 セレス「今はただただ当時の水穂さんが遠く感じるだけですよ……」 望郷とは遙かに遠きものか……。 なんにせよ、話の続きをするとしよう。 悠介 「さっきの竜の話は覚えてるか?14頭の守護竜のこと」 セレス「はい、それは。地、水、火、風、雷、氷、光、闇、元、然、死、時、無、創。     それぞれの……宝玉、でしたか?それを守る者と聞きましたけど」 悠介 「実はな、その属性の中で死と創の精霊だけはまだお目にかかってないんだ。     だからまあ、この世界に降りたばっかりのセレスに訊くのもヘンな話だけど、     実際にその属性の精霊が居ると思うか?」 セレス「本当におかしな話ですよ、悠介さん。     わたしがそれに答えられるわけがありません」 悠介 「じゃあ質問変える。……ルナ、怒ってると思うか?」 セレス「それはもう。悠介さんと一緒になってからルナは、     それはもう独占欲の塊のようなものですから。     あそこまでわがままな死神なんて、他の何処を探してもいないでしょうね」 悠介 「………」 多分常時甘えっぱなしの猫が独占欲を持つとあんなのになるんだと思う。 好かれるっていうのは案外こそばゆいものだっていうのを、俺は最近知った。 彰利に言わせれば“サウザンド鈍感”に値するらしいが、 それこそ彰利にだけはそれを言われたくなかったのが現実だったが。 まあそれはそれとしてだ。 どうせルナが怒ってるのは確実だろうし、俺は俺でまた修行の日々を駆け抜けるだろう。 あいつには悪いけど、またしばらく別行動を取らせてもらおうか。 ……見つからない限りは、だが。 見つかったらいろいろ大変なことになりそうだけど。 まあ見つかったら見つかっただ。 修行するにはルナが一緒じゃダメってことはない。 そりゃ、いろいろ問題は出てくるかもしれないが…… どちらにしろまず俺がするべきことはだ。 悠介 「そこ。もう神父はいいから先に進もう」 ゼノ 「死神である我に聖職者を前に退けというのか貴様!!」 悠介 「退け。頼むから退いてくれ……」 妙なプライドを持っているヤツっていうのは、これで案外対応しづらい。 案外もなにもないかもしれないが、とにかく対応しづらい。 セレス「悠介さん、思ったんですが……目的が定まっているのなら、     無理に全員で行こうとせずに進んだほうが早いのでは……」 悠介 「………」 セレス「……もしかして、気づきませんでした?」 悠介 「言うな……」 神様……俺は本当に馬鹿なんでしょうか……。 【ケース379:晦悠介(再)/ライオットトランブル】 シャランラァ〜♪ セレス「……ここが戦闘フィールドですか」 悠介 「そうらしい」 考えてみれば俺も初めてである。 自分でイメージした部分やそうでない部分が混ざり合ったそこは、 今にしてみれば既に自分の知らないところと言ってもいいくらいだ。 俺が作った基盤なんて、もうほとんどが修正されている。 そりゃあ、精神世界を作り出すなんてこと、完全にこなせる人間が居たらすごい。 ……もちろん当時の俺は人間ですらなかったわけだけど。 でも今は違う。 今の俺は、詳しいこともなにも知らなかった、 ただ月の家系の一族ってだけだった一介の人間だ。 懐かしいもんだ……あの頃はまだ、自分が朧月だったことすら気づけてなかった。 本当に不思議でおかしなもんだ。 ここに至るまで、いろんなことがあったにも関わらず─── その起きた出来事があまりに日常離れしているにも関わらず─── それらが今の自分を形成している時間軸が、この他にもたくさんあるのだ。 奇跡なんて起こらない、なんて言っている人達が知らないところで、 奇跡は時間軸が動く限り、何度でも発生している。 たったひとつのピースが欠けてもここには至れないのに、至ることが出来た。 それは長い目で見れば奇跡なのに、人はそれを運命の一言で纏めてしまう。 俺達はそんな運命にこそ逆らいたいし、そのために力をつけたい。 いつか至ってしまう最果てが、あいつが辿り着いてしまった未来にならないためにも。 悠介 (……どのみち……いや) 難しいことを考えるのはやめよう。 答えの出ない問答なんて、脳にはいいけど時間にはやさしくない。  ……ただ、これから起こる戦いの中で、死者なんて出ちゃいけない。 見えた未来の中、死んだヤツなんか居なかった。 もちろんそれは、そこに至るために自分たちがどれだけ努力したかで簡単に変わるものだ。 でも前提はきちんと見えた。 誰も死ぬ者なんてなく、わだかまりはあったけど日常には戻れた歴史がそこにはあった。 みんな空界に移り住んだり、俺と彰利はあの場所で喧嘩したり。 そんな未来があったのだ。 だから……この未来だけは前提として歩かなきゃいけない。 彼らが歩むの日常を、長く眩しいものにするために。 それが、俺が心から望む、守ってやりたいあの馬鹿者の未来だ。 悠介 「……そういえば……」 今頃あの馬鹿……ああいや、彰利は何処でなにをしてるんだろう。 言ってた通り、真面目に修行をしてるんだろうか。 悠介 「なぁセレス。三日坊主の坊主にはどういう意味合いが込められてるだろうな」 セレス「悠介さんがそれを訊きますか」 悠介 「……お前さ、俺なら日本の全てを知っているって風に思ってないか?」 セレス「え───違うんですか!?」 悠介 「いや……そんな、本気で驚かれても相当に困り果てるんだが……」 俺ってそんな風に見られてるのか……ショックとまではいかないが、微妙な心境だ。 悠介 「ええいもうめだるっこしいのは無しだ。まず体を動かそう」 セレス「そうですね。一応武器も貰ったことですし」 言いつつ、セレスがミリリ……とグローブを握り締める。 もちろんボクシングとかのグローブではなく、 中井出が装備してるマイトグローブのような、手にフィットする方のものだ。 なんの冗談か……と最初は思ったものの、セレスが選んだのは拳。 構えらしい構えなんて無いが、どうやらそれが構えらしい。 悠介 「体術なんてできるのか?」 セレス「吸血鬼が武器を使用するほうがおかしく見えると思いませんか?」 悠介 「ん───……まったくだな」 剣も弓も槍も、色々連想してみたんだが……やっぱり徒手空拳が一番似合ってる。 一言で言えば不可視の理力と爪、もしくはコウモリとか因子を流し込んで作った下僕とか。 そういうパターンばっかりがぴったりと合う。 でもセレスの場合はやっぱり不可視の理力とかなんだろうな。 コウモリに化けはするし霧にもなれるけど、下僕を作るような性格じゃない。 悠介 「よし、じゃあそこいらの敵で戦闘の練習でもするか」 セレス「何気に楽しんでます?今の状況」 悠介 「俺は元々、一ファンタジーファンだが」 ファンタジーに憧れない男など男じゃない。 俺はその事実を空界で知りました。 ああ、それはもうとんでもないトキメキファンタジーだったさ。 何度死にそうになったか解りゃしない。 それでもそのお蔭で現状があるなら、なんの文句も無かった。 悠介 「いやほんと……行くとこまで行ったって感じだよな……」 神になって死神になって竜になって王になって皇竜王になって……ああ、猫にもなったな。 俺の人生、ほんと日常から逸脱した状態が日常になってるから怖い。 “王”って呼ばれるのにもいつの間にか慣れてる自分もさらに怖い。 とまあそんなことを、 さっそくスライムを鋭く伸びた爪で引き裂いてるセレスを見ながら思ったわけだ。 吸血鬼とかってどうして自在に爪を伸ばしたりできるんだろうかな。 猫と同じで仕込んでるってわけじゃ……ないよな、そりゃあ。 でもあれだけ長いと、相手にぶつかった拍子に剥がれそうで怖いんだが。 セレス「ん……なるほど、確かに力が制限されてますね」 ピギー、と悲鳴をあげて散るスライムを前に、セレスが自分の爪を見て呟く。 俺もチラリと見てみたが、それがジャキィンと指に戻る様はなんというか……なぁ? どう喩えろっていうんだこの状況。 セレス「悠介さんんは戦わないんですか?」 悠介 「いや、戦うよ」 確かにそうだ、セレスの様子を見たり考え事ばっかりしてちゃあ意味がない。 せっかくこうして感情も落ち着いてきたわけだ、 思い切りファンタジーを楽しむべきだろう。 初心回帰大いに結構!やってやろうじゃないか! 悠介 「というわけで。ん〜〜……ほいっ」 イメージを小さく解放。 今出来る最大の創造を以って、魔力を創造してその魔力を召喚に回す。 というよりは体の中からディルゼイルを弾き出したわけだが─── ディル『む……』 悠介 「うわー……」 出てきたディルは随分とちっこかった。 手にも乗せられるくらいちっこかった。 言うなればトカゲに翼が生えたくらいにちっこかった。 種族的に言えば『飛竜……?』だ。 疑問符がついてるんだ。 それくらいちっこかった。 セレス「パピィですか?」 悠介 「……すまん、とっさに太陽に人間の体が生えたようなおっさんしか     思い出せなかった俺を許してくれ」 セレス「悠介さんがとげ太さんや     あの大人数の前にいろいろ変わっていってるのは解ってますから」 悠介 「とげ太?……ああ、彰利か」 またヘンテコなあだ名つけられたもんだ。 悠介 「以前みたいにホモとかオカマホモとか言わないのか?」 セレス「……そんなことは忘れました」 無かったことにしたいらしい。 悠介 「まあいいや、それじゃ適当に練習していくか。俺は向こうに突撃するから」 セレス「ではわたしはこちらへ。縁があったらまた会いましょう」 軽くペコリと頭を傾け歩いてゆくセレス。 それを最後まで見送ることもなく、俺も早々と走り出す。 さあ、のんびりしてる暇はないな。 出来る限り、可能な限り───遊びつくす!! 何故ってそれは……なぁ? この世界を純粋に楽しんでいる中井出があそこまで強くなったんだ。 近道をしたいわけじゃないけど、楽しみながら強くなれるのは最高のものだと思う。 それに俺だって、空界では楽しみながら強くなれた。 目的もなく強くなることに楽しみなんて存在しないよな。 だからこそ、俺はこの世界を思いっきり楽しんでやろうと思う。 悠介 「そのためには1に鍛錬2に鍛錬!3、4に修行で5に鍛錬!     さあ来い鈍牛!今度の俺はちょっと変だぞ!!     ……すまん今の取り消すからちょっと待て」 適当にズビシィと指差した先にいらっしゃる、巨大な雄牛的な二足歩行の物体。 それがブブルバフゥと熱い吐息を吐きつつ、白目で俺を睨んでくるわけだ。 ……巨大な腕にバカデカい斧を抱えて。  ───ピピンッ♪ 悠介 「う……」 そして届くヒロミ通信。 なんてタイミングのいい……。 どうせこの状況を見てる誰かが飛ばしてきたに違いない。 俺はズサリズサリと射程距離内に入らないように距離をとりつつ、ヒロミ通信を開く。 すると───  ◆ヒロミ通信No,35  今回のバージョンアップにおいて、モンスターの配置位置も大分変更されました。  しかし大雑把な部分もあるので極稀にヘンテコなところに強敵が居る可能性があります。  まず最初にそれを謝罪しますが、間違っても製作スタッフを恨んではいけません。  こちとら寝る間を惜しんで頑張ってるんだからそれくらい見逃しなさい。  それと、敵の配置位置にはヤムベリングが関わっているので、  故意に置かれた敵も居ると思います。十分に注意してください。 悠介 「…………あー」 目の前で誰かが語ってくれたなら、皆まで言うなと言ってやりたい状況だった。 とりあえずだ。 何も起こらずに現実世界に戻れたら、 裁きのひとつでもくらわせてやりたいと心から思った。 ギガノタウロス『ブルゥウァアアアアアアッ!!!!』 若本則夫ボイスの雄牛が猛る!しかも計り知れない強さらしい!! 悠介 「だぁくそっ!絶対に恨むからなベリー!“戦闘開始”(セット)
!!」 叫びつつ剣を構えゾガガオォンッ!!! ───……。 神父 「おお旅人よ!死んでしまうとは情けない!!」 悠介 「………」 一秒も保たなかった……。 黒いなにかが弾けたと思ったら、もう死んでたし。 はぁ……先が思い遣られるな、こりゃ……。 ゼノ 「フン?なんだ、死んだのか貴様」 ライン「王、あまり無様を晒してもらいたくないものだな」 悠介 「…………いや、お前らこそどうしてまだここに居るんだよ……」 若葉 「神父に挑み続けて死に続けてますが」 木葉 「……愚者です。付き合うわたしも相当だと理解はしています」 水穂 「巻き込まれて死に続けてます……」 悠介 「お前らさ……」 人のこと言えた義理じゃないじゃないか……。 ───……。 ……。 さて、それから……いい加減神父には“まだ”勝てないと判断した ゼノとシュバルドラインがようやく戦闘フィールドで暴れ出し始めた頃。 俺とセレスはとりあえず5レベルまで我が身を強化して、 低いレベルの自分にも段々と慣れていっていた。 そんな中、一緒にレベルアップしたディルゼイルが、 レベルアップ毎に少しずつ大きくなっていくのは面白いものがあったのを記憶している。 だが聞いてくれ神よ。 どうやらノートのヤツ、人のイメージのレベルまできっちりと下げていったようで─── こっちがどれだけイメージを纏めようとしても、 決まってイメージが纏まらないことがしばしばなんだ。 まあお蔭で光の武具に頼ることを遠くの手段として受け取れるのは良しと出来るんだが。 しかし今現在創造出来るのは月鳴力の雷系……まあ裁きだが。 それと、ハトといったものくらいだ。 とことんまでに初心に戻されたんだなぁと納得させられた。 月蝕力も確かに存在するものの、 これはハッキリ言って相手が月の家系や死神といった存在じゃなければ意味を為さない。 試しにステータス項目のスキルを参照してみたが、 闇属性のモンスター相手に優位に戦えるということくらいで、 特に付加能力はありはしない。 クロウラー『もろもろもろもろもろ!!』 悠介   「───!」 敵の出現とともに意識を研ぎ澄ませる。 普通の思考から戦闘用の思考へと。 しかしやっぱり違和感っていうものはあるもので、 以前ほど自分の意識がこの体に馴染まない。 思考に体が追いつかないっていうのはこういうことなんだろうな。 イメージを振り絞っても、どれだけ経験があっても、体がこれではどうにもならない。 以前初めてヒロラインに降りてきた時より状況が悪化しているような気がするが…… なぁノート……これって試練か?過去に打ち勝てという試練と、俺に受け取れと言うのか? 悠介   「ええい構うかっ!」 クロウラー『《ブシャア!!》モルスァッ!!』 クロウラーの柔らかい肉を剣で斬り裂く。 刃渡り90センチほどの鉄製の長剣は攻撃力こそ低いものの、きちんとした刃物だ。 柔らかい相手ならこうして簡単に切れる。 切れるが……さすがイモムシモンスター。 斬った途端に溢れ出す気色の悪い汁、汁、汁……!! それでもクロウラーはモロモロと叫び、 その巨大な体で俺に向かってゾルゾルと進んでくる! 悠介 「………」 で、とりあえず俺は逃げてみた。 一定の距離を保ちつつ。 しばらくそうして、砂浜を駆けるたわけカップルの真似事みたいなのを続けたわけだ。 すると───ドシャーーーン。 クロウラーが死んだ。 悠介 「……まあ……なぁ」 あれだけ勢いよく汁を出してるのに走り回れば死ぬよな……。 そんな風に納得したところで剥ぎ取りを開始。 恐らくこの世界一切れ味がいいと思われる、どんな甲殻類の部位も切断できるナイフで、 シャリシャリと部位を削る。 すると───ピピンッ♪《スクリーマーの肉を手に入れた!》 悠介 「………」 手に入れたものを見て、俺はポカンとした表情で横倒れになっている物体を見た。 ……クロウラー、だよな? 設定ミスか?それとも何かの高度な冗談か? よしてくれ、俺にはそんな冗談は受け取れない。 ただでさえ人の思考を滅茶苦茶にする輩が俺の周りにはいっぱい居るんだから。 悠介 「しかしまあ……」 スクリーマーの肉っていったらアレだよな。 食用でも囮用のエサでもなく……投擲物。 悠介 「……ピッチャー振り被って───投げました!」 周りをキョロキョロと見渡したのち、誰も居ないことを確認すると実行。 時々俺の心の後ろ……暴走人と冷静者の狭界の先に居る人物、 “囁く悪魔”の“悠介(とおたす)”くんがささやくのだ。 周りはあんなに楽しそうにしてるんだよ? いっちょ貴様も一皮向けて新天地を目指してみたらどうだい?と。 まあその誘惑にノってしまった結果が 超変身ジェットモモンガーとかだったりするわけだが───ボゴスッ!! 悠介 「あ」 ギガノ『ブルゥァッ!?』 ……今回も例に漏れず、厄介な事故を巻き起こしてくれたらしい。 たまたま通りかかったギガノタウロスさんの肩にスクリーマーの肉が激突。 若本則夫ボイスが素晴らしい雄牛は黒色の体と斧を震わせ、ズシンズシンとこっちに!! ああばかっ!トータスくんのバカ!俺もうお前信じないぞ! ああいや今はまず戦術的撤退を───!! と振り向いた先には…… ゼノ 「………」 ライン「………」 水穂 「………」 若葉 「おにいさま……」 木葉 「……投げましたー」 悠介 「ぐああああーーーーーーーっ!!!!」 見られてた……もうバッチリ見られていたらしい……。 気配察知能力が無くなった人間の俺なんて所詮そんなもんらしい。 だってさ、見ろよ。 セレスなんて顔真っ赤にしながら口押さえてしゃがみこんで、必死に笑い堪えてるぞ? そんなに俺がスクリーマーの肉を投手のように構えて投げるのがおかしかったか。 ……おかしいよなぁ。 ……そんなことを思った次の瞬間には目の前に神父が居たりした。 お決まりの言葉を放つそいつ目掛けて、 俺とゼノとシュバルドラインは辛抱たまらんと襲い掛かったわけだが…… 人間、理性を失ったらあとには何も残らんもんだなぁとつくづく思い知らされた。 Next Menu back