───冒険の書143/全てをゼロに───
【ケース399:晦悠介(再)/イミテーション・ブレイバー】 結構時間が経った頃だろうか。 どうにも眠れなかった俺は、小さく声を出す。 悠介 「そっちの調子はどうだ?」 誰に当てたものでもなかった。 全員寝てるならそれでもいいし、応えてくれるならそれでもいい。 そんな気分で言った言葉だった。 ……そう、それが何かのきっかけになるだなんて、この時はまだ思ってもいなかったんだ。 ゼット「強さへの探求は捨てていない。     順調とだけ言っておこう。貴様に手の内を晒すのは俺の理性が許さん」 悠介 「捻くれてるな……」 ゼット「フン?貴様がそれを言うか。     捻くれるどころか歪んだ貴様にそれを言われる筋合いはない」 悠介 「歪んでるって……俺がか?」 ゼット「聞こえた筈だぞ。俺は貴様に言った。他人のため他人のためと、     力を自分以外のことに使う貴様では永劫力の頂きには至らんだろう」 悠介 「いや……俺は他人のために戦う方が力が出せるほうなんだが……」 ゼット「だから歪んでいると言っている。守りたいものを守るなど理想論だろう。     仲間だと思っている者が敵対した時、貴様はどちらに付く?     双方ともに己が理想のために戦い、それはどちらも間違っていなかったとしたら」 悠介 「……それは」 ゼット「そんな時に自分のために戦えないヤツは明らかに歪んでいる。     他人のために戦うのも結構だがな、     その程度の事態に陥ったくらいで心を揺るがす貴様が歪んでいないと何故言える」 悠介 「………」 ゼット「もう一度言ってやる。貴様は貴様自身のために力を振るうべきだ。     歪んだ己など捨てろ。     他人のために生きてきた過去が今の貴様を形成しているからなんだという。     その過去のために今の自分が歪んでいるのならば何故それを正そうとしない」 悠介 「……俺は、ここまで辿り着くことが出来た自分が間違ってるだなんて思ってない」 ゼット「自分をも騙せない戯言を吐くのも大概にしろ、晦悠介」 悠介 「なにっ……!?」 チッ、と舌打ちするように言葉を吐き捨てたゼットに思わず敵意の目を向ける。 ゼット「貴様は結局、他人のために生きたことなど無い。     他人の理想通りの自分を作り、自分の居場所を保つために生きてきたのだからな」 悠介 「………」 ゼット「父の生き方に憧れ、守りたいものを守るなどという理想を抱き───     親を亡くし、人形として生きる中で己の希望を無くし、     ただ自分が居る意味を欲し、周りが望む通りの自分を象っていた人形……     それが今ここに居る晦悠介という人形だろう」 悠介 「……ゼット……!」 ゼット「違うとは言わせん。いや、言えないだろう。     何故なら貴様は俺とよく似ているからだ。     同類の臭いくらい深淵を覗くまでもなく解る。     己を象ることでしか今を生きることが出来ず、     過去に言われた言葉のみにすがり生き足掻くただの人形だ。     俺はセシルに“世界の均衡”を望まれ、     貴様は親に“守りたいものを守る”という理想を唱えられた。     それがあるから今ここに立っている。違うか?」 悠介 「っ……」 悔しいがその通りだ。 ゼット「だが過去は過去だ。過去が今の自分を形成しているからといって、     何故過去に縛られ続ける必要がある。     貴様がどれほど親の理想に溺れているのかは知らんがな、     自分のために剣を振るえない者が何かを守りたいなどと……よくも言えたものだ」 悠介 「……それはお前の理想だろ。俺の理想とは関係ない」 ゼット「ほう?だったら貴様の親の理想も貴様には関係ないんじゃないのか?」 悠介 「───!」 ゼット「いい加減に陸に上がれ。いつまで理想の海で溺れている。     貴様が目指すべきは親の幻影でも親友の未来でもない。     ただ自分のために築いた未来のみだ。     全てを月の家系というものの所為にするのは勝手だがな、     その末でどれだけの後悔を貴様が背負うことになる」 悠介 「……解らないな」 ゼット「自分さえ救えないヤツが他人を守ろうなどと考えるな。     他人を守るのは自分を救うことが出来るようになってからにしろ」 悠介 「自分を救う……?いや、俺は───」 ゼット「自分で自分のことを理解出来ているつもりか?だとしたら滑稽だな。     いつまで経っても思い悩み、答えが出せない中途半端なままに旅を続けている。     強くなろうと誓った?ならば何故今ここで悩んでいる。     自分が強くなる理由が守りたいものを守るという理想から来ているからか?     そして、その理想を殺さない限り、     未来の貴様が確実に動き出すと解っているからか?」 悠介 「───!……気づいてたのか……?」 ゼット「気づいていなかったのは貴様くらいだろうよ。あまり周りを甘く見るな。     自分が力を付ける理由が周りを傷つけて未来さえ奪い兼ねない……     そんな状況に苦しんでいるんだろう?貴様は」 悠介 「………」 ゼット「どうすればいいのかなど簡単な話だろう。     守ることなどやめ、己のために強くあれ」 悠介 「でも俺は今まで───」 ゼット「いい加減にしろよ貴様……“今まで”など過去だと言っている」 …………。 言葉に詰まった。 過去は過去だと言うゼットを前に、 過去があったからこそ立っていられた俺は言葉を詰まらせるしかない。 ゼット「確かに貴様は今までを“守りたいものを守るため”に生き、     それを理想として精霊とも契約してきた。     精霊たちにとってはそれが貴様との絆とも言えるだろうよ。     だがどうだ?当の貴様は結局そうやって、     周りの者の期待に応えようとして力をつけようとする。     これの何処が人形じゃないと言える。     感情を手に入れたところで、貴様は自分の意思さえ持てぬ伽藍洞の人形だ」 悠介 「ぐっ………」 ゼット「もう一度言う。いい加減にしろ。今の貴様は苛立ちの塊だ。     中途半端な意思のままにただなんとなく強くなる……     そんなものを力とは呼ばせん。そんなもので守るものなど高が知れる。     そんな力で守りたいなど、器が知れる。     周りの期待に応え、自分の居場所のみを欲し、     しかし幸せなど感じずに仲間の傍に埋没する……     確かな存在感はあるというのにまるで影のような存在───     危機にならねば頼られもしない、便利な道具としてしか見られていない人形だ」 悠介 「………」 言葉を返せなかった。 頭の中は必死にそんなんじゃない、お前になにが解る、なんて言葉を並べるが、 それを口にしたら俺という存在はそれこそクズに成り果てる気がした。 もう一度この世界に降りてから、いろいろと気づけることがあった。 でも、だからこそ決断を先送りにしていた感が確かにあったのだ。 まだ学んでいけば、もっと別の考えが───などと夢想し、 頭の中で決意しては、新しく浮かんだことに流されるように思考する。 纏まらないままの……それこそ中途半端なままで旅をしてきたのだと痛感する。 それが仕方が無かったなんて思わない。 事実俺は……こうして何を言われようが、言い返すことも出来ないのだから。 そして言われたことを事実だと受け入れてしまっているのだから……。 ゼット「……今の貴様は、“無駄”に満ちている。     無駄であるが故に、己の道さえ自分で決められずに彷徨う存在だ。     その思考で先を思い描いてみろ、創造する者よ。     貴様の中途半端な理想の先に、いったい何がある」 悠介 「───!」 なにが……?それは───  ───俺はお前に守ってくれなんて─── それは……  ───あの世がせめて、幸せだった思い出の中であるように祈ってる─── 悠介 「───っ……」 寒気がした。 辿り着いたイメージに、全身が震えた。 今際の際、知り合いの誰もが“幸せだった”と言ってくれなかった未来があった。 そして、そんな世界を守るためにただただ守るだけしかしなかった英雄の姿が見えた。 全てを失い、全てに絶望した自分の未来を……俺はイメージしてしまったのだ。 ……冷や汗が止まらない。 鼓動は早まり、呼吸も荒くなり───ほっといてほしいのに、 けれどゼットはそんな俺に容赦なく訊いてくるのだ。 どんな未来が見えた、と。 悠介 「………」 答えられるわけがない。 けれどゼットはそんな俺を見て理解に至ったのか、つまらなそうに言った。 ゼット「貴様は何も守れない。貴様が守れるのは自分だけだ。     他人を守ろうとした末が未来の貴様であり、全てを失い絶望した人形だ。     そして貴様自身が変われない限り、未来も変わってはくれないだろうな。     何故ならこの世界には未来の貴様が居て、     その強さは貴様などが相手になるような力量ではないからだ」 悠介 「やってみなけりゃ───!」 ゼット「不可能だ」 悠介 「っ…………」 断言だ。 容赦の無い、これでもかっていうくらいの断言。 有無も言わさぬ眼光が俺を貫くと、俺は言葉を飲み込むことしか……やはり出来なかった。 ゼット「中途半端な貴様が何を言い並べたところで、     どれも薄っぺらな言葉にしか聞こえん。遠吠えというやつだ。     そんなものに誰がじっくりと耳を傾け心打たれるというのだ。     貴様は無駄に満ち、足りないものに満ちている。     感情が足りん、意志が足りん、力が足りん、決意が足りん、保身も足りん。     そんな者に守られる者が、果たして身を委ねるか?     俺ならば御免だ、己の身は己で守る」 悠介 「けどな、その力もないやつは───」 ゼット「自惚れるのも大概にしろ。力ある者が弱い者を何故守らねばならん。     つくづく理想に埋もれた人形だな貴様は。     貴様に守られずとも人は勝手に増え、勝手に減るだろう。     神にでもなったつもりか?いつからそれだけ偉くなった」 悠介 「…………俺は……ただ……」 ゼット「だからそんな理想は捨てろと言っている。守りたい者を守るだと?     笑わせられるどころか哀れすぎて苦笑さえこぼれぬわ。     貴様に最大の弱点があるとすれば、それは仲間が居ることだ。     そんな存在が居るからこそ守りたいなどと願う。     他人の未来は他人の力程度で救われ続けるほど軽くはない。     貴様がどれだけ努力しようが、救える者など一握りだ。     ならばどうするか?簡単だ。貴様が守ろうとしているものが、     貴様に守られずとも自分を守れるくらいに強くあればいい」 悠介 「……それって……まさか」 ゼット「俺は“そう”だと思っている。     そもそもこの世界には未来の貴様が居るというのに、     わざわざ力無き者を入れるということは、そういう意味でしかないだろう。     つまり貴様の周りの精霊どもは、     なにを置いても貴様に気づかせたかっただけなのだろうよ。     “いい加減に自分のために生きろ”と。     そのためには貴様が守りたい者を強くしてやり、     貴様が守る必要がない状態にしてやればいい。     未来の貴様の力を分散させるための作戦など二の次だ。     貴様が早々に気づいていれば、回りくどいことなど起きずに済んだものを……」 悠介 「………」 俺は……精霊に言った自分の言葉を、大事に思ってた。 精霊たちは俺が言った“守りりたいものを守れるものにしたい”って言葉を受け取って、 俺と契約して今までついてきてくれたんだから。 だからその意志だけは、何をどれだけ言われようと曲げずにいようとしていたのに。 その考え方自体が曲っていただなんて、どうして気づけるだろう───。 俺はショックを受けながらも“外”へ意識を飛ばした。 すると……返ってきた答えにやはり驚きを隠せない。 ゼットでさえ理解していた精霊達の思いに、俺はまるで気づけなかったんだ。 情けなくて死にたくなってくる。 解っているつもりで、てんで解っていなかったんだ。 悠介 「…………俺は───自分のために生きていいのか?」 でも、不安だから訊いてみた。 するとゼットはうんざりだとでも言うかのように頭をがしがしと掻くと、 俺を睨んで吐き捨てる。 ゼット「そこで答えを聞ければまた人形のように動くのか?自分で決めて自分で立て」 悠介 「………」 返って来た言葉……それはとんでもなく、それこそ吐き捨てるような言葉だったけど…… 俺はその言葉に、酷く満足した。 その言葉が俺を心配して支えようとする言葉だったら、俺はきっと曲っていた。 そんな、人に言える立場じゃないほどに単純な俺が選ぶ先は─── ゼット「……?……フン、ようやく顔つきが腑抜けから脱したか」 自分のために未来を描くこと。 目の前のこいつに言われたからじゃない。 自分の手で未来を気づけるヤツの未来を俺が守る必要なんて無かったんだと気づいただけ。 そう、答えなんてものはこんなにも単純だったんだ。 俺は神でもなんでもない。 人の未来を担ってやれるほど小器用なわけでも力を有り余らせてるわけでもない。 結局それが、人である限りの限界で─── 修練場の受付……つまりゲームマスターからの言葉を伝える者は、 俺に“人のまま強くなれ”と言った。 それはつまり“人であることの限界を知れ”ってことで…… 何か別に作戦があったわけでも、人間の状態の方が優位に戦えるたいうわけでもなかった。 それなのに人のまま強くなれとノートが言わせるからには、それだけの理由があって…… ただ俺がその事実に気づくことが出来なかったということだ。 ゼット「しかし無様だ。空界で俺と立ち会った頃の貴様は、     まだ目をギラつかせていたぞ。今の貴様には無い目だった。     貴様は存外、感情など持たぬほうがよかったんじゃないか?」 悠介 「さすがにそれについてを指摘される覚えは無いと断言しよう」 ゼット「ほう?フフ……それが虚勢だろうとどうでもいい。     今はまだ野鳥の囀りにしか聞こえん。……強くなれ。そして俺を退屈させるな。     己が意志で強者に至り、あの緊張感をもう一度俺に齎せ。     今の貴様ではつまらん以前に相手にもならない」 悠介 「好き勝手なこと言うなよ……頭痛いぞ」 ゼット「好き勝手にもなる。俺は俺のために力を欲している。今の貴様とは違う。     我が儘を押し通す力とは即ち、自分のための力だ。     他人の存在を理由に上を目指す者とは違う」 悠介 「……、くそっ……言い返せるようになったら絶対に論破してやるからな……     覚えてろこの野郎」 ゼット「悪態がつければ十分だな。     先ほどまでの貴様はほとほと赤子か親とはぐれた小僧のように滑稽だった。     何を言っても己の言葉に自信の欠片も上乗せしてない虚言を放つ人形だ。     ……貴様はいつから前を向くために理由が必要になった?     俺と出会う前か?それとも親に憧れた時からか」 悠介 「はぐらかすつもりも茶化すつもりもないけどな、そんなことは忘れた」 ゼット「ならば全てをゼロに戻せ。     親に憧れる気持ちも、前を向くことに理由を欲した貴様も、全てをゼロに。     忘れてしまったことをいつまで引きずるな。     記憶の在り方など人のそれと同じだ。増えて消えるだけの存在に何を戸惑う」 悠介 「増えて消えるって……ちょっと待て!」 ゼット「チッ……黙れ。貴様の戯言は聞き飽きた。     脱したと思ったらまた腑抜けの顔か……ほとほと面倒くさい男だ貴様は。     人が増えて消えるだけの存在じゃなければなんだという。     貴様は見ず知らずの、別の国で潰えた命さえ悲しみたいとでもいうのか?     記憶もそれと同じだ。忘れたことをいつまでも気にかけていられるほど、     貴様らの生き方は静かにして平穏だとでも言うつもりか?     日々変わってゆく世界の情報に、過去が塗り潰されるのは当然ことだ。     人が消えた人が増えたといつまでも騒いでいるヤツが居ないのと同じように」 悠介 「………」 ゼット「そもそも貴様は人など嫌いだった筈だ。それを何故今更焦がれる。     噛み砕いて言ってやろうか。貴様が信頼したのは仲間でも親でもない。     貴様が完全に信頼出来た存在は自分と契約した精霊や、竜族や召喚獣のみだ。     つまり───貴様は空界に渡るまで、誰一人信頼のおける者など居なかった。     唯一、似通った境遇に産まれた弦月彰利以外は」 ……ゼットがつまらなそうな目で俺を見る。 言葉を返したくても出ないのは、 無意識にそれが図星だからと理解してしまっているから……なんだろうか。 ゼット「結局貴様は自分の手で手に入れた信頼以外を信じる気にはなれなかった。     故に当時の貴様の目は生きていたし、なにより心の底から楽しんでいた。     それがどうだ、今では虚像に夢を馳せ、周りの期待に応えるために戦うなど。     当時の貴様はまだ自分の意思で動いていたぞ」 悠介 「くっ……」 ゼット「砕けた感情で生きる理由を探ってはそれに一喜一憂し、     少し歩けばまた別の生きる理由を探す───そんなものは言い訳でしかない。     だから生きろと言っている。他人のためでもなく理由のためでもない。     ただ自分のためだけに生きろと。     虚像を追う貴様なぞに救われる世界など高が知れる。     理解しろ、晦悠介。“だから未来の貴様の世界は壊れたのだ”」 悠介 「───!」 …………それを最後に、ゼットは何も喋らなくなった。 そして俺は……自分の在り方に疑問を抱く。 今までの疑問の比ではない、もっと深いくらいの疑問を。 悠介 「………」 胸の中のみさおを見下ろす。 ずっと黙って聞いていたのかと思いきや、いつの間にか眠っていたらしい。 そんな娘を静かに離し、俺が寄りかかっていた場所に寝かせると…… 俺は剣を手に取って歩き、離れた場所に至ると振り回し始めた。 悠介 「くっ!ふっ!はぁっ……!!」 苛立ちが消えない。 ゼットに対してじゃない、自分に対する苛立ちが。 疑問も消えず、苛立ちも消えず、しかし考えることは周りのことばかり─── そうだ……いつから俺はこんな俺になった……? 若葉や木葉と打ち解けた時から……? それとも彰利と出会った時から……? それとも……父さんの背中で黄昏を見た時から……? 悠介 「〜〜〜っ……あぁああああっ!!!」 訳が解らない。 感情さえしっかりしていればこんな思いはしないで済んだかもしれないのに。 そう思うとさらに苛立ちは増し、感情の所為にしている自分に怒りと嫌気が沸いてくる。 振り回す剣にも雑念が混ざり、あまりに不恰好に振るわれてゆく様に、 自分自身が“なんて迷いに埋もれきった太刀筋だ”と思ってしまった。 悠介 「……っ、……」 苛立ちが消えない。 俺は……俺は───! 悠介 「俺はいったい……誰だ……!?」 晦悠介なんてヤツは存在しない。 朧月和哉もあの日、俺が悠介として生きていこうと決めた時に死んだ。 じゃあ俺は……! 悠介 「違う───!」 名前なんてどうでもいい……! 生きる理由なんか考えるな……! 全部をゼロにしろ……! 全部をゼロにするなんてこと、ゼットに言われる前に考えていたことだろうが……!! 悠介 「考えろ……!考えるんだ……!」 生きる理由なんかじゃない、俺の深淵を探れ……。 他人の未来を守るなんて器用なこと、俺には出来やしない……。 親友の未来を守りたいなんて、そんなことは不可能に決まっていた。 もちろん仲間全てを守ることも、みんなと一緒に居る情景を守ることだって出来ない。 そんなものはみんなそれぞれが決めることであって、 俺がどう思おうが強制できることじゃないんだ。 自惚れるな。 自分の一人の力で何かを守れるほど、世界っていうのは甘くない。 俺が守れるのは俺の世界だけだ……そんなことにどうして気づけなかった。 俺だけじゃない、他の誰だって口ではどうとでも言えるが、守れるのは自分だけだ。 その枷から外れてしまった者が他人を庇い、美談の果てに消滅する。 誰かの世界を守るには自分の世界を壊さないといけない。 手に入るもの全てには代償が必要で、世界を手に入れるには世界を砕かなきゃいけない。  ───その果てにあいつは辿り着いてしまい、     他人が生きる世界と引き換えに、仲間が居た世界を砕いた。 悠介 「───、……」 がしゃん、と剣が落ちた。 じゃあ……なんだ? 今までの俺の生きてきた道なんてものは、結局…… 悠介 「………」 そうだ。 何かを守るために走ってきた俺や彰利は、確かに自己犠牲の末に誰かを救ってきた。 でもそれは、それ以外の方法で誰かを救う方法なんて知らなかったからだ。 それでも自分以外の誰かに深く踏み込むには自分の何かを削る必要もあって─── それが出来なかった俺は、原中の中でも確かに浮いた存在になっていた。 自分を欠片も壊さずに手に入るものなんてない。 あったとしても、それは相手が自分を砕いて踏み込んできてくれた証拠であり─── 人のペースに自分のペースを合わせる自分は、既に自分であって自分じゃない。 そしていつか気づくのだ。 俺はこんなヤツだっただろうか、と。 きっとそれを受け入れられるヤツが幸せになれて、それを否定する者だけが孤独を味わう。 そして俺は……きっと後者だ。 悠介 「……、」 気づけば泣いていた。 視界が滲んでいることにすら気づかなかった。 無力感の末に剣を手放したんじゃない……嗚咽が喉を揺らした拍子に落としたのだ。 ……なんて無様。 幸せになりたかったのなら、なによりもまず自分を救ってやらなきゃいけなかったのに。 他人を守ることで周りを幸せにし、 その中に居れば自分もきっと幸せになれるなんて幻想を抱き─── その最果てに全てを無くして絶望する……───滑稽だ。 名も存在も、感情も意志も、全て虚像の存在。 晦悠介というただの救うだけの人形は結局、どれだけ足掻いてみても伽藍洞のままだった。 そう……足りないものに満ちすぎている。 生き迷う自分さえ救えず、他人のため他人のためともがく姿のなんと滑稽なものか。 それでも立ち上がる理由が欲しかったんだ。 俺は強くなんかなかったから、いつだって理由が欲しかった。 助けてくれなんて言えなかった。 言ってしまったら、虚像の自分さえ崩れてしまいそうで、それが怖かった。 やっとここまで辿り着けたんだ。 親の生き様を真似てでもここまで辿り着けた。 ここからやっと幸せを目指せるんだって思っていたのに…… 悠介 「っ……そ……!くそ……!くっそぉっ……!!」 ただ悔しかった。 虚像であった自分を砕かれたことも、自分でその虚像である自分に気づけなかったことも。 だから俺は誰だと唱えた。 名前なんてどうでもいい。 ただ自分がなんのために今までを生きてきたのかを知りたかった。 今までのものの全てが無駄だったなんて思いたくない。 俺は─── 悠介 「───!」 俺は……、……はは、なんだよ……。 結局俺は……全てをゼロに戻したいとも思ってなかったんじゃないか……。 無駄だったなんて思いたくない……? なんだよそれ、ゼロにするんじゃなかったのか……? 悠介 「っ……がぁああああああっ!!!!」 そこまで考えるに至り……俺の心の理性は解かれた。 叫び、地面を殴り、自分を痛めつけてゆく。 自分さえ救えない……ああ、その通りだ。 自分のことさえ解らないヤツが誰かを知ろうとするなんて、どれだけ馬鹿な話だ……! それでも、たとえなにも知らなかったとしても、前だけは向いていたかったんだ。 俺の中で大切なものが砕けてしまったあの頃から、 せめて前だけは向いていようって…… 父さんが目指していたものを残したくて、 がむしゃらに、何も解らないままでも進んでいくしかなかったんだ。 悠介 「……っ……!」 俺は成長なんてしていない。 感情も、意志も、なにもかも。 成長したのは体だけで、なににも追いつけずに家族の血の海の中で今ももがき続けている。 悠介 「なにが……なにが笑って受け入れるだ……!?     これが答えだよ……!っ……どうした!受け入れてみせろよ!!」 剣に映った自分を見て叫ぶ。 たとえそれがどんな答えでも受け入れようと決めていたというのに、 そんなことさえ偽りだった自分が信じられなくなる。 ……救えない。 こんな俺が誰かを救えるわけがない。 なんて馬鹿な話だ……偽りのままに力を手に入れて、 自分は何処まで逆上(のぼ)せ上がっていた? 悠介 「………」 するべきことが……ようやく見つかった気がした。 誰に言われるまでもなく、俺はまず自分を知らなきゃいけなかった。 悠介 「……ほんと馬鹿……なんて……馬鹿……」 虚像は捨てる。 全てをゼロにして、俺は俺として生きてみよう。 ……今なら、ノートが俺の力の全てを取り上げた意味が解る。 結局ノートは、俺にいい加減成長してほしかったんだ。 他人を守ろうとするばかりのハリボテじゃなくて、 ちゃんと“自分”っていう最低限を持った“人間”として。 でも、そんな事実も忘れてしまおうと思う。 誰の意志にも左右されず、出来る限り自分の意思で歩かないと意味がないから。 ───……。 ……。 涙を乱暴に拭い去り、キャンプに戻ると───ゼット以外は眠ったままで。 ルナが抱きついていた俺の荷物もいつの間にか離されていて、 俺はそれを拾うと何も言わずに歩き出した。 声  「……覚悟は決まったか?」 背中に届くゼットの声。 俺は一度立ち止まると、振り向くこともせずに小さく呟いた。 悠介 「……それを探すために……俺は生きる。───“自分のため”に」 やがて歩き出す。 返事は無かったが、ただ小さく笑み飛ばすような声が聞こえた。 旅の道連れは唯一。 今まで何処に居たのかも解らなかった、ディルゼイルのみだった。 ディル『趣味が悪いだろうがな、全て見ていた』 悠介 「構わない。どれだけ情けなくても、今はそれが俺だ」 今の自分には何も無い。 だったら全てを見て回り、学んでいこう。 それが俺自身が出した答えであるように信じて。 Next Menu back