───冒険の書146/この広い海に歌声を───
【ケース405:中井出博光(再)/タイトルほど綺麗な物語ではないと追記しておく】 結局───教会に穂岸とナギーが訪れるまで、俺はそうやって神父と喧嘩をしていて…… 来た頃には金は本当にスッカラカンになっていた。 ……人間、カッとなるといろんなもん失うもんだなぁ……と、 妙に納得してしまった瞬間だった。 なにせ相手が相手だから取り返せない。 遥一郎「……、……」 神父 「……、」 で、今は───穂岸のやつが神父と交渉して、加護をもらおうとしているところである。 二人は俺よりも先にこのノースノーランドに来たのはもちろんだが、 暖をとるために店でうまティーを飲んでくつろいでいたそうだ。 俺も飲みたかったが金が無い。 仕方ない、まずは適当なアイテム売りに行くか。 ……もちろん穂岸から食料を受け取ってから。 ───……。 ……。 そんなわけで。  ガシャガシャチンッ♪《食料を売り払った!》 食料を売り払った俺は、予想以上の金額を受け取れたことを大変嬉しく思った。 主人 「いやぁ、助かったぜニーチャンよ。今日は予約があるっていうのにこの吹雪だろ?     食材配達屋が雪で進めなくなっちまったらしくて困ってたんだ。     そこにお前さんのこの食材だ。これで我が店の面目も保てるし、     これでもかってくらい美味ぇご馳走振る舞ってやれるぜ」 理由はそういうところらしい。 この地では取れない食材などは結構高値で取り引きしてくれるそうなのだ。 お蔭で赤字が黒字に!やったよ!僕は賭けに勝ったんだ!なんの賭けかは知んないけど! 中井出「その予約ってのはどこぞのお偉いさんとか?」 主人 「ああ。どれくらいの周期かで来るんだ。     ノースノーランド特産のうまティー目当ての客ってのは結構多いわけだが、     その団体さんってのがなんと、エトノワールのお姫様なのさ」 中井出「ほへー……」 あそこに姫さんなんて居たのか。 主人 「で、そのためのもてなし料理を作るってのが毎度の儲け時ってヤツなんだ。     けどそれがおめぇ、来れなくなりましたってんだから冗談じゃねぇってなぁ。     しかしお前さん、よくもまあこれだけの量を一人で持ってこれたもんだ。     お蔭で助かっちゃいるが……もしかして行商人だったりするのか?」 中井出「ノー!この博光は飽くなき世界の冒険者!これを持ってきたのはたんなる偶然。     食材屋に売ろうとしたら、ここの主人が困ってるから届けてあげてとか言われて」 主人 「なぁるほど。ま、お蔭で助かった。     今後も、暖かいところの名産品とか手に入ったら持ってきてくれ。     少し色付けて買い取ってやるぜ?」 中井出「おお、そいつはありがてぇ」 テコテコテントンテンッ♪《中井出は取り引きルートを手に入れた!》 ……そんなもんわざわざ知らせんでいいって。 主人 「ここらじゃ手に入らないやつがいいな。     だからってマズイもん売りつけられても困る。     暑い場所のモノや、珍しい食材が一番だな。もちろん気が向いた時でいい。     ああそれから───もし良かったらだが、     進めなくなっちまってる配達人を助けてやってくれ。     助けてくれたらその分の報酬も払うぜ」 中井出「喜んで!!」 財布は結構豊かになったが、それでも先ほどまでの貧乏チックな気分は抜けていない。 そんな俺は即座に頷くと、親指を立てて駆け出した!! ───……。 で、勇んで教会に戻ってみると、 遥一郎「ん……ああ、中井出か」 ナギー『食材は売れたのかの?』 この二人が少し困った顔で迎えてくれた。 中井出「おお、売れたぞ。……どうしたんだ?そんな浮かない顔して」 遥一郎「あーえっと……それなんだけどな」 ナギー『こやつがの、加護は渡せんと申すのじゃ』 中井出「え……なんでまた」 神父 「私は神に仕える身。破壊の力を持つ者に加護など渡せるわけがない」 中井出「散々人をコロがしておいてよく言えるねキミ!!」 神父 「……………………それもそうだった」 総員 『納得したぁーーーーっ!!!』 神父 「では魔術師よ、汝に加護を授けよう」 遥一郎「なんだか無償に殴りたくなってきたぞこいつ……!」 ナギー『わしらの説得にはまるで応じなかったというのにの……!!』 だって神父だし。 どれだけ偉かろうが、やっぱり我らのラスボスはこいつなんじゃなかろうか。 ピピンッ♪《無の属性の加護を受け取った!》 ピピンッ♪《加護の昇華!無の加護が強化された!》 ピピンッ♪《物理攻撃に対する防御力強化!弱い攻撃なら無効化できるようになった!》 遥一郎「おっ……これはありがたいな」 中井出「弱物理攻撃無効化か……いいなぁそれ。じゃあSTRを下げてデコピンとか」 遥一郎「《ピキィンッ!》……痛くも痒くもないな。ていうか攻撃が届いてない」 中井出「確かに届いた感触がなかった……こりゃすごい。じゃあ拳でいってみよう」 ズルリとマイトグローブを外して構える。 もちろんボディーブローだ。 中井出「オラッ!《コキィンッ!》うおっ!?……お、おおお……攻撃が徹らねぇ……。     まるで硬い何かを殴ったような感触……ならば徹し攻撃!」 ドボォンッ!! 遥一郎「ぐほぉっ!?」 中井出「あ」 内臓に衝撃を食らった穂岸が、腹を押さえて後退った。 おお……どうやら徹しは効くらしい……。 中井出「ありがとうマイフレンド、貴様のお蔭で僕はまたひとつ賢くなった」 遥一郎「賢くなっても実用性があるのか問いたいんだが……!?」 中井出「ない《バゴルシャア!!》ふもっふ!な、なにしやがるこの野郎!!」 妙な造型の杖で思い切り殴られた。 頬に炸裂する突起がとても痛かったことを、書くものはないがここに記したい。 中井出「あ、そういえば死の精霊とは会ったのか?」 ナギー『おお、殴られた怒りを押し込めたのじゃ』 中井出「いいかいナギー……これが“大人になる”ってことなんだよ……」 ナギー『そんなやさしい顔で言われても知らんのじゃ』 中井出「うん俺も知らない」 遥一郎「なぁ……話進めていいか……?」 中井出「いいぞ進め突き進めさあさあさあさあさあ!!」 遥一郎「話を途切れさせといて勧めまくるな!!」 中井出「いやぁ……だってさぁ、     我ら原中の中では人の話に割り込むのなんてしょっちゅうだし。     むしろ貴様のように進めていいか?なんて訊くほうが珍しい」 遥一郎「なんでもかんでも原中を主軸に話さないでくれ頼むから……」 中井出「断る!」 遥一郎「また即答か!少しは考えてからモノを言えって!」 中井出「ええいならんならん!貴様にも心に決めた答えの一つや二つ、あるだろう!!     ある日突然“女装しろ”って言われたら貴様はどうする!?断るだろう!!     そんな前提がこの博光にもある!だから考える時間など無くてもいいのだ!」 遥一郎「いや……そりゃそうだろうけどな……?」 ナギー『それで死の精霊の話じゃったな?会ってきたのじゃ』 中井出「おおそうなのか」 遥一郎「……ほんと平気で話題変えるんだな」 中井出「躊躇する意味なんて無いだろ」 なんば言いはらすばい、こんげら。 中井出「それで、どんな精霊だったんだ?」 遥一郎「うまティーがかなり気に入ったらしくてな。     ず〜っとうまティー飲んでご機嫌なヤツだった。     死の精霊だなんて誰も信じられないぞあれは」 中井出「うまティーか……まるでそれを飲むついでに加護をもらってきたような言い草だ」 遥一郎「あまり大差ないかもな……物凄く美味かったし」 ナギー『美味かったのじゃー』 中井出「………」 無性に飲みたくなってきた。 だがこのお金は武器を成長させるために必要な金……! 今はただでさえ+1鍛えるのに高額が必要な状況……! 節約………………! 少しずつの節約がモノを言う…………まさに一円笑わば一円に泣く状況…………っ! 中井出「よ、よし。じゃあ次……時の精霊のところに行こうか……」 ナギー『………』 中井出「お?あ、あれ?おー、は?」 ナギー『またわしを置いて行くんじゃろ……』 中井出「エ?あ、アー……」 思い出した。 考えてみれば時の大地はナギーにとって俺に置いていかれてしまった場所。 もちろんロドリゲスにとってもだが、 当時関所から出ていろいろな場所を巡り、多感だった頃のナギーだ。 きっとかなりのショックを受けたに違いない。 だったら─── 中井出「いいや……この博光、貴様だけを置いて行かん……!行かんぞ……!」 ナギー『ヒ……ヒロミツ……!ほ、ほんとうか?本当じゃな?』 中井出「もちろんだナギー!というわけで穂岸頑張れ」 遥一郎「言われなくても必要だから行くが。お前らはどうする?ここで待ってるのか?」 中井出「いや、上手くいけばまたレアモンスターが釣れるかもしれないから、     練りエサ作ってついていく」 ナギー『練りエサ作りなら任せるのじゃ!     なにを隠そう、わしは練りエサ作りの達人なのじゃー!』 遥一郎「ねっ……練りエサ作りに達人もなにもあるかぁっ!!」 中井出「あるとも!以前はナギーの練りエサで近海のヌシを釣り上げたのだからな!!     そしてそのヌシの素材がなければ、     我が愛剣ジークフリードは完成しなかったと言える!     ナギーの練りエサは世界一……いや!宇宙一やぁあーーーーっ!!」 ナギー『う、ううっ……褒めすぎなのじゃヒロミツ……!』 遥一郎「……お前さ、娘甘やかすほうだろ」 中井出「貴様何処のストーカーだ娘はやらんぞぉおおおお!!!」 遥一郎「どわぁ!?おっ、落ち着け!!大体誰がストーカーだ!」 中井出「馬鹿!あたまでっかち馬鹿!     今俺が真正面から話してるのは貴様しか居ないだろう馬鹿!     イコール貴様がストーカー!」 遥一郎「……すまんもういい……先進もう……」 中井出「OKだストーカー」 ナギー『解ったのじゃストーカー』 遥一郎「俺……早くもこのパーティーから抜けたいって思えた……」 どっと疲れた顔の穂岸を先頭に、我らは歩き出した。 ゆるやかに雪が舞う中、時の大地へと進む船が待つ港へ。 ───……。 ……。 中井出&ナギー『シデンへ〜〜、ようこそ〜〜〜♪』 そうして我らはいざ船に乗り、時の大地へ───…………向かってなかったりする。 だから気分だけでも味わうために歌った。船乗りの歌を。 しっかりナギーにも教えてだ。 ナギー『……あまりいい歌ではないのじゃ』 中井出「歌の美を愛する者にはこの歌のよさが解らんか……」 まあ所詮ピエロが歌ってる歌だもんなぁ……。 しかも短いし。 船乗り「すまねぇなぁニーチャンら。今海はちと危ないことになっててな……」 遥一郎「危ないっていうのは?」 船乗り「最近時の大地へ向かう航路の途中にセイレーンが現れ出してな。     向かう船の悉くを沈めやがるのさ。お蔭でこっちは商売あがったりだ」 遥一郎「セイレーン……悲しい歌声で船を沈めるっていうあれか……。     航路を変えるっていうのはダメなのか?」 船乗り「ああっ……だめ、だめっ……!途中ひどい浅瀬の場所があるんだが、     そこを通らないと船底がイカレて、それこそ自滅で沈没しちまうよ。     浅瀬っていってもただの浅瀬じゃねぇ、     切り立ったような岩がゴロゴロと飛び出てるような浅瀬だ。     無理に通ろうものなら、それこそ今言った通り穴開けて自滅するだけさ」 遥一郎「……、そっか。どうしたものかな……」 中井出「ナギー新兵!(いかだ)を作るぞ!」 ナギー『イェッサーなのじゃー!!』 遥一郎「ちょっと待てぇえええええっ!!!」 中井出「むっ!?なんだ貴様!我らの行動を邪魔するというのならただではおかんぞ!」 ナギー『そうなのじゃ!今は協力関係にあるがの!     敵に回るというのなら容赦しないのじゃ!』 遥一郎「そうじゃないだろ!話聞いてたのか!?セイレーンが出るんだぞ!?」 中井出「え……だから行くんじゃないか」 ナギー『面白そうなのじゃー!     わしも話には聞いたことがあったが見るのは初めてなのじゃー!!』 遥一郎「くおおこの能天気ども……!!」 ナギー『筏に名前はつけるのかの?』 中井出「木製だが敢えてつけよう!泥舟丸(どろぶねまる)”!!」 ナギー『お、おおお……!!なんとも緊張感あふるる名前なのじゃーーーっ!!』 遥一郎「晦が頭痛と胃炎に悩まされてた理由、解った気がする……」 頭を抱える穂岸を余所に、俺とナギーは早速流木を探して筏を作り始めた。 恐らくそんなことをしなくても、 船乗りを説得して船を出すイベントとかもあったのだろう。 だがそんなイベントを起こさずに海を越える…… そんなことを、俺は一度でいいからやってみたかった!! 飴が無いならパンを!船が無いなら筏を! ようするに必要なら作ってしまえばいいのだ!! 今回はそんなゲームの裏を突いてみたいと思います。 ───……。 ……。 そんなわけで─── 中井出「完成だぁーーーーっ!!」 ナギー『Yah(ヤー)ーーーーーッ!!!』 流木を掻き集め、炎で水分を飛ばして作った筏が完成した。 その名も泥舟丸!! 中井出「ナギー……!我らの船旅はここから始まるんだ……!     これから沢山の辛いことがあるだろう……だが!この泥舟丸が海をゆくように、     我らの飽く無き探検もまた、困難に立ち向かいつつ楽しみながら続けるのだ!」 ナギー『船出の謳いじゃな……!この先どんなことがあろうとも、     この筏が海を越えるのならわしらも乗り越えられる気がするのじゃー……!』 中井出「ではゆくぞナギー新兵!心の準備は出来たか!?」 ナギー『サーイェッサー!!』 中井出「必要なものは持ったか!?」 ナギー『サーイェッサー!!』 中井出「おやつは300$までにしたか!?」 ナギー『サーイェッサー!!』 中井出「その中にうまティーは含まれているか!?」 ナギー『サーイェッサー!!』 中井出「うむよし!それではこれより泥舟丸にて海を渡るものとする!     もちろんセイレーンが現れたら歓迎する方向で!     イェア・ゲッドラァック!ライク・ファイクミー!!」 ザザッ! ナギー『Sir(サー)!!YesSir(イェッサー)!!』 遥一郎「………」 中井出「……ノリ悪いよキミ……」 遥一郎「そこでお前らがノリ良すぎるって考えにどうして至らないかなぁあ……!!     大体こんな筏で海越えるって……無茶苦茶にも程があるだろ!」 中井出「そうか?俺としては、筏で進んでる姿を見たセイレーンが     どういう反応をするかしか気になるところがないんだが」 ナギー『楽しみなのじゃ!』 遥一郎「……幸せそうでいいな、お前ら……」 本気で泥舟に乗ったかのような表情をする穂岸だがそんなことはどうにでもなれだ。 さあ行こう───セイレイーンが居る航路へ! ───……。 ……。 中井出&ナギー『シデンへ〜〜、ようこそ〜〜〜♪』 遥一郎    「改めて歌いなおすなぁあっ!!」 そんなわけで氷河を越えた我らは現在海のド真ん中。 ちゃぷちゃぷと揺れる筏を漕ぎ、前へ前へと進んでる。 遭難はしてない。 何故なら僕らにはナビがあるから。 中井出「ていうかさ、この筏の上でヌシ釣ったら絶対沈むよな」 ナギー『おお、そこまでは考えてなかったのじゃ』 中井出「穂岸、お前の魔法でヌシを軽くするとか出来ないか?」 遥一郎「出来るけど姿が見えないんじゃ無理だよ……」 中井出「そかそか」 一応垂らしている釣り糸。 しかしなんの反応もない。 何故って、練りエサの材料がノースノーランドに売ってなかったからだ。 ナギー『しかし現れんのぅ』 中井出「やっぱり筏じゃ沈める気にもならないのだろうか」 遥一郎「沈められるって話聞いてるのにセイレーンに会いたいって言うやつら、     多分お前らくらいだと思うぞ俺……」 中井出「それが世界初でも構わないから俺はセイレーンに会いたい」 ナギー『どんな歌声なのか楽しみなのじゃー!』 遥一郎「好奇心旺盛のやつって映画じゃ真っ先に死ぬよな……」 中井出「馬鹿だなぁ、この我らがただで死ぬと思うてか」 遥一郎「それ聞いて、相手の方が心配になってきた俺は異常か?」 中井出「もちろんだ!」 遥一郎「断言するなよ!」 ナギー『おぬし異常者じゃったのか……じゃが案ずるでないぞ?     わしらはそういった者でも遠慮なくからかうのじゃ』 遥一郎「………お前さ、どぉお〜〜するんだよ……自然の精霊の性格ここまで捻じ曲げて」 中井出「どうするもこうするもないと思うんだが……ナギーよ、今の自分は好きか?」 ナギー『無論じゃ。決まっておろう?』 中井出「……だとよ《ニヤリ》」 遥一郎「本来なら高貴で気高いだろう高位精霊が……」 物凄い遠い目だった。 しかしながら本人が喜んでるならそれでいいと思うが。 中井出「けどやっぱり手動だとあまり速く進まないもんだな。よし───」 ナギー『風でも起こすのか?ヒロミツ』 中井出「うむ!その通りだナギーよ!ではいくぞ!     我が右手に元素の力!我が左手に風の力!風神拳奥義───“風神波”!!」 元素と風を合わせ、一つの強力な風とする! 胸の前で勢いよく左右の腕を擦れ違わせることで中心に風の渦を作り刃として放つ、 一生に一度しか使えないとされるこれぞ、風神拳奥義風神波である!!  ギュイィイイイイ!!! そうして出現した風神波は物凄い回転をする! ナギー『おお!すごいのじゃヒロミツー!』  ドシュゥウーーーーーン…………!! 中井出「………」 ナギー『………』 ……。 飛んでいってしまった。 中井出「……すごかったな」 ナギー『……う、うむ……すごかったのじゃ……』 中井出「…………す、すごかった……なぁ?」 ナギー『すごかったのじゃ……』 ……結論。意味無かった。 筏を押すどころか何処かに飛んでいってしまった。 中井出「普通に漕ぐか……」 ナギー『そ、そうじゃな……』 中井出「ほんとそう……」 そんなわけで無駄なことをしたなぁと反省しつつ、 普通に風を起こして前に進むということをせずに漕いでいった。 だって……ここで風を使ったらなんだか負けな気がしてきたから……。 と、そんなことを思っていた時だ!! 中井出「───!ナギー!」 ナギー『う、うむ!聞こえたのじゃー!!』 耳に届いた歌声───間違い無い!セイレーンだ! 一体何処にって居たぁーーーーっ!! 海面から飛び出た岩の上でハープ弾いてる!! しかもどこか悲しそうな顔で俺達を見据え───…………筏を見て、 なんだかものすごく哀れなものを見たような顔をした。 ナギー『の、のうヒロミツ?     何故あやつはわしらを可哀相なものを見る目で見ておるのじゃ?』 中井出「ぬうあれは……」 ナギー『し、知っておるのか雷電……』 中井出「う、うむ……恐らくヤツは便秘なのだ……!     こんな冷たい場所でじっとしてた所為で体が冷え、     胃腸が活発に動かなくなった所為で便秘なのだ……!」 ナギー『な、なんと……難儀なことよの……!!……む?     のうヒロミツ?セイレーンがなにやら歯をギリギリと食い縛りながら     “ぎぃいいいいいいい……!!”と唸っておるのじゃが……』 中井出「便秘の人は苛立ちやすくてな?それがついつい表に出てしまうことがあるんだ」 ナギー『おお、なるほどのぅ!     つまりヤツはもう相当の長い時を便秘に悩まされておるのじゃな!?』 中井出「その通りだ!」 視界の隅で穂岸が泣きそうな顔で俺達を止めようとしていたが無視だ。 何故ならそれが我らの生きる道!! 中井出「ていうかおい見てみろ穂岸!セイレーンがハープをまるで     デスメタルのギターみたいに物凄い速さで滅茶苦茶に弾いてるぞ!」 遥一郎「見たくないからほっといてくれぇええええっ!!」 今まで止めてばっかりだった穂岸だったが、 なんだか急に沈み出した筏を前に冷静じゃいられなくなったようだ。 ナギー    『あうう!音痴なのじゃー!!』 中井出    「おおまったくだ!なんて音痴だ!これじゃあ船だって沈むわ!」 ナギー    『歌うでないわこの音痴めが!黙っておれ!』 中井出    「そうだそうだこの音痴!」 ナギー    『貴様には音感というものが決定的に欠けておるのじゃ!!         こんな歌を海で歌うなど、航海者への迷惑行為なのじゃ!!』 中井出    「音痴音痴クソ音痴!!黙れ!馬鹿!アホ!ウエストポーチ!!」 ナギー    『このような歌で悲しみを拭い去ろうなど浅はかなことよの!         悲しいのならば明るい歌を歌って悲しみを払拭するべきであろ!!         ほんに頭の硬い者よのぅ!この激烈音痴めが!!』 中井出    「ジャーーイアン!ジャーーイアン!!やーいガキ大将ォオーーッ!!」 中井出&ナギー『おっれぇ〜はセイレェ〜〜ン!ガァ〜〜キだ〜い〜しょぉ〜〜〜っ!』 セイレーン  『ギ、ギィイイーーーーーッ!!!ドォッッパァアアアアアアンッ!! 中井出「うおぉおおっ!!?」 遥一郎「波がっ……いや、船自体が沈んでる……!?」 ナギー『お、おぉおおっ!?どうするのじゃ!?どうするのじゃヒロミツー!!』 中井出「くっ───このままでは俺達の夢を乗せた泥舟丸が沈んでしまう……!!」 どうする……!? セイレーン『沈め……沈みなさい!なにもかも沈んでしまえばいいんだわ!!』 中井出  「………」 ハープを弾いているセイレーンを見る。 別にバケモンフェイスしてるわけでもない、普通にべっぴんな女性だった。 しかし正真正銘の人外らしい。 ならば─── 中井出「せいやぁーーーっ!!《バシュウッ!!》」 ナギー『ヒロミツ!?ど、どうする気なのじゃー!!』 もちろんこうする! 俺は高笑いをしているセイレーンが座る岩場を見据え、グッと足に力を入れて跳躍!! 驚いたセイレーンに構わずぶちかましタックルをかまし、 勢いで落ちそうになるセイレーンにそのまま抱きついた!! セイレーン『ひっ……!?な、なにを───!』 急に抱きつかれる理由が解らなかったんだろう。 セイレーンは見る間に動揺し、真っ赤になって集中力を散漫させた! ───これぞ俺の狙い目! 岩場から落下する際に咄嗟に反応出来なかった彼女はそのまま海のド真ん中に着水。 もちろん俺の狙いは─── セイレーン『《ザバァッ!》ぷあっ……!な、なにを───』 中井出  「ワイの体がどんどん重く〜……触ったものまでどんどん重く〜……」 セイレーン『《ズシィッ!!》ぷぶぐっ!?』 中井出  「どんどんどんどん重くなる〜……果てもないほど重くなる〜……」 セイレーン『《ばしゃばしゃばしゃばしゃ!!》はぷっ!うっ……けほっ!       た、たすけてぇえええっ!溺れるぅうーーーーーっ!!』 “沈める者”を逆に沈めてみるということだった。 会うだけじゃあ足りんのだ。 やっぱり一度は沈めてみたいって思うよね? と思いつつどんどんとグラビティを解放していき、 自分ごとセイレーンの姿を海へと沈めてゆく。 ナギー『す、すごいのじゃヒロミツー!セイレーンを逆に沈めようとする者など、     今まで見たことも聞いたこともなかったのじゃーーーっ!!』 中井出「こ、こいつは俺が引きつけておく!お、俺に構わず行けぇえーーーっ!!」 ナギー『なんと!?ヒロミツおぬし、最初からその気で……!?』 中井出「フフフ……振り返るなよ……後で必ず追いつく!     それまで……決して振り返るんじゃあねぇぜ!!」 ナギー『なっ……なにを言うのじゃ!わしを置いていかぬと約束したであろ!!     それはわしとて同じなのじゃ!     おぬしをひとり残して先に進むなど、わしには出来んのじゃ!』 中井出「馬鹿野郎!このまま……このままみんな沈んじまってもいいのか!?     いいから行け……行ってくれ!決して振り向かず!」 ナギー『う、うぅう……!解ったのじゃヒロミツ……!必ず……必ず追いつくのじゃぞ!?     先に行って待ってるのじゃ……!     今度わしを残して居なくなったりしたら……ただでは済まさんのじゃ!』 中井出「フフフ……そうだ、それでいい……!忘れねえでくれ!俺の名は虎丸龍次!     今度生まれかわってくる時も桜花咲く男塾の校庭で会おうぜ!」 ナギー『トラマル!?おぬしはヒロミツであろ!』 中井出「ええい振り向くなナギー!必ず勝つんだぜ!驚羅大四凶殺!」 ナギー『訳が解らんのじゃー!!』 遥一郎「申し合わせもせずに     それだけの遣り取りが出来るお前たちが一番訳解らんわ!!」 ナギーや穂岸の叫びとは逆に……いや、逆って喩えは適当じゃないにしろ、筏は進む。 漕いでるのは穂岸だ。 さっさと進む気満々らしい。 そんな彼と彼女を見送るに至り、 やっぱりシメの言葉にツッコミを入れられたままじゃシマらないのでもう一度。 中井出「忘れねえでくれ!俺の名は虎丸龍次!     今度生まれかわってくる時も桜花咲く男塾の《ザパァンッ!》ぶげぇっほごっほ!     おえぇええっ!!海水をダイレクトに飲んでオェエエッホゲッホ!!」 やがてナギーの声も届かなくなる距離までに至る筏。 そんな景色を見て、最後の最後でヘマをした自分が悲しかった。 何処までも格好つかねぇなぁ俺……。 セイレーン『ぷあっ!うぐっ!離しなさいっ!いつまで───!』 中井出  「おおそうだ!貴様のこと少しの間忘れてた!       だが離さん!貴様が反省するまで離さん!!       解ったかぁーーーっ!!これが沈められる恐怖というものだ!       貴様は!貴様というヤツはこんなことを船員におこなっていたのだぞ!!」 セイレーン『解ったからっ……!離っ……《ごぼごぼ……ばしゃあ!》ぷはぁっ!!       離してっ……お願い離してぇええ……っ!もう悪いことしないから……!』 中井出  「よし解った」 彼女の反省を受け取ると俺はグラビティを解除し、パッと手を離す。 と、セイレーンはすぐさま虚空へと浮きつつ俺を睨む! セイレーン『うふふふ馬鹿ね!       そう簡単に誰かを信じるなんてなんて間抜け《がしぃ!》ひあっ!?』 だが一緒に浮いた俺は、邪悪な笑みを浮かべる彼女の足をガシィと掴むと不敵に笑った! 中井出  「ワハハハハハ!!甘し甘し!!実に甘し!!       貴様の反省量など塵程度だということなどこの博光、見切っておったわ!       何故なら貴様らが取る手段など騙まし討ちばかりだということを       我らはゲームやアニメや漫画で散々と知っているからだ!」 セイレーン『う、くっ……離しなさい!』 中井出  「離せと言うなら答えよう!だめだ!」 しっかと掴んだセイレーンの足をまるで命綱を掴むかのように離さない! そう、これは命綱!イメージしてみろ……! 崖に落ちた僕の命はこのロープというか足一本によって支えられているんだ! それはまるで、助け合う男女のよう……! 中井出  「が、頑張れぇえっ!!絶対に離すんじゃないぞぉっ!俺も離さん!!」 セイレーン『ちょっ……なに言ってるのあなた!!幻覚でも見てるの!?』 中井出  「幻覚は見てないが……まあその、いろいろ見えてる」 セイレーン『え?───!きゃあっ!!』 セイレーンが叫んだ! ボロボロのスカートを押さえて叫んだ! ていうかセイレーンにきゃあって言わせたのって俺が世界初なんだろうか。 奇跡体験だけど誰かに見られたら絶対エロマニア扱いされるような状況だ。 セイレーン『はっ……は、はははは離せぇええっ!いやぁああ離してぇええっ!!』 中井出  「ぬっ……失礼だぞ貴様!俺は女の下着になぞ興味ないわ!       大体下着なんぞに欲情する者の気が知れん!       下着泥棒ってどんな性格なんだろうかと時々本気で考えるくらいだ!       自意識過剰も大概にしてもらおうか!       俺は貴様の下着になぞ微塵の興味も無い!見縊るなクズが!」 セイレーン『ッきぃいいいっ!!それはそれで腹立たしいぃいいいいっ!!       このこのこのこのこのこのこの!!』 中井出  「《ガスドスガスドスゴスゴスゴス!!》いででいでいでいでででで!!       き、貴様!この体勢じゃあこちらが何も出来ないと思って……!!       いや、ちょ、やめて!地味に痛い!手ェ蹴らないで蹴らないで!!       ゾリュンって削るのもやめて!なにそれ!       なんで海のド真ん中に居るくせにヒールなんて履いてるの!?       ここにある物事で今それが一番謎だよ!!やめっ……やめてぇええ!!       爪の付け根をヒールでメリメリ攻めないでぇえええっ!!       いたっ!ほんと痛い!やめてやめてぇえええ!!       こ、このっ……!そっちがその気ならこっちはグラビティだ!」 さらにさらにと空中に昇っていっているセイレーンに対してグラビティを発動! その重さに、浮いている体がギシリと下に……降りていかない。 中井出「……うわ耐えてる!……え?     空中に上がればそう簡単に重力になんか負けない!?     表面張力に勝てない浮遊術ってなんなの!?     そんなの産まれたてのアメンボでも乗り越えられるよ!?キミアメンボ以下!?     あ!いた!いたたたた!!ウソ!ごめんなさい!冗談だからやめて!     やめてやめて肉が削げる!!削げ《バキョリ》ギャアーーーーーーッ!!!     爪が折れた爪が折れたぁああっ!!な、なにするのちょっと!     痛い!これ物凄く痛いよ!?     ……え?いやちょ、なに次の爪剥がしに取り掛かってるの!     ダメだよそんなの!だ、だめぇええっ!!それ以上先に進むっていうなら     こっちにも考えが三陰光圧痛!!《グキィッ!!》     ワハハハハどうだ!これぞ烈海王でもあまりの痛さにヒィ!!     急に浮遊が消えた!?うおお落ちる!グラビティの勢い分落ち───ヒィイ!     まるで狙いすましたかのようにヌシが落下地点で大口開けてスタンバイ!     ちょっ……浮遊して!すぐに浮遊───ゲェ!あまりの激痛に気絶してる!!     すげぇぜ三陰光圧痛!じゃなくてイヤァアッ!ジョー起きて!ジョーーーッ!!     そ、そうだ俺が風を起こして飛んでいやそれよりグラビティ解除していやいやいや     それよりもさっさと風をヴァーーーーーーーーッ!!!!」 その日僕は初めて生き物に丸飲みされ、 胃袋の中へ運び込まれるという黄金体験を味わったのだった。 ……もちろんセイレーンと一緒に。 どれだけピンチでも出来ることなら道連れを。 それが僕らの原ソウル。 ていうか普通に復活してたヌシに驚いた瞬間でもあった。 Next Menu back