───冒険の書238/祭りの準備を始めよう───
【ケース568:穂岸遥一郎/夕刻前】 ガヤガヤガヤガヤガヤ…… 遥一郎「魔法陣に香炉、水瓶、それとそっちの七種類の宝石をくれ」 商人 「はいよあんがとさん。おたく、魔術師にしちゃ物騒なもの買ってくねぇ」 遥一郎「召喚にチャレンジしてみようと思ってね」 商人 「そうかいそうかい。ああ、ところであんちゃん知ってるかい?     ついぞ数時間前に、光の塔の近くに天空の城が落ちたって話」 遥一郎「……ああ、知ってる。原因までは知らないけど」 魔法都市カポリトカステ。 そこで召喚と調合用の材料を買うと、商人に別れを告げて歩きだす。 猫の里から歩いて数時間。 陽が傾きかけてくる頃に辿り着いたそこは、 魔法や召喚、調合や錬金をするには最適な場所だった。 金さえあれば素材集めも都市の中で行え、 召喚や調合なども専用の部屋を紹介してもらえばすぐに実行に移れた。 既にそういった場所も借りてあり、あとは素材を買って戻るだけ。 これからのことを考えると、地味にわくわくしている俺が自分が居たりする。 遥一郎   「素材は買ったからあとは戻って召喚の練習をするだけか」 マクスウェル『魔術関連についてはほんに率先的じゃのう』 遥一郎   「これから嫌でもサウザンドドラゴンと戦うことになるんだ、        準備は出来るだけやっておいたほうがいいだろ?」 マクスウェル『確かにそうじゃな。ダークドラゴン戦では、        せっかく作った魔導アイテムを一気に使いすぎておったからのう』 遥一郎   「守護竜があそこまで強いとは思わなかったんだ、仕方ない」 あんなのとよく戦い続けられたもんだと感心するくらいだ。 中井出博光は普通に化け物の域に達している。 いや、違うか。あいつの言葉を借りるなら、あいつの武器こそがバケモノレベルだ。 ……なんて会話をしてみてるが、マクスウェル自体は姿を隠している。 魔術都市で精霊が浮いてたら大変なことになるからだ。 しかも元素の精霊だ、魔術を学ぶやつらから見たらその感動は計り知れない。 遥一郎「さて、と」 借りた宿への道順を思い出しながら歩く。 陽はすっかりと空を青から赤に変えていき、見える景色の色さえも変えていった。 そうした穏やかな夏の気配の中、俺は─── ノア 「あ」 遥一郎「あ」 ───困った状況に陥った。 ノア 「……マ、マスター……?」 メイド服を身に纏った、顔見知りの少女と出会ってしまったのだ。 ヘルメット型の魔器、アークの持ち主にして、どの記憶でもダンボールから出現した…… かつて、俺の妹であるヒナの生まれ変わりでもあった少女。 ノア 「マスター!」 ノアが駆けてくる。 持っていた、恐らく買ったばかりの荷物を転がしてまで。 どうする俺!ここで捕まれば恐らくもう逃げる機会─── じゃなかった、自由に羽ばたくための翼を無くしてしまう! ……ていうかそういえば蒼木を置いたまま来てしまった。 とか思っているうちにがばしっと抱きつかれてしまい、逃走は不可能となった。 ……まあ、いいか。 十分歩かせてもらったし。 そう諦めた俺は、抱きついて俺の胸に顔をぐりぐりと埋めているノアの頭を小さく撫でた。 どうにも俺はノアとサクラには弱い。弱すぎる。 泣かせたくない相手だ、しょうがない。 俺は誰とも付き合ったり結婚したりなんてするつもりはない。 ただこいつらと一緒に、 こいつらから俺から離れていくまでは一緒に居ようといつか誓った。 遥一郎「久しぶりだな、ノア。あれから大事はないか?」 ノア 「はいっ……はいっ……!」 どうして泣きそうな声で言うんだと言ってやりたくなったが、 俺には女心なんてものは解らないからやめておいた。 泣かせるのは嫌だが、こうして嬉し泣きをしてくれるのならその涙は止めたくない。 勝手に逃げて勝手に泣かせてるのは俺だけどな。 遥一郎「ん……」 少し、強く抱き締めた。 ウィルスに侵されたあの頃、人が遠く感じたあの頃に、同じくノアにそうしたように。 ……大丈夫、誰も、何処にもいかない。 この時代は平和や楽しさに満ちていて、 これから先に待つ未来もきっとそうであると信じてる。 そうだ、そうするためにも俺達はこの夏の戦いを絶対に勝たなければならない。 サウザンドドラゴンに……ゲームの世界の敵に負けてなんかいられない。 遥一郎「……悪い、ノア。急に抱き締めたりして」 ノア 「いいえ……どうぞマスター、お気の済むまでそうしていてください」 一瞬だけ、天下の往来でなにをやっているんだと。 精霊であった頃の自分が語りかけてきた。 そいつは俺の中に居て、いつも俺に冷静な判断をさせてくれる。 人間であった頃の俺はそれよりも楽しいことが好きで、 こいつはどちらかといえば人として楽しめることは楽しんでおきたいと願うヤツ。 あの日々の中に居た俺の中の幸せの具現だ。 それらとはべつに存在する思考の核、つまり俺を象り俺を動かすのが……今の俺。 多重人格と呼ぶほど大層なものじゃない。 経験した“自分”が思考の中に存在していて、 それを俺は何かが起きるたびに切り替えている……それだけなのだ。 ただやっぱり語りかけてきたのは一瞬だった。 俺がそうしていたいと望んだから、 冷静になるべき瞬間を人間であった頃の俺が塗り潰したんだ。 ───学生時代は本当に幸せでいっぱいだった。 努力をして高校に受かって、一人暮らしを始めようとしてサクラに会って。 観咲に会って蒼木に会って、ノアに会って……桜になった。 精霊からのこともいい思い出だ。 凍弥とミニに会って、凍弥の家族に会って、いろいろなことに巻き込まれて─── そして、ついには消滅した。 それから見た幸せの夢は、俺に忘れられない思い出をくれた。 どれもこれもを体験した上で今の俺が居る。 ……俺は……この時代を諦めたくない。 そう思ったら、ノアを抱き締める腕に自然と力が篭っていた。 ノアにしてみれば、その小さな体にはきつかった筈なのに…… 彼女はなにも言わず、俺の体に腕を回し、 大事なものにやっと手が届いた子供のような顔をして……穏やかに笑っていた。 声  「あーーーっ!ホギッちゃんみっけーーーっ!!」 ───そしてそんな空間をブチ壊す馬鹿者が出現。 そうだよなぁ……ノアが居るんだから、あいつが居ないわけがなかった……。 そいつは俺を指差しながらメイド服をバサァッとたなびかせ、 ズドドドドという効果音が似合っていそうな勢いとともに俺目掛けて大激走を───!! 声  「ノン!!」 雪音 「《ツッ───パァアアンッ!!》えあわぁっ!?うひゃあああーーーっ!!」 ───したんだが、その途中で何者かに足を思い切り払われて、宙を舞った。 何者か、じゃない。 俺はそいつを知っている。 黒の外套に身を包み、真っ黒な噛みをツンと後方に逆立たせ、 なによりもメイドを、なによりも妻を愛してやまない……影鎌繰り殺ぐ闇黒の秩序……! 彰利 「アァーーーーキィーーートォーーーーシィーーーーーッ!!」 ブラックオーダー、弦月彰利───!! 彰利 「とりあえず貴様にメイドさんの姿をする資格はねぇ……クロスアウッ!!」 雪音 「《キュボアッ!》うひゃっ!?ひゃあああーーーーーーっ!!!!」 宙に浮いたままだった観咲の体を、弦月が放つ黒が包む! その中でなにか嫌な音が鳴り続けた……と思えばすぐにそれは終わり、 黒から解放された彼女は…………割烹着を着ていた。 彰利 「貴様にメイド服は来世でも早ェエーーーーッ!!     メイドさん慎ましやか!メイドさん激しく走らない!     メイドさんギャースカ喚かない!!     そんなことも知らんでこの神聖なるメイド服を着用するふてぶてしさっ……     恥を知れ!!この触覚女めが!!」 雪音 「しょ、しょうがないよー!だってわたしのジョブメイドさんだもの!」 彰利 「おだまりなさい!アタイの目が黒い内でも白くなっても許さん!     貴様なぞ和装に給食当番の割烹着で十分YO!!」 ……まあ、そうだな。 あんなアグレッシヴなメイドを、弦月が許すわけがなかった。 ……んだが、それにまったをかける声一つ。 悠介 「いや待て!それはこの俺が許さん!     女中さん慎ましやか!女中さん激しく走らない!     女中さんギャースカ喚かない!!     そんなことも知らないで和装を装着しようなど片腹痛い!!」 ……なんと晦だった。 理屈は弦月と同じだが、こちらにも譲れない和への心意気があるらしい。 雪音 「え、えぇえ……?じゃあどうしろっていうのさー!!」 彰利 「これをあげる。やかましくて慎ましやかじゃなくて走りもする貴様に最適!     ユニーク防具のウェイトレス装備だ!」 ばさぁっ、と取り出されたのは、形こそメイド服に似てはいるが…… やけにスカートが短い、いわばウェイトレスの制服だった。 雪音 「え?えと、それってもうメイドさんじゃないんじゃないかな」 彰利 「黙れ触覚。貴様ごときがメイドさんをこなそうなど来世でも早い」 雪音 「う、うわーーん!ホギッちゃぁあん!とげ太さんがいじめるよぅーーーっ!!」 彰利 「イジメじゃねぇ修正だ!このアタイが居る限り!     貴様のようなおなごがメイドさんになるなんてことは許さねィェーーーーッ!!」 横暴だった。 けど似合わないと思うのも確かなんだよな、観咲の場合。 なんていうんだ?……そう、メイドのイメージじゃない。 どちらかというと武道家の格好してるほうがしっくりくる。 雪音 「横暴だよー!じゃ、じゃあノアちゃんはどうなの!?」 彰利 「大変よく似合っておいでですよ」 ノア 「………」 遥一郎「お、おいノア……」 弦月がノアの背中に話し掛けるが、ノアは俺に抱きついたままで反応を返さない。 さすがに弦月相手にメイドが返事をしないというのは危険ではと思って促すが…… やっぱりノアはぐりぐりと抱きついてくるだけだった。 遥一郎「わ、悪い弦月……ノアは俺以外にはあんまり……」 彰利 「ホホホ、よいのですよ精霊野郎……。     メイドさんは己が信じた主人に付き添うもの……。     彼女はそれを守り、貴公に絶対の信頼を寄せているだけなのですから」 遥一郎「けど、こいつ結構怒ると怖いぞ?」 彰利 「静かで慎ましやかで馬鹿丁寧なのがメイドさんというわけではありません。     命令され、それに頷くだけがメイドさんではないのです。知りなさい精霊の者よ。     ただ命令を聞いてソレを実行するだけならば、     なにもメイドさんじゃなくてもいいのです。     メイドさんにはメイドさんにしか出来ないことがある。     それに気づき、受け入れ、心穏やかに“うん”と頷けた時……     あなたはきっと、メイドさんという職業を暖かな目で見れるようになるでしょう」 遥一郎「……暖かくないのか?」 彰利 「最近の……いや、古よりメイドさんの悉くはいやらしい目で見られてきた。     欲望やらの捌け口にされ、     メイドさんといえばオタク系と連想するものも少なくなかったほどだ。     だがだ。そんな周囲の目にも負けず、     ただ一人のメイドさんであり続けようとする姿勢……それこそがメイドさん。     メイド喫茶だのなんだのと小洒落たものに逃げ、客を引き込もうなど片腹痛い。     メイド喫茶……あんなものを開いてしまったかつての俺はクズだった。     俺はそれをずっと後悔している。     メイドさんを見世物にし、客の呼び込みをさせてしまったのだ。     あの頃の俺は未熟にも程があった。───だがだ!!」 遥一郎「……話、長くなりそうか?」 彰利 「短く纏めたいが止まらないこの思い!     だがやめよう……メイドさんへの愛はしつこく説いて覚えさせるものにあらず。     軽く話、興味を持ってくれた人にこそ説法し、理解し喜び合うもの。     見世物でも奉仕マシーンでもない、     それがこの弦月彰利が望むメイドさんの在り方第一条。     エロイのはダメだ。エロ奉仕はメイドさんの仕事じゃない」 遥一郎「や、だから……」 いや、待て。 どうしていつの間にか矛先が俺に向けられてるんだ? お、おーい……俺、これから修行も兼ねて召喚魔法を……あのー?聞いてるかー? 彰利 「よろしい!!ではこれより触覚娘と貴様にメイドさんのなんぞやを説いてくれる!     もちろん俺個人の口から吐き出されることだから偏りは存在するが、     それでもメイドさんを愛していないやつらに否定されるほど     堕ちた思考は持ち合わせておらぬと胸を張れる!     さあレッスントゥーミー!我が唱えを聞けぇええええっ!!!」 遥一郎「───」 もうなに言っても無駄のようだった。 【ケース569:中井出博光/夕刻前2】 ザムゥ〜〜…… 中井出「というわけでペリカンがまた気絶しました」 澄音 「あまり無理をさせたら可哀相だよ」 悠黄奈「いったいなにを合成させたんですか?」 ボロボロになりながら竜族から逃れ、やってきたのが猫の里。 天空城に居る状態で銀水晶使えばよかったと今さら思いついても後の祭り。 バハムル宝玉と骨粉を合成させたことで、 永続スキル“ドラゴンズターゲット”が武具に付加されていたらしい。 困ったことにこれはスキル表に出るものではなく、 合成させた時点で竜宝玉を外さない限りはずっと竜族に狙われやすくなるようなのだ。 竜族に襲われた時点でそういうナビメールが来たから間違い無いよ、うん。 ともかくです。 地獄よりの生還を果たした俺は、天空城から持ち逃げした宝玉を武具に合成させました。 終わったのがついさっきで、例のごとくペリカンが喉を詰まらせて気絶。 再び猫たちに運ばれていった。 復活してたからご機嫌どうお?って訊いたんだ。 そしたらこんなもん屁でもねぇ、ペリカン甞めんなよ?って言うもんだから……ねぇ? 容赦なくランドグリーズ突っ込んで、全属性の古の竜宝玉を合成させてしまったよ。 中井出「しかし今さらだけどさ。     蒼木って本当に冥界のスペシャルアドバイザーと瓜二つだな」 澄音 「彼が僕の姿と口調をトレースして象っているらしいからね。     少し複雑だよ。まるでドッペルゲンガーを見ているみたいだ」 悠黄奈「見ると死んでしまうという、あれですか」 さて、こちらはずっとてっぺんの砲台広場で 景色を見たり語り合ったりしていたらしい、蒼木澄音と昏黄悠黄奈さん。 そういえば姿が見えないなと思ってたけど……あんなところに居たのか。 中井出「ところでよかったのか?ホギーと一緒に行かなくて」 澄音 「魔法の練習があったからね。     ほら、前に見せてもらった屠竜魔術というのがあったよね。     あれの練習をしていたんだ。悠黄奈さんにサポートしてもらってね」 中井出「エクスカリバーだっけか。詠唱は?」 澄音 「見せてもらった記憶の中のものと同じだったよ。満たし、さらに満たせって」 中井出「おお、それはよかった。俺、あの詠唱好きなんだよね」 悠黄奈「ああ、博光さん。お茶のお代わりはいかがですか?」 中井出「あ、うんもらう」 なんというか……平和だった。 これから極上バトルが待っているというのに、今というこの瞬間はとても平和だ。 ……俺の手にある闇の宝玉と火の宝玉。 これを壊さない限り、サウザンドドラゴンは復活しないし俺の属性も安定しない。 だけど壊すと狂いし者が覚醒して大暴れ将軍。 うーむ、なんという面白空間。 だがまだダメだ、準備が完全ではない。 これから夜を待って、姫っちとともに月光大陸に行って卵を孵化させるのだ。 当初の予想では月の欠片を全部揃えなきゃ付加しないのかとか思ったけど、 あれは晦だけが必要とするものだ。 ラグナロク解放のキーアイテムが他のもの…… それも竜族の付加に関係あるとは思えない。 故に月光大陸の月の光こそが付加に関するパワーを秘めているに違いねー。 中井出「しかしまあなんというか……キミたち二人が揃うとどうしてこうも平和なんだろ。     静かっていうのかな。騒ぎが始まる予感がまるでせぬわ」 澄音 「あはは、うん、そうかもしれない」 悠黄奈「息抜きは大事ですよ、博光さん。     いつも騒いでばかりだと、息抜きが出来ないでしょう。     そんな時のために、こういった空間があるんだと思いますよ」 中井出「うん、そうかも」 スズ……とお茶をすすって一息。 あ〜……安らぐ。 だが手持ち無沙汰なのは確かなわけで、 俺は体の向きを変えると背中に背負ったランドグリーズを目の前に持ってきて、 調べるを発動させた。 澄音 「随分と大きいね」 悠黄奈「背負うのも大変ではないですか?」 中井出「正直とても重いです……」 古の、力の大半を時とともに無くした竜宝玉。 それらを剣に合成させてみた結果は、屠竜の強化とレイジングロアの強化、 そして各属性攻撃力強化と属性防御力強化の増加。 皇帝竜の逆鱗が発動するHP感覚が伸びたことや、 それら竜属性にかかわる能力の強化が主だ。 古の竜宝玉は、 全部を合わせてようやくひとつの竜宝玉として成り立つ程度の力しかなかった。 俺の場合それが然の方向に傾いたようで、 然の竜宝玉……つまりカイザードラゴン系統の能力やマナ生成、 然の加護の強化などが強化された。 もちろん宿り木の能力もだ。 お蔭でマナ集束やマナ生成が物凄く早く出来るようになったし、 自然との会話がかなり容易になった。 もう僕自然の人です。 僕と自然は───一心同体だ!とか叫びたくなるくらいに。 でもそれだけ強化出来ても、やっぱり強くなったのは武具なわけで。 俺はそれをとても嬉しく思いました。最強。 あと追加されたものといえば……ギミックか。 “自然の武器”となったジークフリードは、様々な形に変えることが可能になった。 いわゆる長剣から双剣に変える双剣化など、そういったものの特性が濃くなったのだ。 柄を伸ばして槍っぽくするのは以前の通りで、 双剣化させたジークムントとジークリンデの石突きをくっつけて、 棍の両端に刃のあるような風情の双牙刃にすることも可能になった。 さらにエジェクトギミックと霊章輪を合わせた不思議ギミックで、 中央のリングを中心にそこから様々な武器の刃を突き出すことが可能になった。 霊章輪も意思あるもののひとつだ、 器詠の理力を通して繋がることで、変わった能力を発揮するようになったらしい。 いわば刃のありすぎるチャクラムブーメランみたいな感じ。 しかも意志を通すとギュイイイって回転するのだ。プロペラみたいに。 ダブルヘッドモービットみたいでステキです。しかも投げれば戻ってくる。 さらに器詠の理力を使えばある程度コントロール可能と来た日には……もう幸せさ。 悠黄奈「けど……武具ばかり強化しても、     扱う博光さんが強くなければ意味がないのでは……?     あ、いえ、その武器を振るうだけの力を持っていなければ、という意味で」 中井出「うん、解ってるよ悠黄奈さん。確かに武具ばっかり強くしても、     それを振るう俺はどうも達者じゃない。     技術からすれば、天空城で訓練を受けた猛者にだって勝てないよ。     この武具じゃなきゃ、こいつらと一緒じゃなきゃ勝てない。     レベルも同じで武器も同じものを使って戦えば、ものを言うのは技術だ。     篠瀬さんと戦ってみて、そこんところを嫌ってくらい思い知らされた」 悠黄奈「でしたらあの、わたしが剣槍術の手ほどきを───」 中井出「ああいえ結構です。僕はこのままがいいんです。     これが俺のこの世界の楽しみ方だから。     今俺は全力でこの状況を、この世界を楽しんでおります。     あとに何が待ってようと、それがなんだと言いますか。     壁があるならブチ壊してでも意地でも乗り越えて、     俺はずっとずっと世の楽しさを味わってゆくのです。     最初から死ぬつもりで行動するヤツなど人間にアラズ。     地界には……青春を謳歌する、という言葉があります。     それはつまり、微量でも勇気を持って、勇気が無くても意地で以って。     己を縛っていた言い訳を片付けて堂々と胸を張り、     自分という人間を謳い続けるという意味だと俺は勝手に決めました。     当てはめる言葉が青春じゃなくてもいい。俺の場合は人生を、生涯を謳歌する」 そのためにはこの夏を越え、色鮮やかに過ぎる秋をドレミで歌って、 冬を背に……春の木漏れ日を待って新しく生まれ続ける約束されていない未来を駆ける。 新しく生まれ変わる気など毛頭ありません。俺は俺で行きます。 中井出「悩むのってつまらないじゃないですか。     投げ出したくなるくらいに辛くて、楽しくない。     せっかくこうして悩む必要のない世界に、状況にあるんだ。     俺はそれを思い切り楽しみたいのです。……楽しむことに技術が必要ですか?     ……え?時には必要?……うん……そうだよね……」 悠黄奈「いえあの……なにも言ってませんが……」 中井出「ムハハハハ、いいのいいの。     とにかく俺は今日、とても大変なことをしでかします。     それはこの世界をとても大変なことに巻き込み、     その上で俺は楽しむという外道チックなイベントです。     全力で戦う準備をしといてください。決行は夜間、もしくは明日の朝か昼頃かと。     やる時になったら全ヒロラインプレイヤーにメールを送るから」 澄音 「キミ一人と全員、ということになるのかな」 中井出「うむ!その通り!」 今からドキドキが止まりません。 ああ……まさか狂いし者に取り付かれたことを感謝する日が来るなんて……! やっぱりどんな状況でも考え方次第では面白い方向に持っていけるものなのだ。 もちろん度合いにもよるけどね。 悠黄奈「あ……そうでした。話は随分と変わるんですが、     “外”の方から届けられたものがあります」 中井出「外?……あ、ああ、現実世界ね?届けられたって、誰に?」 悠黄奈「悠介さんか彰利さん、それか博光さんにと」 中井出「……何故俺?」 コサ、と差し出されたのは妙な紙。 妙な……じゃないな。馴染みは深くはないけど知ってる。 これはゲンコーヨーシとかいうものだ。もしくはそれに近いもの。 悠黄奈「ここより別の未来から飛ばされてきたそうです」 中井出「……とすると、赤ロリ写真とかと同じく神界側からか」 ペラリと目を通してみる。 それらはどうにも中途半端に描かれたものらしく、 ところどころにヤケクソじみた描画を残している……漫画だな。 悠黄奈「内容は見ないようにしたんですが……なんなのですか?それは」 澄音 「うん、興味があるな」 中井出「…………《スゥウウ……》素晴らしい……」 悠黄奈「え……?あ、の……博光さん……?泣いているのですか……?」 中井出「うむ……うむ……泣いているのですよ悠黄奈さん……。     この“鋼鉄アイアンリーガー”という漫画を見て、泣いているのです……」 キャラは咲桜を主にした男メンバーで、 何処か描画にあちら系の香りをさせるものだが、だがその内容ときたら最高だ。 なにが最高って、たった1Pで終わるこの漫画も、始まりも終わりも訳が解らん内容も、 何故か咲桜がアイアンリーグに向けて“どおれ明日は大暴れしてやるとするか〜”と マスクドアラジンの真似をしているところもなにをとっても素晴らしい。 俺はこんな物事に縛られない、訳の解らん漫画、見たことがない。 2P目の熱湯“シックス”アイアンリーガーも全2Pの感動巨編だった。 何故かラグビーで世界を救おうとする咲桜たちが、 場内を埋め尽くさんとする敵とラグビーじゃなく乱闘を繰り広げている。 素晴らしい……素晴らしすぎるよこれ描いた人……!いや神か?神界側からなら。 他にも何枚かあったが、それらは段々と自由度が削られていっていた。 つまり描けば描くほど設定が固まってきており、 世間一般で言う“完成品”に近づいているのだ。 ……これはこの荒唐無稽さがとてもいいんだと思うんだが……。 でも漫画家を目指すなら、確かにこれはダメなのかもしれん。 俺が編集長だったら問答無用で採用してるところなんだが……ううむ。 中井出「というわけでどうでしょう」 悠黄奈「……キャラクターたちがなにをしたいのかが解りません」 澄音 「う、うん……僕も」 中井出「馬鹿ぁあーーーーーっ!!違う!そうじゃないんだ!!     確かに俺もこれの作者がなにをしたくてこれを描いたのかは解らん!     だがこの自由度は感動すべき自由度だ!     作者がなにを言いたかったのか、見せたかったのかじゃない!     訳の解らなさを楽しむ心も大事なんだ!」 澄音 「楽しければいい……そういうことだね?」 中井出「そうそれだよまさにそれ!……これ僕がもらっていい?家宝にする」 悠黄奈「こんなものをですか!?」 中井出「僕にとっては素晴らしいものさ!     人が作ったものが時を経て家宝になるのだとしたら、     これは例えば家宝の壷が家宝の漫画になった……ただそれだけのこと。     人が作ったという点に関してはなにも違わない……。     そして、家宝に値するか否かなぞ持ち主が意志を以って決めること。     あなたは“これが家宝の壷です”と紹介されて、欲しいと思いますか?     まずは価値を考えて、売ったらいくらになるだろう……そう考える程度でしょう。     ええ俺もそうです。家宝の壷はその持ち主だからこそ価値が解る。     売らずに持っていられる。だが他人にしてみればただの値打ちものの壷。     家宝にするほどの価値などありはしないのです」 澄音 「うん、それはよく解るよ。価値観の違いだね」 中井出「だから僕これ家宝にする!     メンテナンスに入ったら空界の家に戻って、額縁に飾るんだ!     もしこれが作者にとっての失敗作だったとしたら、     毎日見るからせいぜい恥を噛み締めるがよいわグオッフォフォ……!!」 悠黄奈「く……黒い、ですね……」 体の中は常に真っ黒、博光です。 中井出「あ、でも家宝とは違うか。家宝にするなら麻衣香と紀裡の許可が必要だし。     ならばこれは我が宝!つーわけでそろそろ俺もう行くね?」 悠黄奈「お出掛けですか?あの、どちらへ?」 中井出「いろいろなことをするためにいろいろな場所へ行ってきます。     あ、それと悪いんだけど、セルシウスって出せる?」 悠黄奈「同化体ですからそれは少々……     何か用があるのでしたらわたしがお供しますが?」 中井出「んむー……いやいいや。その時になったら迎えに来るよ」 悠黄奈「そうですか。それではこれを。旅の途中で食べてくださいね」  コシャンッ♪《おむすび×3を手に入れた!》 中井出「お、おおお……あ、ありがとう」 悠黄奈「はい、お気をつけて」 澄音 「僕はもう少しここで魔法の練習をしていくことにするよ。縁があったらまた」 穏やかに微笑む二人に軽く手を振って歩き出した。 まさかおむすびを貰えるとは思わなかった……しかも包みが暖かい。 嬉しいなぁ……旅のお供におむすびなんて、まるでゲームみたいじゃないか。 いやあれはお弁当か。 トルネコチックでステキだ。 中井出「よし、それじゃあ……まずはシュバルドラインだな」 tellを飛ばして現在地を知ろう。 すぐに頷いてくれればいいけど……。 【ケース570:霧波川柾樹/夕刻】 ココポココポ……コポンッ……ポコポコ…… ラガー「細胞値安定。分裂完了……順調です」 モルツ「こちらも順調です」 エビス「こちらは……失敗ですね。このやり方ではこちらの分裂は無理のようです」 ペット研究所の研究者たちがガヤガヤと話し合っていた。 コポコポと泡を放ち続ける水槽のようなものが通りかかる自分の顔を映しては、 その曲面の形の分だけ俺の顔を変形させる。 ファンタジーには珍しい科学的研究所だが、 現実的に人の手が届かない超常なものであれば、 それはもう手の届かない幻想……即ちファンタジーなんだろう。 豆村 「おーい刹那ぁー!モフリンが完成したってよー!」 刹那 「なにぃ!?───おおモフリンだモフリン!フッサフサのモフモフだぁーーっ!」 すっかり投資員になってしまった俺達は、金が出来るたびにここに通っていた。 ザコモンスターを倒しては剥ぎ、倒しては剥ぎ、剥いだら売って金にして、 出来た金をここに投資する……そんなことばかりを続けている。 でもなんか違う気がするんだよな……。 ファンタジーだけど冒険ではない。 一言で言うと刺激もないし、そう楽しむこともない。 ペットシステムが完成すれば、好きなペットを差し上げますとは言われたけど……どうも。 そうだ、俺は冒険がしたい。 こんな風にしてペットを作るんじゃなくて、 もっとファンタジーだからこそ出来るみたいな冒険を。 なにも戦いだけに限ったことじゃなく、この世界を見て回るって名目でもいい。 とにかく俺は見慣れた風景じゃなくて見知らぬ場所へ行きたかった。 キリン「見てくださいこの巨大フラスコ。     あなた方のお蔭で新たに作ることが出来たものです。     これを使えば今までのものよりも大型のモンスターを作ることが出来るんです」 豆村 「ゴブリンは!?」 キリン「ええ、細胞があれば出来る筈です。     その場合、採取してきてもらうことになりますが。     もちろん一度目で成功するとは限りません。     モンスターによっては細胞の分裂パターンがありまして、     それによって完成するかしないかが決まります」 刹那 「へー、いろいろあるんだなぁ」 ……なにか……そう、あまりいい気分じゃない。 ペットはいいけど、ここで細胞から作ったペットからはとても嫌な感じがする。 たとえば……そう、自然の香りがしない。 とても薬品臭くて、こちらにあまりにも従順なのだ。 媚とかじゃなくて、ただそう設定された機械を見ているような…… 柾樹 「……な、なぁビーン、刹那」 豆村 「んあ?どしたー?」 刹那 「なにかあったか?」 俺が二人を手招きすると二人はすぐに来てくれて…… 自分から意識がそれたと確認すると研究の方に戻る研究員を横目に見る。 柾樹 「もう、やめにしないか?ここに金渡すの」 豆村 「……なんでだ?随分といきなりだな」 刹那 「好きなペットが出来るんだぞ?いいじゃねぇか」 柾樹 「俺ここ……薬品臭くて好きじゃない。     細胞から誕生させるのも、誕生したモンスターが異様に純情なのも、全部」 豆村 「おいおい……それくらい我慢出来る範疇だろ?せっかくのファンタジーなのに」 柾樹 「それだよ。ここも確かに超常だ。現実じゃおよそ出来ないことダラケだよ。     でも生きてない。ここで産まれたモンスター全部、自然じゃない。     機械だよこれじゃあ……産まれてるけど、     まるで細胞を手に入れる前の死体の中に感情を置き忘れてきてるみたいだ……」 刹那 「複製じゃないんだし、     産まれたばっかりなんだから感情が発達してないのは当然だろ?」 柾樹 「………」 そうだろうか。 培養液から出されたモンスターは、赤子のようにおぎゃーと言うわけでもなく、 子牛のように震えながら立とうとするわけでもない。 倒したモンスターのままの姿がそこにあって、 だけど必要最低限の機能しか持ち合わせていない。 感情があると邪魔だからと、感情だけが抜き取られたみたいになっている。 事実なんだけど、どうしても“作り物感”が拭い去れない。 俺は……これを作るのに楽しみながら投資なんて出来ない。 だから─── 柾樹 「……ごめん、豆村、刹那。俺……このプロジェクトから抜けさせてもらう」 豆村 「えっ……おいおいマジかよ……。     そんなに嫌か?我慢できないほどの臭いじゃないだろ……」 柾樹 「悪い、もう決めたんだ。悠季美が外で待ってるから、もう……行くな?」 刹那 「…………そだな。こっちのことは任せとけ。     俺も嫌な予感はしてるけどな、     だからこそどんなことになっちまうのか、見届けたい。     ペットシステムが完成して、嫌悪感を抱くものが無くなればいい。     無くならなくて、この研究所が曲った方向に行ったなら止める。     俺達はここに通い続けるからさ、お前は郭鷺とこの世界を見て回ってこい」 柾樹 「刹那……」 刹那 「俺が言うのも変な話だけどさ。……郭鷺のこと、泣かすんじゃねぇぞ?     相手がお前だから諦めるんだ。     友達でもねぇヤツだったらどんな手段使ってでも振り向いてもらってた」 柾樹 「……うん。ありがとう、刹那」 刹那に向けて頭を下げた。 ……すぐその頭を小突かれたけど、次に顔を上げて見た刹那の顔は……笑顔だった。 豆村 「お前ら青春してるねぇ……。ま、いーや。俺もここに通い続けるからさ。     もしお前の心配が杞憂だったら連絡入れるからさ。     その時は一緒にペットでも選ぼうぜ」 柾樹 「豆村…………ああ、約束だ」 豆村とは小さく拳を合わせて笑い合った。 それでパーティ離脱の儀式は終わりだ。 俺は二人と別れて、悠季美が待つ研究所の外へ向けて歩きだした。 ───……。 ……。 ゴコッ……ガチャンッ! 柾樹 「はあ……」 悠季美「あ……柾樹さん」 柾樹 「悠季美」 重たいドアを開けてすぐ。 木に背中を預けて待っていた悠季美は、 俺の姿を確認するととたたと小走りに近づいてきた。 悠季美「用事は済みましたか?」 柾樹 「ああ。ていうよりは───この研究所への投資係りを抜けてきた。     つまり豆村と刹那とはここでお別れ……ってことになるんだけど。     悠季美はどうする?……その、俺としては一緒に……来てほしいけど」 悠季美「《かぁあ……》そ……そう、ですか。     解りました……そ、そこまで言うんでしたら……」 柾樹 「………」 悠季美「………」 互いの顔を直視出来ずの俯きながらの会話が成立した。 鏡でも覗きこんだ日には、真っ赤な顔の自分が見れることだろう。 悠季美「それで……その。これから何処に向かうんですか?」 柾樹 「うん……正直何処でもいいんだ。     こういう場所でアレコレと同じことを繰り返すんじゃなくて、     この広い世界を自分の目で見ていきたい。     なんていうのかな……そう、冒険!冒険だ!冒険がしたいんだ!」 悠季美「冒険……ですか」 柾樹 「大義名分があるわけでもない旅になると思う。     それでもよかったら───悠季美。俺と一緒に来てほしい」 悠季美「……よくそんな歯の浮くセリフを……」 柾樹 「う、うるさいな!茶化すなっ!」 悠季美「茶化さなきゃ自分を保っていられそうにないんですよっ!見逃してくださいっ!」 柾樹 「だめだ」 悠季美「ここで即答ですか!?」 だって仕方ない。こっちも同じ意見だったのだから。 どうにも顔が熱いのだ。 どうしてこんなことになったのかは解らないけど、 まるで数人分への感情を悠季美だけに絞ったと思えるくらいに彼女のことが好きすぎて。 まともに顔を見ることも出来ず、 こうやってウブな少年少女みたいに頬を灼熱させてはモゴモゴと喋っている。 思い返してみれば、 自分がこんなにも誰かを好きになるなんてことを、いつ予想が出来ただろう。 いや、予想なんて出来る筈もない。 ずっと幼馴染として過ごしてきて、 こいつとだけはないだろうって思ってたのに……気づけばいつの間にかだ。 ……ううう、しっかりしろ霧波川柾樹っ! こんな、恋に恋するガラじゃないだろうが俺はっ! 柾樹 「よし行くぞ悠季美レッツゴー!!」 悠季美「《がしぃっ!》ふわっ!?ちょっ───待ってくださいっ!     わたしはまだ返事を───」 柾樹 「大丈夫だ俺が頷く!」 悠季美「わたしの意志はっ───!?」 柾樹 「今だけは無視させてもらうっ!     一緒に来てくれ───いや!一緒に来い悠季美!」 悠季美「ごっ……強引ですよぉおーーーーっ!!!」 いつからか、“自分自身”が希薄だった自分に不安を持っていた。 俺の中に宿っていた“ルドラ”の所為で、半分沈んでいた俺の意識。 そのために俺は完全な自分としては育てず、中途半端だった。 でも……そうだよな。 足りないならこれからの経験で満たしていけばいい。 それは、本来ならばとても時間のかかることだけど─── この世界でならば初めてのことづくしだ。 きっと自分が思っている以上に早く、自分を完成させることが出来るのかもしれない。 柾樹 (───ああ、そうか……) 怖いのも確かだった。 でも、どうしてあんなにもこの世界を冒険したかったのか……その意味がやっと解った。 俺は……“自分自身”が欲しかったのだ。 ルドラと割ったみたいな記憶じゃなくて、ちっぽけでも俺としての俺の記憶が。 そうと決まればしんみりした気持ちや雰囲気なんてここに置き去りにしよう。 何処だっていい……さあはばたけないけどはばたこう。 この自由の世界を見て回るために───! 柾樹 「……まずは船作りからか」 悠季美「来た船で行っちゃいましょう」 柾樹 「よしノった」 豆村の転移が出来なくなった今、ここに来る手段は船だけだったりする。 だからここで別れるってことはどっちかが船に乗れなくなるってわけで…… でもいいか、転移は出来なくなったけど、空なら飛べるだろうし。 さよならビーン……刹那……貴様らのことは忘れないよ……! そんな悲しみとともにハンケチーフを揺らしながら、俺達は船旅を開始したのだった。 【ケース571:中井出博光/夕刻2】 ───………………時は来た!……来たよね? 中井出   「さあ行こう皆の者!」 ノーム   『指図するなの〜ん』 ウンディーネ『契約者たっての希望じゃない限り、誰が貴方などと……』 イフリート 『まったくだ。何故こんなことに……』 シルフ   『やってられないね。なんて面倒なんだ』 ヴォルト  『Es ist lastig……』 悠黄奈   「まあまあ、皆さんそう不貞腐れないでください」 シャドウ  『……頭が痛いぞ……貴様と関わったこともない私が、何故……』 マクスウェル『ほっほ……まったく、天空城を落とすなぞ、おぬしも無茶をするのぅ』 ナギー   『ヒロミツの無茶など毎度のことなのじゃ』 ここに集いましたるは地から然までの精霊9体! 何故光の精霊が居ないかって?必要ないからさ! 何故なら今回の目的は───ガーディアンを目覚めさせることだからだ! 然から先の精霊が居ないのは、そっちの方の属性の解放が済んでないからだ。 エィネの話じゃあ、 解放状態の精霊の力じゃなければエレメントアンヘルは制御できないそうだからな。 や、まったく皆様ごねてくれましたよ。 やれ貴様とは嫌だ、やれ面倒だ、沢山わがまま言われましたよ。 でもそんな彼ら彼女らも熱心に脅迫───じゃなかった、お願いしたら頷いてくれました。 精霊がこんなにも人に対して友好的だったなんて……博光嬉しい! 中井出「まずは地のアンヘル!───場所どこ?」 ノーム『ログオーレン近くの大地の洞穴だのん。     あそこで転がる岩を何度も出すと、一番最後に転がってくるの〜ん』 中井出「OK!ではGO!」 マクスウェルが重力操作をして精霊全員を軽量化! それらが俺にしがみつき、俺はクサナギをエジェクトしていざ発進!  ドンチュゥウウウウウンッ!!!! 中井出「夜が来る前に全てのアンヘルを解放!     そののちに天へと昇り、月の光の加護を受ける!     その時になったら貴様らとはお別れだ……せめて壮健に過ごしておくれ?」 ナギー『なにを始める気なのじゃ?』 中井出「この全フェルダールに生きる全ての者を巻き込んだバトルを!     ……その時にはナギー、貴様も全力を以ってこの博光へと向かってくるのだ」 ナギー『解ったのじゃ!』 中井出「ええっ!?即答なの!?」 ここってもっと、何故なのじゃーとか言うところでは!? だがその意気やよし!これで俺も全力を以って狂いし者に加担できるというもの! ……元々そのつもりだったがなー! そう!狂いし者を内側から抑えて弱体化なんてしてやんねー! 俺はこのイベントバトルを存分に楽しむと決めたのだからな! 中井出  「───で、ログオーレンってどっちだっけ?」 シルフ  「どこかも忘れて飛んでたのかこのグズめ!」 中井出  「うるせー!忘れちまったもんはしょーがねーだろーがー!       ええとナビマップは───」 イフリート『馬鹿者!前を見ろ前を!』 中井出  「後ろなんて見てないよ!僕はいつだって前向きさ!」 イフリート『そうではない!意味が違う!ナビではなく前を見ろと言っているのだ!』 中井出  「ククク、断る、と言ったら?《バゴォンッ!!》ニーチェ!!」 言ったら大木に激突した。 だがバランスは崩したものの、そのままGO!! シャドウ  『馬鹿か貴様は!飛行中に木にぶつかる馬鹿が何処に居る!』 中井出   「え?呼んだ?」 ウンディーネ『ひっ……否定するどころか反応するなんて!』 ノーム   『どれほど馬鹿なんだの〜ん』 中井出   「フフ……人並みには、とだけ言っておこう」 精霊達   『ウソをつけ!』 中井出   「うるさいよもう!みんなで言うことないだろ!?」 前途は多難中の多難だった。 いやぁ……こうまで精霊に嫌われる人間も相当に珍しいと思うな僕。 あ、竜族にもか。 【ケース572:穂岸遥一郎/夜の始まり】 ホーホー……ホー…… 彰利 「素晴らしきかなメイドさん!メイドさんの素晴らしさを心から吐き出そう!     さあ!もっと愛を込めて!!」 遥一郎「………」 夜が来た。 だというのにメイドさん講座は未だに続いていて、場所はまだ町中の往来だったりする。 遥一郎「なぁ……もう何時間通しで喋ってるんだよ……」 腕の中のノアももう寝てしまっている。 隣に正座させられてた観咲なんか、無理矢理俺の膝枕で寝てるくらいだ。 彰利 「だってこのお馬鹿さんがメイドさんを理解しようとしないから!     あっ!てめぇなに寝てやがる!聞け!     メイドさんの素晴らしさをその耳に!脳に!五体に染み込ませるんだ!」 遥一郎「こらこらこらっ、いくら相手が観咲だからって寝てるやつを起こすなよ。     一応ノアたちと一緒に居てくれたやつなんだ、     いつも燥いではいるけど、疲れてるんだと思う。だから、頼む」 彰利 「グッ……グウウウ〜〜〜〜〜ッ、     で、では俺はこの猛る思いをどこにぶつけたら〜〜〜っ!     あ、じゃあこれ渡しとく」 遥一郎「え?」  てこてこてんとんてんっ♪《貴重品:メイド秘術書の写本を受け取った!》 遥一郎「うわぁ……って写本?」 彰利 「いかにも。巫女に負けないための心意気、メイドさんとはなんぞや、     メイドさんとしての在り方、メイドさんの仕事、メイドさんの仕草、     メイドさんの暖かみや、時には見せる厳しさの中の希望、     尽くす気持ちと包む気持ち、清楚にして忠義に溢れ、     しかし所有物ではない例外無き完璧なる仕事人───メイドさん。     その全てを俺が研究、書き連ねた秘書の写本よ。     生憎とオリジナルはある日見つけた後継者に譲ってしまったがね。     そういや今頃どうしてるかなぁルリ子さん……。元気にしてるといいんだけど」 ルリ子って……ああ、確か弦月の記憶の中に居た……。 確かメイド秘術書と、持ち主とともに成長するメイド服をあげた相手だったよな。 彰利 「真に至り、なお憎しみに捉えられているのならそれもまたいいでしょう。     だが憎しみに飲まれ、過ちを犯してしまったとしても……     過ちの中の悲しみを知ったからこそ誰かに慈愛を以って接することができる……     そんなメイドさんになってくれてるといいなぁ……」 遠くを見るように呟く弦月は、まるで子を思う親のような顔をしていた。 ……相手についての詳細なんてあの記憶の中にはなかった。 だとしても、秘術書を渡そうと思えた相手だ、入れ込むのは当然なのかもしれない。 彰利 「あ、いや……話の腰、折っちまったね。     どうもだめだね俺。一度気にかけたり何かを託したりすると、     どうにもその相手のことが気になっちゃってねぇ……。     思えば大変な道を歩ませてしまった……。     前途ある少女に、冥道だけ歩めと言ったようなもんだ。     彼女が今どうしているのか……それは俺にも解らない。     無責任に秘術書を渡して、それ以降会ってもいない。     困難にぶつかってないだろうか……     不幸があって死んでしまっていないだろうか……。     そんなことを……時々思い出すんだよ……」 遥一郎「弦月……」 彰利 「……嬢のこと、大事にしてやりんさいね。     腹に黒いモン抱えてるかもだけど、根は淋しがり屋で甘えん坊のようだ。     手を伸ばせば届く場所に居るのなら、接してあげなされ。     いろんな娘や息子たちの成長を見守ってきた彰衛門の、     これがせめてもの助言じゃよ……」 ……そうだ。 こいつは過去現在未来を通していろんなやつと出会い、 いろんな子供の心を解放してきたんだ。 秘術書を渡した少女が弦月にとってのなんだったのか……それは問題じゃない。 こいつはただ、自らが接触することで関わりが出来たあの少女のことを、 今も時々思い出している……それだけなんだ。 相手が誰か、じゃない。 自分が道を示してしまったのだ、 そのためにその道を歩もうとした相手のことが気にならないやつなんて居ない。 彰利 「挫けてしまっていてもいい……わしはあの子を叱らんよ。     不幸の末に悲しい結末に至ってしまっていても……     どうかその最後が笑顔であったことを願おう。     わしはあの娘を、意思を託した娘だと思っておるよ……。     あの娘がわしのことをどう思っていようが構わぬわい……。     わしに出来ることはこうして時々思い出してやることだけじゃなからなぁ……」 悠介 「晩飯買ってきたぞ〜、って……あら?タ、タイミング悪かったか?」 彰利 「ああ、いや……いいんじゃよ、悠介……。さ、夕食にしようかのう……。     ふふ、どうれ……今朝は久しぶりにいい気分じゃ……     久しぶりに子供たちに教えてきたスープでもこしらえてやるかのぉ……」 悠介 「あ……───はは、懐かしいな。お前のそんな顔、久しぶりに見たよ」 彰利 「わしは子供たちに様々なことを教え……子供たちはわしを越えて生きてゆく。     その先であの子たちが笑えているのなら……こんなに嬉しいことはないさね……」 遥一郎「………」 なんだか……やさしい気持ちになれた。 晦の記憶の中でしか見たことのない、暖かい笑顔がそこにあった。 穏やかな笑顔のままの弦月は鎌を次々と取り出しては、 それぞれの役割を果たさせ───木で器を作ったり、水を出したり、沸かしたり…… どれもこれも映像の中で見た手順で作ってゆくと、 出来たスープを最後に味見して……懐かしいねぇ……とだけ呟いて、小さく涙した。 彰利 「───わしらの想いは今日まで……多くの人々に支えられ。     過去、現在、そしてさまざまな未来の先で、     人々それぞれの想いを込めて……実を結んでゆく……。     わしらの蒔いた種はやがて木となり林となり、多くの人々を潤す森となる……。     自然を育み慈しむ心さえあれば、     自然は数多くのことを教えてくれるじゃろう……」 懐かしさが湯気となって飛んでゆく。 天下の往来で、しかも朝からやることじゃないって解ってるのに…… この暖かくなった心は、こんな状況をただ暖かく、見守っていたいと願っていた。 彰利 「……今一度思い出して欲しい。     先の解らぬ現在を歩くという不安な世界で、     ただひとり、胡散臭いこんなわしを信じてくれた己自身を……。     おぬしらがわしを信じていてくれたからこそこの瞬間があり……今。     こんなにも静かな気持ちで暖かく懐かしむことができるということを……。     ……わしは幸せ者じゃな。たくさんの息子や娘に囲まれ、     その時代に生きていられてよかったと心から思える……」 声  「……はぁ。それってまるでこれから死ぬみたいに聞こえるぞ」 彰利 「む……?───!?お、おぬしらは……!」 ……いい加減に重たい瞼の奥に、人の姿が映し出された。 それは─── 凍弥 「よ、彰衛門。……に、おっさん」 凍弥だった。 今まで何処に居たのか、なんて質問は今は無粋だろう。 チラリと晦を見ると、ナビを小さくココンと突ついた。 多分だけど、弦月が話し始めたあたりで予想してたんだろう。 彰利 「これはいったいどうしたことか……ゆ、悠介?おぬし……」 悠介 「ま、なんとなくな。tell飛ばしといた。     これでも付き合いは長いんだ、お前の考えの芯くらい、解るつもりだ」 彰利 「悠介……《がばしっ!》ムオオッ!?」 そしてそれとは他に弦月の背中に抱きつく二つの影があった。 それは……俺もよく知る二人だった。 椛  「おと〜うさんっ♪」 聖  「パパ……えへへ」 彰利 「おぬしら……ほ、ほっほっほ……椛も聖も、     こんなに大きくなったのに甘えてばっかりで恥ずかしいねぇ……」 椛  「恥ずかしくてもいいよ、やっぱりわたし、おとうさんのこと大好きだもん」 聖  「最近構ってくれなかったから……家でもみずきが居るとやりづらいし……」 彰利 「ほほっ……まったく、仕方の無いお子めらだねぇ……」 年齢調整のためにいつかの姿のままの二人が、いつかと同じ姿のままの弦月に抱きつく。 その姿は親にべったりの子供だ。 妻のそんな姿を見ている凍弥も、少し照れ笑いめいたものをしているくらいだ。 ああ、それはいいんだが……俺はいつ解放してもらえるんだろうか。 そんなことを思っていると、晦が視線で“行け”って合図をしてくる。 ……さすがだ、こういう状況の大変さは人一倍解っている。 俺は軽く頷くとお言葉に甘えることにして、静かにその場から─── 凍弥 「あれ?何処行くんだよ与一」 遥一郎「ぐあっ」 逃げられなくなった。 彰利 「ややっ!?おのれ貴様わしの料理が食えぬと申すか!」 遥一郎「ええいこうなりゃヤケだ!ああ食えん!俺には俺の用があるんだ!     いつまでも流されるままにホイホイ付き合うと思うなぁーーーーっ!!」 凍弥 「おおっ!?与一が燃えてる!熱くならない沈着冷静人なあの与一が!」 遥一郎「それは精霊だった頃の話だっ!そんなものは知らん!」 雪音 「うぅむぅん……ホギッちゃんうるさいよ……」 遥一郎「お前は起きなくていい!ややこしくなるから寝てろ!」 ノア 「……寝てませんよ?」 遥一郎「しっかり寝てただろう今まで!って起きるな寝てろ!寝ててくれぇえっ!!」 彰利 「ほっほっほ、おやおやたくさん集まってしまったのう……     これは久しぶりに、腕が鳴るわい《ベキベキゴキベキ》」 悠介 「本当に鳴らすな気色の悪い!!」 彰利 「なんと!?」 凍弥 「いいじゃないか与一、一緒に食っていこう。     晩メシまだなんだろ?たまには人が作ったもの食うのもいいもんだって」 ノア 「ではわたしが」 総員 『勘弁してください』 ノア 「…………失礼ですね」 ……どの道、ノアを抱えながら逃げるのは無理そうだった。 いくらレベルがあっても、俺は運動には向かないのだ。 そもそも逃げ出したところで弦月の影に飲まれるのがオチだと今確信する。 ……すまん、部屋を貸してくれた魔術師……今日中には行けそうにない……。 彰利 「では椛や、この食材を切っとくれ。やり方は、覚えておるね?」 椛  「うん!」 彰利 「聖はこっちで鍋を沸かしておくれ。ダシの取り方は忘れておらんね?」 聖  「うん!」 彰利 「おい小僧、器作るの手伝え」 凍弥 「なんで俺だけいつまで経っても小僧呼ばわりなんだよ!」 悠介 「腐るな腐るな。懐かしみたいんだよ、こいつ」 凍弥 「け、けど悠介さん……彰衛門のやつ俺にだけ態度が悪くて……」 悠介 「だから、懐かしみたいんだよ。     彰利とお前ら三人、俺と穂岸と……篠瀬とみさおは来れなかったけど、     懐かしいメンバーでこうして食を囲む。悪くないと思わないか?」 凍弥 「……まあ。……そう、ですね、はは……悪い気はしません」 そうこう言ううちに弦月が自分の影から鎌を引きずり出し、 それを振るうと地面からほどよい大きさの木が生えた。 それを凍弥が刀で刻み、器や箸を作ってゆく。 晦は晦で和風の一品ものを作ろうとしているらしく、別の鍋でいろいろやってる。 ……なぁ……いろいろ突っ込みたいんだが……。 どうして街の真ん中で、こんな夜のパーティーをやってるんだ?俺達……。 彰利 「これ精霊野郎!きちんと働かんか!」 遥一郎「すまん……ちょっと考えさせてくれ……」 なにかをやってた方が紛れもするんだろうが、 その何かが今の俺には見つけられそうになかった。 だから俺は、この珍道中の噂を聞きつけて訪れた サクラやレイチェルの姐さんにいろいろと言われつつ、 ただ静かに溜め息を吐きながら、ずっとそうしてノアの頭を撫でていたのだった……。 やっぱり俺……自由がいいかも……。 【ケース573:中井出博光/深夜】 フォゴォオオッシャアアアンッ!!! 中井出「はいお疲れさまでした!ここが終点、猫の里になります!」 ナギー『む?何故ここが終点になるのじゃ?』 中井出「これから姫っちを連れてグレイドラゴンのところに行くからです!     いいか者どもよ!きちんとアンヘルの機動確認はしておくこと!     これからすることが思いの他スムーズにいったら、     すぐにサウザンドドラゴン戦に雪崩れ込むと思うから!」 ナギー『な───ななななんじゃとぉおーーーーっ!!?』 シルフ『本気かてめぇ!サウザンドドラゴンを解放させるっていうのか!?     古の時代、あの竜の所為でこのフェルダールがどれだけ大変なことになったか!     てめぇはそれを知った上でやるっていうのか!?』 中井出「そんなものは知らねー!結果的にそうなるんだからただそれだけのこと!     そのためのアンヘル機動準備だったのだ!だから頑張ってください」 悠黄奈「無茶なことを言いますね……」 中井出「あ、そうそう。もし猛者どもや名誉ブリタニア人の中に、     隠しジョブに必要なキーアイテム持ってるヤツが居て、     隠しジョブになりたいっていうヤツが居たら他のキーアイテム渡してあげて?     本当の本気で大暴れ将軍になると思うから、     強くなれるヤツには強くなっててほしいので。     動かすのが俺だったら苦労なんてないんだろうけど、     こればっかりは俺の意志じゃあどうにもならん」 狂いし者が暴れるってことは、 少なくともカイザードラゴンが暴れるくらいの惨状になると勝手に想像します。 俺も狂いし者の全力なんて知らないからどうとも言えないんだけどさ。 中井出   「ではマックスじいさん、あとのことは任せていい?」 マクスウェル『おお、ほほ、行ってこい。        この世界にはたくさんのブレイバーやメイガスがおるからのぅ。        思い切り暴れさせてやるとよいぞい』 中井出   「謝謝!」 とても穏やかに背中を押してもらった……ありがとうマックス爺さん。 あとはシェーラの姫っちを連れてグレイドラゴンの所に行って、 グレイドラゴンとともに月光竜を孵化させるだけ───! さあ行こう!ザ・グレイトバトルを開始させるために───!! 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