───冒険の書313/始まった野望とともに───
【ケース781:弦月彰利/それからとこれから】 ───魔王にボロ負けし、 これまでの心労や精神疲労が癒されるまで、一日以上を要した。 目覚めてみれば、既に魔王バトルの日から二日が過ぎ…… そんな僅かの間に、世界は魔王の手に落ちていた。 世界は自然に満ち溢れ、人々には機械の使用が禁止され、 よりファンタジックな世界が望まれ、機械などは皆魔王が回収していったそうだ。 もちろん人々は戸惑った。戸惑ったんだが……魔物たちの暴走も治まり、 少しずつ青に戻ろうとしている空を見ては、 征服されたっていうのに人々の表情は笑顔だった。 彰利 「なんか立場ないなぁアタイたち……」 悠介 「言っても仕方ないだろ」 魔王に征服された世界はひどく穏やかだった。 人々はとっくに混乱から脱し、なにを強奪するでもない魔王に、逆に呆気にとられている。 税金を取るでもなく、強欲の限りを尽くして酒池肉林を味わうわけでもない。 ただ、機械文明に追いつかない程度に原始的に生きなさいと言っただけだという。 王が居なくなった世界は人々が思い思いに生きることに適してはいた。 だが犯罪が増えたのは確かだと思う。 争いごとを止める者が居なくなったのだ。 故に─── チャラリーナ「へへっ!いただきっ!」 老婆    「ああっ……!ど、どろぼぉうっ……!」 チャラリーナ「へっへっへ、ちょろいもんだぜ《どんっ!》オワッ!?        んっだよ何処見て歩いてひぃっ!?」 魔王    『ご老体より金を奪う下衆野郎めが……!貴様に金を使う資格は無い……!』 悪さを働いたりすると、連れていかれる。 何処にかは誰も解らない。 ただ言えることは、俺達は監視されていて、 悪事を働くと何処かへ連れていかれ、戻ってこれないということだけだった。 ……その場に現れた魔王は、ゲームで言うFF4のゴルベーザのような黒鎧を纏い、 ひったくりの前に存在していた。 魔王と解ったのは、この威圧感に覚えがありまくるからだ。 悠介 「っ……魔王!」 彰利 「会いたかったぜ……!今ここでこの間の借りを返させてもらうぜ!」 魔王 『なんだ……また貴様らか……。目障りだ弱き者ども……視界から消えろ』 彰利 「なっ……ンのやろっ!《ドシュンッ!》』 黒を解放、飛翼を出現させ、一気に間合いを詰めヴミミミミミンッ!! 彰利 『《ビタァッ!》……、は……あ……!?』 魔王 『動くな。攻撃をされればこちらも返さんわけにはいかん』 飛翔して間合いを詰めようとした俺を、一瞬にして砂嵐の映像たちが囲む。 気づけばいつの間にか魔王のとなりにミクが居て、俺に向けて手を翳していた。 その意味が辿り着く結論はひとつ。 あのミクは……どうやったのかは知らないが、カーネイジを使える。 そんな事実が、俺を映像の檻の中で動けなくしていた。 彰利 『っ……くっそ……!あ……悠介……?』 そんな俺の横より一歩前に出て、魔王と対面するのは俺の親友。 いつになく鋭い目つきをして、魔王に質問を投げかけた。 悠介 「魔王……お前の目的はなんだ。     世界征服を為したと思えば特に圧力をかけるわけでもない……     むしろ世界はいい方向に進んでるように見える。     ……いったいなにがやりたくてこんなことを───」 魔王 『自然とともに生きる世界を構築するためだ。     自然災害が起きようがどうしようが、     機械に頼らず己の知識と自然との協力とで全てを乗り越える時代。     それを我が手で為そうとしている』 悠介 「自然と……?」 自然っつーなら……いや待て、それって…… 魔王 『自然とともに生き、自然に学び、自然とともに滅び、時に自然によって滅ぶ。     踏み台にしてきたものとともに生きることを知れ。     自然災害で死ぬことなど、それまでのツケと考えろ。     今まで貴様らが己の住み易い空間を作るために破壊したものの強さ、     偉大さを、己と自然とで生きることで身につけ、知るがいい』 悠介 「……!《ごくっ……》」 魔王からくる威圧感は尋常じゃない。 気を抜くと押しつぶされそうになるくらいだ。 魔王 『金など不要……!こんなものがあるから世界が曲がる!     生きたいのなら己の糧を自然と育むがいい。     他に欲しいものが出来たのなら、育んだ実りを交換するがいい。     それが面倒だと思う者こそが、     己のみが楽な世界にさえ居ればいいと思う怠惰者よ!』 ザザァッ!! 悠介 「!?」 彰利 『オッ───』 気づけなかった。 いつの間にか周りは猫に囲まれていて、魔王が声を荒げると同時に敬礼をした。 その音で気づくなんて…… 魔王 『人よ退化せよ!進化という名の盾を振りかざし、     己のみが楽を得ようとする腐った思想を捨て!     かつて自然とともに生きた“野生”を取り戻せ!     やりもしないで嫌だなどとぬかす平和ボケのクズどもなどくたばれ!     そいつは既に生きることを放棄したクズよ!     そんなヤツは滅ぼせ!討ち下せ!ヤハラァーーーッ!!』 猫たち『ヤハラニャーーーーーッ!!!』 猫たちが叫ぶ。 所詮は猫だ……勝てないわけがないとは思うものの……なんだ?この嫌な予感。 猫たちまで、そりゃ戦えば勝てるだろうって予感があるのに…… 一匹一匹の力が確実に、俺達に近い実力を持ってるような、そんな不安を覚える……! 魔王 『猫たちを人質に、など考えんことだ。     その猫たちは俺の意思ひとつで俺より強くなる』 彰利 『───!っ……』 この不安の正体はそれか……! 適当なウソかもしれないのに、どうしてかそれが本当だって体が信じちまった……! ……そんな時だ。 子供 「まおうさま」 悠介 「!」 無防備にも、まだ小さな少年が猫の後ろから魔王に声をかけた。 振り向く魔王。 魔王 『……なんだ、少年よ』 魔王はそんな子供にゆっくりと近づき、 鎧のマントが砂に汚れるのも構わず屈み、目線を合わせた。 少年 「オレのとうさん、エトノワールで仕事してたんだ。     でも、このまえの騒ぎで死んじまった。     かーさんはオレをうんだときに死んだってきいてる。     ……オレ、いもうととふたりきりなんだ。頼れる人もいない。     自然と生きろっていわれたってわからないし、どうすればいいのかわからない」 魔王 『ほう……』 見れば、少年の後ろには泣いている子供が居た。 きっと妹なんだろう。 少年は泣きそうになっても歯を食いしばって我慢している。 妹を不安にさせないって、かなりの葛藤の末に決めたんだと思う。 だが魔王はそんな少年を見て、雰囲気を変えた。 魔王 『……小僧。なにを我慢している』 少年 「え……?」 魔王 『妹の前だからと我慢する必要がどこにある。     解らんか。貴様に我慢されればされるほど、妹は本気で泣けないのだぞ』 少年 「え……え……?」 魔王 『二人きりの家族だからこそ、ともに親の死を悲しみたい。     そういう絆とてあるのだ。───泣くがいい。     今の貴様は、妹から見れば親の死を悲しめない、自分を偽るニセモノの兄だ』 少年 「でもっ……でもオレ、強くないとだめだって……」 悠介 「っ……魔王!その子供がどれだけ一人で考えてその答えに辿り着いたか───!」 魔王 『黙れ!!』 悠介 「《びくぅっ!》……!」 魔王 『貴様……!こんな幼な子がたった一人で決めたことに今後を託すつもりか!     貴様らのように力があるわけでもない幼な子に!     ───小僧!貴様はどうだ!妹のためだと感情を押し殺し、我慢し!     その先になにを見る!我慢するだけの人生か!妹のためだけの人生か!』 少年 「オレは……ひくっ……オレ、は……」 魔王 『己のために生きよ!妹の笑顔が見たいというのなら、     妹の笑顔が見たい自分のために、ともに泣け!     誰かの笑顔のためなどという言葉は、     笑顔で居る周囲を自分が見たいからという視点で直視しろ!』 少年 「うぐっ……う、うぅう……!」 魔王 『……だが。我慢出来る強い子だと頭を撫でられた瞬間は忘れるな。     我慢しなければいけない時だけは、     撫でてもらった日を思い出し、我慢するがいい』 少年 「っ……ひっ……う……!うあぁああああああああん……!!」 散々と怒鳴るように語られ、だが最後に頭を撫でられた少年は泣いた。 妹に抱きつき、我慢の分まで吐き出すように。 妹もそれを受け止めて───ようやく、といった感じで大声で泣き始めた。 さっきまでの静かな嗚咽じゃない。 心から、親の死を悲しむように。 ……それは、俺達が予想していなかった悲しみだ。 魔王 『……子供は強くない。人は強くない。     今を生きる年長の者が忘れてしまった辛さが子供たちにはある。     ただ強く生きろと言うだけでは立ち上がれん。     ……お前らはそれを、誰よりも知っていると思っていたがな』 彰利 『……へっ。生憎と頼れる親なんてのが居なかったんでね……。     死んでせいせいしてるくらいだ』 魔王 『貴様もそうか?』 悠介 「俺は……違う。あの家族が大好きだ。     十六夜の親が実の親だったら彰利と同じ答えだっただろうけど───」 魔王 『なるほど、家庭の環境も光と闇か。     そんな二人が親友を名乗りあっているのだから面白いものだ』 彰利 『そんなのは俺達の勝手だろうが。     べつにお前を面白がらせるために名乗ってるわけじゃねぇよ!』 魔王 『……心に余裕がないのなら、せめてそれを己の強化に向けるがいい。     少しの経験も積まん状態で俺に勝てると思ったか』 っ……いちいちむかつく野郎だ……! コンニャロ絶対にいつかボコボコにしてやる……! 彰利 『宣言すっぞこのイモヤロー!貴様絶対にいつかボコボコにしてやる!     圧倒的勝利で勝ってやる!楽には死ねんぞ!』 魔王 『お前が?俺を?自惚れるな』 彰利 『《ブチブチブチブチ》ギィイイイイッハァアアアアアアッ!!!!     こここコノヤラ人の決意を鼻で笑いやがってぇええええええっ!!!』 どうなってもいいから映像破壊してブン殴ってやろうと、アクションに出ようとする。 が、それを悠介に制された。 なして止めるん!?とアイコンタクトすると、クッ、と魔王の方へと視線を促された。 魔王 『小僧、小娘。貴様らにはいい養い場所を紹介しよう。     あの男も子供たちが皆殺しにされて、悲しんでいるだろうしな……ククク……!』 見てみれば、魔王は子供二人をマントで隠すようにして持ち上げ、薄気味悪く笑っていた。 子供たちが皆殺し……七草のことか!? 魔王 『貴様らはまた忘れているだろうからしっかり教えてやろう。     空界で死んだやつらを殺したのは俺だ。仇というやつだな。     だが貴様らが総出でかかろうが、今の貴様らでは俺に傷ひとつつけられん。     せいぜい腕を磨いて俺を楽しませるがいい。ふふふふふ……ふはははははは!!』 魔王は笑いながら去ってゆく。 その姿が一定の距離へと達した瞬間に映像は消え、俺の体は自由に───ドンッ! 彰利 『魔ァアア王ォオオオオオオッ!!!』 なった次の瞬間には、俺は迷わず疾駆していた。 飛翼に宿る力を拳に移し、渾身を込めてギバァッシャアアッ!!! 彰利 『ガァアアアアアアッ!!?』 突き出した拳が、放たれた剣閃によって一気に肩から切り離された。 灼闇の炎が象るナニカが剣閃を放った……それは見えた。 だがその姿が……! 彰利 (アル……ビノ……!?) そう、アルビノだった。 オズとの戦いで死んだアルビノが、 オズのブレードスラッシャーを破壊した剣閃を放ってきた。  ゾガッ!ドガッ!ズザアッ!! 殴りかかろうとした状態のままバランスを崩した俺は、地面を転がって倒れた。 そんな俺を、すぐ傍にあった黒の者が見下ろし、言う。 魔王 『若すぎる……遅すぎる……そしてなんと弱い……』 彰利 『っ……』 その言葉が、こんなにも胸に響く。 俺は弱い。 俺は遅すぎるのだと。 それ以外のなにかしらの痛みもあるのに、その理由が思い出せなかった。 魔王 『今の貴様では俺の影にすら勝てん。いい加減理解しろ、弱者よ。     強いと思っているのは自分だけで、     貴様は今まで自分より弱い敵にしか出会っていなかったにすぎんのだと』 彰利 『───!』 魔王はそれだけ言うと踵を返し、やはり歩いてゆく。 俺は悔しさからか悠介に“やってくれ”と視線で訴えかけるが、 悠介は圧倒的な力の差に首を振るだけだ。 解ってる。 解ってるけど……こんな屈辱味わわされて……! 魔王 『……ああ、付け加えておこう。今のこの状況を屈辱だと感じるのは傲慢だ。     貴様には屈辱を味わう資格などない。     負けた身の分際で多少の努力もせずに挑んだ故のこの無様。     どこに貴様が受けるべき屈辱がある』 彰利 『っ!《カァッ───!》』 魔王 『その身ではなく、その考えの浅さを痴れ、黒き男よ。     今の貴様は戦士ではなく、ただの道化にすぎん』 …………そうして、魔王は去っていった。 彰利 『…………《ドシュンッ》……っ」 腕を結合させてから黒を解除して、仰向けになって赤の空を見た。  ……なにも言い返せなかった。 ギリ、と歯が軋む。 食いしばった歯がギリギリと音を立て、 今自分がどれだけの怒りの中に居るのかを脳に叩き込む。 彰利 「っ……う……ぉおおおおおおおおおおおっ!!!     オォオオオオオオオオオオオオッ!!!!」 悠介 「彰利……」 彰利 「オォオオオオオオオオッ!!!!」 叫ぶ、叫ぶ……叫ぶ。 特別、強さを目指したことなんてゼノの時くらいだ。 未来を目指すためと、強くなろうとした時期ももちろんあった。 だが今、俺は……自分の弱さへの苛立ちによって強さを求めている。 そう、“自分のため”に。 悔しい……そう、悔しいのだ。 弦月彰利としてではなく、男としての本能が。人としての本能が。 感情面をああも指摘され、しかも言い返せなかった自分にこそ苛立つ。 彰利 「足りねぇ……足りねぇ!!力だ……力!もっと力を───!!」 悠介 「彰利。力に溺れるのは───」 彰利 「溺れるほどの力がっ!!……っ……悠介……!     溺れるほどの力が……!今の俺達にあるのかよっ……!」 悠介 「…………それは」 彰利 「ルドラの力はあんなものじゃない……!     あの魔王に勝てないで、俺達が夏の先に立っていられることなんてあるのか……?     足りないんだよなにもかも……!っ……くそっ……!くそくそくそぉっ!!     なんで……どうして弱いんだ!昔あんなに頑張って!血ぃ吐くほど頑張って!     感情が潰れるほど繰り返して!なのに!なのになのに!なんでだぁあああっ!!」 悠介 「彰利……」 倒れたままに地面を殴る。 怒りに、不甲斐なさに涙さえ流すのも随分と久しぶりのことだった。 多少力をつけたくらいでいい気になって、 自分自身の力の底上げだと始める鍛錬も半端なままで長続きもしない。 俺は……今の俺はいったいなんだ? その果てにこんなあっさり地面に倒れて、敵に図星を指摘されて、こんなっ……!! 強くなるって決めたのに、力量も測らずにまたぶつかって、 今度は一撃も与えられないままに負けて……! このままじゃダメだ……! このままじゃ俺は……偽りの力に溺れるだけで終わっちまう……! 彰利 「……悠介。一生のお願いだ」 悠介 「彰利?」 彰利 「俺……強くなりたい。こんな薄っぺらな強さじゃない、もっと深い強さが……。     だから───《ぐっ》……悠介?」 握り締めて、地面を殴っていた拳……その手首が握られた。 クッと持ち上げられた先を見れば、 悠介が屈みながら、手首の先の拳に自分の拳をコツンとぶつけている。 悠介 「ああ、強くなろう。     それこそ、お前一人でも、俺一人でも魔王をブチノメせるくらい」 彰利 「悠介……」 ああ……と安心した。 悠介も同じだったのだ。 俺みたいに無鉄砲に突っ込まなくても勝てないと解るくらいの実力差。 それは突っ込んで味わうよりもよっぽど悔しいに違いない。 なにもしていないのに敗北を味わう……そんなの、戦いですらないのだから。 悠介 「旅に出るか。一箇所に留まらないで、いろんなところを旅するんだ。     能力は使わず、ステータスも平均に合わせたままで、力の底上げをする」 彰利 「……底上げか」 悠介 「ステータス移動は確かに便利だ。     けど、それに頼ってちゃあ攻撃と防御の熟練が上がらない。     だから、じっくり底上げをしよう。     ……そのついででいい、“虹”も作らないとな」 彰利 「……そだな。俺、強くなりたい。もっと……もっと強く───!」 決意も覚悟も我が胸に。 だったら、あとは行動するだけだ。 俺は拳を強く握ると、もう一度だけ地面を殴り、そこに弱さを置いていく。 この殴痕は俺の弱さだ。 それを置いていくのなら、あとはもう強くなるしかない。 ……よし、行こう。 待ってろよ魔王……たとえどれほど時間がかかろうが─── 絶対にてめぇに一泡噴かせてやるからな……! 【ケース782:晦悠介/遙かなる旅路に】 その日から何ヶ月かが過ぎた。 二度と戻らないだろうと言われていた空の色は少しずつ青に戻り、 それが魔王のお陰である事実を癪に感じつつも、 やっぱり空は青がいいと思っている自分は、あの日からずっと修行を続けている。 彰利 「……また魔王が出たってよ」 悠介 「またか?今度は何処に」 彰利 「ナットクラック。機械を隠してたヤツが居たとかでさ。     さっき島田からtellが来た」 やっている修行は能力に頼るものではなく、力の底上げ。 旅をしながら鍛錬を積んで、熟練度の向上を続けている。 敵が出てきても能力には頼らず、ひたすらに己の力で立ち向かった。 当然そう上手くいくものでもなく、散々と神父の説教もくらったが─── それだけ能力に頼りきりだったんだな、とコロがされる度に自分を戒めた。 ……話題に出たが、魔王の支配は今も続いている。 機械文明については、どちらかといえば貴族以外は使えなかったということもあって、 村人たちはむしろ安心してたってのが最初の頃の話だ。 実際空気は随分と美味くなったし、暮らしやすさで言えばそう悪くはないのかもしれない。 家屋のみがあの頃のままで、人々の食料は大分自然へと傾いていた。 肉を食うことなどほぼなくなり、 あるとすれば───自分たちがなんとか狩ったモンスターを食料にするくらいだ。 たった数ヶ月で、人々は随分と逞しくなったんだと思う。 彰利 「で、どうだ?」 悠介 「ああ、もうちょっと北だな」 様々な場所に現れては、発破をかけてくる魔王。 それに対抗するように、 ログインしている者の大半が今、各自で強くなるための成長を続けている。 俺達はといえば……底上げをしながらも、“虹”を作れる武器職人をずっと探していた。 だが古代技術を持っている亜人族以外で、 そんなものを鍛えられる者がそう居るわけもなく。 とうとう世界中を回っても、そんな鍛冶屋を発見することは出来なかった。 ……といっても、あと二つだけ当たる場所の見当はあるんだが。 悠介 「……ここだ」 彰利 「ほへー……」 ファンタジーにしては珍しい、竹薮の前に立つ。 ……そう、行くべき場所は“ジャポン”。 思えば、“刀”を鍛える技術でいえば、ここより適した場所なんてそうそうない。 猫たちを除けば、だが…… 悠介 「いくか」 彰利 「オウヨ」 竹林へと足を進める。 まだ昼だというのにしばらく進むと暗くなり、 既に自分が何処から来たのかさえ解らなくなっていた。 恐らくそうなるように仕掛けがしてあるんだと思うが─── 悠介 「……だめだな。地図が機能しない」 彰利 「……人の気配も読み取れねーや。こりゃまいった」 いっそ竹薮を全部刈り取ってしまおうかとも思ったが、 そんなことをすればジャポンの連中は虹を鍛ってはくれないだろう。 突き進むしかないな。 彰利 「現在地は入ってきた場所からほぼ真っ直ぐ。ちょい右にズレとるよ」 悠介 「さすがだな、黒」 彰利 「や、黒は関係ねーべよ。鍛錬の賜物だ。結構集中力ついてきとるよ。     実感があるって嬉しいねぇ」 悠介 「そか」 あれから大分レベルも上がった。 まだまだ魔王には敵わないだろうが、 ステータス移動をしなくても少しの時間なら竜族と渡り合えるくらいには。 悠介 「………」 時々、猫に遭遇することもある。 最初の頃は攻撃も躊躇ったものだが、それは甘い考えだ。 猫たちは尋常じゃなく強い。 当然だ、俺達にこうして鍛錬する時間があるのと同時に、相手にだって鍛錬の時間がある。 加えて猫たちは魔王のスキルを発動することが可能らしく、 ジョニーがレイジングロアっていう秘奥義を使ってきた時は、 二人仲良くケシズミになったものだ。 再戦した時は、ハイペリオンミサイルを撃たれるわ次元衛星砲撃たれるわで、 つくづく俺達は底の浅さを思い知らされた。 他のみんなとも定期的にtellで連絡を取っているが、 やはり誰一人として猫すら倒せていないのだという。 ……まあ。猫より怖いのがミクなんだが。 彰利 「《ジジッ》……オウヨ、オイラ彰利」 声  『あ、将軍か?俺俺』 彰利 「おや田辺くんじゃねーの。どぎゃんしたとよオメ」 声  『いや、ミクが出現したからその報告をと。     コロシアム付近で見つけたから挑戦してみたんだけど、ありゃだめだ。     十人がかりで行ったのにカーネイジ一発で全滅だ』 彰利 「うへぇ……」 悠介 「……彰利、こっちもだ。ナーヴェルブラングが出たらしい。     そっちは飯田だったらしいけど、全滅だ」 彰利 「どこもかしこもか……」 ある日、空手で板を割れるようになった。 だから誰かと戦いたくなって戦うが、倒せない。 今のあいつらはきっとそんな心境なんだろう。 俺達は確実に強くなっている。 けど、相手はもっと上に居る。 それがもどかしくて、もっと上を目指す。 その繰り返しを、数ヶ月間繰り返していた。 悠介 「《ジジッ》……ああ、晦だ。……そっか!見つかったか!」 彰利 「悠介?タレ?」 悠介 「ああ、岡田だ。月の欠片と“法王”になるための材料が全部みつかったそうだ」 彰利 「オッ……そんじゃあ」 悠介 「ああ。これで一人エクストラジョブのヤツが増える」 田圃ファミリーには各地を回ってのエクストラジョブアイテムの探索が命じられた。 数ヶ月かけて、探し漏れのないようにいろんな場所を巡ってもらい、 ようやく法王のジョブアイテムが揃う。 中にはとんでもなく敵が強いダンジョンとかもあったりして、 そこはさすがに保留状態にあるんだが。 彰利 「《ジブッ!》おわっと!?強制接続!?誰よ!」 声  『メ、メーデー!コードネーム“種”と接触した!どうしたらいい!』 彰利 「おや佐野くん?……なにかかっぱらってから死ぬがいい!     それがせめての原ソウル!…………佐野くん?佐野《ブツッ……》…………」 かけた声も届かなかったらしい。 恐らく既に神父のもとへと飛ばされたであろう佐野を思い、せめて祈った。 神父へのストレスが溜まりませんよーに。 負けるのは今の俺達では仕方がない。 が、その悔しさはバネになる。 だから負けることにイジケるのはもうやめた。 どれだけやっても勝てないんだ、なんて自棄になることもない。 何故って、魔王も俺達と同じ条件で始めたのだとノートが言っていたからだ。 だったらあいつより強くなれない道理はない。 それを胸に、俺達は強さを求めている。 悠介 「《〜〜……》───あ」 思考に意識が向いていた頃、ふと耳に届くなにか。 まるで誘われているような気がして、 俺は彰利の手を乱暴に掴むと、ソレが途切れてしまう前に全力で駆け出した。 彰利 「キャア!ダーリンがアタイの手を《バゴォン!》ニーチェ!!」 たわごとを言ってウネウネ動いていた彰利が、 竹に顔面をしこたま打ち付けていたが気にしない。 クモの糸のような手がかりが消えてしまうより早く、俺は地面を蹴り続けた。 ……。 ───……。  ザァッ……!! やがて、そこに辿り着く。 悠介 「こ、こは……」 彰利 「うお……」 のどかな景色だった。 ここだけファンタジーとは明らかに隔離されている。 そう思える、そう……現実世界でいう田舎の風景があった。 見上げれば竹林の傘などもうなく、 眩しいくらいの太陽の光が真上から降りてきている 悠介 「…………」 彰利 「おりょ?悠介?」 足が進む。 辺りを見渡し、空を仰ぎ、地面を見て、流れる小川を見て、…………ぐあっ!だめだ! 彰利 「どぎゃんしたのよ悠オワッ!?すげぇエビス顔!!」 ニヤケを……!顔がニヤケるのを止められん……! こんな、日本的風景に心打たれてる場合じゃないのに……! だが、ああだが……!あの日本家屋が!この風景が!目に焼きついて離れない!! 手を振っている!俺には見える!田舎風景が俺にようこそと手を振っている! ああ……ああ!解ってる!今─── 悠介   「あっはははははっ!今行くからな〜〜〜っ!」 ジャポン人「…………《じー》」 悠介   「あっは……キャーーーーーッ!!?」 出会い頭に要らん恥をかいた、とある日の午後だった。 ───……。 ……。 そうしてジャポン人に家の客間に案内され、正座して茶を飲む現在。 ジャポン人「ああ、オホンッ。……遠路はるばる、ようこそおいでなさった。       私がこのジャポンの村長、八房剛漸(やのふさごうぜん)だ」 彰利   「オイラワンタン。こっちの幸せハッピースキップ野郎が晦悠介という」 悠介   「すこぶる申し訳ない珍態をお見せしてすいません……」 剛漸   「いや……まあ。気にするな。面白いものを見せてもらった」 彰利   (ワンタンは無視なんだ……あれ?じゃあオイラずっとワンタン?) 隣でうんうん唸ってる彰利を余所に、俺は顔が熱くなるのを止められなかった。 俺ってこんなんばっかだな……穴があったら入りてぇ。 けど、八房……八房ねぇ。どっかで聞いた名前だ。 それも、現実世界で。 …………まあいいか、今はそれよりもやることがある。 悠介 「ああえっと……さっきのは気にしない方向で……。     ここを訪ねたのは他でもない。鍛ってほしい刀があるからなんだ」 剛漸 「ほう……刀とな?」 悠介 「材料はここに。太陽石と、虹色の貝殻だ。     これを使って、一振りの刀を鍛ってもらいたい」 剛漸 「これは……なるほど、“虹”の材料ですな」 彰利 「なんと!知っとるの!?」 剛漸 「ジャポンは刀鍛冶の本家。     刀のことで知らないことなどほぼ無いと胸を張れましょう。     だが───この村も争いから離れて久しい。     技術はそのまま残ってはいるが、鍛てる者が既に居ないのです」 彰利 「あいやぁ……」 鍛てる奴が居ない……!? じゃ、じゃあどうすれば虹は完成するんだ……? もうここ以外じゃ、あそこと猫くらいしか─── 剛漸 「ああいや、落ち込むのはまだ早い。鍛てる者が居ない、と言ったのですぞ?     技術はきちんと書物に書き留めて保存してある。     そう、鍛つ者さえ居れば完成するのですぞ」 悠介 「え……じゃあ」 剛漸 「ただ、虹の錬製はとても難しい。一流の鍛冶職人でも手を焼く刀だ。     だから……紹介文を書きましょう。それを持って、“東”へと向かってくだされ。     ひとつの集落がある筈だ。そこに協力を得て、鍛えてもらうとしよう」 ……話の解る人だった。 温和そうだし、笑顔がよく似合っている。 けど。 悠介 「東って……漠然と言われても」 剛漸 「東は東。それを探すのも試練の一つですぞ。はっはっは」 悠介 「………」 なるほど、これは発見するだけでも苦労しそうだ。 手助けはしてやるが、全てを与えてもらおうなんて甘い、ということだろう。 剛漸 「ではこれを。ザッと書いた紹介文だ。     それと、魔王に会ったらよろしく言ってほしい。よい茶が出来たのでな」 悠介 「まおっ───魔王!?」 彰利 「アンタ魔王の知り合いなの!?」 剛漸 「知り合いもなにも。ついこの間、ここで羊羹を食していきなすった。     ミクが元気でいるかを見に来たのだ」 悠介 「ミクがここに!?何処だ!?」 剛漸 「───もしミクに危害を加えるというのなら、虹のことは忘れて失せなされ。     あのミクはただ歌いたいからここに居る。なんの危険もない素直ないい子だ。     それを一方的感情で傷つけるというのなら、     あなた方に協力する理由が一切無くなる」 彰利 「ヌ……」 悠介 「………」 ……? 協力する……理由……? 悠介 「待ってくれ。協力する理由ってなんだ?     なくなる、っていうことは、今はあるってことだよな?」 剛漸 「おっと、口が滑ってしまったか……やれやれ。だが教えてやらん。     そうすると魔王の考えを否定することになる」 彰利 「ヒント!」 剛漸 「強くなりなされ。それだけだ」 彰利 「ウ、ヌウ……」 魔王がなにを考えているのか。 それは、あの日から今までかけてもまるで解らないままだった。 待っていても答えはくれそうになかったので、 俺達は客間をあとにし、東を目指して歩き出した。 ジャポンから出る前、 家の影からミクが俺達を見ていることに気づいて、一度だけ手を振ってみた。 多分、あいつの歌声が無ければ辿り着けなかっただろうから。 一応マップにはもうマーキングしてあるが、それでも感謝は忘れない。 魔王との戦いで確かに“裏切った”と出たが、 べつに魔王に協力したわけでもない。 だったら、戦う理由なんて全然ないのだ。 その答えがすとんと胸に落ちれば、あとは楽だった。 敵意なんてものもなく、自然に軽く手を振って、それで終わり。 俺達は別れ、それぞれの道を歩き始めた。  こう、志的な意味で。 Next Menu back