───冒険の書336/目指した未来のために───
【ケース829:晦悠介(再)/滅ぶ世界】 町の近くに落ちる筈だったソレが魔王の霊章から伸びた炎に引き寄せられ、 重くもないと言うかのように軽々とこの場に落ちた。 頭が無くなったデスゲイズは既に動く気配もなく、 ボロキレに包まれたまま地面に横たわっていた。 魔王 「………」 魔王は何も言わない。 何度か俺と目が合おうとも、ここで起きたことを責めもせず……そう、受け入れていた。 この世界はなにが起こるか解らない。 不慮の事故で死ぬこともあるだろうし、敵勢力に突然殺されることだってある。 けど今回のは俺達の不注意だった筈だ。 幻惑に惑わされて、女性や子供たちを弄ぶように殺した。 だっていうのに───  ベヂャッ……グボォッ……! 困惑の時が続く中で、 魔王はデスゲイズが纏っていたボロキレの下に残されていた臓物から、 宝玉らしきものと盾……恐らく魔王の盾であろうソレを引きずり出し─── 即座に宝玉を砕き、魔王の盾と稀少石をレイルに投げつけると、 デスゲイズの体から剥ぎ取りを実行し始める。 悠介 (……待てよ。仲間が死んだんだろ?     どうしてそんな、怒ることもせず剥ぎ取りなんて───!) それは理不尽な怒りだった。 冷静になって見てみれば、 魔王がどれほど心を痛めているかなんて解りそうなものだったのに。 俺は“神器・魔王”の後遺症めいた脱力に喝を入れると起き上がり、 倒れそうになる体を無理矢理歩かせた。 頭に血が上っていたんだ。本当に、身勝手な話だ。 悠介 『おいっ……どうして───!』 フラつく体で魔王の肩を掴み、黙々と剥ぎ取りをしているその体を無理矢理振り向かせた。 ……途端、死んだような目が俺の目の奥を見つめた。 魔王 「……少しは解ったろ。自分の意思とは関係なく、人を殺しちまう苦しさ」 悠介 『───!』 その言葉に息を飲む。 数瞬息をするのも忘れ、飲み込んだまま固まった。 魔王 「卑怯な言い方だけどさ……。     俺の方は子供達にナイフを持たせたから……意思は消えない。     けど空界の人たちは戻らないんだよ……そんな命を俺は潰した。     ……俺になにを言えって言うんだ?よくも殺したな?仲間の仇だ?     そんなこと言ってあいつらが蘇るか?笑ってくれるか?     ……冗談だろ、そんなのこっちの身勝手な考えだ。     みんな、自分が死んだこともそりゃあ悲しんでるけど、     俺が無事だったことを先に喜んでくれた。     それでいい、って……俺が無事なら復讐なんて考えないでくれって。     ……それでもお前、俺に怒り任せに戦えっていうのか?」 悠介 『、……っ……それ、は……』 魔王 「死んだヤツの心なんて誰にも解らない。     勝手に思って勝手に決めていいことじゃない。     生前心優しかろうが、急に殺されたりしたら復讐だって考える。     憎悪だって生まれる。生前ひどいヤツだったとしても、     自分が殺されたからって必ず復讐を考えるわけじゃない。     もうやめてくれ……もう十分だ……。なんでこんな……。     俺はただ……みんなが笑ってて、     俺も“楽しい”の中に居られれば……それでよかったのに……」 悠介 『……、……』 思わず……後退った。 ……泣いてる。 声は震え、けど懸命に魔王然と振舞おうとするその瞳から、 涙が止まることなく流れている。 悠介 (……俺達は……なにをしていた……?) こいつは本当に未来を目指したかっただけで、 それを俺達は魔王だなんだって罵倒して─── 悠介 『まっ……魔王、……!俺は───っ』 息がつまる。 けど、言わなきゃいけない。 なにか、なんでもいい……目の前の一人の男に届く言葉を……! そう思った時だった。 視界の端でデスゲイズの躯が蠢き、 ボロキレからだらりと垂れる背骨の先が鋭い棘となり、魔王を狙って───! 悠介 『っ!!』 本当に、なんて馬鹿。 脳が伝達するより先に、体が……体の芯が俺の体を動かしやがった。 神器・魔王の使用で弱った体でなにが出来るんだ。 そう、芯のヤロウに言い聞かせたって無駄だった。 イメージが纏まらないうちに創造された薄っぺらな盾は破壊され、 それでもなお魔王を庇おうとする体が、棘によって貫かれる。 悠介 『げ、ぶはっ……!!』 吐血……ああ、そりゃあ吐血もする。 腹に風穴が空いてやがる。 しかも空けただけじゃ飽き足らず、 長く大きな背骨を突き刺して引き千切ろうとしてやがる。 本能だろう、そうさせないように地から足を離し、 棘を掴むことでそれ以上突き刺さるのを食い止める。  ───その途端、世界が崩れた。 え……と口から漏れたのもその時。 見えていた景色の一角が崩れ、崩壊してゆくのだ。 さらに腹部に走る痛みが異常なほどの激痛に変わり、 気がおかしくなるくらいの熱を以って神経中を暴れ始める。 悠介 『げっは!がっ!ぐ、ぁああああああああああっ!!!』 魔王 「晦!っ───この!!」  ヂョガアァッフィィインッ!!!! 悠介 『っ……が……!《キ、ィイ……》」 魔王がデスゲイズにトドメを刺すと、突き刺さっていた棘も消える。 俺は地面に叩き落されるように落下し、 見事に空いた腹の穴から馬鹿みたいに思えるくらいの血を流しながら…… 癒しを創造しようとするが、発動しない。 神々の力も薄れ、髪の毛が黒に戻ってゆく。 声  『まずい!汝ら出てこい!テオダールが破壊された!』 悠介 「……、ノー……ト……?」 声  『ゲームとしての世界が崩れようとしている!     その状況ではゲーム内での能力など使えん!』 魔王 「ノートン先生!なんとか調整出来ないのか!?」 声  『さっきからやっている!だが……くっ!闇側の精霊どもが邪魔に入っている!     忌々しいが力ではヤツらが上だ!抵抗する程度しか出来ん!』 悠介 「………」 意識が朦朧とする。 あいつは宣言通りに、俺を殺すつもりでいたんだろう。 デスゲイズの棘に触った時に解った。 あいつは初めから、最終的に俺だけを殺すためにデスゲイズを操っていた。 こんな状況になり、突然魔王が襲われそうになったなら、 考えるより先に俺の中の芯が動くことを、あいつは予測していたのだ。 声  『っ……狙っているのかどうなのか……!     汝ら、よく聞け。その山を降りた先に小屋を創造した。     ふざけた話だが、その場ならば回復が効く……急いでその場へ向かえ。     ただし、マスターが回復する頃には───……いや、全てはそこで話そう』 魔王 「………」 魔王が俺を抱きかかえ、走りだす。 それを見た仲間たちが騒ぎ出すが、彰利がそれを止めると、すぐに一緒に走り出した。 走る度に体に響く振動が、脳を何度も貫かれるような痛みを齎す。 その苦痛に耐えかねて、俺の意識はやがて暗い淵へと落ちていった。 【ケース830:中井出博光/壊れる世界】 そうして、山から降りた先───大平原にぽつんとあった小屋に転がり込むと、 そこにあったベッドに晦を寝かせ、一息ついた。 小屋といってもプレイヤー全員が入るだけの余裕はあり、 いくつかの食事も用意されていた。 この場だけは確保できた、と言うべきなのか。 武具たちの反応も蘇り、 こんな状況だっていうのに俺はデスゲイズの素材を灼闇に飲み込ませると、 ユグドラシルの中の亜人たちにそれらを武具にしてもらい、融合を完了させる。 ……いや、こんな状況だからこそだろう。 少しでも力になるものを手に入れておかないといけない。 先に立つ後悔など無いのだから。 中井出「………」 晦の腹に空いた穴に癒しの義聖剣を流し込む。 だが……傷が塞がらない。 確かに少しずつ癒えてはいるんだが……すぐになにかがおかしいと感じた。 声  『無駄だ、中井出博光。マスターのその傷は特殊だ。     ルドラがそうなるよう仕掛けた』 中井出「ノートン先生……?」 聞こえてくる声に天井を見上げるが、当然そこになにかがあるわけでもない。 改めて傷口を見てみると、回復を流さなくても傷口が治っていっていることに気づく。 彰利 「スッピー、こりゃあ……」 声  『その小屋に居れば傷は治る。     汝らの中の弱まったゲームシステムもすぐに復旧するだろう。     だがそれだけだ。戻りはするが、癒しの能力効果は得られん。     その世界の中を、ルドラがそうなるように作り変えた。     どれだけ癒しを注入しようが、その速度でしか回復しないのだ』 彰利 「ちょ、ちょっと待て!     こんな速度の回復待ってたら世界崩壊に巻き込まれるだろ!     それならすぐにログアウトして癒した方が───」 声  『無駄だ。ログアウトの方法も改変されている。     ある場所に行かなければ、肉体に戻ることは出来ない』 春菜 「そんなっ!───そ、それって何処に───!?」 声  『…………そこから西に真っ直ぐ行った場所に、     然の塔ラスペランツァという場所がある。     その最上階に転移装置が用意されている。そこに行け』 中井出「───」 …………やっぱりか。 何処まで夢の通りなんだ……いっそ笑えてくる。 けど、だとしたら…… 声  『……ただし、マスターは置いていけ。     その体でラスペランツァへ向かえば、その途中で息絶える。     どの道回復するまで待たなければならない』 彰利 「やっ……けど!」 声  『フェルダールは世界の端から少しずつ崩れていっている。     その端からやってくる者はルドラ側のイドだ。     汝らが逃げても逃げなくても、この世界に残ったものを殺すためにヤツは居る。     汝らがマスターの身を案じてその場に残ったとして、ならば地界はどうなる?』 彰利 「ぬ、ぐ……!」 声  『私たちとてなにもマスターを見殺しにしろと言っているのではない。     回復し次第マスターには急いでもらう───それだけの話だ。     我々はもはや、脱出口とその小屋の癒しを意地することしか出来ん。     どうするのかは汝らに委ねるが……ああいや。もうイドが行動を始めた。     全力で逃げ出したとしても、途中で追いつかれるだろう』 彰利 「そんな……じゃあどうすんのさ!」 声  『…………誰かが食い止め、その隙に逃げる他あるまい。     その小屋に居る限りはとりあえず安全だが、     その状態で小屋を囲まれれば閉じこもったまま世界崩壊に巻き込まれるだけだ。     ……汝らは走れ。ぐずぐずしている暇は無い』 …………。 声が途切れると、その場に居た全員は深い溜め息を吐いて沈黙する。 囮になる?そんなの、生贄になるのと同じじゃないか、とでも言うように。 当然誰も名乗り出るヤツなんて居ない。 自分が可愛いということももちろんだが、 相手がイドって時点で生きて帰れるだなんて思えるヤツなんて居なかった。 中井出(……ノートン先生、聞こえてるか?ひとつ頼まれてほしい) 声  (…………ああ。今、汝とだけ意識を繋いだ) 中井出(俺の予想じゃあ、ルドラは───、……) 声  (……、……なるほど。ではそうしておこう。汝もすぐに逃げろ。     私は汝には死んでほしくない) 中井出(そりゃどーも) ……内緒話を終える。 ナギーとシードがそれを不思議に思って服を引っ張ってくるが、それに苦笑を返して濁す。 そうしてからふと思い出し、バックパックから取り出したあるモノを、 晦の装飾服の胸部分にあったポケットのようなものに入れる。 ……よし。さあ、走れ。 じゃないと─── 声  「待てよ……?魔王なら食い止めることできるんじゃないか?」 ───……ああ、間に合わなかった。 誰が発したのか、たった一言の言葉はその場に居た全員の視線を俺に向けさせた。 島田 「そう……だよな。そうだよ、なんたって53万レベルだもんな!」 死ぬかもしれないって……本当に死ぬかもしれないって絶望感の中、 晦を置いて自分だけ逃げるなんて状況を強いられたヤツら。 そんな弱い心が辿り着く道に、過去なんて関係ない。 誰がどれだけ傷ついていようが、自分が助かるためならば平気で誰かを餌にする。 それが人間の心ってやつだった。 現にかつての知り合いやクラスメイツたちは恐怖に怯えた目のままに俺を睨み、 まるで俺達のために捨石になれ、とでも言っているかのように迫ってくる。 もはやそこには、一片たりとも俺に対する想いなんてのは存在していなかった。 灯村 「出来るだろ?なぁ……出来るよな!?     デスゲイズ一発で殺すくらいなら出来るだろ!」 吾妻 「出来るって言って!言いなさいよ!」 みんな何処かおかしかった。 そりゃあ……そうか。 楽しむためだけに降り立って、擬似的な死は体験しても─── まさか本当に死ぬような状況になるだなんて誰も思わない。 全員が全員俺に掴みかかって、がくがくと揺さぶってくる。 出来る、と言わないだの言えだのと叫び、殴りかかってくるヤツさえ居た。 ……それが、俺をどんな未来に導くかも知らないで。 勝手だよな、お前ら……。 俺だって知らないで居られたなら、こんな苦しい思いすることなかった。 それなのに───  バガァンッ!! 吾妻 「きぎゃあっ!!」 灯村 「ぐげっ!!」 誰よりも早く掴みかかり、ギャーギャー騒いでいた灯村と吾妻の顔面を殴りつける。 勢いで地から足が離れ、回転して壁に叩きつけられるほど強く。 藤堂 「てめぇっ……なにしやがる!!」 島田 「やるってのかよ……!」 ……本当に、つくづく勝手だと思った。 勝手に生贄になれって言って掴みかかってきておいて、抵抗したら敵扱いだ。 魔王に頼ってきて、断られたから殺そう、なんて……はは、とんだ勇者も居たもんだ。 中井出「……けんな……」 彰利 「……?」 中井出「ふざけんな……!!」 彰利 「まお───」 中井出「ふざけんなぁっ!!」 全員 『《ビクゥッ!!》……!』 中井出「盾になれ!?自分たちが生きるために犠牲になれ!?ふざけんなよ!     最初っからなにもせずに諦めて!戦おうともせず人に押し付けて!     断ったら殺すのか!?なにしやがるはこっちの台詞だくそったれども!!」 藤堂 「っ……」 中井出「誰だからできるとかそういう問題なのかよ!     じゃあこの状況で!敵を食い止められるのが晦だけだったら!     てめぇら全員手負いの晦を盾にして逃げ出すのか!?どうなんだ!!」 島田 「い、や……それは……でも!じゃあどうしろってんだよ!」 中井出「うるせぇ!どいつもこいつも他人に訊くばっかで自分の考えも説きやしない!!     人に案出させといて気に入らなきゃ文句つけることしか出来ねぇのか!?     心から納得したいんならなぁ!!ちったぁ自分で考えて自分で行動しやがれ!!」 藍田 「っ……仕方ないだろ!?怖ぇんだよ!本気で死ぬかもしれねぇ!!     そんな状況でまともな考えなんて出来るわけないだろうが!!     だから訊いてるんだよ!だから強いお前に訊いてるんじゃねぇか!!」 中井出「───……!俺だって……俺だって怖いんだよ!!     強いからなんだ!なにかに勝てたからなんだ!誰だって死ぬのは怖ぇよ!!     強けりゃ死ぬのが怖くないなんてあるわけねぇだろうが!!」 藍田 「、……お前……」 体が震える。 叫びながら、迫るイドの気配に体が震えている。 それは、死の精霊だからとかそんな単純な話じゃない。 ヤツ自身が俺達の死の象徴となっているようで、だからこその震えだった。 中井出「俺はただの地界人だ!魔法が使えるわけでもない!     壁抜けも出来なければ法術も魔術も式も使えない!     武具が無けりゃなにもできない人間なんだよ!     この世界でちょっと強くなったからって、     なんで全てを俺に押し付けようなんてするんだよ!     魔王だからか!?っ……俺が───俺がどんな思いでこの立場にっ……!     甘んじてたと思ってんだよぉおおおっ!!!」 全員 『………』 中井出「ただ未来が欲しかったんだ!夏の先にあるお前たちとの未来を楽しみたかった!     お前たちが笑顔で居てくれたなら俺も笑ってられるって本気で思ってた!     大事だったんだ!そのためならどんなことでも出来るって覚悟できるくらい!     俺にはお前たちが死ぬ未来なんて考えられなかったんだよ!!     たとえ忘れられてもいい……!     お前らが生きて笑ってくれてりゃあそれは“俺のため”になってたのに!!     そんなお前らが俺に死ねなんて言うのか!?俺って存在はその程度かよ!!」 藍田 「……!知らねぇ……!知らねぇよお前のことなんか!!     その程度ってのはどの程度だ!?     お前がどれだけ俺達になにかをしてきてたとしても!     俺達はお前のことなんか全然知らねぇんだよ!!     それをなんだ!?笑顔で居てくれたらだの笑ってられるだの!!     ンなもん押し付けられて俺達が笑ってられると思ってんのかよ!!」 中井出「じゃあ未来なんて無ければよかったってのか!?」 藍田 「てめぇなんかに頼んでねぇって言ってんだよ!!」 中井出「───!」 藍田 「……、っ…………───あ……」 ……藍田の言葉が胸に突き刺さった。 だって、そうだろ? 今まで魔王なんてものを押し付けられて、それでも良かれと思って甘んじて役を買った。 魔王になって、みんなが少しでも未来へ辿り着ける可能性を作り出すため、 言いたくもないことを散々言って挑発して、みんなを強くしてきた。 それが───その全てが無駄だった、なんて言われてるような気がしたんだ。 確かに俺はみんなのためじゃなく自分のために行動してきた。 頼まれもしなかったし、そうしなきゃいけないって言われたわけでもない。 でも、こいつらと一緒に未来に辿り着きたかった。 その思いだけは、絶対に間違いじゃあなかったのに─── 中井出「そうか……ハハ……そうか、そうか……!!ハ、ハハ───アハハハハハハ!!!     そうか……!そうかよ───!!俺がやってきたことは無駄だったってか!!     俺がやってきたことは無意味で、なにもしなくてもお前たちは強くなって!     そうだよな!頼んでなんかいなかった!俺が勝手にやったことだよ!     けどじゃあ今のこの状況はなんだ!?     命が危うくなれば、じゃあ頼む、死んでくれってか!     随分とてめぇ勝手な都合の良さだな!えぇ!?」 藍田 「い、や……!違う!今のは弾みで───!」 中井出「冗談じゃねぇよ……!!誰がてめぇらのために死ぬか!!     今までの自分に反吐が出る!こんなやつらを思って行動してたなんて───!!     勝手に死んでろクズ野郎ども!」 言葉を吐き捨てると同時に、ドアを開けて外に出た。 乱暴に開けたドアをそのままに走り出す。 イドたちが辿り着く前に、速く───!! 【ケース831:弦月彰利/滅びの果てにあるもの】 場は騒然となっていた。 理由は簡単だ。 魔王が出て行き、それをナギ子と種が追って出て行った途端、 スッピーからこの状況に追い討ちをかけるようなことが告げられたのだ。  誰かがこの小屋を出たのを合図に、イドは総攻撃を仕掛ける、と。 西に逃げる俺達を東から追ってくるのだという。 まるでゲームだ……あの野郎、逃げ惑う俺達を楽しみながら殺す気で居るのだ。 だから急いで逃げなければいけないのに、 倒れている悠介をほうって逃げるということがどうしても出来ないでいた。 声  『さっさとしろ!全滅したいのか!』 藍田 「───!《ダッ!》」 一番最初に動いたのは藍田だった。 舌打ちをして小屋から飛び出すと、 あの野郎をイッペン殴らなきゃ気が済まねぇと叫びながら物凄い速度で走ってゆく。 ……一人が行動すれば、あとは速い。 みんな次々と小屋から飛び出て、やがて……残ったのは俺とルナっちとゼットのみとなる。 みさおも残ろうとしたが、ゼットがそれを許さずに先に行かせた。 彰利 「……いかんの?」 ルナ 「…………じっくり見ておきたかっただけ。スッピー、絶対に大丈夫って誓える?」 声  『ああ。それだけは約束しよう』 ルナ 「……そ。じゃあわたし行くね」 ゼット「……俺もそれが聞ければ十分だ。キサマはどうする」 彰利 「アタイも行くよ。……ほいじゃあな悠介。地界で会おうぜベイベー」 走り出す。 途中でイドと遭遇するかもしれねーけど、 今は自分の身を優先させる時であることくらい解っていた。 外に出るともう先に出たやつらの姿は見えず、 かなりの速度を出して走っていることがよく解った。 転移を発動しようとするが、どうやら転移系のものは封印されているらしい。 つくづく嫌味ったらしい野郎だ、と毒づくのも仕方の無いことだった。 ───……。 ……。 どれほど走っただろう。 ちらほらと現われ始めた黒のバケモノを破壊しながら、 既に形は見えているラスペランツァを目指す。 黒のバケモノは一目でイドが象ったモンスターだと解るくらい、悪趣味な形をしていた。 ルドラは未来の果てで“俺”を吸収することで黒の能力を得た。 こいつらは666体のうちのほんの一部だ。 666体は俺が勝手に決めた数字だし、 ルドラにしてみれば力を僅かでも振り分ければあっさり作れる烏合の衆。 けどその強さは馬鹿にできないものだ。 だから注意を払いながら走り、やがて然の塔へと辿り着く。 中は黒のバケモノが相当数存在していたようだが、 先んじたやつらがそれを破壊してくれていたようで、 通路のそこかしこに黒の破片が転がっていた。 彰利 「おっ───アイーダ!」 そんな景色をいくつも越えて辿り着いた塔の最上階に、先を走ったやつらは居た。 ……居たんだけど、広い部屋の先にある狭い通路を前に、 誰ひとりとして進もうとはしていなかった。 彰利 「どしたん?……あれデショ?例の転移装置っての」 細い通路の先に見えるものがある。 サイヤ人の宇宙船を打ち出す射出カプセルみたいな機械だ。 皆様が行かん理由がよく解らず一歩を踏み出す───が、 見えない壁に邪魔されて、細い通路を通ることが出来なかった。 藍田 「……知ってるよな。ここ」 彰利 「……オウヨ。武具全部外せば通れる筈だ」 誰にどう言われたのかは思い出せない。 けど、そうすれば通れることだけは、俺と藍田と岡田だけは知っていた。 藍田 「それはもうみんなに説明したんだけどさ……武具外すってことは……な?     外に出れても、俺達役に立てないんじゃねぇかなって───」 そう。 脱出するためなら全てを外すべきだが、 外せばまともに戦えなくなるやつらがいっぱい居る。 ……ルドラの野郎、まさかそれを狙って……? 声  『構わん!いいから外して通れ!時間がない!』 彰利 「へ……スッピー?」 声  『詳しい話はあとだ!早くしろ!』 彰利 「───オウヨ!」 やれと言うのなら、そこには理由がある筈だ。 すぐに自分を納得させると武具を外し、転移装置までの通路を一気に駆ける。 みんなもすぐに武具を外し、通路の先の広間へと集まった。 転移できるのは一人ずつで、その速度もお世辞にも速いと言えるものじゃあなかった。 それでも先にガキどもを肉体へ飛ばすと、俺達も一人ずつ飛び始める。 ホギーたち、ウルーリィたち、更待先輩殿たち、小僧たちと続き、 空界の連中の次に原中の連中。 そして───最後に俺が飛ぶことで、全員の無事を確認した。 ───……。 ハッと目を覚ましてみれば、そこは悠介の部屋。 ナマっている所為か上手く動かない体を伸ばし、まずは慣らすことを優先させた。 ……けど、そんなことも半端に怒り任せに駆け出す姿があった。 ───藍田だ。 藍田 「てめぇ魔王!覚悟出来てるんだろうなぁ!!」 殴ってやらなきゃ気が済まないと言った。 その言葉にウソはなかったらしく、 魔王の胸倉を掴んで座った状態から同じ目線まで持ち上げてみせると、 だらりと腕が下がったそいつの顔面を殴ってくれようと、拳を構える───! 藍田 「寝たフリかよ……!なんとか言えてめぇ!!」 反応を見せないその姿に苛立ちを隠せず、ついに拳をバガドガァンッ!! 藍田 「っ……ぶふがっ……!?」 ……振るおうとした瞬間、その姿が見えない力で壁に吹き飛ばされ、床に落下。 瞬かせた目で見つめた先にはスッピーが居た。 藍田 「な、にを……!」 ノート『気安くその男に触れるな。     貴様……誰のお陰でこの場に居られていると思っている』 藍田 「誰の……?───……え?」 藍田が、自分がさっきまで立っていた場所を見る。 そこにはなんの反応もなく、ぐったりと倒れる魔王が居るだけ。 …………え?なんの反応もない…………? 藍田 「ま、待てよ……だってそいつ、俺達より先に逃げて……。     死ぬのは嫌だとか、誰がお前らのために死んでやるか、とか……散々……」 考えられる理由はひとつだった。 魔王はまだゲームの中に居る。 そして俺達がほぼ無傷で、イドと出会うことなくこの場に居られる理由は───!! 藍田 「うそだ……!だって俺、あいつに……!     あ、あんなにひどいこと言ったのに……!どうして───!」 ノート『どうして……?そんなもの───仲間だからに決まっているだろう』 藍田 「───!」 言葉と同時に、スッピーが部屋の中心に大きな映像を創造する。 その景色は広い広い草原の果ての景色であり、 すぐにそこがゲームの世界のものだと解った。 崩壊とともに狭まる世界に空間が異常を起こし、 さっきまで晴れていた世界は雷鳴が轟く薄暗い景色になっていて─── 青々しかった草花は枯れ果て、緑一色だった色は茶と黒で染まっていた。 …………そう、黒で染まっていたのだ。 蠢く黒と動かなくなった黒。 絨毯のように茶の色を埋め尽くした黒は動かなくなったものが大半で、 その片っ端からが直後に霧散する。 そして……茶と黒しかない景色の中に、ひとつだけ異質なものが存在する。 茶でも黒でもないその姿を見た時、 俺は……俺達は、あいつのウソを見破れなかったことを心の底から後悔した。 【ケース832:───/今日というこの日を、後悔だけで終わらせないために】 ギチギチ……ギチチ……! イド 『ククク……宿主も面白いことをする……。     逃げ出させるだけ逃げ出させておき、追いかけて殺す、か。     なるほど、実に俺向きだ……!クハハハハハ……!!     ───おい人形ども、もう先行部隊がザコどもを足止めしてる頃だろ。     わざわざ俺が出るまでもないが、やはりこの手を血で染めなければ───……     …………なに?もう一度言ってみろ』 黒  『ギ、ギギ……ガギ……』 イド 『思わぬ反撃を受けている……?     ハッ、逃げるのをやめて玉砕覚悟で突っ込んできたか?     チッ、逃げ惑うのを殺すのが楽しいんだがな……。     それで?何人足止め係りが居るんだよ。20か?30か?』 黒  『ギ《ゴバシャォゥンッ!!》』 イド 『…………あ?』 蠢いていた黒が一気に消し飛ぶ。 ここまでの道、自分に預けられた分の黒を駒として扱っていたイドは、 視界を覆うほどの黒の中を歩いていたために先のことがよく解っていなかった。 死と殺すことばかりに執着する精霊だ、気配察知はあまり得意なわけではない。 加えて従えている黒は形が不揃いであり、 巨大なものから小さなものまでバラつきすぎていた。 故にそれらが視界を塞いでいて……それが消し飛んだ今。 自分がどんな幻想を思い浮かべて笑っていたのかを思い知った。 中井出「……───ひとりだよ、馬鹿野郎───!」 開けた視界の先に居たのは、 紅蓮の巨剣から炎を吐き出し、蒼碧の巨剣から嵐を放つ、たった一人の男だった。 その男が立つ景色は全て黒で埋められていて、それら全てが景色の色なのではなく、 自分が用意した黒のバケモノだということに気づくまで時間がかかった。 それほどの驚愕、それほどの信じがたい光景の中で、 何故この男が残ったのか───それこそが、イドには一番理解できなかった。 あの中で唯一地界人なままのこの男が、何故命を投げ出すような行為を、と。 中井出「泣き言も言った……吐きたかった弱音もたくさん吐いてきた───     覚悟なんてのはとっくの昔に出来てんだよ死属性野郎!     俺は最初っから自分の運命に抗い続けるって決めてたんだからな───!!」 男が双剣を頭上に振り上げ叫ぶ。 同時に男の体が赤の闘気に包まれ、イドの体に威圧感を覚えさせる。 イド 『……ぎしぃいいいいい…………!!!』 対するイドは殺す相手が出来たことを純粋に喜び、 顔を歪ませた拍子に見えた噛み締めた歯の間から涎が零れる。 そこから放たれる威圧感は異常。 だが男は怯むことなく死の精霊を睨むと言うのだ。 いつもと変わらぬ、いや───それ以上の気迫を以って。 中井出「いくぜ狂気野郎……臆さぬならば!かかってこい!!」 イド 『臆する?ヒャハハハハ!どっちがだぁっ!!?』 途端、イドは狂ったように笑うと、 自分の中から黒を引き出し“駒”どもを何匹も作り出してゆく。 じわじわと痛めつけて殺すつもりなのだろう、 あっと言う間に景色を埋め尽くした黒が、 イドが首を掻っ切るポーズを取るや男に襲い掛かっていった。 Next Menu back