───冒険の書338/雨にまみれた絆たち───
【ケース834:晦悠介/そして訪れた運命の果て】 しくんっ……と、腹のあたりに痛みが走った。 目が覚めた時に感じたのはそんなもの。 腹部を見てみれば血まみれの肌があるだけで、空いていた風穴は完全に塞がっていた。 悠介 「……これって……」 誰かが治した? ……いや、今はそれよりも……ここ、何処だ? と、見渡してみるも、ただの小屋にしか見えない。 ただ外の方からはなにかが崩れるような音がひっきりなしに鳴っていて、 確かめるためにベッドから降りて扉に手をかけ───ようとしたときに、 その扉にメモが貼り付けてあることに気づいた。  『目ェ覚めたら西へ向かえ。西にラスペランツァって塔があるから。   そこに現実への転移装置がある。   時間がねーから説明しきれねーけど、世界はもう崩壊し始めてる。狙いはキミだ。   転移は出来ねーから気をつけること。死ぬんじゃねーぞ。                                    私は怖い』 どうしてここで引狭の日記なんだよ。 ……ともあれ、今がシャレにならない状況だってことだけは解った。 つーかそんな状況で『私は怖い』とか書ける親友の感性にいっそ感心する。 悠介 「………」 チキ……と、ゆっくりと扉を開けて外を見る。 すると“ゲームの世界”自体が壊れているようで、 まだ先の方だが東側からゆっくりと朱く点滅する“無”が押し寄せていた。 大地や空はソレに飲み込まれるように砕け、滅びてゆく。 のんびりは出来そうもない。 悠介 「転移が使えないか───ディル!」 ならばとディルゼイルを召喚して、背に乗るとかっ飛ばしてもらう。 即座に小屋は遠く離れ、風圧に目を瞑りたくなるほどの速度を以って、空を駆けた。 悠介 「………」 見渡せる景色はもうところどころが朱に飲まれていた。 横側だけじゃない、上からも下からも押し潰されているのかもしれない。 そんな中で見る。 何人かの人間が朱を恐れ逃げ回り、しかし足を躓かせて倒れた先で飲まれてゆく姿。 恐らくはこのゲームの中の人物。 中には見知った顔のヤツが居て、けれど───俺は俺を優先させた。 ここで救っても外に体が無いのなら救われない。 そう割り切って、突き進む。 俺はもう助けないと決めたから。 “助ける俺”がルドラになるっていうのなら、そんな力は欲しくない。 ディル『……変わったな、王よ』 悠介 「そうだな。……なにがきっかけだったのかを思い出せないのが正直悔しいよ」 ディル『きっかけか。ふむ……───きっかけはどうかは知らないが、王よ。     ひとつだけ聞かせてもらいたいことがある』 悠介 「……?」 ディルが意味深に間を置き、やがて口を開く。 ディル『守らぬと決めた王が、何故あの魔王をデスゲイズから守った』 悠介 「…………」 言われるまで気づきもしなかった。 そうだ……俺は守った。 考えるより先に体が動き、魔王を─── 悠介 「い、や…………解らない。ただ咄嗟のことだったとしか言えない……」 決めた筈だった。 心に誓って、守り通す筈だったのに、どうしてあの時だけは守りたいと思ったのか。 敵だった筈だろ? 魔王だって言って、挑発に乗って、追い詰めて…………人を殺して。 殺したことへの罪悪感からか?……違う。 あの時に働いた感情はそんなものじゃあなかった。 攻撃から守るから許してくれなんて、そんな勝手で都合のいい許し請いじゃあなかった。 俺は……心の底から。いや、心の底が、あいつに死んでほしくないと本気で思ったんだ。 ルドラに見せられた映像が影響しているのかどうかも解らない。 それでもあの時感じた感情は決して間違いじゃないと胸を張れる。 悠介 「解らない…………魔王……中井出博光は、俺にとって───」 どんな存在だったのだろう。 原中って言葉が出た時点で、あいつが原中に関係しているってことはもう解っていた。 提督って言ったからには上に立つ存在…… 将軍である彰利のような存在だったのかもしれない。 でも、そこは俺だ。 中学……じゃないな、小学から高校までをぶっきらぼうに生きた俺が、 いくら中学時代だからとはいえ庇ってでも守りたいと思う相手が居たとは思えない。 悠介 「……いや」 もっと考えを変えてみよう。 俺が……じゃないな、俺達があいつのことを忘れているのは確かだ。 それは“奇跡”の所為とかじゃなく、恐らくルドラの所為。 あいつのことを忘れてほしい理由があってこういうことをしたんだろう。 その理由っていうのが見えてこないわけだが…… だって、今は確かに強いが、ただの地界人だ。 ルドラが気にかける理由が全然見つからない。 あの映像を見て解るように、俺達があいつを忘れたのは今回のログインの後だ。 俺と彰利を含んだ十数名だけがあいつを信用して、 けど……そのあとどういう訳か記憶を失った。 悠介 「…………」 やっぱり解らない。 解らないが、ルドラはどういうわけか魔王をやけに気にかけていた。 あいつを笑うなとさえ言っていたほどだ。 そこにどういった拘りがあったのかは……多分、俺があいつを庇ったのと同じくらい、 今の俺じゃあ理解に至れないことに理由があるんだろう。 それは純粋に悔しいなって思う。 自分がそこまで入れ込むなんて、今の自分じゃ考えられない。 ディル『王よ。目的地はあそこか?』 悠介 「ん───ああ、そうだと思う」 やがて見えてくる然の塔。 マップを開いて確認すると、 確かに変色して朽ちてゆくマップの中心部には眼下の塔が存在していた。 下まで降りてもらい、地面に降りるとディルゼイルを回収して塔へと走る。 悠介 (…………?) 塔の入り口付近には幾つかの黒い残骸が転がっていた。 それは塔の中にも、恐らくその先にも。 悠介 (ルドラの妨害を受けたってことか……?) くそ、解らないことだらけだ。 もっと情報が欲しいが、それはこの世界から脱出すれば解ることだろう。 メモが残してあったことから察するに、 もう外からこちらへ声を届かせることは出来ないと踏んでいい。 だったら考えるよりも先に─── 声  「お、おいあんたっ!」 悠介 「っ!?」 突然の声に思わず立ち止まり身構える。 ……が、振り向いた先に居たのは一人の男性。 男  「あんたもここに逃げてきたのか……!?な、なぁ、どうなってるんだ!?     どうして急に、こんな───!」 悠介 「……悪い、急いでる」 男  「なっ、おい!待ってくれ!」 男の言葉を無視して走る。 階段は───……あった。 男  「上に行っても無駄だ!なにもない!殺されるぞ!ヘンな男が居るんだ!     俺の仲間もそいつに殺されちまった!」 悠介 「───?」 ヘンな男……? …………なるほど、俺一人になったことで、ルドラが番人でも仕掛けたか。 つくづくやり方が汚い。 ……未来の自分がああだ、って思うと頭が痛い。 悠介 「それでも行かなきゃいけない理由がある。     人にアドバイスするよりも、生き残りたいなら保身だけ考えてろよ」 男  「あっ!お、おいぃっ!!」 走り、階段を駆け上がる。 その最中でも黒の残骸を幾つも目にし、ところどころに血の痕も見つけた。 眠っていた俺には解らないことだが、この中でやはり戦いがあったのだろう。 悠介 「……然の塔に向かえって言われたけどな───」 一階にはなにもなかった。男が居ただけだ。 続いて二階……黒の残骸があるだけ。次。 三階……四階………… 悠介 「くそっ、どこまで昇ればいいんだよっ……!」 一階一階探しながら上るのは案外面倒だ。 いっそ頂上から探したほうがいいのかもしれないが……ええい構わん、行くなら頂上だ。 ……そう思い、階段に足をかけた瞬間だった。  ゴガァアシャシャドゴォオオンッ!!!  グゴゴ……ゴゴゴゥゥウン………… 悠介 「ッ……、……?落雷か……!?」 塔全体を揺るがす轟音と震動。 耳を澄ますまでもなく耳に届く雨の音と、 今なおゴロゴロと鳴り続けている雷の音が鼓動を急かしてくる。 悠介 「もうそろそろ崩壊しますよ、ってか……!?」 急いだほうが良さそうだ。 一度だけ息を飲むと、俺は階段を飛ばし飛ばしに駆け上がった。 ───……。 ……。 そうして……やがて頂上。 もう上に続く階段もない。 今までの階層とは違い、昇りきったあとには広い空間が待っていた。 しかしその天井は崩れ、天井から雨が降り荒んでいた。 さっきの落雷の所為だろうか…………そう思いながら歩むと、 広い空間だというのに狭くなっている道の前。 傍らに様々な武具が山のように積んであるその中心に、一人の男が居た。 あいつが、さっきの男が言ってた─── 悠介 「……、」 ごくり、と喉を鳴らして近寄る。 俯いている上に雨に打たれているそいつの顔は見えず、 ただ身動きもしない状態で、この場を通ろうとする“敵”を待っているようだった。 だが一定以上近づくと、ふと違和感。 足音に気づいたのか気配に気づいたのか、俺を見る顔は─── 悠介 「───、魔王?」 そう、魔王だった。 だらりと下げた腕と、虚ろな目。 疲れきった風情で通路の前に立ち、そいつは……恐らく俺を待っていた。 悠介 「無事だったのか───って言い方はヘンか。彰利たちはもう出たのか?」 言いながら近寄る。 少なくとももう争う理由がなかった。 だから警戒心など解いて近づいた───途端。  ビッ─── 悠介 「つっ───!?」 一瞬にして振るわれたなにかを咄嗟に避けた。 前髪が何本か飛び、雨に塗れた地面に落ちる。 悠介 「な、なにを───!もう俺達が戦う理由は───……、……お前……」 …………違和感の正体に気づいた。 こいつから……“人”の気配がほとんどしない。 ばしゃり、ばしゃりと……ゆっくりとこちらへ向かってくる姿はやはり虚ろ。 それでも呼吸はしているし、体もきちんと動いているのに─── 魔王 『……、コロシ、テクレ…………オレヲ……ハヤク……』 魔王が呟く。 肺が潰れたような鈍い声で。 なにかに圧迫されているためか、それとも……と視線を動かすと、 その腹には赤黒いなにかがべっとりと纏わりつき、 体のいたるところに赤黒い筋のようなものを伸ばしていた。 体の色は段々と肌色を無くし、じわじわと黒くなり───…… 悠介 「……、は、はは…………冗談だろ…………?……なにかの間違いだって───」 いつかノートが言っていた。 俺はいつか“黒”と戦うことになると。 それはルドラや精霊たちではなく、もっと別のもので─── それに備え、“白”の状態よりも速く動けるようになれ、と……言われたことがあった。 悠介 「それが、今で…………相手が…………なんだってこいつなんだよ───!!」 悲鳴にも似た叫びが腹の底から溢れた。 戦う理由なんてない。 咄嗟に守りたいって思った相手だ。 ───もう解ってる。 違和感の正体に気づいた時点で、こいつがどうしてこんなことになったのか。 魔王からはもう死の気配───イドの気配と、微弱な人間の気配しかしない。 こいつは盾になったんだ。 そうだ……逃げる敵をわざわざそのまま逃がすヤツなんて居ない。 イドからみんなを逃がすために、こいつは───! 悠介 「っ……だめだ……!出来ねぇ……!───正気に戻ってくれ!頼む!!」 魔王 『……、ギ……ガガ……』 ばしゃり、ばしゃりと音が近づく。 夏だった筈の世界は崩壊のためか寒くなり、魔王の口から漏れる息が白く消えてゆく。 悠介 「未来を目指したかったんだろ!?日常を守ってくれようとしたんだろ!?     イドなんかに負けるな!頼む……頼むよ……!!     俺……もうあんたを攻撃したくない───!!」 解らないことはたくさんあった。 それでも解ったことだけを集めてみても、 こいつがこんな目に遭わなきゃいけない理由なんて何処にもなかった。 こんな目に遭っていることが悲しくて仕方ない。 納得がいかない。 いかないのに、どうして……!  ヒュッ─── 悠介 「《ヂッ!》づっ……!」 振るわれる剣を避ける。 あまりにも無造作で速度も乗っていない。 簡単に避けられる攻撃なのに、頬にくらった。 足が震えているのだ。 考えてみれば“攻撃したくない相手”と戦うことなんてなかった。 なにか理由があって戦わなくちゃいけない、 ゲームの世界だから、なんて小さな話じゃない。 心の底が、攻撃をしたくないと泣き叫んでいるような、 そんな感覚に支配されて動けなかった。 悠介 「……っ……」 それなのに少しずつ。 腹に存在している赤黒いなにかが筋を増やし、 肌の色が黒く染まってゆく度、魔王の速度は上がっていった。 声  『クハハハハ……!感じる……感じるぞこの男の絶望……!』 悠介 「───!イドか!?」 そんな時だ。 魔王の体から、弱々しいが確かに聞こえた声。 声が聞こえる度に体に走る筋が赤く点滅し、ミチミチと音を鳴らした。 声  『たった一人でも欠けることを許さんとはよく言ったものだ……。     今こうして自分の手で欠けさせようとしているのになぁ……キハハハハ!!』 悠介 「───!やめろ!今すぐ!そいつの体から出ていけ!!」 声  『無理だな。俺ももう死ぬ。こいつを操っているのは置き土産程度のものだ。     最後にこんな絶望を味わえるとは思っても見なかったがな……     殺されてみるものだ、実に面白い……キハハハハ、ハハハハハハ!!!』 悠介 「っ……てめぇ……!!」 だったらその塊……吸い潰してやる! 悠介 「イドを飲み込むブラックホールが出ます!弾けろ!!」 塔の頂上の虚空に、巨大なブラックホールを創造! これでイドを───…………え? 悠介 「な、んで……───イメージ解放!……っ……解放!!」 創造が働かない。 創造したと思ったブラックホールは形すら見せず、 俺の前には虚ろな目で俺を追う魔王の姿があるだけで───! 声  『無駄だ、こっちの宿主。この崩壊する世界はお前を殺すために作られたんだ。     お前は創造出来ない。お前はここで死ぬんだよ。麗しの提督サマの手によってな』 悠介 「っ……」 息を飲む。 どうすればいい……? 俺にこいつを攻撃することはできない。 傷つけたくないって思ってしまっている。 何処かの恋愛RPGの恋人を人質にとられた勇者じゃああるまいし、と唇を噛むが─── 出来ないものは出来ない。 せいぜい躱すか、ラグで弾き返すかくらいが精一杯。 そうしている間にも速度は増し、余裕なんてものは削られていった。 声  『そらっ、そらそらどうしたぁ。今が好機だろう?     支配しきれていない今だからこそこの体を破壊すれば、お前は外に出られるんだ。     生き残るんだろう?どんなものをかなぐり捨ててでも未来を目指すんだろう?』  ギャリンッ!ガギィンッ!キフィンッ!! 悠介 「つっ!はっ───《バシャアッ!》っ!しまっ───」 雨に塗れた枝の床に足を取られる。 バランスを崩し、それを無理矢理立て直したところに剣が降る。  ザンッ───!! 悠介 「がっ!……、くはっ……!」 肩に一撃。 しかし体勢を崩していたことで深くは斬られず、それを喜ぶべきかどうなのか─── ともあれ距離を取ると、息をひとつ吐く。 声  『……チッ、なかなかどうして、思い通りに飲まれないものだ。     人間は洗脳に弱い筈だがな……こうも力を引き出せないのは───……なるほど。     こいつの体はただの地界人。洗脳するなら武具の方、というわけか』 言うや否や、武具にまで伸びる赤の筋。 ゆっくりと渦巻くように腕を伝い柄を伝い、紅蓮蒼碧の剣が侵食されてゆく。 声  『……ほう?はははは、解るかこっちの宿主。     武具どもめ、必死に抵抗しているぞ。     これは面白い……所詮ゲームの中の意思ごときが、     創造主の力を受けた俺に勝てる気でいる』 悠介 「っ……やめろ!そいつは魔王の───!」 声  『魔王の命ともいえるものか?……だからやるんだろう?     俺は死の精霊だ。全ての死を見ることこそが俺の喜び。     たかだかこんな素材の塊でしかないものがどれだけ死んだところで───』  バキベキコキ、グキ、ンッ……!! 悠介 「……!!」 剣が、黒く染まってゆく。 それと同時に今まで怖いくらいに感じることが出来たマナの奔流さえ感じられ無くなり、 ジークフリードと呼ばれていた武器から紅と蒼の色が消えてゆく。 悠介 「やっ───やめろおぉおおおおおおっ!!!!」 その瞬間。 “それ”を見たら、思わず飛び出していた。 剣を振るい、魔王の腹にある赤目掛けて、剣を───ガギィンッ!! っ……すんでのところで、黒に染まった剣で弾かれる。 声  『おっと危ない。どうした?なにをそんなに怒っている』 悠介 「やめろ……!気づかないのかよ!」 声  『……?……ああ、これか。ハハ、無様というか愉快というか、解らん解らん。     武具が侵食されたことがそんなに悲しいか?ハハハハハ!!     こんなオモチャのようなものを食われて涙するとは!キハハハハハハ!!!』 涙を流していた。 まともに動けもしない微弱な人間の気配……その気配丸ごとが悲しみに覆われている。 たったそれだけのことが、俺にとってもこんなに悲しくこんなに悔しい。 悠介 「お前になにが解る……!そいつがどんな思いでこの世界を駆け抜けたか───!」 声  『フン?そんな思いを理解しようともせず、魔王だ魔王だと騒いでいたのは誰だ?』 悠介 「ああそうだ……けどそこには理由があった!やらなきゃいけないことがあった!     今なら解る───解るから怒れるんだ!!」  ギャリィンッ!! 声  『おっと』 悠介 「お前に操られたままになんかさせない……!覚悟を───決める!!」 黒の剣を斬り弾き、ラグを強く握る。 そうだ……逃げてばっかりじゃあ届かない。 殺してくれなんて言葉は受け取れられそうにないけど、せめてイドだけでも破壊する! イドさえ破壊すれば魔王の力で回復くらい出来る筈だ……今はそれに賭ける! 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