───冒険の書FINAL/運命の夜の底に───
【ケース836:晦悠介(再々)/止まない雨と、消えゆく世界と】 雨が降っていた。 砕けた天井、絶え間なく稲光を放つ空より、空の面積が狭まるたびに、強く、重く。 そんな視界の中、狭い通路の前に降り立ったルドラは、 どこか寂しげな目で魔王を見下ろしていた。 ルドラ『提督…………もう、いいだろ……?     誰かのために自分を犠牲にする虚しさ……今のあんたなら解る筈だ……。     このままじゃ、あんたは死ぬ……死ぬんだ……。     マナも枯れて、武具が使えなくなったあんたじゃ、もう……』 魔王 「……、……」 ルドラ『……俺と一緒に来てくれ、頼む……。     俺はもう……ただ一人、     俺に自由を許してくれたあんたが死ぬのを見たくない……!』 雨が打ち付けてゆく。 いよいよこの塔も崩されていっているんだろう。 天井がさらに砕け、今まで雨が落ちなかった場所にも冷たさは降り注ぎ、 床に散らばっていた血を流してゆく。 そんな雨の膜の中に見たルドラの顔は、 大切な友達の危機に涙するような、そんな苦しそうなものだった。 魔王 「……、……俺の、人生は…………おれ、の……ものだ…………。     お前に……残してやる言葉も……遺言も……ない……。     ……っ……はは……だから……噛み砕いて、言ってやろうか……。     俺は…………お前と、一緒には……っ……はぁ……!……行けない……!」 ルドラ『───……どうしてっ……!このままじゃ死ぬんだぞ!?     それなら俺と一緒に来て、“楽しい”を探すほうがいいに決まってる!     どうしてそうなんだ!どうしてあんたは俺になにも残してくれない!     我が儘でもいい!遺言でもいい!     俺にそうしてほしいって願ってくれれば、俺は───!』 ルドラは癇癪を起こした子供のように叫ぶ。 その言葉を耳にしても、魔王は………………願おうとなんて、しなかった。 ルドラ『どうしてっ……!なんでだぁっ……!俺は……俺は───!』 魔王 「……俺が……今の、この世界が好きだからだ……。     それを崩そうとするヤツとは、どんな理由があっても一緒に行けない……。     それ以外に……理由なんて見つからない……」 ルドラ『……、』 魔王 「っ……ぐ、がぁあっ……がはっ!……はぁ……!」 魔王は、倒れていた体を無理矢理起こすと、 血を吐きながらもルドラと同じ目線に立って、真っ直ぐにルドラの目を見た。 荒くなった息を飲み込み、途切れ途切れになる言葉も噛み砕いて、 その言葉が相手に届くように、真っ直ぐに前を見て─── 魔王 「もう、行け……。この先のことはもう視たんだろ……?」 ルドラ『………』 魔王 「俺の意思は変わらない……もう、決めたことなんだ……」 ルドラ『っ……!』 振り荒ぶ雨の中、魔王と対面するルドラは悲しそうに歯噛みした。 そうしてから俺を睨むと……口を開く。 ルドラ『……ここから転移装置で出られるのは残り一人だけだ。     貴様が出るか提督が出るか……選ばせてやる』 悠介 「───!?ひと、り……!?───」 いや。 考えてみれば当然だった。 この世界崩壊がそもそも俺をこの世界ごと滅ぼすためのものだとしたら、 脱出用の装置になんの仕掛けも施されていない筈が無い。 必然的に魔王を庇って重症を負った俺は最後に残り…………そういうことかよ……! 悠介 「やり方が汚ぇ……!お前はっ!その所為でどれだけ───!」 ルドラ『……貴様が誓いを立てたように、俺も誓いを立てていた……それだけのことだ。     故に選べ。お前が。     提督を捨てて未来を手にするか、提督に未来を託して自分が死ぬか』 悠介 「───!」 心の芯が冷たくなる。 息を飲み、選択に迫られる状況に背筋が凍りついた。 ……その時、ルドラが俺に向けて手を開き、───俺の体を回復させた。 悠介 「……、なにを───」 ルドラ『……選べ。お前の覚悟がどれほどのものか、見せてみろ』 悠介 「………」 立ち上がる。 あれだけボロボロで、自分自身で重いとさえ感じた体は簡単に起き上がり、 既に何処にも痛みを感じる場所はなかった。 ルドラ『…………提督。俺は───』 魔王 「……、ルドラ…………俺は、死ぬな……?」 ルドラ『……ああ。死ぬ。この世界ごと、消えてなくなる』 魔王 「…………そっか。だったらいい、その先は視るな……。     俺が……消滅、しようが……転生しようが……それは俺の、人生だ……。     誰だろうが……勝手に覗いていいもんじゃあ……ないからな……」 ルドラ『………』 魔王 「もう、行け……。俺はもうこれ以上、お前にはなにも言ってやれない……」 ルドラ『っ………………』 ルドラは一度目を伏せて、涙を噛み殺すみたいにすると…… 雨の音に掻き消されてしまうくらいの小さな声で、なにかを言った。 ……刹那、その姿が忽然と消える。 悠介 「………、───っ!」 ホウケてる場合じゃあなかった。 俺は自由に動く体で魔王のもとに駆け寄ると、倒れそうになる体を横から支えた。 魔王 「……、なに、してんだ……行け……!     俺のことは……もういいから……!」 悠介 「よくなんかないっ!!」 ……そうだ、今なら解る……! ルドラが、どうしてあんなにもこの人に執着するのか……! この人は俺の……俺達の仲間だった……! 敵対していても、殺し合っても、どこまでも仲間で居てくれた───! みんなが“楽しい”の中に居られることをいつだって願って、 それが自分の幸せでもあるからと、それが自分のためであるからと言って……! そんな人のことを“もういい”なんて言えない……!本人にだって言わせない!! 悠介 「いやだ……!俺は嫌だ……!諦めたりなんかしない……!     一緒に出るんだ……仲間なんだろ俺達!だったら仲直りすればいい!     この世界であったことも全部許し合って、     それからまた一緒に“楽しい”を探せばいい!     忘れちまったことは戻らないかもしれない!それでも俺は───!」 魔王を支え、歩いてゆく。 通路の先にある転移装置へ。 けど見えない壁に阻まれて、その先には進めない。 悠介 「っ……悪い、ラグ……!」 その見えない壁を分析すると、 ラグを鞘ごと突き立て、武具を脱ぎ捨て、契約の指輪を置いて歩いてゆく。 魔王の武具は……感知されなかった。 ルドラがそうしたからか、イドの力の名残が武具に染み付いているからなのか。 ……そんなことはどうだっていい、 武具を持ったままの魔王を支えたまま、狭い通路を歩いてゆく。 悠介 「……っ……頼む……!」 通路を抜け、再び広い空間へと辿り着くと、さらに歩いて転移装置の前へ。 だが……その装置が作動しない。 二人で装置の中に入ったところでハッチは閉じず、作動する様子すら見せない。 悠介 「頼む……!頼むよ……!!」 それでも、と足掻く。 だがどれだけ叩いてもいじくろうとも、装置は動かなかった。 悠介 「くそ……!」 何か無いのか、と装置からまず魔王を降ろした途端、装置が運転を開始する。 咄嗟に飛びのくと、装置は再び沈黙し…… 悠介 「…………」 その事実に愕然とする。 出れるのは一人だけ……一人で乗らない限りは作動せず、 このままもたついていたら二人とも……  ずる……ばしゃぁっ…… 悠介 「っ!魔王!」 絶望感に襲われた拍子に、魔王を支えていた腕が緩み、魔王が崩れ落ちる。 転移装置の横の壁に背を預けるようにして、魔王は荒い息を吐く。 悠介 「………」 そうだ……絶望してる場合じゃない。 なんとか方法を……!一緒に出るんだ……! なにかある筈だ……あってくれ……頼む───! 悠介 「くそっ……くそぉっ……!」 気ばかりが焦る。 装置のあらゆる場所を調べ、分析する。 けど……なにかがあるわけもないし、分析をして解ったことは、 一人が転移したのちにこの装置が使い物にならなくなる事実だけだった。 悠介 「っ……あぁあああああっ!!!」 がんっ!と、叫びながら振るった拳が装置を殴りつける。 そんなものでなにが変わるわけでもない。 創造も使えない今、自分がこんなにも無力であることに泣きたくなった。 死なせたくない……!俺、この人を死なせたくないって心から思ってる……! なのに……!なのに俺は───……! 魔王 「……自分を恥じるなよ……。     生きてるなら……死にたくないって思うのは……当然なんだから……     恥じるな…………自分の命を、決して……」 悠介 「───!」 魔王 「ははっ……ぐっ……げはっ……!っ……、ぐ、う……!     まいったなぁ……こんな状況になったら…………     タイムマシンのエマを……見習うつもりだったのに……。     死にたくないなぁ…………なぁ、晦…………死にたく…………ないよなぁ……」 言葉の直後に血を吐き、咳き込む。 その震動が空洞になっている内臓に響き、さらに血を吐く。 ……もう、出血多量で死んだっておかしくないくらいの重症だ。 それでも魔王は死ぬことを惜しむように恐れるようにして、生きることを諦めない。 そんな姿を見たら、俺だって諦めるわけにはいかなかった。 悠介 (考えろ……!) 誰か一人が入って転移が始まった途端、もう一人が入れば───いや。 そんな単純な行動が通用するなら、ここに来た時点でルドラは俺を殺していた。 じゃあ……だったら───  ……きっと、必死になりすぎてたんだと思う。 単純なことから難しいところにまで思考を届かせろ……! 完璧な存在なんていない……どこかにきっと落とし穴がある……そう信じろ……!  考えることに夢中で、助けたいと思うことに夢中で、  視界の端でなにかが動くことに気づけなかった。 イメージは……やっぱり働かない。 こんな時に使えなくてなにが能力だ───……そう、歯を噛みしめた時だった。  ドン、と……後ろから押される。 悠介 「え───?」 体勢を崩したまま転移装置に転がり───その小さな出入り口をハッチに閉ざされた時。 慌てて立ち上がり、ガラス越しに見た魔王が…… 苦しそうな顔で、“もう、行け”、とだけ言った。 悠介 「そんな───」 諦めてない……嫌だ!こんなのは───!どうして───! 心の底からいろんな感情が溢れ出す。 けど、そんな俺の視界の中で魔王は自分の後ろを促すと─── そこには、塔を昇ってきたのだろう、黒いなにかに纏わりつかれた、 かつてはこの世界の住人だった人間たちが……! 魔王 「イドの置き土産だろうさ……ほんと、やることが汚ぇ……。     でもな……心配するな……。絶対に、っ……はぁ……近寄ら、せないから……」 魔王が歩く。 遠ざかる。 だめだ……だめだだめだだめだ───! 行くな!行ったら───! 悠介 「《ガガッ!》っ……くそ!開け!開けよ!まだ魔王が───!」 転移装置のハッチ殴る。 だが開けようにも、内側から開くような構造になっていないのか、ビクともしない。 どれだけ雷を走らせようが殴ろうが、開きもしないし歪みもしない。  ───遠ざかる。 手を伸ばしても届かない場所へ……行ってしまう。 そう思った途端に始まる転移。  ───届かない。 待て、まだ───! 間に合わない……!?嫌だ……! 俺はっ……俺はぁあっ……!!  ───それならせめて、なにかを……せめて─── どうしてこんなことになった……!? 俺達はただ普通に何気ない会話からゲームをやろうって決めた……決めたんだ……! それのにどうして……!  ───謝りたい。 だったらせめて謝りたかった。 こんなことになってしまってすまないと。 謝って済む話じゃない。 こんなことになってしまったために、命が一つ消えようとしている。 それでも、せめて謝りたかった。 心の底から、申し訳なかったと。  ───それなのに。 ふと、遠ざかる姿が立ち止まる。 そして……豪雨に打たれる体を振り向かせもせず……言った。  「…………ありがとう。こんな、とんでもないことに巻き込んでくれて───」 ……涙が溢れた。 その人は少しも後悔なんかしていなかった。 こんな日常に足を踏み入れてしまったことを。 俺達に巻き込まれ、こんな状況に立ってしまったことを。 ……辛くても、楽しかったのだと。 忘れられても、苦しい思いをしても、悲しい思いをしても、やっぱり楽しかったのだと。 胸を張って言えるくらい、楽しかったのだと。  ───そんな人の体が、黒に飲まれてゆく。 満足に動かない体で剣を振るい、“俺”を行かせないために進む黒を切り刻んでゆく。 悠介 「やめ……やめろ……やめろぉ……!やめてくれ……!!」 だが邪魔者だと認識された時点で彼にも攻撃は及び、 立っているのも苦しいであろう体が切り刻まれてゆく。 ……この手が届くなら。 今、ここを飛び出して助けることが出来るなら、それはどれだけ─── 悠介 「っ……ぐっ……うぅう……!!うぁああああ……!!」 刻まれてゆく。 殴り倒され、踏みつけられ─── それでも進む足を掴み、残した言葉の通りに、 黒を俺のもとへと進ませぬと黒を引きずり倒し─── 無様でもいい、傷だらけでもいい、誓ったことは貫くと…… 血を吐きながら起き上がり、俺へと向かう黒から破壊してゆく。 首にぶらさがった首飾りは返り血や自分の血液に濡れ、 打ち付ける雨がそれを流しても再び血に汚れる。 悠介 「……、っ……は、ぐ……!」 転移の光が俺を包む。 ……もう、待てとは言わない……言えなかった。 ここで俺が行かなければ、彼の覚悟が無駄になると解っていたから。 それでも、今叫ぶことで届くのなら届かせたかった。  なにも残せないまま別れるのなんて嫌だ─── それは、子供みたいな考えだったかもしれない。 でも……それでも俺は……! 悠介 「……あ、……ま───!」 でも、なにを届かせればいいのか。 なにを残せばいいのか。 溢れる涙と嗚咽に邪魔されて、思考が纏まらない。  ───光が俺を包み、足から消してゆく。 いやだ……このまま別れるなんて……! 俺は……!  必死に言葉を探す。 けど、なにも見つからない。 今まで敵だった俺が、彼を忘れてしまった俺が、今更なにを言える……? 生きるよ、なんて言えっていうのか……?───違う、もっと─── 悠介 「っ……う、あ───」 足が消える。 光は腰までに至り、やがて、腹部、胸部へと─── 悠介 「……、」 ……魔王は、もうボロボロだった。 血まみれになって、雨に打たれすぎたために体が麻痺しているのかもしれない。 腕はだらりと下がるだけで、体を捻ることで腕を振り回しているような、 そんな……かつての強さがウソに思えるくらいの弱々しさ。 そんな姿でも、俺には……  ───、やがて、喉が消えようとする時。 そんな姿でも、俺達にとっては───!! 悠介 「っ……提督ぅううううううううううっ!!!!」 無意識に心の底から吐き出された言葉が、 豪雨の音を貫き、ボロボロの彼に投げかけられる。 無意識……そう、無意識だった。 どうして自分がそんな言葉を放ったのかも解らない。 それでも…………そう。それでも…… やがて俺の顔が光に消えようとした瞬間。  ……彼は、一度だけ俺の目を見ると…………無邪気な子供のような笑顔で、笑った。 悠介 「っ……うあぁあああああああああっ!!!!」 手を伸ばしても届かない。 訳も解らないままに溢れる涙をとめようともせずに、心が叫ぶままに叫び───それでも。 そんな笑顔が黒に飲み込まれる様を最後に…………俺は、現実へと飛ばされた。 【ケース837:中井出博光/運命に至る時】 そうして、全てが消えた。 中井出「がっ……げはっ……!」 晦が転移したことを引き金に、黒に飲まれた人間たちは枯れるように潰れ、霧散した。 役目が達成できないと悟ったからだろうか…… そんな光景を、夢の中と同じように見届ける。 中井出「ッ……」 ああ、でも……夢の中では晦は提督、なんて叫ばなかったっけ……。 夢とは違ったから……思わず振り向いちまった……。 中井出「……は、はは……はぁ……、はあ……!」 そして、歩く。 ジークムントとジークリンデを杖代わりにして、ズルズルと転移装置へと歩いてゆく。 打ち付ける雨はやまない。 それどころか勢いを増すばかりで、冷たくなりすぎて思うように動かない体には辛すぎた。 でも……感謝もしている。 冷たくなりすぎているために、痛みはもうほとんど感じなかった。 血を流しすぎたこともあるんだろうけど、それでも恨むだけなのは嫌だった。 中井出「は、は……」 辿り着いた装置の前に立ち、装置をいじくる。 けど……解りきっていたことだ、動きはしない。 中井出「くっ……ぐ、は……!」 夢の中と同じように転移装置の横に背中を預け───ようとして、やめた。 まだだ……諦めない。諦めたくない。 中井出「は、あ……ぐっ……!《ガッ!》っ!?うあっ!」 歩き出した足が動かなくなり、雨水の海へと倒れた。 拍子に双剣を手放してしまい、それを這いずりながら手に取る。 …………ずっと一緒だったのだ。 せめて最後の時まで、一緒に……。 中井出「ふ、う……ぐ……!」 這いずる。 もう立ち上がる力なんて残っていない。 それでも目指したい場所があったから這いずり、広間を抜け、狭い通路を抜け……やがて。 中井出「………」 突き立てられたラグナロクと武具と指輪、折れたままの魔王の斧を手に取った。 ……いつか、言ったっけ。 どれだけ孤独になろうが、俺は独りじゃないって。 一人にはなるが、独りではないのだと。 その意味が、ここにある。 中井出「…………」 残りカスのような力を振り絞って、霊章から灼闇を召喚する。 降り注ぐ雨にさえ消されてしまいそうな弱々しい炎は、 やはり弱々しく腕の中の武具を覆うと……苦しそうに飲み込む。 ……それで、十分だった。 中井出「……ごめん、いっぱい待たせた…………。     ようやく…………みんなに…………」 体が冷たくなってゆく。 冷え切った体でも心はまだ温かかったけど……その最後が、消えようとしているのが解る。 それでも最後にみんなに会えた。 “俺を覚えていた意思”は本人からは削られたけど、 一緒に歩んできた武具たちはそうじゃない。 みんなが忘れてもゲームの世界の人たちが俺を忘れなかったように、 武具たちに宿る彼らの意思は……俺を忘れていなかった。 だから……それらを融合させた時に感じた、懐かしい空気に……俺は涙した。 やっと会えたと。 ようやく、息を吐けると。 ……それでも雨はやまない。 暖かい心も、熱い涙も冷たさに変える雫が、俺を打ちつけ続けた。  なあ、みんな……俺は…………提督らしく……いられただろうか─── 自分の意思とは関係なく、体が倒れた。 降り続く雨が冷たい。 浅く溜まった雨水が冷たい。 意思とは関係なく閉じる視界が……冷たさで満たされているのがとても悲しい。  ───やがて崩れる世界。 壁が音を立てて崩れ、その先には赤く点滅する“崩壊”が存在していた。 世界が壊れてゆく。 なにもかも、俺達が駆け抜けた証も、なにも残さず。 やがて俺は誰の記憶からも消えるんだろう。 その事実までもが、心に冷たくて─── 中井出「……、───……」 夢の中の俺は未来を思った。 紀裡との未来を。麻衣香との未来を。 でも、俺にはそれがない。 なんて……冷たいんだろう。 いやだな、こんな……こんな最後……。 もっと……暖かさに包まれて…………俺は…………  ……、ああ…………死にたく、ないなぁ………… 最後に流れた涙も、暖かさを感じさせる前に雨に弾かれた。 やがて───死にたくないという言葉さえも声に出来ない冷たい体が、 炸裂するような眩い光に包まれた時。 俺の意識は…… いつかの夢と同じく、ブラウン管の電源が切られるように……あっさりと消え去った。  ……そう。  その光が、冷たくなりすぎた身体にはどこか暖かかったのが───  きっと、救いといえば救いだった─── 【ケース838:晦悠介/忘却の未来】 キィイ───インッ─── 悠介 「っ───!」 目を開くと、そこは自分の部屋だった。 間違いようもない───もう、全員がこの場に居た。 けどそれを確認するや、 俺はなまっていた体を気にすることなく動かして駆け出すように立ち上がると、 ノートに掴みかかっていた。 悠介 「ノート!魔王をゲームから引きずり出す!手伝ってくれ!!」 ノート『………』 感情のままに叫び、気ばかりを焦らせ、 それでも意思を曲げることなく真っ直ぐにノートを睨む。 けど、ノートは俺の目を見るだけでなにも言わない。 悠介 「出来るだろ!?いや、やるんだ!大丈夫……大丈夫だ!出来る……やるんだ!」 ノート『マスター』 悠介 「みんなもっ……力を貸してくれ!見てたんだろ!?魔王は───」 ノートから手を話し、俯いているみんなに向けて声を張り上げる。 だが、その言葉に反応するヤツは……居ない。 ノート『……マスター』 悠介 「なんだよっ!」 それがじれったくて、俺を呼ぶノートに苛立ちをぶつけるように向き直る。 すると……ノートは静かに、首を横に振った。 悠介 「……、なん、だよ……出来るだろ……?     だって、今まではあんなに簡単にログインとかログアウトとか……。     人一人……地界人一人出せないなんて理屈、納得できるか!」 ノート『マスター、これは───』 悠介 「ルドラの力だっていうんだろ!?     だったら力合わせて超越でも凌駕でもすればいいじゃないか!     大丈夫さ……出来る、出来る……やらなくちゃいけないんだよ!!」 ノート『マスター!』 悠介 「うるさい!やるったらやるんだ!俺は───」 ノート『無駄なんだ!』 悠介 「っ……!?」 頭の中が滅茶苦茶だった。 焦る気に全てを持っていかれたように、取り乱すだけ取り乱して…… ノートが張り上げた声に、喉を詰まらせた。 悠介 「無駄、って……そんなこと、やってみなくちゃ解らないだろ!?」 ノート『解る!解りきっている!無駄なんだ!───っ…………今…………!     フェルダールから……全生命反応が……消えた…………!』 悠介 「───…………え…………」 …………消え…………? 悠介 「う、そ…………」 力が抜ける。 無力感が体を襲い、震える頭が自然と動き………… ぐったりとして、呼吸以外はなにもしていない…… 魂だけがない抜け殻となった魔王の本体を、視界が捉えた。 悠介 「だって…………体が生きてるのに…………そんな……そんなっ!」 ノート『っ……』 懇願するようにノートを見た。 けど、ノートは苦しそうな顔で目を逸らすだけで………… 俺は、そんなノートを……初めて見た。 そんな状況がこれを現実だって確信させた時─── 悠介 「あ、あ───……う、───」 俺の喉は、悲鳴にも似た叫びで満たされた。  死なせてしまった。 ただ楽しみたかっただけの、俺達にとって確かに大切だった筈の人を。 蹲り、泣き叫び、悲しみ…………それなのに。  ───突然、自分がどうして泣いているのかも解らなくなる。 悠介 「……、えっ……?」 消えてゆく。 さっきまで自分が誰との死別を悲しんでたのか。 そもそもそこには誰が居たのかも。  ───待ってくれ……そんなのって───! あの人が……!あの人がどれほどの思いでフェルダールを生きたと思ってる!? 俺達が覚えてなくちゃ、あの人はなんのために───!! ふざけるな!!俺は……こんなの認め───バヅンッ!! 悠介 「───…………」 …………消えた。 なにが消えたのかも、もう解らない。 視線の先にあった見知らぬ誰か。 全精霊を含む全てのやつらがその姿に疑問を抱く中で───ただ。 頬を伝う涙だけが冷たくて、苦しくて………… その冷たさだけを理由に、俺は……なにかに向けて、涙した。 Next Menu back