───冒険の書17/準備万端、いざ戦争へ───
【ケース105:清水国明/準備期間】 ざわざわざわ……と、兵士がごった返す。 俺達はそんな景色をぼへぇ〜っとしていた。 清水 「冒険者のする準備なんてこんなもんだよな」 岡田 「アイテム整理と回復アイテム、それと装備を整えりゃあそれで終わりだしな」 田辺 「しかし、ついに始まるって感じだな。     心の準備をする時間は貰えたけど、正直体が震えてるぞ俺」 岡田 「ああ。俺もだ」 清水 「………」 人と戦うわけじゃない。 でもアンデッドモンスターってのは元が人間だったわけで─── 清水 (ああもうっ……うだうだ考えるのはやめだっ!!) やらなきゃやられる。 ファンタジーってのは夢とロマンだけの世界じゃないんだ。 そこんところをしっかり理解しなきゃ、いつかなにもかも怖くなっちまう。 清水 「……なぁ。最後にひとつ訊いておきたいんだけどさ」 岡田 「んあ?どした?」 田辺 「なんだなんだ?」 清水 「……自分が生き残るために誰かの人生を断っちまうのは、いいことなのかな」 岡田 「………」 田辺 「………」 ふたりとも黙った。 当然だ。 恐らく、ふたりともが同じことを考えてた。 岡田 「ま、なんだ。殺すのが怖いからって殺さなかったら死ぬんだろ?     だったら殺すしかないだろ」 清水 「って───お、お前っ!」 岡田 「しゃあないだろ、事実なんだし。それともお前、     相手が人間だったら全て気絶させるだけで戦えるって自信があるのか?」 清水 「いや皆無」 田辺 「即答かよ……しかも皆無」 岡田 「今はさ、ゲームの中だって意識して戦やいいんだよ。     それともお前、空界に行ってもモンスターじゃなく人間と戦う気か?」 清水 「それともお前それともお前って何度も言うなよ……」 田辺 「ああ、そういや前に『説教っぽいことを言ってみたい』とか言ってたっけ」 岡田 「真面目話するなんて、原中だと滅多に無いからなー」 清水 「………」 実験体かよ俺は。 清水 「まあいいや。確かに気が少し楽になったわ。     ……そうだよな、元々ブレイバーってのはモンスターと戦うための職業だ。     戦争ってのは三国の王族と兵士たちがするもんだし、冒険者には関係無い」 岡田 「ま、そういうこったな。     薄情かもしれないけど、俺達は戦争がしたくて空界に行きたいんじゃない。     軍事は軍に任せておきゃいいんじゃないか?」 清水 「………」 岡田 「こんなところで正義感とかと戦っててもしゃあないだろ。     忘れるなよ?俺達はゲームをしに来てるんだ。     ゲームにも悩ませるゲームってのは腐るほどあるけど、こればっかはしゃあない」 清水 「だよな……うん」 田辺 「あ、そうか。こうすりゃいいんだよ。戦う人間全てをあの神父に見立てるんだ」 清水 「俺!俄然やる気出てきた!!」 岡田 「俺もだ!!」 田辺 「だろ!?だろ!?」 みんな単純だった。 【ケース106:弦月彰利/サンライトよりもジュースティングに愛を捧ぐ】 彰利 『ぴー、ががが……こちらアルファワン。     勝者は依然、このディアヴォロだ、どうぞ』 悠介 『誰にどんな電波送ってんだお前は』 とある昼下がり、俺と悠介はエトノワール王国を見下ろすことの出来る山まで来ていた。 しっかりとテントを張って、のんびりとくつろぎながら。 悠介 『はぁ……相変わらずの雰囲気に安堵するのは確かだけどな。     戦闘に至ったらキレてくれたほうがいいよお前』 彰利 『ウィ?なんのこと?』 悠介 『お前自身のことだよ』 彰利 『あ〜ん?その話、もうちゅう詳しゅう聞かせぇかぁ』 悠介 『よし聞かせてやる。ただし途中で話を逸らすことは許さん』 彰利 『ゲェエエーーーーーッ!!!』 何気なく言ってみただけなのに、どうやら薮蛇だったらしい。 その後、俺はみっちりとヴォルトとの戦いのことや、 ゼノと戦っていた頃の俺のことを説法されることとなった……。 ───……。 ……。 彰利 『だ、だがなーーーっ!!     黒が無ェ俺がザコいのは確かじゃぜ!?それは曲げようのねぇ事実!!     貴様はいったいどげな道徳の下に俺を貶めようとしてんだコノヤロー!!』 悠介 『戦いのことになるとなんでもかんでも俺に押し付けるのはやめろって言ってんだ!     キサマそれでも男かコノヤロー!!』 彰利 『ひ、人に変態オカマホモコンとかあだ名つけといて、なんて言い草!!     男だろ!どう見たって男!解るでしょ!?』 悠介 『そうか!キングオブファイターズを利用したな!?』 彰利 『してねぇーーーっ!!もう訳解らんよコノヤロー!!』 悠介 『だったらもっと積極的に戦おうとかしろ!!     黒がどうとかじゃないだろ!この世界じゃジョブ以外に差なんて無いんだから!』 彰利 『ぐっ……!それ言われるとオラ辛ェ……!!     けどさ、悠介が創造、俺が黒ってのはステキな方程式でありまして』 悠介 『あのな……俺が好きでジョブを創造者にしたと思ってんのか……』 彰利 『違うの?』 悠介 『違うわっ!!』 でも楽しそうだしねぇ。 俺としては黒を行使して群がるモンスターをバッタバッタ─── 彰利 『………』 悠介 『……彰利?』 彰利 『え?あ……いや……』 ちょっと待て。 俺は…… 彰利 『あ……あぁ……えっと……』 違う。 俺はそんなことがしたかったわけじゃない。 思い出せ。 俺はどうして強くなりたかった? どうして強くならなきゃならなかった? 俺の人生はなんのために─── 彰利 『…………はは』 アホだ。 なにやってんだ俺。 ゲームの中で完全に浮かれてた。 俺が強くなろうって思ったのは親友のためだ。 いや……それより先に強くなろうって思ったのは、母さんを守ろうと思ったから。 そんな、見せびらかすような力が欲しかったわけじゃない。 彰利 『……わりぃ、悠介……目、覚めた』 悠介 『……?寝惚けてたのか?』 彰利 『や、そうじゃなくて。……なんだろな。すっげぇすっきりした』 悠介 『いきなりよく解らんが』 彰利 『いいって、解らなくて。こっから頑張ろうぜ。     黒がどうとかなんて、どうでもよくなった』 悠介 『……誰だてめぇ!!』 彰利 『いきなりそれかよ!!人が真面目になった途端にそれってすっげぇ失礼だぞ!?』 悠介 『俺の知ってる彰利は、     貴様のように晴れやかな笑顔で自分を反省するようなヤツではないわ!!     おのれキサマ!いつの間に摩り替わりやがった!!』 彰利 『………』 マジで動揺する親友を久しぶりに見た気がした。 いやぁ……俺としてはキサマこそがニセモノなんじゃないかって、 大声でツッコミたいぞ親友この野郎。 ほんと、日に日に感情が成長してくれてるみたいで嬉しい限りだけど。 彰利 『まあほら、冗談はさておき』 悠介 『あ、あ……ああ……そうだよな、冗談だよな……お前が真面目になるなんて』 彰利 『喧嘩売ってんのかコノヤロウ……!!』 親友に正面から人格疑われてんぞ俺……。 彰利 『あのね、俺だって後悔するし思い直したりもするわい。     ……その、悪かった。俺、いろんなこと忘れてた。     ほんと、お前の言う通りだな。     怒られてみなきゃ解らないことって、俺が思ってるよりいっぱいあるんだよな』 悠介 『………』 悠介がそっと、俺の額に触れた。 そして─── 悠介 『……熱は、無いな』 彰利 『あの。悠介くん?僕は今とってもいいことを言ったんですがね』 悠介 『……ふむ。脈拍も正常と。……ああ!エイプリルフール!!』 彰利 『4月1日が夏に存在するわけねぇだろうが!!     あのね悠介!?俺今こそ真実を受け入れて真面目になろうとしてるのよ!?』 悠介 『…………正気か?』 彰利 『あの……なんで俺、真面目になるって言って正気疑われなきゃならんの?』 悠介 『自分の胸に手を当てずに記憶をほじくり返して思い出してみろ』 彰利 『うーわー、すげぇ言い方』 つまり日頃の素行がどーたらと言いたいんだろうね。 くそ、反論出来ねぇ。 彰利 『まあいいじゃねぇの。とにかく俺、ちゃんと戦闘に参加すっからさ。     やっと……ってのは変だな。今さらだけど思い出せたんだよ。     自分がどうして、なんのために強くなろうとしたのかってのをさ』 悠介 『大腕大爆笑を使いたかったからじゃないのか?』 彰利 『腕が笑うかっつーの!!つーか違う!あまりに違う!!』 悠介 『違うのか……じゃあなんのために?』 彰利 『───』 悠介が、俺を試すような目で見る。 ……大丈夫、もうヘマはしない。 俺は俺の、歩き出すために胸に抱いた思いを決して捨てない。 彰利 『───俺は母さんを救いたかった。そのために強くなろうって思った。     でも、母さんはもう居ない。だから───』 一度深呼吸をして……胸に、頭の中にある思いを全て抱く。 そうしてから、刻み込むように言った。 彰利 『だから。俺は、お前の未来を守るために強くなる。     お前が俺の未来を守るって言ったからじゃない。     俺は俺の意思で、最後までお前の我がままと俺の我がままに付き合っていく』 悠介 『……そっか』 俺の決心を聞くと、悠介は満足そうに笑って俺の胸をノックした。 そして言うのだ。 俺の目をしっかりと見て、逸らすこともなく。 悠介 『今度、自分の意思すら無視して、     俺の我がままなんかに付き合おうとしたら許さないからな』 ───と。 だから俺もニッと笑って返す。 彰利 『馬鹿言え、そりゃこっちの台詞だ。俺の未来を守るのは勝手だけど、     命犠牲にまでしようってんなら俺がお前を殴ってやる』 悠介 『───……』 彰利 『…………』 やがて無言のままに手を叩き合わせる。 パァン、と小気味のいい音を出したそれは、なんの変哲も無いガキの戯れ。 でも俺達にとっては、それが決意の現れだった。 これからもよろしく、なんて言葉も無い。 一緒に居るのは当然なのだから。 両方が両方の未来を守ると言って、両方が両方と馬鹿をし続けると決めた。 だったら今さら、よろしくなんて言葉は必要じゃないのだ。 彰利 『ん〜〜〜っ、いいねぇ。やっぱ人間、考え方で気分も変わるもんだ』 悠介 『そうか?まあお前の怠け癖が治るんだったら俺はもうどうでもいいが。     ……お前がお前のままであることが前提だが』 彰利 『フフフ、そりゃ俺が記憶喪失にでもなった時のことを想定してるのかね?     マッハッハッハ!!有り得ん!そりゃあ有り得んよチミィ!!     とまあそれはそれとしてだけど。     スッキリしたところで、もひとつスッキリさせたいことがあるんですよ。     いいかね?ちと立ち入ったことになるような気も無きにしもアラズなんだけど』 悠介 『?……まあ、答えられる範囲なら。というか俺が関係してることなのか?』 彰利 『うンむ』 コクリと頷く。 やぁ、朝からこれが気になって気になってどうしようも無かったんだ。 彰利 『えっとさ、寝てる時のキミ、なんか魘されてるようだったけど。     なんか悪い夢でも見た?つーか夢の内容教えて?』 悠介 『───』 彰利 『お、おろ?』 突然、冷たい空気が辺りに立ち込めたような、そんな幻覚を覚えた。 え……なんすかコレ。 悠介 『……魘されてたのか?俺』 彰利 『お、押忍。なんか物凄く。なんつーんかね。     苦しみとか……じゃないんだよな。ただ誰かに必至に謝ろうと……って違うな。     あー、なんだろ。上手く表現出来んわ』 悠介 『………』 悠介は一旦俯くと、小さく息を吐いて俺を見た。 そして─── 悠介 『ずっとずっと小さな頃の夢を見てた。それだけだ』 彰利 『小さな頃って……十六夜の家に居る時とかの?』 悠介 『もっと前だ。もういいだろ、この話は』 彰利 『だめだ』  ドゴシャアッ!! あ、コケた。 悠介 『あ、あのな……なんだってんだお前は』 彰利 『そういや俺、十六夜の家に居た頃のお前は知ってても、     朧月に居た頃の悠介って知らねぇんだよね。     どんなクソガキャアだったの?俺だけに教えて?』 悠介 『…………だめだ。終わりにするぞ、この話』 彰利 『だめだ』 悠介 『…………』 彰利 『ほっ、しかめっ面しても無駄さ。俺は今キミの過去を知りたいと思った。     この激情───誰が知る!!』 悠介 『お前しか知らないだろうが!!』 それも……そうか? しまったこれは盲点だ。 悠介 『はぁ……聞いたってつまらないんだ。とっとと忘れろ』 彰利 『やだ』 悠介 『ガキかお前は!!』 彰利 『ガキで結構さあ教えろ!!』 悠介 『………』 ブブルバフー、と物凄い溜め息を吐かれた。 悠介 『吐くかっ!!』 そして彼がエスパーに。 忙しい親友だ。 悠介 『……べつに。何処にでも居るような子供だった。     親が好きで、ただ平凡な時間の中が好きな、何処にでも居るようなガキだったよ』 彰利 『それで?』 悠介 『あのなぁ……この話はここで終わりだ。他になに話せってんだ』 彰利 『う、うむ!家族構成は!?』 悠介 『〜〜〜……両親と俺と姉の四人だった。ほら、これでいいだろ?』 彰利 『親御さんの仕事は?』 悠介 『………』 彰利 『………』 悠介 『……建設会社だ。今思えば、家系の力を有効利用してたんだろうな。     力仕事の多い会社だったらしいから』 彰利 『ほほう』 悠介 『ほら、もういいだろ?さっさと』 ガシィッ!! 彰利 『待たれよ』 悠介 『あぁ……もう……!』 歩き出そうとした彼の腕を掴んだ時、彼は覚悟を決めた……というより諦めたようだった。 ───……。 ……。 悠介 『……言っておくけどな、俺もあまり覚えてないんだからな?     あんまり期待持たれたって困るぞ』 彰利 『かまへんかまへん』 悠介 『ったく……なんでこんなことに……。     はぁ……───さっきも言った通り、俺の親父建設会社で働いてた。     お袋は専業主婦ってやつで、そのくせ料理が苦手っていうヘンな関係だったよ』 彰利 『ほうほう』 悠介 『親父はいつだってぶっきらぼうで無愛想で、     感情表現ってのをまるでしないヘンな人だった』 彰利 『今の悠介みたいに?』 悠介 『……そうかもしれない。     今にして思えば、俺の生き方ってのは親父……───父さんに似てるんだ』 彰利 『父さん?……父さんと来ましたか』 悠介 『わ、悪いかよ。どれだけ不良ぶってても、     あの人はやっぱり親父、なんて汚い言葉じゃ呼びづらいんだ、ほっとけ』 彰利 『誰も悪いなんて言ってませんがね。それで?』 悠介 『〜〜〜……』 悠介はゴニョゴニョと呟く。 どうやら調子が崩されっぱなしらしい。 フフフ、俺の巧みな話術にタジタジだぜ? 悠介 『……父さんは、人一倍家族を愛した。     家族を守るために仕事をして、家族のために時間を費やす。     それが、もう名前も思い出せない俺の父さんだった』 彰利 『…………ふむ。それで?』 悠介 『それだけだ。なにもかもが埋もれちまって、     その時にどんなことが起きたのか、なんて思い出せない』 彰利 『………』 悠介の表情からはウソは感じられない。 悠介の中の記憶には、それくらいしか当時の記憶が残ってないってことだ。 けど、これだけは解る。 彰利 『……悠介はさ、その親父さんが好きだったのか?』 悠介 『え?』 彰利 『……あら?違う?』 馬鹿な。 なんかすげぇ懐かしむような顔してるから、絶対にそうだと思ったのに。 悠介 『どうだろうな。正直解らん』 彰利 『……そか。まあいいけど。     でさ、ちと確認したいんだけど……その親父さんってば無愛想だったんよね?』 悠介 『ん?あ、ああ……それがどうかしたか?』 彰利 『やっぱ返事もぶっきらぼうなん?【ああ……】だけどか【知らん】とか』 悠介 『……そうだな。感情が篭った言葉なんて、それこそ聞いたこともないかもしれん』 彰利 『そこまでスカ……』 すげぇ、流石悠介の父親。 その親ありてこの息子あり。 間違いねぇよ、確実に血ィ引いてるよ。 彰利 『甘えてた記憶とかってあるんか?     相手がぶっきらぼうじゃあ満足に相手してもらえなさそうだけど』 悠介 『いや……よく負ぶって貰ってたのを覚えてる。     あの人の唯一の趣味って言ってもいいくらいの散歩に付いて回って、     なにかっていうと負ぶってもらって……そこからの景色を子供の目で眺めてた。     そんななんでもないことが、当時の俺は一番好きだったよ』 彰利 『負ぶってもらうことが?』 悠介 『そうじゃない。父さんの背中の上から眺める景色が好きだったんだ。     まだまだガキだった俺は、父さんよりちょっと高い景色に酷く興奮してた。     まだそんな風に振る舞うことの出来るガキだったんだよ、その頃の俺は』 彰利 『……そか。俺の親父は根ッ子からクズだったから、正直羨ましいかもな』 悠介 『よしてくれ。……俺が覚えてるのは本当に、そんな些細なことくらいなんだ。     親父は感情が乏しくて、だけど母さんは活発で元気。     姉さんは物静かだけどやさしくて、俺は悪戯ばっかのクソガキで───。     なにひとつ共通点の無い家族だと思ってた。     でも……俺達は家族をなによりも愛してた。たったひとつの共通点がそれだった。     そんなことを思い出すのにどれだけかかったと思ってる。     しかも、全てを思い出すにも至ってない。     ……そんな記憶を羨ましがられても、申し訳ない気持ちになるだけだ』 彰利 『悠介……』 悠介は俺から視線を外すと、遠くの空を見て溜め息を吐いた。 悠介 『あの人は……俺の中で英雄だった。     あの人の言葉全てが俺の希望であり勇気であり、そして(しるべ)
だった。     ぶっきらぼうで無愛想で……不器用でヘンな人で……。     でも……ああ───そうだ……そうだったんだ。     俺はあの人のことが好きで、なにかを守れるってことに憧れたんだ。     家族を守ることから始まって、絆を守ることに繋がって、     親友の未来や知人を守ることにまで広がった、父さんの導……。     “今さらだ”なんて思われてもよかったんだ。俺は……』 ……ふと、悠介がなにかを創造して、懐かしむようにそれを見下ろした。 やがて息を吹きかけ、空に舞わせたそれは─── 幾つもの綿胞子となって空を飛んでゆく、真っ白なタンポポの種だった。 悠介 『……もっと……あの人と同じ景色を眺めていたかった……───』 俺達は遠くの空を眺める。 いつかそうしたように、朱くはない蒼空を。 そして思うのだ。 自分たちが黄昏空を意識して見上げたのは、いったいいつの頃だっただろうか、と。 ───ゲーム世界に吹く穏やかな風はやまない。 俺達は真っ白なタンポポの種が、風に乗ってどこまでも高く飛び─── やがて真っ白な雲にとけて消えてゆくのを……ただぼんやりと、眺めていた…… 【ケース107:中井出博光/旅人-ガリヴァー-】 ───……。 中井出「ほいっ」 ポシャアンッ!───ピピンッ♪《釣りスキルが0.3上がった!》 とまあそんなわけで、俺達は釣りをしていた。 中井出「静かだ〜……」 藍田 「はぁ〜……たまにゃあこんなのもいいよな〜」 丘野 「まったくだー」 俺、藍田、丘野は釣り糸をたらして釣り。 釣果は……そう悪いほうじゃない。 釣りのコツも大分掴めてきたし、そうすることでスキルも確実に上がっていっていた。 そう……どうせ食うか売るかをするのだ。 それはつまり、なにがなんでも釣ったモン勝ちってこと。 丘野 「忍者アビリティ……知覚感知」 特に丘野二等はアビリティを上手く使用し、 魚がエサに食いつく瞬間を感覚で感じ取っている。 その瞬間に一気に竿を引けば───トパァンッ! 丘野 「よっしゃぁ〜〜〜よっしゃ」 こう、案外簡単に釣れるわけだ。 俺と藍田はもちろんそんなスキルが無いため、じっくりと釣るしかない。 と、こんなことをさっきから続けるに至り─── さっきから少し離れた場所で奮闘してる殊戸瀬が、案外恐ろしかったりする。 殊戸瀬「………」 パシャッ、パシャッ……ゴボシャア!! 殊戸瀬「……単純。所詮エラ呼吸ね」 網いっぱいの小魚を見て不適に笑う殊戸瀬二等。 撒き餌を撒いて、寄ってきた魚を網で一網打尽する方法で、 俺達なんかよりよっぽど多くの釣果(?)を上げていた。 “網スキル”も随分上がり、 なんだかさすが用意周到と言いたくなるくらいの手際の良さだった。 網スキルは魚を取るだけじゃなく、虫取りにも関係してるから一石二鳥ってやつだ。 もちろん虫は調合に使ったり出来る上、 珍しい虫ならコレクターに売りつけることで大金が貰えたりする。 ……ただ、単純性とエラ呼吸はまるで関係無いと、俺は公言したい。 眼鏡の似合う知的美人とは良く言ったもんだが、アレはただ計算高いだけじゃなかろうか。 中井出「はふ〜」 藍田 「ぬふぅ〜」 丘野 「むはぁ〜」 静かな空気が辺りを支配している。 聞こえる小鳥の囀りや、川の流れる音などがこんなにも心地よい。 ……俺は穏やかな心のままに辺りを見渡して、その場に居る仲間を見た。 藍田と丘野は俺と釣りをしていて、殊戸瀬は網で漁業。 麻衣香は魔法スキルを上げるために、初級魔法を唱えたりしている。 木村夏子は……座禅を組み、懸命に意識を集中している。 ナビによって、意思の強さで呪いに打ち勝てる事実を知ったからだ。 なんでも、呪いによって勝手に動く身体を、 自分の強い意志で強引に捻じ伏せることが出来るらしい。 そしてそれが真に至った時、呪い装備にも負けない耐性を得られるんだとか。 だからこの先、呪い付きの武器を手に入れたら呪い状態にはならないらしい。 我らは木村夏子の可能性に賭けている。というか盛大に楽しんでいる。 中井出「静かだ……」 藍田 「これ以上無いってくらい静かだ……」 丘野 「こんなのもいいよなぁ」 藍田二等がドーピングコンソメスープでムキムキマッチョになってからしばらく。 効果時間が尽きるまでは本当に怖かったものだ。 それが今ではこんなに穏やか。 うーむ、やはりゲームはいいもんだ。 ……まあ、そんな事態も、晦や弦月や精霊たちが居れば普通に起こり得るんだから敵わん。 中井出「静かだ……どれ、ここで一曲歌ってみせるか?」 藍田 「おっ、いいねぇ〜」 丘野 「いいけどさ、提督。何歌うんだ?」 中井出「なにってそりゃお前……普通は絶対に歌わないもののほうがいいんじゃないか?」 藍田 「国家とか?」 中井出「意外性に欠けるな……」 藍田 「やさしい風にさそわれて〜、とか歌ってみるか?」 中井出「寒河江市民歌か。藍田って寒河江市出身だっけ?」 藍田 「普通出身地を市で表したりはしないと思うが……」 丘野 「まあまあ。でも確かに市民歌を歌うってのもいいかも」 中井出「つーても普通は自分が生まれ育った場所の歌くらいしか知らんだろ」 丘野 「そうでもないだろ?小学の時に別の場所に居て、     新たに移った場所で歌を知れば───ほれ二曲。     それに俺の母親、市民歌マニアだったから大体の歌は知ってるぞ?」 中井出「市民歌マニアってなんだよ……」 初めて聞いたマニア部類だった。 世の中って広いのか狭いのかイマイチ解らん。 中井出「なんかこう、テンポがいいのに気が抜けるような歌はないのか?」 丘野 「難しい注文だなそれ……。普通の歌で探しても見つからないぞ?」 中井出「うむ。解ってて言った」 藍田 「そりゃどうかと思うぞ」 ともあれ俺達は互い互いに歌だのなんだのを語らいながら釣りに没頭した。 そんなこんなで時は少しずつ流れ、様々な市民歌を丘野二等に教えてもらいながら歌い、 やがて─── 中井出「大きな栗が〜木下で〜♪」 藍田 「ア〜ニ〜タ〜が〜タ〜ワ〜シ〜♪」 丘野 「な〜か〜よ〜く〜遊び魔性〜♪」 三人 『大きな栗は〜木下でぇ〜い♪』 歌は、原中名物替え歌・第三十二楽章:『大きな栗は木下でぃ!!』に差し掛かっていた。 歌の中に出てくる大きな栗は、 実は木下が扮装していたのではないかという伝説を歌ったものである。 この歌の機嫌は『愉快な童話:木下伝』にも載っているものである。 ちなみに木下伝は原中が暇潰しに書いた、一日交代の日記のようなものである。 原中に生きた猛者の記しがそこにあり、木下は確かに大きな栗だったのだ。 何故かアニタが出てきたり、木下が遊び好きの魔性の男だった。 そんな彼が人々を無理矢理魔性に引きずりこもうとする物語だ。 それが、“仲良く遊び魔性”の部分である。 中井出「君津の町〜に逞しく〜♪」 藍田 「明日へのび〜るダムがある〜♪」 丘野 「夜空輝く鹿野〜山♪」 中井出「世界〜を目指〜す小櫃川〜♪」 そして君津市はカオスだった。 歌を聴いていた麻衣香が笑い転げてる。 そしていつから鹿野山は輝く浮遊要塞と化したのだろう。 丘野 「……ダムって伸びるのか?」 藍田 「小櫃川って世界狙ってたのか……」 中井出「鹿野山って夜空に飛んで輝くのか?」 歌の箇所を変えただけでこんなにもカオスになる歌も珍しいと思う。 まあいい。 中井出「あ〜〜〜あ〜我が町は〜♪」 藍田 「き〜みつ〜市〜は〜♪」 丘野 「こころ〜みど〜り〜の〜、わ〜か〜ぁい〜まぁち〜♪」 …………。 藍田 「心が緑で若い町……?」 中井出「町に心があるとは……しかも緑」 やっぱりカオスな町だった。 しかし、市民歌なのに町とは如何に? いや、べつにヘンじゃないか。 とりあえず君津には緑黄色野菜ってあだ名がつけられた。 中井出「……静かに釣りしてるか」 丘野 「そだな……」 結論。 妙な歌は歌うもんじゃない。 楽しければそれはそれでいいわけだが。 中井出「は〜ぁ、いい天気───」 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!! 中井出「……だ?って、なんか聞こえないか?地響きみたいなの」 丘野 「夕暮れや 雷鳴響く 俺の腹」 藍田 「誰も貴様の心の俳句なんて聞きたかない」 なんて遣り取りをしてると、 殊戸瀬も気になったのか麻衣香と木村夏子のところへ行ってなにかを話し掛けている。 なんだろうな、実際。 【ケース108:簾翁みさお/三刀流108煩悩鳳】 ……噂を聞いて訪れてみれば、確かにそこには噂通りの状況があった。 人垣……いや、人の大群が闊歩し、一直線にある場所を目指している。 みさお「ゼットくん、そっちのほうはどう?」 ゼット「聞いた通りというところだろうな。戦争が始まるというのは真実らしい」 みさお「うん……」 王国製の鎧に身を包んだ兵士の大群に、それに混ざるように数人居る冒険者。 目指す場所はトリスタン……通称アンデッドキングダムだ。 みさお「どうしようか。わたしたちも混ざる?」 ゼット「ほうっておけ。俺達には関係が無い」 みさお「こらー。ゼットくんのいけないところだよそれは。     なんですぐ関係無い関係無いって言うの?」 ゼット「……?おかしなことを訊くな。関係無いからだ」 みさお「うぐ……それはそうかもしれないけど」 ゼット「俺から言わせてもらえば、セシルが物事に首を突っ込みすぎなだけだ。     少しは自分を抑える鍛錬でもしたらどうだ?     そこのところは晦を見ているようで複雑だ」 みさお「……ゼットくん?いくらゼットくんでも父さまのことを悪く言うのは───」 ゼット「そんなつもりはさらさらない。お前は少しそういうことに過敏にしすぎだ。     ご機嫌取りのつもりか?ハ、よせ。俺が言うようなことじゃないが、     晦はそんなことをするまでもなくお前を捨てたりはしない」 みさお「………」 ちょっとムッとした。 でもすぐに怒れなかった事実に、わたしは自分を情けなく思った。 みさお「……そうだね。じゃあこの話はおしまい。参加しないならどうしようか」 ゼット「己を高める。いずれこの世界で晦と(まみ)えることになるだろう。     その時、全力でぶつかれるようにだ。     お前がどう思おうが俺は全力で晦とぶつかるぞ」 みさお「……強いと思うよ?この世界に降りてきたっていうのは聞いたけど、     父さまの性格を考えると……相当修行してると思う」 ゼット「望むところだ。相手が弱くては強くなる意味が無い。     ……だからといって、馴れ合いの中で強くなろうとも思わん。     俺は、お前が居てくれればそれでいい」 みさお「〜〜〜〜……」 いきなりなんてことを言い出すんだろう。 わたしは自分が赤面していることをなんとなく自覚しながら、 すぐにそっぽを向いてしまった。 ゼット「……行くか。ここらは五月蝿くて戦闘に集中出来そうにない」 みさお「そ、そうだね……」 先を歩くゼットくんについてゆく。 顔の熱さはてんで引かなかったけど、嬉しいという気持ちもあるから複雑だった。 Next Menu back