11/明日のために今始めよう

 宴が終わり、夜を越えて朝が来る。
 だが呉や蜀のみんなが帰るにはまだ早い今日という日に、俺は城内通路を駆け、ある人物を探していた。……まあその、宝ャを頭に乗っけたままで。
 部屋にも居なかった。兵舎にも居ない。
 ならばと街に繰り出し、いつものと呼ぶには離れすぎていた料理屋へ入ると、店の中を見渡して───凪を発見する。

「凪!」

 その姿を見るや周りの目も気にせずに叫ぶと、真桜、沙和とともに食事中だったその目が俺に向けられる。

「隊長……? ───何事ですか!」

 ただならぬ俺の様子を感じ取ったのか、その表情は真面目そのもの。
 急に身を正した所為で、食べかけだった麻婆豆腐が口の端に少しついているのはご愛嬌ということで。

「凪……お前に、お前にしか出来ないことを頼みたい!」
「自分……私にしか出来ないこと、ですか……?」
「ああ。どうしても凪が必要なんだ……出来れば頷いてほしい」
「隊長……」

 凪の顔がカッと赤くなり、だがすぐにキリッとすると真っ直ぐに俺を見て頷く。

「はっ! この楽文謙、隊長の願いであればどのようなことでも!」

 その目は白馬に乗った王子に焦がれる少女のようでもあり、憧れている誰かに必要とされた瞬間の少女のようでもあり───
 希望に満ち溢れた表情がそこにあり、凪は食事を完全に中断すると自分の分の料金を卓の上に置いて、その場を離れて俺のもとに……

「ちょ、ちょちょちょちょい待ち、凪!」
「そうなの! ちょっと待つのー!」

 ───来る前に、真桜と沙和に捕まった。

「な、凪ぃ? いつの間に隊長とこんな羨ま……羨ましい状況になるようなことしとったん……?」
「……言い直す意味がないぞ、真桜」
「そんなことはどーだっていいの! 隊長となにかするときは三人一緒って言ったのー!」
「せやぁ? やから隊長、凪連れてくゆぅなら漏れなくウチらもついてくで〜」

 真桜がニッと歯を見せながら笑う。
 沙和は沙和で凪を後ろからガッチリとホールドしていて、意地でもついてくる気らしい。

「……いいのか? 痛いかもしれないぞ?」
「うあっ、隊長痛いことするん?」
「いや……痛くないかもしれない。逆に気持ちよかったりするのか?」
「いえ、わたしに訊かれましても」
「なんのことだかさっぱりなの……」

 三者三様。
 共通点といえば、俺の頼みがなんなのかが解ってないことくらい……だよな。
 ってそうだ、俺まだ用件の方をきちんと伝えてなかった。

「えっとな、折り入って相談……じゃないな、教えてもらいたいことがあるんだ」
「教えてもらいたい? ……まさか隊長〜、戻って早々“俺の知らない凪を教えてくれ”とかゆーて《べしっ!》あたっ!」
「ヘンなこと言わないっ! 話がややこしくなるから真桜はここで待機!」
「あぁ〜ん、べつに変なことなんてゆーてへんやぁ〜ん!」
「場所を弁えてくれ頼むから……!」

 叩かれた額をさする真桜に声を潜め、周りを見ながら言ってやると、さすがに「あ……あちゃあ〜……」と言いながら頭を掻くしかなかったようだった。
 そんな真桜の横で、いつの間にか凪を押さえるんじゃなくて抱きついているだけの沙和が言う。

「それでたいちょー? 結局教えてもらいたいことってなんなの?」
「ああ───凪」
「はい、隊長」

 ごくりと息を飲む音がした。
 見れば……どこか緊張しているような、でもなにかに期待しているような風情で俺の言葉を待つ凪。
 べつに引き伸ばす理由もないし、俺は覚悟を決めると凪の両肩を掴み、真剣に言った。

「俺に───俺に“氣”の使い方を教えてくれ!」
「はい!! ………………───はい?」

 顔赤らめた返事から一変、首を傾げて疑問を絞り出すような声が漏れた。
 真桜と沙和がズッコケた理由も解らないまま、ともかく了承を得たことにより、鍛錬は始まったのだった。


───……。


 それからしばらくして、洛陽の中庭には俺と凪と真桜と沙和の姿があった。
 ここで宴があったことなんて忘れられるくらいに、ザッと見ただけでもすっきりと後片付けされたと解る中庭。
 それでも地面に染みついているのか、時折香る酒の匂いに少し苦笑が漏れる。
 こればっかりは大目に見てもらうしかない。さすがに匂いまでは片付けられなかったのだ。
 そんな中庭の中央で準備運動をしている俺と、俺の視線の先に立つ凪。その後ろには真桜と沙和が居る。

「おいっちに、さんっし……───っと。それで凪、氣を練るってどうすればいいんだ?」
「…………《ず〜〜〜ん……》」
「あの……凪さん?」

 料理屋を出てからここまで、やたらと暗い凪は……俺がなにを言っても心ここにアラズといった感じで、時折ぶつぶつと何かを呟いているんだが、声が小さすぎて聞こえない。
 思わず問いかけるように名前を口にするが、それでも暗雲を煮詰めたような暗く重苦しい空気を背負ったまま、返事もしてくれなかった。

「やぁ〜……隊長、今回は隊長が悪いで」
「え? 俺?」
「一年経っても鈍いままなの……」
「えぇ!? おっ……俺が悪いのか!? や、だって……氣の練りかたって他に出来る人知らないし、凪なら誰よりも詳しく教えてくれるって思ったんだけど……」

 ワケも解らないままに自分の気持ちを口にするが、そんな俺に真桜はチッチッチと指を振るい、ニヤリと笑う。

「あー、そらアカンで隊長。もっと細かいとこに目ぇ向けたってくれんと。一年ぶりに会ぅたゆーのに氣の使い方教えてくれ〜なんて、いくら凪でも───」
「自分ならば誰よりも詳しく…………解りました隊長。氣の扱い方、教えさせていただきます」
「ほれみぃ隊長、凪かてうぇええっ!? 凪、それでえぇの!?」
「隊長が必要としてくれているんだ。断る理由は……その、見つからない」
「凪ちゃん、乙女の純情を踏みにじった〜とか言えば理由になるよ? がつんと言ってやるの」
「純情?」

 よく解らんが俺は凪の純情を踏みにじったらしい。いったいいつの間に?
 気になって訊いてみようとしたが、早速凪が説明に入ってしまったので機を逃してしまった。

「隊長。まず知っておいてもらいたいのですが、“氣”は誰の中にでもあるものです」
「誰の中にも……ってことは、俺にも真桜にも沙和にも?」
「はい。体内にある氣を一箇所に集めることが出来るようになるのが、最終目標ということになりますが───まずは自分の中にある氣を感じ取るところから始める必要があります」
「ふむふむ……」

 凪の説明は丁寧だった。
 こんな感じでやればいい、こうしたら解りやすいかもしれません、などなど。
 懸命に俺でもコツが掴めるように、いろいろと助言をくれる。

「大事なのは集中力か。む───……集中、集中……」
「あ、目を閉じるのはやめておいたほうがいいです。目を閉じると意識が耳にいってしまうので、逆に集中が散漫になります」
「う……難しいな」

 それでもやる。
 足を肩幅に開いて、腰をほんの少しだけ落として膝もちょっとだけ曲げて。
 丹田に力を込めて、その力を心臓にまで持っていく感じ……だったか。
 あとは騒音の中で心臓の音を拾えるくらいの集中と、鼓動の音に紛れて聞こえる僅かな音に耳を傾ける……だったよな。

「……………」

 …………。

 ……。


 ───5分後。

「俺……! 五行山で孫悟空助けて天竺目指すよ!」
「隊長、なにゆーとるん?」
「うん……なんでもない……」

 よし落ち着け俺。出来ないならもっと意識を集中させよう。

(………)

 ……違うか。集中しようだなんて考えるな、自然体でいい。
 そもそも集中とか言っても、自分がそうしていることが本当に“集中”という行為なのかさえ解らないんだ。
 だったら余計なことを考えるよりも……自分を失くすように念じる。

「すぅ……はぁ……」

 目は閉じない。
 が、意識は自分の内側へ。
 目に見えるものに意識を囚われず、ひたすらに目には見えない内側へと───……

 …………。

「……隊長〜、隊長〜? ……うわ、すごいで凪。隊長、なにやっても気づかれへん」
「面白いねー。あ、真桜ちゃん、くすぐったらどうなるか試してみるの」
「おっ、そら名案やな〜、くっひひひひひ……!」

 ……。

「う、うぉお……くすぐってもビクともせんで……」
「ねぇ凪ちゃん、これって大丈夫なの?」
「ん……問題はないはずだ。むしろすごい集中力だと思う。これが出来るならあとは……隊長、聞こえますか、隊長」

 ……右肩になにかが触れる。
 自分以外の鼓動がそこから響いてくる。
 自然とそこに意識が向かい、鼓動以外の“なにか”もそこへと向かってゆく。
 …………これが……氣……?

「隊長、私が氣で誘導します。今感じている“違和感”が右手に集まるように、集中を傾けてください」

 右肩からなにかが離れ、次いで右手になにかが触れる。
 途端に右肩に向かっていた“氣”だと思うなにかが右手へと流れていき───

「…………凪? べつになにも起こらへんで?」
「失敗なの?」
「いや……氣は確かに集まってる。集まってるけど…………その。弱すぎて形にならないみたいなんだ」
「あぁらっ!?《ガクッ》ここまできてそれかい……」
「さ、さすが隊長なの……」

 右手に集まるなにかを見たくて、開いているけど何処も見ていなかった目で自分の右手を見る。
 と、光ってるわけでもない、普通の俺の右手がそこにあった。

「…………えーと…………あれ? 失敗?」

 思わず首を傾げる。
 なにかがそこにある感覚は確かに存在するんだが、凪のように燃えるような闘気があるわけでもない。
 不安になって凪、真桜、沙和を見るんだが、何故か真桜がズッコケてた。

「いえ隊長、氣の収束は成功しています。ただ体外に出せるほど、隊長には……その、氣が無いようで……」
「……うわーあ」

 失敗してくれたほうが、いっそ諦めがついた結果だった。
 どこまでも凡人ってことなんだろうか……ああいや、諦めがつかないんだったら氣を高めていけばいいんだよな、うん。

「氣を増やす方法ってあるのか?」
「あるにはありますが、一朝一夕で身に着くものでは……」
「だよなぁ……」

 ……うん、でも氣ってやつを感じることは出来た。
 氣を集めた右手がフワフワと暖かい。
 普段も重力なんて感じないくらいなのに、今は右手だけがやけに軽いようだ。
 暖かい暖かい……………………って、あれ?

「なぁ凪? 右手に氣が集まってるのは解ったんだが、これってどうすれば戻るんだ?」
「あ……そうですね。集めた氣を放たない場合は───」

 そうして始まる凪流氣教室。
 今感じた“違和感”を身体全体に行き渡らせる感覚で集中する……らしいんだが、どうにも“集中”のコツが掴めないでいる。
 一回出来たからって、またすぐに出来るとは限らないってことか。こりゃ難しい。

「沙和や真桜は出来るのか?」
「あー、どないやろー……そらぁウチかて試したことあるねんよ? けど隊長みたく成功したことあらへんもん。螺旋槍は氣ぃで動かしてるねんけど、体内収束なんてよー解らへん」
「沙和は試そうともしてないの」
「そうなのか……」

 言いながらももう一度。
 違和感を全体に逃がす感覚で…………イメージして、集中して……えーと…………。

「《ヒュッ》……おっ」

 右手の暖かさが無くなった。
 どうやら成功してくれたらしく、なんとなく重かったような身体の“だるさ”も無くなった。

「凪は戦闘の中でもこんなことが出来るのか……すごいな」
「いえ、隊長もすぐに出来るようになりますよ。初めてで収束が出来るのは筋がいい証拠です。やはり修行を積んでみては?」
「せやなぁ〜……以前は“暇があったらな”とかゆーて上手く逃げとったし、自分から言い出したんならここは一発、びしーっとやってみたらどーなん?」
「ああ。やる気は充実してるくらいだからさ。教えられることがあったら教えてくれるとありがたい。……けど、まずは自分でどこまで出来るか試してからにするよ。答えばっかりを求めるのは、もうやめにしたんだ」

 この氣の扱い方だって、じいちゃんとの修行の合間に“出来ないもんかなぁ”ってやってみていたもの。
 もちろん俺だけじゃ無理だった。こうして凪に誘導してもらわなければ、“こんな感覚”を掴むことすら出来なかったのだ。
 ちょっと掴んだような気がして、“もしかしてこれが……!?”なんて思って少し嬉しかった時の俺よ……あれは間違いだったようだよ。

「隊長どうしたのー? 遠くの空なんて見つめて」
「いや……うん……馬鹿だったなぁって……」

 しみじみと恥ずかしかったけど、せめて無駄ではなかったと思うことで今後の教訓にしよう。
 恥ずかしさがあれば、もう間違うことはないだろうっていう教訓に。うん。

「ところで隊長? 呉に行くゆーとったけど、氣のことはそれと関係あるん?」
「ん? んー……あるといえばある……かな。ほら、帰って早々に別の国に行くわけだろ? だからさ、魏の誰かからしか得られない“なにか”が欲しかったんだ。すぐに戻ってくるつもりだけど……俺、まだ呉の状況を知らないから、結局はいつ戻れるかも解らないし」
「状況を知らないって、それなのに呉に行くって決めたのー!?」
「う……悪い。でも困ってる人を見捨ててなんておけないだろ?」
「お人好しにも程があんで〜隊長。いくら同盟結んだゆーても、あっちが困ったらあっちへこっちが困ったらこっちへなんて、そんなんやっとったら体壊れんで?」
「うぐ……」

 言葉もない。
 何かを守るためにと立ち上がった俺だけど、そもそもの目的は魏の国へ恩を返すため、魏のみんなを守るためだったはず。
 同盟を組んでいるからって、俺が行かなきゃいけない理由はそこにあるか? って訊かれれば、言葉にも詰まってしまうのが今の俺。
 けど、今……そんな“俺”が求められている。
 天の御遣いって名が今も役に立ってくれるなら、利用でもなんでもしてくれればいい。
 それで誰かが笑ってくれる未来が築けるなら、利用される価値もあるってもんだ。

「……すまん、それでも行くよ。戦が終わって一年経ったのに、まだ“争い”から抜け出せないヤツが居るなら、そいつらに日常ってやつを教えてあげたい」
「日常……ですか?」
「ああ。戦いを常としてた人の中には、戦いこそが己の生き甲斐って思ってる人も居るだろ? 平和になった代償に張り合いを失くす人も居る。霞とかが実際そうだったわけだけど、でも……戦いだけが全てじゃないってこと、教えてやりたい。平和の中にあるちょっとしたことも……意識して見てみれば、そう捨てたもんじゃないんだってこと、教えてやりたい。それと同じように、呉の人達にももっと広い視界で“今”を見てもらいたい」
「ん〜……相手は呉の民なん? 呉の民相手に教えるゆーてもなぁ……具体的にどーするん?」
「ああ。…………実は今もまだ考え中だったりするんだけど……どうしよ」
「だぁ〜ぁあっ!?《ガクッ》そこが一番肝心なとこやで隊長〜!」

 頭を掻きながら言う俺を前に、真桜はまたズッコケていた。
 凪も呆れているのか、目を伏せて小さく息を吐いていた。 

「まあ、自分に出来ることをやっていくしかないんだよな、結局。だからさ、いろんなことを覚えよう、出来るようになろうって思ったんだ。凪に氣のことを教わるのだってもちろんそうだし、それが魏との絆だと思えば離れるのも寂しくないよ」
「……隊長……」
「絆かぁ〜……せやったら隊長、ウチは絡繰のこと教えたる」
「え? いや、それは……」
「ずるいのー! なら沙和は阿蘇阿蘇で覚えたこと、い〜っぱい隊長に教えてあげるのー!」
「真桜も沙和もちょっと落ち着けって。そ、そんないっぺんに覚えられるわけないだろ? な?」
「あ〜〜、ウチそんなん知ら〜ん。“覚えられんなら覚えるまで”って袁術とかにゆーたんは隊長やもん。一度ゆぅた言葉の責任、ちゃあんと実践してみせんと。な〜? た〜いちょ」
「あ、う、うー……! ……手短にお願いします……」

 そして、ぐぅの音も出ない俺が居ました。
 基本的に俺のポジションって、どれだけ強くなっても変わらないのかもしれない……そう思った、とある日の昼下がりであった。





12/しばしの別れ……の前に

 待てって言ったんだ。俺は待てって言った……言ったのに……。

「《きゅごるるらぁ〜……》腹……へったなぁああ……」

 気づけば夜が訪れようとしていた。
 沈みゆく太陽が空を茜色に変えていく中で、考えてみれば朝からなにも食べていないことを懸命に叫ぶ俺の腹。
 なのに凪も真桜も沙和も、途中から混ざった霞も春蘭も秋蘭も、面白がって俺になにかを教えようとした。
 霞は騎馬兵法、春蘭はもちろん剣で、秋蘭は弓だった。
 当然ながらそんないっぺんに出来るはずもなく、懸命に学ぼうとするのも空回りなままに、氣の集中に失敗したり絡繰を壊して怒られたり、意匠なら俺も詳しいぞとうっかり言ってしまって拗ねられたり、馬にくくりつけられ引きずり回されたり、刃引きされた剣でボッコボコにされたり鏃を潰した矢で狙い撃ちされたりと、まあロクな目には遭わなかった。

「はぁ〜あ……」

 ヒリヒリと痛む背中をさする。
 霞に馬で引きずり回された時に痛めた場所だ。
 まさか三国志時代で西部劇みたいなことをされるとは思ってもみなかった。

  “今回だけや……こんなん許すんは、今回だけなんやからな……?”

 思い出すのは、再会を果たしたあの時のこと。
 宴の夜に説明はしたけど、やっぱり納得なんて出来なかったんだろう。
 “一刀のうそつきー! あほー!”と言いながら、縄で縛った俺を引きずり回す霞はとても恐ろしかったです。

「どこにも行かないって言葉に頷いた矢先だもんな……そりゃ怒るさ」

 しかも向かう先が呉だっていうんだから、“天の国まで行って俺を奪い返す”なんて言葉も果たされることがないわけで。
 それが余計に悔しかったのか、俺はちょっとした罪人気分で街の外の草原をゴシャーーーアーーーと滑走させられたのでした。
 服……破れなくてよかった。代わりに頭にあった宝ャは見るも無残にグシャグシャだったが。
 真桜には元の宝ャに戻すようにって厳重注意をしたから、今度こそ大丈夫だろう。
 それよりもだ。

「……今は痛みよりも空腹をなんとかしたい……」

 ところどころに青痣が出来てるけど、空腹の状態で今まで訓練めいたことをやっていたのだ、いい加減限界だ。
 なにを食べようかと考えながら動かす足は、街のほうへと向かっている。
 炒飯、水餃子、拉麺、メンマ丼もいいし……青椒肉絲や麻婆豆腐と白飯もいいな。
 ああ、考えるだけで夢が広がる。へっているお腹がさらにへっていくようだ。

「……よし! 麻婆豆腐に決まりっ! それと白飯!」

 いわゆる麻婆丼である。がっつり食いたいし餃子もつけよう。
 あとは様子を見ながら追加をするのもいいし…………おお、ツバが出てきた。

(絶対大盛りで食おう《ごくり》)

 追加分の料金も頭に入れておかないとな───、……ん? りょ、料金? りょ……料金だろ? りょ……はうあ!

「しまったぁああっ!!」

 心がすっかり麻婆丼の魅力に包まれている中で、気づかなきゃいけないことだけど気づきたくなかったことに気づいてしまった。

「……俺、金持ってないじゃん……」

 ごくり、ってツバ飲んでる場合じゃないだろおい! 魏に戻ってきてから何度泣きたくなれば気が済むんだよ俺ぇええ!!
 そ、そうだ華琳に金を…………え? 借りる? ……華琳に?

「後が怖い。却下」

 少し考えてみればあっさりと出る却下の答え。
 そりゃ事情を話せばくれるとは思うけど、どうしてだろうなあ……あまりいい方向に転ばない気がするのは。

「うぅ……腹へったなぁ……」

 黒檀木刀を杖代わりに歩く姿は、もはや天の御遣いというよりは物乞いのようにも見えたに違いない。
 体作りをしていたとはいえ、空腹の中で氣の集中や剣術鍛錬、加えて弓術や馬術(引きずり回されただけだが)など、体力がどうとか以前にエネルギーの無い状態での無茶がたたり、眩暈さえ起こしていた。
 お陰であっちへフラフラこっちへフラフラ、いっそ倒れてしまえと思えるくらいの状態で………………いや待て、厨房に行けば何かあるんじゃないか?

「そうだ。厨房、行こう」

 歩き始めた足は、もう止まらなかった。
 空腹でも二日くらいは断食できるんじゃないかって思ってた瞬間が、俺にもありました。
 けどそれは大して動かなければの話だ、って思った瞬間が、今ここにあります。

───……。

 厨房に着く前に感じたのはフワリとしたやわらかい香り。
 香りにやわらかいもなにもないだろう、と頭の中でツッコミを入れるけど、カレーというよりはお吸い物、といった感じの……まあ多少の香りの違いを思い浮かべてくれれば十分だ。
 もちろん香ったのはカレーでもお吸い物でもないわけだが。

「…………?」

 フラフラだった足が急に活力を取り戻す。
 しっかりとした足取りとまではいかないものの、歩む足は速度を増し、競歩でも出来るくらいの動きでやがて厨房へ。
 そこでは───

「流琉ー、まだー? ボクお腹すいたよ〜……」
「もう出来るよー。お皿出しておいてくれるー?」
「このおっきいのでいいー?」
「小さいのに分けるから、大きいのはだめだよー」

 料理をしている流琉と、卓の辺りをうろうろと動きつつ皿を用意しようとしている季衣が居た。
 油が跳ねる音に負けないように、少し声を大きくして会話している二人の姿。そして、流琉の手で仕上げられてゆく料理の数々。
 それを目にしたら、言うべき言葉なんて一つしか見い出せなかった。

「流琉……季衣……」

 声を張り出そうとしたのに、喉から漏れるのはか細い声。
 そんな声に自分自身が一番驚きつつも、振り向いてくれた二人に弱りきった笑顔を向け───

「……どうかこの御遣いめにお恵みを……」

 のちに、もっと別に言うこととかあっただろ、と過去の自分にツッコミを入れる俺だったが……人間、余裕がなくなると何を口走るか解ったもんじゃないということだけは、ポカンとする二人を前にしたこの時、ものすご〜く身に染みたのでした。

───……。

 ガッ、カカッ、カッ……モグッ! カカッ……ゴッフゴッフゴッフ……!

「うわあ……」

 卓に着くのを許可された俺は、季衣にも負けない速度と豪快さで食事をとる。
 皿を傾けレンゲを動かし、ご飯を掻き込み、咀嚼しては汁モノで流し込んで、薄味だけど味覚と腹を満たしてゆく味に涙すら流したりして。
 季衣と俺は、それこそ競うように手と顎を動かし、次々と小分けにされた料理を嚥下する。
 そんな光景に流琉だけが口をあんぐりと開け、しかしすぐに笑顔になると、絶妙なタイミングで飲み物を差し出してくれたりした。

「んぐっ、んむっ……はふっ、ふっ……うぁちゃっ!? ふっ……はふはふ……っ!」

 舌を火傷しようが構わず、一心不乱に。
 そんな俺を、卓の反対側に座った流琉は頬杖をしながら見つめていた。
 行儀が悪いとかそんなことさえ気にする余裕もなく、ただただ美味い美味いと言って食う俺を。
 季衣も箸休めとしてか時折に俺を見ると、頬を緩ませて……また料理を口に運ぶ。
 楽しげな会話なんてものはなく、ただレンゲや箸を動かす音、咀嚼や嚥下する音だけがこの場にあった。
 だって、仕方ない。
 宴の席での料理も美味かったけど、これは“流琉”の味だ。
 宴用に作られた料理の中にはもちろん流琉の料理もあっただろうけど、これはいつもの……季衣のために作られた料理だ。
 それを一年ぶりに口にする俺の心は、もう感動でいっぱいだった。

(漫画とかで料理に感動する人の気持ち、そこまで解らなかったけど……)

 それも、今ならハッキリと解る気がした。
 帰ってこれたんだなぁって……ああ、流琉の味だなぁって、いろんな思いが心を満たしていった。
 そうして空腹が満たされていった瞬間、ハタと気づくことがあった。
 俺と季衣ばかりが食べていて、流琉は全然食べていなかったということ。

「あ───流琉、もしかしてこれ……」

 “流琉の分だったんじゃ”って考えに至ったのは、皿に盛られたものをほぼ完食した頃だった。
 皿を見てももう何も無いに等しく、悪いことをしたと思ったんだが───流琉は満面の笑顔で首を横に振った。

「こんなに夢中で食べてくれた兄様に、文句なんて言えませんよ」

 そして、笑顔のままにそう言ってくれる。

「う……すまん」
「いいですってば。……あの、美味しかったですか?」
「ああ、流琉の味だなって……帰ってきたんだなって、改めて思える味だった。また腕あげたか?」
「そ、そんなことは……」
「うんっ、美味しくなったよねー、兄ちゃんっ」
「なー?」
「季衣まで……っ」

 俺と季衣の賛美に顔を赤くしながら俯く流琉に、思わず顔が綻んでゆく。
 懐かしい味と懐かしい“魏”の空気。
 それらを感じていられる今の自分に、よかったな、なんて客観的に言ってやりたい気分になる。

「………」

 口回りにべったりと料理のタレをつけっぱなしの季衣の口を、照れながらも拭ってやる流琉。
 季衣は少し嫌そうにするけど、結局されるがままに拭いてもらうと、皿に少し残っていた料理をペロリと平らげた。
 流琉はそんな季衣を見て「しょうがないなあ」って苦笑をこぼすけど───その苦笑も年季が入っていて、どこか楽しそうだった。
 ……やっぱりいいな、友達ってのいうのは。

(…………友達…………友達か)

 昨夜は宴のあと、寝る間も惜しんで兵のみんなと騒いだ。
 軽く挨拶するような、ささやかな騒ぎではあったけど。
 後片付けを任される代わりに僅かな酒の残りをもらっていいという許可も得たから、みんながそれぞれの部屋などに戻る中、門番をしていたあいつに声をかけて始まる、男ばっかりの騒ぎ……だったけど、その中に友達って呼べる相手は居なかった。
 みんな俺のことを北郷様とか隊長と呼ぶし、仲良くはなれても友達ってところまではいかない感じ。
 男としか出来ない会話っていうのもあるから、欲しいんだけどなぁ……男友達。

(……友達かぁ……───あ)

 二人を眺めながら思考の海に沈んでいた自分が、急に浮上する。

(俺に出来ることって、やっぱりそう多くない。けど───)

 自分で出来ないことを補ってくれる誰かを探すこと。
 何度も何度も思い、そのたびに心に刻んできたことを心の中で復唱する。
 手を繋ぐだけじゃない、繋いだ人と一緒に出来るなにかを探し、見つけていくその全てを国に返してゆく。

(……友達を作っていこう。それこそ、いつまでも絶えることのない“親友”って呼べる人を)

 立場や地位が近しい人じゃなくてもいい。
 民だって兵だって、将だって誰だって、望めばきっと友達になれる。

「よしっ!《がたんっ!》」
「ひあっ?」
「うわっ!? ど、どーしたの兄ちゃん」

 勢いよく席を立つ俺に二人は目を丸くするけど、俺はそんな二人に自然とこぼれる笑み……というよりはニヤケ顔を盛大に振り撒き、

「二人ともっ! ありがとうなっ! 俺、もうちょっと自分で考えてみるよ!」

 礼を言うだけ言うと返事も待たずに走り出す。
 後ろから二人の声が聞こえたが、立ち止まることはしなかった。
 俺にしか出来ないこと。天の御遣いにしかできないこと。雪蓮が“俺を”と望んでくれた答えは、本当に勘なのかもしれないけど───その勘に応えるためにも、出来るだけのことはやろう。
 具体的になにをすればいいのか! ───うん! 解らん!
 でもジッとしていられないならとりあえず走る! 情報が足りてないなら情報を得よう! 情報は足で探す! この世界で得た教訓を生かすためにも、今は手探りででも道を探す!

「まずは雪蓮を探して呉の状況を《バサァッ!》あぅわあああああああっ!!!?」

 勢いよく走り中庭に出て、東屋への道を走っている時だった。
 急に右足首に圧迫感を感じたかと思うと、俺は太い木の枝に逆さ吊り状態に……!

「え……? あ、え……? な、ななななんじゃあこりゃぁあーーーーーーっ!!!」

 あっという間に、太陽にほえるどこぞのジーパンさんのように叫ぶ俺の完成である。
 じゃなくて、なんだこれ───ハッ! 桂花!? まさか桂花か!?

「桂花っ、お前っ! 以前華琳を落とし穴に落としそうになったってのにまだ反省を───!」
「捕らえたにゃーーーっ!」
「とらえたにゃーーーっ!」
「にゃん」
「…………………………ホワイ!?」

 ジワジワと頭に血が上る(……この場合、上るでいいのかは疑問だが)俺を囲むように、なにやらちっこいのが集まってきた!?
 いや………………誰? ってそうだ! 宴の席で恋と一緒になって物凄い勢いで料理を食い荒らしてた───たしか孟獲!
 ……そんな子たちがこんなところにトラップ? しかも捕らえた? …………え? 俺……食われる?

「あ、あのー、これはいったい……」
「? ……おー! おまえ、“うたげ”のときに歌うたってた雄にゃ! なにやってるのにゃ? こんなところで」
「雄言わないっ! それから“なにやってる”は俺の台詞だ!」
「みぃたちお腹がすいたから、猪を獲るつもりだったにゃ!」
「城の中庭に猪が居てたまるかぁっ!! どーすりゃ人間と猪間違えられるんだよ!」
「どかどか勢いよく走ってきてたから猪と間違えたにゃ。もっと静かに走るにゃまったく」
「あれぇ!? 俺が悪いの!?」

 な、なんですかこの理不尽! 俺はただ情報を……ってそうだよ、こんなところで逆さ吊りになってる場合じゃ───

「ここにいないなら場所をかえるにゃ! ミケ! トラ! シャム! いっくにゃーーーっ!!」
「にゃーーーっ!」
「にゃーーーう!」
「……にゃー」

 ───場合、じゃ…………あれ? あ、あれちょっ───待ってぇええええええっ!!!
 そんな勢いよく走っていくことないじゃないかっ……えぇ!? 俺このまま!? ウソ! ウソです! 俺もう猪でいいから下ろし───下ろしてくれぇええええっ!!!

「うぉおお……顔がジンジンしてきた……! だ、だぁああれかぁああああ…………たすけてぇええええ……」

 そうして出鼻を挫かれた俺は、通りすがりの稟に発見されるまでずっと吊るされて───あ、だめっ! 吊るされて、ってべつに新手のプレイじゃないから───アーーーッ! 止めて! 鼻血止めて! 気絶しないでくれ! 助けてぇえええっ!!





13/繋ぐ手二つ

 ───十分な滞在期間をとってから魏を発った呉の人達。
 その中には俺も混ざっていて、魏のみんなに見送られながら呉を目指した。
 今回、一番怒っていたのはやっぱり霞だった。「ほんとに出ていくんかいっ! 約束破ってまでどういう了見やー!」って、虎に間近で吼えられたみたいな迫力があった。
 それでも最後には許してくれることもあって、罪悪感がひしひしと染み込んでくる。

 結局、魏からのお供は誰もなし。
 風がくれた宝ャも無事に元の宝ャに戻り、風の頭の上へと戻る。
 そうなれば当然、連れてゆくことなくお別れということになるわけで。
 そうして呉へ向けて出立した俺は、野を越え山を越え進んでいく。
 やっぱり馬には慣れない自分が居たけど、日本で馬術を練習するわけにもいかなかったんだ、仕方ない。
 危なげに馬に乗りながら、長い道のりを進んでいった。
 道中、自己紹介を……とも思ったんだが、「私は貴様を信用しているわけではない」という孫権の言葉に一同沈黙。
 雪蓮を真名で呼ぶことに怒り出すわ、「なぜこんな男を我が国に!」とか言い出すわ、どうにも孫権には嫌われているようだった。
 陸遜に言わせると「べつに嫌ってるわけじゃないですからぁ〜、安心してくださいね〜?」とのことなんだが。
 結局、自己紹介は本当に軽くした程度で流れていった。
 そりゃあ一年前、じっくりと話をすることが出来たわけじゃないんだから、信用が得られないのは当然といえば当然だけど。
 前途は多難そうだ…………はぁ。


───……。


 さて、そんなわけで───道を進んで国境越えて。やってきました孫呉の地。

「しかし危ないよな……護衛兵とかつけなくてよかったのか?」
「いいのいいの。思春と明命が居れば、奇襲なんて成功しないから。それに……襲ってくる輩自体が少ないからね」

 現在の俺といえば、どうぞと宛がわれた部屋に荷物を置いて、ハフーと息を吐いているところ。
 孫呉の王自らの案内とあって緊張…………を、普通はするものなんだろうが、雪蓮の子供っぽいところを見たあとだと、どうにも緊張するのは難しかった。

「必要なものがあったら言ってね。出来る限り用意させるから」
「ああ大丈夫、必要かなって思い当たったものは適当にバッグに詰めてきたから」

 言って、机の上に置いたバッグを見やる。
 私服に胴着にタオルに木刀、横側のチャックの中には常備用のメモと、シャーペンやボールペン、消しゴムなどが入った筆記用具入れがあった。
 以前トレーニングメニューを考えていた時に使って、そのままだったものだ。
 あとは使いそうにない携帯電話と…………あれ?

「なんだこれ」

 さらに隣のチャックポケットから出てきたものは、ビニール袋に詰められた小さな柿ピーと、“かずピーに柿ピーを進呈。うひゃひゃひゃひゃ 及川”と書かれたメモ。
 ……人がシャワー浴びてる時に、こんなもの詰めてたのかあいつは。

「他には……うあっ、なんだこれ! バッグの底が無理矢理二重底にされてる!」

 掘り出してみれば、あたりめとかチーカマとか、干しホタテとか缶ビール、ワンカップ……飲む気満々じゃないかあのばかっ! 宴会がどうとか言ってた理由はこれかっ! 重かったのは木刀だけの所為じゃなかったんだな!?
 あ、でも缶ビールを開けるのはちょっと怖いかも。走ったり投げ捨てたりしたからなぁこのバッグ。
 ……魏で荷造りしてる時に気づかない俺も相当に馬鹿だが。

「? なにそれ」

 雪蓮も物珍しそうにガサガサと鳴るビニール袋を見て、首を傾げていた。
 そんな雪蓮に、無難に柿ピーを手に取ってみせて言う。

「柿ピーっていって、俺の世界の食べ物だよ。食べてみるか?」
「いいのっ?」

 “いいの”もなにも、返事を返す前からエサを待つ犬状態じゃないか。
 そんな雪蓮に苦笑を漏らしながら、いくつかある柿ピーの一つを開封し、一つ取ったピーナッツを噛みながら「どうぞ」と促す。
 雪蓮はおそるおそる柿の種のほうを指で抓むと……まずそっと舐めて、それからぱくりと口に入れた。

「…………《カリ、コリコリ……》……へぇ……」

 反応は、ふわりと広がる感じの驚き……だろうか。
 美味しかったらしく、次から次へと柿の種を食べてゆく。
 ……こら雪蓮、ピーナッツも食べなさい。

「うんうん、軽い辛さもあって、なんていうかこう……」
「お酒が飲みたくなる?」
「そー、それっ♪ 冥琳ー? めーりーん! お酒持ってきてお酒ー!」
「急ぎの用事があるんじゃなかったのか?」
「えー? 帰ってきたばっかりなのに動く気になんかなれなーい。ね、一刀、お酌してよお酌っ」
「………」

 頭を痛めること数分。
 何処で聞いてたのか、本当にお酒と杯を乗せたお盆を持った周瑜がやってきた。

「あの……周瑜さん? いったい何処で話を聞いてたんですか?」
「なに、部屋の外で聞いていただけだ。ああそれと、堅苦しい喋り方はいいし、冥琳で構わない」
「え? けど」
「魏での雪蓮との会話は、明命を通して私の耳にも届いている。そういうことをした相手だ、あまり遠慮はするな」
「え……」
「王を一人、素性の知れぬ者のもとへ向かわせるわけがないだろう? まあ、帰ってきた明命は興奮冷め遣らぬ風情で、貴様のことを長々と語ってくれたが」

 がたーんと、部屋の外から騒音が響いた。
 なに? と視線を動かしてみると、周瑜が苦笑をこぼしていた。

「会話、って……全部?」
「ああ、ほぼだ。もちろん話だけでは解らないこともあるからな、宴の中ではしばらく貴様の行動を見させてもらっていた」
「………………え〜〜〜っと……雪蓮? 周瑜って……」
「そ。頭が固いのよ。もっと気楽に生きればいいのに」

 ……そうだよなぁ。まさか貴様呼ばわりされるとは思ってもみなかったし。
 そりゃ、王に連れられてきたからハイどうぞって仲良くなれるわけも…………あれ?

「あ、でもちょっと待った。いいのか周瑜、真名を許して」
「なに、構わんさ。言ったろう? 話だけでは解らないこともあると。些細なことで慌てる部分が目に付いたが、悪人になりきれない証拠だろう。無理に平静を装っている者よりもよほどに信用できる」
「う……」

 真正面からの言葉に、少し顔が熱くなるのを感じる。
 ……ちなみに雪蓮はそんな俺などほったらかしで、柿ピーの袋を漁ると…………どう開けるのかと疑問符を浮かべたのちに、力ずくでゴバシャアと引き千切った。
 危うく中身がぶちまかれそうになったが、雪蓮は器用にそれらを受け止めると、たははと笑った。

「さて。それでは改めて名乗るとしよう。姓は周、名は瑜、字は公瑾。真名は冥琳という」
「ああ。姓は北郷、名は一刀───」
「字と真名は無い、だろう? 明命から聞いている。悪いが名前と雪蓮との会話だけならばもう呉の皆に伝わっている。だが貴様……いや。北郷の言う“手を繋ぐこと”をどう広めていくかは、これからお前が決めていけ」
「…………ああ」

 頷きながら自分の右の掌を見下ろす。
 この手でなにを守れるのか、守れるようになるのかは解らないまま。
 でも守りたい、繋ぎたいと思うものはたくさんあるのだから、今は自分を高めることだけに集中しよう。
 それが周りの人の助けになってくれれば、こんなに嬉しいことはない。

「雪蓮はお前を連れてきたが、私はあまりお前に期待はしていない。お前にはなにが出来てなにが出来ないのか、まだまだまるで解らんからな」
「ああ」
「理想に溺れ、失望させてくれるなよ、北郷。期待はしていないが、人柄への信用くらいならばしている。それを増やすも減らすもお前の行動次第だ」
「ん。肝に銘じておくよ」

 理想に溺れるな、か。
 俺にとっては“守るもの”への心だろう。
 日本での一年、俺は魏を守る自分をつくることに身を費やした。
 この世界に再び降りて、“天の御遣い”としての多少の力に気づいた。
 気づいたけど、まだそれだけだ。
 “急に手に入れた力”に頼りすぎれば油断が生まれるし、いつか最大のポカをやらかすかもしれない。
 後悔はしても前を向いていられるようにとも思ったが、その後悔が大きすぎた時、果たして俺は前は向けても立っていられるのだろうか。
 そんなことを小さく考えてから、頭を振って一度思考を掻き消す。
 俺の様子を見ていた周瑜……いや、冥琳は静かに微笑を浮かべていて、雪蓮は祭さんと柿ピーを肴に───祭さん!?

「あの……祭さん? あなたいつの間にこの部屋に……?」
「馬鹿者めが、酒を呑むなら儂を呼ばんか、まったく。しかしこれはなかなかよいのぉ……これはなんという食べ物じゃ」
「“迦忌肥威(かきぴい)”とか言ってたわよ?」
「かきぴい……ふむ、これが天の味というわけじゃな? なかなか興味深い」

 一つずつ抓んで食べるなんてことをせず、小さな袋に細い手を突っ込んで柿ピーを握ると、豪快に口の中に放り込んでバリボリ。
 それを細かく咀嚼したところで酒を流し込むと、なんとも豪快な「ぷはぁっ!」って声が聞けた。
 先ほどまで俺の中にあった緊張感は、すでに霧散済みだ。

「ふぅ……やはり酒は人生の伴侶よ。そうは思わんか、北郷」
「俺はそこまで酒を愛してないから」
「かっ、なんじゃまったく。そこは言葉だけでも頷いておかんか……はぐっ《ポリコリ……》」
「…………ねぇ祭さん」
「《ぐびり……》んぅ?《……ごくっ》……ふはぁ……なんじゃ、呑みたいか?」

 柿ピーをマ゙リ゙モ゙リ゙と重苦しく咀嚼しながら酒で流す。
 そんなことをまたやっていた祭さんに、少し質問を。

「祭さんはさ、酒は好き?」
「うむ、もちろんじゃとも」
「じゃあさ、ここに天の国の酒……発泡酒っていうのがあるんだけど、呑む?」
「《コキーン♪》天の酒じゃとっ!?」

 あ、目が光った。
 俺の言葉には祭さんだけじゃなく、雪蓮も冥琳までもが興味津々といった様子で身を乗り出してくる。
 そんな彼女たちの前に、カコンと生ビールの缶を置く。
 イェビスと書かれたその缶を、三人はほぉお……と身を屈めるようにして見つめていた。

「……小さいのぉ」
「うん、天の国では少しだけ飲みたいってとき用に、大小様々な酒が……ってそれはこの世界でも同じか」

 恐らく忍ばせるためにもあまり大きなものは用意したくなかったんだろう。
 135ml缶のソレを見て、祭さんは少しがっくりとしていた。
 しかし呑みたくないわけじゃないのだろう、缶を逆さにしたりして、「どう呑むんじゃ?」と訊ねてきた。
 俺はそれを祭さんの手から受け取ると、プルトップを引き起こして……まずは“カシュゥウウウ……”と小さく溢れる炭酸を抜き、音が無くなってから缶の口を全部開けると、はい、と祭さんに渡す。

「刺激が強いから気をつけて。あと、ビールはそれしかないから、味わいたい場合はまわし飲みで」
「なんじゃ、みみっちい。しかし“びいる”というのか……」

 そう言いながらも缶の口に口をつけ、一気にグイッと───って、あぁあぁ、そんな一気に飲んだら───!

「んぶっ!? ぶっ! ぐぶぅっ!?《ごくっ───》ぶはっ! げほっ! ごほっ!」
「祭殿!?」
「ちょっと祭!? 大丈夫!?」

 予想通り、炭酸に負けた祭さんが居た。それでも飲み下すのはさすがと言えばいいのか呆れればいいのか……。
 さらに予想通りに、冥琳が俺をキッと睨んでくる。 

「大丈夫、毒とかじゃないから」

 そう言って、祭さんの手からするりと取ったビールを呑んでみせる。
 ……一応、缶の口には口をつけないように。

「刺激が強いから一気に呑むと危ないんだ、これ。ていうか祭さん、刺激が強いから気をつけてって言ったのに」
「げほっ……! む、むう……けほっ、すまんな、これほどとは……こほっ」

 片目を閉じ、苦しそうに咳を繰り返す祭さん。
 地面に片膝でもついてたら、思わず駆け寄ってしまうくらいに苦しそうだった。

「じゃあ祭さんにはこっちのワンカップを。大量生産目的の酒だから、味は保証できないけど」
「…………」
「……? ……あ、あー……大丈夫大丈夫、刺激はほとんどないから」
「そ、そうか? いや、儂はべつに恐れていたわけではなくてじゃな───公瑾! 笑うでないわ!」

 雪蓮も冥琳も危険はないのだと知ると、威圧的な気配を引っ込めてくれる。
 それどころかもう祭さんの反応に笑うことが出来るほどに、気分を切り替えていた。

「びーるねぇ……一刀、ちょっと飲ませてもらっていい?」
「ああ。慣れないと喉に厳しいかもしれないから、まずは舌で刺激に慣れるといいかも」
「ん、んー…………わ、ぴりってくる。《くぴっ……》……ん、んんーんん……」

 じっくりゆっくりとビールと格闘する雪蓮。
 その様子はまるでソムリエだが……喉がこくりと動くと、ちょっとしぶい顔をした。

「……なんかこう、苦い感じ? それと口の中に入れると……びびっとして膨張するみたいな……」
「慣れてる人だと、その苦さと刺激がいいんだってさ。喉を通るときの感触が“呑んだ〜”って感じにしてくれるらしくて。舌で味わって呑むんじゃなくて、喉で味わうって言われてるくらいだ」
「喉で……ふーん。ね、冥琳、やってみて?」
「……雪蓮? なぜそこで私に振る」
「えー? だって痛いの怖いし」
「だから。その痛いものをなぜ私に奨めるのかと訊いているんだ、雪蓮」
「………」
「………」
「じゃ、半分にしよー♪」
「どうあっても飲ませたいのだな……」

 どこまでも楽しげな雪蓮を前に、冥琳はがっくりと項垂れた。
 気持ちは解るんだけど、ここで気安く“気持ちは解るよ〜”とか言うには、年季が違う気がするのでやめといた。

「ふむ……なんというかこう、味気のない酒じゃの」

 祭さんはといえば、ワンカップをそれでもソロソロと飲み、刺激がないことに安心するとクピクピと呑んでいた。
 感想がそれなら、まあ上出来なのかもしれない。不味いとか言われたらどうしようかと思ってたくらいだ。

「もっとこう、燃えるような味が欲しかったんじゃがの……」
「ごめん祭さん、そういうのはちょっと無いみたいだ。酒はこっちの世界ので我慢してもらうとして、これなんかどうかな」

 あたりめとチーカマ(一口サイズ)の封を開けて、まずは自分で食べてみせる。
 先に毒味役を買って出ないとまた冥琳に睨まれそうだったから、というのは伏せておくけど。
 このツマミには三人とも驚いていて、何か言いたげだったようだけど……それでも食べて、目を輝かせてくれた。

「………」

 そうしてささやかだけど急に始まった酒宴を前に、俺は席を外して部屋の外へ。
 出てすぐに横を見やれば、

「はぅわっ!? あ、えと、これはそのっ!」

 壁に張り付いて固まっている周泰が居た。

「はぅ、う、あ、ぁああ〜〜……」

 その後ろには……呂蒙 (だったよな)が居て、出てきた俺を慌てた様子で見て───

「ししししし失礼しました〜〜〜っ……!!」
「へあっ!? あ、亞莎!? 亞莎ーーーっ!」

 いたずらごとがバレた子供のように顔を両手で覆うと、ゴシャーと走り去ってしまう。
 ……さて、ここに一歩遅れたために逃げる機会を失った少女が居らっしゃるわけですが。

「………」
「………」
「えっと……周泰、でよかったよな?」
「は、はいっ、姓は周、名は泰、字は幼平ですっ」
「………」
「………」
「隠密行動が得意……?」
「はいっ」
「………」
「………」

 壁に張り付いていた姿を思い浮かべると、素直に頷けないのはどうしてだろう。
 さすがにもう壁からは離れて、呂蒙が走っていった通路の先をちらちらと見ているけど。
 でもとりあえずは。

「もう知ってるだろうけど、俺は北郷一刀。今日からしばらくここで厄介になることになったんだ、よろしく」
「はい……」
「………」
「………」

 沈黙。視線をあちこちに彷徨わせては、なにかを必死に考えているような感じ……かな?
 まあ……急にやってきて、孫呉をどうにかするとか言ったって胡散臭いことこの上ないだろう。
 俺にだって正直、なにが出来るのかなんて解らないんだから。
 そんなヤツと急に一対一で向かい合えば言葉にも詰まる。……少しショックだけど。

「あの……御遣い様」
「様!? えと、ごめん、出来れば北郷か一刀かで呼んでほしいんだけど……」
「は、はいっ! では…………一刀様」
(あ……やっぱり様はつけるんだ……)

 そんなことを思っていると、周泰が右手を伸ばしてくる。
 なにをするのかと緊張が走ったけど、その手は途中で止まって……周泰の目はもう彷徨わず、真っ直ぐに俺を見上げていた。

「周泰?」
「町外れの川でのお話、聞いてました。宴の最中もずっとです。……その、勝手に聞いてごめんなさいでしたっ」
「ああ、それはいいよ、仕方ない。俺だって華琳が一人で素性の知れないヤツのところに行くってことになれば、誰かしらに頼んで監視してもらうと思う。雪蓮が望んでくれたとはいえ、どう貢献してくれるのかとかって……やっぱり気になるもんな」
「うう、そうですか……そう言っていただけると……」

 申し訳無さそうに、叱られる前の子供のように目を瞑る周泰。
 ……なんとなく感じてはいたけど、もしかして……

「それでですね、あの……私、思いました。一刀様は本当に魏の皆さんのことを大切に思ってるんだって。振り回されても怒られても、笑って受け入れてました。そんな一刀様だから、雪蓮様も手をお取りになったんだって」

 喋っているうちに、どんどんと語気に熱がこもっていく。
 気づけば“フスー!”と興奮したように鼻で息をして、ハッと気づくと顔を赤くしてしぼんでいった。
 コロコロと変わる表情を見て、きっと素は元気な子なんだろうなって予想がつく。

「で、ですからそのっ……雪蓮様がそうしたように、あの……私も一刀様の手を取りたいですっ! 一刀様が歌っていたみたいに、みんながいつまでも友達で居れば、きっと毎日がお祭りですっ! 同盟が組まれて、戦いらしい戦いもなくなった今、私にはなにが出来るのかって……その、ずっと考えてました。でも思いつかなくて……で、ですからっ」
「───」

 一生懸命に言葉を探しながら言ってくれる周泰。
 その慌てた風な真っ直ぐさに、自然と笑みがこぼれる。
 だから俺は手を伸ばし、返事をする前にその手をやさしく握った。
 途端に「ふぇうわっ!?」ってヘンな声を出してたけど、その手が振りほどかれることはなく。
 俺はそのことに少し安堵してから、言葉を紡いだ。

「あの……一刀様?」
「うん、よろしく周泰。正直俺にどこまで、なにが出来るのかなんてのは解らないけどさ。向けられる期待には応えられるように頑張るから───俺でよければ友達になってくれるかな。一人じゃ出来ないことも、みんなが手を取って向かえばなんとかなるよ」
「……《ぱああっ……》はいっ! いつまでも絶えることなく友達で、ですねっ!」

 握った右手に左手を重ね、周泰は花が咲くくらいの笑顔を見せてくれた。
 そこにはもう戸惑った感じも言葉を探す様子もなく、ただただ真っ直ぐな笑顔があった。

(……ああ、やっぱりこの子、いい子だ)

 なんとなく感じていた程度だったけど、国のためにやっていた監視めいたことを本人に謝るなんて、なかなか出来ない。
 知らない国に来て、こんな笑顔を見せてくれる子が居るなんて……ああやばい、思ってたより俺も緊張してたのかな……ホロリときてしまった。

「一刀様?」
「あ、あぁいや……なんでもない」

 左手で少し滲んだ涙を吹いて、はふぅと息を吐く。
 頑張らないとな……たぶん周泰は雪蓮との話に関心を持ってくれただけだ。
 その関心が感心になってくれるように頑張らなきゃ、ここに居る俺はただの邪魔者だ。

(繋いだ手に報いるために───)

 うん、と頷く。
 そうしてからまず呉を案内してもらおうかな、と思ったところで…………通路の先の柱の影から物凄い目付きで俺を睨んでいる姿に気づく。
 思わず身が竦みそうになるけど……えっと、あれ呂蒙……だよな?
 宴の時はエプロンドレスみたいなのを着てたけど、今はこう……“ああ中華”って感じの…………あれってチャイナ服って言っていいのか?
 どちらかというとキョンシーを思い出してしまうんだが、サイズが合ってないのかあれで合ってるのか、余りまくってる袖の長さが彼女の容姿にぴったりに見えて、可愛らしい。

(うーーーわーーー、睨まれてる睨まれてる)

 そんな子に睨まれてる俺って……うう、ちょっとヘコむ……。

「……? あ。あーーーしぇーーーっ!」
「うわっ!? ちょ、周泰!?」

 俺の視線に気づいたのか、呂蒙のほうへと振り向いた周泰は……握っていた俺の手を離すと、自分の手を大きく上げて呂蒙を呼ぶ。
 俺はといえば、あんな目で睨まれるようななにかをしてしまったのかと、心がざわめくのを止められないでいる。

(そ、そうだよな、急に来て孫呉に貢献するとか言われても……“よそ者がなんば言いよっとか!”って感じなんだろうな……)

 いや、だとしてもここで退いたらなんのために手を握ったのか解らない。
 俺は一度胸をノックすると真っ直ぐに呂蒙を見て、通路の先へと歩いていく。
 周泰も同じくそうして歩いて……ふと、小さな違和感に気づく。

(……あれ? 結構近くに来たのに……)

 呂蒙は一点を睨んだまま、鋭い目付きで視線を動かそうとしない。
 今では俺の胸あたりを睨んでいる感じになっているんだが……

「あの、呂蒙?」
「ひゃうゎあぁああっ!!?」
「うぉわぁああっ!!?」

 なにかがおかしいと感じて声をかけてみれば、目を見開いて叫ぶ呂蒙。
 そして俺の目を今ようやく見ると、初めてそこに俺が居たことに気づいたみたいに慌てて…………あれ? もしかして……

(……なぁ周泰。もしかして呂蒙って……)
(はい。ものすご〜〜く目が悪いんです)
(ああ……やっぱり……)

 そりゃ、目付きも鋭くなるよなぁ。
 よかった……本当によかった、俺が嫌われてるんじゃなくて……。
 この大陸に戻ってからというもの、あの宴の日だけでいろいろなことがあったから、ちょっと心が挫けかけてた。
 ……けど、まあ。俺が嫌われていない確証なんてのはやっぱりないわけで、もしかしたら本当に睨まれていたんじゃないかと思うと、少し切ない。

「あ、ぁあああぁの、そのっ……すすすすいませっ……」

 でもこの、国宝級の壷を割ってしまったかのように謝る呂蒙を前に、その“もしかしたら”が崩れていった。
 “嫌う”っていう行為を簡単に出来る子じゃないって、そう思えてしまった。
 むしろこんなふうに謝らせて、俺のほうが悪いことをしてしまった気分にさえなってしまう。
 いやむしろ俺、謝られるようなことされたっけ……?

「その、呂蒙? 俺……謝られる覚えがないんだけど……」
「いぃいいえいえいえいえ!! そのわたっ……わたひっ……聞き耳なんて立ててっ……」
「あ」

 あー……そういえばそうだった。
 がたーんって音が鳴ってから気になってたけど、あれってあの部屋に俺が入ってから、ずっと聞き耳を立ててたってことだよな。
 たぶん、冥琳と一緒に。
 冥琳の場合は雪蓮のことが気になってのことかもしれないけど、そこは俺がまだ完全に信用されてないってことで納得しよう。
 周泰と呂蒙が聞き耳立ててた理由だって、それで十分だ。

「気にしてないよ。信用に至らないのはまだまだしょうがない。お互い、戦ったあとは大した面識もないままだったんだ。一緒に居る雪蓮を心配するのは当たり前だよ」
「あ……う……」

 ……あ、しまった。
 信用って部分を気にしてたのか、今の言葉で落ち込んでしまった。
 でも、ここで嘘を言っても仕方ない。

「あの……えっとさ。完全な信頼なんて……その。そんなにすぐに受け取れるものだなんて思ってない。だから、これは本当に仕方ない。でも、信頼関係はこれから作っていけるし、信頼してもらえるように頑張るからさ。だから……」

 ああそっか、周泰もこんな感じだったのか。
 言葉を探しながら口にして、でも嘘は言いたくないからもっと探して、手を差し伸べて……。
 ちらりと見れば、俺と呂蒙の間から一歩離れた横で、にこにこ微笑む周泰が居る。
 そんな彼女の勇気を少し眩しく思いながら、口にする。

「俺でよかったら、友達になってください」

 急に信頼を得るなんてことは無理だ。
 俺はまだ、彼女たちに……この国の人達になにもしてやれていない。
 それでも“雪蓮様が認めたならば”という小さな友好に頼ることで、今はまだ友達から。
 俺はまだまだ弱いから、今は頼らせてもらおう。
 いつか自分が強くなれたら、その恩を返すために。

「ふ……ぅううえぇええええっ!!? とととっととと友達っ、ですかっ……!? わわ私なんかとっ……!?」
「いや……なんでそこまで驚かれるのか解らないけど……うん、友達。いきなり信用してくれなんて言えないから、まずはお互いを知る努力をしよう。知ろうともしないで嫌ったり嫌われたりするのって、きっと辛いだろうから」
「ぁう……」

 俺がそう言うと、呂蒙は長い長い服の袖で目を隠す。
 恥ずかしがってるのかと思ったけど……どうやらそうじゃないらしい。

「御遣い様っ! その言葉、本当ですかっ!?」
「え? あ、ああ、そりゃあもちろん……って、一刀でいいって言ってるのに……」

 対して周泰は胸の前でぱちんっと両手を合わせて満面の笑み。
 すぐに呂蒙の後ろに回ると、呂蒙の腕を掴んで隠している瞳を強引に露にする。

「明命!? ななななにをっ……」
「一刀様っ、一刀様は亞莎の目、怖いって思いますかっ?」
「目?」

 言われてみて、目線を合わせるように少し屈み、その目を覗いてみる。
 すぐに彼女の腕が持ち上がり、隠そうとするけど周泰がそれを許さない。
 そうやってじ〜〜っと見てみても、確かに最初は睨まれてるのかな……って思ったけど……

「わ、私はその……目付きが悪く、人を不快に───」
「綺麗な目だよ。カッコイイくらいだ」
「そうです、私の目はかっこい───ぃいいえぇええっ!!? どどっ、どこがっ……ですか……っ!? だって、街の人も慣れてくれるまでみんなっ……!」
「綺麗な目、してるぞ? いかにも軍師〜って感じで。これは目付きが悪いんじゃなくて、整ってるって言うんだよ。……俺は、格好いいし可愛い目だと思うけどな」
「かっ───《ぐぼんっ!》」

 スッと、本音だということをしっかり伝えるために、彼女のすぐ目の前で目を覗きこんで言う。
 ……うん、やっぱり綺麗な目だ。
 そんな目が驚きを孕んで、同時に顔が真っ赤になるもんだから、ついおかしくて微笑んでしまう。
 途端にますます呂蒙の顔が赤くなったが……はて?
 なんて思っていると、俺の言葉に満足したのか周泰の手は呂蒙の腕から離れて、再び胸の前でぱちんっと合わさる。

「亞莎の目付きは悪くなんかないですっ! 御遣い様のお墨付きですっ!」
「や、だから一刀でいいって……」
「〜〜〜……っ……」

 ……えーと、呂蒙の顔が異常なほどに赤いんだけど……だ、大丈夫……だよな?
 って、いつまでも間近で見てたら失礼……ていうか困るよな、うん。
 そう思って瞳を覗きこむのをやめて、少し離れる。
 そうするとようやくといった感じに長い長い息を吐いて、呂蒙は目を白黒させていた。
 もしかして息止めてた? 深呼吸とか始めてしまいましたが。

(………)

 そんな彼女がとりあえず落ち着くまで、ニコニコ笑顔の周泰とともに待つ。
 やがて、顔はやっぱり赤いままだけど、少しは落ち着いてくれたらしい彼女が俺を見上げてから……俺は改めて手を差し出す。
 すると俺がなにかを言うよりも先に、おずおずとだけど差し出された手が、俺の手と繋がってくれた。
 ……袖が長すぎて、袖越しだったけど。

「北郷一刀。改めてよろしく、呂蒙」
「りょ、呂蒙子明ですっ……! あっ、せ、姓が呂で……!」

 慌てた感じに自己紹介をしてくれる呂蒙を、くすぐったい気分で見守った。
 焦ることなく、ちゃんと言ってくれるまで。
 そうしてからハッと気づいて、自分もちゃんと姓と名に分けて名乗る。
 道中自己紹介はしたけど、それでも友達になるなら、って笑い合って。
 ……まあ、周泰は笑顔でいてくれたけど、呂蒙は袖で顔を隠しっぱなしだったのはこれからの信用次第……ってことでいいのかな。
 まだまだ真名が許されるほどの信頼でもないんだ、もっとじっくりと知り合っていけばいい。
 そうした会話を終えたのち、二人に城内の案内を頼み、歩いて回った。
 「あそこは入ったらいけません」とか「この東屋はゆっくりしたい時には最高です」とか、主に周泰が喋ってたけど。
 呂蒙もべつに居心地悪くするわけでもなく、時々チラチラと俺のほうを見ては、目が合うと袖で顔を隠していた。
 ……癖……なのかな、あの顔を隠すのは。
 もしかしたら、人見知りする子なのかもしれない。

(……男が苦手とか?)

 ……あるかも。
 やっぱり少しヘコみながら、俺は案内されるがままに呉の景色を堪能していった。
 はぁ……本当に、前途多難だ……。




第四話をお届けします、凍傷です。 誤字チェックは目が疲れます……お陰で視力が落ちた気さえします。 では今回もネタ曝しを。  *俺にもありました  ボクシングには蹴り技がない……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。  バキより。結構有名なんでしょうか。ユリー=チャコフスキーさんはどうなったんだろう。  *なんじゃあこりゃあぁあっ!  太陽にほえろのジーパン刑事。  草薙くんがカメラのCMで真似してたけど、“なんじゃこりゃあ〜”ではなく、“なんじゃあこりゃあああ!”だと思うんですよ。  *ツバが出てきた。絶対大盛りで食おう《ごくり》  孤独のグルメより。  何故か周りの人にジロジロ見られているゴローちゃん。  *ん?りょ、料金?りょ、料金だろ?りょ……  ん?ろ、六人?ろ、六人だろ?ろ……。  セクシーコマンドー外伝、すごいよマサルさんより、野球編のトレパン。 編集終了。 続いて五話目に参ります。 Next Top Back