14/御遣いさんの騒がしい日々

 呉国建業での暮らしが始まった。
 目まぐるしく過ぎていく時間の中で、自分に出来ることをと躍起になればなるほど、何事も上手くいかない現状がある。
 そんな中でも日課は日課ということで、今日も今日とて胴着姿で修行をする。

「ふぅううんぬっ……ぉおおおおおっ!!!」
「勝ちましたっ!」
「お、おぉおっ……」

 準備運動を終わらせ、まずは走りこみ。
 周泰とともに城の城壁の上を三周……なのだが、一度たりとも勝てない俺がいる。
 監視をしていた彼女を誘ったのがそもそもで、最初は中庭でどうだと言ったんだが……自分の仕事をほったらかしにするわけにはいかないという物凄い説得力の前に、だったら城壁をぐるりと走ろうってことに。
 「それなら監視も出来るだろ?」って、少し強引な誘いに頷いてくれた周泰に感謝し、それをすでに3セット……なのだが、一度も勝てない。
 速い……速いよ周泰……。

「はっ……はぁあ……速いな、周泰っ……はぁ……」
「はいっ! でも一刀様もすごいです。こんなに走ったのに、そんなに呼吸を乱してません」
「はぁ…………ふぅう………………うん。一応、そういった修行ばっかりしてたから。……今の場合、御遣いの力に依るところが多そうだけど」
「?」
「ああいや、なんでもないよ」

 心臓に負担をかけない程度に深く呼吸をして、ゆっくり息を吐くと呼吸はもう安定していた。
 いやぁ……走ったなぁ……。ここまで走ったのってどれくらいぶりだろ。
 一口に城壁と言っても、その広さは学校のグラウンドの比じゃない。
 恐ろしく広いし、奥に行けば行くほど低い段差があったり壁まがいの段差もあったりと、もし一周するだけにしても、性質の悪い障害物競走みたいなものを味わえる場所だった。
 それを計9周。呼吸は安定させることが出来ても、結構足にきていた。

(それに比べて……)

 周泰は武装状態で軽く俺に勝ってみせた。
 その速さに、乱れぬ呼吸に、素直に感心する。
 嫉妬なんてするはずもなく、自分に出来ないことをしてみせるその姿を、素直に凄いと思えたのだ。
 ……走ってる最中、周泰の刀の鞘の先に小さな車輪があることに気づいて───思わず噴き出し、呼吸を乱してしまったことは内緒だが。
 少女の体躯に似合わず、長い刀を使ってるよな。斜にしないと背負えないくらいで……その長さは野太刀のそれよりもよっぽど長い。
 いや、それよりも……斜にしないとってことは周泰の背よりも長いってことで───えと。抜けるのか? これ。
 ……深く考えないようにしよう。

「よし、じゃあ次は素振りだな。周泰はどうする?」
「はいっ、私は監視を続けますっ」
「そっか。邪魔してごめんな?」
「いえいえです! 一刀様はお友達ですから、またいつでもお声をかけてくださいです!」
「………《じぃん……》」

 いい子だ……!
 桂花に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい……! そうすれば素直で真面目ですっごくいい子に……“華琳の前でだけ”なりつつ、俺には罠とか仕掛けるんだろなぁ。だって桂花だし。

(そう考えると、周泰はなんていい子で……!)

 そんな些細な感動を胸に、拳を握り締めながら目を閉じ空を仰いでいると、周泰が動く気配。
 目を開けてみれば、城壁から眺められる景色の一点をビシッと見つめたまま、動かなくなる周泰。
 …………動いたと思ったら停止だ。しかし、よ〜〜く見ていると……ほんの少しずつ、顔が右から左へと動いていっていた。
 蟻の子一匹の行動さえも見分けられそうな監視というかなんというか……───あれ?

「…………?」

 その顔が、ふいに緩む。
 とろけるような甘い顔になり、しかし目を閉じぶんぶんっと首を横に振ると、またキッと監視を始め………………一度過ぎた方向をちらりと見ると、またくにゃりと緩む周泰の顔。

「周泰?」
「はぅわっ!?」
「うぉおうっ!?」

 声をかけた途端に悲鳴めいた声が返事として返ってきた。
 まさかそんな声が返ってくるとは思わなかった俺は引け腰のヘンテコな格好で固まり、周泰はそんな俺を見て驚いた顔のまま首を傾げていた。

「え、えっと……なに? あっちの方見て顔を緩ませてたけど……」
「あぅあっ……! いえべつになななにもっ、おねこさまなんて見てませんですっ、はいっ!」
「おねこさま?」
「はうっ……!」

 自分の言葉を復唱されるや、顔を真っ赤にして俯く周泰。
 この子、嘘がつけない性質なんだろうか……いっそ哀れだ。哀れなんだけど……可愛いって思えてしまう。
 しかしおねこさま……おねこさまね。言葉そのままに受け取るなら“猫”のことでいいんだよな。

(ここから見える猫っていったら…………あ、居た)

 城壁の上からひょいと眺めてみれば、眼下に広がる景色の先、城下町の片隅の日向で丸くなっている猫を発見。
 時折もぞもぞと動いては、ハッとなにかに気づいたかのように目を開け、体勢をごろごろと変えつつ頭を地面にこすりつけていた。

「…………」

 その姿を認めてから、もう一度ちらりと隣を見る。

「…………《ほやぁ〜〜……》」

 胸の前で手を合わせた周泰が、とろける笑顔でその姿を眺めていた。
 あの……周泰さん? 監視は?

(……ハッ!? まさか監視って、猫の……!?)

 いやいやそんな馬鹿な。
 ……声をかけてみようとも思ったが───うん、幸せな時間を邪魔しちゃ悪いよな。中庭に降りて素振りをしよう。
 そう思い、静かにその場をあとにした。


───……。


 ルフォッ! ───ヒュッ、ヒュフォッ……ヒュボッ!

「ふぅうう……はぁああ……!」

 素振りを開始して2分、イメージトレーニングを始めて+2分。
 時計が無いから適当だが、一通りの準備運動目的の行動をこなすと、木刀を低く構えて深呼吸。
 走るのと木刀を振り回すのとでは使う筋肉が違うために、念入りにやっておかないと筋を痛める。
 そのための、力をあまり込めない運動もひと段落。
 温まった体の熱さを内側に閉じ込めるような感覚で、深く深く呼吸をしてゆく。

「……シッ!」

 それが終わると再びイメージトレーニング。
 三日ごとの日課……これを日課と呼んでいいのかはべつとして、毎度の如く春蘭の幻影と戦う。
 幸いなことに、イメージトレーニングの相手に華雄が加わったから少しは立ち回りも変えられる。
 ……春蘭とのイメージだと、逃げてる俺を追い回すイメージとしか戦えないから。

(あ)

 そこで気づく。
 結局華雄との戦いも、躱しまくっていたために鮮明なイメージなんて出来ないってことに。
 ……いい、だったらせめて、攻撃の速さと攻撃の重み。それらを大袈裟にするくらいのイメージでやっていこう。


───……。


 ず〜〜〜ん…………

「勝てねぇ……」

 10分後、息を切らして落ち込む俺の姿があった。
 全ての攻撃を受け止め、弾き、躱し……様々なパターンを織り交ぜてみても、自分が勝つ都合のいいイメージが生み出せなかった。
 なまじ本気でぶつかったから解る相手の実力。
 躱して、疲れさせていく行動がどれほど効果があったのか、痛感しているところです。

「い、いやいや、いつかは追いつく! 今はまだまだだけど、いつか……!」

 ならばと次へ。
 呼吸を整えてから、乱れている心を鎮め、胴着の上をはだけてから氣の鍛錬へ。
 鍛錬以前に扱い方がまだ完全じゃないために、まずは氣の流れを掴むことから、なわけだが。

「…………」

 凪に誘導してもらったときの感覚を思い出しながら、ゆっくりとゆっくりと、慎重に……。

「……右手」

 全身にあるものを右手に流すイメージ。…………失敗。

「あれっ!? たしかこうやって……」

 足を肩幅に開いて、腰を少し落とし、重心を下へ下へと……!

「己を無くしてひたすらに集中を《つつっ》ほうわぁあああああああっ!!!?」

 集中が自分の内側に行きかけていたとき、俺の背中を襲う謎の感触。

「なななぁああななななにっ!?」

 自分でもなにを言っているのかと呆れるくらいに素っ頓狂な声を出しながら、背中を襲った寒気のする感触を確かめるべく後方へと振り向く。
 と……

「ぅぇっ……!?」

 ちっこいの……いやもとい、孫家の三女さん、孫尚香……だったよな? が、居た。
 彼女は人差し指を怪しく、俺を指差す……とはまた違った感じに立てており…………“にこり”とたとえるにはあまりに可愛さがない妖艶な笑みを見せると……って、え?

「……今、背中つついた? ……えと、孫尚香……だっけ?」
「だって一刀ってば呼んでも気づいてくれないんだもん。せっかくシャオが声をかけてあげてるのに」
「え? 呼んでたのか? あ〜……わ、悪い、ちょっと集中してて」

 孫尚香。
 孫家の三女さん(史実では異母妹だったっけ?)にして、……おてんば娘って言葉がよく似合っている娘さん。
 軽くした自己紹介の時のことを思い出すと、あまり笑えないのはどうしてかな……。

「そ、それで……えと、孫尚香?」
「もーっ! “小蓮”! それかシャオって呼ぶようにって言ったでしょー!?」
「いや、だってな、孫尚香……“俺”って人間をまだよく知りもしないのに、真名をあっさり許すのはどうかと思うぞ……?」

 一言で言うなら背伸びをしたがっている子供……だろうか。
 自分は子供ではない、と言い張る姿がすでに子供なのだが、言ったら噛み付かれそうなので口が裂けても言えません。
 ああ…………俺って弱いなぁ…………いろいろな意味で。

「呼びかた云々はこれからの関係次第ってことでっ! そそそれで孫尚香!? どーしたんだ急に背中をくすぐったりしてっ!」
「やぁだ〜一刀ったら、これからの関係だなんて〜!」
「………」

 カミサマ……タスケテ……。
 コノコ、僕ノ話シ全然聞イテクレナイノ……。
 くねくねと動く少女を前に、頭を抱えてうずくまりそうになる。
 お願いです、話を聞いて、返事をしてくれる……ただそれだけでいいんです、それだけをしてください。
 自己紹介の時も終始このパターンで、散々振り回された挙句に“気に入った”発言である。
 どこらへんが気に入られたのかが、実はまだ解ってなかったりするんだが───

「なぁ、孫尚香? 俺のどこを気に入ったんだ? 自分で言うのもなんだけど、一目で気に入れる部分があるとは思えないんだけど」
「え〜? んふふ〜、内緒〜♪」
「内緒!? いやいやいや、内緒にするほどのことなのかっ!?」
「大人の女性は秘密が多いほうが魅力的なの。それより聞いてよ一刀、お姉ちゃんたち、酷いんだよ〜?」
「いやあの……是非俺の言葉も聞いてほしいんですけど……」

 鍛錬の途中だったっていうのに左腕に絡み付いてくる感触に、もういっそ泣きたくなる。
 見下ろせば、体全体で抱き付くようにして俺の左腕に腕を絡め、まっすぐに俺を見上げながら声を投げてくる孫尚香。
 ……真っ直ぐなんだけど、掴み所が難しい。

「ちょっと一刀〜! 聞いてるの〜!?」
「聞いてるよ。雪蓮と孫権が国のための話をしてるのに、自分を混ぜてくれないんだろ?」
「…………えへー《にこー》」
「?」

 ちゃんと聞いてた言葉に言葉を返すと、どうしてか孫尚香は笑顔になる。
 なにが嬉しかったのかな……と考えていると、抱き締めるように絡めている俺の腕をさらにぎゅうっと抱き締めて……あ、柔らか───じゃなくてっ!

「そそそれでどうしたんだっ!? 俺なんかのところに来たって、俺は鍛錬中だし───」
「一刀ってば照れちゃって〜、可愛い〜♪」
「照れてません!」
「えへ♪ べつに一刀に用があったわけじゃないよ? ただ一刀ならシャオの話、ちゃんと最後まで聞いてくれるって思ったから」
「…………それだけ?」

 俺の言葉に、抱き付いている俺の腕に頬を擦り付けることで返す孫尚香。
 それは返事って言えるのかは解らないけど、僅かだけど確かな信頼を寄せられている気がした。

(その信用を増やすも減らすも俺次第、か……)

 冥琳に言われたことを思い出す。
 続いて、“孫尚香にとっての俺への信頼ってなんだろうか”と考える。
 ……話を最後まで聞いてあげること? それともちゃんと女性として向かい合って話をすること?

(………)

 機嫌よく、こしこしと腕に頬を滑らせる孫尚香を見下ろす。
 この地には来たばっかりで、なにが合ってるのか間違っているのかなんて解らないけど───
 自分の態度で誰かが機嫌よく微笑んでくれるのは、少なくとも間違いなんかじゃないって思える。
 気に入ったって思ってくれるなら、今はそれに甘えようか。
 相手が許してくれているのに真名を呼ばないのは、逆に失礼かもしれない。
 でもその前に───

「な、孫尚香」
「んう? なぁに?」

 抱きついたままの孫尚香を連れ、置いてあるバッグへと歩く。
 そこから取り出したタオルで優しくコシコシと頬を拭ってやる。

「ぷあっ、んむっ……!? か、一刀……?」
「汗ついただろ? だめだぞ、せっかくの綺麗な顔なのに……汗臭くなるだろ?」
「……? べつに一刀、汗臭くないよ?」
「それは渇いてないからだ。そりゃ、そこまで臭くなるとは思わないけど……あとでちゃんと顔洗うんだぞ〜?」

 言いながら頭を撫でると、何故かぷく〜〜っと膨れていく孫尚香の頬。
 ああ、続く言葉が簡単に予想できた。

「みんなすぐそうやってシャオを子供扱いしてー!」
「大人の女性は子供扱いされても笑って流します」

 だから即答で言葉を返した。
 すると続く言葉が咄嗟に思い浮かばなかったのか、「はぅぐっ」って、ヘンな声が孫尚香の口から漏れた。

「大人の女性って自負するなら、まずは動じない心を持たないとな。……でもさ、孫尚香。子供で居られる内は子供で居たほうがいいぞ? 無理して背伸びして、早いうちから壁にぶつかると……世の中が怖くなって立てなくなっちまう」
「立てなく? ん〜……なにそれ」
「背伸びなんて、するだけ無駄だって話。大人になるならさ、もっと静かに、自然になればいいよ。守られてる内は守られてていいんだ。俺の師匠からの受け売りだけど、間違いじゃないって思えるよ」
「………」

 じーーーっと、孫尚香が俺の目を覗いてくる。
 それを見つめ返しながら、頬を拭いていたタオルをそのまま孫尚香の頭にパサリと被せるように手放すと、元の位置に戻って再び氣の鍛錬へ。

「ねぇ一刀?」
「んー? お……ど、どうした?」

 そんな俺に声をかけるのは、少しだけ困った顔をした孫尚香。
 あれ? 何事? と首を傾げつつ返すと、

「一刀は壁っていうのにぶつかったことがあるの?」

 と訊いてきた。
 壁……壁かぁ。

「なぁ孫尚香。大人ってなんだと思う?」
「大人? ……やぁだ一刀〜! 女の子の口からそんなこと言わせ───」
「違いますよ!? そういうことを言ってるんじゃなくて!!」
「そういうって、一刀はどんなこと想像したの〜?」
「イィエェッ!? ベベベツにナニも!?」

 雪蓮さん!? 貴女自分の妹にどういったご教育をなさってて!?
 今の顔、子供が出来る顔じゃなくってよ!?

「ごほんっ! え、えーとなんの話だったっけ」
「一刀が魏の人とどれだけ寝たかだよ?」
「あ、そうだったな───ってそんなわけないだろっ!! 大人の話だ大人の話っ!」
「…………《ポッ》」
「頬を赤らめるなぁあーーーーーーーっ!!! ───ハッ!? 視線……って呂蒙!? いや違っ……! これはそういう話じゃなくって……! しょ、書物運んでるの!? どうぞ続けて、ねっ!? あとでちゃんと説明するから───いやウソ今説明させて! 赤い顔してそっぽ向かないでちょっと待ってよ! あれ!? 視力悪いんじゃなかったっけ!? え? 声だけで十分? あ、そ、そうですよねー……ってこらっ、孫尚香もこんなときに抱き付くのは───やめてぇええっ!! 誤解が誤解を生んでここに居られなくなっちゃうぅううっ!!」

 前略華琳様───え? 略すな? え、えぇと本日はお日柄もよく……略! いいだろべつにっ!
 ……如何お過ごしでしょうか。僕は元気です。元気では居ます。はい……元気だけが取り柄みたいな感じです。
 孫呉の皆様はパワフルですね。胸囲とかもパワ……いえ、なんでもありません。
 先日(本日だけど)、修行……ああいや、鍛錬中に孫尚香に襲われました。
 なんでも話をきちんと聞いてくれるところが気に入ったとかで、やたらとぶつかってきます。
 ぶつかられると延々と話の相手をさせられ、鍛錬どころではありません。
 こちらの話は流されがちですが、それでも嫌とは言えず、ちゃんと向かい合ってみると面白い子だということが判明。思っていたよりもずっといい子です。
 ……そんなふうに考えていた時期が……俺にもありました。


───……。


 ……と、脳内手紙を華琳に出し終えたのち、現実に戻ってみれば……

「北郷……貴様は曹魏からの大切な客人だ……だが! だからといって小蓮をかどわかし、おおぉおおおとっ、おとととっ……! おとっ、大人の話がどうとかなどとっ!!」

 ただいま、中庭に正座させられた僕の前には孫権さんが居ます。
 宴の時、華琳にやらされてたのを見て、これが罰になるんだと思っているようで……。
 いや、正座は望むところだよ? こう、修行してた頃を思い出して気が引き締まるし。
 引き締まるんだけどさ……───なんで怒られてるんだろ、俺……。

「あ、あーのー……孫権さん? 雪蓮と」
「っ!《ギンッ!》」
「ヒィッ!? あ、あー……その、えぇっ……とぉお……!? ───あっ、そ、孫策……と、大事な話、してたんじゃっ……!?」
「そんなことはどうでもいい!」
「は、はいぃっ!」

 ……うん、とりあえず結論。
 孫呉の人、基本的に僕の話を聞いてくれません。
 この場合は話を逸らそうとした俺が悪いんだろうけど、それ以前に俺の話を聞いてくれないし……。
 孫権は高貴な者の心得を実践して見せているだけだって陸遜は言うけど……これ、思い切り嫌われてるんじゃないのか?
 いや、今はまず誤解を解くところからだ。孫尚香は孫権が来るや逃走しちゃうし、呂蒙もいつの間にか居なくなってるし…………あれ? 視線を感じ───ってうぉおっ!!?

(甘寧!? なんであんなところに……!)

 中庭の中央から見える休憩所。
 その柱の影から、顔半分だけを出して“ゴゴゴゴ……!”と睨むお方がおりました。
 ……うん、とりあえず逃げられないってことだけはよ〜〜〜く解った気がします。

「あの……もう一度確認していいかな……。なんで俺、怒られてるの……?」
「貴様が我が妹、小蓮をたぶらかそうとしたからでしょう!?」

 あ。なんか今、素で怒られたって感じがした。
 どうしてかなって考えてみて、そういえば今の言葉だけは、“でしょう”って……王族としてじゃなく、孫権としての言葉だったからかな……って思った。
 相変わらず“貴様”呼ばわりだけど。

「ん……とりあえず、まずはちゃんと聞いて。誤解があるから解かせてほしい」
「誤解などないっ! 曹魏の客人だからと、姉様が認めたからと容認していればこのようなっ───」
「……聞いてくれ。な? “王族だ”って自負するなら、まずはどんな声も耳にしてやれる自分であってほしい。感情任せに怒鳴ったら、起こさないで済む諍いも起こるよ」
「うぐっ……」

 正座をしながら、なによりもまず自分を落ち着かせて一言。
 偉そうに言っておいて、たぶん自分が一番ドキドキしてる。
 王族に王族としての態度を説くなんて、よほどの馬鹿じゃないと出来ない、というかやらない。
 けど、一番近くでとは言わないまでも、華琳の傍で彼女の凛々しさ、“王としての然”を見てきた。そんな俺だから、一言くらいは許してほしい。
 ……華琳もあれで結構、人の話を“最後まで”聞いてくれなかったけどさ。

「ん……」

 深呼吸をひとつ。
 心を引き締めて、俺を見下ろすその目を真っ直ぐに見上げ、言を繋ぐ。

「まず孫尚香のことだけど、俺はかどわかしたりしてないし、信頼に背くようなことをするつもりもないよ。むしろ、ここで鍛錬をしてた俺を構ってきたのは孫尚香なんだ」
「………それを証明する者は?」
「周泰がきっと。監視をしてても見ていてくれたって信じてる」
「………」

 孫権が城壁の上の周泰を見上げる。
 俺の向きからじゃあ見えないけど、頷いてくれていることを信じよう。
 勝手な俺の信頼だ、見てなかったとしても、がっくりするのが俺だけで済むなら十分だ。……がっくりするだけで済めばいいけど。……済むよね?

「では、その……大人の話、というのはどう説明つける?」
「孫尚香との話の途中で出た言葉だよ。自分はもう大人だって言い張る孫尚香に、じゃあ大人ってなんなんだろうな、って……そういう話をしたんだ。そしたら孫尚香が頬を染めて、って……そういうことなんだけど」
「………」
「………」

 視線が交差する。
 虚言を許さぬと言わんばかりの眼光が俺の目を貫くように射抜き、けれどいつか雪蓮にも返したように、息は飲んでも視線だけは逸らさずに。
 しばらくすると孫権は盛大な溜め息を吐いて、何事か考えるような仕草なのか、胸の下で腕を組んだ。
 するとまるで、故意にではないのだろうが胸を強調するような格好に───って落ち着け北郷一刀! 視線は目だ! 目に向けろ! 我が身、我が意思、我が心は曹魏にあり! 遠く離れた地で、しかも同盟国でオイタをしたりしたら……かかか華琳になにをされるか……!
 修行に明け暮れる一年間、魏のみを想い、なんというかこう……夜の一人遊びも我慢してきたんじゃないか!
 一年耐えられたならばこれから先も耐えられる! 信念に生きよ! 北郷一刀!

「《キリッ!》……信じてもらえるかな」

 心に一本の太い芯を突き刺す。
 欲を捨てなさい北郷一刀……貴方はこれより僧となるのです。
 と、ととと友となる者に性欲を向けるなど……!

(……魏の種馬って言葉……否定出来ない自分が悲しい……)

 いつか呉の種馬になって華琳に殺されないよう、自分を戒めていこう。
 こういうのはちゃんとお互いの同意の下で……あれ? じゃあ相手がいいって言ったら俺───いやいやいや!!

「……嘘を吐いているようには見えないわ。けど、私はまだ貴様という男を……───? なんだ、頭を抱え込んだりして」
「ナンデモアリマセンヨ!?」

 手を出す!? とんでもない! 同意の下だろうがそんなことをしてみろっ! 魏のみんなになにをされるか……!
 命までとったりしない……と願いたいけど、最悪、今までの生を共にしてきた相棒と永遠の別れを……!
 「節操のない馬には去勢が必要でしょう?」とか言ってズブシャアアって……───

「ア、アワ……アワワワ……!!《ガタタタタタタ……!》」
「ちょ、ちょっと……!? 顔が真っ青よ!? 体も震えているし……!」
「なななななんでもありませんっ! ごめんなさいごめんなさいっ! でも僕本当に鍛錬してただけなんです! 僕っ……う、うわぁああああああんっ!!!」
「えっ!? あ、待───思春っ!」
「はっ!」

 想像が行きすぎた俺は、目の前に立つ孫権に何度も頭を下げ、立ち上がるや逃走した。
 耐えろ……耐えるんだ北郷一刀! 魏に帰るその時まで、耐えてみせるんだ!
 じいちゃん……俺、清く正しく美しく生きるよ!




15/かずと とらとであう縁

 ブフォンッ! ブフォンッ!! ヒュッ……フフォンッ!!

(煩悩退散煩悩退散……! 我が相棒を守るため、今こそ一刀よ……忍耐を試されん時!)

 城壁の上に逃げ込んだ俺は、周泰が居る場所とはほぼ反対側に立ち、木刀を振るっていた。
 頭の中から女性に対する煩悩を消すため、ひたすらに剣の道へと没頭する。
 そもそも俺は甘えていたのだ。
 魏のみんなが好いてくれるから、好き合っているのならなんの問題があるだろう、なんて。
 日本では一夫多妻制度なんてない。結婚するわけじゃないんだからいいじゃないか、なんて話でもない。
 ここは日本じゃないんだから、なんて言葉だってただの甘えだ。
 確かに俺はみんなを愛している。魏のみんなを、魏国そのものを愛している。
 だが、だからといってそのままでいいのか?
 この世界ではいいかもしれないが───

(〜〜〜っ……だから消えろってぇえええっ!!)

 煩悩を消そうとして思考の渦に囚われてちゃ世話ないだろ!
 ああそうだ! 開き直るならこの世界でならそれも許されるだろうさ!
 けど、許されるからって誰にもかれにも手を出して、俺はそれでいいのかっ!?
 俺が強くなるって決めたのは魏国のためだ! その魏国から離れた場所で、魏国の者ではない人にそういう感情抱いて!
 待て待て待て! そもそもそうなること前提で考えること自体がおかしいだろっ!
 だめだ! ここで一年間の禁欲生活のツケが来たのか、頭の中がピンク色だ!

(煩悩めぇえっ!! 死ねぇええええええっ!!!)

 木刀を振るう振るう振るう!!
 汗を散らしながら、頭が真っ白になるまでただひたすらに!
 集中しろ集中……! 剣術、剣術、剣術……! 頭の中を剣術でいっぱいにしろ……!

(…………はうっ)

 ぐおおおおっ! 頭の中でイケナイ妄想が!
 だだだだだ大体っ! 呉国の人達は露出度高すぎなんだっ!
 細いのに胸大きいし、キレイだし可愛いしいい子だし───……ていうか孫権って……下着つけてるように見えないんだけど、ってうあぁあああ! 消えろ消えろ消えろぉおっ!!

(殺す! 今日一日かけて、この煩悩……屠り去ってくれる!!)

 カッと見開いた瞳に賭けるは我が相棒の命運! 覚悟を決めろ、北郷一刀!
 ───さあ、勝負だ煩悩! 俺は今日一日かけて、貴様に打ち勝ってやるからな!

───……。

 ブンッ! ブンッ───ズルゥッ!

「う、ぉおっ!?」

 手から木刀がすっぽ抜ける。
 気づけば手からは握力と呼べるものは無くなっていて、拾おうとしてもずるりと抜け落ちてしまった。
 それだけ振っても煩悩は消えてくれない。

「だったら───」

 ならば次は氣の鍛錬。
 どっしりと構え、両手に気を集中させる行為に没頭する。

───……。

 失敗、失敗、成功、失敗……!
 誰かの視線を感じるが、それを確認する余裕すらないままに氣の鍛錬を続けた。
 失敗なぞものともしない。そもそもなかなか出来ないことをやろうとしているんだ、いちいち挫けてたらいつまで経っても上達しない。

───……。

 誰かに食事に誘われた気がした。
 それを丁寧に断り、さらに没頭する。

───……。

 辺りが暗くなった。
 時々しか成功しない。

───……。

 真っ暗になった。
 誰かにいろいろ言われた気がしたけど、気にしている余裕がない。あと少しでなにかが掴めそうなんだ。

───……。

 チリッ……と体の中で何かが弾け───少しだけ、氣の流れを感じた。

───……。

 虫の鳴く声が聞こえる。
 辺りは完全に真っ暗……な気がする。
 見回りだろうか、時折誰かに声をかけられるが、あとちょっと、あとちょっとだから……

───……。

 チッ───と、右手人差し指の先で氣が弾けた。
 途端に苦労が身を結んだ喜びに、煩悩が吹き飛んでいく。
 氣……氣だ! 今、ほんの僅かだけど体外放出に成功した! やった……やったよ凪! 俺、やれたよ!

───……。

 ハッと気づけば朝だった。
 朝日が昇ってゆく様を呆然と眺め、それと同時に……俺は新たな自分へと生まれ変わる瞬間というのを味わっていた。

(………)

 スッ───と意識を自分の深淵に沈めるイメージを働かせる。
 次にその意識を右手に集中させてみると、そこへと氣が流れる感触がジワジワと伝わる。
 ……次いで呉の人達の姿を思い浮かべてみるが───いやらしい考えなど働かなかった。
 湧き出すのは同盟へ贈る信頼の心と、友達へ向ける信頼。
 それらが俺の心を、朝陽とともに暖かくしてくれた。

(…………我、極めたり)

 朝陽に一礼を送り、はだけていた胴着を正す。
 そうしてから、置いたままだった木刀を拾うと歩きだす。
 なにやら掛け替えの無いものを失くしてしまった喪失感に襲われるが、今はこのままで。

「……よし───、……?」

 ふと、ずっと俺を見ていた誰かの視線が消える。
 視線は感じてたけど、気にする余裕がなかったソレが、ふと。

「……?」

 首を捻りながら城壁を歩き、階段を降りてゆく。
 今さらだけど盛大に鳴り始めた腹に苦笑を漏らし、これからのことを考えながら。


───……。


 風呂を自分の都合だけで使わせてもらうわけにもいかず、小川まで歩くとそこで水浴びをする。
 徹夜での集中がこたえたのか、少し頭がボウっとしている。
 そんな頭を、小川の冷たい水で顔を洗うことでスッキリさせ、大きく深呼吸した。

「すぅ……はぁああ……!!」

 自然の香りが肺を満たしてゆく。
 小川も綺麗だし緑も多くあり、こういった場所の空気自体が日本のソレとは明らかに違っていた。
 ほんの一年前までは血で血を洗うような争いをしていたっていうのに、今じゃ血の匂いなんて少しもしない。

「………」

 孫尚香の顔を拭いてあげたタオルを一度水に浸し、それで体をこすっていく。
 川下で水飲んでる人とかが居ないことを願いつつ。
 ───そうした小さなことに笑むことが出来る時代が、ほんの一年前から始まった。
 それはきっと、みんなが喜んでいいことなんだろう。
 もう誰も死ぬことなんてない、家族が家族として一緒に居られる。そういう時代が来たんだ。

「でも……」

 でも。そのために散っていった人達のことを忘れていいはずもない。
 最後の戦いさえ切り抜けられれば生きていられた人だって、きっとたくさん居た。
 きっとこれが最後なんだからと戦に出た若者だって居たかもしれない。
 そうした人達の意思の先にあるこの平和を、俺達は全力で大事にしていかなければ……死んだ人達の意思が無駄になる。
 そこまで考えて、ふと疑問が湧いてくる。

「……呉の民たちは、どうして騒ぎを起こすんだろうな……」

 雪蓮から聞いた話でしかない。
 騒ぎを起こす人が後を絶たないから、それを治める手伝いをしてくれと言われた。
 呉を、内側から変えてほしいと。

「雪蓮たちに出来なくて、俺に出来ることって……なんだろう」

 小さく呟く。
 体を拭きながら考えてみたけど、結局……汗を流し終えても、私服に身を包んで一息ついても、その答えは見つからなかった。

「不満がある……? それとも、負けた上での同盟なんて嫌だった……とか?」

 呉はプライドが高そうな感じはするけど、それって誰かの命よりも優先させなきゃいけないことなのかな。
 いや、違うよな。民たちはどっちかって言えば、終戦を望んでいたはずだよ。
 じゃあ…………

(………もし。もし俺が、民の立場だったら)

 民の立場で頭を回転させてみる。
 そうだ、雪蓮や冥琳が王として軍師として頭を働かせるなら、日本では一般市民にすぎない俺は……民側の視点で物事を見ることだけは長けている。
 雪蓮だってそういうのは得意そう……というか、街に降りて民と笑い合ったりしてる場面とか見たことがある分、十分得意なんだろうけど。
 でも、雪蓮は戦いを知っている。戦いなんて終わっていた国に産まれた俺とは、そこに違いがある。
 だから……考えろ。もっと、戦をしない人、戦を恐れる者の視点で。

「………」

 …………。

(あ───)

 深く考えて、チリ……と頭に引っかかるものを引っ張り上げる。
 それはとても簡単なことで、だけど戦いってものを、覚悟ってものを知った俺がどれだけ考えても届きそうになかったもの。

(もし……三国が同盟を組むことで戦が終わるのなら、どうしてもっと早くにそう出来なかったんだ、って……きっと思う)

 でもそれは。三国がこの大陸に影響を与えられるくらいにまで大きくならなければ、到底成立させることができなかったもの。
 そして、そこまで大きくなった国が今さら話し合いだけで同盟を組めるほど、当時の民達の、将達の期待は薄いものじゃあなかったはずだ。

  ───ここまで来たのなら、己の手で天下を。

 そう思い、誰かに譲るだの三国が手を取って天下を手にするだの、そんなことをしようだなんて思う者は居なかったはずだ。
 だから誰も気づけない。
 同盟を組むことで世が平和になるって結果が今ここにあるのなら、どうして息子が、家族が死ぬ前に同盟を結べなかったのかという民たちの嘆き。
 民達が知るのは“結果”だけであり、そこに至るまでにどれほどの苦しみや苦渋の決断があったのか……それをその目で確認することができないままに今、平和の只中に居る。
 勝ってくださいと王に願うのと同時に、我が子に死んでほしいと願う親なんて居ない。
 本当は戦が起こらないのが一番だってことくらい、みんな知ってるんだ。
 だけどやっぱり理屈をどれだけ並べたところで、死んだ者は、その人と築いてきた日々は帰ってきはしないのだ。
 もし、そんな行き場の無い悲しみが、さっさと同盟を結ぼうとしなかった王へと向けられているために騒ぎが起きているのなら───

「…………そっか」

 たぶんだけど、そう間違ってはいない。
 雪蓮は“内側から変えてほしい”って言った。
 それはきっと、王や軍師の視点からではなく、もっと内側から。

「……雪蓮はたぶん、民が騒ぎを起こす理由を知っているんだな……」

 でもそれを力で押さえつけても意味がない。
 だから内側から変えてほしい、って…………そっか。

「まだ何をどうすればいいのかなんて解らないけど───」

 予想にすぎないけど、まだ“戦”ってものに囚われている誰かが居る。
 そんな人たちをこの“平和”に引きずり下ろして一緒に笑うため、頑張ってみよう。
 騒ぎを起こす人が本当に予想通りの理由で騒ぎを起こしているというのなら、教えてあげたいことがある。
 それを伝えるためならたとえ泥をかぶっても後悔はしないという覚悟を、今この場で、ドンッとノックした胸に刻む。

「うんっ」

 濡れたままの髪の毛を乱暴に拭いて、バッと前を見る。
 まずは情報を集めよう。そうしてから──────あれ?

「…………《ごしごし……》…………あれ?」

 ……バッと見た視界に、想像だにしなかったモノが映ってる。
 目をこすってみても消えてくれないソレは、のっしのっしと森の奥から歩いてきて……「コルルル……!」と喉を鳴らした。

「───」

 マテ。百歩譲ってパンダは頷こう。
 うん、中国っていったらパンダ〜って感じ、するし。ああそれは頷こうじゃないか。

(それがなぜ城近くの森に生息していて、今まさに俺を目指してのっしのっしと歩いてきてるんだ!?)

 自分の中でいろいろと方程式を組み立ててみた。
 ……ああ、無駄だったさ。

(ど、どうする……比喩とかじゃなく、間違い無く俺を見て、俺に向かって来てるんだが……!?)

 戦う……!? 木刀はあるが木刀で勝てる相手なのかそもそもっ……!
 じゃあ逃げる!? パンダって鈍足なイメージあるし……あ、でも一応クマ科なんだっけ? ヒグマあたりは時速50kmとかで走るとか言うし……ってそれじゃあ逃げられないじゃないかよ!
 ああくそ、こんなことになるならパンダの疾走速度とかも勉強しとくんだったなぁ、それが解るだけでも行動の範囲が広がるっていうのに。
 逃げられないならやっぱり戦う? はいそこ、無茶言わない。たとえここでウル○ラマンセ○ンの歌が流れたって勝てるもんか。

(い、いや、パンダの足は遅いのだと信じよう。今は逃げ……)
「グルルルルルルッ」
(───)

 いや無理無理無理っ! あれパンダじゃないよ! クマ科っていうか、パンダっぽい色の体毛を持って産まれた熊そのものだよ! だってなんか黒の部分が薄いもん!
 あれ? でもどうして首に金色の輪っかみたいなのつけてるんでしょうか。ハッ!? もしかして誰かの飼いパンダ!? ……パンダって飼えるの!?

(どどどど動物園のパンダは檻に入れているだけであって、飼ってるとは言わないよな!? 懐いてもいないだろうものを飼ってるとかって言えるのか!? いやそれを言えば鳥とかだってそうだし、あぁあああああっ!!)

 近づいてくる! 落ち着け! 落ち着けるかっ!! ってセルフツッコミしてる場合じゃないっ!
 逃げる! 俺もう逃げるよ!? 相手が速いか遅いかなんて二分の一! だったらこのまま突っ立っているよりも走ることを選ぶ!

(覚悟……完了───!)

 胸をドンッとノックして心の準備を完了させる。
 そうしてからまず地面に落ちていた木の枝をゆっくりと拾い、それを逃走予定ルートとは別の方向へと投げて、パンダ(色の熊?)の注意を引く。───刹那にダァアッシュ!!

「グルッ!?」

 当然ながら、急に動き出した俺に敏感なる反応を見せるパンダ。
 城までのペース配分なんぞ考える余裕もなく、ただひたすらに全力疾走する俺。
 追って来ているのか来ていないのか……そんなことを確認する余裕なんてあるはずもなく、ただただ足を動かし、森を抜けることのみを目標に───!

(速く……速く、もっと速く……!!)

 足を動かす動かす動かす!
 足に意識を集中させ、より速く、もっと速くと強く願う。
 ───その時だ。
 足に集中がいきすぎたのか、両足に氣が集っていくと───足が軽くなり、走る速度が急激に上昇。
 いきなりの事態に転げそうになるが、なんとか体勢を立て直しながらなおも走る。

「う、えっ……!? はぁっ……これって……はっ、はぁっ───!」

 足が驚くほど軽い。
 そして、驚くほどの速度で細かく動き、しかし歩幅は変わらないままにグングンと地面を蹴っていく。
 こんな状況だ、原理を細かに分析している余裕も当然無いわけだが、感謝だけなら出来る。

(ありがとう凪っ……! お前に氣を習ってよかった!)

 遠い地に居る彼女に心の中で礼を叫び、地面を蹴る蹴る蹴る───!
 森の景色が倍速で映像を流すみたいに流れていき、やがてザアッ……と遮蔽物なく陽の光が降り注ぐ場所へと抜けた───まさにその時!

  ゾザァッ───!

「へ?」

 同時に、木々や茂みを挟んだ右側の景色から飛び出る、白と黒のコントラストが栄える存在。
 四足で走るソレは、茂みを突っ切ったのか体のあちらこちらに葉をくっつけながらも、走る俺を凝視していて───

「うぉおおおおおおおおっ!!?」

 虎……虎ッ!? どう見ても虎ッ! ホワイトタイガー!!
 ホワイッ!? パパパパンダが虎に進化した!? 中国のパンダは人を追う際、虎に変身できるの!?
 だってほらっ! 首にパンダがつけていたものと同じ金の輪をつけてるし!
 いやっ! だめっ! 近づいたらメッ! 美味しくないよ俺っ! そんなぴったりついてこないで!

(否! 横に並んだだけなら、左側に走れば差は───!)

 そうと決まれば行動は速いものだった。
 ジリジリと距離を詰める虎に大して背を向けると、そのまま疾駆。
 さらなる氣の集中を意識して、今出せる俺の全力を以って、この危機的状況からの脱出を───って! うわぁもう横に並ばれた!

「速ぁああああああっ!!?」

 虎の時速ってどれくらいだったっけ!? たしか80kmとかって───勝てるかぁああっ!!
 あっ! やめてっ! それ以上、いけないっ! それ以上近づいたら! あ、あっ、あ───!


       ギャアーーーーーーーー…………───





16/どれだけ煩悩を殺したところで自然体でソレをしてしまうから種馬なんだってことを自覚していない御遣い様

 目の前が賑やかだった。

「あははははははは! あははははははっ! あっはっ……ぷははははははは!!」

 場所は城の中庭の端の休憩所。
 ここから見下ろせる中庭では、先ほどまで死闘を繰り広げた相手である白虎とパンダ(熊猫)が寝そべっている。虎を周々、熊猫を善々というらしい。
 聞いてみれば呆れた話であり、どちらも呉に住まう護衛役みたいなものなのだとか。
 なのに襲われたと勘違いして必死の抵抗をした俺と、“いつまでも一人で居るな、危ねぇだろうが”とばかりに俺を連れ帰ろうとした周々と善々。
 少ない氣を全力で行使しての一大バトルはしばらく続き、いつしか息を乱しながらニヤリと笑う、心を許し合った僕らが居ました。……いや、俺正直泣き出しそうだったけどさ。
 そんなこともあって、握手は出来なかったけど虎と熱い友情を築き上げた俺は、その背に乗って城に戻り……そこで雪蓮とばったり。現在に至る。
 で、中庭から視線を戻してみれば、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に座り、笑い転げている孫呉の王。
 溜め息を吐くくらい許してくれ、頼むから。

「あっは……は、はぁあ〜〜……! こんなに笑ったの、久しぶり……」
「……満足したかよ」
「うん」

 ジト目も意に介さず、にこーと笑顔のまま頷く雪蓮。
 なんかもうジト目から涙がこぼれそうだよ俺……。

「あはは、拗ねないの。うん。それにしても一刀がボロボロになりながら、周々の背中に乗って帰ってきた時は何事かと思ったわよ」
「俺も森の中でパンダと遭遇した時は何事かと思ったよ……」

 気をしっかり持たなきゃ「ママーーッ!」とか叫びそうだったし。
 あー……思い出しただけで赤面モノだ。

「蓮華が護衛としてつけたのよ、きっと。一刀が一人で城を出ていくのを、思春が見たって言ってたし」
「甘寧が?」
「そ。まあ、その思春自体が、蓮華が向かわせた監視だったみたいだけど」
「あ、あー……」

 そういえば城壁の上での鍛錬の最中、ずっと視線感じてたっけ。
 でも移動を開始すると視線を感じなくなって……そっか、その時に孫権に報告しにいったのか。

「けどさ、事情を知らないままでの熊猫や虎との遭遇は心臓に悪いよ。先に話してくれてれば、あんな恐怖を味わわなくて済んだのに」
「呉では熊猫と虎が護衛にあたるから覚えておいて〜って? どういう話の流れになればそんな言葉が出てくるのよ」
「………」

 無理……だな。うん無理だ。

「うう……なんか納得いかない……。でも孫権にはありがとうって言っておいて……。一応、心配してくれてのことみたいだし」
「んふー、やだ♪ そういうのは自分で言わなきゃ。誠意は見せないと意味がないんでしょ?」
「む」

 その通りだ。
 ちゃんと相手の目を見て言わなければ、届かない誠意ってのはいっぱいある。
 ……うん。感謝はきちんと俺の口から届けよう。(しこたま驚いたこととか、水浴びした意味がまるでないこととかは別としても)

「解った、孫権にはちゃんと俺から言うよ。でも、その前に───」
「その前に?」
「…………《ぐるるるるぅ……》…………はらへった……」
「一刀、昨日はなにを食べたの? 穏が食事に誘いに行ったのに、がっかりして戻ってきたんだけど」
「えぇっ!? 陸遜が!? い、いぃいいや俺知らないっ! そんなの知らないぞっ!? 知ら……って、あ、あー…………」
「一刀?」

 もしかして集中してる時に来たのか?
 うあっちゃああ……なんてタイミングの悪い。
 あ、でも気づいてたとしても、その時の俺じゃあ陸遜の格好をまともに見ること出来なかったかも。頭の中が煩悩満載だったあの時に、他の皆よりも過激な服装の陸遜と対峙してたら…………ど、どうなってたんだろ、俺……。

「う……悪い。たぶんそれ、氣の練習してて誰の声も気にかけられなかった時だ……」
「氣? へー……一刀、氣を使えるんだ」
「まだ練習段階だし、体外放出は指先一本程度の出力。武具に付加することも叶わないほどの微弱な氣だけどね……はぁ」

 言いながら気を指先に集中してみせる。
 人差し指の先でキラリと光るソレを見ると、雪蓮は感心したような芸を見たような、まあとにかく楽しそうな顔をした。
 放出はさすがにしない。放っちゃうと体への負担が大きいのだ。だから見せることだけをすると、体の中へと戻して一息。

「はぁ、ちゃんと陸遜に謝らないとな……って、ちょっと待った。なんだって陸遜は俺を誘おうとしたんだ? 自己紹介の時に少し話した程度で、卓を囲むほど親しくなんてなってないんだけど」
「だから、親しくなるために誘ったんじゃないの?」
「うぐっ」

 ぐさりと来た。
 なのに俺ってヤツは氣の鍛錬ばっかりで無視まで……!? やばい、軽く自己嫌悪に───

「それとはべつに用事があったって言ってたし、そっちのほうが本題だったんでしょうけどね」

 ───陥りそうなところで、ハテ、と首を傾げる。
 本題? 用事? いったいなんのことだ?

「用事?」
「ん。倉にある本の整理を手伝って欲しかったんだって。でも一刀は話し掛けられても妙な構えのまま動きもしませんでしたよ〜って」
「妙な構え……?」

 ……重心を下ろして構えてただけなんだけど。
 え? あれって妙な構えだったの? 俺は至極真面目だったんだが…………ショックだ。
 などと心にダメージを受けていると、雪蓮が俺の顔を覗きながら“にこー”だった笑顔を“にま〜”に変えて言う。

「ね、一刀。どんな構えだったの〜?」
「ニヤケながら言わないっ! アヤシく聞こえるだろっ!?」
「えー? いいじゃないべつにー。あ、そうだ、ちょっとやってみせて?」
「やりませんっ! とにかく俺、朝飯を───」
「朝食の時間ならとっくに過ぎてるけど?」
「ぐおっ!? ……く、食いっぱぐれましたか、俺……!」

 先日から何も口にしてない俺としては、一刻も早く何かを胃に入れたいんだが……客人として、勝手に厨房を漁るわけにもいかない。
 はぁ……周々や善々と戯れすぎたか……。だったらどうしよう。と考えて、魏を発つ前に華琳に僅かだが資金をもらったことを思い出す。
 本当に、それこそ食事一回分程度の僅かな資金だが。
 華琳さん……くれたことには感謝だけど、この多いのか少ないのか微妙な金額は、絶対に俺をイジメるためですよね……?

「いい……じゃあ街で食べてくる……。手持ち少ないけど……」
「街? あ、じゃあ美味しそうな点心があったらお酒の相方に買って───」
「お金少ないって話、聞いてたっ!?」
「ぶーぶー、一刀ってば私にやさしくなーい。呉に来たその日に明命と亞莎を落としたくせに、一度手を繋いだらもう知らんぷりなの?」
「ややややめてぇえええっ! 誰かに聞かれたら確実に誤解されるだろそういう言い方ぁああっ!」

 先日のように甘寧が目を光らせてやしないかと、慌てて辺りを見渡す。
 見た感じでは居ないようだが、俺なんかに気づかれるような場所で監視してるわけもない。
 居ないと見せかけて居るのかも…………そう考えると、なんだかこう、胃がキリキリと……!
 と、怯えながらも雪蓮の視線に気づくと、“少し冷静になろう”と眉間を指で指圧する。

「…………」
「?」

 そうしてから一呼吸して落ち着いてみれば、小川で考えていたことが浮かんでくる。
 今俺が感じている胃の痛み……そういったストレスみたいなものは、俺よりも孫呉の王である雪蓮のほうがよっぽど感じているものだろう。
 戦が終わっても、騒ぎを起こしたがる民。
 今まで騒ぎがそう起こらないよう、力で押さえつけてきたとは言ってたけど……敗戦、同盟という事実が民に不満を持たせた。
 勝手な想像や予想にすぎないものだとしても、俺が想像してみた悩み以上のものを、雪蓮は抱えているんだろう。
 この笑顔の裏にはいったい、どれだけの苦悩があるのか。
 そういうのを取り除く……いや、せめて呉に居る間だけでも一緒に背負ってやれたら、いつか心からの笑顔を見せてくれるのだろうか。
 今見せてくれる笑顔がニセモノだとは思わない。
 でも、もしかしたらもっと綺麗な笑顔があるのかもしれないって思ったら───その笑顔を見てみたい、その笑顔を守ってやりたいって思えた。

「………」

 ふと気づけば胃の痛みはなく。
 代わりに、友への親愛が胸に込み上げてくる。

「一刀?」

 急に表情を正し、席を立つ俺に、首を傾げる雪蓮。
 そんな彼女の隣までを軽く歩いて、見上げてくる目を覗きこむ。
 孫家の遺伝なのか、瞳の奥にはキリッとした猫のような瞳孔。あぁいや、この場合じゃ虎って言ってやるべきなのか……?
 ともかくそんな目を覗きこんで、その奥にあるであろういろんな悩みや辛さ、背負ってるものの大きさを想像してみた。
 それはきっと王や、その傍に居た者にしか計り知れない重さ。
 背負っているものの数だけ人は強くなれるって言うけど、この細い体で国の全てを背負い込んで、人は果たして強いままで居られるものなんだろうか。
 俺には雪蓮を計れるほどの知識も情報もないし、真名を許されても特別親しいわけでもない。
 そんな俺じゃあ、彼女が“こんな重さくらい平気だ”って言えば、それを信じるほかないのかもしれない。
 でも───俺は、なんでもかんでも一人で背負おうとする、寂しがりの覇王を知っている。
 強がりを見抜けることくらいなら、出来るつもりでいるから───

「《くしゃ……》わっ……か、一刀?」

 気づけば、見上げる彼女の頭を撫でていた。
 髪を指で梳かすように、やさしく、やさしく。

「俺、頑張るな」
「え……?」
「もっともっと、頑張るから」

 ……この国で俺に出来ること。
 少しだけど、見えてきた気がした。
 ここに居る間だけはせめて、客ということを忘れてこの国に尽くそう。
 雪蓮は最初から遠慮なんてしないだろうけど、それよりももっと遠慮せず、もっともっと無茶なことも言ってくれるくらいになるまで。

「………」
「…………《なでなで》」

 心の底からやさしい気持ちになれるのなんて、どれくらいぶりだろう。
 えらく自然に目を細めて微笑んでいる自分に気づいて、今さらながらに気恥ずかしさと“なにやっとんのですか俺はっ!”って思考が俺を襲う。
 でも……そうさ。重さが少しでも、恥ずかしさやくすぐったさで紛れてくれるのならそれでいい。
 そうして、少しずつでも重さを支えてやれる自分になろう。
 雪蓮がそれを望んでいるかも解らないが、自分が彼女のさらなる重さにだけはならないよう───《きゅごるごぎゅ〜〜……》

「はうっ!?」
「…………」

 ……な、なんてタイミングで鳴りやがりますかこのお腹はっ……!
 笑顔が……笑顔が“ミチチチチ……!”と赤面顔に変わっていくのが解る……!
 撫でていた手も引きつったように雪蓮の頭から離れて、反射的に自分の腹部へと当てられた。
 雪蓮もなんだかぽかーんって……あれ? でもちょっと顔赤い?

「えはっ、はははっ!? そうだそうだー、俺朝飯食おうとしてたんだったー! あはっ、あははっ、あはははははっ!! …………失礼しましたぁああーーーーーーーっ!!!」

 脱兎! 踵を返して休憩所から逃げ出すように、そのまま街へと大・激・走!
 ああもう! アホですか俺はっ! 俺の重さを恥ずかしさで殺してどーすんだぁあっ!! 穴がっ! 穴があったら入りたいぃいいっ!!




-_-/孫策

 …………。

「……行っちゃった」

 ポカンと、一刀が走っていった方向を見やる。
 何事か、と周々と善々が同じ方向を見るけど、もう一刀の姿は見えない。

「ふぅん……」

 頭を撫でられてしまった。
 あんまりに自然に動くものだから、避けるとか拒否するとか、そういったことが出来なかった。
 ふぅん、と出る声も何処か浮ついていて、なんだか少しだけ……ほんの少しだけ、心が暖かい。

「……うん」

 自分の頭を撫でる者など、この国には多くない。
 王の頭を撫でるなどという行為はもちろん、誰が見ているかも解らない状況下で、王が気安く頭を撫でられるなど。
 部下や民への示しにもならないし、甘く見られるのが当然の行為。
 …………なんて、普通なら思うところなんだろう。

「……悪く……ないかも」

 ところが自分は撫でられた頭に、梳かされた髪に触れて、美味しいお酒を呑んだ時のような軽い高揚感を抱いていた。
 彼の人柄が気に入っていたのは確かだが、こんなくすぐったい気分を抱くまでとは思わなかった。
 思えば彼は、いつも自分の目を見て話す。
 洛陽の町外れの川ででもそうだ。最初から怯むことなく真っ直ぐに目を見て、言葉をぶつけてきた。
 真っ直ぐな目が綺麗だななんて思ってたけど、からかってみればあっさりと崩れる真面目な顔。
 それがおかしくて、楽しくて。

「魏の子たちが一刀のこと気に入ってた理由、なんとなく解っちゃったかな……」

 飾らない真っ直ぐなところとか、まあ飾っても飾りにならない馬鹿っぽさとか、そういうところがいいんだ。
 ……もちろん、からかい甲斐があるところも。

「頑張る、かぁ……」

 休憩所の円卓に両肘をついて、手の上に顎を乗せて溜め息。
 勘に任せて招いてみた彼がどんな頑張りを見せてくれるのか……それが楽しみでもあり、少しばかり不安でもあった。
 不安でもあったのだけど、頭を撫でられて、あのやさしい笑顔を見たら、その。不覚にも少し安心してしまったのだ。
 同時に、思ってしまったりもした。“撫でられるのも悪くないかなー”、なんて。

「……うん。退屈しないで済みそうかも」
「ほう? どこの誰が退屈だと?」
「はくっ!?」

 ───くすくすと笑んでいた顔が凍りつくのを感じた。
 後ろに居る。間違い無く居る。振り向きたくないのに振り向かなきゃいけないのは、まあそのー……

「仕事をさぼった上に“退屈”と。そう言ったな? 雪蓮」
「あ、あは、は……は〜〜い、冥琳〜……」
「雪蓮っ!」
「ひゃうっ! やっ、ちっちちち違うのよーこれはぁっ! 一刀がっ……そうっ! 一刀が私に“毎日仕事で大変だろ? 休憩もまた仕事だぜ”って歯を光らせながら言うからっ!」
「ほお……? それは奇遇だな。私もつい先ほど、走ってくる北郷とそこで会って話をしたのだがな。───妙な話もあるものですなぁ、孫伯符殿? 貴女が仰っていることは、北郷が言っていた言葉のどれにも当てはまらないのですが?」
「うあ……」

 ひくりと頬が引きつった。
 仕事をさぼったことは事実で、抜け出してきたところで周々の背に乗った一刀と会ったから、ここでこうしていたわけなんだけど。
 しまったわ……こんなことならそれこそ、一刀を連れて森の方にでも《ぎゅみぃっ!》

「きゃんっ! いっ、いった……いたたたたっ! いたいいたい冥琳いたい〜〜〜っ!!」
「さあ、楽しい仕事が待っておりますよ、孫伯符殿? ええ、もちろん退屈をする必要などありません」
「わ、わかったわよー! 行くっ、行くからっ! 耳離してぇえ〜〜〜っ!!」

 これからはもうちょっと上手くやろう。うん。
 冥琳に引きずられながら、そんなことを考えてみた。
 その時は一刀も誘ってみようかな。共犯が居たほうが、なにかと楽しそうだし。

(…………ああ、なんだ)

 そこまで考えてみて、ああ、と心の中で掌に拳をぽんっと落とした。
 なんだかんだで自分は北郷一刀という存在を、やっぱり気に入っているんじゃないか。
 多少はあったであろう警戒もどこへやら、気がつけば彼を思い出して微笑んでいる自分が居た。

(うん、そうしよう。今度は一刀も連れ出して、えーと……冥琳に見つかったら一刀を盾にして〜……あははっ♪)

 考えてみると止まらない。
 私はしばらくそうして耳を引っ張られていることも忘れて、これからの暮らしを思って微笑んでいた。




ではネタ曝しを。  *かずと とらとであう縁  うしおととらより、第一話のサブタイトル。  *煩悩め、死ねーーーっ!  ギャグ漫画日和より、来ないよ! 家庭教師のパパさん……だったはず。  *ウル○ラマンセ○ンの歌  はじめの一歩の鷹村守の入場テーマ。  クマに遭遇した時にこのテーマが流れ、彼はクマを素手で倒した。  アニメの何話目だったかはさすがに覚えていません。  *あ……やめて。それ以上いけない  孤独のグルメより。呉さんの言葉。  あーいかんなあ……こんな。いかんいかん。 孤独のグルメは、主人公の井之頭さんが“食べたい”と思うものをことごとく食べられないことで有名です。 Next Top Back