152/バトルをするからってエキサイティングとは限らない

 大急ぎで自室に戻るや、服をヴァーっと脱いでバッグへ駆け寄る。
 チャックを開けば胴着があって、それを引っ掴むとバサァッと肩に回すように広げて腕を通すと同時に袴を掴む。まるで飛び上がるように足を通すと乱暴に着付けをして───ハッと気づくとしっかりと段階を踏んで身につけてゆく。
 焦ってはダメだ。乱暴になるのは時には良しだが、着付けを適当に済ませるのはよろしくない。

「《ゴソゴソ……ビシィッ!》んっ!」

 着替えをしながら心を落ち着かせて、襟元を両手でビシィと正せば湧き上がる闘志。
 鍛錬とは己が肉体と精神に向き合うものだってじいちゃんが言ってた。ならば焦れば上手くいかないのは当然のことだし、急いで戻ったところで……えーと、正直な話、俺にあの二人が止められるとは思えないわけで。
 戦い始めた将は人の話なんて聞かないのです。聞いてくれないのです。王の話なら聞くけど。せめて耳を傾けることくらいしてほしいんだけどなぁ……。俺が相対してる時なんて、やめてとか悲鳴上げると逆に笑顔で襲ってくる始末だしさ。

「さて」

 着替えたのなら一応急ぐ。
 トトトトっと爪先で走り、無駄な体力と氣は使わないように。
 部屋を出て、通路を抜けて、さらに走って中庭へと出ると、そこでは予想通りに華雄と蒲公英が戦っておりました。

「はぁあああっ!!」
「ほわっ! ───っとぉ、相変わらず振り回すだけの攻撃だねー、うちの脳筋みたい」
「脳筋……脳が筋肉で出来ているという言葉だったな。ならば喜ばないわけにはいかないな。鍛えれば強くなるのだからな!」
「うわっ! そんな切り返し初めてされたっ!」

 俺も初めて聞いた。
 でも華雄の意見には賛成です。
 頭が弱いなら鍛えればいい。脳トレって言葉もあるなら、それって筋力とあまり変わらないよな。

「ふんっ! はぁっ! せいっ! しっ───ぉおおおっ!!」

 華雄が金剛爆斧を振るう振るう振るう!
 縦、突き、下段突き、振り上げ、回転薙ぎ払いと連続して振り回し、蒲公英はそれを器用に避けてゆく。さすがに焔耶とちょくちょく悶着を起こすだけあって、猪突猛進型の相手との戦闘には慣れているらしい。
 そして当然のことながら、振るう方と避ける方ではどちらが疲れるかといったら振るう方なわけで、華雄は見る間に疲労して───いかなかった。

「はははははは!! まだまだぁああああっ!!」
「ふぇえっ!?《ブヒョォゥンッ!!》とわぁっ!? え、ちょ……どんだけしつこいのこの人!!」
「貴様は私を脳筋と言ったな! ああ脳筋だろう! 貴様が遊んでいる時も適当に鍛錬している時も、常に私は全力で己を鍛えていたのだからな!」

 まあ、そうなのだ。
 警邏や兵の調練などの仕事の時や休むべき時以外はほぼ鍛錬。
 “氣を自分で扱えるようになるにはどうしたらいい!”と言われたことがあって、せっかく言うことを聞いてくれるのならとトレーニングメニューを一から組んでみた。
 その際にいろいろと訊いたんだが……もうひどいもんだった。酷使した筋肉を休める時間がほぼ無いとくる。なので稟の鼻血対策の延長みたいな感じでたんぱく質が多い食事を用意したり、適度な休憩を入れさせたりマッサージをしたりと……まあ、それらを自分の中の“仕事”として組んでみたわけだ。書類整理と同じように、自分の日常の一端として組んでしまえば案外なんとかなるものだ。
 話すとなると、華雄が俺に“私はお前の女となろう”と言って、俺が“料理でも作ってみる?”と言った日にまで戻るわけだが。私から武を抜いたらなにが残るんだと言った華雄が、料理よりも氣の鍛錬を選んだところから結局始まる。
 “結局”と言った通り鍛錬は始まって、都をしっかりじっくりと作る中でも鍛錬は続いた。その時に来ていた朱里に“華雄に兵の調練を頼もう”と提案したのも休憩がてらという意識も強かったわけだ。実際、当時思い浮かべたように“華雄の仕事が警邏か俺との鍛錬くらいしかなかった”のも事実だし。
 そんなわけで、今さらだがパワーアップした華雄さんは並大抵のことでは疲れない。向上したであろう氣も全て使われてるだろうから、いつでも気力充実状態だし。なにより俺と初めて戦ったときのように“反動に反発する動き”をしなくなったことで、攻撃から次の動作へ切り替えるまでが随分と短くなっている。
 動きが細かくなったなら威力は下がったんじゃないかという心配は……まあ、向上した氣が全部身体能力に回されていることを考えれば、多少は下がろうが向上するたびに追いついて、いずれは追い越すことは想像に容易い。

「はっ、はっ……し、しつこいなぁもう!」
「フッ、どうした。息が上がってきているようだが?」
「ううっ……こ、こんなものどうってことないですよーだっ」

 華雄が踏み込む。
 横薙ぎのフルスウィング。
 これを、屈むことで避けた蒲公英がその“屈む動作”とともに振るった槍が、華雄の踏み込んだ足を横薙ぎに狙う。……が、華雄はフルスウィングした金剛爆斧の反動に身を預けるようにして軽く跳躍。薙ぎ払いを避けると、回転する勢いをそのままに金剛爆斧を蒲公英目掛けて振り下ろした。
 避けられたことに驚愕に染まる蒲公英の顔が、さらに焦りを孕んで咄嗟に槍を構えた……途端、鈍くも高い音が鳴って蒲公英が吹き飛ばされた。

「……ふふ、いい感触だ。さて小娘よ。どうかな、脳筋の一撃の威力は。筋肉筋肉とからかうだけで、一点を極めようともしない者には出せぬものだろう」

 華雄が己の武を誇るように笑い、歩く。
 その先で手をぷらぷらとさせている蒲公英は、それでもキッと華雄を睨むと立ち上がり、槍を構えた。

「あーっ! ちょっと待った! 俺もう来てるから喧嘩はやめ!」
「む」
「え? ……あー……お兄様ぁ……」

 ギシリと睨み合う二人を前に、慌てて止めに入ると……なんか蒲公英に“どうして来たの”って顔をされた。……や、そりゃ来ますよ。

「もうちょっと遅れてきてくれたら、たんぽぽが勝ってたのにー……」
「吹き飛ばされといてそんなこと言わない。それ以上怪我したらどうするんだ」

 言いながら、敗北したと認めた蒲公英の傍まで歩く。
 力が抜けたのか、ぺたんと座り込んだ彼女へ手を差し伸べると、蒲公英は口を尖らせてそっぽを向きながらも、

「しないよそんなの」

 なんて言って、ちらりと華雄を見た。
 そんな中、勝利を得た華雄が強者の笑みのままにこちらへ歩いてきたんだが───ある一点を踏みしめた途端、その足に縄が巻きつき、

「ぬわぁああーーーーーーっ!!?」

 ……華雄が一気に宙吊り状態になった。

「………」
「ね?」

 このコ、怖い。
 ようするに俺が止めなかったら華雄は普通にこうなっていたわけか。

「いつの間に仕掛けたんだよ、こんなの」
「お兄様たちが来る前。ほら、一応お兄様ってあの孫策に勝った人だし、危なくなったら引っ掛けよっかなーって」
「ほんと皆様御遣いや支柱をなんだと思ってらっしゃるの」

 泣きたい気持ちでツッコんだ。
 そしたら元気にあっはっはーと笑って返された。
 ……さて。気にしたら負けなんだろーなーとか思ってたけどもう負けでいいから気にしよう。なんで足に絡まっただけの縄が、一瞬にして相手を宙吊りにするだけならともかく亀甲縛りで捕らえるのだろう。……もしや忍術!? これは忍術でござるか蒲公英!

「で……どーするのあれ」
「そりゃもちろん、焔耶みたいにそれなりの報復を受けてもらわないと」
「あー……その手馴れた感じは、焔耶にもやってるわけだ。俺が見たことがある一度や二度じゃなく、日常的に」

 手馴れているわけだ。
 やれやれと溜め息を吐く俺を余所に、蒲公英は意気揚々と腕を振り回して華雄に近づく。腕っ節の立つ男が右肩に左手を当てて右腕をブンブン振り回すようなアレだ。すごい似合わない。
 しかしながら蒲公英はそうして華雄に近づいてしまい、

「ふん!《ぶちーん!》」
「へ?」

 それを待っていた華雄はあっさりと腕力を持って縄を千切ると、逆さ吊りからの落下を片手を着くことで止めるやさっさと起き上がり……慌てて逃げようとした蒲公英の首根っこをぐわしぃと引っ掴んだ。

「えっ、えっ!? うぇえええええ!? 焔耶でも千切れなかったのになんでぇえっ!!」
「うん? おかしなことを訊くな。そんなもの、武器で傷をつければ簡単だろう。縄が足に絡まった瞬間、そこに切れ目を入れておいた。咄嗟のことに武器は落としてしまったが、多少の切り込みがあればこんな縄、どうということもない」
「うわー……」

 蒲公英が滅茶苦茶な生物を見る目で華雄を見ていた。
 気持ちは解らんでもないけどな、蒲公英。それが、いや……それでこそ、筋肉を鍛えすぎていてこそ初めて“脳筋”って言えるんだよ……。極めんとしているのが筋肉なら、脳筋はある意味褒め言葉以外のなにものでもない。

「しかし惜しい。自分がしていた鍛錬に休息や北郷の知識を組み込むだけで、自分がまだまだこれほど強くなれるとは……。北郷が洛陽に降りていればと思うと、この力を存分に振るえぬ今を惜しいと思ってしまう」
「それは言わない約束だろ、華雄」
「解っている。平穏に不満があるわけでもない。こうして戦う相手も居る。が……あの頃に私がもっと強ければ、我が隊の兵にも死なずに済んだ者も居たのだろうなと考えるとな」
「………」

 近寄って、わしゃわしゃと頭を撫でた。
 華雄はそれを払うでもなく受け入れている。
 兵を率いた者や、王であった者なら誰もが思うこと。
 それは当然華雄もだった。
 気持ちの整理はついた〜なんてことはいくらでも言えるが、本当に“言えるだけ”だからたまらない。どれだけ時間が経とうが後悔は後悔だし、死んでいったやつの笑顔を思い出せば辛くもなる。

  “あの時ああであれば”

 それを思わない人なんてきっと居ない。
 後悔を教訓にしなくちゃ前に進めないなんて、人間っていうのは本当に面倒だ。

「お前の傍は気安いな。私の頭をこうも気安く引っ掻き回す者など、霞くらいだった」
「そりゃ、同じ思いをしてる人相手なら気安くもなるさ」
「同じ? ───……そうか。失ったものの価値に、将も兵もない。立場ではなく、“その者”だったからこそ辛いのだから」
「んあー……それは解るんだけど、襟首つかまれたままいちゃいちゃされると、たんぽぽとしては居心地が最悪なんだけど?」
「ア」

 華雄に集中してて、蒲公英のこと忘れてた。
 しかし華雄は実際襟首を掴んだままであり、蒲公英の言葉にしれっと真顔で言葉を返した。

「私はこいつの女だ。よく解らんが、いちゃついてなにが悪い」
『───《びしぃっ!》』

 そして固まった。
 固まって、そんな状態でゴガガガガッと岩と岩を擦り合わせるような重苦しい小刻みで震えながら、華雄を指差しながら俺を見上げる蒲公英さん。

「お、おにっ、おにいさっ……え? 女って……え?」
「かかかっかか華雄? 女って……」
「うん? 女だろう。言ったはずだぞ、夫婦で武芸達者も愉しそうだと。私は強者にしか興味がないからな。北郷は私に勝った唯一の男だ。私はしっかりと負けを認め、北郷の女になったからこそ北郷の言う言葉の通りに鍛錬や休息を取った。そうしたらどうだ、私の力は一にも二にも成長し、以前よりも強くなったのだ。これが夫婦は支え合うということなのかと納得したほどだ」
『…………《ぐいぐい、ぐぐいぐいぐいぐい……!!》』

 俺と蒲公英は、そんな華雄の言葉を耳にしながらも互いの服を引っ張り合った。
 口にはしないがあの人をなんとかしてくれって思いと、それってほんとなのお兄様って思いが交差して落ち着いてくれない結果というか。

「そ、そっかー、お兄様ったら都を作ってからはしっかりと種馬の仕事を……」
「してなっ───………………イヤソノ」
「えっ!? してるのっ!?」

 してないと断言出来ない自分が居ました。
 むしろ華琳や美羽や七乃といたしてしまっております。
 だらだらと汗をたらす俺を、蒲公英は驚愕と困惑と好奇心をごちゃまぜにした、言葉だけで考えれば顔面が神経痛になりそうなくらいの表情で見上げてくる。
 しかし北郷嘘つかない。
 訊かれたら、真っ直ぐ受け止め応えましょう。

「……華琳と美羽と……」
「二人も!?」
「……あと七乃に襲われた」
「わお!《きゃらーん♪》」

 光った! 今確実に目が光った!
 光ったままで俺の左手首を両手でワッシと掴んで、なんでかぶんぶんと振るってくる。

「そっか、そうだよねー、お兄様に正攻法でいっても断られるって目に見えてるんだから、いっそ動けなくして襲っちゃえば……」
「本人の前で物騒だなオイ」
「にししっ、そういうのもありかな〜って思っただけだってば。“曹操さま”に言われてるもんね、“きちんと同意の上なら”って。あれってお兄様だけの問題じゃなくて、たんぽぽたちの問題でもあるわけだし。お兄様がお姉さまのこと好きでも、お姉さまが嫌いだったら絶対にダメ。逆ももちろんダメってことだよね。ちゃっかりしてるよねー、魏の王様は」
「………」

 溜め息を吐きつつ空を見て、自分のぼさぼさな髪をわしゃりと撫でた。
 宅の王様はね、いろいろと先のことを考えるのが上手いんだよ。
 ある一定以上親しければ俺は大抵のことを許すってことを知っているし、たとえば俺が七乃に襲われたことを知っていようが、俺が結局それを受け入れるであろうことだってきっと知っていた。
 知っているくせに嫉妬するのだ、いろいろと困ることは多い。
 なのに好きなのだから、俺自身も相当困っている。

「あのね。言っとくけど俺、好きだからってすぐに手を出す気なんてさらさらないからな」
「えー? せっかく魏の種馬の本領を見れるかもって思ってたのに。来るもの拒まずの“超・雄”って聞いてたよ?」
「その後にゴミ虫とかそういうのが付くんだろ?」
「うんついてた」

 前略おじいさま。
 今度我らが魏国の猫耳フード軍師に会ったら、問答無用で仕返ししてやることを今ここに、笑顔で誓います。

「それでえーと、華雄だっけ?」
「呼び捨てか」
「えー? さんとかつけてもらいたいの? どうしてもって言うならつけなくもないけど」

 への字口をしながら華雄を見る。
 対する華雄は少しぽかんとした後にフッと笑い、目を伏せながら軽く返した。

「……フ、いいや、かまわん。好きに呼べ」

 おお、なんか男らしい───なんて思ったのも束の間。

「じゃあ脳筋へそ出し女」

 にぱっと笑って爆弾が投下された。

「ああ。よろしくな、耳年増小娘」

 その爆弾を笑顔で打ち返す華雄さん。

「………《ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!》」
「………《ドドドドドドドド……!》」

 そして、何故だか妙に斜めな角度で睨み合いを始める二人。

「だぁああから睨み合うなってぇええっ!!」

 なんなのこの二人! なんか少しいい空気になったなと思った矢先に喧嘩!? ツッコミ入れてもてんで動じないし、いったい俺にどうしてほしいのさ!

「まあ、小娘のことはどうでもいい。それより北郷、決闘だ」
「あ、忘れてなかったんスヵ……」

 是非忘れていてほしかったのに。
 と言ってみれば、正直忘れていたがお前の服で思い出したとの返答。……俺の馬鹿。

「わかった、やろう」
「うむ。それでこそ私の男だ」
「その言い方やめて!?」
「む、む? だが私がお前の女になったのなら、お前は私の男だろう?」
「解ってないなぁ脳筋さんは。魏国がお兄様を他二国に許したように、お兄様は三国のものであって、誰のでもないんだよ?」
「なに? そうなのか?」
(……や、どうなろうとも俺自身は華琳のものではあるんだが)

 御遣いや支柱がどうであれ、“俺”は華琳のものだ。
 でも華雄に言われたように、どちらかに傾いたままでは支柱なんて勤まらない。だから支柱であり御遣いである限りは傾いたりなんてしないつもりだ。
 最初は華琳を抱きたいなんて思っていた時点で思いっきり傾いていた自覚はあるが、そんなどうしようもないほどの欲求が解消された今ならそれが出来る気がするのだ。……もちろん見境なくって意味ではなくて。

「まあいい、ならばより一層私がお前の女になればいいだけのことだ。恋だのなんだのはまだ解らんがお前が私を満たし続ければいずれ解る。そんな気がなんとなくする」
「なんとなく!?」
「さあ、私を満たしてみせろ北郷一刀! 言っておくが私は遊戯でも食べ物でも満たされんぞ!」

 華雄が金剛爆斧を構える。
 俺もそれに習い、黒檀木刀を構えて氣を充実させた。
 そんな双方を見た蒲公英がニコッと笑って二度三度とバックステップをして、そこで元気よくエイオー。

「それじゃあたんぽぽが立会人ってことで! 真剣勝負! 一本目ぇ! 始めぇえい!!」
『応っ!!』

 一本目ってのが気になったけど気にしない。
 怯みも無く互いが地を蹴って前へと身を弾かせる。
 直後にぶつかる互いの長柄が武器に宿った金色を弾かせ、衝撃とともに後方に下がるや弧の攻撃へと転じた。

『せいぃっ!!』

 振るうは双方横一閃。
 直後に腕に走る衝撃は痺れに近いものであり、人の身を打ったものではないことに息を漏らす。
 それは安堵か落胆か。
 どちらにしろ止まることなどしないまま、全力を以って相手を打ち倒すために体を動かし続けた。

「ふっ! しっ! はっ! つっ! だぁっ!」
「ふっ! ふっ! ふんっ! はっ! せいぃいっ!!」

 ぶつかる時は無遠慮に加速を使って全力でぶつかって、避ける時も遠慮なく避ける。武とは己の全力を以ってして相手に勝つこと。負けて卑怯卑劣を唱えるくらいならば、全てを想定した上でそれを破れる力を持ってから己の武を誇るべし。
 ならばそこに遠慮などあるだけ無駄。
 相手が真っ直ぐに自分を倒しに来ているなら、自分だって自分の全力で向かわなければ、鍛えた武に意味などないのだ。

(突き突き斬り上げ斬り下ろし薙ぎ払い振り上げ叩き下ろし───ここっ!)
「《ヂッ!》フッ……隙と見れば突きで来るのはお前の悪い癖だ!」
「うえっ!? そんな癖が!?《がごぉんっ!》つわぁっ!?」

 一定の攻撃の後の隙を突いての突きはあっさりと逸らされ、その上で弾かれた木刀目掛けての攻撃に吹き飛ばされかける。
 あ、危なっ……! 武器弾きに来た……!
 咄嗟に氣で繋げなかったら武器が弾き飛ばされてた……!

「お前に鍛えられた私だ。お前の癖などおおよその見当はついている」
「……だよなぁ。そうじゃなきゃ、馬鹿丁寧に一定の連撃を繰り返すわけがないもんなぁ」

 俺が鍛えたというか、俺は休憩と鍛錬の効率化を提案、プログラムを組んでその通りにやってもらっただけなんだが。
 それで“華雄はワシが育てた!”とか言うつもりはないんだが。

「けど、もちろん俺だって華雄の癖は知ってるぞ」
「生憎だが私相手に癖を知っても無駄だぞ? 常に全力、常に最速だ。隙があるというのなら私の動作全てにある。癖を知ったところで、私がやることはなにも変わらん!《どーーーん!》」
「威張るなぁーーーっ!! そんなことぉおおーーーーっ!!」

 叫んだところで華雄は嬉しそうにわははと笑うだけだ。
 それはそれで清々しい。
 受け入れ方ひとつで、“自分の武はどこまでも曲がらない”と受け入れられもするわけだ。なんだか、カッコイイって思える。
 思えちゃったらもうぶつかるしかないだろう。
 馬鹿と言われようがそれで負けたらただの阿呆だと言われようが、“そうしたい”と思ったならやれる内にやってしまうのが男以前に“人間”である!!
 でもとかしかしは今は捨て置け今の俺!
 相手に武しか誇れるものがないのなら、俺が誇れるものは氣しか無い! だって鍛えられるのそれだけなんだもの! だったらその氣を持って全力でぶつかる! それしかないからそれでよし! 余計な考え要りません!

「はぁあ〜〜〜……(ふん)っ!!《ゴパァンッ!!》」

 自分の心を焚きつける意味も込めて、拳と拳を叩き合わせた。
 氣が十分に篭った双拳は鮮やかに金色の氣を弾かせ、俺の胸の前でさらさらと綺麗に消える。
 ……OK、氣は十分に充実してる。
 ではあとは何が必要か? 決まってる。いつでもどこでも覚悟だけだ。

「覚悟───……すぅう───はぁあ……───完了!!《タンッ!》」

 胸を強くノックして、迷うことなく疾駆。
 華雄は言った。これは決闘だと。
 だったら意地でも負けられないし、たとえ鍛錬だろうと負けたくはない。
 見れば華雄も同じくノックをしていて、走る俺を見るとニヤリと笑った。
 ───さて。
 何回まで保つかなぁ俺の体。

「まず一ぃいっ!!」

 全力。
 俺の突撃をどっしりと構えて待っていた華雄へ、全力の氣を乗せた加速居合い。
 華雄は当然ながら怯むことなくその一撃へ自分の渾身を叩き込むと、弾ける金色と痺れる自分の腕に歓喜の笑みを浮かべる。

「二ぃいいっ!!」

 再び全力。
 弾けた氣を化勁の要領で吸収、さらに錬氣も合わせて充実させた氣で戻しの加速。
 それさえも怯むことなく返された華雄の一撃に再び弾かれ、華雄もまた武器ごと腕を弾かれ、白い歯を見せながらにやりと笑っている。
 だが止まらない。
 空っぽになる度に錬氣と装填を繰り返すように、氣ばかりに長けたこの体で渾身を繰り返す。
 弾かれて無理矢理捻るように曲がった体勢さえも勢いのための助走のように利用して、錬氣しては攻撃を発射する。装填しては体から弾くように放つ木刀の一撃は、もう斬撃というよりは弾丸だ。
 足から上る氣を、螺旋をイメージして加速。先端である手に持つ木刀が振るわれる速度は、華雄の反撃を僅かずつだが押している。
 コンパクトに攻撃することを覚えた華雄は以前と比べて戻しも速いが───戻しが速いだけでは加速の一撃を弾ききれないと見るやスイッチ。速度ではなく剛撃重視になり、弾かれる度に体に走る衝撃の強さも格段に増した。

「五っ……六ぅううっ!!」

 ───たとえばと考えたことがある。
 たとえば漫画、たとえばアニメ、たとえば小説たとえばゲーム。
 あげれば結構あるだろうが、もし……もしもだ。
 それらに登場する主人公だろうと脇役だろうと誰でもいい。
 “技”というものを常に使えたら、それはどんなに強いだろう、と。
 常に使えたら、というのは語弊があるかもしれない。
 言ってみれば、攻撃の全てが技ってやつだったらと考えた。
 わざわざゲージを溜めなければ出来ない技じゃない。
 ただ振るう拳のひとつひとつに技が付加出来れば、きっと強いんじゃないかと。

「八っ! 九っ! っ……十ぅうううっ!!」

 振るうたび、弾くたびに金色が宙に散る。
 生憎と必殺技なんてご大層なものなんて持っていない俺に出来ることなんて、きっとこれだけ。“でも”を使うなら、全ての一撃に氣の全力を込められるなら、それはどれだけ強いだろう。
 そう思って出来たコレが、氣しか育てることが出来ない俺の精一杯。
 全ての一撃を必殺技にするつもりで、俺の氣が枯れるのが先か相手が潰れるのが先か。単純な根性勝負だ。
 “しかし”を使うなら相手だって馬鹿じゃない。
 ご丁寧に何度も武器で攻撃してくるはずもなく、俺の腹目掛けて蹴りを放つ。
 “でも”だ。
 蹴られる場所に一気に氣を集め、その衝撃を吸収。
 足から螺旋に上る氣とともに体を走らせると、木刀に装填してそのまま振るった。
 ……もちろん、衝撃自体は内側ではなく外側を走らせて。

「! 化勁か!」

 蹴りをしたために体勢も悪いまま。
 そんな状態で弾こうとしても失敗するのは目に見えていた。
 だから華雄は振るうのではなく自分の前に金剛爆斧を構えて、自ら木刀が走る方向へと跳躍した。

「《ガギャァンッ!!》っ───!」

 直後に轟音。
 いつか春蘭とぶつかった時に金色の閃光が眩しかったように、すぐ目の前で金色が武具を殴る音に耳が痛みを覚えた。
 その轟音に眉を顰めながら、自ら吹き飛ばされた華雄を追って地を蹴った。
 華雄はもう着地していて、追いすがる俺をやはり笑みで向かえ、金剛爆斧を振るった。
 そこへ向けて、守りを捨てた渾身の加速居合い。
 接触。再び金色が散り、耳を傷める。
 そんな金色の火花を視界に、“まるでファンタジーだ”なんてことをこんな状況の中で考えていた。
 過去の、それも自分が知った史実とはまるで違った世界へ行く……そんな自分にとっての現実を体験しているのに、今さらファンタジーもなにもない。

「……ははっ」
「……フッ」

 目に焼きつくくらいの眩い火花。
 その奥で互いの視界で笑う男と女。
 全力を出すってのはこれで結構愉しいもんだ。
 俺の場合はそれが、“錬氣できる内”までしか続けられないのが残念に思えて仕方ない。
 さて。
 ようするにこの“全力”があと何発保つかなんだが。
 既に相手の攻撃を吸収、上乗せしての攻撃で誤魔化している部分もあるくらいだ。
 痛かろうが辛かろうが、また気脈の強化と錬氣速度強化をしないといつまで経ってもこのままってことだ。
 もしくは全力で振るおうが、氣が飛び散らないように固定する方法を身につける───……まいった、やりたいことがまだまだありすぎる。
 そんな考えが顔に出たんだろう。
 いい加減押され始めているのに笑う俺を、華雄は愉しげな笑みで迎えて───

「お前の覚悟、存分に見せてもらった」

 振り下ろした金剛爆斧が、俺が持つ黒檀木刀を弾き飛ばした。

「───」

 轟音のあとに訪れる時間っていうのは、やけに静かに聞こえる。
 次にまたそんな大きな音がこないか、人はどうしても身構えてしまうものだ。
 そんな時間を感じられるか感じられないかの一瞬とも取れる時間の中、華雄は己の勝利に笑みをこぼし、俺は……“弾かれた瞬間の衝撃”を右手に装填して、無手のままに踏み込んでいた。

「!? ほんっ───」
「“決闘”だってこと忘れるなよ華雄!!」

 鍛錬ならば武器が飛んだ時点で諦めもしよう。
 結構しぶとくねばる時もあるけど、寸止めでもされれば諦める。
 けど、決闘の最中に動ける相手を前に勝利を確信するのはちょっと早い。
 慌てて武器を構えようとする華雄を前に、腕と金剛爆斧の間を縫うように放たれた掌底が、華雄の腹部に埋まる。同時に解放した衝撃と氣が、彼女の体を突き抜けるのを感じた。

「かっ……はっ……!?」

 確かな手応えを感じながらも距離を取って構える。
 そんなことをする暇があるなら追撃しろよって話なんだろうが……ごめん、もう錬氣がきかない。カラッポだ。最初から全力で、しかも全ての攻撃を必殺技のつもりで出せばこうなりもする。
 しかしながらこの北郷、そんな己の不利を顔に出すようなヘマは───

「お兄様、汗すごいよ?」
「ツツツ疲れてるからネ!?」

 ツッコまれた途端に声が裏返りました。
 こんな自分でごめんなさい。

「……っ……ふふっ……最後の最後で……油断か……。武器を飛ばした程度で勝利を確信するなど……まったく……」

 聞こえた声にハッとして、蒲公英にツッコミながらも目を離さなかった華雄の目を見る。その目には己への不満はあったが……どうしてかやさしげで、満ち足りていたようでもあった。

「……諦め悪くてごめん」

 雄々しく前のめりに倒れそうになる華雄を、正面からそっと支えた。
 拍子に手から力が抜けたのか、金剛爆斧がどごぉんと地面に落ちる。
 ……音からして重さが半端じゃないんですが。今度、“もっと軽いものを武器にしたらどうだって”ツッコんでみようか。
 いや待て待て、そんなことより華雄だ。
 無遠慮に腹に掌底当てちゃったけど、内臓とか大丈夫か?

「勝負ありっ! お兄様の勝ちぃ〜〜〜っ!!」

 そんな心配を余所に、蒲公英が俺の手を取ってエイオーと天へと突き上げる。
 まあ、結局はそこだ。
 勝者宣言もされてなかったし、されていたとしても最後まで気を抜かないのが戦い……らしい。じいちゃんの受け売りだ。
 一言で言えば、そんなものを拾うように突かなければ勝てないのが現状。
 ……もっと強くなりたいもんだ。

「はぁ……しかしまあ」

 本当に。
 こんな細い体の何処に、あんな破壊力を出せる力があるのか。
 蒲公英に持ち上げられた手が離されるや頭をコリコリと掻いて溜め息。
 そうしてから、当たり所が悪かったのか意識があるのにくたりと力を抜いた華雄を抱き抱えて、とりあえず歩く。

「お、おいっ!? 北郷!? 私はべつにっ!」
「はいはい、力が出ないのに妙な遠慮しない。内臓痛めてるかもしれないんだから大人しく運ばれるように」
「肩を貸されるならまだしも、この格好はまるで力無き赤子のようではないか! こんな格好は屈辱以外のなにものでも───!」

 ぎゃーぎゃーと耳元で騒がれ、力の入らない体でぱたぱたと暴れられる。
 まるで無理矢理抱き上げて少ししたら暴れだした犬か猫だ。
 ……これは、少し強めに言ってやったほうがいいかもしれない。
 一応勝ったんだし、勝者の言うことは訊くもんだーって感じで。
 って、それだけじゃ納得しないかもしれないし、なにか華雄が言った言葉から言質みたいな盾を作って、適当に……よし。

「はぁ……───華雄っ! 決闘して負けたんだったら文句言わない! それに仮にも俺の女だって言うならこういう時くらいは大人しくしろっ!」

 びしーっと言ってみた。
 俺を見上げるその顔に、自分の顔を迫力満点(のつもり)でぐぐいっと押し付けるようにしながら。
 しばらくそうして睨み合っていると、華雄のキリッとした顔が少しずつ驚きに変わり、さらにぽかんとした顔になったあたりでポムと赤くなる。
 …………ハテ。なんですかその反応。

(ア、アレー……? 俺としてはそのー、“くっ……負けたことは事実な上、言ったことも事実だ……!”的な返し方を期待していたのですが……? え? なんで赤くなるの?)

 そんな困惑を知ってか知らずか、華雄は俺の瞳を覗き込んだまま、ぽかんとしたほんのりと赤い顔のままにこくりと頷いた。そんな、普段ではありえない豪快さもない小さな反応がなんか可愛───イヤ違うヨ!? ななななにトキメキかけてるかなぁ俺!
 少しずつ受け入れていくって決めたのにいきなりこういうのとかヨロシクナイ! ヨロシクナイぞ! 神聖なる決闘のあとにトキメくなんて、恥を───…………恥はもう十分に知ってましたごめんなさい。
 そして大変なことになった。言質のつもりで言った“俺の女だって言うなら”を真正面から受け止められてしまった。
 思春だったらこういう時、誰が貴様の女だとか静かに言って鈴音を突きつけてくるだけで済むのに……!(注:平然と“だけ”とか言ってますが一大事です)

「おおう……お兄様ったらだいたーん♪ まさか無理矢理抱き上げて、“俺の女なら大人しく抱かれてろ”だなんて」
「言ってませんよねそんなこと!!」
「あはははは、言ったようなもんじゃん。いやー、お兄様もちょっと見ない内に大胆に………………」

 なったねー、と最後まで元気に言うかと思いきや、なにやら様子がおかしい。なにかを思い出す仕草をして、ポッと顔を赤らめて、俺のことをズズイッと見上げてきて……ソッと視線を外しつつ俯いて、

「……そういえば、出会った頃から大胆だったよね……」

 と囁くような声でってちょっと待てぇええええ!!

「あれは蒲公英が訊いてきたからであって、俺はあくまで事実を話しただけでウギャアそれだけで大胆だったァアーーーッ!!」

 自分の言葉でなにかに気づく時ってありますよね。
 俺は新たに自分で自分の大胆性と恥を発掘してしまいました。頭抱えて蹲りたい気分だったけど、華雄を抱き上げてるから無理ですハイ。
 なので中庭の樹の幹まで華雄を運んで、そこにとさりと下ろす。
 そんな中、依然として華雄が俺の顔をじいっと見上げてきている。その仕草がなんだか本当に犬猫みたいで、苦笑しながら頭を撫でた。

「おおう……御遣いの本領を見ちゃった気分」
「んあ? 蒲公英、今なんて───なんて言ったか今すぐ教えてくれ!」
「ふえっ? どしたの急に」
「男として、“何か言ったか”はやめることにしたんだ。つまり言うまでしつこく訊く! 訊かれたくなかったら言ってくれ!」
「……いっつもそうやって問答無用なくらいで迫ってれば、誰でもコロリな気がするのになぁ。お兄様っていろいろともったいない人だね」
「? よく解らんけど“もったいない=価値がある”ってことでありがとう」

 言ってみたら笑われた。
 おまけにしっかりと聞き逃した“御遣いの本領”って言葉とその意味を教えてもらうに到り、要するに俺は無自覚の女ったらしとして見られていることが解った。
 その時はそんな馬鹿なと笑ってみせたんだが───……困ったことに、その後に始めた蒲公英との鍛錬の中、華雄の視線がず〜〜っと俺だけを追っていることに気づくと、さすがに笑えなくなっておりました。
 霞……きっと華雄を止められるのはキミだけだ。今すぐ帰ってきて華雄を止め……アレ? 霞が帰ってきたら抱かなきゃいけないんだっけ? …………あれ? や、嫌がってるわけじゃなくて……あれ? なんかどんどん逃げ道というか、自分の自由意志が無くなっていっているような……。

「なぁ蒲公英。自由ってなんだっけ」
「んあ? 好き勝手に行動できることじゃないの?」
「…………」

 以前の、この世界のことを何も知らなかった俺よ。
 きみは、きっと自由だった。
 そんなことを思いつつ、周囲からジワジワと固められていっている支柱という立場に向けて、乾いた笑いをこぼした。




ネタ曝しです。 *バトル、エキサイティング  バトルでエキサイティングといったらバトルドームでしょう。  ボールを相手のゴールへシュゥウーーーーッ!  超ォオゥ! エキサイティンッ!!  CMは生で見たことあるけど、買いはしませんでした。  あれ? その頃ってロマサガ1が発売したあたりだっけ?  ……思い出せない。 *ゴソゴソ……ビシィッ!  胴着の襟元をビシィと治せば呼吸も痛みもなんのその!  “道士郎でござる”より、道士郎がやっていたこと。 *華雄はワシが育てた  大半の選手は私が育てたんだもの。  星野仙一さんの名言……らしい。  “わし”はいったいどこから来たのか。 *もしや忍術!? 忍術でござるか!?  後藤くん。Fate/stay nightより、衛宮士郎の級友。  教室で士郎が凜に廊下からの狙撃で吹き飛ばされた際に言っていた言葉。  凍傷は半端な主要人物よりも後藤くんが好きです。  ただ最後にやったのが随分と前なので、セリフが正確かどうかは解らない。    はい、101話をお送りします、凍傷です。  今回短いです。  ほぼ戦っただけで終わりましたね。  いえね……実は久しぶりの連休があったんですよ。  これはいける!と“お話”のところに木曜更新予定と書いたほどです。  そしたらどうですか。  あれやってくれこれ頼むと願われるままに家族サービスしただけで連休終わっちゃいましたよ。  ……NOと言える人間になりたい。  でもNOって断ってやる小説とかって気分がノらないから困る。  そんなわけで短いです。  それでも一応30kbはあるのですが。  では、また次回で。  ……!? 一発で次回になった!? 馬鹿な! Next Top Back