155/“これからもよろしく”って、すごく眩しい言葉だと思う

 結局また夜まで鍛錬した先日より翌日の今日。
 疲れ果てて眠ってしまったために昨日の分の書簡整理が出来ていなかったので、それを朝の内に終わらせてしまう。うん、いい感じだ。軽いものならそうつまることもなくこなせるようにはなっている。
 近頃は困った事件も起こらないし、いやあ平和っていいなぁ……なんて思っていたまさにその時。最後の竹簡に手を伸ばして中身を検めると、俺の笑顔は無表情に変わったのでした。


『街の治安問題について

 先日、現在の警邏に当たっている華雄様と甘興覇様と、客人である馬伯瞻様が街中で言い争いを始めるという事態が───』


「なにやってんのちょっとぉおおおおーーーーーーっ!!」

 え!? 昨日!? 昨日って!
 え!? なんでこういうこと竹簡で出すの!? そういうのは直接言ってもらわないと北郷とっても困るんですけど!? やっ……そりゃあ昨日の内に検めておけば昨日の内に解ったかもだよ!? 疲れてたからって今日に回した俺が悪いんだけどさ! 仕事あまりないって言っておいたじゃない! こういうことはせめて直接言ってくださいお願いします!
 ええいもう!

「我を倒せる者はいないのかぁーーーっ!!」
「ここにいるぞーーーっ!」
「よしちょっとこっち来なさい」
「《がしぃっ》あれ? え、わ、ちょっとお兄様ー!?」

 呼びかけてみたら本当に居た蒲公英の襟首を掴んで歩き出した。
 向かう先は中庭の東屋。
 そこで正座してもらってきっちりと事情を聞くことにした。

……。

 そんなこんなで東屋。
 ひんやりとした石の床に気まずそうにちょこんと正座する蒲公英の前に立ち、竹簡をずずいと突きつけて笑う。

「えーとそのー、だから……ね?」
「うん、だから、なにかな」
「あぅう……お兄様、笑顔がとっても怖いんだけど……」
「……この竹簡、俺の警備隊の仲間が書いたものみたいでさ。ど〜して華雄か思春じゃなくて、そいつが書いてるのかな〜っていろいろツッコミたいんだけど、それよりもだ。……蒲公英さん? この馬伯瞻様が言い争う二人をさらに煽って〜って文字、どういうことかなぁ?」
「だ、だからぁ、それはぁ〜……そのぅ」

 言い辛そうにちらちらと俺を見上げる蒲公英。
 ……ハテ? あの蒲公英が言い辛そう? なんでも容赦無しに言いそうなイメージが強いんだが、これは……なにかある? チラチラと俺を見てるってことは、もしかして俺に関係したなにか……とか?

「蒲公英。それってもしかしてだけど、俺に関係ある?」
「《スッ》」
「露骨にそっぽ向くんじゃありません」
「やー……でもさすがにこれはたんぽぽでも戸惑うっていうか。むしろ暴露しちゃいたいとは思ってるんだよ? でもそれってある意味お兄様にも原因があるわけだし」
「俺に原因?」

 ますますハテ?
 俺、華雄や思春になにかしたっけ。
 華雄は……なんか俺をじっと見ることが多くなって、思春は俺を避けることが多くなって…………待て待て、共通点とか言い争いに繋がるものが見えてこないぞ? 普通に食べ物の恨みとかじゃないのか? この世界での言い争いって、なんだかそっちの方向ばかりに結論が向く気がするんだが。

「考えてみたんだけどさ。全然答えに結びつかないぞ? 二人のことで俺が気にかかってるものって言ったら、華雄が俺のことをじっと見るようになったこととか思春が俺を避けるようになったことくらいだぞ?」
「なんだ、お兄様ってば解ってるんだ」
「へ?」

 ……解って? いや、蒲公英さん? 解ってるならここで悩んだりとかしていないんですけど? むしろその理由を胸に二人を仲直りさせようと走っているだろう。
 今挙げた二人の理由で俺に関係があることっていったら……



=_=/妄想です

 街中をゆく。街の案内と警邏がてらのとある日のこと。

「最近、気がつくと北郷を目で追っているのだが」
「…………(寡黙)」
「お兄様ってからかうと面白いよねー」

 歩く姿は主に三人。
 それを少し離れた位置から追うように歩くのは、警備隊の連中だった。

「しかし俺達も遠いところまで来たよな……」
「魏で警備隊をやるってことになった時は、どうなることかと思ったよな」
「お前は途中参加だったからまだいいさ。最初の頃なんてギスギスしてて空気悪かったんだぞ? 今でこそこうやって話しながら歩いてるけどさ、無駄口叩こうものなら上に報告されて厳しいお叱りがあったのさ」
「へええ……そりゃ怖いな」
「しっかし、隊長が支柱の同盟かぁ」
「……世の中、どう動くのかなんて解らないもんだなぁ……」
「だよなぁ……」

 警備隊の連中は小さく苦笑をこぼしながらも歩く。
 喋りながらでも目を光らせているのはさすがの経験者というもので、子供が転びそうになるや咄嗟に助けたり、道に迷っている人が居れば案内をしたりと実に親切だ。
 そんな気配に思春は誰に見せるでもなく静かにフッと笑い、それに気づかない華雄と蒲公英は北郷一刀についてを語っていた。

「しかしずっと見ていて解ることもある。まだまだ未熟だ」
「お兄様、確かに頑張ってるけど頑張る方向が時々妙な方向に飛ぶもんね」
「…………(寡黙)」

 思春は特に言葉を発さない。
 しかし同意出来る発言が出れば、じっと見なければ解らない程度に頷いていたりもした。

「だが、もはや私に北郷のことで解らぬことなどないだろうな。やつの癖も行動基準も全てを掴んだぞ、私は」
「えー? それはちょっと答えを急ぎすぎてるんじゃないかなぁ。お兄様のことだったらたんぽぽもお兄様に……ちょ・く・せ・つ、いろいろと教えてもらったし、顔が真っ赤になるようなことを耳元で語られたこともないでしょ?」
「顔を真っ赤に……!? き、貴様、いったいなにを……!」

 *:体験談を語られただけです。

「武だ武だ言ってる猪さんにはそんな経験ないでしょ。どうせ二人きりで居たって武の話でしか盛り上がれないに決まってるし」
「な、何故解った!《がーーーん!》」
「んや、そこは嘘でも否定しようよ……」
「…………(寡黙)」

 賑やかな二人に対して、思春はあくまでマイペース。
 そんな思春をちらりと見た蒲公英は軽い悪戯心に惹かれるままに、彼女にも声をかけた。

「ところでえっと、甘寧だっけ。この人はどうなの? 蜀に来た時からお兄様と一緒に居たけど」
「む? 脳筋だ」
「!?」

 無言な彼女の肩が跳ねた瞬間である。
 思わずそれは違うと止めに入ろうとするが、 

「? なにかある度に北郷に刃物を向けているだろう。それは脳筋ではないのか?」
「!?」

 さらなる衝撃が彼女を襲った。
 しかしそれでも武力行使に出ているわけではないのだからと言おうと

「あ、それこっちに来てもなんだ。蜀でも結構そういうの見たけど、まだやってたんだねー」
「………」

 ……する暇もないままに、どんどんと問題は積み重なっていった。
 思えば会う度に首に刃物を突きつけている気がする。
 最近では視線も合わせないし、もやもやする時はそれを振り払うために武器を振り───

「? それは脳筋ではないのか?」
「!?」

 口に出ていたらしい。
 心に甚大なダメージをくらい、彼女はよろりとよろめいた。
 確かに、無心になりたいからと頼る当てが武器というのは……どうなのだ?
 だが自分はそれ以外の無心になれる方法を知らない。
 いっそ瞑想でもしていればよかったのだろうか。

「ところでさ、華雄ってお兄様のことどう思ってるの?」
「好敵手だ!《どーーーん!》」
「わお、即答!?」
「あの叩けば叩くほど強くなる様はいいな。普段は情けなくて不甲斐なくて頼り甲斐もなくてそこいらに居るような普通の男だが、氣が扱えるところだけは評価出来る」
「うわー……それだけなんだ……」
「他になにがある?」
「…………ない、かな」

 解決した。




-_-/一刀

 ……って。

「いやいや解決しちゃだめだろ! つか俺、妄想でもどこまで自分に自信がないんだよ!」

 妄想の中でくらいもっと自分を立てよう!?
 事実だけどさ! 事実だけどさぁ!!




=_=/妄想・再

 北郷一刀───またの名を三国時代に光臨した超新星・シャイニング・御遣い・北郷。
 彼は三国時代にご光臨あそばれ、笑みが無かった時代に人々を救った英雄として───ってだから待て。



-_-/一刀

 ……真面目にやろうな、俺。

「お兄様……ひょっとして疲れてる?」

 ぽかんと呆れた顔で俺を見上げる蒲公英の前で、俺は静かにこくりと頷いた。

「えぇと、つまりあれか。思春が華雄と蒲公英にからかわれて激怒して言い争いになったとか」
「ふえ? えと、うん、まあそんな感じかな。あれは怒ったっていうよりは照れ隠しなだけにも見えたけど」
「照れ隠し? ……思春が? ───あ」
「にしし、そうそう、あれは絶対そうだよ。もうね、あれはぜ〜ったいにお兄様のことが好きだよ。もうね、いろいろとツンツンしちゃうんだけど、手を差し伸べられたら散々と文句を言いながらも最後には押し切られて手を掴んじゃうみたいなそんな《ヒタリ》ほわぁーーーーっ!!?」

 思春が? と言った時点で蒲公英の背後に人影。
 ふるふると肩を震わせた誰かさんが鈴音を構え、好き勝手に言っていた蒲公英の首へとそれをそっと押し当てた。うん、解るよ蒲公英。鈴音を首筋に当てられると、刃の冷たさと明確な殺気の所為で出したくなくても悲鳴が出るんだよなぁ。
 まあそれはそれとしてだ。

「思春」
「《ビビクゥッ!!》ふわっ!? なっ……北郷!? 貴様いつからそこに……!」
「最初から居たけど!? え!? 居たよね!?」

 思春に存在を疑われるとすごく怖いんですけど!?
 いや、むしろこの場合、俺に気づかないくらいに周りが見えていない思春に問題があるのか?
 嗚呼いやいや、それはそれとしてだよ、うん。

「思春、とりあえず鈴音下ろそうね」
「……何故私が貴様の言うことを───」
「正座」
「………」

 ビキリと笑顔のままに竹簡を見せると、無言でしおらしく、ちょこんと蒲公英の右隣に正座する思春さんの図。鈴音はしっかりとしまってくれたようだ。
 なのに顔はなんだか、傍から見るとにょろーんとか言いそうな顔だ。

「思春……キミともあろう者がなんだって街中で言い争いなんて……」
「言い訳を口にする気はない。罰するなら罰しろ」
「罰はこの説教と正座だから、言い訳はきちんとするように」
「くっ……! 蓮華さま、申し訳ありません……! こんな場所に来てまでこんな失態を……!」
「そういうのはいいから話して、お願い」

 じゃないと話進まないから。

「どうせなら華雄も居てくれたらいいんだけど」
「へ? 華雄だったらさっきから中庭方面の柱の影からお兄様のこと見てるけど?」
「怖っ!? え!? どこ───って居た! ほんとに居たよ! ちょっ……華雄!? 華雄! こっち来て! 見てないでいいから! 通り過ぎる侍女たちがなんかわざわざ回り道したりとかしてるから! お願いこっち来て!」

 通る人通る人が柱の影から俺を見る不気味な存在に驚き、ジリジリと制空圏的なものの内側へ入らないようにジリジリと一定の距離を保ちつつ歩み、離れてゆく。そんな光景が耐えられなくて呼んでみると、何故かバババッと身なりを整えてはっはっはと笑いながらこちらへやってきて、

「き、奇遇だな北郷! さあ鍛錬だ!」

 と、奇遇でもなんでもない謎の言葉を仰った。
 あっ……あれだけ凝視しといて何言ってるのこの人! 怖い! ほっといたらストーカーになりそうでとっても怖い!

「華雄、とりあえず正座」
「なに? おお、座禅の鍛錬か。氣を増やすという名目でやらされたな。以前は胡坐だったが」
「いや、そうじゃなくて。……街で言い争いしたことについての説教」
「………」

 あからさまに残念がって俯いてしまった。
 しょんぼりと蒲公英の左隣にちょこんと座る華雄を見て、ようやく話を進められることに安堵の息を吐いた……が、どうやら三人にはこれが面倒ごとへの溜め息と受け取られたらしく、珍しく思春も含めた三人の必死な言い訳会が始まった。

「いやまて、違う、私はこの耳年増が北郷はいずれ馬超がもらっていくからなどと言うからだなっ」
「たんぽぽはこの脳筋がお兄様のこと、支柱だろうが御遣いだろうが強ければどうでもいいなんて言うから、どうでもいいならそこらへんの筋肉馬鹿の男とでも楽しんでればいいじゃんって!」
「……言い訳をするならば、この二人がしつこく私が北郷を意識していると言ってきたから否定をしただけだ。この手の輩は自分が正しいと思うと人の話などは聞かずに自分の言葉だけを発する。人が話し始めたならば、自分の言葉は一旦止めるということにすら気を使えんとはな」
「にししっ、あれ〜? 言い訳になった途端、急に饒舌になってるよ〜?」
「なっ!?」
「図星か。まあ、解るぞ。私も考えることはどうにも苦手だが、こう……言い訳の時ばかりは随分と口がよく動く」
「一緒に───! ……こほん、……一緒にするな」

 ……言い訳を始めた途端、あっと言う間に思春が集中攻撃され始めた。
 それを見て“あ〜なるほど”と思ったわけだ。
 つまり、街中でもこんな感じで思春をからかいまくったわけだな。

  結論:思春、巻き込まれただけだよこれ。

 少し様子を見てみたところで、蒲公英が出す喩えに華雄がうむうむと腕を組んで目を伏せ頷き、思春がところどころで顔を真っ赤にしながら仰け反るように驚き、言い返したりもするんだがあっさりと返されてまた焦る。
 やがて返す言葉が見つからなくなってきたのか、そもそも人と話すのが苦手なのか……彼女の顔がどんどんと真っ赤に───むしろ真っ赤っかになっていき、口があわあわと動き、目が渦巻き状態になったあたりでブチリと何かがキレた音がして───その場は、戦場と化したのでした。

「わーーーっ! 思春がキレたぁあーーーーーーーっ!!」
「あはははは! やっぱり図星なんだー! やだなぁこれだから頭が固い人は。好きなら好きで告白くらいしちゃえばいいのにー」
「だだだだっだだだ黙れぇええええっ!!」
「フッ、決闘か! 面白《ピキーーーン!》ぐわぁああああああっ!!」
「うおっ!? ど、どうした華雄!」
「くっ……な、なんだ! これはどうしたことかっ……足が、足が痺れて動かない……!?」
「もう痺れたの!? どれだけ正座に弱いんだよ華雄! 胡坐の時は全然痺れなかったのに!」
「せ、正座……これは正座の所為なのかっ……! フッ……ば、罰というだけはある……!」
「言ってる場合か! 思春、とりあえず落ち着───なんで俺まで狙ってるの!? あれぇ!? 俺なにかしたっけ!?」
「だだ黙れぇえ! そもそも貴様がっ……貴様がぁあっ!!」

 目が手書きしたような渦巻き状な彼女が暴れる!
 ソレは足が痺れた華雄やキシシと笑って逃げ出す蒲公英───を追わず、何故か俺に的を絞ってウォオオーーーーッ!!?

「だっ、ちょっ! なんでいつもこうなの!? 今回ばかりは素直に蒲公英を狙うべきだと思うけどなぁ俺!」
「だっ……黙れと言っている……! 貴様が……貴様さえ……き、きさっ……」

 鈴音を構え、しかし立ち止まってくれた思春は俺をじっと睨み……言葉の途中でさらに顔を赤くすると、言葉も途中だというのに襲い掛かってきた!? ええいどうする!? 冷静になってもらうにしても、まずは鈴音をなんとかしないと止まってくれそうにないし……ハッ!? こういう時こそ意外性!
 普段俺がやらないようなことをやってみせて、そのポカンとした間隙を縫うように鈴音を弾くか奪えば───!

(集中! 左手に氣を込めて───!)

 生憎と鍛錬のために来たわけじゃないから木刀はない。
 ならばと、編み出したばかりの氣の応用で対処する! 大丈夫、これはきっと驚いてくれる! 驚いた瞬間に武器を奪えばなんとかなる!
 つかそんなことをもたもたやってる内に思春が目の前にキャーーーッ!!?

「うわわわわちょ、ストップストップ!!」

 慌ててフィンガーマシンガンを発射。
 殺傷能力皆無の幾つものソレが鈴音を振りかぶっていた思春に当たり、テンパってて周りが見えていなかった彼女は彼女にしては大層驚いたようで───あろうことか、振りかぶったまま躓いた。
 “あ”と俺と思春が声も出さずに口のカタチを変えるのと、次の展開が頭の中に浮かんだのはほぼ同時。こんな時こそ氣だけで体を動かして、普通ならば間に合わない状況からの脱出を───なんて思っている間に思春に巻き込まれるようにして地面に倒れ───ない。下半身に氣を込めるまでは成功したお陰で、それが倒れることを許さなかった。
 ……のだが、この状況はまるで思春が俺に抱きつくような状況であり……

「あ、あのー……思春? 落ち着いた?」
「!?」

 軽く声をかけてみれば、再びビクーンと身を弾かせる思春さん。
 そして、また暴れられてはたまらないと、そんな彼女をギュムと抱き締めて脱出不可能にする俺。蒲公英が“わおっ、お兄様ったらだいたーん”とか言っていたが気にしたら負けだと思う。
 それでも暴れようとするなんとも珍しく冷静じゃない彼女に、俺も珍しく軽くとはいえ拳骨を落とした。こう、ごすんっと。

「! ……? ……!?」

 あ。なんか信じられないって顔で俺と拳とを交互に見てる。
 むしろ何も言わずにそんな挙動をされると恋を見ているみたいでくすぐったいんだが……。

「とりあえず急に刃物を持って暴れた罰。いつも冷静で居ろなんて言わないけど、暴れるなら武器は無しで是非お願いします」

 ……あれ? なんか途中からお願いに……。
 いやまあ実際に口で語るよりも怖かったし。慣れたとはいえ刃物は刃物だもの、振り回されれば怖い……つかそんな振り回される状況に慣れるなんて環境が一番怖いよ俺。

「それで? なんだってまた急に暴れだす気になったんだよ。いつもの思春なら、他の人のからかいの言葉なんて右から左へスルー……気にすることもなく流せるのに。あ、今の思春がいつもと違うのは重々承知してるから、そこのところの誤解は勘弁で」

 見て解らないのかとか言われるのも困る。
 ……や、実際には大変珍しい状況ではあるものの、俺は結構嬉しがっていたりする。だってあの思春が感情剥き出しで暴れるなんて、本当に珍しい。いっつも内側に溜め込んでいる印象があるから、たまには発散させなきゃ辛いんじゃないかとか思ってたし。
 だから……まあその。俺が出来ることなら、出来るだけ何かをしてあげられればなぁとか思うわけだ。まさか蒲公英や華雄が言うように好いた惚れたの話でもないだろうし。

「あっ、ぐっ、そ、それは……貴様……貴様が……」
「ん、俺が?」

 出来るだけやさしく語りかける。
 逃げるつもりはないからゆっくりと話してくれって意思を込めて、拳骨を落とした場所をやさしく撫でつつさらに落ち着かせるために彼女を自分の氣で包みながら。
 ………………ハテ。
 さっきよりもよっぽど慌て始めたんだが。
 なんで? とばかりにちらりと蒲公英を見ると、構わん続けなさいとばかりにサムズアップされた。……相手が蒲公英って時点でいろいろと問題もある気がしないでもないが、俺がそうしたいって思ってやったことでもあるんだから続行に異存はなかった。
 そんなことを続けていると、暴れていた思春の体がやがて鈍り、終いにはへにゃりと力を無くして完全に俺にもたれかかるようになって……あれ? 思春? 思春さん!? もしかして具合でも悪かった!? ……と心配になって顔を覗いてみれば、これ病気でしょうとツッコミたくなるくらいに真っ赤っかな顔の思春が、俺の視線から逃れるように顔を背けた。
 その目はひどく潤んでおり、まるで恋にトキメく少女のような───…………ような……? ………………風邪か!《どーーーん!》
 ってそうじゃなくて! え……え!? 恋!? あの思春が!?

(いったい誰に……!!)

 ……なんてことはもう思いませんし、口にしたらまず刺されます。
 この状況でさすがにそれはないだろ俺よ。
 えーと、これはつまり…………そういうこと、なんだよな……?
 いやいや待て待て、そうだとしても好きになるような要素がいったい何処に? そりゃあ他の男性に比べたらよっぽど思春と一緒に行動してきたし、一緒の布団で寝たことも野宿したこともある。惚れ薬に浮かされて、キスしそうになったこともあったけど未遂だったし……それ以外はほぼ冷静にツッコまれたり呆れられたり見下されたりの連続だった気がする。
 ……この北郷、正直に申し上げます。

(惚れられる要素がてんで見つからない……!)

 自分のことなのにね。おかしいね。
 いや、もしやすると思春はだらしのない男を支えるのが好きな、そんな姐御肌気質の人なのかもしれない。実際に錦帆賊のみんなにも慕われてたし、なんだかんだで今まで支えてくれていたし……!

(そ、そうだったのか……!) *多分違います

 でも、じゃあいつからだったんだろう。
 なにせ思春の性格だ、きっと極々最近……恐らくは惚れ薬騒動あたりからの問題だったのではと思う。だって実際、あの辺りから避けられてた気がするし。
 落ち着かせるようにやさしい氣で包みながら訊いてみる。さすがにストレートにズバッと訊くのは無茶がすぎるというか、デリカシーに欠けすぎるのでソッと。すると…………大変信じられないことに、自覚はなかったもののどうやら呉に居た時には既にとのことで……! ば、馬鹿な! 思春が!? あの思春が!? ……などと本気で驚いてしまった俺は、きっと悪くない。口に出さなかっただけ見事だったんだろうが、顔に出たんだろう。胸に抱いている思春はともかく、蒲公英には呆れたような目で見られてしまった。……ちなみに華雄は「ところでいつまで抱き合っているんだ?」と首を傾げていた。
 いや、むしろこの場合、思春がそれを話してくれること自体が奇跡か。なんかちらりと見てみればいろいろと観念したというか、諦めたような顔で俺に全体重を預けきっている。あの思春が。なんか頼られてるみたいでちょっと……いや、かなり嬉しい。
 思えばこれだけ一緒に居たのに、こうして体を預けるように寄りかかってくれたのなんて寝顔を写真に収めた時くらいだった。無防備な寝顔を見られるという大変珍しい瞬間だった。あの時と違うことといえば、今の思春は起きていて、自分の意思で身を預けているということで。

(……やばい、なんか本当に嬉しい)

 ただそれが本当に色々なことを諦めたからなのか、自分を好いてくれているからなのかが……正直ちょっと怖い。前者の場合だと“私が北郷ごときを……!”とか言って潔く切腹! なんて話になるかも……と、おかしな方向に想像が飛んでしまう。さすがにそれは無いだろうが。
 しかしながら、そう思ったとしても相手が思春ならやりかねないと思ってしまうのも事実なわけで。だって本当に俺の何処を、あの思春が好きになってくれたのかが解らないんですもの。

(解らないなら解らないなりに───)

 そうだな、知っていけばいいのだ。
 こういう時に無駄な質問は無しだ。今解らないならじっくりと知っていきましょう。この状況でごめんなさいは流石に無い。大体身構えすぎなんだ、俺は。
 好き合った途端にああいうことをするんじゃないかって構えていて、相手の気持ちに気づくのに怯えている。ゆっくりと受け入れていこうとか言いながら、先延ばしにしているだけじゃないか。───だが言おう。そんな自分に呆れていたとしてもすぐに手を出すのはやっぱりどうかと思う。
 なので……やっぱりじっくりと。
 思春が嫌いかと訊かれれば、きっぱりと否と言える。
 結果として刺されることになった呉でのあの日、俺の我が儘でやりたかったことを最後まで見届けてくれて、その所為で自分が将としての立場を追われてもずっと一緒に居てくれた。立場の保守よりも呉の平和を願った彼女を嫌えるはずもない。

(うん)

 自分の気持ちと向き合ってから、改めて思春の体を抱き締めた。
 途端、くたりと力が抜けた体がびくりと震えた。
 軽く身動ぎをしたようだけど、上手く力が入らないのか抵抗であるかとも思えない程度のものだった。

(なんか……)

 本人には失礼なことかもだが、小動物を抱き締めているみたいで可愛い。
 むしろ思春がこんな風に大人しくなる状況、考えたこともなかった。
 そもそもこういうこと自体、魏のみんなとしかするつもりもなかったあの頃を懐かしむ。あれからしばらく───呉に行って蜀に行って魏に戻って、お祭りをして都を作って。なんだかんだで一緒に居た時間も長いのに、おかしな話になるけど……いたした相手が魏では華琳だけに対して、こっちでは美羽に七乃って……。あれだけ恋焦がれた魏なのに、本当におかしな話だ。
 や……なんというか、霞が帰ってきたらそういうことをするって話にもなっているわけで、恥ずかしながら今からドキドキしている自分も居るわけで………………ん? 魏? 魏…………

(はうあ!!)

 魏……魏!
 やばい忘れてた! 魏だよ……華琳は俺がああ言ったから度外視するにしても、美羽と七乃の件はどうやったって弁解のしようが……!
 ……頭の中に、“ふーん? じゃあ一刀が支柱になったら、真っ先にちぃが自然の流れで愛してあげる”という言葉が蘇ったが故の動揺であった。

(真っ先に……真っ先に……! ア、アワワ……!)

 次いで、“あ、でも……他の誰かに誘われて、あっさり抱いちゃったりしたら本気で怒るからね?”という言葉が頭の中に浮かぶと……もう自分の未来が真っ暗になってゆくのを見送るしかございませんでした。
 だからそのぅ……ついこんなことを口走ってしまうのも、日々を女性の力強さに驚きながら生きてきた俺にしてみれば、ある意味当然で、でもいろいろとひどいことだったわけで。

「ア、アノ、思春サン。これからもソノー……俺の傍に居てくれるカナ」

 口走った言葉はソレ。
 びくんっと思春の体が再度跳ねて、それを体で感じ取った瞬間にハッとなって自分で自分を殴った。もちろん、氣を付加させた状態で。
 耳の奥がゴンバォゥン!と破裂するような衝撃とともに涙まで出てふらついたが、ざまぁない、自業自得だ。脳が揺れるのを実感しながらもなんとかふらつく体に喝を入れて胸をノック。そうじゃないだろ、と。

「ごめん、言い直す。……思春、これは命令とかじゃなくて“お願い”だから、よく聞いて、よく考えて答えてほしい。───打算や気負いも無しに、これからも俺の傍に居て欲しい」

 状況に怯えて誰かを欲するのは酷い話だと思う。
 しかもそれが相手の気持ちを利用したものなら最悪と言ってもいい。
 勢いとはいえ口にしてしまった自分の言葉に吐き気と頭痛と眩暈と嫌悪感と……ア、アレ? なんかいくらなんでもいろいろ感じすぎじゃない? あ、本気で自分を殴ったからか。なんかもうふらふらしずぎて立っているのも辛い。自分に苛立ったからってやりすぎた……? い、いや、自業自得だ。自分に向けてでも言い放てるぐらいに“ざまぁみろ”だ。
 でもやっぱり当たり所が悪かった所為で、俺は思春が俺を見上げるのと同時に……擦れ違うようにぽてりと地面に倒れた。ええ、もう顔面からストレートでしたよ。それで気絶したのか、それからの意識はぶっつりと途切れていた。


───……。


 ふと目が覚めると見知った自室の景色。
 真っ先に目に付く天井を景色って呼べるのかは別として、鋭く痛む頭に顔をしかめると、すぐ近くで誰かが動く気配。視線を動かしてみれば、そこに思春が居た。

「……お、おはよう?」

 今が何時なのかも解らないままに口を開いたら、いつものように溜め息を吐かれた。
 ……まあ、たったそれだけのこと。
 それだけのことなのに、酷く安心している自分が居た。

「思春だけ? 蒲公英と華雄は?」
「それぞれの仕事に戻った。私は……華雄と馬岱にここに居るようにと……」

 キリっとした表情が戸惑いに変わりながら、ごにょごにょと口にする思春。
 今日だけで……あれ? 今日でいいんだよな?
 ……今日だけで、いろいろな思春の顔を見ている気がする。
 それが嫌だっていうんじゃなくて、あれだけ一緒に居たのに知らない顔の方が多いんだなって気持ちが、自然と顔を笑ませていった。……まあ、頭はまだ痛いんだが。

「そっか。じゃあ俺も……」

 ちらりと見ると、机の上に書簡がいくつか。
 頭は痛むけどそれくらいは出来るからと整理に向かおうと立ち上がる。……と、すぐにムンズと肩を掴まれて、ポスリと布団に寝かされた。

「思春?」
「寝ていろ。私が取ってくる」
「いや、落款もしなきゃだし、起きなきゃ」
「寝ながらでも出来る」
「いやいや流石にそれは行儀がどうこうの問題じゃないか!?」
「黙れ」
「だまっ……!?」

 驚いている俺をよそに思春はテキパキと行動して、寝台の傍に小さな円卓を用意するとその上に書簡のいくつかと落款印を置いた。
 そして仰向けに寝転がる俺に“さあ”とばかりに書簡の一つを渡し、読めと促す。……戸惑いつつも、というかむしろ用意してくれた人に悪いなと思いながらも読んでいき……内容を確認すると、「落款が必要か?」と訊ねてくる。
 戸惑いつつも頷くと落款印を取ってその書簡に印を落とす。
 そして次の書簡を渡してきて……ってあの思春さん!?

「いや、さすがにこれはまずいんじゃないかなぁ!?」
「問題ない」

 頭に“大丈夫だ、”とつけたくなるような凛々しい物言いだった。
 そしてどうやら問答無用の構えらしく、さあと書簡を突きつけてくる。

「………」

 観念して読むことにした。
 結局これも自業自得の枠内なんだろう。
 そういったことを何度か続けて、書簡を片付けることに成功すると……今度は水差しなんかを用意してくれて、喉は渇いているかだの汗は掻いていないかだの……思わず“どなた!?”と言いたくなるようなことをテキパキと、というより甲斐甲斐しくなさってくださり、なんかもう俺、どこかで死亡フラグでも立てたっけ? なんて思ってしまう状況の中に居ることを自覚していた。
 脇役が目立つと少しして死ぬとか漫画でよくありましたよね。
 今、そんな心境。
 あの思春が俺にこんなにやさしいなんて……俺明日あたり死ぬんじゃない? って、そんな心境なのです。解りやすいですか?

「エ、エートソノー、思春サン?」
「なんだ」

 キッと睨まれる。
 しかしその睨む目が俺の視線と合うと、視線は細かにあっちへ行ったりこっちへ来たりと落ち着きが無い。

「その。どうして急にこんなことを? この頭痛とかって俺の自業自得なのに」

 少し怖かったものの、思い切って訊ねてみた。
 思春ならこういう時、正直にズバッと言ってくれるだろうし。まあどうせ勝手に倒れた俺の看病を華雄や蒲公英に押し付けられた〜とかそういう理由で───

「……!《グボッ!》」
「ややっ!?」

 ───思考が吹き飛ぶくらい驚いた。
 なんと、訊ねてみたら思春の顔が瞬間沸騰するじゃないか!
 しかも今までの平静さが嘘のように目は揺れて、足はじりじりと俺との距離を取って、目は潤んで……ああ、忙しい目ですね思春さんとかツッコミたくなるくらいだった。
 しかしそんな思春がぽそりと呟く。
 真っ赤なまま、揺れる瞳のままに、しかし俺の目をしっかりと捉えて。

「お前が……っ……傍にいろと、言ったんだろう……っ!」

 たったそれだけ。
 でも、“よく考えて答えてほしい”と言った言葉への、それは確かな返事だった。
 …………訪れる沈黙。
 体に走るのはくすぐったいような、なんとも言えないなにか。
 たぶん、それは嬉しさだ。
 上手く纏まってくれない、というよりは上手く動いてくれない頭の中で必死に手繰り寄せた答えがそれ。嬉しいなら拒む理由なんてなくて、だから俺はその嬉しさのままに顔を緩ませて……いつかのように手を伸ばした。
 時間はもう夕方だったらしい。
 窓から差し込む西日が眩しい朱の景色の中、自分の攻撃でどれだけ気絶してたんだよと苦笑も混ぜた笑顔とともに……真っ赤な彼女がためらいがちに伸ばした手を握って、今までの感謝とこれからの感謝も乗せた言葉を口にした。

「これからもよろしく、思春」

 始まりを言ってしまえば結構最悪な部類の出会いだったと思う。
 俺の下に就くことになってから悶着も何度もあって、手を繋いで友になったりもした。
 手を繋いだからには奇行に走った時には止めると言ってくれた彼女。
 知らない部分でも相当助けられたんだろう。
 彼女は言った。『私が認めたのは、“貴様の行動によって民の騒ぎが治まった”という一点のみだ。それを増やすも減らすも貴様の行動次第ということを忘れるな』と。
 自分は……それらを増やしていけたのだろうか。
 そんなことを考えたけど……口にするまでもないのかもしれない。
 二度目に手を握ったいつか、自分が口にした言葉を思い出した。

(笑ってくれ、思春……ねぇ。今思うと相当恥ずかしい)

 でも、だ。
 もう、わざわざ口にする必要なんてないんだな、なんてことを苦笑しながら思った。
 満面とまではいかなかったけど───俺の手を照れながら、けれどしっかりと握る彼女は、朱の陽に負けないくらいに眩しい笑顔だった。


───……。


 ……と、綺麗に終わっていればよかったんだが。
 いや、綺麗に終わったよ? その時は確かに綺麗だったんだ。間違い無い。

「いただきまー《サッ》あれ? 料理が消えた?」
「毒見が先だ」
「毒!? いやこれ俺が作ったんだけど!?」

 これからもよろしくと言ったその日から、確かにちょっとおかしいかもと思わないでもなかった。なんかテキパキさんだし、看病とか率先してやってくれたし。

「じゃあ着替えるから外に───」
「動くな。私がする」
「結構です! 結構───やっ、ちょっ、なんで脱がそうとするの!? いいって! 自分で出来るって! やめっ……キャーーーッ!!?」

 翌日から段々とその行動は大胆になり……

「おいっちにっ、さんっしー、よしっ! 準備運動終わりっ」
「まだだ。急に動いては体を痛めることになる」
「既にいつもの倍やりましたが!? え、ちょっ、これ以上なにをしろと!?」
「自分が三国の宝であることを忘れるな。言葉通りだ、自重しろ」
「準備運動でそこまで言われたの初めてなんですけど!?」

 ……なんか、思春が物凄い過保護に……

「さ、さあ、給金……給金? 一応の主として、これは給金って言えるのか……まあいいや給金だ。お金も入ったことだし、たまには自分の服を買いに───」
「付き合おう《む〜〜〜ん》」
「いつも思うけど何処から出てきてるの!? え!? 仕事は!?」
「支柱の護衛以上に大事な仕事があると思うのか?」
「グ、グゥムッ……!」

 仕事を盾にしてみれば“うるさい静かに見てろ”とばかりにこう返されてしまい、ずるずると幾日……。服を買う時も“目立つものを着ればそれだけ狙われやすくなる”という理由でとびきり地味なものを買うハメになったり、久しぶりの外食だーって時にもやはり毒見から始まって……。

「お、おやっさん! 激辛麻婆丼と汁物として清湯! 清湯はめちゃくちゃ熱くして!」
「!?」
「おう! 任せときな! とびきり辛くて熱い料理を食わせてやるぜぇ!」

 でもさすがに仕返しとばかりに激辛麻婆丼と熱いスープを頼んだ時は、別の意味で顔を真っ赤にしながら涙目で俺を睨む思春の姿が目撃された。
 めっちゃ辛いものを食べたあとの熱いスープ……地獄です。
 これくらいの仕返しは笑って許してください。
 だって……毒見が終わったら、俺が全部食わなきゃいけないんですから。
 もちろん全部食べ終わるまで、向かいの席で腕を組んでむすっとした顔の思春さんに見守られながら待たれました。試しに「残していい?」と訊「許さん」……即答でした。
 しかしまあ、こうまで付きっ切りだと突っかかってくる人も居るわけで。

「主様! 今日こそは妾と遊ぶのじゃー!」
「だめだ《どーーーん!》」
「お主には訊いておらぬであろ! いつもいつも邪魔ばかりしおってー!」
「一刀には貴様と遊んでいる暇などない」
「かっ……!? おおおおお主いつの間に主様を呼び捨てになぞーーーっ!!」

 もちろんそれは美羽であり、時に七乃であったりもする。
 原液のまま薄めずに飲んだ所為か、あれから幾日が過ぎても美羽は大人のままだ。
 そんな彼女らの言い争いを見ていると、まるで俺が蓮華に話しかけようとすると武器を構える思春を見ているようで…………ああ、今の俺が蓮華ポジションなんだ。苦労してたんだなぁ……蓮華。
 しかしながら思春の“一刀”って言葉には俺も驚いた。驚きの拍子に思春を見ると、ブンッて音が鳴るくらいに一気に顔ごと目を逸らされた。……そしてそれからはまた“北郷”に戻る。……エート。よく解らないんだけど、これも乙女心とかいうやつですか?

「一刀さぁ〜ん、今日も倉庫へ本を───」
「私が行こう《ずずいっ》」
「へぁえっ!? あ、え、えーと、思春ちゃん? わたしは一刀さんに〜……」
「私が行く。本を取るだけならば誰が取ろうと同じだ」
「え、えー……? で、でもね? これはね? 本に慣れる練習も含めたことでね?」
「なるほど。ならば本に狂いそうになったなら私が止めよう。常に鈴音を構えているから、興奮に身を焦がそうものなら頭部が胴体と分かれることに───」
「かかか一刀さぁああん!! 思春ちゃんが! 思春ちゃんがおかしいですぅう!!」
「本で性的に興奮する穏に言われたくはない」
「《ぐさっ!》はうぅっ!!」

 なんだか俺以外にも鈴音を構えるようになって、いやむしろ俺に向けることが少なくなったくらいであり……な、なんて例えればいいんだ? 過保護……はもう言ったし、子を守る親……は言いすぎだよな。とにかく周囲への警戒心が随分と高い。
 お陰で、というのもヘンな言葉なんだが、普段よりも自分の時間が取れていたりする。代わりに失ったものといえば……他者との交流……かなぁ。
 や、もちろん用事があれば会うことも出来るし話すこともそりゃあ出来る。むしろ四六時中俺と一緒に居なくてもとツッコミを入れたい。思い立ったら吉日とはよく言ったもので、早速その旨を伝えてみれば「仕事はきちんとこなしている。問題はない」とキッパリ。
 こっそりと警備隊の兵に話を聞いてみれば、確かに警邏の仕事もしているのだという。……いつ!? え、なに!? 残像拳!? それとも分身とか出来るんですか!?

「よーしよしよし、もう痛くないからなー?」
「うぐっ……ひっく……」
「ん、よく痛いの我慢したな。応急処置だけど、ちゃんと治るまでは走り回ったりしちゃだめだからな?」
「う、うん……ありがと、みつかいさま」
「おうっ。今度は気をつけて走ろうな?」
「うんっ」
「ははっ、いい返事───ってこらこらっ! だから走るなって───あ、あー……もう」
「ほう……言った矢先に全速力で駆けていったな。力強いことはいいことだ。……しかし、氣は傷の治療にも役立つか。私の氣も、武に回される前に扱えればよかったのだが」
「華雄の場合、それがある意味で個性っぽいからいいんじゃないかな。というか怪我らしい怪我なんてしないだろ」
「鍛えているからな《どーーーん!》」
「そこで胸を張れるところも華雄らしさなんだろうなぁ……って、あれ? 思春は?」
「む? 怪しい輩を見つけたとかで、いつの間にか居なくなったな。なんでも北郷のことを見つめながらついてくる女性が居たとかなんとか」
「…………それ、ただ“御遣い”の物珍しさについてきただけとかじゃ……」
「………」
「………」
「………」
「思春を探そう、全力で」
「御意」

 その後、珍しくも相当にキリッと返事をした華雄や警備隊のみんなとともに思春捜索が開始された。結論から言って、一応数人の警備隊も一緒だったからすぐに見つかったんだが……

「つまり貴様は北郷……御遣いの姿を一目見たいと、商人の父とともにここへ来たと?」
「は、はっ……はいぃ……! わわわたしっ、父のように商人になるのが夢でっ……!」
「それで遠巻きでしか見たことがなかった御遣いを見てみたかったと?」
「そそそそそうですそうです!《こくこくこくこくこく!》」
「……なるほど。嘘は無いようだな。ではその父とやらが何処に居るのか───」
「ってなにやってんのちょっとぉおおーーーーーっ!!」
「っ!? ほ、北郷!?」
「女の子を脇道に連れ込んで脅迫ナンパ男みたい壁に手ぇついてなに話してるのかと思ったら! ちょっとこっち来なさい! 今日という今日はその過保護っぷりに説教させてもらうからな!」
「なっ、い、いやっ、過保護というか、これは当然のことというか」
「いーから来る!」
「……ぎょ、御意」

 知らなかったことが結構見えるようになってきた、ということもある。
 思春は人と自分との間に大きな線を引く。
 線の外の人間には基本的に冷たくて、内側の人にはひどく過保護だ。
 どうやら俺はその“内側”に入れてもらえたようで、その結果が今なのだろう。
 なんか返事も御意になってるし。
 だからますます思う。蓮華……本気で苦労してたんだなぁって。
 まあそれはともかく、びくびくと怯えていた商人の娘さんは華雄と警備隊に父親のもとへ連れていってもらうことにして、俺はその場で思春にお説教という、なんとも珍しいことをした。
 ……こっちに来なさいとか言いながら動いてないのは気にしないでほしい。
 と、いろいろとあるものの、新鮮な状況が辛いかといえば……案外そうでもない。今までツンケンされてきた分、こうして近くに居てくれるのは嬉しいし、知らずに頬も緩んでしまう。
 この時はまだ、そんなことを思えるだけの余裕があったのだが。


───……。

 ある夜のこと。
 自室に戻る頃にはいろいろなものに気を使っていた所為かドッと疲れていた俺は、抵抗する気力もないままに自然と布団へ倒れる体をそのままに、どしゃりと倒れた。
 その後ろには目を伏せながらついてきた思春さんがおりまして。

「では、今日こそ寝ずの番を」
「寝よう!? 枕元で鈴音構えながら立たれるとすごく怖いんだけど!?」

 ……こんな感じである。
 気が休まらない……助けて蓮華。俺、今キミを心底尊敬出来る。
 こんな日常をずっと続けてきたのかと思うと、キミが眩しくてたまらない。

「北郷……お前には自分が三国の宝である自覚が───」
「それもう何度も聞いたから! つか思春、それ、蓮華を守ってる時も似たような言葉で言ってなかった?」
「当然だろう」
「……いや、そこで“だからどうした”って顔をされても……。とにかく、もう日課みたいになってるけど寝なさい。べつにここを襲うヤツなんて居ないだろうし、これでも気配には敏感になってるんだから。……誰かさんが気配を殺して後ろからついてくる所為で」

 気配に敏感なのはいいことだ。
 でも、敏感すぎて気が休まらない。
 そんな日々の連続のツケが、とうとう今日という日に舞い降りた……そんな心境です。ええ、とっても疲れてます。

「お前がどうのこうの言おうが、相手というものは都合を考えて来るわけではないだろう。現に───」
「主様〜? 眠る前にお話をしてほしいのじゃ……ってなにゆえにまたお主がここにおるのじゃ!?」
「───それが敵のみという可能性は捨てるべきなのだからな」

 問答無用で扉を開けて入ってきた美羽さん(大人バージョン)に、溜め息を吐く思春さん。
 ……美羽、ノックくらいしようね。

「あ〜……まあ、“身内”の気配に警戒はしないもんなぁ」
「うみゅ? なんの話じゃ? ……まあよいの、うむっ! それより主様っ、今日は久しぶりに妾もここで───」
「却下だ」

 そしてこの即答である。
 俺に訊いてきたのに、返すのは思春なんだからたまらない。

「お主には訊いておらぬであろ!」
「北郷はもう疲れている。話などしている暇は無い」
「え……いや俺、主にキミの所為で疲れ───」
「故に帰れ」

 あ、あれ? 無視? 思春? 美羽〜?

「うほほ、なぜ妾がお主の言うことを聞かなければならぬのじゃ? その許可を出すのは主様であろうに」
「え、あ、いや、思春? 美羽? 俺の話を───」
「その北郷が疲れていると言っている」
「な、なんと、まことなのか……? うみゅ……主様が言っているのなら仕方がないの。ならば、邪魔はせぬから一緒に寝るのじゃ」

 美羽は疲れているというのが俺の本心だと受け取るや、急にしょんぼりとして妥協案を出してくる。話はいいから久しぶりに一緒に寝たいと、そういうことなのだろう。
 それくらいなら俺も───

「却下だ」
「なんじゃとーーーっ!?」
「なんだってーーーっ!?」

 ───あまりのキッパリとした言葉に、美羽と同時に驚いた。
 いやいや思春さん!? さすがにそこは俺に答えさせて!?
 これじゃあ俺がここに居る意味ないじゃない!
 意味……い、意味? ……ハッ! そうか! ここに居るからいけないんだ!
 ここで問答に巻き込まれるくらいならいっそ、スルーされている事実を利用しつつこの場からの撤退を!

「…………《スッ……》」
「北郷、何処へ行く」
「主様! 何処へ行くのじゃ!」
「行動はしっかり見てるの!? ひ、人の話は聞かないくせに!」

 驚愕の事実でした。もうそっとしといて。
 しかしまあ、なんだろう。こうなると段々と怖くなってくる。
 ……いや、怖いのはこういう会話とかじゃなくてさ。
 これ……もし霞の滞在期間が終わって、次に凪が来たりしたら……どうなるんだろうなぁ。凪もなにかと俺に気を使ってくれるから、思春と衝突することになったりして……ア、アレレー? なんだか急に胃がしくしくしてきたゾー? ───とか思ってたら突然自室の扉がドバァーンと開き、バッと鈴音を構える思春と「ぴきゃーーーっ!」と叫んで俺に抱きついてくる美羽。そして……

「一刀っ、一刀ーーーっ♪ ようやくお勤め終わったでーーーっ♪ “雰囲気作り”のためにやさしい口当たりの酒持ってきたから、一緒飲もー♪ …………お?」

 ……俺は静かに、今日は眠れないのでしょうねという言葉を頭が勝手に受け入れるのを感じていた。
 仕事を終えた達成感に満ちた、どこか照れ笑いを浮かべた霞が部屋に入ってきたのだ。
 そんな彼女が鈴音を構える思春と俺に抱きつく美羽を見てきょとんと。
 しかし臆することなく寝台まで歩いてくると、俺の手を取ってトスンと酒徳利を乗せてきて、くすぐったそうな顔で「……ええやろ?」と照れ笑いのままに言う。
 さすがに頑張った霞を相手に断るなんてことは「却下だ」思春さん!? さすがにそこでこの即答はないと思うんですが!?

「…………なんや〜? 思春ちん。やることやって帰ってきた相手に向けるのが武器なんか?」
「待て。北郷は疲れている。そういうことをするなら後日好きなだけしろ」
「エ? 俺の意思は───」
「それ決めるんは一刀やろ。ちゅーか、武器構えながら言われてはいそーですかなんて頷けるわけないやろ」
「そ、そうだよ思春。とりあえず武器はしまって」
「…………。すまない。少々気が立っていた」
「ん、まあ解ってくれれば別にウチはなんも文句なんてないし、ええよ。それよりやっ、な、一刀?」
「……まずは、お疲れ様。あとお帰り、霞」
「〜〜〜っ……うん! うん! ウチ頑張ったで! それ、お勤め先の邑で作ってる酒なんやけど、選別やって特別に貰ぉてきたんや! 一刀と雰囲気作りしたいなー、思て───」
「だから待てと言っている。そういうことは後日しろと言っただろう」
「………」
「………」

 みしりと空気が凍った気がした。
 ま、真名を許してるってことはちゃんと親しい間柄な筈なのに、なんだろうねーこの空気。
 そして美羽さん? 人に抱きついといてそのまま寝るのは勘弁してください。
 これじゃあいざという時に逃げられな……いやゲフッ! ゲフフンッ!

「んー……? な〜んやおかしいなぁ。思春ちんの態度……っちゅーか空気? 前と違てへん? 一刀を見る目がやさしいっちゅーか…………一刀? まさかウチが居らんかった間に───」
「ししししてないっ! してないぞっ!? 大体思春がそんなこと許す筈がないだろ!」
「ん。まあ、せやな。せやったら思春ちんの言う通りにしよ。一刀は疲れとる。理由は解らんけどそれが事実ならウチも無茶は言えんもん。でも無茶かどうかを決めるのは一刀やってことを否定する気ぃもない」
「エ」
「やから一刀が決めたって。ウチは早くご褒美が欲しいけど、無理してまで欲しくない。そこは我慢する。でも一刀が無理なんてしてへん言うなら……な?」

 むず痒いような緩む笑顔で、霞はついついと胸の前で人差し指同士を合わせつつこちらを見る。
 思春はそんな様を見て小さく喉を鳴らすと、少し顔を赤くしたままに俺に向き直った。
 エ? 結局俺ですか?
 つーか霞さん!? もし俺がそれにOK出したら、思春と美羽に“そういうことをいたしますから出てってください”って言わなきゃいけないんですけど!? むしろ美羽さん熟睡中なんですが!?
 ……でも約束は約束……ん? 約束? これって約束なんだっけ……?
 あれ? なんか俺の知らないところで勝手に話を進められただけな気もするんだが。
 ああいやいや……待て。まず考えてもみろ。
 頑張って働いて、やっと帰ってきて、雰囲気作りのためのお酒まで用意してくれたのに帰れとか言えるか? ……言えるわけないだろ、どんな鬼ですか俺。
 つまり天秤はこうですね?

 『いたしますから二人とも出てって? VS 疲れたから明日ね?』

(…………ッ……!!)

 神様……これはどういった試練で……?
 後者は明らかに鬼であり、前者は自ら“今まで黙ってたけど俺…………種馬なんだ”って言うようなもので……! イ、イメージが! 今までいろいろと耐えてきたお陰で培われてきた御遣いや支柱としてのイメージがぁあ!!

(……今……何処かから今さらだろってツッコミがご光臨あそばれた気がした)

 今さら……フフ、今さらか……。
 そりゃね、華琳といたして、そののちに美羽と七乃といたしました。
 魏国の相手ならまだしも、自分で三国に降ってもらったらどうだって提案した二人をです。……なるほど、思う人が思えば、いたすために降ってもらったとか考えてしまうのかもしれないなぁ……。確かにそれなら“今さら”なのかもなぁ……。
 ───大丈夫、答えは出た。
 いくらなんでも後者はない。
 こんな、ご褒美に期待して頑張ってきた娘相手に寝るから出てけとか無理。むしろ言いたくない。だから、だ。

「あの、思春。その……」
「…………《ぴくり》」

 俺の声調……申し訳なさそうな声で判断したのか、思春の肩が跳ね、一瞬だけど辛そうな顔をする。なんで辛そうな───とこちらも一瞬考えたが、つまりは……この世界に居るとそういう感覚が麻痺しそうになるけど、そういうことなんだろう。
 もしかして仕事だからかなとか考えなかったわけでもない。
 でも、どうやら思春はちゃんと自分の意思で、自分がしたかったから俺の傍に居てくれたようだ。俺が傍に居てくれって言った途端に気絶なんてしたから、その負い目なのかとも考えなかったわけじゃない。
 そんな思いもどこへやら、好きでいてくれたんだ……と解ってしまったら、なんだかむず痒さと申し訳なさが───

「ん? へ? あ、あー……そゆことなん? 思春ちん、一刀のこともうちゃんと好きなん?」
「なっ!?《グボッ!》」
「うわ赤っ!?」

 ───完全に浮かび終えるより先に、霞の言葉に瞬間沸騰した思春の赤さにたまげた。
 なにか言葉を並べようとおろおろとする思春だが、こんな時に言葉を並べる経験がないのか、おろおろとするだけで声は出ない。
 そんな思春に「なるほどなー」と面白そうに頷く霞が、とことこと思春の隣まで歩くと……ガッとその肩に、むしろ首に腕を絡めて引き寄せた。

「よっしゃ、そーゆーことならまずは雰囲気作りからやな! さすがにウチも、一刀とそーゆーことしたいから出てけーなんて言いづらいし。せやったら好きなもん同士、一緒にしよ!」
「い、一緒に? な、なにを、貴様は言って……」
「んーなん言わんくても解っとるやろー? まあ口で言うよりやってみぃひんと解らんし。こればっかりは経験者として胸張って言えるわ。雰囲気は大事なんやでー?」

 とろけるような緩い笑顔で「にへへー」と笑う霞。
 対してわたわたと慌てる思春だが、逃げようとするも逃げられない。
 今の状況を纏めると……思春を巻き込んで笑う霞、霞に捕まって慌てている思春……眠る美羽に、遠い目をして硬直している俺。

(…………エ? 出て行ってくれって言う必要が無くなった代わりに…………エ?)

 やがて、抵抗など無駄だと悟ったのか、真っ赤な顔でしおらしくなっている思春が、霞に促されるままに寝台の上にきしりと乗ってきた。次いで、霞が思春とは反対側の俺の隣へ。
 その際、美羽がべりゃあと剥がされて寝台の端のほうへと寝転がらされていたが……たぶんツッコんじゃいけないんだろうね。

「あ、あのな、思春? その、嫌なら断ってくれても───」
「っ……わ、私は……こういう経験が全くない……。だからなにをすればいいのかもまるで解らないし、お前がどうすれば喜ぶのかも知らない。だ、だから、その……っ……すっ……好きに、しろ……!」
「───」

 断る以前の問題だったようです。
 じょっ……状況に流されないで思春! 断っていい! 断っていいんだよ!?
 とか思ってるのにしおらしい思春が予想以上に可愛いと思えて、なんか自然と頭を撫でようとした手を掴んでなんとか止めた。
 落ち着きなさい北郷。
 相手は、最近やさしくなったとはいえあの思春だぞ?
 きっとこんな状況の熱に浮かされてしまっているだけで、今にハッとなって……そう、たとえば俺が触れそうになった瞬間に俺がひどい目に合うような発言が飛び出すに違いない───!
 なんて思ってると、思春がハッとして───ほ、ほら見たことか! 思春を悪く言うつもりはないけど、これまでの経験上、こういう時は警戒してしすぎるということは───

「北郷……」
「ひゃいっ!?」

 どんな言葉が飛び出すのか。
 その恐怖と緊張とで声が裏返ったが、恥ずかしがる余裕なぞあるはずもない。
 俺は思わずゴッ……ゴクッ……と重たいものでも飲み込むように喉を鳴らして、やがて思春の口から放たれた言葉に───!

「その……っ……自信はないが、それは、少々なら耐えられるとは思う、が、そのっ……! 〜〜〜…………やっ……やさしく……してくれ……っ……!」
「───」

 ……頭を撃ち抜かれた思いでした。
 目をきゅっと閉じ、ふるふると震えている思春なんて初めてです。
 撃ち抜かれたのは多分、“警戒”なんていう失礼な信号。
 ギギギギ……とゆっくりと反対側の霞を見てみれば、霞も顔を赤くして「……かわええ……」とか呟いていた。それからハッとすると、俺が持っている酒と思春とを見比べて、俺の手から酒を取り上げて円卓の上へと置いてしまった。
 ……うん。なんか、雰囲気が今のだけで十分に整ってしまった。

「………」

 ───明かりが消され、窓から差し込む月明かりだけが部屋を照らす中で、影が重なる。
 魏のみんな以外を抱くことには、まだ心に抵抗があるのは事実。
 それでも今、自分が相手に向けて抱いている想いの全てをぶつけるつもりで抱き締めた。
 わざわざ躊躇や困惑を口にすることはない。
 罪悪感を持ちながら人を好きになるのは辛いし、相手にも失礼だ。
 受け入れたものをそのままに、好きだという気持ちをそのままに抱き締め続けた。


───……。


 …………そして、翌日。

「………」

 すっかりと疲れ果て、よろよろしながらも朝の運動をするべく中庭へ向かう俺と……

「〜♪ んへへへへ、一刀〜♪ 一刀、一刀〜♪」

 俺の腕に抱きつき、猫のようにすりすりと頬を摺り寄せてくる霞と……

「…………、!?《フォバッ!!》」

 俺の後ろを気配を消しているつもりでついてきて、振り向いて目が合えば真っ赤になって首がもげるんじゃないかってくらいの勢いで目を……もとい、顔を逸らす思春さん。
 そんな真っ赤な彼女の歩き方は、少しよたよたとしている。
 ……決して、歩き方がぎこちないよとかツッコんじゃいけない。
 ていうかね、なんでそんなに離れてるの?
 隣歩いてくれた方が話しやすいんだけど……と声をかけようと振り向くと、ビクーンと肩を弾かせてシュヴァーと柱の影に隠れてしまい、ホワイ!? と思いつつも柱の影まで歩み寄ってみると……居ない!? なにこれイリュージョン!?

「え、ちょ、思春!? 思春ー!?」

 ……困ったことになったと気づいたのは少しあと。
 思春はどうにも俺の顔を見るのが相当に恥ずかしくなってしまったらしく、まともに俺の前に立たなくなっていた。追ってみれば全力で逃げ出すし、言いたくはなかったけど命令だから出てきなさいと言えば来る……のだが、出てきても以前までの凛々しさが5秒も保たない。
 キリっとしている(つもり)の顔がどんどんと赤くなっていって、目は潤んで、やがてはあちらこちらへ目を泳がせ始めて、ついにはまた逃げ出す。……う、うーん……本当にこういう経験なかったんだろうなぁ。あまりにも耐性がなさすぎる。
 なんというか……どんどんと乙女チックになっていると言えばいいのか?
 錦帆賊の頭として、呉の将として戦ってきた歴史の中で、色恋なんて興味がまるで無かったものにここで落ちてしまい、自分でも初めての感情に振り回されっぱなしなようだ。
 終いには花を手にスキ・キライとか言いそうで怖い。
 七乃は「そのうち慣れて、すぐに元に戻りますよー」なんて軽く言ってくれているが……これ、こっちの心が保たない。落ち着かないっていうのももちろんあるけど、冷静になったあとに自分の行動を思春が振り返ったあと、首とか吊ったりしないかが怖くて怖くて……!

「まあ……」

 四六時中いっつも見張られていた頃に比べれば……いいのかなぁ?
 ……うん、いいってことにしておこうか。
 今はとりあえず慣れてもらうまでは待つとして。

「あ、お兄様ー!」

 聞こえた声に目を向ければ、中庭で手を振る蒲公英。
 華雄が強くなっていた事実に驚いたこともあり、今じゃ華雄と一緒に同じトレーニングをしている。
 もちろん俺が思春に付きっ切りで監視……もとい、護衛されていた時もだ。

「んあ? あれ? 今日はあの赤いのは居ないの?」
「いや……居る。一応気配だけは感じる」
「えぇ!? ど、何処に───うわ、居た」

 蒲公英の言葉に振り向いてみるが、既に居なかった。
 とことん俺の視界には入りたくないらしい。
 こんな状態でずっと監視する人のことを天じゃなんて呼んでたっけ?

「………」

 思春さんお願いします。
 ストーカーだけは。
 ストーカーになることだけは勘弁してください。
 割と切実に、そんなことを願った……とある日のことでした。




ネタ曝しです。 *グ、グゥムッ  キン肉マン二世より。  「うるさい静かに見てろーーーっ!!」  「グ、グゥムッ」  万太郎がザ・コンステレーションとの戦いの時に、  ニュー万太郎に期待を込めたクァンの怒りの結果。  なにがニュー万太郎だよとツッコんだ男性に対し、うるさい静かに見てろとキレた。  そりゃいきなりキレられたらグ、グゥムッ……とか言いたくもなる。  キン肉マン二世の中でもかなり好きな場面だったりします。  笑い的な意味で。 *めっちゃ辛いものを食べたあとの熱いスープ……地獄です  凍傷は激辛系の物が大好きです。  なので辛いものを食べたあとの熱い飲み物がどれほどつらいかも経験しております。  とあるラーメン屋で激辛と銘打ったものがあったんですが、辛さMAXでも物足りなかったのでもっと辛くできますかと訊ねて、それを何度も通って通常のMAXの辛さをさらに越えた味を試させてもらった経験があります。  何度目かの来店の時、店主さんにさすがにこれ以上はもうラーメンの味じゃなくなるのでと謝られてしまい、これ以上は無理なのか……と諦めました。  そして大変残念なことにそのラーメン屋が終わってしまい、今は別のラーメン屋が始まってます。  そこでも激辛があったので試してみましたが……“うんと辛くしてください”と頼んでも物足りなかった……。  あ、あと辛いもの食べた時ってよくすぐに水飲む人居るけど、冷水飲むと次の一口が余計に辛く感じて逆効果だから気をつけましょうね。  もっと辛さを体感してぇ!って人には逆にオススメします。 *アレレー?  あれれー、等。名探偵コナンより、歳相応の少年のフリをしたコナンの名言。  他で例えるなら蒼天の拳の若き男性。  「アレレー!? 何コレなにこれあれれー!?」  なんだか無意味にアレレーと叫んでいた気がする。  詳しいことは既に覚えておりませぬが。  現在夜中の3時。  103話をお送りしました、凍傷です。  なんだかんだで90kb……でも二話分割です。  だって丁度いい切れる部分がなかったんですもの。  この103話が50kb以上になっているために少々長ったらしい感。  どっちもこう妙なやりすぎ感がただようお話でした。  IFならたまには冒険してみようかなと調子に乗った結果です。自重しよう。  さて今回。  普段真面目な人が恋に落ちたらどんな感じになるのかなを考えて書いたわけですが。  恋する乙女ってこんな感じでいいのかな。  まず間違い無く自分の感情に振り回されるタイプだと思うのですが。  で、懸命さが空回りして怒られてしょんぼりする、ってそんな感じの。  ……あれ? それって春蘭じゃ───い、いやいや、常識知ってる分、思春はまだ……!  で、私書いてて気づきました。  真恋姫でも萌将伝でも、穏と思春って接点がとことんない。  一応他のキャラとは違い思春は穏のことを「穏」と呼び捨てにしているようなので今回のような口調ではあるものの、一対一で話している場面を真恋姫や萌将伝で探してもイヤァアア見つからない!!  ほんの少しの場面だというのに、この部分を書くだけで物凄い時間がかかっております。  でもまあなんでしょう。  なんだかんだで尽くしてくれるタイプだと思うのですよ、思春さん。  ダメなところは「いいから直せ」とズバッと言ったりして、でも静かに支えてくれるような。  でもそういうタイプは疑いだすとキリがなさそうって気もします。  そして最後は貴様を殺して私も死ぬ!って感じで……。  ええ、ただの想像ですのでお気になさらぬよう。  ではまた次回で。  ◆追記:誤字修正中でとんでもないものを発見。  誤/俺の思春から逃れるように顔を背けた  正/俺の視線から逃れるように顔を背けた  答/既に所有物気取りかコノヤロー!  いや、見つけたときにはブハッと吹き出してしまいましたよ。  もうちょっと気をつけて書かないとね。  いい加減三馬鹿の方を少し書きますので、更新はまた少々遅れます。 Next Top Back