156/流れる時の中を笑って過ごせれば、多分それは幸せってやつで

 テシンテシンと軽い音が鳴る。
 中庭の隅っこの樹の下で胡坐を掻いて座る俺。
 目の前に座るのは蒲公英であり、彼女が先ほどから振るっている得物は木剣……なんて大層なものじゃなく、木の枝。それを軽く振ってもらい、手で受け止めながらとある鍛錬。

「ねぇお兄様、これなんの意味があるの?」
「え? ああ、化勁の練習。受けた衝撃を外に散らす練習だよ」

 言葉の通り、化勁の練習だ。
 相手の攻撃を全て避けられるのは素敵なことなんだけど、それだとどうしても次の動作が遅れてしまうし相手との距離も離れてしまう。
 紙一重で避けて攻撃に転じる……なんてことがいつでも出来るほど器用には立ち回れない俺としては、だったらむしろ突っ込んでみたらどうかとヘンテコな考え方をしてみたわけだが……どっちが器用なのかを考えると、化勁で突っ込むほうが器用な気がする。大丈夫か俺。

「化勁かぁ〜……氣なんて攻撃のためにしか使ってなかったから、お兄様の考えってよく解んないんだよね」
「そういう“よく解らない”って穴を突かないと勝てないこっちとしては、いつだってなんだって試してみなきゃいけないんだよ……」

 勝ちにこだわりたいとか、どうしても勝たなきゃいけないってわけでもない。
 ただ、全力でやって負けるのと適当にやって負けちゃったよ〜なんてヘラヘラ笑うのとでは、やっぱり全力でやってから次こそはって思いたいのだ。
 なので鍛錬。
 いい加減鍛錬以外することがないのかとツッコまれそうな気もするほどに鍛錬。

「ほんとに外に逃がせられるの? 気の所為とかじゃなくて?」
「や、化勁は成功すると本当に逃がせられるぞ? お陰で何度救われたか」
「じゃあ、はい」
「え?」

 蒲公英がスッと葉っぱを差し出してくる。
 とりあえず戸惑いながら受け取ってみると、葉っぱと蒲公英を見比べて……

「今から攻撃するから、葉っぱに衝撃逃がしてみて?」
「わあ」

 難しいことを笑顔で注文してきました。
 だがやりましょう。逃がすことが出来ると言った手前、ここで出来ませんなどとは言えない。どっしりと構えて、左手には葉っぱを、右手は力を抜いたままに軽く持ち上げる。
 さあ……いざ! と、まるで漫画のように眼を閉じてからクワッと開いてみると、なんかもう既に攻撃をしていた蒲公英さんが振るう枝が目の前にほわああーーーーッ!?

……。

 「合図くらいは決めような……」「うん、そだね」……悪びれもなくにししと笑いながら言う蒲公英は楽しげだ。
 俺はといえば額に枝の一撃をいただき、少し涙目。
 目の近くって衝撃があるとどうしても涙目になるよなー……。
 べつにそこまで痛かったってわけでもないのに。

「じゃ、もう一回」
「ん。じゃあいくよ?」
「よしっ」

 蒲公英がヒュッと枝を振るう。
 それを力を抜いた右手で受け止めて、その衝撃を葉っぱに逃がす。
 すると葉っぱが“パァン!”と音を立てて破裂……しない。

「………」
「…………逃がしたの?」
「逃がしたけど、葉っぱが千切れるとかそれほどの威力はなかったみたい」

 手で簡単に千切れるからヤワだと思われがちなものの、葉っぱはこれで結構頑丈だ。
 なので次は本気で振るってみようってことになって、蒲公英は自分の後ろに置いていた槍をズチャアアと持ち上げてハイちょっと待ちましょう!?

「なんで槍!? そのまま枝でいいだろ!」
「え〜? だって本気でやるならこっちの方がやる気が出るし……」
「失敗したら俺が危ないんだけど!?」
「お兄様は臆病だなぁ」
「枝から槍へのグレードアップの差を、やられる側で考えてから言ってくれ」

 迫力何割り増しどころの問題じゃなさすぎる。
 疲れた顔を向ける俺に、蒲公英は「じゃあこっちのほうでやるから」と穂先ではなく石突を見せて笑う。もはや枝に戻る気はないようだ。
 あの……一応俺、支柱なんですけど。
 支柱に平気で武器向けるとか、いろいろ間違ってるって考えたことありませんか?
 ……まあ、いいか。べつにそんな特別視してもらいたくて支柱の件を受け入れたわけでもないし、武器を向けられるなんて日常茶飯事だしね! …………いやいやそれ思ったら終わりだぞ俺! あぁああ危ない! 今本気で当然になりかけてた! 魏の時でも呉でも蜀でも今この時でも、みんながみんな大した疑問も抱かずに武器向けてくるもんだから……!

「よしこいっ!」
「は〜いっ♪」

 蒲公英が元気に返して槍を振りかぶる。
 風を巻き込み、漫画とかならゴヒャアとか鳴りそうなほどに。
 雄々しき男がやるのなら“ウオォオリャアア!!”とか叫びながらやりそうなそれは、まるで本気の一撃のようで───本気の一撃だよこれ!! 短いながらも小さなやり取りで忘れてた! 次は本気で振るおうって話だった!

「おっ……おぉおおおおおっ!!?」

 無遠慮に振るわれる槍!
 やややや槍の袈裟斬りなんてあまり見ないけど迫力満点ですね!
 おおお……! これが重量とリーチを生かした一撃か……! まるで戟の一撃のように豪快であり、剣の立ち回りのように鋭くもあり、しかし美しい……!
 などと軽く現実逃避をしつつ、右手に込めた氣でそれを受け止める!
 力を抜いた状態だから、勢いと衝撃を逃がすことが出来なければそのまま俺の頭でもゴシャアとかち割りそうなソレを、ヒュッと吸った呼吸とともに体の外を走らせて左手に持つ葉っぱへ。
 すると───今度こそ、葉っぱはパァンと音を立てて破裂した。

「ふわっ!?」

 これには蒲公英もびっくりだ。
 そして俺もびっくりだ。
 なんとかなる、いやむしろしなきゃダメだとは思っていたものの、思いの外上手くいった。何度か失敗するんじゃないかくらいに思ってたのに。
 フィンガーマシンガンの研究の賜物と言ってもいいのか、細かな氣の操作に慣れたみたいだ。
 すごいすごいと目を輝かせる蒲公英の前で、顔は笑んで背で汗を。
 この世界で一番冷や汗を流した回数が多いのって、もしかして俺なんだろうか。
 もちろん実際には戦場をかけた兵とかのほうが多いのだろうが、いつか追い越してしまいそうな自分がいろいろな意味で怖い。

「はぁ。でもこれ結構しんどいな……来るって解ってて待ち構えてるのに、相手の気迫に飲み込まれそうになるっていうか」
「そうなんだ。じゃあさじゃあさぁお兄様? お兄様のこと樹に縛り付けて、目の前で武器を振り回すってどうかなっ」
「笑顔でなんてこと言うのこの子! や、やらないぞ!? むしろ縛り付ける意味ないだろそれ!」
「え〜? だってそうしないとお兄様逃げそうだし」
「……じゃあ蒲公英縛り付けて、華雄にそれやってもらおう」
「恐ろしいこと提案してごめんなさい」

 しっかりハッキリと謝られてしまった。
 しかし謝ればそれでスッキリしたのか、蒲公英はニコリと笑んで話を続ける。

「でもお兄様ってほんと、ヘンなことばっかり思いつくよね。化勁はそりゃ知ってたけど、実際にこんなことしてみせる人って初めて見たよ」

 俺も天で漫画とか読んでなかったら絶対に思いつけなかったし、そもそも氣があることすら知らなければ試すことすらしなかった。
 そういう意味では漫画やこの世界に感謝感謝だ。
 憧れのかめはめ波も撃てたし、いろいろな応用方も見えてきたし。
 氣の道の開拓……とは言えない、既知の道の歩みもこれはこれで結構面白い。
 知っていても出来るかはまた別だから、誰かがやったものを自分も出来たというのは嬉しいものだ。
 ……うん、でもちょっと休憩。
 集中するのって疲れるよね、勉強でも運動でも。

「ちょっと休憩するか」
「待ってましたっ! じゃあお兄様っ、たんぽぽもう我慢できそうにないから……」
「妙に艶っぽい顔をして誤解が生まれそうなこと言わない」

 うっとりとした赤い顔でニジリ……と寄ってくる蒲公英を誘導。樹の幹に座らせて、俺もその隣に座る。
 もう随分と涼しくなってきた木漏れ日の下、すぅ……と息を吸って歌いだす。
 よーするに歌を歌ってくれってことだ。
 鍛錬に付き合ってもらう代わりにそれを要求されたのだから、付き合ってもらったこちらとしては断れるはずもない。

「長しゅ」
「長州はもういいから」

 即答でした。


───……。


 時間が経つのは速いとはよく言ったもので、そんなやり取りが都で当然になってくると、ゆったりとしていた時間も早足になってくる。
 時間の流れの体感というのはどうやら物珍しさや当然としてあるものに影響されるようで、その日常から学ぶことが少なくなってくると早く感じるのだという。
 子供の頃に時間が長く感じたり早く大人になりたいと思うのはそれの影響らしい。
 大人になってから嫌に時間が早く感じたり、老人になってから月日が流れるのは速いのうと思うのもそれだ。
 で、現在の俺はどう思っているのかというと……言った通り速いと感じている。
 それは年老いたとかそういう理由ではなく、行動のマンネリ化の所為だ。
 その日常から学ぶことが少なくなってきた所為か、時間の流れが速くなってしまっているのだ。まあ実際は、学んでても結構早く感じることなんてざらにあるのだが。

「はぁ……はぁ……! ままま、学ぶべきは……興奮などではなく、本に記されている素晴らしさであるべきで……!」
「お……おぉお……! すごいじゃないか穏! 耐えられてる! 耐えられてるぞ!」

 ただ、一喜一憂が当たり前になってしまうのはちょっと寂しいとは思っている。
 そういうのは当たり前になるよりもじっくりと味わいたい。
 もちろん、出来ることなら一喜のほうばかりを。

「か……一刀さぁん、私、私もう我慢がぁあ……《ヒタリ》ぴぃうっ!?」
「我慢だ《ギロリ》」
「う、うあぁああん! こんなの生殺しですぅうう! 思春ちゃんのばかぁ! 興奮しても他者にこの素晴らしさを説くことが出来ないなんて、どんな拷問ですかぁああ!!」
「なっ、ばっ……!?」
「……穏って結構、言う時は言うんだなぁ……」

 穏にはじっくりと、という言葉は向かなかったのかもしれない。
 思春のスパルタ強引抑制方(鈴音を突きつける荒療治)の実行とともに、穏は一歩一歩確実に、本での興奮を乗り越えようとしている。主にパブロフ効果で。
 こう……えーと。
 本で興奮すると武器を突きつけられる、と刷り込みをしているようなもんだな、これ。
 すると興奮するたびに武器を突きつけられる恐怖が浮かび、恐怖と興奮がぶつかりあって上手く相殺してくれる、と。なんかそんな感じ。こればかりは本人じゃないと解らないし。

「で、でもこれで自分で倉庫に行って、好きな素晴らしい本をじっくりと選ぶことが……! う、うふ、うふふふふ、えへへへへぇ……♪」

 そんな言葉が聞けたのがいつだったか。
 事件当日の前の日だったかなぁ。
 喜び勇んでザサッ……と倉庫の前に立った穏は、不敵な笑みを浮かべていたと倉庫番の兵は語っていた。
 そして中に入っていくと即座に興奮。
 書物独特の香りに包まれて、かつてないほどの興奮に襲われた彼女は……かつてないほどの恐怖にも襲われ、感情の板ばさみ状態になり……謎の奇声を上げて気絶。
 お爺様……世の中ってほんと上手くいかないことばかりですね。
 その話を耳にした俺は、そんなことを思っておりました。

「もういっそ簀巻きにして倉庫に転がしておけばいいんじゃない?」

 とは、蒲公英の言葉だった。
 俺もなんかそれの方がいい気がしてきた。人間の順応性に賭けたい気分。
 なので穏の仕事は倉庫内で任せることにして……その監視役を思春に任せる。
 経過としては……

「は、はう……はわわ……恐怖と興奮が一緒に……!」
「耐えろ」
「はうっ! し、思春ちゃんはいいですよねぇ! そうやって見ているだけなんだから! ののののの穏は、穏はこんなに本に囲まれて、興奮や恐怖と戦わなければいけないというのに……!」
「…………思ったのだが……興奮しずぎるとどうなるんだ?」
「はえっ!? え、えと……それは、その。独りで、そのぅ……」
「………」
「………」
「呉ではなく、都でそんなことをすればどうなるか───」
「生き恥はいやですぅう……でも興奮が、興奮がぁあ……」

 そういう部分には目を向けてやらないのがやさしさなんだと思う。
 一応は仕事の一部だから、どうしても思春からの報告はあるんだけどね……。
 見てやらないやさしさって大事だと思うんだ。

「ふっ……ふふっ……思春ちゃん? 穏は悟っちゃいましたよ……。興奮がなんですか。ようは興奮を凌駕するほどに本を愛せばいいんですよ。本を愛して愛して、性に気が回らないほど愛してしまえば、もう……!」
「……目が回っているようだが?」

 一週間ほど経つと、今まで変化のなかった思春からの報告に変化が訪れた。
 なんか穏がおかしく……もとい、悟りを開いたとかなんとか。
 もう少しでなんとかなりそうなら、ちょっと覗いてみるかな……なんてその時は思っていたのだが。

「…………思春ちゃん」
「なんだ」
「……二人きりですねぇ〜」
「!?《ジャキィンッ!》」
「ちょっと現状を語ってみただけですよぅ!? なんで鈴音を構えるんですかぁ!」

 覗いてみて解ったことは、なんか怪しい道に走りかけているかもってことくらいだった。嫌なタイミングで覗いてしまったもんだ……。
 と、まあ現状はそんな感じだ。
 都が安定してからは各国の軍師が頻繁に訪れることもなくなったし、今は武官が訪れて兵に指導をしたり警備体制の相談をするくらい。
 山賊などの物騒な話も聞かないし、平和なものだ。

  ───季節は秋を過ぎて冬。

 来る人来る人が入れ替わり立ち替わり、どこの国でも物騒な話を聞かなくなってくると、ようやく王も将も息を吐ける時代が見えてきた。
 物騒な話はなくとも、小さないざこざはもちろん健在なわけだが。
 ……健在なんて言ったら悪いか。

「えーと、氣をこうしてこうして───“俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)”!」

 氣の鍛錬は相変わらず。
 季節ごとに厄介ごとが訪れてはヒーヒー言いながらも、なんとか遣り繰りをしてみんなで笑っている。そんな中で少ない自由な時間を使っては、こうして中庭で氣の研究を続けている。
 とうとう両手からフィンガーマシンガンを撃てるようになった俺は、某ファントム旅団男の真似をして両手からソレを放つ。
 威力は……訊かないでほしい。

「せいせいせいせいせいせいせいぃいっ!!」

 それを、目の前に立っている星が連突で破壊してゆく。
 曰く、連突の鍛錬にはもってこいだとか。

「く、くそ! これでもまだ全部消されるのか! っ……負けるもんかぁあ!!」
「ぬっ……は、はっはっは、北郷殿は負けず嫌いですなぁ!」
「自覚してるけど、星には負けるよ〜!」
「………」
「………」
「連射連射連射ァアアアアア!!」
「突き突き突き突き突きぃいいいいいっ!!!」

 でも全部消されるのは悔しいので連射速度を上げようとこっちも躍起になり……負けるものかと星も躍起になって、無駄にお互いを高めていった。
 まあ、あれだ。訪れる人がころころと変わる度に、やることがどんどんと増えたり変わったりするのはいい刺激なんだと思う。
 言った通り変化がない日常は過ぎるのが速いが、俺の場合は毎日が楽しいから過ぎるのが速いのだろう。学ぶことは、知り合った人の数だけあるのだから。
 ……まあ、人が変われば訪れる苦労もガラリと変わるのだが。

「大陸のみんな……オラに元気を分けてくれぇえ!!」
「御託はいいから仕事しなさいよ。元気なのは閨の中だけなの? この性欲限定活発男」
「あのなぁああ!! 今日でもう何日徹夜してると思ってんだ! もういい加減脳内がハイどころか回転しすぎてて自分でも何言ってるのか解らなくなる時まであるんだぞ!? あ、あれ? 今言い回しヘンだったか? ……なんて言ったっけ俺」
「おぉ、お兄さんは少し自分を休ませてあげたほうがいいと思いますよ? あまり無理をしては、捗るものも捗りませんしねー」
「はかどってるのは床での運動だけなんて、どれだけ迷惑なの?」
「じゃあ休ませて!? つかなんでこんなに仕事あるの!? そして桂花黙りなさい!」
「寒い時期はいろいろと消費するものと蓄えておくものが必要なのですよー。暖という意味でなら、風はお兄さんの足の間にこうして座っているだけでも暖かいのですがー……」
「この変態!!」
「俺座ってるだけですけど!? 俺が女と居るだけで変態視するのいい加減やめない!?」

 全く同じ日がない日常が続いてゆく。
 思いつくことは全部やってみて、こうすると氣がどうなるのかとかどうすれば体が簡単に動くのかとか、訪れる将のみんなに意見を訊いて実行してみたり……や、それが訊く人訊く人、ほぼが全く違う意見だから面白い。
 人の数だけ氣の扱いやすい姿勢とかもあるみたいで、俺の姿勢は凪に近いものがあったようで、彼女が随分と喜んでいたのも今では懐かしい。

「……で、いつになったら元の姿に戻るんだろうなぁ、美羽は」
「寒いのは苦手なのじゃ……小さい頃のほうが、まだ暖かかったような気がするのじゃがの……」
「かっずと〜♪ んふんっ、寒いから一緒に寝よ〜♪ ……って、あーーーっ! また一刀のところに転がりこんでーーーっ!!」
「むっ……またちっこいのが来たの……。何度も言うが主様の隣は妾の場所なのじゃ。主様が迷惑じゃと言うならまだしも、ここを譲る気はないのじゃ。うほほ、悔しかったら妾のように大人に───」
「はいはい。大人なら一人で寝ましょうねー」
「主様!?《がーーーん!》」
「あははははっ、はっきり断られてるじゃない。一刀はねぇ〜、シャオみたいに可愛くて綺麗なお嫁さんが───」
「はいはい、シャオも部屋に戻って」
「……あれ? 一刀? ちょっと一刀ーーーっ!?」
「主様! 主様ーーーっ!!」

 ただまあ……俺が誰々とコトをした、という噂は随分あっさり広まったようで、なんというか……積極的な人は突撃を仕掛けてくることが何度か……いや、何度“も”あった。その度にのらりくらりと逃げたり躱したりを続けたが、捕まる時は捕まってしまい……まあ、そこらへんは割愛。
 日常を語る中で急にそういうことを話されても嬉しくないというか冷めるだろう。
 なので、それ以外で言うなら日常はひどく穏やかだ。主に俺を除いて。

「元気にっ……なぁああああれぇええええええっ!!!」
「……っ! お、おおお! あれほど辛かった腰が……! あ、ありがとうごぜえます、ありがとうごぜえます、御遣い様ぁ……!」
「いや、良くなったならよかったよ。もう無茶して重いものとか勢いつけて持ち上げないようにね。……気合のためとはいえ、大声で叫ぶの結構恥ずかしいから」
「へ、へぇ。年甲斐も無く張り切っちまいました。はは、いけやせんねぇ……」
「腰周りの筋肉をつけるといいっていうから、少しずつそういう運動をした方がいいかもなぁ……」
「そんな運動があるんで?」
「ああ……ま、まあ昼飯くらい少し遅くなってもいいか。えっと、まずはうつ伏せに寝転がって、腰の裏側に手を当てて、体を───」

 日に日に仕事が増えてゆく。
 冬はどうにもやることが多く、糧の面で助けてもらった暖かな時期の恩返しを民たちにするのが大体の目的となっている。

「さて昼飯を───って、あれ?」
「……うぐっ……ひっく……うぇえ……」
「……迷子……か? ああいやいや、考えるより行動っ。なぁ、どうかしたのかな」
「せっかく買った肉まん……落とした……」
「あ、あー……なんとありがちな……」
「しかも落とした拍子に咄嗟に足で受け止めようとして、力が入りすぎて蹴っちゃって……」
「新しいなオイ」
「その熱々の肉まんが中身をぶちまけながら警備隊のお兄さんの顔面に直撃しちゃって……」
「肉まんを相手の顔面にシュゥウウーーーッ!!?」
「警備隊のお兄さん、怒ってないかなぁ……」
「こっ……ここに居ないってことは、どこかに運ばれたんだよな……。まあ、大丈夫だと思う……ぞ? で、きみは迷子かなんかなのかな」
「ああ迷子さ……人生という名の、長く険しい道の…………ね」
「……最近の子供の感性が解らない」
「大人ぶりたいんだ、僕」
「自覚があるだけマシなのか……」

 それでもまあ、賑やかなのはいいことだ。
 なんて思っている内にニコリと笑った少年は、人の波にパタパタと走っていってしまった。
 なんだったんだろうか。
 まあこんな感じで都での日々は続く。
 たまに時間が取れると魏や呉や蜀へと片春屠くんで遊びに行って、そこで……主に町人と賑やかに過ごしていたりする。
 え? 将や王とはどうなのかって?
 ……いや、なんだか最近、本当にみんなの入れ替わりが激しいんだ。
 だからしばらく会ってない人が居ないってくらいで、それどころか王が軍師といろいろと計画を立てているみたいで……その軍師の波に入って情報を集めてくれた七乃の話によると、新兵調練や城の仕事を任せる新人の人材強化の一環で、王や将が都に移り住むかもしれないとかなんとか……。
 ……あ、あはは!? 冗談だよね!? 冗だ───笑って!? 笑って七乃さん!

「ふっ! ぬっ! おぉおおっ……重ぉおおおお!!? え、えんっ、焔耶っ! 持って! ちょ、これ持って! 貸してもらっておいてなんだけど持って!」
「なんだ情けない。これくらい簡単に触れないでどうする」
「こんなデカい金棒を片手で振るえる腕力こそが驚きだよ……焔耶、腕全然細いのに」
「そんなこと言われても、そういうものだとしか言いようがないな。振るえるんだから振るえるんだ」
「いやまあそうなんだけどさ」
「ところで北郷。お前、化勁の練習をしていると言ったな」
「エ? ア、アー……今この瞬間にやめました」
「そうか。ならば友のよしみとして今ここでやってみせてくれ《ヴフォォゥンッ!!》」
「ヒィ!? や、やるのは構わないけどせめて鈍砕骨以外でやろう!? これ見よがしに思い切り振って肩に担ぐとかやめて!?」
「? そうか? まあ別にそれは構わないが……ふんっ《ゴファァォウンッ!!》」
「……アノ。なんでそこで整備用角材(大)を持ち上げるんでしょうか」
「何を言っている。お前が別のものでやろうと言ったんだろう」
「……! ……!《ぱくぱくぱく……!》」(声にならない)
「さあいくぞ北郷! 友の一撃、見事受けきってみせろ!」
「いやぁあああっ!! 春蘭だぁあっ! 春蘭二号がおるーーーっ!!」

 七乃さんの言葉が信じられなかった僕が現実逃避に鍛錬を選んだその日、衝撃は殺せても勢いは殺せなかった御遣いが綺麗な青空を舞った。
 でも北郷負けません。
 伊達に何度も空を飛んでないとばかりに華麗に着地してみせると、何故か「ほおお〜〜〜!」と目を輝かせた焔耶に拍手された。……なんというかとても珍しいものを見た気がする。
 と、まあ。世界は一部に厳しさを感じながらも普通に動いていた。
 あくまで普通に。
 ただ、普通っていうのは何か些細な切っ掛けで崩れたり、珍妙なことが起こってしまうものだ。そういうことは忘れずにおこうと思いながら生きている。


───……。


 そんな日々の、とあるひとコマ。

「でさ。各国合同模擬戦大会っていうのは解ったんだけどさ」
「なんだ北郷! 既に戦いは始まっているんだぞ! 無駄口を叩くな!」
「いやいや言わせてくれよ! これ絶対におかしいだろ! 各国の将全部をごちゃまぜにして、魏と呉と蜀と都の主で指揮をして戦うってのは解ったよ!? くじ引きで選んだんだからそりゃあ公平だった筈だろうさ! でもさぁ! これはさぁ!!」
「なんだよアニキぃ、あたいらじゃ不満だってのか?」
「いや心強いし頼りにしてるよ!? むしろ頼りにしか出来ないだろ!」
「にゃはは、なら大丈夫なのだ! 鈴々たちにど〜んと任せるのだっ!」
「そーだよ兄ちゃん。このちびっ子はまだしも、絶対に春蘭さまとボクが勝たせてあげるから」
「春巻は黙ってるのだ!」
「なんだとー!?」
「戦……戦か。ふふふ……腕が鳴る……! 今こそ磨きに磨いたこの華雄の力、天下に轟かせる時!」
「くぅっ……どうせならば桃香さまに選んでほしかったが……! おい北郷っ、お前がワタシを選んだからには半端は無しだ! だからお前も勝てる指揮をしろ!」
「勝てる指揮って…………あの。この軍にパワーファイタ−しか居ないことへのツッコミはゼロですか?」
「ん、んん? ぱわーふぁいたー? なんだそれは。相変わらず貴様の言葉はまるで解らん」
「春蘭の場合、理解する前に頭から難しい言葉を追い出すからだろ……。パワーファイターってのは、力が秀でた優秀な“戦士”って意味だよ」
「なんだそうなのか。まさしく私のためにあるような言葉だな! 華琳さまの軍と戦わなければならんということは気に食わんが、手を抜けば華琳さまにお仕置きをされてしまう。…………それはそれでいいかもしれんが、のちのちを考えるとわざと負けるのは性に合わん! さあ北郷! どう戦うのかさっさと言え!」
「あの。もひとつ質問いい? ……なんでこの軍って軍師が居ないの!?」
「? なにを言ってるんだ。軍師に選ばれた桂花が“貴様につくくらいなら首を斬る”と言って辞退したんだろう」
「けぇえええいふぁぁあああああああっ!!!!」

 “そういうことは忘れずに生きていこう”と思いながら生きてはいるけど、時々泣きたくもなります。それもまた俺の日常。

  ───季節は、完全なる冬。

 寒さに負けてカタカタ震える体や心に気合を入れようってことで、三国と都で模擬戦を始めた。軍と言うからには兵も用意して、大将と決めた相手の頭から鉢巻を奪えば勝ちという、超実戦的な騎馬戦みたいな催し物である。
 くじ引きで人材を決めるそれで、俺は一番最初に春蘭を引いて「おおっ!」と喜んだ。次いで鈴々を引いた時にも喜び、華雄、季衣、猪々子、焔耶と引いて……なんかその辺りで頭を抱えていたような気がする。
 さて、そんな突撃大将軍しか居ないような軍の中で、俺がする指揮なんていったら?

「全軍抜刀! するべきことはただ一つ! 突撃!! 粉砕!! 勝利だぁあっ!!」
『うぉおおおおおおおおおおっ!!!!!』

 これしかなかった。
 だってね、くじで引いた兵の部隊っていうのが春蘭隊とか華雄隊とか、猪兵ばっかりでさぁ……。いったい他にどんな命令が飛ばせたと? むしろ飛ばしたとして作戦成功は在り得たか? …………ないだろ。
 だったらもう将の能力を生かすしかない。つまり……突撃あるのみ。

「にゃっ!? お兄ちゃんも一緒にくるのかー!?」
「この軍で一人で待機してたら囲まれて終わるよ!? みんな陣地なんてもう見てないだろ! だから突撃粉砕勝利!」
「お……おー! なんだかすごく楽しくなってきたー! 鈴々、一度でいいからお姉ちゃんともこうやって突撃してみたかったのだ! でもそれは無理だから、一緒に突撃してくれて嬉しいのだ!」
「はっはっはっはっは! なんだなんだ北郷! 貴様も前に出るのか! 戦の中ではいつも後ろに居たというのに、随分と勇ましくなったではないか!」
「ははっ、たまにはね! どうせすぐにもうごめんだとか言いそうな自分が容易に想像出来るけどっ!」
「そうか。そうなったら私が引きずってでも連れていってやろう。そうすれば華琳さまも貴様の成長を認めるとともに、私にもご褒美を……! ……ありがたく思え?」
「あ、兄ちゃんボクもボクも!」
「やめて!?」
「あっはははは! なんかいいなぁこういうの! うちは麗羽さまがああだったから、“頭”と一緒に突撃なんてしたことなかったしなぁ〜! なんかこれぞ人馬一体……じゃなくて、軍勢一体って感じだな! へへっ、あたいもわくわくしてきたぜ〜〜〜っ!! これで斗詩が居れば文句ないんだけどなぁ!」
「うむ……私もその、王というか……主が月のような女の子だったからな。こうして主とともに突出する興奮は今まで味わえずにいた。……なるほど、この高揚が軍というものの一体感か!」
「桃香さまに刃を向けるのは気が引けるが……これも催し物の一種! そしてなにより桔梗さまと戦える良い機会だ! 我が名は魏文長! 我を倒せるものは居ないのかぁーーーっ!!」

 聞いてみれば、意外というか。
 王とともに突撃したいと願っていた者は結構居たらしい。
 言われてみればそうなのかもしれない。
 命令されて突撃するよりも、王の背についていってともに戦いたいって気持ちは……それが憧れている相手なら、そう思うのも当然なのだろう。

「お兄ちゃんっ! 突撃したのはいいけど、相手側の策とかはどうするのだー!?」
「相手側の軍師が伝令に伝える前に全力を持って潰す!!」
「おおお! 解りやすいのだー!」
「おい北郷! 貴様ぁあ……こんなに解りやすい作戦が出せるなら、なぜ魏に居た時からそうしておかなかった!」
「そんなにややこしいこと言った覚えないんですけど!? あと主な作戦は桂花や稟や風の仕事だったろ!?」
「ええいやかましい! 言い訳は見苦しいぞ!?」
「言い訳どころか正論な筈なんだけどなぁ! ええいもう突撃突撃突撃ぃいいいっ!!」
『うおぉおおおおおおおおおっ!!!!』

 突撃を続けた。
 作戦なんて邪魔だと断じてただひたすらに。
 何も考えずにただ突っ込み戦う……純粋なる戦いっていうのは結構気持ちよく、やってみて始めて……春蘭と華雄の気持ちが少しだけ解った気がした。

「ごめん! 通るな!」
「《がぎぃんっ!》つわっ……! はっ……ははっ、強くなりましたね、隊長……!」
「───! ……ああっ! 今まで後ろから指示してばっかでごめんな! 俺、これからももっと頑張るから!」

 そして、突出する怖さと緊張というものも。
 それらを経験している者からの言葉に思わず泣きそうになって、それをぐっと堪えると笑顔で感謝をした。
 返すものがまた増えた気がしても、それがてんで辛いなんて思えなくて笑う。
 ……そう、普段じゃ話せないことも、解らないこともある。
 だからぶつかって、戦場での目的地目指してがむしゃらに突き進んだ。
 これが兵が、将が見ていた、経験していた世界だ。
 いつかじいちゃんの前で鍛錬した多対一の構えで兵と戦い、ただただひたすらに大将のもとへ。

「───! 北郷か!」
「───っ……祭さん!」
「かっかっか、よぉ来おった! 鍛えたというのに後ろで縮こまっておるのだったらどうしてくれようかと弓を構えておったところだ! ここへ突出してきたということは───解っておるな?」
「大将の鉢巻は、当然簡単には……ってことだよね」
「以前は妙な終わり方をしてしまって燻ってしまったからのぉ。ここでならば全力でぶつか───」
「うりゃりゃりゃりゃりゃぁああああっ!! どくのだーーーーっ!!」
「ぬっ!? 張飛じゃと!?」
「突撃! 粉砕! 勝利なのだーーーっ!!」
「ちぃっ! さすがに戦場ともなれば一騎打ちなど静かには出来んか……! これは正規な戦ではないからのぉ……!」
「───って、そうだった! 場の雰囲気に飲まれるところだった! ごめん祭さん、決闘はまたいつか! 俺の我が儘で今の軍の足引っ張るわけにはいかないから!」
「ふっ……ふふははは、はっはっはっは! おう! それでよい! 軍の一部として戦うと決めたならそれを貫けぃ! ───もちろん、ただで通す気はないが───のぉ!」

 三国と都の将を混ぜた戦は混戦を極めたようなものだった。
 誰が味方かを覚えておかなければ同士討ちでもしてしまいそうで怖い。主に春蘭が。
 周囲の勢いを止めてしまうという理由で一騎打ちは認めてはいないものの、それ以外は結構ずぼらなルールのこの戦。
 たとえば高いカリスマを持ってらっしゃる誰かさんが、その誰かさんを愛してやまない誰かさんに声をかければあっという間に───

「春蘭。私に協力なさい」
「はいぃっ! 華琳さまっ!」

 《ガカァン───!(脳内SE)》【春蘭が寝返った!!】

「おぃいいいいいいいっ!!」
「しゅ、春蘭さまぁ! さすがにそれはまずいですよぉ!!」
「余所見しておる暇はないぞ!」
「《ヂッ!》ほわぁっ!? ちょっ……祭さん! 模擬刀でも今のは危ないだろ!!」
「なんじゃ、攻撃方法くらいでいちいちみみっちい。余所見で負けたとして、それはただお主が油断しただけじゃろう? 戦人たるものならば常に周囲に気を配《ごいぃんっ!!》はぴゅうっ!?」
「へっ……!? う、うわぁああ祭さぁああああん!!?」

 春蘭が華琳側に寝返るという、まあ予想はしていた事態に突っ込みを。
 そうこうしている隙を狙われたもののなんとか避けた……先で、戟の長柄部分でゴインと頭頂を殴られてオチる祭さんの図。
 なんだかとても可愛らしい悲鳴が漏れたが、それは言わないほうがいいのだろう。
 ともかく今は、倒れた祭さんの後ろに居た───恋をなんとかしないと。
 と思っていたのだが。

「……一刀は、恋が守る」
「うえぇえっ!? りょ、呂布っ!? に、兄ちゃん、どうするの!?」
「ど、どうするったって……あの、恋? 守ってくれるのは嬉しいけど、後ろから頭に戟を叩き込むのは……」
「………」
「……え、えと。恋? 俺と一緒に、来てくれるの?」
「……《こくこく》」
「……いいのかなぁこんなので。じゃあボクも流琉を見つけたら誘ってみよ……。ていうか兄ちゃん、ボクたちの軍、なんでこんなに人数少ないんだろうね」
「力の問題だと思うぞ……」

 《ハワァーーーァア♪》【恋が仲間に加わった!!】
 ……なんかあっさり仲間になった。
 いいのかこれ。……いいのか。最初にやってみせたのがこの大陸の覇王さまなんだし。

「うわわーーーっ!? 恋ちゃんが寝返っちゃったーーーっ!! どどどどうしよう愛紗ちゃん!!」
「落ち着いてください桃香さま。ならばこちらも鈴々を引き入れればいいのです。……というか桃香さま、陣地でお待ちくださいとあれほど……」
「私だって頑張って鍛錬してるもん。お兄さんと華琳さんにその成果を見てもらいたいってこともあるけど……愛紗ちゃんはきっと怒るだろうけど、突撃するみんなの気持ち……私も知ってみたかったんだよ」
「桃香さま……」
「でも、うん。とにかく今は愛紗ちゃんの言うとおり鈴々ちゃんを味方に───」
「にゃははははは!! いやなのだーーーっ!!」
「ええっ!? 鈴々ちゃん!?」
「鈴々!? いつの間にこんなところまで!?」
「突撃してたら呉軍を抜けちゃったのだ! というわけで愛紗! 勝負なのだっ!《どーーーん!》」
「…………鈴々。まさか最初からそのつもりだったんじゃないだろうなぁ……!」
「んにゃ? なんでわかったのー? くじが分かれたらそうするつもりだったのだ」
「……まったく、お前というやつは……!《チャキッ……》」
「っへへー、構えたからには戦うだけなのだ!《チャキッ》」
「いくぞ鈴々! 全力で───!」
「応なのだ! 全力で───!」
「───獲物、みぃ〜つけたっ♪」
『!? ───孫策!?』

 あちらこちらで悲鳴やら怒号やらが聞こえる中、なんかもうこれ模擬どころか普通の戦より盛り上がってるんじゃないかってくらい、みんなの気迫がすごいすごい。
 ここまで混ざるとどこで何をやっているのかも解らなくなるってものだが、そんな中でも俺は───居た!

「! 一刀!」
「蓮華!」

 兵に守られるように立つその姿を見て、木刀を逆手に持って切っ先を後方へ。
 蓮華もくすりと笑うと剣を鞘に納めて地を蹴った。
 兵が止めるのも聞かずに俺と蓮華は近づき───すぐ目の前に立つや掌と拳をパァンと叩き合わせて預けあっていた“戈”と“文”を互いに戻す。
 そうすると即座に武器を構えてぶつかり合った。
 周囲は一体何をしたかったのかと困惑の視線をぶつけてくるが、俺達にとっては大事なことだったのだ。
 預け、預けられたのは“人を殺めるための戈”。
 それを戻すということは殺し合いでもするのかといったらそうではなく───覚悟の問題なのだ。模擬とはいえ戦をするのだから、甘い考えは根本から捨てて真っ直ぐに。

「っ……私が“王として”を学んでいる間、お前は随分と己を鍛えたのだろうな……!」
「蓮華だって。あの祭さんが、強くなろうとしてる人をほうっとく筈がないしね……!」
「ああ、散々と扱かれた。弱音なんて許さないとばかりに。そうして挑んだ天下一品武道会も負けてしまったが……お陰で今まで余計に扱かれた……!」
「俺だって、訪れる人訪れる人に代わる替わるボコボコにされて空飛んで泣き言言って叩きつけられて空飛んで吹き飛ばされて空飛んで……!」
「……随分と空を飛んでいるのね」
「そこで女の子な言葉になるのやめて!? ───って、蓮華、鉢巻は?」
「え? ……ああ、あれなら姉さまが。その方が狙われやすいからと言って持っていった」
「……そか。じゃあ今頃───って向こうは向こうか。全力でいくからな、蓮華!」
「ああ! 望むところだ一刀!」

 氣を全力で解放。同時に錬氣も常にしての攻防が始まった。
 恋が突っ込んでくるかなと思っていたが、恋は他国軍の将に集中攻撃を仕掛けられているらしく、足止めされている。
 しかしその包囲もどんどんと力を無くしてゆく異常ともとれる光景に、蓮華と戦いながらも喉を鳴らした。
 その一方で───

「あっははははは! せっかくこの乱戦の中で会えたんだから、すぐに楽しみましょう!? ねぇ、愛紗、鈴々、桃香!」
「くっ……鉢巻、というと孫策、あなたが呉の大将か!」
「孫権じゃなかったのかー!?」
「あぁこれ? 狙われるために奪っちゃった。だってその方が楽しそうじゃない?」
「奪った、って……はぁ。周瑜殿の苦労が目に浮かぶようだ……」
「あ、そういえばそっちの軍師は冥琳だったわよね。いい作戦はくれた?」
「あなたに気をつけろと」
「わお。行動を見透かされてるみたいでまいるわねー……───あとは?」
「会ったとしても攻撃はするなと」
「え? 冥琳が? そう言ったの? へー……じゃあこの睨み合う時間にもなんらかの意味があるのかし───」
「孫策! おぉおおおおおお孫策! 見つけたぞ孫策ぅううううっ!!」
「───ら? って華雄!?」
「ふははははは! ここで会ったが百年目! 北郷とともに強くなった私の手で───孫策! 今日こそ貴様を打ち下してみせよう! 我が金剛爆斧の前に散れぇえええぇええぃいい!!!」
「え、わ、ちょっ───きゃーーーっ!!?」

 ───どこかから悲鳴が聞こえた気がしたが、きっと気の所為だ。
 むしろ悲鳴なんてどこからでも聞こえてきているのだから、気にしたら負けだろう。
 その悲鳴が主に男集(兵と俺)が出しているものだとしても、気にしたら負けなのだ。

「うわあああ!! りょ、りょっ……呂布だぁーーーーっ!!《メギョォッシャア!!》げああぁーーーっ!!」
「ひぃいい!!? 相棒!? 相棒ーーーっ!!」
「しっかりしろぉ! 武器は模擬っ……模擬戦用の斬れない戟なんだぞ! なのになんでそんなに吹き飛んでるんだ!」
「へ、へへっ……ど、どうやらドジっちまったみたいだ……。み、みんな……あ、あとを……た、頼ん…………《コトッ》」
「相棒ぉおおーーーーーーっ!!!」
「え、衛生兵! 衛生兵ぃいっ! 頼む! こいつを助けてやってくれぇえ!! こいつっ……ようやく恋人が出来て、今朝まで俺達にどつかれてくすぐったそうに笑ってたのに……! こんなっ……こんなことって……!」
「ち、ちくしょうもう我慢ならねぇ! 俺だってあの乱世を生きた兵だ! 戦での勇気じゃあ───将にだって負けねぇええっ!!」
「はっ───よ、よせ兵士壱! やめろぉおっ! 戻れ! 戻ってくるんだぁあっ!!」
「へへっ……今行くぜ、相棒……。お前一人に寂しい思いはさせ《メゴシャア!》ぶべえっしぇぇえっ!!?」
「兵士壱ーーーーっ!!」

 人が飛ぶことに武器の鋭利さは関係がない。
 俺達にとってはそんなことは当然だったのに、心のどこかで“斬られて死ぬことはない”なんて安心があったのかもしれない。
 俺達の体は将の一撃で簡単に空を飛び、地面に叩きつけられただけで全身が痛みで動かなくなる始末。その衝撃には武器が切れるか否かなんてことは関係がなく……ただ吹き飛ばせて長ければ、彼女らにとっては大した違いはなかったのだろう……。
 次々と兵がキリモミで飛んでゆく景色に歯噛みしながら、俺は蓮華の攻撃を弾き、逆に攻撃しを繰り返していた。

「つ、ぅ……! 受け止める度に腕が千切れそうなくらいに痛い……! 一刀……それがあなたの答え……!?」
「こうでもしなきゃ、華雄たちの攻撃の一撃一撃すら弾ききれなかったって、それだけだよ!」
「───そう。ならば相性は良いのだろうな。私は祭から避けることを重点的に習った。剛撃ばかりでは、以前のあなたと戦った華雄のように疲れるだけで終わるぞ」
「───!」

 蓮華が強く握る剣や構えからスッと力を抜いてゆく。
 まるで自然に身を任せるような、風が吹けば揺れそうなくらいの脱力だ。
 表情からは険しさも緊張も消え、力は抜いたが集中は消えていないと解る彼女の顔……

「フィンガーマシンガン!!」
「《ドチュチュチュチュチュチュ!!》きゃーーーーーっ!!!?」

 ───が、驚愕に染まった。
 ボチュチュチュチュと地面を軽く抉る、雨程度の威力しかない氣弾にしこたま驚いたらしい蓮華は、アニメとかでよくあるような足をぱたぱたさせてマシンガンの弾丸を避ける人みたいになっていた。
 のちに激怒した彼女に襲われるに到り、なんかもうフィンガーマシンガンは使わないほうがいいかもなぁと普通に思っていた。使うにしても状況を考えようね、俺……。
 そうして武人のほぼが目を輝かせて戦っていた。
 俺も全力の戦いで、しかも相手はいつかの呉で互いに高めあっていこうと誓った相手だというのだから、心が熱くならないわけがない。
 蓮華も同じようで、祭さんに扱かれたと言うだけあってその立ち回り方は見事の一言。
 攻撃は避けられるし隙は逃すことなく狙ってくる。
 加速攻撃を使おうとした瞬間、その予備動作を潰されるとは思わなかった。
 驚いた顔で蓮華を見れば、いたずらが成功したみたいな子供のような顔で笑う彼女。
 ……いや、そりゃ流石に予測できないって。まさかあの蓮華が前蹴りでこちらの体勢を崩しにかかるなんて。
 でも確かにその蹴りは、いつかの日に祭さんにもやられたものだったのだから、恐らくは蓮華も随分とやられたんだろうなぁと予想が出来た。じゃなきゃ、あんなに嬉しそうな顔をする筈がない。

「っちちぃい……! ははっ……強いなぁ、蓮華っ!」
「……!《ぱああっ……!》……ええっ、貴方もね、一刀!」

 素直に強いと口にすれば、これまた褒められた子供のように眩しい笑顔をこぼす蓮華さん。……“褒めてくれる人なんて居なかったんだろうなぁ”って答えに簡単に辿り着いた。
 自分達はあれから成長出来たのでしょうかと互いに語りかけるように得物を振るい、衝突の度にその答えを受け取ってゆく。それは、その鋭さと重さを体で感じる度に笑みがこぼれてしまいそうになるくらい、とても清々しい戦いだった。
 相手の攻撃を受け止める度に、体が“成長出来てるよ”と言ってくれているようで。
 以前だったら数合でぜえぜえ言っていた体が、“まだ全然動ける”、“まだ頑張れる”と自分の“こうしたい”を受け止め、実行してくれる喜び。
 それを誓い合った二人で幾合もぶつかり合い、確かめていった。
 そんな戦いを、兵を蹴散らしながら満足げに見守るのは思春だ。

  ……そう、誰もが自分の武や、高鳴る思いを胸に自己の得物と想いをぶつけ合った。

 汗を流し、攻撃を受け止め、時には弾いて時には弾かれて。
 渾身を放ったのに逸らされて息を飲み、隙を穿つ攻撃を己も避けて見せ、息を飲む姿に笑みを浮かべ。
 そうやって、次第に武人の目が目の前の者しか映さなくなった───その時。

『今でしゅ!!』

 掛け声とともに一斉攻撃。
 ハッとした瞬間には驚くほどの兵が突撃を仕掛けてきており、他の将は無視して何故か俺目掛けて……えぇえええっ!!?

「これはっ……いつの間にここまで包囲されて───!?」
「……! 一刀は、恋が……!」

 蓮華が驚き、自分に向かう兵を恋が吹き飛ばし、それでも尚突撃をする兵たち。
 今でしゅ、ってカミカミ言葉から察するに、指示を出したのは朱里と雛里。
 そしてその二人が居た軍は……困ったことに魏だった。
 俺達がほぼの武官を引き当てる中、華琳が引いたのはほぼが軍師。
 それでは戦いにならないだろうって話になりそうだが、その分、軍師一人につき付いてくる兵の数は武官側とは大きく異なり、多いのだ。
 その結果がこの雪崩式のような包囲突撃。
 ああっ! 春蘭をあっさり奪われたのは痛かった! 華琳のやつ最初からこれが狙いだったのか!? 軍師が多いっていっても元々は力側だった亞莎も居るし秋蘭も居る! そこに春蘭の力が加わって、朱里も雛里も穏も風も稟も……アワワー!?
 力ばっかりだからってこっちの人数少ないのはやっぱり納得がいかないんですけど!?
 しかもその力の一部があっさり寝返っちゃったし!

「っ! ……! ふっ……!」

 恋が、俺に突撃してくる兵を蹴散らしていくのだが……兵は俺しか見ていない。
 そりゃそうだ、鉢巻を取れば勝ちなら、恋には構わずとことん俺を狙えばいい。
 むしろ俺も蓮華との戦いに熱中しすぎてそもそものルールを忘れていた。
 で……そのお相手の蓮華さんなんですが。

「下がれ貴様ら! 一刀は私と戦っているのだ!!」

 ……かつてない気迫を以って、兵を薙ぎ倒しまくっておりました。
 しかしまあ……なんでしょう。
 きちんと統率と忠誠が保たれていない部隊のなんと恐ろしいことよ。
 乱れに乱れて、隙を突かれたらもろいったらない。
 そんなことまで体験してしまった俺は、呆れながらも最後の最後まで全力で楽しみ……結局、数の暴力に押さえられる形で、鉢巻を奪われてしまった。

  ……ちなみに。

 後日の話になるが、体が熱くなったのはいいんだが熱くなりすぎたために汗を掻き、しかし全員が全員一気に風呂に入れる筈もなく……最初に入った数人以外の王や将が、例外なく風邪を引いた。さすがに医務室代わりの部屋にはそんな人数は入れられませんっていうことで、謁見の間が仮の医務室代わりとなった。そこで全員で寝るという、不近親だけど修学旅行っぽい状況につい笑ってしまう。普段ではありえない状況に、俺以外にも笑っている将が居るくらいだ。熱で顔赤いけど。
 そんな俺達のために呼び出された華佗が今回一番災難だったんじゃないかなぁと思ったのは、きっと俺だけじゃなかった筈だ。全員の軽い治療が終わる頃には華佗もぐったりしていて、ボーっとする頭のままに深く深く感謝と謝罪を届けました。
 まあ、そんな日々のひとコマ。
 応急治療はなされても熱はあるっていうのに、大多数の将の顔は楽しげだった。
 やっぱり、たまには思い切り体を動かしたほうが日々の鬱憤も取れるんだろう。
 俺も笑いながら、くらくらする視界に苦笑をもらし、眠りについた。




ネタ曝しです *俺の両手は機関銃/某ファントム旅団  ハンターハンターより。  両手の指先が開いてマシンガンが放てる。  実は結構好きな能力。ビッグバンインパクトの次に好き。  え? 基準が解らない? ……うん、僕も解らない。 *脳内SE/ガァアンやハワァーーーァア♪など  無双シリーズのなんか不幸な報告とか、鼓舞などで指揮が上がった瞬間のアレ。  ハワァーーーァァはかなり好きです。  最初は、恋姫の“ほわぁーーーっ!”はアレの派生的なアレなのかなと思ってた。  真相は知りません。    104話をお送りします、凍傷です。  ようやく合同模擬戦までが書けまして、でも少々急ぎ足な書き方になってしまった。  でもさすがに最近のぐだぐだ感をちょっとなんとかしたかったので。  やっぱりアレですね、自分で書いていてうーむと首を捻ったことも何度もありますが、普通の話の中で“ああ……これ濡れ場的な場面がくるな”ってところに差し掛かると、少しがっかりしますね。  読み直しをする時に自分でも感じるんですから、読んでくださる方もそうなんだろうなぁと思うのです。  ハーレムものは好きですが、濡れ場なアレが好きなのではなくキャラの行動が好きなんですよね。むしろエロス要素は少ないほうがいいくらい。  で、そこに気をつけながら書いてはいるものの、気がつくとそんな感じなことが何度も。  そうしないと話が進まない、纏まらないんじゃないかっていう一種の固定的な考え方に囚われているのやもしれません。  じゃあなんとかすればいいじゃないって話ですが、そうすると筆が進まないとくる。  難しいです、ほんと。  さて……ところで三馬鹿書くんじゃなかったのかって状況ですが、どうしてかこっちが先に出来てしまいました。  何故かは僕にも解りませぬが。  別のものも書いていて、そっちももう400kb近くになっていて……ああいえ、三馬鹿じゃないんですけどね。  もうひとつの以前言っていたボツ確定のものも400kb近く……たまに自分がなにしたいのかよく解らなくなります。  それはUPするのかといったら正直解りません。  自分で楽しんで満足するだけかもしれませんし。 ◆以下雑談  最近、エターナルに突入する人の気持ちを少々考えてみたりしました。  気づいたら半年くらい更新していなかった、続きが気になる小説があったのですが……感想を見てみたら結構いろいろ書かれていまして。  やっぱり感想って嬉しい反面、ダメージもデカいなぁと改めて認識。  とりあえず個人としてのエターナル症候群の経緯は─── 1:読む 2:みんなが書いているのが面白いから自分も書いてみたい 3:書く 4:感想もらえた! 嬉しい! 5:もっと書く 6:感想の種類が分かれ始める 7:よくなるように頑張ってみる 8:感想『前のほうが良かった』 9:大ダメージ 10:でも構想はまだまだあるから書く 11:そうさ、構想はもう最後まで出来てるんだから、書き起こすだけさ 12:感想『つまらん、なにが言いたいのか解らん、見る価値もない』 13:……俺、なんで書いてるんだっけ? 14:そうだよなー、構想は最後まで出来てるんだよ。俺の中で完結してるじゃん 15:文句言われるために書くの、もう疲れた 16:そして永久に───……  こんな感じでしょうか。  感想はとても嬉しく、励みになる反面として最大級の棘となります。  正直凍傷もここはこうであってくれたらなーと思う小説を随分見ましたが……あれはあれで面白かったんですよね。  こうなったら次はこうなることは予想出来るって部分も多々ありましたが、じゃあその場面でこの人が書くこのキャラはどんな反応を見せてくれるのか。それを考えるようになったら、少しは考えが薄れました。  大多数のキャラは同じ反応を取りますが。もちろん凍傷が書くキャラも。むしろ同じのばっかりか。反省。  と、感想の影響があるのも確かですが、学校、仕事、ゲームなど、書けない理由も多々あります。  凍傷は仕事と小説ですね……読んでないで書けとツッコまれたこともありますが、元々読者なので読みたい欲求の方が勝ってしまいます。  あ、届けられたメールは読ませていただいております。  励ましってやっぱりとても嬉しいです。ニヤニヤしてる自分はアレですが。  ただ、そういったメールが来る度に「うひぇぇぃあ!? これっ……感想メール!?」と、開くのに物凄い勇気が必要になってしまったのも事実で……感想恐怖症っていうんですかね、これ。またボロクソ言われるんじゃないかって、胸の中に気持ち悪ささえ込み上げてきます。いきすぎると吐きそうなくらいの悪寒めいた違和感です。情けのうございます。  あ、メールが気持ち悪いとかではなく、開く瞬間の……恐怖っていうんでしょうか、それが気持ち悪さに変換されてるんです。感想コワイ。嬉しいのに怖い。  これを読んでくださった方。  僕への感想などは、凍傷自身が感想恐怖症みたいな有様なので気にしないでいいですが、他の方にはどうか、飴と鞭でお願いします。  なんだこの作品、ダメだ……と思っても、良いところを上げつつここはこうした方がいいかも的な言い回しで……。いきなり「読む価値無い」はダメージがデカすぎます。  ……なんて言いつつも、前はよく行っていたアルカディアに行かなくなって一ヶ月くらいでしょうか……。なので久しぶりに行ってみたら……一話投稿→放置がまた随分と増えましたね。  前までは原作崩壊ものも読んではいたんですけど、今じゃ読めない有様……。  以前の原作崩壊ってまだまだあまっちょろかったんだなぁって本気で思いました。  ゼロ魔カテゴリが放置貴族アンチだらけになってしまった……しかもキャラの性格がほぼ違う……才人が、才人がただの快楽殺人犯に……。  なんであんなことに……。  ……愚痴ばかりでごめんなさい、ではまた次回で。 Next Top Back