-_-/黄柄

 私には父が居る。
 不思議な父。よく解らない父。
 不思議というからにはそれはもう興味が尽きない父であり、……なんとも不思議。

「何をしているわけでもないのに慕われていること、近づくとすぐに気づかれること、部屋に居る時は絶対に私たちを近寄らせないこと、何より母に私を産ませたこと」

 本当に不思議だ。
 いったいなんなんだろうかあの父は。
 絶対に何かを隠しているに違いないのだが……真実に近づこうとすると、いつの間にか距離を離されている。それがまた不思議でならない。

「そんなわけで邵」
「は、はい、なんでしょう柄姉さん」

 邵、と呼ぶと、びくーんと肩を弾かせてパチパチと瞬きをする周邵。
 引っ込み思案というか目立つことを嫌うというか、どうにも声をかけただけでもおどおどだ。もっと真っ直ぐになればいいのに、まったく。

「邵は気配を消すのが得意だったな。私の代わりに父の正体を暴いてはくれまいか」
「しょ……正体……?」
「そう、正体だ。父め、絶対に私たちになにかを隠しているに違いない。邵はおかしいとは思わないか? 私たちが寝ている時や鍛錬している時、少しずつ任され始めた仕事などで手を離せない時、あの父は私たちの目から外れるのだ。私はその時にこそ、父は何かをやっているに違いないと思うのだ」
「父さまは、父さまですよ……?」
「うん、父は父だ。もちろんそうだ。あの母に私を産ませた父だな。あの母だぞ? ただの父であるわけがない。今だってほれ」

 ちょいと指を差してみると、母が陸延と袁術さまを引きずって中庭に向かう姿が。
 鍛錬ならばついていくところだが、あの雰囲気は説教だろう。
 なにせ袁術さまが「みぎゃー! 何をする離せぇえっ! 妾はきちんとやっておったであろー!?」と叫んでいる。巻き込まれたのだろう。

「はわー……袁術さま、綺麗ですよねー……。邵もあんなふうになりたいですー……」
「むむ。胸か。母も随分だが、私たちは……」
「………《ずーーーん……》」
「………《ずーーーん……》」
「……柄姉さまはまだいいですよ……邵は母さまがああですから……」
「言うな……。母がああなのに娘がこう、というのも……案外辛いものなのだぞ……」

 とほーと溜め息が漏れた。しかしそうしていても何があるわけでもない。

「まあそれより父だ」
「乳?《ほむほむ》」
「胸じゃない。ええい自分で揉むな! 平べったさに落ち込むだけだぞ!」
「…………《ずぅうう……ん》」

 手遅れだったらしい。
 じゃなくて。

「父が登姉に追い掛け回されているのは見たな?」
「は、はい」
「それを観察し、隙あらば総攻撃を仕掛けるのだ。現在、述も様子を伺っているようだ」
「述姉さんが?」
「ああ。ほれ、あそこだ」
「……?」

 私が促す方向をじぃっと見つめる周邵。
 その先に、ぴょこりと揺れるおだんご二つ。
 甘述は髪の毛をお団子状にして纏め、その上から……あー、なんというんだっけか、あのお団子布は。名前がわからない。ともかく、布で二つ纏めている。
 周邵も似たようなもので、父いわく“ついんている”とかいう結び方をしている。
 ついんている……かっこいい名前だ。
 だが私は父言うところの“すとれいと”……この自然なままが気に入っている。
 すとれいとも格好いいからな!

「しかし述はあれで隠れているつもりなのか?」
「述姉さん、武に弱くても武を思う心は人一倍ですからね……」
「あーあー、兵に笑われてるじゃないか。よし、あの兵は今日の鍛錬の相手に決めた」
「だめですよ柄姉さまっ! 勝手なをことしたら黄蓋母さまの拳骨が……!」
「むう。だが産まれた時期が近すぎてどっちが姉かも解らん私たちの間の述が笑われたんだぞ。これは我ら三姉妹への挑戦と受け取るべきだろう」
「もし予想外に強すぎたりしたらどうするつもりですかっ!? 絶対に泣かされちゃいますよっ!?」
「む。それは無いと断言出来るが、なにが起こるか解らないのがこの空の下。というか邵、お前はもっと自分に自信を持ったらどうだ。私たち姉妹の中で気配を殺すのが上手いのはお前くらいじゃないか。その氣の扱いの良さを利用して、あの兵をだな」
「まままぁああまま待ってください! どうして私が挑むことになっているんですか!? やややりませんよ!? やりませんからねっ!?」
「……ふーむ」
「? なななんですか? なにか、顔についてますか?」

 慌てると妙な口調になる妹を見る。
 本気で慌てたのか、少し涙目だ。

「いやなにな、母やらが言うには邵。お前の慌て方は父に良く似ているらしい」
「乳に!?」
「胸から離れろたわけ」
「い、いえ、私も乳が慌てるとはどういう状況なのかと少々………………あ、慌てついでに大きくなったりとか」
「子供のうちから大きい小さいと嘆いている暇があったら、国のために出来ることを探すべきだろうが。いいか邵。酒は敵だ。あんなもの、酔えば判断が鈍るし臭いし不味いしでいいことがないんだぞ。母は何故あんなものを美味そうに飲むのか。ああ解らん解らん」
「柄姉さまの場合、ただ嫌いだからそう言うだけですよね? 好きな人にとっては大事なものなんですよきっと。はいっ」

 しかしあれは飲めたものじゃなかったぞ。
 一番上の丕姉……てっぺん姉でさえ無理をしてようやく飲めるくらいだ。飲んだあとは涙目だし。
 大人になれば味が解るのだろうか。
 ……大人になるって解らないな。

「まあ、それより父だ。今日こそ正体を暴いてくれよう。真実弱き父なのか、それとも爪を隠した猛獣的な素晴らしき父なのか。……後者がいいなっ、後者がっ! 邵もそう思うだろうっ?」
「父さまは父さま、です」
「なんだつまらない。邵はいつもそうだな。なんだ? てっぺん姉のように父には興味がないのか?」
「………」

 訊いてみると、周邵はフイと顔を背けてしまった。
 父の話に踏み込もうとするといつもこうだ。
 本人は隠したがっているようだが、周邵の父好きは周知の事実だ。
 別に止めたりしないから、存分に甘えればいいものを。
 あの父のことだ、それはもうでれでれな顔で迎えるに決まっているのに。

(言ってやるやさしさはあるだろうが、生憎だな邵。……正体が解っておらん謎多き父に、お前を向かわせるわけにはいかんのだ!《ク、クワッ!》)

 実は本当に、真実立派な父だったら心から尊敬するぞ父よ!
 なにせこれまで、私たちに正体を見せずに隠してきたのだ! それのみでも十分に素晴らしいことだ! なにせいっつも人を見透かしたような態度のてっぺん姉までをも手玉に取っていたことになるのだから!
 てっぺん姉はどうにもいかん。姉妹間のふれあいというものをてんで考えていない。
 私は一人でいいとか私一人で十分だとか、そんなことを考えて生きているに違いない。
 そんな人生はつまらんだろうに。
 だから私は父の正体を暴き、てっぺん姉に父のことを認めさせ、それらを架け橋に今一度姉妹仲というものを見つめなおそうと思うのだ。
 故に本当にぐうたらだったら、その時はこの黄柄も牙を剥こう。
 くくく、父め。今から首を洗って待っているがよいわ。
 父の首という首を、それはもう大変なことにしてやる……!

「……なぁ邵? 首、とつく部位は人体にどれほどあっただろうか?」
「ふえ? えーと、ですね……首、手首、足首、…………《かぁああ》」
「解ったもういい喋るな。父の乳首を攻撃する頭の悪い自分を想像してしまった」

 頭を抱えて蹲ってしまう。
 それを見た周邵が「困ってる時の父さまみたいですね」と言ってきた。
 ……なんだかんだで私たち姉妹は父に似ているところがあるらしい。
 無意識だったというのに、なんということだ。

「まあそれはそれとしてだ邵。さあいけ」
「本当にやるんですか? 気配を消して父さまを追う、なんて」
「もちろんだ。見ろ、散々と追っては蹴りを繰り返していた登姉が、ついに父より先に疲れ果てた。その後ろでずっと追い掛け回していた述はその前からぐったりだ」
「でもでも、這いずってでも追おうとする述姉さんの根性は、見習うべきところがっ!」
「本当に。どうして武に恵まれなかったのだろうなぁ」

 産まれた時、人は独特の氣を持って生を受ける。
 知る限り、種類は大きく分けて二つ。
 いわゆる“武”に向いている氣と“知”に向いている氣だ。
 私も周邵も武の氣を持って産まれたようだが、甘述は知の氣を持って産まれた。
 父より母が好きな甘述にとって、当然それはよろしくないことだった。

「まあ、私たちが言っても仕方が無い。行こう。むしろ行け」
「柄姉さまは言うだけだからいいですよね……姉さまたちに気づかれたら怒られるのは私じゃないですか」
「大丈夫だろう。邵が危機になれば、あの父が黙っていない。……たぶん。娘には甘いからな。というかいつも誰かに甘い父だ。怒ることなんてあるんだろうか」
「さあ」

 言いつつ、何故かフンスと鼻息も荒く前を向く周邵。
 何が周邵の心を刺激したのか、物凄いやる気を見せている。
 なにが、というか……父が黙っていない、って部分に賭けてみる気になったのか?
 ……黙っていないのは確かだろうが、怒らない父だからこそ“庇う”ではなく仲裁しかしないと思うんだが。それはお前を助けているわけじゃあないんだぞー……?

「………」

 言わないやさしさ……なるほど、これがそうだな。
 なにより面白そうだしほうっておこう。やる気に水を差すのはよくないものな。

「?」

 水を差すというが、反対の言葉は熱湯でいいんだろうか。
 ……なるほど、熱くなりそうだな。心も体も。おまけに沸点も。




-_-/周邵

 私には父が居ます。
 不思議な父であり、面白い父です。
 子供の頃から忙しい世界の中で、のんびりと自分の流れを崩さない父が、私は好きです。姉妹のみんなは苦手としているようですが、なんとなく解ることもあるのです。
 私は……母譲りなのかどうなのか、氣というものを感じたり使ったりするのが得意で、会うたび会うたび父の氣が変化していることを知っています。
 それはやさしいものだったり力強いものだったりと、忙しいものです。
 不思議、といったからにはそういうところにも不思議なところがあって、どうにも父さまは氣を二種類持っているようです。知に向いた氣の在り方は甘述姉さまの波長で知ってますし、武は言うまでもなく知ってます。
 それら二つを合わせたものを持つ父さまは、柄姉さまが感じている通り普通の人ではないと、私も思っています。どう普通ではないのかなんて、氣を二つ持っているだけでも十分なのですが……言った通り、父さまは父さまです。
 私たちが見ていない場所ではどんな父さまでも、私たちが知る姿がぐうたらと呼ばれていようと父さまは父さまです。

「…………はぁ」

 そんな判断が出来る自分のくせに、姉妹が嫌っているから自分も嫌わなければという嫌な状況を受け入れてしまっている自分に嫌悪です。
 もっと小さな頃はよかった。
 父さまと一緒に歩いて、父さまの首にぶら下がって、父さまにおんぶされて、父さまに抱っこされて……はうう。

「うー……」

 父さまの傍は……なんというかこう、落ち着きます。
 他の人とはこう…………か、香り? が、違うといいますか。
 この周邵、嗅覚なら動物にもほんの少し遅れをとらない自信はありますし、動物的に匂いでその人が善か悪かを嗅ぎわけることくらいきっとたぶん出来るつもりです。
 その私が言いましょう。父さまの香りは他の人とは違う。
 これは、なんばんおーさま……孟獲さまが父さまの傍に居たがる感覚に似ているものだと思うのです。確証なんて誰が証明してくれるものでもありませんが、私の動物的勘がそう言っています。私が勝手にそう決めているだけですが。
 だだ大丈夫です。孫策さまだって勘頼りだけどその勘に絶対の信頼を置いています。
 私だって勘を信じ続ければ、いつかはそんな勘が芽生えるに決まっていますです。

「いざ……!」

 そんな父さまの氣に紛れるように、自分の氣を周囲に溶け込ませてゆく。
 その上で、じりりと父さまの後を追う。
 大丈夫です、気配を消すのは得意です。
 なにせ母さまにも褒められたくらいですからっ!《どーーん!》
 ……じゃなくて。
 落ち着きましょう、気配を殺してまで胸を張るって、おかしな子です。

「………」
「………」

 黄蓋さまと交代するようにして中庭をあとにする父さま。
 気配を殺したからには足音にも注意です。
 隠れる際には、焦りすぎて茂みなどの影に隠れるなぞ持っての外。
 何故なら草などは音を出しやすいし、足元に枝が落ちている可能性が高いのです。
 そんな場所を良しとしては、すぐに見つかってしまいますです。

「───」

 なので気配を殺しつつ後を追う。
 これこそ、自分が足音にさえ気をつければいいだけの追跡方法というもの。
 でも姿までは消せるわけもないので、父さまの意識が向いているところの外を常に意識しなくてはいけません。気配を殺して意識もする……気配を殺すのは大変なことなのです。
 これを堂々とやってのける母さまや甘寧さまがどうかしているんです。
 特に甘寧さまの気配殺しは怖いくらいです。母さまは自然の中でこそそういうことが上手いのですが、甘寧さまは場所が何処であろうと自分を溶け込ませてみせますから。

(精進あるのみですね。がんばりますっ)

 むんっと小さく……えと、が、がっつぽーず? というものを取ってみる。
 まだ父さまと堂々と遊べていた頃に、父さまが教えてくれたことだ。
 頑張る時はこれをすると気合が入ると。

(そんなことを教えてくれた父さまのあとをつける……邵は悪い子ですね)

 とほーと溜め息。
 途端、先を歩く父さまがびくーんと肩を弾かせ、辺りを見渡し始めました。

(え? なに? なにごとですかっ?)

 焦り、すぐに父さまが意識している場所の外へと隠れる。
 隠れつつ様子を見るのは当然忘れません。

「……邵? いるのか?」

 気づかれてますっ!?
 えぇええええっ!? どどどどうしてっ!? なぜですかっ!?
 気配殺しは完璧です! 油断だってしていません!
 なのになぜっ!? 父さまには野生の勘でもあるんですかっ!?

「気配は……ないよな。音もしないし。でもなぁ、これはなぁ。雪蓮じゃないけど、なんか解っちゃうっていうか……っとと、いやいや解らないぞっ!? いやーはははきっと俺が勘違いしただけだー! べべべべつに南蛮サヴァイヴァル生活で身に付けた野生の勘がどうとかソンナコトナイヨー!?」

 ごくりと喉を鳴らして息を潜めていたら、急に妙なことを言い出す父さま。
 さば? なんたらがどうとか言ってますが、意味が解りませんでした。

「勘ってすごいのな……気配なんてないのに気づけることがあるなんて。雪蓮が勘頼りになるのも頷けるっていうか…………はぁ」

 カリ……と頭を掻いてから、父さまは歩き出します。
 風邪引くなよー、なんて、誰に向けて言っているのかも解らない調子のままに。

(……私に言ってくれたのでしょうか)

 気配は消してあります……よね?
 うん、消えてます。
 現に、今横を通って父さまの背に飛び乗った袁術さまも、私には気づかなかったようですし。

(そういえば父さま、誰かが泣いてるとすぐにすっ飛んできます)

 親だからこそ働かせられる勘、というものなのでしょうか。
 妙な繋がりを感じて、少し嬉しくなってしまいました。
 たとえ普段がぐうたらだとしても、家族を思う気持ちはそんなにも強いって証拠じゃないですか。これは喜ぶべき事実です。

「主様! 主様ぁ! 黄蓋のやつがいちいちうるさいのじゃ! 妾は真面目にやっておったのに! なんとか言ってやってたも!」
「あっはっはっは、美羽はいつまで経っても甘えたがりだなぁ」
「当然であろ? 主様と妾の仲なのじゃ。無論、主様が嫌がることなど妾、絶対にしないでの。……い、嫌ではないであろ? ないであろ?」
「男ってのは、甘えてくれる人には弱いもんだよ。特に、今の俺は《ずぅうん……》」
「お、おぉおっ? どどどどうしたのじゃ? なにゆえに落ち込んでおるのじゃ?」

 物凄い陰を身に宿し、袁術さまにしがみつかれたまま歩いてゆく父さま。
 ……重くないんでしょうか。なんか普通に歩いていってしまいましたけど。
 っとと、追うんでした、そうでした。

「……追って、どうすれば答えが出るんでしょうか」

 謎です。
 ぐうたらの証明でもこの目に焼き付ければいいのでしょうか。
 それとも本当は凄い人だったという証明を得ればいいのでしょうか。
 ……後者にはとても興味があります。
 もし本当に凄い人ならば、みんなも父さまを好きになって、私も堂々と父さまに───

「………」

 むずむずします。
 口がむずむず。絵で書いたら波線みたいな口になってますきっと。
 けれども私は人に意見するのは苦手です。
 何かをこの目で見たとして、それを事細かに説明しろと言われても、きっと出来ません。黄柄姉さま相手や呂j相手なら、まだ平気なんですが。

「……いっそ父さまに真っ直ぐに訊いてみればいいのですよねっ」

 胸の前でぽむんっと手を叩き合わせた。
 母さまの癖だ。いつの間にか伝染っていた。

「そう、簡単なことです。父さまに近づいて、父さまに声をかけて、父さまに、父さまに父さまに」

 ジリリと気配を断ちながら近づく。
 視線の先にはとぼとぼ歩いていた父さまと、その首に背中から抱きついてしがみついたままの袁術さま。

「ちか、ちかか、ちか……!」

 近づいて、声を声を声を

「はわぅあぁあーーーーーっ!!」
「《どげしぃっ!!》のわぃっ!?」
「ほわぁっ!? ななななんなのじゃ!?」

 声をかけようとしていたはずなのに、いつの間にか目がぐるぐると回っていた私は父さまの膝の裏に蹴りをかましていました。
 突然のことに膝を折る父さまと、急にがくんときて驚く袁術さま。
 そして、自分がしたことにハッと気づくと、すぐに気配を殺し直して隠れる私。

「何事じゃ主様! 急にかっくんされるとさすがの妾も危ないのじゃ!」
「どんなさすがなのそれ! ていうか……」

 父さまが私が隠れている方向を見てくる気配がする。
 気配でそこまで解るのかと訊ねられそうですが、視線というものにはきちんと気配が宿るものなのです。視線を感じる、とかよく言いますが、まさにそれです。

「……なぁ美羽。娘に好かれるにはどうすればいいんだろうなぁ……」
「きっともう手遅れなのじゃ」
「素直にひでぇ!?」
「もう散々と娘娘と騒いだであろ? そろそろ子の自立を認め、もそっと妾との時間を作るのはどうじゃ? 良い機会なのじゃ」
「時間といえば……いつ元の姿に戻るんだろうなぁ美羽は」
「ふみゅ? むー……のう主様? 妾、思ったのじゃが……妾、この姿になってから成長したのかの」
「成長? 成長って……あー……そういえば何年か前にも似たようなことを……」

 視線が私から外れたのを感じて、ちらり欄干の影から覗き見てみる。
 と、背から袁術さまを下ろし、興味深げにじろじろと見つめ回す父さまが。
 あ、あれはまさか……品定め、というものでしょうか……!
 そういえば筍ケさまが言っておられました……! 父さまは日々をぶらぶら歩いては、常に街や村などで好みに合う女性を探しているとか……!
 ままままさかそれを袁術さま相手に実行しているのでは……!?

「あれだろ? 成長と元に戻る時間が重なって、そのまま子供の姿には戻らずに大人になるんじゃないかってやつ。……さすがにこれから急に元に戻って、永遠に子供の姿のままでとかは無しにしてほしいが……!」
「主様は大人な妾と子供な妾、どっちが好きなのかの」
「どっちが、っていうかな、美羽。美羽が美羽のままならそれで十分だろ。そりゃあ、いろいろな不幸が起こってとんでもない状況になって、美羽の外見が美羽と判別できなくなった時、同じことを言えるかって訊かれたら……正直、そうなってみないと解らないけどさ」

 少し困った顔をする父さま。
 苦笑に似たその顔はしかし、次の瞬間には驚愕に変わる。
 袁術さまが父さまの襟首をわしりと掴み、がっくんがっくんと揺らし始めたのだ。

「はうぅ!? ぬぬぬ主様っ!? 主様は妾がひどい目に遭うと見捨てるのか!?」
「《がっくんがっくん!》おわわわわ!? ちょっ……叫ぶな締めるな揺らすな! 最後まで聞こう!? なっ!?」
「う、うみゅぅうう……!」

 袁術さまは私たちよりもよっぽど、武に取り組んでいる。
 噂では小さい頃は随分と怠け者だったらしいけど、きっと嘘なんだと思えるくらい。
 本当だとして、何が袁術さまをそうさせたのかは解りません。
 解りませんが、足も速いし氣も強いし、綺麗だし胸も大きいし、鍛錬している時にだけする“ぽにている”という髪型も、なんだかひどく似合っています。
 あんなに綺麗な方に欠点があるなんて、逆に考えたくないといいますか……。
 完璧人には欠点のひとつくらいあるべきだ、なんて黄柄姉さまは言いますが、私としては完璧な人は完璧であってほしいと思うわけでして。

「あー、こほん。…………」
「?」
「いや……なんかもう真面目なことを真正面から言う雰囲気じゃないだろこれ……」
「なんじゃとー!? 主様、人には言いたいことはきちんと言えるようになどと言うておいて……!」
「確かに言ったけど今の状況って俺の所為なの!?」

 わいわいと騒ぐ二人はとても楽しそうです。
 筍ケさまは、父さまは罵られて喜ぶ男だと言っておられましたが、まさか……!

「はぁ……。とにかく、酷い状況になってみなきゃ、その時の言葉なんてのはもちろん出ないわけだけどさ」
「《ぽむぽむ》うみゅ? 主様?」

 父さまの変態度にカタカタと震えながら二人を見ていると、父さまがふっとやさしい顔になって、袁術さまの頭の上で手を軽く弾ませます。

「現在の、“そんなこと”になってない俺には、とりあえず美羽を嫌う理由はてんで無いわけだし。だったらそうならないように気をつけてたほうが、まだ楽しいだろ」
「む。それはそうじゃの。今から解らんことにどうのこうのと言っても仕方ないのじゃ」
「そゆこと」
「ならば主様も、いずれ娘らに好かれる先を考えて行動しておるのじゃなっ?」
「《ザドッ! ドシャア……!》…………」
「ぴあぁあっ!? 主様っ!? 急にどうしたのじゃ主様ーーーっ!!」

 袁術さまがにっこり笑って言葉を返した途端、父さまの笑顔が凍りついて、通路の真ん中に両膝から崩れ落ち、両手をついての物凄い落ち込み劇場が展開されました。

「ツライ……現実ツライ……」
「ななななぜ泣くのじゃ? どこか痛いのかのっ!?」
「胸ガトテモ痛イデェス……!」
「おおっ!? 主様がまたおかしな喋り方をしておるのじゃ!」
「いや……無理矢理にでも気持ちを切り替えないといろいろ辛いから……、───ん、よしっ! じゃ、元気を出すためにも中庭で鍛れ───もとい、遊ぶかっ!」
「中庭には黄蓋がおるのじゃ」
「よし別のところへ行こう! 祭さん、陸延の相手してるんだよな!? 一緒に居たら一緒にどうじゃとか言われそうだし!」
「? なにを言っておるのじゃ主様。普段なら喜んで───はぅっ!?」

 父さまの言葉から何かを拾ったのか、袁術さまの気配に突然緊張が走る。
 けれども父さまが急に袁術さまを抱き寄せたために、その緊張が一気に霧散する。

(ぬ、主様っ……まさか、近くにおるのか……!?)
(ああ……気配は解らずとも、野生の勘というか、父の力というか、ともかく近くに居ることは感じる……! あっちの欄干の影だ……間違いない……!)
(な、なんと……! まるで気配を感じなかったのじゃ……!)

 ちらり、と。
 なんだか袁術さまが一瞬だけこちらを見た気がしました。
 まさかばれてしまったのでしょうか───! などと緊張を張ってしまった途端、私の横をトトッと通る……お猫さま!

「………………主様」
「いや違うよ!? さすがに猫とは間違えないからね!?」

 なにやら父さまが慌てていますですが、わわわ私の目はもうお猫さまに釘付けで……あ、ああ……もふもふしたい……! してしまいたいですっ……! こんな切ない想い───!

(……なるほどの、周邵なのじゃ)
(やっぱり邵だったか……猫が現れた途端、気配がだだ漏れだ……)

 はわあああ……! なんと美しい体毛なのでしょう……!
 抱き締めたい……抱き締めて、そのつややかな体毛に顔をうずめたいです……!
 今なら母さまも居ませんし、もふもふ独り占めですねっ!
 でででではいざっ!

「お猫さ《ぼかっ!》ふぎゃんっ!?」
「ちょっとこっち来い」
「《がっしずるずるずる……!》柄姉さま!? あ、やっ……これはちがっ……! だだ大丈夫ですよ!? 今すぐにでも尾行を再開───」
「ええいやかましい! 既に失敗しとるわ! 猫を見た途端に気配を消すのも忘れおってからに!」
「え? ───あ」

 二人に呆れた目で見られてますっ!?
 あぅううあぁあああ!! ちがっ、違うのですよ!? わわわ私は別にお猫さまにうつつを抜かしてなどっ!
 と、とにかくこのままでは黄柄姉さまに理不尽なお小言を言われてしまいますです!
 ここはなんとか話題を逸らして……!

「へ、柄姉さまっ! 口調がそのっ、妙に黄蓋さまみたいにっ」
「それはな? 怒っておるからよ」
「ひうっ!? へへへ柄姉さまっ!? 額に青筋がっ」
「それはな? 怒っておるからよ」
「あぁああぅうあぁああ!! 人に頼んでおいて、失敗したら怒るなんて理不尽だと思いますですよぅ!!」
「やかましい! せっかく父の気が緩んできたというのに失敗しおって! こうなったら特訓だ! 今日からお前を、猫を見てもときめかない女にしてくれる!」
「全力で余計なお世話です!」
「よく言ったこのたわけ! 普段は物怖じするというのに譲れぬものは譲らん態度は実に良し! ……まあそれはそれだから説教はするがな。完全に私の八つ当たりだ、黙って受けろ」
「助けてぇえええええっ!!!」

 黄柄姉さまに引きずられてゆく。
 そんな私を、お猫さまと……父さまと袁術さまが見送ってくれました。

「なんというか……主様の娘じゃの……」
「興奮時の反応で血を感じるって、なんか物凄い複雑なんだけど……」

 袁術さまと父さまが何かを言いつつ溜め息を吐いているのを眺めつつ、私は黄柄姉さまの手で中庭まで連れていかれ、そこで陸延姉さまとともに鍛錬をすることになりました。
 今日はお休みの日だったのに……。




-_-/呂j

 ───。

「はぁ……姉さまたちは何をやっているのでしょう」

 ぽつりと呟く。
 城内の一番高いところにて目を凝らす先に、ぷんすか怒る黄柄姉さまと、きあーと叫ぶ周邵お姉ちゃん。
 あの二人が組んで何かをしようとすると、大体失敗している気がする。
 ……それは私がやっても同じなのですが。

「はぅー……目が良くたっていいことなんてないのに。どうして私は知の氣に恵まれなかったのでしょうかー」

 甘述姉さまに言わせれば贅沢な悩みだといいますが、甘述姉さまの悩みだって私にすれば贅沢な悩みです。
 私はもっと頭を使ったことをしたかった。
 こんな、目ばかり良くたって知識面では役立たない。
 私は……そう、目が良いからという理由だけで弓をやらないかと何度も勧誘されているのだ。私は、私は知識を活かして人々が楽しく暮らせる街づくりがしたいというのに!

「お陰で鍛錬鍛錬ばっかりで、ちっとも本が読めません……」

 今日も鍛錬をサボって逃げ出してしまいました。
 いけないことだなーとは解っていても、私が目指したいのは知識方面であり武ではないので逃げてしまいます。
 で、逃げた先で孫策さまに見つかって、町に連れ出され、初めて買い食いの素晴らしさを味わってしまってからは……なんというかこう、サボる楽しさというものを身につけてしまったといいますか。
 いえ、私は悪くないですよ? 悪いのはあんなにも美味しかったごま団子です。ごま団子と一緒に飲むお茶のなんと美味なこと。しかもやりたくもないことから抜け出しての至福の瞬間……たまりません。
 最初にサボって買い食いをしているところを見つかった時は、あの冷静さで知られる夏侯妙才さまに大笑いされました。どうしてでしょうね……てっきり怒られると思ったのですが。

「むむー」

 そんなわけで目はいいです。目は。
 ただ、気配察知とかそっちのほうはとても弱いです。
 氣もそれなりにあるものの、視覚に特化したものらしくて、近接戦闘はまるで駄目。
 いえ、そもそも頭を使うほうが好きなのですから武なんて無くてもいいのですが。
 そんな考えだったからか、妙才さまに言われましたね。
 目がいいのは良いことだが、気づかれずに背後に回られたらどうするつもりだと。
 ええそうなんです。目は良くても気配には疎いのですから、接近されると弱すぎです。
 何度か黄柄姉さまの悪戯で、“周邵姉さんが気配を殺して驚かせてくる”、という恐ろしきものがあったのですが……ええ、一度だけではなく何度も。
 心臓が止まるほど驚くという比喩は、あの時のことを言うのだと思います。
 あまりの驚きに泣き叫び、お手伝いさんに泣きついたのは消したい過去です。

「………」

 お手伝いさん。
 袁術さまと一緒にわいわいと騒いでいる、白くてきらきらしている服を着ている人。
 あちらこちらで見掛ける人で、やさしい人です。
 姉さまがたはあの人を父と呼んだりしていますが、母の皆様が忙しくしている中にあって、一人自由に動いている人が父なわけがありません。ええもちろんです。
 そう、私には父が居ません。
 母が愛した父は、きっと既に死んだのです。
 国のための勉学を懸命にこなす尊敬すべき母が愛した父……そんな父は、きっと激しい戦いの末に天下に平和を齎し、戦いの中で負った傷が原因で死んだに違いない。
 その頃からお手伝いさんとして働いていたあの人が、私たちの育ての親みたいな感じなのだろう。仕事をしろとみんなに言われているけれど、反論しないだけで……あの人にとっての仕事とは、私たちを構うことだったのだ。

「あの人はいい人」

 父の代わりとしていろいろな人に陰口を叩かれたに違いない。
 その筆頭が筍ケさまなのだろう。
 けれども、嫌う人が居れば解ってくれる人も居る。
 見回りの兵さんや将のみなさまは、あの人のことを好意的な目で見ている。
 仕事をしていないように見えるのに慕われているのは、そうすることが仕事だからに違いない。(断言)

「………」

 あの人の周りには激しい争いがない。
 なんだかんだで険悪な状況を宥めているし、衝突するものがあればその間に入って緩衝剤になっています。……緩衝剤になって、時につぶれていますが。
 お手伝いさんなのに元譲さまや華雄さまとの衝突の中に突っ込んでいく勇気は、本当に素晴らしいものです。毎度つぶれてますが。
 しかもどうやら私が苦手な気配察知などに特化しているらしく、黄柄姉さまや周邵姉さんが尾行したりするとすぐに気がつく。
 私は……遠くからそんな状況を目で見ていられるので、気づかれてませんが。

「柄姉さまが言う、あの人の秘密というのには興味はありませんけど」

 能力を隠しているのは確かです。
 “脳ある鷹は一線を画す”でしたっけ? 以前、元譲さまが得意顔で仰ってましたが。
 確信が持てないのは勉強不足の証明ですね。もっと頑張りましょう。
 でも鍛錬はサボります。私には勉強さえあればいいのです。
 ……とはいえ、倉庫は危険ですね。陸延姉さまが捕まっているところを見ると、書物が置いてある場所は監視の目がきつそうです。

「とにかく、今は長所を最大限に利用して、好きなことを延ばすことに集中し《トン》へああうっ!?」

 高い位置から中庭を覗いていた私のうなじに、とんと軽い衝撃。
 慌てて振り返ると、そこには静かな微笑を浮かべた楽文謙さまが。

「ななっ、なななっ……」
「与えられたものから抜け出すとはいい度胸です」

 静かな笑みなのに怖いです!
 目を細めて笑ってらっしゃるのにとても怖い!

「どどどどうしてここがっ!?」
「隊長に散々と鍛えられた私に死角はありません。むしろ人の波に混ざろうとしないだけ、あなたを見つけることは容易い」
「う、ううう……逃げ《がしぃ!》助けてぇええっ!!」

 あっさり捕まりました。
 そしてずるずると引きずられてゆく私。

「うう……あのー、今さらですけど、どうして文謙さまは私に敬語を?」
「隊長の娘であるあなたに失礼は働けませんから」
「曼成さまと文則さまは、ものすごく普通に話しかけてきますよ?」
「あの二人は特別です。隊長相手でもそう変わりませんから」
「………」

 どんな乱世をくぐってきたのでしょうね、この人を含めての三人は。

「隊長……私の父のことですよね?」
「はい」
「どんな方だったんですか? 興味津々です」
「どんな、とは……ああいう方だとしか」

 言って、中庭で袁術さまと戯れるお手伝いさんを見下ろす文謙さま。
 ……ああ、やはりあの人は代役を任せられているんだ。

「いえあの……私、知ってるから隠さなくても平気ですよ? 父は……三国の父と呼ばれた尊敬すべき素晴らしき父は……死んだのですよね?」
「何故そうなるのですかっ!?《がーーーん!》」

 珍しく慌てた様子を見せる文謙さま。
 それから、真実を語る私を前に必死になってあの人が私の父だという嘘を語ってくれる、やさしい文謙さま。ああ、この人もいい人だ。私のためを思って、あくまでお手伝いさんが私の父だと言ってくれている。

「父は、それはもう素晴らしい人だと母から聞いてます。娘の前で顔を真っ赤にして、聞いているこちらの耳がとろけるくらいに聞かされています。三国の支柱となり、生きる同盟の証そのものとなり三国の王と種馬という形ではなく本当に好かれた上で、その位置に立っている人だと」
「ええ、はいっ、その通りですっ、隊長は素晴らしい方で……!」
「そんな素晴らしい方が日中歩き回って娘の状態ばかりを気にしているわけがないじゃないですか。思えばそれを知ることが、父の死とあのお手伝いさんのあり方への確信に近づくきっかけになりまして」
「隊長ぉおおおおおおおっ!!!」

 きっぱりと言ったら、文謙さまが頭を抱えて叫んだ。
 
「あぁああ……! 隊長のやさしさが完全に裏目に……! っ……呂jさま!」
「え? は、はい?」
「いいですか? 隊長は───」

 それから、文謙さまは隊長……父の素晴らしさをそれはもう必死に唱えてくれました。
 私が知っていることから私が知らないことまで、それはもう。
 しかも、大変驚いたことに父には私と同じサボり癖があったそうです。
 なるほど、サボったというのに妙才さまが笑っていた理由がわかった気がします。
 というか……父がまさか天から降りた御遣いさまだったなんて。
 三国を導いて乱世に平和を齎す天の使者……素晴らしい響きです。
 そんなサボり癖を持っていた父も、平和な世界ではとてもとても頑張って、さらなる平和を三国に振りまいていったのだとか。
 ……ああ、なんということなのか。

「そう……ですか。平和を願い、頑張りすぎたために若くして───」
「だから死んでいないとどれだけ言えばっ!!」

 この平和は父のもの。
 天を仰げば、見たこともない父が笑顔で見守ってくれている気がしました。

「文謙さま、私……頑張ります。父が愛したこの空の下で、この国のために」
「な、なにか引っかかるところがありますが……ええ、その意気です。では鍛錬を」
「鍛錬は嫌です。勉強を頑張ります」
「自室にこもっている時点でどこをどう受け取れば空の下になるのですかっ!」
「い、家の中も空の下です! それと敬語はやめてください! 父の子だから敬語を話すなら、もし自分に父の子が居たとしたなら敬語で話すつもりだったのですか!?」
「こっ……!? た、隊長と……私の……!?《かぁああっ……!》」

 文謙さまが顔を真っ赤にして狼狽えます。
 てっきり強い反論がくると思っていたのだ大変驚きました……が、同時に理解してしまったことが。もし父との子が居たとしたなら、と軽く“もうそうすることは出来ない”という匂いを漂わせてみたのに、それに対する反応がないのだ。
 ああ、やはり父は……。

「偉大なる父上……一目でいいからあなたに会ってみたかったです……」
「だから勝手に殺さないでください!」
「あ、ではこうしましょう。鍛錬はします。弓のみで。的中一回ごとに父の話をきかせてくださいっ」
「……どこをどうすれば、あの呂蒙と隊長からこんな娘が……」
「その娘の前で“こんな”とか言える文謙さまも相当だと思いますが。えと、こんな言葉を聞きました。“反面教師”というものです。私の場合は母が重度の上がり症で恥ずかしがり屋で、子龍さま言うところの舌足らずなカミカミ語なので、ああなってはいけないと強く思いまして」
「……いや。呂蒙はあれで、自分に自信を持った時などはとても───」
「そして私の中の偉大なる父が、お前はもっと輝けと」
「だから勝手に殺さないでくださいと!! あぁああ! しかし隊長が偉大だと思われていることを否定するわけには……!」

 文謙さまの中では、なにやらいろいろな葛藤があるようです。
 頭を抱えてぶんぶんと体を振るようにして苦しんでいます。
 きっと父の思い出を振り返っているのでしょう……察します。(注:してません)

「……呂jさまは基本、人の話は聞いていませんね……」
「書物に曰く、人の出鼻を挫くのも戦略の内だとか。ただしやりすぎると相手の怒りを買うだけなので、多用は禁物です」

 話術は相手の性格を読んで、自分の言葉で相手の反応を操ることから始まります。
 数度言葉を交わしただけで相手の性格が読めれば、もう勝ったも同然です。
 ……ええ、孫策さまや劉備さまには通用しなさそうですが。
 孫策さまは逆に飲まれそうですし、劉備さまはなんというか……少し天然でいらっしゃいますから、気づくと自分のあり方が崩されているんですよね。
 …………曹操さまは言うまでもありません。話術で勝て? 無茶です。
 正面から切られます。どれほど巧みに向かおうとも、横から攻めようとも、わざわざ横を向いてまで真正面から切ってきます。堂々すぎて怖いくらいです。

「ところで文謙さま」
「はぁ……はい、なんでしょう」
「東屋の影で、曼成さまと文則さまがなにやらやっていますけど」
「───《モキリ》」

 文謙さまのこめかみに青筋が浮き上がります。
 はい、あの二人のことで煽れば、文謙さまの行動は早いというのが経験則です。
 これで文謙さまはあの二人のところへ走り、私は堂々とサボ《がしっ》……あれ?

「私の経験から考えて、二人のことで慌てる私は一人で駆け、呂jさまをサボらせることに繋がるものと思います」
「はうっ!?《ぎくっ》」
「ただ……あなたはまだまだ浅い。これしきで騙されるほどこの楽文謙、甘くはありません」

 それってそれだけ父がサボってたってことですか!?
 ……この真面目な文謙さまをそれだけ躱せるとは……さすがは偉大な父です。

「大体、反面教師という言葉が出るのなら、サボろうとするのではなくきちんとですね」
「鍛錬を抜け出して食べるごま団子に勝る食事はないと思います。仕事はします。鍛錬はしません。それが私の反面教師!」
「……呂蒙は文武両道ですが?」
「ううっ!? ……さ、さすが偉大なる母です……私には到底、やろうという気すら起きません……!」
「出来ません以前にやる気すら沸かないのですか……」
「む、向き不向きの問題ですっ、私だって本当はやれば出来る子でっ」
「ではやりましょう」
「《がっしズルズルズル》助けてーーーーーっ!!」

 結局中庭まで連れていかれました。
 そののちは当然というか、黄蓋さまにみっちりしごかれ……その視界の隅で、東屋に隠れていた曼成さまと文則さまが文謙さまに怒られてました。
 怒られている二人がなぜ正座だったのかは解りませんが、三国ではいつの間にか常識的に広まっているらしいです。




ネタ曝しです *それはな? 怒っておるからよ  繰り返すのは赤頭巾ちゃんの狼さんクオリティ。 Next Top Back