164/親として頑張ろうとしているのに子供がそっぽ向く場合、そこから離れることを育児放棄と言いますか? 言うならなんか理不尽だ。

 ごひゅぅん!
 風を斬る音がする。
 耳の傍で鳴るそれは、振り回す金剛爆斧が鳴らすもの。
 もちろんレプリカだが、重さは実物と同じものだ。

「んっ……おぉっ!!」

 ここは呉国のとある村。
 建業へ向けて進む途中で宿をとった一角の広場にて、金剛爆斧を振るうのは……ええまあ、俺なわけだが。

「っとと……っひゃー……! やっぱり重いなぁこれっ……!」

 筋肉は育てようがないと解ってから───氣と体捌きに重点を置いた鍛錬に切り替えてから8年以上。重い武器も工夫次第で振るえるようになった俺は、呉の国にて誰に遠慮することなく鍛錬をしていた。
 都の暮らしはそりゃあいいものだが、たまぁに支柱ではなくただの北郷一刀に戻りたくなる時もある。それが出来るのがおやじの店であり、都以外の国でもあるのだが……ううむ。
 問題点そのいち。人に見つかれば結局は支柱扱い。
 問題店そのに。各国に行くと、関係者に国の次代を担う子はまだですかだのなんだのと言われる。それを考えると子も産まれている呉が一番いいわけで。
 や、そりゃ魏に曹丕、蜀に劉禅と、きちんと王候補は産まれてるよ? けれど王だけで国は回らないとはよく言ったもので、主に付き合いの長いみんなが都に集合してしまっている現在、各国を任されている将らが次代を次代をと願うのだ。
 ……そんなに大変か、華琳たちがやっていたことを多少でも請け負うのは。ごめん大変だった。愚問すぎでしたごめんなさい。
 もちろん建業から離れた場所なら、そういうことを言ってくる人も少ない、いやむしろ居ないのだが……今回は村を視察にきていた軍師見習いさんが居たために泣きつかれた。先人が優秀すぎるのです、同じことを要求されたって限度ってものがあります、などなど。
 冥琳と同じ仕事をしてみせろと言われても、なるほど、そりゃあ無理だ。

「よし、じゃあ……」

 まあそれはそれとしてだ。
 氣を大して使わずに振るっていた金剛爆斧を氣で包み、操氣弾の応用で少しだけ浮かせる。……浮かせるって喩えは違うか。えと、どう言えばいいんだ? 氣は上に飛ばせば上に飛ぶってことを理解してもらえていれば、その応用で飛ばしつつも氣で腕に括りつけている状態、って言えばいいのか?
 えーと……ああ、これだな。
 “飛ばしている状態とくっつけている状態を常に同時に行っている”んだ。
 だから重かった金剛爆斧もひょいと持ち上げられるし、軽く振るえる。
 もとの重力自体が完全に消えるわけでもないから、遠心力とかはどうしても出るものの、持てる振るえるというのは大きな強みだろう。
 なので振るう。思うさま振るう。

「あっはっはっはっはっはっはっは! あっはっはっはっはっはっはっは!!」

 振るう振るう振るう振るう! 楽しい! 振るうの楽しい!
 この興奮を誰に伝えよう! ……誰も居ない!
 夜中に来たんだから当然だよなぁ! 村務めの見張りの兵も「またですか……お互い、家庭には苦労しますね」って眠たげな顔で通してくれたし!

「あっはっはっはごほぉーーーほげっほごっほっ!?」

 でも笑いながら動くのは危険ですね。
 急に咳き込んでしまい、拍子に金剛爆斧を落としてしまった俺は、レプリカといえど本物の重量分と似ている分のそれを小指にゴシャアと

「─────────!!!」

 ギャァアアアーーーーーーーーーーーアアアアアァァァァーーーーーーッ!!!!!


───……。


……。

 ズキズキズキズキ……!!

「っ……ぐっ……ふぅううぐぐぐ……!!」

 人間、調子に乗るとろくなことになりません。
 解ってる。解ってるのに、楽しいの只中だとそれを忘れるのも人間です。
 夢中になれることって大事だけど、その分恐怖も潜んでいるのですね。
 前略お爺様。一刀は何度目か忘れたけど、また一つ賢くなりました。
 ……賢くなっても夢中になればまた忘れるんだ。気にしないでいこう。

「鍛錬って……辛い……!!」

 ここ最近で一番の感動。
 涙がこぼれる瞬間がこんなにも辛い。
 感動って感情が動くと書くんだよね……うん、動いてる。辛い苦しいって感情が痛覚とともにヅクンヅクンと脈動してるよ……!

「折れてないよな? 折れて……ないな。全身に氣、回しといてよかった」

 痛みはあるが、それもすぐに氣を集中させて霧散させる。
 ……氣ってすごいなほんと。
 その分疲れは出るものの…………痛みからの脱出に勝るもの無しッッ!!

「小指への激痛って、つらいんだ……」

 ぽそりと呟いて鍛錬を再開。
 常々氣の鍛錬だけはやっていた俺だ、氣だけは……本当に氣だけは一人前って呼べるようにはなれた。って凪が言ってた。凪が言っていた言葉を疑うわけじゃないんだが、凪って俺を持ち上げたがるところがあるから……真実かどうかはちょっぴり不安。ああ、これ考えてる時点で疑ってるな、ごめん凪。

「でもなぁ、そんな自分よりずんずんと前に行く人を見てるとなぁ」

 その人はレプリカじゃないものを持っております。
 氣の拡張についてを説明してみればそれを実行。強さのためなら止まることを知らない、かつて猪武将とか呼ばれていただけはあって……倒れるまで強引氣脈拡張をやったり天使に迎えられそうになったりドグシャアと受身も取らずにストレートに倒れてみたりと、意識を失うことを何度も繰り返して……彼女はついに。

「……氣脈が広がっても、常に武に使われてるんだよなぁ……」

 ……ついに、攻撃力UPが完了した。
 ええ、相変わらずの武です。
 変わったのは体捌きと破壊力だけ。だけっていうか、十分です。
 えっとね。まずね。避けなきゃ吹き飛びます。ガード? いいえ、吹き飛びます。
 あれはね、なんていうのか……笑える。よく漫画で力のみを渇望した者っていうのがいて、技術云々や氣のうんたらかんたらで倒される〜とかあるけど、華雄のあれは……笑える。だって慢心がないんだもの。まだまだ強くなれるとばかりに鍛錬を続けるもんだから、もうどう止めていいものかと……思うこともなくなり、ただ暖かで穏やかな目で見守る僕が居ました。だって8年だよ? そりゃあ“止めても無駄だ、せめて行く末を見届けよう”って穏やかな目にもなりましょう。
 攻撃を外せば“まだ未熟か”、攻撃を受ければ“集中が足りないか”、など。誰の影響か知らないけどすっかり鍛錬の鬼になってしまった。“もうそのくらいにして休んだら?”なんて言っても“いいやまだだ!”って言ってやめてくれないんだ。
 だから俺も、一緒に続けて鍛錬。華雄も鍛錬。氣を使い果たしたあたりでようやく終了すると、とっくに集中も氣も使い果たしていた華雄がようやく休む。そんな三日ごとの鍛錬。
 ほんと、あの鍛錬好きは誰に似たのか……。それとも誰かに負けたくないとか? 誰か……やっぱり雪蓮かな。訊いてみたって“先に折れるような女でいたくないのだ!”などと熱く語られてしまった。折れるもなにも、雪蓮は鍛錬なんてしてないんだけどなぁ。

「ふう」

 ともあれ休憩がてらに氣を放出。
 特に意識もせず、体中に溜まった氣を自分の頭上に収束させるイメージ。
 そこに攻撃側の氣を意識して強めてやると、金色の氣が赤く変化してくる。さらに適度に風を巻き込む回転させてやると、とてもおかしな話だが氣と氣の摩擦で火が熾る。相当圧縮させないといけないので、火球として放つのはとても無駄だ。凪の場合はそういった方向に特化していたからやりやすいんだろう。
 俺がやろうとすれば、普通の氣弾の数倍の圧縮度が必要になる。
 つまり…………8年頑張ったけど実用性無し!!
 気づいた時には泣いていました。
 まあまたサヴァイヴァルをするハメになったらきっと役立つさ。きっと。多分。
 ほ、ほら、暗い夜道に輝くピカピカのレッドノーズ並みに役立つはずさ!
 ……一度燃やしたらもう自分の氣として体内に入れられないんだけどね。不便だ。

「だが考えてみよう。結果は無駄かもしれないが、男のロマンとしては花丸じゃないか? 手から火が出せるんだ……最高じゃないか」

 そう思わなくちゃ8年が報われない。
 言いつつも頭上に氣を収束。
 某・元気玉の要領で、身体組織のみんな、オラに元気を分けてくれェェェとばかりに氣を集めてゆく。
 さて。
 集めてどうするのかといえば……

「よっ……っとと……これで全部だな」

 体の中の氣を全部出し終えると、次に氣を生み出してゆく。
 それを体中に満たすと、またそれを頭上の氣に掻き集めるように収束。
 そんな調子で氣を作り出せる限界まで作り出すと、頭上に集めては呼吸を整える。
 ……これで全部。これ以上無理、というところまできたら、限界まで圧縮させます。

「〜〜〜っ……はぁ……」

 氣の使いすぎでフラフラする。
 だがしかし、こういう一歩一歩が明るい未来に繋がるといいなぁと思うのでやる。
 手探りの未来探しなんてこういうもんだと俺は思うのだ。
 そんな手探りを続けてはや8年。氣脈は地味に広がったし、休み無しで一日中走り回ることくらい平気になりました。氣だけなら……あくまで氣だけなら誰にも負けないと───! ……いつか言いたいです。そんな自分。

「……よし」

 圧縮出来たら、次はそれを自分の体に纏わせます。一気に吸収してはいけません。吸収したら気脈が大変なことになります。
 纏わせたら、少しずつ体に吸収。気脈に潤いを与えるようにして準備完了。
 これのいいところは氣を作る手間無しでずっと戦えることと、圧縮した氣を纏っているから防御力が多少あがること。問題点は圧縮させるまでに時間がかかりすぎること。俺が敵ならわざわざ待ちません。
 では何故こんなことをしだしたのかといえば。

「……………」

 ごとり、ごちゃりとバッグから重い物体を降ろす。
 折り畳み式のそれをガコリと起こして伸ばすと、よいしょと背負ってふうと額を腕で拭う。そう……これぞ真桜式飛行絡繰七拾伍式・壊『摩破人星くん』。まっはじんせい、と読むらしい。摩擦と破壊、人を星にするほどの飛行能力を目指した結果らしい。ななじゅうごしき・かい、なんてどっかで聞いた名前だなぁなんて思ったものの、実際七十五回目の絡繰を“あぁあああ! まぁた失敗やぁあ!!”と壊しかけたところ、そこから閃いて出来たのがコレだから“七拾伍式・壊”。誤字ではない。

「すぅううー…………んっ!」

 そんなわけで飛行開始。
 氣を絡繰に流し始めるや大回転を始めるプロペラに、思わず笑みが漏れた。

「さあ! 空をゆこう!」

 都では我慢ばかりだった!
 だが他国では自由! 子供の目を気にせずに全力で“北郷一刀”をしよう!

「……なんで今、北郷一刀っていったら種馬だろうがって声が頭の中に流れたんだろ」

 ……気にしたら負けだ。
 さあ行こう! この空は俺を縛らない!
 たまには大きなことも言っていいよな! この空は僕のものだーーーーーっ!!


 ……そうして、彼は飛んだのです。この大空を。

 しっかりと完成された飛行絡繰の調子は素晴らしく、彼はちっとも成長しない容姿のままに子供のように目を輝かせました。

 飛んで飛んで、飛び回って、いつしか氣が尽きた頃─── 

 彼は再び、アグナコトルの気持ちを知ったのだといいます。






-_-/───

 一刀がアグナコトってから数時間後の朝。
 北郷一刀の朝は早い。
 それに合わせて起きるようにしていた一人の少女の朝も、それはもう早くなっていた。

「おはようなのじゃ主様ぁーーーっ♪」

 朝。都の一角。
 心の底まで己を許しきっている人物を訪ね、扉をドヴァーンと開けたお子がおる。
 ……が、探し人はおらず、しんと静まり返った部屋があるだけだった。

「う、うみゅ? 主様? 主様〜?」

 妙ぞ、こはいかなること? と首を傾げてみた少女……美羽は、きちんと自分の部屋で寝るようにと一刀の部屋を追い出されてからこれまで、一度としてこの部屋を訪ねなかったことなどない。
 その経験からして北郷一刀はどれだけ早起きしようが徹夜をしようが、自分が来るまで朝の運動や朝食には向かわなかった……はず。他の者との予定がある日は別にしても、大体は待っていてくれたはずだ。
 だというのに居ない。

「……? はっ! もしや何者かに攫われでもしたのかの……!」

 そこまで考えてはみたが、“襲う”の意味が違う方向で考えられているあたり、命の危険は特に心配していなかった。
 部屋の鍵が開いているのは毎度のことだ。北郷一刀は美羽よりも起きるのが早い。
 早く起きて、身支度をすると自分が来るのを待ってくれている、そんな人だ。なのでこの状況───朝だというのに鍵は開いていて、かつ部屋の主が居ないという理由は。

「……おおっ、厠じゃのっ!」

 それくらいしか思い浮かばなかった。
 「仕方が無いのぅ主様は」などとくすくす笑いながら寝台までを歩き、ちょこんと座る。人を思うという行動にも、人を待つという行為にも、もうすっかり慣れたものだ。
 我が儘だった姿など面影もないのだろうが、それはひとえに一人を想えばこそ。自分の行動を邪魔されるのが嫌だった自分も、自分の思い通りにならないことがとても嫌だった自分も、彼の前では頭を引っ込めた。
 考え方のそもそもが変わり、言ってしまえば彼の傍に居ることや彼に笑んでもらおうと頑張ることこそが、いつしか自分の行動の大元や自分の思い通りになってほしいことに変わっていたからだろう。
 それを前提で言うのなら、従姉である袁紹も随分と丸くなったものだ。
 恋だろうとなんだろうと、思い通りにならなければ不満を口にして殴り込みでもかけそうな彼女が、自分との時間に仕事が転がり込んでしまった際、文句も言わずに引き下がることを覚えたのだ。……といっても文句は言わないものの、一刀の傍を離れようとはしないのだが。

「……〜♪」

 ともあれ、考えてもみれば信じられないくらいの影響を自分たちに与えた存在を思い、美羽は寝台に腰かけながら、持ち上げた足をぷらぷらとさせていた。
 鼻歌はもはや癖だろう。
 蒲公英とともに何度もねだっては聞かせてもらった歌。
 一刀の携帯に入っている歌で彼女が歌えない歌などはもう無かった。

「……ふみゅ」

 そうして歌い終えても戻らない主に、こてりと首を傾げてみる。
 厠にしては遅いのぅ、と。
 小さなものではなく巨大なものと格闘しているのかもと考えると、ポムと軽く赤くなりながらも「し、仕方ないのぅ主さまは」と呟いた。

「………」

 一刀と出会い、彼の期待に応えたいと思って駆け抜けた日々は結構長い。
 気づけば子供達には慕われ、都の民達にも笑みを向けられる存在になっていた。
 8年以上前であろうと笑まれることは変わらなかったのだろうが、その笑みの種類も今では理解できる。あれは歓迎されていない笑みだった。
 それが今では自然な笑みで迎えられるのだ……思ってみれば、それはとても心が温まる世界だ。
 それを与えてくれた人に。根気良く付き合ってくれた人に、自分は今以上のなにかを届け続けたい。体もすっかり普通に大人だ。相変わらず子供扱いされることはあるものの、そんなものはしてもらえる内が花であると様々な人物に言われた。
 その言葉が切っ掛けで子供薬争奪戦争というものが起こったことがあるけれど、あまり気にしない方向でいこう。結果として、年長組と呼べる存在はあの日と変わらぬ容姿で今を生きている。それだけなのだから。

「む」

 暇に任せていろいろと考えていると、この部屋へと駆け迫る気配。
 急いでいるらしく、ノックを待たずに入ってくるであろうその気配の主は───

「おはようございますお嬢様っ」

 ……七乃だ。おはようを唱えるならもっと早く、自分の部屋にまで来て言うべきではないだろうか。小さくそんなことを考えながらも口には出さず、「うむ」と返す。
 今思えば随分と人をからかっておちょくって楽しんでくれた七乃だが、それをどうこうするつもりも、そもそも恨むつもりもない。いろいろあったが傍に居てくれようとした存在なのだ、それを拒絶するなどとんでもない。
 しかしながらからかえなくなったと知るや、あからさまにがっかりするのはやめてほしい。もう散々と堪能しただろうに。そんな言葉も言わない。困惑する彼女をからかい返すのは、自分の数少ない趣味のひとつだ。
 ……と彼女は考えているが、結局は言葉では勝てず、最後はからかわれる。
 そんな青春。

「どうしたのじゃ七乃。そのように駆け込んできたりしたら、主様に迷惑であろ?」
「いえいえぇ、それが実はその愛しの一刀さんに関してのお話なので、お嬢様でしたら絶対にこの部屋に来ているだろうと思い、脇目を振りつつここまできたのです」
「脇目、振ったのじゃな……」
「はいっ《ピンッ♪》それはもうっ」

 お決まりの姿勢と言えばいいのか。
 七乃はピンと立てた人差し指をくるくると回し、人をからかうための餌を言葉に混ぜつつ話し始める。それを真正面から受け止める美羽は、“いつものことながら、よくもまあここまで舌が回るものじゃの”と関心した。自分がやろうとしても舌を噛むだけに違いない。

「───と、そんなわけでしてっ。一刀さんが夜逃げしたというお話が、兵たちの間でまことしやかに噂されていましてね?」
「うほほ、おかしなことを言うのぅ七乃は。主様は困難に直面したら、むしろそこへわざわざ足を運ぶようなお方ぞ? それが娘からの理解を得られないという理由で夜逃げなどと」

 ふふりと笑いつつ腰掛けた寝台から立ち上がり、一刀が使っている机へと歩く。
 どんな時でも仕事をするような人だ。今日だって厠に行く前は書簡整理でもしていたに違いない。そう思ったからこその行動───だったのだが、机に乗っているものがたった一つの竹簡のみという事実を確認すると、きょとんとしたのち……驚いた。

 『拝啓、天体戦士サンレッ……もとい、この部屋を訪れたあなた様。新茶が美味しい季節になりましたがいかがお過ごしでしょうか。さて本日は、出張鍛錬の日時のお知らせをお送りさせていただきたく思い筆を』

「主様が家出したのじゃあああーーーーーーっ!!!」

 最後まで読まれることなく閉じられた竹簡が、ガリョッといい音を鳴らした。

「お、おぉおお……! 主様が、主様がぁああ……!!」
「まあまあお嬢様、一刀さんが他国に飛び出てゆくことなんて、一度や二度のことではないじゃないですか。気にするほどのことでも───」
「竹簡が置いてあったのは今回が初めてであろ!」
「あ、先に気づいちゃだめじゃないですかー。気づかせずにいろいろ吹き込もうと思ってたのに、お嬢様ったらいけずっ」
「生簀なぞ知らぬのじゃ! それより主様じゃ!」
「いえいえ“いけす”ではなくて。もう、お嬢様ったら一刀さんのことになると冷静ではいられなくなるんですから。ではそんなお嬢様に朗報です。見張りの兵が、国境から戻ってきた兵に一刀さんが門を潜ったという情報を聞いたそうですよ」
「なんじゃとぉ!? 何故それを先に言わぬのじゃ!」

 言いつつも情報を得たとばかりに期待を込めた目で七乃を見つめる美羽。
 その“頼られている瞳”にうっとりな七乃だが、同時に悪戯心も沸いていた。

「で、で? 主様は何処への関所を通ったのじゃ!?」
「はいっ、実は───」
「実は……!?」
「私にも解りません」
「───」
「………」

 ……指を回している女性の笑みは、極上のものへと変化した。
 対するポカンと呆けていた少女はその極上の笑みの彼女へとローキックをかまし、痛がる彼女に「どういうことなのじゃーーーっ!」と叫んだそうな。

「い、いえだって、私としましては一刀さんが出ていくのを見ただけであって、何処に行ったかまでを調べるには時間が早すぎますよ?」
「兵から聞いたと言っておったであろ!」
「もちろん嘘ですっ☆《どげしぃっ!》いたぁっ!?」

 再び蹴りが飛んだ。

「いたたたた……! ふふふ、甘いですねぇお嬢様……言葉遊びというのは相手の言葉に集中してこそ勝てるもの。ここから国境までを一日かからず辿り着くなど、休み無しで全速力で、しかも障害物などを全て無視してでも真っ直ぐに向かわなければ無理ですよ」
「主様ならやりかねんであろ」
「……えーとその。まあ。一刀さんでしたらやりかねませんけど」

 なにせ氣だけで言えば異常ともとれるほど持っている。
 加えて空を飛ぶ絡繰まで持っているのだ。普通ならば迂回しなければいけない場所でも、空を飛べば大きな川だろう谷だろうと越えられる。
 片春屠くんはつり橋なんて渡れないから相当迂回しなければ各国を回れないという難点があるが、空を飛ぶ絡繰は実に便利だ。

「うみゅぅう……では、国境の兵が戻ってきたというのも嘘かの……?」
「もちろんですお嬢様っ《どーーーん!》」
「威張るでないのじゃぁああーーーーっ!!」

 結局はからかわれる側らしい。
 が、日頃から子供たちに“主様を蹴るでない”と言う割りに、この少女も意外と足が出るのが早かった。べしぃっ、と音が鳴ると、七乃が「はうぅうんっ!?」と悲鳴をあげて、蹴られた右足を庇うように飛びのいた。

「お、お嬢様ぁ、氣を込めて蹴るのはやめてくださいとあれほど申し上げたではありませんか〜……」
「七乃がいつまでも妾をからかうからであろ! まったく、主様と勉学に励む中、どれほど妾が偏った知識のために恥を掻いたか解らんわけではなかろ?」
「もちろん解りませ───」
「解らんのなら全力で蹴るのじゃ」
「ごめんなさいお嬢様っ!」

 ピンと立てた指が祈るように組まれ、にっこにこ笑顔が悲しみに溢れる。……とても早い懺悔であった。

「ふみゅ……まあ知らぬ相手でもないからの。七乃を好いておる妾であるからこの程度で済むものを、もし妾でなく底意地の悪い君主相手であったなら、今頃七乃の首は道端にさらされておったのじゃぞ?」
「もっちろん解っておりますともっ《シュピィーーン!》」

 そして物凄い速度での復活であった。ピンと弾かれるように伸びた人差し指も、どん底から這い上がったようにはまるで見えない極上の笑顔も、それすらもがからかう材料だったのかと思えるくらいに眩しかった。

「うむっ、これに懲りたなら、一層妾に尽くすがよいのじゃっ!」
「ええもちろん! どこまでもついていきますよお嬢様っ! なにしろ言われるままを鵜呑みにしたり他人任せばかりだったお嬢様が、今では積極的にご自分で行動なされるほどの成長を見せたんですからっ! ここまでの成長などお嬢様以外には不可能ですっ! よっ、都を支える現代の知将っ! お嬢様ってばさすがですっ!」
「うははははっ、そうであろそうであろっ!? もっと褒めてたも!」

 ……で、結局は根っこというものはそう簡単には変わらない。
 既に七乃が次はどんな言葉でからかおうかと思っている時点で、二人はずっとこのままなのかもしれない。
 そんな大盛り上がりの二人の聴覚へ、ノックの音が届いたのは……この直後だった。




-_-/一刀くん

 朝である。

「裂蹴ゥウウーーーッ!! 紅球波ッ!!

 今日も元気に……別の村で鍛錬。少しの休憩を取ったら全力で走りました。
 ……さて、今回の鍛錬は───手の中に作った風を巻き込む回転する氣を作ると、逆側に回転する氣を重ねるように作り上げ、それを高速で回転させることで火をつける、なんて鍛錬。
 発火剤はあくまで氣であり、燃えてしまえば酸素を巻き込む限りは燃える……のだが、氣も作り出しては回転させを繰り返さなければいけないので、凪のように作り上げたらさっさと撃つのが一番だ。
 そもそも俺に凪のような瞬間発火させて飛ばすような方法は無理だ。これからまた何年も研究すれば出来るかもだが、それをするよりは別のものを研究したい。
 なので裂蹴紅球波。
 かの元霊界探偵が使っていた、霊力……ではなく氣のボールをサッカボールのように蹴って相手にぶつける技だ。投げるよりもよっぽど早いので、結構面白い。
 蹴った氣の球は村の端の草原を飛び、多少カーブすると地面に落下。破裂して地面を抉った。

「……勢いはいいんだけど、問題は命中精度だよな」

 何分足で蹴るため、どこに跳んでいくかが正確に解らない。
 プロのサッカー選手とかだったら完璧なんだろうなー……生憎とサッカーの練習はやってないから俺には無理だ。

「まあ、応用応用」

 放出系はここまでにして、次は応用。
 放出するイメージを体に込めて振るう。
 氣を上に飛ばすイメージが成功して武具が軽くなるのなら、振るう拳を先へ飛ばすイメージを働かせれば拳が速くなる。そういったものだ。
 もちろん、武器を下に振り下ろす際は下へと氣を飛ばすように振り下ろす。
 今まで加速にしか使っていなかったものを、それ全部を氣弾にするイメージだな。

「ん、んー……」

 今までは加速が出来ればそれで良しと考えていたもの。
 拳に届けばそれを鈍器とするように振るっていたソレを、拳に届いてなおその外へと向かわせるようにして───

「爪先から踵───」

 回転を開始する。

「踵から膝───!」

 体を下から順に回転させて、

「膝から腰───!」

 一緒に氣を螺旋のイメージで昇らせて、

「腰から背骨、背骨から肩!」

 速すぎる回転に関節や軟骨に負担がかかるが、それも個々に使用出来るようになった氣を緩衝剤にして負担を減らす。

「肩から肘、肘から手首! 手首から───」

 やがて、何を心配することなく最高の速度で昇ってきた氣を拳に宿し、そこで終わらずに体外へ全速力で放出するイメージを働かせる。けれど実際に放出することはなく、ただその速度のままに拳を振りきり───!

「《キュボドグシャアッ!!》はぶぅぃっ!?」

 ……全力を放った結果、拳の勢いに持っていかれた体が全速力で芝生に衝突した。
 いくら振り切ったところで拳は体にくっついてるんだから、飛んでいく筈もない。
 ないんだが……地面にしこたま顔を打ち付けたというのに、俺はわくわくしていた。
 何故って、今までやってきたことがきちんと生かされているから。
 フィンガーマシンガンとか魔空包囲弾とかいろいろへんてこなことをやってきたけど、そのどれもが集中に必要だったり分散に必要だったりして今に活きている。それが嬉しい。
 今なら岩だって破壊できそうな気さえするのだ。出来ないんだろうけど。

「〜〜〜……よしっ」

 わくわくを胸に石を拾い、同じ過程を以って石を全力で投げてみた。正面とかは危険なので空へと。それは風を裂き、空を切り、蒼天を目指して飛び───

『《ドボォ!》ギュピィーーーッ!!』
「キャーーーーーッ!!!?」

 ……空を飛ぶ鳥を仕留めてみせた。
 遥か上空、昼ならば眩しくて仕方が無かったであろう天空にて、鳥の悲鳴が耳に届く。
 ゲェエと叫びそうになったのに、なんだか普通にキャーとか叫んだ俺は大丈夫か?
 いやそうじゃないだろまずはあの落下してきている鳥を……落下!?

「うわわちょっと待てぇえーーーーーっ!!!」

 当然慌てて疾駆。
 草原を駆けて襲撃防止用の壁を飛び越えて駆けて駆けて駆けて───鳥が落下してきた場所へとンバッと飛び出した……ら、下が川でした。


   ギャアアアアアアァァァァ……!! ダッポォーーーン───……



───……。


 まずは両手を合わせます。集中。
 両手に氣を集めて、体を包むように展開。集中。
 風を巻き込むようにして氣を動かします。集中。
 その際、片手ずつ放つ氣は全て逆方向に。集中。
 そうして氣と氣を高速で摩擦させて、巻き込んだ酸素を燃やします。集中。

「もっとぉっ! 熱くなれよぉおおーーーーーっ!!」

 そうしてからその摩擦で燃えた渦巻く氣を空へと飛ばすように、拳を天へと突き上げます。するとどうでしょう。自らが作った小さな氣の渦が一気に燃えて、濡れていた体が乾きます。

「……この要領で飛竜昇天波とか出来ないだろうか」

 あっちは熱気を集めて冷気で吹き飛ばすんだっけ?
 ……また8年かければ、火じゃなくて冷気を作ることが出来るだろうか。

「冷気……冷気ね」

 考えてみれば、ファンタジーでいう魔法とかはどうやって氷などを作っているのか。
 魔力? 魔力だろうなぁ。言ってしまえばそれまでだけど、氣だって人間が出せるものだろう。魔力もそうなら氣でも氷を作れないだろうか。

「氣同士を摩擦させて、巻き込んだ酸素を燃やすことで火を作るなら……その逆?」

 そんな単純なことで出来るものだろうか。
 まあいいか、今は応用の続きだ。

「一撃はデカいけど隙が大きすぎるのが難点だよな、これ」

 全力すぎて、攻撃のあとの隙がデカい。
 どうせやるなら投擲ものの方が確実に強い。
 その事実は、死にはしなかったものの目を回している天空の鳥が教えてくれた。
 現在も木の上から俺を恨みがましく睨んでいる。
 相当高く飛んでいたからなのか、威力が弱まったところで当たったらしい。
 癒しの氣も流したし問題はない……筈なんだが、飛び立とうとはせずにこちらを睨んでいる。

「あー……えと。悪かったって、そう睨まないでくれ……」
『カッ! カッ!!』

 声をかけると翼をバサァッと広げ、カッカッと威嚇してくる。
 ……言葉が解るわけでもないのだろうが、随分と嫌われたものだ。
 子供と俺の関係もこんなものなんだろうな……なんだかどんどんと自信がなくなっていく。でもなぁ、俺、別に子供達に痛い思いをさせた覚えもないんだけどなぁ。こういうふうにあからさまな原因があって嫌われるならまだしも、隠しているとはいえ仕事もしているのに嫌われるというのがまた……はぁ。

「だったら隠さなければいいってみんな言うけど、こればっかりはな」

 今さら……そう、今さらなのだ。
 ならばやはり反面教師。
 想像の中の俺のようにならないため、強く生きてくれ子供達。
 そしていつかぐうたらな親を今こそ叩きのめしてやると牙を剥いた時にこそ……

「真正面からブチノメして種明かしをしてくれるわグフフフフ……!!」

 ……とまあ、悪者ぶるのは適当に、そんなことを考えているわけだ。
 するとどうだろう、子供達からの俺への評価が一変! 何故今まで隠していたんだと軽蔑の眼差しで…………あれ? 変わってない?

「………」

 どう転んでもダメなものはダメと考えるのも必要なのだろうと、その時悟った。





-_-/───

 都の街は賑やかだ。
 三国の中心にある、三国から見れば随分と小さな場所だが、それ故に。
 別の国を目指すのならば大体の者が通るため、人も歩けば仕入れも頻繁。
 ほぼ自動的に各国での噂も集まるし、いい噂があれば皆が自分のことのように喜んだ。

  さて。

 そんな街の中で、ふむむと思い悩む人が一人。

「璃々、どうかしたですか?」
「あ、ねねねお姉ちゃん」
「……その呼び方はやめるです」

 璃々である。
 ここ8年で大きく成長した彼女は、街の一角、食べ物市のひとつの前で悩んでいた。
 隣へやってきたのは音々音であり、服装は大して変わっていないものの、すらりと伸びた身長もあって人目も惹く格好で、大きな帽子をぽむぽむと自分で撫でつつ呟いている。
 通り過ぎる人が彼女の足へと目をやるのは格好の問題もあるのだが、彼女自体はもう慣れたものである。

「ねねさん、足、足見られてるよ」
「別に気にしないのです。というか、他のやつらがあんな格好の中、ねねだけ恥ずかしがっててどうするですか。ねねはこの服が気に入っているのですから、それを恥と思うこと自体が恥なのです」

 言って、「大体」と続ける。ピッと璃々を指す指は、彼女の鼻を今にもつっつきそうなくらいズズイと責められたものだ。

「璃々に言われたくなどないのです。いつまでそんな大人し目な服を着ているつもりです? 言ってはなんですが、王らの子供よりも子供っぽいです」
「《ぐさり》うぅっ……い、いいんだもん。ご主人様は、そんな璃々ちゃんが好きだよって言ってくれたもん」
「あのぽけぽけ支柱が言った言葉はそのままの意味で受け取るべきです。どーせ可愛い子供に向ける以上の意味などないのです。動物を可愛がる意味と大差ないに決まってるです」
「い、言われないよりはいーんだもん!」
「ねねよりちびっこいのに一部分だけは無駄に育ちやがったくせに、大人し目な服を好むとかあれですか、ねねに喧嘩売ってるですか」
「この前お母さんに買ってもらった服を着てみたら怒ったくせにー!」
「当たり前ですなんですか喧嘩売ってるですかなんですかあの服は無駄に胸を強調してあれですかねねがこんなだから見下してやがるですか」
「ねねさん怖いよぅ!」

 璃々にしてみれば、すらりとして整った顔立ちに体型、さらりと腰まで伸びた髪に少しブカッとした服など、羨ましいと思えるものだらけな音々音なのだが、音々音にしてみればある一点の隆起において敗北しているだけで、その羨みはとても深いらしい。
 母からの遺伝なのかは解らないが、年々大きくなるコレには正直戸惑っている。
 ……戸惑っているのに、迷惑だと言おうものなら様々な方向から怨念が飛んでくるので軽く口にすることも出来ない。
 はぁ、と溜め息を吐くと、彼女のツーサイドアップの髪がぴこりと揺れた。

「それで? なにをうんうん唸っていたですか?」
「あ、うん。これ」

 すっと指差す先に鎮座ましていらっしゃるのは大きな大白菜。
 その隣の小白菜と見比べてはうんうん唸っていたようで、音々音はきょとんとするばかり。

「大白菜がどうしたというのです? もしやこのおやじが有り得ない値段をふっかけてきやがったですか」
「いやいや馬鹿言っちゃいけねぇよお嬢ちゃん! 俺っちはきっちりと時期にあった値段で卸してらぁ! これ以上安くしたらカカァに締められちまう!」

 じろりと睨まれた店主が慌てて言う。嘘はなさそうだし、そもそも聞いた値段も普通だ。なら璃々はなにが不満なのか。

「大きいほうは少し崩れてて、小さいほうはしっかりしてて。みんないっぱい食べるだろうから大きいののほうが“おとく”なんだろうけど、それだといっぱい食べられないから、こういう時はどうすればいいのかなーって」
「大きいのを買っていっぱい食べさせれば文句など言わないのです。どうせお腹に入れば同じという猪ばかりなのですから」
「……嬢ちゃん、可愛い顔してひでぇこと言うなぁ……」
「ねねさん、これ、恋お姉ちゃんの分もあるんだけど」
「!」

 言いつつ大白菜に伸ばしていた璃々の手が、がっしと止められる。
 手首を掴んで止めてみせたのは、言うまでもなく音々音である。

「それを早く言うのです! 恋殿はあれで“ぐるめ”ですから、ならば小白菜を買うのです! ああ、その他大勢の分はそっちで構わないですよ」
「だ、だめだよぅ、おかしなの買っていったらお母さんに怒られちゃうもん」
「嬢ちゃんらなぁ……人の店をなんだと思って……」

 額に鉢巻をした腹の出た店主は、だはぁと溜め息を吐きながらも「ああもう好きにしてくれ。ただしそこまで言うならぜってぇ何か買ってってもらうからな」と言う。
 さすがに好き勝手言い過ぎたこともあり、音々音も璃々も頷く他無く……璃々は完全に巻き込まれただけなので、いっそ泣きたい気持ちだった。

「ほあああ……! 主様、主様ぁああ……!」
「お嬢様? さすがにそろそろ一刀さん離れをしませんと、将来的に大変なことになりますよー?」

 その一方、部屋を訪れた璃々に買い物に誘われた美羽は、七乃を連れつつそわそわしていた。彷徨う視線はいつでも主様サーチ。完全に依存状態ともいえる。

「なにを言うておるのじゃ七乃は……今まさに主様と離れておるから探しておるのであろ……?」

 そして、進言への答えは“とひょーう”と吐かれた溜め息とともに返ってきた。
 笑顔が苦笑に変わりそうになる七乃も、これはこれで苦労しているのだろう。

「さ、さっすがお嬢様っ、言われた言葉を都合のいいように置き換えるところなんてまるで成長が見られませんっ」
「誰がまるで成長しておらぬのじゃーーーっ!!」
「あ、ああ〜〜っ……!? やっぱりここあたりは解っちゃいますかっ!?」
「七乃っ! そこへなおるのじゃっ!」
「あぁんごめんなさいお嬢様ーーーっ!!」

 怒られるところまで入れての一連のやり取り。
 散々と騒いでも周囲の反応がそこまで変わらない理由は、いつものことだからで済んでしまう。8年は長いのだ。

「毎日毎日よくもまあ飽きないものです。あれは璃々が誘ったですか」
「うん。一応護衛にって、お母さんが」
「むむむ。確かに北郷一刀にべったりで、鍛錬も期待に応えようと無駄に張り切っていたですから、そこいらの兵より頼りになるのです。しかしああ騒がしくては、ここにいるぞと叫んでいるようなものです。ねねが人攫いならば、居場所が簡単に解ってしまってむしろお得な護衛ですね」
「美羽ちゃん、強いよ?」
「強いのは解ってるです。ただ言葉で簡単に騙されて、護衛がどうのどころじゃなくなりそうです」

 ちらりと見た美羽は、今まさに七乃に騙されて目を輝かせてこくこくと頷いている。
 先ほどの怒りもどこへやら、食べ物のうんちくかなにかに感心しているのだろう。

「あれで護衛になっていると言えるですか」
「なってるんだよー? だって、こうしている今も私に氣をくっつけて、注意してくれてるもん」
「……氣の使い方も随分と多用になったものです。北郷一刀がいろいろとやる前までは、戦いや治療以外に使えるとは思ってもみなかったのに」
「一定距離を離れると引っ張られる感じがして、それで解るんだって。すごいよね」
「……ちなみに、璃々はそれ、出来るのですか?」
「うん。私もご主人様にいっぱい教わったから」

 ……子供の頃から調教ですか、恐ろしい種馬なのです。
 ぼそりと呟いた言葉はしかし、璃々には届かなかった。

「ではちょっと試してみるです。甘いものに夢中のあの幸せ娘がきちんと気づくかどうかを」
「《ぐいっ》ふわっ!? あっ、ねねさん、だめっ───」

 引っ張って走り出す。
 すると目には見えないのに逆の腕を引っ張られるような感覚が璃々に走り、途端。

「妾に喧嘩を売るとは良い度胸なのじゃあああぁぁーーーーーーっ!!」

 どごーん、と。
 つい一瞬前まで幸せ笑顔だった美人さんが咆哮。
 氣を手繰り寄せるようにして地面を蹴り弾き、呆れる速度で走る姿は鬼のよう。

「ななななんですとーーーーっ!!? ほんとに気づいたですーーーっ!!」
「ねねさんっ、離してっ、今ならまだ間に合うからっ」
「は、離せばいいのですねっ!? 離したですっ!」

 ぱっと手を離すと、直後にその場へ美羽が到着。
 普段のほにゃりとした雰囲気が嘘のようにキリッとした迫力に、音々音は内心驚いていた。というか黙っていれば相当の美人がキリッとした顔をすると、こうまで人の目を惹くものかと感心もしていた。

「璃々っ! 賊はどこじゃっ!? 主様のおらぬところを狙って都に来るなぞ、よい度胸なのじゃ!」

 到着早々、辺りをぎろりぎらりと睨みつける美羽。
 その迫力に周囲の民たちも驚き……つつも、綺麗な顔立ちに見惚れたりしていた。
 そんな視線を浴びつつも、「賊ならば見つけだして、産まれたことは祝福しつつも罪を犯したことを後悔させてくれるのじゃ……! ……七乃が」「えぇっ!?」などというやりとりがあったが、騒ぎ自体は都名物のようなものなので、民も笑みながら歩くことを再開した。

「もう、お嬢様? 急に走り出して、なにかと思ったら……《じとり》」
「う……べ、べつにねねは関係ないです。ただちょっと璃々を引っ張っただけです」
「うみゅ? なんじゃ、お主がひっぱっただけなのか。まったく、街の賑やかさに釣られて、手を取って駆け出すなぞ……うほほ、子供よのぅ」
「おまえに言われたくないです! いつまで従者引き連れてお子様気分なのですか!」
「むぐっ……な、七乃は勝手についてきているだけなのじゃ! わわわ妾ほどの猛者になれば、街を一人で歩くくらいどうということもないのじゃ!」
「そうですかー……では今度からはお嬢様お一人で《がしっ》…………」
「………」
「……その、口先軍師の服を掴んで離さない手はなんなのです?」
「こっ……これは、日々の憤りを服に八つ当たっているだけなのじゃ。おおおお主にも経験があるであろ? なにかしらの悔しさを抱いた際に、服をぎううと握ってしまうということが」

 つまり、今悔しいんだね、美羽ちゃん…………それは、璃々の心の声だった。
 見知った人が傍に居ないと不安なのは今も変わっていないようで、そもそも一刀に心を許してから今まで、いつも傍に誰かが居た彼女にとって、一人きりで大勢の中を歩くのは不安以外に抱けるものがなかった。
 HIKIKOMORIからは脱出出来たのだろうが、心は未だに篭っていた。

「もうっ、お嬢様ったらさすがの残念美人っぷりですっ」
「誰が残念美人じゃーーーっ!!」
「くうっ、もはやこの言葉でも喜んではくれないのですね……! ああ、日々勘違いをして騙されてくれる言葉が無くなる事実に、七乃は涙と悲しみを噛み締めるばかりですお嬢様っ……!」
「そもそもからかうでないのじゃ! 七乃は主をなんだと思っておるのじゃまったく!」

 日々は大体こんな感じ。
 街が騒がしくない日がないように、将もまた元気であり、騒ぎを聞きつけてやってくる兵らも元気だ。またいつものですかと苦笑を漏らしている。

「えと。ところでねねさん」
「んあ? なんです、璃々」
「……結局、さっきのお店でなんにも買わなかったんだけど」
「あ」

 散々ケチつけて、氣の連結を試すために疾走。
 店のおやじにしてみれば突然逃げ出したようにしか見えない。
 それ=……

「………」
「………」

 ちらりと後方を見てみると、人垣の隙間の奥で、なにやら叫んでいるおやじがちらちらと見えた。

「……ねねさん。怒っていい?」
「ふっ……不可抗力ですっ、ねねは悪くないですっ!」

 めらりと、笑顔の璃々の姿が揺れて見えた。
 アスファルトの上の熱現象というか陽炎とでも言えばいいのか、ゆらりと揺れた先にあったのは笑顔の殺気。
 彼女の母に良く似た暗黒スマイルを前に、音々音はそれが陽炎ではなく彼女の体から溢れ出る氣であることを……とっくの昔に理解していた。
 紫苑に歳のことを言うべからずとは暗黙の了解となっているが、怒らせると怖いというのはどうやら遺伝するらしい。
 モシャアアアと某グラップラー漫画のように景色が歪むほどの氣が溢れ、それを見るや音々音はすぐに謝った。年齢云々は関係無し。悪いことをしたなら誤魔化すよりも謝ろう。

「もうっ、すぐ戻るよっ? 謝って、ちゃんと買わなきゃっ」
「ううっ、戻るですか。もういっそ別のお店で買って、二度と近寄らなければ───」
「行商さんの情報伝達能力を侮ったら後悔するのは自分だ、ってご主人様が言ってたの! ぶちぶち言わないでいいから行くのー! お店の人を怒らせて、お母さんに怒られるの私なんだからー!」
「《ぐいぃっ!》わたたっとと! わ、解ったのです! 解ったから引っ張るのをやめるです璃々っ!」
「む? 戻るのかの? ……買い忘れじゃの? うはははは、仕方がないのう璃々は」
「ああ、他人の失敗を前に無理矢理お姉さんぶって胸を張る姿なんて、まさにいつも通りのお嬢様っ……! そんなことよりお嬢様っ、あそこのお店でちょっと摘んでいきませんっ?」
「大きな目的の前に買い食いは天敵じゃと主様が申しておったであろ! だめじゃ!」
「くっ……物で釣ることすら通用しなくなってきました……! このまま何も通用しなくなったら、七乃はどうしたら……!」
「なので大きな目的は妾が果たす! 七乃っ、今すぐ人数分買ってくるのじゃ!」
「さっすがお嬢様! 欲望に完全に打ち勝てない中途半端なお嬢様が大好きですっ!」

 8年でなにが変わるのか。
 人に寄りけりなのだろうが、根っこはそう簡単には変わらない。
 そんな、お話。




ネタ曝しです。 *ピカピカのレッドノーズ  暗い夜道はピカピカのお前の鼻が役に立つのさ!  ……鼻と搭乗用途以外、役立たずらしい。 *摩破人星くん  マッハじんせい。  ギルティギアのスレイヤーの技、デッドオンタイムのボイスの一つ。 *拝啓、天体戦士サンレッ……  天体戦士サンレッドより、ヴァンプ将軍の決闘のお手紙。  新茶が美味しい季節になりましたがって言い回しが好きです。 *七拾伍式・壊  七拾伍式・改  KOFより、草薙京の技。二段ヒットののちに追撃可能。 *裂蹴紅球波  幽遊白書より、仙水忍の技。  作った氣弾をわざわざ蹴るあたり、結構隙だらけだと思います。 *もっと熱くなれよ!  松岡修造さんの熱い言葉。 *飛竜昇天波  らんま1/2より。  渦を描くように敵をおびき寄せ、渦の中心にて凍てついた心を以ってアッパー。  追う熱気と中心の冷気が渦を巻き起こして敵を飲み込む……そんな技。だった気が。 *大白菜  中国方面では白菜を大白菜、小白菜と分けて呼ぶそうです。  日本で使っているのがこの大白菜と呼ばれているものらしい。 *モシャアアア……!  某グラップラーといえば刃牙。  殺気とかで景色が歪むのです。ぐにゃあああって。  ……前のネタ曝しで書きましたよね、確か。  後半へ〜、続く〜。 Next Top Back