169/強くなってどうするの? いつかに備えるのさ!

-_-/甘述

 ……さらさら……かたっ。

「………」

 簡単な勉強を終えて、机を立つ。
 置いた筆を見下ろしたところでなんの感情も湧かない自分にとって、文とはただ片付けるためのものだ。人を幸福に導くとか、そういったことには正直興味がない。
 それよりも力強くありたかった。

「……、……」

 鍛錬用の衣服に腕を通す時、心が高揚する。
 鍛錬が上手くいくか、自分が上達出来るか以前に体を動かすことが好きなのだ。
 結果はなかなかついてこないが、それは高揚を殺す理由にはならない。
 強くなる。道は決まっているのだから、いちいち回り道するつもりもない。

「すぅ……はぁ……」

 呼吸を整えて、丹田に力を。
 自分の中の暖かいなにかを見つけて、それを外に出してゆく。

「う……く」

 途端、気持ち悪さに襲われる。
 ……私には才能がない。
 氣も他の姉妹に比べて極端に少なくて、氣を使って走ろうものならすぐに枯渇、昏倒してしまう。
 以前、父を追う子高姉さまを追った時もそうなった。
 私は……皆がやっている鍛錬と同じことすら満足に出来ない。

「いや。弱気になるな。私はいつか、母上のように……!」

 母上の凜とした姿が好きだ。
 武に長け、立っているだけでも相手を威圧するその迫力に強く憧れた。
 強い人、というのは存在だけでも凄いのだと焦がれた。
 ああなりたいと思った。
 あそこに届きたいと思った。
 けれど私の氣は武に向いてはくれなかった。
 母上は己に合った道をゆけと言うけれど、そんな道を横に置いてもまだ、私は武に強い憧れを抱いた。そうさせてくれたのは他でもない母上なのに。

「私は……やはり父の血を濃く受け継いでしまったのだろうか。だからこんな、少し動けば氣が枯渇するような身体で……」

 もしそうなら父が恨めしい。
 そう思ったことなど一度や二度ではない。
 けれど、もし、と考えたこともあるのだ。
 それは公嗣に言われたこと。

  “もし、ととさまが実力に溢れた人だったら、述姉さまはどうするの?”

 怖くなった。
 もしそうだとするなら、私はとんだ勘違いをしている馬鹿者で、自分の無力を親の所為にしているだけの小娘だ。
 けど、ではどうしろというのだ。
 強くなれる道があるのなら進む。険しくたって頑張るつもりだ。
 なのにこの身体はその険しさの一歩目にすら足を止め、二歩目で折れ、三歩目で吐いてしまう。
 何故こんな身体に産んだのだと親の所為にするのは簡単だ。
 でも……生まれ方なんて、親にも子にも選べないのだ。
 私はそんなことを、思ったとしても母上には絶対に言いたくない。
 ……父には言ってもいいだろうか。蹴りに乗せて。

「よしっ───《ぱぁんっ》」

 頬を手で叩き、気持ちを切り替える。
 出来ないからと悩むよりも、半歩ずつだろうとこの身体を前へと進ませるのだ。
 歩みが遅いからなんだ。知に長けているからなんだ。
 私は武がいい。我が儘だと言われても、限界などたかが知れていると言われても、ならばその限界まで進んでみたい。
 その先があまりにも低くて心が折れてしまっても、自分が目指した場所がそこなら、せめて自分で満足しよう。満足して、皆が言うように知の道を。武で子高姉さまを守れぬと、皆から見ればわからずやな心に刻み込んだなら、今度は知で守れるように。

(……きっと、それに気づいたころには……)

 子高姉さまの隣に居る人は自分ではない。
 自分よりも知に長け、私が回り道をしている間に知を鍛えた誰かが居るのだろう。
 そんな“先”を想像して、悔しく思わないわけでもない。
 きっと実際にその先へと到ったら、私は泣くほど後悔するのだろう。
 でもだ。
 先に立ってくれる後悔なんてないのだから、今は我が儘な自分を走らせよう。
 泣こうが喚こうが、願った力こそがない者の現在など、望むことへと今出せる全力で手を伸ばすことしか出来ないのだろうから。


───……。


 鍛錬。
 広い中庭にて、一人で氣脈の拡張をする。
 自分の氣脈の狭さに嘆いたことなど一度や二度ではなく、拡張だとか言ったところで毎日やっていてもてんで広がる気配がない。
 それでもと手を伸ばした先で、泣き叫ぶほどの激痛に襲われた過去を思う。

「っ……」

 途端に恐怖に襲われるけれど、それを飲み込んで集中を続けた。
 ……大丈夫だ。やりすぎなければ、氣が自分を内側から壊すことなんてない。
 むしろ自分には自分を破壊するほどの氣を練ることが出来るんだって、そう思っていればいい。今はまだ制御できなくても、いつかはそんな氣を自在に扱えるようになるんだ。なろう、じゃなくてなる。……そうじゃなきゃ、あまりにも惨めだ。

「ふっ、はっ、せいっ」

 右拳突き、左拳突き、上段蹴り。
 氣を行使してそれをやっただけで眩暈がする。
 それも、氣が篭っていても大した威力もない三回の行動だけで。
 悔しいと思う。
 でも息を整えて、眩暈から立ち直ると、また拳を振るった。
 諦めなければどんな願いも叶う……そんな、誰かが言った残酷な言葉を信じる。
 叶えばそれはとても幸せなことだろう。
 叶わなければそれまでの時間が全て無駄になってしまう。
 その後に残されるものといったらなんだろうか。私は誰に、なにを残せるのだろう。
 無駄な努力は無駄でしかない、諦めることも肝心だ、なんて胸を張って言わなきゃいけないのだろうか。

(……いやだな、そんなの)

 そう思えるから、辛くても嫌な顔はしないようにしてきた。
 周りから見れば愚痴も吐かない努力家、のように見えているのだろうか。
 そんな努力がいつかは報われれば……いや、絶対に成功させよう。完成させよう。強い自分っていう完成図まで、弱い組み立て途中の自分を持っていくのだ。
 ……ただ、こんな時。
 愚痴を言っても平気で、蹴っても苦笑だろうと笑顔で受け止めてくれる人が居ないことが、自分の心を余計に腐らせようとしていた。
 吐き出せる相手っていうのは大事だなぁ、なんて。恐らくは子供らしくないことを考えながら。


───……。


 鍛錬を終えると、汗をしっかりと拭いて自分の時間に埋没する。
 自分の時間というのはあれだ。自分を知る時間と言えばいいのか。
 結局のところ武に向いていないというのはよーく解っている。
 ならば鍛錬をしたあとはどうするのかといえば、結局は勉学になる。
 一日中鍛錬をするわけにもいかず、やりすぎて倒れた時など孫権さまから雷が落ちた。
 “自分の弱さに嘆く気持ちは解るが、無理をして周りを心配させるな”と。

「………」

 この都にはそれぞれに長けた人が多すぎる。
 そうでなければ戦場で生き残ることなど出来なかったのだろうけど、自分にはそれらの才が眩しすぎた。
 いずれ自分の限界にこそうちのめされて、自分に期待出来なくなり、○○○が居るから自分はなにもしなくても……なんて言い出してしまいそうで怖い。
 そんなのは嫌だと思う。思うのに、この身は届いて欲しいところに届かない。
 武が全てではないと皆は言う。ならば知に手を伸ばせば自分は伸びるのかといったら、実際のところはそんなに甘くはない。
 武を望んでも届かず、知に長けているからといって、学べば全てを理解できるほど長けているわけでもない。結局のところは中途半端なのだ。
 ……私くらいの歳の子を街で見かけると、皆笑顔で走り回っていたりする。
 きっとこんな風に難しく考えることもなく、自分が好むものへと真っ直ぐなのだろう。
 この歳でここまでぐちぐち悩む者などきっと少ないに違いない。
 もっと気楽に考えることが出来たなら、こんな癖もつかなかったろうに。

「……、……」

 いや、だめだ。暗い方向に飲み込まれるな。
 私は大丈夫、大丈夫だ。
 暗いことなど思い切り吐き出せば、少しは心も晴れるというもの。

「はぁっ……」

 ぶはぁ、と吐き出すように、気づかずにきゅっと引き締めていた口を開き、息を一気に吐いた。すると身体の中に溜まっていたものが少しだけ抜けた気がする。

「私は武には長けていない。知に才があったとしても、それを花開かせるほどの強い才覚かといえばそうでもない。それを自覚した上で、私は───」

 ぱんっ、と頬を両手で叩く。情けない顔はここまで。
 キッと書物を見つめ、今の世で知るべきに目を通してゆく。
 私塾で習うこと全てが知ではないと公瑾さまは仰った。
 ならば、人より努力をしなければ、姉妹の普通にも届かない自分はもっと努力をしなければ。せめて、子高姉さまを支えていられるように。
 あの人は努力をする人だ。人前で泣こうとはしない。自分の弱さを認めた上で、前を向こうと頑張っている。空回りが多いが、かつてその在り方に憧れた。私は……出来なければ諦めてしまおうとしていたからだ。
 身体を動かすことが苦手で、けれど母上の強さに憧れて、母上の娘なのに強くない自分が嫌で、でも弱くて。自分というものに呆れ、自分を高めること理由など捨ててしまおうと、人を説得出来る言い訳を考える日々に埋まろうとしていた自分は、不器用ながらも頑張る子高姉さまの姿に救われた。
 出来ない人が自分以外に居たからという気持ちもきっとある。
 けど、それ以上に守って差し上げたいと思ったのだ。
 姉妹の前では涙せず、隠れて涙していたあの人を見つけてしまってから。
 では、自分を見つめる必要性を無くしかけて、周囲のことばかりに目を配っていたために無駄に大人びているだのと言われるようになった私は、その冷静さを以って、子高姉さまになにをして差し上げられるだろう。
 武にこそ、と鍛錬の時には思うものの、呆れるほどに才がない。
 知こそを磨けと周りは言うが、当然私だってそれを考えなかったわけではない。
 だが、そちらに才があろうが、その才覚にも幅がありすぎることを私は知った。

「……はぁ───はっ!? いかんいかんっ」

 私の知は、子桓姉さまに及ばない。延姉さまにも。
 武よりも受け止められる時間は多かっただろう。
 現に、学び始めの頃はぐんぐんと知識を吸収出来て、楽しかったほどだ。
 しかしある一定に差し掛かると、その楽しさも勢いを無くした。皆が知の才があると言うから増長していただろう私にとって、それは早すぎる壁だった。

(私はきっと、武に逃げているだけなのだろう)

 しかし……しかし……ああっ! だめだ!

「う、うー! うー!!」

 暗くなるなというのに!
 ええい自分の弱い心が鬱陶しい!

「父ー! 父上ー!? 何故このような時に限って居ないのだー!!」

 ……おかしな話をしよう。
 父は、私が悩み、暗い気分に飲み込まれようとすると、きまってやってくる。
 不思議なものだが、きっと構って欲しいから娘の周りをうろうろしているに違いない。
 だというのに今は居ない。今こそ居てほしいというのに。今こそこの暗い気持ちから抜け出すため、吐き出させてほしいのに。

「〜〜〜……」

 もやもやする。
 もはや辛抱たまらんとばかりに、着替えておいた鍛錬用の服をもう一度着込むと部屋を飛び出した。走る足は遅いが、そのまま走って中庭へ。
 そこで自分の中の鬱憤を晴らすように暴れて……少しもしないうちに昏倒。
 鬱憤を晴らすどころか、自分の不甲斐なさに余計にがっくりしてしまった。
 そんな時だ。

「よー、なにやってんだー?」

 笑顔が似合う、短いうす水色の髪の人が、倒れた私を見下ろして言う。
 誰だっただろう。
 えー、あー、うー…………ぶ、ぶん……文醜?

「えっと、あー、……なぁ斗詩ー、こいつの名前、なんだっけ」
「なんだっけ、って……ご主人様の娘様の名前くらいは覚えようよ、文ちゃん……」
「そんなの覚えてる暇あったら斗詩と遊ぶって」
「文ちゃん……」

 溜め息がもれる。いい意味の熱い溜め息とかではなく、呆れたような溜め息。
 とにかく私を見下ろすその人の隣には、確か顔良とかいう人が居て……心配そうに私を見つめてきていた。寝転がっているだけと受け取っているらしい文醜と、息を荒くしているからか心配してくれているらしい顔良。
 苦しいのはいつものことだから、私は「平気」とだけ呟いて、視界から二人を消した。

「あの、もしかして鍛錬の途中、でしたか?」

 顔良がそっと話しかけてくる。
 ああそうだ、その通りだ。他の姉妹はそうそう息を乱して倒れたりなどしないのに、私はこの有様だ。無様だろう滑稽だろう。笑いたければ笑え、私はその笑われた呼吸の数だけ今日を恨み、明日の原動力にしてやるんだ。

「鍛錬? あー、なるほどなるほど、そりゃそーか。ていうかなぁ、これってまず段階とか間違えてんじゃねーの? なぁ斗詩ぃ」

 ……鬱陶しく思い、無視して鍛錬を続けようと立ち上がった私に、文醜の言葉が届く。
 段階? 間違え? なんのことだ。
 そもそもなにが“そりゃそーか”なんだ。

「お前、見るからに筋肉無さそーだもんなぁ。そんな状態で無茶すれば、身体だって動かなくなるぜぇ」
「…………」

 身体? ……いや、これは正常だろう。
 だって母上だって痩せていて、素早く動けて。
 無駄な肉なんてついていない方が細かく動けるに違いないのだ、これでいい。

「えっと、甘述様? 食事とかは、きちんとされてますか?」
「……普通だ。食べ過ぎたら鍛錬の邪魔になるから、邪魔にならない程度にしか食べない」
「あー……」
「おいおいぃ、アニキの娘だってのになんでそんなに自分の体を大事にしないんだよ。お前さ、身体の鍛え方とかってちゃんと知ってるのか?」
「知っている、当然だ。身体というのは氣で動かせるものだから、氣さえ強くすればいいのだ! そして氣で動かすなら、身体は軽いほうがいい! どーだ! 理想的な身体だろう!」

 どーだー! と胸を張ってみる。
 するとどうだろう。突如、文醜が「バブフゥウ!!?」と閉じた口から強烈な息を吐き出し、腹を抱えて笑い出した。

「な、なにがおかしい! 私はきちんと言いつけ通り、身体を三日くらい休めてだな……!」
「あ、あー、あの……甘述さま? そのやり方だと、身体は弱くなる一方で……」
「え? なっ……なにぃいいいいっ!!?《がーーーん!!》」

 大驚愕。
 その日、私は自分の愚かさと知の才というものに対し、石を投げつけたくなった。


───……。


 …………で。

「うう……つまり……三日休まなければならないのは、氣ではなく筋肉で……?」
「はい。氣はほぼ毎日使っていただいても問題ありません。筋肉はこう……負荷をかける行動を限界まで続けるのを、三度ほど、出来るなら五度ほどでも構いませんから、思い切り使ったのちに三日休めます。腕立て伏せなら素早くやるのではなく、一回を時間をかけて負荷をかける方向で、限界まで。力を抜いて休む時間は長くてはいけません。動かせると思ったならまた再開し、再び限界まで」
「あ、ああ……うん……」

 何が悪かったのかをみっちりと解かれている。
 なまじ理解力があったために、ならばこうしたら効率がいいではないかと思ったことを実行、後悔することなどよくあることだが……まさか自分がやらかすとは。

「甘述さまの筋肉は今、ただでさえ氣の行使で動かすことを続けていたためにあまり使われていません。急に付加をかけすぎると傷つけるだけになってしまうので、きちんと“ここまで”という線は引いてください」
「わ……うう……解った……」

 自分の考えが真正面から否定されて、正直どんよりな気分だ。
 これが効率がいいと思っていたのに、自分を弱らせていた原因が自分の知だったなんて。やはり知はだめだ。武しかない。武しか……!

「そーそー。で、慣れてきたら背中に重いもん乗っけて、同じことすりゃいーからさ。ろくに筋肉もないのに氣で動かそうとすりゃ、氣の行使に負担がかかるに決まってんじゃんか」
「文ちゃんだって最初の頃はぜぇぜぇ言ってたでしょ」
「乗り越えたあたいに敵は居ねぇのさー! わっはっはっはー!!」

 腰に手を当てて豪快に笑う。
 ……不安だったから、その場で腕立て伏せをやってみて、間違っているところがあるかを訊ねた。訊かぬは一生の恥。既に自分の恥を注意してくれた人だ、駄目な部分を徹底的に教えてもらおう。

「けどなー、ほんと不思議だぜー。あのアニキが娘がこんなになってるのに気づかずに居るなんてなー」
「へわっ……ちょ、文ちゃんっ……!」
「んあ? どしたー斗詩ー。あ、もしかしてあたいがアニキアニキ言ってるから構ってほしくて」
「そーじゃなくてっ! ほらっ! しー、しーっ!」
「? 厠?」
「……いっぺん殴っていいかな、文ちゃん」

 顔良がなにやら口の前に人差し指を構えて騒ぐ。
 文醜は解っていないようだが、私にもなにがなにやら。
 大体、あにきとは誰だ? 娘……というのは私? ……というと父上のことか?

「うう……きっと、ご主人様にもご主人様なりの考えがあったんだと思うよ……? それとも言ったところでこの子が聞いてくれなかったとか……」
「さっきから言っているのは父の話か? 父の話などいつも話半分に聞いているが。そういえば会いに来る時は決まって食べ物を持っていたような……」
「アニキごめん……さすがのあたいも同情する」
「親の心、子知らずかぁ……」
「な、なんだ。私が悪かったとでもいうのかっ!?」
『うん悪い』
「なぁっ!?《がーーーん!!》」

 わ、私は悪かったのか……!? だって父だぞ!?
 ぐうたらな父のことだから、なんとかして私をぐうたらの道に引きずり込もうと、あらゆる手段を用いて話しかけてきていると思ったのに……!(*あらゆる手段ででも話したかったという意味では間違ってはおりません)

「あー……そういえば白蓮さまが言ってたよなー。アニキの子供の中で、一人だけ人の話を聞くには聞くけど、曲解が多くて“これ”と決めたら突っ走る細い元気っ子が居るって。……なるほど、こりゃ細い」
「ほっ……細いほうが素早く動けるんだっ! おおおおおお前らのようにそんなっ……そんなっ……そんなぁああ……!!」
「……あの。胸を指差されて震えられましても」
「羨ましくなんかないっ!」
「誰も羨ましいか〜なんて聞いてないって。で、どーすんすかえーと甘述さま? やっぱ自分のやり方でやる? それともあたいが教えたやり方でやる?」
「文ちゃんがなにを教えたっていうの……」
「お前のやり方は───間違っているっ!《クワッ!!》って、ほら、指摘したじゃん」
「そんな指摘の仕方、してないでしょ」

 ともかく、項垂れた。
 まさか自分のやり方が、自分を弱らせるほど駄目なものだとは。
 と、項垂れた先にはぺったんこな胸。……余計項垂れた。
 だっ……大体この都には乳お化けが多すぎるのだ!
 なんだあの大きさは! あんなものをぶらさげて戦いをしていたなど、どうかしているだろう! むしろ弓に長けたお方らが皆あの大きさというのは信じられん! あれでどのように、満足に引き絞って放てたという!?
 ……ああそうか、つまりはこの私の考え方すら間違っているというのか。
 わ、私はただ、悩んでいる暇があったら正解だと思うことに突き進めと母に言われたから……。それがまさか、自分を弱める結果になるとは……。

「い、いや。それはきっと私が弱かったからだ。弱くなる方向に突き進めば弱くなるに決まっていた。私のなんというかその、勘とかそういうのが悪かったんだ。母は悪くない。うん」
「お前って子供らしくない喋り方するよなー。えっと、甘述だっけ」
「さっき自分でも呼んでいただろう! どうしてそこで確認するように言う!?」
「いやぁ〜……その時はちゃんと聞いてるんだぜ〜? でも思い出そうとすると思い出せない……あるよなっ、そういうのっ!」
「ないっ! 私はこれでも記憶力には自信があるんだっ!」
「じゃあアニキが毎度、お前になんて言ってたかとか、そこんとこどーなんだ?」
「………………《ソッ》」
「や、目ぇ逸らすなって」

 くぅうっ……! 何故私がこんな思いをしなければならないっ……!
 信じていた道が勘違いだった上に、こんなちょいと前のことをあっさり忘れるような輩に気づかされて、なおかつ説教まがいのことを……! というかそこっ! 顔良! 何故吹き出すっ!? ……がっ………………顔良でよかったよな? そういえば私、最初こいつらの名前、思い出すまで時間がかかって…………き、記憶力が無かったのか私は!!《がーーーん!!》

「あれ? おーい? なんで頭抱えてんだー? おい斗詩ぃ、どしたのこいつ。てか、斗詩もどしたの? 急に笑い出して」
「う、ううんっ……!? べつにそんなっ、細かい動きがご主人様みたいとかっ……!」
「ふ、ふふふ……私はだめだ……だめだめなんだ……。きっと知に才の傾きがあるなど母らの慰めでしかなく、こんな記憶力のかけらもない私が子高姉さまの役に立つなど夢のまた夢で……やはり私は父の娘だな……なにをやってもだめだめなのだ……。ならばいっそ父とともに堕落してみるのもいいのではないだろうか……」
「……なんかぶつぶつ言い出したぞ?」
「え、えと。とにかく……甘述様? まずは軽い鍛錬から───」

 鍛錬。
 鍛錬ときいて、ぴくりと肩が跳ねた。
 ああ、鍛錬。強くなれると信じてやって、全然強く慣れなかった鍛錬。
 もしもだ。今までの間違った鍛錬で弱くなった事実が事実で、しかし本当の鍛錬でも強くなれなかったら、私はどうするんだ?
 そりゃあ、今よりは強くなれるだろう。弱くなる鍛錬ではないのだ、当然だ。
 しかし、しかし……!

「いっ……いいっ! わたっ……私はっ! 私は……わ、……」

 怖くなった。
 純粋に、才能の無い自分に恐怖した。
 今まではなんだかんだと才能の所為に出来た。
 鍛錬の所為だったのに、才がないからと言えたのは、ひとえにてんで強くなれなかったからだ。
 でも強くなれる鍛錬で強くなれなかったらどうする?
 言い訳もなにも出来ず、ただ辛い現実だけに立ち向かえというのか?

「───」

 楽な道がある。
 それを知ると、そこへ手を伸ばしたくなった。
 今まで頑張ってきたんだからいいじゃないかと、心のどこかで誰かがささやく。
 少し休むだけだから。休んだら、あのぐうたらな父に教わればいいじゃないか。
 きっと自分ががむしゃらにやっていた鍛錬よりもぬるいものが待っている。
 それをやって、強くならなければ父の所為に出来る。
 それなら、………………それなら───……

「私は? ……あ、もしかしてお前、アニキと一緒に鍛錬したいとか?」
「え───」
「あ……そ、そうですよ甘述さまっ! それがいいと思いますっ! ご主人様と一緒に鍛錬をすれば、それはもう───」
「だよなー! それはもう!」

 ……目の前の二人までもが推してくる。
 これで、この二人にも進められたと言い訳も出来るように“なってしまった”。
 誘惑が自分を包む。
 楽が出来ると。
 出来ないことを人の所為にして、言葉の影で楽が出来るぞと、自分の黒い部分が動く。

「……おい? なあおいー? どうしたんだよ、急に黙っちゃって」
「あの、もしかしてご気分が優れませんか?」
「おいおい斗詩ぃ、さっきから気になってたけど、子供たちには普通に接しなきゃいけないって話だったろー? べつに気分が悪そうには見えないし、いろいろ考えることがあるってだけだろ? ……あたいも昼、なににするか考えてるし」
「文ちゃんと一緒にしちゃだめだよ。それに私たちはこれから、麗羽さまと服を探しにいかなきゃなんだから」
「うあー……麗羽さま、服選び始めると長いんだよなー……行きたくねー……」

 心の中で蠢く誘惑。
 自分の内側に手招きされている中でも、二人は好き勝手に会話をしている。
 それはとても楽しそうで、鍛錬ばかりをしていた私にはどこか眩しいもののようにも思えた。
 今なら。
 今なら全てを言い訳で埋め尽くして、手が伸ばせるんじゃないか。
 今までの時間を無駄にしてきてしまった自分を、少しくらい慰めてやってもいいんじゃないか。
 いろいろな、今の自分への甘やかしが頭の中でいっぱいになる。
 それをなんとか抑えようとするのに、この手は勝手に二人への伸ばされ───

「───」

 私も連れて行ってくれ。
 その言葉を放とうとした口を、塞いだ。

「……心配してくれて、すまない。用事があるのなら行ってくれ。私は……」

 代わりに放てた言葉は、自分の誘惑を遠ざけるもの。
 甘えは敵。
 いや、それ以前に……木剣を手に、この中庭へとやってきた子高姉さまが視界に入った瞬間、自分の馬鹿な考えは吹き飛んだ。
 甘えよりも努力を選ぼう。
 武の才などなくとも、届くところまでは手を伸ばそう。
 たとえその先の強さで周囲に笑われても、笑わずにいてくれる人だって居るのだから。

「私は、私の武を貫きたい」

 言って、二人に軽く頭を下げて、子高姉さまのもとへと駆けた。
 傍には……えぇと、なんといったか。なんだか普通っぽい女性が居たが、駆けた。
 一方的に離れることになった二人からは言葉はなかったけれど、なんだか見守られているような気がして、少し足取りが軽くなったのは……べつに語る必要のないことだろう。

「子高姉さま!」
「甘述? ど、どうしたの、こんなところで……あ、えと。私は、その」
「鍛錬ですね!? 是非お供を!」
「なんだ、お前も参加するのか? 言っとくけど、することは地味だぞ?」
「なんだ貴様は。私は子高姉さまと話をしているのだ、割って入るな」
「……あー、そうだよなー、私ってやっぱりこういう扱いだよなー……」

 とほーと溜め息を吐くそいつ。
 途端、子高姉さまが焦って私を叱りつけてきた。
 はて、こいつはもしや、偉いやつだったのだろうか。

「どーせ名前すら覚えてないんだろうから自己紹介からな。姓は公孫、名は賛、字は伯珪。一応、子高の指南役を務めてる者だよ」
「指南役!? なっ、どっ、どういうことですか子高姉さま! いつかの日、皆と同じ方法では強くなれぬと、二人で鍛え方を探った日々をお忘れですか!」
「や、きっぱり言うとお前らの言うやり方じゃ弱くなる一方だからな?」
「そんなことはさっき解ったから知っている!」
「さっきなのか!?」

 驚くこーそんとかいう輩を睨むが、その睨みに自分の視線を被せてきた子高姉さまに止められる。

「述。この人が言うことは正しいわ。私たちのやり方では誰にも届かない。強くなりたいのなら、方法なんて選んでいる時ではないの。……私は、力が手に入るのなら、努力が報われるのなら、そちらがいいわ」
「しっ…………子高姉さま……」

 それは、私だって同じだ。
 しかし、だからといって今までの自分を否定して前に進むのは……間違っていたと認めるのは辛い。
 今までの自分はなんだったのだと泣きたくなってしまう。
 それなのに……それでも……

「子高姉さまは、それでも先を目指すのですね。今までの自分を否定してでも、力を望むのですね」
「努力が報われる瞬間が好きなのだから、仕方がないでしょう?」
「───」

 ぽかんとする。
 あの子高姉さまが、隠したがっていた自分の浮ついた部分をこうもあっさりと曝したから。しかも、その時の笑顔ときたら、頭の中がとろけてしまいそうなほど美しく───はっ!? い、いやそうではない! ともかく!

「───解りました。子高姉さまがそう願うのであればこの甘述、どこまでも。しかし!」

 あっさりと方針変更をおこなった私に「またいろいろと濃いやつだな……」とこぼし、頬を掻いているこーそんとかいうのを見上げる。

「こやつが教えを乞うに値するかどうか! まずは私が見定めさせていただく!」
「へ? うわっ!?」

 言うや、きええええええと木剣片手に襲い掛かった。
 不意打ち? 好きなように言うがいい! 弱き者にとって、この世は常に乱世よ!
 これしきを防げすして、どうして我らに武を教えることがぁああっ!!


   ぽごしゃああ…………ふぎゃあああああ…………


……。


 ……その日私は、溜め息を吐いている公孫賛にぼこぼこにされた。

「ちくしょ〜〜……」

 思わずこぼれた言葉は、いつか父がひとりで呟いていた言葉だった。
 哀愁漂う背中が印象的で、なんだか呟きたくなった。

「急に襲ってくるやつがあるか、まったく……」

 余裕の返り討ち状態だった。
 現在私は彼女の前に正座させられていて、なんというかこうしていると物凄く反省したくなる。どうしてだろう、血にでも刻まれているかのように、悪いことをしてしまったならこうしなければという心が湧いてくる。
 まあ、それ以前に叱りつけられる際にはこんな格好はよくしていたが……今回は条件反射のように、実に綺麗にこの格好へと到っていた気がする。

「それで、えっと、甘述? お前も習うってことでいいんだよな?」
「ああ、習う。習って、その武をもって貴様を……《ギロリ》」
「そういうことは相手が居ない時に言おうな……《じとり》」

 ひう!?
 お、おのれ! 自分より強いからといって凄んだってこここ怖くなどないぞ!? 本当だぞ!?
 だが聞けばこやつは子高姉さまが認める存在だとか……無碍には扱えん。
 なので習おう。
 こやつの下で武を磨き、子高姉さまとともに高みに上り、そして、そして……!

「ふふふ……! 覚悟するがいい……! 貴様は貴様が教えた武で私に倒されるのだ……!」
「なぁ子高。こいつって普段からこうなのか?」
「……はい。私と親しく接する者には、どういうわけか……。一度“こう”と決めると、それ以外が見えなくなってしまうというか……」
「あーぁ……それで」

 なるほどなるほどと目を伏せて溜め息を吐く公孫賛。
 い、いや、そんなことはないぞ? ただ私は他で悩む暇があるのなら、これだと思ったことへと走っているのみであってだな。な、なんだその溜め息は! 合っている時だってあるんだぞ! 勘違いばっかりじゃないんだぞ!

「とりあえずお前達二人、まずは北郷の話を聞くことから始めような……事情を聞けば聞くほど泣きたくなるから」
「父? 顔良と文醜も父がどうとか言っていた。……もしや父にはなにか秘密が!?」
「へっ!? あ、あー……いや、秘密がどうこう以前に、もうちょっと構ってやれって意味で。こう何度も家出されるといろいろと問題がなー……」
「居ても仕事などしないだろう。家出したところで何が変わるんだ?」

 首を傾げながら訊ねる。と、公孫賛は頭に手を当てて大きな溜め息を吐いた。
 な、なんだ? また私はおかしなことを言ったのか?

「あぁもう……いつになったら普通に話せるんだろうなぁ……どこかで自爆でもしてくれないかな、北郷のやつ」

 焦っている私をよそに、公孫賛はぶつぶつと言いながらもう一度溜め息。
 それから「それじゃあ」と言うと私と子高姉さまを促し、「鍛錬を始めよう」と言った。よく解らないことばかりだが、ともかく私はやれるだけのことをやっていこうと思う。




-_-/かずピー

 とある昼のこと。
 鍛冶工房の奥で手甲を発見した。
 鍛冶工房ってなんだかふと寄りたくなるよね! 視察ついでに寄ったそこで、そんな気分に襲われた故の邂逅であった。
 で、現在はその手甲を装着。
 中庭で氣を込めて身体を動かしているところだ。

「よっ! っと! ほあっ!」

 ついでに足を守るもの(ほぼ似たような素材のもの)も見つけたので、サイズも丁度いいことに喜びつつ装備。
 ずしりと重いそれは、そもそも攻撃するためのものではないのだろう。防御重視の作りだとパッと見ただけでも解りそうなものの、むしろ“だからこそいいんじゃあないか”と言いたくなるような重みに笑みがこぼれる。
 重くても、金剛爆斧を持ち上げる時と同じ方法でなんとでもなるし、重かったら重かったで鍛錬にもなる。

「せいっ!」

 片足で立ち、蹴りを放ちまくる。
 龍虎の拳のロバート・ガルシアの幻影脚のような感じの蹴りだ。
 氣で動かす足を、ミシンの針が動くイメージで突き出しては引っ込めを高速で。

「ンウェー!!」

 次いで足を下ろすと、両拳で突きを連打する。
 これは加速を利用したサンライトイエローオーバードライブと同じ要領で。
 ンウェーって掛け声に意味はない。たぶん。
 そうして振るうたびに両手に溜まってゆく衝撃を解放。

「イィイイイヤァッ!!」

 振るった拳から衝撃を込めた氣弾が放たれ、霧散する。
 氣弾といっても散弾のようなもので、拳から離れれば大して飛ばずに霧散するだけ。
 出来るだけ氣を消さずに、衝撃だけ逃がす方法ってないだろうかと考えた結果がこれだ。べつに足に込めて震脚と一緒に逃がしてもいいんだけどさ。なんというか……普通じゃないこと、したかったんだ。(*既に普通の基準がおかしい)

「でも手甲をつけた状態だと、まず氣を手甲に移さないといけないんだよな……」

 もちろん殴る際にもだ。
 素手なら手に込めて殴るだけでいいし、衝撃も手からゴヴァーと出せばいい。
 しかしながら手甲の場合は……ううん、普段から使い慣れてる木刀だったらもっと楽に氣を通せるんだけどなぁ。もはやあれは、身体の一部と思えるほどに楽に出来るし。

「……ふぅ」

 自分が強くなるための道を掴むのって、やっぱり難しい。
 自分には氣ひとつしかないというのに、その氣自体が応用が利くものな上、用途がありすぎるのだ。ただ氣を強くして殴ればいいってわけでもない。
 応用出来るもの全てを反復練習&氣脈拡張を続けてじりじりと強くなる以外無い、と思っているものの、8年続けた自分の意見を言わせてもらえるなら……地道すぎる。
 だって考えてもみてくれ。氣ってものの使い方とかを天の漫画とかアニメとか、イメージとしての使い方で結構上手く使えるつもりになって、実践してみれば実際に上手くいった俺だけど、そんなちょっとズルイと思える近道をしても8年。8年かけてようやく岩を破壊出来たっていうのに、華雄や焔耶に訊いてみればどうだい。“岩なんか幼い頃にはもう破壊できた”とか言うじゃないか! だから旅の途中、岩を壊せたことがどれだけ嬉しかったことか! ようやく一歩近づけたって思ったよ! 嬉しかったよ!
 ……でも8年です。
 8年なんですよ、ようやく一歩なんですよ。
 8年頑張っている間、華雄はどんどん強くなっていくし、桃香だって美羽だって……。

「………」

 この世界の武に関する才、というのは本当にすごい。
 才能がなくても、俺が頑張る8年よりも彼女らが頑張る8年の方が伸びがよすぎるほどに、影響ってものを持っている。
 なので小細工を組み込まなきゃ勝負に出るのは難しく、一緒に頑張ってみたりした白蓮も“こうまでしなきゃ勝負にもならないなんてなぁ……”と、よく落ち込んでいたものだ。
 一緒に、と言ったからには当然俺も落ち込んだわけですはい。
 あれか。某・野菜星人のように生涯全盛期みたいなものなのか。

「あ」

 野菜星人といえば。
 かめはめ波とか操氣弾とかで随分とお世話になったものの……試していないものも結構あったなぁ。身体強化って意味でとれば、これほど役立つものはないというもの。
 細かいヒントだろうと組み込んでいかなきゃ小細工にもならないし、その小細工ごと叩き潰してくるのがこの世界の武人だ。なので僅かなヒントでも拾わなきゃ、才能が無い人は伸びない。武や守の氣があったところで筋力を鍛えることが出来ない俺も、困ったことに似たようなものなのだ。才能があるのかは……これって才能っていうより応用だもんなぁ。
 きっとアニメとか見てなかった人にしてみれば、“そんなことで強くなれるわけがない”で終わるだけの行動だ。“それに8年を費やすなんてとんでもない!”なんて笑われるに違いない。
 やっていることはそうでも、それを8年続けるのがどれだけ大変かは、やってみれば解ります。人間の思考……“出来ないんじゃないか”に勝つのはとても難しく面倒なことです。なので“出来ないんじゃないか”よりも“出来た時の楽しみ方”を想像して頑張ろう。……正直、そうじゃないとやってられない。本気で。

「界王拳って……出来るだろうか」

 超野菜星人が主流になってから忘れ去られてしまったもの。
 言ってしまえば超野菜星人よりも好きなんだが……あの、“きちんと修行で得た!”って感じがたまらない。そりゃあ、超野菜人2も3も修行で得たんだろうけどさ……たったひとつの種族じゃなければ手に入れられない能力よりも、頑張れば誰でも手に出来るかもしれない能力のほうが好みなわけで。
 そのあたりは鍛錬しまくっていれば解ってもらえると思う。届かないものよりも届くものに手を伸ばすのは、伸び悩む者の宿命と言っていい。それは絶対に絶対です。
 とはいったものの、界王拳の原理なんて知るわけもなく……結局流れた。
 修得すれば氣が二倍になります。でも無理。やり方の片鱗すら解らない。

「………………」

 しかしやらずに諦めるのはどうか。
 なのでこう、足を大きく開いて、腰を下ろして、両手はガッツポーズみたいに強く握って軽く持ち上げて……

「は、はー」

 “はー!”とか言って氣を膨らますイメージを。
 でもなんだか恥ずかしさが勝ってしまい、中腰みたいな状態で固まった。
 顔に熱が集まる。たぶん赤い。
 ……い、いやいやっ、こういう時は恥ずかしがっちゃだめだ。
 遊び心や童心はどうした!

「よ、よしっ、やろうっ」

 普通に立って、姿勢を整えてから深呼吸。
 手は相変わらず少し持ち上げたまま。肘と同じ高さに手がくるくらい構えて、握る。
 いわゆるドラゴンボールスタイル。ドラゴンボールってこの姿勢が多い気がする。
 その状態から足を開いて腰を落として、一気に氣を解放!

「はーーーーーーーっ!!!」

 遠慮無しに叫ぶ! 氣の解放といったらやっぱりこれとばかりに叫ぶ! さけ───

「………」
「はっ!?」

 叫んだら、丁度通路を通っていたらしい文官の女性と目が合った。

「………」
「………」

 数秒後、女性はハッとすると何故か足早に通路を歩いていってしまう。
 そして残される、氣の解放ポーズで固まる、シャイニング・御遣い・北郷。
 なんでだろう。
 なんで……ドラゴンボールの真似をすると、いい確率で人に見られるのか。
 今なら大声で“はーーーっ!”と叫んだのに、ビームが出なかったポックリ大魔王の気持ちが解る気がした。
 見ている人なら見張りの兵が居るだろうって? ……男に見られるのと女に見られるのとじゃあいろいろ変わってくるものなんですドラゴンボールっていうのは!

「はっ……はははは……恥ずかしさに勝てずに、御遣いがやってられるかぁあーーーーっ!!」

 だが構わない! 続行!
 自分の氣を通して自分の中を探り、いつか冥琳に自分の氣を流して深層を探った時のように自分の深層を探る。
 意識の埋没。
 自分の内側を見るイメージを働かせて、視界がぼんやりしてきても続けて、気合を込めすぎて眩暈がして倒れた。しかしその衝撃も鍛錬のたまものと言うべきか、あっさりと化勁で外へと逃がし、倒れたままの状態で自分の内側を覗き見る。
 界王拳の原理は解らないものの、叫んだだけで氣が倍になるなら苦労はしない。
 ようはあれだ。氣の流れや……ええと、華佗が言うところの“澱み”とかか。
 あれをいじくる必要があるのだろう。
 あとは……チャクラとか点穴とかそっちのほう?
 自分で練れる氣は結構鍛えたつもりだし、外側が終わったなら内側でしょう。
 その一段階として、いつか華佗に攻守の氣の一体化をしてもらった……ってことでいいのか? あれも一応内側の問題だし、その攻守の氣も随分と鍛えられた。
 だったらもう一段階でしょう。
 その先があるのかは知らないが、やれることはとことんやる。
 無茶が出来るのは若いうちだけだと人が言うなら、若いままならずっと無茶をする。

「ん、ん……んー……」

 五斗米道の真髄なんてものは教えてもらっていないが、簡単な医術や氣の流れの読み方くらいなら教わった。
 それを実行して自分の内側を見るに、攻守を合わせた氣というのは随分と複雑なようだ。なんというのか、こう……氣と氣が常にぶつかり合っているような、そんな感じ。
 これを拳や木刀に乗せて放つのだから、そりゃあ威力もあがるってもんだ。
 心を落ち着けてみれば、ぶつかりあっていた氣も大人しく溶け込んでみせる。
 ……気分屋な氣なんだなぁ。自分の氣ながら、さすがといえばいいのかどうなのか。

「あ」

 そんな苦笑してしまうような微妙な気分の中、自分の中に妙な部分を発見する。
 氣が同じところをぐるぐる回っているといえばいいのか、その中心には妙な澱みがある。ハテ、と思いつつ、自分の氣を内部で操作して、尖らせたそれで澱みをゾスリと突いてみた。
 すると

「《シュゴオオオ!!》キャーーーーッ!!?」

 そこから一気に氣が溢れ出し、気脈を満たしてなお溢れ出し始めた。

「いぎゃだだぁーーーーーっだだだだだだ!!!?」

 すぐにコントロールしようとするも、勝手に溢れ出す氣なんてものをどう対処しろと、と言った感じで、ともかく体内から外側へと解放。
 自分で氣を纏うようにしてみた……んだけど、まだ止まらない。しかもすぐに氣脈を満たしてしまう始末で、それらをともかく体外に出し続けた結果…………いつもの二倍の速度で昏倒した。ええ、氣が練れなくなったのです。

「あっ……アー……ナ、ナルホドー……! この穴が常に空いた状態が、華雄なのかもナー……!」

 こんなものがあるとは思わなかった。
 とんだ界王拳だ。二倍の速度で疲れるとは。
 けれど死中に活あり。咄嗟に氣を練りたい時、ここぞという時にはいいかもしれない。
 筋力は強化できずに氣しかない俺にとって、自分の氣が無くなるまでしか動けないのがいつも通りの俺の戦い方だから……短期で攻めるなら、むしろこれはありがたい。
 ありがたいけど……次に戦う人が居ない場合だけだね、これ……。

「あ、ああ、あああがががが……! 痛っ……! 身体も氣脈も痛っ……!」

 そ、そうだよねー……!
 自分の中にある氣以上のものを出せるわけないもんねー……!
 なんか違うって……思ってたよ……!


 ……結局この日、見張りの兵に手伝ってもらわないと歩けないほど、自分の体は……体というか氣脈は大変なことになっていたらしい。


───……。


 翌日には復活していたが。

「……だるい」

 でもだるかった。
 寝台で目を覚まして、朝食も頂いて、さあ運動だー……と構えたんだが、どうも。
 昨日のように自分の中を見てみれば、穿った澱みは消えていて、ぐるぐる回っていた氣も邪魔が無くなったとばかりにスジャーと流れているようだ。
 いや、まあ、このだるさはよく知るものだ。
 氣脈拡張を無理矢理やった翌日のだるさによーく似ている、というかそのものだ。

「……こうして澱みを解放していけば、氣脈も広がって絶対量も増えるんだろうけどさ……やるたびにあの激痛は……なぁ……」

 怖いです。
 しかしだ。ただ痛いってだけで、その中にあるかもしれない解決策を探さないのはもったいない。もしやすれば氣や氣脈が活性化状態にあって、その最中になにかをすれば、これまたなにかの成長に繋がるかもしれない!
 なので、

「まずは仕事からっ!」

 腕まくりをして政務に励んだ。
 あちらこちらへ走り、なきついてくる文官女性(足速に逃げ出したあの子)に説明をしたり、兵の調練を手伝ってみたり、街の視察をしたり親父達に挨拶しに行ったり。
 その日の内に先のことの具体案までを骨組みとして組み立てて後日の備えとして、あとは……無茶の時間でございます。

「…………ふぅうう…………よしっ!」

 宛がわれた自室の寝台に寝転がり、服も寝る用のものに変えて、あとは集中。
 身体の中の澱みを探して、一つ見つけたらまた一つと見つけて、それらを一気に……

「……っ……《ご、ごくっ……!》」

 い、一気に穿ったら、昨日以上の激痛が襲い掛かるのでせうか……!?
 あ、いや、考えてもみるのです北郷一刀。俺の氣は俺の氣以上を生み出せないんだから、あれ以上っていうのは無い筈だ。だからここはむしろ安心して、同時に穿ってしまったほうが一日で済むと考えるべきです。
 そ、そう。なんの問題もないはずだ。なので───

「覚悟……完了!」

 クワッと目を見開き、一気に穿った。
 …………その直後のことを、俺はよく覚えていない。
 ただ激痛が走ったのと、喉が勝手に叫んだのと…………以降は、視界が、ブラウン管みたいに───……


───……。


 目を覚ますと寝台がぼろぼろだった。俺もぼろぼろだった。

「………」

 身体が動かないので、首だけ動かして見てみれば、寝台にも身体にも掻き毟ったような痕。血もべっとりついていることから、どうやら爪が剥がれたり、寝巻きも引き裂くほどに掻き毟って、腕の皮とかもぼろぼろっぽい。
 想像するに、記憶を拒否するほどの激痛に襲われて、暴れまわった……んだろうか。

「痛いとか越えて、動かないまでくるとは……」

 爪が剥がれたなら痛いだろうに、そんな感覚が残っていない。
 見える範囲の肩、そのぎざぎざに引き裂かれた寝巻きの残骸に、見慣れた爪がどす黒く変色した血と少しの肉とともに付着しているのが、相当気色悪い。

「…………あー……」

 少し整理して考えてみて、そもそもの考えが甘かったことを悟る。
 人の身体っていうのは簡単じゃなかった。
 嘔吐の時は腹痛の時も、胃の中に何もなくたって吐き気は消えない時は消えないし、どれだけ腹を下したって出るものがなくても痛いものは痛い。
 それはどうやら氣脈も同じだったようで、氣がもう出ない状況なのにも係わらず出ろ出ろと促された結果として、氣脈や丹田に物凄い負担をかけたのだ……と、推測。
 外側の痛みよりも内側の痛み。
 そんなもの、大抵の痛みを知っている者なら解ることだ。
 手を伸ばしたって治しようがないから苦しみ、我慢のしようがない。
 だから外側を傷つけて誤魔化そうとしたって、そうはいかなかった。
 結果、身体が取った自己救助の方法は気絶。お陰で、こんな有様である。

「う……ぐっ、ふんっ! はっ! ………」

 無理に動くとズキーンとなるパターンかなぁと思ったら、本当に痛みすらなかった。
 というか動けない。

「…………」

 諦めて寝ることにした。

……。

 途中、体の熱さに目が覚めた。

「っ……、う、くっ……!」

 体内を熱が暴れる。
 火傷の瞬間に走る、あの嫌な感覚が身体の中で踊っている。
 痛みはないくせにそれは鋭く感じられて、なんとかしたいのに身体は動かない。
 涙が出るほどの苦しみに、暴れて紛らわすことすら出来ず、部屋に寄ってくれた文官に水をくれというくらいしか出来ず、苦しみは続いた。

……。

 熱は消えない。
 なのに、次に襲い掛かったのは体中を走る激痛。
 掻き毟った場所や、爪が剥がれた指が今さらになって痛覚を思い出した。
 寝台の惨状や俺の状態に驚きつつも水を持ってきてくれた文官は、戸惑いながらも「まずは水を」と願う俺に水を飲ませてくれた。
 が、飲みこんだ瞬間に熱湯にでもなったかのように、身体は余計に熱くなる。
 苦しみながらも内側に意識を向けてみれば、ぼろぼろになった氣脈。
 ……なるほど、これは治るまで苦しむしかない。
 無理だとは思いつつ「華佗って居たっけ」と訊ねるも、当然居るはずもない。
 心が折れそうになる。そうしてしまう自分を許してやりたくなる。そんな言い訳を探す自分を許可したくなる。許可する自分を正当化したくなる。
 それらの自分を笑い飛ばして、とりあえず痛みに対しては泣いておくことにした。
 心折ったって現実から逃げ切れるわけがないのだし。自分を許したところでなにも変わらないわけだし。言い訳を探したところで変わらなくて、正当化したって変わらない。心を折ったらこの痛みがなくなる? 無くならないだろう。だったら泣いてでも回復するのを待つしかない。
 ちびちびと作られてゆく氣の一切を回復方面に向けて、ただひたすらに我慢した。

……。

 我慢の時間。
 痛みが脈とともにずぐんと持ち上がるたび、それを氣で捕まえて外に出す……そんな感覚的な作業を続ける我慢。
 集中しているだけで気が滅入るそれだが、やらなければ意味不明な言葉を叫びそうだ。
 なので続けて、耐え続けた。
 時折、体の中を見ることも忘れない。
 これだけ痛いのに、やったことが無意味だったらたまらない。
 澱みが出来ないように氣の流れにも気をつける。
 ……この時から、自分を内側から改造するための鍛錬は始まったんだと思う。
 そんなことを考えながら、常に疲れた状態にある俺は静かに目を伏せて、眠りについた。

……。

「ごぉ〜主人様ぁん、会ぁあ〜いたかったわぁ〜〜〜ん!!《バチーーン!》」

 ……その先の夢の中で、相変わらずウィンクで突風を巻き起こすいつぞやのモンゴルマッチョに会うとも知らずに。




ネタ曝しです。 *先に立つ後悔  今さらな気もしないでもございませんが、これを書くたびに思い出すのはKOF2000のボス、ゼロです。  勝利したあとの文字台詞で「先に立つ後悔があればな」と言ってらっしゃる。  いやまあ、ネタとして使っているつもりはないのですが、思い出してしまうのは仕方ない。 *ンウェー!  悪魔も泣き出すンウェー!がいた  デビルメイクライ3より、ベオウルフでの攻撃の掛け声のひとつ。  かずピーがやっている通り、蹴りの連打の後の両拳の弾幕の際にンウェー。  空中での攻撃の際にもンウェー。  エネミーステップと合わせて交互にやると、ンウェーンウェーとやかましい。  イィイヤァッ!も同じくダンテの掛け声より。  やっぱり体術っていいよね。  ロマサガでもなんでも、攻撃といえば体術が大好きです。  討鬼伝の体験版でも拳でございますとも。 *拳から散弾  幽遊白書より、ショットガン。  霊気の塊を7発同時に放つ。  連射は高等技術と幻海師範が言ってたけど、同時はいいようだ。 *野菜星人  言わずと知れたサイヤ人。ドラゴンボールより。  個人的にはクリリンには界王拳を会得してもらって、超地球人として最後までついてきてほしかったです。  クリリンの気のコントロールはドラゴンボール壱じゃけぇ!  というか、クリリンが大好きすぎるのですが。  超化とか無しにフリーザ様の尻尾を切れるほどですよ?  気円斬ってどれほど強いんだって話です。  なので舞空闘劇のクリリンIFストーリーって大好きです。  え? ええ、ツッコミどころ満載なところも含めて。 *ポックリ大魔王  「はーーーーーっ!! ………………あれ? ビームがでねー」  「なにがはーーーっだコノヤロー!」  「和田アキ子かてめーはーーーっ!」  そんな素敵な大魔王。  まんゆうき-ばばあとあわれな下僕たち-より  そういえばだいぶ前に、アンパンガールというものを見て……懐かしいなぁとか思ってました。 後半へ〜、続く〜。 Next Top Back