171/選ぶ未来に後悔はありませんか?

 なにかのきっかけでめっちゃくちゃ強くなれる。
 そんな状況に憧れなかったわけじゃない。
 漫画、小説、アニメ。見ていて“俺だったらこうして”とか“なんでこうしないんだか”とか溜め息を吐くことだってあり、自分が強くなった瞬間っていうのを想像する。

  “鍛錬? 必要ねぇよ、だって俺ならすぐ強くなれるし”

 そう思う人もきっと居るんだろうなぁとか思う。例外を唱えるのなら───うん、俺は違います。

「ふっ……ぐっ……! ぬっ……ぐっ……!! ホアアア……!!」

 ぎしり、ぎしりと歩く。
 動くたびに身体は軋み、苦しいから力んでしまい、筋肉が収縮して熱を生み、汗が出る。氣脈の澱みに穴を空けてみればこれですよ。一気に強くなる? そんな都合の良い話があろう筈がございません。
 ていうかね、そんな簡単なパワーアップが出来るなら、まずは筋肉を鍛えたい。さらに言えば一気に強くなったとして、それに自分の脳がついていけるかといえば全力でNOと言いましょう。地道に得たもの以外を身につけた瞬間から完全に信用しろってのは、少なくとも俺には無理だ。無理だけど……こ、この痛みから解放されるなら、ちょっとは信じてみたいカナァ……!

(丹田以外にも氣を練れる箇所が増えたのはいい。いいんだけどさ……!)

 それら全てを自分の感覚で扱えるようになるには、いったいどれほど時間がかかるやら。氣の総量は増えた……んだと思う。数値が書いてあるわけじゃないから全く解らないものの、えーと、点穴っていうのか? 鍛錬はしているものの、氣に関してはそう詳しいわけじゃないから正式名称なんて解らないが、ともかく氣を生み出す箇所は増えた。
 それを利用して、自分が生み出せるものの数を増やす土台は出来た……んだと思う。
 解らないことだらけなものの、出来たと信じなければこの痛みが無駄になります。
 ええはい、つまりは無駄だと思いたくないだけです。
 どうかプラスになっていますように……!

(はっ……はぁあ……!)

 さて、それはそれとしてだ。
 何故こんなぜえぜえ言いつつも行動しているのかといえば、鍛錬というわけでもなく。
 全身を襲う痛みにはあはあと息を荒げて向かう先はいったいどこかと訊かれると……

(……漏れそうなんだ)

 厠でございます。
 いやっ、笑ってくれるな! 全身筋肉痛の時に動くのがどれだけキツイか、知っている人は知っているはずだ! それの上位版と考えてくれていい……!
 そして、その時に襲いかかるビッグorスモールほど恐ろしいものはない……!
 
「み、御遣いさま、大丈夫ですかっ?」
「……! ……!」

 そしてこんな時に付き添われる時ほど恥ずかしいことはないかと思う……ッッ!
 なんでこの人はついてくるのでせうか!? あれか!? “俺、ちょっと……”とか言って部屋を出たのがまずかったのか!? 華琳じゃないけど察してくれると嬉しかった!
 ふらふらしてるから心配してついてきてるんだろうけど、我慢しながら女の人を連れて厠を目指すとかどんな羞恥プレイでございますか!? このまま厠に辿り着けば“きゃあ! わたしったらいけない人っ!”とか言って済むのだろうが───ってなんか違う! 厠前とかで伝えたほうが絶対にいい!
 ───いや待て、後にすればするほど恥ずかしくなるだけじゃないか!?
 今言ってしまえば───そう、今!

「あ、あの、俺これから───」
「あ、あのあのっ、どうして突然、こんなに身体を痛めたのかは知りませんが、噂は聞いていますっ! ななななんでも御遣いさまはとても鍛錬がお好きで、さらに勉学にも強いとかっ! きっとそのお体の状態も鍛錬の結果なんですよねっ!? 中庭でそのっ、はー、とか言ってたのも鍛錬なんですよねっ!? わわわ私っ、みみみ御遣いさまのお役に立つのが夢でっ! 憧れでっ!」
「厠───《コプシャアッ》」

 言えませぬーーーーーっ!!!!
 真顔に近い笑みを浮かべた口の端から血液が噴き出るほどの衝撃!
 なんで!? なんでこの状況で自分の仕官動機を話したりしますか!? 
 あぁあああでも8年近くも頑張ったんだろうなぁ! その努力と憧れを厠で壊したとして、あなたはまだ微笑んでくれますか!?

「ハ、ハハハハ、ソ、ソウナンダ」
「は、はいっ! でも驚きです……鍛錬でそこまでぼろぼろになるなんて……! きっと強くなることに余念がないのですね!《ぱぁああ……!》」
(憧れの目がイタイッ……! タスケテ……タスケテ誰カ……!!)

 死んだ魚のような目で泣きたくなった。



-_-/凪さん

 ───ッ!

「隊長!?《バッ》」
「んあ? どしたん凪〜」
「……い、いや。なにか、隊長の身によくないことが起きているような……!」

 中庭の東屋。
 休みが合わさったことで久しぶりに揃ってくつろごうという時に、妙な直感めいたものが走った。
 というか、隊長が出て行ってからほぼ毎日感じている。
 鍛錬の度にいろいろと危険な目に遭うお方だから、「気にするだけ無駄なのー」という沙和の気持ちも解らないでもないのだが……何故こう、隊長の身の回りには危険が付き纏うのか。
 女性に関しては自業自得だと真桜は言うが、慕われることを自業自得というのは違う。

「凪ちゃん、最近いっつもそれなの。それでいっつも何事もなく終わってるんだから、気にしないほうがいいよー?」
「う……その。解ってはいる」
「んまぁ、直感のあとに大体隊長がひどい目遭ってるのは、まぁ間違いあらへんのやけど」
「やややはり今すぐ追って……!」
「や、呉に行った〜くらいしか解っとらんのに何処目指す気なん?」
「隊長のことだから様々を巡って建業に行き着く!《どーーーん!》」
「……なんやろ、ウチもそう思うわ」
「そんな隊長だからみんなに好かれてるの。前の時だって、サボりはしたけどやる時はやってたし」

 そうなのだ。
 サボりはするものの、大切なことはきちんと纏めてくれる人だ。
 もちろんサボられて困る人も居るだろうが……私も散々と困ったりもしたが、埋め合わせもしてくれる人だ。埋め合わせをするくらいならしゃんとしてくださいと何度言ったかは……数えていないが。

「それよか凪、今日の昼、何処にする?」
「あ、久しぶりに凪ちゃんの作ったのが食べたいのー!」
「おー! 賛成ー! 楽して金かけずに美味いもん食えるんやったら大歓迎〜!」
「……材料は買ってきてもらうぞ」
「よっしゃ、買い物めんどいから適当に済まそ」
「賛成なの」
「お前らは……」

 どこまで動きたがらないんだ。
 こういう時、隊長は素直に動くというのに。
 あの人はなんというか、食事のことになるとやたらと動く人だった。
 それは前の時も、戻ってきてくれた今も変わらない。
 興味があるものがあると、買って自分で試したり、力及ばなければ流琉を頼ったりと。その頼る方向でも調理の仕方などを学び、天の知識と会わせてより美味になるよう努力するお方だ。
 ……味については、不思議なもので普通の域を出ないのだが。
 あれだろうか。天の味付けの仕方でなければ上手くできないとか、そういうことなのだろうか。天は物凄く便利だと聞く。しかし“ここでの味付けは合わさったものではなくて、ひとつひとつでやらないといけないからなぁ”といつかこぼしていたのを思い出す。微妙な調整が難しく、どうしても普通かそれ以下になってしまうのだと聞いた。
 と言っても、諦めていないところがさすがは隊長だ。
 ……諦めないだけ、普通を作り続けて落ち込んでいる姿は見るに堪えないのだが。

「んっ……やっぱり私が隊長に料理を───!」
「買い物の話からなんで隊長の話になっとんねん……」
「凪ちゃんはほんと、隊長のことになると冷静じゃないの」
「そうは言うが……考えてもみろ。もう8年だぞ。隊長に愛してもらいながら、呉の連中が先に子を宿すなど……私の隊長に対する想いはそんなものだったのだろうかと悩む時があって……」
「そら隊長かて毎日毎晩手ぇ出すわけやあらへんもん。前に風がゆーとったやろ、連日アレやっとったらほぼ水みたいなのしかでんよーになったって」
「い、いや……あれは……」
「真桜ちゃん……そういうのは知ってても言うものじゃないの……」
「やっ……ウチやのーて! 風から聞いたことやって!」

 慌てる様子に自然と笑みが浮かぶ。
 この二人との付き合いも随分と長い。
 この二人も、私も、いつか隊長との間に子を儲けるのだろうか。
 そうなったらいい。
 そうしたら、子にも三人で頑張ってほしいと思う。

「……二人とも」
「んあ? なにー? あ、ちょい待って、今ちょっと絡繰の大事なとこいじっとるさかい」
「あ、私も待ってほしいのー。今丁度阿蘇阿蘇の気になってたところにきたから」
「……お前らはたまには私の話を優先的に聞くという行動は取れないのか」

 あれから八年。
 随分経つというのに、人というのはそうそう根元の部分を変えることは出来ないようだ。
 それが悪いことかといえば……変わらず、隊長を目で追える自分であることに、私は喜びというものを感じている時点で答えなど解りきっていた。
 変わらなくてもいいものもあるのだ。
 変わっているとしたら、より一層目で追っているという事実くらいだろうか。
 む、むしろ隊長との間に、その、目に見える形がほしいというか。呉の連中を羨ましく思ってしまう。

(隊長……)

 今、どのようなことをしているのですか。
 先ほど奔った嫌な予感は、隊長に対して働いたものなのでしょうか。
 だとするのならば、近くに居られないことがこんなにも───……



-_-/一刀くん

 ……結論に到ったのは案外早いうちだった。
 誰かに助けを求めても、人が集まったら余計にヤバイ。恥ずかしい。
 なのでそこに救いはなかった。
 ではどうするか? ……部屋であとでやりたいことがあるから準備をしてもらう。

「あ、あの、さ。そういえば、あのー……憧れとかで仕官したなら、どうしてまた呉に? 都でもよかったんじゃ」
「乱世を駆けた英雄の皆様の中で、私にどうしろと……《ずぅうううん……》」
(キャーーーッ!!?)

 そりゃそうだったァアアーーーーーッ!! みんなが都に集まってる時点で、そこで出来る仕事なんて回ってこないよ!
 あ、ああああ! ごめん! なんかごめん! なんかすごくがっくりと陰が差してきてる!

「そ、そうだったなっ……えと、じゃあその、そんなきみに頼みたいことがあるんだけどっ……」
「え……わ、私にですかっ!? はいっ! どんなことでもっ!」

 信頼と喜びを込めた期待する人の目で見上げられた。
 ……良心がイタイ。

「そろそろ鍛冶場からの報告があると思うんだ。来てくれたのに部屋に誰も居ないと困るから、部屋で待っててもらっていいかな」
「あっ……そうでした! その通りです! ではっ!《バッ!》」

 姿勢を正して敬礼ひとつ、シュヴァーと駆けていった先で盛大にコケた彼女を見送りつつ、ひとまず安堵。
 それから目をクワッと見開くようにして、なけなしの氣を解放。
 痛みは歯を食いしばって耐え、厠へと疾駆した。
 一部始終を見ていたらしい男の見回り兵が、“やり遂げたな……”って顔で見送ってくれたが、こっちはそれどころじゃなかった。
 というかフォローくらいしてほしかった。
 ───そうして、解放の安堵と痛みによる苦しみにとても微妙な顔をして戻った俺を待っていたのは、ソワソワうろうろと落ち着き無く動き回るさきほどの女官だった。
 手甲製作を頼んでおいた鍛冶職人もそれほど経たずに報告に来てくれて、兵に案内されて現在の俺の自室へと連れてこられた。そこでなんとなくの形と具体的な形とを話し合い、ともかく氣を乗せることに特化した形を頼むことにした。
 知り合いってこともあって、“一刀”、“おっちゃん”って呼び方で気安いやりとりをした途端、女官から殺気が溢れたのでアイコンタクトをして、その場限りの話し方をすることに。
 ……憧れてくれたのは嬉しいけど、堅苦しくなるのはなんとかならないだろうか。

「あの、御遣いさま? 思ったのですが、城の、しかも御遣いさまの部屋に鍛冶職人を招くなんて、して大丈夫なのでしょうか」
「呼んだのが俺ならいいんじゃないかな」

 こんなことを言い出すし……や、俺が非常識なのかもだけど、雪蓮あたりなら平気でやりそうだぞ? むしろこっちが頼んでるんだから、城に招くくらいはいいと思うんだが。
 そりゃ、冥琳あたりなら別の場所で話し合えとか言いそうだけどさ。
 俺が鍛冶場までいけばよかったんだろうなぁと思う。……けど、ごめん。正直もう動きたくない……! むしろ動けない……!
 なんて思っていると、おやっさんが捻り鉢巻をした頭をこりこりと掻いて、部屋を見渡した。

「へぇ、あの。思ったこと、言っちまってもいいですかい、一刀───」
「《ギロォッ!》……まだ御遣いさまを呼び捨てに……!?」
「おわっとと!? そ、そんな怖ぇえ顔で睨まねぇでくれって! ったく、仕官する前からおっかねぇったらねぇなぁおめぇはよぅ! 偏見持たせるために蜀の学校に出したわけじゃねぇだろうによぅ!」
「父と母にはどれだけ感謝しても足りません。無理して学校に出してくれたことは、生涯をかけて恩返しするつもりです。そしてそんな無理が祟って倒れてしまった父と母を治してくれた御遣いさまには、私の全てを以って感謝を返すのです。勉強ばかりでここに帰ってくることさえなかった私が、父と母が病に倒れたと聞いた時、どれほど苦しんだか……! わ、私は……私はっ……!」
「あー……まぁた始まった……。……んで、一刀? どこをどうしてほしいって───」
「《ギロォッ!!》……御遣いさまを呼び捨て……!?」
「だからそりゃもういいって言ってんだろがっ!」

 やたらと人懐っこい娘だなって思ってたけど、そういう経緯で憧れてたのか。
 そういえばかなり前に蜀の学校で、建業の実家で両親が病気で倒れて……とか書かれた手紙を手に、泣いてた娘に声をかけた覚えが……。
 呉から蜀への道も楽じゃないし、少なくなったとはいえ山賊盗賊から身を守るための兵を雇うのもタダじゃない。そのあたりでご両親が無理をしたのは想像に容易いし、病気の両親のもとへ戻るために学業を諦めて兵を雇って帰るとなると金の問題が、という状況だった筈だ。
 ……そうだった。丁度片春屠くんに乗ってたから、俺が行くって言ってお節介したんだっけ。華佗は居なかったから俺がやるしかなくて、その時の娘にはきちんと勉強をするようにって言って、俺は呉に突撃して。着いたら着いたで“病気の夫婦は居るかー!”って叫んで、誰が誰だか解らなかった有様で症状のひどい人から氣による触診を始めて、相手の内側を氣を通して覗いて病魔を潰してゆく。
 そうして虱潰しをしたのちに、氣の使いすぎと集中のしすぎでぶっ倒れたことは恥ずかしくて忘れたい過去だ。……だから今さら思い出したってこともあるんだろう。うん、恥ずかしい。

「御遣いさまは倒れるほどの治療を続けてもまだ、民を一番に見てくださったんです……! 感動しました……! この人のためならと学業ももっと頑張りました……!」
「で、見事仕官したはいーけど、一刀ん周りにゃ乱世の英雄ばっかが集まって、出る幕がなかったって話だろ、聞き飽きたって」
「みなさんの腕っ節や頭の良さがどうかしているんです! どれだけ頑張っても追いつける気がしませんよ!」

 涙目だった。
 うん。あの人たち、ちょっとおかしいってくらい能力が異常だよね。
 正常であったなら、俺もまだ追いつけたんだろうけどさ。
 でもね? 俺ね? そんな中でもとびっきりの人に勝てるくらいまで強くならなきゃいけないんですよ? 目標が高いほうが鍛え甲斐がある……そう思っていた時期が、僕にもありました。───今でも変わってはいないけどね。その道の途中で泣くくらいは許してくださいお願いします。

「はぁ……ま、とりあえず口調もきちんとしねぇとこいつがうるせぇから……ん、ごほんっ! あー……御遣いさま?」
「すごい違和感だ」
「そう言わんでくだせぇ、って。じゃねぇとほれ、こいつがものすげぇ睨んでくるんだから。で、ひとつ言いたいことがあるんですがね」
「あ、ああ、うん。きょろきょろしてるあたり、予想はつくけど。どうぞ」
「へぇ、それじゃ。……なんというか、あまり……その。御遣いさまって感じの部屋じゃあねぇですなぁ」
「なっ……! みみみ御遣いさまになんてことを!」
「ああ、いいっていいって。殺風景だって自覚はあるし。ていうか言葉のたびに怒ってたら疲れるだろ、落ち着いて」

 実際、都の部屋もここと変わらないもんなぁ。
 ただ勉強用の本とかがあるくらいで、あとはバッグと木刀だけと言っても過言じゃない。大体、ごっちゃりと私物があったところで何が出来るわけでもない。
 なのでこの話題も長くは続かず、図を引いては手甲のことを話し合った。

「御遣い様は、なぜ手甲を? 武器は木刀でしたよね」
「最近は体術にもハマっててねー」
「はま……?」
「夢中になってるってこと。でも素手で殴るとやっぱり痛くてさ。衝撃を霧散させちゃうと装填出来ないし、だったら衝撃を受け止める役は手甲に担ってもらおうかと」

 なので手甲だ。
 その手始めとして鉛筆……黒鉛と粘土を混ぜて固めたものを手に、白板に図を書くわけだ。絵が下手なのは相変わらずだが、気にしない。

「こんな、丸っこい手甲でよろしいんで?」

 と、描いているところへおっちゃんが話しかけてきた。
 丸っこい……うん、丸っこいな。

「相手の武器を逸らすことも意識してるから、ゴツゴツ尖ったものよりも丸っこいほうがいいんだ。……出来るかな」
「ええ、そりゃもう。むしろごつごつしたものよりも楽でさ。ただ、どれくらい硬くするかで重量も決まってきやすが……」
「えっと、そうだな。愛紗……関羽の攻撃にも耐えられるくらいので」
『無理です』
「即答!?」

 しかもハモった。
 ああうん、まあ、そうだよなぁ。華雄の一撃でもレプリカが折れるこの空の下。あの関雲長の一撃に耐えられる材質がございますかと訊かれれば、それはもちろんございませんと唱えましょう。
 だがしかしでございます。なにもまともに受け止める気はないのだ。受け止めたら腕が折れるだろうし、むしろ折れた手甲に圧迫されて複雑骨折しそうだし。つまりは逸らすまでの間を耐えてくれる材質であればいい。それ以上を望むのは欲張りすぎってものだろう。

「多少重くなってもいいから、硬さ重視でお願い。一日やそこらで使いこなせるようになるつもりなんてない……というか、つもりがあってもどうせ出来ないだろうから、時間をかけて慣れるつもりなんだ。あとは都の真桜とも相談して、氣を通い易くしてもらうつもりなんだ」
「氣を、ですかい。あっしは氣についてはさっぱりでやすからねぇ……よっしゃ! そんじゃあ形や材質は任されやしたっ! 随分前になりやすが、工作設備について李典様にゃあお世話になりやしたし、その形だけでも立派にしとかにゃあ笑われちまいやさぁ!」
「鉱石とかは?」
「そっちも抜かりなしでさ。それも同時期あたりに玄徳さまが雪蓮ちゃ───げっほごほっ! 孫策さまに教えてくだすった採掘場で取れたやつがありまさぁ!」
「そっか……ああ、あれか。俺が戻ってくる前にやってたっていう」

 俺が戻ってくる直前、桃香と雪蓮が良い鉱石が採れる山とかについて話していたんだとか。学校の話が出たのもその頃で……もう随分経ったなぁ。ほんと、何度も思うけど随分と歩いてきたもんだ。

(……それにしても)

 雪蓮は相変わらず、こういう職人にも真名を許してるんだなぁ。
 民にも真名を許してるほどだ、そりゃあ自身が振るう武具を作る人にも許すか。
 でもな、雪蓮。“ちゃん”はないだろ、“ちゃん”は。

(呉はほんと、将も民も会わせて家族って感じだもんな。難しく考えなければ真名を許すのも……雪蓮としては当然なのかもな)

 誰もが笑って暮らせる天下。
 そこへ辿り着いた結果は今にあるかは……まだまだ解らない。
 あとになって振り返ってみれば、“ああなんだ、みんな笑ってたじゃないか”って苦笑するのかもしれないけれど、現時点でやらなきゃいけないことが多すぎて、ゆっくりと後ろを振り向く時間なんてありゃしない。
 安定してやることが少なくなったとしても、のちに待つ仕事がないかといったらそんなことはないわけで。むしろ各国で頑張っている新兵の皆様や新しく仕官した者たちは目が回る思いだろう。
 ……慣れるまで、地獄だもんなぁ。適度にサボってた俺が言うのもなんだけど。

「手の大きさなどを測りやす。手、いいですかい?」
「っと、ほいほい」

 握手するくらいに気安く手を差し出して、いろいろと計ってゆく。
 メジャー……うん、あるんだ、メジャー。
 もう真桜が居て知識さえあれば、なんだって作れる気がするよ俺。
 鉛筆の案もあっさり受け取って、黒鉛と粘土掘ってくれば混ぜて圧縮してあっさり作っちゃうし、空飛びたいって言えば空飛ぶ絡繰作っちゃうし。軽いドリャーモン状態だ。竹コプターなんて作られたら、もう現代を思って泣くところだ。……空トプターでなかったことだけは感謝しよう。死にたくないし。

「なるほどなるほど……」

 計ったことを手持ちの黒板に書いてゆくおっちゃん。
 さすがにまだメモは普及できていないので、消してすぐ書ける薄い黒板が今のところの簡易メモの役割を担っている。
 竹簡でもいいんじゃないかと思うかもだが、いつかのメモ騒動の春蘭を思うと……ね。それに墨を持ち歩くわけにもいかない。書いてすぐ乾くならまだしも、筆だって持っていなければならないのだからそう簡単にはいかないのだ。
 なので黒板。メモがなくても薄い小さな黒板とチョーク(改良型)さえ持っていれば、案外どうとでもなるというもので。重くもないから持ちやすいのだ。……紙と比べればそりゃあ重いのは当然だけどね。
 まあそんな黒板のお話はさておいて、話がある程度纏まると、おやっさんは早速動いた。俺も出来上がる手甲に思いを馳せながら身体を癒すことに集中。女官さんには自分の仕事に戻ってくれと頼んで、穿った氣脈の穴を見守りながらの長い長い休憩が始まった。


───……。


 一日二日と経って、俺の体はついに───…………うん、まだ治ってないんだ。
 気を抜くと穿った氣脈の澱みは元の形に戻ろうとするもんだから、その度に穿っていた所為で身体が余計にだるい。自室の寝台でうんうん唸る姿は、人には見せられません。
 ……思うに、最初から開いている氣を練る場所が丹田として、他6つを一気に開いたのなら……氣が充実するまでにかかる時間は今までの約六倍ということにッツ!!

(………)

 無言で頭を抱えた。
 ただ氣を練る速度が異様に上がったのは確かだ。
 安定していないから六倍とまではいかないものの、軽く集中すれば今まで鍛えた氣脈の大きさくらいはすぐに満たしてくれる。……つまりだ。氣を練る速度は上がったが、最大量を増やしたいなら相変わらず祭さん直伝の業でなんとかしろってことらしい。
 ……やりすぎると本気でお迎えがくるから、出来ればやりたくないんだけどな。
 辛い分、実感があるのはいいことなんだけどさ。

「さて……」

 息を吐いて、思考を切り替える。
 帰る時間も考えると、この身体だ……そろそろ出た方がよろしいのですが、どうしたものか。都を離れて……むしろ娘たちから離れて、少しは自分を取り戻せた気はするものの、都に戻るとまた親ばかな自分に戻ってしまう。
 睡眠時間を削って仕事を片付けて、娘たちと遊ぶための時間を強引に作る親。
 なのに時間が出来ても娘たちとは遊べないで悶々とする親。
 ……余った時間を鍛錬に使いたいけど、娘達が居るから鍛錬が出来ない親。
 なんかもういろいろとマズイ。
 もはや娘にバレるとかそんなことを言っていられる状況じゃあないのだ。
 なんとかして愛紗と戦えるようになって、なんとかして愛紗に勝てるようにならないといけない。そのためには、親が野蛮に武を振るう姿がどうとかを気にしている自分なぞ殺すべきだ。
 国に返すと決めたならな、一刀よ。親の尊厳よりもまず、国に返すことに生きてみよ。
 この世界を守ることが国に返すことに繋がると信じるのです。
 だって、そもそもこの世界が否定されれば国どころの話じゃないのだから。

「……むっ……む、むむむ娘立ちか……! 一人立ちならぬ、親ばかからの脱出……!」

 無理、と叫びたいところだが、そうも言っていられない。
 ああ、いや、待て? そもそも俺、娘立ちどころか……この場合は娘断ちか? ああいやそれはいいとして、そもそも俺、娘たちから嫌われているんだから、俺がどーのこーの言う以前に解決してない? 娘断ちどころか既に娘から離れられてるぞ? 親離れがとっくに成立してらっしゃるよ?

「…………《スゥウウ……》」

 静かに涙が零れました。
 うむ。もはやなんの憂いも無し。安心して愛紗を目指せる。
 俺は既に親として失格だったのだろう。
 ならば一人の男として……国へ、世界へ返す修羅となろう。
 嫌われているのなら、今さら相手にせずともみんな……きっとみんな、“やっとあの鬱陶しい男が付き纏わなくなった”とか思うに違いない。
 あ、あーーっ! なんだ! いーことだらけじゃないかーーーっ!
 あはっ! あははははは! あはははっ……ウワァアーーーーーッ!!!

「大人になるんだ北郷一刀……っ……娘の成長を喜ぼうじゃないかっ……!」

 子供とは親の手から離れるもの。それが、普通より滅茶苦茶早かっただけじゃないか。
 キャッチボールの夢とか料理を作ってもらう夢とか全然叶ってないけど、もう親離れなんてとっくに終わってるんだからしゃーないさー! うわははははぁーーーーん!!
 心で叫びながらさめざめと泣いた。
 泣いて泣いて、落ち着くと……もはやこの北郷に迷いはなかった。
 親の北郷は今死んだ! 今よりこの北郷! 御遣いとしての最後の戦を勝利せんために血で血を洗う修羅道を突き進むものなり!
 故にこれより、たとえなにか不思議な力が動いて娘が“ととさま大好き”とか言ってこようとも、この北郷は迷うことなく
 
「メガンテ!」

 自爆!? いやいや落ち着け! そこは普通に突き放そう!? なんで自爆!? 拒絶できないくらい嬉しいのに拒絶しなきゃいけないからって娘もろとも自爆って何を考えてやがりますか俺!
 そう、なにも自爆することはない。そこはやさしく、死んだ親北郷にメガザルを……ってだからどうして自爆に走る!? 親北郷は復活しても御遣い北郷が死ぬよ!? ……親ばかが復活するなら結局そうなるのか。なるほど納得。じゃなくて。

「───」

 あ、あれー……? なんか“死んだ親北郷が蘇生してほしそうにこちらを見ている”な状況。なんだこれ。だが無視だ。とりあえず娘のことを考えることをやめるところから始めてみよう。
 親ばか卒業。
 俺はその道を歩むと決めた。親北郷……お前は親らしく娘の成長を喜んでいなさい。
 その剥き出しの親ばかなぞ捨てて、話しかけられても普通に返すだけの“ただの親”であれ。それ以上でもそれ以下でもない、ただの親に。

「…………《……ィイン……》」

 集中して、感情を抑える。
 愛娘ではない、ただの娘と思えと自己催眠をかけるように。
 そしてひたすらに未来を願う亡者になれ。
 誰かに力を隠していて目指せるほど、愛紗が立つ位置は低くない。
 華琳が目指した覇道を、華琳が歩んでいる覇道を、今でこそ皆で歩んでいる覇道を、ただの枝の先の、時が来れば崩れるだけの世界で終わらせないために。

(そうなんだよな。勝てなきゃ否定されて、この外史も他の外史のように壊れて終わる)

 “その人の世界”が、“その人”が亡くなった状態からどれほど保つかなんてことは当然知らないが、だからって否定を許せる自分じゃないし、最後に俺だけが残るのだとしても……みんなが大往生できる素晴らしい覇道だったと肯定したい。
 だから勝たなきゃいけない。勝って、役目を終えて……自分の世界に戻ったら、そこで待っているであろう貂蝉に銅鏡をもらって───……

(……貰って、どうするんだろうな)

 とんでもない願い事をする、と言ってみたものの、正直纏まっていない。
 ただ、何も決まっていないからって否定を許せるとも思えない。
 じゃあ、なにを願うのか。
 苦労して銅鏡を作って、連鎖の終わりを願った彼を、何も知らなかったとはいえ邪魔してしまったらしい俺が……今さらなにを。

「……なにって。否定を拒絶するなら、肯定しか出来ないじゃないか」

 だから。そう、だから。

(せいぜい、とんでもない肯定を願ってやろう)

 そう考えたら、本当にとんでもない願い事がポンと頭に浮かんだ。
 たぶん、それは最高の願い事。
 肯定を願うのなら、そうだ。とんでもない肯定をしてやればいい。
 そのためにも勝たなきゃ。
 否定されないためにも、勝たなきゃ。

「すぅ…………ふぅ」

 胸をノックする。
 途端、体中に激痛が走ったけれど……それを噛み締めて、刻み込んだ。
 この痛みは忘れない。
 目が覚めるような痛みに、親ばかを鎮める躊躇も吹き飛んだ。

「……よし。いくか」

 キッと前を見て歩き出す。
 数歩進んで……がくりと膝から崩れ落ちた。

「いっ……痛っ……いたっ……痛い……!」

 氣脈がひどいことになってるのに強めのノックはやりすぎでした。
 む、無理っ……歩くだけでズキズキって振動が……! よもや歩けなくなるほど痛いとはァアッ……!!
 い、いや。これからあの愛紗に勝つための鍛錬の日々が続くんだ。
 骨の一本や二……さ、三? 四かもしれない……ご、五以下だといいなぁ。
 ともかく、いろいろな部位破壊を覚悟しなくては。
 え? 空? 空は飛ぶこと前提ですが?
 やだなぁ、俺が将と戦って、空を飛ばないわけが───落ち着け。

「……はっ……はははは、ぷっ……くっくっく……!」

 負ける未来しか思い浮かばん。
 でもまあ、じいちゃん相手でもそうなんだから仕方ない。
 せいぜい頑張ってみよう。“愚かなりに素直に”と書いて、愚直に。

「まあそれはそれとして、そろそろ手甲が出来てる頃だよな」

 後回しでいいって言ったのに、鍛冶職人の皆様がやる気を出してしまった。
 “最高の手甲を作ってやろうぜェエエ! ウオオオオオッ!!”って感じだった。
 止めたよ? 俺。もちろん止めた。
 でもね、熱くなった男ってね、人の話なんて聞かないんだよ。俺も含めて。
 何かに夢中になって熱くなる……熱中って言えば一言なそれの時は特にね。
 熱中している時に話しかけてくる者に対して鬱陶しいと思ってしまうのは、ある意味勝手な話しなわけだが……自分もそうだからあまり強く言えない。
 まあその。集中はいい。ただ、熱中はほどほどに。
 熱くなってるから、昂ぶった感情を相手にぶつけてしまうことが多々ある。
 そういう時に自分をコントロール出来る自分でいよう。
 ようするに、奇跡が起きて子供に話しかけられても、熱くなった心のまま怒鳴ったりしないようにしような、俺。
 ……いや待てよ? 冷たく突き放すことで、失って初めて親への愛に目覚めるなんて奇跡も………………

「ないな」

 妙に冷静に言えるあたり、もはや涙も枯れ果てたわ。
 いい加減受け入れろ、北郷一刀。そして諦めるんだ。
 立場ってものを受け止めて、ただの親としてそこに在ればいい。
 自分が親だなどと公言して回るまでもなく、俺が居たから彼女らが生まれた。
 それでいいじゃないか。
 彼女らにとって、俺の価値はそのあたりだって思えばもう諦めもつくだろう。
 そ、そうだよな。禅だけでも慕ってくれるなら、もうそれでいいじゃないか。
 どっ……どーせ禅だけ俺に甘えても、他の娘は全然甘えてこなかったしー!? 抱っこしたって私もーとか言ったりもしなかったしー!?

「……考えれば考えるほど覚悟が決まるのってナツカシー……」

 ようはあれだ。いい加減に子離れしなさいってだけの話だろう。
 8年だ。8年一緒に居られりゃ十分だったろ。
 がっ……学校の友達だって、何処に進むかで別れるわけだし、8年一緒ってのは結構長いもんだ。長いもんだから…………

「………」

 すぅはぁ。息を吸って吐いた。
 目を閉じてそれを何度か繰り返して、やがてゆっくり目を開くと、心は随分と落ち着いていた。
 今さら希望は抱かん。乱暴な口調のままに受け入れちまえ。
 俺はきっと、子供とも付き合い方を間違えちまった。
 隠し事をしたのがまずかったとか、慌しい姿を見せたくなかっただとか、そういうのはなんか違った。よく見たり聞いたりした言葉があっただろう。それに気づけなかっただけなのだ。

  “子供は親の背中を見て育つ”

 俺には……そんな立派な背中を見せてやることが出来なかったってだけの話だ。
 いや、ほんと……まっこと尊敬。
 お父様お母様、育ててくれてありがとう。いろいろと親不孝でごめん。

「さぁて、子供たちはどういう反応見せるのかね」

 急に鍛錬しだして、仕事しだして、今さらだとか言うのだろうか。
 ……それも面白いかもな。その視線ももう気にしないで頑張ろう。
 今さらどんな目で見られようと、指差されて笑われようと、向かう場所は決まっているのだ。その先に行くためなら、氣脈の痛みだって受け入れて順応していこう。
 そういう意地が生まれてしまった。
 この世界を……否定なんてさせてやるもんかと。


───……。


 結論から言うと、その日の内に建業を発った。
 手にはしっかりと手甲をつけて、結構ずしりとくる重量に引かれて痛む体を庇いつつだ。よたよた歩く姿は実に奇妙に映ったことだろうに、某女官はいつまでも手を振って別れを惜しんでいた。
 ……なんか、いつか枕元に立ってそうで怖い。
 なんてことを考えたらいつかの思春を思い出したわけで。
 思春も落ち着くまではすごかったもんなぁ……軽くストーカー化してたというか。内側に入った人への気安さというか遠慮の無さは異常だったなぁ……。
 娘に俺のことを訊かれても、そっぽ向いてあることないこと言うもんだからすっかり悪者な俺が完成したし……事実も混ざっていたから何も言えなかった俺も悪いか。事実が混ざるような生き方している時点で、誤解への細かな否定すら出来ないとは……。

「はぁ……」

 今日の一人反省会は長い。
 いざ子供を気にせず思い切りと考えると、今まで子供のために割いていた思考回路がいろいろと考えるべきを探しているようで……どうもすっきりしない。
 や、切り替えは叶ったんだ。ただ、考え事をしないで来た道を帰るには、ちと長い。

「……集中すれば、余計なことは考えずに済むのは利点って……今は考えていいか」

 好かれようと手を伸ばし続けた。だめだった。
 料理で誘おうとした。普通だと鼻で笑われた。
 仕事をしていると言ってみたことだってあった。……白い目で見られた。
 もう十分頑張ったよ俺。避けられてからの数年間がどれだけ辛かったか。
 もういいじゃないか、もう解放してやろう、自分を。
 だから───

「集中」

 言葉にしてキンッと意識を集中させる。
 当然、強くなるための集中。
 他の一切など気にしないで、ただ只管につよくなるため。
 それでいいだろ? ………………いいよな。
 重要な使命がどーとか、そんなことを言いたいんじゃない。
 守るためだとか、未来を掴みたいとか、大げさに言うんじゃなくてさ。
 もうさ、俺だけの話じゃ無くなってる。それはもちろん最初からで、“もう”だなんて言える立場でもないんだろうけどさ。
 平和にかまけて強くもなく弱くもない場所に居続ける自分なんて捨ててしまおう。
 拾った覚えもないそんな自分だけど、娘のことを考えなければもっと鍛錬できたはずだ。娘と仲良くしようと思わなければ、もっと出来ることもあった。
 ほら。結局はそうなんだ。
 俺は娘たちとの付き合い方を間違えた。
 頑張れば今からでも修正できるんだろうな。それは経験から言って絶対に絶対。
 でも……今はそれでいい。
 強くなろう。他のことを一切忘れる勢いで。

「まずはこの痛みに耐えつつ、都に戻ることから始めよう……」

 道は長い。のんびり行こう。
 のんびりと……のんびりと………………歩くだけで痛い……!
 でもほんと、早めに出ないと相当遅くなりそうだし、到着がいつもより遅れたら華琳になにを言われるかっ……! なので帰る。帰ると言ったら帰るのだ。

「………」

 ………………なんだろう。
 こう、青空の下、広い草原を歩いていると、無性に人恋しくなる。
 一人だからかなぁ。
 やっぱりどっか行く時は誰かと一緒がいいな。
 8年前にも華琳に怒られたのに、俺も懲りないなぁ。
 なんて思っていた時だった。

「お〜〜〜い、一刀〜〜〜っ」

 後ろから聞こえる声。
 振り向いてみれば、荷馬車を揺らしてやってくる……行商のおやじ!

「よかったよかったまだ居やがったかぁっ! 俺もこれから都に向かうんだがよ、一応なんというかこう、護衛が欲しくてな? なんでも山の途中に虎が巣を作ったとかいう噂があってよぅ。まあ、ねぇとは思うが良かったら護衛代わりを務めちゃくれねぇか? 代わりに乗せてってやるからよっ」

 傍から見れば、御遣いを護衛に付かせる無礼者〜とかなんだろう。
 しかし今の俺にとっては救いの神だった。
 なんか早速くじけてるような気分だが、このまま進むのは辛すぎる。
 なのでお言葉に甘えよう。
 大丈夫、虎の巣の位置も覚えているから、そこを避ければ問題ないだろう。
 なので喜んで乗せてもらうことにした。むしろこっちから頼みたい。

「また随分とふらふらじゃねぇか。ま〜た無茶なことでもしたんだろ」
「うう、返す言葉もない……」
「だっはっはっは! まぁよ、おめぇはそれくらいな方がおもしれぇやなぁ! 支柱になろうが親になろうが一刀は一刀だ! ……俺達の、大事な変わり者の子供だよ」
「……おやじ」

 なんだか、じんときた。
 照れるとかじゃなく、素直に感謝が浮かぶ。
 荷馬車に乗りつつありがとうを言うと、おやじこそが照れて慌て出したりしたが、なんか……それが“家族”みたいに思えてくすぐったかった。
 傷つけ合うようなきっかけがあって、親父と呼んで一刀と呼ぶ関係が出来た。
 そんなおかしな関係の俺達だけど、悪い気がしないうちはいつまでもこうして笑えたらって思う。呉は、なんだか暖かい。もちろん他の国もだけど、魏では隊長さんと呼ばれ、蜀では先生と呼ばれたり……将のみんながご主人様と呼ぶからか、御遣い様と呼ばれたりだ。
 でも呉は違う。変わらず一刀と呼んで、息子に接するみたいに気安いし……俺も、そんな気分のまま気楽に居られた。
 ……やっぱり、親ってすごいなぁ。子供に安心を与えられる親は特に。
 俺はそこまで出来なかったなぁ。
 やろうと思えばまだまだ頑張れるだろうけど、それをして……果たして愛紗の強さに辿り着けるのか。それが不安で……自分でも“ああ、これは逃げなのかな”と思ってしまうあたり、まだまだ自分は弱いんだなって思う。

(大人になったつもりでも支柱になっても親になっても、人は急には強くなれないんだなぁ)

 そんな当たり前のことを、当たり前として受け止めていられなかった。
 人は順応出来る生き物だけど、順応には時間がかかる。
 俺みたいな若造が解った気でいるのと、実際に解るのとでは十数年どころか数十年は必要なんだろう。もしくは、受け止め方も知らないままに死んでゆくのだ。
 ……そんなのは嫌だと思う。知る努力をしたのなら、たとえ今際の際だろうと知ろうとしたことを知ってから逝きたい。そんな願いさえ簡単に砕いてくれるのが“この世”ってことも、まあ知っているわけだけど。

「難しい顔してやがんなぁ。もっと笑っていけって。空元気も元気のうち、だろ?」
「……ん。そだね」

 ゆったりと進む荷馬車の上、おやじの隣で、青い空を見上げながら苦笑した。
 
 ……なにかのきっかけでめっちゃくちゃ強くなれる。
 そんな状況に憧れなかったわけじゃない。
 漫画、小説、アニメ。見ていて“俺だったらこうして”とか“なんでこうしないんだか”とか溜め息を吐くことだってあり、自分が強くなった瞬間っていうのを想像する。

  “鍛錬? 必要ねぇよ、だって俺ならすぐ強くなれるし”

 そう思う人もきっと居るんだろうなぁとか思う。
 思ったとして、それは本当に叶うのだろうか。
 叶ったとして、鍛錬もしていない力を心から信頼して、思いのままに操れるのだろうか。
 俺だったら無理だ。
 試してもいない力を無遠慮に行使するのは怖いと思う。
 力があったとしても、鍛錬してきちんと“自分の力だ”と受け入れてからじゃなくちゃ行使を躊躇するだろう。
 “俺だったらこうして”も、“なんでこうしないんだか”も、その鍛錬の様を見られている主人公は俺達と同じ思考回路を持っていないのだから当然通用するわけがない。
 俺じゃない誰かなら……今の俺を客観的に見ることが出来る誰かなら、もっといい方法を選べたのだろうか。子供とも仲良く、鍛錬も満足に。

「……前提の問題か」

 隠すことなどしなけりゃよかった。結局話は最初に戻るわけだ。
 今から全てを曝け出して変わった何かを見て、果たして最果てを思って焦っている自分がやさしく受け止められるのかどうか。

「………」

 今があるからいいと受け入れて、気が緩んで、最果てで否定に敗北して後悔することになったらと思うと……そんなものは頷けそうもなかった。




ネタ曝しです。 *鍛錬? 必要ねぇよ、だって俺ならすぐ強くなれるし  転生SSにありがちな、俺TUEEEEE!系なお方。  転生、異世界召喚大いに結構! でも貰った能力を俺の力だぜって断言は危険です。 *……漏れそうなんだ  意識はしてなかったけど、読み直してたら思い出したことが。  浦安鉄筋家族より、国会議員。  猪木顔で何故ああいうキャラになったのかはちょっと謎だった。 *御遣いさまを呼び捨て……!?  世が世なら恐ろしいお子になっていたのでは、と、とある恐怖体験を読んでいて思った。  それを読んでいる前に既にこの新人さんの部分は書いてあったんだけど、読み返してみて少々怖くなった。  さすがにポストに生爪とか髪の毛を突っ込んだりはしません。させません。  最初こそ、思春が一刀に心を開いたあたりで路地裏に連れ込んだ娘云々(“103:IF/自覚した女の子は強い。そして怖い”より)も考えたけど、そんな無理に繋げる必要ねぇズラよと脳内で誰かが囁いた気がしたので、ただの憧れ新人さん。  多分、一発キャラ。 *空トプター  浦安鉄筋家族より、テキレツくんの発明品。  空を飛べ……ません。屋根の上からツームストンパイルドライバーで落とされて終わります。  Q:どうしてあれ、パイルドライバーの体勢で飛んだんだろう。  A:鉄筋だから *メガンテ  ドラクエ代表自滅系呪文。メガザルは自己犠牲復活呪文。  古くから、漫画などで自爆でボスが死ぬことはない。  ダイの大冒険も、ロトの紋章も使うタイミングが素晴らしかった。  タルキン老子が大好きです。 *死んだ親北郷が蘇生してほしそうにこちらを見ている  ドラクエ5のモンスターが仲間になる瞬間の文句。  5をやってからというもの、モンスターが仲間にならないドラクエは、やっても長続きしない凍傷です。  後半へ〜続く〜 Next Top Back