174/騒がしきは日常が如く

 -_-/黄柄

 蒼空の下、今私が思っていることを心の中で唱えたいと思う。
 父は馬鹿なのか? ……馬鹿だな、うん馬鹿だ。ただし、いい意味で。

「さて」

 父が帰ってきて、紙袋を被ってから結構経った。
 何故か急に鍛錬を始めた父(仮)だが……父でいいんだよな? 見慣れない服を着ているから確信は持てないが、きっと父だ。身長も身体のつくりも……た、多分父だ。くそ、いつものようにあの白くて青くてつやつやしている服を着ていればいいものを。
 なんといったか……ふらんちぇすか? 制服がどうとか言ってたあれだ。
 ともあれ鍛錬に励む父……校務仮面と自己紹介されたが、父に違いない(と勝手に思っている、むしろそうだと私が嬉しい)存在が鍛錬をする姿を追った。
 ここ最近、禅がそんな私を不満そうなというか、不思議なものを見る目で見てくるんだが……これはあれか、私の判断力を疑っているのか。

「禅はだめだなぁ」
「黄柄姉さまに言われたくないよ!?《がーーーん!》」

 たわけ、お前の中で私はどれほどのたわけだ。
 だがこれでいいに決まっているだろう。
 考えてもみるのだ。あの孫登姉が。あの登姉がだぞ? 素直ではない、甘えたがりなくせに父を蹴ってしまう登姉が、憧れの存在を見る目で、変装しているとはいえ父を見上げ、追っているんだぞ?
 ここで“あれは父だ”などと言ってみろ、全てが台無しじゃないか。そんなのはいけない。
 だから私は知らない振りをする。周邵だってとっくに氣の在り方で気づいている。
 このまま憧れが進み、校務仮面という存在に慣れたところで、そっと教えてやればいい。
 今はだめだ、きっと父を蹴る登姉に戻るだけだ。
 述姉も登姉に習うところがあるから、蹴るってところに戻るだけに違いない。
 難しいな。もっと素直になればいいものを、まったく。

「ところで禅、延姉はどうした?」
「寝てるよー? 一応昨日の夜は起きてきて、一緒に鍛錬したんだけど」
「その時、あの袋は?」
「袋!? とっ……こ、校務仮面さんって呼んであげようよ……」

 ふむ。やっぱり禅は正体が解っているか。ととさまって言いそうになってた。
 だというのに何故あの二人は解らんのだ……。

「で、その校務仮面はどうしていたんだ?」
「しっ…………ね、眠ってたと思うよ?」
「ふむ」

 鍛錬はしていなかったと。
 し? しっ……仕事か? それとも“し”は子桓とか子高に繋がるのか?
 そういえばいつ頃からだったか、てっぺん姉がおかしいな。
 私たちに鍛錬をするところを見せたがらなかったのに、今では紙袋と一緒に走っている。
 まあ、いい。
 てっぺん姉にどんな心境の変化があったのかとかはどうでもいい。
 家族なのだ、出来る限り一緒に、同じことをしたいと思う。
 ……私だけだろうか、こんなことを考えているのは。
 延姉は絶対にこんなことは思わんだろうなぁ。
 禅には甘いが、それ以外には……なんというか普通だ。
 jは言うまでもない。勉強以外に興味がないからな、あいつは。

「おーい、邵〜」
「へふっ!? はーい!」

 てっぺん姉とともに紙袋を追っていた邵を呼ぶ。
 すぐにぱたぱたと城壁の上から下りてきて、息を弾ませながらも笑顔で「なんでしょうっ」と元気元気だ。元気ひとつじゃ足りやしない。

「いや、ふと気になったんだがな。ほら、あれだ。鍛錬に付き合うのはいいんだ。ああ、それはいい」
「? はい?」
「問題はあの紙袋と同じことをして、私達の実力が伸びるかどうかだ。ああほれ、あの男、体術と木剣しか使わんだろう。弓矢もたまには使うが、他の武器となるとなぁ」
「私は投擲武器と短刀ですが」
「そうだな、私は父が言うところの大剣だ」
「………」
「………」
『禅は?』
「へぅっ!? え、えと、ぜ───わ、私は……」

 む? 違和感を捕まえた。

「なんだなんだ、もう自分を禅って呼ぶのはやめるのか?」
「大人ぶりたい子の第一歩ですねっ!」
「ち、違うよっ? ぜ……私は前からそのー……! べつに最近かかさまが失敗ばっかりしてるから、ぜ……私がしっかりしなきゃとかそういうのじゃなくて……!」
「ああ……劉備母さまか……」
「劉備母さまは……ええその……」
「そこで急に微妙な顔して目を逸らさないでよぅ!」

 劉備母さまはなぁ……ほら、その、なあ……。
 いや、とても大らかでいい人だ。あんな人はそうそう居ないだろう。
 ただ、ここぞという時に失敗の道を歩んでしまう、こう……言えはしないが、“残念さ”はなんとかならないものか。禅も張り切ると失敗するから、似た者親子というものなのだろうが……ううむ。

「まあ、うむ。話を戻そうか」
「……柄姉さまだって、子龍さまの口調を真似ているだけのくせに」
「《グサッ》ぐっ……! い、いや、これはだな……!」
「あのー……ところで私、鍛錬に戻ってもいいのでしょうか……」

 禅の言葉が胸に突き刺さる中で、邵が軽く手を上げて言ってくる。
 ……お前ら私のこと嫌いか? 確かに自分のこと棚に上げていたかもしれないが。
 ええい、嫌な気分など身体を動かして忘れてしまえ!

「話はあとだ! 鍛錬をしよう! 誰が一番ついていけるか勝負だ!」
「えぇっ!? 私さっきまで走っていたのに、それはずるいですっ!」
「そうだよっ! ずるいよっ!」
「ずるっ……!? べ、べつに勝負に勝ったらなにをする、とかそういうのじゃないんだぞ!? それにだな、そんな、過ぎたことを何度も言うものでは……」
「過ぎたことどころか、今まさに走らなくてはいけないのですが」
「…………すまん」

 珍しくじとりと睨んできた邵に、素直に謝った。
 そうだな。勝ったら何が貰えるとかそんなものを抜きにしても、負けるのは嫌だな。
 なので「勝負なんて無しで鍛錬頑張るかー」と言ってみれば、「それはそれで張り合いがないです」と邵。……このたわけの頬を引っ張ってやりたいんだが、いいだろうか。
 ともあれ鍛錬だ。
 城壁を飽きることなく走っている父(仮)を追って、ひたすらに走った。
 昨日は筋肉を使ったから、今日は氣だ。
 筋肉を使うのは三日に一度。あとの二日はとことん氣で補って、また筋肉。
 完全に休めたいなら四日に一度がいいらしい。が、私達は他の者より回復が早いとかで、二日でも問題ないそうだ。と、禅が言っていた。誰から聞いたんだと訊いてみても、目を泳がして言おうとしない。なるほど、父か。
 ふむぅう、いいな、父。信じて待っていた甲斐があったぞ、やるな父!
 これであの紙袋の下が父の顔ではなかったら、私は叫ぶぞ。絶望を腹の底から叫ぶぞ。

(ようやく父が期待していたような父だったかもと思えているんだ……! これであれが父ではなかったら、もう母に私を産ませた存在なんて異常者だろう)

 母は機嫌のいい時など、ほぼ父の話を私にしてくる。
 強さ云々のことは見事にはぐらかしてくるが、あの時の北郷はああだったとか、あの時の北郷は実に笑わせてくれてのおとか。これで父がどんな存在かを知りたがらないのは、どうかしているだろう。
 酒を飲まない代わりに話を聞けとばかりに、随分とされた。
 そのくせ、父を見つければいろいろと無茶を押し付ける。
 いっそ父に、私と二人きりの時の母のことを教えてやりたいくらいだ。
 ……まあ、そんなそぶりを見せると、物凄い笑顔で母に見つめられ、何も言えなくなるわけだが。母は強いな、父よ。だからこそ私は、あの母に私を産ませたあなたを心底尊敬する。
 ただ子が欲しかったから、ではあんなにも娘にのろけたりなどしないだろう。
 あれこそがきっと、男に惚れた女の顔というものに違いない。
 ……なのに、呼び方が北郷なのは何故なのだろうな。父も“さん”をつけて呼んでいる。
 一度、陸遜殿に訊ねてみたら、“それは初々しさを忘れないためですよぅ? 穏も旦那様とは呼んでますけど、二人きりの時は未だに一刀さんと呼んでますからねぇ〜”と嬉しそうに言っていた。
 それを言われた時の私の心境はといえば……“解ったから、いくら私の背が低いからって、前屈みになって言うのはやめてくれ。その二つの肉の塊は嫌味か”……だった。
 まあいい。今は鍛錬だ。

「なぁ邵。さっきの武器の話なのだがな」
「? なんですか?」

 走り出した私は、同じく隣を走った邵へと言葉を投げる。
 なんというか、邵は身軽な動きをするなぁなどと、どうでもいいことを考えながら。

「なんか、どうでもよくなった。今使っているものがどうであれ、その内に今より慣れるものもあるだろうな、と」
「はいっ、私は指から氣の雨を出してみたいですっ」

 ポムッと胸の前で手を合わせての言葉。走りながらだとやりづらくないのだろうか。

「氣の雨? ……面白いことを言うなぁ邵は」
「いえいえっ、出そうと思えば出来ないことはないのですっ、現にほらっ!」
「うん?」

 促された先には、さらに先を走っていたはずのてっぺん姉と紙袋。
 はずの、というのも既に立ち止まっていて、

「む? 紙袋がどうかしたか? べつにおかしな───出してるーーーっ!!!」

 言葉の途中で驚愕!
 なんと、紙袋が空に手を掲げ、そこから線のように細い氣弾を指からいくつも出しているではないか!
 お、おおおお! なんだあれは! なんだあれ! すごいな!
 氣、氣か! 氣を指から出せばいいんだな!?
 氣……氣ぃいい………………はーーーーーーっ!!

「………」
「………」

 邵と二人して集中してやってみた。
 ……出なかった。




-_-/かずピー

 ……おかしい。
 なんでだ、どうしてだ、どういう理由があって、子供達がどんどん増えていく?
 俺、ただ鍛錬してるだけだよな? やっぱり鍛錬なのか? 仕事をする父よりも、鍛錬していて強い父がよかったのか?

「………」

 ホロリと涙が出た。が、いつものことなので気にしない。
 ……泣くのが日常化してきてる、少し頑張ろう。

「はぁ」

 溜め息ひとつ、意識を引き締めて鍛錬続行。
 準備運動と呼んでいるそれらをじっくりとこなし、それが終わったら……

「ふっ!」

 どごぉんっ、と重苦しい音が中庭に響いた。
 視線を向けた矢先にそれだ、どうやら待っていてくれたらしい。

「準備運動は済んだのか、お館様」
「鍛錬の時は北郷か一刀で頼むって、焔耶」
「桃香さまや桔梗さまの手前、そんなことが出来るか」
「敬語使わない時点でもういろいろとアレだろ」

 むしろ手前もなにも、ここに二人は居ないわけで。
 ……ぐったりした子供たちなら居るけど。

「むしろ子供達も居るから、お館様も勘弁してほしいくらいだ」
「いや……そうは言うが」
「何度言わせるんだよ……友達の間で遠慮無しっ!」
「それを言うなら星はどうなんだ。あいつはいっつも主って呼んでるだろうっ!」
「や、や……。だからな? どっちかがやめてくれれば、仕方もなしって譲ってくれるかもだろ?」
「ワタシが先にそれをするのは癪だから断る」

 断られてしまった。
 普通に考えて、星と焔耶、どっちが先にとかはなさそうなので俺が諦めるしかなさそうかなぁ。なんてことをいつも考えている。

「じゃあ……それは置いておくとして……すぅ、はぁ……んっ、お願いします」
「ああ。鍛錬だろうと、戦うからには手加減はしないぞ」

 ドズンと置いてあった鈍砕骨をごぼりと持ち上げて、軽々と振るう焔耶さん。
 ……これ、見るたびに“帰りたい”って思うんだよなぁ……だって当たれば軽く骨とか砕かれそうだし。なんて名前の通りの武器なんだ。レプリカでも意味ないだろ、これ。

「……人の武器を見るたびに、泣きそうな顔になるの、なんとかならないのか?」
「見えるの!?《がーーーん!》」

 馬鹿な! 校務仮面に覆われた俺の表情が、まさか……!? なんて的外れなことを考えていたら、「雰囲気だけで解る」とあっさり言われた。……うん、まあ……そうだよね……。
 明らかに視線だけじゃなくて頭ごと、鈍砕骨をチラチラ見てるし。
 強くなると決めたからって、都合よく恐怖が消えてくれるわけもない。ていうか怖い。
 想像してみましょう。上手く立ち回り、“これは……いける!”と確信したところで、桂花が作った草と草を繋ぐトラップに足をとられって、バランスを崩したところに上から振り下ろされた鈍砕骨が…………もう、モゴシャッ、とか鳴って頭どころか身体も潰れるだろ、この鉄塊。勝利の確信が“これは……逝ける!”に変換されたよ。

「───」
「───」

 耳で確認する合図なんてものはない。
 ただ、お互いが構えを完了させて、鋭い目つきで睨み合ったらそれが合図。
 地面をトンと軽く蹴り弾くと、お互いの武器が衝突していた。

「っ……おぉおおおおおっ!!」
「はああああっ!!」

 振るわれた鈍砕骨を左手の手甲で受け止めて、化勁で衝撃を逃がす。けれど武器自体の重さによる圧力は消せないから、その重さは方向を逸らすことで耐える。
 同時に右手で突き出した木刀は、焔耶の手甲で弾かれる。
 武器と手甲。
 焔耶を鍛錬相手に選んだ理由は、実はこれだったりした。
 手甲なら凪でよかったんだろうけど、実際に振り回す武器と手甲。その条件に合う人を探していたら、そこに焔耶が来たと。そういうこと。
 これでせめて、武器がもっと大人しいものだったらなぁぁぁあ……! と、どうしても考えてしまうのは自分が弱い証拠だろうか。……弱くてもいいから、アレでマッシュは勘弁だよなぁ。
 そういう意味で言うなら、明命でもよかったんだけど……あの篭手は、攻撃を受け止めるには特化していない気がして。むしろ篭手使わなくても全ての攻撃を避けられそうなイメージがある。だから焔耶。素早いイメージよりも、“我は砕を極めし者。目の前に在る者全て、潰さずにおれん!”って感じだから。武器がアレじゃなければ、戦い方の相性はいいと思うんだ、本当に。

「おぉあぁっ!!」
「っ! しぃっ!」

 振り被られ、振り下ろされた鈍砕骨を左手で受け止めて、威力を化勁で足に流す。
 流した威力を震脚の要領でズシンと地面に逃がして、その反動を利用して加速を開始。
 振るわれた右手の木刀が速度を増して焔耶を襲うが、焔耶はそのまま鈍砕骨を振り切って木刀を弾いてみせた。

「まずは一回、だな」
「───」

 一回。焔耶が言った言葉には意味がある。
 俺が相手の攻撃を受け止めて散らすのには、制限がある。
 もちろん氣が尽きるまで可能だけど、その回数は既に焔耶相手では解り切ってしまっている。対象の衝撃に合わせた氣が毎度削られていくのだから、数えられてしまえば終わりなのだ。
 ……けど。
 それが二回三回と続き、今まで限界であった回数を超えると、焔耶の表情に明らかな動揺が浮かんだ。“どういうことだ”とばかりに。それはそのまま言葉に出て、その動揺を突いての一撃は───焦りながらも弾かれてしまった。……って、ええぇっ!? あたっ……当たるって確信してたのに! なんでこういう時でも完全に油断してくださらないんですかあなた方は!
 人がどれだけ苦労してあなた方の隙を探して突いているとお思いで!? なのにようやく突けてもあっさり弾くとかあんまりじゃないですか!?

「うっ……うぉおおおおおおおっ!!!」

 もはや隙を突く術を無くしたこの北郷! 枯渇を待つは男に非ず!
 自分の氣が枯渇する前に全力で挑んでくれるわぁああーーーーーーっ!!!


  ドゴゴシャベキゴキぎゃあああああああぁぁぁ………………!!


 ……はい。ボコボコにされました。


───……。


 のちに、“やめろー! 芸能人は歯が命ー!”とばかりに顔面への攻撃(というか校務仮面)だけは意地でも避けた俺が、中庭に転がっていた。
 8年前はいろいろ言い合って喧嘩もして、それから知り合い、友達、親友みたいな立ち居地で随分と仕合ってきた不思議な関係。時には勝ったりすることもあって、燥いだものだけど……今では勝てなくなっていた。
 何故って、俺の戦い方は付き合いが長ければ長いだけ、覚えられてしまえば弱いからだ。
 鋭く速く攻撃が出来るものの、いわゆる大砲的な武器が“相手の攻撃を吸収、上乗せして返すカウンター”くらいしかなかった。予備動作として左手で吸収、右手か木刀で返すのだから、相手にしてみればテレフォンパンチのようなものだ。
 それが悔しくて氣の鍛錬を重ね、ようやく岩を砕けるまでにはなった俺。
 でもさ、考えてもみよう。
 それってさ、ええと。
 俺、ようやく“この世界の女性の強さの常識”に辿り着けたってくらいなんだよな。
 常識的に岩を破壊できる女性に囲まれての日々……その事実を改めて知った時、俺は呉の城壁の上でずぅっと沈む夕陽を見送ってました。泣いてはいない、本当だ。ただ、“青春のばかー! 愛してるー!”とキレデレを炸裂させて、女官に見られて、赤面しながら部屋に戻った。

(青春の所為じゃないさ……いっつもなんでもかんでも青春の所為にする人ばっかなら、たまには愛してるって叫んでもいいじゃないかって思っただけだったのに……)

 それよりも今の話だ。
 結局負けてしまった俺は、どうしたもんかなぁと悩んだ。
 これでは愛紗に勝つどころじゃない。
 むしろ愛紗……星もだけど、いや、はっきり言えば五虎将はなんというか人の動きを読むのが上手いから、どれだけ頑張ってもすぐに先を突かれてしまう。
 勝った側、焔耶はといえば、鈍砕骨をどすんと降ろして俺に手を差し伸べてくれて……素直にその手を取って、立ち上がる俺。

「こうされると、なんというか……負けたんだなぁって実感がすごいな」
「なんだ、起こさないほうがよかったか?」
「いや、ありがと」

 起き上がって、軽く背中などを叩く。
 こんな何気ない動作でも、紙袋を被った男がやると異様に見えるんだろうなぁ。
 まあ、それはそれとして。

「じゃ、もう一度頼む」
「…………へ?」

 手甲を胸の前でゴィインとぶつけて構えた。
 ふぅうう、氣が高まる……溢れるゥウウ……!!
 と、妙な言い回しは抜くにして、錬氣する箇所が増えると、枯渇からの復活も早くて助かる。基本、眠れば戻るRPGのMPのような氣だが、ようは身体が休まれば回復するし、絶対に寝なければ回復しないわけでもない。
 日が経つにつれ、開いた孔が氣脈に馴染んでいくにつれ、回復速度も上がったのだ。
 ……使用する量と全く合わないから、大体が戦っている最中に尽きるのだが。
 ひどいオチだ。

「も、もういいのか? 前までは結構休んでから……」
「ん、大丈夫」

 言って、錬氣、集中。
 俺が本気だと知るや焔耶も鈍砕骨を拾って、構えてからひと呼吸。
 キッと睨んだ瞬間には地面を蹴って、もう一度ぶつかり合っていた。
 戦い方は、防戦から攻戦へ。振るわれる金棒相手に左手を突き出し、懲りずに吸収かとニヤリと笑う焔耶を前に、広げていた五本指をきつく握ってそのまま殴る!

「なっ!?《ガゴォンッ!》くぅわっ!?」

 拳に氣を乗せて、攻撃と防御───岩を砕く一撃のイメージと化勁のイメージを同時に行使して、相手の攻撃の威力を氣を使って無理矢理相手側へ拡散。
 普通なら多方向に散らして衝撃を減らすそれを、相手側へ一点集中。もちろん相手もこちらへ向けて振るっているのだから、そんなに都合よく相手側のみに散るわけがない。それを氣の使い分けで強引に押し込んで、押し込んだ瞬間に拳を引く。
 これは肩で引くのではなく氣を行使しての一瞬で。削岩機で岩を穿つように、重く、けれど素早く、相手側に衝撃全部が残るように、殴った拳の接触時間は極端に減らす。
 殴り抜けたほうが威力が高い印象はあるだろうが、生憎こちらの攻撃力の全部は氣によるものだ。対象に触れて徹した氣は、殴り抜けようがどうしようが、そこに俺の拳の威力がプラスされるだけだ。だったらその中間を取って素早く離す。
 衝撃を無理矢理押し込んだお陰で、こちらには痺れも怯みも無い状態からの踏み込み&右正拳。焔耶はすぐに身を退かせてそれを避けて、拳を突き出した状態の俺へと鈍砕骨を横薙ぎに振るう。

「ふっ!」

 それを、下から上へかち上げるようにアッパー。上というか、向かう方向斜め上へ。
 同時に自分も屈むものの、逸らされた金棒をくぐるようにすると、電車が目の前を通って言ったような風がゴヒャウと髪の毛と皮膚を掠めていった。

(ヂョッていった! 髪の毛ヂョッていった!)

 などと、自分をツブすかもしれない寒気に身体が硬直するのを根性で抑えて攻撃。
 これを手甲で弾かれ、振り上げるかたちになった金棒を右手一本で振り下ろして……ってだからどれだけ腕力があるんだあなた方はァァァァッ!!!!

「とっ、ぉおおっ!?」

 今度は逆。
 振り下ろされるそれに氣をくっつけるように左手を添えて、自分から見て斜め左に逸らしてやる。ここまでくるといい加減、集中力しすぎで息も荒れてくるのだが、歯を……食い縛らずに、あくまで脱力でさらに集中。どんな行動にも反応できるように、身体は脱力、脱力……!!
 ああでも今回は攻撃型でいくんだった! 逸らしてどうする!
 おぉおお臆病になるな! ままま真っ直ぐに、相手を倒すことだけ考えて《ジョリィッ!?》ヒィイッ!? 無理無理無理怖い怖いってこれ! 踏み出した途端、左の手甲が突き出された! 逸らした反動で首が傾かなきゃ当たってた! あの状況で拳突き出してくるって、鈍砕骨を逸らしたときの反動とかって右手で支えきれるもんですか!? 払い逸らす時に加速も使ったから、右手にかなり負担がかかったと思うのですが!?

「んっ……のっ……!」

 もはや意地。こうなりゃ意地。
 敵の攻撃全てに自分の攻撃を合わせるように、加速や化勁などの氣を使い分けて挑み続けた。
 合わせる度に飛び散る汗と氣は相変わらず綺麗だ。
 衝撃は、逃がすか装填するかで攻撃パターンを変えて、焔耶が衝撃を予想して構えれば化勁で逃がして、そのまま突っ込んでくれば上乗せして返して。とにかく集中力を全力で使い続けるひとつの化物にでもなった気で戦い続けた。

「っ……おぉおおっ!」

 一撃。
 轟音とともに怯ませて。

「せいぃいっ!」

 一撃。
 己の行動の隙を削るために振るわれた拳を殴り返して。

「だあっ!!!」

 一撃。
 金棒が戻される前に、戻そうとする腕を打ち、怯ませ。

「《どぼぉっ!》───効かんっ!」

 一撃。
 腹にめり込んだ蹴りの衝撃を化勁で逃がして、そのまま疾駆。

「これでっ───」

 ……一撃。
 片足のまま押される形になり、バランスを崩した焔耶へと、加速を行使した拳を……!

「決まりだぁああああっ!!!」

 一気に放つ!

「!! く、あっ───」

 焔耶が身を捻ろうとするが、こちらの方が速い。
 直後、地面にも自分らの耳にも響き渡るような、寺の鐘でも鳴らしたかのような轟音が響いて───倒れるように身を捻った焔耶の横を、鈍砕骨が飛んでいった。

「───へっ!?」

 殴った。……のだが。当たった……のだが、どうやらタイミング悪く、金棒を振るおうとしたところへの腕への衝撃で金棒を落としてしまったらしい彼女。そして焔耶ではなくそれを殴ってしまったらしい俺は、吹き飛んでどごしゃーんと木に直撃する鈍砕骨を見送った。
 その飛び方……まるでドリアン海王に蹴られたドラム缶のよう……! じゃなくて!

「っ……はぁあああっ!!」
「うわやばっ!」

 吹き飛んだ鈍砕骨に気をとられた数瞬の間、体勢を立て直した焔耶が反撃に移る。
 鈍砕骨は飛ばした……来るのは右拳!
 浮いていた左足を地面に“だんっ”と叩きつけ、それを助走に走らせる拳は大迫力だった。普段からあんな重いものを握っているだけあって、ええもうほんと大砲でもぶっ放されるって迫力でした。
 けど。

(よく見て……! 手を添えて……───!!)

 焔耶の右手に加速で間に合わせた左手を添えて、焔耶の腕の中に氣で干渉。
 癒しの時のように氣の波長を合わせて、向かう方向を変えてから───!

「逸らすっ!」
「《ぱぁんっ!》うわぁっ!? え、あ、な……っ!?」

 勝手に氣の巡りを変えられ、腕を逸らされた焔耶の表情には明らかな戸惑いが生まれる。
 当然その隙を逃せる筈もなく、というかこんな隙じゃなければ突けない俺は、かなり必死で集中を行使。散々と練習した氣の鍛錬をなぞるように身体を動かして、再び右拳を繰り出《ぱぁんっ!》アレーーーッ!!?

「おっ……あ……!?」

 繰り出した右拳が、焔耶の左手甲に弾かれた。
 次いでやってくるのは、逸らされた分を反動としてやってくる、焔耶さんの右拳なわけで。
 咄嗟に集中し直して、左手で……と思ったが、ここで額から落ちた汗が視界を奪う。
 焦りが集中を乱す。ほんの一滴が焦りとなって、ほんの少しだけ集中力を乱した。
 それでも身体を動かせないわけじゃなかったから、咄嗟に閉じてしまった瞳では見えないものを、氣で探るようにして───あ、あれ? 氣が見え《ぱぐしゃあっ!》へぶぅ!?
 ……頬に衝撃。
 どしゃあと倒れ、見上げた都の空は、やっぱり蒼かった。

……。

 倒れたまま汗を拭……おうとして、校務仮面を被りっぱなしであることを思い出した。
 氣で包んでいたから吹き飛びはしなかったものの、汗と殴られた衝撃で結構ズタズタだ。
 思えば校務仮面をつけてると、タオルで顔を拭うことすらできん。
 今さらだなぁとは思うものの、無視してやってきたので呆れる他無い。
 実戦を想定してやるのなら、そりゃあ汗を拭う機会なんてないのだから、これはこれでとは思うけど。などと細かいことを思いつつ、負けた相手にひょいと顔を覗かれるのも、悔しいことに慣れっこだ。言われる言葉も“大丈夫か?”が大半。
 今回も例に漏れず───

「大丈夫か?」

 ……言われた。苦笑しつつ下半身を起こすと、反動をつけて起き上がる。

「よしっ、続きだっ!」
「もうか!?《がーーーん!》」

 シュバッと立ち上がって再び篭手をごつーん。
 ホアアア……! 氣が高まる……溢れるゥウウ……!!
 うん、まあその、氣の回復力が本当に速い。
 枯渇しても“7回くらいならいけるんじゃないか”とか思えてしまうくらい速い。
 それも、孔が氣脈に馴染めば馴染むほど、回復力向上の予感がするのだ……!

(……俺がこうやって予感を感じたり予想したりすると、大体外れるよね)

 考えないでおこう。
 そして再戦……の前に、一度厨房に行って校務仮面を新調。
 さくさくと包丁で穴を空けて、墨で校務の文字を書く……完成!
 誰か見ていないかを素早く確認後、スチャーンと流れるような速さで着脱。
 中庭に戻れば早速鍛錬……と思ったら、なんだか人が集まっていた。

「お兄ちゃん! 次は鈴々とやるのだー!」

 服装はそのままなのに、背はすらりと伸びた鈴々さんが蛇矛をぶんぶん振っておった。
 大人になっても口調が変わらないそのままのあなたが素敵です。

「いや、次は私の番だな」

 そんな鈴々の前にズイと出てくるのは華雄さん。
 髪が伸びて、随分と印象が変わった。なんで伸ばしたんだーとか訊いたら、“女の髪というのは、男を思い始めたら伸ばし、破れたら切ると聞いた”と。……誰から聞いたんだろう。
 しかも“死ぬまで切るつもりはないがな”、なんて言われた日には顔真っ赤。
 こういう時、真正面から気持ちをぶつけてくる人って怖いよね。
 髪はそのまま縛ったりもせずにストレート……どんな原理かは知らんが、横に広がってはいるが。あー、ほら、その、あれです。マンガとかゲームのキャラみたいに、何故か横に広がっている長い髪、みたいに。ウ、ウィングヘアー?

「……一刀。ちょっと付き合って」
「雪蓮? ってうおっ!? どうしたんだよその格好!」

 横からのたのたとやってきた雪蓮だったが、何故かところどころ服が傷ついていた。
 目も半眼で、なんだか悔しそう。
 冥琳にでもボコられたのかと思ったが、さすがにここまで出来るとは思えず……「ん」と促されるままに見てみれば、今気づいたが華雄も結構傷ついていた。
 ……えぇと、つまり?

「……負けた?《ぎゅみぃいいい!!》いだぁーーーっだだだだあがぁーーーーーっ!!」

 脇腹を強引に抓られた。
 ていうかね! やめて!? 今一刀って呼んだだろ!
 今の俺は校務仮面であっていだぁーーーだだだだだ!!

「解った解った! 何に付き合えばいいんだっ!? すぐ言ってくれ!」
「鍛錬《ソッ》……ねぇ一刀? 私、別に熱はないわよ? ていうか額に手を当てるの、早過ぎない?」
「雪蓮……キミは今悪い夢を見てるんだ。大体私は校務仮面であって一刀とかいうナイスガイではないぞ?」
「へえ、そうなんだ。じゃあ真名を預けた覚えもないのに口にしてくれた校務仮面さんは、斬首しちゃっていいってことね?」
「カッ……カズトデェス……《ボソリ》」
「えー? なにー? 聞こえなーい♪」
「おぉおおおおこのポヤポヤ元王はぁあああああっ!! ああもういい表出ろコノヤロー!!」
「え? なになにっ? 付き合ってくれるのっ?」

 ああ付き合ってやるとも! 校務仮面の正体は絶対に秘密!
 さっきちょっと屈しそうになったけど、相手があくまで聞こえないっていうならセーフ!
 そしてこの校務仮面! 逃げも隠れもせぬ!
 正々堂々ブチノメしてくれるわぁあああーーーーーーっ!!!


───……。


 コ〜〜〜ン……

「…………」
「あ、あー……あの、……雪蓮?」
「…………《いじいじ……》」

 T-SUWARIをして、人差し指で地面にのの字を書いてらっしゃる……!
 いやあの……そんな落ち込まれても……!

「や……だからな? 俺、雪蓮相手のイメージトレーニングは今も続けてるし、華雄と戦ってる雪蓮の動きとかも見てきたからさ……ほら……。俺の戦法が読まれていようが、なんだかんだで動きが解るっていうか……っ……! ほら……っ!」

 ええ、はい……勝てちゃいました……しかも力技で……。
 なんでも華雄相手でも力技で負けたそうで、二連敗は辛いと……。
 だが校務仮面は言いましょう。きっぱりと届けましょうとも。

「ただ、負けてイジケていいやつは、必死に鍛錬したヤツだけだ。そこからは、立ち上がれるかどうかだろ。鍛錬、しよう? ここで立たなきゃ、前の俺みたいに後悔することになるぞ」

 手を差し伸べる。
 ……と、案外あっさりとその手は掴まれ、俺はその手を引っ張って立ち上がらせる。

「俺みたいに、って?」
「うん?」
「俺みたいに、って。どういうこと?」

 え? あ、あー……なんか自然と出てたな。
 どういうこともなにも、そういうことなんだが。

「天でね、俺は強い〜なんて思って調子に乗ってた馬鹿の話だよ。強いから適当な鍛錬で十分だ〜なんて鼻を伸ばしてて、いつか本物に会って挫折したんだ。……って、前に話したよな?」
「そうだっけ? 知らない」
「……まあ、そんなわけでさ。立ち向かわなけりゃ負けないんだから、なんて殻に閉じこもるよりも、立ち向かったほうがいいぞ? 才能なんて当てにしないで、努力しよう」
「自分で言うのもなんだけど、私は才能あると思うけどなー」
「あーそーだな。でも最近じゃあ、才能だけで戦ってるって頭が痛くなるほど解る。才能と本能で戦ってるから基礎はばらばらだし型も適当だし、だからこそ型にハマった相手とは有利に戦えるんだろうけどさ。俺と同じで、慣れられるとひどく弱い」
「《ぐさっ》ヴッ……!」

 だって、勘頼りなんだもの。
 ほら、勘ってその人の本能、潜在的なものだろ?
 何度も見てるとさ、その動作の次に何を起こすのかっていうのが解りやすいんだ。
 そこに鍛錬が加われば、勘で取る行動にもバリエーションが増えるんだろうが、生憎とこの元呉王さまは鍛錬なぞしませぬ。なので勝てる。勝ててしまう。

「そんなわけだから、真名のことはいいよな?」
「べつにそれはいいけど……最初から気にしてないし」
「オイ《ズビシ》」

 思わずツッコんだ。
 じゃあ俺はなんのために頑張りましたか。
 行動パターンが手に取るように解ったって、あなたのような武将と戦うのは相当に辛いのですが? そして今もなお、他の将の皆様が次は私がとか言ってらっしゃるのですが? なんでみんな俺と戦うのがそんなに好きなの!? そ、そんなに俺を空に飛ばしたいのか!?

「はぁ。じゃあ毎度の恒例として、勝者権限を……」
「あ、それって負けたら言うことを聞くってやつよね? じゃあ私、他のコみたいに一刀の子供が欲し《ディシィッ!》はにゅっ!?」

 恥ずかしげもなく躊躇もなく、満面の笑みでそげなことをぬかす元呉王さまの額を指で弾いた。しかし何故か周りの皆様に間違って伝わり……いやもうこれわざとでしょってくらい捻じ曲がって伝わって、俺に勝てたら子供が出来るまでキャッキャウフフってことになったようで、どっからか取り出した大き目の紙にズシャーと線と名前を引く軍師さまと武将さまらの姿が……!

「いやいやいやいやちょっと待ったどうしてそうなる!」
「それは言いっこ無しやで隊長!」
「いい加減、沙和たちも隊長の子供が欲しいのー!」
「た、隊長……! じ、自分も……その……!」
「ウチもまあ子育てとか柄やない思てんけど、一刀の子ぉやったら……なぁ? えっへへへ」
「だから俺今校務仮面でねっ……!? 堂々と一刀とか呼ぶのはだなっ……!」
「むふふー……ちなみに軍師勢はですねー、どの将が勝つかを予想して、その将が勝った場合はともに愛してもらうという方向でー……」
「ともに、って……風さん!? なんかそれもう俺がいろいろと困りそうなんですが!?」

 言っている間にもどんどんと賭けられてゆく。
 春蘭の名前が無いからか、戦闘非参加者の大体は愛紗に賭けており……愛紗さん、あなたもですか……!

「愛紗……」
「い、いえっ……私はべつに、ご主人様に抱かれたくて参加するのではなく……!」
「……? 勝てば、ご主人様の子供がもらえる……?」
「いえいえー♪ この場合、一刀さんと呂布さんの子供、ですねー♪」
「どっから出てきたそこの出任せ大好き軍師!」

 相も変わらずくるくると指を回す軍師にツッコミを。しかし笑顔で聞いちゃいない。

「恋と……一刀の…………………………《かぁあああっ!! ───ババッ!》」
「へ?」

 いつものようなぼーっとした顔で俺を見ていた恋が、急に顔を赤くして愛紗の背に隠れた。
 うん、何故か子供のように愛紗の影からちらちらとこちらを見てくる。赤い顔で。
 え? な、なに? なにが起きたの? ホワーイ!?

「おーおー♪ 恋もよーやっとそーゆーこと意識出来るようになったんー? ……っちゅーか……恋も、出るん?」
「………………《ぷいっ》」
「恋がそっぽ向いた!?《がーーーん!》」

 顔を真っ赤にした恋にそっぽ向かれたのがショックだったのか、霞はおろおろしつつも宥めにかかる。俺はそんな女性らの横で……必死に考え事をしながら誰が勝つか予想する朱里と雛里を見て、この大陸の行く末を案じたのだった。

……。

 で……

「にゃーーーーっ!!」
「はっはっはっは、どうしたどうしたぁっ、その程度では当たらんぞぉっ?」

 ……本当に始めている将の皆様がおりましたとさ……。
 俺は俺で鍛錬。鈴々と星が戦う姿を横目に、一人で鍛錬。
 相変わらずイメージトレーニングをして、負けて、ようやく勝てたと思って本人に挑んでみれば負けて、その強さを糧にイメージトレーニング。
 そんなことを続けていれば、氣が無くなるのも早いってものなんだけど、回復速度が速いから次の鍛錬に移るのもいつもの倍以上に早かった。

「……ところでさ、蓮華」
「? なに? 一刀」
「だから一刀じゃないと……えぇと、みんな大丈夫なのか? 仕事とか」
「ええ、今日はね。夜に集中したり、仕事がなかったりよ。武官文官も優秀だと、仕事の割り振りの時点で大変だと冥琳がこぼしていたわ」
「あー……なるほど」

 そりゃそうだ、と納得した。
 で、隣の蓮華さん。
 俺の真似をして、体術の鍛錬をしてらっしゃる。
 今やっているのはゆっくりと一つの動作をする、というもので、まあ太極拳とかあんな感じのもの。あくまで自然な動きで、流れるように、けれどゆっくりと……全身を使うようにして動く。
 筋肉が発達していれば割りと熱を発するのも早いということもあり、話しながらでも蓮華の額には汗が浮かんでいた。
 しかし……なんだろう。
 蓮華は俺の動きを見ては、そっくりそのまま真似て見せる。
 見事なもんだなーと思う反面、なんだか面白い。
 なので、

「クォィチィシィンハイシャァ〜ィ♪ チンカァリィエンリィェェハァ〜♪」
「え? えっ?」

 懐かしのCMの真似をしつつ、ゆっくりと身体を動かす。
 急な言葉と動作に驚く蓮華だけど、すぐに真似て見せた。

「サィカィサィチュンドゥリィ〜ンカァ〜ンウェ〜ィフォゥンハァ〜ィ♪」
「こ、こう……?」

 前に出した身体を後ろに戻しつつ、持ち上げた足を地面に落とすとともに……前方に氣光波。

「《どしゅーーーん!》」
「!?」

 そしてたまげる蓮華さん。
 え!? え!? と自分の手と俺とを見比べて、とりあえず両手を前に突き出してみるけど氣光波は出なかった。
 その間にも俺はさらに動作を進め、反対方向を向くと再び、突き出した両手から氣光波。

「ドラゴンボォ〜ルカァ〜ドゲェ〜ェムゥ〜♪《どしゅーーーん!》」
「!? !?」

 さらにたまげた蓮華さん。
 そんな蓮華さんに向き直り、校務仮面状態では解るはずもないが、にっこりと笑う。
 ここまでして終了。

「………」
「………」

 沈黙が重かった。

「ア、アー……エエト《くいくいっ》ホアッ!?」

 校務仮面の中でだらだらと汗を流す俺の胴着の袖を、くいくいと引っ張るなにか。
 驚いて見てみれば、そこには目を輝かせた孫登が。

「今のっ、今のどうやるんですかっ、校務仮面さまっ《ぱああああっ……!》」
「………」
「………」

 そして無言で見つめ合う俺と蓮華。

(一刀……あなた、まだ言っていなかったの……?)
(や、だからさ……どうせ嫌われてるし、子供のことは気にしないためにって……)
(前にも言ったけれど、気にしないって……あなたの子供でしょうっ!?)
(嫌われてるのに構おうとして、さらに嫌われる悪循環なんてもう耐えられないっ! でも子供たちが大好きだ! 出来ることならまだ遊んでやりたいけど、やらなきゃいけないことが出来ちゃったからどうにもならないんだよぅ!)

 途中、涙が洪水のように溢れた。
 遊んでやりたいというか、構いたいのは今だって変わらない。
 でもこうして慕ってくれるのは俺が校務仮面だからであり、これを取ってしまえばきっと孫登は……また俺を蹴るに違いないのだ……!
 そうなったら俺もう立ち直れる気がしない。

(まったくあなたという人は……。人との付き合いには無理矢理割り込んでくるのに、どうして自分の子供にはそんなに不器用なの……?)
(俺のほうこそ訊きたいデス……)

 悲しいアイコンタクトが完了した。

「しょ、少女ヨ。今のはかめはめ波といって、氣を練って掌から放つ技だよ」
「かめはめは! な、なんだか言いづらい名前ですね!」
(ああまぶしっ……! 笑顔まぶしっ……!)

 “俺”の時でもこんな眩しい笑顔が見たい……!
 “俺”の時なんて、ずっと俯いた感じで、なのに蹴りいれてきて……うあー、泣きたい。
 ……既に泣いてました、ごめんなさい。
 ともあれ、教えてと目で訴える孫登を前に、しかし教えず、自分の鍛錬に戻った。
 人に教える時間はない。目で盗めとばかりに。
 動作を再開させるとすぐに蓮華も同じ動作をして、それを孫登が真似る。
 ふらふらと頼りない動きだったが、それが蓮華には可笑しかったようで笑った。
 ……なんだか、かつては届かなかったこそばゆい時間が、確かに存在していた。
 
 


ネタ曝しです *やめろー! 芸能人は歯が命ー!  芸能人は歯が命。アパガードのCMとか。  やめろー! も含めたものはカメレオンから。 *気が高まる……溢れるゥウ……!  ブロコリとやら。ブロリーのセリフですね。  バイオブロリーはどうしても好きになれない凍傷です。 *これでっ……決まりだぁああっ!!  テイルズオブエターニアより、極光剣のセリフ。  もしレイスが使えたら、やっぱりこの言葉を言っていたのかなぁと前は思っていた。 *ドリアン海王  怒李庵。バキより。  ドラム缶のくだりは加藤戦でのあれ。  ちなみにこの場面を連載している時、凍傷はまだバキに興味がなかったりしました。  どういうきっかけで全巻揃えてあそこまでハマったのかは、既に覚えておりません。 *アレーーーッ!  く、苦しい! アレーーーーーッ!!  漂流教室より、高松くんの悲鳴……だったはず。  こののちにウーーーンとか叫んでいる。盲腸での苦しみだったかなぁ……。  間違っていたらごめんなさい。  未来人類がバリッと噛まれて「ゲェーーーッ!」って叫んでいたのを見て、笑ったのは凍傷だけではないと信じたい。 *ドラゴンボールカードゲーム  名の通りの商品のCMより。お爺様がゆったりと動き、かめはめ波を撃つ。  前方に撃ったのち、後ろを向いてもう一発。  最初の頃はそれで終わりだったけど、CMが消える前あたりでは最後にこちらを向いたお爺様がにっこりと笑った。  ……今も、あの中国語っぽい歌が何を歌ったものなのかは解らない。  122話をお送りします、凍傷です。  といっても123話は半分あたりまで出来ているのですが、どうにもこうにも。  来週の木曜前にあげられればいいなぁ。  そんなわけで、また次回で。 Next Top Back