175/大人げよりも童心を大事に

 で。

「てやぁああああっ!!」
「でやぁああああっ!!」

 どががぎごがごぎがごごがかぁんっ、と。
 まるで音楽でも奏でているかのような連続した高い音が、中庭の一角に響いていた。
 対面する得物は木刀と刀。
 相手は明命であり、木刀を振るうのは当然俺だった。
 初撃は明命から。接近するや腰に備えた短刀を構え、細かく攻撃。
 少し距離が空くか、こちらが怯めば呆れる速度で武器を太刀にスイッチ。
 身を低くしての、刀を背負った状態からの抜刀には本当に驚いた。
 考えてもみれば、姿勢の問題はあるにせよ、なにも絶対に“鞘を腰に置かなくては抜刀は出来ない”ということはないのだ。
 その点で、大人になっても背が低いままの明命は上手い抜刀法を考えていた。
 抜刀する瞬間に屈み、足元を狙うもの。
 なんか結構前にそんな技を見たなーなんて思ったが、油断するとレプリカでも危険だ。危険というか、くらえばどの道立っていられない。
 ぴょんと跳躍すればそれで済むことだが、加速された抜刀ってさ……やられてみれば解るけど、なんの冗談だって思うくらい速いんだ……。やられて解る、この対処のしづらさ。
 特に明命は元々低い姿勢から攻撃をしてくるのが上手い。
 油断しているといつもの高さの攻撃だーなんて油断して、抜刀を喰らった足がボチューンと宙を舞う、なんてこともきっとあるのだろう。想像したくない……忘れよう。

『せぇええやぁあっ!!!』

 互いに一撃をぶつけ、距離が出来るや加速居合い。
 氣を纏った得物同士がぶつかり合い、さらにはその衝撃ごと氣を切り離して剣閃として放つと、その二つは眩い光とともに四散。
 加速居合いによる剣閃が当たらなかったと見るや、加速をしての納刀。
 何百何千と繰り返した型だ、どの位置に得物を納めればいいのかなど、氣で固定済みだ。
 それらの工程を一瞬で済ませると、明命は模擬短刀、俺は手甲を武器にぶつかり合う。
 短刀というのは中々に難しい。
 大きな得物を好む将が多いこの時代、小回りの利く短刀という武器に対し、少々の苦手意識を持っている。体術の方がもっと小回りが利くだろう、なんて言われそうだが、体術と短刀とでは明らかに違うものがある。
 それは、触れれば切れるというものだ。
 拳は触れて弾けばいいが、短刀はそうはいかない。
 模擬刀だからといって、加速を使われれば切れる時は切れるし、拳よりも鋭利であることに変わりはない。それを想定しての戦いともなれば……いや、実際の刃を想定するまでもなく、この世界の将が振るう模擬刀系が実際の刃並みに危険なのは解りすぎているので、油断は出来ない。

(よく見て……! 刃の腹に手甲を当てるよう、に、して……っと、とわっ!?)

 弾く行動には細心の注意を。
 常に集中を欠かさずに戦う練習を続け、なんとか捌き終わってみればいつの間にか明命に懐に潜り込まれ───きゅっ、と丹田あたりが冷たくなるのを感じた。なんというか、チェックメイトを身体で感じた瞬間と言えばいいのか?
 しかしそこは諦めの悪い北郷です。
 短刀連撃を捌ききった結果、短刀を弾き、明命の手から短刀がこぼれたことに歓喜した瞬間に潜り込まれた俺だが。弾ききった格好のまま、一瞬で喜びが霧散した俺だが。両手が完全に広がりきっていて、笑ってしまうくらい無防備な俺だが。

(来る……加速居合い!)

 相当に近いというのに、明命が選んだ行動は加速居合い。
 背中の太刀に手を伸ばし、居合いで抜き放つといったもの。
 後ろに退いても逃げられないだろう。
 右も左も同じだ。なら?
 上? いや、上に跳躍したところで、明命が空を見上げて居合いをすれば変わらない。
 とくれば……前でしょう。

「ビッグバンクラッシュ!」
「《ドムス!》ふぴゅっ!?」

 ビッグバン・ベイダー謹製、ビッグバンクラッシュが明命の顔面を襲う。
 それと同時に太刀を抜き放とうとしていた腕を身体で押さえ込み、ようやく戻せた腕で明命の肘を殴る。

「《ごぢぃっ!》はぅわあっ!?」

 きっとビリッと来たことでしょう。
 とても驚いたといった感じの悲鳴をあげる明命から素早く離れて、いざ仕切り直し。
 明命は自分の肘と俺とを交互に見て困惑しているようだ。
 ……不思議な感覚だよなー、あの肘にビリっとくるの。
 ロードローラーを殴りまくってた某吸血鬼も、よくもまあああならなかったもんだ。
 しかしその距離がいけなかった。仕切り直しとはよく言ったもので、明命に短刀を拾われてしまった。笑顔の裏で、“キャーーーッ!?”と声にならない悲鳴を上げていたのは内緒だ。

「旦那さま、驚くくらいに強くなっていますですっ!」
「鍛えてますからぁ? っへへぇ〜♪」

 某ゲームのクリリンさんの真似をしつつ、くすぐったい気持ちでぶつかり合う。
 素直な明命に褒められると、素直に嬉しいのはいつものこと。
 その喜びを一撃に乗せて戦うと、明命も負けじと氣を込めての攻防。
 相手の成長を喜んで、ともに歩もうとしてくれる、支えてくれる妻って……いいものですね。8年経っても素直な彼女に、心からの感謝を送りたい。
 こういうのもなんだけど、明命に限らず。

「ひゅっ───」
「すぅっ───」

 で、明命との攻防。
 小回りが利くのと、攻撃の返しが速いのとを考えれば、当然鈍重な得物を振るう皆さんよりも相当に速い決断を迫られる。
 得物の動きだけでなく、肩から肘、手首の返しはもちろん、明命の視線の動きからも、どこからどう攻撃が来るかを予測しなければ捌けない状況。
 加速居合いは明命の姿勢の高低度合いでまあまあの予測が出来るものの、短刀の加速攻撃は正直怖い。怖すぎる。
 傍から見れば呆れる速度で攻防しているなぁ……なんて思われるだろうが、俺は終始必死だ。氣の総量がどれだけ上がろうが、それを使いこなすための技術がまだまだ追いついていない。
 言い訳が許されるのなら、今まで使って慣れてきていた絶対量が、いきなり莫大(最終的には7倍あたり?)に膨れ上がったのだから、仕方の無いことだと言いたい。言わせてください。
 ここぞという時に出せる一撃の回数が増えたのは、そりゃあいいことだ。いいことだけど……使いこなせなきゃ意味がないんだよなぁ……。
 先生……散眼を会得したいです……。

「……つぇいっ!」
「せやぁっ!」

 頭の中ではふざけた言葉を割りと本気で唱えつつ、向かい合っては剣閃。
 氣同士がぶつかり合って散る様を接近しながら眺めつつ、振るわれる短刀を手甲で逸らしてはこちらも攻撃。そんな拳での攻撃も捌かれては返されての連続。
 速度重視の相手に対して、蹴りをするのは非常にまずい。
 どんな状況であろうと、迫る危機から逃れるための足だけは確保する。
 そんな意識が二人ともにあったからだろう。戦い始めて結構経つのに、蹴りは一度もない。
 こんな状態だから蹴りを放てば虚を突けるのでは? なんて考えは全く無い。
 逆に相手がそんなことをすれば、その隙を穿つ準備が双方ともに出来ている。
 結局は隙の探り合いなのだ。
 氣のみで身体を動かして、氣を相手の体内へぶつける。
 それだけを目的とした場合、いかに素早く相手に氣を触れさせるかになるわけで、手数が尋常じゃない。それこそ拳の弾幕ともとれるほどの素早さで相手の行動の隙を狙い、その狙った隙を狙われ、狙われた隙を穿つ、といった手数が呆れる速度で繰り返される。
 で、こんな速さだけの攻撃なら、一撃喰らおうが殴ったほうがよくないか? なんて考えをしたのち、腹にぶちこまれた氣の塊に胃液をぶちまけながら、敗北を知るのです。
 それが氣での攻防。
 はっきり言おう。岩を破壊出来る氣なんぞ流し込んだ日には、人は大怪我をします。

「たぁああっ!」
「ぜえぃやぁっ!!」

 ただし、人体というのは氣が“巡っている”ものだ。
 氣が流れていない岩は直撃を受けるしかないが、巡っているものは多少なりとも全体に受け流せる。その流れに逆らわず、むしろ手伝ってやって逃がし切るのが、俺の化勁のイメージだ。
 剣閃ではなく居合い同士がぶつかり合う中、その衝撃を装填、抜刀居合いではなく普通に加速で振るった木刀が、同じく加速で振るわれた明命の太刀とぶつかって、氣の火花を散らす。
 結構な衝撃なのに折れず曲がらずのレプリカには本当に感心する。
 鍔迫り合いになったらなったで互いが氣で相手を押し退け、距離が出来れば剣閃。
 あれがぶつかって消えれば、その影から明命は突出してくるのだろう。
 それを予測して、氣を集中。
 防御側一切無しで、右手と左手に。摩擦させて火を点した氣を木刀に装填するようにして。

「天に三宝! 日、月、星! 地に三宝! 火、水、風! 龍炎拳!!」

 身体に充ちる氣の全てを火の氣として装填して、加速剣閃。
 熱風を振り撒き一直線に飛翔するそれは、ぶつかりあった剣閃が散る先から疾駆してきた明命に動揺を与えた。
 え? うん、言葉に意味はない。ただのノリである。

「はうあっ!?」

 動揺、と言ったが、明命は相当に驚いたようで、咄嗟に居合い剣閃を放って相殺を狙うも、直撃。威力を殺されたには殺されたものの、こちとら充ちる分での全力なので、総量の結果でなんとか押し切った。
 押し切ったんだけど…………

「す……すごいです旦那さまっ! まさか炎の剣閃とはっ!」
「ワー……」

 直撃したのに元気です。吹き飛ばされもしたのに、普通に起きてます。
 ………………俺の氣って……。
 い、いや、まあ、破壊目的というよりは、熱風で吹き飛ばすイメージだったしなぁ。
 当てるつもりで破壊の剣閃なんてやってたら、本当に岩を破壊するような結果になる。
 普通、そこはブレーキが入ってしまうだろう。
 自分に呆れつつも、それでよかったと納得することにした。

「だ、大丈夫だったか?」
「いえいえですっ、咄嗟に氣で身を守りましたから、そこまでひどいことにはなっていませんですっ」
「……いい娘……」
「《なでなで》ふわぅっ!? あ、あの、旦那さま? あの……子供も見ているんですけど……っ……!」

 いつかのように頭を撫でる。
 皆様綺麗に成長なさる中、一人だけ容姿の変わらぬ俺は、きっとこういう時に取る行動も変わっていないのだろう。
 それでもしばらく撫でていると、猫のように目を細めて「えへへぇ〜」と微笑む彼女が微笑ましい。
 見た目は大人でも撫でられるのが好きなのか、うっとり顔だ。

「───《ガタッ》」
「───《スクッ》」

 で、そんな俺達を見て、休憩していた華雄さんと凪さんが急に立ち上がったのですが。
 な、何事?

「………」

 気にしちゃいけない気がした。
 ので、息抜きも兼ねて、おずおずと……集まって座り込む子供たちを見てみるのだが。
 …………ウワァ、なんか滅茶苦茶見られてる。
 孫登と甘述の目が輝いていて、黄柄と周邵の目が期待に満ちていて、劉禅はにっこにこ笑顔。いつの間に来ていたのか、陸延はあらあら〜なんて感じで頬に手を当てて笑っていて、木陰で書物を読んでいる呂jは……半眼めいた目でこちらを見ると、ぱくぱくとクチを動かした。
 ……なになに? ……頑張って、ください、お手伝い……さん?

(………)

 ……お手伝いさんって誰?
 読み間違えたか?
 ま、まあいいや、ともかくそんな感じだ。
 で、なんだけど……

「…………《ぽー……》」

 あの。なんか……あの。
 曹丕の目がちょっとやばい感じに見えるのですが。
 え? なんでそんな、赤い顔してらっしゃるので?
 え? なんでそんな目が潤んでらっしゃるの? いつものあの見下した目はいずこへ?
 え? …………いやあの…………えっ!?

(……《ちらり───ガーーーン!》)

 まさかと思いつつ、振り向いてみると……俺に頭を撫でられてぽやっとしている明命さん。
 ……惚れたのか!? 惚れたのか丕よ!!
 う、うぬもまた、母と同じくおなごに目をやる女性としての道を歩んでいると!?

(そうか……懸命に戦う明命に惚れてしまったか……。なんというかそれは…………)

 遠い目をして空を見上げた。
 なんだか視線が突き刺さるような感覚を覚えたものの、それはきっと俺が娘達と明命の間に立っているからなのだろうなと納得しておいた。

……。

 さて。
 凪と華雄が裂帛の気合とともに他の将と攻防を繰り広げる中、さすがに疲れた俺は休憩。雪蓮がやっているみたいに木の上に上って、のんびりと風に吹かれていたりする。
 風に撫でられながら、ゆっくりと氣脈の休憩を図り、充ちてくれば癒しに回す。
 そうすることで、まだ完全に治っていない氣脈の痛みも癒えてきて、癒えて馴染むほどに氣の回復速度も上がる。なんというか、いい循環。

「また、随分と騒がしくしているな」
「ん? あぁ、や、冥琳」

 見下ろしてみれば冥琳さん。
 さすがに見下ろして話す気分にはなれなかったので、ひょいと下りて「休憩?」と訊ねた。
 さっきまでは居なかった筈だし、恐らくは仕事の休憩だろう。

「ああ、今段落がついたところだ。随分と騒がしかったから、気になってな」

 “来てみればこれだ”とばかりに、辺りを見渡して苦笑。
 これだ、というのは“いつも通り”と受け取るべきなんだろう。実際いつも通りだし。

「しかしいい加減、そのよく解らん紙袋はなんとかならないのか?」
「冥琳でも解らないことはあるんだな……仕方ないなぁ、これは校務仮面といって───」
「いや。名称はもう疲れるくらいに聞いたからいい。そういう意味じゃない」
「あ……そ、そう……」

 そりゃそうだった。
 でもほら、解らないことがあるんだなって、一度は冥琳に向かって言ってみたいじゃない。

「しかし、面白いものだな」
「校務仮面が?」
「それは面白いではなく滑稽だ」
「真正面からひどいなおい……」
「その紙袋ではなく、今の状況がだ」

 促され、見てみる。
 改めて見てみれば、目を細めて小さく溜め息を吐く冥琳の気持ちも解る。

「かつては命を奪い合っていた者が、今では笑いながら得物を振るう。己が味方を勝利に導くべき軍師が、他国の将の強さを認め、その者が勝つと笑みとともに唱える。……あの頃では想像もつかん」
「なるほど、それは確かに」

 当時にそんなことを堂々と宣言すれば、最悪首が飛びます。
 敵の強さを認めた上での策には必要な理解だけど、それを少しも認めない王だって居たかもしれないのだ。それが、今では一箇所に集って笑っている。……本当に、面白いもんだ。

「こうなってしまうと、人柄を信用している、と最初に口にしたのは間違いではなかったわけだ」
「あー……懐かしいなぁ。そうそう、最初は人柄しか信用されてなかったよな」
「いや。今も人柄しか信用はしていない」
「《ぐさっ》はうぐっ!? え……えぇええっ!? そうなのか!?」

 大驚愕!
 今も昔も人柄だけなのかよ俺!
 なんて驚いたが……あーなるほど、そりゃそうだと納得した。

「この世界で人柄以上に信用出来るものって、あんまりないよな……」
「お前が持っている金でも信用すれば満足だったか?」
「人柄でじゅーぶん。人柄への信用が増えれば、そりゃあ───」

 笑顔も見せてくれるわけだ。そういった考えに思い至り、自然と緩む頬をカリ……と掻いた。
 まあ、こんなことは口にはできない。

「あ、そうだ。じゃあ期待はどうなんだ? 期待はしていないって言われたわけだけど」
「していないな。しない方が頑張りが強いと、これまでで理解したからな」
「……信用を増やすも減らすもお前次第って、結局期待してることにならないか?」
「ふふっ……さてな。好きに受け取ってくれていい」

 ふっと笑うと、目を伏せて腕を組み、木に背を預けた。
 毎度毎度思うが、この世界の女性って露出度高い。背が開いた服とかで木に背もたれして、痛くないのだろうか。
 そんなことを訊いてみると、冥琳に笑われた。服によって“するしない”があるから気にするな、だそうだ。そりゃそうだ。今の冥琳の服は普通に整った感じだし、背は開いていない。

「それで北郷。いつまでお前はその格好を続ける気だ? まさか子供たちがいい歳になるまで、というわけでもないだろう」
「あー……実はそこのところはよく考えてなかったり。蹴られたりせずに鍛錬に集中出来ればってつけたんだけど……どうしてか懐かれてるんだよな。なんでだ?」
「………」

 この世界指折りの軍師様に訊いてみたら、“それは本気で訊いているのか”という呆れた視線を贈られた。いや……この北郷、今日までで乙女心というものを学んできた修羅にござるが、生憎と乙女心は学べても子供心は学べておらぬのだ。
 なので解りません。解っていればこんな紙袋を被ることも、そもそも親子仲が微妙になることもなかったと思うのです。

「まあ、それに関しては言ってやれることはないな。一言で済ませるのなら他人事だ」
「わぁ、ひどいけど正論」
「軍師というのはそういうものだ。相手がどれほど親しかろうが、求められる言葉よりも差し出せる事実しか提示出来ない」
「雪蓮の無茶には笑って付き合うのに……」
「なんだ。親身になってほしいのか?」

 何気なく話しているものの、冥琳はさっきから微笑がデフォルト状態だ。
 なんというか、微笑ましいものを見ている顔と言えばいいのか。
 ……なんか、親に出された難題を頑張って解こうとして、でも解けなくて、微笑ましく観察されている気分……。ややこしいけど、本当にそんな状態だ。

「北郷。親というものになったことがない私が言うのもなんだが、あまり親と子として捉えるな。お前は……これを言うのもいい加減数えるのも面倒だが、お前として在ればいい」
「……言われるのも確かに、いい加減数えるのも面倒だなぁ。俺らしくか。それって……」

 親ではなく、なんというか……そういうこと?

「娘たちと友達になるつもりでってことか?」
「お前に親、という立ち方は似合わん。他国の兵だろうと民だろうと、将や王が相手でもずかずかと踏み込んでいった図々しさを見せてやればいい。それを、私たちには出来て、娘たちには出来ない理由はなんだ?」
「───」

 言われてみて、ああなるほど、だった。

「親って立ち方にこだわりすぎてたってことか」
「子供たちにとって、それが幸か不幸かは解らんがな」
「そっか。でもなぁ。たとえそうやって打ち解けるきっかけみたいなのが掴めても、俺、これからやらなきゃいけないことが山積みなんだけど」
「それは、娘達のことを後回しにしなければ出来ないことか?」
「どうしてもやらなきゃいけないことで、失敗すると取り返しがつかない。冗談じゃなく、本当にやり直せないんだ。そうなった場合、俺はきっと娘達のために割いた時間を後悔する。それをしたくないってのが……実は随分でかい」

 人の所為にするのは冗談だけにしたい。
 笑い合えない罪の擦り付けを親がするなんて、吐き気さえ覚える。
 俺の場合は家族がああだから、自分の不始末を家族に擦り付けるって考えは持ちたくない。既に剣道のことでがっかりさせてしまった経験があって、自分だけを守るための言い訳を並べ立てまくったいつかを思えば、後悔なんて出来るだけしたくないって思うに決まっている。
 だからそうしてしまわないためにも、やれることはやっておきたいのだ。

「親であろうとすることには失敗した。空回りしすぎだったよなぁ、我ながら。あ、でも育児放棄とかそんなんじゃないぞ? きちんと成長は見守るし、年がら年中鍛錬するわけでもない。で、大人になって、連れて来た恋人には拳を見舞って……───まあ、見守るだけの親がその時に相手を殴れるだけ偉いのかって言ったら、絶対に違うんだろうけどさ」

 じゃあどうすれば? ……親であることなんて忘れてしまえばいいのだ。
 責任責任と重く考えるから動けなくなる。
 どうせ嫌われているのなら嫌われているなりに、いろいろと躓くことは多そうではあるが、かつての思春や愛紗や焔耶を思えば難しいなんてことはないはずだ。
 ……その前の問題として、子供たちと接するか否か、で困っている。
 接することで鍛錬の時間が無くなれば、未来で後悔するかもしれない。
 接することを諦めて、ただ未来を守ることだけを願えば、守るためだけに生きた日々を後悔するかもしれない。
 中間を取ったとして、どちらも中途半端なままに仲良くも出来ず守れもせずで、どちらか以上の後悔を味わうかもしれない。

「……どうすればいいのかな」

 はっきり言えば、こんな現在なんて望んでいなかった。
 肯定否定の間に挟まれて悩む日々よりも、みんなとの日々をただ生きることに人生を懸ける……そんな日常が続くだけで、きっと満足だったろうに。
 だからぽつりとこぼれてしまった弱音。
 それを拾ってくれる人が、すぐ傍に居た。

「失敗すればやり直せない、か。ならば失敗しなければいい」
「え?」

 当たり前といえば当たり前のことを、横に立つ軍師は言った。
 まるで、なにを悩む必要があるとばかりに溜め息混じりに。

「じゃあやっぱり、子供たちは───」
「子供たちをほったらかしにして別を願えば、お前は子供たちのことを後悔するだろう」
「う……じゃあ失敗したくない未来のことは諦めろって?」
「そうすると子供たちの所為にしそうで怖い。そうだな?」
「……どっちも取れってことか?」
「当たり前だろう」

 やっぱり当たり前だ、ということらしい。
 胸の下で腕を組むいつもの立ち方で、冥琳は俺の目をじっと見てくる。
 シリアスでもこっちが紙袋装着だから締まらないものの、その目は真剣だった。

「どちらかを切り捨ててどちらかを完璧にこなす。なるほど、判断力に長けた者ならばそうすることこそ然だろう。だが北郷。お前は判断云々以前にそういうものに向いていない」
「《ぐさっ……!》…………アノ、冥琳サン……。なんか……今の言葉、物凄く突き刺さったんですけど……」

 まさか、人として向かないって理由で現在と未来を願うことを否定されるとは……!

「お前は一人で何かをすることに、まるで長けていない。代わりに、人とともに何かを為すことに関しては呆れるくらいに力強い。だから、改めて言おう。お前はそういうものに向いていない。一人で悩むくらいならば、遠慮せずに頼ればいい」
「……頼ってもどうしようもないことでもか?」
「ほう? それはどういう理由でだ?」
「………」

 言うべきかを一瞬だけ考えた。
 結果が出るのが、きっとみんなが死んだ後か、相当に年老いた後だと言うべきなのか?
 夢で見たものを信じてくれと、そんなことを言われて信じてくれるだろうか。
 一瞬でいろいろと考えた。一瞬だったのは、もう今日まででも散々と考えたからだ。
 答えは……さっきまでなら“言わない”。今は……“頼ってみよう”、に変わった。結局のところ……情けない話、俺一人で頑張ったところで後悔しない未来は見えなかったのだ。
 だから話した。今まで悩んでいたこと、どうすればいいのかも解らないことも含め、様々を。俺の口から放たれる滅茶苦茶な言葉を、冥琳は途中途中で眉を歪めながらも聞いてくれた。
 真剣さを受け取ってくれたからか、現実味がなくても茶化すことはせずに。

「……と……まあ。そんなわけでさ」

 重い話だったはずだ。
 話し終えても不安が渦巻くままに、少しおどけた調子で言葉を切ってみる。
 冥琳は……顎に軽く折った指を当て、思案していた。
 さっきまでの、どこかほのぼのとした空気なんて……もうどこにもなかった。
 胸を襲うのは極度の緊張と恐怖。
 どうしようもないなんて言われてしまえば、結局は俺が頑張るしかなくて。
 信じようがないと言われても俺が頑張るしかなくて。
 いっそなにもかも忘れて、みんなと最後まで楽しく過ごして、みんなと一緒に否定されてしまったほうがいいのかな、なんてことを考えてしまうくらい、この胸は緊張と恐怖でいっぱいだった。

「雰囲気からして余裕がないから、どんな言葉が出てくるかと思えば……」

 けれど、そんな思案も溜め息とともに吐き出されてしまった。
 思わず「え?」と言ってしまうほどの態度に、どういうことだと戸惑いながら訊ねてしまう。

「北郷」
「え? い、いや、私は校務仮面───」
「……北郷《ギロリ》」
「……ハイ」

 ギロリと睨まれてしまい、反射的に正座してしまった。
 ……座るつもりはなかったはずなのに、女性の睨みに対してなんと弱いこの体……!

「解っていないようだからはっきりと言ってやろう。ああ、お前ははっきり言った上、畳み掛けるように解らせてやらないと理解しないだろうな。いいか、これから言う言葉をきちんと受け取れ。理解出来なかったなら、我らが覇王様に足労願うことになる」
「華琳に!? なんで!?」

 何故にここで華琳さま!?
 俺はなにか、そんなにまずいことをしたのか!?
 育児放棄!? ……いやいやっ、俺ちゃんと見守るって言ったよな!? 見守る……みまもる……み…………育児してねぇ!《がーーーん!!》
 ハ、ハワワ……!? なんかもう嫌われているのを大前提として考えた結果、見守ることもまた修行だ……じゃなくて、見守ることすら育児みたいに思えてた! いろいろヤバイぞ俺! 親として以前に人としてもこれってどうなんだ!?

「北郷。お前は以前、自分の鍛錬を曹操に見られて鍛錬を禁止されたそうだな」
「う……もう8年以上前だけどね……」
「以降はどうだ。似た鍛錬をしているか?」
「いや……体を動かすのはそりゃしてるけど、今はむしろ体よりも氣の鍛錬って言っていいな。疲労もそれほど蓄積されないし、氣の使いすぎでぐったりすることはあっても、体自体はそこまで難しく考える必要はないかな」
「だろうな。さて北郷。お前のことだ、その氣の鍛錬とやら、書簡竹簡を処理しながらでも出来るな?」
「え? あ、なんだ、もしかして俺の鍛錬のことを訊きたかったのか? いっ……いやぁああははははっ!? そ、それならそうと早く言ってくれればよかったのにぃ! じ、実はなっ!? 俺なっ!?」
「違う」
「《がくーーーーん……!》……あ…………そすカ……」

 正座から両手両膝がっくり状態に進化した俺がいた。
 そりゃいきなり大声で照れ出す男なんて気持ち悪いかもだけど、ちょっとくらい聞いてくれたって……。
 と悲しみを抱きつつ、先を促してみた。

「言葉通りはっきり言うが、北郷」
「お、押忍」
「朝から晩まで、氣の鍛錬をする馬鹿などこの大陸にはいない。もっと厳密に言えば、お前と同じ勢いで鍛錬をしていれば、よほどに氣の絶対量が多い者でなければ、結果を出す前に氣が枯渇して倒れる」
「え? や、そりゃないだろ。明命とかだったら軽く出来るって」

 なにせ明命だ。祭さんや凪だって、余裕で出来そうじゃないか。
 そんなことを当然のように言ってみたら、軽く遠い目をされた。あ、あれ?

「確かに出来る者も居る。ただし、やらない。氣の枯渇などをしたら、緊急時に動けなくなるからだ」
「………」

 アー……ソリャソウダー……と思いつつ、本当のやらない理由はそこじゃないような気がした。じっと冥琳を見ていると、なんだか“察することが出来るのに最後まで聞くのか”と目で語られた気がした。

「氣を使いすぎると危険なのは、お前も知っているだろう。祭殿の無茶な氣脈拡張の際、死にかけたな?」
「う……つまりは、そういうことなのか?」
「それだけが原因とは言わない。確かに氣を持つものは……特に将となる者は随分と多くの氣を持ってはいるのかもしれないが、北郷。お前のように寝て起きれば回復するほどじゃあない」
「へー…………へ?」

 え? 回復が遅い? いや……俺も寝て起きれば回復だーなんて、RPGのMPみたいだとはそりゃ思ったけどさ。……やっぱりあれか? 肉体が成長しない分、唯一左右される氣のほうが存在を保っている、みたいな感じなのか? だとしたら、氣脈拡張の際に死にかけたのも微妙に納得出来るけど……納得したくない自分も居る。本当に苦しかったからなぁ……あれ。
 あぁでも、だったら竹簡とかに鍛錬法を書いたのは失敗だったか?
 娘達にも似たような氣が混ざっているのなら、枯渇で相当苦しむことにな…………待て。そういえば、無理に氣脈を拡張しようとした甘述が、尋常じゃないくらいに苦しんで…………。

「北郷?」
「えと。なぁ。普通の人が氣を使いすぎたら、どうなる?」
「うん? ……ああ。動けなくなるな。だが、死ぬほどではない」
「……どうやったら、そんなところまで読めるほど理解が深くなるんだよ」

 ようするに俺がやっていた鍛錬はやはり異常で、止めた華琳は正常だった。
 それでも続けた俺も異常だったが、現在でも無事でいられることのほうがよっぽど異常だ。
 ……えと、だがしかしだ。

「なぁ冥琳。その話と未来の話と、どう繋がるんだ?」
「………」

 訊ねてみたら少し睨まれた。
 無知でごめんと言いたいところだけど、ちょっと理不尽を感じずにはいられない。

「お前は妙なところで鋭いのに、そこに自分が係わるとどうしてこうも鈍くなるのか」
「ごめん。それ、俺自身も悩んでいることのひとつ……」

 本当にどうしてなのか。
 悩んだところで答えは見つからないから、今もこのままなのだが。
 しかし北郷負けません。これでも女性に訊ね返す際には、絶対に聞こえなかったフリとかはしないと心に誓っている。
 ……もっとも、それを朱里と雛里との会話中にしてしまい、しつこく訊きすぎて顔を真っ赤にした二人を泣かせてしまったことがあるのだが…………まあその、うん。卑猥な妄想をつい口にしてしまって、それをなんて言ったんだってしつこく訊きまくって、幼さの残る天才軍師さまに卑猥な言葉を泣かせながら口にさせるって……最低だよなぁ。
 あの時は本気で謝った。土下座までして謝った。そしたら一層に慌てさせてしまい、泣かれる泣かれる。騒ぎを聞きつけてやってきたメンマさまに妙な状況ばかりを拾われてしまい、からかわれ、俺まで泣いたのは悲しい事実だ。次に慌て出した星の顔は、たぶん一生忘れない。
 じゃなくて。

「纏めると……その。俺のやっている鍛錬は既に異常で、それ以上を望むのは無茶で、だから気にせず子供たちに接してやれって……そういうことか?」

 言ってみると微笑とともに「そら、解っているじゃないか」と溜め息を吐かれた。
 笑顔で溜め息はやめてください。すごく絵になって、こっちまで溜め息が出る。

「ああもちろん、氣に応用が必要なのは解る。ただ氣脈を成長させるだけでは意味がないこともだ。しかし北郷。私はそれが、いつかのように三日に一度でもいいと思っている。お前としてはどうだ? 日々を仕事と鍛錬だけで埋めて、お前はきちんと成長出来ているのか? 三日に一度の“集中する鍛錬”と、一日のほぼを潰す毎日の“休息と余裕が無い鍛錬”と。お前はどちらを“効率良し”と唱える」
「………」

 言われて振り返ってみた。
 自分の無茶な行動や、自分を心配する周囲の声。
 華琳は珍しく止めることはしなかったが、目標を目指すことと自分を壊すことを同じにしないことねと溜め息を吐きながら言っていた。
 ……その時は愛紗に追いつくんだってことばかりを考えていて、言われてもきょとんとしたものだったのに……冥琳に言われて冷静になって振り返ってみれば、こうも簡単に意味を受け取れた。

(………………そっか、余裕なかったか、俺)

 きちんとやれているつもりだったのに。
 そうは思っても、子供と接することを諦めている時点で、もっと具体的に言えば、なにかを切り捨てなきゃいけない時点で、余裕なんてものはなかったんだろう。

「さて北郷。お前には呉のことや雪蓮のこと、蓮華さまのことで随分と助けられた。その恩人が迷っているとなれば、友としても人としても軍師としても見過ごせん。雪蓮が聞けば笑うのだろうが……いや、私自身も私を笑いたい気持ちでいっぱいだが、不思議と悪い気分ではない」

 ところどころで視線をちらちらと逸らしながらも、言葉を続ける冥琳さん。
 いったい何を言われるのやら……と不安ばかりが先行するものの、不安はあっても悪い予感はなかった。そりゃそうだ、友として、なんてこうもきっぱり言われたら、疑うのは失礼ってもんだ。少し照れている様子を見せつつ、髪をファサアアと払う姿は綺麗だが、まあなんというか……顔が赤い所為でどうしても照れ隠しにしか見えなくて、いつしか不安も裸足で逃げていった。

「あー……つまり、その、だな」
「うん」

 言葉を探してらっしゃる。あの周公瑾殿が。
 とても珍しい光景なはずなのに、ただただ落ち着いて言葉を待てる自分に驚いた。

「北郷」
「うん」
「雪蓮が、文台さまが目指した世は、誰もが笑って暮らせる世だ。しかし、その夢は曹操の前に破れた」
「……うん」
「だが、そんな夢も、誰かの待望、悲願に乗せて叶えられると知った。ここからまた目指せばいいと言った者が居た」
「うん」
「……なあ北郷。お前は今、どちらかを手放し、どちらかで後悔する道を選ぼうとしている。お前はその先で、笑っていられると本気で思っているのか? そうではないと知って、雪蓮や蓮華さまが黙っていると、本気で思っているのか?」
「………」

 続けて“うん”とは言えなかった。
 その目が俺の目を見つめ、心配してくれているのがとてもよく伝わってきたから。
 そんな目を見たら。そんな目で見られたら、こんな不安は自分だけで抱えてしまおうなんて思っていた自分が、随分と馬鹿馬鹿しく感じた。
 友というのなら頼れと。頼る気がないのなら、もっと隠せるように努めろと。彼女はきっと、そういうことを言いたいのだろうと……いや、俺自身がきっとそう思うんだろうなって。それで、自分のことは棚にあげて相手の心にどかどかと入り込んで…………うわぁ、自分のことながらちょっと頭痛い。

「……えっとな。俺さ」
「! ……あ、ああ。なんだ?」
「………」
「?」

 冥琳よぅ……そこで安堵したようにホッとされると、すごい罪悪感が……。
 俺、そこまで思いつめた顔してました? ……してたんだろうなぁ。
 なんだかやっぱり自分が馬鹿馬鹿しく思えて、姿勢正しくこちらへと向き直った冥琳の頭をよしよしと撫でた。……もちろん、正座から立ち上がってから。
 途端に顔を真っ赤にする冥琳だったけど……逃げることも払いのけることもせず、顔を真っ赤にして軽く俯きつつも、撫でられるがままになっていた。……子供冥琳は、今も変わらず撫でられたいらしい。

「……俺な、実は夢《つつぅ》ぇええっひえぇえええっ!!?」

 突如、首筋を撫でる感触に悲鳴。
 夢を見てさ、と続ける筈がヘンテコな声が出た。
 慌てて振り向いてみれば、いい汗かいたとばかりに笑顔な星さん。
 目的の話だけではなく、夢の中の全てを話そうとした途端だった。

「主よ。せっかく友が戦っているというのに、友をほったらかしにしておなごと妙な雰囲気を作るのはいかがなものか」
「それと首筋を指で撫でるのとなんの関係が!?」
「いやなに、妙な雰囲気だったので、少し割り込みを。邪魔ならば去りましょう」
「……星って、結構表情に出るよね」
「はっはっは、なにを仰る。“いつも飄々としていて解りにくい”と、愛紗に言われたほどのこの私が」
「………」
「………」

 冥琳と二人、どことなーく緊張しているように見える星を見た。
 戦ってたならそのまま続けてたらどうなんだろうか、とも思ったものの、ちらりと見てみれば死屍累々。モシャアアア……と景色が揺れるほどの氣を放つ恋を中心に、様々な武将が倒れておった……。

「逃げてきた?」
「逃げたわけではありませぬ。仕合とはいえ、戦いっぱなしだったので休憩を挟んだまで。するとほれ、いつも通り樹の下で休む友であり主の傍で、穏やかに笑う軍師が居るではないか」
「………《じー》」
「………《じー》」
「いや……その。し、仕合を始める話題の中心となった主を横に、ああも穏やかに談笑をされれば気になりもしましょう」
「談笑というか、こっちも相当大事な話をしてた筈なんだけどなぁ……」

 一応自分と子供の今後に関わる重大な話だ。
 下手をすればこの外史そのものに関わるわけだから、簡単に考えすぎるのも戸惑われる。
 まあそんな考えを働かせつつも、気になったので一言。
 星の耳に口を近づけて、ぼそりと。あくまでおどけて、冗談のように。

「もしかして、友達を取られると思ったとか」

 言ってみて、もしかしてもなにも以前から結構一緒になることは多かったことを思い出す。
 冥琳とも友達だし、星とも友達だ。でも……アレ? なにか引っかかりがあるような。
 なんて思ってたら星の顔がぐぼんと赤くなり、俺の問い掛けにあうあうと言葉を失って、しかしどうしてか俺の道着の端っこをちょいと摘んで俯いてしまい………………あれぇ!?

(神様……あるわけないと確信して放った冗談が真実だった場合、言った本人の責任云々はいったいどうなってしまうのでしょうか……!)

 まさかの友達関連での嫉妬っぽかった。
 そしてこれだけわたわたしていれば冥琳も気づくというもので、ちらりと俺を挟んだ隣に立つ星を見ると……わあ、なんか雪蓮を追い詰める時の目つきに変わった。
 やめて!? 今さらだけどこの世界、仲間意識はあっても友達意識ってあまりない気がするんだから! というかこれはもしかしてあれなのか!? “私と貴女は友達じゃないけど、私の友達と貴女は友達”的なアタックでギャグマンガな日和なのか!?

「と、ところで主よ。メンマのことについて、少々話が……」
「北郷。絵本について、前に出たばかりのものの話が……」

 同時に話が始まった。
 聞き分けられた自分をお見事ですと褒めたかったけど、言葉が止まった途端に双方がニッコリ笑顔で互いを見て、その体からは黒いオーラがモシャアアアと!!
 あ、あれぇぇええ!? なんか似たような空気を僅かながらに感じたことがあるような!? でも以前はもっと穏やかだったよ!? なのに“ああ、あの時も恋が一人で無双してたなぁ”とか思い出してしまった時点で、なんかもう逃げられる気がしませんでしたごめんなさい!

「メンマも絵本もまた今度なっ!? 確かに大事な話だけど、ごめん! 今回ばっかりは俺の悩みのほうを優先させてくれっ!」

 ずぱんっと顔の前で手を合わせての言葉。
 明らかに身の危険を感じたってことも確かだ。
 けれど、今の問題は先送りにしていいことでもないから、勇気を振り絞って話題を元に戻すことに努めた。星はきょとんとしていたが、冥琳がふむと呟いて迫力を引っ込めると、素直に引いてくれた。

「ふむ……なんとも珍しい主が見れましたな。なんのかんのと他人に合わせることが多い主が、まさか自分のことを優先させるとは。私も少々、状況というものに慣れすぎていたようでござる」

 申し訳なさそうに、主に対してと友に対しての謝罪をしてきた。
 こっちとしては自分を優先させた上に謝られてしまって、慌ててなんとかフォローしようとするんだが……いろいろと事実に詰まって、上手い言葉はでなかった。

「いや、お気になされるな。そもそも、主は友だというのに相手に遠慮しすぎだ。こうして時に自分を優先してくださった方が、遠慮の壁も落ち着きを見せるというもの」
「ならばお前もはっきりと言ってやればいい。あまりに受け入れられすぎると、寄りかかり過ぎて自分が保てなくなると」
「!?《ぐぼんっ!》なっ……なななにを仰るやらっ!? わわ私は……こほんっ、私は別に、寄りかかりすぎてなど」
「………」

 二人の間に立ちつつ、樹に背もたれして聞いているこの北郷めとしましては。
 それってつまり、俺……星に甘えられていた?
 それを前提で考えてみれば、人を見つけるたびににこにこして寄ってきて、他の人には言わないようなことを言ってきたり、たまに膝枕をお願いしてきたり………………さてここで問題です。この星という人物を娘に置き換えて、状況を想像してみましょう。…………思いっきり甘えてらっしゃる! 難しく考える必要もないくらいに心許されてるじゃないか俺!
 ……そしてそんな事実を星自体が気づいてらっしゃらなかったようで、赤い顔であちらこちらに視線を揺らしては、俺の顔を見るとホゥと安心したような笑みを浮かべて……そんな自分に気がついて、真っ赤になって視線を逸らした。……その際、勢いが良すぎて首がゴキリと鳴ったのが聞こえた。……あぁああ震えてる震えてる、痛かったんだろうなぁ今の……!

「はぁ」

 こんな雰囲気でこれからのことを纏めなさいと言いますか、ゴッドよ。
 なんてことを少しくらい思ったんだけどさ。……困ったことに、“こんな感じだからいいんだよなぁ”って思ってしまった。だって、毎度が毎度なんだもの。難しいことばかりで塗り固められた決定なんてほぼ無くて、なんだかんだと笑みと……自分への覚悟とともに、今までを受け入れてきた。
 後悔は後悔だ。後になって悔やむことしか出来ない。これからも何度も何度も後悔を受け入れつつ、“後悔だけじゃなくて笑みさえ受け入れて歩いていける”って根拠の無い自信を持てる。後悔して落ち込み続けられるほど、みんながほうっておいてくれないからだ。
 そんなことが想像出来る余裕が、少しでも出来たからだろうか。
 今ここに居るみんなの様々な想いをそのままに、未来のことばかりに気をやって、今を見ずに居る自分にとんでもない違和感を覚えた。
 そりゃ、先を見ようとするのはいいだろう。先の先の先を考えて、そのために鍛錬に溺れて、周りを見ないで一心不乱。べつに悪いことじゃない。……そう思えるけど、それを最果てまで続ける自分を想像してみたら、とんでもない違和感に襲われた。
 気づけばみんな年老いて死んでいて、目の前には左慈が居て。
 結果として勝てて、振り返ってみれば……もう誰も居ない。
 思い出そうとしても鍛錬ばかりが思い出されて、時折に自分を見つめる寂しそうなみんなや子供たちの顔だけが頭に浮かんで。
 ……俺は、そんな未来で満足できるか? みんなが生きた世界を守れたとして、自分が持つ“それまでの過程”がそんなもので、本当に満足できるか?

(無理だ)

 満足なんて無理だ。そんな未来予想、自分の幸福の何一つも満たせない。
 周囲の笑顔も思い出せないくらいに未来のことばかりを気に掛けて、なのに残った結果が世界を救えたことだけなんて。
 いや、それは救ったって言えるのか?
 この世界が華琳が望んだ外史だっていうのなら、華琳はそんな世界を望んでくれただろうか。……いやいや望まない、絶対に途中で止めに入る。とびきりの笑顔で、目だけ笑っていないあの鋭い視線をくれて、鍛錬漬けの俺を強引にでも止める筈だ。
 ……あれ? じゃあその……あれ? 遅かれ早かれ、俺って止められる?

(普通に考えればそうか)

 誰とも交流らしい交流をしなくなって、ひたすらに鍛錬と仕事の化物になる存在を、いったい誰がほうっておこうか。少なくとも俺が知る三国の皆々様は、そんなことを許す人ではございません。
 最初こそ一緒に鍛錬をして、“今日は鍛錬じゃなくて遊びに行くのだー!”ってなって、それでも無理矢理鍛錬をしようものなら……最終手段として、我らが覇王さまが召喚されるのが簡単に想像できた。
 そこまで予想してみたら、なんだか笑えた。
 どうしようもないなぁ、なんて思ってしまえた。
 華琳のためにとか、華琳の世界を守りたいとか、覇道を支えるだとか……理由を並べりゃキリがない。鍛錬をする理由なんてまさにそれだろう。
 そんな風に悶々と悩む俺。想像の中でもぐちぐちと“もしも”を並べていたんだけどさ。

「ぶふっ!」
『?』

 想像の中の華琳が一言。

  “私の世界を守る? あなたにそんな在り方など望んでいないわよ”

 つい吹き出してしまって、冥琳と星にきょとんとした目で見られた。
 でも、それで納得してしまったのだ。
 そうだよなぁ。華琳はきっと、そんなものは望まない。
 守りたいと思うのなら一人で突っ走らず、ともに歩める者になれと言うだろう。
 出会ってばかりの頃からは想像出来ないやさしい顔で。
 一人に何かを守らせて自分は笑うなんて、非道な王を目指してなどいない彼女だから。
 それを思えば、“彼女は本当に変わったんだなぁ”なんて、暢気に思うことが出来た。

「…………ふんっ!《どごぉっ!》」
『!?』

 胸をノック。
 もう“殴る”って言葉が一番合うくらいに、こう……どごんと。
 その痛みであれこれぐだぐだ悩んでいた自分を一瞬だけでも飛ばしてから、次に氣を込めた拳でもう一度ノックをする。

(覚悟……完了)

 悩む度、躓く度、歩く道を変える頼りない自分でも、辿り着きたい場所はきっと変わらず。
 それを見失うたびにこうして周囲に教えてもらって、知識を深める度に辿り着きたい場所に霧をかけてしまう自分に呆れても、それでもこうして前を向ける今に感謝を。

「いきなりだけどさ」
「うん?」
「どうされた?」

 氣を込めたノックの所為で、貫通力がある衝撃が心臓を打ち抜いて、少しの間停止した俺の開口一番。まさかのハートブレイクショットに苦笑をもらしつつも、焦る気持ちも一緒に壊されたから、二人の友に感謝を述べた。
 二人は感謝される覚えがないと口を揃えて言って、なのに頭を撫でる手からは逃げようとしなかった。


───……。


 自分のやり方は間違っていると気づいた時、それまでの行動を思い返すと恥ずかしいと感じること、ありますよね。
 現在、軽い休憩も終わって冥琳も星もべつの場所へと歩いていったところ。
 この北郷こと校務仮面は、娘らと接するタイミングを計っておった。
 しかしこう、いざ構いましょうとすると、進めなくなるわけで。
 そんなことが出来たのなら、今までも苦労はしなかったわけで。
 じゃあどうするのさとなると、やはりこうして悩むわけで。

「………」

 …………もう、いいんじゃないかな。
 俺……もう、いいよね?
 頑張ったよね、俺……。
 娘達のもとへと向かおうとする足がビタァと地面に根付いた。
 そうして思い返してみれば、娘達が懐いているのは北郷一刀ではなく校務仮面で。
 そう考えると結局なんにも変わってないんじゃ!? と悲しみが溢れてくる始末。
 だったら正体を明かして、力強い父の姿を見せ付けてやればいいのでは? とも思ったのだが……変身ヒーローは正体を明かしたらいけないのです。子供の夢、壊す、ヨクナイ。
 なのでやることは変わらない。
 ただ校務仮面として、お子めらに夢と希望を与える存在となりましょう。
 ああでも正体がバレた時、下手すると“よくも騙してくれたな”みたいな状況に……あ、あれ? 何故そんな状況を、“それも面白そうかも”なんて思っている自分がいるのでしょうか。
 冗談半分でなら、相当に面白そうなんだが……うーん。

「うん」

 まあ、いい。
 ともかく俺は、どちらの道も選ぶことにした。
 みんなとの時間を大切にしつつ、鍛錬もする。
 最果てが何年後かなんて解るわけがない現在を、精一杯に生きるのだ。
 後悔すること前提で生きる道には、きっと華琳が……じゃないな。三国の王が望むような未来は存在しそうにないから。

「いくか」

 うだうだ考えている暇があるなら、少しでも時間を作ろう。
 鍛錬の時間と、みんなと一緒の時間。
 8年かけて多少強くなれたなら、これからの時間をそうして過ごしていけばいい。
 大丈夫。8年だって出来たんだ、伸びが悪ければ鍛錬の密度を上げればいい。

「よ、よよよよしっ!」

 ザムシャアと子供たちの傍へと立ち、いざこの校務仮面とともに《くいっ》ややっ!?
 なにやら袖を引かれる感触……誰?
 と振り向いてみると、目をきらっきら輝かせて俺を見つめる……───三国無双様。

(あ、あれっ……おかしいなっ……あれっ……あれっ……!!)

 ぐにゃああああと視界が歪む。
 なんだか前にもこんなことなかったっけとか思いながら、ともかく歪む。
 俺を見つめる恋は例の如く方天画戟を持ってらっしゃって、びしりと固まった俺の袖をくいくいと引っ張ってなにかを促している……!
 ええ、なにかもなにも……

「わあ」

 ちらりと見れば、やっぱり倒れ伏して動かない将のみなさま。
 さっき見た時はまだ動ける人も居たのに、今度ばっかりは皆様ぐったり。超ぐったり。
 それを確認すると、一層にクイィっと引かれる道着の袖。

「───」

 脳裏で孟徳さんがハンケチーフを振っていた。
 なんか言って!? いつもみたいになにか言ってよ!
 などと脳内漫才をしている間も期待を込めた目で見られるこの北郷。もとい校務仮面。

(神様……)

 俺はあと何回遠い目をすれば、強くなれるのでしょうか。
 そうは考えても、きっとこの娘も自分が吹き飛ばされるくらいの衝撃に憧れているだけなんだろうなぁ、なんて思ってしまうと断る理由は消えてしまって。
 軽く苦笑を漏らしながら頭を撫でると、もうきっと犬だったら尻尾を千切れんばかりに振ってますって顔で頬擦りしてきた。なんといえばいいのか、ええと……耳を伏せて首を伸ばしてくるアレだ。あんな感じ。
 そうして、子供たちとの時間をと臨んだはずの一時はしかし、三国無双さんのやり場の無い全力を受け止める機会に変わってしまったわけで。
 しかし俺自身、増した氣の全てを使えば、吸収しきれたりしないだろうかとわくわくしている部分もあって……そうなれば木刀を握る手にも力が入る。
 対峙する中で何度胸をノックしたかは数えるのも面倒、というか数える余裕がありませんでした。
 だが、もはや逃げられぬわ。
 試せるものは全て試す。全力の全力で挑み、負けることを前提にはしない。
 その先に立てなければ、愛紗に届こうなどと夢のまた夢!
 意識を鋭くしろ、目を瞑るな、逸らすな。木刀という名の相棒を手に、いざ勝負!

「いくぞ! 恋!」
「……!《こくこくこくっ!》」

 声をかけると物凄い速さで頷かれまくった。
 俺との戦いの何がそんなに嬉しいのか、まるでご褒美を待つお犬様のような期待の目と、それとは裏腹な地を這うような疾駆。
 一気に詰められた間合いに息を飲む───ことはせず、待ってましたとばかりに突進に合わせてのフルスウィング。恋はそれを縦に構えた戟で受け止めて、疾駆の勢いのままに俺の体勢を崩しにかかる。丁度鍔迫り合いに似た格好になった。
 腕にかかる衝撃はとっくに化勁で逃がしており、恋の体重くらいは支えられるようになった俺にとっては、残った重みなどは可愛いものだった。意味はちょっと違うけど、将である娘を受け止められるのってなんか嬉しい。
 とまあ、そんなことを考えつつも体では行動。
 散らした衝撃を、“氣を体外放出⇒溜める”といった行動の応用で氣と一緒に溜めて、それを鍔迫り合いの体ごと押し込む行動に上乗せしてぶつける。
 普通なら押し勝てない俺だが、これを以って強引に押し退けるや氣を充実。
 木刀に装填させた全身の氣が金色に輝き、途端に恋がそれはもう瞳を輝かせて方天画戟を───両手持ちで構えなすった! うわぁ思い切りで来るつもりだ! 打ち負ければ氣や木刀ごと北郷一刀って存在が消し飛びそう!
 コマンドどうする!?

1:男ならやってやれだ!(7回分の氣を全力解放で受け止めて装填)

2:真正面からぶっ潰す!(7回分の氣を全力解放でそのまま攻撃)

3:無難に躱してから攻撃(拗ねた恋にネチネチ潰される覚悟がありますか?)

4:一歩進んで抱き締める(愛に勝る強さなどあるものかとオリバ風に)

5:輝く瞳にステキな毒霧(ヒールレスラーのようにブシィッと)

 結論:……1!

 2でそのまま攻撃に移ったとして、それって愛紗以上ですか? ……想像つかない! 受け止められて終わりな気がする!
 なので1! 受け止めてッ! 全力で返すッッ!
 あと5! 毒霧なんて仕込んでないよ俺!

「っ……───!!!」

 来る。渾身。
 風を巻き込む音と、振るう者の迫力が、自分が肉塊になるイメージを容易くさせてくれる。
 そうなる恐怖を簡単に抱かさせてくれる相手はしかし、困ったことに“俺だからそうする”という妙な信頼の下に武器を振るう。
 それを受け止めずに逃げ出した日には、彼女は落ち込んでしまうだろう。というか、信頼を裏切られたと感じて離れていってしまうかもしれない。いやいやむしろ俺を傷つけるところだったとか自覚してしまって、目も当てられないくらい落ち込むんじゃ……!
 いろいろな思いが一瞬で頭をよぎって、よくここまで集中出来るなーなんて考えた途端、

(……あれ? これってもしかしなくても走馬灯?)

 人はその一瞬、今までの人生を振り返るとイイマス。
 ……あれ!? 俺死ぬ!? 本気でやばい!?

「おっ……おぉおおおおおおおおおっ!!?」

 全力解放!
 7回分の全力を体外放出させたのち、左手に集中装填!
 受け止め切れない氣の量に、左手がミチミチと嫌な音を立てたけどハッキリ言おう! 死ぬよりマシだ! 覚悟は決めたんだから、全力で受け止めて全力で返す!
 走馬灯の集中力が持続している内にそれらを完了させると、直後に袈裟の一撃。
 “触れれば砕かれる”を具現化したような恐怖の塊に手を伸ばして、恐怖ではなく信頼を抱き締めるつもりで受け止める!!

「───」

 戟が手甲付きの左手に触れる。
 力強い氣が込められている所為か、赤に染まっているようなそれを手甲に覆われた掌で。
 一番最初に感じたのは破壊のイメージ。次に、ズシンと体中に響く重さ。氣で受け止めた所為か一気に全身にかかったそれを吸収、ミシミシと骨や筋が軋む音を聞きながら実行し続けて、ミキリと嫌な音がした時点で───7回分でも足りませんか!? という結論に到った。
 衝撃を吸収させるために働かせた金色の氣の全てが赤に染まる───そんな光景をすぐ目の前で見た。
 感じたのは恐怖か? それとも……

「いがっっ……つぁあああああああああっ!!!」

 以前のように腕が折れる前に、衝撃を木刀に装填。
 氣で吸収したお陰か、人を潰すほどの威力も無くなったらしい一撃を手甲でなんとか逸らし、彼女の口が“え”と軽く開いたところへ───振り抜けるっ!!

「!!」

 ろくに氣の残っていない左手で逸らしたからだろう。
 軽く押し退けられた程度の距離をあっという間に戻した恋は、振るわれた真っ赤な一撃を方天画戟で受け止めて…………以前のように、吹き飛んだ。

「…………〜〜〜〜っ……ぶはっ……!! はっ……はぁあっ……!!」

 吹き飛んだって言葉がこうも似合う状況って、あまり無い。
 この世界でならそりゃあ、将に頼めばいくらでも飛べるんだろうけど……。

「いっ……つぅう……! ……うあっ、手甲が歪んでる……!」

 さて。
 恋が吹き飛んで、本当に吹き飛んで、中庭側の城壁の壁に激突したのを確認しつつ、歩く。
 漫画みたいな表現だが、本当に吹き飛んでいく人を見る、というのはこれでかなり怖いものだ。俺も随分と飛んだものだけど、あれの表現はどちらかというと……“浮かされた”って感じだろう。
 自分の全力と俺の全力を合わせたそれを受け止めた恋は、それはもう見事に吹き飛んだ。
 大砲で人を飛ばしたらあんな感じでしょうか、なんて在り得ない比喩表現を出したい気分だ。

「………」

 なんとか彼女の一撃に届けた、己の氣の総力を振るってみての感想をひとつ。
 “受け止めるだけ”なら上手くいきました。それでも足りなくて、強引に逸らしましたが。
 そうなってみて見えてくるものはといえば、彼女はいつでも全力を振るえます。何度でも。対する俺、それを受け止めて全力で返しただけで、目が回る思いです。たった一回だけで。

(…………俺って……)

 遠い目リターンズ。
 やっぱり俺って弱いなぁあ……いろいろな場所で兵のみんなが励ましてくれたけど、これじゃあまだまだすぎて慰めてくれたみんなに申し訳ない……。
 強くならねば……! みんなの期待に応えられるくらい、強く……!
 たった一度を受け止めただけでコレな俺なのだ……次の目標は、せめて全てを受け止めきれる俺になること……!

「はぁ……───はぁ……っ……はぁああああ……!」

 息も荒く、しかし歩く。
 吹き飛んでいった恋を追って、なんとか。
 疲労感が強すぎて、気を抜くとそのまま倒れる自分が容易に想像できた。

「………」
「………」

 果たして、恋はそこに居た。
 壁の下、落下した地点にそのままちょこんと座るように。
 どうして立たないのかと思っていると、受け止めた際に砕けてしまったらしい方天画戟のレプリカをそっと持ち上げて見せてくれた。

「………」
「………」

 俺を見上げる瞳は、なにやら期待に満ちている。
 自分の中で結論は出ているのだろうに、俺にそれを期待している目だった。
 なので、そっと持ち上げた木刀で、彼女の頭をこつんと叩いた。
 で、合言葉のように言うのだ。

「はい、俺の勝ち」
「……!!」

 それだけで、彼女は喜びに満たされたようだった。
 ババッと立ち上がるのと同時に俺にとびついてきて、首に両腕を回すと頬擦り。……当然校務仮面な俺だから、頬擦りでも紙袋がゴソモシャと鳴るだけだったが、その感触が気に食わなかったのか、なんと彼女は校務仮面を脱がしにかかった!

「いかん! 校務仮面の正体は絶対に秘密……おぉおわっ!?」

 片腕を首に回され、片腕で紙袋を奪われようとする。圧し掛かられる結果となって、飛びつかれた勢いもあって……当然氣も体力もあの一撃にかけてしまった俺は、そんな軽い衝撃にさえ耐え切れずに転倒。押し倒されるカタチになった先で、頬部分まで紙袋を持ち上げられた状態で頬擦りされたり顔を舐められたりって……やっぱりマーキング!? これってマーキングなのか恋さん!!
 もちろんこんな状況に、静観してらっしゃった皆様が勢いよく立ち上がり、恋と戦った疲労と急な起立に立ち眩みを起こす者続出。しかしながら根性で集まる皆様に拍手を贈りたい。俺の体、もう動きそうにないけど。

「こ、こらっ、恋っ! 公嗣さま……というか子供が見ている場で、なんてことを……!」
「にゃははははっ、愛紗顔が真っ赤なのだー!」
「わたっ……私の顔の赤さは今は関係ない!」
「兄ぃ、美以も舐めるのにゃー!」
「やめて!? それよりなんとかしてほしいんですが!?」

 正直腕力じゃ勝てません!
 正体を明かさないためにも両手で紙袋を守っているのに、彼女の片腕にすら勝てない北郷です! あ、あぁああ! 紙袋が、紙袋が取られてしまう! 助けてぇええ!!


───……。


 少しののち。
 あまりに引っ張られたために一部が破れてしまった校務仮面を被りつつ、顔だけはやはり隠したこの北郷は……

「………」
「大体! ご主人様は無茶が過ぎます! 恋を相手に真正面からなど!」

 ……美髪を揺らす雲長さまに、ガミガミと怒られておりました。
 え? 姿勢? ……言わなくても解るでしょう?
 ただその横に恋が居て、しがみついたまま離れません。
 しがみつく箇所は腕だったり腰だったり首だったりと、場所を選ばぬ引っ付きっぷりです。
 何故ですかと唱えてみれば、返事は特になく……ただ顔を赤らめて俯いて、くっついてくるだけでございます。
 さて問題です。
 子供たちの前で、親以外のおなごとくっついている状況を見られるのって、どんな気分だと思いますか? ええ、僕は今とっても気まずいです。これで実は校務仮面がきみ達のパパだったんだぞーとか暴露が始まったら、なんかもういっそ死んだほうがいいんじゃないかなって思えそう。
 だから愛紗さん。お願いですから“ご主人様”って言うのやめてください。

「デ、デモネ? 僕ニモ目標ガアッテ」
「ほほう、目標、ですか」

 ていうかさ。いつから俺ってこんなに愛紗に弱くなったんだろう。
 初めて蜀に行った時はもっとこう……ねぇ? そりゃあ嫌われていたけど、仲直りしてからはここまでじゃあなかった気がするんだけどなぁ。
 それがいつの間にかずるずると来て……大体が桃香関連で巻き込まれて、とばっちりを受けていたらいつの間にかって、そんな感じ?
 …………俺、悪くないんじゃないかなぁ!!
 とばっちりで怒られ癖がつくなんて初めてだよ!
 ところで話は変わりますが、子供たちの俺を見る目が、英雄に向けるソレっぽくて怖いです。結果として呂奉先を倒した、という事実に目を輝かせているのでしょう。
 ……実際に戦ってみた自分にしてみれば、恋のこれは真剣勝負とは違うと思う。
 負けたくないのであれば、馬鹿正直に袈裟の一撃だけを仕掛ける意味もない。
 前も思ったことだけど、アレだ。強すぎると、自分の常識を吹き飛ばすような存在が恋しくなるっていう、漫画や小説内の強者が思うようなアレ。恋もきっとそれで、偶然とはいえ一度は負かせてみせた俺に、そういう理想を抱いている……と思われる。勝手な想像だけどさ。
 そうじゃなければ一撃を躱されれば終わりな俺の一撃を、わざわざ受け止める理由もないのだろう。…………もっとも、全部を受け止めた上で押し切ってこそ勝利、と彼女が考えているのであれば、これは間違いようのない勝利と言えるのだけど。
 なまじ強く在る人だと、躱すことさえ敗北って考えがあるからなぁ、この世界。

「と、とりあえず、さ。愛紗さん」
「なんですか」

 じろりと睨まれると、思わずヒィとか言いそうになるのは変わらない。
 目にこれだけの圧力をかけられるとか、異常でしかないでしょうに。
 しかし北郷負けません。今まで様々な人に睨まれ、対峙してきたこの北郷……もはやこの程度の眼力には屈さぬのです。

「ん……ご主人様、震えてる」
「汗ね!? 汗が冷えてサムイナー!」

 前略おじいさま。恋にツッコまれたりもしたけど、僕は元気です。

「それで、なんだけど。紙袋を交換することを許可してもらいたいなーと」
「だめです」
「なんで!?《がーーーん!》」

 えっ……いや……! なんで!? ほんとなんで!?
 いいじゃないか紙袋くらい! これがないと校務仮面が校務仮面じゃなくなってしまう! そしてそんな大事なものなくせに“紙袋くらい”とか言ってすいませんでした!
 さあこの北郷は猛っておるぞ! 我を止められるものなら止めてみせい!

「なんでもなにも、紙袋がありません」
「ごめんなさいでした」

 物凄い説得力だった。これ以上ないってくらい。
 思えば鍛錬のたびに汗まみれにして台無しにして、仕合があればボロボロになってと、無駄に使いまくっていた。そりゃ無くなるわ。
 ならばと懐からお金を取り出し、これで紙袋が貰えるほどの桃を───と言おうとした途端、愛紗さんに「無駄遣いは許しません」と睨まれた。……にょろーんな気分だった。

「いい機会でしょう。いい加減、素顔で子供たちと接してください」
「そうは言うけどさぁ愛紗ぁ……」
「情けない声を出さないでください。大体何を恐れる必要があるのです。胸を張りこそすれ、ご主人様がしていることは立派すぎるほどです。その上、武も上達してきたというのに何故嫌えましょう」
「いや、よく考えてほしい。ほら愛紗」

 あっちあっちと子供たちが座っている大きな樹の下を指差す。
 そこではこちらを見守っているお子めら。
 愛紗はそんな子供たちを見て、「……? なにか?」と首を傾げている。

「いいか愛紗。子供たちはな、俺じゃなくて校務仮面を英雄視しているだけなんだ。今さら俺が正体を明かしたところで、もう結局“よくも騙したァァァァ!!”ってなるだけだろ」
「そういうものはやってみてから諦めてください。確かに少々親の心を知ろうとしない子も居たようですが、そもそもの問題として、ご主人様がご自分のなさっていることを隠していたことが問題だったわけでしょう」
「や、だけどさ」
「だというのに子供に嫌われただのぐうたら言われるだのと、そもそもご主人様は───」
(助けてえぇえええええっ!!)

 説教再来。
 正座をして、愛紗の説教の波が治まるのを待つしかなさそうだった。
 そりゃ解るよ!? 俺が馬鹿だったってほんとに思う! でもそれもう解りきっていることで、改めて言われると泣きたくなるわけでして!
 ……ああいや、違うよな。本当に解っていて、変える切っ掛けを待っているくらいなら……いっそ自分からやってしまえばいいのだ。
 子供の行動を待つ親じゃなく、子を迎えにいける親を……俺は目指したはずだろう?

「〜〜〜……よしっ!」

 もう一度胸をノック!
 立ち上がり、一緒に立ち上がることになった恋の頭をぽむぽむと撫でて、「話はまだ終わっていません」と言う愛紗にお礼を伝え、いざ……!
 休むことで普通に回復した氣を行使して、座っている子供たちの前へと走って、深呼吸。
 急に目の前に来た謎の紙袋男に、ビクリと肩を震わせる子に、今こそ……!

「少女たちよ。今から伝えることを、しっかりと聞いてほしい」
「おお父よ! ついに正体を明かす気になったか!」
「…………《ゴプシャア!》」

 深呼吸して落ち着かせた心が裸足で逃げていった。
 口の端から吐血した気分で、言われた言葉を噛み締める。
 “おお父よ!”……父よ、父よ!? あれぇバレてる!?

「え、ちょっ……柄姉さんっ!?」
「ん、んおっ? どうした邵………………あ」
『………』

 どうやら間違えて言ってしまったらしい黄柄が、周邵にツッコまれてハッとする。
 他の娘はといえば、孫登が呆然、甘述が目を瞬かせていて、陸延が「あら〜」なんて頬に手をあてて笑っていて、呂jが「解ってないですね、この人はお手伝いさんなのに」なんて呟いていた。や、だからお手伝いさんって誰?
 で……曹丕は。

「……、……? ……!《ぷいっ》」
「……!《がーーーん!》」

 しばらくは俺の顔をポ〜っと見ていたんだが、やがて俺に見られていることに気がつくと、思い切りって言葉がぴったりなくらいの速度でそっぽを向いた。
 やっ……やっぱり嫌われてるなぁああ……!!

「え? え!? 黄柄姉さま、ととさまのこと気づいてたの!?」
「だから言っただろう、禅はだめだなぁって。私は最初から解っていたぞ。もちろん邵も」
「は、はい。氣がそのまま父さまでしたし」
「気づかなかったのは登姉と述姉くらいじゃないか? 延姉とjはどうなのか知らんが」
「いえいえ〜、延は知ってましたよぅ? どう見ても父さまが紙袋被っただけですしねぇ〜」
「みんな間違っていますよ。この方はお手伝いさんです。偉大なる父は死にました」
「死んでないよ!? え!? 俺いつ死んだの!?」
『………!!』
「あ」

 死んだことにされた事実を目の前で言われて、ついツッコんだら……登と述が真実に辿り着いてしまった。俺は…………観念して、ちらりと一度だけ丕を見つめたのち、ボロボロの紙袋を取《がしっ》……ろうとしたら、手を掴まれた。
 何事かと見てみれば、俺の手を掴んで止めている……丕の姿がそこにあった。




ネタ晒しです。 *屈んで足元への抜刀  るろうに剣心より、倭刀術絶伎:虎伏絶刀勢。  雪代縁は別に抜刀術としては使って……いなかった筈。 *ビッグバンクラッシュ  ビッグバン・ベイダー謹製、ビッグバンクラッシュ。  巨体の重量を活かした腹ボンバー。  ただぶつかるだけじゃないかと侮るなかれ、勢いをつけた巨大なものがぶつかるというのは、痛いというより響きます。 *ロードローラーを殴りまくってた某吸血鬼  ジョジョの奇妙な冒険第三部より、DIO。  ロードローラーの時の無駄無駄ですね。  そういえば“鋼鉄の街”というサイト様で、肘をビリっとさせるDIOさま漫画がありましたね。 *鍛えてますからぁ? っへへぇ〜♪  ドラゴンボールZアルティメットバトル22 *先生……○○○がしたいです……  スラムダンクは途中で見るのをやめてしまったなぁ……惜しいことした。 *散眼  さんがん、と読む。  グラップラー刃牙より、目を無くす前の愚地独歩が使用していた技。  両目片方ずつで違う動きをさせて、多方向からの攻撃を裁くもの。 *龍炎拳  ジャングルの王者ターちゃんより、梁師範の奥義。  ターちゃんで勁や氣の波動といったらこれと、あと百歩神拳でしょう。  打透勁も大好きですが。 *見守ることもまた修行だ  見ることもまた戦いだ。確か北斗の拳のトキさんの言葉。  老いたな、トキ……。 *RPGのMP  ロケットランチャーのマーダーポイント、ではない。  ドラクエなどのマジックポイント。  寝て起きれば回復って、ある意味すごい。  そして最初の町周辺で敵と戦い、回復のために寝る勇者を思うと……何泊しても“さっさと次の町へ行きなさい”とか言われない事実は、案外心暖かな思い。 *ギャグマンガな日和  あなたと私は友達じゃないけど、私の友達とあなたは友達。大体そんな感じ。  ギャグマンガ日和のOPより。 *ハートブレイクショット  はじめの一歩、伊達さんのブロー。  コークスクリューで強く心臓を打ち抜き、衝撃で数瞬身体の自由を奪う。  コークスクリューじゃなくても、破壊力のある拳ならば普通にいける。  話は変わるが、討鬼伝の手甲での特殊技で、デンプシーを思い出すのは凍傷だけだろうか。 *あれっ……おかしいなっ……あれっ……あれっ……  無頼伝涯より……と言っていいのかどうか。  ビデオ紛失に気づいた彼が似たようなことを言っていた……気がする。  もはや単行本も手元にないので、なんかそれっぽさを表現。 *愛に勝る強さなど  バキより、ビスケット・オリバのセリフ。  オリバ、大好きです。 *毒霧  プロレスラーのヒールレスラーさんが好むもの。  本当に毒があるわけではなく、いわば目潰し用の口に含むブツ。  凍傷小説では当然のように常備されている。 *にょろーんな気分  とぅるやさん……ではなく、ちゅるやさん。  しゅらーん……の部分は、なんか和むなぁ。 *よくも騙したアアアア!!  ヒストリエ。だました、は平仮名でどうぞ。  後半へ続きマシュル  そういえばもうワンダーランドオンラインに繋げてないなぁ……。 Next Top Back