180/己を犠牲にしてまで相手を立てようとする人にありがち、らしい

-_-/陸延

 とある日の夜のことでした。
 突如としてお父さんが私に言いました。

「延。生活サイクルを変えよう」

 何を言われたのか、よく解りませんでした。
 さいくる? 細工かなにかのことでしょうかねぇ。

「旦那さまぁ? 私たちのお部屋に訪ねてくれるのは嬉しいんですけど、天の言葉で言われてもまだ解らないことのほうが多くて、解りづらいですよぅ?」
「あ、っと。俺もいい加減慣れないといけないのにな……あ、あー……サイクルってなんだっけ? ……まあ、一日の過ごし方を纏めたものとかそういうのって認識でいこう」

 はぁ、なんて言ったお母さんがきょとんとする。
 私にもよく解らない言葉。
 はぅ……知識欲を刺激されますねぇ〜……! 質問攻めにしても怒られませんかねぇ。

「昼に寝て夜に起きて行動、じゃあ身体によろしくないと思うんだ」

 と思ったら、そんなところに落ち着いてしまうらしい。
 むぅ、べつに延の身体はどこもおかしくないですよ?

「延はいたって健康ですよぅ? 発育だって、子供とは思えないと近所でも有名ですしぃ」
「近所には王と将しか居ないんだが」

 つっこまれてしまいました。
 お父さんのこういうところは、なんというか嫌いじゃないですね〜。

「それでぇ、旦那さまぁ? 具体的にはどういったことをするのでしょう」
「夜に寝る努力、昼に起きる努力をしてもらおうかなって」
「嫌です無理です眠気を我慢するなんて人体に対する冒涜で───」
「欲しい本を一冊買ってあげるぞー」
「うわはぁ〜いっ! 延、頑張っちゃいますよぅ!?」
「我が娘ながらちょろいなオイ……」

 お父さんが溜め息を吐きながら頭を抱えました。
 隣ではお母さんがあらあら〜なんて言って笑っています。
 なんだか面倒なことを引き受けちゃいましたけど、本のためです。頑張りましょう。




=_=/一日目

 うじゅー、うじゅー、ってなにかに頭を引っ張られるような感覚でした。
 延は正直な気持ちをここに述べます。
 眠いです。

「延〜、寝たら本の話は無しだからな〜」
「起きてますよぅっ!?《ビッシィ!》こ、こう見えても延は、忍耐力の達人なのです!」
「忍耐力の達人ってなに!?」

 暑い日、中庭の東屋にある円卓に座りながらの癒しの氣の勉強は続く。
 隣のお母さんは……自分の胸を枕にするように寝ています。
 自分も将来あんなおっぱいお化けになるのではと考えると、かなり怖いです。
 ……何事も適度、ですよねぇ。

「それにしても、よくお母さんは眠れますねぇ……延は暑いのは苦手です……」
「身体がだるくなるほどの暑さが得意な人は、そうそう居ないだろうなぁ。はい、竹筒」
「これはこれはご丁寧に〜」

 お父さんがくれた竹筒の栓を抜いて、中の水を飲む。
 相変わらず飲みやすい温度ですねぇ。……ですけど身体はわがままさんで、まるで冷たいのを飲みたいと叫んでいるようです。
 しかしわがままは言いません。
 私は全てに一定でありたいと思っています。
 お父さんはどうなってもお父さんですし、お母さんももちろんそうです。
 わがままを言えばお父さんはそれを叶えるでしょうが、それは私の願う親子とは違います。
 何事も一定。何事も適度です。
 それこそが干渉しすぎず干渉されすぎない付き合いというものだと思うのです。
 そうして出来た時間に、延はのんびりと夢の世界へえへへへへへぇ……!!

「本一冊で在り方捻じ曲げてる時点で、なんかもういろいろと一定じゃないだろ」
「口に出てましたかぁ!?《がーーーん!》」
「……ああ、もう……俺の子だなぁ」

 お父さんが照れくさそうに笑っています。
 普段から努めて冷静に、乱れない自分でと心に決めている私ですが、眠気の所為で意識が緩んでしまっているようです。
 お父さんが伸ばした手の意味を理解できず、気づけば頭を撫でられていました。
 驚いてその手から逃げた頃には、もうたっぷりと頭を撫でられていたのです。
 うぅん、やりますねぇお父さん。この手でいったい何人の女性をとろけさせてきたのでしょうねぇ。

「んんー……それにしても、お母さんは暑くないのでしょうか……自分の胸を枕になんて」
「よく泡立てた石鹸で肌を撫でるように洗って、冷水で流すと、少しだけひんやりとした感覚を味わえるぞ。……穏がそれをやったかは別として」
「……見るからに暑苦しそうですねぇ」

 暑くないんでしょうかと言ってはみたが、ちらりと見たお母さんは暑さにうんうんと魘されていた。そんなお母さんの額に張り付いた髪を指ですくうようにどかしてあげるお父さんは、なんだかとっても優しい顔をしています。
 それから氣を操って風みたいなのを作って、お母さんの顔に吹きかけている。
 ……次第にとろけてゆくお母さんの顔。
 けど、少ししたら氣が枯渇したのか「ぐはっ」と言ってお父さんが昏倒。
 …………えぇっとー……これ、延にどうしろというんでしょう。
 眠っちゃっていいですかー……? いいですよねー……? 見張りであるお父さんも突っ伏しちゃってますしー……。

「それではおやす───」
「早くも脱落か。北郷には報告させてもらうが、いいな?」
「おきてますはいーーーーーっ!!《びっしぃいっ!!》」

 びっくりしました! 突然声が聞こえたと思って振り返ってみれば、思春さまが!!
 え? えぅう!? さっきまで居ませんでしたよねぇ!?
 なんで! いつの間にぃい!?

「都の主の護衛だ」
「え、えぇえええ〜〜……!?」

 お父さんが近くに居る限り、お昼寝が出来ないことが確定した瞬間でした。

……。

 夕方。

「ああ……陽が落ちていきますよぅ延……。まだ眠っていないのに、夕陽のやつが落ちていきますよぅ延……」
「お前はどっかの全身黒タイツのサンタか」

 落ちてゆく陽を見送ったのなどいつ以来でしょう。
 懐かしいというよりは新鮮に感じてしまうあたり、延はもういろいろとあれなのかもしれません。

「なんですかぁ……? ぜんしんくろたいつ、ってぇ……」
「語尾がもうとろけてるな……ああ、うん。ようするに夜中にあのー……ソリに乗って、子度たちに何かするオッサンだ」
「変人ですか」
「いや、夢を与えてるんだよ。片足どころか全身泥まみれっぽいけど与えるほうなんだよ。誰かに見つかったら即通報されそうだけど、剣玉かついで子供たちに夢与えてるんだよ」
「けんだま?」
「……サンタはスルーで剣玉に食いつくのな……」

 お父さんが“めも”を取り出して、そこに絵を描いてくれます。
 ………………蝶の頭が鋭く突き出して、足が一本しかない化物がそこに描かれました。

「お父さぁん……けんだまって化物の一種だったんですねー……」
「え? ………………はっ!? い、いや違うぞ!? これが剣玉だ! ばけっ……化物!? え!? 化物に見えるか!?」

 お父さんは絵が下手です。いったい何を描きたかったのでしょうと思うほど下手です。
 けんだまというのを描きたかったのでしょうけど、私の中では既に“けんだま”は化物の一種でしかありませんでした。

「……鍛錬ばっかじゃなくて、絵心も磨かなきゃだな……はぁあ」

 言いながら、さらさらと何かを描き始めます。
 卓の上に置いて描いているから私からも見えますが…………えと。なんでしょうね、あれ。
 待ってください。今私の頭の中から、お父さんの絵の下手さを考慮した答えを導き出します。こう見えても私、武も中々で頭も中々という自負が───

「………」

 自負が…………

「……、……」

 …………。

「……お父さん、それ、何を描いているんですかぁ?」
「ん? 猫」
「ふぇええっ!? 新しい、棘のついた拳用武器じゃなかったんですかぁ!?」
「棘!? 耳だぞこれ!!」

 本気で驚いているお父さんと私。
 どう見ても猫には見えません。
 やがて私と“猫?”とを見比べて、頭を抱えて落ち込み出すお父さん。
 ……やっぱりお父さんは不思議な方です。
 偉い筈なのに苦手なものが多くて、出来ることも多い筈なのに簡単だと思うことで失敗する。不思議です。





=_=/その後

 その後も……

「父道大原則ひとーーーつ! 父たる者、家庭でも役立つ者でなくてはならない!《ゾブシャア!》ギャアーーーーーッ!!」

 服の繕いをすると言い出して、盛大に指を針で刺したり。

「父道大原則ひとーーーつ! 父たる者、家庭を、家族を守れる者でなくてはならない!《パゴシャア!》ギャアーーーーーッ!!」

 華雄さんに挑んではみたものの、一瞬の隙を突かれて空を飛んだり。

「父道大原則ひとーーーつ! 父たる者、料理 《サクリ》指ィイイーーーーーッ!!?」

 叫びながら包丁を下ろした先で指を切ったり。

「父道大原則ひとーーーつ! 父っ……《ぼてり》」
「隊長ーーーーーーっ!!?」

 挙句、張り切り過ぎて倒れました。
 過労だそうです。
 命に別状はなかったものの、皆々様からこれでもかというくらいに怒られたそうで。
 “何故こんなになるまで”という、お医者様からのありがたいお言葉に、お父さんは正直に答えました。

「みんなが寝かせてくれなかったんじゃないかぁあーーーーーっ!!」

 ……あの時ほどの息の詰まる静かな瞬間を、延は知りません。
 父道大原則とやらを叫び出した時には、既に相当頭の中が大変なことになっていたらしく……寝不足と疲れで暴走を起こしてああなったんだろうというのが華佗さんの言葉。
 身体にいいものをゆっくり食べさせて、ゆっくり休ませてやってほしいという言葉に反応した皆々様方が一挙に行動を開始、あくまで全員が“少しずつ”の言葉を守ったものの、全員が作れば異常な量になるわけで。
 皆様当然立入禁止。
 当たり前のように抗議の言葉があがったものの、華佗さんに“子供が欲しいのは解らないでもないが、休ませてやれ”と正論でぴしゃりと返されて……現在。

「……それでも全部、食べるんですねぇ」
「うっぷ……っ……みんな良かれって作ってくれたんだから……うぶっ……」

 寝台の上、皆様が作った“少しずつ”を休みながら食べるお父さんの姿。
 他の方はいらっしゃいません。私だけがぽつんと残されました。
 何故かといえば、私だけが公平な判断が出来そうだからだそうで。女性として狙うわけでも、娘として甘えるわけでも、迷惑をかけるわけでもないからと、看病を任されました。五斗米道の修練の意味も兼ねているのでしょうねぇ。
 女性として狙わないという意味で筍ケさまの名前も出ましたが、出た途端に華佗さんが“医者としてそれは認めるわけにはっ”と、はっきりと言ってくれました。
 なるほど、華佗さんも認めるほどに、やはり筍ケさまはお父さんが嫌いですか。
 まあ、ともかくです。
 食べ続けるお父さんの横で、こうして医者としての経験を積んでいるわけです。
 五斗米道継承者として望まれているという意味でも、病人と一緒に居る時間は経験しておいたほうがいいですし、血相を変えてあれをするこれをすると口にしては暴走をする皆様にこれ以上をお任せするのは、少しどころかかなりの抵抗がありました。はい、正直な気持ちです。

「今は食べるよりも眠ることを優先したいのですが〜……」
「はっ……はぁーーーっ! はぁーーーっ! はっ……ハァーーーッ! はぁあああ……!!」
「お父さん!? それは食べてはいけませんよぅ!」

 一呼吸ののち、きっぱりと今後の療養についてを説こうとしたあたりで、お父さんが小さく盛られた魚の頭が飛び出している炒飯を前に、大量の汗を流しながら息を荒くしていた。
 作ってくれたものだからって、泣くほど怖いものを匙子で掬い、口の前に構えて震える父の姿はとてもではありませんが見れたものではありません。

「───」
「お、お父さん?」
「いや」
「いや……?」
「みんなには黙ってたけど、俺……」
「俺……?」
「強いんだ」
「!?」

 突如、何故かこちらを見てにこり。
 慌てて止めるも、

「ホービバム・ビ・バァーーーーーッ!!」

 と訳の解らないことを叫んだかと思うとおもむろに炒飯を口に。
 その際、鼻呼吸を止めて、舌を出来るだけ奥まで引っ込めて、素早く咀嚼したようですけど……耐え切れず呼吸をした時点で“ぼぶしゅうっ!”と咳き込んで……少しするとぼてりと気絶しました。

「…………」

 黙しながらも匙子と炒飯が乗った皿を取り、匂いを嗅いでみる。
 ……匂いはしなかった。その事実が逆に怖いです。
 もしかしたら鼻が香りを受け入れることを拒絶しているのではとか思ってしまう。
 失礼な行動だろうとは解っていたものの、一粒だけを取って口にしてみた。

  ───頭の奥で、“どーーーん!”って物凄い音が鳴った。

 途端に世界が滲み出して、歪んで、ぼやけて、立っていられなくなって座る。
 偏りの無い普通を好む私にとって、この味は衝撃でした。
 あまりに未知のものすぎて、頭が知識を望むよりも先に“知らないほうが幸せなものもあるのだ”と心が理解した。
 たった一粒でこれだ。
 ひと掬い(匙子山盛り)を一気に食べたお父さんは、さぞかし辛かったろう。
 父という存在の普段の弱さと、無駄に強くあろうとする姿に、妙に感心した日でした。

「……はっ! 延は閃いてしまいました……! この料理の効果を大義名分に、気絶するように眠ってしまえば───!」
「眠るのか。構わんが、北郷が起きた時には報告させてもらうぞ」
「起きてますごめんなさいぃっ!!」

 ……そして。
 人の小さな閃きの行く末など、こんなものですよねと、妙に悟った日でもありました。
 うう……気配を殺して傍に居るなんて、卑怯ですよぅ。
 ……むしろやっぱり居たと納得するべきなのでしょうか。
 いっそ興覇お母さんに看病を任せたほうがよかったんじゃないですかねぇ……。




=_=/さらにその後

 さて、お父さんが倒れてから幾日の朝。
 そう。真っ先に看病をすると言い出した大人の皆様と、丕姉さんと登姉さんやらが出入り禁止を受けて幾日。
 丕姉さんと登姉さんは、会うたび会うたびに“父さまは!?”とか“窓を破壊してでも侵入して看病を……!”とか恐ろしいことを言っています。
 さすがに笑い話にもならなくなりそうなので、そこは各お母さん方に雷を落としてもらい、静まってもらいました。
 けれど、こうして看病するようになってから解ったことが幾つか。
 お父さんは、皆様が居ないと物凄く油断します。
 こう、容姿に見合った……というのでしょうかねぇ。
 ひどく子供っぽい言動を口にすることがあって、ハッと気づくと顔を赤くしています。

「お父さんは病気になると子供っぽいですねぇ」
「そうか? 父としてはこう……常に凛々しい自分を目指しているというか」
「前言を撤回します。常に子供っぽいです」
「そうなの!?《がーーーん!》」

 驚いた顔で「おぉおお……そんな……!」とか言ってます。
 寝台で上半身だけ起こして、自分の両手を見下ろして唸る父の姿……凛々しくはないですよねぇ。

「なんと言えばいいんでしょうかねぇ〜……大人のみなさんに囲まれている時は、自然体なのにどこか意識を尖らせていると言えばいいのでしょうか。それが、私ひとりの時だと、たまに……本当にたまにですけど〜……こう、緩む時があるといえばいいのでしょうか……ねぇ?」
「いや俺に訊かれても」

 でも、なんでしょう。
 私はいつものお父さんを見ていたこともあって、そんな弱さにほっとします。
 立派であろうと、だらしなかろうと、父は父だと思っていました。
 それが、実は中間であったと知ったらどうすればいいのか。
 だらしがないというよりは、“あと一歩が足りない”人。
 立派というよりは、やっぱり“あと一歩が足りない”人。
 だからか、見ているとほうっておけない、どうにかしてあげたくなっちゃうのです。
 それこそ、“だから”なんでしょうかねぇ、お父さんの周りにあんなにも女性が居るのは。いえ、もちろん男性にも親しくされていますけど。
 足りている、満ちている人には“手伝う人”は必要ない。
 足りないからこそ補う人が必要で、けれど相手が持っていないものを満たそうともしない人に手を貸す人は少ない。
 ……その点で言ってしまえば〜……みなさんから見たお父さんは満点に近いのでしょうね。頼る前に努力をしますし、失敗しても自分の所為にしかしようとしませんし、むしろ他人の失敗を自ら被ろうとして怒られるくらいですし。“自分の行動は自分の所為に”と決めているのに、何故他人の失敗は被ろうとするんでしょうね。理屈が合いません。

「あー、えと。なんだ。子供っぽいってことは、なにかわがままとか言っても許されたり……するのか?」
「はいぃ、もちろんですよぅ?」
「そ、そうなのかっ! じゃあ───」
「仕事と鍛錬以外ならと、お母さんに釘を刺されていますけどねぇ?」
「………」

 楽しみにしていたものを台無しにされた子供のような顔をされました。

「じゃあ料理!」
「侍女さんの仕事を奪ってはいけませんよぅ? そんなことを言い出したら、孟徳お母さんに報告するようにと言われていますから〜」
「ひどい! なんてひどい! あ、じゃ、じゃあっ……散歩! 外の空気を吸いにっ!」

 無言で部屋の出入り口と窓を開けると、朝の空気がふわりと流れてきました。

「美味しいですか?」
「五つ星ですドチクショウ……」

 意味の解らないことを泣きながら言われました。

「なぁ延……? なんで俺、療養してまで娘にからかわれてるんだろうな……」
「娘にからかわれるのは、良い家族の証明だと公覆お母さんが」
「祭さんいったいなに教えてるの……。自分がからかわれたら拳骨するくせに」
「えぇ〜、その言葉を聞いて、早速からかった柄ちゃんが拳で泣かされていましたねぇ〜」
「うわぁーぃ大人げねぇーーーっ!!」

 からかい方の問題とも思えましたけど、確かにそうですね。
 「おわっと、口調口調……!」となんだか慌てているお父さんをよそに、延も苦笑をもらさずにはいられません。

「……ところで延。みんなが……あ〜……将のみんなが事情があって来れないというか、来させてもらえないのは解ってるけどさ。穏はどうなんだ? 穏は別に人の看病で騒いだりしないし、病人が気絶するような食事も作らないだろ」
「仕事だそうですよぅ? お父さんが動けない状態は、みなさんに大分迷惑をかけているようですからぁ。まあ、それ以前に仕事の量自体がそんなに無いらしいですけど、だからってなにもしないわけにはいかないので」
「笑顔でひどいなこの娘」
「誰に対しても平等でありたい延ですから。お父さんとて容赦しません」

 ふふんっ、と胸を張ってみれば、「そうやって得意顔をすると失敗するのがお前のお母さんだから、あまりそれはしないほうがいいぞ」と言われてしまいました。
 ……延はまたひとつ賢くなれたようです。複雑ですが。

「まあ、そうあってくれるのは安心できるよ。あ、別にこれから悪いことをするからとかじゃなくてさ。……なんか、周りの期待とか……“俺がやらなきゃいけないこと”に対する妙な使命感とか、そういうのに押し潰されそうでさ。厳しくもなく優しくもなく、そういう中間が欲しかったんだ。華琳は……いろいろ距離を取ったり縮めたりしてくれるけど、やっぱ基本がSだからなぁ」
「えす?」
「いやなんでもない忘れてくれ。ていうか娘になに弱音吐いてますか俺……」

 そしてまた、たはぁ……と溜め息を吐いて頭を抱えるお父さん。
 ……どうしてこう打たれ弱いのでしょうねぇ。自分の言葉にまで打たれ弱くては、いろいろと苦労すると…………してますねぇ、主に対人的な意味で。

「はぁ。もっとしっかりしないとなぁ。あ……ごめんな、延。なんか俺、ここ最近は弱音吐いてばっかりだな」
「そういうのはお母さんに話してあげたほうが喜ぶと思いますよぅ?」
「呉側のみんなに笑顔で言いふらされそうだからやめとく」
「……お母さんは、あれで結構口が滑りやすいですからねぇ」

 にっこり笑って、小さな丸眼鏡をくいっと直す。
 べつにそこまで目は悪くありません。気づけばいつの間にかかけられていたものです。透明の板が埋め込まれたもので、“だてめがね”と言うらしい。
 ……悪くないですよね? 比較する人が居ないのでなんとも言えませんし。

「………」
「………」

 考え事をしていたら、ふと会話が途切れました。
 べつに無理をして話すこともないのですけど、お父さんが少しそわそわとしています。
 ちらちらとこちらを見たり、何かを言おうとしてやめたりと、挙動が……。

「お父さん? 言いたいことはちゃんと言いましょうねー」
「うぐ。……いや、言いたいことというか。……そういうのが思い浮かばないから困惑しているというか」
「…………お父さんは、恐ろしいほどに正直ですね」
「感情をごまかすのをやめにした時期があったんだ。時期っていうか、まあ訊けることは訊いて、言えることは言おうって意味で、今もそれは続けてるつもりだ。たとえばこう、なにかを呟かれて、“なんか言ったかー”とか訊くとさ、ほら」
「あー……なるほどぉ。大抵の人って誤魔化しちゃいますよねぇ」
「うん。だから、そういう時には多少強引にでも訊くことにしてる。逆に、訊ねられた時にはきっぱりと───! ……き……きっぱり……あれ? ……きっぱり答える前に、あーだこーだと詰め寄られて……無理矢理吐かされてるなぁ……」

 そしてまた頭を抱えるお父さん。
 頑張って誠実であろうとしているのに、周りがその意識より先に動いてしまうようです。
 こういう時、周囲のほぼ全員が自分よりも上というのは……男の人にとっては辛いことなのでしょうかねぇ……。

「………」

 考え事をしながら、そんなお父さんを見る。
 あれこれとこれからのことや今までのことを考えているのか、覚えのあることを呟いては「あぁ、でもなぁ」とか「いや、これは絶対に華琳に……」とか、時に気になることを唸りとともに搾り出して、最後に溜め息。
 ここ数日のお父さんは、本当にこんな感じです。

「あ、なぁ延。俺っていつ復帰していいかとか、華佗から聞いてないか?」

 顔を上げたお父さんと目が合う。
 少し情けないような、不安がいっぱいの顔。
 こんな顔で心配ごとを訊かれるのは何回目でしょうね。
 この間までは妙に距離を取ったりしていたのに、不思議です。

「あと三日は休むようにと言ってましたよぅ?」
「三日!? え、あ、え……!? 俺そんなに弱ってたのか!? むしろなにかの病気!?」
「いいえぇ? お父さんが倒れたことで、各国の皆さんが“自分が力にならなくては”〜って張り切りすぎて、現在仕事がないそうなんです」
「な、なんだってーーーっ!!?」

 驚愕。
 急に叫ばれたので延も驚いてしまって、けれどその反応にハッとしたお父さんが慌てて謝ってきます。
 うぅん、べつに驚いてしまっただけなので、そんなに謝らなくてもいいんですけどねぇ。

「仕事がないって……! ただでさえ各国の若い人たちじゃ手に余る仕事を回してもらってるのに、みんなが本気出したらそりゃ仕事も無くなるよ……! むしろ“それでは次代の者たちのためにならないわ”って言ってたのに……華琳、きみってやつはいったいなにをやってるのさ……。あれ? でも穏は俺の分の仕事で忙しくて……あれ?」
「仕事が無くても、なにもしないわけにもいきませんからねぇ」
「あー……なるほど。仕事を探す仕事をしているみたいなもんか」

 たは〜……と溜め息。
 この数日、お父さんは本当によく溜め息を吐く人だということを知りました。
 けれどそれは皆さんを案じてのことばかりで、自分の事柄で吐く時は自分の力不足に向けての溜め息ばかりです。
 自分のためと言いつつも、人の心配ばかりをしているんだなぁということがよく解りました。
 そんなお父さんは、もう自分自身で元気だと理解しているようで、けれど看病に来ている私を気遣ってか、おそるおそるお願いをしてきます。
 それはとても簡単なもので、水差しを取ってほしいとか、着替えを取ってほしいとかそんなところです。着替えた衣服を手に部屋を出ようとすると、「いやっ、いいからっ! 父さん自分で洗うから!」と言ってきます。
 「いえ、延が洗うわけではありませんよぅ?」と言ってみると、顔を真っ赤にして「え、あ、そ……そうなのか、そっか」と俯いて頬を掻く。

「………」

 なんというか、お父さんは……。
 やっぱり、お父さんは……。




-_-/一刀くん

 なんのかんのと三日経った。
 部屋の中に缶詰状態で息苦しい……とは、まあ延が居た手前言えないものの、厠と風呂以外は本当に缶詰だったから、思うだけならタダってことで許してほしい。
 ともあれ約束の三日後、ようやく俺は外に出ることが出来た。朝っぱらから部屋の前で、ぐうっと伸びをして“部屋の外の空気”を堪能するわけです。や、もちろん大して変わりはしないんだけど……大事なのは外に出れたという事実なわけで。

「ん」

 歩き出す。歩む音は二つ。……気にしない。
 思えば体力も早々に回復したんだから、回復した時点で散歩くらいいいだろうに。
 延がしきりに“寝てないとだめですよぅ?”とか“無断で出たら、孟徳お母さんに言いつけちゃいますからね〜”とか言い出すもんだから…………イ、イヤ、別に華琳さんが怖かったとか、ソンナンジャナイヨ?

「………」

 うん。
 まあ、うん。
 それはいいんだ。
 延は本当に普通に接してくれたし、多分俺も、南蛮に行った時以来の長期休暇みたいなのが取れたってことで、ようやく手とかも完全に痛くなくなったし。
 やっぱり氣ってすごいなぁ。
 痛みを緩和できるってだけで、本当にありがたい。
 うん、それはいい。

「………」

 看病中、延は普通だった筈……なんだけどなぁ。
 なんでかしきりに俺を見て、“お父さんは、延が居ないとだめですねぇ”なんてこぼすことが何回かあって。
 いや、本当に普通だったんだ。普通だった筈……なんだけど。
 な、なんて言うんだろうか。
 以前、天で見た人生相談ドラマみたいなやつ? を、思い出してしまったわけで。
 だらしのない夫、しっかり者だけど自ら不幸の道歩んでしまう妻、みたいなアレだ。
 そう、延は……普通だった筈なんだけど、なんというかこう……なぁ?
 頼みごとを言ったら、その……なんでも了承するんだよな。
 その度ににこーって笑って、「しょうがないですねぇ」とか「すぐにやりますからー」とか。……あれ? なんか俺、だらしない夫役? なんてことをふと思ってしまって、これはいけないと娘の認識を改めてもらうためにと立ち上がった。立ち上がったら……

  “お父さんは延に看病されるのがお嫌なんですねぇ!?”

 って言われた。
 もちろん“違いますよ!?”と即答したらじゃあ寝ていてくださいと……そんなループ。
 傷つけるつもりは全然無いから、嫌々じゃないなら……って任せてた。
 延は普通にこなしてたから。
 で、そんな日が───

「あ、あの……延さん? お父さん、べつに背中を拭くくらい、自分で出来るから……。こう見えて柔軟とかは積極的にやってたから、体の柔らかさには自信が……ト、トニオの料理を食べた虹村くんにも負けないくらいの自信が……」
「言うより先に背中を向けてくださいねぇ〜?」

 こんな感じで……

「料理だって自分で食べられるからっ……ていうか外に出して!? なんで俺軟禁状態なの!?」
「この間、厠といいながら中庭に逃げようとしたじゃないですかぁ」

 俺の言葉なぞ右から左状態で……

「あのー……延さん? 別につきっきりで看病しなくても……。むしろ寝る時くらいは自分の部屋で……さぁ」
「眠っている時にお父さんが急変したらどうするんですかぁ!」
「もう十分健康なんですが!? むしろそこまで急変───あれぇ!? なんかその言い方だと容体がどうとかじゃなくて、俺がメタモルフォーゼでもしそうなふうに聞こえるんだけど!? え、あ、ちょっ……容体だよね!? 俺別に突然変異で変身したりとかしないよね!? 愛紗の炒飯と春蘭の杏仁豆腐が長い年月をかけて体内で超反応を起こして〜とか、そんなことないよね!?」

 ……三日、続いた現在。

「………」
「………《にこにこ》」

 にこにこ笑顔の丸眼鏡のお子が、俺の三歩後ろを歩いておるでよ。
 ようやく外に出ることが出来て、のびのびサロンシッ……ではなく、のびのびと歩いていたんだが……気になりすぎて、訊ねてみることにしたのです。

「あ、あー……延? ほら、俺もう元気だから……ていうかそもそも元気だったから」
「お父さんは自分でも知らないうちに無茶をしてしまいますから、延がきっちりと傍で見守ってあげます。しっかり者の誰かが見張っていないと、お父さんはだめです」
「えぇ!? い、いやっ、いいって! そんなことより自分の時間を大切にだな! ほ、ほら、朝と夜を逆転させる話しがあっただろ!? あれの続きを───」
「お父さんに合わせていたら、すっかり慣れましたよぅ? 延は寝ている顔よりも、ちょっぴり不安そうに延にお願いごとをするお父さんがたまらなく好きですから〜」
「───」

 思考、一旦停止。

「え、えと。なに言うてはりますん? え……普通は!? 誰にでも平等なあなたは何処へ!?」
「先日お亡くなりになりました〜《ぱあああ……!!》」
「笑みながらそういうこと言わない! な、七乃か!? そういうのってやっぱり七乃が仕込んでるのか!?」

 そうとしか考えられないんだが!? つかそもそもこの年齢でこの応答はどうなんだ!?
 たっ……多感なお年頃で片付けていいんでしょうか!?

「いったいどうしたっていうんだ、延……。偏り無く、普通がいいって散々言ってただろう? なんかもうここしばらくでそんな印象はケシズミになった気しかしないけど」
「延はですね、考えました。ずぅっとずうっと考えていました。お父さんが皆さんに好かれる理由はなんなのかと。だからこそ何者にも揺らされぬ心を以って、お父さんを見てきたわけですが……こう、息を潜めて物陰からじっくりと」
「そっ……相談所ーーーっ! 娘が怖いんです! 繋いで僕の携帯! 繋いでぇええっ!!」

 正確かどうかも解らない時間と、見慣れた待ち受け画面を映すソレは、番号を打ったところでどこにも繋がらない。……どころか、そもそも相談所の電話番号なんて俺、知りませんでした。
 しかしここでハタと冷静になった。
 娘を相手に、なにをこんなに慌てる必要が?
 そもそも娘は自分を見て、いろいろと考えてくれていたんじゃないか。
 なのに拒絶すること前提みたいに騒いだら、いくらなんでも傷つくだろう。
 謝らなければ。
 そう思い、真っ直ぐに延の瞳を見つめた───途端でした。

「お父さんは、だめですね〜っ、いろいろだめです♪」
「《ゾブシャアア!!》グファァアーーーッ!!?」

 言葉の槍が心の臓を貫いたのです。
 だめ……だめってなにが!? やっぱり俺なんかが父親気取りなんて百年早いとかそういう意味なのか!? 仲良くやっていけていると思っていたのに、思っていたのは俺だけだったのか!?
 一気にそんな考えが浮かび、視界が滲んできた。

「だめですからぁ〜、人が集まるんだなって、ようやく解りましたぁ〜」
「…………へぇっ!?」

 娘に頑張りを否定された親の気分って、こんな感じなんでしょうか。
 冷たいなにかがトヒャアと背中を走り抜ける感覚だ。
 しかしながらそれも一瞬。驚きに塗り潰されてしまった思考がようやく動き出すと、ああ、それ当たり前のことだったと納得した。
 人は一人では生きていけないなんて、俺も蜀の学校の授業で教えたことだ。
 需要と供給の知識の中にも含んで語ったそれは、ようするに“完璧な人は一人でなんでも出来るから、助け合いなど必要ない”みたいな考え。いきなり言われると“ひどいな”と受け止められるもので、まあ実際にひどいと思う。
 ただ、完璧な人が本当に助力を求めない人だったなら、ひどいと思われること自体が心外なんだぞ、ってことを話したことがある。
 だから、助け合いが出来る人は、それを胸の中でだけ誇っていい。
 軽く頷く程度の喜び。そんな小さな誇り方で丁度いい。
 誇りすぎれば亀裂しか生じなくなるからなぁ。

(困ったもんだよな)

 “自分のため”は良い原動力になるものの、“自分のため”が過ぎると、相手の都合なんて一切考えない最悪の行動しか出来なくなるから気をつけよう。みんなと先生との約束だ。
 ……みたいなことを、ええ言いました。言いましたよ。
 思い出すと恥ずかしいものの、戦の世界を見てきたから言えることもあったのだ。
 完璧に近い人をたくさん見た。が、どんな人にも足りない部分はあって、それらを自覚している人が王をやっていた。
 自覚せずに天狗になっていた人が民を苦しめ、自分のために動きすぎていたために滅んだ。そんな事実を、口でしか伝えることが出来ないとしても知っておいてほしかったのだ。
 ほしかったのだが……まさかこんな状況で、言った言葉が戻ってくるとは。

「延よぅ……そういうのはな、もっときちんとさ、ほら。大人になってから、好きな人にでも言ってやりなさい。そしたら父さん、そいつ血祭りにあげるから。恋人にだめ呼ばわりされた相手に追い討ちかけるみたいなひどい精神で」
「先のことなんて解りませんよぅ。今感じられる全てを今感じなければ、それまでの時間がもったいないじゃないですかぁ」
「……俺ももっと早くに鍛錬していればって思ってるよ……。強いんだよ愛紗さん……強すぎるんだ……。どうやってあんな領域に辿り着けっていうんだ貂蝉のばか……」

 先のことなんて解らない。うん十分理解している。している故に反論しづらいです。
 なんでこうこの世界の人たちは強いのか。
 強い人に囲まれながら成長すれば、そりゃあこの歳でもこんな子が成長するよ。
 だって甘やかそうとするのが俺くらいなんだもの。
 頭だっていいし文字だってスラスラ書けるし武においても一丁前だし、よくもまあ俺の遺伝子が混ざってるのにこんなに良い子が……! とか、どうしても思ってしまう。
 思ってしまうけど……やっぱり“ああ……”って納得出来てしまうところもあるのだ。
 たぶん娘達全員の共通点。

  精神的に打たれ弱い

 これが絶対にある。
 こんな歳なんだから当たり前だなんてみんな言うだろうけど、成長したってきっと変わりゃしないと言えるくらいに、妙な自信がある。
 丕はそれこそ相当に打たれ弱いし、登と述なんて言うまでもない。
 延は誰に対しても普通であることで保っていたなにかがあるだろうし、それが崩れた時の反動もきっとある。
 柄は……柄は祭さん自身が壁になってるからなぁ。いつかいつかと躍起になっていても、そのいつかが完全な敗北として訪れた時、果たして彼女は立ち上がれるのか。
 邵はあの性格だからなぁ。大人しいけど元気っ子っていう不思議さを持っている裏で、いろいろとコンプレックスを持っているのは知っているつもりだ。なにせ明命の子だし。ああいう性格は、壁にぶつかったときが一番辛い。悩み始めると深いし長いし、なにより人に相談することを“迷惑”と思ってしまって、自分で考えすぎて潰れる、ということをやらかしてしまう。
 jは───……………じっくり考えてみたけど、好きな勉強方面で潰れる可能性がある。なにせ望むものと才能がバラバラっていうのは、かなり重荷になる。
 禅は頑張り屋だ。頑張り屋だから、困難ってものを知っている。才能のほうは……まあ、これからだろう。今から才能才能言っても仕方が無い。確かに、既に“差”はあるものの、これから伸びる可能性だってあるのだから。

(あとの問題は……)

 俺の血の所為で、ちょっとの成功で妙に天狗になったりして、あとで絶対に後悔するんだ……ああ間違い無いね。
 この傾向は丕に強くありそうな気がしてならない。
 私は出来る! と思った途端に鼻を折られてがっくりとか。
 …………なんだろうなぁ、物凄く想像しやすい。

「………」
「?」

 今、自分を見上げている延にもそんな日が来るのでしょうか。
 と、思考が向かう先を無理矢理捻じ曲げてないで。

「まあ……これまでの生き方がどうであれ、俺の場合───今、他の人の役に立てているのかって、いっつも不安なんだけどな」
「立っているから、みんなあれだけ心配してくれるんじゃないんですかぁ?」
「…………無神経なこと言った。ごめん」
「えへへぇ、誤魔化さないで、子供にきちんと謝れるお父さんは立派です。みんな、ちゃ〜んと知ってますから大丈夫ですよ〜?」
「………」

 子供ににっこり笑顔で諭されるって、情けないって思うのと同時に恥ずかしくて、でも学べることはあっただけにぴしゃりと言い返せないし、そもそもここで言い返したりするのはただの言い訳にしかならなそうだしで、なんかもう……文字通り返す言葉が見つかりません。
 ……ええと、うん。父とか年上とかそういう考えは置いておいて、一人の人として……今の言葉を受け取ることにしよう。

「じゃあ、この話は終わりでいいか? 父さん、もう十分心に叩き込んだから」
「はいぃ〜、もちろんです」
「…………延は、本当に穏に似たなぁ」

 容姿がただ“穏を小さくしました”って感じだもの。
 喋り方から仕草まで、とことんだ。……胸もだけど。
 この歳で膨らみがあるって解るもんなのか? 俺が8歳の頃、周囲の女子ってどんな感じだったっけ。

「………」

 三歩後ろを歩く娘の先で、少年時代の同級の胸を思う父の図。
 想像してみたら両手両膝を地について、生まれてきてごめんなさい……と呟いていた。
 な、なんだろうなぁこの恋人の前で浮気するような、奇妙な罪悪感。
 いや、そうじゃなくて、浮気の経験があるとかそういうのでは………………ハテ、複数の女性と関係を持っている自分は、果たして浮気をしたことがないと言えるのか否か……や、やっ! 浮ついた心ではなかったなら浮気では───

(グハァーーーッ!!)

 自分の言葉に物凄いダメージだっ……!
 考えないようにしていてもどうしても考えてしまうが、やっぱりこれっていろいろと問題があるよな……!
 みんなが真っ直ぐに好いてくれてるから俺もって、真正面から向き合ってきたけど……どれだけ真っ直ぐだったつもりでも、前提条件として“浮気”って言葉をつけるとこんなにもダメージがデカい……!

「お父さん? そんなところに蹲っていると他の人の邪魔になりますよぅ?」

 そんな父の苦悩はどこ吹く風。
 我が娘はやっぱり基本はマイペースらしい。
 8年以上もこんな苦悩に悩まされていて、いい加減吹っ切ってしまえとは誰もが言うんだろうが……捨てきれない感情って誰にでもあると思うんです。
 ええそりゃもちろん皆様のことは好きです。襲われた例もございますが、きちんと好きになってから抱きましたとも。
 それからは連日連夜、朝昼夕と働いて、夜には代わる代わる…………そりゃ過労にもなりましょう。むしろ今までよく保った。
 みんなが作ってくれた少量の料理のほぼが、精がつくものである事実に引き攣った笑いが浮かんだものの、本当に大事にされているなぁって自覚はもちろん湧いたのだ。
 今では娘たちからも少しずつではあるけど慕われて、少しずつ少しずつ幸せと最果てに向かっている事実に笑みと緊張を抱いていた。

(───)

 向かっている場所は何処ですか? なんて、軽い自問をしてみる。
 答えは───まあ、適当でいいんじゃないかな。
 明確な目標があるほうが歩みはしっかりするんだろうけど、曲げたくないものだけはしっかりと持っている。
 見えない未来の姿、その最果ての覇道を目指していようと、信じているものはひとつだけ。“幸せ”って未来に真っ直ぐ目を向けていれば、多少の間違いなんて笑い飛ばしてしまえる。
 その中で、絶対にやってはいけないことだけに注意していれば、間違った未来には辿り着かない。目指している全員が全員、それにだけは注意していれば……辿り着ける未来はきっと幸せだ。
 だから───

「延」
「はい?」
「お前は、きちんとした人を好きになりなさい。多少情けなくても……まあ、多少、多少なら目を瞑ろう。延をしっかりと幸せにしてくれる、そういう人を好きになりなさい。まだまだ早いだろうけど……父さん、延が大人になるまでにはいろいろと心の準備をしておくから」

 いい加減、親ばかからも卒業しないとなぁ。……あと8年くらいかけてじっくりと。
 その頃にはいくら俺でも……なぁ?
 そうそう、いい子に育ってくれて、今よりもきっともっと嫁に行かせたくなくなっていて、男が寄ろうものなら木刀持って───……あれ? 悪化してる?

「お父さんが認めてくれる人ならいいんですか?」
「正直に言うと、どんな男が来ても激怒する自信がある……」
「そうですかぁ……そんなお父さんは、ご自分を男として認めていますかぁ?」
「いやいや、まだまだ未熟だよ。……って、こんな俺に認められないんじゃあ相手が可哀相だよな。もっともっと、頑張らないとな」
「えへへぇ……ではお父さん? お父さんがお父さんを認められるって判断出来たら、教えてくださいね?」
「へ? ……そりゃいいけど、なんでまた。……いや、いいのか? 考えてみるとそれ、結構自意識過剰っていうか、恥ずかしいような」
「自分を認められない上に他人を認められないお父さんがそんなことを言っては、他の男性に失礼というものですよぅ? もっときちんと、恥だろうとなんだろうと受け止められるようになってくださいね〜」
「………」

 また子供に諭されてしまった……。俺って……。
 でも、確かにそうだよな。もっといろいろなことへの自覚を持って、自分に自信が持てたら……その時は、恥じることなく胸を張って報告でもしようか。
 それで───…………ハテ? 俺が俺を認めたとして、いったいなにがあるんだ?
 俺には重要なことだけど、べつに延には関係がないような……。
 あ、あれか? これが私の自慢のお父さんですとか紹介するためか?
 ……そうか、そういうことなら自慢の父として、相手を全力でブチノメ……ごほんっ! 迎えられるような懐の大きな男にならないとな。

「確認しますけど〜…………お父さんが認められる男性ならいいんですよねぇ?」
「ああっ、応援するぞっ! 認められたらな! 認められたら!」
「……くすくす……はいぃ〜♪」

 内心ドキドキしながらの返事に、どうしてか延はくすくすと笑った。
 もしかして動揺してるの、バレバレだったか?
 や、でも仕方ないだろう。今でも娘が男を連れてくる瞬間を考えると、心の臓が躍動して……!
 そんな落ち着かない俺を見上げて、延はまた笑って、言った。

「お父さんは本当に、しっかりした誰かがついていてあげないとだめですねぇ」

 え? しっかりした人? ……居すぎて怖いくらいですが?
 それに加わる気ですか娘よ。
 この都にいらっしゃる方々といえば、他国で僕に憧れてくださった女官さんが“そこで私になにをしろというんですか”とかいって、辞退するほどにしっかり者なのですが?
 ……まあ、人を心配するあまりに暴走する人たちばっかりですが。
 人のことが嫌いだからって夜中に侵入して、虫をぶちまける人も居るわけですが。
 おおあなた凄い人。そこに混ざると言いますか。

「まあその、あれだ。なにかをするにしても……ほどほどにな」
「ほどほどの幅が解らないので難しいですねぇ」
「いいから頷く! ほどほどに! 無茶、ヨクナイ! いいな!?」
「へやぅっ!? は、はいぃっ!」
「……ん、よし」
「………」

 焦りと混ざるがままに、つい強く言ってしまった……軽く自己嫌悪。
 女性に散々振り回されたこの北郷としては、ほどほどというのを子供のうちから覚えておいてほしかったとはいえ……。
 などと、再開させた歩に意識を向けながらもちらりと後ろを伺ってみるのだが……

「…………《ぽー……》」

 ……いやちょっと待て。
 何故怒鳴りまがいの強引な了承をもぎとられて、ホウとした顔でこちらを見ていますか延さん。
 ……もしかして、びっくりしすぎて頭が混乱してしまった……とか?
 そ、そうだよな。自分のことで慌てて、自分の馬鹿さ加減に叫ぶことはあっても、娘に対して怒鳴るみたいなことはしたことがほぼ無い。
 謝らなくては……! 相手が娘だろうと、謝ることをしない大人はいけません。

「あ、あー……延? ごめんな? ちょっと……いや、かなり強く言っちゃったよな」

 それでも気恥ずかしさと気まずさもあって、上手くは謝れない。
 立ち止まり、頭を下げたところで、延はむしろそうされたことに驚いて慌てた。
 ……お、おや? 怒られたこと、気にしてない?

「いいえぇ、延はべつに気にしてませんからぁ」
「う……そうか? でもな、謝った矢先に蒸し返すみたいだけど、やっぱりほどほどの行動をな? 泊りがけで看病とか、身の回りの世話をするとかは今回限りで───」

 なんて言った途端、にっこり笑顔で返された。

「はいぃ。過労で倒れたら、また看病させていただきますからぁ」
「延さんキミ今言ったことこれっぽっちも解ってないだろ」
「解ってますよぉ〜。お父さんは弱ってると目がうるうるして、申し訳なさそうな顔をして、周囲に気を使いたくても上手くいかなくて、少しおろおろしていて、やっぱり誰かが傍に居ないとだめな人だ〜なんてことくらいぃ」
「───」

 ウワハァアーーーイ! なんだか娘がコッワァアーーーィイ!!!
 む、娘の感情が解らない! それは前からだけど、ますます解らない!
 え!? 情けなさとか弱さに惹かれる人なんて居るのか!? それってあれか!? ただやさしいとかただ頑張ってるとか、そんなところに惹かれる〜みたいなそんな理由でそうなるのか!?
 そんな前例、見たことも聞いたことも───!

「…………」

 …………。

(あったァアアアーーーーーッ!!)←生きた前例

 ほぼ毎日見てるよ! 姿見とかで見てるよ!
 考えてみれば俺って別に強くもなかったし格好良いなんて自覚もなかったし、魏のみんなに好かれる理由さえ解らないような男だったのに、なんだかんだで関係持って……!

(あ、あれ……俺ほんと、なんで好かれてるんだっけ……!?)
「?」

 一人百面相をしているであろう俺を見上げ、こてりと首を傾げる娘様。
 そげなお子をひょいと持ち上げて肩車を。
 そそそそうっ、子供の言うこと子供の言うことっ! お、大人たる者、もうちょほいと余裕といふものを持たねば。……言葉が落ち着かない。故に落ち着きなさい僕の心。
 そもそも子供の言うこと〜とか言って、人の話をきちんと聞かないのは俺の嫌いなことでもあるし。

「自分が聞く耳持たなかったのに、あとになって“どうして言わなかったの!”って言う大人、卑怯だよな〜」
「ふえぇ……? そんな人が居るんですかぁ……?」
「…………いい時代だなぁ、この世界」
「?」

 肩車したまま歩きだした。
 話して歩いて立ち止まって振り向いて、また歩いて話して立ち止まって振り向いての連続だったため、肩車での移動は実に楽だった。

「んお……そーいや延〜」
「口調、乱暴になってますよ〜?」
「たまには砕けた方が家族らしいかなって思ったんだけどな……ン、ゴホッ。そういえばさ、延」
「はいぃ、なんでしょう〜」
「延は、どんな大人になりたい?」

 子供たちにはまともに訊いたことのないこと。
 それぞれ今の状況をなんとかしたいって話は聞いたものの、先のことはそれほどでもなかった気がした。
 なのでせっかくだしと声にしてみれば、

「大切な人を支え続ける柱になりたいですねぇ」

 ときっぱりと言った。
 口調がおっとりしている所為で、どうにもきっぱりには聞こえないものの……延にしてみればきっぱりだった。

「ははっ、なんだなんだ、五斗米道の他に、支柱にもなりたいのか?」
「あぁ〜、その“なんだなんだ”って、大人って感じがしますねぇ〜」
「……お願い言わないで。なんか無駄におっさん臭いって、言ってから気づいたんだから」

 普通に生きていれば、もう二十といくつか。
 それでもなんだなんだなんて言うには早いだろとか、心の中で即座にツッコミ入れた矢先にこれだ。
 ……心の中がもう、子供が居るって時点でいろいろと変わっていってるんだろうな。
 大人になるって難しい。

「お父さんは、なりたかったものとかってあるんですかぁ?」
「俺か? んー……俺はなぁ……」

 思い出してみる。
 子供の頃になりたかったものは……多分、剣道の達人。
 とびっきり強くて、誰も勝てないような、とにかく強い達人。
 強い気でいて、鼻っ柱を折られた天狗にしかなれなかったけど。
 だから、それを抜かして考えるなら……そうだなぁ……───。

「……俺な。昔、馬鹿なことをやって大事な夢を壊しちゃったんだよ。それからは“自分なんてこんなもんだ”なんて無駄に悟った気でいて……多分、他の誰よりも先に現実を見た気になって、そんな自分に酔ってたって部分もあるんだろうな。結局は夢らしい夢も見つけられずに、そこにある日常の中をだらだらと生きて、ちょっとの変化に笑って、と。まあ、普通の生き方をしてきたかなぁ」
「目標とかはなかったんですか」
「ん、なかった。目指してみても、なれるだなんて思えなかったんだよ。強いって思ってた自分を、文字通りブチノメしてくれた人が居たから」

 自分が立っていた場所がどれだけ低いところで、そんなところで“最高”であったと自惚れていた自分が崩れたとき、多分……人は道を選べる。
 そこから新しい何かを探すか、自分ってものに見切りをつけるか。
 俺は後者を選んで、無難な日々を生きてきた。
 そこから自分を変えるには、多分多少の変化しかくれない日々を生きていたんじゃ足りなすぎて……変われない自分を、変化のない日常の所為にばかりして。
 でも……それこそ、見ていた世界そのものが変わるくらいの“変化”の中を生きた時、“あんな自分”にも目指したいものと、ともに歩みたい道を見ることが出来た。
 自分の夢を追うんじゃなく、人の夢の果てを見たいなんて思ったのは、きっとあれが初めてで……自分を変えるための、最高の変化ってやつだったに違いない。

(そうじゃなきゃ……なぁ。悟ったつもりでいた自分が、人に土下座をしてまで強くなりたいなんて願うわけがない)

 悟ったつもりの人っていうのは、人に弱さを見せることを嫌う。
 もちろん俺もだったし、性質の悪いことにその在り方っていうのが、つつかれても痛くない弱さを見せることで、その奥の本当の弱さっていうのを隠すっていう、本当に面倒な方向の隠し方だった。
 だから外側からは変に悟っているよりも接しやすい人にも見えただろうし、人を突き放した言葉を使わない分、弱さというものを自覚した分、人にやさしくできたし、辛さってものに多少は敏感になれた。
 ただ、まあ。俺が見た変化の先の世界っていうのは……俺が知りえる最高の辛さなんてどうでもいいって思えるくらいに辛いもので。
 米の一粒のために武器を持って人を殺さなきゃいけない世界は、悟ったつもりだった俺に、人の生き死にってものを教えてくれた。
 そんな中に在って、希望を見せてくれる人に出会い、気づけば……自分が一番じゃなきゃ嫌だって竹刀を振り回していい気になっていた小僧は、必死になって他人の覇道ってものの先を目指して走っていた。

「じゃあ、お父さんは今の自分はお嫌いなんですかぁ?」
「今の自分? ……さっきは未熟だ〜って言っておいてなんだけど、好きだよ。変われた自分に、後悔なんててんでないなぁ。あ、もちろん誰かに失礼だから〜とかそんなんじゃなくてさ。誰かが好いてくれている自分が好きとかでもなくて……うん、本当に、今までがむしゃらで、多分これからもそうなんだろうけど。未熟でもさ、“頑張れた自分”は認めてやりたいんだよ、俺」
「頑張れた自分?」
「おう。父さんはなぁ、そりゃあもう立派な天狗だったぞぅ? そんな天狗が鼻っ柱を折られて挫折して、無難で傷つかない道ばっかりを選んで、それでも歩いてみたい道を見つけて───それからの自分は絶対に頑張れたって思えるから、そこだけは認めたい」
「そこだけなんですか」
「そう。悲しいことに、そこだけだ。だからいっつも“もっと頑張らなくちゃなぁ”なんて思ってるし、それ以外を褒めて、自分を甘やかすことはあまりしたくない。じゃないと、すぐにまた天狗になりそうだから」

 そういう意味では、愛紗さんの強さはとってもありがたいです。
 天狗になる隙をてんで与えてくれません。よしんばなれたところで秒と掛からず鼻が折れます。
 駆け引きによってようやく出せた相手の隙。それを穿てた瞬間、この北郷めの鼻は伸びるのですが、その喜びの瞬間を青龍偃月刀が叩き折るわけで。刹那の喜びさえ隙になるんです。……それを思うと、鼻どころか心が折れそうだ。

「そんなわけで、子供の頃になりたかったものにはなれなかったわけだけど……今やりたいことは、この平和が少しでも長く続くように頑張ることだな」
「途切れてしまうことなんて、あるんですか?」
「あるんだよなぁ……平和なんて、壊そうと思えばいくらでも壊せちゃうものなんだ。だから、全員が平和を好きでいなきゃいけない。壊れてしまえって思う人が行動に出ないから続いてるんであって、本当の本気で壊そうと思えば……多分、子供にだって簡単に壊せる」
「……ええっと、たとえばですよぅ? 子供な私が壊すとして、どうすれば……?」
「包丁持って、人を殺せばいい」
「───」

 言った途端、肩車をしている延の身体がびくんと震えた。
 ……当たり前だ、子供がいきなりこんなことを言われれば誰だってそうなる。

「親が子供にこんなことを言うのは、どうかなとも思うんだ。でも、俺が知る平和な場所よりも……ここは“武器”が多いから。だからな、延。手に取る武器で、平和は壊さないでくれ。壊すなら危険を壊しなさい。こんなこと、武器を手に鍛錬をする前に言われ飽きてるかもしれないけどさ。言われ飽きていることほど大事なことだって、意識しておいてくれ。大事じゃなければ何度も言わない。聞き飽きたことほど、相手にとっては大事なことっていうのはよくあるんだ」
「……それは、解っているつもりですよぅ?」
「…………俺としては、子供とこんな会話をして、きちんと通じていること自体が驚きだよ。普段いったいどんな勉強してるんだ」
「もう戦についてとかは普通にやっていますねぇ……」
「頭の回転が早いって、素晴らしいな」
「ですねぇ」
「と、いうかだ。怖かったりしないのか?」

 震えてたみたいだけど、とは言わないで言ってみる。
 と、延は俺の頭の上で腕を交差させて、ぺたりと顎を乗っけてきた……と、思う。
 なんかそんな感触。

「ええっと、“人が死ぬのは怖いものだ”と教えられていますから〜……それは、怖いですよぅ? でも、まだこの目で見たわけではありませんし……。お父さんはどうでしたか? やっぱり人が死ぬのは怖いものですかぁ?」
「怖いよ。出来ることなら二度と見たくない。殺す人も、殺される人も」
「……お父さんがここまではっきりと言うなんて……よっぽど怖いんですねぇ……」
「待ちなさい延さん。キミの中の父は、いったいどれだけどもってらっしゃるの?」
「? ……いっつもどもってるじゃないですかぁ」
「…………」

 ……うん。なんか…………どもってるよね……ほぼ毎日……。
 比べたりしない目で見るからこその“正当な評価”が、今はとても痛かった。

「それで、お父さん?」
「んー? なんだー?」

 なんだろうなぁ。延と話してると、心がのんびりになってくる。
 やっぱり喋り方の問題か? それともそういう空気になるからなのか? ……そういう空気になる理由が、喋り方にある気がするからもう、それはそれでいいんじゃないか? ……いいか。

「今、どこに向かってるんですか?」
「朝食欲しさに歩いております。延、なにか食べたいものはあるか? 話し込んでたら結構経っちゃったし、厨房の方はもう料理なんて無さそうな気がする」
「じゃあ、お父さんの料理が食べたいですね」
「マッ……! ほ、ほんとか!? ほんとに俺の料理が!?」
「はいぃ、やっぱり普通が好きですからぁ〜」
「ア……そ、そう。そうネ。普通だもんネ……」

 喜びの頂から奈落の底へと突き落とされた気分だった。
 まあ、普通だもの。
 普通が好きだというのなら───喜んで、普通を貴女に。

「ですから、私が料理を学んだら、お父さんに教えてあげますねぇ〜?」
「なんかそれおかしくない!? 俺が学んだほうが早くない!?」
「大丈夫ですよぅ、お父さんは誰かが傍に居てあげないとだめなんですからぁ」
「そ、そうなのか? なんか娘に言われると、父さんちょっと情けな…………あれ?」

 あ、あれ……!? なんか俺が支えられること前提になってる……!? 俺そんなに情けない……!? 俺そんなに親失格状態なのか……!?
 前略お爺様……娘の、娘の気持ちがまるっきり解りません……!
 僕は親として、どう接するべきなのでしょうか……!
 親……そ、そう、親! 最近、丕の俺を見る目が変じゃないかなぁとか思ったり、登もおかしかったりするし、やっぱり俺みたいな未熟者が親になるとか、まだまだ早すぎたのでしょうか……!
 お父様。とあるドラマを見ている最中、“子供の所為で自分の時間が無くなるのは嫌だ”なんて言っていた男に、“子供が子供を作るなんて十年早い”と血管ムキムキで怒ってらっしゃいましたね。
 お母様。とあるドラマを見ている最中、“浮気は最低? 本気じゃないんだからいいじゃねぇか”と言う男に、“自分が本気じゃないからいいだなんて、相手の本気も考えられない大人にだけはならないでね”と怖い笑顔で仰っていましたね。
 この北郷一刀、浮ついた気持ちは持ってはおりませぬ。
 好きになる努力をして、好きになって、こうして歩いてまいりました。
 今では娘もたくさんです。
 しかし真剣なら大勢と関係を持っていいということと、あの話とはなんだか違いすぎる気がするのです。
 僕は現在、娘の気持ちが解りません。
 お父様お母様。あなた方は……今の僕の気持ちを解ってくださるのでしょうか。
 ……なんだか、“この最低野郎!”とか言われて、ボコボコにされる未来ばかりが浮かびます。

「……いつか帰れたとして、その時にみんな一緒だったら………………まずは家族会議から始まるんだろうなぁ」
「どこに帰るんですか?」
「……天って名前の地獄かな……」

 その時を思えば、修羅場って名前の故郷でもいいかもしれません。
 そんなことを呟いて、ただ厨房を目指した。
 途中、寝過ごした所為で同じく食いっぱぐれたらしい穏も一緒に。
 「娘が治ったのに親が眠っててどうするの」と苦笑する俺に、穏は気まずそうだけど照れが入った苦笑で「あぅう、面目ないです……」と仰った。延は変わらず肩の上で笑っていて、この二人と一緒に居ると……いろいろと考えていてもすぐにまったりな空気になる。
 そんなこんなで歩いて、厨房へ辿り着き、一緒に料理を作って、普通の出来に苦笑して、普通に食べて、普通に笑った。
 普通ばっかりだなぁとは思うけど……ただ、まあ。
 普通って結構ありがたいことだと思うのだ。
 いや、負け惜しみとかではなくて、変わらないものって大事って意味で。

「旦那さまぁ? はい、あーんしてくださいねぇ〜」
「穏が先にやったらする」
「ふえぅ!? え、えやや……!?」
「はい、あーん」

 穏の顔が朱に染まる。
 子供の前で普通にあーんとかをやってくるその度胸に、花束でも捧げたい気分です。
 しかしするのはよくてもされるのは苦手なようで、視線を泳がせてはあわあわ状態。

「お父さんとお母さんは、仲良しさんですねぇ」
「ん……そりゃあ、まあ。むすっとしているよりは、こういう感じのほうがいいだろ?」
「…………!!」
「? あれ? 今なにか、息を飲むような気配が」
「? 延ではありませんよぅ?」
「穏でもないですよぅ?」
「……ほんと、仕草とか喋り方、全く同じな親子だなぁ」
「旦那様もよく、“だなぁ”とか“よなぁ”とか、言ってるじゃないですかぁ」
「へ……? そんなこと───ハッ!?」
「あららぁ……気づいてなかったんですかぁ……」

 二人に苦笑つきで見つめられた。
 まあ、そんなこんなで今日も一日が始まる。朝食摂ると、始まりって感じがするよなぁ。
 延も今日から勉強再開だそうだし、俺も俺の仕事を……って、仕事無いんだった……。

(どうしようか……無理に探しても仕方ないし……そうだな、警邏の手伝いでもするか)

 などと考えながら、息を飲む気配が気になりつつ……気の所為ってことにして食事を続けた。
 ……実に普通の味だった。




ネタ曝しです *全身黒タイツのサンタ  朝日が昇っていくよベン……。  銀魂より、サンタ。ベンは二足歩行のマッスルトナカイ。  このサンタさん大好きです。  あの声優さんが「ヤベェェェェ!」って言うだけで、もう随分笑いました。 *父道大原則ひとーーーつ!  覇王大系リューナイトより……って、前にも書きましたっけ?  漫画では騎士道大原則ではなく騎士大原則ですよ〜って……書いてませんね。  リューナイト、よかったなぁ。  胸の前で両手をポムは、明命よりもパッフィーって意識が未だに強いです。 *みんなには黙ってたけど俺……強いんだ  FF11、電撃旅団の闇王戦前のやりとりより。  この後、団長ことPeaberryさんが同種族のタルタルである「ホービバムビバ」の名を叫んでいる。  なおこのホービバムビバ、武器屋の主人の名なのだが、店の挨拶もホービバムビバ。  彼がなにを思い、何故ああ叫んで闇王戦へと単独で駆けたのかは謎のままである。  ……ホービバムビバではなくホームバムビバと叫んでいたのは、気にしてはいけない。 *トニオの料理を食べた虹村くん  ジョジョの奇妙な冒険第四部より。  トニオの回だけで何回読み返したか解らないほどトニオが好きでした。  一度食べてみたいですよね、あれ。辛いものが結構好きなので、娼婦風スパゲティーが特に。  ……トマトは苦手なんです。モッツァレラチーズとトマトのサラダは勘弁を。 *のびのびサロンシップ  シップってありがたい。  湿布……湿った布、と書く。しっとり。 *おおあなた凄い人  ドラクエのぼったくり店主。  おおあなたひどい人。私に死ねといいますか。 *ン、ゴホッ  イメージはピザ・モッツァレラ。  ジャイロ・ツェペリの咳払い。  ンとゴホッが逆でも、なんかいい感じ。  128話をお届けします、凍傷です。  8月はゴールデンゲーム三昧だったわけですが、9月に入っていざ小説を……と思ったら、まともに書く時間がありゃしない。  なのでジワジワと書いて、ようやく一話です。  52kb……60まで内容詰めて二話にしてもいい容量だけどこのままGO。  そんなわけでお待たせして申し訳ないです。  さて延さん。  陸遜さんの娘で、呉編ラストのCGで見る限り、本当に穏が小さくなっただけの容姿。  あんな小ささで既に眼鏡をしてらっしゃる。  小さなヒントから話を広げるのって難しいですよね。  一応、真面目で誰にでも平等な反応、というのを目指してのキャラ作り。  運動も出来て勉強も出来る、頼れるお姉さんタイプ……だけど、メンタルがマゾチック……いやいや。  自ら不幸の中に入っていって、その中で頑張る人というのは精神的にMでございますという話をどこかで聞きました。  そういう人は多少強引な人に引っ張ってもらいたがってもいるらしく、強く出られるとつい「はい」と頷いてしまうそうで。  ……そんなイメージで書いてしまったらさあ大変。  尽くすMな人ってどんな感じでしょう。……相手がどんな最低な人でも尽くす人か。  でも一刀くんってSって感じじゃないし、Sっていったら………………。  ……覇王さましか浮かびませんでした。  ゲームの話ですが、PCソフトを幾つか消化しました。  あとはジョジョを買ったわけですが、今日までなんの不具合もなく頑張ってくれたPS3(初期型)が天に召されました。 シーザー「きさまはフィルムだ! 写真のフィルムだ! 真っ黒に感光しろ!」 PS3 『SYYYYAAAAAAAAA!!《ボチューーーン!!》』 凍傷  「……エ?」  とまあ、見事にシーザーの技の途中で死にました。  今までありがとうPS3。ゲームディスク返してPS3。  そんなわけでPS3故障時の伝統行事であるらしいドライヤー様を使い、なんとかディスクを救出。  PS3買い直すのもあれだなぁ……と、現在そのまま放置中。  ジョジョゲーもいろいろとアレだったわけでして、急いで買う理由もないので。  そんなこんなで小説ですが……さて、今回はどうでしょう。  誤字チェックはしましたが……はあぁあ。  と、ともかく、いろいろ辛いこともございますが元気でやっております。  ではまた次回で! 長寿と繁栄を! Next Top Back