188/然を守る=当然としてそこにあるものを守る。

 さて……そんなこんなで夜である。
 昼は買い食いで済ませるー、と事前に言っておいたから普通に終わったが、夜は……

「さ、兄様、召し上がれっ」

 流琉が腕を振るった……多分薬膳料理的ななにかが、我が部屋の卓に並べられていた。
 みんなの分は? と訊ねてみれば、皆様のは厨房にありますとのこと。
 え? 俺だけここで、しかもこの量を食べるの?
 問うてみたけど、「必要なことなんです」と困った顔で言われた。
 ……やっぱり何かが動き始めているのだろうか。
 また誰かが何かを企んだとか。面白い側の企み事なら、雪蓮あたりがやりそうだ。

「じゃあ、いただきます」

 でもだ。どんな事情があるにせよ、鳴る腹には勝てません。
 良い香りにあっさりと散った意志を余所に、手を合わせて食事を開始する。
 ちなみに丕も柄も、流琉の前に来た詠と月に促されるまま、厨房に向かっている。
 “ああ、あんたはここで良いのよ”と言われた俺だけがここに残って……この量でございます。
 しかしながら、不思議と食えるのだ。
 消化器官が活性化でもされているんだろうか……薬膳料理とかは解らない。
 俺が天に戻ってから学んだ料理なんて、既にみんなが知っているようなものばっかりだし。中国……ではなく、こういった古来の料理の効能に関しては、確実に流琉の方が詳しいだろう。
 で、いったいこの料理たちがどういった効果を現すのかといえば。

「………」

 俺の疲労回復のために作ってくれているらしいし、そのままに決まってるじゃないか。
 うん、心配してくれてるんだから、なにを不安がることがありましょう。

「うん美味い」

 この料理は正解だった。
 塩加減も丁度いい……無茶続きだった体に、染みこむようなやさしい味付けだ。
 これのお陰なのかは解らないけど、風呂入ってリラックスした時みたいに、疲れがこう……ドロォ〜って感じで抜けていく。力を抜いて湯船に浮くみたいに、こう……フワっというよりはドロって感じ。疲れている時は解ると思うんだが……あの感じは、ちょっと幸せ。
 しかし美味しいなこれ。なんて名前なんだろ。
 え? 名前は特に無い? 疲れにいい食材を、味が良くなるように調節して調理しただけ? ……つくづく思うけど、創作料理が出来る人ってすごいな。
 そんな会話をしながらの食事は続いて……やがては食べ終わる。
 ちょっと苦しいけれど、吐きそうになるまではいかない心地良い満腹感に浸りつつ、笑顔で食器を下げて出て行った流琉や詠や月を見送って、はふぅと溜め息。

「体がカッカしてるな……」

 あの生姜っぽいのが効いたんだろうか。
 生姜……だよな? 体が芯から温められる気分だ。

「良薬口に苦しっていうけど、どうせなら美味しいのがいいっていうのは……贅沢だとしても願いたいもんだよなぁ」

 美味しいほうが絶対にいい。散々な辛さが治るというのなら、苦さだってきっと我慢は出来るとしても。
 自分の思い通りには行かない世の中……せめて対価を払って得るものくらい、自由でありたい。だからこそ多少わがままになろうが、独りで静かに豊かに食べたくなるんだろうなぁ。
 今の俺のわがままを言うとすれば…………鍋。昆布出汁の利いた、鍋。
 とても食べたいが、ソレはすでに多少のわがままではなくなってしまっている。
 国どころか海を跨いだ先の味を求める意志は、もはやそれこそ天の意志をも左右しなければ得られないほどの我が儘にございます。

「しゅぅ……すぅう……」

 まあそんなことはソレとしてだ。
 立ち上がって、部屋の中心までを歩くと、そこで軽い運動。
 呼吸法とともに動かすのは内臓。
 消化を助ける運動ってやつだ。
 ただでさえ熱くなってきた体には、少しの運動でも発汗が促されて、その汗も結構な量だ。そういえば……水分が多い料理ばっかりだったよな。
 こういうことまで考えて作られてるんだろうなぁ……ほんと、料理人ってすごい。
 料理人もだけど、レシピを考える人、効能を考える人もか。
 つまりそれらをきっちりこなす流琉がスゴイ。

「ん……ほっ、よっ……っと」

 内臓を動かすとはいっても激しい運動ではなく、ゆったりとしたもの。
 主に上半身を傾けたり、腕を高い位置に広げたり伸ばしたりをして内蔵を揺らすイメージ。
 水分ばかりの場合は胃酸が薄まるっていうし、気長に。

「《ドヴァーーーン!》馳走である!《どーーーん!》」

 で、そんな気長なゆったり運動のさなか、どばーんと扉を開けて参上したのは……柄だった。とりあえず夜ということもありノックも無しだったので、静かになさいとばかりにデコピン。

「《ディシィッ!》いたっ! ……す、すまん父よ。なんだか料理がとても美味しかったので、気分が高揚していたのだ」
「まあ、確かに美味しかったよな。で……どうかしたか? ん……特にここに戻ってくるような用事は〜……無かったと思うんだけどな」
「遊びに来た!《どーーーん!》」
「遊戯室で遊びなさい」
「一人ではなにも出来んではないか! さあ父! 遊ぼう! 遊びでなら勝てるやもと母を誘ったのだが、典韋殿に料理について相談をされていてな……」
「自分に正直だなぁ柄は」

 言いたいことをズケズケ言うタイプなのか、特に意識していないだけなのか。
 ……こんな性格だからこそ、祭さんも遠慮無しにゲンコツとかをかますのか。

「述か邵を誘えばよかったんじゃないか? 丕や登や延はやりそうにないけど、邵や……今の述なら喜んでノってくるだろ」
「述姉ぇはなぁ……まさかあんなにも遊びが上手いとは思わなんだよなぁ……。うむ、まるで歯が立たんから誘わなかった。邵は禅と話があるそうで、こっちもダメだ」
「話?」
「父の生態についてらしいぞ。よく解らんが」
「あの。なんで俺、娘に研究されてるんですか?」
「私が知るものか!」
「俺だって知らないよ!」

 無意味に声を荒げて、のちにニカッと笑う。言葉遊びの延長だ。
 笑ったあとは、俺の軽い運動を柄が真似し始めて、なんとも奇妙な空間が生まれる。
 いつか蓮華とやった、太極拳もどきみたいな感じ。
 ……や、さすがに室内でかめはめ波は出さないぞ?

「父? この動きに意味はあるのか? なんだか随分と眠たくなる運動だが……」
「ん? んー……よし。じゃあ柄、体を動かすのを、全部氣でやってみろ」
「ぜっ!? ……全部をか。むう、そう言われると、途端に眠たくなどならない恐ろしい鍛錬のように思えてきた……!」

 言いつつもしっかり行動に移る柄さん。素直だ。
 ちょっと失礼して氣を繋いでみれば、なるほど、本当にすぐに氣での行動に移ったようだ。
 ゆっっっっくりとした動きを、氣のみで再現するのは本当に難しい。
 なにせ疲れるくらいの集中が必要であり、常に“動かすこと”をイメージしなければいけないのだ。拳を振るうために、拳を突き出すイメージを弾かせて終わらせる、なんて単純なことだけじゃ終わらない。
 拳を突き出す際、突き出して戻す、もしくは突き出すってイメージ以外は特に働かせないものだ。けど、まあその。人間でございますもの、ゆっくりと動いてみれば解るけど、いろいろと別の思考が働くわけだ。
 そして“氣のみ”で動かす場合、集中というものはとても大事なわけでして。
 雑念が入りすぎると震える。滅茶苦茶震える。結果として片足だけで立つとかも無駄に難しいし、バランスを取るのは……疲れる。それを地道に体に覚えさせるわけだ。それこそ8年近くをたっぷりかけて。継続は力なり。何より難しいのは、ともかく“続けること”だと思うのです。
 簡単だろとか思うことなかれ……日々を“……上達してるのか? これ……”とか思いながら続けるんだ。早く強くなりたいのに、実感の沸かないことをずぅっと。ええ、そりゃあもう気が滅入ります。
 俺みたいに筋力が増やしようがないって解ってるならそれも出来るだろう。“まだ”出来るほうだ。
 しかしながら、そういったわけでもない、筋力や氣以外にも伸ばせるなにかを持つ人がそれを続けるとなると……とてもとても。

「ぬっ、くっ……お、おおっ……!? これは、また……! むずっ、むずかっ……!」

 体を氣だけで動かす鍛錬は、子供たちは既に経験済みだ。
 実際、それで城壁の上を走る鍛錬【子供向け編】は十分にやったと、丕も言っていた。
 走るのなら結構慣れ易い。おかしな話、走るより歩く方が難しかったりするのだ。
 俺は歩くことから初めて随分と混乱したものの、歩くのが楽になると……走る方も応用でなんとかなったのだ。慣れはもちろん必要だったが、歩くことに比べたら楽だった。あくまで、比べれば。
 慣れたものだと、フンスと鼻息も荒く得意げな顔で始めた柄は、早くも表情に焦りを浮かばせていた。
 片足で立ってみるも、筋力ではなく氣で足を持ち上げるのと、体勢を保つのとで大焦りだ。バランスを取ろうと咄嗟に広げる両手も、ハッとして氣で動かそうとして……失敗。見事にステーンと転んだ。
 慌てて起き上がるかと思えばそうでもなく、むすっとした顔をしつつも胡坐をかき、俺を見上げながら「……父。これは大人向けの鍛錬なのか?」と訊ねてきた。

「ん、そうだな」
「これを続ければ母のようになれるだろうか」
「祭さんのようにっていうのはちょっと難しいな。そもそもお前、大剣使いだろ」
「武器にこだわるのはやめたのだ。経験を積んで、自分に合ったものを探すつもりだ。巡り巡ってそれが大剣だろうが構わんのだ。私はより高みを目指したい。目指した上で、今のこんな、なんでもないような家族の在り方を守りたいと思っている」
「………」

 言われてみて考えた。
 家族を守る……それって親だけの勤めだろうか。
 親がどれだけ頑張ろうが、子が離れれば家族は壊れることなんて、俺はもうとっくに経験した。
 けど今、その離れていた筈の子が、家族を守りたいと言ってくれている。
 ……嬉しかった。
 と同時に、だからって娘に任せっきりにするわけがないでしょーが、なんて思いも湧きあがる。

「柄は、今の天下を好きでいてくれるか?」
「乱世を味わったことのない私でも、人が死ぬのは嫌だということくらいは知っている。親しい人が急に居なくなり、二度と話せないというのは嫌だ。それがもし母や父であったなら、家族であったならと考えるだけで胸が苦しい。だから……私は平和が好きだ。こんな日々が、ずっと続けばいいと本気で思っているぞ」
「……そか」

 立ち上がって胸を張る娘の頭を、なんとも言えない気持ちでわしゃわしゃ撫でる。
 わぷぷと多少の抵抗に出るが、少しすると胸を張り直して撫でられるがままになった。
 いわく、「誇れることを言って褒められているのに、それに抵抗するのは嘘だ」だそうだ。

「なぁ父。父は天に家族が居るのだよな?」
「ああ、居るな」
「……気軽に帰れる場所ではないのだよな?」
「そだな。帰るとなると、周りのみんなが寿命で死んでしまう頃くらいになる」
「そ、そんなになのか。……家族と離れ離れで、寂しくないのか?」
「寂しい? んん……」

 考えてみる。もう何度も考えたことだけど、娘に訊ねられて応えるのは、少し考え方の元が違うように感じたから。
 そもそも寂しいもなにも、自分が望んで帰ってきたこの世界。
 会いたいなと思うことはそりゃあある。
 じいちゃんとの鍛錬メニューもまだ残っているし、及川との約束もあった。
 学校だってあったし、あっちでしか出来ないこともまだまだ……。
 だけどさ。考える度、思う度……“でもさ”って笑えるんだ。
 望んでこの世界にもう一度降り立って、他の誰でもない自分が歩んだ外史をもう一度歩めて。大事な人が居る世界で大事な人がたくさん出来て。
 そんな今までを振り返ってみて、いざ“寂しいか?”なんて問われてもさ。

「会いたい気持ちは、そりゃああるんだけどなぁ」
「《ぽむぽむ》お、おお? なんだか今日の父はやけに頭を撫でるな」
「生憎、寂しいなんて思うよりも、大事にしたいものの方が増えたよ。だから寂しくない。会いたいって思うだけで、いつかは会えるさって考えを持てるだけで、心の中がもう決着をつけちゃってるんだよ」
「それでいい、って感じでか……?」
「寂しく思う暇なんてないってことだよ。それだけ満たされてるんだ、これ以上は贅沢だ」

 なにせこれ以下を存分に味わったからな! 娘達に嫌われまくることで!
 あの日々に比べればこの程度……!
 あぁ、でもじいちゃんには会いたいんだよなぁ。
 言われても訳が解らなかったことも、今なら解る気がするのだ。
 あと及川。
 人のバッグにいろいろとアレなものを仕込んでくれたアイツに、一言いろいろな意味でのお礼をしたい。
 もちろんあの、この世界に帰ってきたばかりの頃の、オーバーマン的な恨みも忘れていない。一発殴ろう、うん。

「解らないぞ、父。私は家族と一緒に居るのが好きだから、父の言う贅沢は、贅沢とは思えない」
「生きてりゃ見えてくるものもあるってことだよ。今見えないからってあまり焦らないこと。……って、これは祭さんからの受け売りだけどね」

 ……育ててくれた家族よりも優先させたい人たちや世界がある。
 そんな世界へ戻りたくて、一年間、自分を苛め抜けるほどに帰りたい場所があった。
 家族は大事だ。
 でも、戻りたい場所はどこかを考えてみれば、結局は───

「柄は、俺に帰ってほしいのか?」
「!? ち、違うぞ!? そんな意味で言ったんじゃない! 家族と一緒がいいって言ったじゃないか! 一人でも欠けるのは嫌だ!」
「っと……!?」

 意地悪くも訊ねてみた言葉に、柄は予想以上の反応を見せた。
 なんというか……もう今さらな気もするのに、きちんと“家族”って枠に入れていることが嬉しい。
 蹴られてばかりだった日々が、もう遠い日のようだ。

「いや、ごめんな。俺もそういう意味で言ったんじゃないんだ。俺も家族と一緒がいい」

 いいんだけどさ、と続けて、柄の頭を撫でた。

「困ったことに、どっちにも家族が居るから、柄が言うような贅沢じゃないっていう考えは、どうにも持てないんだ。こうなると、俺の本当の贅沢っていうのは……どっちの家族も同じ場所に居るって状況なんだと思うし」
「む……確かに、それは贅沢かもしれない。そうであれば嬉しいが、そうなってはくれないのだよな、父」
「そうなんだよなぁ……。───……ところで柄。お前はどうして、一言一言で俺を呼ぶんだ? べつに今は俺と柄しか居ないんだし、父父と呼ぶ必要はないんだぞ?」
「はっはっは、何を言うかと思えば父よ。子龍様とて主よ主よと仰っておるではありませぬか」
「やっぱり星の影響か……」

 納得しながらも考えるのは、置いてきた家族のこと。
 いくら向こうの時間が経たないとはいえ、何も言わずにこちらへ来てしまったことへの罪悪感など、もういつの間にか軽くなってしまっている。
 そんな自分に呆れながら、もうやめてしまっていた運動を再開することもせず、寝台に座った。

「………」

 どっちの家族を、なんて……優先順位なんてものを作ってしまったことに、後悔がないといえばきっと嘘で。
 もう散々と悩んだそれのことを、吹っ切ったというよりは忙しさにかまけて忘れようとしていたというところもあった。
 今もう一度振り返って、あからさまに話題を逸らしてみて、まだ家の顔や声を思い出せるくらいには、薄情ではないらしい。
 いつか帰ることが出来たら。
 その時は、この世界で過ごした分、出来なかった家族孝行でも……したいな、なんて思っている。今はそれだけで十分だ。
 今この世界に居るのなら、居ることが出来る時間だけ、この国に返してゆこう。
 三国を歩いた分、都というものが出来た分、余計に三国との繋がりが出来た分、返したい想いが次から次へと溢れてくるけど、きっと……華琳に望まれたこの世界での役目が終わる頃には、返せていると思うから。

(返せてなかったら、どんな想いで帰ることになるんだろうか……)

 その時になってみなければ解らない。未経験のものの大半はそんなものだろうが、どうか辛さに潰れてしまうほどの状況で帰ることがないよう願いたい。

「柄、出来ることをたくさんやろう。まず手始めに、今やりたいことを言ってみてくれ」
「え、お、えおおっ!? どどどうしたんだ父よっ、子龍様の話から何故そんなことに!?」
「使命感に目覚めたんだ。真実と使命感を求める44の鉄連盟選手のように」
「訳が解らんのだが!?」

 今なら氣を用いて44ソニック・オン・ファイヤーとか投げられそうだ。ボールが燃えつきそうだけど。
 バッと寝台から立ち上がり、驚いている柄へと畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
 家族を思い出すたびに心が沈む、なんてことがないように。

「さあ柄! やりたいことはなんだ!? 父は全力でそれに応えよう!」
「お、おお……なにやら父がやる気に……! よくは解らんがこんなことは滅多に無いと受け取ろう! というわけで母と戦ってみてくれ!」
「嫌です」
「即答!?《がーーーん!》」

 いや……いやいや。何を言うてはりますの、アータ。

「柄……俺はお前のやりたいことを聞きたいんだ。やってほしいことじゃなくて……こう……な? 解るだろ?」
「普通に“母とは戦いたくない”と聞こえるのだが……」
「うん戦いたくない」

 強くはなりたいけど戦いたいかって訊かれれば、それは当然NOでございます。
 力があるから戦うのではない……戦いたいから戦うで十分だ。もう8年前にも確認した事実だし。……そして俺は戦いたくない。
 そもそも俺が得た武は守るための武。自慢するための武じゃあないし、急に喧嘩をふっかけるためにあるような武でもない。
 だから戦わない。……べ、べつに負けるのが怖いわけじゃないよ? 負けるのはもう、俺がまだまだ未熟だからって意味では当然として受け取れるから、怖いわけじゃあない。
 ただ本当に、力があるから誰かと戦うというのは違うのだ。
 だからと、腰を再び寝台に落ち着けて、じっくりと話すポーズを。

「我が子よ……よくお聞きなさい。これからあなたに話すことは、とても大切なこと。私たちが、ここから始める……親から子へと、絶え間なく伝えてゆく……長い長い……旅のお話なのですよ」
「いったいなにを話すつもりだ父! 顔が真顔にしようとするのと笑いをこらえるのとで、おかしなものになっている顔をしているぞ!?」

 真面目なことを伝えるつもりでも、堅苦しいのは似合わない。
 述といろいろ話し合って、肩の力を抜いていこうって決めたのだ。
 だから、重くならない程度に伝える。
 自分の武は守るためのものだし、無闇に人に挑んだりするためのものではないと。
 打倒愛紗はあくまでも目標だ。
 鍛錬中なら立ち合いを挑むこともあるけど、それは鍛錬の延長だからだ。
 などなど、自分が立っている状況に冗談を混ぜつつ、のんびりと話していった。

「………」

 柄は黙って聞いていた。
 途中、寝台に座る俺の足の間へと座って、続く言葉を待っていた。
 そんな柄の頭を撫でながらも話は進んで……なるほど、と頷いたのち、柄は言う。

「うん、解った。なんというか、父はやはり父だった。私が期待していた通りの偉大な父だ。おかしなところで面白い父でもあって、それはとても素晴らしいことだ」
「むしろ俺は、お前が俺にどんな父を求めていたのかが不安になったよ」

 散々と情けない部分を見せてもまだ、期待通りと言いますか。
 宅の娘の精神は意外とタフらしい。弱い父を見せても笑えるほどにタフです。
 その笑いが軽蔑とかではなくて、丕を喩えた時にも言ったような“人間らしさ”を認めた上で浮かべる笑みなのだから、本当に……子供っていうのは、親が思うよりも見ているものなんだなって思った。

「なんというか……はは。子供に教えられることって、本当にいっぱいあるんだなぁ」
「何を言うんだ父。父とて童心は大事にといつも言っているではないか。子から学ぶことがあるのなら、童心を大事にしている父が日々から学ぶことばかりなのは当然だろう」
「………」

 言葉ののち、俺の胸に背を預けながらも俺を見上げる顔が、“どーだ”って顔になる。
 言い負かしてやったぞー、とでも言いたいのだろう。
 ニィッと持ち上げた口角、その口の隙間から見えた軽く食い縛った歯が、なんというか性格を現していて面白かった。
 でもちょっと悔しかったので、その頬を軽く引っ張ったり戻したりして遊んだ。
 「なにをするー!」などという声も右から左へ。
 腕を掴まれて抵抗されるも、そんな抵抗を……抵抗に……て、ていこっ……ぬ、ぬおお……!
 あれぇ!? なんかもう普通の腕力じゃどっこいどっこいくらいなんですが!? いやむしろ負けてそう!?
 ならばと軽く氣を行使して抗い、少し焦ったじゃれ合いを続けた。

「なぁ父〜」
「んー? どうしたー、柄〜」

 しばらくして、柄が強引に俺の腕を自分胸の前でクロスさせ、押さえつける。
 笑っている彼女はそれはもう楽しそうに、しかし気安い感じで俺を見上げながら言った。

「今度これを丕ぃ姉にやってみてくれ。きっと真っ赤になって固まるから」
「お前は姉を尊敬しているのかおもちゃにしているのか……」

 そして俺は、そんな娘の在り方に、軽く遠い目をするのでした。

「丕ぃ姉は、なんだかいつも気を張っていた気がするからな。家族に息が詰まる思いをさせるのは嫌なんだ。だから、その張り詰めたなにかを、とりあえず破裂させてやらないと……丕ぃ姉、いつかいろいろ諦めちゃいそうでさ」
「………」

 ぽろりとこぼれた言葉。
 その最後は、星などの影響を受けた言葉ではなくて、柄の言葉そのものだった。
 驚いて見下ろす柄の顔に、さっきまでの笑顔はない。
 ただ心配そうに、不安そうに俺を見上げる顔があるだけだ。
 ……だけ、なんだが。

「悲しそうな顔で破裂とか、考えることが物騒だなぁ」
「あの母にしてこの子あり、とかいうやつだな」
「自分で言わない」
「おお、ならば父が言ったことにして、母に報告でも」
「やめて!?」

 軽い騒ぎと、途端に溢れる笑顔。
 女ってコワイ。けど、まあ。
 あんな顔をずっとされるよりはいいって思えたから。

「父。私は父の、国に返すって言葉が好きだ。だから、私は私のやりたいことを言って、父に全力で応えてもらいたい」
「ん。そか。じゃあ、柄がしたいことってなんだ?」

 さっき言って、結局置いておかれたことを聞く。
 さあ、と軽く構えていると、柄はクロスさせていた俺の腕を離して、ととんっと立ち上がると向き直り、

「武と知、そして愛の溢れる国造りをしよう!」

 むんっと胸を張って、そう言った。

「今でも三国が手を取って都を支える、もしくは都が全体を支える状態のこの大陸に、もっと武と知と愛を広めたい! 大陸がどれだけ平和でも、過去には別のところに襲われた歴史もあるそうではないか! ならばそれらに負けない武と知をいつまでも磨き、それらを絶やさぬために愛を広げる! ……具体的には大陸に住まう者全てを父の家族にする勢いが欲しい」
「感動や衝撃が最後の一言でぶち壊されたんだが」
「この意志を皆に伝え切るには、王や将だけが家族では足りない気がするじゃないか。こう……なんというか。そもそも父は、私たちが適当な男と一緒になるのを嫌っているだろう? もし私が民の一人と一緒になりたいと言ったとして───」
「───《めしり》」
「ひえいっ!? ちっ……父……!? 一瞬にして、空気が凍りついたのだが……?」
「いや、うん。解ってはいるんだけど」

 落ち着きなさい北郷一刀。
 もしもの話にまでいちいち反応しない。

「ええと、ともかく。民と一緒になりたいと言ったとして、今のように父は反対すると思う。だったらもう、民が願うなら、娘を父に嫁がせるとかそういう制度を」
「ワー……」

 なんちゅうこと言いはらすばいこんお子め。
 そして聞いた俺になんと言えと?

「そしてゆくゆくは大陸全土を制圧し、大陸という国の名を北郷に───!」
「落ち着きなさい娘さん」

 そこまでいくと流石に笑えません。いえ、ほんと、本気で。

「むうっ……何故だ? 将だって元々は民から登用された者だろう? 現在は学校での経験を経て、文官見習いとして蜀で働く者も居ると聞いたぞ?」

 その言葉で、呉で会った文官を思い出した。
 ああ、うん……憧れを口にされたら、いろいろ言えなくなったなぁ……。
 そんな理由で、いずれは娘達に好意を寄せる武官文官も現れるのだろう。
 …………あくまで、男が武か知で強くあれば。

「だからつまり、そういったことを続けていれば、いずれ全ての家系が繋がることになり、家系図のあらゆるところに父の名が記されることに───!」
「だから落ち着いて!? お願い!」

 大体待とう!? そもそもいくらああいった文官のような、俺に憧れるなんて特殊な例があったとして、俺と一緒になるかどうかなんて解らないだろ!
 そもそもそれらをみんなが認めるかどうか……!
 ……といったことを、焦りながら言ってみた。

「母は笑いながら了承すると思うぞ?」
「ウワーイ! 俺も素直にそう思っちゃったよちくしょぉおーーーっ!!」

 からから笑いながら、それでこそ男よとか言ってそう!
 でも待って!? 面白そうとかじゃなくて、こちらの愛というものも考えて!?

「えーと、柄? もしかしてだけど、俺のことを相手が女なら誰にでも手を伸ばす男だとか思ってない?」
「筍ケ様著、北郷の生態にはそれが然と書いてあるが」
「捨てなさいそんな書物! ていうかなんでそんなの書いてるのあの軍師様!! もっと他に書き残すこととかあるだろ! こんなのもし1800年後まで残されたら俺恥ずかしさのあまり首吊る自信あるよ!?」
「1800……あ、そういえば丕ぃ姉が言っていたな。父は1800年後から降りた天の御遣いだと。こう、得意顔で」
「───」

 驚いた。
 あの夕暮れの日……丕が俺のことを避ける切っ掛けになった日のことを、覚えていたなんて。
 俺が丕に、1800年後のことを話したのなんて、あの日以外にはなかった筈だ。
 ……あの日のことを思えば、正直辛さばかりが前に出る。
 隠し事なんてしなければよかったと。
 もっときちんと話を聞いてやればよかったと。
 けれども今のこうした関係をやり直したいとも思わないあたり、世の中にはまだまだ……多少なりとも救いってものはあるのだろう。

「それは本当なのだろうか。私にはいまいち解らないが、本当なら面白い」
「信じるのか?」
「その方が面白いではないか。疑う理由こそ聞きたい。別に損をするわけでもあるまいに」
「なるほど、そりゃそうだ」

 みんながみんな、こんなふうに砕けた性格なら、こっちも即興昔話とかをしやすいのだが。
 あ……即興昔話といえば、最近は美羽もここに来なくなったよな。
 以前まではほぼ毎日、ここに寝に来ていたのに。
 やっぱりあれか。自分より年下の存在にしっかりした自分を見せたいとかか。
 ……結構ポカやっているところを見られても、そういう在り方って大事だよな。

「まあ、とりあえず本当だ。今から1800年ほど先の未来で俺は産まれた。いろいろ事情が重なって、こうして1800年前に降りたけど、俺がいろいろ知っているのはつまり、それが理由だ」
「おおー……つまりそのけーたいとかいうのも未来の絡繰なわけか! なるほど、曼成さまが真似できないわけだ!」
「カメラ作れれば十分だよもう……」

 真桜はあれ以上どこへ行くというのだろう。
 頼んでおいてなんだけど、まさかバイクもどきや飛行絡繰まで作れるとは思ってもみなかった。
 そうして軽く、知っている人物の超人的な技術に尊敬と呆れを混ぜたものを抱いていると、部屋に響くノック。

「北郷、儂じゃ」
「祭さん?」

 祭さんだった。
 どうぞと言うと入ってきた祭さんは、俺と柄を見ると「おう」と言って笑う。
 続く言葉は「予想通り、まだここにおったか」だった。

「母、どうかしたのか? もしや父を酒に誘いに!? だだだだめだぞ! あんなものを父に飲ませたら臭いではないか!」
「……まったく。いつになったらお前は酒を好くようになる……」
「はっはっは、私が酒を好きに? ありえませんな。はっはっは」
「北郷。嫌いなものを好きにさせる方法はないのか。お主の天の知識が輝く時じゃぞ」
「成長以外にそういうものは無いよ。もしくは少量ずつ飲ませて慣れさせるか」
「よぅし柄よ、今すぐ寝ろ。寝ている隙に少しずつ飲ませてくれよう」
「宣言されて誰が眠るものか!」

 当然の返答だった。
 祭さんもただからかっただけなのか、笑いながら「なんじゃつまらん」と呟いた。いや、笑ってますからね? 顔が思いっきり笑ってますから。

「まああれじゃ。用事というほどのものでもないがな、どうせこやつのことじゃ。北郷のところに入り浸り、お主の睡眠時間を削ろうとしているのではと思ってな」
「な、なにを言う母。私はそんなことはしないぞ。精々で父に即興昔話をしてもらい、ここで眠るだけだ」
「お前は話が終わるまで聞いているじゃろうが。わくわくして眠たくもならん話を続けて、いつ北郷が眠れる」
「………………私が眠気に耐えられなくなった時?」
「よぅしよくぞ言うたわ。これで遠慮なく連れていける」
「《がっしずるずる》うわぁああーーーーっ!! い、いやだ! 母と一緒は嫌だーーーっ! 一緒に寝かせるならせめて眠る前の酒はやめてくれ母よぉおおーーーっ!!」
「だめじゃ」
「即答!? た、助けてくれ父! 寝るたび起きるたび、酒の匂いに迎えられるのは嫌なんだーーーっ!!」

 ちょ……柄さんっ!? ここで助けを求めるとかっ……!
 これじゃあ助けなきゃ本気で薄情者として認識されるじゃないか!

「あ、あの祭さ」
「おう北郷。覇王さまから直々の伝達じゃ。徹夜の一切を禁ずる。さっさと寝なさい、だそうじゃぞ」
「ん───、……ハイ」
「父ーーーーっ!!?《がーーーん!》」

 無理、無理なのだ娘よ……! 覇王には逆らえぬ……!
 むしろ祭さん、って呼び止めようとして、“さ”で止まって“ん”から始まり、次ぐ言葉が納得以外なかった父さんの悲しみも理解してくれ。

「柄……家族を愛するなら、家族の趣向も───」
「家族は好きだが酒は嫌いだ!《どーーーん!》」
「……お前は揺れんのぅ。誰に似たんじゃ、まったく」
「………」
「………」
「なんじゃ、二人して儂を見て」

 軽く半目、軽く口を尖らせた祭さんが、俺と柄を交互に睨んだ。
 いえまあ、頑固なところなんて祭さんに似たんじゃないのかなぁ。
 柄の目はむしろ、母に言われたくないといった意味での視線だろう。

「ふむ、まあよいわ。……北郷」
「ん? なに? 祭さん」

 改まって声をかけられて、きょとん。
 柄の襟首を掴みながら俺に向き直った祭さんは、「んん……」と目を伏せつつ頭を掻いたのち、

「まあ、なんじゃ。挫けるでないぞ」
「?」

 よく解らないことを口にした。
 挫ける? いや、俺はもういろいろと未来へ懸ける想いがあるから、挫けるなんてことは無い……つもりなんだけど。
 なんかあったっけ? もしかして何かが動き始めているアレコレに、祭さんも関係がある?

「えと、祭さん。最近なんか食事の事情とか、みんなの態度とかがおかしい気がするんだけど……なにか知ってる?」
「む……まあのう。ちと呼び止められ、相談されてな。じゃが言うつもりはないぞ? 言ってしまってはつまらんからのお」
「うわー、楽しそうな顔。……あれ? じゃあなんでちょっと口ごもったりなんかしたの?」
「面白そうなのと、お主の苦労と……まあ、いろいろとあるということじゃ」
「………」

 ますます解らなかった。
 祭さんも俺が困惑している内に適当に言葉を残し、部屋から出ていってしまう。

「…………」

 とりあえず、何かが起こっているということは解った。
 俺に関係していて、挫けないで頑張らなきゃいけないこと……らしい。

「まあ、教えてくれないってことは言う必要がないってことだもんな」

 いずれ解ることなんだろう。
 それなら、その時に全力で対処すればいいんだ。
 よし、そのためにもまずは休憩。もういい時間だし、ゆっくりと眠ろう。

「あ」

 と、着替えて寝台へ……というところで、ふと。
 そういえばここしばらく、夜のお誘いとかがないな……と、そんなことを考えた。

「疲れてるようだったから、とかで料理を用意してくれてるんだし……休ませてくれてるのかも」

 だったら遠慮なく休もう。
 徹夜禁止も言い渡されたし、遠慮なくだ。
 でも……

(覇王直々にっていうくらいなら、部屋に来てくれてもよかったのになぁ)

 そんな、小さな……少々乙女チック? な感情を抱きつつ、着替えも終えて布団へ潜り込んだ。
 さて。明日はどんな日になるのか。
 柄のこともあるし、なにか家族孝行のようなものが出来ればいいな、なんて思いながら目を閉じて、やがて訪れる心地良い眠気に身を委ねて、眠りについた。




ネタ曝しです。 *この料理は正解だった。  孤独のグルメより、ゴロちゃんの独白。  このおしんこは正解だった。漬かり具合も丁度いい。  肉づくしの中で、凄くサワヤカな味だ。  的なことを言っていた。 *とてもとても……  範馬刃牙より。烈海王のゴーストさんの呟き。  中国拳法に愛を注ぐゴースト。  とてもとても……とてもとてもとてもとても……。 *真実と使命感を求める44の鉄連盟選手  疾風!アイアンリーガー!!  随分とハマったアニメです。かつては随分と見ていたなぁ。  44ソニックの名前をいたく気に入っていたのを覚えています。  OPがアイアンリーガーじゃなくて永遠リーガーにしか聞こえなかったことも。 *我が子よ……よくお聞きなさい  AIRより。長い長い旅のお話。  このゲーム、もし往人くんが“やり直すこと”じゃなくて解呪を願っていたら、いったいどうなっていたのやら……。  というSSを書いたことがありますが、不幸な事故で消滅。  バックアップの偉大さを知った、遠いあの日……。 *宅の娘の精神は意外とタフらしい  タフな男よ。ちっぽけな根性が実にタフだ。  ジョジョの奇妙な冒険より、ワムウの台詞。  いいキャラだったなぁワムウ。  お陰でタフって言葉を使うたび、どうしても思い出してしまう。  別にネタとして使ったわけではなかったのに。 *子供は見ているもの  これを書くとパプワくんのサービスを思い出すなぁ。  でもほんと、怖いくらいに見ております。  いろいろ覚えようと必死なんでしょう。  でも気をつけて。  そんな時に親の涙とかを見てしまうと、一生頭にこびりついて離れませんから。  はい、132〜135をお送りします、凍傷です。  毎度のことながら更新遅くてごめんなさい。  今回の平均は1万5千字。なのに133だけ2万いってる不思議。  不思議というか、よい区切りがそこしかなかっただけなのですが。  今回は将と柄のお話。  特にこれといった問題もなく、ただ平凡に過ごす。  家族ってそんなものですよって、そんなお話。  一刀くんの在り方を知ってからというもの、隙あらば飛び蹴りをかます柄さんの夢は、家族を守ること。  でもからかうのとかじゃれ合いはまた別なので、今回は書かなかったものの、蹴りは未だに続いております。  しかし……今回は書き途中でハッとして、少し遠い目をしました。  思えばこの時代に生理という言葉があったのか。  そういう日の周期ってどんな感じなのか。  検索して調べている時にハッとして、「あれ……? 俺、なにしてるんだろ……」と本気で遠い目。  生理周期や排卵日を調べるページでカタカタと数字を打つ自分に、得体の知れない遠さを感じたとある日。  調べごとって、種類によって本当にキッツイくらい現実に戻してくれます。  必要なことだから……とは思っても、べつにボカして書くくらい出来たんじゃ……とも思うのです。  えーと……言葉に出来ない。  と、ともかくお送りしました。  少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。  ではまた次回で。  次こそ早めに更新したいなぁ……。 Next Top Back