189/求めるものへと全力で駆ける者

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
 そんなことわざがある。
 芍薬は立って見るのが美しく、牡丹は座りながら見るのが美しく、百合の花は歩きながら見るのが美しい、というものらしい。
 なんで花の見方を制限されなきゃならないんだとツッコむ人が大半だろうが、それらは花の形に由来があるらしい。
 まあ、花の見方の話はともかく。
 その美しさを譬え、女性の姿にも唱えられる言葉というものでもある。
 立てば芍薬のように美しく、座れば牡丹のように美しく、歩けば百合のように美しい。
 では走るとどうなるのか。武器を持つとどうなるのか。戦うとどうなるのか。

「みぎゃーーーっ!! 来るんじゃないのにゃぁああーーーっ!!」
「お猫様お猫様お猫様お猫様お猫様ぁああーーーーーっ!!」

 現在、俺の視界の中では一人の子供が一人の……猫人? を追いかけている。
 時は昼、場所は中庭。
 今日は美以にお願いして、かつて俺も経験し……今でもたまに頼んでいる追いかけっこを邵相手にしてもらっている。……のだが、相手が相手だからか邵が暴走。
 目を爛々に輝かせて、地を蹴り、時に跳躍し、枝を蹴り。
 これで氣を使っていないというのだから恐ろしい。
 重力が体を襲う中、バブルスくんを追いかけるマゴゴソラさんのように顔に苦しさが浮かぶでもなく、邵はどこまでも幸せそうに楽しそうに美以を追いかけていた。
 お猫様パワー……すごい。

「兄! 助けるにゃ! 兄! 兄ぃいーーーーっ!!」

 幸せ笑顔で追いすがられることに恐怖を覚えたのだろうか。
 美以はもはや涙目で、持ち前のその素早い動きで俺のところまで来ると、俺の肩に昇って頭の上まで上って……って曲芸師ですかキミは! って痛い痛い痛い! そもそも重い!
 キミもう子供体型じゃないんだから、そうやって上るのはだなぁっ!

「お猫様逃げないでください! これも鍛錬なのです! 鍛錬なのですから……!」
「息荒げて襲い掛かるやつにそんなこと言われても怖いだけだじょ!」

 そして辿り着いた邵が俺の体に飛びついて、頭頂で逆立ちするようにしている美以へと……ってやめて!? 首が大変なことになるからやめて!?

「ふかーーーっ!!」
「威嚇までお猫様のようです! 素晴らしいです! ぜぜぜ是非もふもふさせてくださいぃっ!」
「兄! こいつ怖いにゃ! 目が危険にゃ!」
「俺は今まさに首が危険で《メキキキキ》いだぁーーーだだだだ暴れるな暴れるなぁああっ!!!」

 氣を巡らせて筋がおかしくならないように支えてはいるものの、こうも暴れられると……むしろ降りて!? いつまで人の身体の上で悶着してらっしゃるの!?

「邵!? 邵! しょーーーう! 落ち着きなさい! ストップ! ストーーーップ!!」
「はう!?《びくっ》」

 ……止まった。
 ストップという言葉に反応したというよりは、俺の必死な顔がようやく視界に入ってくれたらしい。
 びくりと体を震わせると途端に離れて、ぺこぺこと謝ってきた。
 ……こうまで真っ直ぐ謝られると、どうしてか俺の方に奇妙な罪悪感が……。さっきまであんなに幸せそうな顔をしていた分、余計にこう……。

「ふう、危機一髪にゃ……!」
「いいから降りよう?」

 人の頭の上で器用にあぐらを掻いて、グイと額を拭うお猫様に呟いた。
 身体ばかりがすらりと成長しても、やはりというべきか、中身はあまり変わらない。
 つか、立ち合って相手の眼を見た瞬間に逃げんでください、だいおーさま。

「そうはいうけど兄ぃ、あの女からはみんめーと同じ匂いがするにゃ……! やつは危険なのにゃ……!」
「そりゃ娘だからなぁ」
「娘!? あれが噂に聞いたみんめーの娘にゃ!?」
「知らなかったの!?」

 アータ会合とか宴で会ってたでしょうが!
 ……って、そういえば食べてばっかで、人なんて見てなかったっけ……。
 会合の時も興味なさそうに丸くなってたし…………や、それでも8年を知らずに生きるって無関心が過ぎるでしょうだいおーさま。

「ていうかさ、美以。明命とは“しんゆう”になったんじゃ……」
「にゃ。みんめーはしんゆうにゃ。今ではきちんとみぃたちを人として見てくれているのにゃ」
「あー……なるほど、つまり」

 まーた心を許すまでは追いかけっこが続くわけか。

「とととと父さま父さま! このお猫様は父さまとはどういったご関係で!? 紹介してください! むしろください! 飼っていいですか!?」
「和解してから娘にこれ言うの、もう数えるのも面倒なくらいだけどさ。落ち着いて? お願い」

 ああ……自分の意見を滅多に前に出さないあの邵が、物凄い勢いで問いかけてきている……。
 彼女に稟の血が少しでも流れていたら、ここら一帯鼻血の海だったなぁ……なんて思えるくらいの興奮っぷりが目の前にあった。
 猫にだけ熱心かと思いきや、美以にまで……。
 しかも飼っていいですかってストレートできたー……。

「どうする……? 冥琳呼べば一瞬でオチがつくぞこれ……」
「ふふん、みぃはだいおーだから、一度通った道に恐怖は抱かないのにゃ」

 や、逃げてたじゃないのさ、さっき。とは言わない。
 とりあえず頭からずり下がり、肩車に落ち着いた美以に溜め息を吐きつつ、……ていうかね、美以。キミズボンとか穿かないから太腿とかがね、……あー、うん。言っても無駄だね……。でも言った。「それがどーかしたのにゃ?」って素で返された。解ってたよ、うん。

「父さま!」
「ああうん……なんだい邵……」

 もうどうにでもしてって感じで返事。
 中身が子供なままのだいおーさまと、真実子供な娘を前に、早くも諦めの境地に立たされた俺は───

「首にぶら下がっていいでしょうか!」
「今肩車してるって解ってて言ってる!?」

 ───何に対抗意識を燃やしたのか解らない、熱い瞳の娘を前に、いつも通りたそがれるのだった。
 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
 これだけ女性がいるこの都でも、その条件に合った人なんてそうそう居ないもんだよなぁ……。
 蒼い空の下、そんなことを思いながら。


───……。


 昼を過ぎた夕刻。
 陽が落ちてゆく朱の景色を眺めながら、独り中庭で娘とだいおーの帰りを待っている。
 追いかけっこサバイバルを始めてどれくらいになるのか、二人はまだ戻ってきていない。
 日々が暑いとはいっても、じっとりと出た汗が風に撫でられ続ければ寒いとも感じるわけで、そろそろ部屋に戻りたいのだが……二人はまだ帰ってこない。
 だったら部屋で待てばいいじゃないかって話だが、娘が外で頑張っているのに親がすぐに室内に戻るのって……なぁ。
 そんな葛藤と戦っていると、スッと静かに差し出されるお盆……の、上にあるお茶。

「え? あ───月」
「あの……ご主人様? あまり外に居ると、また風邪を引いてしまいますよ……?」

 月が居た。
 少し驚きながらもお茶を受け取って、感謝を告げつつ飲むと……熱すぎない丁度いい温度の水分が、口と喉を通っていった。

  ありがたい

 素直にそう思える些細な気配りが、どうしてかこんなにも心に染みる。
 どうしてかなぁ……なんて思ってみるのは、多分いろいろと無駄なんだろうなぁ……。

「あ」
「?」

 そこで気づく些細がひとつ。
 あ、あー……なるほど。芍薬、牡丹、百合。なるほどー。
 月を見ながら頷いていると、月を探してやってきたらしい詠が、なんだか“やっぱり”って顔で歩いてきた。

「やっぱりこの男のところに居たんだ。さっき通路で見てたから、そうじゃないかって思ったわ」
「へぅ……ごめんね詠ちゃん。先に言っておけばよかったね」
「いいわよべつに。ある意味では解りやすかったし」

 こぼす苦笑ももう慣れたものって感じ。
 そんな詠に歩み寄って、思っていたことを……月には聞こえないように呟いた。

(なんかしみじみ納得したんだけどさ。月ってあれだな。立てば芍薬座れば牡丹)
(? 当然じゃない)

 即答でした。
 しかも“なに今さら当たり前のこと言ってんのよ”って顔で。

(月はそれはもう牡丹のように美しいわよ。むしろ牡丹より美しいわ。ところで牡丹ってなによ)
(知らないで頷いてたの!? あ、あぁ、えぇっと。ほら、芍薬に似た花で……あれ? 最初は“木芍薬”とか言われてたんだっけ?)
(木芍薬? え、なに? 花のこと?)
(天のことわざで、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花っていうのがあって、どれも美しい花を女性に譬えて言うものなんだけど───)
(まあぼたん……だっけ? 木芍薬は解るけど、べつに芍薬はそう珍しい花でもないでしょ。似てるけど、樹木に咲く花と草に咲く花って違いだけで。で、百合ってどんな花よ)
(まあそうだけど。百合については……説明のしようがないな。白くて綺麗な花だよ。なんというか……清楚だなぁって感じの)
(そ。ならいいわ)

 いいらしい。
 もし普通の花だ〜とか言ったらどうなってたんだろう。
 想像してみるとちょっと怖い。

「ごちそうさま、月。美味しかった」
「はい」
「で? あんたはこんな時間にこんなところで何やってるのよ。もしかして待ち合わせでもしてすっぽかされたの?」
「すっぽかされたこと前提で話をしないでくれ。美以と邵が追いかけっこしてて、まだ帰ってきてないんだ。途中で移動するわけにもいかないからこうして待ってる、と。そんな状況」
「別に二度と会わないわけじゃないんだから、部屋に戻るくらいいいじゃない。あんたほんと過保護ね」
「そうかなぁ」

 むしろこれって過保護ってカテゴリに入るのか?
 ただ待っているだけなんだから、こう……我慢強い? ちょっと違うか。

「あ、そうだ。月と詠に訊きたいことがあったんだ」
「? はい?」
「ボクたちに訊きたいこと? 怪しいことだったら蹴るわよ」
「話す前から疑ってかかるのは性格なんでしょうか」

 俺のツッコミもいつものこととばかりに「はいはい」と手をひらひらさせて、続きを促す。ほんと……月にはやさしいのになぁ。

「昨日急に華佗が部屋に来てさ。特に理由も言わずに“頑張れ”だけ言って、俺にツボマッサージとかしたあとに針刺していったんだけど……なにか知らないか?」
『───《ふいっ》』

 そう、それは昨日のことだっ───って物凄いあからさまに顔を背けた!?
 思い出すとか回想するまでももなく怪しいってすごいなぁもう!
 そしてもうツボマッサージで言葉が通じる事実に無駄に感心した! 今はどうでもいいけど!

「えちょっ……知ってるのか!? なに!? あれなんなんだ!? 祭さんにも頑張れって言われたし、華佗にも……! 俺になにを頑張れと!? 知ってたら教えてくれ! 頼むよ! 鍛錬ならありがとうだけど、なんだか物凄く意味ありげで怖いんだって!」
「へ、へぅ……! それは、そのっ……」
「あ、ちょっとあんた卑怯よ!? 追い詰めれば月なら喋ると思って!」
「……やっぱりなにか知ってるのか」
「あ」

 軍師さま硬直の瞬間。
 大事な人の危機って、いろいろとこぼれ落ちやすいヨナー……。
 人間、焦っちゃだめだよなー……ほんと……。

「え、詠ちゃん……どうしよう……」
「どうしようって言われたって……べつに内緒にしてくれとは言われてないんだし、いっそ話しちゃった方がいざという時に逃げられないんじゃない?」
「───……」

 アノー、話し合っているところすいません。
 それってそのー……いきなり聞けば逃げ出したくなるような内容なのですか?
 俺……なにかしました? ここ最近は静かに休んでたよ? いや本当に。
 それとももしかして……え? 俺死ぬ? 針刺さなきゃ実は死ぬ謎の体質とか!?

「で、で……? いったい何が起こってるんだ……!?」
「だから、その。あーもう……言うからちょっと待ってて、今纏めるから」
「え? そ、そか」

 纏めるって、そんなに言わなきゃいけないことが多いとか?
 詠くらいの人になると、もうわざわざ纏める必要もなくズケズケと言ってくるものかと。

「じゃあ言うけど」
「よしっ、どんとこいっ」

 妙な緊張が走った所為か、それこそ妙に構えてしまう。
 詠はそんな俺の態度に少し呆れたような軽い笑みを少しだけ浮かべて、語ってくれた。

「纏めた結果だけを簡潔に唱えるなら、あんたを万全の状態にしたいだけの話よ」
「………………………」
「………」
「…………え? それだけ?」
「だから。纏めるって言ったでしょ?」
「えー……だって、ほら、俺を万全にしてなにをさせるーとか、そういうのは……」
「日頃から無茶しすぎだから、ただ万全にしてあげようってだけよ。もちろん、万全になったらやることやってもらうけど」
「ん、それは当たり前だよな。むしろどんとこいだっ」

 ドンッと胸をノックして頷いてみせた。
 ……途端、詠の眼鏡が一瞬、光の加減か鈍くテコーンと光り……少し俯いた彼女の口元がこう……ニヤリと歪んだような……?

「言ったわね?」
「? 言ったって?」
「“当たり前だ、どんとこい”って言ったわね? あんたがよくやる覚悟を胸に刻むことまでして」
「え? あ、ああ……そりゃ、国に返し切るのが俺の目標でもあるし───」
「それならいいわ。疲れ果てるほどに“やること”が待ってるから、今から十分に休むことね。言っとくけど、やっぱり嫌だなんて聞かないから」
「ははは、言わない言わない。むしろ最近は仕事が少なくて手持ち無沙汰なこともあるから、それこそ望むところだ」

 念を押してくる詠がなんだかちょっと可愛いと感じてしまい、誤魔化すように笑いながら言った。
 すると……どうしてだろう。詠の少し後ろに居た月が、両手で自分の頬を包むようにして俯き、その顔は赤くて……エ? あの、どうして赤く?

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待った。詠? そのやることって、恥ずかしいこととかじゃないよな?」
「なに言ってんのよ、恥ずかしいことなわけがないじゃない。ボクだって月だって出来ることよ。…………相手によるけど(ボソリ)」
「へうっ!?《ボムッ!》」
「その割にはなんだか月が赤いんだけど!? え!? ほんとなに!?」
「ああもううるさい! 覚悟決めたくせにうだうだ言うんじゃない! それともあんたの“国へ返すため”の覚悟ってその程度のものなの!?」
「!」

 ずしんときた……なるほど、それは確かにそうだ。
 今さら何を頼まれようが、それを断るようじゃ未来の最果てへ臨むことなんて出来ないじゃないか……!

「わ……わわ解った! 俺も男だ! 逃げも隠れもしない! 詠がどんなことを言ってきたって、真正面から受け止める!」
「まっ───!?《ボッ!》あ、な、ぅああ……!? なっ……んで、あんたってそう……! ヘンなところで格好良い───じゃなくて! “どんなことを言ってきたって”なんて言われても、ボクは───! ………………ど、どんなことでも? どんな…………」
「? 詠?」
「…………《ちらり》」
「?」

 おろおろしたりわなわなしたりして俯いた詠が、こちらをちらりと見てきた。いわゆる上目遣いというものだ。
 なんだか今日の詠はとっても賑やかだなぁ……。

「あ、もちろん月もだからな? どんなことでも言ってくれ。俺に出来る限り、張り切って取り掛かるから」
「張り切っ……!?《かぁあああっ……!!》へ、へぅ、へぅうう……!」
「あぁっ!? ちょっと! 月を見てどんな行為を想像してんのよこのエロ魔人!!」
「話が見えないんですが!?」

 え!? 仕事のことだよね!?
 なんでエロ!? 行為ってなに!?

「え……し、仕事……だよな?」
「当たり前じゃない(同盟の証の仕事という意味で)」
「……うん……仕事、だよなぁ……? うん……」

 あれぇ……? じゃあなんでエロに?
 いつものノリで言っただけとか?
 いやいやいや、別に俺、そういう行為の時だけ張り切ってるわけじゃないよね?

「とにかく。いいからさっさと中に入っちゃいなさいよ。風邪なんか引かれたらこっちの仕事が増えるんだから」
「仕事が増える、って……看病してくれるのか?」
「わざと引いたりしたら、愛紗に任すけどね」
「ごめんなさい入ります」

 魚が飛び出た炒飯が頭の中に浮かんだ瞬間、素直に謝って歩きだした。
 すまない邵……待っていてあげたいけど、もう風邪を引くわけにはいかないんだ……!
 ていうか病人に炒飯って、愛紗ももうちょっと考えてほしい。……とは言えない、情けない俺でございます。

 ……ちなみに。
 邵が戻ってきたのは、正確な時間なんて解らないものの、深夜と言っても差し支えないほど真っ暗な、相当遅くのことでした。
 言っちゃなんだけど、外で待ってなくてよかった……!
 ……まあ、寝ないで待ってはいたけどね。
 しかしながら当然のごとく明命に捕まった邵は、しっかりがみがみ説教をくらっていた。明命の説教って相手を思い切り心配している分、こたえるんだよなぁ……。




-_-/周邵

 地を駆ける。
 時に跳び、時に滑り。
 そうして追う者の姿は、何度見ても素晴らしい。
 見ているだけで幸せですが、捕まえたら……もふもふしたらとても気持ちがいいのでしょう。

「お猫様お猫様お猫様ぁあーーーーーっ!!」
「みぎゃぁああっ! しつこいにゃーーーっ!!」

 追いかけっこを始めた日より一日。
 昨日は結局捕まえることが出来ず、さらに帰ってきた時間が時間なだけあって、父さまももう部屋に戻っていました。ちょっと寂しく思いましたが、その代わり一緒に眠ることを許可されたので嬉しかったです。……母さまにはお説教されてしまいましたが。
 いろいろなことを話しました……お猫様の逃げるお姿、お猫様の滑るお姿……。
 途中、木で爪を研いでいるお姿など、もう機会を窺っていたことなど忘れ、飛びつくくらいでした。
 ……もっとも、簡単に避けられてしまいましたが。

「待ってくださいべつにひどいことなんてしませんから! ぜぜぜ是非! 是非そのお腹にすりすりを───」
「変態にゃーーーーーーっ!!」
「うぇえええ!? ちちちぃいいちちち違いますよ!? 変態さんじゃありません! 純粋にそう願っているだけで、変態さんじゃないのですよ!?」

 今日も今日とてお猫様……孟獲さまというそうですが、そんなお猫様を追っています。
 食べ物にも顎すりすりにも動じない恐ろしいお猫様……さすが“だいおーさまです”。
 でも私は変態さんなどではありません! これは純粋な願いなんです!
 お猫様と戯れたい……そんな粉雪のような純白の想いです!
 そんな“純粋”を胸に、今日も今日とて走ります。
 昨日は帰ってくるのが遅かったこともあり、中庭限定の追いかけっこですけど。

「いくぞ柄ー!」
「どんと来いだ父ー!」

 そんな私を余所に、中庭にはもう一組。
 柄姉さまと父さまが、“きゃっちぼうる”なるものをやっている。
 手に持った球を相手に投げて、相手は“ぐろおぶ”なるものでそれを受け取って、それを相手に投げ返すというものだそうだ。
 ただ、その速度というのが───

  ヒュゴドバァンッ! ヒュゴドバァンッ!!

 ……だったりする。
 風を切る音がしたと思えば、大きな音を立ててぐろおぶに納まる球。

「はっはっは! 父! これ面白いなぁ!」
「ちょっ……いいから真っ直ぐなげなさい! 妙なところに投げ……うぉおわっ!?」
「おお! よく取れたな父! さぁ次は私の番だ! 何処にでもこーーーい!!」

 ……柄姉さまが、犬さんのようにはうはうと父さまが投げる球を待っている。
 尻尾があれば、きっと千切れんほどに振っていたでしょう。
 たまに奉先さまのところの犬さんとも球を投げて遊びますが、あれはまさにそんな感じです。

「こんのっ……分身魔球ゥウーーーッ!!」

 はうあっ!? 父さまが投げた球が分裂した!?

「なっ……なんと!? 父が投げた球が火の球と普通の球に分かれた!?《ドバァン!》」

 ……そして、驚きとは別に普通に取られていました。
 そうですよね、氣で作った火の球と普通の球なら、普通の球を取れば済む話ですよね。

「やるな父……! 危うく二つとも取らなければ私の負けなのではという謎の緊張に飲み込まれるところだったぞ……!」

 そうだったんですか!? 今の球にはそんな意味が……!

「妙な勘違いをしないっ! 子供に火の球本気でぶつけるわけないだろー!」

 違いました!?《がーーーん!》
 も、もうもうもう! 柄姉さまはわざわざ勘繰りすぎなんです!
 そのくせ自分のことはすぐに人任せにしたりして……!

「ではこちらも……と言いたいところだが、むぅ。私は父のように変則的な氣の使い方はまだ出来んしなぁ。まだ。うむ、まだ出来ないだけだ。いつか出来る。まあともかくそんなわけなので、ただただ全力でぇえっ……投げるっ!!」

 ……! 柄姉さまが本気で投げました!
 対する父さまはただ静かに左手を翳して……

「まず左手で衝撃を吸収します《ブァアッチィインッ!!》」

 ひうっ!? す、素手で受け止めるなんて、父さまっ!? 無茶は───え?

「次に吸収した氣と衝撃を自分の色に変換しつつ、体外を走らせて右手へ。この際、左手にある球は右手に放り投げまして……翳します」

 ひょいと右手に投げられた球を、驚いている柄姉さまに向けて翳す。
 丁度その頃に右手に自分の氣と衝撃が集ったのか、翳しているだけの手に軽く挟まれていた球が───

「ええとええとなにか適当な名前とか言ったほうがいいのかこれ。え、あ、あー……! リリリリジェクトォオオッ!!」

 ───向いている方向。
 つまり、柄姉さま目掛けて、氣と衝撃の集束の分、物凄い速度で撃ち出された。

「えわ、うわぁっ!!?《ゴバァンッ!!》うぃいいっ!!?」

 物凄い音を立てた、柄姉さまが咄嗟に構えたぐろおぶの中。
 そこには、ざしゅうう……と未だ回転を続けている球が。

「ほ、あああ……!」
「ふわ……」

 お猫様を追うのも忘れて、ぴうと駆け寄った柄姉さまの隣で、一緒になってぐろおぶの中の球を見た。
 次いで、こんなことをやってのける父さまを見てみると───

「……! ……っ……〜〜くあっはッ……ぁぃぃいっ……!!」

 …………もう、これでもかってくらい痛がってました。
 やっぱり素手で受け止めるのは無謀だったみたいです。

「すごいな父! 今のどうやったんだ!? 父!? 父!! しっかりするんだ父! 苦しむのはやり方を教えてからにしてくれ!」
「無茶言うねお前!!」

 最近思ったんですが、父さまと柄姉さま、急に仲良くなった気がします。
 前までは跳び蹴りをしてばかりだった柄姉さまも、跳び蹴りではなくて飛びつくだけになった気がしますし。
 ……まあ、飛びついてから攻撃にかかることもしょっちゅうですが。

「ああほら、なんというかあれだ。左手で受け止めた衝撃を右手から、自分の氣と一緒に撃ち出したんだよ。氣を思いっきり回転させてやって、加速も混ぜて。で、ただ撃ち出すんじゃなくてこう……爆発させるみたいに。覚えてるか? 仲直り前に丕にやったあれ」
「あ……お腹にこうやって拳を当てて……」
「そ。あれを強くしたのが今の。今回のは内側じゃなくて外側にぶつけたんだけど」

 それであれなんですか。
 なんだか氣って、本当に不思議です。

「父は面白いなぁ。どうすればそんな発想が出来るんだ?」
「天ではね、そういったことの先駆者が笑えるくらいいっぱい居たんだよ……。……紙の中に(ボソリ)」
「笑えるくらいにか!? 本当にすごいな! 父、父! 私はますます天に興味が出てきましたぞ!」
「だから口調がヘンだって。どうしてお前は興奮すると口調が……………………うん、なんかごめん」
「へわっ!? い、いきなり謝られたぞ邵! どうすればいい!?」
「私に訊かれましても困りますですっ!!」

 騒ぐように話し合っている私を、お猫様……もとい、孟獲さまが注意深く見つめてきます。遠くから。
 樹の陰に隠れるようにして見つめてくるお猫様のお姿……! 可愛すぎます……! もふもふしたいです……!

「で、具体的にはどうすればいいんだ父!」
「具体的って……いや、だからな? 受け止めた衝撃を……こう……」
「ふんふん……! で、具体的にはどうすればいいんだ父!」
「ちょっとしか試さないで通販モノにケチつける迷惑客かお前は!! 結果だけを先に求めない! これが出来るまでどれほどかかってると思ってるんだ!」
「大丈夫だ! 父はなんでも出来る! なにせぐうたらに見せかけて実は影の実力者だったくらいだ! 今回もきっと私の想像の上をいくに違いない……! ふふ、父は恐ろしい男ですな……!」
「祭さん呼んでくる」
「やめて許して私が悪かった母はやめて呼ばないで!!」
「柄さん……きみ、どれだけ自分の母親苦手なの……」
「話していると酒臭いところと胸が大きいところと片手で人を持ち上げられる馬鹿力と空を飛ばされるところが」
「どこの宇宙海賊に恐怖する柾樹さんですかキミは」

 真顔で淡々と語る姉さまに、父さまも真顔で返しました。
 うちゅーかいぞくってなんでしょう。

「しかし父、父も言っていたではありませぬか。経験した者が次の者に方法と結果を説くからこそ、次の者はより早く上達するものだと」
「へ〜〜いぃ〜〜〜……? 鍛錬を積むのと楽をするのは、違うからなぁ〜? ………………な?」
「……わ……解ったぞ、父……。解ったから、その恐ろしい笑顔をやめてくれ……」

 物凄い笑顔でした。
 笑顔なのにこう、璃々姉さまがするみたいな黒い氣のようなものがめらりと……!
 それでも柄姉さまが納得すると、よしと言って普通の笑顔で頭を撫でてくれました。どうしてか私まで。

「むう……しかし、説かれただけでは上手くできんぞ……。邵、お前は出来るか?」
「氣の扱いならおまかせですですっ! えぇっと、」
「ん? ああ、俺は練習の時、蒲公英に棒っきれで叩いてもらってたな」
「おお……父に意外な趣味が……!《ぐみみみみ……!!》いひゃーーーっふぁふぁふぁ!? ひふぁい! ひゃめふぇふふぇふぃふぃ! ふぃふぃーーーっ!!」
「あと桂花から教えてもらった俺に関することは信じなくてよろしい。いいね? 邵」
「は、はい……」

 頬を引っ張られる柄姉さまをよそに、私は私で構えてみる。
 と、父さまがお手本を見せてくれるというので、じっくりと見ることに。

「いいか? こうやって相手からの攻撃を左手に集めた氣で受け止めて……」
「は、はい……」
「ひゅふ…………」

 頬を引っ張られながらも頷く柄姉さまは無駄に強いです。
 というか父さま、右手役を姉さまにやらせるくらいなら、手は離してあげてくださいです。
 そんな視線を受け取ってか、父さまはにっこり笑うと柄姉さまの頬から手を離しました。

「おお痛い……! 少し手加減してくれると嬉しいぞ、父……!」
「お前はなんでも鵜呑みにするのをやめることを覚えてくれ」
「む? いやしかしだな、目で見て覚えることは大事だと、孫権母さまが仰っていたぞ?」
「いやいやいやっ! 見たとしても覚えるものとそうでないものくらい選びましょうね!?」
「む、むう……すまない父。当時の私は、少しでも父のことを知ることが出来るのならと、躍起だったのだ……」
「え───あ……そっか。そうだな…………そもそも俺が妙に隠し事なんてしなければ───」
「そして私は父が縛った女性を無理矢理襲う卑劣漢だととある猫耳ふぅどの軍師から知らされた」
「もうなんでもいいから某軍師に罰を下してほしくなったよ……」

 ほろりと笑顔で涙する父さま。
 そんな父さまを心配してか、遠くに居たお猫様が走り寄ってきて、その背中に抱きつきます。
 背中というか、後ろから首に抱きついて負ぶさるような形にはうあぁああああっ!!?

「お猫様いけません! その首は私のものですっ!」
「落ち着きなさい邵! その言い方なんか怖い!」
「美以は猫じゃないにゃ! みんめーの娘でもそれだけは譲れないじょ!」
「いいえお猫様! 私は父さまのお話で真実を知っているのです! 猫の中には特殊な存在が居て、長生きをすると“ねこまた”なる変化になれると……!」
「それただの即興作り話だからね!? 言ったよね!? 俺ちゃんと言ったよね!?」
「父……もうだめだ。ああなると邵は話を聞かないのだ……」
「え? そうなの?」

 柄姉さまが何かを言ってますがこれは譲れません!
 そこは私がぶらさがる場所です! あの丕姉さまだってやらないでいてくれているのに、お猫様のように愛らしい存在がそれをやってしまうなんて……!

「あ、あの! 父さま!」
「あ……話は聞かないのに自分は言うのね……───あれ? ……ああ、はは、いつものことだった。ああなんだ、俺自然の中に居るじゃないか、ヤッター……」
「父さまっ!!」
「ああ、うん……なんだい邵……。父さんもう次に出てくる言葉が予想出来るんだけど……」
「はい! お猫様もろとも抱き締めていいでしょうか!」
「予想の斜め上を行った!? い、いやいや、普通そこはぶら下がっていいでしょうかって昨日みたいに……!」

 昨日? ……言いましたね。
 あの時の私は愚かでした。
 真実に到達しようともせず、嫉妬にばかり揺らされる未熟者です。
 ……しかしです!

「……父さま。私……周邵は一つ、とても大切なことに気づいたのです」

 心の決意を胸に、普段では胸に秘めたままにするであろう自分の意見を、真っ直ぐに父さまへとぶつけるつもりで見上げた。
 ……するとどうだろう。父さまはとんでもなくやさしい笑顔をして、だというのにそこに陰を見せるようなとても言葉では言い表せない表情で呟いた。

「柄……代わりに聞いてあげて……。俺……俺な? 体は元気なのに……なんだか心がいろいろ辛いんだ……」

 なんだか聞くことを拒否されてしまったようです!?
 え、え!? 何故ですか父さま! 私は今、こんなにも前向きに───!

「と、父さ───」
「なにを言うんだ父! こんな時こそ娘を受け止めるのが父だろう!」

 戸惑いを口にしようと心の準備をするほんの数瞬。私よりも先に、柄姉さまが父さまへと物申しました。
 ……柄姉さまはやっぱり、根っこは優しい人です。
 感謝の気持ちがじんわりと胸に広がってゆきます。
 そんな衝動が、きっと父さまにも広がってくれていることを願いつつ、柄姉さまに向けていた視線を父さまに向け……た、ら……さっきと変わらぬやさしい陰りを孕んだ笑顔のままに言いました。

「普段は大人しく……自分の意見を前に出せない娘が、こうして積極的になってくれて嬉しい…………嬉しいよ? なのに、その対象が猫ってだけじゃなくて美以とかって、俺にどうしろっていうんだ……」

 えぇ!? もしかしていけないことだったのですか!?
 お猫様への愛は穢れ無き衝動だと母さまも教えてくださったのに!

「お……おおう……!? なんだか改めて聞くと、父の苦悩が突き刺さるような……! あれか、娘の成長は嬉しいけど、それを喜び放置すれば、女性を追いかけ捕まえて、その腹に顔をうずめてはあはあ言うような娘の在り方を“成長”、と呼ばなければいけないという───」
「そういう事細かなことまで言わなくていいから! 星じゃあるまいしどうしてそういうことばっかりぽんぽん口に出すのかなぁお前は!」
「時々自分でも怖いんだ、助けてくれ父」
「………」
「………」

 ……どちらともなく、静かに、しんみりと握手をする姉と父の姿がそこにありました。
 あ、あれ? あの、この状況はどうしたことなのでしょう。
 私はただ、お猫様と父さまを……あれ?
 なんだか私、孤立してますですか!?
 ……と思ったら、父さまがちょいちょいと手招きをします。
 なんだか不安を抱きつつも、促されるままに……繋がれた父さまと柄姉さまの手の上に自分の手を重ねる。……と、そこにお猫様も手を乗せてきました。

「え、え? あの? 父さま? お猫様も……」
「そんなわけだから邵。まずは知り合いから。次に友達になって、親友になりなさい。美以へのもふもふは親友になってからじゃなきゃ叶わないって受け取れば、なにも嫌がる美以を追い続けることもないんだから」
「お知り合い……」
「そうにゃ。まずはみぃに認められるようになったら、“しれん”をおまえに与えるにゃ!」
「試練ですか! いったいどのような……!?」
「みぃのふるさとでしばらく暮らしてもらうのにゃ! もちろんみぃが認めるまで、途中で抜け出すのは許さないにゃ! それはそれはとても恐ろしい試練だじょ!」
「お猫様の故郷……!」

 ああ、見えます……! 頭に浮かんだお猫様だらけの楽園……!
 きっとふにふにのもふもふで、毎日が幸せです……!

「ウワー、なんだろうなぁ柄〜……俺、邵がどんな勘違いしてるのかが目に浮かぶよー……」
「む? 猫だらけの楽園ではないのか?」
「どっちかっていうと猪だらけの湿地帯」
「うむ! 全力で行きたくないな!」
「ちなみに兄は、そこで何日も何日も過ごして野生に目覚めたのにゃ!」
「本当か父!」
「本当ですか父さま!」
「なぁ美以……。同じ話をしていたはずなのに、驚いて見上げてくる娘の表情の方向性が全く違うって、どういうことなんだろうなぁ……」
「おなじ視線なんて面白くないにゃ。違いがあればこそにゃ」
「美以、それ適当に言ってるだけだろ……」
「兄にむずかしーことを言われたら、とりあえずこういえと“みう”の仲間の女に言われたのにゃ」
「七乃さん……あんたって人は……」

 都には俺をからかおうとする人が多すぎる……そう言って、父さまが遠い空を見つめます。
 私はともかく、お猫様が父さまの肩から下りたのを再度確認すると、父さまの首に抱きついてその暖かさに頬を緩めます。

「あ、こら! それはだいおーたるみぃの場所にゃ!」

 するとどうでしょう。
 あれほど私から逃げ回っていたお猫様が、私の体を掴んで下ろそうとしてくるのです。
 その際に当たった肉球がふにふにと……! はぅあぁああーーーーっ!!

「ちなみに父。孟獲様との出会いはどういったものだったのだ? 随分と懐いているように見えるが」
「餌と間違われた」
「餌!? ……お、おお……なるほど、なぁ……。確かに父は良い匂いがする。美味いのだろうか」
「やっぱり祭さん呼んでいい?」
「ななななな何故だ!? 父の香りは都では秘密な話だったりしたのか!?」
「娘に味見されそうだなんて状況で暢気に話なんて出来るもんかぁあーーーっ!!」

 父さまの叫び。
 それは相当慌てていたようで、普段ではあまり聞かないような大きさでした。
 よく通る声は中庭に響き渡り……その声に、丁度書簡の幾つかを手に通路を歩いていた……猫耳ふぅどとやらを着た軍師様が、ぴたりと歩を止めた。

「───ハッ!?」
「…………」

 父さまの短い悲鳴も特に気にすることもなく。
 ただ、筍ケ様は害虫でも見るかのような表情をすると、同じ速度で歩いてゆくのでした。

「だぁあーーーっ!! 絶対に誤解されたぁああーーーーっ!! ちょっ、ちょちょちょちょ桂花!? 桂花ーーーーっ!! 娘に味見とかそういう意味じゃない! 待ってくれちょっと! 待ってぇえーーーーーっ!!」

 慌てて走る父さま。
 私も流石に状況を理解して、父さまの首から降りました。
 柄姉さまは「なんだか面白そうだ!」と言うと父さまを追いかけていき…………そして、私とお猫様だけが残されました。

「……!《ごくり》」
「なぜつばを飲むにゃ!?」
「はうあ!? いえいえいえ! 特に深い意味は! それよりおねっ……孟獲さま! お話をしましょう! 何も知らない知り合い同士は、まず話し合うことだと教わりました!」
「…………《じりり》」
「警戒しないでくださいですっ!? だだ大丈夫です、もう追いかけたりはしませ───というかあれは鍛錬であって、捕まえてどうこうするつもりはっ!」
「……ほんとにゃ?」
「ほっ……ほんとですっ!」
「どもったにゃ! やっぱり怪しいのにゃ!」
「はうあぁあっ!? あ、あのっ、これはちがっ───ちが、違うんです……!」

 勢いで喋っていたものの、肝心なところで詰まってしまった。
 途端にむき出しにされる警戒心に、さすがに心の疲労が浮き出てしまいました。
 私はいつもこうです。
 言わなきゃいけないことだって勢いに任せてでなければ言えないし、ここぞという時にこそ強く言えません。

「にゃ? なにかじじょーがあるにゃ? 兄にはまず人の話を聞くよーにと言われているにゃ。めんどーだけど、これも同じ食べ物で結んだ絆だじょ。さあみんめーの娘、話してみるがよいのにゃ! みぃはだいおーだから、どんなそーだんにものってみせるのにゃ!」

 落ち込んでいる私に、お猫様はそう仰ってくださいました。
 なんとおやさしいのでしょう……やはり長生きをした“ねこまた様”は、一歩も二歩もお猫様の先を歩んでいるのでしょう! 素晴らしいです!

「あ、あの……では、私も……まずは自己紹介から、その……したいと思いますです」
「じこしょーかい? おお、ならみぃもするのにゃ! ───みぃこそ! あの南蛮を誕生の基とするだいおー! 南蛮王の孟獲なのにゃーーーっ!!」

 両手を空に突き上げて、がおー、とでも言わんばかりの迫力(?)で叫ぶお猫様。
 その在り方も可愛らしく、先ほどから抱き締めてもふもふしたい衝動にかられっぱなしです。

「それでお前はなににゃ? みんめーの娘というのは知ってるじょ? でもそれだけにゃ」
「か、母さまのことは知っているのですね……」
「みんめーは“しんゆう”にゃ。ともに地を駆け、ともに食をはみ、ともにこーきんに怒られた仲なのにゃ」
「…………怒られたんですか」
「…………おこられたにゃ」

 でもでも、ともになにかを食べるというのはいいことですよね。
 いかにも親友というか、親しい者って感じです。
 私には…………私たちには、そういった相手が居ませんから、羨ましいです。

(あ)

 ちなみに“食む”とは食べることで、または“はみ出す”という言葉も“食み出す”と書くのだそうです。食べてるときに口から出てるから、“食み”から“出す”と書くのかもしれない、とは……天の授業の中で習ったことです。
 国語と天の授業とを両立するのは難しいものですが、慣れてくると面白いです。
 ……などということを話題作りのために話してみたのですが、

「むつかしーことはどうでもいいにゃ」

 あっさりと流されてしまいました。

「え、あ、えと……ではその……先ほどの事情を……」
「どーんと話してみるがよいのにゃ!」

 待ってましたとばかりに頷かれる。
 元気ですね、本当に。
 話す私は、少し心苦しいのですが……。
 けれど話さないわけにもいかないので、私は私の“ここぞという時に上手く喋れないところ”や、“真面目に返したい時ほど失敗すること”を話すことにしました。




-_-/かずぴー

 ……柄の協力もあって、なんとか桂花の誤解を解けた現在。

「すっかり暗くなってしまったな、父……」
「まさかここまで誤解を引きずられるとは思ってもみなかったよ……」

 現在とはいっても、空はすっかり暗かったりする。
 どこまで人を誤解していたいんだよあの猫耳フード軍師様は……。

「なぁ父。置いていくかたちになってしまったが、邵はどうしているだろうか」
「さすがにもう部屋に戻ってるんじゃないか? 戻ってなかったら明命が探しに行くだろうし」
「周泰母さまか……怖いな。普段はにこにこしているのに、我が儘が過ぎると捕まって顔にいたずら書きされるからなぁ……」
「慣れてる俺でも、完全に捉えるのは難しいんだよ……思春も明命も、気配の断ち方が上手すぎる」

 ずっと一緒に居て、それでも“あ、そこに居るかも”と思える程度。
 本気の本気を出されれば、“あ、”の時点で拘束される自信がある。嫌な方向の自信だが、困ったことに事実だ。

「まあとにかく、柄ももう寝なさい。俺もこのまま部屋に戻って寝るから」
「呉の屋敷まで戻るのが面倒だ。父のところで寝ていいだろうか」
「祭さんが迎えにくるぞ」
「い、居ないと言ってほしい」
「だめだ」
「たまには私の我が儘も聞いてくれ父!!」

 世紀末愛戦士のようにきっぱり言ったら腕を掴まれてぶんぶんと振るわれた。
 いや、わがままなら十分聞いていると思うんだが……確かに柄相手だと妙な遠慮をしないから、他の娘よりは厳し目かもしれない。

「じゃあ俺が祭さんのところに行って、事情を話してくるよ。お前はこのまま俺の部屋に───」
「それはだめだ」
『《ビビクゥッ!!》うぅわぁあっ!?』

 突然の声に、俺と柄はそれはもう驚いた。
 完全に二人だけだと思っていたら、なんとすぐ後ろに思春が……!

「思春!? 声をかけるならまず気配を少しずつ感じさせてからって、前に言ったじゃないか!」
「そんなことは知らん。完全に捉えられないまでも、少しも気づかなかった貴様が悪い」
「いや、そりゃそうだけ───……あれ? なんか拗ねてる?」
「黙れ」

 だまっ……!?
 だ、だだ黙れと言われてしまった……。
 でも拗ねてるように見えるんだけどな。
 ……これだけ長い時間を傍に居るのに、気配に気づけないのが腹立たしいとか?
 …………いやいやいやあっはっはっは、まさかね、思春だもんなぁ!

「………」
「………」

 違うよね?
 なにやらじっと見つめ合ってしまったが、それはともあれ駄目な理由を訊かないと。

「あの、思春? 駄目って……なんで?」

 おそるおそる訊いてしまうのは、ここでの生活で慣れたことのひとつと言えましょう。
 だって容赦無い時は本当に容赦のない思春さんです、つい一歩距離を取ろうとしてしまうのは仕方なきことかと。
 もちろん本気で怯えているわけじゃないんだけどさ。

「夜はきちんと部屋に居るようにとの、雪蓮様のお達しだ」
「……ウソでも伝達が雪蓮からじゃなければ、まだ普通に受け取れた気がするよ」

 ま〜た何か、自分が面白いと思うことでも企んでらっしゃるのでしょう。
 慣れていても嫌な予感しかしない。なのに待たなければ地獄が待っていて、待っていても地獄が待っているかもしれないこの支柱の悲しさよ。
 アゥハハハハァ、ヘイボブ、…………平和ってなんだっけ。

「雪蓮から何か聞いてる?」
「いいや、聞いてはいない。だが、こう言うのもなんだが……なにかを企んでいる、と見ていいだろう」
「……思春も言うようになったね」
「忘れたか。元呉将だが、今は貴様に就いている。貴様というよりは三国にだが。内容がどうあれ、危険だと思うことから貴様を守るのが私の仕事だ」
「……ん、ありがと、思春」

 でもそれなら“貴様”はやめてくれると嬉しいです。
 あとこの場合、雪蓮が危険なことを考えているのなら守ってくれるのでしょうか。

「柄は私が連れていこう。貴様は部屋に戻ってそこから出るな」
「出るなとまで言う!? やっ……そりゃ出る用事もないからいいけどさ……」
「いくぞ、柄」
「は、はい」

 さすがの柄も、思春の前では普通に敬語だった。
 まあ……印象からして、攻撃的な言葉で話せる相手じゃないもんなぁ。
 そんなわけで、柄を連れて思春が歩いていったわけだが……

「………」

 一人で夜の通路に立つっていうのも、結構不気味なものがある。
 意識するからそう感じるんだが、意識してしまうと中々に奇妙な……奇妙な、ええと……迫力、とも違うんだけど、何かがあるわけで。
 結構抜け出したりしているくせに、こうして改まってみると……うん、やぱり雰囲気あるよなぁ、夜の通路。

「戻るか」

 何があるわけでもない。
 たははと苦笑しながら通路を歩いて、自室の扉を開けた。
 一応気配を探るためにも気を引き締めていたが、やっぱりなにも───

『あ』
「あ」

 入った自室。───の、寝台。───の、上。
 そこに、はぁはぁ言いながら美以に覆いかぶさる邵と、その下で涙目でもがいている美以が───!

「あ、あぁあああ……!? ごごごごめんなさいいつまで経っても気が利かないお父さんで! すすすすぐに出ていくからね!? ごごごごゆっくりぃいいっ!!」
「兄待つにゃ! 兄! よく解らないけど違うにゃ待つにゃ待ってほしいにゃあああーーーーーっ!!!」

 息子or娘の愛の劇場を目の当たりにしてしまった“おかあさん”が如く、そそくさと部屋を出ようとした俺へと届く、美以の必死の絶叫。
 部屋を出ようとした体勢から思わず振り返ってみれば……なんのことはない、美以のもふもふ加減に暴走した邵が、美以のお腹に頬擦りしたり肉球ふにふにしたり、美以の南蛮装備のふさふさの部分に顔を埋めてとろけているだけだった。
 ……うん。次代を担う子供がこれで、大丈夫なんだろうか……都の未来。
 しみじみとそう思ってしまった、とある夜の出来事でした。




ネタ曝しです。 *お猫物語  チャトラン。───雄である。  子猫物語のBGM、大好きです。 *立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花  作中で説明した通り、花の美しさと見方、それらを女性にあてがったことわざ。  危険な女性に譬える場合、立てば爆薬座ればボカン、歩く姿は核弾頭と覚えましょう。 *バブルスくんを追いかけるマゴゴソラさん  ドラゴンボールより、界王さまの修行中の孫悟空の意。  天下一武道会にて、悟空が審判さんにマゴゴソラさんと呼ばれていた。 *ふかーーーっ!  ONE〜輝く季節へより、折原浩平くんの威嚇。  別の作品でもございますが、僕はONEで覚えました。  のちにリトルバスターズで鈴が言ってたような気もします。 *邵!? 邵! しょーーーう!  いえ、全然関係ないけど思い出したので。  ゼノギアスより、シタン先生の攻撃の掛け声。  しょーう、っていうよりはショオーッ!って感じですが。  ヴェルトール2の機神黒掌とか超武技轟天が好きすぎた。  ヴェルトール1では技を出す前のあの片足上げがどうにも……。  システムイドを最初に使った時はたまげたなぁ。  乗らずに戦う場合は風勁と光勁が。闇勁は……うん。 *木芍薬  古くは過去の歴史より、この時代ではまだ芍薬はなかったんじゃー、とか牡丹なんて呼び方はなかったんじゃー、とかいろいろありますが。  あったというお話もあれば、無かった、名前が違うという歴史もあります。  なのでここではあったということで話を進めとうござる。 *変態にゃーーーーっ!!  うえきの法則より。  眼鏡好きにする力、面白かった。  僕はアニメから入ったのですが、アニメと漫画ではラストのロベルトのあたりがちょっと違うのが面白かったです。  何気に好きなキャラはキルノートンだったり。  だから“変態だーーーっ!”が好きなわけですが。  嫌いなキャラが少ないっていうのも結構珍しい。 *そんな粉雪のような純白の想いです  真剣で私に恋しなさいより、井上準のロリコンソウル。  小さい女の子とお風呂に入りたい純粋な粉雪の心。 *ヒュゴドバァンッ! ヒュゴドバァンッ!!  物凄い速度で球を飛ばして打つ……そんな応酬。  思い出すのはセイバーマリオネットJの羽根突きですかね。  花形美剣とブラブラベリー……もとい、ブラッドベリーがやっていたもの。  あれ? 相手チェリーだったっけ? ライムだったっけ? ……思い出せない。 *分身魔球ゥウーーーッ!!  私立!ジャスティス学園!  投げられたボールをカッキィーンと打つのが楽しかった。 *リジェクト  ONEPIECEより、排撃。  戦士ワイパーが使うリジェクトの声は、なんか好きです。 *左手で受け止めて右手で放つ  化勁の応用、というのは前にも書きましたな。  こういう技が、記憶が確かなら仏ゾーンにあります。  因果応報って名前だったような。  翳した手から、投げるのではなく飛ばすって意味では……うん。  地獄甲子園のスーパートルネード投法かもしれません。  さすがに「波ーーーっ!」とは言いませんが。  それか火山高のマー先生のように、氣でチョークを飛ばすような。 *どこの宇宙海賊に恐怖する柾樹さんですかキミは  「あっ……たっ……し、のぉっ……! あたしのっ! 何処が化け物だってぇえっ!?」  「あの爆発の中で平気なところと壁抜けするところと天井に大穴空ける馬鹿力と空飛ぶところがぁっ!!」  「納得出来るけどっ! 納得しなぁーーーい!!」  ……あの長いセリフを一息で、早口言葉で言う天地の声優菊池正美さんは、今でも僕の憧れです。  はい、天地無用!魎皇鬼より。 *南蛮を誕生の基とするだいおー  アストラルを発端の地とするエダール流片手剣術。  スターオーシャン、懐かしいですよね。  アシュレイに弟子入りするかのごとく皇龍奥義を覚えるのは、自分の中ではセオリーでした。  でもそうするとシウスが仲間に出来ない。  シウスの、仲間が倒れた時の「後は任せろ!」の声と怒りの時の「ぶっ殺す!」が繋がる瞬間が大好きでした。 *ごめんなさいいつまで経っても気が利かないお父さんで  むしろこういった状況でこう言って出て行くお母さんお父さんは居るのだろうか。  居るか。で、扉の前で聞き耳を立てるとか。  ……漫画とかでなら居そうだけど、実際じゃあ…………居ないと言い切れない。  つまりは、大体はあらあらうふふごゆっくり〜って感じになるネタ。  ちなみにストレンジ+でも使われたネタでもございます。  今回は平均2万文字。  続きへどうぞ。 Next Top Back