190/求めるは愛の結晶。でも必要ないものは勘弁してください。

 しゅうううう……。

「で、邵。なにか言うことは?」
「も、もふもふ最高でしたっ!!」
「ああもう児童相談所とか欲しいぃーーーぃ!!」

 相談したところで苦笑されそうですが。
 ふと、“本当は怖い、児童相談所!”とかそんなタイトルが頭に浮かんだけど、なんだろう。逆に相談所のほうが滅びそうな気がする。
 ともかく、ゲンコツを落とされて頭から煙を出している子の言う言葉じゃないよね。

「いいですか邵さん。いくら合意の上とはいえ、もふる時は愛とともに理性を持ってください。欲望だけを振り翳すのは、それは愛ではなく己の欲望だけです。当たり前だけど」
「はうっ!?《ぐさあっ!》」

 心当たりがあったのか、正座をしていた邵が胸を押さえて苦しそうな顔をする。
 寝台の上に座る美以はといえば……なんだか挙動がおかしかったりする。

「美以も……ていうか、まずは知り合いからじゃなかったっけ?」
「話していたら、意外に気が合ったのにゃ……。で、そのままずるずると押し切られるままに……ご、強引に迫られたのにゃ? みみみんめーの娘、恐ろしいのにゃ……?」

 そう言われて、床に転がったねこじゃらしを見下ろす。
 ……ああ、うん、そうだね、恐ろしいね。押し切られ方が。
 押し切られるにしても、もう少し別の方向で頑張りましょうね、美以さん。
 俺の視線を追ってか、散乱したねこじゃらしに気づいた美以が大慌てで言い訳を口にする。
 俺はといえば……そんな大慌てな猫チックだいおーの口からこぼれる言葉の様々を自愛に満ちた笑顔で受け止め、ねこじゃらしの一つを拾い……振るってみた。

「にゃああ〜〜〜〜んっ♪」

 ……物凄い飛びつき様だった。
 肉球ふにふにの手で器用にハッシとねこじゃらしを捕まえると、小さく開かれた猫口でハミハミハミハミと小刻みに噛んで……そんな状態で俺の視線にハッとして、硬直。目が見開かれた猫目のようだ。
 ……猫だ。うん猫だ。

「ええっと、美以さん? なにが強引だったんだっけ?」
「…………《だらだらだらだら……》」

 硬直したまま汗を垂らすお猫様。
 そんな猫っぽい動作に、早くも顔が緩んでらっしゃる我が娘。
 ……ねぇ思春。やっぱり俺、自分で柄を送りたかったかも。この場をキミに任せてさ……。

「さすが父さまです……! 私ではあんなにも警戒していたお猫様が、たったひと振りで……!」

 そして娘におかしな方向で羨望の眼差しを向けられる自分を、どこか客観的に遠い目で見る自分が居た。

「ところで兄」
「うん?」

 しばらく遠い目をしていると、ふと美以が声をかけてくる。
 ねこじゃらしにとびつき、軽く暴れたためか、自然と腹を見せている仰向け状態のまま。……ねこじゃらしは強く強く掴んだままで。

「兄はつよい女は好きにゃ?」
「いきなりだなぁ……」

 ていうか娘の前でそういうのは勘弁してほしい。
 なんて言ってもきっと無駄なのでしょうね。ここ数年でもう、無駄に悟った事実にございます。だからってなんでも受け取るわけじゃないが。

「兄はつよいやつって、どんなやつだと思うにゃ?」
「質問の意図がまるっきり解らないんだが……ああ、本当に強いやつが好きかってことか? んん、そうだなぁ」

 強さっていうのにもいろいろあると思う。
 戦う強さはもちろんだけど、意志の強さや心の強さ、曲がらない思いに消えない想い。
 純粋な武力とかで言うなら、そりゃもちろん圧倒的であるに越したことは無いんだろうけど……

「力とかで言うなら、十回戦って十回とも勝ってみせるとかが強さかな。心で言うなら、なんでも受け止めて、その上でどうするか考えられて……今は無理でもいつかは解決出来る。そんな諦めない、折れない心を持った存在……とか?」

 俺もそうなりたいって思うことを素直に言ってみる。
 するとどうだろう、美以の顔がぱああと輝き、起き上がるや───

「そうにゃ! 強い男はそうでなきゃいけないのにゃ!」

 再びがおーと両手を天に、しかし顔は嬉しそうにしている。
 …………ハテ、なにやら物凄く嫌な予感がするのですが。

「ということで兄!」
「う、うん? なんだ?」

 元気いっぱいに声をかけられた。笑顔だ。なのに何故か足が一歩後ろに下がる。

「みぃもみんなのお祭りに参加するにゃ! 参加して、力を残すにゃ!(遺伝子的な意味で)」
「え? え、え?」

 祭り? 参加? なんのこと? 力?
 美以の話は中々に理解しづらいのは今に始まったことじゃないにしろ、今回のはまるで謎だった。
 何を以って祭りと仰るのか。
 参加して力を残すとはいったい?

「なぁ美以。祭りって、どんなものなんだ?」

 しかしなにもピンとこないわけでもない。
 美以がこれだけわくわくしたような顔をしているのなら、それはきっと楽しいものなのだろう。きっと食事関連が充実しているに違いない。
 ……ん? それだと、どうして今まで参加しようとしなかったんだ?
 わあ、なんだか嫌な予感が加速してやってきたぞ。人の心を襲うこの予感は、いつだって土足で入ってくるのだ。お茶を出すから靴を脱いでくれ。そしてくつろいでくれ。キミが慌しいと、こっちの心がいつまで経っても落ち着かないんだ。

「みんなで集まって“かいぎ”をしたにゃ! よく解らなかったけど、ともかく周期が来ればみぃも黙っていないのにゃ!」
「周期?」

 周期って。……あ、華雄が言ってたあれか?

(みんなで会議……あ、うん、そうだよな、秋季になると強くなるとか、そんなわけないもんなぁ。あはははは───マテ。じゃああの会話ってなんだったんだ?)

 嫌な予感が加速どころかニトロで爆死というか……どうしようほんと。
 いやぁ……いやいやぁ? こういう時こそ単なる俺の勘違い〜とか、嫌な予感なんて最初から気の所為だったんじゃよとか、そんな風にだねぇ。
 だから、ね? スマイルスマイル。にっこり笑って質問を続けようじゃないか。

「《ニコッ》ちなみにその“しゅうき”って───」
「はつじょうきにゃ!!」
(ギャアーーーーーーーッ!!)

 笑顔のままに心で叫んだ。
 え!? なに!? え!? 発情期!?
 みんなで会議って、みんな揃って発情期の話をしてたの!?
 じゃあ華雄も!? “しゅうき”って───周期かァァァァ!!
 うゎややややや……!? じゃあなんだ……!?
 最近やけに料理が健康を考えたものなのも、夜にあっち関係の用事で誰かが訪れることがなくなったのも、周期……いわゆる排卵期じゃないからとか……!?

「ち……ちなみにそのー……美以?《ニ……ニコッ?》強い相手のことを訊いてきた理由って───」
「? 弱い男の子を産むなんて、だいおーの名折れにゃ! だから兄が強ければみぃはなんのもんだいもないのにゃ!」
「いやいやいやいや俺なんてまだまだ弱いだ───」
「恋に勝ってるのにゃ《ずびし》」
(ギャアアーーーーーーッ!!)

 ずびしと指さされ、そしてまた心で絶叫。
 ハッとして邵に視線を移せば、

「発情期ですか! とととっととと父さま! ねねねねこまた様の子供はどんな感じなのでしょう!」
(こっちはこっちで暴走してらっしゃるーーーっ!!)

 盛大に暴走してらっしゃった。
 興奮するのも大概にしてほしいってくらい、爛々と目を輝かせて。……わあ。輝いている割に、目は渦巻き状だ。

「お子さんが生まれましたら是非見せてほしいです!」
「まっかせるのにゃ! 次のなんばんだいおーにふさわしい、つよい子供を産んでみせるじょ!」
「はいっ!」

 ぽんっ、と胸の前で手を合わせる邵の動作。
 その、ぽん、という音が……随分とまあ遠くに聞こえた。
 つまりそのー……うん、まあ、そういうわけなのか。
 最近の妙な張り詰めた空気も、祭さんの様子がおかしかったのも、けれど他の人……子を持つ人たちの様子はなにも変わらなかったのも。

(───マズイ)

 なにがまずいって、彼女らがそういった方向に本気になったことがまずい。
 彼女らの本気はどの方向に向かっても、一般的なものよりも強烈なのだ。
 料理のことを考えれば解りやすいってものだけど、遠慮がないのだ。全力なのだ。
 そんな彼女らが本気で子が欲しいとなったら……!

「あっははは、そっか〜。美以〜? 詳しい説明をしたのは朱里と雛里だよな〜?」
「もちろんなのにゃっ」
(オィイイイイイイッ!!)

 軽いノリで訊いてみればやっぱりだよあの二人!!
 ちょっとお二人さん!? 盟友のお二人さん!?
 互いを信頼し、よほどのことでない限り隠し事も禁ずって! 結盟者の危機には手助けするものとす、って!
 あ、あれぇ!? これを守れなきゃ辛い罰を与えるって誓いじゃございませんでしたっけ!?

「邵」
「ここに《ザッ》」

 キリッと本気声で、低く低く唱えると、邵がザッと跪いて俺を見上げた。
 いや、ここにもなにもさっきから居たでしょ。誰からどんな影響受けてるのさキミ。
 しかしながらそんなことをツッコんでいる余裕もない俺は、そんな愉快な娘さんに事情を話して結盟者のもとへと急ぐ旨を伝えた。

「ハッ! お気をつけて! というわけでお猫様二人きりですっ!」
「はっ!? ま、待つにゃ兄! 行くならみぃも《がばしー!》ふぎゃぎゃーーーっ!!? ぎゃにゃああっ! よすにゃやめるにゃ! 兄! 兄ぃいーーーっ!! 待つにゃ閉めちゃだめにゃ置いてっちゃいやにゃああーーーーっ!!」

 無情。
 邵に飛びつかれた美以の声を聞かなかったことにして、ソッと後ろ手で扉を閉めた。


───……。


 部屋を出ればあとは早い。
 キッと俯かせていた顔を持ち上げ、蜀側の屋敷を目指して駆ける。
 廊下を駆けて城庭という名の中庭に目を向けつつ駆ける。
 さすがに夜ってこともあって、誰かが鍛錬をしているということもない……わけでもなかった。
 禅が松明の光の下、模擬刀を振るっていた。
 そういえば最近はあまり付き合ってやれてなかった……が、すまない、今日は……っ! 今日は勘弁してくれ……! 今度、時間が取れたら全力で手伝うからっ……!
 そうして駆ける途中、屋敷の門の警備をしている兵に呼び止められた。

「あ、北郷隊長? こんな時間に何処に───」
「男としての危機を解放しに!」
「………………《ビッ!》」

 静かな敬礼だった。
 静かで、けれど……とても誇らしげで、凛々しくて、暖かい。
 そんな……綺麗な敬礼だった。

(なんか誤解されてない!?)

 そうは思うが立ち止まってもいられない。
 なんか後ろから「大勢の女性に好かれるかぁ……いいことばっかじゃないよなぁ……」なんて聞こえたけど気の所為だ!
 そんなことを考えている暇があるなら走れ! 走るんだ! 走って、そして軍師様と話をして、それで───それで……!
 様々な思考が回転している中、門を抜けて蜀側の屋敷が存在する場所までを駆ける。
 大丈夫、朱里と雛里が居る部屋は記憶している。
 今日は部屋を交換しましょう、なんてことが無ければそこに居る筈。
 そこでなんとか説き伏せて───

「貴様何処へ行く。止まれ」
「《ビビクゥッ!!》キャーーーッ!!?」

 音も無しに隣に現れ併走する気配に絶叫した。
 貴様って時点でもう誰だか解るものの、だからって驚かないわけじゃないんだから勘弁してほしい。
 でも止まらない。
 止まらない、事情も説明しないと知るや、彼女は実力行使に───って速ァッ!!? もうちょっと時間かけません!? 三回は訊ねてみるとかさ! キミ仮にもさっきは俺を守るとか言ってた人じゃないですか!

「───」

 手が伸びる。
 俺の腕を極め、力ずくで止めるつもりなのだろう。
 なんかもうこんな状況に慣れきってる自分が怖いが、そう……慣れてるからこそ。

「悪いけど本気だっ!」
「《パシィッ!》っ!?」

 俺を捕らえようとする手を逆に掴む。
 すると咄嗟に───反射的に手を自由にしようと、人は手を引っ込めようとする。
 その動作に意識が集中した瞬間、体では走る動作を、氣では足払いを行使して、意識の外から思春の足を払う。
 手を引っ込める方向へと、体を流すのを手伝うように。
 ついでに掴んだ手から思春の氣と自分の氣を同調させて、氣の方向も無理矢理変えてやると、思春の体が肩を軸にするようにぐるりと勢いよく回転する。

「これは───!? くぅっ!」

 驚くくらいに綺麗な回転。
 驚くくらいに、というか驚いた。
 漫画であるような合気の投げは大げさだなんて思ってたけど、氣が合わさると本当にこんなに《ギュリィッ!》───あ。

「気を緩めたな」
「いや違《ぎりドゴォンッ!!》いだぁああーーーーっ!!?」

 宙に投げ出されたと思った思春さん。
 俺の手を逆にギュリィと両手で掴んで、首に足を絡めてきて地面に叩きつけてきました。
 膝が顔面に当たってたら、とんだ虎王でございます。
 ええつまり、腕……極められちゃってます。

「さあ言え。さっさと言え。貴様、何処へ行くつもりだった。部屋に居ろと言った筈だが?」
「いだだいだだだだ!! ちょっと待った痛い! でもやわらか───じゃなくて!」

 うつ伏せ状態で右腕を天に翳すように捻られ、首には足が絡まって……苦しいけど太腿がすべすべしててってだから違う!
 なんでふんどしなんですか思春さん! 最近は夜は庶人服だったじゃないですか! なんで───はうあそうだった柄を部屋に戻してたから着替える時間なかったんですねごめんなさい!

「え、えと……! 最近みんなの様子がおかしい理由が解って、その大元である人物と話をしにいこうとしてたんだっ! おかしなことをするつもりはないからとりあえず手を離してくれると嬉しいなぁ!」
「……だったら先にそう言えばいいだろう。私は止まれと言ったはずだが?」
「それだけ急いでたんだってば! ちょっ……解った、全部話す! お願いだ本気で急いでるんだ! 離してくれ思春!」
「うっ……? な、なんだという……」

 戸惑った声。
 けれど、離してくれた。
 …………あれ? 背中からはどいてくれないんですか?
 ええい構うか負ぶってでも前へ進む!

「《がばぁっ!》ふわっ!?」
「おんぶ完了……! いくぞ思春! これは孔明の罠だ!」
「な、なんだとっ!?」

 驚く彼女を背に、手は膝裏を抱えるようにして走る!
 漫画とかではよくお尻を持つようなおんぶを見るが、気をつけろ! あれは主に子供を負ぶるやり方だ! 女性にやれば殴られても文句は言えない! ていうかそんなことやってまともに負ぶれるもんか!

「北郷……罠とはどういうことだ」

 本気声が耳元で放たれる。
 俺はそれにごくりと喉を鳴らしてから、確信に到るまでのことを走りながら説明した。
 そしたら

「待て」
「《ごきゅり》あぽろ!?」

 首を捻られました。
 さすがに止まらざるをえず、止まった瞬間に思春は俺の背からするりと降りた。
 そして一言。

「馬鹿か貴様はいや馬鹿か」
「間くらい置いて!? 繋げて二度馬鹿とかやめて!?」
「北郷。貴様の仕事はなんだ」
「支柱です《きっぱり》」
「そうだ。同盟の証であり、さらには次代を担う子を育むための種でもある。それが、よもやその行為を断るとでも言う気か?」
「………」

 それは、そうだ。種馬〜とか言われてはいたが、今現在の自分はまさにそれ。
 いや、いい。それはいいんだ、それはもう覚悟の内に入ってる。
 でもね、思春さん。俺が止めたいのはそういうことじゃなくてね?

「あ、あーその……思春はその……賛成?」
「当然だ」
「本当の本当に?」
「くどい」
「……将の数だけ子供が一気に出来ても?」
「くどっ───………………と、当然だ」
「今でさえ街を歩けば将ばかりが騒ぎを起こしてるのに?」
「うぐっ……!? ………………と、…………ぐぅ……」
「いや、うん。俺もね、子供を作るのは……その、恥ずかしいけどさ、いいと思う。国が国として歩んでいくためには必要だし、そもそもそのことに関しては、もう胸に覚悟として刻んであるからさ。それはいいんだ」
「なに? では何故あんなにも焦っていた」
「あー……」

 それはその、と、頬を掻く。
 どう説明したものか。

「女性だもんな、そりゃ……若い内に子供が欲しいよな。もう8年だもんな……不安になるの、解るよ。子供たちも元気に成長してるし、そんな子供を見てたら自分もって思うのも解る」
「ああ」
「述なんか自分の得意分野を見つけたって、すっごい笑顔を見せてくれるようになってさ。嬉しかったなぁ、ほんとに」
「う、うむ。そうだな。うむ」

 述の話が出てきたら、なんだかちょっとだけ思春の胸が前に出た気がした。
 胸を張っているんだろうか。

「言った通り、それはいいんだ。なんだかんだで俺も子供は可愛いし、そんな子たちと一緒に生きていけるのって、楽しいって思える。まあ……会話が出来るまでは正直長いし辛かったりもしたけどさ」

 もう一度頬を掻いて、少し溜め息。
 それを話題を切り替える溜めとして……じゃあ、本題を。

「俺が止めたかったのは子作りじゃないんだ。……朱里と雛里が見てた、房中術に関してのことだ」
「───…………?」

 ぽかんとした顔で見られた。
 解る、うん……解るよー、思春さん。
 子作りの話じゃないのになんで房中術の話になるんだーってことだよね?

「えっとな、朱里や雛里は……って、ここで言ったら結盟契約違反に……マテ、既に盛大に隠し事されてるぞ俺。これがよっぽどのことって条件なんだとしても、俺も関わってる時点で教えて貰わないと困るわけだし───よし」

 トンと胸をノック。
 すまん朱里、雛里……これも今後のためと思って目を瞑ってくれ。
 俺も目を瞑るから。

「えっとな……」

 それから場所を移動して……城門の傍……松明の下での、女性に房中術についての話をするという、なんともこっぱずかしい時間が始まった。
 近くに居る門番は、なんというか“いつもいつもご愁傷様です”って感じで目頭をぐっぐっと押さえている。いや、せめてご苦労さまですって言って!? いつもいつもご愁傷さまってなに!?

「……なに……? 読んでいる書物が、そもそもおかしい……?」
「そうなんだよ。や、そりゃあ書いてあること自体にそうそう間違いは無いと思うよ? でもさ、ちょっと進みすぎてるんだ。進みっていうのは過激って意味でのことで、その……なんというか」
「なんだ。はっきりと言え」
「縄で縛るとか蝋燭を垂らすとか平気で書いてます《きっぱドボォ!》ぶぅっふぇえっ!?」

 きっぱり、と言った途端にボディに突き刺さる拳。
 見れば、真っ赤な顔した思春さんが俺にボディブローをおごごごご……!!

「な、なな縄……!? 蝋燭……!? それが何故房中術になる!」
「わっ、わー! わーっ! しーっ! 思春っ、静かにっ……! そんな大声で房中術とかっ……!」
「!? …………《ちらり》」
「!! あ、う、ご、ごほんっ! じょ、城門、異常なーし!」
「…………〜〜〜〜!《かぁああああ……!!》」

 あ。頭抱えた。
 門番のささやかなスルーが余計に心を抉ったらしい。

「つ、つまり……!? 貴様が朱里様や雛里様を止めたかったのは……!」
「そう……そんな行為が“普通である”なんて知識がみんなに植え込まれてたとしたら、俺……子供を作るどころか───」

 新たな世界の扉を開いて、もう帰ってこれなくなるかもしれません。
 遠い目をしてそう呟いた。
 思春は「必ずしもそうであるとは限らんだろう」と言ってはくれるが、

「蜀の有名軍師が事細かに説明して、しかも自信満々だったら?」
「う……」
「そうだと教え込まれて頷いたのが、春蘭や華雄だったら?」
「うぐぅっ!?」

 折れた。
 陰の差した表情でどんよりとして、けれど俺を真っ直ぐに見ると、何故かぽむと肩に手を置いてきた。
 そうしてから、すぅ……と息を吸うと、キリッとした顔になって俺に言ってくれた。

「急ぐぞ。まだ間に合う筈だ」

 ぺっぺらぺー! 思春 が 仲間になった!
 ……どうしようどうしようと思っていた心に、ファンファーレが鳴った。冗談抜きで、架空だろうと鳴った。

「え……て、手伝ってくれる……のか?」
「忘れたか。私はお前に就いている」
(憑いているの間違いじゃないよな……)

 無言で通せばいきなり掴みかかってくる憑依霊なんて勘弁です。けど、まるではぐれメタルが仲間になる瞬間を迎えた気分でした。
 彼女が居れば……そう、相手は二人なのだ。二人で向かってこそだ!

「うん? ……いや待て、お前は部屋へ戻っていろ。雪蓮様のご命令だ」
「あれぇ!? そこには反逆しないの!?」
「雪蓮様の行動とお前の言うことが関係性を持っているかなど解らん。もし違っていたとしたら、どう言い訳をするつもりだ」
「ウワァアァァ……!!」

 確かにそうだった。
 だってあの雪蓮だ。
 話を聞いていたのに居なかったとなれば、それを理由にどんなことを要求されるか……!

「お前は部屋へ行け。朱里様と雛里様の下へは私が行く」
「え……思春、お前……」
「勘違いをするな。お前にはまだまだ述の親として、やってもらわねばならんことがある。行為の果てに死んだなど笑い話にもならん上、仮に生きていられたとして、習った房中術で片親が死に掛けたなど、とんだ笑い話だ」
「わあ」

 まるで男のツンデレさんだ。
 まさかこんな状況での“勘違いをするな”をこの目で見られるとは。
 でもそっか。……そっかぁ。
 ちゃんと親として見てもらえてたんだなぁ。
 片親……片親かぁ。

「《ギロリ》……なにを笑っている」
「いや、なんでも。じゃあ、任せる」
「言われるまでもない」

 言って、思春は駆けていった。
 途中から呼び方が“貴様”から“お前”になってたの、気づいてたかな。
 まあ、いいか。どっちでも。

「がんばれ、かーさん」

 にかっと笑って、状況にくすぐったくなりながら、張り上げるでもなく普通に言った。
 ……するとドグシャアとズッコケる思春さん。
 あれ? 聞こえた。
 もう結構離れてるのに、耳いいなぁ……とか考えてたら、庭の松明の下、ふるふると肩を震わせていた彼女は……立ち上がる途中も立ち上がったあともこちらを見ず、そのままゴシャーと逃げるように走っていった。
 ……ああ、うん……聞こえてたねアレ……絶対に。
 べつに、なんかこう、いっつもキリッとした顔なのにちゃんと母親やってて、こうやって俺のことでも真剣になってくれる姿を見て、軽く……そう、ほんと軽く。
 家族って、妻って、母親って、こんな感じなのかなって思ったから、ついぽろっと口からこぼれた言葉。
 思春は振り向かなかったけど、そっか。ズッコケるほど驚いたのか。
 苦笑しながら門番の兵を見ると、彼も困った顔をしていた。

「なんというか……俺って、つくづくそういう言葉を言ってないんだなぁ……」
「北郷隊長……それは人数的にも仕方ないかと」
「うぐ……ありがと、そう言ってくれると少し救われる……」

 門番と顔を見合わせて、とほーと息を吐いた。
 好きだとか愛してるとか、最後に言ったのは絡繰で空を飛んだ時だったっけ。
 そんな頻度でしか言ってないんじゃ、そりゃあ急に言われればびっくりするよなぁ。
 それも、好きだとかじゃなくて“かーさん”。正式な妻という括りがないくせにそんな言い方をされれば、なぁ……。

「今度、隊のみんなでメシでも食いにいこうか。俺の奢りで」
「え……いいんですか?」
「うん……俺が無事だったら」
「なんというか……頑張ってください」

 やがて歩く。
 会議があったと美以は言った。あった。過去形なのだ。
 既に事細かに説明がなされて、ただただ疑問符がつく平和が続いたと考えるべき。
 その平和の裏で、いったいどんな房中術が磨かれたのかは……考えたくない。大体なんであの艶本は異様にマニアックなことしか書いてないんだよ!
 もしかして著者の趣味ですか!? 勘弁してくださいあんなのを本気で実行された日には、春蘭とか華雄に絞殺されてしまいます!

(“痛みを伴うが慣れればそれも快感に”とか、痛みをぶつけてくる相手の腕力もちったぁ考えて書けちくしょうめぇええっ!!)

 やばい、本気でやばい。
 子供がどうとか以前に本気で死ぬかもしれない。
 相手は本気で子供を欲しがっている。会議をするほどだ。みんなと言ったからには本当にみんななのだろう。
 それはいい。子供はいいです。
 でも参考にする本がヤバイ。
 互いに興奮を高めましょうなんて時に、じゃあSMでなんて来てみろ……! あのみなさまの惜しみない腕力がこの身に降り注ぐ……! それも相手に興奮してもらいたくてという善意で……!

「ア、アレ……? 視界が滲んでる……なんでだろ……。なんで今さら、毎晩くたくたになるほど励んでいた頃を思い出すんだろ……。辛いと思ったこともあった筈なのに、懐かしいのはなんで……?」

 風に水っぽいとか言われたことさえ遠い日に感じる。
 今……部屋に戻ったら何が待っているのだろう。
 そんな心をあざ笑うかのように、自分の部屋たる建物が見えてきた。

「………《ゴ、ゴクッ!》」

 怖い。
 足が竦んで歩けない。
 そう離れていない中庭では、今も禅が鍛錬をしているのに。

「………」

 ひたむきに剣を振るう姿は、親の贔屓目で見ても綺麗なものだ。
 そんな娘に情けない親だと思われたくない。
 だから……今こそ勇気を。
 絶対に死ねない。絶対に死なない。
 必ず生きて、この大陸の先を見届けるんだ。

(部屋に戻るだけなのに、どうしてこんなにいろいろなものが愛しく感じるんだろうなぁ)

 さあ行こう。
 この恐怖もいずれは慣れる。
 案外俺の勘違いで、いつも通りの未来が待っているのかもしれないのだから。

(なに一刀? 愛の先に命を刈り取られるかもしれないのが怖い? 一刀、それは奪われると思うからだよ。逆に考えるんだ。“差し出しちゃっていいさ”と考えるんだ)
(も、孟徳さ───誰!? いやちょっ……誰!? ジョースター卿!?)

 脳内孟徳さんも絶賛混乱中らしかった。
 でもそっか、この身は魏に捧げた。
 それから三国に捧げ、今、ここに支柱として立っている。
 ならば───

「殺されて本望!」

 今こそ命を賭そう。
 生命を創るというのなら、それ相応の代償を以ってこれを為す!
 さあいくぞ元呉王……こちらの覚悟は───今決まった!


───……。


……。

 で。

「あ、一刀っ、何処行ってたのよもう! って、あぁいいわ、とにかくちょっと手伝って! 述に挑まれて遊んだんだけど、これが面白いくらいに勝てなくてね〜! 悔しいから今度はこっちから《ずぱぁーーーん!!》いたぁあーーーーっ!!?」

 部屋に戻り、雪蓮を確認。
 用件を聞くなり彼女が持ってきていたハリセンで頭をぶっ叩きました。
 邵と美以は……居ないな。あれから美以が逃げて邵が追った……とかかな。

「ちょっとー! なにするのよ一刀ー!」
「お黙れ」
「お黙れ!?」

 ええはいもうなんて言ったらいいんだろうなぁこんちくしょう……! 人が散々っぱら悩んで答えを出して、覚悟まで決めてやってきたというのに……!

「雪蓮さん。部屋に居ろって、これをするため?」
「? 他になにがあるのよ」
「企みごとの件は?」
「企み? んふふー? なんのことかしらねー♪」

 にこー、と笑ってとぼける雪蓮さん。
 そんな彼女に向けて、ぼそりと「子供」と言うと、

「! ……誰かが漏らしたのね。やるわね一刀、準備が整うまでバレない筈だったのに……!」

 飄々とした表情が一変する。
 いつもの胡散臭いにっこり笑顔ではなく、瞳孔が虎のそれへとギュンと細められるような、そんな鋭さを持った。

「雪蓮。質問、いいかな」
「……答えられないこと以外なら、ね」

 ニヤリと笑う雪蓮は、この状況を楽しんでいるようだった。
 まあ雰囲気は出てるけど、別に扉開けてさっさと去ってしまえばそれで終わる状況だもんなぁ。

「そか。じゃあ……朱里と雛里から、艶本を糧に得た知識を聞いたね?」
「もっちろん。一刀にあんな趣味があったなんて知らなかったわー」
「やっぱり盛大に誤解してるよドチクショウ! 雪蓮さんちょっとそこへ直りなさい! 今から全部説明するから!」

 どうしてこうこの人は自分が面白いと思ったことに全速力で突っ走るかなぁ! 解る部分もあるけど、相手の迷惑もたまには考えて!? 巻き込まれても結局最後が楽しかったりするから余計に性質が悪いのかありがとうなのかああもう!

「えー? もう一刀の趣味ってことでいーじゃない。その方が面白いし。あ、もちろん私はそんなこと信じてないわよ? 一刀の趣味だーとか言い出したのって春蘭だし」
「一度だってそんなことなかったのになんでそんな受け取り方してんのあの人!!」
「あぁほら、あれじゃない? 春蘭自身が華琳に焦らされたり苛められたりするのが好きそうだから、そういうところから考えが枝分かれした〜とか」
「───」

 一発で納得してしまった。
 そこに桂花が居たら、それはもう盛大にヤバイことに……あれ?

「会議を開いたって聞いたけど、桂花は居なかったのか?」
「そりゃ居ないわよ。子供が欲しい者の集いだったんだし」
「あー……」

 あの猫耳フードさんがそれを望むわけもないか。

「……じゃあ、えっと。こう、言い出すのって非常に難しいんだけど、あ、あー……よし、言う、言うぞ?」
「? え? なになに? 面白いこと?」
「雪蓮、キミね……。人が恥ずかしがってるのに、最初に出てくるのが面白いことかどうかの確認って……」
「面白いじゃない。特に華琳とか愛紗とか。恥ずかしがってる華琳をからかうのが面白くないなんて、言わせないわよ?」
「うん、あれはいい」

 力強く頷いた。……じゃなくて。
 代わりに手酷いしっぺ返しが待っているものの、言葉に詰まったり顔を真っ赤にして狼狽える華琳は……って、そうじゃないってば。
 ……いいものだとは思うけど。

「はぁ、いい感じに力が抜けたよ。じゃあもう気にせず訊くけどさ」
「うん、なになに? あ、べつに私、まだ周期じゃないわよ?」
「うわーい力が余計に抜けたー」

 こういうことって、女性本人の方が簡単に言えるものなのでしょうか。
 女同士なら解るけど、男相手にそんな、挨拶のついででモノを言うみたいに……。

「え? なに? 訊きたかったのってそれなの?」
「まあ……そうなんだけど、まさか本当にただ遊びに来ただけとは思わなかったよ……」
「いーじゃない、娯楽があるなら手を出すべきよー? じゃないと冥琳みたいに眉間に皺を寄せて生活するはめになるんだから。息抜きは必要でしょ?」
「冥琳の眉間の皺の原因の大元が何言ってやがりますか」
「あっははっ? いいのいいの、冥琳は無茶を言われてやる気を出す性格なんだから。振り回されてもきちんと纏められるから、呉で軍師なんてしていられるんだから」
「それ、絶対に蓮華に言わないほうがいいぞ……」
「言ったわよ? 激怒されたけど」
「想像の先を行き過ぎるのも大概にしようね!? どうせならいい方に行き過ぎてよもう!」

 酒の匂いはしないのに、酒が入った時くらいに上機嫌な元呉王さま。
 遊びに来ただけっていうならそれはそれでいいんだけど……まあ、いいって思えるならいいか。

「はぁ。じゃあ、思いっきり遊ぶか」
「んふふー……一刀ってなんだかんだ言っても付き合ってくれるからいいわよねー。冥琳は付き合ってはくれないからねー」
「雪蓮のことだから、誘ってもノってこない冥琳の頭にハリセン落とすとか普通に……ああ、もうやったパターンだなこれ」
「ぱたーんってのはよく解らないけど、やったわよ? この遊びに誘う時はこうするんだー、って一刀が言ってたって理屈で」
「なにしてくれちゃってんのちょっとぉおおおおおおっ!!!」

 ああああもう本当に人の平穏に刺激を流し込むのが好きな元王だなぁ! ならばもはや遠慮は要らぬ! 現代日本男児として! うぬのその遊び心……娘に続いて叩き折ってくれるわぁあーーーーーっ!!!


───……。


……。

 しゅうううう……。

「うぅううう……」
「いや……うん……正直すまんかった……」

 氣を全力で使って、加速で取って加速でぶっ叩きました。
 じゃんけんの際にも雪蓮の指の動きに集中して、薬指と小指が動いたらチョキ、何処にも動く感がなかったらパー、人差し指と中指が動いたらグー。
 それらを正に全力でやった結果……落ち込んでいる呉王さんのお姿。
 ……が、なにやら急にキッとなって俺を睨んだ。

「娯楽は楽しむためのものって言ったのは一刀でしょー!? なのに全力でやるなんて、一刀ってば大人げないわよー!」
「その娯楽を冥琳の激怒を浴びせることから始めようとしたヤツがそれを言うかぁあっ!!」
「言うだけなら“タダ”でしょー!? いいわよっ!? こうなったら遊戯室に行って片っ端から勝負といこうじゃない!」
「やらいでかっ! 全部で勝って思い知らせてやる!」
「私だっていつまでも勘だけで勝てるだなんて思ってないんだからね……? 後悔させてあげるわよ、一刀!」

 いざ、扉を開けて外の世界へ───!!




「───…………なにをしている」




 ───行った先に般若が居ました。
 雪蓮と二人、燃える遊び魂が一気にコキーンと凍りつく音を聞いた。

「は、はああ……! しっ、しししっしし思春さん……!?」

 蛇に睨まれたカエル、という言葉を思い出しました。
 ああうん、終わった。なんかもうこれダメなパターン。
 ならばと、そろっと逃げようとする雪蓮さんの首をやさしくやさぁ〜しくネックロックして引き止めると、僕は静かに天を仰ぐのです。

(片親に重要なことを任せて、片方は遊ぶ。…………激怒でしょう)

 雷が落ちた。
 本日快晴、雲のない綺麗な月の夜に、それはもう盛大な雷が。
 静かに怒るタイプの思春にしては珍しく、いや……もう本当に珍しく、顔を真っ赤にしてガーミガミガミと怒られました。
 え? 僕と雪蓮? ええはい、正座です。いつものスタイルにございます。
 眼力だけで自室に戻されて、眼力だけで正座をさせられて、眼力だけで怒られるがままのぼくら。
 これで一応三国と都を合わせての重要人物な二人だというのだから、なんとまあ……そりゃ怒るよなぁ。

「貴様私がどんな気持ちであの部屋に踏み入ったか……!! 気配を消して、他国の衛兵の目を潜り抜ける行為までさせておいて、き、きさっ……貴様ぁああ……!!」

 ギャアア予想の遥か天空を貫いた怒りをお持ちでいらっしゃるぅううーーーっ!!

「いいぃいいいやあの大丈夫雪蓮からはちゃんと今回の会議の話も聞けてネッ!? そほっ!? そっ……そんなことからいろいろと言い合ってたら、なんか勝負だってことになっちゃってだだだだからあのそのごごごごめんなさぃいいいっ!!!」

 必死の言い訳。
 途中から声がひっくり返ってしまったりと余裕もなしに口早に。
 しかし思春さんはきちんと聞く姿勢は取ってくれて、

「ほう……? ならばその会議の話とやらを事細かに話してみろ」
(エエエエエェェェェェエエエエエエ!!?)

 いやあの事細かって!
 今俺頭真っ白で……! あ、あれ!? なに言われたんだっけ!?
 雪蓮さんなんて言ってたっけ!? あぁああでもここで雪蓮に訊くのは物凄いアウト臭が……!

「エ、エート」
「ああ」
「ソノ……」
「ああ」
「………」
「………」
「お、美味しいオムレツを作る時はタマゴは三つじゃなくて二つ───」
「…………《スラァアアア……!!》」
「ギャアア待ってやめて鈴音抜かないで現状の恐怖で思い出せなくなってるだけだから話し合ったのほんと話し合ったの信じてお願い!!」

 おぉおお回れ俺の思考回路! じゃないと本当にヤバイ本気でヤバイ!
 なななんだったっけ関係者の顔を思い出せばピンと来るはずだ! ていうか雪蓮さん!? この状況で人の慌てっぷり見て大爆笑ってアータ!
 えーとえとえとそうだ華雄! 華雄で……周期! そう! 思い出した!

「周期の話! そうっ! み、みんなが夜にやってこないで、俺に精のつくものを食べさせてる理由とかが解ったんだ! ってこれは美以の話を聞いた時点で解ってたことだった! あぁでもそこらへんのことに確信を持てたって意味では決して無駄ではなかったわけで! えーとえーとつまりそのぅ! 結論から言いまして、やっぱり皆様子供が欲しかったというところに落ち着くわけで……!」
「……そうか。解った、それはいい」
(……ほっ…………ほぅぉおおおぁあああ……!!)

 腹の底から安堵の溜め息。
 あからさまにやると睨まれそうなので、長く静かに吐き出しました。
 そんな俺を余所に、思春はちらりと笑っている雪蓮を見て一言。その一言は予想がついたので、即答できる準備をした。

「で? 雪蓮さまと遊んでいた理由はなんだ」
「この人が述に負けたのが悔しくて勝てるようになりたいからって僕に遊べって言ってきたんです」
「ちょぉっ!? 一刀!?」

 先ほどまでの慌てっぷりが嘘のように、キッパリでいて淡々と説明出来ました。
 そして、説教中だというのに笑い転げていた所為で、思春さんから物凄く鋭い眼光で睨まれる雪蓮さん。

「え、えと……うわー……? 思春、なんだか前より怖くなってない……?」

 雪蓮さん。知りなさい。
 母は強し。
 それ以外に教えてやれる言葉はないけれど……女性というのはそれだけでも十分なのです。

「さて、雪蓮さま。いろいろと唱えたい言もございましょう。しかし一歩踏み込み、私は“母として”言を放たせてもらいます」
「母として!? へ、へぇえ……あの思春が言うようになったわね〜」
「うわバッ……こういう時の思春にからかうような言葉はっ……! ぁああ思春さん!? 今のはキャーーーッ!!?」

 目を向けた刹那、俺は般若を見た。
 ええ……落雷は直後でした。
 それから説教は続いた。……それはもう続いた。
 あの雪蓮が半泣きになるほどの正論攻め。
 ”〜〜……っ! そのような在り方でっ! 子を欲しがるとは何事かぁああーーーーーっ!!!”、から始まった彼女の言葉は、返す言葉もない雪蓮さんをとことんまでに追い詰め───

「な、なんとかなるわよっ! 私の勘がそう告げているわっ!《ずぱぁーーーん!》ふきゃーーーうっ!?」

 勘ばかりがどーのこーの言っていた雪蓮さんがそう仰った瞬間、俺はハリセンを落とすのでした。

「ちょ、なにするのよぅ一刀ーーーっ! い、今そんなことすると泣くわよ!? ほんとのほんとに泣くわよーーーっ!?」
「ああ、うん……雪蓮……。俺には見えるんだ……。俺か冥琳に子供の世話を任せて、身籠っていたために遊べなかった分を存分にと駆け回る元呉王の姿が……」
「うぐっ……!? わ、私だってさすがに子供が出来ればそんなことっ………………」

 …………。

「………」
「………」
「………」
「……あ、でも、いつか成長した子供と遊ぶためにも、そういうのは必要《ズパカポォーーーンッ!!》いぃったぁあーーーーーっ!!?」

 攻撃用ハリセンと防御用メットが、俺と思春の手によって一閃ずつ放たれた。

「よし思春、ちょっと雪蓮押さえてて。今、冥琳先生を召喚するから」
「解った」
「うわわちょっとやめて!? ここまでやっておいてさらに冥琳はないでしょ!?」
「雪蓮さま。北郷から教わった、教育に向けて語る言葉にこのようなものがあります」
「うぅ……なによぅ」
「───痛くなければ覚えません」

 訪れる沈黙。
 その隙に俺は外へと出て、直後に聞こえてくる喚き声。
 俺はゆっくりと呉側の屋敷へ向かい、呉が誇る対雪蓮説教用パーフェクト呉国軍師さまを召喚。
 ……我が部屋が、修羅場となりました。


───……。


 部屋が修羅場と化した俺は、冥琳に何処か適当な場所で寝てくれと頼まれまして、なんだったら私の部屋でも構わんと言われたものの……気になったので邵の……というよりは明命の部屋へ。
 しっかりとそこで寝ていた邵と明命……に、囲まれて息苦しそうに寝る美以をよそに、うわぁい寝るスペースないやー、と結局は冥琳の部屋で寝ました。
 ノックに気づかずに眠り続けるなんて、明命もやっぱり猫の傍じゃあ気が緩むんだろうなぁ。……美以、猫じゃないけど。
 で。明けて翌日の現在。

「それで旦那様は冥琳様のお部屋に居たわけですね。驚きました」
「うん、ごめんな。軽く起こしてでも事情を説明しておけばよかった」
「いえいえですっ、こちらこそその、雪蓮様が……その」

 呉の屋敷の明命の部屋。
 その寝台に腰掛けて、同じく隣に座る明命と話している。
 邵は……うん、昨日は散々と燥いだせいもあってか、疲れているようで寝惚け眼。なのにしっかりと背中側から俺の首に抱きついていて、時折「うぇぅるぁ〜〜……」とよく解らない声を出してはこっくりこっくりと船を漕いでいる。寝なさい、そんなに眠いなら。
 ちなみに美以は、俺が冥琳の部屋を出てこの部屋を訪ねた時点で逃走。応対してくれた明命もさすがに引き止めることはせず、その時は眠っていた邵は、当然ながら追うことは出来なかった。

「けれど、そんなことが実行されていただなんて知りませんでした」
「俺も驚きだったけど……当然だよな。みんな、自分が得たなにかを誰かに……それこそ自分の子供に残したいって思うもんな」

 状況説明の都合上、明命にはあのことを話した。
 多少驚いていたものの、やっぱり頷けるところがあったのか、俺を見上げてくる瞳。
 そんな顔をしなくてもきちんと受け止めるからと頭を撫でて、これからのことを少し話した。いえ、房中術の話ではなくて。

「朱里様と雛里様にはもう話は通してあるのですか?」
「うん、思春がなんとか説得してくれたらしい。早速今日にでも会議を開くらしいよ」
「……そこでまた、奇妙な誤解が広まらなければいいのですが」
「だよね……」

 ちなみに結盟条約違反の話については、コトがコトなので俺に相談出来るはずもなく、朱里も雛里もそのことでは随分と罪悪感を感じていたらしい。
 会議があった日から今日までだ。随分と胸を痛めていたことだろう。急に知った俺も随分と焦ったんだ、その重さを想像すれば、まあ……許そうって思うのは当然だった。
 むしろ……“周期”の話になるけど、全員が全員都合よく別の日に来るとは限らず、むしろ今までが静かだった分、一気に来るんじゃないかって……その場合はもちろん全員相手にしろとのことなので、余計に我が身が無事でいられるかが心配になってきた。

「皆様の子供がどんな子になるのか、今から楽しみですっ」

 胸の前で手を合わせる明命さんはとても楽しそう。
 俺もそれは楽しみだけど…………その前に自分が無事でいられるかが心配で心配で。

「朱里と雛里は誤解を解きますとは言ってくれたみたいだけどさ……。もし春蘭や華雄がそれを余計に曲解したら……」
「…………《ソッ》」
「そっと視線逸らさないで!?」

 やっぱりそこは、明命も心配の種ではあったらしい。
 うん、まあ……縄や蝋燭プレイが誤解だったと知らされても、“使い方が違うのか!”とか妙な誤解を誕生させそうなんだよなぁ……特に春蘭。
 ……みんなで食事、行けるといいなぁ。
 昨日は乗り越えられたけど、果たして俺は……春蘭が周期になった際、無事でいられるのかどうか。
 まあ……今は今出来ることをやったり楽しんだりしようか。
 難しいことは難しい時に考えよう。

「よしっ、それじゃあ散歩にでも行こうか」
「はいっ! って、仕事は平気ですか? 私は夕刻からですが……」
「ん、大丈夫。少しくらい溜まってからやるのも、たまにはいいよ」

 探せばある仕事。たまには探さずに溜めてみましょう。
 もちろん溜めてたら他が進まないっていうなら優先的にやるけど。

「ほら邵〜、散歩いくぞ〜」
「はゆぅ……」
「あ、あはは……“はい”すら言葉に出来てませんです……。では、僭越ながら私が」

 珍しく得意顔で、トンと胸を叩く明命さん。そんな彼女が、俺の首に腕を回してまどろみの中に居る娘を───

「あ、お猫様です」
「どこですかっ!?《ガヴァーーーッ!!》」

 ───予想出来なかったわけじゃない起こし方で、起こしてみせました。
 なんか、親子って感じでつい笑ってしまう。

「は、う、はえっ……? お、お猫様は……」
「邵。散歩に行くから起きよう? お猫様は散歩の時に見つければいいから」
「え? は、はい……? あ、父さま、おひゃよごひゃふぁふふ〜〜……あぅ」

 随分とまあ可愛い欠伸だった。明命もくすくすと笑っている。
 顔を真っ赤にする邵だけど、俺の首に回す腕は離すつもりはないらしく、背中というよりは肩に寄りかかるようにして、赤い顔で俺の顔の隣で俯いている。器用だ。

「じゃ、行こうか」
「はいっ」
「は、はい」

 首に抱きついたままの邵をそのままに、ハンズフリーなおんぶ状態で歩く。
 明命はやっぱりにこにこ笑っていて、邵はなんだかツッコまれないことに首を傾げている。
 そんな時に思い浮かべるのは、門番との会話。

(そうだよなぁ、俺ってあまり、人に好きだ愛してるとか言わないよなぁ)

 だからまぁ。
 たまにはこんな、当然とも思えるような家族サービスくらいは。

「よかったですね、邵。こうして好きな時に抱きつけるようになって」
「はうわっ!? かかかか母さま!?」
「そうだな。俺も飛び蹴りよりはこっちの方がいいかも」
「父さまっ! 蹴っていたのは柄姉さまですっ!」
「そうそう、そうやってもっと、自分の考えを口に出せるようになろうな?」
「はぅうっ!? う、うぅう……父さまも母さまもいじわるです……」

 美以を前にしたキミほどではないよと、にこにこ笑顔の裏側でツッコんだのは内緒だ。
 そうやって笑いながら部屋を出た。

「うん」

 さて、今日もいい天気。まずは朝食を摂って、それから散歩を楽しもう。
 街をぶらつくのもいいし、川へ行って魚を捕ってみるのもいい。景色を楽しむってだけでもいい。
 たまには心を癒して、日々の温かさに癒されよう。


 ……なんて思っていた俺が、町の片隅で縄と蝋燭を買う春蘭さんと華雄さんを発見、笑顔のままに立ちながら気絶したのは……これから少しあとでした。




ネタ曝しです。 *とんだ虎王でございます  古くはグラップラー刃牙まで時は遡る。  地下闘技場で戦う前の刃牙が、徳川のじっちゃんの家の御庭番もどきに使ったのが最初。  のちに餓狼伝で使用され、その後に刃牙が父・勇次郎へと使った。 *はぐれメタル  ドラゴンクエストより。  5で初めて仲間にした時は「おぉおっしゃあああ!」とガッツポーズを取ったものです。  それが6では職業にまでなるんだもんなぁ。  ……7は冒険の途中で最大レベルと職業の大半を極めた辺りで疲れ、売りました。  3DSで中古の7を買って、ヘンテコな名前の最大レベルな主人公が居たら、きっと僕のデータです。  データが残ってたらですが。 *勘違いするな  ライバルキャラが言いそうな言葉。  ベジータとか特に。ピッコロさんも……言ってたっけ? *ジョースター卿  なにジョジョ? から始まる解説は、断末魔の一瞬にとてつもない冒険を産む第一歩。  ジョジョの奇妙な冒険より、ジョージ一世のセリフ。  何かに躓いたら逆に考えるという思考の回転は、実際結構役立ちます。 *じゃんけんで相手の指の動きで出すものを決めるもの  エアギアで、対サイクロプスハンマーでありましたねー、こういうの。  ええはい、書いていて思い出したので。  個人的に、エロス少な目のほうが見やすかったです。  バトル漫画は主人公が急に強くなる理由が解りづらいのが大半です。  だから主人公より脇役の方が好きになる。  そんな僕はブッチャが好きでした。 *片親に重要なことを任せて、片方は遊ぶ。…………激怒でしょう  バキより、柳さんと本部さん。  夜の公園に武術家二人……勝負でしょう。 *エエエエエェェェェェエエエエエエ  エルシャダイPVにてよく見たコメント弾幕。  ノリがいいのはステキなこと。 *痛くなければ覚えない  僕が学生だった頃は、竹刀を持った先生が担任でした。  “痛くなければ覚えん”は真剣で私に恋しなさいの小島先生。  実際、痛い方が必死になるので覚えは早いです。  行き過ぎなければ結構いい教育だとは思います。 *対雪蓮説教用パーフェクト呉国軍師さま  対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース的なアレ。  涼宮ハルヒの憂鬱より。  はい、136、137話をお送りします、凍傷です。  前回4話なのに今回二話となるとしょんぼり感が半端じゃない。  すいません、ちょっとゲームやってました。  他の小説も書きたくなって書いたりと、なにやってんですか状態。  こちらも少しすれば満足すると思うので、恋姫を進めましょう。  書いている最中に思ったことは、実際にこの時代の房中術は、どのあたりまでのことを書いていたのだろう、ということでした。  さすがにSMは無いとは思いますが、この世界ならありそうで困る。華琳さまがあれですし。  なんというか……邵のお話というよりは、房中術トラブルのお話になってしまったような。  もっと平和的にいきましょうね。笑顔笑顔。  ……え? いえいえ、タイトルの“愛といふものよ”の“いふ”は誤字じゃないですよ?  雨にも負けず風にも負けず的な、サウイフモノなタイトルです。  ではまた次回で。 Next Top Back