193/手加減という言葉がとても素晴らしいものだと感じて、ちょっと悲しかった男の子の昼

 左腕に込めた氣を右回転! 右腕に込めた氣を左回転!
 そのふたつの拳の間に生じる真空状態の圧倒的破壊空間は、まさに歯車的……普通の嵐の小宇宙!!

「《ミチミチミチミチ》痛ァアアアーーーーーーッ!!!」

 そんな小宇宙を前に叫んだ。
 穏に氣で作った風を浴びせたいつかを思い出して、なんとかして風を操れないかなぁと試してみた結果、腕がメキメキ鳴って痛いだけだった。
 腕っていうか、ほら、強風を浴びると顔とかが痛いアレみたいな。皮膚だな。風が出ている間、子供の拷問奥義“ぞうきん”で腕を絞られたような痛みに襲われた。地味に痛い。

「思いついたからってなんでもやってみるのはいいけど……無茶はしないようにしよう……」

 そもそも自分の関節は、“捻れて回っても平気”なんてものではないのだから。

「ふう」

 心に段落を持たせるために吐く息は、まだまだ透明だ。
 見上げれば夏の空。
 まだまだ暑い蒼の下、中庭に立って鍛錬をしている。
 ちらりと視線を動かしてみれば、秋蘭と祭さんと紫苑の指導のもと、jが弓の練習をしていて……

「え、えと……こう、ですか?」
「うむ。その姿勢を体に覚えさせれば、とりあえずはどんな場所だろうと矢を射れる」
「おっと、待ってもらおうか妙才よ。その構えは子供には向かんじゃろう。子供の頃から覚えさせるのであれば、この構えがじゃな……」
「祭さん? それを覚えさせると成長してから癖が出てしまうわ。今教えるのなら、このほうが……」
「え? え? こう? こう?」
「違う。呂jよ、こうだ」
「違うと言っておるだろう、こうじゃ」
「違うわよ、jちゃん。こうして……」
「えっと、こう……」
「いや、こうだ。腕は軽く構える程度で、すぐに動かせるように」
「どんな場面であろうと的を外さぬよう、腕はがっしりと構えておけい」
「いい? jちゃん。腕からは弓を構える分だけの力。代わりに足腰は揺れないようにしっかりと───」
「こ、こう? こうですよね?」
「いや違う」
「ええい違うと言っとるじゃろうが」
「落ち着いてjちゃん。そうじゃなくて───」
「助けてぇええーーーーっ!!」

 娘も元気だ。元気に……絡まれてる。
 頑張れ、頑張れj。
 この都で強く生きるというのは、そういうことなんだ……!

「はふ。柔軟、終わりましたっ」
「よしっ」

 で、俺は現在なにをしているのかといえば。
 自分の鍛錬の傍ら、禅の鍛錬を見るということをしているわけで。
 監視ともまた違うものの、まああまり変わりはないのだろう。

「それじゃあ次は《どすっ》おぉっと!?」

 じゃあ柔軟の次は、と鍛錬内容を告げようとしたところ、腰にどすっと何かが抱きつく衝撃。体を捻るようにして見下ろしてみれば、涙目の呂jさん。

「お、お手伝いさん! あの人たちは鬼です! 悪鬼です! 自分が出来るからって人の型にけちをつけてくるんです!」

 ちらりと見てみれば、珍しくも秋蘭や紫苑を含めた三人が、揃って視線を彷徨わせる。……珍しくないのが祭さんしかいないのは、気にしちゃいけない。

「三人とも……始める前に手加減してやってって言ったばっかでしょ……」
「う、うむ……そのつもりだったが、思いのほか吸収が早くてな……つい急かしてしまった」
「素直に覚えようとしてくれるのが嬉しくて、つい……すいません、ご主人様……」
「武を学びたいというのであれば、この程度は当然じゃろう《どーーーん》」
「うん、祭さんはそんな感じでくると思ってた」

 でもさすがに、泣く我が子をどうぞとは差し出せない。
 なので休憩と称して、弓使い三人衆の傍ではなくてこちら側で休んでいてもらうことにする。

「うう……助かりました。さすがはお手伝いさんです、なんと頼りに……」
「言いつつこちらを全然見ないのは何故ですか呂jさん」
「だ、だだだだって、眩しくて見ていられませんっ! どうなっているんですかお手伝いさんの顔は!」
「俺普通に立ってるだけなんですが!? “見ていられない”って……! 見て……見ていられない……《ずぅうううん……》」
「わああととさま! 大丈夫ですよっ! 禅はっ……わ、私はちゃんと見れるよ!?」
「うう……ありがとうなぁ禅……」

 背伸びをしたいお年頃なのか、自分のことを禅と言ってしまうのを直そうとしている禅は、なんというか……うん、背伸びっぷりが可愛い。
 フォローが嬉しかったから「ありがとう」と改めて頭を撫でる……と、何故かその光景を見てぷくりと頬を膨らませる半眼のミニキョンシーさん。

「お、お手伝いさん! 私とてべつに見ようと思えば見れます! なので見れたらなでなでしてください!」
「え? お、おお……?」

 いつから人の顔を見るって行為は褒美が出るほど高難度になったんだろう。
 けれど“見ていられない”とまで仰った子が、見ようと努力してくれる。それは嬉しかったので了承。
 すると……

「〜〜……《ち、ちらっ?》あうぅううう! 目がぁああーーーーーっ!!」
「ちょっと何処まで輝いてんの俺の顔! チラ見しただけで目が眩むっておかしいでしょ!? j!? jーーーっ!?」

 ちらりと見ただけで顔が真っ赤。
 たっぷりと余らせた長い袖で顔を隠すと、ふるふると震えだした。

「………」

 亞莎に眼鏡を買った時も、こんな感じだったよなぁ。
 明命に眼鏡のサイズを調べてもらって、二人で贈ったっけ。
 しみじみ懐かしんでいると、真っ赤なjが袖の間からこちらを見てくる。……おお努力の子。ならばと見つめ返していると、一層に赤くなっていき、ついには───

「ひやぁあぅぅぅっ!!《ダッ!》」

 ───逃げ出した。

「逃走は許さん」
「《ムンズ》キャーーーッ!!?」

 で、見張っていた思春にあっさり捕まった。
 そんな光景も当たり前になってゆく日々の中、笑顔を殺さずに生きていられることに感謝。
 みんなが笑っていられる天下は、目の届くところで叶えられていると信じたい。

「お兄ちゃーーーん!」

 平和な日常に……心は度外視すればとっても平和な日常に、思わず顔が緩みだした頃。ふと、禅に向き直った俺へと投げられる声に振り向いた。
 見れば、元気に駆けてくる鈴々さん。

「鈴々。おはよ」
「おはよーなのだ! というわけで勝負なのだ!」
「どういうわけ!?」

 目の前に到着した途端に勝負宣言が出た。
 ちょっと待ってくれ、耳は正常だよな? 何故にいきなりそんなことに?

「勝負って、いきなりどうしたんだ? あ、誰かと戦いたいならあそこに弓がとっても上手な三人が」
「約束を果たしに来たのだ!」
「約束? やくそ───く…………ワア」

 約束。鈴々との約束。
 その言葉が自分の中で渦巻いた途端、8年前……蜀に行った時に鈴々とした約束を思い出したのです。

  “じゃあ俺がもっともっと強くなれたら、その時は思いっきりやろうか”

 ……強く、なってるよね。少なくとも8年前よりは。
 鈴々がなにを基準に俺を強者と認めたのかは知らな───……ア。

(間違い無く恋に十回勝ったことですよねそりゃそうですよね!!)

 でもちょっと待とう!? 俺まだ無理させた氣脈が治りきってなくてね!? そんなボロボロの体なのに周囲に挑まれ続けるアライなジュニアさんとは違って、むしろ勘弁してほしいのですが!?

「よ、よし、やろう。体が本調子じゃないからって、敵は待ってくれないもんな」

 けれどそれがどうしたというのだろう。
 言った通り、敵も状況も待ってはくれないのなら、降り掛かるどころか雪崩を起こした火の粉は吹き飛ばさなければ!
 そんなわけで早速とばかりに秋蘭に立会人を頼んだ。
 彼女自身も「早速か……」と少々呆れていたけれど、了承してくれた。
 そうして戦うに到り───俺は、イメージトレーニングをした相手以外とは、そこまで上手く立ち回れない事実を…………空を飛びながら自覚したのでした。
 うん、つまり決着は早々についた。もちろん俺の負けで───

「むー! お兄ちゃん本気を出すのだ!」

 ───続行だった。

「ちょ、ちょっ……思い切り吹き飛ばしておいて本気で来いって、俺が鈴々相手に手抜きが出来るわけないだろぉおーーーっ!!?」

 喋りながらも振り回される蛇矛から逃げ回り、説得を試みるも右から左。

「恋を思い切り吹き飛ばしていたのだ! あれ、鈴々にもやってみてほしいのだ!」
「簡単に言うなぁあああっ!!」

 鈴々の戦い方にはやっぱり型って感じのものはない。
 それこそ本能のままに動いて磨き続けた、“敵を倒しやすい動き方”をしているだけ。けどこれがクセモノなわけで。
 命のやり取りをする戦場でそれらをずうっと磨き続ければ、現代の“本当の敵が居ない場所”でする鍛錬よりもよっぽど成長する。なにせ失敗すれば死ぬのだから。
 お陰で隙らしい隙はあまり無く、見つけたと思った隙もすぐに次の行動の予備動作で消えてゆく。

「っ! そこっ!」
「甘いのだっ!《ひょいっ》」
「んなぁっ!?」

 横に振るってきた蛇矛。それを掴む柄の部分を下からかち上げようとした瞬間、あろうことか強引に力の向きを変えて、持ち上げてみせた。
 もちろん弾かれるのと自分の意思で持ち上げるのとでは隙が明らかに違うわけで。むしろ当たると思って思い切り振った俺こそが空振りに終わって、隙だらけな状態。
 そこへ、持ち上げる動作のままに上段の構えに入った鈴々が、蛇矛を一気に下ろすわけで───あ、死ぬ。

「危険には自ら突っ込む!!」
「《ドンッ!》にゃっ!?」

 だったらタックル。
 振り下ろす行動に力が入りきる前にタックルをかまし、その勢いのままに鈴々の横へと逃れた───途端、たたらを踏みながらも蛇矛を横薙ぎにしてくる鈴々……っておおぉおわっ!?

「《ぞぎんっ!》いぃいっつ!? くっは……!」

 慌てて木刀を盾にするも、体勢が悪すぎて左腕に喰らってしまう。
 勢いの多少は殺せたものの、なにせ鈴々の一撃。あっという間に左腕は痺れてしまい、距離を取って構え直した頃には冷や汗ばかりが滲み出ていた。

「いっちちちち……! さ、さすが鈴々……! あそこからすぐに攻撃なんて……」
「お兄ちゃんが語りだしたのだ! もう騙されないのだーーーっ!!」
「キャーーーッ!!?」

 痺れが消えるまで時間稼ぎを、と思ったら襲い掛かってきた。
 おおおおお! もはや勝つための小細工の大体が通用しない! からかう材料が日に日に無くなっていく七乃もこんな気持ちだったのかなぁ!

(───だが甘し《ギラリ》)

 こういう状況になれば相手は焦って大振りでくる。
 現に鈴々も思い切り振り被りながらの突進だ。
 ふふ……鈴々、恋にやった吹き飛ばすアレを見せてほしいといったね。俺はね、その大振りの一撃を───待っていたんだ!

「痺れが回る前に受け止め───…………あ、あら? いやちょっ……既に完全に痺れてらっしゃるーーーーっ!!」

 待っていた分だけ不利になった自分が居た。
 持ち上がって!? ちょっ……持ち上がらないとやばいって! ああそうだ氣で動かしてそのままギャアア無理無理こんな一瞬で集中なんてアーーーーッ!!


  本日の戦いの結果


    ───空が蒼かったです



───……。


……。

 さて、一応の戦いが終わった現在。

「…………《ぷくー》」
「やっ……ほらっ……鈴々、機嫌直して……」

 俺の胡坐の上に座って、頬を膨らませる燕人さんがいらっしゃった。
 なにが気に入らなかったのか、という疑問は無くて、恋と戦った時より俺がねばらなかったのが気に入らなかったそうだ。

「むー、鈴々のいめーじとも戦うのだ! そして強くなるのだ! 戦うのだ!」
「全然これっぽっちもやってないわけじゃないんだけどなぁ……」

 むしろあの日から今日まで、全然追いつけている気がしないのが泣けてくる。

「俺、あの日から成長してないのかなぁ……」
「きっとそうなのだ。あの時とあんまり変わってないからきっとそうなのだ」
「……ダメ出し二回もありがとう」

 遠慮無しに言ってくれるのは、これで結構ありがたいしね。
 などと、若干の悲しみを抱いていると、俺と鈴々のやりとりを見ていた6人がこちらへやってくる。
 秋蘭、祭さん、紫苑に思春、jに禅だ。

「いや、変わっていないということはないだろう」
「ふむ、そうじゃろうなあ。ちっとも強くなっていないと感じるのなら、張飛よ。それだけお主の力も上がったということだ」
「そうよ、鈴々ちゃん。鈴々ちゃんだってずっと鍛錬を続けていたんだから、それに追いつこうとするご主人様が中々追いつけないのも、無理は無いわ」

 ……あ、そっか。
 自分を鍛えることばっかりで、周囲も鍛えているんだってこと忘れてた。なるほど、追いつけないよそれは。

「相性の問題、というのもあるだろう。この男は心から本気にならないと、基本は逃げ回ってばかりだからな」

 思春さん、指差しながら“この男”呼ばわりはやめてください。

「にゃ? 心からの本気? …………───あ、そういえばお兄ちゃん、戦う前に“かくごかんりょー”してなかったのだ」
「え? や、そりゃ……まあ、ねぇ?」
「今すぐするのだっ! そしてもう一回戦ってー!?」
「今すぐ!?」

 むしろやれって言われて割り切ってやれるほど、簡単なキモは持っていないんだが……!
 ほら、さ? やれと言われてハイって頷くような覚悟なんて………………

(……基本、言われて決めてるよなぁ俺……)

 誰かに何かを言われて理解することが多いこの世界だ。学ばせてくれる人が多いのだから仕方が無い。とはいえ、体の内側は結構疲れている。治りきっていない氣脈を無理矢理使ったからだろう。
 ではどうするか?

1:jを生贄に捧げる

2:禅を生贄に捧げる

3:また今度ね

4:かかってこいっ!

5:足の上に居るんだから擽って勝つ

結論:…………3、いや───4!

「───」

 すぅ、と吸って、大きく吐く。
 鈴々を足の上から下ろすと、頬を二度三度叩いて、逃げようとする心に胸をノックすることで喝を入れる。
 そうしてから自分の道を振り返って、力を求めた理由を確認。
 いたずらに振るうために得た力じゃあないことなんて、ずっと意識の中に埋め込んであっても、時に忘れることもある。それでも胸を叩くたび、“いつかみんなを守るため”、“国に全てを返すため”という意志を思い出し、こうして覚悟は決まるのだ。
 経験を積むことで強くなれるのなら。
 重ねることで、叩きのめされることで、曲がってしまいそうな自分に喝を与えられるなら。へらへら笑って誤魔化すよりは、飛び込もう。……その、死なない程度に。

「……うん」

 ゆっくりと立ち上がって……呟く。覚悟完了と。

「よし鈴々!」
「にゃっ!? なになにお兄ちゃん! やるの!? やるのー!?」
「応! かかってこい!!」

 言った途端、鈴々が地面を弾くように跳ねて、後方に着地。座った状態からバックステップで立ち上がるって、無茶……でもないか、この世界の人なら。

「えぇっ!? ととさま本気!? そ、jお姉ちゃん、止め───」
「頑張ってくださいお手伝いさん! 大丈夫ですお手伝いさんならいけます!」
「えぇええええっ!?」

 娘の声を耳にしながらも、早速氣を充実させて、鈴々に集中───した時には、もう鈴々は突撃を仕掛けていた。大振りの一撃だ。

「よしっ」

 ならばともう一度踏み込む───動作だけをすると、鈴々が思い切り蛇矛を振って……空振った。

「にゃっ!? 来ないのだ!」

 さっきの今でいきなり大振りで来るわけがないと思ったら、見事に格好だけのエサだったようだ。今のタイミングで走ってたらあっという間に空飛んでたね。
 なので見事に空振りしてくれた鈴々へと、今度こそ突撃を仕掛ける。

「甘いのだっ! こっちも囮なのだっ!」
「うん知ってる」
「そうなのかー!?」

 空振りをした蛇矛から片手が離れていたのは見た。
 だからその左手に集中して、駆けた俺へと振るわれた拳をいつか焔耶にもやったように手でのパリィ。ただし今回は木刀を持った右手の甲で。
 そうして氣の向きを変えて払ってやれば、隙だらけの燕人の出来上がり……なのだが、だったらとばかりに飛び蹴りをしかけてきた。

「よいっ───しょぉおっ!!」

 当たると肋骨とか砕けるんじゃないかっていうほどに勢いの乗った左の膝蹴り。
 それから身を捻って避ける動作のまま、突き出した左の手甲が鈴々の腹部に埋まる。そこで俺の氣と一緒に弾かれるように飛び出したのは、鈴々の拳を受け止めた衝撃だ。
 当たってくれたことに安堵する───時間もなく、鈴々は痛みを感じながらも蛇矛を戻す動作のままに攻撃を仕掛けて

「《ジョリィッ!!》とわぁああったた!!?」

 咄嗟に避けたけど掠った! コメカミ掠った! なんて動揺を浮かばせてしまった瞬間には鈴々の体勢が整ってしまい、暴風雨のような連撃が俺を襲うことになった。

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁああーーーーっ!!」
「うわたたたたわっとったわっ! たっ! とっ!!」

 避ける弾く逸らす。
 これでもかという連撃をなんとか……逸らしきれない! 無理これ無理!! ガードしてもどこかに当たるほど思い切り打ち込んできてる! 防御が間に合わない!
 ああもうほんとありがとう恋! 手加減って素晴らしいですね!

「にゃーーーっ!」
「《だんっ!》ふぅっ!!」

 またしても横薙ぎに振るわれる蛇矛を、震脚で吸収した衝撃と拳とで上へと殴り逸らすと、殴ることでかかる圧力をそのまましゃがむ力に変えて、蛇矛の軌道から逃げる。

「んぐっ……《ミシッ……!》えぃやーーーっ!!」
「えちょっ!?」

 と思ったら、逸らされた反動を利用して、その防御ごと破壊してくれるわとばかりに全力で振るわれ直す蛇矛様! む、無理無理! これをまた逸らすとか、体勢が悪すぎてウォアーーーッ!!

「《ごひょぉうぅんっ!!》ひぃいいっ!!? やっ、ちょっ……! 鈴々無茶しない! あんまり無理矢理戻すと腕の筋おかしくするぞ!?」

 慌てて、必死に避けてはみせるが、体勢を崩した俺へと容赦なく襲い掛かる鈴々。必死で逃げ回りながら“あまり無茶はするな”と言っても、「全然へーきなのだ!」ととっても元気。
 ……うん、なんだろう。俺の基準での心配って、するだけ無駄なのかな。

「………」

 慌てつつも左手の感覚を調べる。
 鈴々の腹に衝撃を放った時にも、ちょっと感覚が心許なかったそれも、痺れが取れてくれば自由に使える。
 鈴々のイメージとの戦いは、言った通り多少とはいえやっていた。本当に多少だけど。動きは実に本能的で、狙いやすい場所……こっちにしてみれば攻撃されると対処しづらい場所ばかりを狙ってくる。
 そのイメージは雪蓮や恋と似たものだったから、だったらと恋のイメージに集中はしていたものの……

「うりゃりゃーーーーっ!!」

 フェイントらしいフェイントもなく、それを狙う時はあからさまで解りやすい。なんとも真っ直ぐな攻撃だ。
 だからこそ一撃一撃が重くて、防御ごと弾かれたりもすれば、避ける場合は紙一重なんて怖いことはまず無理だ。

「むー! 避けてばっかりじゃつまらないのだーーーっ!!」

 そして、避けられれば避けられるほど鬱憤が溜まってゆく。
 そうして蓄積された憤りは腕力と振るう武器に委ねられ、ますます威力を鋭く、攻撃を単調にさせて───

「ここっ!」

 おもいっきり。いっそ叩き潰されるんじゃないかってくらいの大振りの一撃が来た時、左の手甲でそれを受け止めた。「あ」って鈴々の口が動いた時には、もう木刀への衝撃装填は済み、振るってまであった。

「負けないのだ! うぅうりゃぁああーーーーーっ!!!」

 なのに、あろうことか防御どころか迫り来る木刀目掛けて武器を振るいなすった。
 受け止められた蛇矛を引っ込めず、そのまま俺の手から滑らせるように。
 結果、そんな体勢からでは勢いが乗るはずもなく、吹き飛んでゆく鈴々。
 俺はといえば、吹き飛ばせたことへの安心感で一気に気を抜いてしまい───直後、身を回転させて蛇矛を地面に突き刺し、衝撃に持っていかれる体を無理矢理地面に下ろし、駆けて来る鈴々の姿に驚くほかなかった。

「ちょ、ちょっ…………オワァーーーーッ!!」

 すぐに心に喝を入れるが一手届かず。
 決着もついていないのに気を緩めてしまった所為で、俺は再び……空を飛んだ。

「鈴々の勝ちなのだーーーっ!」

 しかし着地。そして疾駆。
 俺の行動に気づいた鈴々が驚きつつも距離を空けて、こちらの攻撃に備えた。

「にゃーーっ!? お兄ちゃん“おーじょーぎわ”が悪いのだっ!!」
「先に吹っ飛んだのは鈴々だろ!? べ、べつに負けを認めるのが嫌なわけじゃないぞ!? 戦いに対して前向きなだけだ! 星には負けるけど! こうなったら氣が枯渇するあと5回まで付き合ってもらうからなっ! 鈴々!!」
「おー……!《がきぃんっ!》っ……えっへへー、望むところなのだ!!」

 緩んだ顔で攻撃を受け止めて、無邪気な笑顔で返す燕人がおりました。あ、やばい、ほんと勝てる気しない。
 そんな、さっさと負けを認めて鍛錬に戻ればよかった俺を見て、立会人が呟いたそうな。

「やれやれ……連続で戦いたくないから立会人を頼んだのだろうに。これでは意味がないな」

 まったくそのとおりです。
 でもね、始まっちゃえばね、鍛えた男ってのはね、負けたくないんだ。
 だから戦う。秋蘭が居ればこの後に挑んでくる人は居ないのだから、戦う。

「加ぁああ速加速加速加速ぅうううっ!!!」
「《がががぎぎぎぎんっ!》おぉおー! 速いのだー!」
「うえぇ!? 全部弾かれた!?」
「鈴々ももっと速くするのだ! にゃー!」
「え? も、もっとってキャーーーッ!!?」

 ……前略、おじいさま。
 過去の英雄は本当の本気で……言っちゃなんだけど化物です。
 このこわっぱめがどれほど鍛錬しようとも、常にその先を歩んでおります。
 全速力で追いかけたとして、いったいいつ追いつき、守ってあげられる自分になれるのでしょう。
 そんな目標の終着点が、まだまだ見えてはくれません。

「《がごぉん!》いぃっぢっ!?《ごきぃんっ!》ひぇえいっ!?《ジョリィッ!》ギャーーーッ!?」

 押されっぱなしです。
 けれど隙を見ては装填倍返しを放ち、なんとか吹き飛ばして───今度は油断するどころか自分で突っ込み、さっきと同じように地面に蛇矛を突き立てて体勢を立て直そうとする鈴々へと木刀を突き出し、寸止めをして勝利を───

「せりゃぁっ!」
「《どぼぉっ!》うぅっ!? っぐ!?」

 体勢を立て直すどころか、地面に足もつけないままに蛇矛を軸に回転蹴りをかましてきた。追ってくることが予想できていたのだろう。もう本当に勘弁してほしい。
 しかもその蹴りが丁度キツいところに埋まったために、呼吸が止まる。苦痛に顔を歪めている間にも当然相手は動いているわけで、肺がごひゅうと息を吸った頃にはもう、体勢を立て直した鈴々が俺へと蛇矛を振るっていた。

「ふぅんぐっ! ───ぉぉおぉおあぁっ!!《ぞぎぃんっ!》」

 袈裟の一撃。そこへと加速で振るった木刀を添えて、自分の右側へと逸らして弾く。こっちだって呼吸を整えている中でも目は見えているのだ。棒立ちだろうと次への行動は決められる。一手遅れようが、掠っただけでも大ダメージだろうが、倒れない限りは根性論だろうとなんだろうと……!

「まだなのだっ! うりゃぁーーーっ!!」

 ……と、いきたいところなんだけど。
 相手は攻撃を受け止められるたびに笑顔の花が咲く。
 一方こちらは続けば続くほどにヒィヒィ。
 じっ……実力の差って……残酷だ……!!
 たとえここで“私の負けだぁーーーっ!”と敗北を知りたい死刑囚のように叫んだところで、彼女は絶対に納得はしないだろう。
 むしろ日を改めてもう一度ってことになるに違いない。なにせこれは約束があっての戦いなのだから。
 ならばどうするか。
 全力を以って、この氣尽きるまで。
 これでしょう。

「せいっ! おぉおっ!!」

 震脚からの左の直突き。
 氣で加速したそれを、彼女は紙一重で躱しながら蛇矛を振るい、俺はそれを“もう慣れたものだ”とばかりに避けて、木刀を振るう。
 “紙一重で避けられること”、“その動作を利用した攻撃”等は、もう雪蓮のイメージで随分と慣れされてもらっている。あちらは勘で動くから、そっちの方がまだ捉えづらくも思えるくらいだ。
 鈴々の場合は勘というよりはそれこそ本能。“こう来たからこう避けるのだ!”と体で表現しているような動きだからこそ……勘を武器にする人と戦い続けた俺にとって、まさに相性が悪い。雪蓮の勘が辿るルールをどれだけ追い続けても、鈴々が自分で自分に刻み付けたルールには追いつけない。
 鈴々の言うとおり、鈴々に勝ちたいなら鈴々のイメージと戦わなければ意味がないのだ。

「せいせいせいせいせいせいせいぃいっ!!」

 体は既に、ずぅっと加速状態。
 関節ごとに氣のクッションを置いて、それら全てを加速させての攻撃と防御。
 それだけやってもまだ鈴々の顔には余裕があって、攻撃すればするほど、防御すればするほど、こちらがただただ消耗してゆく。

「見切ったのだっ! えぃやぁーーーっ!!」
「同じくね! 喰らえ倍返し!」
「にゃっ!?」

 一定パターンの連続攻撃。
 そこに出る隙に攻撃を仕掛けた鈴々に、その攻撃を受け止めてからの倍返し。

「その手はもう喰らわないのだ!」

 けれどまあ、受け止めて装填して返す、なんてものを馬鹿正直に繰り返していれば、鈴々相手じゃあっという間に見切られるのも当然で。
 鈴々は袈裟に振るわれた木刀を体を反らすことで躱して見せて、

「鈴々も倍返しなの《トンッ》───だ?」

 すぐさま反らした体を持ち上げるように、元気に蛇矛を振るおうとする鈴々。───の、腹部に、左の手甲がトンと当たる。
 そう。まあ、左で受け止めて、右に装填、なんてパターンを相手が信じてるなら、相手はそれだけに集中して、それだけを注意深く避けるだけでいいわけだ。……こっちが本当に、馬鹿正直に何度も何度も右に装填していれば。

「あ《ずどぉんっ!!》けぷっ───!?」

 自分の氣とともに衝撃の解放。
 残った氣の全てをぶちかますつもりで放ったそれは、内側によく響いたようだ。
 思い切り殴りつけて炸裂させたほうが強いのは当然……だけど、そっとやらないと、この世界の英雄さまは察知してしまうから。だから殴る意味でのダメージはゼロで、鈴々の攻撃に自分の氣を乗せただけのものになった。
 ……だけっていっても、もうこっちはすっからかんだから、全身全霊の一撃とも言えるわけで。
 自分に触れた手甲の感触に気づいて、珍しくも焦った表情が浮かんだ時には、彼女は体をくの字に曲げていた。

「げほっ! けほっ! う、うぅうっ……す、すごいのだお兄ちゃん……! 右は囮、だったの、かー……!?」
「おお鈴々が語りだした! キエエエェエーーーーーーッ!!!」
「にゃーーーーーーっ!!?」

 が、しかし。すっからかんだろうが相手はまだまだ平気そうなので、外から氣を少しでも取り入れての突撃。
 ……もっとも、加速出来るほども集まらず、精一杯の全速力の一撃はあっさりと防御された。一方の鈴々はこれまた元気に蛇矛を振るう始末で、“ああ俺の氣って……!”と悲しくなったのも確かなわけで。
 それでも諦めない負けず嫌い根性を自覚しつつ、ほぼ逃げるみたいに鈴々の攻撃を避けながら、少しずつ少しずつ氣を取り込んで……せめて一太刀を返せるってくらいの氣が、今こそこの手に集った時。俺は───!

「追い詰めたのだっ! にゃーーーっ!!」
「キャーーーッ!!?」

 俺は……壁に追い詰められていました。
 キエエとか言って襲い掛かっておいてこの様である。
 まだほんのちょっと距離はある……構えからして来る攻撃は上段からの振り下ろし。コマンドどうする!?

1:真剣白羽取り(下手すると脳天割れます。多分下手しなくても)

2:タックルは腰から下(タックル⇒マウント)

3:足元がお留守でしたよ?(足払い⇒顔面下段突き寸止め)

4:相打ち覚悟の加速居合い(相打ちっていうか俺だけ酷い目に遭いそう)

5:スクリューパイルドライバーで吸い込む(ボリショ〜イ! パビエ〜ダ!)

結論:……4! 最後まで諦めない! 諦めかけのヤケクソっぽい行動だけど、希望は捨てない!

 ていうか5! 俺そんなの出来ないから! 距離が空いてるのに無理矢理掴んで投げるとか無理だから!

「しぃっ!」

 思考にツッコミながらも加速。
 “左の手甲を鞘代わりに、滑らせるようにして一撃を“発射”する”。
 手甲という名の鞘から弾き出される一撃は、それこそ発射って言葉が似合うくらいの速度が出るだろう。
 ……もっとも、そんな“構えて戻して払って”の動作より、鈴々の振り下ろしが遅ければ。

「《かくんっ》にゃっ……!?」

 けど。
 腰に溜めた手甲に木刀を構えたあたりで、鈴々の膝が力を無くした。
 腹の内側への衝撃が今頃足に来たようで、バランスを崩したのだ。
 勝利への確信からなのか、それとも油断だったのか。
 意識の緩みが無ければ、あるいはこの世界の英雄なら膝へのダメージくらい耐えられたのかもしれない。
 いや、むしろ英雄だからこそ、自分はこんなものどうってことないって心こそが、この好機を───

「せぇえいやぁあああっ!!」

 今こそ一撃。
 手甲から発射された加速の居合いが、鈴々目掛けて弧を描く。
 そこにあるのは驚愕か、焦りか。
 キッと見たその表情は───……笑みだった。

「ふぅうっりゃぁあああああっ!!《ごぎぃんっ!!》」
「───、……え……?」

 彼女の右の腹目掛けて振るわれたそれ。
 足から力が抜けた人は、反射的に膝に力を込める。誰だってそうすると思う。
 けど鈴々は、膝なんてそのままほったらかしで、自由に動く上半身を動かした。腕を振るい、迫る居合いの一撃を、咄嗟に構えた蛇矛で受け止めて。もちろん体勢の悪さが災いして吹き飛ぶ、なんてことにはなったけど…………すぐに地面に手をついて、ひょいと元気に着地してみせた。

「………」

 ここまで反応出来てこそ英雄。
 呆然とするほか無かった俺へ、突撃してくる鈴々。
 ハッとして構えてももう遅く。
 今度こそ氣もすっからかんな俺は、鈴々の一撃を腹に受け、倒れた。




ネタ曝しです。 *歯車的なアレコレ  ジョルのジョバァーな冒険……ではなく、ジョジョの奇妙な冒険より。  第二部のワムウの闘技神砂嵐の説明。 *ボロボロなのに挑まれ続けるアライなジュニア  バキより、魔法滅怒ジュニア。ではなくマホメド・アライjr。  ボコられて挑まれてを繰り返した、可哀相な人。 *かかってこい!  ストリートファイターシリーズより、リュウの掛け声。  マブカプ1でわざわざ3ゲージ溜めて、スタイルチェンジをするのが楽しかった。  ケンスタイル、豪鬼スタイル、リュウスタイルって、無駄にゲージを使うのです。  ぶっちゃけるとリュウスタイルのままが一番強い気がするので、  「いくぜっ!」「滅殺!」「かかってこいっ!」と一周するわけです。意味ない。 *敗北を知りたい死刑囚  バキより、ドリアン海王とか。 *スクリューパイルドライバーで吸い込む  ストリートファイター2より。  かなり離れているのにレバー一回転ではい吸引。  冗談じゃない、ヤツのスクリューは、まるで本物のサイクロンさ。  なんでも吸い込んで、勝ってしまうんだ。  誰だ、俺より弱いやつに会いにいく、なんて書いたヤツは!  ……リュウも好きだけどザンギエフも大好きです。  ガイル苦手。 Next Top Back