196/落下時のダメージはどうなっているんだろうとか真面目に考えたらいけない

 螺旋とは穿つイメージを備えた、人の中での“破壊に適したイメージ”だ。
 拳もただ突き出すより、捻るようにして打ったほうがいいという。
 先人に敬意を払いつつ放つ加速にも、螺旋の応用が当然ある。
 爪先から膝、膝から腰、腰から脊髄……一連の行動の際に動く関節も、ともに駆け昇る氣も、螺旋を描きながら手へと走る。
 軽身功の応用として、自分の体重を爪先から昇る氣に乗せて対象にぶつけることも、破壊力向上には大事な要素だ。

「こういう考えがあったから、今の自分はその過程を素っ飛ばして次の段階に移れる。そういった先人への敬意を忘れれば、人なんてまだまだ原始人だ、なんて言う人も居るくらいだ」

 故に。
 先人に倣い、先人に学び、先人に敬意を払うこと。成長というものに重要なそれを、人は忘れるべきではない。
 そして柔軟に物事を受け入れる過程で重要なのは童心だ。
 これはこういうものだと固定した考えで物事を受け止める……それももちろん大事ではあるけれど、それとともに“次”を想像して創り出す柔軟さも必要なのだ。
 絵を描こうとすれば、まず誰かの絵の真似から入り、次第に自分の描き方を見つけるように、第一歩を自分の力のみで踏み出すことは容易ではない。
 当然としてそこにあるものを自分が受け止めて当然、即座に次の一歩を自分が歩み、自慢するのが当然……というのではなく。……既にそこにあるからこそ、自分がもう一歩を進める事実を受け止め、そうさせてくれた先人に感謝する。

「一撃に感謝。行動の一つ一つに感謝する」

 丈夫な体に産んでくれた両親に、鍛えてくれた祖父に、いろいろあってもあまりツッコまなかった妹にも一応。
 感謝と敬意を抱き、心を静かにした状態で脱力する。

「───」

 見えるものは中庭の、いつもと変わらぬ景色。
 そんな景色にも感謝できるものはたくさんあり、たとえば見張りをしている兵にだって、庭の手入れをしてくれている人にだっていくらでも出来るだろう。
 こうしてのんびり鍛錬が出来るのは、見張りという仕事をしてくれている人が居てこそだと。

「ひゅう……すぅ……───」

 脱力、脱力。
 体の力を極力抜いて、氣だけで体を支える。
 そうしてあまりの脱力に、眠りに落ちた時のように“かくんっ”と体から“無意識上の力み”さえもが消えた瞬間。

「」

 掛け声も何もない、脱力からの螺旋が居合いを放った。
 足から手までを駆け昇る氣の速さは過去最速。
 腕を振り切った勢いに脱力した体が持っていかれたが、すぐに体に力を込めて支える。

「《ズキィーーーン!!!》イッツァアーーーーッ!!」

 そして激痛に襲われた。
 自分でも驚くほどの速度が出たまではいいけど、お陰で関節に激痛が走った。主に肩と肘と手首。

「お、黄金長方形の回転とはいったい……うごごご」

 はい、散々ともったいぶったことをやってはいたものの、結局は童心を糧にしたかめはめ波的なアレである。
 氣の回転速度向上は上手くいっている。驚くほど加速居合いが速くなったよ。……お陰で関節も痛いけど。

「自然の中から黄金長方形を探すっていってもな……うーん」

 まあ、あれだ。愚痴をこぼしていても始まらない。
 今日はこのあと予定がぎっしりなのだ。主に皆様に誘われて。
 ……ああうん、皆様といっても、みんなとどっかに行くわけではなく……一人一人からご丁寧に時間ずらして誘われております。
 先約があるからごめんって言っても右から左。
 散々と振り回されて、気づけば夜で……休日ってなんだっけ、と思うわけだ。
 もちろんみんなと一緒なのが嫌なわけじゃない。
 ただ……ただね? たまにさ、独りで休みたいとか、男の誰かと休みたいとか思うんだ。
 男じゃなきゃ出来ない、こう……くだらなくも苦笑せずにはいられない話とかさぁ。

「建造物……人が手を加えたものは駄目なんだよな……木だって手入れをしたものだってあるだろうし……。人に飼われて、成長過程の一部を人に操られた馬でも大丈夫なんだっけ? うんん? よく解らなくなってきた」

 いろいろ考えながらも回転考察を続ける。
 氣の量も随分と多くなってきたし、だったらそろそろ氣自体に“小細工”を混ぜてみましょうってことで、思考を開始したんだけど……これがまた上手くいかない。
 回転、螺旋のエネルギーを振るうにしても、その速度、破壊力に体がついてこれないのが現状。普通はそうだよなぁ。今までの鍛錬に倣い、もちろん関節ごとに氣のクッションはつけている。それでも痛いのだ。
 人は自然には勝てないとはよく言ったものだなぁ。

「あー……だから投擲とか発射するものだったわけか」

 黄金の回転エネルギーを利用して繰り出されるものは、大体が投擲、発射物だった。
 無限回転エネルギーというくらいだから、振り切れば終わるような行動には向いていないのだろう。だったら弓はどうか?

「……弓って螺旋を描いて飛ぶのか?」

 無理だ。某サッカーゲームの翼くんのサイクロンならまだしも。
 今思えばあれって、黄金回転だったから人を吹き飛ばすほどの威力が……ああいやいや、あれはデフォルトだった。誰が蹴っても必殺シュートだったら吹き飛ぶんだ、あの世界は。

「そもそも自然の法則で、投擲物って基本……真っ直ぐにしか飛ばない……よな」

 ブーメランなど、形状を目的のために変形されたものならまだしも、たとえばボールを投げれば……いや、カーブとかの投法があるなら可能……いやいや空中を大きく螺旋を描いて飛ぶボールってどうなんだ? それこそ翼くんのサイクロンじゃないといろいろと無茶な気が……!

「………」

 サイクロンって前例があるから別にいいか。よし柔軟にいこう。
 たとえそれが創作物の世界のものであっても、そこから得られるヒントは計り知れない。

「ええっと……まずは氣の球を作って……それを後方回転」

 胸の前に構えた両手の間に氣の球を作って、高速回転させる。
 それが完成したら、左手の上に回転させたままの状態でキープして……

「む、難しいなこれ……! ええっと、次に……」

 次に、右足から右手までの加速を込めた螺旋の氣を、高速回転している氣の球にぶつける。もちろん、さらに回転するように。

「………」

 回転エネルギーを込めた右拳に殴られた氣の球は、ドチューン、と左手の上から吹き飛んでいった。風に影響されてか不規則な方向転換を続けて。で、途中で霧散。

「……翼くんすごいなおい」

 ボールにバックスピン、頭上に上げたボールが落下してきた時にドライブシュートを打つ。そんな高速回転を込めたのがサイクロンだそうです。その理論を氣の球を使ってやってみたんだけど、何処に飛ぶか解ったもんじゃなかった。

「よし操氣弾だ」

 だったらヤムチャさんだ。
 そうだよなぁ、球を操れるっていうなら、ヤムチャさんほど完全なる黄金の回転エネルギーに適した技の使い手は居ない。

「つおっ!」

 恒例の掛け声を放ちつつ、掌に氣弾を作成。
 ……結構あの掛け声好きだったのに、あとになればなるほど無くなった気がするよなぁ。

「まずは操氣弾を高速回転させます」

 可能な限り高速回転。
 風を巻き込んでゴヒャーとか扇風機みたいな音を立ててるけど、気にしちゃいけません。

「次に爪先から成る加速のイメージも、螺旋を加えて高速化。右手に構えた氣弾にそれをぶつけて、掌から発射させるイメージで……!」

 右手は撃鉄、氣は火薬。
 自分が想像出来るもので一番発射速度と回転のイメージが強いものを思い浮かべて、それをなぞるようにして動作を完了させる。
 もちろんその際に、それらを簡単にイメージ出来る事実に、先人達へ払う敬意も忘れない。

「黄金の回転! 鉄球のぉおぁぉぅぉおおぁぅう!!?」

 けれど思い出してみてほしい。
 俺が使う操氣弾は、氣弾に氣を繋げて操るものでした。
 それを高速回転を加え、それこそ弾丸のように発射すればどうなるでしょう?
 結論。繋げた部分から一気に氣を持っていかれます。
 お陰でヘンテコな力の抜ける声が出た……がどうした!

「今なら操れる!《クワッ!》」

 氣を引きずり出されてもなお、瞬時に錬氣して氣弾を操る!
 敬意を払えッ! 見えずともいい! 建造物であろうとなかろうと、この場にある全てに感謝し、これを完成させ《ドゴォーーーーン!!》

「ゲェエーーーーーッ!!!」

 回転させることばかりに熱中するあまり、氣弾が向かっていたかとか全然考えてなかった。むしろ見えてなかった。
 通路側の欄干を見事に破壊した氣弾は、それでもなお回転を続けて直線状にあったものを次々と破壊してキャーーーーッ!!?

「いやいや止まって!? むしろ消えて!? 今まで何かにぶつかったらすぐに消えてたくせに、なんだって今日に限ってそんなにしぶといんだぁあーーーっ!!」

 結論。まだ氣を繋げたままだから。
 大慌てで氣を追って駆ける俺は、慌てていたからこそそんなことさえも忘れていて……ハッとそれが操氣弾であることを思い出して、操ろうとした瞬間に氣を枯渇させて昏倒した。
 ……俺、こんなのばっかですね……。
 ええ、もちろん破壊したものについては、たっぷりと覇王さまからの説教と罰をいただきました。


───……。


 中庭にある東屋には、いつも誰かが座っているイメージがある。
 現在はといえば覇王さまがずずんと座ってらっしゃって、俺の技開発状況を見て呆れていた。

「つまりなに? せっかくの休日に誰とともにあるでもなく、休むでもなく? 先人に感謝をしながら自分が使える技術を開発していたと?」
「だってたまには無邪気な男っぽいことをしたいじゃないか!」

 女性と付き合うと、やることの基準が女性側に傾くものです。
 確かに行動が男らしい方々も大勢いらっしゃる。
 だが、やはり女性なのです。
 男子高校生が友達とするようなくだらない行動……そんなことを気兼ねなく出来る相手というのは、これで難しい。
 なので漫画知識に感謝して技を開発〜なんてことをやっていたのだ。
 木の棒を拾って勇者ごっことか、たまに子供に戻って燥ぐくらいがいいんだ。それを通行人に見られて恥ずかしい思いをする……そんな甘酸っぱさがほしかったのだ。
 ……そこで敢えて続行するという雄々しさもたまには必要だけどね。

「気安さかぁ……及川が居たらどうなったかなぁ」

 もっと気楽に生きていられただろうか。
 人生の厳しさとか人付き合いの難しさとか、三国無双と対峙する恐怖とか空を飛ばされる悲しさとか、そんな思いを共有出来たのだろうか。

「また“おいかわ”? あなたって本当にその男が好きなのね」
「好きとかじゃなくてさ。一緒に居ると楽っていうか……重くないんだよな。ずかずかと踏み込んでくる割に、一緒に居る時に窮屈さを感じないっていうのかな。こいつと居る時はこうしなきゃいけない、みたいなのがないんだ。そして何より遠慮無用で居られる男って感じ」

 この世界の女性に俺がどんな遠慮をしなかろうが、軽く捻られるのは事実だ。
 けど、それでもやっぱり相手は女なのだ。全てを遠慮無用でっていうのは無理だ。
 ならばこそ考える。もしこの場に彼が居たのなら、どれほど自分は日々の楽しさや辛さを語り合い、笑っていられたのだろうかと……!

「ふぅん……? たしか、けーたいとかいうのにその男の写真があったわね?」
「へ? ああうん、そこで太陽光充電してるから、見たかったらどうぞだ。操作の仕方はもう覚えたよな?」
「ええ、問題ないわ」

 東屋を囲う欄干の上、ちょこんと置かれ、陽に当たっている携帯電話を手に取り、パキャリと開く華琳さん。
 ……うーん、過去の英傑が現代機器を持つ姿……ぱっと見た限りでは普通な姿な筈なのに、物凄い違和感だ。

「……この男ね。見た雰囲気からして軽そうに見えるわ。あなたが言った“重くない”という言葉がそういう意味ではないにしても、確かに軽そうと感じるわね」
「まあ、そうだよな」

 及川祐は軽そうだ。重くないって意味でも、雰囲気でも。
 でも、付き合ってみれば解るが、人のいろんなところを見ている抜け目の無い男だ。
 そんな彼に合う言葉があるとすれば……ああ、多分これだな。

  “生き方が上手い”。

 ただ、どうしても不器用な部分は……そりゃあね、人間だもの、存在する。
 ああいうタイプの人間は、大抵のことは引いてくれるけど、曲げたくないことには全力でぶつかる。そんなものがあったら、友人を殴ってでも貫こうとする、そんな覚悟が…………あるんだろうか。うん、そこまでは解らない。
 あれは……真桜か星を男にした感じ? むしろ真桜と星を足して二で割ったのを男にした感じ? …………雪蓮でも通用しそうな気がする。
 妙に打たれ強くて、早坂兄に殴られても次の瞬間には飄々としていたほど。
 あのしぶとさは見習いたいものがあった。

「……この男が、一刀。あなたより人として勝っているというの?」
「見習いたいところとかは結構あったぞ? 人付き合いも上手いし、場を盛り上げるのも上手い。ちょっと踏み込みすぎっていうか、無鉄砲なところもあったけど……結果として場の雰囲気が明るくなるってところに落ち着く、不思議なやつだった」

 本当に不思議なやつだ。
 元の世界……天での彼が時間が止まったままなら、きっと俺のバッグにいろいろと詰め込んだように、自分の荷物にもビールとか突っ込んでいたんだろうなぁ。
 あんなもんもし大人や教師に見つかったらと思うと……や、俺もこの世界じゃ散々飲んでるけどさ。

「……ふぅん。こんな、軽そうな男がね」
「軽そうな雰囲気っていっても、真桜だって雪蓮だって全然優秀だろ? って、優秀だ〜なんて言い方だと自分が偉そうな人間みたいで嫌だけどさ。しぶとさでは右に出るやつなんて居ないんじゃないかな(男でという意味で)」
「そう」

 ちらりと見た華琳の顔。
 その口角が、つい、と少し持ち上がった。
 ……いや、会いたいっていったって無理だからな?
 さすがに天に居る人を呼び出すなんて………………アレ? そういえば俺、召喚されたよね?
 いやいや待て待て? そもそも“その世界の軸”になった人の願いは、何回くらい叶えられるんだ? 俺は華琳に御遣いとして呼び込まれた……んだよな? また会いましょうって。で、会って……えーと。
 わあ、なんだか物凄く嫌な予感。
 真剣に願えば何度だって叶うんじゃないだろうな、これ。

  なぁんて思っていた次の瞬間。

 どっかーん、なんて音と、瞬間的な地震が起きて。
 次いで、「流星が落ちたぞー!」なんて見張りの兵が叫んで。

「………」
「………」

 俺と華琳は目を合わせて………………駆け出した。

───……。

 流星(?)の落下地点には人が一人倒れていた。
 数え役萬☆姉妹の事務所近くに落下したソレは、何故か小さなクレーターの中心でヤムチャなポーズで気絶。
 そしてその服装は……遊ぶ気満々の、外行きの服。しかも、天でしか見られないような、フランチェスカの制服ほど綺麗とは言わないまでも、良い材質で作られたものだった。

「あ、ちょっと一刀ー! なんか急に人が落ちてきたけど、なんなのよこれー!」

 そんなヤムチャさんな人の傍で、腰に手を当ててぷんすかしているのは、事務所でのんびりとしていたのだろう地和さん。
 いや、地和? この世界ではなんでもかんでもいろいろ起こるからって、人が空から降って来たのにその反応ってどうなの?

「…………」
「………」

 そんなぷんすかさんの意見など右から左。
 倒れている男の顔を見た華琳は面白そうに口角を持ち上げ、俺は……“かつての知り合い”がそこに居たことに喜びと戸惑いとを合わせた感情を抱いていた。

「………」

 噂をすれば陰が差す。
 そこで倒れていたのは紛れもない、及川祐その人だった。
 しかし喜びも困惑も束の間だ。常識的な思考が働けば、空から降って来た人間が無事という考えは働かない。なんかもう散々と空を飛ばされた俺が言うのもなんだけど、それでも相手が及川だってことが、ほんのちょっぴりだけ常識を思い出させてくれた。

「衛生兵! すぐにこの者を医療室へと」
「あ〜、死ぬか思たわ」
「《ビクゥッ!》はこぉっ!?」

 それは華琳も同じだったようで、すぐに衛生兵への指示を……出そうとした途端、倒れていた及川がむくりと起き上がった。
 ……どれだけ打たれ強いんだ、お前は。
 覇王も驚くそのしぶとさ、まさに国宝級である。

「ん? お、かずピー……ってなんやジブンその格好。汗流しにいって、なんでまた胴着やねん」
「あー……うん、とりあえずちょっと待ってくれ」

 OK、その言葉だけで十分だ。やっぱり向こうじゃ時間は経ってない。
 それはまあ解ってたというか、覚悟はしていたけど……そっかそっかー。
 じゃなくて。いやそれも重要だけど。

「えーと、及川、だよな?」
「? どないしたんかずピー、もちろん俺や俺、及川祐。かずピーやあきちゃんの悩める親友。まあそないなことよりかずピー、そこのべっぴんさん誰や? ちゅうか俺ら道場におった……よなぁ?」
「……及川祐ね? 一刀から話は聞いているわ」

 戸惑う及川に、華琳が声をかける。
 地和は戸惑う及川を珍しそうにじろじろと見て、及川はそんな視線に自分を抱くようにしてくねくね蠢いている。及川、悪いことは言わん。華琳の方を見なさい。

「っとと、べっぴんさんに声をかけられて返事をせんのはいかんな。うんそう、俺及川祐。“す”を抜いて気軽にたくちゃんとか呼んでくれてえーですよー」
「そう。名乗られたのなら名乗り返すのが礼儀ね。姓は曹、名は操、字は孟徳。早速本題に入りたいのだけれど、あなたは一刀の友人、で間違いないわね?」

 名乗りとともに訊ねられた及川…………が、なんか真っ赤を通りこして紫色の驚き顔で硬直している。
 …………あー、そっか、そうだよなー。もうすっかり慣れてたけど、いきなり曹操が女だとか知ったら……なぁ。こうなると、大抵の人はただそういう“ノリ”で名乗ってるとか思う。多分及川も───

「あ、そうですー、かずピーは俺の親友ですわー!」

 なんか元気に返事してらっしゃった!
 え、あ、えぇ!? お前、そこは普通驚いたまま相手を困らせるとかそういう状況じゃないか!?

「そう。一応確認したいのだけれど。一刀の姓名を言ってみなさい」
「んっへへー、かずピーやあきちゃんのことやったらなんでも知っとんでー? 名前は北郷一刀。剣道でいろいろあって、距離取っとったのになんでか急に再開して、いっつも愛しいなにかを追うみたいにボーっとしとったなぁ。あ、あと急に勉強するようになったーとかもあったし、あとは……」
「い、いいわ、もう結構」
「ん? ええの? これからやったのに〜。ほんでえーと、孟徳さま? 顔赤いけど平気です?」
「問題ないわよ」

 言われてちらりと見てみれば、なるほど、赤い。
 というか俺も赤いだろうと思う。
 まさかここに帰るために頑張っていた日々を、及川に語られるとは思ってもなかった。

「あ、そんで孟徳さま。ちいぃっとかずピーと話したいんやけど……かまへ───えーですか?」
「……、ええ、構わないわ。急に現れた者の心境には、まあ理解があるつもりよ」

 どうしてか軽く胸を張るようにして言う華琳に促されて、及川の傍へ。
 すると急に俺の首根っこを腕で引き寄せ、ヴォソォリと囁いてきた。

「どぉおおないなってんねやかずピィイイー……!! なんや急に空が見えた思たら落下して、死ぬか思たら目の前にべっぴんさんがおって、しかもそれが曹操……さま、て!」
「ぼそぼそ喋りでも“さま”ってつけたのはいい仕事だと思うぞ、うん」

 少し離れてくれたけど、今もじいっと見てるしね、華琳。

「お、俺ら道場におったはずやろ……!? それがなんでこ、こっ、こっ……!」
「気持ちは解る。急に見知らぬ場所で、過去の人物が女性だっていうなら───」
「アホ言いなや! ……本来やったら男な筈やのに、女になってるなんて最高やんか!」
「………」

 ああ、うん。疑うよりも相手が曹操だって、もう信じちゃってるんだな、お前。
 そうだよなー、女の言うことならなんでも信じるようなお前だもんなー。
 早坂(兄)。むしろ章仁。こいつ殴っていいかな。
 オーバーマンの恨みもあるし、なんかもう殴っていいかなぁ。

「あ、ちなみにここで注意しとかなあかんこととかってある? よく解らんけどかずピーと仲良いみたいやし、ちゅーかなんで俺と降りた時期違てるん? あんだけ気安く名前を呼ぶっちゅーことは、付き合い長いっちゅうことやろ? せやったらやっぱ、一緒におったはずやのに時間がずれたりでもしたってことで、あー……ははぁんアレやろ。大方ここは違う世界で、こっちにおると向こうの世界じゃ時間が流れへんとかそういうのやろ」
「どうしてお前はそう考え方が柔軟すぎるかなぁ!」

 当たりすぎてて怖いよこいつ!

「柔軟もなにも、こんなんそこらの話やったらよくあることやん。てか、なぁなぁかずピー? 曹操……さま、っちゅうことはここ、三国志の世界なんやろ? やー……あんまりにも俺のハートがどきゅんで固まっとったわ」
「? どういう意味だ?」
「や、ぱっと見た時な? 曹操……さま、がな? 俺が妄想しとった女版曹操さまにあまりにも当て嵌まってたもんやから。名前聞いて一層驚いたわ」
「………」

 ……なんだろう。
 左慈ってやつと悶着して銅鏡を割る前の最初の北郷一刀って、こいつから要らない知恵とか貰ってたりしたのかな。三国志の人物が女だったらなーとかそれっぽいこと。

「なぁ及川。お前が俺の想像を遥かに超越した精神の持ち主だってことは解った。解ったけどさ、なにか他に抱く思いとかはないのか? 普通これはこうだろー、とか」
「なに言うてんねんな。理解におっつかんことがあるのはいつの時代も一緒やで。あきちゃんにも言ったけど、そんな小さなこと気にしとったら世の中生きていけへんで? おるもんはおるねんから、受け入れなしゃあないやんか」

 かかかと眼鏡を輝かせて笑う。
 ……ほんと、何処に飛んでも生きるのに困らなそうなやつだ。

「で? 気をつけな死ぬとかそんなん、なんかある? なにせ人死にが日常的にあった時代やろ? ……あ、それは日本とかでも一緒か。まあでも無礼を働いて刺されて死ぬ〜なんてことは……」
「すまん、ある」
「あるんかい!! や、ちょっ、かずピー俺どないしたらええの!? 俺まだ死ぬのコワイ!」
「俺だって怖いわ! え、ええっとだな。まずはこの世界の風習で、真名っていうのがあるんだが」
「マナ? おお、なんや魔法とか使えそうやな。俺にもあるん? あるんやったらこ〜……透視の魔法〜とか」
「いや、そういうのじゃなくて。こう……真、に名、って書いて……」

 地面に文字を書いて見せる。
 真名。
 これは本当に危険なものだから、教えておかないとまずい。
 というかあんまり長話しているのもまずい。
 華琳を待たせたままなのは本当にまずい。
 というか離れた位置からいろんな将がこっちを見ている。その視線が痛い。
 流星を、天から降りたものだと考えたからだろう。華琳がみんなに離れていなさいと指示を出した結果なんだが……春蘭が怖い。秋蘭が押さえてるけど、今にも飛び出しそうだ。
 むしろ俺の首根っこが掴まれた辺りから、娘たちから及川へ殺気が……!

「ふんふん……で、その真名がどないしたん? 名、ってあるけど、もしかしてうっかり口にすると殺されるとか? あっはっは、さすがにそれはない───」
「……その通りだ」
「いやぁあああ帰してぇええっ!! 俺おうち帰るーーーっ!!」
「落ち着け! おるもんはおる精神はどうした!」

 急に泣き叫ぶ及川をなんとか宥めつつ、呼ばなきゃ大丈夫だととにかく教え込んだ。
 そもそも教えられなきゃ呼びようがないからと。

「な、なんや……それやったらまず最初にそれ教えてくれな怖いやん……。まあ、せやなぁ。そんな大事なもんやったら、まさか自分で自分を真名っちゅーもんで呼ぶやつもおらへんやろ」
「悪い、居る」
「いやぁああ帰るーーーっ!! 人に名前訊くのんも命がけやなんて嫌ァアアーーーーッ!!」
「だから落ち着けって!! 解るけど! 気持ちすごく解るけど!!」

 風の真名を口にした時の自分を思い返す。
 ああ、無知って怖い。怖いよな。

「あ、しゃあけど口にせんかったら問題ないんねやな。せやったらべっぴんさんとヨロシク出来る機会こそ、大事にするべきやで。な? かずぴー?」

 そしてあっさり自己解決した。
 ……自分に対しても軽いのだろうか、この男は。

「で、ここって曹操軍なん? なんっちゅうたっけなぁ……えー……魏?」
「いや、ここは都だ。あとで説明はするけど、今はもう戦は終わってる。魏が天下統一して、今は三国が手を取り合って歩んでるところって感じだ」
「…………おっしゃ覚えた。あとできちんと全部聞かせてもらうで、かずピー」
「ああ。今は人の悪口を軽々しく言わないことと、覇王様の機嫌を損ねないことだけを考えてくれ。あ、あと身体的特徴も口にしないこと」
「……機嫌損ねたらどないなるんか、聞きたないけど聞かせて?」
「あそこの服の赤い、蝶々眼帯の女性に斬られる」
「───……えっ、縁を切られる……とかやなっ? あははっ、いややなぁかずぴー、そない意味深な言い方してー♪ 仲良くなる切っ掛け切られるのんは寂しいけど、しゃーないっちゅーことで───」
「いや。主に首が飛ぶ」
「………」

 彼は笑顔で涙した。

「話は終わったのかしら?」
「え、あ、はいっ、ひとまずかずピーに、したら死ぬことは教えてもらいましたわ! も、もらった、です、ハイ……!」
「構わないわよ、普通に喋りなさい」
「へっ!? あ、おおきに! そ、そんであのー……俺、急に現れたわけやけどー……これからどない……どうなるのか、とか……そのー……」

 真面目に、けれどおずおずと訊ねる及川をよそに、華琳は……なんだか笑いを堪えているような顔だ。
 その視線の先には及川……なんだが、よく見ればその視線は彼の足にあった。
 ……うん、正座だ。
 多分、怒られる俺がすぐに取る姿勢だから、及川までそれをしているって事実が面白かったんだろう。

「? あのー、俺、なにか笑わせるようなことしてしもたんでしょうか?」
「ふふっ……いえ、なんでもないわ。それより貴方、一刀の友人というからには、何か特技や、ここで生かせる知識を持っているのでしょうね?」
「え? 特技? 急に特技、言われてもなぁ……」
「貴方の友人が随分と貴方を持ち上げていたのよ。及川だったらもっと上手く立ち回れただの、及川ならここはこうしただろう、だのとね」
「ちょぉ待ちやジブンー! おまっ……! なに影でハードルあげとんねんな!! 人の命をなんだと思っとるんやー! アホー! かずピーのアホー! ひとでなしー!」

 華琳の言葉に顔を真っ青……ま、真っ紫? にして叫ぶ及川───って、だからこの世界で軽々しく人の悪口をだな……!!

『……《がしゃり》』
『…………《ベキボキバキベキ》』

 あぁあああほら見ろ! 凪を筆頭に、将や娘たちが武器を構えたり拳を鳴らしたりウォーミングアップを始めたり……!!

「あぁええっとやな……? で、ですな……? ぁあああ関西弁の敬語ってどうやったっけ!? かずピー!? かずピー!!」
「落ち着けってば!」
「人の生き死にかかっとんねやぞ!? ここで慌てずいつ慌てろ言うねん! あ、でも慌てたら死ぬゆーんやったら落ち着こー」
「………」
「……ええ、そうね、確かにあなたの言う通り、妙なところで軽いわね」

 少し疲れた顔で仰る華琳が、なんというか物凄く印象的だった。

「あー、えと。孟徳さま? ……俺、別にすごいことでけへんです。期待されると困りますわ。学ぶ時間を用意してくれんねやったらそれなりのことは出来る思う……思いますけど、すぐには難しいなぁ」
「それは当然よ。無知の者に、今すぐ知らぬ知識に解を持てなどと、非道なことは言わないわ」
「お、おおう…………な、な、かずピー? 孟徳さまって、なんっちゅうかぁこー……話の解る人やなぁ。俺、も〜ちっと厳しい人か思っとったわ」
「いろいろあったからなー……」

 ええほんと、いろいろあったさ。
 むしろその時にこそ一緒にいて欲しかったよ、男の友達に。

「では及川。あなたの処遇だけれど」
「あ、はいな。どーせ行く場所もあらへんし、置いてくれるんやったら頑張りますわ」
「良い心掛けね。見知らぬ場所で不安もあるでしょう。まずは一刀の傍でこの世界のことを学びなさい。文字も覚えること。仕事のことを覚えるのはその後にしてもらうわ」
「仕事……っちゅーことは置いてくれるん!? ……あ、ですか!?」
「勘違いしてもらっては困るけれど、置くのはあくまで一刀の知り合いであるからよ。その理由に、学ぶ期間を設けただけのことよ。使えないと知れば、すぐにでも追い出すわ。そのつもりで励みなさい」
「おー、そんならいける思いますわ! えー……ちゅ、ちゅうごくご? 漢文? は、ちぃっと不安やけど……かずピーに負けんよう頑張っ《がぼっ》ふむぐっ!?」

 顔を(>ヮ<)な感じにして張り切って喋っていた及川の口を塞ぐ。
 それ以上、いけない。

「な、なにすんねんかずピー! せっかく俺が張り切り具合を口にしようと───」
「自分でハードル上げてどうするんだこのばかっ! 悪いことは言わないから誰々より頑張るとかはやめとけ!」
「え〜? やってここ、女の子ばっかやん。男の俺らが頑張らんで、なにするっちゅうねん」
「……及川。お前、あそこの木を拳ひとつで折れる?」
「へ? そんなん無理に決まっとるやん」
「……いいか、これは嘘でもなんでもないから、よぉおお〜〜〜っく覚えておいてくれ。……この世界の女の子はな? それが出来て当たり前ってレベルの力の持ち主だ。姿は変わっても三国の武将だから、決して……けっして……! “力仕事やったら男の俺が〜”なんてことは言うな」
「───」

 そして彼はまた、笑顔で泣いたのです。

「え、え? そんならかずピー、ジブンいったいなにで活躍出来とるん? 男の子として、なにで?」
「……未来の知識が主でございます」
「………」
「………」

 ガッシィ、と……握手が交わされた。
 誓う想いはただひとつ。
 ……強く生きていこう。

「一刀?」
「あ、ああうん、大丈夫だ。及川のことは俺に任せてくれ。いろいろ話してやらないといけなことが多すぎるから、少しかかるかもだけど」
「ええ結構。ああそれと、及川」
「ヒィ!?《ビッシィ!》な、なんです?」

 無礼=首チョンパとインプットしたのだろう。
 俺との会話で緩めていた気がビッシィと引き締まり、少し猫背気味になっていた正座が美しいものへと変化した。

「ああ、ええと。こほん」

 で、及川に何の用があって声をかけたのか。
 華琳はこほんと咳払いをしつつ、ちらちらと……及川の傍に転がっているバッグに視線を投げていた。───ああ、なるほど。

「及川。華琳……孟徳様の機嫌を、それはもう良くする方法がある」
「え!? そないな方法があるんか!? お、教えて教えてかずピー教えて!」
「ああ、えっと。けど条件があってだな……もしそれをクリアしてなければ、ちょっと印象悪くなるかも」
「えぇ!? 俺まだ何もやっとらんねやけど!?」

 がーん、と顔を青くする彼は、さっきからこう……うん。顔面がやかましい。

「なぁ及川。お前俺のバッグにビールとかツマミ、仕込んだよな?」
「あ、気づいてくれたー? やー、苦労したんやであれー。どうせやったら何者にも縛られない楽しい宴会っぽいのが出来たらなー思て、いろいろ仕込んだんや」
「ああ、それなんだけどな? か……孟徳さま、そのビールとツマミに興味津々でさ。もしバッグに入ってたら、機嫌取りは問題ない。無かったら………………」
「え? なに? なんで!? なんでそこで溜めるんかずピー!」
「まあそれはそれとして、持ってるか?」
「怖いところでそれとしておかんといて!? や、そらぁかずピーだけに押し付けるわけにはって、持っとるけど」

 恐怖と困惑とでおろおろする及川の陰で、華琳に向けてサムズアップ。
 ……覇王さまのご機嫌度が、はちゃめちゃに上がった!
 ところではちゃめちゃってどういう意味だったっけ。

 *はちゃめちゃ⇒滅茶苦茶と同じ意味。乱暴、乱雑、などの意。この場合、過程や方法はどうあれとってもご機嫌になった的な意味。

「どうする? 一応所有者は及川だし、渡す渡さないはお前の意思でいいけど」
「べっぴんさんのあ〜んな期待を込めた目ぇを無視出来るわけないやん。あ、孟徳さまー? これ、お近づきの印にひとつどうでっしゃろ」

 言いつつ、華琳の視線が釘付けになっていたバッグから、ズオオオ……と覇王様待望のビールが取り出される。
 俺が祭さんに渡したものとは違い、入れてからそこまで時間は経っていない状態だったのだろう、よく冷えているように見える、水滴がついたビール缶。……あ、祭さんが人垣を押して前に出た。直後に冥琳に捕まった。
 そんな光景を視界の隅に、華琳はごくりと喉を鳴らしてビール缶を見下ろす。

「……一刀。これがあなたの言っていた、びーる……?」
「ん、そう。刺激が強いから、飲む時は注意な。あと……うん、飲むには最適な温度だと思うぞ。冷えていたほうが美味いらしいから」
「《ひやり》っ……!? そ、そう、なるほどね。あいすのように冷たいのね、これは」

 及川からビールを受け取り、目線より高く上げてシゲシゲと見つめている。
 天の文字……日本語も結構学んだから、読める部分が嬉しいのだろう。少し得意げな顔で文字を見ている……のだが、カロリー表記などのアルファベットのところで目が止まり、無意識だろう、ちょこんと首を傾げていた。……やばい、吹き出しそうになるくらい可愛かった。
 堪えろ俺……! せっかく機嫌がいいんだから、ここで笑うな……!
 そんな顔面の忍耐との勝負の中、

「あ、ビールっちゅーたらこれですわ」

 及川がさらに差し出したツマミを見て、好奇心をくすぐられたのか、あからさまにぱぁっと笑顔になった華琳がもう……!

(たっは……! 堪えっ……堪えろォオ……!! ああでも笑いたい……! こんな子供みたいな華琳、珍しい……!)

 最近はあまり、好奇心を擽られるようなことがなかったからだろう。
 欲しくても諦めるしかなかったビールとツマミだ。願いが叶ったのだから仕方が無い……とはいえ、勘弁してください。俺のほうがまいってしまう。
 なんかもう覇王じゃなくて、少女華琳すぎて……まるで秋蘭が春蘭にそうするみたいに、華琳はかわいいなぁとか言いそうになる口を必死で押さえる。
 言った途端に大笑いしそうで辛いです。
 いや、俺だってね? 人の喜びを笑いで蹴散らす酷い人間である自覚なんてないんだ。でもさ、普段とのあまりのギャップがさ。笑いをこらえることは出来ても、この腕が彼女を抱き締めたくてうずうずしているといいますか。ああうん、やっぱりこれだ。華琳はかわいいなぁ。

「……、………………、……《ちら、ちらちら》」

 そしてビール缶のプルタブに苦戦し、困惑しながらちらちらと俺に視線を投げる天下の覇王様。
 あの。神様。俺もう吹き出していいですか? 抱き締めていいですか?
 もう十分我慢したと思うのです。

「かっ……かずピー……? あれ、教えたらあかんねんな……? それとも……?」

 ぷるぷる震える俺に顔を近づけ、ぽそりと訊ねる及川。
 余計なこと言って怒らせる結果にならないかと心配してのことだろう。
 教えてみて、そんなことは知っていると言われれば、それは侮辱に繋がるだろうから。
 ほんと、改めて思うけど……難しい世界だ。

「あと、あれ俺と一緒に落ちたわけやけど……開けたら爆発せぇへん?」
「…………」

 それはそれで見たいという、熱くも自殺行為な衝動との戦いが始まった。
 まあそれはそれとして、開け方に苦悩する覇王さまをちらり。
 俺が開けようか? と言ってみても、様々を興じてこそ云々を説かれ、一言を告げて黙ることにした。

「華琳。それ、開け方が悪いと中身が吹き出すから」
「なっ!?《がーーん!》……そう。つまり、貴方の“開けようか”という助言を受け入れなかった私への、これは挑戦と言うわけね?」

 ビール片手に、ふふんと胸を張る覇王様。
 言葉はアレだが、ただビールのプルタブを開けるだけである。

「……? というか、なに? この銀色の部分に開け方が書いてあるじゃない。……いえ、これは文字? 文字としてあるけれど、書かれているわけではない……不思議ね。まあいいわ、この妙なものを起こして戻す。それだけのこと《パキぶしゃあああああっ!!》…………」

 …………OH。
 得意げに喋っていた覇王様が、プルタブを開けた途端に泡まみれに……。

「………《シュワァァァァ……ぽたぽた》」
『………』

 そしてこの無言。
 正座状態から見上げれば、ビール然とした泡の弾ける音をBGMに、半眼のまま表情をなくしたような顔の覇王さまがおる。

「…………かずピーどないしょ……。フォローするための言葉がなにひとつ浮かんでくれへん……俺、ここで死ぬんかな……」
「ちなみにな……この世界で生きていくと、こんなことが日常的に起こるから……」
「…………俺、早くも胃が痛なってきた……」

 顔は笑って眉毛で泣く及川。見事な八の字眉毛である。
 自分が持ってきたビールが原因で、覇王さまが泡まみれになるとは思ってもみなかったのだろう。少し震え、天を仰いでいる。
 そんな僕らの心配を余所に、華琳は何事もなかったかのようにビールをぐいっと飲みだして

『だぁああオチが見えたぁあーーーーーっ!!』

 及川と二人、慌てて止めようとするも……一手遅く。
 祭さんの時のように炭酸にびっくりして、口を押さえながらビールを吹き出してしまった覇王さま。

  さて問題です。

 急に現れた者より献上品があって、早速それを飲んだ覇王さまが苦しげにそれを吐き、咳き込み始めたら……その者の下の者はどうするでしょう。

「華琳さまぁああっ!! ───おのれ貴様ァァァ! やはり毒を!」
「最初からこれが狙いだったのね!? これだから男は!」

 春蘭と桂花を筆頭に、待機していた魏の皆様が一斉に飛び出した!
 それを見て、というか殺気を当てられて、「しええぇえーーーーっ!!?」と奇妙な悲鳴を上げて俺を盾にして隠れるおいかっ……及川ァアーーーッ!!?

「北郷貴様! その男を庇うとは!」
「えぇ!? 辿り着いた途端になに言ってるのこの大剣さま!」

 どう見たって盾にされてるだけですよね!?
 でも止まってくれてありがとう! 一緒にずんばらりんと斬らずに居てくれてありがとう! でも殺気は引っ込めてくれないんですね勘弁してください!

「ちょっと待った待った待ってお願い待ってぇええっ!! 祭さん!? 祭さぁああん! 説明お願い! この大剣さま俺の言葉じゃ止まってくれないぃいいっ!!」
「応! 待てい元譲! 先走る前に己が主の様子をよく見よ!」
「なにい!? 華琳様ならこの男が出した飲み物で───……」
「問題ないわ。下がりなさい春蘭」
「華琳様!?」
「華琳様っ! ご無事なのですかっ!?」

 けろりとしつつ、しゃんとした姿勢で立つ華琳に、春蘭と桂花がずずいと詰め寄る。
 うん、平気そうに立ってる。目尻に涙残ってるけど、立ってる。

「一刀。これが以前言っていた“たんさんいんりょう”というものね?」
「へっ!? あ、ああ……ビールはその炭酸と苦味を喉で味わうもんだって聞いてる。つかな、刺激が強いから気をつけろって言ったのにどうしてあんな、一気飲みまがいのことするんだよ」
「……うるさい、察しなさいよ」
「…………ハイ」

 いや、うん。そりゃね、ちょっと考えれば解るけどさ。
 これだけの人数に見られている中で、中身爆発でビールまみれ。そりゃ、刺激物の一気飲みで誤魔化すとかしたくなるよね。
 でもそれで自爆していたら世話無いのです我らが覇王よ。

「はぁ。もういいわ。喉で飲む、ね……───んっ《ごくっ》」
「華琳様いけません! 毒がっ───」
「…………へえ、面白いわね。確かに苦いけれど、このすぐに消える刺激は悪くはないわ」

 毒が、と慌てた桂花を前に、ぷはー、と少し上機嫌で息を吐く華琳。対して、飛び込んででもビールを奪おうとしたのか、妙な体勢で固まる桂花さん。

「? なにかしら、桂花」
「へっ!? あ、いえっ、なんでもっ」

 そんな桂花に気づいた華琳が声をかけるものの、飛び掛るつもりでしたーなんて言えるはずもなく。……というか今気づいた。この押し寄せた大人数の中に、華琳大好き人間がもう一人足りないなーと思ったら……通路の屋根で弓構えて及川を狙ってらっしゃる秋蘭さんが!
 すぐに問題ないってゼスチャーを送ると、華琳の顔で判断したのか、溜め息を吐くような動作ののちに通路の屋根から飛び降りる。

「それで? これはなにかしら。妙な形をしているけれど」
「……! ……!」
「……及川? 私はあなたに訊いているのだけれど?」
「しひぃっ!? ハ、ハハハハイ! それは柿ピーいいます! 酒やビールの肴にどうかと用意したもんですわ! あ、あっ、あたりめもありますさかい、じゃんじゃん食ったってください!」

 バッグを漁る及川が次から次へと献上する。
 華琳はそれらを試すように口にしたのち、一口ごとにビールもぐびりと飲んで味わっていた。いつかアニキさんの店……まあオヤジの店だけど、でやっていたことだ。
 酒に合うか否かを試しているのだろう……さすがは覇王さま。こんな状況でも味を楽しむことや味を試すことを忘れない。

「《カリッ……》───凪。これはあなたが片付けなさい」
「えっ!? わ、私が!? ───いえ、はいっ!」

 ……ちらりと見たら、袋には激辛柿ピーって書いてあった。
 華琳も案外ブレがない気がした瞬間であった。




ネタ曝しです。 *超脱力からの加速  ゴキブリ師匠の奥義。範馬刃牙より。  やればいろいろな筋を痛めることが予測される。 *黄金長方形  長方形の中に正方形をつくると、余った分がまた長方形になって、そこに正方形を作ると……とループするステキな形。  そこに回転エネルギー理論を加えると、無限の回転を……するかも。 *うごごご  無とはいったい……うごごご  FF5より、エクスデスのささやき。  ……うん、ほんとなんだったんだろうね、無って。 *黄金の回転エネルギー  スティールボールランより、ツェペリ一族に伝わる黄金長方形理論を利用した回転エネルギー。  自然物から黄金長方形のものを見つけ、それを見つめながら投げることにより完成するようなしないような。  理論上、投げたものが渦を巻くように回転しなければ完成しない気がするのだが。  考え方を絞らずに考えてみると、いろいろと考察出来て面白いです。  とりあえず球自体の回転を黄金長方形にすると、内側への回転で球体が捻れて壊れると思うの。  パンパンに膨らませた風船を栓せずに離して、ぷしゅる〜と飛ばした時。奇跡的に黄金長方形を描くように飛んだら空気も無いのに無限回転……! なんてことになったら面白い……なんて思ったことが、僕にはありました。アホです。 *某サッカー漫画の翼くん  黄金長方形のパワー……それを成功させたのが翼くんもといジャイロなのかもしれない。  ジャイロといってもツェペリではなくサッカーメン。  ボールに強烈なバックスピンをかけながら頭上へ飛ばし、落ちてきたボールにドライブシュートをぶつける。  その強烈な回転力が、飛ばされたボールをまるで渦巻くように飛ばす。……これぞサイクロン。  その回転は人間を吹き飛ばすほどといわれ、やはり完全なる黄金の回転エネルギーが備わっているのではないかという疑問が、学会ではまるで取り上げられていない。  使用者がジャイロという、なんとも奇妙で強引な接点があるようでない。 *つおっ!  例の言葉。  初期では結構使われていた、ドラゴンボールの言葉。  まあそれを言ったら、ずどどえあー!なんて余計になかったわけですが。 *木の棒を拾って勇者ごっこ  男子高校生の日常より。  タダクニは5のダメージを受けた。 *あー、死ぬか思たわ  あー、死ぬかと思った。  GS美神極楽大作戦より、横島のセリフ。  人類のしぶとさ代表って言ったら彼だと思うんだ……。  大気圏からの生還って意味では、男塾塾長も平然としてたけど。  と、そんなわけでおまけとして書こうとした理由は及川くんの登場でした。  今さら男キャラ追加ですか、という感じになる気がして、予定としてはあったけど、ここまで来る途中でも随分悩みました。  むしろ今も悩んでおります。  ありなのか無しなのか微妙なラインです。  それとべつに直接ストーリーに関係はないかもですが、章仁くんは結衣佳さんルートです。  ……那岐沢さんと桐生さんルートが欲しか(略)  ところで“なろう”ではこの前の話を31日に投稿したわけですが、投稿した記憶が曖昧です。どうやら途中でオチたらしい。  見れば後書きの最後あたりも妙にヘンテコ。最後に“。”すらついていないとは……。  で、あとでそれに気づいて、自分でやっておいて「あれぇ!? いつの間に!?」な状態。すぐに自HPの更新も……と思ったものの、こっちはおまけ分と一緒にUPしよう……と編集をちくちく。  ……しかし作業が遅すぎたためにツッコまれました。  九条さん毎度ごめんなさい。  文字書くよりも添削が苦手な凍傷です……。  そんなわけで編集、投稿したわけですが……“なろう”のほうでは文字を足したらしく、“ああ……一人で起きていて、ほぼ徹夜って…………つらいです”という文字があったのですが……はい、ここの文字の最後に“。”すらないって話だったんですが……書いた覚えが全然ないんですよね、この文字。うん。この時の自分、なにがあった。  一人で起きていてほぼ徹夜? ……意味が解らない。  まあ睡魔と闘っている人が書く事はよく解らないものですよね、うん。  ……別の何者かとか居ませんよね?  あと、及川と一緒に書くと、どうしても一刀のテンションが妙な感じになってしまう気がしてなりませぬ。  抜きにしたほうがいいかなぁ。 Next Top Back