198/一味違った世界とともに

 それからの日々を語ろうか。

「かずピーかずピー! けーらっちゅうの教えてー!」

 物覚えも順応も速い友人が都で暮らすようになってからの日々は、瞬く間に過ぎてゆく。

「と、父さま! 今お暇ですか!? よよよよろしかったら稽古を!」
「あー……ごめんな、丕。これから及川に教えなきゃいけないことが」

 そう、一風変わった日々が過ぎてゆく。気安く付き合える男……そう、男の友人が現れたことで。
 警邏で街を歩きながら買い食いをして、笑顔で駄弁ったり……素晴らしい!
 久しく味わっていなかったこの気安さ……素晴らしい!

「父! 美味そうなのを食べてるな! 私も欲しいぞ!」
「っとと、じゃあ、ほれ。無駄遣いするなよー」

 ドゴォと背中にしがみついてきた柄に、ぽんとお小遣いをあげられるほどに上機嫌。
 そして警邏に戻り、また駄弁りを続け……

「ん? 今あのちっこい子、とっても重大なこと言うてへんかった?」
「ん? 重大って? べつにふつーのことしか言ってないと思うけどな」

 久しぶりに味わう友人との時間に、まあそのー……浮かれていたんだろうねぇ俺ってやつは。
 で、そんなことが何日も続いたある日のこと……だったわけだが。


───……。

……。

 とある秋の日の昼のことでございました。

「なぁかずピー」
「ん? どしたー?」
「かずピーって……人間?」

 いつも通り鍛錬を終え、いつも通り仕事をこなしていた俺へと、及川が軽い質問を…………重いなおい。

「お前にだけは言われたくないんだけど……人間だぞ?」
「いや……俺の知っとる人間はかめはめ波なんぞ撃たんし座ったままの姿勢でジャンプもよぉでけへんし、なによりあんな速度で走られへん……! もしやかずピー! ジブンかずピーの皮を被った…………!! ……かぶったー……あー……、……誰?」
「考えてないなら言うなよ!!」

 などと、くだらないツッコミを入れている時にやってきたのだ。
 ……コンコン、と控えめなノックが。

「あ、ほいほいー、今開けますわー。おっ、かずピーなんか今の、秘書さんっぽくあらへんっ!?」
「人の部屋の開閉許可をお前が出すなよ……って、誰だろな。今日は誰かが来るなんて予定は……」

 一瞬だった。
 及川が扉を開け、何者かがその股下をスライディングで潜り、驚いて下を向いた及川の腹へと何者かが飛び蹴りをかまし、そのままの勢いで腹から肩へと駆け上がり、顎へ膝蹴り。
 ふらついた彼へ、次に襲い掛かった影が膝を踏み台にしてのシャイニングウィザード。その逆側から襲い掛かった何者かが及川の腕を極め、顎に膝をキメ、腕を捻って床に叩きつけた。
 ……虎王、完了。
 じゃなくて。

「ちょっ……なにやってんのお前らぁあーーーーっ!!」

 お前ら。
 そう呼んだ先には自分の娘たちが居て、ふぅ……と額の汗を拭った登……子高が、こちらへと振り返り、

「父さま、やりました!《バァアーーーン!!》」
「えぇえーーーーーっ!!?」

 なんかもう大魔王でもコロがしましたって笑顔で言うもんだから、もうなにを怒っていいものやら。
 若干引いていると、及川をほったらかしにした娘達が一気にこちらへ。

「父! 最近の父はよろしくない! なにかというと眼鏡眼鏡と!」
「そ、そうです! お猫様とのモフモフを後においてまで優先させるほどのモフ度が、あの人にあるとでも!?」
「……へっ!? え、あー……そ、そっか、確かに最近は及川とばっかり……ていうかモフ度ってなに? あとなんとなく予想つくけど柄!? その言い方だと俺、眼鏡無くした人みたいだからな!? ちゃんと及川って言ってやろうな!?」
「せっかくの休みも毎度毎度あの眼鏡と遊びに行く始末……! 私たちは、どうしたらいいのかと……!」
「いや、子高? 俺言ったよね? 及川って呼んであげてって言ったばっかだったよね? ホヤホヤだよね?(ホヤホヤ=出来たて、言いたてという意味で)」
「そこで決めたのです。あの眼鏡が父上を独占するというのなら、私たちであの眼鏡を黙らせようと」
「眼鏡であることは確定なのか!? やめなさい! 某万屋のぱっつぁんみたいな位置に定着しちゃうから!」
「えへへぇ、とりあえず痛い目に合わせてあげれば、お父さんに近寄ることもあるまいと思いましてぇ」
「……きみたちはもっと子供らしい方法で対策しましょうね。洒落にならないから。きみたちの実力で叩き伏せられたりしたら、なんかもうやられた方が大変だから」
「お手伝いさんを独占なんて、する方が悪いのですよ。偉大なる母たちでさえいろいろと我慢しているというのにまったくあの眼鏡は……!」
「お前なにか眼鏡に恨みでもあるの!?」
「う、うん……それがね、あの眼鏡……あ、えと……名前なんだっけ。あ、うん、とりあえず眼鏡で話を進めるね? あの眼鏡がね? 子明かーさまの眼鏡のこと、片方だけの眼鏡って、意味あるん〜? って」
「───」

 ああ、うん……えと……うん。
 いや、うん。…………そりゃさ、俺も思ったことはあるけどさ。
 でも本人を前にしてきっぱり言うとか……。

「いやいやちゃうねんで!? そら誤解や! 俺はただ、そんな眼鏡かけとったら視力が偏って大変やろーって!」
『………』
「……あれ? なに? なんで俺見つめられとるの?」
「っ……馬鹿な……! 校務仮面さまに伝授された虎王を決められて、なお立ち上がるとは……! と、登姉さま!」
「ああ……さすがは父さまの友人を勝手に名乗っているだけのことはある……!」
「いや勝手ちゃいますが!? なー!? 俺ら親友やもんなーかずピー!?」
「とりあえず亞莎の眼鏡は俺がプレゼントしたものなんだ。だから───眼鏡の文句は俺に言え!!」
「あれぇ!? 敵しかおらへん!」

 とまあいろいろ悶着もあったものの、とりあえずは着席。
 小さな卓に座った……いや、座らされた及川を中心に、娘達がぞろりと集った。
 ……うん、なんかまるで、極道の事務所に連れてこられて固まってる若者の姿のようだ。周りの娘たちもなにやら顔が怖いし。

「さあきりきり吐いてもらおうかこの眼鏡……! どうやって父の興味を引いたのだ……!」
「あ、あの、俺、及川祐言いますよって、眼鏡眼鏡言うんは堪忍してほしいなぁ」
「黙れ眼鏡」
「かずピーがそこで否定するん!?」

 いや落ち着け俺、及川がしたのは俺も気になっていたことなんだ。
 なのに相手を一方的に罵るのは桂花と同じだ。それはいけない。

「………」
「………」

 で、この状況でこれ以上なにをしろと?

「遊ぶか」
『了解!!《びっしぃっ!》』

 全員の心がひとつになった瞬間である。ちゃっかり決めポーズまで取ってらっしゃる。
 え? うん、及川も誰もかもが一斉に叫んでらっしゃった。

「お前らさ、喧嘩してたんじゃなかったのか……?」
「ん? 俺べつに喧嘩なんてしとらんけど?」
「叩きのめしてスッキリしました!《ぺかー!》」
「娘とはいえ呉の勢力からそんな言葉を聞く日がくるとは……」

 子高……孫登さんが輝いてらっしゃる。孫の姓を担うものがこんなにも凶暴だ、どうしよう冥琳。

「やー、しっかしかわゆい子ばっかやーん♪ なぁなぁかずピー? この子ら誰の子? 言葉からしてかずピーが育て役やってたーっちゅうのは想像つくけど」
『っ……!!《ザッ……ずしゃああ……!!》』
「へっ!? あれっ!? なんでここで一斉に両手両膝ついて落ち込むん!?」

 そんな状況に俺と禅も大驚愕! ……あれ? 禅はいいの?

『そっ…………育てられてない……!』

 そういえばそうだったァアア!!
 いやでも途中までは育てたんだからそんなこと言わないで!? 父さん泣いちゃう!

「えっ? そんならなんでかずピーのことおとーさん言うとるのん?」
「え゙っ……や、だから……な? それはな、及川……」
「はっはーん? もしやこの子ら全員、かずピーの娘とかぁ?」
「やっ、ち、ちがっ───」
『!!《ゾブシャア!!》』

 ア。
 思わず否定しそうになった途端、蹲りつつも俺を見上げていた娘達が物凄いショック顔を。
 ど、どうするバラすのか!? この娘たちは俺の娘ですと! それ=たくさん経験してますヨとか言うことにええい娘の涙と変えられるかバッキャロォオオ!!

「親ばかで何が悪い! 俺が父親だぁああっ!!」

 男とは。一度馬鹿に走れば無限に馬鹿になれる生き物である。
 ハンパな馬鹿など馬鹿に非ず。
 一度足を踏み込んだのなら……娘のためにこそ至高の馬鹿に!

「……へ? かず……へ? や、冗談やってんけど……へ?」
「おーおそうだよ俺が親だよ文句あるかぁ!」
「…………おお! せやったんか! 親の鑑やなかずピー!」
「え? ……あの、いや、それはないだろ。自分で言っておいてなんだけど」
「いやいやそーゆーのんはハッキリ言えるもんやあらへん! そーかそーかぁ! ちゅーか俺空気読めてへんかったなぁ、ごめんなぁみんな」
「え……、……別に謝ってもらうほどのことでもないわよ」
「おほほっ、これまたかわえーツンデレさんやな〜♪ ん、けど解った! かずピーだけやといろいろ大変やろ、俺も力貸すで!」
「……力? へ?」
「や、この子ぉらそのー……孤児かなんかなんやろ? ほら、言いにくいねんけど……戦で親亡くした〜とか、な……? しゃあからかずピーが親代わりになって───」

 ア。いや、及川サン?
 この子らの前で親のコトは───

「《めらり……》へえ……? 覇王たる母さまを勝手に殺すとはいい度胸ね……」
「呉で力劣るのは私であって、孫の名ではないわ……。その言葉、孫家への侮辱受け取った。覚悟しろこの眼鏡……ッ!」
「あらあらぁ……ほんとうに随分と勝手なことを言ってくださいますねぇ〜…………どうしてくれましょうかぁ、この眼鏡……」
「呉ではなく都の父に降った母を、牙をもがれた獣とでも言う気か貴様……。いいだろう、ならば獣らしく貴様の喉笛を噛み切ってやろう……!」
「あの母が? 戦で死ぬ? ───いい度胸だ眼鏡、貴様は私の目標を侮辱した」
「顔にいたずら書きくらいじゃ許しませんよ? 知ることも気づくこともなく始末します」
「よくも……よくも貴様、偉大なる母を……! 偉大なる父が亡くなってから、独りで私を育ててくれた母を……!」
「戦ではろくに戦えなかったかかさまだけど、それからずっごく頑張ったって聞いたよ……? 最後に全然役に立てなかったって、どれだけ悩んでたかも知らないで……っ……! そんなかかさまをよりにもよって戦で亡くなったなんて……!」

 は、はああ……! 娘がっ……娘達から暗黒のオーラ的ななにかが……! ななななんという威圧感……!
 あとj!? 俺生きてるからね!? 亞莎にまかせっきりになんてしてないからね!?

「………」

 に、しても……。
 子供の頃からこれほどとは……もしこのまま成長したら、どれほど強く…………あれ? そうなると俺、どうなるの? ちょっとしたじゃれつきで首がボチューンと飛んだりとか……いやいやいや! そんなことよりその矛先が───!

「あ、あれっ!? 俺なんかまずいことゆーた!? 俺ただ心配しただけっ……かずピー!」

 あれ……でも、うん。なんだろう。
 こいつならどれだけボコられても、一息入れれば平然と起き上がってきそうな気がする。
 でも、待ってくれ娘たち。
 そんな謎の生命体でも俺の友人なんだ。
 実際、こいつが来てから随分と助けられた。(精神的に)
 だから───

「みんな」
『っ……』

 声をかけると、殺気立っていた娘達がびくりと肩を揺らす。
 そして窺うような目を向け、まるで“どうして止めるの?”とでも言うかのように……

「死なない程度にやりなさい」
『!!《ぱああっ!》』
「うぇええええ!? そこ喜ぶとことちゃうゥウーーーーッ!!!」

 あ、でも子供相手でそんな怯えることー……なんて続けた彼がこの後、血祭りに上げられるまで……そう時間は必要ではございませんでした。や、血はでないけどさ。

「ぎゃああ強いこの子ら強い! かずピー助けてかずピィイイッ!!」
「フフフ愚かな。貴様が頼ろうとしている俺なぞ、この世界では小物。支柱になれたのが不思議なくらいの弱者よ」
「それ今聞かされて嬉しいこととちゃうんですけど!? いやほんまこの世界の女の子どないなっとんのーーーっ!?」

 別の場所から来た人ならきっと誰もが思うこと。
 でもね、及川。そんなこと……すぐに慣れないと心が保たないぞ?
 ああちなみに、本当にボコるのはいろいろと問題があるので、ゲーム的なものでのブチノメしとなった。
 現在は柄が腕相撲中。ずどーんと一瞬で負け……ることを許さず、メキメキとゆっくり倒してゆく柄のなんと残酷なことよ。
 いっそ一思いにやってしまえばいいのに、わざと男の子のなけなしのプライドを、その腕とともにメキメキと折りにいっている。ていうかコキリと軽い音が鳴って、彼は敗北した。

「あぁあああんかずピー! 腕が! 腕がけったいな方向にー!」
「はいはい〜、任せてくださいねぇ〜?」
「《ぺきこきこきんっ》ホワッ!? 治った!? しかも痛ないっ!? お、おぉお……なんや優しい子もおるねんなぁ!」
「治りましたかぁそうですかぁよかったですねぇ〜……では存分にブチノメしてさしあげますねぇ……!?《めらり》」
「ヒギャアやっぱりこの子も怖い!! かずピー!? かずピー!!」
「すまん及川。俺ちょっとこのことで覇王さまに報告しなきゃいけないことが出来たから、ちょっと出るな」
「エェエエエエッ!!? おまっ……ここで置いてくとかあんまりすぎやんっ! お、おれっ……俺ぇえっ……! 死んでまうーーーーっ!!」
「うふふふふ大げさですねぇ、指相撲で死んだりなんかしませんよぅ? ……指は折れるかもしれませんが」
「キャーーーッ!!? いやぁああばばばばばば違う違うわこんなん違う! 女の子に言い寄られたい〜思とったことあったけどこんなん違うーーーっ! いやぁあああ助けてかずピーーーッ!!」

 叫ぶ及川の声を扉で遮断して歩き出した。
 さあ、いざ覇王の元へ。
 俺達の戦いは……始まったばかりだ───!
 ……いやまあ、ただちょっと休みを貰えないか許可を取りに行くだけだけどね。
 しばらく遊んでやれなかったからなぁ……。
 及川……俺が戻るまで待っててくれ。今、休みを土産に……戻るから。

……。

 で、結果。

「へえ、そう。休みが欲しいの。ええいいわよ?」
「ほんとかっ!?」
「ただし私に付き合いなさい」
「───」

 ………のちに。
 (主に遊びに振り回されて)ボロボロになった及川が、俺の部屋で発見された。
 一人でも十分なのに、娘全員の遊びに付き合うとなると……そりゃあ鍛えていようがなかろうが、疲れるよなぁ。

……。

 で、さらにその後。

「なに? また休みが欲しい?」
「こ、子供たちと遊ぶ時間がさっ! ほらっ、この前は華琳と一緒だったからっ!」
「……そうね。まあいいわよ、それほど仕事があるわけでもないし。というかここはあなたが支柱の都でしょう? 少しは自分勝手に休みを決めてみるとかしたらどうなの?」
「愛紗にどやされるから無理」
「……ぷふっ! あなたって、本当にっ……くっふふふ……!」
「うぐっ……わ、笑うことないだろっ!」
「笑われて当然でしょう? あなたは今、覇王たる私よりも愛紗が怖いと言ったのよ? 怒る以前に笑いを堪えるほうが難しいわよ。……はぁ、困ったものね、まったく。もう、武人として怒るよりも先に、女として笑えてしまうんだもの」
「しょーがないだろ……? 愛紗の説教長いんだもん……ええっと、なんて言うのかな。叱る要点を決めて罰を下す華琳とは違って、怒り方が違いすぎるんだよ」
「あらそう。どういう感じに?」
「そうだなぁ……一言で言うと“おかん”」
「おか…………え?」

 怒り出したら止まらない。
 変な方向に話が逸れる。
 関係ないことでさらに怒る。
 昔の怒りどころを引っ張り出す。
 そして最初に戻ってまた怒る。
 ループ。
 これぞおかん怒り。
 と、これらを実際の経験も込めて熱く説いてみた。……ら、引かれた。

「そ、そう。まあ……あの鈴々と一緒に長い間一緒に居たのなら、その説教の仕方も解りそうなものだけれど」
「いや……うん、鈴々だもんなぁ」

 元気な子供のいい例である。
 そんな鈴々と旅を続けていたのなら、ああなっても…………

「───」

 ああ、うん……桃香が追加されることで、その振り回されようはパワーアップしたんだろうなぁ。

「今度愛紗にアイスでも贈ろう……」
「!?」

 そんなわけで休みを得ることが出来ました。
 あとなんか華琳にもアイスをねだられた。珍しいから即了承したけど。

……。

 で、そんな休みの日。

「かっずピ〜♪ 今日《どすっ!》おごっ!?《バサァグキゴキ!》んぐむぐぐーーーっ!?」

 ……中庭が見える通路の途中、呼ばれた気がして振り向くと、誰も居なかった。

「……なんだろ。なんか鳩尾に一撃喰らって布でも被せられて、強引に体を曲げられて便利に収納されたような、謎の悲鳴が聞こえたような……」

 気の所為か。
 そういうことにしておこう。

「さてと」

 通路を歩き、辿り着いた門の前。
 そこで待ち合わせをしていた娘達は───っと、居た居た。

「ごめん、待たせたか?」
「い、いえっ! 私も今来たところですっ!」
「そ、そっか」

 元気に返してくれた丕は、何故か言ったあとに握り拳を軽く持ち上げ、遠い空へと「言えた……!」なんて呟いていた。なにがあった。

「はっはっは、まるで程cさまが教えてくれた恋人の上等文句だな」
「へっ、柄っ! そういうことはわざわざ言わなくてもっ……!!」

 そんな言葉をきっかけに、わいわい騒ぐ娘たち。
 ……ああ、頬が緩むなぁ。
 ようし、今日は娘達のために一日の全てを使い切ると誓おう。
 ていうか、あれ? なんかさっきまで邵が居なかったような気が……あれぇ? 居たっけ?

「邵? さっきからそこに居たか?」
「ひうっ!? え、ええええエエト!? い、いましたよ!? 居ましたとも!」
「そ、そうだぞ父よ! 邵はさっきからここに居た! 間違っても邪魔者の排除になど行っていな《ゴキリ》ブフォウ!?」
「柄……少し黙りなさい」
「ひょっ……ひょうふぁいふぁ……ふぃぃ姉ぇ……!」
「……丕。喋り途中の人へのチョークスリーパーはほどほどにな」
「? なんですか? ちょーくすりーぱーって」
「すりーぱー……ちょーくということは、あの黒板に書く白い棒と同じ……はっ!? まさか校務仮面さまの新たなる奥義!?」
「聞き逃せませんね登姉さま! きっと棒を使ったものか、真っ白ななにかがっ!」
「聞き逃して!? そういうのじゃないから!」

 子高と述のノリが華蝶仮面的ななにかに迫りつつある……いっそ星に勧誘でもしてもらったほうがいいんだろうか。

「かずピーなに悩んどるん?」
「んー? いや、子供の成長についてをいろいろ───って及川?」
『っ……!?《ざわっ……!》』
「やっほ、かずピー。やー、ちょっと聞いてやかずピー、さっき急に腹が痛なった思ったら目の前が真っ暗になってなー?」
「お前、へんなもの拾い食いとかしてないだろうな……って、どうしたみんな」

 にっこにこ笑顔で登場した及川を前に、娘たちが驚愕の顔でカタカタと震えだす。
 ハテ、いったいなにが?

「あ、ところでかずピー今日休みやねんな? これから俺とー───」
『───!《カッ!》』
「父さま少しお話がっ!」
「へっ?《ぐいっ!》おぉわっ!?」

 丕が急に俺の服を引っ張って、顔を近づかせる。
 手を口元に添えているあたり、内緒話でもしたいのだろう。
 及川の話の途中だけど、心の中で謝罪しつつもとりあえずは耳を傾けて《フボッ》えあっ!?

「ちょっ、丕っ!? 話するのに人の耳を塞いでどうす───」
「あわわわわわ父さまのお顔が近いちかちかちかかかか……!!《シュウウウ……!》」
「赤ァアアーーーーーッ!!? なんだどうした丕! 熱でもあるのかってレベルじゃないぞ!?」

 と心配はしても耳から手は離してくれず、なんかどこかからドカバキギャアアアなんて殴打音と悲鳴が聞こえたような聞こえなかったような。

「……それで、丕? 話って?」

 ……なんか耳を解放してもらえたから聞いてみれば、真っ赤な顔した丕は

「…………、!?」

 なんか急にハッとして、おろおろわたわたと手を動かしたのち……

「……いっ、いい天気ですね!」
「………」

 ……うん。
 テンパりすぎて目がぐるぐるな娘に、追求をする勇気は俺にはなかった。

「まあ、いい天気だから出かけるんだもんな。晴れてよかったよな、丕」
「はいっ!」

 うん、いい笑顔。
 そんな丕の頭を撫でると、さてと振り向いて……

「で、話の続きだけどな、おいか及川!?」

 あれ居ない!?
 驚いて呼び途中だった名前を改めて言い直すなんて器用なのかどうなのかヘンテコなことをしてしまった!

「父よ、やつなら帰ったぞ?」
「帰った? なんだ、急ぎの用でもあったのかな……? 話の途中で悪いことしたかな……」
「……土に(ぼそり)」
「へっ? 柄、今なにか……」
「いい天気だと、工夫も鎚を持つ手に力が入るなって言おうとしたんだ。噛んだことくらい見逃してくれ、父」
「あ、そっか。つちね、鎚……」

 なんか一瞬恐ろしい言葉が聞こえたような気がするけど、気の所為…………だよなぁ。

……。

 ご機嫌取り、と言ってしまってもいいのだろう一日が始まった。
 娘達が足を止めれば足を止め、希望があれば喜んで。
 そうして娘達の要望を聞いているうちに───

「よしっ、じゃあ次は服屋だな。次は本屋で次は眼鏡か。食事も少しずつ、いろんなところで食べるのでいいよな?」
『───…………』
「あの。ととさま? なんでしようとしてたこと、全部解っちゃうの……?」
「んー? だってこの流れだとそうなるだろ? 父さんの案内歴をナメるなよー?」
((((((仕事人だ…………根っからの仕事人だ…………!))))))
「そうだなー……丕にはああいった服が似合いそうだし、子高にはあの服も……」
((((((似合う服まで想像されてるっ!?《がーーーん!》))))))

 乙女心は解らなくても、様々な人を案内したり見たりしてきたこの北郷。微笑む娘らをがっかりさせるようなことなど起こしてたまるものですか!
 そんなわけで服を───

「おぉ〜〜っ! このメイド服めっちゃ凝っとるわぁ〜! あ、こっちの服もええなぁ! やっぱかずピーにもこの道の才があったわけやな!」

 ……ハテ。

「あ、あれ? 及川? 急ぎの用ってもしかして」
『!!《シュバッ!》』
「と、ととさまっ! 荷車が通るよっ! こっちこっち!」
「え? いや、あの速度なら全然向こうまで渡れる……」
「ちゅういいちびょーけがいっしょー! ととさまが言ったの! いーからくるの!」
「あ、は、はい……」

 立っているところとは反対側の服屋まで、ぱっと行ってしまおうと思ったのだが……禅に引かれて歩いてきた道を軽く戻る。
 そうして振り返ってみると…………服屋で騒いでいたはずの及川の姿がなくなっていた。
 えっ!? あれっ!? イリュージョン!?

「ど、どうしたの? ととさま」
「えっ、どう、って……いや、さっきあそこに及川が……あれぇっ……!?」

 俺……疲れてるのかな……。
 及川と久しぶりに燥げて幻覚でも見たのかな。
 ああやばいな、それはやばい。
 そうだよな、大体俺は今日一日を娘達のために使うと誓ったのだ。
 及川のことは忘れよう。
 丁度荷車も通り過ぎたし、及川のことは…………おい……

「…………なんか今の荷車に、どっかで見た髪の色した眼鏡が乗せられていたような……」
「え、えー? ぜぜぜ禅は見えなかったけどー……?」
「……そ、そうだよな、気の所為だよな」

 そうだとしてもあんなズタボロ状態なわけがないよな、うん。
 きっとなにかの傷んだ荷物だったに違いない。

「さて、服を……って」

 ハテ。さっきまで周りに居た娘達が、禅以外居ないんだが。

「丕? 子高? 延? 述、柄、邵? j〜?」
『ここに《シュザァッ!!》』
「おぉわっ!? どこの忍者だお前らは! 何処に行ってたのか知らないけど、来るならもっと普通に来なさい!」

 何故か呼び出された忍者のようにシュタッと降ってきた子供たちに注意を。
 というか……なんでそんなにぜえぜえしてはりますの?

「………」

 …………。

(ああ、トイレか) *違います

 ここは踏み込んだことは訊くべきじゃないな。
 さて、娘に似合う服を探すとしますかぁっ!


───……。

……。

 そうして……何度か娘達が忽然と姿を消すこと十数回。
 楽しんでくれているはずの娘たちが、時間が経つごとにぜえぜえと疲労を隠せなくなってきたあたりで、いい加減どうしたものかと思考に沈むわけで。

「あの……父さま」
「ん? どうかしたか? 丕」

 jのリクエストでごま団子を食べている最中、軽く俯いた我が娘がおそるおそる声をかけてきた。
 なんというか。まぁ。
 こういう雰囲気って、相手が娘じゃなくてそーゆーお年頃だったら、恋人みたいに見えるのかなぁ。

「……あの眼鏡って人間ですか?」

 でも話題は恋人トークとはかけ離れすぎていた。

「いや……うん、まあその……ほら……な? に、にん……人間……?」

 すまん及川。断言は無理だ。お前絶対おかしい。
 そしてもう眼鏡で通ってしまっている。許してくれ。言っても直してくれないんだ。

「ま、まあ多少は頑丈なところもあるけど…………多少? いや相当……相当?」

 なんかもう相当どころじゃ済ませられないタフさを感じる。
 ちっぽけな根性どころじゃない、生命体としてのタフさというか。

「なるほど……父さまもあれを人間として認めていないと」
「いやっ! 一応人間ではあるはずなんだぞ!? 頑丈なだけで───……、……うん。ていうかな、丕。あいつの存在には俺も助けられてるんだ。友達を悪く言うのは、やめてくれ。な?」
「………で、でも男ですよ!?《どーーーん!》」
「ちょっと待とうか娘」

 お前はなにか、俺が女じゃなければ友人関係すら作らんとか思ってたのか。
 軽く頭を掻いてから、シツケの一環として丕の頬を軽く引っ張った。

「いふぁふぁふぁふぁ! いふぁい! いふぁいでふふぉーふぁま!」
「及川は友達だ。天での友達。こっちじゃ俺は支柱って立場で、気安く友達になってくれるやつなんて居ないの。……丕なら解るだろ? お前が子桓さまって呼ばれる状況と同じなんだよ、俺の立場って」
「……あぅ……」

 グミミミミと引っ張っていた頬を離す。
 出るのは溜め息。でも、なんとなく相手がどうなるかも解ってたから、その頭を撫でた。

「ごめんなさいは無し。自分だけ寂しがって、っていうのも無し。どの道、こういう立場で友達ってのは難しいもんだよ」
「と、父さ《ぽむすっ》わぷっ」

 なおも謝ろうと見上げてくる娘の頭を、多少乱暴に押さえつける。で、わしわしと撫でる。

「まあ、だからって仲良くしろなんて、とーさん言いません」
「え……?」
「ただ、一方的に嫌うことはやめてほしい。ちゃんと相手のことも知って、その上で……まあ、だめだったら嫌ってくれ。……な、丕。もし俺とも華琳とも別れて、知ってる人がだ〜れも居ない場所にいきなり飛ばされたら……どうする?」
「ど、どうするって…………解りません。なってみなければ……」
「そうだよな。俺もそうだったし、多分……今、及川がそんな状態だ」
「あ……」
「うん。それだけ解ればいいよ。それを知った上でぶつかってやってくれ。何も知らないで、知ろうともしないで嫌われまくる痛みは……あー……なんというか、存分に知ってるから」

 頭から手を離すと、丕はムームーと唸って……少しののち、こくりと頷いた。
 そして、散らばって燥いでいた妹たちを呼ぶと……何故か円陣を組んでヴォソォリと内緒話を始めた。

「………《ぽつん》」

 お、俺は混ざっちゃだめなのね……トホホ。
 父さんのけもので内緒話かぁ……こうして大人になっていくんだなぁ……。

「やっほいかずピー、な〜にたそがれとるん?」
「おわっと、及川っ? お前今までどこにっ……」
「どこって。やー、なんや知らんけど俺、今日は厄日なんかもしれん。なんや急に目の前暗くなってな? で、なにやら体中が痛みだした思ったら見知らぬ場所に転がっとるんや。首から下が地面に埋まってた時はどないしょ思たわ」
「むっ……《ごくり……!》夢遊病か……!」
「えっ!? これやっぱそーなん!? 夢見とるんやったら自然とそーなってもおかしないんちゃう!? とか思っとったらまさかの意見の一致……! 痛覚のある夢や〜ってだけで怖いっちゅうのに、神さんは意地悪やなぁ……俺にこないな試練を与えるやなんて……」
「そ、そっか。まあこの世界にも腕のいい医者は居るから、見てもらったらどうだ?」
「俺お医者さん苦手やねん……あ、もしかして女医さん!? この夢の中の流れからすると女医さんやろ!?」
「男だけど?」
「空気読めやコラそこは普通女医さんやろがぁあ!!」
「俺に言われたってどうも出来んわぁっ!!」

 あと顔怖いから! 顔っていうか顔色怖いから!
 などと顔を近づけてホギャーと叫ぶ及川をとりあえず押しやり、ハフゥと溜め息。
 と、そこへ娘達がやってきて、

「……呆れたしぶとさだなこの眼鏡……」

 かつてない異形のものを見るような目で、柄が引きながら言った。
 しぶとさ? ハテ。や、まあしぶといけどさ。

「お、やっほーお嬢ちゃんたちー♪ 今日はかずピーとおでかけー? ええなええなー、俺のが先に誘いたかってんけど、先越されてもーたんならなんも言えへんなぁ」
「……べつに構わないわ」
「───へ?」
「だから。べつに一緒に来ても構わない、と言っているのよ」
「えー…………え? ほんま!? 俺じょーちゃんらに嫌われとる思ててんけど、ええの!?」
「構わないと言っているでしょう? ただし父さまからは離れなさい」
「おーおー! そんくらいやったらかまへんかまへん! なんせ俺とかずピーは愛の絆で繋がっとるさかいなー♪」
「図に乗るなよこの眼鏡……!」
「しひぃ!? えっ……今、ちょっ……えっ!? 甘述ちゃん!? 今なんやすごいこと言わはりませんどした!?」
「及川ー、口調がおかしくなってるぞー」

 心なしか殺気が漏れた気もしたけど……述はムフーと溜め息を吐きつつも、一緒に居ることを許したようだ。
 ……もしかして、丕がいろいろ言ってくれたのだろうか。
 だったら感謝だな。まずはなんにしてもきっかけがないとどうにも出来ない。
 たとえばそのー……今の述を見たから言うんじゃないけど、最初の頃の俺と思春みたいに。きっかけは大事だよね、ほんと。いいほうでも……悪いほうでも。

「良い方向に転がるといいなぁ」

 思わず呟いて、歩き出す。
 今日一日と言ったからには一日中付き合おう。
 俺が歩くのに合わせて一斉に歩き出した娘たちに大いに驚くが、まあそんな驚きも今さらだ。日常日常。
 これからもこんな日常が───

「なーなー嬢ちゃんたちー♪ あと何年かしたら俺のとこお嫁に来ぃひん〜?」

 ───よし殺そう。
 じゃなくて! 落ち着け! 娘達が踏み込もうって頑張ってくれているのに親がこんなんで───

「ふふっ…………」

 ほらっ、丕だって優雅に笑って───

「……やっぱり無理ね。どう始末してくれようかしらこの眼鏡……《モゴォオオシャアアアアア……!!》」

 駄目だったァアアーーーーッ!! しかもなんかすんごいドス黒い溜め息吐いてらっしゃるゥウウ!!
 そしてザリッと足を止めて及川の眼を見上げる丕からは、華琳のような威圧感が……!

「はっきり言うと」
「へ? な、なに? 返事くれるん?」
「ええ、はっきり言わないと届きそうにないから言わせてもらうわ」
「はっきり……あー、んや、ええてええて。どーせOKもらえへんの、解っとるし」
「なっ……!? あ、あなたは! そんな浮ついたままに人の一生を左右することを!?」
「軽くてもなんでもええねん。まず目ぇ見てもらえんことには話もでけへん。んで、今日よーやっと目ぇ見てもらえたわ」
「なっ……な、なな……!?」

 眼鏡を少しおろし、にかー、っと笑う及川。
 ああ……なるほど、そういうことか。
 ……諦めなさい丕。及川はな、呆れるくらいに軽いけど、だからこそ呆れてしまうほどに人を見る人間だ。
 そんな良さに惹かれて恋人になる人が居る。居るには居る。
 けど……まあ。どうしてかフラれるらしい。
 恋を引きずるようなキャラに見えないんだけど……それだけ俺が、あいつのそっちの顔を知らないってだけだろうなぁ。

「俺な、かずピーのこと好きやねん」
『!?』
「あ、もちろん友達としてな?」
『…………《ホォオオフゥ》』

 物凄い安堵の溜め息が、我ら家族の口から漏れた。

「なんでかっちゅーと、目ぇ見て話してくれるからや。そこはあきちゃんも同じで、だからこそ信頼出来んねやけどな。そら、ふざけとる時とかはフツーに逸らすけどな? ……まあなにが言いたいかっちゅーと、目ぇ見て話さんやつに何言われても、てんで痛くあらへん。感情ぶつけるのに相手もろくに見んで、いったいなにが伝わるんやーってな? せやから、な、えーと……曹丕ちゃん?」
「“子桓”よ! いきなり姓名でとかなにを考えているのこの眼鏡!」
「あっちゃ……なっはは、すんません。で、えぇと、子桓ちゃん? 俺、眼鏡やのーて及川祐いいます。いっぺんした紹介やけど……もっぺん、改めてよろしくさせてもらえへんかな」
「………」
「…………《にこー》」
「……。まずはろくに目も見ずに話をしたことを詫びるわ。ごめんなさい」
「わおっ、謝られとるのにえらい威圧感っ」
「けれど、私は父が好きなの。だからあなたの嫁にとか、脅迫されても死を選ぶほどにごめんだわ」
「うっひゃーォかずピー愛されとるーゥ!!」
「ただ。知る努力はするつもりよ。確かに、一方的に嫌うのは卑怯だわ」

 はっはっはー……桂花〜、言われてるぞ〜。
 …………あれ? じゃあ俺ってもしかして、知られた上で嫌われてる?
 いやでも、知ろうとするどころか男って理由だけで落とし穴仕掛けられる俺だし……。

「むう……丕ぃ姉がそう言うのなら、私も……努力はしよう。ただし母を侮辱すれば今度こそ……」
「ア、アー……今度こそ? 今度こそなにー? そそそそこで止められると俺、めっちゃ怖いんやけどー……?」
「……殺す《ぼそり》」
「言われたほうが怖かったわァアーーーーッ!! いやぁああんかずピー助け《ひたり》しひぃいっ!?」
「言われたことを理解していないのか貴様は……! 父上には近づくな……!」
「えぇええええっ!!? それってこれからずっとなん!? かずピー! かずピィーーーィイイ!!!」

 ああ……なんか述が思春化してきてる……!
 まさか刃物を首に押し当てるところまで似るとは……!
 ……アレ? じゃあ今の俺、蓮華役?

「……“思春”期かぁ……」

 愛紗にもあったなぁ、そんな頃……。
 となれば、俺から及川に言えることなんてただ一つだ。

「及川」
「ああっ! かずピー! やっぱりなんだかんだ言っても助けてくれ───」
「……死ぬなよ?」
「いやァアアアーーーーーーァアアア!!?」

 肩をポムと叩いて歩き出した。
 後ろから「許可が出た……!」「許可……!」「あらあらぁ、出ちゃいましたねぇ〜」とか聞こえてきたけど、歩き出した。
 その後になんか聞いたことの無い絶叫が聞こえてきたけど、歩き出した。
 さ、次は何処へ行こうか。時間はまだある。
 娘達が喜ぶよう、努めて元気にいこう。

「荷車に乗せても戻ってきたほどです! 登姉さま、ここはもう沈しか!」
「チン!? えぇ!? 俺なにされるの!? や、やめっ……キャー! イヤー! 持ち上げんといて持ち上げんとい、て、……って、ぇえええっ!!? わわわ腕力すごぉおおおっ!?」

 後ろなど振り向かないで行こう。
 及川……俺、強くなるよ。
 その第一歩として娘達に……娘……むす…………

「お前に構ってる所為で誰一人一緒に来てくれないじゃないかこの泥棒猫ォオオオ!!」
「ええっ!? この状況で俺怒られるん!!?」
「うるさいうるさい! おぉおおお俺が娘に目ぇ見て話してもらえるまでどれほど道が険しかったか!! それをっ、それをぉおおっ!! …………述」
「はいっ!《しゅたっ!》」
「おおっ、かっこええ敬礼っ、つか落ちる落ちる! 人持ち上げながら敬礼……えぇえっ!? どどどどんな腕力ヒィイ落ちる落ちるぅうう!!」
「───沈 《クイッ》」
「了解!《びっしぃ!》」
「いやぁああんなんか今のかずピーのゼスチャーでチンの意味解ってもーたぁああっ!! たたたたすけてぇえ子桓ちゃん! 子桓ちゃあああん!!」

 首を掻っ切ってゴートゥヘルなゼスチャー。サムズアップを逆にするアレだ。
 というか、まあそれはそれとして。述に片手で持ち上げられている及川を見た。……なんというか、述も強くなったなぁ。やっぱりただ、鍛錬の仕方が悪かっただけなんだろう。
 今ではこんな、人を片手で持ち上げられるほどに………………ハ、反抗期トカ、もうないよネ? あんな腕力振るわれたら、俺死んじゃう……!

「……及川。なんというかそのー……そう気安く人の娘を呼ぶのはな……」
「おおっ? なっはは、なんちゅーか、おとうさんやなぁかずピー」
「だれがお義父さんかァアアアアッ!!! きききっきき貴様にそんなこと言われる筋合いないわぁああっ!!!」
「ヒィイ!? かずピーが暴走しとる!」
「ホォオオァアアア……! 貴様言うにことかいてこの俺を義父……! お義父さんと……!! 話のきっかけのための嫁がどうのだと思えばよもや本気だったとは……!」
「いやぁあままま待って! 待ったって!? かずピー誤解しとる! 俺ただおとんっぽいことしとんなーって」
「キッサマ既に馴れ馴れしくおとん呼ばわりかァアアーーーーーッ!!!」
「あっれぇえええ!? 今日のかずピーちぃとも話聞いてくれへーーーん!!」

 ハッ!? 話……そ、そうだ、話聞かない、ヨクナイ!
 娘の前で理不尽な怒りを爆発させるところだった!(*手遅れです)

「述、及川くんを下ろしてやりなさい」
「ふえっ!? は、はいっ」
「へ? 沈やめてくれるん? た、たすかったー……って、かずピーなんやねんその及川くんて」
「……少し、そこの茶屋で話をしようか。なぁに心配せんでも私の奢りだ。よもや……逃げたりはしないね?」
「うーひゃー……なんやかずピーがドラマでよくあるオトーサンに……」
「だから誰がお義父さんかッ!!」
「ひいっ!? ちゃうのにっ、そういうおとーさんとちゃうのにっ!」
「誰がお義父さんかァアアーーーーッ!! 許さん! 許さんぞぉおーーーっ!!」
「落ち着いてやかずピー! 頼むから落ち着いてぇえーーーっ!!」

 そうして僕は叫びました。
 叫んで叫んで……そして……

……。

 夜。

「…………《ずぅうううううう…………ん……》」

 自室の寝台で頭を抱えて悶絶する自分がおりました。

「あんなっ……あんな街中でっ……義父とかっ……ぐぅうあぁあああ……!!」

 恥でございます。
 思いっきり、恥でございます。
 なんかもう死にたい。死んでしまいたい。
 でもやらなきゃいけないことがあるので死にません。死んでたまるか。

「ああでもあんな恥ずかしいことっ……しかも及川の前でっ……むしろ及川にっ……!」

 娘はやらんぞーってどこの頑固親父ですか俺……!
 想像の中でやったりはしたけど、まさか本当に我を忘れるほどの勢いでやらかすだなんて……! あぁああ穴っ! 穴があったら埋まりたい……! 入るどころかいっそ埋まっていたい……!

「はぁ……でも、あれだけ絶叫したってことは……本心なんだろうなぁ……」

 どれほど親ばかですか俺は。
 はぁ……きっと娘達も呆れ果てたに違いない。
 ……なんでか丕がものすごい上機嫌だった気がするけど、きっと俺に気を使ったのさ……そうだそうに違いない……。
 寝台に仰向けになった状態で、ただただ長い溜め息を吐いた。

「はーあ……明日からどんな顔して会えばいいやら……」

 ───それは。

「もし及川にこのことでからかわれたら……」

 そんな、なんでもない日に唐突に起きた。

「……なるようになれだな。がんばろうっ」

 夏が過ぎ、残飯がほどよくとろけてきた───

「……いい加減寝るか。もう夜中だし」

 ───そんな時期に、起きたのだ。




「はわわぁあああーーーーーーーっ!!!?」




 ───そう、引き金は、そんな悲鳴だった。

「へ!? しゅ、朱里!?」

 悲鳴だけで彼女と解るあたり、実に独特な悲鳴である。
 ともあれ聞こえたからにはじっとしてはいられない。部屋を飛び出て夜中の通路を駆け抜けて、聞こえたと思われる悲鳴の発生源を目指して駆け───辿り着いた場所には。

「っ……!? えっ……朱里!? 朱里! 朱里ぃいいーーーーっ!!」

 気絶して通路に倒れた、朱里だけがそこに残されていた。




ネタ曝しです。 *鳩尾を踏み台にして  踏み込んだ、水月を踏み台にしての連撃。  グラップラー刃牙より、愚地克己の技。  自身を発狂寸前まで追い詰める荒行を条件、この技は実在するらしい。  ようするに腹に蹴りを埋め込んで、そこを踏み台にして肩に駆け上り、顎に膝蹴り。  その後に上を向いた顔面に肘を落とす。  キメ台詞はタ〜イムリミット。  これはアニメ版の「タイムリミットだぁ!」のほうが好きです。  でも刃牙のアニメって、格闘アニメのくせに殴る描写が手抜きすぎてね……。  とりあえず攻撃が当たればドカァンドカァンドカァンとストップモーションで3回繰り返す。その繰り返しでございます。 *シャイニングウィザード  屈んだ相手の膝を踏み台にして、相手の顔面に膝蹴りをキメる。  スクールランブルでもありましたね。懐かしい。 *虎王  ……あれ? 前に曝しましたよね? *某万屋のぱっつぁん  銀魂より、新八くん。  主にツッコミ役だけど、やる時は結構やる。 *文句は俺に言え!  蒼天の拳より。  同道朋友を売らず。その道のなんと眩しきこと。 *腕相撲で腕がコキリと  実際の腕相撲でもあったことですが、力が強すぎると本当に骨が外れるようです。  ネタとして言うのであれば、はじめの一歩で。 *夢遊病  初めて知ったのは、地獄先生ぬ〜べ〜の飛頭蛮の回だった気がする。  ……違うような気もする。 *後ろなど振り向かないで行く  弱虫は庭に咲くひまわりに笑われます。  小公女セーラでよかったっけ。  有線で歌を聞いた程度の知識です。  えー……間に合いませんでした。  2月中に上げたかったのう。  そんなわけで、とりあえず区切りの微妙なところまでをUP。  実際どうなのでしょうか、及川を混ぜての物語は。読み返してみれば、ノリツッコミを繰り返していただけに思えて仕方がない。……あれ? 元々そんな感じだったかな。  しかし相変わらず関西弁は難しく、どう書いたものかと春恋乙女を起動したり恋姫を起動したりと忙しいことをやっております。  さて、なにやら大げさな終わり方をしておりますが……残飯のとろけ具合とか朱里って時点で、あのネタかもと解る人が居たら幸いです。  では、また次回で。  及川については、あまり無理に首を突っ込ませすぎない程度に様子を見る感じで続行してみようかと思います。  違和感だらけだったら突っ込んでやってください。おまけ扱いにしてこの三話を飛ばして、次のはわわ事件を彼無しで進めます。 Next Top Back