───とある、遠い過去の話をしようか。
 かつて、世は混乱の只中にあった。
 人々は日々を生きるのみで精一杯であり、上に立つ者ばかりが私腹を肥やす日々。
 民などはほぼやせ細っており、太っている存在などは滅多に見られるものではなかった。

 当然民は“ただ黙して死ぬくらいならば”と立ち上がった。
 だが、その立ち方はあまりに間違っていた。
 向かうべき上の者には立ち向かわず、同じ苦労を味わう者の手にある僅かな蓄えを奪い、明日を生きるという立ち上がり方であった。
 当然そんな行為が許される筈もなく、そういった者達は始末され、そうすることで糧を育む者は次々と減り、世界は静かに死へと向かっていた。
 育む者が居ないというのに私腹を肥やす速度を緩めもせぬ上の者は、少ないのであれば民の分をと奪い、余計に民を苦しめる。
 そんな世を正すために、立ち上がる者達が居た。

 当然それぞれの目的はところどころで違ったのだろうが、世を変えようと立ち上がった事実は変わらない。
 己の幸福にしか興味のない者を下し、難民を招き、ゆっくりとだが人々に生きる術を与えてゆく。
 そんな勢力がのちに、大まかに分けて三つ確認され、そんな世界の歴史を三つの国の志と例え、三國志と云った。
 三国の力は強く、民の様々がこの王ならばと信じ、その国で生きた。
 糧を育み、未来を夢に見て、次第に増えた笑顔に心からの安堵を吐き。
 どの国の者も自国の王が勝つことを信じて疑わなかった。

 結果として覇王に到った者は魏王・曹孟徳。
 同盟を結んだ呉と蜀の力をも跳ね返して見せ、大陸の天下を統べ、それだけではなく敗北した二国の王にも、ここから理想の良い国を作ってゆきなさいと、下した二国を二人の王に任せたのだという。
 これこそが覇王の器であろう。
 非道な王だと思ったのなら迷わず討ちに来なさいとまで言ったとされ、人々はその在り方に惹かれたのだという。

 だがこの孟徳、歴史の初期では中々に腹黒いという印象があり、部下を苛めて楽しむという少々非道な面もあったというのだが、覇王に至る頃には随分と丸くなっていたとか。
 そんな覇王にいったいどんな心境の変化があったのか。
 それを知るには、まず彼女の前に降り立った存在、“しゃいにんぐ・御遣い・北郷”のことを語らねばなるまい。

 その者、天より遣わされし知将。
 銀の衣に身を纏い、黒の木剣を手に、人々に“笑顔”を思い出させる天使。
 魏が魏として出来る以前、曹の旗に舞い降りた彼は曹孟徳が“力”として誇っていた“威圧”を解き、警備が怖いという理由だけでその威圧を砕く行動に走り、警備を強化するだけでなく民への無用な威圧を殺してみせた。
 このしばらくののちに魏が誇るなんでも屋、“北郷警備隊”が組まれることになるのだが、それはまた別の話だ。
 ともかく彼の出現により、彼女が任されていた、歩く民が兵に怯える町や村は一変。笑顔溢れる平和な町へと色を変えていった。
 その影響だろうか。
 戦の中では鬼とさえ思えるほどの強さを誇るのちの覇王が、城では随分と顔を緩ませ、御遣いが作った天の料理に舌鼓を打っていたとか。
 なおこの知識は遺された書物より得たものを纏めたものであるため、j、ではなく私は悪くない。jではありません。どちらかというと、禅です。禅ですとも。

 そしてこの御遣いの活躍が、覇王曹孟徳を勝利に導いたとされ、魏ではそれはもう有名な人物となっていた。
 むしろのちに三国の中心に造られる都では、将の顔は知らぬが御遣いを知らぬ者は居ないとさえ云われるほどであり、もし曹孟徳が威圧を少しも殺さずに天を握っていたとしたら、こんな未来はなかったのではとさえ思えるほどであり、民のほとんどは彼、しゃいにんぐ・御遣い・北郷を随分と好いていた。
 さて、この御遣い。
 名を北郷一刀といい、姓を北郷、名を一刀。字と真名が無い存在であり、見つめると輝いて見える素晴らしいお方だ。
 その武力はのちにあの三国無双にも追いすがらんとする勢いであり、男でありながらこの武力を誇るというだけで、皆は息を飲んだものである。
 そんな、数ある彼の話の中でも不思議なものがあり───

 料理の腕は普通。
 天のお菓子を作らせたら右に出る者なし。
 鉄の胃袋を持つ男。
 炒飯と杏仁豆腐という言葉にとてもよく反応する。 
 ふと見てみると仕事か鍛錬をしている人。
 人にとんでもなく好かれやすい。
 関係を持つ女性が両手両足でも数え切れない。
 魏の種馬。
 女じゃ彼には勝てない。
 昼に武で勝った女性が、夜に床で泣かされた。
 なのに男にも好かれる。おかしな意味ではなく。

 言い始めればキリが無いが、ともかく彼は凄い。
 そんな彼が三国の同盟の証として置かれたのも、過去の知識を紐解くだけで嫌でも理解できるというものだろう。

 ───この書を読んでいる未来の人よ。
 この書は1800年後へ届いているだろうか。
 どうか未来の日本の、ふらんちぇすかという場にその者が現れたら、この書を届けてほしい。
 そして、私たちは最後まで力強く生きることが出来たと伝えてほしい。
 ……戦は私たちが勝ちましたよ。
 心配しているだろうから、ここに記します。


           呂 j


  ───……と。


「まあ、これがお前を一刀と名づけた理由なんだがな」
「にわとりィイイイイ!!?」






番外のいち/鶏が先なのか卵が先なのか? そんなの鶏に進化する前のなにかにきまってるじゃない。つまり結局はタマゴが先さ! きっと!

-_-/かずピー

 話をしよう。なんでもない、ある日常の一端で起きた奇跡的な再会とその後の話だ。
 よく再会の場面をエンディングにする物語ってあるよな。
 ゲームとかアニメとか漫画とか、喩えを挙げればキリがない。
 さて、そんな再会の後日談だが。
 ひどく現実的で夢の無い、だが正直な話をしよう。

  食費がヤバイ

 これに限る。
 あれからみんなを連れて道場に戻ったら、母上様驚愕。もちろんお爺様もであらせられたが、どう説明したものかと考えているうちに及川が暴露。
 “みーんなかずピーの恋人さんやー!”と言った彼は、ある意味勇者だ。
 偽造させた身分証の住所欄には北郷宅が記されており、なんとかならなかったのかと于吉に訊いてみれば、先立つものがありませんのでとキッパリ言われた。
 派手な服装の皆様を前に固まっている母を余所に、真っ先に問い詰めにきたお爺様。道場に連行されて、改めれて問い詰められるに到り、俺はありのまま、正直に話した。嘘を言っても仕方ないし、こればっかりは真っ直ぐに向かわないといけない。みんなと生きた世界を肯定するために、俺は肯定も否定も選んだのだから。
 もちろん悶着はあって、男子たる者の在り方を散々と説かれた。説かれたけど、それを真正面から切って捨てまくったのは我らが覇王さまであった。尋常ならざる迫力とともに、じいちゃんの口からこぼれる言葉の全てを真正面から微塵切り。
 コメカミをバルバル震わせていたじいちゃんだったけど、時間が経って多少は“思考の根元”が落ち着きを取り戻していくと、急に態度を変えた。
 いったいなにが───と戸惑う俺達を前に、一度道場を出て、戻ってくるや……一冊の書物を見せてきた。
 それが、呂jが書いたらしいものだった。
 それと俺とを交互に見たのち、じいちゃんは長い長〜〜い溜め息を吐き出して、俺に問うた。お前はどうしたい、と。
 どうする。
 その質問に対しての答えは、もう胸にあった。
 金も無ければ住処もない。だったら広い場所を提供する以外はないだろう。
 ということで、

  道場に住まわせる!

 キッパリハッキリ。
 何か言い返そうとしたじいちゃんだったけど、「……道場、継がせたよね?」と囁くと、頭を抱えた。
 ああうん、俺もいっつもこんな感じで抱えてたんだろうなぁって、そんな光景を見つめていた。
 これで住む場所はOKだった。じいちゃんに思い切りドツかれたけど、OKだった。他の家族には当然止められたけど、じいちゃんが何事かを話すと家族も納得。話自体は受け入れてもらえた。
 ……のだが。結局は食費なのだ。だってみんな、とっても食べるし。しかも家族が頷いた理由が“食費に関しては一切面倒は見ない”という条件の下だったため、さあ大変。
 当日から一致団結での食費稼ぎが始まった。当然、日雇いのバイト(力仕事優先)を探しまくっての荒稼ぎ。
 力仕事かつ複雑でないもの探しが優先される中、軍師の皆様はこの時代の知識の吸収に回される。
 最初からハードルが高いと言っても聞かないみなさまは、最初から図書館に挑み、様々を知る日々を続けた。

  で、現在。

 場所は道場。
 俺の目の前で床に胡坐を掻いて座るじいちゃんが、いつかの日に持ってきた書物を手に、名づけの理由を教えてくれた。
 うん、本当に、鶏が先なのか卵が先なのかって話だ。
 過去に行った俺の話が書物として残されており、書かれた文字が日本語とくるのだから、そりゃもう驚くしかないだろう。というか、原文がよくもまあ残っていたものだ。
 書いたのはjだ。随分と文字も綺麗だ。
 綺麗なのに、未だにお手伝いさん呼ばわりなのはどういうことか。
 ……きちんと説明したよなぁ、俺……。

「………はぁ」

 ともあれ。
 娘達の歴史が辻褄合わせに選ばれてくれていた。
 それだけで、鼻がツンとしてくるくらいに嬉しい。
 じいちゃんが居なければ泣いていただろう。

「女に好かれるところや黒の木剣、ふらんちぇすか、という部分までもが酷似しておるとくる。そしてお前の歴史と戦ってきた、という言葉。……一刀よ。お前がここに記されている天の御遣いだと、儂は思っておる。だからお前の話にわざわざ驚きもせなんだ」
「いや、その頃はまだ辻褄も追いついてなかったんじゃ……ああそっか、もう追いついたからこそ、その部分も変わってるってことか」

 いろいろ気を使ってくれただけなんだろうなぁ、じいちゃん。

「えっと。まあその、一応。で、一緒に来た女性たちが、その時代で一緒に戦った人達」
「……。ふむ? なんじゃな? つまりは、あー……」
「うん。曹孟徳や孫仲謀や劉玄徳」
「………」
「………」
「……儂、赤い髪の静かな子に肩揉みとか頼んじゃったんじゃけど……」
「うん。あの娘、呂布」
「りょっ!? ……婆さん……儂、もう死ぬかも」

 じいちゃんがかつてないほどにサワヤカかつ男らしい表情のまま、道場の神棚を見つめてそう言った。
 いや、大丈夫だから。むしろじいちゃんに気に入られようと頑張ってたから、恋。

「し、して、一刀よ。この書物、北郷という苗字と、道場があるという理由だけで、ある日に渡されたものだが。ここにある御遣いの娘達、というのは」
「えーっと。その。俺の娘」
「ぬおっ!? ならばその娘の娘というのは」
「孫で、その娘が曾孫」
「…………で! その娘は!? 祖父に隠れて子作りとはなんたることか! 抱かせい!」
「抱きたかったらその時代にタイムスリップするしかないんじゃないかなぁ……」
「ぬうう……! 儂の初曾孫……! 一刀お前、よもや自分だけ儂より先に初曾孫を抱いたなどと……!」
「や、そりゃ抱くって」
「この裏切り者がぁああーーーっ!! 祖父より早く曾孫を抱く孫が何処におるかぁあーーーっ!!」
「えぇええーーーーーっ!!?」
「立てぇい! その根性、叩き直してくれるわ!」

 どこから出したのか、竹刀片手にホギャーと憤慨するお爺様。落ち着いてくれと頼んだって聞いてくれない。
 まさかこの人が、こうも曾孫を求めていたなんて。
 …………ああ、そういえば、二度目にあっちへ行く前に、曾孫がどうとか言ってたっけ……。

「祖父より先に死ぬ孫を叱る者の気持ち、儂にも当然解る! そしてその理屈をそのままに、祖父より先に曾孫を抱く孫……許せん!」
「理屈が無茶苦茶だぁっ!! ちょ、じいちゃん本気で落ち着いてくれって!」
「問答無用ォオオオオオッ!」

 じいちゃんが竹刀を上段へと構え、キエエと立ち上がる勢いと同時に襲い掛かってきた───そんな時だった。
 道場の出入り口の戸が開き、ひょこりと顔を覗かせる三国無双が……!

「《ビタァッ!》……、……………」
「…………。……? じいちゃん?」

 来るであろう衝撃に身構えていたものの、いつまで経っても一撃はこない。
 むしろじいちゃん、こちらを見つめる恋の視線に固まってしまっていて、顔がみるみる青く……!

「……ご主人様のこと、殴る……?」
「え、あ、いや、儂はだな、その」
「殴る……?《ゴリッ……》」
「これは男と男の……」
「武器を持っていないご主人様を、殴る……?《ゴゴゴゴゴゴゴ……!!》」
「ナグリマセン」
「……《こくこく》」

 偉大なる祖父が“伝説”の眼力に敗北した瞬間であった。
 そして俺は俺で、なんだかこの祖父に物凄い親近感を湧かせていた。

「っと、それはそれとして。恋、どうしたんだ? ねねと一緒にペットショップの仕事を探すって言ってただろ」
「《こくり》ん……見てきた」
「もう!? ……どれだけ急いで行ってきたんだよ……あ、で、どうだった? 仕事、出来そうか?」
「……仲良くなった子が目の前で買われていった……」
「……あの。恋さん? 提案された時にも言ったけどさ。動物を家族って言える人にペットショップは辛いと思うぞ……?」
「ん……いい、やる。これも弱肉強食……!」
「ある意味合ってるから違うって言いづらいなぁもう」

 仕事はそれぞれの個性を前に出したもので決まりそうだ。もちろん最初はバイトで。
 料理上手な流琉や斗詩も、まずは食事処で仕事をして、調理師の免許を取ってからという段階を踏み始めたばかりだ。(*ちなみに調理師免許は食事処での二年間以上の実務経験が受験条件に含まれているため、いきなり店を構えるなんてことは出来やしない。それはかの孟徳様とて同条件にございます)
 恋もその道で先を目指すならと、専門学校への入学を……とか、いろいろ忙しい。
 そういったものの内容確認や対処法を率先して調べてくれているのが、詠だったりする。頭に冷えピタ張って調べごとをする姿が、なんというか妙に様になってるんだよなぁ……“キミ本当に過去の人?”って訊きたくなるくらいに。
 でも詠さん? 頭を冷やしたいなら貼るところは額じゃなくて太い血管のあるところにしようね。額に貼ってもあまり熱は取れないから。

「年齢偽装とかよかったのかなぁ……みんな来年からフランチェスカとか専門学校に通うつもりなんだよな? 勉強とかなんとかなりそうか?」
「なんとかする……!《こく……り……!》」

 なんとも力の篭った頷きだった。
 その頃には俺はもう卒業してるんだけど、いろいろ心配だなぁ。
 王様や、その臣下が一つの学園に勢揃いするわけだ。
 妙な派閥とか出来ないといいけど。学園三国志、みたいに。
 …………いや、シャレになってないから考えるのはよそう。

「むう……ふと気づけば孫が儂を追い抜くという、妙な状況……。“銅鏡”、のう……不思議なこともあるものよなぁ」
「まあまた銅鏡が見つかったところで、もう別の外史は無いんだから派生のしようもないと思うけどね。……無いよね? なにかしらの“いわくつき”のものとか」
「ふむ。……おお、そういえば蔵に随分とまあ古びた刀があってだなぁ。いつからあったのかさえ忘れてしまった、それはもう不気味なものなんだが」
「封印してください」
「む? 派生のしようがないから、別にどうでもよいのではないのか? お前が一人前になったら譲ろうと思っていたんだが」
「いわくつき、って条件で思い出された刀より、あの黒檀木刀を正式に譲ってほしいんだって。あ、もちろん金は働いて払うよ」
「おおぉ……あれなぁ。不思議と手に持っても、儂の手にはもはや馴染まなんだ。同じものを握り続けていれば、握る部分が手の形に変形する、という話はあったが……氣、だったか。お前がずっとそれで包んでいた所為かな、ちっとも変形しておらんというのに、誰が持っても馴染まんものになってしまっている」
「そりゃ、随分と長い時間を一緒に過ごしたしなぁ」

 アレに何度命を救われたことか。
 ていうか、貂蝉の話だとあんまりにもアレを持って氣を繋げていた所為か、木刀自体に氣脈が出来ているらしい。普通じゃ考えられないそうだ。
 だから俺の氣だったら木刀に瞬時に満たされるけど、他の人の氣は馴染まない。大事にされたものには魂が宿るとか言ってたけどなぁ、まさか氣脈が出来るとは。
 そういう理由と愛着もあって、件の謎の刀なんぞよりもあの木刀を正式に譲ってほしいのだ。あれじゃないと上手く立ち回れる気がしないし、この時代じゃ篭手と具足を直す真桜工房も無いしなぁ。
 今でも鍛錬は続けていて、みんなには御遣いの氣の扱い方を教えていたりもする。皆様覚えるのが早く、早速ボコボコにされているこの北郷めでございますが、それでも人の順応ってものは素晴らしいもので……勝てないまでも、粘るくらいなら出来るようになっていた。
 ええはい、最初はてんで勝てませんでしたとも。ただでさえ強いお方たちが、さらに氣を増幅させてしまったのだ、普通にやって勝てるわけがない。

「あれは知人に造ってもらったものでなぁ。儂としてもそれなりに愛着がある。元々が黒檀の素振り刀、という名が示す通り、素振り用のものとしてお前に貸したものだ」
「その“貸す”を“譲る”に、なんとか……! 頼むよじいちゃんっ!」
「蔵の刀は」
「要りません《キッパリ》」
「………」
「………」
「ならばあれよなぁ。刀とともにならば考えんでもない」
「どれだけ手放したいんだよその刀!」
「これだけ歳を取れば、妙な直感というものを感じるものよ。“あれ”は危うい。まるで誰かが触れるのを待っているかのようだ」
「……じいちゃん。触れたことは?」
「危ういと言ったろうが。誰が触るものか」
「………」
「………」

 俺の奇妙な危機感知能力って、じいちゃんからの遺伝なのかしら。
 まあ、解ってたところで大体地雷を踏む俺だけど。

「……ほんとに、その条件でいいのか?」
「応。子供でも産まれたら、そやつに継がせてしまえ。それでお前も共犯よ」
「孫になんてものの片棒を担がせようとしてんだこのお爺様」
「ともかくだ。迂闊に触らんようにとお嬢さん方にも言っておけ。木刀は、まあ……お前が持っておけ、まったく。道場をくれてやっただけでは足りんのか、欲張りな孺子よなぁ」
「! じ、じいちゃん! じゃあ!」
「まあそれとこれとは別だから、10万はきっちり払うのだぞ」
「ワーオ!」

 ちゃっかりしてらっしゃる! 譲ってくれれば深く深く感謝してたのに!
 まあそれはこっちの都合だから、言っても仕方ないことだけどさ。

「……じゃあ、じいちゃんも曾孫の名前全員分、考えてくれよ……? 恩返しがどうとかって、そういう約束だったよな」
「ぬごっ!? お、おおお……!? ごほんっ! ……一刀よ。ちなみに娘は何人くらい……」
「将の数にプラスして、一人じゃなかったこともあったから……まあ、50人以上は確実だ」
「───」

 その時俺は……喜びと悲しみとを混ぜ合わせた、まるで虚しい戦いを続けた歴戦の勇者のような表情を……祖父の顔に見たのでした。


───……。


 それぞれの生活が始まった。

「これが冷蔵庫なぁ〜……っへぇえ……中身気になるわぁ〜……たいちょ、分解してええ?」
「やめなさい」

 北郷宅を拠点に、みんなが一歩から始める新生活。

「おぅい公瑾〜! 儂の服を知らんか〜!?」
「祭殿が脱ぎ散らかしたものなら、思春が持っていきました」
「ちょっと冥琳〜!? 私の靴下がないんだけどー!」
「既にそこに分けてあるだろう、訊くよりもきちんと探してから言え」
「訊いたほうが早いじゃない。さってと〜、退屈しない内はお仕事お仕事〜♪」
「……策殿が仕事仕事と言っていると、不気味なものがあるのぉ」
「同感です。まあ、この時代のものに興味がある内は迷いもないでしょう」
「でもそろそろこの仕事飽きてきたかなぁ。ねぇめーりん? 他の仕事探していい?」
「権殿に報告してもいいのならな」
「あー……も、もうちょっと頑張ってみよっかなー……。逃げ場無いし、ずうっとねちねち怒られるのも……ねぇ……」
「ああ。当然私も存分に説教するがな」
「じゃあ行ってくるわねー! あ、祭ー!? 今日はウェビスとキリンジのビールを飲み比べるから、先に飲んでちゃだめだからねー!?」
「酒の話はいいからさっさと行け。寄り道はするなよ」
「はいはいしませんしませーん」

 俺がそうだったように、みんなもまずは常識的なものから学んで、自力をつけるところから始まった。
 そこから早速日給を手に入れて勇ましく帰ってきた女性たちに、なんかもう早速力仕事で仕事場に馴染むことが出来た云々を聞いて、引き攣った苦笑いをこぼしてしまった俺は悪くないと思う。

「む、むむう……この場合、どちらを買うのがいいのだろうか……。こちらは安いが……何故同じものなのに値段が……? やはり質が……?」
「愛紗、買うならその賞味期限間近の安い方だ。我々の人数で賞味期限の短さは気にするな。鈴々、余計なものは入れるな。我々に菓子を買う余裕などないぞ」
「……思春? 思春は随分と、あー……なんだ。この世界に馴染んでいる気がするのだが……」
「北郷に財布を預かったからには、全てを仕切らせてもらう。余計なものに使う金なぞ存在すると思うな」
「でも自分で稼いだ分くらいは自由に使いたいのだ! 雪蓮だってびーるとか買ってるのだー!」
「問題はない。勝手に使った数だけ食事から抜かせてもらっている。米すらでなくていいというのなら存分に買うがいい。使った金額の分だけ次の食事にも影響することを忘れるな。一食我慢すればいいなどと、甘いことをぬかすつもりはない。───星、そのメンマはやめておけ。会社の名前で値段ばかりが高く、質も量も大したことはない。───愛紗、今日の料理に生魚は要らん。置いてこい」
「……ふわぁあ……! 思春ちゃん、すっかりこの時代の人って感じだね……!」
「なんだかおかーさんって感じなのだ」
「!《ボッ!》……つまっ……こほん。つまらないことを言うな。財布の紐を任されたからには、気を引き締めなければと思っているだけだ」
「あはは、そうだねー。確かに私や愛紗ちゃんが持ってると、お願いされたらついつい買っちゃおっか、ってなっちゃいそうだし」
「う……それは、その。桃香さま、私はそのようなことは」
「鈴々ちゃんにおねだりされ続けて、ずっとダメ〜って言える? 愛紗ちゃんなら、“今回だけだぞ”〜とか言って、結局買っちゃうと思うなぁ」
「うぐっ……! それは……」
「にゃはは、よくわかんないけど、財布は思春が持ってたほうがいいということなのだ」
「ふむ? しかしなぁ鈴々よ。主が持っていた書物……“まんが”によれば、多くの場合は財布を預かる女性というのはその男の“妻”という立場のようだが」
「重いだろう思春。その財布、この関雲長が預かろう」
「断る」

 俺も学校があるからつきっきりでなんていられないし、みんなも何もせずに道場で待つ、なんてことが出来るほど退屈好きじゃあない。
 すぐに行動に移るあたり元気がいいことだが、そういう行動にこそ助けられているのも確かだ。

「あ、あ、あうぅうう……! もう我慢できないの! お洒落したいーーーっ!!」
「おわー!? 沙和がついに我慢の限界に!? ちょっ、凪ぃっ!? ぼさっとしとらんと押さえるの手伝いぃ!」
「あ、ああっ!」
「働いて帰ってきてもお金の管理は思春さんだから手元に残らないし! 服とかもっとほしいー! 阿蘇阿蘇……じゃなくてふぁっしょん誌もー!」
「うっ……押さえといてなんやけど、気持ち解るなぁ。ウチも機械のことをもっと調べたいなー思とったし……でも先立つものがなぁ、お金がなぁ、難しい話やなぁ」
「というわけで思春さん! お金くださいなの!」
「一ヶ月以上を水道水で生きたいなら止めはしないが? 言っておくが一切の冗談も情けもありはしないぞ? 塩の一粒さえ許さん」
「いえっさー我慢します! なの!」
「ウチせめてカルキ抜きがええ! 水道水はやめたって!? ちゅーかちゃんとおまんま食べたいです! ほ、ほら! 凪からもなんかゆーたって!」
「私まで巻き込むな!」

 全員が近くに居る現代での生活は、新鮮といえば新鮮で……心配といえば物凄い心配だった。

「わ、わわわわっ!? ちぃちゃんっ、せんたくきーが泡噴き出したよ!?」
「えぇっ!? ちゃんと説明書通りにやったわよ!? 読めないところは飛ばしたけど! なによこの妙な文字!」
「ちぃねえさん、それがアルファベットよ。解らなかったら訊いてってあれだけ言ったのに、なにをやっているの……」
「こ、こんなものは適当でやればどうとでもなるわよ! この液体が綺麗にするっていうなら、いっぱい入れたほうが綺麗になるに決まってるんだから!」
「ちぃ姉さん……思春さんに散々節約を言い渡されたの、忘れた……?」
「あ」
『………』
「やっ、ちょっ……なんで無言で距離取るのよ! べつに私がなにかするとかじゃないでしょ!? 大体ここにあの朱い悪魔が居るわけじゃ《ポム》ほきゃああああーーーっ!!? だだだっだだ誰!? どうせ一刀でしょ驚かせるんじゃ出たぁああーーーーーーっ!!? や、ちっ……ちちがっ違うのっ! これは入れ過ぎとかじゃなくて、あるふぁべんとーとかいうのが悪いんであって、ちぃはべつにっ!」
「洗剤の値段、噴き出る泡と水の量から換算……貴様の夕餉はないものと知れ」
「いやぁあーーーーーーっ!!?」

 ああそれから、思春がやたらと張り切って、いろいろなことを担ってくれている。
 分担しようって言ってもやわらかい笑顔で“なにも心配はいらない、私に任せろ”とか言い出して、この世界のことの勉強から仕事、家事やらなにやら、様々なことに手を出し始めた。
 ……もしかして思春って……いや、もしかしなくても、一線を越えるとものすごーく過保護になる……タイプでしたね。そもそも蓮華に対してもそうだったし。
 それが、自分の臨終の瞬間、俺の泣き顔を見てしまうことで爆発した……ってことでいいのでしょうか。自分が関係してしまっている分、認めるのがものすごーく恥ずかしいのですが。
 ただ、言わせてもらえるのなら……今の思春、過保護すぎ。

「忘れ物はないか?」
「あ、ああ」
「歯は磨いたな?」
「磨いた……っていうか無理矢理磨こうとしてきたじゃないか」
「お前がもたもたしているからだろう。それと、ボタンはきちんと上まで締めろ」
「いや、これ上までやるとキツいんだよ。筋肉ついてきたし」
「だとしてもだ。お前がだらしのないヤツだなどと思われるのは屈辱だ。もういい、私が───ああこらっ、動くなっ」
「いいって、自分でやれるからっ。……ほら、これで《さらさら》ってなにすんの!?」
「髪もきちんと整えろ。髪は洗うくせにお前はいつもこうだ」
「梳かしてもこうなるんだって! クセ毛なんだよ!」
「……よし。じゃあ───いや待て、靴下が裏返しだ」
「靴履いてから気づくか普通! いやちょっとやめて無理矢理脱がそうとしなくていいから! やめてその仕方の無いやつだなぁって顔!」

 ……過保護だ。
 蓮華が引くくらい過保護だ。

「なに? そんなことを相談しにきたのか?」
「そんなことって……秋蘭、こっちにとっちゃ随分と重要なことだぞ?」
「ふむ……まあ、興覇にしてみれば北郷、お前のことがそれこそ大事な身内に見えて仕方が無いのだろう。私や姉者が華琳さまをそういった目で見るのと同じく、やつにも心から守りたい者が見つかったと、それだけのことだ」
「それって蓮華じゃなくて?」
「それはそうだろう。私や姉者は、華琳さまや北郷以外とは、ああいった関係に到りたいとは思わんぞ? 興覇が抱く“大事”の方向性は、そういったものだろう。受け止めてやればいい。自分が許容できる限界までな」
「……そういうものなのか」

 そんな過保護に対しての疑問や疑問解決、果ては暴走やら喧嘩やらもしょっちゅうあったけど、今のところはまあ……なんとかやれているのだと思う。

「フッ……今日も私が誰よりも貢献したぞ……! これを見ろ北郷! 給金が増えたぞ!」
「あの、華雄さん? 一日毎に襟首掴んで封筒突きつけるのやめてくれませんか……?」
「む。そうは言うが、他の者たちは“あぁはいはい”としか返してくれん。真面目に向き合ってくれるのがお前くらいなんだ」
(そこでしょんぼりされると余計に逃げられないんだけどなぁ……)
「まあともかく見てくれ。ええっと、なんだ? ふくざわ、という紙が一枚増えたぞ。これは高いのか? ああまあともかく私の武が評価された証だ! 誰よりも貢献した者に一枚贈呈されるという話だったのだ。やはり誇るべきは武であり力。存分に発揮してみれば見事に認められた」
「そ、そっか」
「北郷、お前は誇ってくれるか? そ、それともやはり武だけではだめだろうか。いやしかし、武が……武……私にとって武は誇るべきところであり……いやしかし……」
「もちろん誇らしいよ。華雄が一番得意で誇るべきところが認められたんだ、嬉しくないはずがないって」
「《ぱああっ……!》そ、そうか……そうかぁっ……! フッ……ならばもはやなにも躊躇する必要は無い……! 人員不足で嘆く仕事場の憂い、この華雄の武を以って終わらせてくれる!《どーーーん!》」
「……お手柔らかにな。俺は華雄の武も立派なものだって誇ってるけど、体だって心配なんだから」
「! ……そ、そうだな。そうか、そうだ。一度体験したとはいえ、私の体はもう私だけのものでは……いや身籠っているわけではないが、こう、将来的には……」
「ごめんな。あの頃みたいに都を担ってるわけでもないから、お金のことじゃ本当に苦労かける」
「む? ……フッ、それこそ気にするな。逆に“武将”の在り方がよぅく味わえる。国の援助があったから生きていられたあの頃とは明らかに違う。武というものがこれほど知に遅れを取る世界に立たされて、自覚出来ぬほどに愚かなわけではない」
「華雄……」
「私たちは生かされていた。他でもない、あの頃の国や都に。つまり北郷、お前にだ。お前は立派に私たちを支えてくれていたのだな。……ならば、今度は私たちの番だろう? 思春ではないが……お前は必ず、私たちが守る。共に生き、共に逝こうぞ、我らが柱よ」
「…………ああ。……───ああっ!」

 自然と、胸をノックする回数が減ってきたのは……きっと、自分の中にそれだけ、物事に対する覚悟というものが固まってきたからなのだろう。
 困難を前に、きちんと前を向いて歩く。
 それだけのことに足を震わせていたあの頃とはもう違うのだ。
 50年以上を生きて、それでも決められない覚悟はあっても……絶対に立ち向かえないのかと言われれば、きっと俺は首を横に振るえる。
 向かうものが違っても、恐怖の方向性が違っても、きっと……外史って世界に立ち向かうよりは、よっぽど気楽なのだろうから。
 ……ええはい、怖いものは怖いですがね。

「せいやぁあああっ!!」
「おぉおおおおぁあああっ!!!」
「おうおう、飽きもせずにようやるのぅ」
「あら祭さん。今日、お仕事は?」
「午前で終わりじゃ。ほれ、すぅぱぁで安売りしとった350缶じゃ」
「すまんな。ほれ紫苑」
「ありがとう。もう、また思春ちゃんにおかずを引かれますよ?」
「おかずの一品が惜しくて酒を抜けるか。いざとなれば穏のやつからちょろまかせばよい。まあ、思春のやつもきちんと酒の値段を見ておかずを抜くから、儂も儂で計算しながら飲んでおる。言葉通り、これも計算のうちよ、かっかっか」
「それに私たちまで巻き込まないでほしいのだけれど……はぁ《カシュッ》」
「言いつつも誰よりも先に開けとるぞ、紫苑《カシュッ》」
「うふふ、だってご主人様の戦いを見ていながら、飲まないなんて」
「応、もったいないというものじゃろう。で? そうまで言うなら桔梗、お主の分は必要なかったか?」
「開けたものを飲まずに返せば礼を欠くというもの。喜んで頂く」
「素直ではないのぉ。で、北郷のやつはいつからやっておる」
「朝から。丁度祭さんが出かけて、いつもの鍛錬から始めて、星ちゃんが混ざってからよ」
「ほーう……? 北郷も随分と氣の扱いが上手くなったのぉ」
「まあ、当然よなぁ。我らが死んでからもずぅっと鍛錬を欠かさなかったと聞く。見る者が見れば荒削り……と言いたいところだが、なかなかどうして。北郷の動きとしてはあれほど無駄がないというのは……くっく、うずくのう。武器さえあれば一手願いたいほどよ」
「ええ。ふふ……今では左慈ちゃんを、ええっと、いめーじとれーにんぐ? の相手として見据えて、鍛錬をしているそうなの。左慈ちゃんの動きは見たことはないのだけれど……あの速さを見るに、よっぽど速いのでしょうね……ねぇ祭さ───あら?」
「よぅし北郷! 次は儂じゃ! 星、ちぃとばかり退いておけ!」
「あ、あー……もう、祭さんったら……桔梗、あなたからも───あら?」
「いいや次はわしだ! 祭よ、順番は守ってもらわんと困るぞ!」
「武器がないと言っておったろう!」
「そんなものは星が持っている竹刀で十分よ! さあ星! さっさとそれを寄越せぃ!」
「ほお、ふむふむ。なるほど、お二方の意見はよーく解った。解った上でお断りする。そもそも無粋というものであろう、人の決闘に土足で割り込むとは」
「決闘!? え、あ、えぇ!? 星!? 俺、星が練習って言うから付き合ってたんだけど!?」
「はっはっは、なんのことやら知りませんなぁ」
「知らんのなら寄越せ! 儂に!」
「いいやわしだ! これは譲れん!」
「あ、あらあら……はぁ、まったくあの二人は……」

 そんな、胸の中にもうある覚悟をもって歩く世界は、賑やかだ。
 楽しいことばかりではもちろんないけど、それでも。
 約束された幸福が手の中になくても、一日の生活に目を回しながらやりくりをしていても、それでも……賑やかであることには違いなんてなくて、そんな世界で笑っている。
 ……なぁ、娘達。
 きみたちが到った世界は平和だろうか。
 誰もが笑っていられる国は、まだそこにあるだろうか。
 誰かと誰かの間に立って、手を繋げる笑顔は……そこにあるだろうか。
 いつか必ずそこへ行くから、どうか待っていてほしい。
 その時は……おかえりを受け取ろう。
 だからどうか、ただいまを言わせてほしい。

「な〜に空なんかボーっと見てるのよ」
「んあ? ああ、詠」
「ああ、詠、じゃなくて。なにかあったの? 最近のあんた、ボーっとしてるか騒動に巻き込まれてるかのどっちかじゃない……って、それは前からね、悪かったわ」
「それについて謝られると泣きたくなるからやめてくれ」
「で? なにかあったの?」
「なにかあった、っていうかなぁ……あのさ。ここ屋根の上だぞ? たまたま通りかかって来られる場所じゃあないんだが」
「なによ。たまたま通りかからなきゃ声もかけちゃいけないの?」
「ほら、よくあるだろ? 詠みたいな性格の子が言う常套句。たまたま見かけたから声をかけただけよー、とか。先読みして言ってみた」
「まあそうね。月と一緒に夜空を眺めてたら、屋根の上でくしゃみをする馬鹿が見えたから、ちょっと引きとめに来ただけよ」
「引き止め? なんで?」
「月がお茶を淹れてるから、持ってくるまで待ってなさい。無駄にしたら突き落とすわよ」
「おお、そしたら氣を使って着地するな」
「……いよいよ返事が変人じみてきたわね」
「俺もそう思う」

 とはいえ、当たり前のことだけど考え事をしながら生きる日々に終わりはない。
 あれがああだったら、なんて誰もが考えることだろう。
 長い時を経て一つの外史に到った俺でも、それを思わない日なんてない。
 誰だってきっと、“最高の現在”を望みたい筈だ。
 それが叶う世界に辿り着いてもまだ、手に入れられなかったものなんてたくさんあるのだ。
 誰かが言ったね、この世は後悔ばかりで構築されてるって。
 後悔があるから改善のために誰かと何かが動いて、動く度に別の後悔が生まれる。
 人は何度“やり直し”が出来るように作られても、満足には至らないってじいちゃんが言った。
 生きていれば必ず後悔に突き当たり、こんな筈じゃなかったと過去を懐かしむのだそうだ。
 それはそうだ。後悔の無い自分は“新しい自分”だ。新しいものに前知識なんて存在しない。何処へ到れば幸福なのかという例もないのなら、想像もつかない世界など……到ってしまえば後悔だらけだ。
 そうして新しいことばかりの世界で、自分は“もっとああ出来た筈だ、こう出来た筈だ”と後悔する。
 そんな自分ばかりが浮かぶ───のだけど。

「北郷一刀ぉおおおっ!!」
「左慈ぃいいいいっ!!」
「ちょっと付き合え! 拒否権は無い!」
「いいやお前が付き合え! 公園なんかじゃなくて道場来い! 暴れるぞ!」
「望むところだ! ……まったくなんだこの世界は! 生きづらいったらありはしない! 貴様本当にこんな世界を望んでいたのか!?」
「なにからなにまで自分の思い通りに統一できるわけがないだろうが! それくらい考えろこの馬鹿!」
「なんだと貴様ぁあっ!!」
「否定を選ぼうとしてたお前が自分を否定されて怒るなって言ってるんだよ!」
「だったらまずこの世界の在り方をなんとかしろ馬鹿野郎!! ただ怒るだけでろくに仕事もしない男が、社長の息子だから上司!? それだけを理由に人を見下す世界なぞさっさと統一して変えてしまえ!」
「無茶言うなったらこの馬鹿!」
「なんだとこの野郎!!」
「なんだったら今ここでやるかこの野郎!!」
「のぞっ───……いや待て。大変受け取りたい提案だが、俺自身やっておかねばならないことがある」
「へ? ……珍しいな、お前がノってこないなんて」
「いいから聞け、北郷一刀。俺は貴様にどうしても言っておかなければならないことがある」
「? なんだよ、それ」
「貴様……いつになったらこの国の王になるんだ。さっさと一夫多妻を認めさせ、国の在り方を変えろ。それをするなら俺も于吉も協力してやらんでもない」
「……お前どれほど今の世の中生き難く思ってんのさ……」
「指示するだけでろくに働かん上司が俺よりも給料がいい世の中が、どれほど生き易いと言える」
「どの世界もそーゆーところって同じだよなー……」
「殺してもどうにかなっただけ、過去の方がまだ楽だ。力が振るうべくを善しとされた時代の終わりが、こうも窮屈だとはな。呆れすら朽ちる世だ。貴様らはいったい、こんな世界になにを求めた。何を願えばこんな世界に希望を抱ける。何を目指せばこんな世界を肯定出来る」
「……まあ、散々と“難しいことなんて”〜考ってえてきたんだけどさ。こういう時はたったひとつだよ。こういう時だけは難しく考えちゃいけないんだ。深刻になるな、なんて言葉があるだろ? “考えすぎっていうのはそれだけで難しい”んだよ。願うことも目指すものも単純なほどいい。馬鹿馬鹿しくたって、ただそれだけでホッと息を吐ける瞬間があることさえ知っていればさ、あー……その。えっと」

 生きる理由が“笑いたいから”ってだけでも、この世界はまだまだ楽しいのだ。
 “難しい”は要らない。“楽しい”を掻き集めて、馬鹿みたいに笑ってみればいい。
 この世界をやめる時なんて、全く笑えなくなった瞬間か、この世界を手放したくなった時か……自然に死ぬ時だけでいいんだと思う。
 目指した位置には辿り着けたんだ。
 もうお釣りばっかりで、支払うものなんて覚悟だけで十分だって……誰かに言ってほしい。これからも命懸けじゃなきゃ目指せないものばかりだというのなら、世界ってものは本当に……やさしくない。

「肯定否定を合わせて願ったこの世界だけどさ。それは願われたものであって、叶ったものとは違うんだよな?」
「? どういうことだ」
「ほら、俺はこうあってほしいって願っただろ? で、世界は統一された。でもたとえば、俺が“この人はこうだったらな”なんて考えた相手が居たとして、その人がそんな風に変わるとかはありえるのか?」
「さあな。人の在り方まで強制的に変える力がアレにあったかなど、俺は知らない。そもそも使っていたのはほぼ貴様だけだろう。俺に訊くな、お門違いだ」
「うぐっ……それ言われると辛いな……。ええと、何を言いたいかっていうと、願った世界ではあったけど、人の性格までもが俺が願う通り改善される、なんてことはないわけだよな? だから俺に世界の在り方をどうにかしろ、なんて言われたって無理だぞ?」
「そういうことか。ああそうだな、その点に関しては確かに無意味だ。だが俺がスッとする」
「お前ほんといい性格してるな!」
「フン、俺は貴様と違って、思ったことは相手に遠慮せず正直に言っているだけだ」
「時には必要な性格だろうけど、常時ソレだと俺に“生き難い”って言うことこそお門違いだぞこの野郎」
「……ああそれとだな。貴様が願ったことで世界に影響があるか、という部分だが、あるとだけ言っておこう。今を変える方法が全く無いわけじゃない。今この世界は束ねられたもので、他の“もしも”がひどく希薄だ。過去にでも戻ることが出来たなら、現在をいじくることくらい容易いぞ」
「へえ……って、そうは言うけど、過去に行ったりとかはもう出来ないんだろ?」
「俺達は既に不可能だ。が、何事にも例外は存在する。例えば于吉の話に出た猫だが───って、なんだその目は」
「いや。左慈もさ、話に夢中になると普通に話せるよな〜って。会うたびに喧嘩腰なの、なんとかならないか?」
「貴様人の話を真面目に聞く気があるのか!」
「言ってから黙ってりゃよかったって思ったけどいつかは言わなきゃだろ今のは!!」
「〜〜〜っ……馴れ合いはしない! 俺が言いたいのは、求めるものが平和ばかりでは後悔するぞということだけだ!」
「え? それってどういう……」
「知らんついてくるなもう知らん!」
「知らん二回言った!? ってちょっと待て! こういう時に説明不足で去るのって、絶対にあとでよくないことに繋がるだろ! 俺もうそういうのいいから話していってくれ!」
「貴様の都合なぞ知ったことか!」
「それ言うなら俺だって知るか!」

 やさしくはないけど、やっぱり世界はいつも通りだ。
 滅多な変化を望まない限り、訪れた変化のきっかけに誰かが手を伸ばさない限り、世界はこんな調子のまま進むのだろう。

(……俺が願った世界かぁ……)

 外史に託した願いなんてきっと様々。
 俺だけがどうこう願ったからって、過去から続く辻褄が俺の思うように動くわけがない。
 それでも、多少の可能性ってものはあったんだと思う。
 外史の結合を願って、“左慈と戦った俺”の意識が一番前に浮かぶなんて現状。もしかしたら別の俺が一番前に立っていたことだって……ああいや、それも結局もしもか。
 結合を願うことが出来た“北郷一刀”が、あの時は自分だけだった。だから結合しても自分が前に出ることが出来た。全部及川が于吉や貂蝉から聞いた通りなんだろう。あとで説明されても、及川の説明だとちんぷんかんぷんだったけど。
 けどまあ。

「お〜〜ぅかえりなっすぁいご主人様ァン。ンごぉ〜はんにします? おぉ〜風呂にしますぅん? そ・れ・と・もぉん、貂ぉお〜〜ぅ蝉ちゅわんっ?」
「チェンジで」
「そんなシステムなぁ〜〜いわよん!?」
「じゃあ警備システムはあるんだから、不法侵入で警察に突き出しても文句はないだろ! どこから入ったんだよ!」
「あらぁん、普通にお客さんとして来ただけよん? 最近物騒だから、こうして家庭訪問も兼ねて近辺で怪しい人を見てないか、親御さんに聞き込みをしているところにゃ〜にょよんっ♪《ヴァチィーム》」
「《ピッピッポ》もしもし警察ですか? 今家にウィンクで突風撒き散らすビキニパンツと白衣だけのモンゴルマッチョで物騒の塊みたいな存在が」
「どぅぁあーーーれが物騒という概念を密集させて完成した美少女ですってぇーーーん!!?」
「そこまで言ってないよ!? 特に美少女!」

 悩むことはあっても、日常は日常。
 程よい……程よい? 刺激もまあまああって、退屈はしていないなら……願った甲斐も、目指した甲斐もあったのだ。
 物語にありがちなハッピーエンドの先は、幸せだけなのかって小さい頃に考えたことがある。
 散々と苦労をして、やっと魔王を倒して世界を平和にして、王女様と結ばれて胸を張れた勇者が居たとする。
 そんな彼はエンディングのあと、果たして幸せに生きていけたのだろうか。
 魔物と戦えたから応援された勇者だ。平和になった世界で、果たしてどれだけ役に立てるのか。
 華琳にも話したことだ。

  命懸けで戦って、世界を平和にしてさ。
  その後にやることが世界平和の維持、って。
  命懸けで戦うだけじゃ足りなかったのかなって。

 勇者はきっと、今度は人の争いに巻き込まれる。
 そして思うのだ。こんな筈じゃなかったって。
 倒した魔物よりもよっぽど黒い何かを見せられて、いつか……“倒してしまった魔王”を思うこともあるのだろう。
 ……こんなこと言ったら左慈は絶対に“気色悪い、殺すぞ貴様”って返すだろうけど。
 “勇者だって人間だ”。
 天の御遣いとして、支柱として立ってみたから解ることって、結構ある。
 そうして、多分……物語で言うエンディングのその後に立っている今の俺は……やっぱり、幸せ、ってだけの場所には立っていられてなかった。
 苦労のあとに来る幸せの方が嬉しいものだっていうのは、まあ解るけどね。


───……。


……。

 そういったこれからのことを相談したり想像したりしている、とある日、とある現在。
 俺と華佗は俺の部屋でのんびりしつつも時間を潰していた。
 本日。学校はあるが、少し時間が早いのだ。

「医療免許か……我が五斗米道をどれだけ説こうと、この時代の者は受け入れてはくれなさそうなんだが……」
「かと言って、闇医者になるわけにもいかないしなぁ。まああれだ。針師の資格を取るにはいろいろ積んでおかなきゃいけない経験もあるし、やっぱり学園卒業からだろ」
「勉強だけを修了させて、試験に臨むことは出来ないか? こうしている間にも病に苦しむ者が居るんだ。そんな人達を見過ごすには、学園卒業は長すぎる」
「高校卒業程度の認定試験に合格してればいいって、どっかに書いてあったな」
「そうなのか! ならばそれに合格して───」
「で、定められた養成施設を修了すること、だったかな」
「結局学ばなければいけないのか……!」
「そう言わない。あの時代には無かった病気とか結構あるんだ、学んでおかないと対処法とか解らないだろ。なんでも針で治せれば、そりゃあいいかもだけどさ。それじゃあみんな、次第に針治療しかしなくなるじゃないか。渡せる薬や自分で出来る軽い民間療法なんてものがあるから、病院が病人だらけになってないんだから」
「……そうか。救うことを考えるあまり、目先のことにしか頭が回らなかった。俺もまだまだ未熟だな。よし、ならばその養成施設とやらを一刻も早く修了し、不治の病などこの世から消し去ってやろう!」

 華佗は華佗で燃えていた。
 仕事を手に入れるって大変だ。
 そもそも学校卒業が前提となっている職だらけなので、様々な方向からどうやって望んでいる職種に就けるかが問題なのだ。
 大陸に行くのはもうちょっと生活が安定してからになるだろう。

「はぁ。俺も、大陸側に傾きすぎた知識の基準をこっちに戻さないとなぁ」
「苦労しているのか? そうは見えないが」
「ふとした拍子にね。さすがに50年以上をあっちで過ごすと、こっちに戻っても基準が向こう側になる。……“別の常識的なこと”は、こっちに側の方に向いてるのにな」

 みんなと再会するまで感覚を戻そうと頑張ってはみたものの、それも“ついやってしまうこと”にはまだまだ対応出来ていない。
 なんというかこう、人の流れを見るとその時点でどうすることが丁度いいのかとか、そういった流れが見えることがある。仕事の病といえばいいのか。こう、剣道で言うと筋のいい人を見るといろいろ教えたくなる、みたいな感じだ。
 相手にしてみれば何様だって話になるから、無理に首を突っ込むことはしてないんだけどね。後輩にこうしたほうがと教えた時なんて、いろいろ大変だったしなぁ……。一応は高学年ってことで言うことを聞いてはくれたけど、そもそもフランチェスカは女学園だ。男の言うことを聞くことに抵抗を持つ子だって当然居る。
 教えた相手が丁度そういう娘だったために、いやぁもう拒絶されるわいろいろ罵倒されるわ、その後日に何故かツンデレ怒り気味に謝罪されてもっと教えろと言われるしで、もう訳が解らなかった。
 “かずピーってほんま、天然のタラシやね”とは及川の言葉だ。

「北郷はこれから学校か?」
「ああ。過去の世界でどれだけのことをやったって、こっちじゃ学生だからなぁ」
「そうか。この時代に生きる者にしてみれば、過去などはあくまで基盤でしかないのだろうな。残るのは伝説のみで、俺達がどんなことをしてきたか、なんてことは……向こうで死ぬ前に、痛いくらいに解ったつもりだったが」
「そんなもんだよ。過去の戦を束ねてみせたんだってどれだけ言ったって、それが真実だと解っても相手にしてみれば“そうなんだ、すごいね”で終わる。……あの世界はさ、味わってみなきゃ、誰にもどうとも言えないし、多分……言ってほしくもないことだと思う」
「……そうだな」

 どう説明したって真実ごと届くことなどないのだろう。
 当然だ、想像するしかないのだから。
 だからといって映像として人の死を遺しておくわけにもいかない。
 記して遺すしか出来なかった時代の、それが精一杯だ。
 ありがとうな、j。お前達が勝てたって知ることが出来ただけで、俺もようやく救われた。
 でも“シャイニング・御遣い・北郷”は書かんでよろしかった。
 華琳が涙するほどの腹筋崩壊劇場なんて、きっとそうそう見れないぞ……?
 “これはお前のものだ”とjが残した書物をくれたのはじいちゃんだが、それを手に取り勝手に読んだのは華琳だ。そして泣くほど爆笑したのも華琳だ。
 雪蓮あたりならそうなるのも予想出来たけど、まさかなぁ、華琳がなぁ。

「………」

 書物には、都は発展させるけれど、出来るだけ原型は留めるつもり、という旨まで書かれていた。
 1800年もそんな願いが叶えられるものかな、なんて思ってしまうあたり、俺も案外現実ばっかりを見ているのかもしれない。
 そうであったなら、とはもちろん思う。
 でも、住む場所っていうのは今を生きる人が変えてしまえるものだから。
 死んでゆく者がどれだけ願ったところで、死んでしまった者の意志は生きている者の意志には勝てやしないのだ。

「……大陸の方はどうなってるのかな」
「名前は中国。紀元前からこの名前はあったと書かれていたな。現在もそのままで呼ばれているらしい」
「うん。ちょっと、怖くて歴史を紐解くことに躊躇してる段階だ」
「見てみればいい。なかなか面白いことになっているぞ?」
「面白いこと?」

 ハテ。
 面白いって、なにが?
 ……まさか中国とは表の名前で、裏の名前が北郷とか言い出す気じゃあるまいな。

「氣を扱わせれば右に出る国は無し。武道の大会に出れば確実に勝利し、様々な競技の頂点に立っている、と。むしろ世界的な競技への出場が見直され、中国は中国内で最強を決めてほしいと願われるほどだ」
「なんでそんなことになってるの!?」
「ははは、原因は大衆に氣を教え始めたとされる“天の御遣い”らしいぞ? 乱世において人々に笑顔と楽しさを教え、平和であることの素晴らしさを伝え、敵同士であった三国を見事纏めてみせた天の御遣い。彼が居なければ三国の同盟もあそこまで深いものにはならなかったとさえ伝えられている」
「……!《かぁああ……!!》」
「ちなみに御遣いの名前のほぼは“シャイニング・御遣い・北郷”で占められていたぞ」
「いっそ殺してくれよもう!!」

 ていうか誰!? 誰がその名前で後世に残そうとしたの!?
 と訊ねてみれば、どれも自分の娘の仕業であったことを知り、頭を抱えた。
 なお、呉には校務仮面の名前までもが残されており、もう俺にどうしてほしかったのやら。
 保存するために一定周期で写本を作ったのだろうが、書き写した人はどんな気分だったんだろうなぁ……いやほんと。
 でも原文も残ってたりするもんだから、俺、真っ赤。だって原文が残ってちゃ“それは違う”って言えないんだもん。

「えと……それで? 中国は今……」
「都を主体に、未だに魏呉蜀がある武闘派国家らしい」
「なんだってぇえーーーーッ!!? い、いやっ……だって……! 中国ってほんと、いろいろあったからこそあの頃の、って言われても知らないだろうけど、ああいう国に……!」
「お前が知っている中国とは何がどう違うのかは知らないが、敵となる脅威は全て討ち下し、力を高めてきた場所らしい。世界大戦とやらでもその“兵器”を持たずに“絡繰”を用い、世の戦を渡ってきたとされている。御遣いが周邵に漏らしたNINJAの話が広く伝わったようで、気配を殺して兵よりも司令塔を真っ先に始末する戦い方で、ほぼを勝ち残ってきたらしい」
「もうなんでもありだなぁもう!」

 でも絡繰って部分で少しじぃんと来たのは内緒だ。
 あー……でもあれかなぁ。片春屠くんで高速突撃して戦ったりとか、摩破人星くんで空から奇襲をかけたりとか……いや、そういったものももっと進化してるのかもなぁ。怖くなってきた、考えるのやめよう。

「当然そんな、過去にこだわりすぎる国に不満を持つ野心家も現れたには現れたらしいんだが……」
「《ごくり……》らしいんだが……?」
「ボコボコにされたのち、自分が行使している氣も過去から学んだものだろうと正論で論破され、なんか諦めたそうだ」
「なんか諦めたの!?」

 い、いやちょっと……なんかってアータ……!
 もうちょっと強い意志を持って頑張ろうとか思わなかったのか野心家さん……!

「血筋なのかどうなのか、どうにも“北郷”の血を持つ者たちは、先人に感謝する者が多かったそうだ。それが王や将の数だけ子を為していったんだ、そういう集団に至ることもあるだろう」
「先人に感謝って姿勢は頷けるよ……これで名前にシャイニングがついてなけりゃ、俺だってさぁ……」
「自分で名乗ったんじゃなかったのか?」
「ぽろっと口にしたことはあるよ!? けどそれが後世まで伝えられるって誰が考えるってのさ!」

 なんだろう……物凄く大陸に帰りづらくなっちゃった……!

「えと。ちなみにさ、その御遣いの情報って、どんなものが……」

 とんでもない誇張があったら、もう本気で帰れない。
 今でさえ恥ずかしいっていうのに、これ以上とか勘弁してほしい。

「曇天を氣の竜巻で吹き飛ばし、手からは光り輝く波動……光線を放ち、黒の木剣を構えればそれが金色に輝き、その剣からは光の剣閃を放ち、座ったままの姿勢で高く跳躍したり己の氣で空を飛んだり───」
「いやうんなんかもういいですごめんなさい《カァアアア……!!》」

 顔がちりちりと痛くて仕方ない。もう無理。
 帰るにしてもちょっと行ってすぐ帰るとかでいいんじゃないかなぁもう。

「はぁあ……けどまあ、そこまで行くともう誰が聞いても誇張だ〜とか思うよな。竜巻を発生させるなんて、普通に考えて出来るわけがないし」
「ははは、そうだな。ああちなみに、北郷の血を引く者からはどうしてか女ばかりが生まれ、ついには中国は女性天下の国家として確立したとか」
「それずぅっと昔から変わってない気がするんだけど」

 女が将で男が兵だった世界だし。

「まあそういった理由で、強い男を見てみたいという女性ばかりだそうだ。氣の扱いには慣れているそうだが、天の御遣い様のように異様と思えるほどの応用が出来ないらしい。北郷、お前は氣の応用については遺さなかったのか?」
「そりゃ、我がもの顔で借り物の知識を遺す気になんてなるもんか。かめはめ波とか操氣弾とか、鳥山先生ごめんなさいだろあれは」
「実際に撃てるんだから仕方ないと思うが。いや、いい漫画だな、あれは」

 家にあった漫画は皆様に大好評だった。
 ああ、漫画で思い出したけど、正史であった筈のじいちゃんの書物全般は、ほぼ全て外史のものになっていたそうだ。ほぼ、というのも、結局は曖昧な部分が多いためにそれが正しいかも解っていないから、というもの。
 正史は全て除外したって意味でなら、俺達からしてみればそれらは間違い無く正しい歴史だ。……もっとも、過去の人々がきちんと伝えていればだが。

「っと、そろそろ時間がヤバいな。じゃあ華佗、俺行くな」
「ああ。貂蝉と卑弥呼によろしく言ってくれ」

 貂蝉と卑弥呼はその持ち前のいかつさを武器に、フランチェスカの警備員として落ち着いた。“いかつさって何ィ!”とか文句は言っていたが、言い続けてなどいられない状況なのでお願いしたっていうのもある。
 “かよわい漢女に警備員だなんてぇい!”とか言っていたが、むしろ悪さをしに入ってきた存在が男だった場合が心配だ。

「さてと」

 ぐうっと伸びをしたら行動開始。
 ちゃちゃっと着替えて準備を整えて、部屋を出て家を出て、そこからはジョギングがてらのダッシュ。……ダッシュってジョギングとは違うよな、うん。
 けど今さらこんなんじゃ疲れもしなくなったあたり、やっぱり氣ってすごいなぁと思うのだ。
 そうして走り終えた先はフランチェスカのプレハブ。
 ボロアパート、とでも名づけたほうが形が想像しやすいそこで、まずは及川を叩き起こして学校へ。

「朝は幼馴染が起こしてくれるもんとちゃうのー?」
「どこのゲームの世界だそれは。ほら、さっさと用意する」
「シャツ脱ぐ時ってさー、こう、右手で左脇腹側を、左手で右脇腹側を持って、ゆっくりと脱ぎたならない? そんで脱ぎ終わったらビューティフル」
「お前は何処の喧嘩師だ」
「ンやぁん、俺かてそんな、ズボンごとビリビリ破くとかでけへんて〜」

 馬鹿話をしつつ、部屋を出て学園へ。

「せっかくだし章仁も起こすか?」
「やめや。あきちゃんはこれから恋人に起こしてもらうっちゅー大事なイベントがあんねや。それを邪魔したら自分、馬に蹴られてレッスン5やで?」
「無理矢理ネタ混ぜるのやめなさい」

 今日も一日の始まり。
 勉強して部活して、存分に体を動かして、時間が取れたらこちらもバイト。
 事情を話して許可は得た。大丈夫、体力には自信がある。
 仕事は土木関係。氣を思う様使って働きまくり、仕事仲間と会話をして人脈も増やしつつ、日々を過ごした。
 仕事仲間と喋っている時、どうしても警備隊時代を思い出してしまうのは、仕方の無いことだと思う。

「はぁあ……」

 そして仕事が終わればとっぷりと夜。
 フランチェスカの寮に帰るのではなく、自宅の方へと走って帰る。
 みんなの帰りも大体この時で、家の風呂では狭いので、みんなして銭湯へ。

「最初の頃は別々に入ることにツッコまれて大変だったなぁ……向こうでだって普通に別々だった筈なのに」
「俺達の方が逆に驚いたさ。まさか本当に、毎日風呂に入ることが出来るなんて」

 体を洗って湯船に浸かって、だはぁと長い息を吐く。
 一緒に来ている華佗とともに、お湯の熱を体全体で感じていると……近くに見知った誰かさん。

「……左慈も于吉も、ここの風呂使ってたんだな」
「近場にここしかないんだよ。いちいち絡んでくるな、鬱陶しい」
「素直ではありませんねぇ左慈は」
「ちょっと待て于吉。この場合での素直が何を意味するのか言ってみろ」
「貧乏なのでお金を貸してください?」
「誰が借りるかこんな奴に!! 〜〜〜……くそっ! おい北郷! なんだこの生き辛い世の中は! 何をするにも資格資格! 確かに誰もがなりたいからなる、なんて世界ではやっていられないだろうが、ここまでとは知らなかったぞ!」
「いや、お前もこの世界の在り方くらい知ってただろ? あーほら、最初の頃制服着て潜り込んでたくらいなんだから」
「───……そうかそうか。そういえば貴様は全ての外史を統一させたんだったな。つまりあの頃の、俺の願いを妨害した北郷も混ざっているわけだ。───貴様殺す!!」
「だぁっ! 風呂で暴れるなガキかお前は!」
「誰がガキだこの野郎! どいつもこいつの人の背のことぐちぐち言いやがって!」
「ええそうです。これから伸びますよ。これから」
「やめろ貴様! 微笑ましいものを見る目で俺を見るな!」

 流れとして騒げば、あとはムスっとしながらも普通にゆったり。
 最近あったことなどを話して、貧乏で苦しんでいることを知る。
 まあ、そりゃそうだ。
 急に日本に飛ばされて、裕福だから問題ない、なんてことはないだろう。
 実際問題、俺達もそれで苦労しているわけだし。

「左慈は一応フランチェスカ卒業生扱いとして、仕事は優先的に回してもらえたのですがね。これがまた、どこへ行ってもツンツンするものですから相手側に嫌われてしまいまして」
「いや……なにやってんのお前」
「しみじみ言うなぁぁっ!! くそっ……まさか普通に生きることがこうまで辛いことばかりとは……!」
「なんだか解らないが、いろいろと苦労しているんだな。貂蝉と卑弥呼はあれで結構楽しそうなんだが」
「───! ……華佗か。…………」
「フフフ、左慈。背を高くするツボはないか、と訊きたそうな顔をしていますね」
「どんな顔だ!! いいから黙っていろ貴様は!」

 お節介焼きのオカンに付き添われたワガママ坊主を見ているようだった。

「……貴様はその、どうなんだ、北郷一刀。未だに学生なんてものをやっているのか?」
「そりゃ、卒業してないし」
「于吉の力でどうとでも変えることが出来ただろう。それこそ資格なんぞも都合をつけて、女どもを仕事に就かせればよかったものを」
「みんな頑張って仕事探してるんだよ。それを能力があるからって適当に書き変えて、努力で仕事を勝ち取ろうとしている人を蹴落とせって? そんなことしたら華琳に首を落とされるよ」

 他者の仕事を奪うな、というのは暗黙の了解だったもんなぁ。
 俺も最初は怒られたクチだし。

「だから能力で仕事を、っていうのはナシ。そこらへんはみんな頑張ってるから、その頑張りを信じるよ」
「フン、信じた結果、食費で道場が潰れなければいいがな」
「シャレになってないからやめてくれ割りと本気で」

 みんな頑張ってる。
 俺も……と言いたいところだけど、学校を中退して仕事、というわけにもいかない。
 もう3年なんだ、しっかり卒業して、いい場所を探すべきだろう。
 ……あぁ、なんというか、現実だなぁ。

「あなたはどういった仕事をお望みで?」
「へっ? あ、ああ、そうだなぁ。あの世界での生活が長かった所為か、記憶力だけは無駄に……いや、そうでもないのか? 親しかった兵の顔を忘れるくらいだしなぁ……はぁ」
「そこまで全員を鮮明に覚えているほうが不思議なレベルですね」
「そうかな。……ああ、で、仕事だけど。体育教師あたりが向いてるかなって」
「営業マンなどではないのですか? 少々驚きですが」
「小学校とかの体育の先生あたりが向いてるんじゃないかって。なんか、凪と愛紗にやたらと奨められた」
「そうだな。北郷は子供の面倒を見るのも上手いし、体の動かし方を教えるのも上手かった。劉備あたりに訊いてみれば、太鼓判がもらえるだろうな」

 華佗はしみじみと頷きながら言ってくれるが……そうだろうかなぁ。
 そりゃ、蜀で鈴々と鍛錬した時も、美以と山を駆けずり回った時も、実際に桃香に教えるようになった時も、いろいろあったといえばいろいろあったけどさ。
 奨められておいてなんだけど、似合ってるかどうかなんて自分じゃ解らないもんだ。

「けど、他になりたいものがあるわけでもないし、じいちゃんもそれならそれで、教師やりながら道場もやればいい、なんて軽く言ってくれるし」
「うん? なにか不都合があるのか? 北郷。……あの時代と比べてみて、どっちが忙しそうだ?」
「あの時代《きっぱり》」

 悩む必要ございませんでした。
 そうだよなー、体を動かすことに特化した氣や体に、ここでならついに鍛えられる筋肉。さらにはあの時代で自分の頭に頼った勉強や調べごとで鍛えられた脳。
 これだけあれば、今の時代のほうが仕事なんて楽だよなぁ。

「華佗は俺に、子供の教育とか勤まるって思うか?」
「今さらなにを言ってるんだ?」

 なんか物凄く言葉通りの意味を込めた顔で言われてしまった。
 ええそうでしょうとも、何人もの子供を育ててきましたさ。
 正直、小学校の教師なんてなんとかなるさってくらいの意気込みですよ。
 でもね、華佗。それは、“自分の子供だから”って安心があってこそなんだ。
 今日日、喜んで教師になろうなんて人は、そうそう居ないと思う。
 体罰だの教育方針だの、イジメだのなんだのと、話題をあげればキリがない。
 “自分だけはそうならない!”って意気込んで教師になって、心を折った教師だって沢山居るだろう。
 そういったことを踏まえて、先の不安を打ち明けてみると、

『お前に関して、それだけは絶対にない』

 キッパリと言われた。于吉までわざわざ口調を揃えて。

「ツン10割の左慈と友情の接拳をしておいて、なにを恐れますか。むしろ子供たちをたらしこんで大変なことになりそうだと心配出来るくらいです」
「おのれは人をなんだと思ってるんだ」
「人に好かれることに関しては一級の存在、でしょうか」
「うんうん」
「はい華佗さん、そこで頷かない」
「しかしな、実際に俺もそう思ってるんだから仕方ないだろう。そうでなければあの三国が臨終までを笑顔で付き合えるわけがない」
「あの時代とここじゃあ、それこそ時代が違うよ。いろいろな条件下だったからこそ好かれたっていうのは当たり前にあるんだから、楽観視なんて出来るもんか」

 世界は案外やさしくない。
 こうだったら、こうならいいのに、が叶えられることは極僅かだ。
 あの時代よりは確かに豊かだけど、探せば辛い思いをしている人なんて沢山居る。
 そして、なにかをするにもその全てに“理由”が必要なんだ。
 仲間を助けるのに理由が必要か? なんて、あの時代なら言えることも、この世界じゃ通らない。
 知らない人からの助けほど、怖いものはない世界なのだ。

「………」

 時代って、その時その時で人に伸ばせる手の形さえ変えちゃうんだな。

(あの頃みたいにもっと、簡単に繋げたらよかったのに)

 湯船から持ち上げた自分の手を見下ろして、そんなことを思った。

……。

 銭湯から出ると、まだ誰も上がってきていないのか、自分一人だった。
 これから用事があるという華佗と別れて、一人ぽつんとみんなを待つ。
 左慈たちはこっちが上がるのも待たずにさっさと出て行ってしまった。実に自由だ。

「………」

 こんな場面って、なんだか自分では新鮮だ。
 漫画とかだと冬が定番だっけ。待ってる場面で口から白い息だしてさ。
 で、出てきた相手に“待ったー?”って言われて、頭に雪積もってるくせに強がり言って。

「はは……」

 小さく笑って空を仰いだ。

「………」

 “これからどうなるんだろう”は、正直に言えばずっと自分の中に存在している。
 一夫多妻なんて本当に出来るなんて思えない。
 というより、この時代に辿り着いた時点でこっちの常識が前に出てきてしまっている。
 それは当然、“大勢の女の子と関係を持つなんて”っていうものだ。
 今さらだと言ってしまえば今さらだ。
 けど、現実はそうじゃないから悩むのだ。

(こんな悩みも、いつかは晴れるのかな……)

 日本の規律の一部を変える。
 そんなもの、天下を統一するよりは楽だ。
 でも、じゃあ、現実的に自分になにが出来るというのだろう。
 考えてしまえばキリがない。
 偉い人になったからって、なんでもかんでも変えられるわけじゃない。
 もとより、権限があるからって好き勝手に何かを変える存在が、俺達は嫌いだった筈だ。
 自分の都合で一夫多妻制度なんて作っていい筈がない。
 だから───……

「だから……かぁ」

 子供達は頑張って、あの頃より今までを書物という形で届けてくれた。
 その頑張りに、何かを以って返したい。
 でも……俺になにが出来るだろう。何を返してやれるだろう。
 もはや支柱でも大都督でも御遣いでもない自分に、いったいなにが───

「あの。すいません」
「え───……?」

 考え事をしていると、突然声をかけられた。
 なにが、と視線を下ろしてみれば…………───誰?


───……。


 ……結論から言ってしまおう。
 外史って怖い。
 そんな思いを、帰ってきた道場で語ろう。

「なに? つまり一刀の祖父に書物を渡した人の……その関係者に声をかけられて?」
「うん……なんか、大陸に来ないかって」

 呆れ顔で疑問を飛ばす華琳と、不安顔の俺を囲むように皆が座る道場。折れ、現在頭が混乱中。
 言われた言葉もどう受け取ったのやら、いろいろと断片的になってしまっている。

「相手は何故一刀を一刀だと確信出来たのかしら」
「二種類混ざった氣を探したって言ってた。書物に、天の御遣いは二種類の氣が混ざったものを扱う、っていうのがあったらしい。それが密集してたのが銭湯で、男が俺だけだったからって」
「……なるほどね」

 人生の転機っていうのはいつ来るのかは解らないもので、多くの場合はそのきっかけに気づかずに手放してしまっているらしい。
 そんな知識を持っているからといって、なんでもかんでもに乗っかって後悔する人だって当然居る。
 この場合の俺は、転機なのかどうなのか。

「それで? その相手は?」
「うん。なんか最初は物凄く堅苦しいイメージだったのに、話の途中で急にしどろもどろになって噛みまくって鼻血噴き出してと、なんだかものすごーく身近な誰かに似てたなぁと」

 稟とか朱里とか雛里の血が混ざってる人だったのかなぁとか、普通に考えてしまった。

「でね、まだ風呂に入ってたみんなの氣にも気づいてたみたいで、中の人は知り合いで? って訊いてきたんだよね」
「……それで、あなたは馬鹿正直に私たちが私たちだと言ったと?」
「うん。言ったらもう泣き出すわ鼻血出すわで」
「そ、そう」

 鼻血って部分でさすがに華琳が引いてる。

「迎える用意は出来てるって。えと……自分で言うのもなんだけど……その。先祖が愛した御遣いに帰ってきてほしいって。あと、みんなにも是非って」
「あの時代でなにかを為したとはいえ、過去は過去でしょうに。今さら私たちを迎えることになんの意味があるというのよ」
「先人の願いを叶えてあげたいのと、」
「と?」
「……なんか一種のアマゾネスな国になってるらしくて、男の強さというのを見せてもらいたいって……」
「…………〜〜……」

 あ。頭抱えた。
 解るよ、俺もその人に聞いた時、あっちゃあって思ったもん。
 もちろん華佗から先に前情報っぽいものは聞いてはいたけどなぁ……あ、華佗も頭抱えてる。俺に奨めるだけあって、歴史書で知ることで俺より詳しかったんだろうけど、実際にその国の人に言われるのはやっぱり頭を抱える事実だったようだ。

「それで?」
「いや、なんかもう大変驚いたことに、とんとん拍子に話が進んで、英雄の皆様が一緒なのでしたら話は早いとか、やはりこちらへいらしてくださいとか」
「言われるままに頷いた、と?」
「さすがにそれはないよ。どれだけ舌が早く動く人相手でも、納得出来ないことには頷かない」
「そう。それで、私たちが一緒なら話が早い、というのはどういう意味なのかしら?」
「………」
「一刀?」
「……あっち、一夫多妻制だって」

 ……その日。
 溜め息混じりにお茶を飲んでいた覇王さまが、茶を噴き出しま《ボカァッ!》……殴られました。

「噴き出したものを浴びせた上に殴るか普通!!」
「うるさいわね! 大体どうしてそんなことになっているのよ!」
「だ、だからっ……なんか知らないけど産まれる子供の大半が女の子らしくてっ……! でも妥協で弱い男の子供は産みたくないから、俺に鍛え直して欲しいとかなんとか……」
「…………ああそう、なるほどね」
「なんでそこであからさまに俺を睨むんだよ! べ、べつに女の子しか産まれないのは俺の血の所為じゃないだろ!? ないよな!?」

 ないと言ってくださいお願いします!
 結局最後まで自分の子供に息子が産まれなかった俺の悲しみもちょっとは考えて!?
 孫も曾孫も女の子って、どうなってるんだよもう!

「で? あなたから見てどうだったのよ、その女は」
「え? かわいかっ───」
「そうではなくて。……強そうであったかどうかよ」
「アァアハハそうだよねアハハハハ!? つ、強そうだったかね! うん! うん……───」

 思い出してみる。
 あの女性から感じたもの、雰囲気、立ち方を。

「現代人、一般の女性からしたら強いってくらいだよ。鍛えてはいるみたいだけど、なんていうか……あれだな。小さい頃の孫登を見てるみたいだった」
「へえ、そう。間違った鍛え方をしている、と」
「現状を変えたがってる……かな。きちんとやってるのに上手くいかない、馴染まないっていうの、あるだろ? あれと戦ってる最中みたいだ。それに近いこと言ってた」

 共感出来すぎて大変だった。
 俺も左慈に会うまではがむしゃらだったもんなぁ……それは華琳もよく知るところだろうけど。
 ああほら、なんか“誰に似たのかしら”って顔で見てるし。

「で? どうするのよ」
「ん? 行かないよ?」
「………」
「?」

 普通に返したら、華琳が固まった。
 そして後ろで聞き耳立ててたみんなも。

「い、いかないって、何故よ!」
「え? だって俺学校あるしバイトもあるし」
「娘達との約束があるのでしょう!?」
「引き継いだばっかりでいきなり道場を留守には出来ないって。あっちへは自分で稼いで行くよ」
「………」

 苦笑混じりにそう返すと、華琳もみんなもそれはもう見事な困惑を顔に貼り付けたような表情を見せてくれた。
 うん、きっと帰るよ。でも今じゃない。人生の転機はいろいろあっても、今がそうかと言われたら……そうだとしても乗る気が無いならどうにもならない。

「一刀。あなたはそれでいいの? 継いだとはいえ、管理する者が完全にあなた一人というわけではないでしょう」
「なんかね、向こう行ったらそう簡単には帰れない気がして。いや、教育がどうとか言ってるなら帰れないだろうね」
「んんー? お兄ちゃんは帰りたくないのかー?」
「んー……はは、そうだなぁ……鈴々は帰りたいか? 帰って……そこに住みたいって思うか?」
「むー……ちょっと難しいのだ」
「だよな。俺もそう思う。今さら帰って英雄ヅラして住めばいいのか、ただちょっと見て帰ればいいのか」

 戻って願われるままに教えて、叩き直せばそれでいいのだろうか。

「………」

 いや───……いや。
 そういうのじゃ……ないんだよな。
 ただ俺は、帰って……そして……───そして。

(あるのなら、墓に、“頑張ったな”って……言ってやりたい)

 過去に自分がなにをしたのかとか、そんなことは二の次でよかった。
 ただ俺は、家族として…………───そうだよな。
 勝手に難しく考えていたのは俺だ。

「悩むクセはいくつになっても消えてくれないな、まったく」
「本当にそうよ。そのクセは直しなさいと言ったでしょう?」
「馬鹿は死んでも治らないって言葉もあるんだし、ちょっとは見逃してくれると嬉しいかも」
「…………《ちらり》」
「! なにか私にご用ですか、華琳さまぁっ!」
「…………ええそうね。死んでも治らないものってあるわよね」
「ここで春蘭見て言うのって、相当ひどくないか……?」

 事情を知らずに目を輝かせている春蘭はきっと幸せだ。
 散歩前の散歩大好きお犬様のような様子で、おめめがとってもシャイニ〜ング。

「麗羽だけでも十分よ。外史の記憶も若い頃の記憶の方が多くて引っ張られるところがあるとはいえ、少しは大人しくなってくれたらよかったのに」
「ん……混ざるの、嫌だったか?」
「冗談でしょう? ほぼ全ての外史で結局はあなたと一緒に居ることを考えれば、果てまで生きたことを自分の道に感謝するだけで十分よ」

 困ったことに、本当に全ての外史の記憶はここにある。
 えーとその。華琳と敵対してたことや、華琳が于吉たちに操られたことや、華琳を縛って後ろから……ゲッホゴホッ!!
 なんだろうなぁ。あの光景を思い出すと、縛られていた桂花の初めてを散らせた時のことを思い出す。
 外史って、やっぱりなにかしらの繋がりがあったりするのだろうか。

「娘たちもそうだけど、大喬小喬も居なかったしなぁ。あの頃の俺じゃあ、二人をイメージ出来なかった」

 冥琳にもだけど、雪蓮に会いたかっただろうに。
 仕方ないこととはいえ、やっぱり悲しい。
 そんな俺に、小さく笑みを浮かべた冥琳が言ってくれる。

「仕方ないさ。それに、なにかしらの辻褄合わせで現れないとも限らん。たとえばそうだな……記憶が混ざり合った今があって、今こそが外史に固定されたのなら、願う際にお前が思い浮かべない筈が無い、などとな。だめならだめで、仕方の無い事だ」
「ていうか一刀? その場合だと大喬小喬にとんでもなく恨まれることになるけど、それでいいの?」
「ああうん……むしろ小喬は喜ぶんじゃないかなぁ……」

 なにせ冥琳よりも姉の大喬のことが好きだったからなぁ……。

「けど、行くにしてもいろいろと準備は必要だよな。学園は休めないし……そうなると卒業前か後が一番安心していけるんだけど」
「何を言っているのよ、国からの要請でしょう? 一人の学生の都合に合わせて国全てにそれを待てというの?」
「それだって俺が行きたくないって言えば終わることだろ。人一人の都合に合わせろって、じゃあ上の一人の命令や都合に合わせる国民はなんなんだって話じゃないか」
「合わせたからこそ勝てた過去があるじゃない」
「……そうでした」

 いろいろなものには前例がある。
 良いことにも悪いことにもだ。
 だから俺がフランチェスカに休学届けを出して、中国に行ってしまうという前例を作るのだって、きっと今なんだろう。
 かつての故郷に休学届けを出して帰りますっていうのも、なんというか旅行気分で……休学届け出すのにも相当の勇気が必要そうだ。

「で……俺本当に休学届け出さなきゃダメ? 俺今、これから〜って時なんだけど」
「解らないのならはっきりと言うわよ一刀。このままではこの道場は潰れるわ。他ならぬ私たちの所為で」
「《ぐさり》うぐっ」
「想像出来ないわけではないでしょう? 継いだとはいえあなたは学生で、学生から教わろうとする者などほぼ居ない。今来ている門下生も、私たちを見ては居心地悪そうに距離を取るばかりじゃない。こんな調子で続くと、本気で思っているの?」
「……簡単なことばかりじゃないっていうのは、解ってるよ」
「そう。ならさっさと向こうで実績を手に入れてきなさい。氣を扱わせれば右に出る国無し。いい響きじゃない。そんな国に氣を教えることが出来れば、この道場も安泰でしょう?」
「うわー……黒いこと考え付くなぁ」
「あら。こんなことは普通でしょう? 持っている力を存分に振るっているだけじゃない。氣を扱えるのはあなただけではないのだし、この場に居る皆を救う結果にも繋がるわ」
「………」

 考えなかったわけじゃないけど、転がりこんできた甘い蜜に手を出していいものか。そういう躊躇が生まれていた。
 けれど彼女はその蜜を鷲掴みして、心行くまで利用するつもりらしい。
 逞しいことだ。
 ていうか、継いだからってすぐに教えられるとか、そういうのじゃないと思うんだが。

「それで? その相手との連絡手段は?」
「一応名刺は貰ってる。連絡先も書いてあるから、ここに電話すれば……」
「そう。じゃあ貸しなさい」
「……エ?」

 ぴしり。
 その場に、冷たい空気が流れた。

「……? なによ」
「や、だって華琳、機械苦手じゃ」
「ぅなぅ!? へっ、平気よ。なによこんなもの、写真を見るのと変わらないじゃない」
「…………そか? じゃあ、はい」

 こんな短い期間で携帯電話を買い換えるなんてかずピーくらいやでー、と言われつつ、また新たに買った携帯電話を華琳へ。
 一緒に名刺も渡すと、それを見下ろしつつごくりと息を飲む覇王さま。

「か、華琳さま? 私が───」
「いいわよ秋蘭。私一人で十分だわ」
((((((物凄く不安だ……))))))

 普段ならば頼もしい覇王さまが、この時ばかりはこうも……!
 けれど何度も携帯と名刺とを交互に睨みながら番号を押す。
 そしてフンスと得意顔になる……ことしばらく。

「華琳、通話ボタン」
「へゃっ!? あ、し、知っていたわよ!」

 そして通話。
 携帯を耳の傍で構え、目を閉じながらそわそわする覇王の図。
 あ、稟が鼻血吹き出した。

「はいはい稟ちゃん〜、とんとんしましょうね〜」
「ふがふが……」

 なんともはや、特訓の甲斐もなく、稟はかつて以上に鼻血を吹き出しやすくなっている気がする。
 外史が合わさった所為なんだろうか。……なんだろうなぁ。
 そんな微笑ましくも不安が残る……残る? 君臨、だな。不安が堂々と君臨してらっしゃる道場の一角にて、ついに相手側へと電波が届いたようで、華琳の肩が小さくビクーンと跳ねた。

「おお主よ、どうやら繋がったようだ」
「解り易いな」
「星さん、冥琳さん、言わないであげて」

 隣にいらっしゃる美周朗さんと、正面から華琳を観察しにいらっしゃった星の気持ち、解らんでもないですが……苦手なものの前では誰だってこんな感じだよきっと。
 言葉にしたら本人こそが大反論するから言わないけど。
 それにね、冥琳。通話状態にさえなってしまえば華琳は無敵だ。
 得意の話術であっという間にペースを掴んで───

「ひゃっ!? も、もひもし!? あ、やっ……! え!? あ、な、名前っ……!? 一刀っ、相手の名前っ……あ、ちが、訊くなら自分からでっ……わわわ私が曹孟徳であるーーーーっ!!《どーーーん!》」

 ……。

 ───星さんや。誰でしょうなぁあの可愛い生物。

 ───はっはっは、主よ。孟徳だ。あれが覇王でありますぞ。

 ───落ち着かせてやれ。郭嘉が血を流しすぎて痙攣している。

 そんな会話がうっすらと笑顔を浮かべたままにされて、稟の鼻血が例の如く大変なことになった。
 それから、目が渦巻き状態の暴走覇王様からスイッとケータイを抜き取った雪蓮が会話を繋いだんだが……直後、覇王様が道場の隅でT-SUWARIをしだしたことにはツッコんじゃいけないんだと思う。

「え? そう? そうなの、へぇ〜……あ、そうそう、呉って今どうなってるの? 連絡手段とかってやっぱりこのケータイとかいうものとか? ああ、いんたぁねっととかいうの? 及川が言ってたわよー? 楽しいんだってねー」

 “こういうことに素直に自分を合わせられる人”って居るよね。
 雪蓮はきっとその典型だろう。
 物怖じもせずに楽しげに会話をして、それでいて相手の方から情報を引き出そうとしている。
 俺の視線に気づくと“ニィイイマアァアアッ……!”っておもちゃを見つけた子供みたいな笑顔を見せるし。
 ……でも、なんだろうなぁ。インターネットと雪蓮……それは引き合わせてはいけないものってイメージがとても強いのだ。
 なんでだろう、と軽く考えてみる。

1:興味津々、情報収集楽しい

2:面白いサイト発見

3:もっともっと

4:そもそもあの時代から仕事をしない人

5:ぜったいに働きたくないでござる!

 結論:HIKIKOMORI

 軽く考えただけでこれなのだから、軽く頭を痛めつつ、冥琳にそのことを詳しく話して聞かせた。
 その直後に冥琳は弾かれるように疾駆して、雪蓮からケータイを奪って交代。
 驚きつつも文句を飛ばす雪蓮だったが、絶対零度の“黙れ”を込めた睨みをされ、黙るしかなかったのです。
 そんな雪蓮が「ちぇー」とか言いつつ唇を尖らせて、さっきまで冥琳が居た俺の隣へ。

「なんなの冥琳ったら。もうちょっとでいろいろい聞き出せてたのに」
「ああうん、ケータイでもインターネットが出来るんだぞって言ったらああなった」
「一刀の所為!? え!? なに!? 私いんたぁねっととかいうのやっちゃだめなの!?」
「……雪蓮」

 戸惑う小覇王様の両肩に手を置き、薄く笑みを浮かべる。
 そして心はやさしいままに、でも、しっかりと言うのだ。

「だめだ」
「なっ……なんでよー!!」

 あたかも核の炎に包まれた世界の世紀末愛戦士のように。
 絶対にだめとは言わない。ただ、きみにはちょっと前科というか前例がありすぎるのだ。

「楽しいこと見つけると、仕事もしないで没頭するから」
「うぐっ……!? だ、大丈夫だってば、仕事もその〜……やるわよ? うんやる」
「本当に?」
「ほんとほんと!」
「絶対に?」
「ぜったいにぜったいに!」
「じゃあ今の言葉しっかりと録音させてもらったから、あとで冥琳にも聞かせるな?」
「一刀。命が惜しければ今すぐその機械をこちらに渡しなさい」
「なんでいきなり生殺問題にまで話が飛ぶんだよ!!」

 にっこにこ笑顔で“絶対に絶対に”って言ってた人の目ではありませんでした。
 もう虎だ。手負いの虎だ。無傷なのにさっきの一言でどれほどの深手を負ったんですかあなたは。

「北郷」
「うん?」

 話を終えたのか、冥琳がケータイ片手に……いや両手に俺に声を投げる。
 見ればケータイの通話部分は片手で押さえられていて、聞こえないようにしているようだった。

「来るのなら旅費は全て向こうが出すと言っている。というか既に来ることが国を通して決定しているらしい。私たち全員が無理でも、北郷だけは必ず寄越すようにと」
「いきなり話が飛びすぎてない!? 雪蓮といい、どうしてこう段階ってものを無視するんだよぅ!」
「まあ私も北郷の性格を考え、似たような質問は飛ばしたんだがな。段階は踏んでいるそうだぞ? きちんと手続きをした上でこの国に来て、北郷を探し、見つけ、国に報告。それから国の頭同士が会話をして、自国に来てくれ、と言った。間違いようがないくらいに段階は踏んでいるな。……たった一段だけ飛ばしてしまっているが」
「……これできちんと俺に確認を取るって部分があればなぁ……」

 そこが一番重要でしょうに、国が決めちゃったんじゃ断れないじゃないか。
 ていうかそんな重要なことをお国問題にされちゃ、道場から人が遠ざかりそうなんですが!?
 あぁああ……ますますきちんと実力を見せて、向こうでも教えられるほどって能力を見せ付けなきゃいけなくなっちゃったじゃないか……!
 失敗したらどうなるんだこれ。道場、本気で潰れる?

「………」

 逃げ場はありませんでした。
 きっと向こうには頭がいいけど人を追い詰めるのが好きな軍師っぽい人が居るんだろうなぁ。
 そんなことを考えたのち、早速家族に呼び出された俺は、届けを出すまでもなく学校側から休学を命じられたのでした。電話で。

 ……こうして、行かなきゃいけない状況で自分の周りを固められたわけだけど。
 向こうがもう完全実力主義になっていることとか、強い者こそ王になる、なんて状態になっていること。それに加えて……呉のとあることで、ジワリと怒りが滲んだ、なんてことは……教えないほうがいいよなぁ。
 あっちの王も、こっちを歓迎するっていうよりは半信半疑で呼び寄せたいだけ、って風だし、妙に期待を持ちすぎるのはやめておこう。歓迎してくれる人、してくれない人は随分と分かれる……そんなぐらいが丁度いい。




ネタ曝しです *にわとりィイイイ!?  佐藤吾次郎氏の叫び。  すごいよマサルさんより。 *蔵の刀  戦国恋姫より。  やってないから詳しいことは知らないのですが。 *ウェビスとキリンジ  エビスとキリン。どちらの名前もビールから。 *鳥山先生ごめんなさい  エネルギー波的なものを最初に描いたのは、結局誰なのだろうか。 *脱ぎ終わったらビューティフル  バキより、花山薫の服の脱ぎ方。  対スペック戦は好きです。  キッパリ言うなら花山さんのバトル全般が好きです。  愚地克己戦は受けが通用しない状況に“おぉおおおすげぇえええ!!”と燥いだものです。 *馬に蹴られてレッスン5(ファイブ)  スティールボールランより、黄金回転理論。  馬をやられ、騎兵の回転を使用出来なくなったジョニィが鉄球を馬の足に投げ、その回転運動で馬の足を強引に動かし、自身を無理矢理蹴らせた。  それによって騎兵の回転が身に宿り……と。  やっぱりジョジョはいいなぁ。  おっほっほっほ、相変わらず悩んでおりますよ宅の一刀くんは。  はい、番外編をお届けします、凍傷です。  艦これの夏イベントが終わって、ようやく息が吐ける状況になったので執筆とか。  仕事の時間が増えて生活リズムを構築するのに戸惑ったというものもありますが。  ではでは次へ続きます。  あ、なおラストの構想さえおぼろげな見切り発車。  いつ更新停止してもおかしくないので、あまり物事を気にせずどうぞ。 Next Top Back