番外のはち/最初に猫が叫んで、最後にデレた猫が拗ねるお話

 チュンチュン、チ、チチチ「エサにゃああーーーっ!!」ヂュチィーーーッ!!? ヂーーッ! ヂチーーーッ!!

「………」

 最悪の朝を迎えた気分だった。とりあえず体を起こして窓まで駆けて、開け放てば「逃がしてやりなさいぃいいっ!!」と絶叫。
 朝っぱらから息を荒げて、溜め息とともに自室へと視線を戻せば……今の絶叫で起きたのか、上半身を起こした状態で顔を真っ赤にして、布団で体を隠している華煉。
 ……さて。そんな状況からでも解るように、今の俺は裸なわけで。

「………」

 なんかもういろいろ最悪だった。
 けれど華煉はくすくすと笑うと、「本当に退屈だけはしない場所ですよね」と言う。そんな事実を真っ直ぐに言われてしまえば、“まったくだ”と素直に相槌をうつしかないわけで。そんな俺の反応を見て、華煉も昨夜を思い出したのか、なんというか表情をとろけさせていった。
 とはいえさすがに服を着ないでいるわけにもいかず、新しい服を装着。
 昨夜……行為のあと、堂々と風呂に入る時間でもなかったため、桶に水を持ってきて体を拭いたりもしたのだが……拭いている最中にスイッチが入って、何度目かの行為に走ったのは秘密だ。
 ……アノ、ハイ。一度では離してくれませんでした。
 いっそ力尽きるまでやった気さえする。一応言い訳をするなら、体を拭いていた時にスイッチが入ったのは華煉であって俺じゃない。
 まさかエロスに積極的な性格だったのか───!? と怖くなったりもしたが、えーと……あー、その、なんというか。自分の中に俺が居る、ということに比類なき幸福を感じるのだとか。
 ……実際、繋がっている時は幸せ笑顔で涙をこぼしていたほど。その涙も痛みの所為じゃなくて幸福からくるものだというのだから、かつての我が娘ながら、どれほど俺が好きなのか。

「で……なぁ、華煉。本当に大丈夫だったのか? 痛みとか───」
「…………《ぽー……》」
「華煉? 華煉ー?」
「…………《ぽー……》」

 ……だめだこれ。完全に幸福状態だ。
 話しかけても返事をしないくせに、俺が移動するときっちりと視線で追ってくる。
 いつも通り頭の上で手を弾ませてやれば、正気に戻るだろうと手を伸ばせば、その手の指がはむりと銜えられた。

「………」
「…………《ぽー……》」

 すぽりと抜いて、今度は左手で《ぱくり》……銜えられた。
 ならば同時で───と両手を伸ばすと、右手人差し指を銜えられ、左手は両手でハッシと掴まれた。その上で、頬にまで持っていかれてすりすりぺろぺろ。
 その瞬間、湧き上がる感情をなんと唱えましょう。
 ちなみにこんな状態のために、華煉は服を着ていない。俺が着替える中、ずーっとぽーっとしたまま、俺のことを見つめていた。
 で、布団を押さえていた手で俺の左手を掴んだわけだから……その。ぽすりと布団は落ちるわけで。咄嗟に抱き締めて、布団を掛け直してやろうとする。なにせ窓が開けっ放しだ。朝の見回りやら、あの時代では結構聞き耳立てていたりしたどこぞの昇り竜さんとか、覗いていないとも限らないわけだから。
 なのに、片手で抱き締められ、布団に手をかけた俺を見て、華煉の表情が“ふわぁあっ……”と花開くような自然さでとろけた。いやちょっと待て違うこれは誤解だと言う暇もなく、首に腕を回され、キスされた。……こんなことをされてしまうと、抱き締めてめっちゃくちゃに撫で回したりしたい衝動に駆られてしまう。
 そんな、“ペット相手にわしゃわしゃする”みたいな衝動は正常じゃないんじゃ……なんて理性が働こうとするも、心の中の大人な自分が“可愛いのならいいじゃないか、実にジャスティス”とサムズアップをした。
 ……で。そんなアホウな自分を吹き飛ばすかのように、耳に届くはドタバタ音。ギクリとして華煉を剥がしにかかるが、離れたのは唇程度。華煉は不安そうな顔で、それでも頬は染めたままに首を傾げて───

「《ドヴァァーーーン!》父! 朝だぞ! 真名は考えてくれたか!? 素晴らしい閃きがあったのなら是非聞かせキャーーーッ!!?」
「キャーーーッ!!?」

 ───そして。ノックもせずに、覗くことも見回ることもせずに堂々と現れた柄さんに、そんな場面を目撃されたのでした。
 ああ、もう……ほんと退屈だけはしない。いろいろな意味で。

……。

 なんかもう幸せ笑顔で俺を見つめたまま動こうとしない華煉さんを、とにかく苦労しながら着替えさせると、とりあえず換気のために窓やら扉やらを開けっ放しにしたまま中庭の東屋へ。卓の傍の椅子に、俺の体に抱き付いて離れない華煉をちょこんと座らせ、なんとか自分の体を逃がしつつ落着。手に届く範囲から俺が離れると、やはりこちらをじーーーっと見つめたまま、ぽーっととろける華煉さん。

「父……なにがあったのだ……。あの丕ぃ姉があんなにとろけるだなんて」

 当然、柄にしてみれば謎だらけの現状。でも“ちょっと考えれば解るんじゃ……”なんて思ってしまうあたり、俺も随分とその、経験がいきすぎていると感じてしまう。

「むう……まさか子作り……? 裸で抱き合っていた時点でそうなのだろうかとは考えたが……いや、あんな痛みしかないもので、あんなにとろける筈が……。あ、いや待てよ? そうか、昨日の父とのでぇとが思っていたより楽しくて、それを噛み締めているという可能性が……。そうだな、今朝は寒かったものなぁ。この時代では寒くなると裸で暖める風習があるそうだし、なるほど、理解した」

 時々、宅の娘はアホなんじゃなかろうかと思う時がありますが、それで納得出来るならむしろそれで頼みたい。そう願うと、そうならないのが世の常である。なのでアレだ。えーと。

「いや、子作りだ」

 男の道を魁る。
 願い通りにならないのなら、あえて進もう男道。
 と、そんな軽い考えとは別に、華煉があんなに幸せそうな顔をしている事実を否定してやる気にはならなかった。ならなかったんだけど───

「なんだってあの父が!? とうとう踏み込んだのか!? 踏み切ったのか!? しかも初めての相手が丕ぃ姉!? いやそれ以上に……馬鹿な! 子作り!? あれであんな幸せそうな顔になるなど!」

 反応がいちいち忙しそうでした。俺の服をぐいぐい引っ張って、教えろ教えろと何度も言ってくる。
 ……教えろと言われても。

「よし、じゃあひとつ約束しよう」
「おおっ、なんだ!? 実践するなら今すぐでも平気だぞっ!? 痛かったらグーで殴る!《ディシィッ!》はぶぅぃっ!?」
「……実践禁止って言おうとしたんだ、ばかもの」

 目を輝かせて服を脱ごうとする柄にデコピン一閃。途端に「何故だ!?」とか言い出す。何故だもなにもあるか。

「お前な、相当痛がってた上に、相手を殴ったそうじゃないか。なんだってそんな、実践することに前向きなんだ」
「考えてもみてくれ父よ。あの母がだぞ? 私が父とそういう行為をする時が楽しみだとまで言ったんだ。忌々しいがあれ以来、その謎に対して頭を痛める日々だ。ならばもう父にそれをしてもらったほうが簡単に答えが出るではないか!」
「で、痛かったら殴ると」
「一方だけ痛いなんて不公平だと思うのだ。あ、そうだ。おーい丕ぃ姉ー! 丕ぃ姉ー!? 少々訊きたいことがあるのだがー!」

 お祭り前日の夜みたいにわくわくが止まらないらしい、宅の柄さんがとっても元気だ。未だにぽーっとしている華煉のところまで行くと、早速質問責めにしている。
 けれどもぽーっとしたままあくまで俺を見つめている華煉は、柄の言葉も右から左。試しに俺の姿を柄の姿で隠してみた。

「どうだったのだ丕ぃ姉! やはり激痛が走り苦痛しかなく絶望しかない時間を味わわされたのか!? それをでぇとの時間を思い出すことで幸せに浸っているとか《どぼぉ!》おほう!?」

 その瞬間、柄がボディブローを喰らってその場に蹲り、その先には俺の姿を確認するや、ほにゃあと表情を緩ます華煉さん。
 ……あの。眼下で妹が蹲っておいでですよ。心配してあげてください。あと柄、きみもそれ、女の子が出す悲鳴じゃないからね? 喩えをあげるなら、世紀末覇者拳王あたりが出す言葉だからね?

「ぐふっ……馬鹿な……! 如何なる時にも奇襲に備え、腹に力を込めているこの黄柄の守りが、かくも容易く……!《ひょい》うひゃあっ!?」
「どこが奇襲に備えてるんだ。簡単に後ろを取られてるじゃないか」

 蹲った柄の脇に手を差し込み、ひょいと持ち上げて立たせる。その過程、腹に手を添えるとすぐに氣での癒しを開始して、痛みを和らげてやった。

「お、おおお……すごいな父は。さすがの私も父には勝てる気がしない」
「俺は祭さんにはなかなか勝てないけどな」
「だったら今が好機だぞ父よ! 母め、急に二つになった氣に未だ戸惑っている! そこをつけば、今の父ならば……!《ディシィッ!》はぷっ!?」
「守りたい対象を俺が狙ってどーするんだ、ばかもの」
「うぅう……痛いぞ、父よ……。痛いのは嫌いなんだ、やさしくしてくれ……」

 デコピン一発で涙目になるほどか。そう思いつつひょいと体を横にずらせば、立っていた場所を通り過ぎる鋭い正拳。不意打ちのつもりだったのにあっさりと躱されたことに驚き、一瞬身を硬くする柄の突き出された拳の手前、その手首を取ると、彼女が反射的に振り払おうとする動作を取る。瞬間、わざと手を離す。で、振り払う動作にも当然体重移動があるわけで、その瞬間を逃さず体重が乗っていない方の足をぱしーんと払うと、

「う、わ、わわっ!?」

 柄は咄嗟に卓に手を伸ばして倒れまいとする。そんな彼女を後ろから抱き、とすんと椅子へ着席。当然、柄は膝の上だ。
 次いで、呆然とする柄の頭を「いい子いい子〜♪」と撫でると、がっくりと落ち込みだした。

「うう、遊ばれている……! 生まれて、動けるようになってから鍛えに鍛えたというのに……!」
「まあ、なんていうのかな。いろんな外史のいろんな国で学んだことがあるとしてな? 俺はその時、教えられてもな〜んにも、これ〜〜っぽっちも解ってなかったわけだ。“俺に氣が使えるわけがない”とか決め付けてな。で、それらの外史の俺が全部くっついてみれば、“そういうことか”って頷けることが、それはもうたくさんあったわけだ。経験だけなら外史の数だけあるから、そう簡単には負けてやれないんだよ。むしろ、わざと負けると左慈がうるさい」

 “貴様俺以外に負けるなど死にたいのか!?”とか普通に開口一番で言ってくるお方ですから。
 どこからどう飛んできてるのか、たまにふらりと訪れては戦えとか言ってくる。“日々への鬱憤を俺との大乱闘で晴らすのが、彼のストレス解消方らしい”って于吉が言ってた。
 俺はといえば……外史の数だけ馴染んだ氣脈も落ち着いて───今や、華佗が言うには全身氣脈状態なんだとか。いや、散々と氣脈は鍛えてきたから増えるのは構わないぞ? でもなんなんだ、髪の毛一本一本にまで氣脈とか。歯の一本一本、舌にまであるとか。その気になれば口からイレイザーガン撃てるのか俺。

「………」
「父?」

 膝の上の柄の頭を撫でつつ、柄の氣と同調させていた自分の氣に意識を向ける。
 視界の端では、先ほどまでぽーっとしていた華煉さんが頬を膨らませていたりするが、こういう時の女性というのは触れると爆発するので、相手が少し状況に慣れるまでの時間を待ちましょう。なお、慣れさせるつもりが、ただただ嫉妬を膨らませるだけの女性もおりますので、冷静になるのを待つか、即座に誤解を解きに走るかは、相手の女性の性格で決めましょう。……え? 俺? ……相手が多すぎて、もう悟りを開く以外に道がないよ……。
 ああ、あと同調もしてるし、昨日華煉にやったみたいに相手のお腹に右手を添えたりもしているが、べつにこれから昨夜のような行為をするわけじゃない。あくまで同調しているだけなので、べつに頬を膨らませる意味はないんだぞぅ華煉ー。

「なぁ柄。ちょっと試してみたいことがあるんだが」
「……、お、応。覚悟は出来ているぞ、父よ。黄公覆が一子・黄柄は、決めたことからは逃げ出さない」
「え? ……そ、そうなのか。もしかして一緒にやるのか?」
「当たり前だろう。そもそも、見ているだけで動かないのは性分ではなかったのだ。今回は積極的にいきたいと思う」
「……まあ、やったことのないことに前向きになるのって大事だよな。やろうと思ってもなかなか出来なかったりするし」

 ましてや今回のはコトがコトだから。そう言って、立ち上がるのと同時に柄を隣に下ろした。
 ───さて。では始めよう。
 柄を促して東屋から下り、中庭の中央へ。そこで「じゃあ始めるか」と言うと、柄は驚きという感情で顔をいっぱいにした。

「ここっ!? こっ……───こここここでするのか父! そういった経験がある者は少なからず居るとは、それはまことしやかに囁かれていたりはしたが……!」
「した奴が居るのか!? お前が“まことしやか”とか言う以前にそっちに驚きだ!」
「し、失礼だぞ父! 私だって勉強している!」

 しかしそうか、既に経験者が居たとは……。誰だろう、春蘭あたりなら確かに、やろうと思えばあっさり出来そうではあるのだが。
 想像してみれば“ああ”と頷ける。驚きはしたけど、逆に頼もしいかも。経験者が居るのなら、やってやれないことなんてないはず。

「しかもこんな朝早くからなど……みみみ見てくださいと言っているようなものでは……!」

 柄が顔を赤くしてぶちぶち言う中、俺は足を肩幅より少し多く開いて、グッと重心を落とす。……と、それに気づいた柄が同じポーズをとっていく。

「父? その……これは準備運動かなにかか?」
「え? あ、あー……たしかに似たようなものかもな。こう、腰周りをほぐすつもりで、一気に力を込めてから脱力させるんだ。その繰り返しを軽く何回かすると、氣の巡りもよくなる。それに、体の緊張っていうのは力を込めてから緩めた時が一番やわらかくなるからな。それを利用して、体の部分部分にポンプを作ってやるんだ」
「? ……よく解らないが、なるほど。そうだな、腰周りは柔軟にしてやらないと、いざという時に痛そうだ。それをこうすることで、痛みを和らげる……もしや私のために考えてくれたのか? ……うん……その。やはり父はやさしいな……」
「?」

 ハテ。なにやら柄が頭の後ろを掻いて、えへへと笑っている。普段が男勝りなためか、たまに見せるその笑顔の可愛いこと。
 そんな笑顔を見ると、決まって頭を撫でたくなる───けど、今は堪えよう。
 ともあれ軽く氣脈を伸縮させて、氣の巡りを良くすると、いよいよ実行。
 まずは前傾。足は蟹股くらいにまで開いたまま、大きく猫背になるほど体を前に曲げ、腕は輪を作るように前方に構え、手は握り拳。この時、氣は足と手に充実させましょう。
 次に体を一気に起こして、手首を額の上辺りでクロスさせます。先程やった伸縮の容量で一気に氣を背や胸部に移動させます。もちろん螺旋のイメージは忘れず、移動させるだけでも回転エネルギーを加えることで勢いをよくしましょう。
 最後です。背や胸に溜めた渦巻く氣の塊を、喉から口にも存在する気脈を通して爆発させる。足は蟹股、腕は斜め下に一気に下ろすことで撃鉄の役割を与え、握り拳のままのそれが、丁度腰と水平に下りたところでそれは放たれた。
 “グワッ!”と放たれた氣の輝きは光線状となって空へと飛び、やがて消えた。
 名を、リクームイレイザーガンと呼ぶ。

「…………ふう」

 額に滲み出た汗を、手の甲で拭いながらイイ笑顔。
 かめはめ波に続き、まさかイレイザーガンまで出来るとは…………氣、すげぇ!
 フハハハハ見よ! 我ら北郷集合体の中に眠る子供北郷も燥いでおるわ! ……肉眼で確認することは不可能でした見よなんて言ってごめんなさい。

(出すぎだぞ! 自重せよ!)
(も、孟徳さん!)

 そ、そうだな、落ち着こう。
 燥ぐ心には隙ばかりが生まれます。ほら、今だって口をあんぐり開けて、なにをやっているんだこの人はって顔で俺を見ている柄さんが。

「父! なんだ今のは! すごいな!」

 かと思いきや、ただ驚いていただけだった。再び目をきらっきらさせて説明を求める柄は、なんかもう好奇心の塊みたいな感じだ。

「今のはあれか!? 行為の前にあらぶる気持ちを落ち着かせるための氣の解放とかいうものか!? いやしかしあんなものを見せられてしまっては、私のほうが落ち着かないのだが……!」
「? 行為って?」
「? いやいやなにを言っているのだ父。今からここで、丕ぃ姉にした行為を私にするんだろう?」
「?」

 華煉にした行為? ここで華煉に───

「腹に氣の衝撃でも与えたあとに拳骨をすればいいのか?」
「それではないぞ父よ!?《がーーーん!》子作りのことだ子作りの!」
「柄さんちょっとそこ座りなさい《めらり》」
「しひぃっ!? え、やっ……ち、ちちち父……!? なぜっ……なぜここで怒気を……!? 困惑しているのは私のほうなのだが……!?」
「はぁあ……“ここでする”って時の悶着がおかしかったと思ったら、そういうことか……。あのなぁ柄、いくらなんでも───」

 いくらなんでも───…………

「………」
「…………父……?」

 その時、この北郷にとある記憶が蘇る。
 景色は外。暗い。目の前に白蓮。誰かに探されている最中だっていうのに盛り上がって、その……アゥワワワ……!!
 愛紗もそうだし桃香もそうだし愛紗もそうだし霞も華琳も稟も……! ああいや、愛紗が二つあったのは間違いでもなんでもなくて、桃香が居ない外史の……ってそういうのはいいからっ! それよりもだっ!
 ───やってるじゃないか! やっちゃってるじゃないかぁああ! “いくらなんでも”なに!? いくらなんでも外ではしないって!? 馬鹿をお言いでないよ! そもそも華琳の時だってゲッフゴフゲフッ!!

「………」

 心の中が盛大に咽せた。お、落ち着こう。な、落ち着こうじゃあないか……狼狽えるんじゃあない! 北郷警備隊はうろたえないッ!
 そうだ、一つ一つ冷静に考えるんだ。そう、“いくらなんでも”だ。お外であげなことそげなことをそんな……ねぇ? 大丈夫、思い返してみれば、案外大した数でもないことが証明されるさ!
 大丈夫!
 大丈夫……!
 だ…………ダイ……

(…………《かぁああ……!》)
「父!? どうしたんだ父! 急に顔を覆って!」

 結構なお外率に泣きたくなってきた。両手で顔を覆って、しくしくと泣きたくなってきた。
 なにやってるの様々な外史の俺……! いや人のこと言えないけど。むしろみんな俺だけど。

「柄!」
「《びくぅっ!》ひゃうっ!? は、はいっ!」
「……どこからでもかかってきなさい《どーーーん!》」
「何故この話の流れで鍛錬に!?」

 声が裏返るほどに予想外だったらしい柄だったが、直後に素直に攻撃を開始してきた。
 その行動ひとつひとつが素直で真っ直ぐ。けれど隙が多いかといえばそうでもなく、恐らく最後の最後、于吉が引き連れた道術兵を相手にした緊張感を糧に、何度も磨いたのだろう。そこにはきちんと“ただの鍛錬”を続けただけじゃ得られないなにかがあって、振るう拳や足の鋭さに笑みが浮かぶほど。
 もちろん柄との鍛錬はこれが初めてじゃない。それにしても、体捌きが上手くなっていると感じる。それはもちろん───

「ほら柄っ、そこでわざわざ構え直さない! 構えに意識を取られすぎだ!」
「応っ!」
「相手から意識を外さない! 不利になる反射的動作は経験で潰していけ!」
「お、応っ!」

 ……左慈との死闘はもちろん、その後も左慈との戦いをイメージした鍛錬、実際に左慈との仕合を続けた俺が、それを想定した鍛錬を教えているから……だろう。
 半ば八つ当たり気味に始めた鍛錬だったけど、柄はいつしか真剣な目になって、俺も普通に没頭していった。



-_-/華煉

 …………。
 ……………………。

「…………《ぽー…………》」

 父さまのことで頭がいっぱいだ。
 知らなかった。世にはこんな幸福があったんだ。
 もう、視界に入れているだけで幸せだ。姿を思い浮かべるだけで笑みがこぼれる。やさしさを感じるだけで体がじぃんと痺れて、触れられると、その面積をもっと増やしたくなる。
 誰かを受け入れるって、あんなにも溶けるような、深いものだったんだ。

「ほわぁあ……」

 熱っぽい声が口から漏れた。
 そんなことも別に気にならないほど、意識が父さまに集中している。
 それもこれも、全部あれが悪い。私の中に入ってきた、あれ。
 痛みがどうとか以前に幸せで頭がどうにかなりそうだった。人間、なにかに埋没しすぎていると、他のことに意識を回している暇がないらしい。
 氣どころか体全体が父さまと溶け合い、混ざり、ひとつになった感覚。あんなの、幸せを感じるなっていうのが無理だ。
 温かくて、嬉しくて、切なくて、恋しくて、愛しくて、時に苦しくて、苦しいのに嬉しくて、痺れて、それでそれで、熱くて。
 あんなのはずるい、はんそくだ。子供みたいにそう言いたくなるくらい、出来るだけ傍に居たくなる。
 だって、あんなに溶け合って、意識が飛ぶくらいの幸せな何かに何度も何度も襲われて、とても幸せで、嬉しくて。それなのに、中にまで入って混ざり合っていた何かが抜き取られたら、体全体が錯覚を起こしてしまう。
 父さまが、もう自分の中から抜き取られた自分の一部みたいに思えて仕方ない。
 だから目に見えていないと不安になるし、大変烏滸がましいことではあるけれど、誰かに傷つけられやしないかと思うと気が気でないというか。

「…………あぅ」

 それにしても、顔が熱い。そして胸がうるさい。なのに幸せだ。
 もう、なんというか父さまが輝いて見える。これが、子明母さまやjが言っていた、父さまが輝いて見えるアレなのかしら。

「〜〜〜、〜〜〜……!!」

 視線を外したくなくて、でも外さないと胸に込み上げてくるむず痒さが押さえられなくて、私は頬に手を当ててきゃーきゃーと足をパタつかせた。
 ああ、なんということなのだろう。私はいったい、何度父さまを好きになれば落ち着けるのか。昨日よりも好きで、一秒前よりもっと好き。今すぐ傍に行って、抱きつきたいくらいだ。
 けれど迷惑をかけるのは本意ではないからだめ。堪えなさい、曹子桓。そ、そう、なんだか急に始まった柄との鍛錬が終わったら、遠慮なく近づいて、それで、それで……それで……

「…………《ぽーーー……》」

 ……自分の思考が、一度停止したことを自覚しながら、自分の頭に触れる。
 昨夜、ほぼずっと、やさしく撫でられていた頭。
 なんだかもう、自分が怖くなる。
 父さまにずっと触れていたい。触れられていたい。むしろいっそ、他の人には触れてほしくないって思いまである。
 私、こんなに潔癖だったかしらと首を傾げるほどだ。なのに心はそれで良しと頷いている。ああ、だめだ、また頭の中が父さまでいっぱいだ。
 抱きつきたい……抱き締められたい……そんな思いばかりが頭を支配してゆく。

「……だきつきたいなぁ《ぽそり》」
「なににですか?」
「《びくーーーん!》ほいやぁあああーーーーーーーーーっ!!?」

 無意識に出ていた言葉を誰かに拾われてしまい、絶叫。
 誰!? いったい誰が!?

「なななななぁああんなななな何者!? こここっここここが父さまが統治する都と知っての狼藉かぁあっ!!」
「ちょっと声をかけただけで狼藉扱いはひどいよ!?」

 慌てて振り返れば禅。
 ……くぅっ、なにかとこの娘には私の弱いところを見られているわね……! いっそ私の弱みを握ろうと、こそこそと嗅ぎ回っている間諜だと名乗られたほうが説得力があるのではないかしら……!

「それで……!? なにを要求する気なのかしら……! 言っておくけれどただで恥をさらすほど、この曹子桓は甘くないわよ……!? この私を脅す気ならば、相応の覚悟を持って挑みなさい……!」
「なんでそんなに敵意剥き出しなの!? とっ……通りすがっただけでここまで言われるのなんて初めてだよぅ!」

 む……いえ、そうね。そもそも禅は、私の呟きに対して“なににですか”と訊いただけであって、対象がなにかなど知らないのだからいいじゃない。
 そうよ、気にしすぎただけね。ふぅ。

「あ、でもさっきの“ほいやー”はなんかかわいかったです」
「禅。記憶が飛ぶまで殴っていいかしら」
「いやだよ!?」

 びくりと肩を震わせながら、きちんと卓に着いて逃げないところはさすがだ、無駄に度胸がある。どうせなら通りすがったままどこかへ行ってほしかったのだけれど。

「あ、ととさまを見ていたんですね、丕姉さま……あれ? ───ああっ」
「連想したら決闘よ」
「抱きつきたいって、ととさっ……!? う、うん! 私なにも聞いてないよ!? ほんとだよ!?」

 父さまを視界に入れながら釘を刺すと、案の定だった。はぁ、まったく。まったく……………………

「…………《ぽー…………》」
「? 丕姉さま?」
「《びくり》…………こほんっ、……なにかしら?」
「え、えっとね? 昨日、そのー……あれからどうだったのかなーって。やっぱり、えっと、ととさまが……その。娘相手だから〜とか言って、しなかったのかなって」
「───」

 した。それはもう、した。けれど、禅や他の姉妹たちは皆、あんな幸福は得られなかった筈だ。口々に痛さと諦めしかなかったと言っていたのだから、そうなのだろう。ならばやり方がいけなかったのかもしれないのだし、意見交換は必要だ。私だって、妹たちが痛い思いと後悔しか抱いていないままなのは嫌だし許せない。
 それならと禅に提案して、父さまがしたことと禅がされたこととを話し合って、どう違うかの経験交換をした。……したのだけれど。そうしたら、禅が真っ赤になった。しばらくの間、私は話すことに夢中になっていて気づかなかったのだけれど、ハッと気づくと顔を少し俯けて真っ赤な禅。……あ、あれ? 待ちなさい? 途中からちょっと思い出せない。私、何を言っていたのかしら。こう、父さまが私と氣を同調させたところまでは話して……それからどんどんと夢中になって、事細かに……───あ、だめだ、死にたい。また死にたくなってきた、なんだこれ。恥ずかしいとかそういうのじゃなくて、なんかこう……死にたい。
 けれど、禅が話してくれた、やっぱり痛いだけだった経験を聞けば落ち着けた。

「………」

 落ち着けたら、考えるのは一つだ。せっかくの体験がただ痛いだけだなんて、そんなのはだめだ。自分だけが幸福を得られたからとかそういうのでは……あるにはある。だって、確かに幸福だったのだ。───だというのに。そうなることも出来た筈なのに、相手の所為で壊されたというのなら、そんなのは悲しすぎる。

  “いいの? 黙っていれば、娘の中でのそういう相手は私だけになるかもしれないのに”

 ───また独占欲みたいなものが浮かんでくるけれど、これは必要なことだから構わない。大体、そんなことで父さまを独占しても、私は絶対に笑えない。
 私は家族を大切に思っている。なにかを目にして羨ましいと思うことはあっても、共有したいとは思っても、それを奪いたいだなんて思わない。

「ねえ、禅」
「は、ははははい……!? えと、なんですか、丕姉さま」
「あなた、父さまに抱かれなさい」
「───」

 ぴしり、と。なにかが固まったような音を聞いた気がした。次いで、私の頭が何者かにむんずと掴まれる。

「なっ、誰!? 私に気づかれずに背後を取るだなんて!」
「魔のショーグンクロ〜〜〜〜……!!」
「《めきめきめきめき》いたぁあーーーーーーたたたたた!!? あ、え!? えぇっ!? 父さ───まぁあああいたいたたたたたた!!」

 父さまだった! 気づけないどころか気づいていても許してしまう相手なら仕方がなかった! そして頭が痛いですなんでしたっけこれあいあんくろうとかいうのでしたっけあのごめんなさいなんかごめんなさい頭が頭が頭がぁああーーーーっ!!

「さぁて、華煉〜? 今お前、禅になんて言ったのかなー?」
「え? え!? あ、あのあの、父さまに抱かれなさいと───」
「それはどうしてだ?」
「だ、だって! 私はとても幸せでいられています! けれど妹たちは痛いだけだったと! そんなのはあんまりではないですか! だから父さまなら、きっと幸せにしてくれると───!」
「…………そっか」

 手を、離された。解放された頭が、改めて頭に触れてきた父さまの氣で癒されてゆく。

「妹たちのことを思ってのことか……でもな、そこはまず妹たちの気持ちも考えような。いきなり抱かれなさいなんて言われたら、そういう経験をした女の子がどんな思いを抱くか、まで」
「あ…………はい」

 そうだ。私は解決策を、自分がそうだったからと焦って押し付けようとしていたのだ。それはいけない。こんなものはただの自己満足で───《ぐわし》───そう、ぐわし……ぐわし?

「あと。俺の疲労度とかもちったぁ考えましょうね長女さァアアん……!!」
「《めきめきめきめき》いたぁあーーーーーーったたたたたいたいいたいいたいぃいいーーーーーっ!! ごめっ……ごめんなさいととさまぁああーーーーっ!!《パッがばしぃっ!》ふきゅっ!?」

 再びのあいあんくろう。あまりの痛さに、というか頭を掴まれた状態で軽く浮かされました! どんな腕力とか肩力をしているのですかと言いたいけどそれよりも痛い! あまりの痛さに涙が浮かんで、弱い自分が浮かんできたと思えば、この口は勝手に“ととさま”と叫んだ───途端、パッと頭を解放されるや父さまに抱き締められた。それはもう、ものすんごい速さで。

「華煉! 華煉華煉華煉! 今! 今なんて言った!? いやいや聞いた! 確かに聞いたから! もっかい! もっかいだけ! もう一回だけ言ってくれ! な!?」
「え、え……えぇえ……? あのあの……?」
「ごめんなぁ痛かったよなぁ……! ほらほら痛いの痛いのとんでけー!」
「《パパァアア!!》ふわわわわわわーーーーーっ!!?」

 痛かった頭に癒しの氣が流されて、そのままその氣が私の中に溶け込んできて、私の頭の中に昨夜の出来事が鮮明に浮かんで消て……ふ、ふわっ!? ふわわわぁああーーーーっ!!? やっ、だめです父さま! 顔っ、顔が痛いです! 熱いどころではありません! やめてください頭撫でながら氣を溶け込ませないでください! わたっ、わたし、それだけでっ! さささ昨夜、ずっとそうして抱き締めてくれていたのを忘れているんですか!? こんなことをされては、体が“無くなった”と錯覚しているものが欲しくなってしまって───は、はわっ、はわぁあああっ!!
 とか頭の中がかつてないほど騒がしい状況の中でも、父さまは私に“もう一回”を願い続けています。あ、あれ? もう一回ってなんでしたっけ。なにをすればいいんでしたっけ。なんかもう解りません。えーとえーとえぇとえぇっと………………《ぶちーん》……きゅう。

「……あれ? 華煉? 華煉さん!? …………かれぇええーーーーーーん!!!」

 のちに禅から聞いたところによると、私は父さまに頭を撫でられすぎて、気絶したそうだった。
 なにかが切れたような音が聞こえたけれど、緊張の糸とか意識の糸だったのでしょうね……はぁ。




-_-/かずピー

 カタカタカタ……ユチャッ。

「うん、何日やっても慣れない」

 華煉が気絶したことで、中断させていた柄との鍛錬もお開きとなり、現在自室で書類整理中……なんだが、この都が以前の姿であればあるほど、このパソコンのなんと似合わぬこと。
 それに慣れない自分に溜め息を吐きつつ、続きをする。
 寝台には柄。俺の、干したて布団の上でうつ伏せに寝転がりつつ、足をぱたぱたと揺らしている。
 ところでパソコンをいじくっている擬音なんだが、あれってカタカタっていうよりはチャッて感じだよな。エンターキーとか特に。

「……むう。やはりかすかに丕ぃ姉の匂いがするな。そうか……丕ぃ姉は昨夜、ここで父と……」
「やめなさい」
「……おお、ここに消えきれない赤い染みが」
「やめてください!?」

 俺も大分気が動転していたんだろう。自分で洗濯もせずに普通に部屋を出てきてしまって、騒動のあとに戻ってみれば洗濯済みで干してあったシーツさま。ご丁寧に裏返し状態で置き手紙があって、そこには「このばかちんこ」と書かれていた。ご丁寧に日本語だ。泣いていいですか詠さん。
 むしろ洗濯済みなのに匂いがあるって、どれほどしぶとい香りなんだよ。ああまあ、洗ってくれたのがシーツだけなら納得も出来るけど。
 今さらだけどあの時代の大陸にあれだけ手触りのいいシーツがあることに俺、驚愕。それ言ったら服とかだって相当だけどな。いや、ほんと今さらだった。忘れよう。

「ところで父」
「ごめんな柄。父さん、嫌な予感がするから聞きたくないんだ」
「いや、べつにおかしなことを言うつもりはないぞ。むしろ思って当然だ。どうしてその、丕ぃ姉は父から離れないんだ?」
「聞きたくないって言ったのに!」

 あえて気にしないようにしていたが、俺の傍には華煉が居る。すっかり気絶からも復活して、元気……だと思う。わざわざ隣にある円卓の椅子を持ってきて、俺の傍にちょこんと座って、服を摘んだまま離れない。
 仕事をしている俺をじぃ〜〜〜っと見てきているだけなんだが、たまに視線をそちらに向けると、ぽーっとしていた顔が“ふわぁあっ……”と、高速再生映像の花のつぼみが開くシーンみたいに笑顔に変わる。いや、なんなのこのコ。娘だったらご近所にうざったいほど自慢したいんですけど。ああ、産まれたばっかりの時はしたね。みんなかなり引いてたね。そう、産まれ───産まれ?
 
(お……あ……!?)

 今、普通に“娘”って思考から華煉が外れていた。それに普通に驚いた。
 柄がきょとんとしているが、これは驚くなってほうが難しい。
 ……なんというか、やっぱりそういう行為っていうのは深層意識っていうのか? それに、深く意味を刻むっていうのもあるみたいだ。昨日まではどうしても“娘”として見てしまう部分があって、それを押し込めるのも苦労したのに。今は、普通に女性として見ているんだから……まあその、あえて捻くれた口調で言おう。

(うーわー、男って単純ー)

 自分への頭痛を溜め息で流して、PCをシャットダウン。
 急いで進めるものも無いし……むしろ進めすぎたくらいだから、ちょっと休憩。
 けど、面白いもんだ。自分の頭の中が“北郷一刀”の数だけ分けられるみたいな、いろんな方向で物事を考えることが出来る。お陰で仕事が捗る捗る。思考の中の俺達は実に賑やかだ。その性格も各国で生きた分だけ違ったりするし。そんな“俺達”で脳内会議をすれば時々孟徳さんも現れるし、そんな俺達で各国のみんなや娘達になにか手作りで食べるものでも贈ろうと案を出せば、たくさん作ったキャンディーに紛れてオンディーが混ざることさえある。実にニクイ。いや冗談だが。

「なぁ丕ぃ姉。それは面白いのか? 私もやってみていいだろうか」
「───………………《モシャアアアア……!!》」

 冗談を脳内で言い合っている中、質問を受けた華煉がぽーっとした顔から阿修羅へクラスチェンジした。なんでこの娘、俺と他とじゃこうまで反応違うの。ちょ、歪んでる歪んでる! 殺気で景色歪んでるから落ち着きなさい! なにこれ独占欲!? ちょっとうれしいけど怖い! とか思ってたら、そんな殺気がぽしゅりと霧散。華煉はふるふると震え、顔を赤くして、口を波線にして結構な時間をあうぅと唸ると、柄を手招きして椅子に座らせ、なんと場所を譲った。
 内心驚いている内に「いいのかっ!?」なんて言いながら、もう既に喜んで座っている柄が、「では早速」と……俺の服を摘む。で、数秒後。

「……丕ぃ姉。これ、なにが楽しいんだ?」

 自ら、火をつけたマイトさんを体にぐるぐる巻きにするような爆弾発言をしてみせたのでした。
 え? その時の華煉さん?
 ええ、面白いものなんですが、まず目の色が変わるのはまあいつものこと。けれどそれからが凄かったんですよ。
 なんと説明すればいいのやら……ハハ。
 いえ、目を逸らしたわけではありません。一部始終を、確かに。
 ですから……あれを喩えるならそう。
 螺旋。
 でしたね。
 え? 話し方が鬱陶しい? わざわざ喋る度に顎を左右に揺らすな? そうしたあとに真っ直ぐに見てくるのがうっとうしい? ごもっとも。
 スパッと言うなら───華煉は髪をドリルにしていない。華琳のように頭の両側で結わいてはあるけど、ドリルではない。それが、彼女の中で充実した氣が彼女の強い意思で回転を始めた途端、髪の毛をドリル状にしたのだ。
 華琳でさえドリルを作るのに専用の器具が必要だというのに、まさかのオーラスタイル。そんな状態でギンと睨めば、口に出したら覇王様に殺されそうだけど、スタイル抜群の覇王様そのもの。髪には黒も混ざっている華煉だけど、威圧の種類が思いっきり華琳だ。
 この、すぐに怒鳴るのではなく、じっくりと追い詰めて逃げ道を塞いでからさらに圧して潰すような空気の重さは……! でも人の服掴む行為でギャースカ騒ぐのはやめなさい。と、手に氣を込めて頭をひと撫で。それだけで「ひゃあう!?」という悲鳴とともに髪型はパサーンと元に戻って、威圧もゴシャーとどこかへ飛んでいってしまった。

(……段々慣れつつある自分が嫌だ)

 だってこんなの、都に住み始めた頃みたいじゃないか。
 あの頃はところどころで意見がぶつかって、時に睨み合うこともあったから、その度に仲裁して……あ、だめだ、思い出したら胃に鈍痛が。

「父!? 父ー! なんだか丕ぃ姉が怖い! どうしたというのだ丕ぃ姉! 私はただ自分に正直な感想を言っただけで!」
「解らない? 解らないというの? へえ、そう。ならばあなたはまだまだ、父さまへの想いが足りないということね。ひとつ訊きたいのだけれど、あなたが父さまに抱かれたいと思うのは、ただの知識欲? それともきちんとした愛あってのものかしら」

 そして、ちょっとした胃痛に目を瞑ってしまえば、開いた先で再び問答。
 ええいもうあなたの髪の毛どうなってるんですか華煉さん。暴走するより先に抱き締めて「ぴぃっ!?」……なんか妙な悲鳴をあげたけど、無視して膝の上に乗せる。で、頭を撫でつつお腹に手を当て氣を同調させてやると、ポピーとか擬音が鳴りそうなくらいの勢いで体が赤くなってゆき、カタカタと震え始めた。

「おお……すごいな父」
「頼むから妙なことで喧嘩とかはやめてくれな……父さん、自室に居る時くらいのんびりしたいんだ……」
「むう。そうは言うが父。私も丕ぃ姉にああ言われては、自分というものを見つめ返したくもなるというものだ。そして私にはそういうことを気軽に相談出来る相手が居ない。述姉ぇや邵にでも話せばいいのだろうが、悲しいことにあの二人も丕ぃ姉の言っていた言葉に該当する気がする」
「知識欲か?」

 訊いてみれば、素直に頷く。確かに、知識欲でああいうことをしたいというのなら、俺がそれに頷くのは難しい。
 華煉のようにドがつくほどのストレートな感情だったらとっても解りやすいんだけどな。

「それはもちろんある。だが、だからといってそのために体を許すほど、私の貞操観念は緩くない。そもそも私は元から父が好きだぞ? ずぅっと、それこそあの時代の、子供の頃から父のことはずぅっと見てきた。まあ、その。最初はもちろん興味の方が強かったが」
「ああ、どうやって祭さんにお前を産ませたかってやつか」
「ああ……あれは実に謎だった。あの母が、弱くてだらしのないと見られていた父に、どうして体を許したのかと。好きになったのはその過程だな。元々自分の周囲のために懸命に動く姿を素直に良しと見ていたし───ああ、ここでいう周囲は“私たち家族のため”というのが大きい。民たちのためになにかをやっていた、仕事をしていた、なんてことが解らなくても、家族のために動いていた父は知っている。ぐうたらだ〜とか誰がどう言おうが、自分自身でもそう言おうが、適当に語る言葉と尊敬とはまた別だ」
「…………《ムッフゥーン!》」

 熱く語る柄を横に、俺に撫でられっぱなしの華煉がどうしてか“むふんっ!”と胸を張ったドヤ顔だった。
 でもすぐにとろけた。まるで撫でられっぱなしの猫だ。あ、懐きすぎてる犬でも可。
 今じゃ完全に俺の胸に体重を預けきっていて、意地でも俺を見ようとするその顔は赤く、目は潤んだままだ。隙を見せれば唇を奪いにくるんじゃないかってくらい、潤んでらっしゃる。
 ……正直に言おう。認識が甘かったかもしれません。
 擦れ違いみたいな親子喧嘩から仲直りして、随分と慕ってくれるようになった華煉だけど、その上があったのはまだ記憶にも新しい。古い部分もあるけれど、新しいほうだと思う。
 けど、それ以上があることなんて想定してなかった。
 仲直りから急に頼るようになってくれたのは凄まじいほどに嬉しかった。
 頼ること以上に、ちょこちょこと付いてくるようになってからも嬉しかった。
 気づけばいつも見つめてきているような気がして、あれ? と首を傾げた。
 で、やたらと顔を赤らめて、抱き付いてきたりするようになったあたりからハテと思う気持ちが確信へと変わった。
 恋に恋するどころか真面目に父親に恋していることに気づいて、なんだってー状態。
 それから時を越えるほどに思われ続け、もうさすがにこれ以上はないだろ……と思ってたら、ありました。あったのですよ、上が。

「…………《ぽー……》」
「………」

 過去に思いを馳せつつ、それでも撫でていると、潤んだ目からとうとう涙がこぼれ、それを俺の胸で拭うようにぐりぐりと顔をうずめてくる。いつの間にか体勢は変わり、俺の膝に横向きで座るような状態で、華煉は俺の胸にすりすり。
 猫が頭を撫でられて、もっと撫でろとばかりに頭を押し付けてくるように、ごしごしと顔を擦り付けては、ぎゅーっと抱き付いてくる。
 あ、あのー!? 今ここに柄さんがおるとですよー!? 華煉ー!? 華煉さーん!?
 …………あ、だめだこれ、俺に集中しすぎて周りが見えなくなってる。

「…………《あわあわ……!》」
「………」

 柄は柄で、とろけきって甘えまくりの華煉を見て驚愕状態。
 俺と華煉を交互に見て、“ななななんだこれ、なんだこれなんだこれ!”って感じの混乱をして見せている。
 ……どうしようか、これ。考えてみても状況の整理が追いつかない。
 なので、とりあえず猫にそうするように華煉の頭を撫でたり、喉をこしょこしょと撫でてみたりすると、彼女の喉の奥からきゅうぅうん……と小さな声が。相変わらず潤んだ瞳のこの可愛い物体を、ハチャメチャに撫で回したい衝動が爆発───しそうになったところで柄の視線に気づいて踏みとどまる。
 ソ、ソウダネ! とりあえず落ち着こうネ! 暴走しすぎて頭の中がとりあえずだらけだけど、なによりまず落ち着こうネ! 平穏バンザーイ!

「……父」
「ナ、ナニカナ?」

 かつての娘の前で盛大に暴走したこの北郷に、柄がちょっと低い声を投げる。
 な、なんでせう。もしかして女性を猫に見立てて暴走したまま撫で回しそうになった変態として、一生十字架を背負っていくようなことを言われるのだろうか。

「それ、私にもやってみてくれ!」
「」

 “は、はああ……!”と北斗の拳のモブさんみたいに怯えていたところに、そんな言葉が投げられた。
 もちろん俺、口を開けたまま停止。絶句ってこういう時に使う言葉だろうか。

「実はだな、父。私はいろいろと後悔しているのだ。過去の私は母の後を追うように振る舞うばかりで、自分というものをあまり求めなかった。だが今、こうして自分というものをやり直せている。武の基礎は既に、ここまで育つ過程で体に叩き込んだ。あとは別の、自分の知らないさまざまを知りたい。あ、きちんと勉学もしているぞ? 幼い頃からきちんと学べば、あれも案外面白いものだ。というわけで、困ったことに好奇心の幅が広がってしまったのだ! 協力してくれ、父!」
「」

 そして二の句も告げられない。
 しかし成長しようとしているかつての娘を捨て置ける筈もなく。
 俺は、猫のように甘える華煉をべりゃあと剥がすと───剥がっ……ちょ、剥がれなさい! どれだけ強く抱きついてるの! いや、“やぁああ”じゃなくて! やめて! なんか引き剥がすことに罪悪感が!
 そんな格闘ののち、寝台の上で俺の布団に包まり、ジト目でこちらを睨む華煉さんを見ることになった現在。……俺の膝の上にはわくわく顔で先を促す柄さんが……おがったとしぇ……。




ネタ曝しです。 *かわいいはジャスティス  可愛いは正義。苺ましまろより。  可愛いは正義で、貧乳はステータス。力こそパワーで、毎日がエブリデイ。  ……じゃあ可愛くないってなんだろ。  ちと反対の言葉で考えてみよう。  可愛くない=ツンデレさんが言われそうな言葉。別に悪ではない。  巨乳=夢が詰まっているらしい。ステータスじゃないならなんだろう。  非力=剛力の神に力を貸してもらう⇒俺の敵はキン肉マンひとりだぜ! 非力こそが……インテリジェンス? 違うと思う。  ……毎日の反対ってなんだろう。  どうでもいいけど貧乳は変換できるのに、どうして巨乳はできないのか。 *貧乳はステータス  らきすたより。希少価値らしい。  *追記:と見せかけてSHUFFLE!の麻弓=タイムが元だった。  SHUFFLE!好きのくせに忘れるとは……! *力こそパワー  ど〜んなにどんなにどんなにビィックゥ〜リマァ〜ン♪  新ビックリマンより、ブラックゼウスの口癖。 *男の道を魁る  ああ男塾男意気。  魁男塾より、男塾塾歌。 *おほう!?  拳王ラオウが出した謎の悲鳴。  アミバの「えひゃい」に続き、かなり好きな悲鳴。 *イレイザーガン  ギニュー特戦隊は基本的に隙だらけである。強さゆえの余裕でしょうが。  ドラゴンボールより、リクームの技。 *北郷警備隊はうろたえないッッ!!  ドイツ軍人はうろたえない。岸辺露伴は動かないみたいな言い回しである。  ジョジョ第二部より、シュトロハイムの台詞。 *どこからでもかかってきなさい  ジャングルノ王者ターさん……ではなくターちゃん。ターさんは読み切り版。 *キャンディーに紛れてオンディー  オンディー:1912〜1989の激動の日々を生きた伝説のなにか。  すごいよマサルさんより、オンディー。 *マイト  腹マイトさん。ヤクゥザもので特攻する下っ端の覚悟。  腹から腰、背中にかけてダイナマイトを巻き、ライターを手に特攻する。 *喋るたびに顎を左右に  バキシリーズより、なんか真正面向いて話していると、まず右に傾げつつ話、次のコマで左に傾げ、最後に真っ直ぐこちらを向いて話を〆る。  範馬刃牙でいうと、えーと、ほら、あそこ。久しぶりに出てきた栗ヶ谷さんに母親へのことを話す時。  刃牙くんが何故かその三段活用をしてらっしゃる。いいから纏めて話しなさい。 *は、はああ……!  北斗の拳にて、モブさんが放つ言葉のいち。 *おがったとしぇ  本編のほうでも曝したね、これ……。  おりましたとさ、の意。  緒方敏江という人物を差した言葉ではない。  さてさて、いろいろと詰まっております、最近台湾まぜそばというのにハマっている凍傷です。  詰まっているというのはネタとかではなく、なんというかそのー……状況?  いつも通り時間が欲しいです。いえ、相変わらず小説にどっぷり状態なんですけどね?  書く方よりも読む方ばっかりで、なんともかんとも。  いやほんと、小説って面白い。時間が経つのが速すぎて辛い。  朝起きてデイリーやって、小説読んで仕事して、小説読んで仕事して、小説読んで寝オチして、ってなんかそんな感じです。  これはいかん、ほんと書かないと。  でも続きが気になって仕方ない。困った。  では、また次回で。 Next Top Back