43/こんな日常、そんな日常

 視線を感じるようになったのは……なんて言葉は今さらだろう。気づけば誰かに見られていて、それは朝起きてから朝餉を食し、運動をして手伝いをして、遠くの町まで突っ走る中でも変わらない。
 なんだかんだと時間は過ぎて、気づいてみれば二ヶ月目に突入した呉での生活は、他国だっていうのに居心地が良すぎて戸惑うことなどしょっちゅうだ。遠方の町の人とも随分と仲良くなれたし、兵や水兵のみなさんとも仲良くさせてもらっている。
 だから歩けば声をかけられて、それを返せばまたかけられてと、案外歩くだけでも忙しないわけだが……それは嬉しいからいい。ああ、全然構わないとも。
 正直一ヶ月二ヶ月でここまで仲良くなれるなんて出来すぎてるなーとは思うけど、ようするに親父の一言が正論としてみんなの心に響いたってことなんだろう。
 憎くて戦ったわけでもないし、殺さなければ殺される世界。殺したのはなにも他国の者だけじゃなく、自分の子供だって何処かで誰かを殺していて……恨まれながら、自身もどこかで誰かに殺されたのだろうと。
 そういったことに気づいてしまえば、どれだけ憎くても憎みきれなくなる。……そういうのが広がって……俺も、受け入れられたんだって思ってる。
 俺一人の力で呉国全てが鎮まってくれるなら、きっと他の誰にだって出来たはずだろうし。

「おぉおおおりゃああああーーーーーーーーっ!!!!」
「ふぅううあぁあああああーーーーーーーーっ!!!!」

 と、そんなことを鍛錬中に考えていたわけだが。考えごとが出来るなんて、結構余裕が出てきたなーという今、俺は明命と限界ブッチギリダッシュバトルを繰り広げていた。
 ああ、簡単に説明すると限界ブッチギリダッシュバトルとは、疲れを無視してただひたすらに走ることを意味している。よーするに日がな一日城壁の上を走り続けるわけだ。全速力で。
 もちろん全速力とはいえ、わざわざ疲れるような走り方はしない。内臓への衝撃を極力抑えるように、蹴り弾き、着地し、蹴り弾きを繰り返し、速く、しかし疲れぬように身を動かし続ける……それが限界ブッチギリダッシュバトルの醍醐味さ。
 見張りの兵にしてみればやかましいことこの上なしでしょう。ええそうでしょう。だがすまない、俺は魏のため華琳のため、三日毎の鍛錬だけは決して手抜きをするわけにはいかないのだ。

「一刀様すごいですっ、とても速くなりましたっ!」
「任せてくれ明命! お前と走り続けたこれまでの日々、決して無駄ではないと証明するためにも俺は走り続けるぞ! 手加減は無用だぁあっ!!」
「はいっ、負けませんっ!」

 人間、走り続けてると妙なテンションになるもんだ。
 よく居るだろ? レースゲームやってて体が動く〜とか、推理ゲームの意外な展開に叫ぶヤツとか。……ほぼの該当者は及川なわけだけど。
 それと似たような感じで、朝から走り続けている俺は……隣を走る明命の元気の影響もあって、暑苦しいまでのテンションを保ちつつ息を乱さぬままに駆けていた。

「うぉおおおおおおっ!!」
「あぁあぅあああーーーーっ!!」

 全力疾走。叫ぶ余裕もあるくらいに体力が出来たといえば聞こえはいいけど、種明かしはこうだ。自分で走る力は僅かに、氣を上手く行使して走っているというべきか。
 筋肉はあまり使ってないから、足がすぐに疲れることもない。しかし筋肉だけに頼って走るのよりもよっぽど速いのだから、以前の俺からしてみればずるいって感じる方法だ。
 肉体は、使っていけば自然と乳酸も溜まるってものだが、氣の扱いにも大分慣れた今なら、まだまだ疲労が訪れるのは先ってわけだ。

「さあ! そんなわけだから今度もこの角を華麗に曲がって《ピキィーーーンッ!!》ギャアーーーーーッ!!」
「あぅあっ!? 一刀様っ!?」

 あ……マズイ。
 氣を集中させるパターン……思い切り間違えたぁあーーーっ!!
 足が!足がグキキっておぉおわぁあああっ!!? 壁っ! 壁が───受身! 無理っ!

「《ガドォンッ!!》あがっ───!」
「一刀様っ!?」
「あ、い、痛っ……あ、ははっ……だ、大丈夫、大丈夫……!」

 咄嗟に頭を庇って、身を丸めたのが良かったと言うべきか。背中をしこたま打ちつけたものの、大事には至らなかった。
 あの速度でコケてこれなら、良かったってことにするべきだろう。

(いかんいかんっ、慣れた頃こそ油断の時だってじいちゃんに散々殴られたろうが)

 頭を振りつつ起き上がる。背中がしくりと痛んだが、大げさに痛がるほどのことじゃないな、よし。

「よし明命、走ろう!」
「え……ですが一刀様っ、一応怪我をしていないかを───」
「大丈夫! 無駄に頑丈なのが取り柄に───なってるといいなぁっ!《ダァッ!!》」
「あうあっ!? 一刀様っ!? 急に走ったら体に負担が───」
「《ズキーーーン!!》うぁあだだだだぁあーーーっ!!?」

 一歩を駆け出した途端に忠告通りの大激痛! ぶわわっとこぼれる涙がその痛さを実感させてくれる───が!

「はうぁあっ!? し、思春殿っ、思春殿ーーーっ! 一刀様がぁあっ!!」
「くっは……! だ、大丈夫! 走るんだ明命、俺達はまだ前回の限界に至っていない!」

 足を止めずに駆け、慌てて追いついてくる明命に脂汗だらだらのスマイルを贈る。大丈夫、痛いけど……よく経験した痛みだ。
 猪みたいにじいちゃんに向かっていって、あっさり避けられて道場の床に激突するみたいに転倒したっけ。あの頃とは速度が違うけど、逆にこんな痛みが懐かしくも感じられた。

「聞いてくれ明命……鍛錬っていうのは“同じこと”を繰り返しているだけじゃあ、一定には至れても一定以上には至れない! 三日前に出来たことより一歩先へ進むことで、肉体がもう一歩を踏み出そうと三日間の休憩の間に強化されることを“超回復”っていうんだ!」
「ちょ、ちょお……?」
「そう、超回復だ! けど肉体にだって年齢っていう壁がある! やるなら、鍛えるなら若い今が一番大切なんだ! だから走ろう一歩先へ! 三日前の自分より一歩でも先に出るために!」
「か、一刀様……? あぅ……あの、やっぱりどこか打ち所が悪かったのでは……」
「大丈夫! い、痛みを紛らわせるためにっ……つはっ……さ、叫んでる……だけだから……っ!」
「全然大丈夫じゃないですっ!?」

 “現状維持は悪いことじゃないけど、進む気が無いならそれは普通ですらない”って言った彼女に、自分は頑張ってたって認めてもらうために。
 そうだな、心配してくれる明命には悪いけど───もう本当にここに居られる時間は少ない。昨日、朱里と雛里が書簡を纏めているのを見たし、その整理をした数日後には二人が蜀に帰るパターンはずっと続いている。
 そう思えば、“ここでやり残した鍛錬”が無いようにと走り続けたくもなる。ダッシュが終わったら祭さんと摸擬刀での実戦稽古だ。特に“ここまで”って決めているわけじゃないから、付き合ってもらえる限り……やり続けるつもりでいる。


───……。


 ガガンギンガンガィンッ!! ギャリィン! ギシィッ───キィンッ!!

「はっ! ふっ! せいっ! はぁっ! つっ! たぁああああっ!!」

 走り続けて息が乱れた頃、明命に断ってから祭さんが待つ中庭へ。黒檀木刀を手に、休む間も無く摸擬刀を持つ祭さんと打ち合っていた。
 氣の鍛錬も兼ねて木刀には氣を纏わせており、摸擬刀相手でも傷ひとつつくことなく打ち合える状態で立ち回っている。当然、氣の集中を乱せば良くて傷モノ、運が悪ければ摸擬刀の一閃で圧し折れる可能性もある。
 呆れるくらい、今の自分では無理している鍛錬ではある。が、だからこそやる価値があるんだという覚悟を胸に、祭さんに付き合ってもらっている。
 木刀と模擬刀での打ち合いなのに、まるで金属同士がぶつかる音が、幾度もこの場で高鳴っている。氣を纏った木刀は、模擬刀にそれほどの衝撃を与えるほどに硬くなっているということだろう。

(木刀を壊したくなかったら集中集中……! 氣と体を別々に動かそうとするんじゃなく、むしろ一体───一緒に動かせて当然ってレベルにまで引き上げ《ジョリィッ!!》ホワァーーッ!!?)

 あ、あぶっ……掠った! 今髪の毛少し切っていった! 摸擬刀なのに怖いぞ!? ほんとうに刃引きしてあるんだろうなぁこれっ!!

「ほれどうした北郷っ! へっぴり腰は直ったようじゃが、振るわれる一撃一撃に目を瞑りそうになるところは、いつまで経ってもちっとも直らん! そんなことでは目を閉じた瞬間に首が飛ぶぞっ!」
「《ヒュンッ!》そんなっ!《フオッ!》ことっ、言われっ《ルフォンッ!》たって、さっ!!」

 振るわれる攻撃は極力避けるんだが、紙一重で避けようとするとどうしても目を閉じかける。
 それはじいちゃんとの稽古の時からずっと直そうとして、直せなかった厄介なクセで……恐怖に目を閉じる臆病さは、どこまでいっても自分が一般人である証拠かな、と……諦めかけてもいたわけだが。

「まったく……だというのに避けることばかり上手くなりおる。男ならがつんと受け止めてみせんかいっ」
「無茶苦茶言ってるって自分で気づいてる!?《フォンッ!》うわぁっと!?」
「ほっ。今のを避けられるとは意外じゃのぉ、ふっはっは!」

 こ、この人絶対楽しんでる……! 何事も楽しんでやれるのが一番だってのはもちろんそうだが……よし、だったら───!

「《タンッ───》……ふ、う……」
「うん? なんじゃ、休憩か?」
「いや。ちょっと脱力したかっただけ」

 軽く距離を取って、流れる汗を腕で拭う。
 それから……木刀にのみ集中させていた氣を体にも流し……キッと祭さんの目を真っ直ぐに見つめる。

「……うむ。良い面構えじゃ」

 ニヤリと笑うその人へ、離れた位置から───たった一歩で間合いを詰める!

「───! む、おっ───!?」

 体は十分に温まっている。体を動かすための部分も、木刀を振るうための部分も、全て。
 “氣で走る”鍛錬も散々としたし、一歩だけの速さなら俺でも虚を突くことくらいできる! そして───イメージは螺旋! 関節の回転に氣を混ぜて加速させて、通常では出せない速度を以って、左腕で押さえつけた木刀での鞘無しの居合いを───!

「つっ───せいっ!!」

 腕に引っ掻け、溜めた力を一気に放つように振り切《どすっ!》る……あ、あれ? 腕が伸ばせな───あ、足? なんで俺の腕を祭さんの足が押さえ───足ぃっ!? 足でこっちの腕押さえるって───そ、そんなっ!

「そんな無茶なぁあああっ!!《ドズゥッ!!》ゲブゥ!!」

 無茶でも苦茶でもどーでもいい、やれる人が最後に勝つ。
 あっさりと虚を突く行動も居合いも見切られた俺は、振り切るはずの腕が速度を持つより早く押さえつけられ、肩に摸擬刀の一撃を落とされてあっさり転倒。
 ああ、うん……鍛錬に没頭するあまり、一つ忘れてたことがある。この世界の人たち、基本的に能力がズバ抜けてるって。
 つくづく痛感したね、疲れさせる方法を取らなければ、俺は絶対に華雄には勝てなかったんだーって。

「さ、祭さん、無茶苦茶だよ……」
「おう。今のはちとひやりとしたがのぅ。じゃが、相手が馬鹿正直に手持ちの武器だけで戦うと決めつけてかかっては、こういった事態に対処出来ん。お主はもっと頭の柔らかい男かと思っておったが」
「む……」

 たしかに、以前の俺だったら“そうくるかもしれない”程度の考えは頭のどこかに置いておいたはずだ。
 それをすぐに引っ張り出せなかったってことは、俺は……ここの生活に慣れるのと同時に、俺が暮らしていた場所での“臆病さ”を忘れかけていたのかもしれない。
 臆病なら“こう来るだろう”“ああ来るだろう”と、いくらでも最悪のパターンを思い浮かべることができるが……くそっ、慢心でも出来てるつもりか俺はっ! もっともっと自分を低く見ろっ、小さな段差も巨大な壁だとイメージしろっ! そうすれば、どんな時でも油断なんてせずに構えていられるんだから───!

「〜〜〜っ……くはっ……《ザ……リ……!》」
「立つか。では続きじゃ、かかってこい」
「すぅ───応っ!!」

 気合い一発、再び地面を蹴って祭さんへと向かっていく! 居合いは無しで、今度は腕に氣を溜めて、蓮華との鍛錬の時に見せた腕の高速化を以って攻撃を仕掛ける!

「とぁあっ!!」

 ヒュッ───ガカカカカカカカカキィンッ!!

「うぇえっ!? 全部受け止め《ドボォッ!!》げはぁっ!」

 様々な方向からの斬撃が、一本の模擬刀にあっさりと弾かれる。そんな事実に驚愕し、攻撃の手が緩んでしまったところに、その模擬刀が俺の腹に埋まった。
 胃液でも吐きそうってくらいの気持ち悪さに襲われるが、祭さんから目を逸らすことなく歯を食いしばり、距離を取る。

「うむ、正解じゃ。どんな攻撃を受けようとも生きている限りは敵から目を逸らすな。吐きそうになろうとも、それを我慢することで体勢を崩すくらいなら、吐いてでも敵を見据えい」
「はっ……ぐ、はぁっ……! ああ、解ってる……!」

 敵から目は逸らさない。そんなことは、イメージトレーニングをやっていれば嫌でも身に着くものだ。“見ようとしなければ見えない”のがイメージ。そういった意味では間違いはなかったといえる……のだが。悲しいかな、目を瞑りそうになるのだけは直っちゃくれなかった。
 でもな、北郷一刀。今はそんなことを言っていられる状況じゃない。こうして立ち合えるのだって、あと何回あるか。
 覚悟を決めろ……もっと深く、もっと深淵に。命の遣り取りをしている……そうイメージしろ。命の遣り取りをする中で、お前は暢気に目を瞑るのか? 相手の命を絶つかもしれないって戦いの中、目を瞑るような攻撃で相手の命を奪うのか?

(っ……そうじゃないだろ……!)

 ───覚悟を。
 あとでどれだけ震えてもいい、怖がってもいい、泣いたって構わない。でもな……この瞬間を、胸に刻め、目に焼きつけろ。全てを見るつもりで向かって、視覚に体を追いつかせてみせろ。そうすれば、焼き付けた分だけ必ず経験として体に刻み込めるから。

「……いくよ、祭さん」
「………………ほお? 鍛錬中に見せるような顔ではないな……───本気か?」
「心構えは。小さな理想に自分が追いつけるかを試すだけだよ。……けど、全力だ」

 前ならえをするようにピンと伸ばした腕の先で突き出された掌。その親指と掌に挟んで持つ木刀に力を込めるようにして精神を集中させてゆく。

(いつも……思ってた)

 鍛錬の時とは違う。心にいくつもの覚悟を刻み込んで、氣を練れるだけ練って気脈に満たして。そして……駆けた。

(鍛錬のたびに、負けるたびに、教わってるんだから負けるのは当然だ、なんて)

 振るえば届く距離になると、遠慮無しに木刀を振るって撃を連ねる。

(でも違う。勝ちたいって思ったなら、負けたことには悔しさを抱くべきで)

 祭さんは避けない。必ず全てを模擬刀で受けて、逸らして、弾いてくる。

(悔しいって思えるなら、もっともっと早くに、こうしてぶつかれてたはずだった)

 弾かれる。逸らされる。受け止められる。渾身でいっているはずなのに、まるで構えた模擬刀に自分の力を吸収されているみたいに簡単に捌かれ、それでも。

(覚悟覚悟って言っているくせに、俺は……一度も本当の悔しさを抱いたことがなかったのか?)

 力でダメなら速さで向かう。それも全て弾かれ、しかし今度は呆けることはせず、振るわれた一閃を躱してみせた。

(違う。悔しい思いなら散々味わった。無力な自分を嘆いた。一緒に戦ってやれない自分が情けなかった。死んでいく兵士に謝ることすら出来ない自分が嫌いだった。そう思うのに、いざ戦いになれば、“震えることしか出来ない自分”を簡単に想像できる自分がっ……───たまらなく、嫌だった……!)

 振るう木刀に迷いはない。目の前の人に勝つ。“負けてもいいから思い出にするために”なんてことは思わない。

(今の自分は、逝ってしまった彼らと肩を並べられるくらい強くなっていますか───?)

 振るう。

(今の俺は、あいつらが目指した平和の中でちゃんと笑えていますか───?)

 振るう。

(今の俺は───……俺はっ……!)

 振る《ゴギィンッ!!》───っ……!?

「……、つ、《ジンッ……!》あ……!?」

 ……振るおうとした木刀が、強く弾かれる。たったそれだけなのに、纏っていた氣ごと、思い切りブッ叩かれたような衝撃が俺の体を貫いた。
 じぃんと痺れる手はしかし、木刀を落とすことなく強く強く握り締め、そんなことになっても……俺の目は、目の前の人から決して逸れることなく。

「“本気”だというのに考えごとか北郷。儂も随分と舐め───」
「───違う、刻んだんだ……覚悟を。決して曲がらない、たった一つの“芯”ってやつを───!」

 勢いよく弾かれたことで、木刀ごと体を持って行かれそうになる。……祭さんもよくやる。フンッと鼻で笑ってみせると、もう“次”を構えていた。

「終いじゃな」

 そして。その一撃が、俺の意識を刈り取ろうと振るわれ。それは本当に自然な動作で、最初っからそうすると決めてあったことをなぞっただけ、ってくらいの……なんでもない動作。
 向かう先はどうやら肋骨辺りらしく、どうやら骨がイカレることを覚悟しなくちゃいけないらしい。らしいんだけど……でもさ、祭さん。俺がつい今刻んだ覚悟はさ、“そんな覚悟じゃない”。

(親父に刺された時、痛かったのを覚えてる)

 熱かった。そして、悲しくて、悔しかった。

(俺は、こんな痛みを抱えながら死んでいく彼らに、なにもしてやることが出来なかった)

 そう思うと、泣きそうなくらい悔しくて、辛かった。

(一緒に戦えなかったのが悔しかったとか……正直に言えば、きっとそうじゃない。“ただ俺の分の死体が増えるだけだ”なんて、最初から敗北しか見えていなかったんだから、当然だ)

 “自分がそこに居れば何かが出来た”なんて幻想すら抱けないくらいに弱かったのだ、俺は。

(何も出来ない辛さを、消えていく命の重さを、覚えてる……!)

 俺には何が出来ますか? 無力を噛み締めることでしょうか。それとも、誰かを思い、泣くことでしょうか。
 俺には何が出来ますか? この世界に戻ることばかりを考えて、それだけにとりあえず没頭するだけ……でしょうか。

(違う……違うさ)

 難しいことも、難しく考えない。
 辛いことだって、無理にでも笑って辛くないって意地を張る。
 泣きたい状況でだって、泣きながらでも笑っていよう。
 だから……だから、俺は……

(ずっとずっと“北郷一刀”のままで……そうさ華琳! お前の傍にずっと居る!)

 宴の夜、華琳に“貴方どこまで一刀なの”と言われた。
 変な言葉だなんて思ったし言い返しもしたけど、考えられる頭も答えられる口も、この大陸に俺ごと在る。
 俺に出来ることなんて、あの日華琳に拾われてからずっと変わっていない。俺はあいつが手に入れたいもので、俺はあいつのものだから。

  ごぎぃっ!!

「───、な……!」

 そのためにも、負けることを“当然”なんて受け取らない。
 現状維持に甘えないで、華琳と一緒にあいつらが目指した“平和の先”を見続ける。そんな“北郷一刀”であり続けることが、俺にしか出来ない俺に出来ることだ。
 あいつは負けることが嫌いだし、もし負けたとしても次は勝つって思うやつだから……負けっぱなしで笑う自分は、たとえ鍛錬でももうサヨナラだ。
 その覚悟を、俺は刻んだ。刻んだから……!

「馬鹿もんがっ! 腕を盾にする馬鹿が何処に───っ!」

 木刀を弾かれたことで、腕を広げるみたいになっていた俺の体。
 そんな中で左腕だけを無理矢理下ろして、脇腹を狙うはずだった模擬刀を無理矢理受け止めた。当然、というべきか……祭さんは怒りと心配とを混ぜて俺の左腕に意識を集中させるけど。

「───祭さん。……目、逸らしたね?」
「なに……? ───っ!?」
「じゃあ───俺の勝ちだっ!!」

 誰も勝負ありを宣言なんてしていない。
 弾かれた分だけ反動がついたこの右腕に、盾にした左腕に集めておいた氣を流して───!

「ま、待たんか馬鹿者!」
「聞く耳持たんっ!!」

 一気に振り切《ばごしゃあっ!!》………………どしゃあっ。


───……。


 ……鍛錬とは名ばかりの本気バトルから五分後。

「いくらなんでもあれはないだろ祭さんっ!! あの場面で殴るか普通! 蹴るかよ普通!!」
「ええいやかましいわっ! 男なら潔く負けを認めいっ!」
「潔くないのはどっちだぁっ! あんなところで拳使うなんて、自分だってよっぽど負けたくなかったんじゃないかぁーーっ!!」

 俺は祭さんに殴られた左頬を押さえつつ、踏みにじられた覚悟ごと悲しみを吐き出しておりましたとさ。

「し、仕方なかろうが……負けたくなかったんじゃもん」
「じゃもんって……! あぁああ……俺の覚悟の瞬間を返してくれぇえ……!」

 気が抜けた。抜けたら立っていられなくなって、中庭の木の幹に尻餅ついて頭を抱えた。
 ……そう。結局、俺が振るった一撃は祭さんに届くことはなかった。
 殴られて、空を飛んでしまったら……届くはずのものも届かなくなるのは道理であり、俺がこうして落ち込むのも、最後の最後で読みきれなかった自分の不手際ってことで。
 納得したら血の涙だって流せそうな心境なわけだが。
 うん、負けは負けってことで。

「次───」
「うん?」

 幹に背を預け、項垂れながら髪をわしゃわしゃといじって……でも、“言うべきことは”としっかりと敗北を認めた上で。

「次は、負けないからな、祭さん」

 言うべきことを、きちんと言った。
 負けは負けだし、今さらながらに凄く悔しいけど……死んだわけじゃない。またいくらでも挑戦できるし、諦めなければ……試合は続くんですよね? 安西先生。

「…………」

 現状とはてんで関係のないことを頭に描いて笑う俺に、祭さんはきょとんとしたあとに……豪快に笑ってみせた。
 それでこそ男じゃとか、ますます気に入ったとか言いながら、俺の頭をわしわしと乱暴に撫でてゆく。
 ……ああ、覚えてる。暖かな手の平を、子供の自分には大きすぎた指の感触を。俺はこうされるのが好きで、褒められることを探しては無茶ばっかりをして。
 いつしか褒められることが無くなってくると、途端にモノを見る目が変わって、やる気ってものをなくしてしまった気がして。

(でも……ここにあった。ずっとあったんだ)

 童心なんてものは、昔っから変わらず心の中に残ってた。
 それはずっとそこにあったから忘れてしまうくらいの自然さで、ずっとずっと俺が子供に戻るのを待っていてくれた。
 子供はなりたくてなるんじゃなく、思い出して戻るもの。子供の頃の自分に手を伸ばして、届かせて、握って、引き寄せて。
 全部を受け取って、全部を思い出して、恥もなくそれを実行できたなら───いつだって自分は子供に戻れるんだ。
 そんな自分に戻れたから、悔しくても立ち上がれる。次は負けないって思える。悔しいくせに冷静な振りをして、また負けた〜なんて笑って受け容れるのは……もうやめだ。

「よしっ、じゃあ祭さん、もっと付き合ってもらっていいかな」
「おうっ、どんと来いっ」

 胸の熱さが無くならないうちに立ち上がって、氣が散ってしまっている木刀を握り締め、再び氣を纏わせていく。

「かっかっか、随分と氣の扱いが上手くなったものだのう」
「日々精進してるからねっ……! いくよっ!」
「おうっ!」

 疾駆する。
 今度は俺も木刀だけに頼るんじゃなく、五体を駆使して。
 しかし、ならばこちらもと本気でかかってくる大人げない祭さん相手に、俺は逆に子供のように意地になって挑みつづけた。
 そうなるともう剣術修行というよりは喧嘩訓練である。

「せいっ! ふっ! だぁっ!」
「甘い甘いっ、もっと踏み込まんかっ」
「踏み込んだら掌底かましてくるでしょーが!」
「なんじゃつまらん、やる前から見切るでないわ」
「本気でやるつもりだったの!?」

 木刀を避けられれば蹴りを放ち、受け止められれば足払いをされ、体勢を崩したところに追い討ちを放たれ、それを躱し───と、動きっぱなしの喧嘩訓練を一時間以上も続け。足腰立たなくなった頃には、俺だけが土まみれで転がっていた。

「北郷、まだやれるか?」
「いっ……いやっ……はっ……も、もー無理っ……!」
「うむっ、ならば今日はこれまでっ」

 ぜはーぜはーと息を切らして転がる俺に、まるで平然とした祭さんが終了を口にする。そりゃさ、祭さん目掛けて動き回ってたのは俺ばっかりで、祭さんは自分から動こうとはしなかったけどさ。
 こうまで疲労の差が出ると、さすがにショックだ。

「はぁ……もっともっと、持久力つけないとな……」

 一年前から比べれば、持久力は倍以上は増えていると確信が持てるというのに……この世界の人たちはバケモンです。てんで追いつける気がしない。
 出る溜め息を止めることも出来ず、スタスタと歩いていってしまう祭さんを見送り、もう一度溜め息を吐く頃には、仰向けに倒れるままに蒼い空を真正面に見てから目を閉じていた。
 考えることは山ほどあるけど、今は少し休みたい。汗の処理くらいはしたほうがいいのはよ〜〜く解ってるんだけど、動けそうもない。

(少し寝てもいいだろうか……)

 すぅ、とゆっくりと息を吸うと、疲労と一緒に眠気が襲ってくる。
 息の乱れが治まると、俺の体は眠気をあっさりと受け取って、深い眠りへと───……旅立てなかった。

(…………マテ。誰か見てる)

 閉じかけていた薄目で辺りを見渡してみる。視線を感じるって程度だが、一度気になると眠気も裸足で駆けてゆく。
 殺気的なものは感じないから、怖いものじゃないはずなんだけど……なんだろう、嫌な予感が消えない。目を閉じて眠りについたら、なにか大変なことになりそうな予感がフツフツと。

(この手の予感は可能性が高いぞ……なにせ魏に居た頃から感じてた類のものだ)

 そう、この感じは……主に女性関係で振り回されるときに感じたものというか───え?

(…………《だらだらだら》)

 引き始めていた汗が噴き出てきた。今度は冷や汗として。
 え? なに? も、もしかして俺、ここで寝たら誰かに襲われる? いやまさかっ! そんな大胆なことをする人が、呉に居るはずが………………居たな、一人。

(…………)

 恐らく視線の正体はシャオ。
 どこかから俺を見て、機会を伺っているに違いない。

(……うん、逃げるかっ)

 ひしひしと感じる怪しい目線は、俺に身の危険しか感知させてくれない。呉の将の中でも無駄に大人びていて、マセているのがシャオだ。
 こんな疲労を抱えて眠りこけたら、茂みに引きずられていって何をされるかっ……!

(…………男が心配することじゃないよなぁ、これ)

 普通逆ではないだろうか、なんて考えつつ。疲れた体に鞭打って起き上がると、一息吸ったのちに疾駆!
 逆だろうがどうだろうが、俺の終着は魏にこそっ! 背伸びをしたくて襲いかかるとか、大人になりたいから襲いかかるとか、理由はそりゃあ解らないけど受け容れることはとにかく出来ない!
 そもそもそこまで好かれるようなことをした覚えがないんですけど俺っ! ただ自覚が足りないだけですか!? 最初は“話を聞いてくれる”ってだけで気に入られて、ことあるごとに抱きつかれたりしてたけど、その延長がこの“身の危険を感じる視線”じゃあ笑えないって!

(汗を流しに川に行きたいところだけど、自分から一人になるのは危険だ)

 なにせ俺は“命令”に縛られている。
 もし、仮に本当にもし“関係を持て”とか言われたら、俺はそれを全力で実行しなければいけないわけで。嫌がる人相手にそういった行為を強制しない、って意味で雪蓮の言葉を受け容れたけど、シャオだけは油断ならない。
 彼女はきっと、自分がしたいと思ったことをやるに違いない───

(………いや)

 待て、俺。だからって逃げ出すのはあんまりだろう。
 怪しい視線を送られてたからって、そこで逃げてちゃ“償い”にもならない。俺は“命令”で償いを背負ってるんじゃなく、自ら望んで“罪”を受け容れた。
 ここで逃げて、誰の言葉も命令も聞かないようにするのはただの卑怯者だ。償いじゃない。

(……うんっ)

 胸に覚悟を。深呼吸を一度して、振り向いてみると───目の前に、俺目掛けて飛びかかる大きなホワイトタイガーさんが居た。

  ドグシャアッ! メキメキゴキメキッ!

   ギャアアアアアアアアア…………!!!


───……。


 水が流れる音がする。
 川面に反射する陽光が眩しく、じっと見ているだけで自然と薄目になってしまう。
 そんな景色に「ああ、眩しいナ〜」とか口に出してみても、あの川で汗を流したいなーとか思ってみても、現在の俺といえば……

「シャオさん……? あの、逃げないから離してもらいたいんだけど」
「えへ〜♪ だめ〜♪」

 うつ伏せに倒れた状態で、どっしりと周々に乗っかられていた。
 うん、つまり逃げられません。

(し、思春! 助けて!)
(無理だな。庶人である私に、王族に楯突けと言う気か)
(アイヤァーーーッ!!?)

 頼みの綱の思春さんにも、さすがに無茶は頼めない。
 小声の訴えに返事をしてくれてありがとう、姿は見えないけどその声が聞こえるだけでちょっぴり安心を覚えました、謝謝。

「シャオ〜……? こんなところに連れてきて、いったいなにをする気なんだぁ……?」

 押し潰された状態で訊いてみると、シャオはバババッと衣服を脱いでホギャアアーーーーーッ!!?

「ななななにしてるんだシャオっ! そんな、男の前で服をっ……!」
「えぇ〜? 水浴びするのに、なんで服脱いじゃいけないの?」
「水浴びっ!? みっ…………あれ?」

 見れば、服を脱ぎはしたものの、シャオはきちんと水着らしきものを着ていた。……背伸びしすぎのビキニ型のそれを見せびらかすように、なにやらポーズをとっている。
 ……時々、この世界というかこの時代というか、ともかくこの歴史の服屋のセンスを疑いたくなる。いいものはいいものなんだが、時代を先取りしすぎてやしないだろうか。
 ところで真桜のあれも水着のカテゴリーに入るんだろうか。解らん。

「ほぉらぁ、一刀もいっぱい汗かいたんでしょ? こっち来て一緒に水浴びしよ?」
「………」

 ……考えすぎ……だったんだろうか。シャオは無邪気な笑顔で川の中に入ると、潰されている俺に手を振った。
 それが合図だったのか周々は俺の上から退いてくれて、自由の身となった俺は……同じく周々が銜えていてくれた俺のバッグを受け取ると、そこからタオルと着替えとを取り出した。
 そうだな、警戒しすぎてただけなんだ。
 つい先入観からいろいろ警戒してしまったけど、なんだ。ただの取り越し苦労だったんだ……よかったよかった。

「よしっ、すっきりするかっ」

 ならばと服を脱ぎ捨てた俺は、トランクス一枚で川へと飛び込んだ。途端にきりりと冷えた水が一気に体を冷やしてくれて、震えはしたけど火照った体にはありがたく染みこむ。

「ぷっは……あぁ〜〜、目が覚めるっ」

 さっきまで眠たかったのは確かだった。それを、水の冷たさが完全に忘れさせてくれる。
 両手ですくった水で、いっそ乱暴ともとれるくらいに顔を洗って水を散らすと、童心を思い出したこともあってか、無性に燥ぎたくなるんだから、なんというかおかしな気分だ。
 と、そんな俺の燥ぎを見て気を良くしたのか、シャオは輝く笑顔で笑ってみせて、俺の胸へと飛び込んできた。

「《ばしゃあっ!》うわっと!? ど、どうしたシャオ」
「んふぅ♪ ねぇ一刀〜。シャオ、一刀の子供が欲しいなぁ〜♪」
「エ?」

 それは───なんだ?
 将来、誰かとの間に子供が出来たらシャオに献上しろと?
 シャオ……怖い子ッ!!

「いや……シャオ? それはいろいろまずいだろ」
「えぇ〜? なんでぇ〜〜? シャオ、子供を立派に育てる自信あるよ〜?」
「そういう問題じゃなくてさ、ほら。子供はきちんと俺が育てるし」
「《ぱぁあっ……!》やぁ〜ん一刀ったらぁ! つれないこと言ってたけど、本当は子供が欲しかったんだぁ〜♪」
「エ?」

 お待ちになって? 何故ここでシャオが顔を赤くしてクネクネ動くのでしょう。というかあの!? 左腕っ……左腕は今はマズイ! 祭さんの一撃受けてから、じくじくと痛んでるんです抱きつかないでください!

「子供が欲しいって……将来的にはって意味で、自分を高めることで手一杯だと思うから、今はまだいいよ」
「大丈夫だよぉ。面倒ならちゃ〜〜んとシャオが見るから、一刀はその間に鍛錬とかすればいいんだもん。で・もぉ、ちゃ〜んと愛してくれてないと、すぐに関係に亀裂が入っちゃうよ?」
「………」

 そういえばよく聞くよな。子供が出来た途端に人が変わった〜とかなんとか。子供に付きっ切りになって、夫の扱いがぞんざいになる妻や、子供と妻を守らんとするあまりに仕事に没頭しすぎて、団欒に手を伸ばさない夫やら。
 なるほど、そんなことにならないよう、もし俺に子供が出来たらそれらを両立できる覚悟をしておくべきだ。

「シャオ……すごいなぁ。そんな先のことまで考えてるなんて」
「えへへ〜、あったりまえだよ〜♪ だってシャオってば、大人のオ・ン・ナ、だもぉん♪」
「でもそれに甘えるようじゃあ、俺もまだまだ一人前にはなれそうにないからさ。子供は俺と相手とで育てるし、シャオを困らせるようなことはしないから」
「───《びしり》」

 …………。おや?
 さっきまで爛々笑顔だったシャオの顔が、びしりと固まりましたが? そんな先のことまで考えてるなんて、俺なんかよりずっと立派だなぁとか思ってた矢先に───

「ど、どうしたシャオ。体でも冷え《がぶぅっ!》あいぃいいーーーーーーっ!!? え!? なに!? えっ!? 噛まっ!? あいだだだだちょっとシャオさん腕っ! 左腕はまずいって噛まないで噛まないでぇええーーーーっ!!」

 ───矢先に、噛まれました。しかも左腕の、丁度祭さんに強打されたところでアイヤァアーーーーッ!!

「なななにっ!? なんなんだっ!? 腹でも減ったの《ゴリゴリゴリゴリ》ギャアーーーーーッ!! 咀嚼だめ咀嚼やめていだだだだぁーーーーっ!!」
「ぷはっ……一刀ってほんと鈍感っ! シャオは一刀とシャオの子供が欲しいって言ってるのー!」
「それはだめだ《きっぱりガブゥッ!!》あいっだぁああーーーーっ!!」

 きっぱり言った途端に噛まれた。しかしこればっかりは頷くわけにはいかない。“俺”は心身ともに魏のものであり、全てを捧げてでも守りたいって思える人たちがすでに居る。
 魏を愛し、魏に生きる……俺はそのために今まで鍛えてきたんだ。浮気がどうのなんて今さらな気もするけど、魏のみんなに関しては真剣に受け止めてきたし浮ついた気持ちなつもりは全然ない。
 周りから見ればそうでもないんだろうけど、魏に生きようと思えばこそ、“他国で別の人と”なんて気持ちはさっぱり浮かんでこない。こればっかりは解ってもらうしかない……んだけど、解ってくれない場合はどうしたらいいんでしょうか。

「シャ、シャオッ! ちょ待っ……やめてくれって! どんなに言われたって迫られたって、俺は他の人と関係を持つつもりなんてないんだ! 子供が欲しいとか言われたって頷けるわけないだろぉっ!? たたた頼むからあまり無茶な我が儘言わないでくれぇっ!」

 ゴリゴリと歯を立てられつつも、逃げずにきちんと言う。本当にこればっかりは解ってもらうしかない。あとでどうなるか解らないからと受け容れはしたけど、だからって今すぐ心変わりするわけでもないしするつもりもない。
 それを解った上で雪蓮も俺も頷いたんだ、こればっかりはたとえ命令でも、頷くわけには……い、いやでも命令のほうは罪を被ったわけだから───いやいやしかし……!

「だぁーーーっ! とにかくだめっ! 子作りなんて手伝いませんっ! こうやって遊ぶくらいなら喜んで付き合うけど、肉体関係はとにかくだめ!」
「ぷはっ…………むぅう〜、一刀はシャオのこと嫌いなの?」
「好きだし大事な友達だよ。でも、こうして無理矢理迫るシャオは嫌いだ。どっちか一方が受け容れられないことを強要するのって、好き合うって気持ちとはちょっと違うと思う」
「………」
「だからさ、今すぐ好きとか愛とか騒ぐよりも、友達で居られる頃を大事にしないか? せっかくこうして出会えて、笑いながら話せるんだ。無理に迫って嫌われるのと、友達として騒げるのとじゃあ、いい方なんて解りきってる」

 ……迫られても嫌いになれないのが、自分としては少し嬉しくて悲しいけどね。それに、強引にでも迫らなきゃいけない時があるのも確かだし、絶対に嫌われるわけでも良いほうが本当に解りきっているわけでもない。
 こうでも言わなきゃ納得してくれないんじゃないかと思った故の言葉だけど……そうだ。シャオはちゃんと言えば解ってくれる。ずるい言い回しなんてしなくても、解らなきゃいけないことはちゃんと解ってくれるはずだ。

「……ごめん、撤回する。いい方が解りきってるなんてこと、きっとない。多分俺はよほどに無茶を強要されない限り、みんなを嫌うことなんて出来ないし……こうして迫られても、困りはするけど嫌わないんだと思う」
「じゃあ好き?」
「好きだし、大事な友達だ」
「…………」

 区切って言い直してやると、不服そうに頬を膨らませた。けどすぐににこ〜と笑うと、噛んだ部分をぺろっと舐めて俺の顔を見上げてくる。

「一刀ってばしょうがないんだから〜。じゃあまずは友達からで、じ〜〜っくりシャオのこと好きになるといいよ〜?」
「もう好きだよ。友達としてだけど」
「それだとシャオが納得しないのっ!《クワッ!》」
「ヒィッ!? ま、待ったもう噛むのはやめてくれぇええっ!!」

 カッ! と口を開けて腕に噛み付こうとするシャオをなんとか止めつつ、そんな拍子に足を滑らせ思いっきり転倒。飛沫をあげて川にどっぱぁ〜〜んと沈んだ俺とシャオは、水の中で目を合わせつつぱちくりと瞬きをして……酸素がこぼれるのもおかまいなしに、笑い合った。
 もちろんすぐに酸素欲しさに川から顔を出すわけだけど、ひんやりとした水の冷たさがどうしてかくすぐったくて、考えていたこととか全部そっちのけで俺とシャオは笑顔になる。

「周々〜! 善々〜! 一緒に遊ばないか〜!?」

 そうなれば二人きりだとかそういうことは意識しない、ただの遊び好きの悪ガキの誕生だ。俺は草むらで退屈そうにしている周々と善々に向けて手を振り、その隙にシャオに飛び付かれて再び転倒。その上から周々が飛び乗ってきたりして、軽く意識を吹き飛ばしながらも燥ぎ続けた。


───……。


 空蒼く、水の冷たき季節。散々遊び、二人と二頭が疲れきった頃には陸に上がり、寝転がった周々に背を預けるシャオの髪を拭っていると、聞こえてくる寝息。
 大人びてはいるけどまだまだ子供だよな、なんて自分にも当てはまることを考えながら、シャオの髪や体を拭き終えると今度は自分。
 髪を拭いて体を拭いて、トランクスを代えのものに代えると、意味もなくポージングをしてみた。……ああ、本当に意味はない。

「……っと、シャオも着替えさせなきゃいけないんだけど……思春、頼んでいい? ていうかお願いします」
「ああ、任されよう」

 すぐ傍に居たらしく、スッと俺の横からシャオのもとへと歩いてゆく思春。こうまで気配を殺せるって凄いなぁと感心しつつ、俺は氣の鍛錬の復習。
 手に取った木刀に軽く氣を流しつつ、そういえば真桜がやるみたいにギミック的なことは出来ないだろうかと、いろいろ試してみる。
 なにもドリルのように回れとは言わないから、こう……ジャキィーンと木刀が伸びるとか───……無理で無茶だなそれ。

「じゃあ今日の鍛錬の締めくくりとして、放出系の練習でも」

 錬氣、集中、付加あたりは多少は出来るようになった。錬氣で氣を練って、集中で一定の箇所に氣を集めて、付加で木刀などに氣を込める。……あ、あと変換か。まだ全然底辺だろうけど、これからしっかり身に付けていきたい。
 しかしどうせなら、まずは広く浅く。ここらで放出系も覚えてみてはどうだろう。凪がよく使うのが放出系で、結構憧れだったんだよな。結局一人かめはめ波以来、一度もやってないから……よし、今やってみよう!

「まず、木刀を逆手に握ります」

 気分はトンファーを握るが如し。重心を落とし、どっしりと構える。さらに身を捻って、ゆっくりと呼吸を整え……木刀に氣を満たしてゆく。
 ここからだ。

「はぁああ〜〜〜……フッ!」

 捻って溜めた分を戻す動作を氣で加速。振り切る木刀に篭った氣を一閃にて解き放つつもりで───!

「アバァーーーンストラァーーーーーッシュ!!」

 この青き空へ向けて、一気に放つ!!

  キュバァアッフィィイインッ!!!

「お、おおっ!!」

 振り切った木刀からは光り輝く剣閃が! 凪が放つものに比べればまだまだ小さいが、空へと放たれたそれは確かな三日月の形をしていて《ドシャアアア……!!》

「……北郷、小蓮様の着替えが───……なにをしている」
「ふ……ふふ…………燃え尽きたぜ……真っ白にな…………」

 剣閃を見送った俺は、体の中から氣が無くなるのと同時に草むらに倒れ伏していた。
 ……うん、無理。俺にはまだまだ放出系は早かったみたいです……どれくらい放って大丈夫なのかも見切れないようじゃ、使う意味もないや……ハハハ……。




ネタ曝し  *安西先生  スラムダンクより。諦めたらそこで試合終了ですよ。  *アバンストラッシュ  ダイの大冒険より。アバン先生の奥義。  *真っ白に燃え尽きる  明日のジョーより。髪型がいつ見てもステキ。 ……大丈夫ですか? 疲れていませんか? 文字だけ見ていると目が疲れますね。 凍傷も、しばらく大きなフォントで書かなきゃ文字が見えなくなったりしました。目薬様サマです。 Next Top Back