47/続・顔合わせ

-_-/一刀

 ……気づけば氷河地帯で目が覚めた。そんな心境だった。
 いつからここはこんなにも寒くなったのでしょう。
 ついさっきまで、みんなが談笑していたというのに……何処!? ここは何処なの!? あまりにもさっきまでの空気との違いが強すぎるだろ!

「……あ、れ……? あのー……どうしてこんな、急に冷えた空気が───」

 一応、疑問を口に出してみる。
 一緒になって恋も首を傾げているんだが、俺のそんなとぼけた調子が気に障ったのかどうなのか、

「ちんきゅーきぃーーーっく!!」
「《ドボォッ!》モルスァッ!?」

 ずかずかとこちらへ歩み寄ってくる関羽さん……に気を取られていた隙を突かれ、何者かに脇腹をキックされた……い、いや、キック? 今、キックと申したか?
 と視線を向けてみると、両手を上げ、口から犬歯を覗かせながら何事かを叫びまくる…………えっと、技名からいってたぶん陳宮殿───を確認した次の瞬間には、喉元に青龍偃月刀が……って思春もだけど何処から出してるんだよみんな!

「う、わ……!?」
「……貴様。世間知らずというわけではないだろう。いきなり人の真名を呼ぶとはどういう了見か!」
「誰の許可があって軽々しくも恋殿の真名をーーーっ! もはやこの陳宮、辛抱たまりませんぞーーーっ!!」
「…………」
「…………」

 ……パチクリ、と。俺と趙雲さんの視線がぶつかった。
 次の瞬間にはなんだかおかしくなって、関羽さんが真面目なのに肝心の恋が首を傾げているもんだから……趙雲さんも気づいたんだろう、二人一緒に笑っていた。

「なっ……なにがおかしい!!」
「はっはっは、まあまあ、まずは落ち着け愛紗。今の状態では、おそらく世間知らずは愛紗のほうだ」
「なに……?」
「あの。俺もう、恋には真名を許されてて。あ、朱里と雛里にも、だけど」
「なっ───!?」
「なんですとぉーーーーっ!!?」
「桃香の真名のことは宴の時に聞いてると思うけど……あの、言ってくれてあるよね? 桃香」
「うん大丈夫。でもびっくりしたよ〜、急に恋ちゃんの真名を呼ぶんだもん」

 う……やっぱりか。
 あまり交流があったわけじゃないけど、恋の性格を考えたら自分からそういうことを教えるような人じゃないって、解りそうなもんだもんな……。
 ……マテ。交流がないのに、どうして俺は真名を許されたんだ。

「恋、この者が言っている言葉は真実なのか?」
「……《こくっ》……許した」
「…………恋……そういうことは先にだなぁ……っ」
「? ……? ……ごめん……?」
「れっ……恋殿ぉおおお〜〜〜っ……なぜこんな男にぃい〜〜……」
「……ねね、泣かない……」

 だはぁっ……と力を抜くように出た溜め息ののち、関羽さんが疲れた顔で言う。
 対する恋は首を傾げて謝るもんだから、関羽さんは余計にぐったり。陳宮殿は何が悔しいのか悲しいのか、涙目で恋に訴えかけていた。
 うーん……失敗だった。ここに着いた時点、もしくは前もって朱里か雛里に“恋からは真名を許された”ってだけでも教えておけばよかった。
 一応、場の空気は元に戻ってはくれたけど。
 と、そんなことを思い、辺りを見渡しつつ溜め息を吐いていると、小さく頭を下げる関羽さんを発見。
 ……途端にこっちのほうがとんでもないことをしでかした気分になりました。

「……失礼したっ! 誤解で客人に刃を向けてしまうなど、この関雲長一生の不覚っ……!」
「うぇっ!? いやっ、この場合はこっちが悪いだろっ! 俺が朱里や雛里にそういうことを教えておけば、関羽さんやみんなだって混乱することなかったんだからっ!」

 こんなことを一生の不覚にされたら、向けられたこっちは重すぎて潰れる!
 
「いやしかしっ……」
「これこれ愛紗、本人がいいと言っておるのだ、そう追いすがらんでも良いだろう」
「だが星っ!」
「北郷殿が真名を呼ぶことで刃を向けられることは、今回が初めてではない。いい加減慣れる頃だろうし、気にすることでも───」
「気にするよっ!? それはさすがにさせてよ! ていうか“いい加減慣れる”とか言われると、俺が何度もそういうことやってるみたいに聞こえるでしょ!?」
「なるほど、するとこれが二回目か。魏でも似たようなことをやっていたのではと鎌をかけてみたのだが」
「勘弁してください……お願いしますよ……」

 ……さっきまでは話しやすい人かな〜と思ってたけど、とんでもない。
 この人、人をからかうのが相当に好きだ。
 と、肩を落としていた俺の顔を覗くようにして、桃香が話し掛けてきた。

「えと……お兄さんは星ちゃんと知り合いだったの?」
「ん……っと。初対面で槍を向けられた仲だ」

 俯かせていた頭を持ち上げ、記憶の通りのことを話してみる。
 うん、経緯はどうあれ、槍を向けられたのはたしかだよな。

「……北郷殿、それでは一方的に私が悪だ。賊に襲われていたところを助けた恩、よもや忘れたか?」
「忘れてないよ。あの時は本当に助かった、ありがとう」
「……うむ。というわけで───桃香さま。この者とは急に真名を呼ばれた仲にござる」
「ちょっと待った! 俺が呼んだのは風の真名であって、趙雲さんの真名を呼んだ覚えはないぞっ!?」
「……北郷殿。あまり細かいようでは女性に嫌われますぞ?」
「趙雲さん……? あまり冗談がすぎると、いつかしっぺ返しを食うぞ……?」
「ふふふふふ……」
「ははははは……」
「あ、あの〜……?」

 桃香を中心に、俺と趙雲さんの視線がばちばちとぶつかり合う。
 うん、なにやってるんだろうね、俺。

「桃香、軽く説明すると……俺がこの大陸に降り立った時、丁度そこには黄巾の連中が居てね。そいつらに襲われそうになったところを、趙雲さんに救われたんだ」
「その通り。すると、ともに旅をしていた風の真名をほれ、この者が軽々と口にしたわけで」
「その時は真名の意味なんて知らなかったんだよ……訳も解らず大陸に落とされて、訳も解らず襲われて、訳も解らず槍を突きつけられる俺の気持ち、桃香なら解ってくれるだろ?」
「む。知らなかったからとはいえ、そういった場に下りた限りはその場の風習に従うもの。桃香さま、この趙子龍の言こそを認めてくださるな?」
「え? え? あ、あのぉ〜……二人とも……?」
「何言ってるんだよ趙雲さん! それじゃあもし幼児が間違えて真名を口にしたら、槍でも突きつけるってのか!?」
「それは極論というものだろう北郷殿っ! 以前のおぬしならまだしも、今のおぬしならば真名の大切さも解ろうもの!」
「当時の俺の、真名に対する知識は幼児以下だったって言ってるんだーーーっ! お、俺だって知ってたらむざむざ槍を突きつけられるようなこと、言うもんかっ!」
「強情なっ! もはや過ぎたことだろうに!」
「あーーっ! 一方的に俺だけが怒られるような言い方を始めた趙雲さんがそれを言うかっ!?」
「言いもするっ! この国にやってきたからには胸の内を曝け出し、心から笑い合えんようでは未熟千万! 素直に泣けもせぬ者よりも素直に泣ける御仁の方が好ましいと言ったはずだ! 解らんのならその耳でしかと聞くがよい! そのように沈んだ顔をした者から教わることなど皆無! 今のおぬしは“教える者”として、あってはならん顔をしている!」
「なっ───!?《ガァーーン!》」

 おっ……教える者として、あってはならん顔……!?
 なんてことだ……俺の顔が、教える者としてあってはならないなんて……!
 せっかくこうして、学校のことを相談しつつ教師としてやってきたっていうのに、まさか俺の顔が………………俺の……俺の…………あれ? …………どんな顔だ? それ。

「…………あのー、趙雲さん? 教える者としてあってはならん顔ってどんな顔?」
「む? ………………さて、そういえば恋がおぬしに用があるのだったな」
「あれぇ!? ここでスルー!? ちょっと待て趙雲さんっ、それじゃあいくらなんでも納得がいかないだろっ」
「ええいどこまで強情かおぬしっ! 過ぎたことをぐちぐちとこぼし続けるようでは───!」
「それを言うなら誤魔化して引こうとする趙雲さんだって───!」
「わ、わーちょっと二人ともっ、喧嘩はだめだよ喧嘩はっ!」
「桃香さま、これは喧嘩ではござらんっ!」
「そうだ桃香! これは互いを知るための語らいさっ! 喧嘩なんかじゃあ断じてないっ!」
「では続きといこうか北郷殿!」
「望むところだ趙雲さん!」
「あ、あぁあうぅう〜〜……」

 桃香を挟んでの口論は続く。
 うん、実際怒ってるわけじゃないんだ、からかい合いの延長のようなもので、馬鹿にするような言葉は一切無い。
 遠慮なく様々なことを言ってはいるけど、不快に思うことなどなく、むしろ楽しんでいた。

「その風習に則ったら俺、姓が北で名が郷、字が一刀って感じになるだろっ!?」
「無論! むしろそう思っていたくらいだ!」
「胸を張るなぁあーーーーっ!! 俺にとっての真名と呼べるのは一刀って部分なのっ! 一刀が字じゃどう考えても変だろっ! それなら趙雲さんだって、趙子龍って───趙子龍……趙子……?」
「……どうされた? 私の名に何か不満でも?」
「あ、いや……ちょっと待って、なにか思い出せそう……」

 趙子龍。
 趙雲、って名前が頭にこびりついてて、つい子龍って字を忘れがちだったけど……そうだ、名よりも字。
 字は名を気安く呼ばせないためにつくもの、って言われてた。
 だったら趙雲、と書くよりも趙子龍って書くのが普通で───

「趙子龍……趙子……趙……あ、あぁあーーーーーーっ!!」
「お、おおっ……?」
「わっ、ど、どうしたのお兄さんっ」

 思い出した! ───途端に叫んでしまったもんだから、傍に居た趙雲さんと桃香を無駄に驚かせてしまった。
 けど思い出した……そう、その名前は───!

「趙子龍! そっか、趙子! な、なぁ趙雲さん! もしかしてメンマとか作ったりしないか!?」
「……? それは確かに、多少かじった程度ではあるが作りもするが……」
「星ちゃん……あれで多少なの?」
「なにを仰る、私などまだまだ《がしぃっ!》うわっ!?」

 フッ……とどこか憂い顔だった趙雲さんの右肩を掴み、その目を真っ直ぐに見る。
 間違い無い……メンマで趙子……絶対にそうだ!

(今でも思い出せる……あの素晴らしきメンマ……!)

 思い出すのは季衣と食べたあのメンマ。
 趙さんには感謝しないとね、なんて季衣と言い合っていたが、まさかこんな場所に……! というかあの趙子龍がメンマ製作をしていたなんて……!
 ええい右腕が動かないのが悔やまれる! 両肩をしっかと掴んで感謝をしたかったのに!

「俺、多分だけど趙雲さんが作ったメンマを食べたことがある! あの時はありがとう! 俺、あんなに美味いメンマを食べたの、初めてだった!」
「《ピクリ》…………メンマが、お好きか?」
「ああっ、あの瞬間に味に目覚めた! いつか趙さんにお礼を言えればと思ってたけど、まさかそれが趙雲さんだったなんて……!」

 興奮に我を忘れることってあると思う。
 さっきまでの言い合いはどこへやら、俺の心は感謝の気持ちで、頭の中はメンマの味でいっぱいになっていた。
 対する趙雲さんは……───わぁ、キリッとしようと努めてるんだろうけど、顔がどうしようもなく緩んでる。

「それは素晴らしい。いったい何処でこの趙子龍のメンマを食したのかは知らんが、私程度の腕で味に目覚めてくれるとは……これは認識を改めなければなりますまい」
「…………星? お前それでいいのか?」
「なにを言うか翠。メンマ好きに悪人など居るものか。北郷殿、我らはこれより友だ。ともにメンマの真髄……極めようではないかっ!」
「趙雲さんっ!」
「北郷殿っ!」

 ガッシィッ! と手が繋がった。
 メンマで繋がる絆がある……その感動、プライスレス。
 ……うん、プライスレスなのはいいんだけど、さっきからずっと俺のことを睨んでいる陳宮はどうすれば……。

「あの……陳宮? なんでさっきから俺のこと睨んでるのか《ドボォッ!》ぶぉおっほぉおっ!!?」
「馴れ馴れしく話し掛けるなです! おまえごときが恋殿の真名を口にすること! 恋殿が許してもこの陳宮が許さんのです!」
「…………」

 うん、どっかで聞いた言葉だった。
 どの国にでも居るもんだなぁ、こういう人……ていうか不意打ちキックはやめてください、地味に痛い。

「さ、恋殿! こんな男の傍に居ては孕みますぞ! 今すぐ離れるのですー!」
「近くに居ただけで孕むの!? どんな生物だよそれ! 俺はそんな特異体質なんて───桃香さん!? なんで無言で離れようとしてるの!?」
「あはっ、あはは、はっ……な、なんでもないよ〜? うん、なんでもない〜っ」
「……趙雲さん」
「うむ、泣きなされ」

 目を細め、あっさりと言ってくださった。
 そんなわけでもう、片手で顔を覆って泣きました。両手じゃないのが少し悲しい。
 ひどいや、いくら魏で種馬とか言われてたからって、他国に来てまで孕ませられるとかそんなこと言われるなんて……。

「お兄ちゃん泣き虫なのだ。ひょっとして弱いのかー?」
「───……ああ。めっちゃくちゃ弱いぞー? 弱いからいつだって泣いていいんだ。それは泣き虫で弱虫な存在の特権なのさ……。魏の中でも特別弱くて、いっつもいっつも後方で戦いを見てばっかりだったくらいだ」

 今は強くなろうと努力しているところ。
 多少力がついたからって、慢心は敵でしかない。
 国のために、いつかみんなに返すためと力をつけているが、身も心も強くなる、なんてものはとても難しくて。情けない話だが、時々こうして弱音めいたものを吐き出したくなる。

「そーなんだ。だったら鈴々が鍛えてあげるのだ!」

 だからなのか……そう、よっぽど自信なさげで落ち込んだ顔をしていたのか、張飛は頭の後ろで腕を組みながらそう言った。
 なのに俺はといえば、一瞬何を言われたのかも解らずにぽかんとして……ようやく思考が追いついた頃には、そのままの顔で口を開いていた。

「……え? ほんと?」
「鈴々に二言は……えーと……あるかもしれないけど今は無いのだっ!」

 胸をむんっと張って言う張飛。
 こんな体型だが、その強さは一騎当千。
 呉では祭さんや明命や思春に付き合ってもらい、道中ではずっと雪蓮(暴走)のイメージと戦ってきたけど……まさかこっちで張飛に教えてもらうことになるとは……。
 ……うん、雪蓮のイメージには一度たりとも勝てなかったけどね。強すぎです彼女。

「そっ……そっかそっか! 鍛えてくれるかそっかーーーっ! ありがとう張飛、ありがとうっ! あ、でも鍛えてくれるのは三日に一度でいいか? 俺、もうずっとそうやって鍛えてきたから、それ以外の日にやると体の調子が悪くて」
「……? よく解らないけど、手伝ってほしくなったらいつでも鈴々に言ってくれればいいのだ」
「おお……!」

 思わぬところで鍛錬を手伝ってくれる人が……!
 蜀に来てからはずっと、思春と一緒に鍛錬をするんだとばかり……って、思春どこ?
 そういえば居ないけど……ハッ!? もしやまた近くに……!?

(……なんて思っても、気配なんて解るはずもなく……)

 思春は本当に、空気にでもなったみたいに気配を殺すから怖い。
 いつ、何処で見られているかを考えると、おちおち落ち着いてもいられない。
 ……現状だけでも、落ち着けるわけもないんだけどさ。

「なにはともあれ、客人が来たわけだ。酒の一献でも付き合ってもらっても罰はあたるまい」

 主に、やたらと首根っ子を引き寄せたがるこの厳顔さんの所為で。

「や、でも。顔合わせは済んでも自己紹介がまだの人が」
「そんなものは酒を呑みながらでも出来ようが。ほれ、まずは───」

 ニタリと笑み、常備しているらしい酒徳利を取り出して───ってどうして常備なんか!?
 酒が好きなのは解るけど、祭さんといいこの口調の人はみんな酒大好き人間さんなのでしょうか……!?
 さすがに顔合わせにと用意された席で酒を呑むのはいけないと思っているのに、この腕が……首根っ子を引っつかんでいる腕が、俺なんかの力よりもよっぽど強くて……! あ、だめ逃げられな───

「桔梗、それくらいにしておけ」

 ───い、と続くはずだった意識が、聞こえた声に救われる。
 誰? と確認するまでもなく、その声に最初こそは身を震わせたけど……振り向いてみれば、予想通り関羽さんが居た。ちなみに呆れ顔。

「む? なんだ愛紗か。せっかく酒を呑める口実が出来たんだ、そっとしておかんかい」
「わあ、本人の前で口実とか言っちゃった」

 酒飲みの方々ってもうこんな人ばっかり。
 でも不思議と憎めないのは、その取っ付きやすさからきてるのだろうか。
 うん解ってる、呉でも祭さんの元気っぷりには随分と助けられたし。でもこの、いつでも何処でも酒を勧めてくるのは勘弁してほしいです、はい。

「愛紗、お兄ちゃんのこと嫌ってたんじゃなかったのかー?」
「はっ……初めから嫌ってなどおらんっ、ただ私はけじめの問題をだな……っ」
「? けじめならお兄さんが謝って私が許した時点で、もうついてるんじゃないの?」
「いえっ、桃香さま、これはっ…………わ、私個人のけじめの問題ですっ」
「愛紗ちゃん自身の? え〜〜〜と…………」
「ふふっ……桃香さま、察してやりなされ。愛紗もいい加減、自分一人が一方的に嫌う理由に見切りをつけたいのでしょう」
「星!? 貴様っ……!」
「……あ、そっかー。愛紗ちゃん、かわいー♪」
「桃香さまっ!? ちがっ……これは!」 

 ……当人そっちのけでの言い合いが始まりました。
 はい、こうなると長い上に、肝心なところだけ答えを俺に求めるというパターンが軽く想像出来るんだから、俺もこれで結構経験値が積めてきたんじゃないだろうか。
 ということで、俺の首から腕を離して酒に手を伸ばした厳顔さんの隙を突いて、その場から離れる。

「ふうっ……」

 名物なのかどうなのか、蜀の将は人垣の中心で展開されている騒ぎを「やれやれまたか」って感じの苦笑で眺めている。
 そんな中から自己紹介を済ませていない人を探し、きっちりと自己紹介を済ませ(袁紹さんは物凄く苦労したが)───一応の段落を得た。
 ……それが済んでもまだ言い争っている彼女らは、どれだけネタに苦労していないのか。
 苦笑をもらしながら、最後に玉座の間の隅でTAIIKU-SUWARIをしている張勲に話し掛け、自己紹介を。

「……お嬢さま……」
「あのー、張勲?」
「お嬢さま……」
「張勲? 張勲〜?」
「うん……いいです……。ご飯も、暖かい空気もあります……。しばらくはここでご厄介になるのも悪くないです……。ただ……お嬢さまがいらっしゃらないんですよね……」
「………」

 壁に向けて、どこぞの死刑囚のような言葉をぶつぶつと仰ってます。
 仕方も無しにその肩にポンと手を置くと、ビビクゥッ!と器用な跳ね方をしてこちらへ振り向く張勲さん。

「お嬢さまっ!? ───…………ひゃっ!? あ、あなたはぁあっ……!」

 多少の驚きをその全身で表現しつつ、怯えた様子で今まで見ていた壁の隅へとじりじりと下がる。
 そんな彼女に「やあ」と軽く手を上げてみたんだけど───

「私とお嬢さまが助かる可能性を完膚なきまでに打ち砕いてくれた上に私とお嬢さまを離れ離れにした天の御遣いさんじゃないですかぁっ」
「…………出会い頭に一息でどれだけ人を悪く言うんだこの人は」
「いえいえ、褒めてもなにも出ませんから。それであの、あなたがここに来たということは、私はもうお嬢さまのもとに帰ってもいいってことでしょうか」
「いや、そんな話は全然聞いてないけど。朱里と雛里づてでキミがここに居るのは知ってたけど、そもそもキミをここに来させた覚えは俺にはないぞ?」
「いえいえいえいえいえとぼけたって無駄なんですよー? あなたがあの時、“三国に降るように〜”とか“必要になった時にすぐに動ける人員に〜”とか言っちゃわなければ、今頃私はまだお嬢様とっ……お嬢さまとぉおお〜〜……」
「………」

 うん、どうしよう。
 この人から物凄く“自分勝手臭”が漂ってきてるんですけど。

「あの。張勲?」
「はいっ♪《ピンッ》」
「………」

 で、話し掛けてみれば泣きそうな顔もどこへやら、笑顔で人差し指をピンと立て、続く俺の言葉を待った。
 無駄に元気だ……T-SUWARIのままだけど。あの、こっち向きながらその格好じゃあ下着見えますよ? ていうか見えてて目のやり場に困るというか……ええい目だっ、目を見て話せ俺っ!

「ここに来るように言ったのは華琳なんだよな?」
「はい、その通りです。ある日曹操さんが玉座の間に私を呼び出したかと思うと、“このまま美羽とは会わずに蜀の桃香のもとへ向かいなさい。条件付きの勝負に負けた貴女には一切の拒否権はないわ”と言いまして〜♪」
「………」

 口調は嬉しそうなのに、顔は泣きそうだった。
 器用な人だ……。

「それは、賊まがいのことをやっちゃった私達が極刑を免れるには、結果としてあの条件を飲むしかありませんでしたよ? でも条件を少しでも軽くする方法は、考えればいくらでも出てきたはずなんです。なのに華雄さんが勝負と聞いた途端に“どんな条件でも私の勝ちは揺るがない!”とか言い出して……っ」
「………《ほろり》」

 やばい泣ける……! この娘ったらなんて不憫っ……!

「あなたが……あなたさえその外見通りの顔だけっぷりを発揮して、華雄さんにぱこーんと負けてくれれば……」
「かっ……顔だけで悪かったなっ! つーかあの。張勲さん? 逆恨みって知ってる?」
「はいー♪ 解ってて言ってますから〜《シャラーン♪》」

 ……爽やかな笑顔でした。目尻は涙でいっぱいだったけど。
 この娘、天然なのかなぁ……言うことはいちいちもっともっぽいんだけど、どうにもそこに皮肉をつけないと喋れないような……そんな印象を受ける。
 袁家の下で働いてると、こうして性格も歪んでくるんでしょうか。
 と、軽く考えてみたけど……反面教師にして物凄く真面目になるか、影響を受けてヘンテコになるかのどっちかしかないんじゃないかという結論しか出なかったよ。

「それでさ。せっかくの機会だからきちんと自己紹介とかしたいんだけど」
「ああ、それでしたら───」

 俺の言葉にシャッキと立ち上がり、スカートのお尻の部分をパパッと払うと姿勢を正し、一度軽くお辞儀をすると───

「姓は張、名は勲。お嬢様……袁術さまの側近からお世話まで、お嬢さまのことならなんでも知っている、まさにお嬢さまのために産まれてきました」
「随分とまあご心酔というか……」
「もちろんですともーっ♪ お嬢さまのことなら、いいところも悪いところも、恥ずかしいところも全て、そう……全て知っていまーす♪ ……男性の方でしか知り得ないことも当然……ふふふ……っ」
「………」

 いちいち喜びと負の感情を混ぜ合わさなければ喋れないんだろうかこの人は。
 今だって男性の方がどうのって部分では、物凄くニヤケた顔してたし。

「いつかお嬢さまにも色を知る歳が来るんでしょうね……たとえば目の前の、悔しいけど顔だけはいい男性にいいように扱われて……扱われて…………っ…………その時は是非とも私も混ぜてくださいね?」

 それでいいのかアンタ……と、本気でツッコミ入れそうになった。
 そんな俺の頭の中はほったらかしに(当然だけど)、どんどんと話し続ける張勲はどこか目が回ったような……───あれ? 目が回ってる? なんで?

「お嬢さまが実際の殿方によって涙を散らす瞬間……それを見なければ、私としましては一生悔いが残りますので。お嬢さまの全てを知ってこその側近。お嬢さまの無茶振りの全てを受け止め、やさしく包みつつ、時にはからかって涙に滲むその可愛らしいお顔を愛でる……それが、この張勲の至高の喜び……! ああもうっ、お嬢さまったら可愛すぎますっ!」
「おーい……帰ってこーい……」

 胸の前で両手を絡ませ、キラキラ光る瞳でどこぞを見ている張勲さん。
 なんかもう……いろいろと深い世界の住民のようで、さすがに顔が引きつってます俺……。

「そんなわけですのでー……はいっ♪ これからよろしくお願いしますね、御遣いさん」
「……っと、そっか。姓は北郷、名は一刀。字も真名も無いから、好きなように呼んでくれていいよ」
「はいっ、種馬さんっ♪」
「それはやめてくださいっ!?」
「いえいえ、どうせお嬢さまを散らしたあとには、私も散らしていただくつもりなのでぇ。お嬢さまが味わった痛みを、直後に私も……といっても私もお嬢さまも散ってはいるんですけど、やはり殿方に実際にされるのとそうでないのとでは違うでしょうし」
「なんで散らすこと前提で進めてるの!? こっ……断るぞっ!? 断固として断るからなっ!?」
「では寝込みを」
「襲わないでくれっ!!」

 だ、大丈夫なのかこの人……!
 袁術に仕えてて、袁術が大事だっていうのは話をしているだけで十分すぎるほどに解るけど、いくらなんでも話が飛びすぎて───あれ?

「………………」
「あの……張勲さん?」
「……ここの仕事は……ですねぇ……? すごく大変で、そりゃあやり甲斐もあるんですよ〜……? でも……ですけど……お嬢さまが命令してくれないと、その大変さもただひたすらに辛いだけでしてぇえ…………」
「……えーと、つまりなに? 袁術が居ない所為で───」
「辛いだけって……本当の意味で辛いですよね……。癒しが……お嬢さまの笑顔が欲しい……」

 また影が差した顔でぼそりと言う張勲さん。
 もぞもぞと足を折り、ふたたびT-SUWARIをしてしまった。
 どこまで袁術のことが好きなんだろうかこの人は……なんて思いながらも、これだけ忠誠を誓えているのはある意味凄いかな、と───感心してしまった。

「お嬢さまの笑顔が……お嬢さまの喜ぶ顔が……お嬢さまの……希望を手にした途端にどんぞこに突き落とされた顔が見たいです……」
「………」

 前言、撤回していいですか?
 と、それはともかく、なにやら禁断症状みたいなものを出しているっぽい。
 愛煙家がタバコから無理矢理引き離されたような、そんな状態……なんだろうか。

「……あのさ。だったらここで、ここに居る間だけでもいいからなにか別の目的を探してみたらいいんじゃないか?」
「はい……? 別の……目的、ですか?」
「ん、そう。なにも袁術に限ることなんてないんだし、ちょっと興味が引かれたことに手を伸ばしてみると、案外……楽しめたりするんじゃないかな」

 言いながら、しょんぼりとしている彼女の頭をやさしく撫でる。
 癖だなぁ……と思いながらも、頭に乗ったスチュワーデスキャップのようなものがゆらゆら揺れるが、気にせずやさしく。

「…………そう、ですねぇ……そうですよ。いずれ大陸の父になるかもしれないお方なんですから、その人となりを知っておくのも───」

 ───そんな手が、ピタリと止まりました。
 たぶんやさしく笑んでいた顔も停止というか引きつらせた状態で。

「あの、今……なんと……?」
「え? ですから大陸の父になるお方なのですからー、と。聞いてません? 魏に孫策さんが乗り込んで、将一人一人に御遣いさんに手を出していいかを訊きに行ったって話」
「な、なんだってぇえーーーーーっ!!?」

 本当に実行に移ったのか!?
 そりゃあそういう話はしたけどっ……いくらなんでも行動早すぎじゃあありませんか伯符殿!!

「そんな話、どこから……」
「はーい、執務室で話しているのを盗み聞きしてましたーっ♪」
「張勲さん、貴女笑顔でなんてことを……」

 でも気になるのはたしかなわけで。

「えーとその。俺が大陸の父になるって、雪蓮……孫策が言い始めたのか?」

 発端は間違い無く風だろうけど……あれはただ名称を語ってみせただけで、首謀者とは程遠い……よね? 違いますよね風さん。

「そう名づけたのが誰かは知りませんよぉ? 私は盗み聞きしただけですし、そういう話があるー、としか知らないんですよぅ」
「ウワー……」

 どうしてそんな話が……。
 むしろ驚くべきは雪蓮か……まさか、本当に行くなんて。いやそれ以前にこんなに早く行動を起こすなんて。

「あの……張勲さん? 絶対に早まった行動はしないでくれな? 俺は魏のみんな以外の人とは関係を持つ気は───」
「お嬢さまに誰とも知らぬ男に抱かれろって言うんですかぁ!?」
「うわわわわっ!? ななななんてことを大声でっ……! ちょっ……なんでもないなんでもないっ! なんでもないからこっちのことは気にしないでぇええええっ!!!」

 張勲の声にちらちらとこちらを見る蜀の将の皆様に、なんでもないと必死に説明して視線を戻してもらった。
 ……よかった、まだ言い争いが続いてて。終わってたら絶対にこっち来てたよ。

「……はい、解りましたー。こうなればあなたがお嬢さまに相応しい男性かどうかをこの七乃がっ……お嬢さまのために見極めてみせますっ《クワッ!》」
「そんなことしなくていいからっ……なにか言われたら断ってくれればそれでっ……!」
「うわーぁ、なにを言ってるんでしょうねぇこの人はー。もしそんなことで流してしまって、あなたがとても素晴らしい人だったりしたら私とお嬢さまのお先は真っ暗じゃないですかぁ」
「……酷く打算的な反応ですネ……」
「女は狡賢い生き物ですから。それに天の御遣いたるあなたと関係を持てば、お嬢さまがなにかしらの間違いを犯しちゃっても許されそうですしー♪」
「うわーいこの人本当に狡賢いやーーーっ!! けど断る! 俺は魏に全てを捧げた! だから───」
「あー、だったら私とお嬢さまが魏に降っちゃえばいいってわけですねー?」
「やめてぇえええええーーーーーーっ!!!」

 迂闊! しまった! その方法があった! たしかにそれなら理屈上は俺は断れないっ……!
 断れ……こと……こ……?

「……ちょっと待った。そもそも張勲さんって、俺のことなにも知らないだろ? いいのか、そんな関係を持つとか持たないとか」
「それをこれから知っていくんじゃないですかぁ。時間ならたっぷりあっちゃいますし、全然まったく問題なしですねー」
「………」

 背中になにか冷たいものが走った気がした。
 いや、殺気とかじゃなく……寒気……?

「ですからお願いしますね、えーと……一刀さん? 是非ともここで、お嬢さまに相応しい男になっちゃってください」
「成長しろって言われてるはずなのにちっとも嬉しくないのは……どうしてなんだろうねぇ……」
「固いことは言いっこなしですよぅー。というわけで、さ、一杯」

 と。にっこり笑顔で徳利と杯を取り出す張勲さ───アァアアアッ!!?

「呑んでたの!? いやそれ以前にどこからっ……いや待て! 言動のおかしさもそれが原因かっ! ええいどこからツッコんでいいやらっ!」
「だぁいじょうぶですよぉ、これは厳顔さんにいただいた、寂しさを紛らわせる飲み物ですからぁ〜……やぁああさしいですよねぇ、厳顔さん〜……」
「寂しさの意味が微妙に違ってるからそれっ! ああもう宴での第一印象からだけど、本当に酒が好きだなぁあの人!」

 祭さん、霞と合わせて酒をがぶ飲みしていた厳顔さんを思い出す。……だけで、胸焼けにも似た気持ち悪さが込み上げてきました。
 無理です、あそこまで呑めません。乾杯だけで虫の息だった俺では、それ以上の酒は想像するだけで誰かに向けて謝りたくなる。

「……あのな、張勲。なんかもう“さん付け”するのが悲しくなってきたからこう呼ぶけど、こういう場で酒を飲むのは、こういう場を設けてくれた人に対して申し開きが───」
「………《にこり》」
「へ?」

 言葉の最中、にこりと笑って俺の後方を指差す張勲。
 ハテ、と振り向いてみると、将という人垣の中で……腰に括り付けてあった酒を呑み、豪快に笑っている厳顔さんの姿が。

「………」
「………」
「……飲もうか」
「はーいっ♪」

 一個の杯をさあさと渡し、酒を注いでくれた張勲の前でくいっと一飲みにする。
 途端、口の中から食道、胃袋にかけて熱が走り、少しだけ息が詰まったような気分になってくる。
 そんな体の変化を楽しむと、ありがとうと言って杯を返すと……張勲はとくに気にする様子もなく酒を注ぎ、くいっと飲み下してしまった。
 ……間接キスとか、気にしないのかな。それとも酔ってる所為で気にしてないのか───あ。物凄く苦そうな顔してる。

「……一刀さん?」
「うん? なに?」
「……もし……私より先に魏に行くことになっちゃったりして、私より先にお嬢さまに会うことがあれば……七乃は元気に暮らしていますと伝えてもらえます?」
「袁術にか?」
「はい。お嬢さまは寂しがり屋ですから……気安い相手が近くに居ないというだけで、精神的にアレになってると思いますからー……」
「……アレなのか」
「アレなんです」

 その“アレ”にはどんな意味が含まれているのか、非常に気になるが……ここはあえてスルーしておこう。

「あとはー……えっとそうですねー。一刀さんが頼り甲斐のある人だと解ったら、是非とも魏でお嬢さまを守ってもらいたいんですけどー……」
「守る? 誰から?」
「やだなー、一刀さんたら。お嬢さまを取り巻く環境全てからに決まってるじゃないですかぁ」
「決まってるんだ……」

 酒徳利を持ちつつ、ピンと人差し指を立てながらのこの笑顔。
 かと思いきや、“寂しさが紛れる飲み物”を杯に注ぐとクイッと飲み下し……「うぇええ」と苦しげに舌を出していた。

「酒が呑めないなら無理に呑まないほうがいいんじゃないか?」
「いえ呑めます、呑めますよー……? でもこれは寂しさを紛らわす飲み物ですから、苦手でもなんの問題も〜〜〜…………きゅう」
「うわっ!?《トサッ》とぉっ……!」

 笑顔から一転、目を回して倒れてきた張勲を抱き止める。
 顔は物凄く真っ赤で、何かを呟いているんだけど言葉にはなっておらず、明らかに嫌な酔いかたをしているなーと解る状態だった。

「……俺の周りには、無鉄砲に突き進んで自滅するタイプの女性しか現れないんだろうか」

 必ずしもそうではないけど、“うっかり”なにかをしでかしてしまう人が多いような気がして仕方ない。
 騙されやすいのは、それだけ純粋だったってことにしておこう。本当に寂しかったからであろう、彼女のこの乱暴な飲みかたに免じて。

「よっ……と」

 ともかくこんなところで寝かせておくわけにもいかない。
 うんと頷くと張勲をお姫様抱っこ……しまった、右腕折れてるよ俺。

(……大丈夫……か?)

 ここ、成都に着くまでの間中ずぅっと氣で固定、氣での治療を集中させてやってきて、たぶん……そう、たぶんだけど繋がって……るといいなぁ。
 重いものを持って激痛に見舞われるのが怖くて、ものを持ち上げる動作を試していない臆病な俺を許してください。

「……《しゅるり》」

 ひとまず、そうひとまず。
 首から下げている包帯だけを歯と左手とで解き、右腕を解放してみる。
 重力でだらんと揺れた右腕は予想通りか痛んだけど、はっきりと折れてた頃とは違い、多少の痛みしか感じない。
 動かさなければ痛くないって暗示だったのかどうなのか、華佗の鍼治療には頭が下がるばかりだ。

「よし……と《ズキーーーン!!》いぐぅああっ!?」

 張勲の背に腕を回し、いざと力を込めた途端に大激痛。
 無理! 動かせはするけど薄皮一枚で繋がってるみたいな感じだ! このまま力込めたらまたポッキリいきそうだ!

「い、いぎっ……つ、っはぁああ〜〜〜……!!」

 涙を浮かべながら痛みが引くまでを堪える。
 “完全に酔っ払ってしまえば痛みなんてないのでは?”なんて馬鹿な考えが浮かんだけど、当然のごとく却下だ。

「……はぁ。いたた……どうしよ」

 肩に抱えるか脇に抱えるか。
 いや待て、そもそも誰かを呼べば簡単に済むことじゃないか?

「おーい……うわぁ」

 早速振り向いてみれば、いつの間にか伝染している喧噪。
 呑まされたのか呑んだのか、気づいてみれば酒臭さがムワリと漂ってきていた。
 ……出てくる言葉なんて、「やれやれ」だけだ。
 仕方も無しに左腕一本で張勲を小脇に抱え……

(だ、大丈夫、持てないことも……ない……!)

 ……先ほどより一層に騒がしくなっている人垣の中心へ。
 酒を呑んではいても道を開けてくれる蜀の皆様に感謝しつつ、桃香のもとへと辿り着くと……桃香に張勲の部屋の場所と、むしろ自分が寝泊りすべき部屋の場所を訊くことに。
 桃香はいつの間にか俺の腕の中で眠っている張勲と、微妙に香る酒の香りで察してくれたのかすぐに場所を教えてくれた───っとと、そうだった。忘れる前に訊いておかないと。

「そうだ桃香、これから蜀を離れるまでの間、城壁の上と中庭の使用許可が欲しいんだけど」
「ふぇっ? 城壁の? …………ああっ、朱里ちゃんと雛里ちゃんが言ってたっ!」

 朱里と雛里から鍛錬のことは聞いていたんだろうか。
 桃香は胸の上で両の指を絡めると、にっこりと笑ってうんうん頷き始めた。

「うんっ、いいよいいよっ、どんどん使っちゃって? あ、でも見張りさんの邪魔にはならないように気をつけてほしいかな」
「ん、そのへんは努力する。あと……庶人扱いだけど、思春も一緒に行動させてくれると助かるんだけど……」
「うんそれも。大丈夫、庶人扱いだろうとなんだろうと、お兄さんの友達は私の友達だもん」
「桃香……」

 天然なんて思ってごめん、キミは本当にやさしい王様だ。
 力のない彼女のもとにこれだけの将が集まる理由、解る気がする。
 
「でも鍛錬かぁ……ねぇ愛紗ちゃん」
「なりません」

 よく解らないけど即答だった。

「えぇっ!? まだなにも言ってないよっ!?」
「話の流れから予測くらい出来ます。たしかに日々を政務だけで過ごされては体に毒かもしれませんが、急に鍛錬を始めたところで体を壊すのが目に見えています」
「で、でもぉ〜……そんなこと言ってたらずぅっと体に毒だけ蓄えることになるんだよ? 愛紗ちゃんはそれでいいの?」
「うっ……しかしですね桃香さま」
「よいではないか愛紗よ。近頃の桃香さまの仕事ぶりは目を見張るものがある。まあ恐らくは北郷殿に見栄を張りたい一心でしょうが───」
「星ちゃん!? ちがっ、違うよっ!? わわ私普通だもんっ! べつに、のんびり仕事してるところを見られて、華琳さんに報告とかされたら怖いなぁとか思ってたりなんか───」
『………《じー……》』
「ぅう…………ごめんなさいぃ、ちょっとは思ってましたぁ〜……」

 素直で天然だ。
 なるほど、力のない彼女のもとにこれだけの将が留まってる理由、解る気がする。
 うん、色々な意味で。

「でもでもっ、少しくらい体動かさないと、このままじゃ私動けなくなっちゃいそうだよ。無茶はしないから、ね?」
「しかし……」
「ふむ。ときに北郷殿。お主の鍛錬とは、城壁の上でするものなのかな?」

 しばらく続きそうな桃香と関羽さんの会話の中、趙雲さんが俺を見て質問。
 城壁の上で……うん、走るわけだけど。

「ああ。って言っても、延々と走るだけだけど」
「なるほど、街を駆けずり回っては民に迷惑。城内を駆け回るわけにもいかぬのであれば、城壁の上を、か」
「呉に居た時もずっとそれをやってたからさ、今さら走らなくなるのは体によくないんじゃないかと思って」
「ふむ……それに桃香さまはついていけそうかな?」
「………」

 頭の中に、VS華琳戦が思い返される。
 剣を振るうというよりは剣に振り回されているような戦い方と、チャッと剣を構えていてもどこか引けていた腰とか…………うん。

「ついていけるようにはなれる。出来ないならなればいいんだ。俺だって少しずつだけど伸びてる実感があるんだから、この世界の桃香が出来ない道理はないよ」
「おや。てっきりついていけないとすっぱり言うのかと思えば。なるほど、可能性というものを斬り捨てないところには好感を抱けもするが、果たしてそれが優柔不断に…………ふむ。繋がっているから魏の将全員と───」
「それはもういいからっ!」
「おや残念」

 あの……残念そうというよりは、すっかり楽しませてもらったって顔してますけど……?
 と、少しこの人の人間性を訝しんで見ていると、朱里と雛里を呼ぶ趙雲さん。
 てこてこと歩いてきた軍師様二人になにかしらをぼそぼそと話すと……

「ん……ですがそれは……」
「なに、解らないことは教えればよろしい。どうやら天の御遣い殿は努力家のようだ。他人の可能性を捨てる気がないのであれば、自分の可能性も捨ててはおるまいよ」
「…………《じー……》」

 ……えっと?
 どんな話をしてたのか、朱里が顎に手を当て思考。
 趙雲さんは俺を妖艶な目で見つめ、雛里は何も言わずにじーーーっとこちらを見ている。

「北郷殿」
「っと、なに?」

 睨めっこでもしたいのかと、じーーーっと雛里を見つめ返していると、かけられた声に視線を持ち上げる。

「お主に一つ頼みごとをしても構わんだろうか」
「頼みごと? あ、うん。俺に出来ることならなんでも。呼ばれたとはいえ、急に来て厄介になるんだから、出来るかどうかに限らずなんでも言ってくれると、こっちも過ごしやすいよ」
「おお、それはなんとも殊勝な心掛け。しかし……桃香さまにも言えることだが、せめて内容を聞いてから頷いてみせんと……ふふっ、いずれ後悔することに───」
「後悔したら次に活かすよ。とりあえず、今は来たばっかりの俺にも頼みごとをしてくれることが嬉しいから、そんなことは気にしないし」
「…………やれやれ。ふふっ、これは本当に退屈せずに済みそうだ」

 では、と。
 朱里と雛里を促すと、小さな二人が一歩前に出て俺にこう言ったわけで。

「あの。これから……はわわっ、今日の今すぐからって意味ではなくてですねっ!? あのっ……すぅ……はぁ……これから蜀に居る間、一刀さんには桃香さまのお手伝いを務めていただきたいんです」
「手伝い? ……それって政務とかの補佐ってこと?」
「はい……考え方が似通っているのなら、と……星さんが……」
「………」
「……《ニヤリ》」

 聞いた言葉に趙雲を見てみれば、ニヤリと軽く微笑まれた。
 手伝いって……蜀の国の在り方に俺が手を出すってことだよな? いいのか? それって。

「それってまずくないか? たしかに張勲が手伝ってる今、手伝わないなんて言えないけどさ。桃香や朱里や雛里が纏めてるこの国の在り方に、俺なんかが手を出したら……その。いろいろ崩れる部分とかが出てくるんじゃ───」
「はい。ですから解らないことがあったら私か雛里ちゃんに訊いてください。もちろん、纏めてくれたものも確認のために目を通しますし、出来るだけ手伝いますよ?」
「ようは……その……この国の在り方を覚えるまで……」
「……なるほど」

 知らないことは教えてもらうか調べるしかない。
 けど、覚えたことや知ったことからは自分に出来ることが選べる。
 選んだものは朱里と雛里が確認してくれるし、最終的に許可か否かを決めるのは桃香なんだから、そう肩肘張らずに始めてみろ、と。

「……桃香に負担を背負わすことになりそうだな」

 苦笑とともに、まだ関羽さんと話し合ってる桃香を見やる。
 あっという間に劣勢になるかと思いきや、意外にも押されているのは関羽さんのほうだった。

「なに、あれで一国の王だ。北郷殿が思ってるよりもよほどに強いぞ」
「うん。だろうね」

 王になどなるべきではなかったのよ、と華琳に言われ……負けた。
 それでも王を続ける覚悟と意思があるんだ。
 民に願われたから、将に願われたからまたやっているってだけじゃない。
 期待され望まれ、そんな期待に押し潰されないままに立ち上がれる様は、素直に素晴らしいと思える。

「で、そんな信頼が必要な仕事を俺にやらせて、最終的にはどうしろと?」
「ふむ。そこまで解っているなら話は早い。───桃香さまを少々鍛えてやってほしい」
「桃香を?」

 意外……でもないか?
 いや、やっぱり少し意外だ。
 徳や情があるからこそ、みんな桃香のもとに集まった。
 なのに、そこに力を加えるとは───

「表には出さないが、曹操殿に自分の理想を正面から叩き折られたことに、いつか涙していたことがあってな。今でこそ納得しておられるのだろうが、いつかまた似通った困難にぶつかった際、そのような涙は流してほしくはないのだよ」

 ……でも、その意外って点もすぐに消え失せ、逆に納得という言葉になって胸にすとんと落ちてくれた。
 そうだよな、悔しくないはずがない。
 もし本当に桃香と俺と似ているっていうのなら、今までの戦の中で死んでいった人たちのことを憂い、悲しまないはずがない。
 その涙の理由がそこにあるんだとしたら、俺がその申し出を断る理由なんて存在するはずがないのだから。

「体を鍛えることを人に教えるのって初めてだけど。大丈夫かな」
「ふふっ……言ったろう、北郷殿が思っているよりよほどに強いと。弱音を吐こうが引っ張ってやればよろしい。それが、桃香さまより先に一歩を踏み出したお主に出来ることだ」
「……そっか。解った」

 そういうことなら喜んで引き受けよう。
 断る理由も特に無いし、むしろ一緒にやってくれる人が居るなら張り切り甲斐もあるかもしれない。

「あー……で、恋のことなんだけど」

 張勲を抱え直しつつ、ろくに相手をすることが出来なかった恋のことを思い出す。
 今何処に居るかな、と視線を彷徨(さまよ)わせてみたところで彼女は見つからない。

「何処に居るか、知らないかな。ろくに話も出来なかったから、声くらい掛けたいんだけど」
「恋さんでしたらたぶん、中庭のほうに……」
「中庭か。ん、ありがと朱里。……───って、もう出ていっても平気か? 顔合わせのために集まってくれたのに」
「はいっ、こうなってしまうと誰にも止められませんから」

 言って、彼女はもはや止まるつもりさえないのだろう騒ぎを「ほら」と促す。
 ……うん、この目で見れば納得も出来る。これは無理だ、止められない。

「そっか。じゃあちょっと行ってくる。桃香のこと、話が纏まったら教えてくれると嬉しいかも」
「はいっ」

 噛むことが少なくなったかなと感じながら、笑顔を向けてくれる朱里に笑みを返し、歩く。
 さて、まずは張勲を部屋に連れていってと───


───……。


 張勲が借りている部屋の寝床へと彼女を寝かせ、中庭まで歩いてきた。
 そっと思い返すのは、思わず「ヒィ!」と悲鳴を上げてしまうほどに積んであった、木彫りの袁術人形。
 あんなものを彫ってどうするつもりなんだろうか……もしかして呪いにでも使うのか。本気でそんなことを思ってしまうほど、こんもりと積まれたり並べられたりしていた。一体だったら可愛いものだったんだろうが……あれは夢に出そうだ。
 しかし手に取ってまじまじと見てみると、意外に完成度は高く。袁術に限らず、なにか木彫り人形でも彫って売りに出せば多少は稼ぎになるんじゃないか───……などと言ったところで、袁術の人形しか彫らないんだろうなぁと、心が勝手に結論を出してしまったわけだが。

「さて」

 考えることはいろいろあるけど、とりあえずは中庭だ。
 こうして夜の空の下で歩いてみると、蜀も呉に劣らず落ち着いた雰囲気を感じさせる。
 ん、んー……まあ、玉座の間から聞こえてくる喧噪には、さすがに苦笑をもらさずにはいられないけどさ。
 よく届くなぁ、こんなところまで。

「で、恋は、と……」

 蜀の皆様の声の大きさに感心とか呆れとかを混ぜたよく解らない感情を抱きつつ、茂みを掻き分けるように恋を探す。
 見渡せる部分では見つからないのだから、こういった場所に隠れてたりするんじゃないかって考えなんだが……そもそも隠れる理由が見つからない。
 もしかしてもう居ないのか? なんて思っていると……居た。
 たくさんの犬や猫に囲まれて、T-SUWARIをしている。
 声をかけようかと思うや、恋の前に座っていたセキトの耳がピンッと持ち上がり───

(あ、気づかれた)

 なんて思うのも束の間。
 一匹気づけば早いもので、猫やら犬やらが俺の方へと振り向き、セキトを先頭に突っ走ってきてオワァーーーーーッ!!?

「ななななにっ!? なになになにぃいいいっ!!?」

 あれよという間に足下は犬猫で埋め尽くされ、“間違って踏んでしまわないように”と少し屈んだ瞬間には猫が俺の膝を蹴り弾いて肩に乗り、それを見たセキトが真似して膝を蹴って胸に飛び込み、落としたら大変だと片手で抱きとめたら……もうダメでした。
 次から次へと俺の体へと飛び乗る犬猫犬犬猫猫猫……!! 結び直した包帯の上にまで乗っかってきて、ズキリと来た痛みに「キアーーーッ!」とヘンな悲鳴を上げてしまった。

 しかしまあ、なんだ。人の体重にしてみれば猫なんてのは軽いもので、飛び乗ってきたのが小さな犬や猫だったことも幸いし、一度痛みが過ぎるとあとは耐えられた。
 ……うん、キミが重いって言ってるんじゃあ決してないからな、張勲。これは人間と犬猫の基本的な重さについての話だから。
 それはさておいて、さあどうしましょう。犬と猫のフルアーマーが完成してしまったわけだけど。っていうか痛ッ!! こ、こらっ、しがみつきたいからって爪立てるな爪っ……! やめてぇええキズモノになっちゃ───はうあ!?

「…………」
「…………《じーー……》」

 こっち……見てる……。
 キャッツ&ドッグスアーマーを身に着けた俺を、恋がこう……じーーーっと。
 どうしようか。どうして真名を許してくれたんだーって、訊ける雰囲気じゃないよこれ。
 しかも何も喋ってくれないから、間が保たないというか……うう。
 何か無いか、場を和ませるような何か……思わず恋が口を開きそうな何か───ハッ!?

「《ババッ!》トーテムポール!!《ズキィ!》いっだぁあーーーーーっ!!」

 馬鹿なことしましたごめんなさい! 骨折してる腕を広げようとして大激痛再来!
 しかもそんなことやっておいて、恋は無反応だし! 左腕だけ広げたお陰で、へばりついてた猫がなおもぶら下がろうとして爪立てて痛たいたいたいぁだだだぁーーーっ!!

「ふ、ふぅっ……ふぅうう……!!」

 しかし、どれだけ痛かろうとも振り落とすことはしない。
 何故って、呉で動物の暖かさはしっかりと学んできたからだ。
 猫の扱いは明命に習い、決して乱暴には扱わないこと。
 犬は……嫌いなわけでもないし、何故か向かってくるなら追い払う理由もない。

「《じーーー……》」
「……あの。恋?」
「…………《こくり》」
「ごめんな、さっきはあまり相手してやれないで…………って、えと。あまり面識があるわけじゃないけど、口調とか嫌なところがあったら遠慮せず言ってくれ───ってしまった! ごめん、そういえば俺、名前教えてなかったよな───」

 迂闊だ。
 真名を聞いておいて、自分が名乗ってないなんて。
 いや、そもそも誰とも知らない相手に真名を教えるって、この世界の呂奉先はどれだけ心が広いのか。
 と、自分にも相手にも多少頭を痛めていると、恋がふるふると首を横に振るう。

「……え? 知ってる?」
「《こくり》……一刀」
「───…………」

 エ? 何故? どうして恋が…………誰かに訊いた? いや待て、わざわざ訊くほどのことか? というか接触は短いけど、恋が誰かに訊く姿が想像出来ない。
 じゃあいったい……?

「……? 違った……?」
「あっ、いやっ……うん、合ってる……けど。……恋? 俺の名前は誰から?」

 俺のことをわざわざ紹介してくれる人なんて想像がつかない。
 誰だ? まさか俺、影では相当に有名だったり!? ……そんなわけないだろ何夢見てるんだよ俺……現実を見ようぜ? な……?

「……言ってた」
「言ってた? ……誰?」
「…………みんな」
「みっ……ん、んんとな、恋。せめて誰かが解れば───」
「えっと…………魏に行くと……みんな、言ってる……」
「………」

 えっと。つまり……?
 みんなっていうのは魏のみんなで……?

「街の人も……兵のみんなも……将のみんなも……」
「───っ《かぁあっ……!》」

 うぇっ……!? “みんな”って───本当にみんなっ!?
 けどそれにしたって真名を許すことには繋がらないだろ!?

「歩くだけでも…………聞く。……会ったこともなかった…………のに。恋、いろいろ知ってる」
「…………《だらだらだら》」

 嫌な汗が出ます。
 ヘンな噂とか立てられてないかなーとか、まあそんな感じの。
 そんな汗を、犬猫が……特にセキトが張り切って舐めてくれるんだけど───こ、これっ、いけませんそんなものっ! お腹壊しますよっ!?

「一刀、やさしい……」
「うっ……」
「一刀……兵のこと、大事にしてる……」
「ぐ……」
「一刀、仲間のこと、見捨てない……」
「〜〜……《かぁああっ……》」

 ぐ、う、ああああっ……逃げたいっ……今すぐこのむず痒さから逃げ出したいっ……!
 真正面から無表情で無邪気な顔で褒められ続けて、いったい俺はどうしたら……!?
 ダメージでかいです! これはいろんな意味でダメージがっ……!

「あと…………セキト、悪い人には懐かない……」
「え?《ひょいっ》あ……」

 立ち上がり、てこてこと歩いてきた恋が、俺の腕に抱かれていたセキトをやさしく手に取り、抱き締める。
 そんな、本当に……それこそ“うっすらとした笑み”に、少し……えと、毒気を抜かれたと言っていいんだろうか……うん、ちょっと呆然とした。
 だからだろう。確認を取るみたいにして、俺はちょっとだけ意地悪な言葉を口にしていた。

「そうかな。案外、犬が好む匂いを出すものとか持ってるだけかもしれないぞ?」

 と。
 するとどうだろう。
 恋はそんな言葉を聞いても、まるで考えるそぶりも見せないで首を横に振るうと───

「…………違う」
「違う?」
「《こくり》…………恋、解る」
「わか……?」
「《こくこく》……一刀、いい人」
「〜〜〜っ《ぐぼんっ!》」

 ああ、ええと……こういう時はどう反応すればいいんだろう。
 顔が痛いくらいに熱くて、もういろいろ考えるのさえ辛い。
 真正面から、しかも目をしっかり見つめられながこういうこと言われるの、滅茶苦茶恥ずかしいですねっ!
 なんだか今まで、呉とかでみんなが顔を赤くしていた理由がちょっとだけ解った気が……!

「…………呉でも、やさしかった」
「うくっ…………朱里と雛里に聞いたのか……?」
「《こくり》……泣いたり、怒ったり、刺されたり、庇ったり」
「………」

 端折って纏めてみると、いろいろと大変だったのに“情けない”の一言に尽きる気がするのはどうしてだろうなぁ。
 ……いや、結果として呉のみんなの笑顔があるんだ。それは悪いことじゃないし、命令っていう罪も背負い切れた。胸を張って受け止めないと呉のみんなに失礼だよな。
 失礼なんだろうけど……うう、認めると顔がまた熱くて。

「そ、そっか。えと……今さらだけど、ちゃんと言うな? 姓は北郷、名は一刀。字も真名も無い場所から来た。……真名まで聞いておいて今さらって感じだけど……よかったら俺と友達になってくれ」

 言って、折れていない左手を軽く差し伸べる。
 包帯こそないものの、爪が食い込んだ掌には布が巻かれていて、お世辞にも握手をしたいような状態じゃないだろうけど。
 そんな俺の手を見た恋は一度首を傾げたあと、

「…………信頼の証?」

 ぽそりとそう言って、俺の目を真っ直ぐに見てくる。
 真っ直ぐに見つめるのは今の俺には恥ずかしくて、けれど目を逸らしたら信頼もなにもない。
 “ここは根性だ一刀……!”と無駄な根性を発揮させ、恋の言葉に頷いてみせた。

「……桃香、言ってた。手を繋ぐ……信頼の証……」

 自分の左手を見下ろしながら言葉を紡ぎ、どこか……そう。どこか、なんとなくだけど嬉しそうに笑んだような雰囲気のあと───その手が、俺の左手と繋がった。

「……桃香、いろんな約束……守ってくれた」
「そっか……だったら俺も、恋の信頼を裏切るようなことはしないって誓うよ。……改めて、これからよろしくな、恋」
「……《こくり》」

 頷いてくれる。
 ひとまず安堵……というか。
 一騎当千三国無双、裏切り上等恋には一途……そんなイメージがあったにはあったんだが……そんな飛将軍呂布がこんなに可愛い娘で、動物に囲まれてたりやさしかったりで、もうどこから驚いていいのか。
 “つくづくとんでもない世界だな”って改めて思ってしまった。
 そういえばこの世界に貂蝉は居ないんだろうか。
 呂布の“恋には一途”って部分を担う彼女だが……ああ、もしかして居ないから恋がこんなに可愛いのか? ……って何言ってるんだ俺……! 落ち着け、落ち着けぇえ……!

「………」
「……《じーー……》」

 手を握ったまま見つめ合う。
 俺の体には猫や犬が張りついたままだけど、そんな状態だろうがお構い無しに。

(───……)

 ……彼女の手は柔らかいものだった。
 戦の中、相当な重量であろう方天画戟を振るっていたというのに、硬いなんて印象は受けない。。
 対する俺の手なんて、ここまでの鍛錬のためかタコが出来ていてゴツゴツだ。
 それでも布に守られている分にはすべすべしているのか、恋はその手触りを楽しむかのように手をすりすりと動かしている。
 あくまで目は俺に向けてるんだけど。……器用だね、うん。

「きゃうぅ〜〜〜んっ」

 彼女の右腕に抱かれている三角耳のセキトさんが尻尾をはたはた、喜びにも似た声をあげた。
 どうしてだか、それが信頼関係を祝福している声のように聞こえて───勝手に頬が緩むことに耐え切れず、破顔。
 俺も恋の真似をして、すりすりと握手の感触を───

「ちんきゅーきぃーーーっく!!」
「《ドボォッ!!》ほごぉうっ!?」

 ───味わった途端、右側面から飛んできた小さな影からの突然の衝撃……!
 右脇腹にメコリと減り込むこの感触、まさに国宝級である。じゃなくてっ……!
 くっ……しっかりと比較的筋肉が少ない脇腹を狙ってくるとは……この娘、出来る……! でもなくてっ……!

「おまえこんなところに恋殿を連れ出してなにをする気だったのですーーーっ!! ことと次第によってはこの陳宮、容赦しないのですっ!!」
「いっ……いきなり不意打ちかましといて容赦もなにもあるかぁーーーっ!! 不意打ちが容赦の内に入るんだったら宣戦布告をする人はどれだけ聖人なんだよっ!」
「屁理屈を抜かすなですよ! おまえのような下半身と全身が一体化しているような男に、恋殿は近づけさせないのです!」
「一体化してなかったら死んでるよ!? どんなてけてけくんなの俺!!」
「ええい減らず口を叩くなです! とにかくおまえなんて、恋殿に代わってこの陳宮がせーばいしてくれるのですっ!」
「…………てけてけくん……?」

 離れてしまった手に寂しさを感じながらも、ムキーと睨みつけてくる陳宮と対峙。
 といっても取っ組み合いなんてするつもりもなく、向かってくるのならば向かい合う覚悟を以って。
 一人、恋はてけてけくんの存在について首を傾げていたりするけど。

「成敗か……ふふ……。陳宮、キミにそれが出来るかな……?」
「なっ……どういう意味ですかそれは!」
「キミがどれだけ俺を成敗せんとしようが、キミの攻撃の全てを俺が受け止めなければ攻撃にはならない! ……うん、だから極力避けるし、攻撃されたからには返そう! 全力でキミが来るというのなら、全力で避けよう! それでもいいなら───」
「むぐぅうっ……脅しとは卑劣なっ! 恋殿、こんな男を信用などしてはいけないのです!」
「《ふるふる》……襲われたら返す……当然」
「はぐっ! れ、恋殿ぉお〜〜〜……」
「……だからねね、やさしくする。やさしくすれば……やさしくされる」

 ……うわ、簡単に見破られた。
 そうだ、全力でくるっていうなら全力で。やさしくするならやさしくで返す。
 今言った言葉にはそういう意味が含まれてたんだけど、恋はすぐに解ってしまったらしい。
 ……ああいや。それ以前に、取っ組み合いなんてもう出来そうもないけどさ。魏延さんに宙吊りにされた時の、あの冷たさを思い出すと……力を振るうってことに躊躇が現れる。
 力を得るっていうのは、どれだけ口で自分の中の大義を言い放ったところで……得た人の心が知らずに曲がってしまっていたら、きっと───……いや。今は忘れよう。

「嫌なのです! こんな男にやさしくするくらいなら、挨拶がちんきゅーきっくな生活のほうがまだましです!」
「挨拶すべき人全員にキックかます気なのかキミは!」
「おまえにだけなのです!」
「えぇっ!? なんで!?」

 俺、彼女が嫌がるようなことをした覚えが全然ないんだけど!?
 急に恋の真名を呼んだことについては解決したはずだし……え、えぇええ……!?

「………」

 いや待て? いくら俺でも少し考えれば解る…………はずだ。
 つまり陳宮は……ああ。恋が好きなわけか。玉座の間での魏延と同じだ、きっと。

「……なにを急に理解のある目で見てるですか、おまえ」
「いや、大丈夫。女性同士の愛に関してはこの北郷、理解があるつもりです《ニコリ》」
「あっ……愛ではないのです! 信頼関係です! おおおおまえはなにを勘違いしてるのですーーーっ!!」
「大丈夫、大丈夫だから……な? 誰もお前を責めたりしないから……その愛を真っ直ぐ貫くことが出来るなら、いつかきっ《ドボォッ!》とぉおっほぉおおっ!!?」
「勝手に話を進めるなですーーーっ!!」

 みぞっ……鳩尾にっ……げっほぉおおっ……! な、なんて足癖の悪い……!
 あの……華琳さま……? こういう場合は同盟間問題にはならないんでしょうか……? ならないんだったら、いっそ本当に真正面から受けて立ちたいものです……暴力ではなく、くすぐりとかで。

「……めっ」
「《ぽくり》はきゃうっ!?」
「……怪我をしている人、蹴っちゃだめ」
「し、しかし恋殿ぉお〜〜〜っ……」

 と、苦しんでいる間に物事は段落を得てしまったようで。
 恋が痛そうではない拳骨で陳宮を叱ることで、その場は落ち着いた。
 ……痛そうではない拳骨なのに、とても痛そうな声だった理由はといえば……きっと精神的な痛みゆえ、だったんだろう。

「……あのさ。一応犬とか猫が引っ付いてるから、蹴りとかするのはやめような」
「甘く見るなです! おまえ相手に目測を誤るこの陳宮か!」《どーーーん!》
「おお! なんか格好いい! ……でもやめようね?」
「ふん、おまえが恋殿に近づかなければ考えてやらないこともないです」

 両の頬を両手で包み、ぶーと唇を突き出し嫌味ったらしい顔をして言う陳宮さん。
 そんな彼女の言葉を───

「断る!」《どーーーん!》

 即答で断ってやりました。しっかり胸を張って。

「断るなですーーっ! お、おまえに拒否権なんてないのです! なにを胸なんか張って断ってるですか!」
「拒否権略奪地獄はすでに攻略済みだっ! たしかに俺は客人であり、厄介になるなら最低限はこの国での仕来りに従うことが前提条件としてあるだろう! でも別に恋に嫌われてるわけでもないのに距離を取る理由がないからうん断る!!」
「なぁあーーーーっ!!? れ、恋殿言ってやってくだされーーっ! この男なんて嫌いだとーーーっ!」
「…………《ふるふる》……喧嘩、だめ」
「しっ……しかし恋殿ぉおお……」
「……喧嘩するねね、嫌い」
「《ざぐしゃあっ!!》……! ……!!」
「うわあ……」

 抉った。うん、抉ったね今。むしろ貫通したかもしれない。
 言葉が突き刺さるって言葉があるけど、あれがもう螺旋の豪槍となって陳宮の胸をツキューンと貫いていった。

「お、おっ……おおぉお……おまえぇええ〜〜……」
「……泣きたい時は我慢しなくていいと思うぞ?」
「うるさいのですっ! ひぐっ……れっ……恋殿に免じてっ……これから仲良くっ……ぐすっ……してやるですーーーっ!!」
「…………」

 ……俺、ここまで敵意丸出しで仲良くしてやるって言われたの、初めてかも。
 初対面の相手でも、もっとさわやかに手を繋げると思うぞ……?

「………ぐすっ」
「…………はぁ」

 でも、泣く子には勝てないよな。
 苦笑をひとつ、涙目で俺を見上げる陳宮に手を差し出す。
 拍子に犬が落ちたけど、見事に着地してくれてホッと一息……している最中、きゅっとその手が握られる。
 その乱暴さに、やっぱり苦笑をもらしながら……自己紹介を。

「姓は北郷、名は一刀。よろしく」
「姓は陳……名は宮、……っ……字は……公台です……。仕方なく仲良くしてあげるです……ありがたく思うですよ……」
「……ああ。よろしく」

 繋いだ手を上下に振るい、笑顔で言う。
 彼女の場合は本当に仕方なくなんだろうから、友達って呼ぶには早いけど───一番に友達になってくれたのがあの呂布だっていうんだから、世の中不思議だ。
 桃香や朱里や雛里は宴や呉で仲良くなったから、事実上から言えば蜀での初めての友達は恋ってことになる。
 それが、なんだか嬉しい。

「な、なにをにやにやしているのですっ! ───はぁっ!? まさか陳宮に欲情して!?」
「げへへへへ実はそうだったんじゃぁああ……!!」
「きあーーーーーっ!!? れれれ恋殿ぉおーーーーっ!!」
「……《ふるふるふるふる……!!》」
「冗談ですよ!? 冗談だからっ!! 本気で引かないで!!」

 俺の手を振り解いて、恋の後ろに隠れる陳宮と……陳宮を庇ってふるふると物凄い勢いで首を横に振る恋。
 そんな彼女らを前に、少し自分の在り方について真剣に考えようと思った……とある夜のことだった。

「大丈夫、本当にそういう感情は抱いてないから。俺はさ、ほら。キミたちが蜀に身を預けているように、魏に身も心も預けてる。だからむしろ、そういう心配はしないで普通に接してほしいよ。蹴ってくれても、そりゃあ避けるけど構わない。怒ってくれたっていい、理不尽じゃない限りはきちんと受け取るから」

 だから、と。
 恋の後ろで俺を睨んでいる陳宮に、もう一度手を伸ばす。
 猫にしがみつかれながら、犬に乗っかられながら。

「……今は嫌いでもいい。少しずつ、一歩ずつでいいから───友達になろう?」

 強制はしない。
 本当に、握ってくれたら嬉しいって程度の……なんでもないもの。
 ただし握ってくれれば友達として信頼するし、俺から裏切るなんて絶対にしない。
 利用されて捨てられたって、俺が悲しむだけで相手が悲しまないならそれでいいとさえ思える。
 俺はただ、握られた瞬間から最後の時まで、彼女との信頼関係を精一杯に育んでいくだけだ。
 いつか、増やすも減らすもお前次第だと冥琳が言ってくれたように。

「………」
「………」

 次ぐ言葉は紡がない。
 言うべきことは言ったし、あとは反応を待つだけだ。
 断られればもっと互いを知ってから。それでもだめならもっともっと互いを知ってから。
 むしろ今ここで手を伸ばすのは早すぎるくらいだ。
 断られるのが当然で、受け容れることが異常とも思え───……だが。

「《きゅむっ》……え?」

 てこてこと歩いてきた彼女が、伸ばした手を取った。

「なにをへんてこな顔をしてるです。……その。おまえと友達になるなど、本当にとてもとても嫌なのです。想像するだけで怖気さえ沸きあがるようです。けど───」
「けど?」
「おまえが恋殿を裏切らず、信頼を寄せるというのなら、おまえは敵ではないのです」

 そっぽを向きながらだけど、手は離れずに繋がれたまま。
 そこから伝わってくる体温が暖かくて、やっぱり頬が緩みそうに……いや、緩んだ。

「……いいのか? 恋のこと独り占めにしなくても」
「だから勘違いするなですーーーっ!! ねねは恋殿のためならばなんでもするですが、それは友愛の念であって愛情とかそういうものではないのですーーーっ!」
「えと、そうなのか?」
「恋殿の幸せがねねの幸せ! ならば恋殿を幸せにすることこそねねの宿願です! そのために大変不本意ではあるですが、その輪におまえも入れてやるのです! ……っ……悔しいですが、ねねだけでは恋殿を幸せには出来ないのです……だから《クンッ》ひわっ!?」

 ……事後の言い訳になるだろうが、張っていた胸が頼りなく曲がり、しゅんとしてしまうのが見ていられなかった。
 気づけば俺は陳宮の手を引き、つんのめって倒れそうになる体を、膝を折って抱き止めていた。
 うん、咄嗟に反応して避けてくれた犬猫たちに感謝を。

「ふやわっ!? なななにをっ!」
「ん、約束する。けど、幸せになるなら陳宮もだ。誰かを幸せにしようって願う人が幸せになれないなんて、俺が嫌だ。だから、陳宮が認めてくれたんなら……俺は恋も陳宮も幸せになれるように努力する」
「なっ……な、ななっ……なぁあーーーーっ!!? なにを言ってるですおまえはーーーっ! ちちち陳宮は! 陳宮はぁあーーーっ!!」

 右腕が動かないのがもどかしい。
 誰かの幸せを願い、行動できる人が居るのが嬉しかった。
 その意思を受け止め、自分の無力に嘆くことは無駄じゃないと頭を撫でてやりたかった。
 けれど左手ひとつじゃあ抱き締めるだけで精一杯。
 それが、今はたまらなくもどかしく感じた。
 女の子の涙には弱い。弱いのに、拭ってやれないことすらもどかしいと感じるんだから、この腕も嫌な時期に折れてくれたものだ。って、考えることがいろいろとちぐはぐだな。良かったのか悪いのかどっちだ。
 えと、だったら───雪蓮、少し恨んでいいかい? ……いや、自分の未熟さを恨もうか。避けられたなら、そもそも折れなかったわけだ。
 力を得るって……難しいことだらけだ。
 ごめんじいちゃん、俺……今日だけ、弱くなってもいいかな。
 自分から望んだことだけど、寝て起きるまでの間だけでいいから、弱くなっていいだろうか。
 ……そんな自分の弱さに小さく首を振って溜め息。
 その様子を恋と陳宮が見てたけど、特になにも言わないでいてくれた。
 感謝を、と……心の中で呟いて、弱さを表に出しすぎることをせずに笑顔で。

「よろしく、陳宮。これからしばらく厄介になるけど、なにか間違ったことをしたら、遠慮なく叱ってく《ドボォッ!!》れぇえっふぇぇっ!!?」

 言い終えるより先に脇腹に衝撃……!
 またもやキックが……と思考が走るが、抱き締めているこの距離だ、蹴りでこんな威力が出せるはずが───と見てみれば、

「ばうっ!」
「………」

 大きなお犬様がいらっしゃった。たしかセントバーナード。
 そんなお犬様を見て、恋が一言。

「……張々」
「蝶々!?」

 ちょっ……!? 蝶々ってレベルじゃないぞこれ! どうしてこんな巨大生物にそんな可愛らしい名前を───……あ、でも目とかはくりくりしてて可愛いかも……。
 いやむしろ可愛い……うん、可愛いじゃないかこの犬。

(……というか普通に考えて、蝶々って書き方じゃないだろうな)

 周々や善々の例もあるし、張々ってところだろう。うん。

「ちょ、張々、助けるのです! この男が急にねねを、ねねをーーーっ!!」
「───!《ゴシャーン♪》ばわうワウワウオウッ!!」
「目が光った!? いやちょっ……待───!!」
「ふふんもう遅いのです! 張々はねねの言葉には忠実で───」
「ばかっ! 自分が今誰の腕の中に居るか考えてみろっ!」
「ほえ? …………まままま待つです! 張々、待───きあーーーーーっ!!」

  どっしぃいいーーーーーん………………


     ギャアアアアアアア…………!!!!


 ───前略華琳様。僕はその日の夜のことを、腕が痛むたびに思い出します。
 そう。巨大な犬は、ある意味兵器になりうる。
 陳宮を抱き締めるために屈んでいた俺へと、前足を天高く翳し飛びかかるその様は圧巻の一言に付し、避けの行動を取るには全てが遅すぎた。
 遅すぎたからには左側から右へとドッシーンと押し倒され……いや、押し潰される結果となり、運悪く折れた右腕が下敷きとなり絶叫。
 多少くっついたところがまた折れるということはなかったものの、あまりの大激痛に素直に叫びました。
 ところで華琳様、策士策に溺れるという言葉を知っておられますよね?
 うん。抱き締めたままの陳宮も、張々のフライングボディプレスの餌食となりました。
 咄嗟に庇ったから多少の圧力は殺せたと思いますが、全てとまではいかなかったわけで。
 ただ、恋の言葉にどいてくれた張々の下から解放されたのち、痛がる俺に申し訳なさそうに謝ってくれた時……俺は素直に嬉しいと感じました。

 ……あとで聞いた話ですが、陳宮には友達と呼べる者がおらず、恋と出会うまでは苛められていたそうなのです。
 だから、“友達になってくれ”と言われて一番喜んでいたのは陳宮だと……恋はそう言うのですが。
 ええ、そんなわけで蜀国、成都での生活が始まりました。
 馬屋ではなくしっかりとした部屋を宛がわれ、そこでずっと待っていたらしい思春になんとなくありがとうを唱えて。
 で……その翌日、友達になったばかりの誰かさんにキックで起こされました。またしても鳩尾です。
 すぐに思春に羽交い絞めにされて悲鳴をあげましたが…………あの、思春さん? そういうこと出来るなら、せめて蹴りを食らう前に…………あ、わざとですか……そうですか……。
 そんな輝かしき日々がこれからも続くと思うと、感動のあまり両手両膝をつきつつ流れる涙が止まりません。……感動じゃないね、これ。
 ともあれ、俺は元気です。
 貴女も風邪など引かぬよう、お気をつけて。

 俺も……自分の弱さに飲まれないように、今まで以上に気を張っていきたいと思います。

   以上、脳内手紙でした。




ネタ曝しです  *プライスレス  お金で買えない価値がある。マスターカードのキャッチフレーズ。  *モルスァ  ファービ−ネタ。  *TAIIKU-SUWARI  恋人よ今すぐ、あなたの前に座りたい。  すごいよマサルさんより、T-SUWARI。  *どこぞの死刑囚のような言葉  バキより。最凶死刑囚スペックのお言葉。 Next Top Back