51/それが大切なものだと気づいた時、人は少しだけ強くもなり弱くもなる

 すぅ……と息を吸い、ざわめいていた心を落ち着かせる。
 そうしてから真っ直ぐに関羽さんの目を見て、はっきりと。

「俺が帰ってきたいって願ったこの大陸。三国が手を取り合うことで守っていける、今この場にある平穏が……きっと俺の拠り所だ」
「……人ではない、と?」
「うん。俺は家族を置いてこの大陸に下りた。最初は偶然、次は望んで。それは本当の意味での家族との別れであって、俺はこの大陸で生きることを望んだ。そして今、俺はこの三国を御遣いとしても北郷一刀としても、もっともっと豊かで平和な場所にしたいって思えたから」

 だからこの大陸こそを拠り所に。
 三国何処へ行こうとも───自分が、皆が微笑んでいられるような、そんな場所を作りたい。
 そう。手を繋ぎ、国に返すことで。

「……? 待て。見つかった、と言ったな? それまでの拠り所はどうだったのだ?」
「拠り所っていうか……依存だったのかなって。確かに与えられた仕事もやってたし、警備隊の隊長としてやれるだけのことはやってた……はずなんだけどさ。魏を離れてからの自分を振り返ってみると、もっと出来ることがあったってことに気づけて……はは、関羽さんと同じだ。俺もその時の自分で満足してたんだ。警備隊が天職だ〜みたいに考えて、それ以上もそれ以下も求めなかった」

 民を守ることは大切なことだ。疎かにしていいことじゃない。
 でもそれが出来るのは俺だけってわけじゃなく、それが凪に委ねられたところで、俺よりももっと上手く出来ると確信が持てる。
 凪を信じればこそ、真桜や沙和を信じればこそ。
 現に呉へと出発する前に見た許昌は穏やかなもので、それが警備隊によってもたらされたものだと理解したら……───俺じゃなくてもそれは出来るってことだから。

「俺は知識を提供することで役に立てた。警備隊のことも、地盤さえ出来ていれば信頼のおける誰かに任せることで誰でも担うことが出来る。もちろんがっつくみたいに出世したいとか、そんな願望はないよ。俺はただ、役に立てるところで役に立ちたい。利用できるところがあるうちは使ってくれって、最初に華琳に言ったようにさ」

 じゃあそれが“利用”の域から出ることが出来るとしたら?
 華琳が利用ではなく、信頼から俺のすることに頷いてくれるのなら、俺はいつまでも自国の民や兵の笑顔で満足していていいんだろうか。
 大それたことだっていうのは解りきっていることだし、言うほど思うほど簡単じゃないことだって解りきっている。
 現状からの進歩を望みすぎれば、待っているのは自滅や落胆ばかりだろう。
 そんなことを起こさないためにも、彼女は───華琳は言った。
 頬を引っ張ったりいろいろと騒ぎながら、だったけど……うん。根回しはいけないよな、華琳。
 自分で“これはいい考えだ”って思っても、それは否だと言ってくれる人が居る。自分一人で決めて、上手くやれるのは素晴らしいことだし、正直そんな自分で居たいなーなんて幻想も抱くけど……理想の自分に溺れるだけじゃあ結果は残せない。
 そのために判断をくれる王が居て、本気で怒ってくれる仲間が居る。
 だから……これまた格好悪くて情けない答えになりそうだけど、まずは華琳に直接訊こうか。手紙でもなんでもいい、“俺はこうしたいんだけど、お前はどう思う?”って。
 返ってくるものが笑顔だろうが罵倒だろうが失笑だろうが、全部受け止めた上で目指してみよう。

(根回しとは少し違うけどさ。もし好き勝手にその、他国の人に手を出したりなんかしたら……)

 ……うん。なんだろうなぁ……首のあたりがスースーする。
 それでも答えはそれなりに纏めることが出来た……と、思う。纏めたことを報告して、その上でこう思うんだけど、って訊いて……まあその、根回しにならないように確認を、とろうか。
 よし。じゃあこれからは───

(魏や華琳を理由にしないで、きちんと俺として向き合おう)

 それが俺に出来る、俺らしい在り方のはずだから。
 普通だ普通、今までの自分で。その、構える必要なんてきっとないぞ?
 桃香だって言ってたじゃないか、“もしも”って。
 なにも本当に俺が大陸の父になるって決まったわけじゃない。
 というかそもそも俺なんかがそんな大それたものに宛がわれるはずが……そう、そうだようん……浮かれるな、北郷一刀……求められていた時に魏を理由に逃げていた俺が、気づけたからって受け入れますとか言えるはずも、受け取ってもらえるはずもないじゃないか。
 この際、大陸の父とかそういうのは忘れよう。
 俺はただ自分として、自分に出来ることをこなしていく。
 鍛錬や人脈によって出来ることが増えたなら、もっと出来ることを増やして、笑顔を増やしていこう。
 好いた惚れたよりも、天の御遣いとして世と人の心に安寧を。北郷一刀として、人々に絆ってものの暖かさを広めていこう。
 出来るかどうかよりも、まずは立ち上がるところから。

「関羽さん。えっとその……いきなりでなんなんだーって思うだろうけど、聞いてほしい」
「ああ、聞こう。いろいろと考えていたように見えたが、纏まったと受け取っても?」
「ん。で……その、えーと……うん。お、俺……さ。たた大陸の父の話、受けてみようと……思う。あっ、もちろん重要なのは、俺が三国の支柱になるってところね!? 男と女って関係よりも重要なのはそこということでっ……!」

 偃月刀を向けられてはたまらないと、すぐに自分で自分の弁護に回る……が、関羽さんは真面目な顔で続きを促すだけだった。

「……それは。いったいどういう風の吹き回しでだ?」

 話が始まってからは否定的な態度や言葉ばかりだった俺に対し、それは何故なのかと真正面から問うてくれる。
 ありがたい。聞く姿勢を取ってくれない人って中々多いから、この冷静さがとても嬉しかった。

「俺に出来ることを探すため……かな。俺は俺に出来ることで、いろんな人の笑顔が見たい。些細なことで微笑むことの出来る世が欲しい。けどそれは、宴の中で桃香が言ったように、自国の中だけで手を伸ばすだけじゃあ叶わない夢だ」
「……うむ」
「警備隊の仕事を、俺は誇りに思ってる。自分が警備することで、安心していられるって喜んでくれる人が居ることが嬉しい。誰かを守れてるって自覚出来た時、たまらなく嬉しかった。だから……そんな喜びを、安堵を、もっといろいろな人に知って欲しいって思った」

 手を繋げる喜びを、安心して暮らせる喜びを、もっともっといろんな人に。
 それは自分の素直な気持ちであり、そこには誰かに好かれるためだとか、そんな打算的な考えはちっとも沸いてこなかった。
 笑顔があればそれが嬉しい。笑顔で溢れる街を、城を思い浮かべるだけで、心がとても暖かくなる。
 民だけじゃない、兵にも将にも、そして王にとっても……暖かな笑顔を浮かべられるような、平和な大陸をみんなで築いていけること。
 それを思い描くだけでもこんなにも心が躍る。
 一国だけじゃあ全てが揃えられないのなら、三国全てが協力して作り上げる平和。それを、国に生きる一人一人が国へと返すことで築いてゆく。
 やさしさだけでは届かないから厳しさがあり、厳しさだけでは築けないから統率があり、統率だけでは築けないからやさしさがある。
 そうして三国で支え合いながら、ゆっくりと目指せばいい。
 みんながみんな夢を見れば、理想にだってきっと届くから。

 ……と、そういったことを真面目な顔で関羽さんに話してみたわけですが。

「…………失礼だが。そんな貴方が何故曹操の傍に居られた……?」

 そしたら本気で不思議に思っている顔で、そんな質問をされた。
 桃香の理想を折られた関羽さんにしてみれば、それは当然の疑問だったんだろう……なまじ似ていると思う俺からの、こんな理想だらけの言葉だ。不思議に思って当然だ。

「えーと……実はね、俺は華琳に拾われてから少しした頃、理想を語る口をボキリと折られたんだ。“国を越えて仲良くすれば、飢饉も争いも無くなるだろ?”って言った矢先に」
「……それは」
「俺は、俺が降り立った瞬間のこの大陸とは、真逆って言っていいほどに平和な世界に住んでたんだ。乱世を生きる人々の苦しみをよく知りもしないで、理想だけを口にする。そんな生きかたをしていた。桃香は苦しみを知っている分、俺よりも立派だったろうけど……それでもきっと、俺が桃香と同じことを口にしたところで、華琳がその場で口にする言葉は変わらなかったんだと思う」
「理想にすぎない、と?」
「うん。俺が生きる国は平和だった。戦なんてものはなくて、小さなことで悪友と笑っていられるような、本当に平和な場所だ。でもね、関羽さん……そんな場所でも、みんな仲良しってだけで成り立っている平和じゃないってことくらい、子供でも知ってる。俺はそれを、華琳に言われるまで本当の意味で気づけていなかった」
「………」

 そう。それに気づけたからこそ、俺は自分の世界と乱世とのあまりの差に愕然とした。
 理想は……確かに眩しい。苦しみの中で、そんなものを目指す人が目の前に現れてくれたなら。そんな人が、確かな力を持っているのなら、その人に賭けてみたいと思ってしまう。
 現実は残酷だっていうのに、一つ、また一つとその人が目指す理想への階段を上れば、周りはきっと願わずにはいられない。
 俺も連れていってくれ、私も連れていってくれと願うだろう。
 ───でも、やっぱり現実っていうのはやさしくない。
 やさしさだけで乱世に平和をもたらすのならば、誰かが鬼にならなければいけなかった。
 全てを救うことは難しい。いや、出来ないと言ってもいいくらいだ。
 けれど理想を振り翳してしまった時点で、手からこぼれてしまう誰かを見捨てちゃいけない。
 全てを受け止め、全てを守り、全てを理想が存在する高みへと連れていかなければいけない。
 ……明るいところだけに目を向けて、助けたつもりで笑っているだけじゃあだめなんだ。
 暗いところで餓えに苦しんでいる人、自分の知らない場所で悲しむ人の全てを助けることなんて出来やしない。
 日本で頑張る自分に、遠い国で飢餓や疫病に苦しむ誰かを救うことが出来ないのと同じように。

「奇麗事は、名前の通り綺麗で眩しいよ。でも、どんな綺麗事も綺麗なままで保つのはとても難しい。保っていたつもりでいても、気づけば歪が出来ている」

 それを気づかせてくれる誰かが傍に居ることは、きっと何ものにも代えがたい喜びだろう。
 俺は、そんな理想が志に変わる前に叩き折られた。
 それで良かったんだと思う。
 やさしくなるのは戦が終わってからで十分なはずだから。

「……では。一刀殿も桃香さまは王になるべきではなかったと?」

 ……真っ直ぐに俺を見る目があった。
 それは、言い訳や言い逃れを逃そうとしない、真面目な目。
 向けられるのは当然か。自分が信じた志を真正面から否定された気分だろうから。

「華琳はああ言ったけど、俺は“なるべきではなかった”とは言わないよ。桃香や関羽さんたちのお陰で救われた人はたくさん居る。大国を築けるまでに進化したソレは、ある意味で桃香の理想が叶ったって言ってもいいくらいだった」
「ではっ……!」
「それでも、全てを笑顔にしようとするには急ぎ足すぎたんじゃないかって思う。赤壁での策が成功に終わっていれば、負けてたのはきっと魏で……俺はそんな歴史に“自分”を懸けて挑んだ。じゃあ、桃香は“すぐそこにある理想の成就”のためになにをしてきただろう」
「……あ……」
「あと一歩があれば、赤壁の策が成らなくても桃香や雪蓮が勝っていた。あと一歩が足りなかったんだとしたら、それは桃香自身にある。自分には武の才が無いからと最初から諦めて、鍛錬をしなかった彼女に。もし才を気にせず懸命な努力で武を身に付けていたとしたら、華琳との一騎打ちに勝てたかもしれない。勝って、華琳が言うように武で納得させた上で……手を伸ばして、理想の天下を手に入れられたかもしれない」
「………っ」

 適材適所って言葉がある。
 それは、何かを自分より上手く出来る人が居るのに、自分でやってはいけないって効率的な答えや話に繋がっている。
 経済や難しい事柄に関しては、確かにそれは当てはまって作業の滞りを無くしてくれるだろうけど───それが戦に変われば、王と王の一騎打ちともなれば、誰かに“私は戦が出来ないから変わって”なんて言えるはずもない。
 理想ってものに壁があるのなら、桃香にとってのそれは華琳との戦いで……それに向かい合おうとしないのならば、理想を信じて付いてきた人が報われない。

「やさしいから武を持たない……それじゃあ生きていけない世界が確かにあった。終始“武”では戦わなかった俺が言えることじゃないけど、必要なことはあったんだと思う。あの時ああしていればって思いはきっと強い。思い出して悔し涙を流すこともきっとある。で……行きつく果ては、“自分以外ならもっと上手くやれてたんじゃないか”。そんな自分に辿り着くんだ」
「否だっ! この道は桃香さまだからこそっ! 私は桃香さまだから、ここまでっ……!」
「……うん。そんな関羽さんや、今でも桃香を支える将や兵、民が居るから。俺は桃香は王になるべきじゃあなかったなんて思わないし、言わない。なるべきだったとは言わないけど、なってよかったんだとは断言できるよ」

 言えた義理が俺にあるのかも解らないこと。
 それを関羽さんは真正面から受け止め、目を伏せていた。
 俺自身も目を伏せていて、それは“今まで散々と悩んでいたくせに、他の人のこととなれば頭が回る”ことに対して頭を痛めている瞬間でもあった。
 そのくせ、気づいてと言われても気づけなかったり解らなかったりで、ああもう本当に馬鹿野郎、と毒づきたくなったりしている。

「人のことを口にするのは楽なのに、自分のことは難しいなぁ……。俺なんか、理想のために自分を削ることしか出来なかったのに……ごめん、関羽さん。キミの志に偉そうなことを言った」
「……いや。あの方はやさしかったが、やさしすぎたのだろう。責があるとしたなら我らだ。武は我らが、と……桃香さまが成長する機会を知らずに奪っていた。足りなかった一歩を想定することもせず、現状で満足していたのかもしれん」
「はは……それは気づけるほうがすごいよ。桃香の徳で人が集まっていたなら、それは余計にだし……逆に桃香が鍛錬ばっかりしていたらどうなってたのか、想像してみると案外怖い」

 なにせこの世界の女性は男よりもよっぽど強いから。
 それは民にしたって同じで、呉の饅頭屋のおふくろとかはもう親父でさえ恐れるほどだ。
 今考えている強さの意味からはちょっと外れているかもだけど、うん。女は強い。
 そんな人に俺なんかが鍛錬を……って……あとでどうなるんだろうなぁ。
 でもそっか、趙雲さんが桃香を鍛えてくれって言ってきた理由、解った気がする。
 ただ泣いていたからってだけじゃない。桃香も自覚があったから「やる」って頷いてくれたんだろう。

「俺も頑張らなくちゃな……大陸の父になるためじゃなく、きちんと支柱でいられるために。……ち、父になるかどうかは、むしろそこらへんにかかってるんだと思うし」

 父になるため……つまり女性を迎えるために強くなるっていうのは、その……かなり違うと思う。
 というか女性の前で言う言葉じゃないだろそれ。
 顔が灼熱するのを自覚しながら呟くと、関羽さんはそんな俺を見てくすりと笑った。

「いや。貴方ならきっといい父になれるだろう。というより、貴公ならばと頷ける。……やさしいだけでは駄目だった。それは桃香さまに対する私達にも言えたことだったのだな。貴公なら、それを桃香さまに教え続けられると信じている。だから、どうか……御遣い殿。貴方は己を疑わず、魏の御遣いではなく三国の御遣いとして、北郷一刀殿として在っていただきたい」
「い、いやっ……支柱になれたらとは思うけど、蜀のみんなが納得するかどうかなんてっ」
「それはこれからの一刀殿次第だろう。が……なるほど。もし桃香さまと一刀殿が結ばれることがあれば、一刀殿は我が主も同然と───……」
「………《だらだらだらだら……!》」

 ああ、なんだろうこの嫌な予感。
 笑顔のままに冷や汗が流れて、とっても嫌な感じです。
 関羽さん? なんなのでしょうかその悪戯っぽい笑みは。趙雲さんあたりがしそうな妖艶な笑みは、貴女には似合わないと思うのですがー……。

「支柱になるも、大陸の父になるも、それは一刀殿次第。だが、そんな父を桃香さまが受け容れるかは桃香さま次第……私がとやかく言えることでは…………今はない。その、その瞬間になれば突然口にすることもあるだろうが、それはその、受け止めてほしい……というか」
「う、うん……」
「だ、だがもしそうなれば、言った通り貴方は我らの主になるわけであり……ふふっ、慣れるためにもこれからはご主人様、とでも呼びましょうか?」
「やめてくださいっ!? 華琳に知られたらいろんなものが飛びそうだっ!!」
「ふふっ、失礼。遊びが過ぎました」

 の、割には敬語のままですよー……?
 まさかこれからは敬語で突き進むとか……ないですよね?

「今日、この場に来てよかった。理解出来ることもあり、頷けることもあった。天の御遣いは真実御遣いであると同時に人でもあり、我らと同じく悩み、苦しみ、その上で人々の平穏を願っていた。私には……それが嬉しい」
「……関羽さん……」

 どこか吹っ切れたような、軽いとっかかりが取れたようなスッキリした笑顔。
 そんなものが自分に向けられていて、ドキリと来ない人は居ないと思う。
 なにせ笑顔よりも冷たい目線を向けられることが多かったのだから。
 俺としてはもう、覗きのことを許してくれるだけで十分なんだけど───……あの関羽さん? 何故そこで照れたような笑みをこぼしますか?

「やさしさと、己の無力……そして、向上心を持つ貴方ならと思える。どうか桃香さまの迷いや未練を取り払ってほしい。私はもう、あの方の涙は見たくない」
「………」

 どこまでも真っ直ぐに、真剣に。
 人にものを頼むことなど滅多にしなかったんだろう。自分の無力さに恥じ入る部分もあるのかもしれない。
 だっていうのに、その上であの関雲長が頼んでいる。他の誰でもない、俺……北郷一刀に。
 それは、いったいどれほど誇っていいことだろう。
 自分が信じた人、自分の武に志をくれた人をと頼むと言われ、俺は───

「……うん。きっと」

 男の沽券だとか意地だとか、そんなものはかなぐり捨ててでも……それは受け取るべき意思なんだって感じた。
 損得ではない、器用ではない彼女のために、自分に出来ることをと。
 無力を知り、それでも道の先を願わずにはいられなかった……歩む道は違ったけれど、最初に求めたものは同じだった似た者同士として、彼女の助けになることをこの場で誓った。


───……。


 俺が頷いてからしばらく、宛がわれた自室には穏やかな空気が流れていた。
 いがみ合う理由もなく、だからといって浮かれる理由もなく、ただ普通の時間と空気が流れてゆく。

「こう来たら、こう?」
「いえ、そうすればこう弾かれ───」

 ただ、武を知る人との普通は、自分にとっての普通ではなかったかもしれない。
 なにをしているのかといえば、剣の手ほどきのようなものであり……納得はしたけど力を振るうことへの戸惑いが払拭されたかどうかなんて解らない俺に、関羽さんが手ほどきを、という状態。
 ただ気になることといえば、俺が頷いてからというもの……関羽さんが敬語で話し始めたことくらいで。

「あ、あのー……関羽さん?」
「? なにか?」
「その……どうしていつの間にか敬語に?」

 疑問はぶつけて然るべき! とぶつけてはみたものの、それはあっさりと予想外の言葉で返された。

「出会う場所が違えば、私は貴方からでも志を受け取れた。そして、私は“貴方ならば”と桃香さまの標として受け容れた。それは桃香さまがどう思おうと決めた私の意思であり……ふふっ、覚悟というものです」
「……っ」

 う、わっ……! 顔が熱くなっていく……!
 かか、覚悟? 覚悟って……ああっ、やめてっ! そんな穏やかに微笑まないでくれっ! 真似!? それって真似なのかっ!?

「ここぞという時には“覚悟”の言を口にする。呉での貴方の話は、朱里や雛里から嫌というほど聞かされてきました。暇があれば誰かの手伝いに走り、三日に一度鍛錬をし、その鍛錬が通常では考えられないほどの量だ、とも」
「う……」

 考えられないほどの量なんかやってないって……! それって朱里や雛里から見てって意味なんじゃないだろうか。
 そりゃあ、ほうっておけば一日中走っているような鍛錬なんて、誰もやろうとしないだろうけど。
 氣と体力が許す限りに、三日前に至った限界よりも一歩先へと体を苛め抜いて、三日後にはさらに苛め抜く。そんな方法やってる人、たぶん居ない。
 ……フツーに考えて、やりすぎなんだろうなぁこれ。準備運動だけで桃香がぐったりなのがいい例なのかもしれない。

「鍛錬、やりすぎ……かな。桃香が準備運動だけで筋肉痛になっちゃったんだけど、もっと控えめにしたほうがいいと思う?」
「一刀殿の鍛錬の程度は知りませんが、ものにならない程度の鍛錬ではやったところで無駄です。続けることで、桃香さまがこれから流すであろう涙が減るのなら……今が苦しくても耐えるべきだ、と……武人の私ならば言いますが。私個人としては、桃香さまの苦しむお姿は見たくは……」

 ままならないものです、と深い溜め息。
 って、鍛錬よりもその口調が……その……。 

「そればっかりは桃香の頑張りに任せるしか……。辛いから嫌だって言われたら無理強いなんて出来ないし、もっと簡単なのをって言われたって───……うーん……この世界の基準から考えると、まだ楽な気もするんだよな……」

 強い女性がいっぱいだから、基本の時点で男より女が強いって思えて仕方がない。
 今だって、“桃香も実は力とか結構あったりするのでは……”とか考えてるくらいだ。

(桃香は軍師タイプなんだろうか)

 考えてみればこの大陸のみんなは武力か知力かで大体分かれていて、逆に武も知もある人は珍しい存在だ。
 華琳や秋蘭、関羽さんや黄忠さん、穏や亞莎はそのあたり、両道できてる気が……しないでもない。
 特に穏や亞莎は思い切り軍師で武力も中々とくるから……なんだ、呉って本当にバランスがいいじゃないか。
 魏は……知と力とでとことん分かれてる感じがするなぁ。
 季衣と桂花の性格を融合させることが出来たら、知に長けた強者が完成するんだろうか───と考えてみて、悪巧みばかりに知を使いそうな気がして項垂れた。
 というかそれはえぇと……失礼だけど魏延さんになるんじゃないだろうか。主のためだけに知恵を絞り、主に近づく者全て、屠らずにおれん! って感じで。
 想像してみたら怖くなった。
 そんなことを考えながらも、木刀を小さく振るってから構えを取る。
 ふぅ……と出る溜め息は、いろいろな物事への悩みゆえだろうか。
 “もっとしゃんとしないとな”とは思うものの、思うだけでなんでも出来るんだったら苦労はしない、だよなぁ……。

(そもそも……雪蓮たち呉のみんなに揺るがないとか言っておきながら、こんな簡単に……)

 溜め息の主な原因の大半はそれだろう。自分が情けないのだ。

  “どうせ国がどうとか魏がどうとか考えておるのだろうから訊くがな。お主の気持ちはどうなんじゃ。肝心なのは魏でもなんでもなく、そこじゃろう”

 祭さんに言われた言葉を思い出す。
 今さら気づいて、本当に呆れた。あれには本当にいろいろな意味があったんだろう。
 魏が華琳がと断っていたその言葉は俺自身の言葉なんかじゃあなかったことや、何かを理由に“強さ”を求めれば、いつか躓いてしまうこと……本当にいろいろ。
 何かを理由にする前に、自分で立って自分を理由にしなければ、自分の“芯”で動くことなんて出来るはずがない。
 考えすぎかもしれないけど、受け取り方一つでそこまで考えられたはずなんだ。
 子供を作るとか、その……は、孕ませるとかの話でうやむやになったけど……それで流して、よく考えもしなかった。
 “気づける要素”はきちんとあったのに、それを俺は……“気づきたくなかったから知らないフリをした”……のか?

「〜〜〜っ!《ぶんぶんぶんっ》」

 いかんいかんっ! 考え始めると暗くなるっ!
 いいか一刀、過去は確かに重要だっ、嫌なことだろうがなんだろうが、今まで生きていた過去の全てが今の自分を形成している! よし、それはOK!
 今重要なのはなんだ? 後ろを振り返ってうじうじと考え続けることか? それとも現状をきちんと考えて、大陸の支柱のことをよく考え……いややっぱり待て。

「……関羽さん、ごめん。また話を聞いてほしいんだけど……って、あれ? どうかした?」

 むー……と考え込んで、思考の袋小路……むしろ無限ループに陥りかけていた自分を振り払うためにも、誰かの意見を───と思ったら、頼ろうとした相手がくすくすと笑っていた。

「いえ。朱里と雛里に悩む姿が可愛───い、いえ、なにも聞いていません。話ですね?」
「?」

 どうしてここで朱里と雛里が出てくるのかなとも思ったものの、聞く姿勢を取ってくれたので話すことに。
 なにを話すのかといえば、もちろん悩んでいることについてだ。
 弱いところを多少でも見せてしまったからだろうか……どうも“頼ってもいい”みたいな感情が沸いてくる。
 ……ちゃんと立とう、考えようって思った矢先で、ちょっと恥ずかしくも情けない。
 解らないことは訊くべきだって解っていても、考えることを放棄して訊くのと考え抜いても解らないから訊くのとじゃあ確かに違う。
 違うんだけど……はぁ……おじいさま、一刀はやっぱりまだまだ弱い子です……。

「どうされました? 天井など見つめて」
「いや……ちょっと葛藤を受け容れる準備をというかなんというか……えと、それでなんだけど」

 悩みすぎると、出す答えも歪むことがある。
 何かを考える場合、特に暗いことを考える場合は、“明るい何か”を思考の間に挟むといいという。
 案外それでスコーンと解決することもあれば、言うほど楽に挟めるもんじゃないよ……と落ち込むこともあるわけで……えーと……うん、つまり暗いことを考えている時は、他のことが考えにくくなっているから気を付けろってことで。
 考えにくいってことは、他のことも思いつきにくくなっているってことだから、ネガティブな答えばかりが頭に浮かぶ人は要注意。つまり今の俺は少し落ち着くべきであるということで……。
 ええいだから考えるなっ! 今は弱い自分の通り、誰かに頼ってみろっ! 勢いでもいい、今まで悩んでいたこと全部をぶちまけるくらいの気持ちで───!

「うじうじ考えていても仕方ない……だから関羽さん! 率直な意見を聞かせてほしい!」
「───……真剣に、ということですね? 私で答えられることならば」
「うん! じゃあ───俺との間に子供が欲しいとか思う!?」

 ………………。

「…………は?」

 …………あれ? 今時間が止まったような……ってちょっと待て、今俺なんて言った?

「こ、こど……!? な、ななななにをっ!? 貴方は三国の支柱となり、桃香さまがもし望むのであれば、蜀の世継ぎを育むための連れ合いになるお方! それが急になにをっ……!!」
「待ったちょっと待った! ごめん今の無しっ! そうじゃなくてっ!」

 顔を真っ赤にして慌てふためく関羽さんを前に、両手を前に突き出して慌てる北郷一刀の図。って他人ごとみたいにして逃避してる場合じゃなくてっ!

「ごめんちょっとこんがらがってたっ! 祭さんとの会話を思い出してたら……! そ、そうじゃなくて、えっと……!」

 自分でも解るくらいの顔の熱と、やっちまった感に包まれながら必死に思考を回転させるも……わあ、見事な空回りだ。
 慌てる時こそ落ちつけって偉い方は仰るけど、慌ててるから慌てることしか出来ないんじゃないだろうかとこういう場合はツッコミたい。
 でも落ち着こう、本当に。

「すぅ……はぁ……! う、うん、ごめん……えぇとそれで……そう。揺るぎのこと」
「揺るぎ?」

 顔は赤いままだけど、一応落ち着きを取り戻してくれたらしい関羽さんが首を傾げる。
 俺もその間にもう一度深呼吸をして落ち着くよう努め、真っ直ぐに関羽さんを見つめてから続ける。

「うん……呉でのことなんだけどさ」

 始まりはその言葉。
 宴の日に“揺るがないこと”を口にし、呉に行っても揺るがぬよう努め、まるで……そう、魏を盾にすることでその言葉を守るように行動してきた。
 けれど今日、いろいろと気づいてしまった自分は揺るがぬままではいられないのでは。気づいてしまえばその気持ちは友愛どころではなく、祭さんが言う通り“問題なのは俺の気持ち”だったわけで……そのことで悩んでいると。
 自分の気持ちを隠すことなく、関羽さんにぶちまけてみた。
 すると───

「悩み始めると止まらないところまで同じか……はぁ。───そこまで想われているのに断り続けられるところは、見事と……言えるのでしょうか」

 呆れたといった風情で溜め息を吐かれました。
 それはまるで、悪さをしでかした子供を見るような親の目で……うん、じいちゃんと対峙していた時によく見た種類の視線だよこれ……。

「……星。盗み聞きもいいが、耳ばかり働かせるのではなく口も働かせる気はないか?」
「……へ?」

 腕を組み、呆れたままの表情で窓の方へと声を投げる関羽さん。
 すると、装飾が成された窓にひょこりと見えるナースキャップのような物体。

「おや。いい肴を見つけたと思えば、まさかそこに迎え入れられるとは」

 窓を開けて、ひょいと入ってくる姿を前に、俺も呆れるしかなかった。
 ということはもしかして、悪さをしでかした子供を見るような親の目の原因って…………どっちもどっちですね、はい……。

「星っ、お前はまた昼間から酒をっ……! いやそもそも警邏はどうしたっ!?」
「いやそれがな、酒家のおやじにいいものが出来たとこれを頂いてな。しかし警邏中の身で飲むわけにもいかず、きちんと警邏はこなした。うむ、こなしたとも。しかしそこで同行していた焔耶がこう言ったのだ」
「……酒に意識が行きすぎてて役に立たないから、もう目立たぬところで酔っ払っていてください、って?」

 なんとなく祭さんの行動パターンに当て嵌めて口にしてみる。と、「ほお」と感心の声が聞こえ、

「……会って数日でそこまで読めるとは。なるほど、愛紗が認めるだけはある」

 と続け、笑ってらっしゃった。
 いや、笑ってられる状況じゃないからそれ。

「なに、心配ない。きちんと代理を立ててある。私としても仕事の最中に一人抜け、酒を飲むのは気が引けたのだが……そこへほれ、めしだめしだと街中を走る二頭の猪が」
『………』

 関羽さんと二人して頭に掌を当て、溜め息を吐いた。
 オチが読めたのだ。

「これは僥倖と、二人に肉饅頭を買って与えて取引を持ちかけたところ、快く引き受けてくれたわけだ」
「何が快くだ。どうせ口八丁を並べ、その饅頭が今でなくては食べられないものだとでも言ったのだろう」
「口が八丁だろうと、話を聞いた途端に問答無用で奪われ食べられては、騙したのだーといくら言われても涼しき微風。冗談だと言う暇も無かったなら、引き受けてもらうしかなかろうに」
「…………」

 ああ、関羽さんが自分の義妹の行動に頭を痛めてらっしゃる……。
 鈴々も少しは疑ってから食べようよ……ってちょっと待った。

「……奪われたの?」
「おや、友をお疑いかな?」

 その名、メンマ同盟。じゃなくて、奪ったっていうのがどうにもしっくりこない。

「疑うとかじゃなくて、是非ともその話をしていた時の趙雲さんの姿勢を訊きたいなーとか」
「………」
「星?」

 なんとなくだけど、饅頭を突き出したりなんかしてたんじゃないかなーと思うわけだが……もしかしてビンゴ?
 確かに“あげる”と言わない限り、突き出していようが目の前に置いておこうが、奪われたなら奪われたことにはなるけど……うん、それが答えなんだろうなぁきっと。

「……では話を続けようか」
「ん、そうだね」
「………」

 さらりと流した趙雲さんに続くように頷き、ジト目で趙雲さんを睨む関羽さんも促しつつ再開。
 どの道奪って食べてしまったなら、今ここに趙雲さんが居ることだけが結果というわけで。今さら何を言っても何かが引っくり返るわけじゃないと受け容れ、話を続けることに。

「北郷殿の“揺るぎ”について、だったかな? それならば答えは出ているであろうに」
「答えが? …………んー……」

 考えてみる……が、答えが出ない。
 なまじ“これだ”と刻んだ答えがある分、たとえそれが間違いだとしても認めたくないものがある……そういった気持ちに似ている。
 余計なことを考えたな、と頭を振るう。

「解りませんか?」
「難しく考えようとするから絡まる。北郷殿は少し思考を柔らかくするべきだな」
「って言われてもな……」

 答え……俺が揺るがないって言ったのは、そもそもどういう意味でだっけ。
 って、今話したばかりなんだから考えるまでもない。
 “魏からべつのところへ降るっていうのは考えられない”……雪蓮に“呉に来ないか”と誘われた時に、そう言ったのがきっかけ。
 それはいつからか気持ちの問題にもなっていて、“魏以外の人と関係を持つこと=揺らぐ”って考えに変わっていた。
 でもそれと今の……あれ?

「え? いやちょ、ちょっと待って?」

 力が抜けるような答えが見つかった気がした。というか、自分に対して感じていた男としてのアレとかソレが一気に膨れ上がるような問題が……。

「えーと……もしかしてさ。いや、なんかもう自分で考えてた部分に答えがごろごろ転がってて、それを答えにしなかったのが馬鹿みたいなんだけど……同盟の支柱になって、魏にも呉にも蜀にも身を置くようにするってことは……どこに降ったわけでもないから、揺らいだことに……ならない?」
『…………ぷふっ……!』

 同時に、盛大に噴かれました。
 俺から顔を背け、口に手を当ててこう……ブフッて。
 い、いや、確かにきっかけはそうだったよ!? 「呉に来ない?」って言われて、俺は魏に身も心も捧げたから“降ることはしない”って意味で「揺れないよ」って!
 そりゃあ支柱になるってことは何処に降るわけでも裏切るわけでもないし、むしろこの大陸に身も心も捧げるって意味では、考えていた“出来ること”をもっと増やすきっかけにもなるんだから、望むところではあるけどっ!

「ふ、ふむ、なるほどっ……くくっ……これは確かに、可愛らしいと思うのも納得がいくかもしれん……なぁ愛紗」
「い、いや私はべつにっ……」

 ……ていうかね、顔を真っ赤にして思い悩んでいる男を前に、そんな笑いを必死で堪えながらのヒソヒソ話はやめてほしいんですけど。むしろ聞こえてる……聞こえてるからね?

「まあそれも、桃香さまが受け容れるかどうかの問題。我々だけで判断するには荷が重い上に、簡単に答えを出していいものでもない。ようはお主の判断次第ということだな、北郷殿」
「う……」
「どちらにせよ呉がそれでよしと頷いているのなら、少なくとも魏と呉の支柱にはなれるわけだ。それこそ毎夜毎夜、体の許す限り魏王と呉王の体をむさぼ───」
「耳元でそういうこと言わないっ!」
「ならば堂々と」
「そういう意味じゃなくてっ!」

 あ……だめ……なんかもういろいろ考えてた自分が馬鹿らしく……いやいや待て待てっ、ここでそういうこと考えるのは危険だ。
 そう、支柱になるのはもう頷けることだ。自分が軸になることで、様々な人が笑顔になれる……こんな嬉しいこと、きっと他にない。
 そうだ、支柱になるってだけで、その……肉体関係があるわけじゃないんだ、考えすぎるな。
 呉で種馬がどうのとか言われてたから、どうにも“大陸の父=そういう関係”って考えが基準として頭を占めていた。そうだよな、大陸の父……じゃなくて三国の支柱って考えれば…………待て、ちょっと待て。
 ああもう何回待ったっけ? でも待て。

「あーのー……関羽さん? なんかさっき、蜀の世継ぎをどうのって……」
「あ……そ、それは」
「ふむ。愛紗が多少であろうと認める男は多くはない。必然的に、いやこの場合は消去法でと言うべきかな?」
「何気に言葉の中に棘を仕込むのはやめてください」
「はっはっは、いや失礼。ともかく、蜀の皆は桃香さまのことを大事に思い、好いている。その桃香さまの相手になる者となれば、これもまた皆に好かれるような者であるべきだろう。まあ私は桃香さまが認めた相手ならば、私の好みなどどうでもいいとは思ってはいるが───」

 口休めに「ふむ」と口に手を当て怪しく微笑み、俺を見つめる趙雲さん。
 うん。女性がこういう笑みをする時って、あまりいい予感がしなかったりする。

「北郷殿、友として忠告しておこう。我らの信ずる桃香さまと友になったからといって、迂闊に手を出せば信用はがたがたに落ちて……」
「ちょっと待った!」
「む?」

 それだ。そのことで今止めたばかりなのに、また「待て」と考えなきゃいけない状況に……。

「支柱になるのはいい、それは頷けるけどさ。支柱になる=王の相手になるって考えはおかしくないかな」
「はっはっは、なに。“いずれ”の話として受け取ってもらえればそれで構わんよ。我らだけが騒ぐ分には、それもこれも部下や臣下は勝手に騒いでいることとして、桃香さまも意識することもない。むしろ意識することで北郷殿を避けるか、好きならば突撃するか……いやなに、“平和”以外のことへ積極的な桃香さまも見てみたいと思っているのだよ、私は」
「星……桃香さまをだしに使い、遊ぶというのであれば───」
「おっと。やれやれ、相も変わらず桃香さまのこととなると冷静ではない。なるほど、これは確かに手綱があったならとも思うが……北郷殿、今からでも蜀に降らんか? お主が居れば、このじゃじゃ馬も少しは節度を持つと思うのだがなぁ」
「なっ……星っ!!」

 クイッと杯に注いだ酒を飲み干して、はぁ……と吐かれる息はどこか楽しげだ。
 なるほど、少しだけパワーバランスのようなものが解った気がした。
 とまあそんな理解は別として、俺の返答はもちろん拒否。気づくことがいろいろあろうが、魏から別の場へと降ることを良しとしない自分はそのままだ。

「ふふっ……うむ。予想通りの答えで、しかしきちんと心に届いた。もっと前からそうしていられれば、呉の連中も早々に諦めたやもしれんのに……逆に火をつける結果になったと」
「仰る通りみたいだけど、あの……趙雲さん? 試すような言い回しはやめてほしいんだけど」
「“男”を試す機会はいくらでもあるべきだろう? そうして何度も試され、その度に成長してゆく存在であればいい。そうすれば桃香さまもコロリと」
「だっ……だからっ! 俺は桃香をどうこうするために支柱の件を受け容れるんじゃないんだってっ! “王としての桃香”が甘えられる場所になれればって受け容れはしたけど、だからってそんなよよよ世継ぎとかっ……!」

 話が飛びすぎなのにも程ってものがある。
 もう自分の顔が真っ赤であろうことを自覚しつつ、やっぱりぶんぶんと手を振るって拒否をするのだが……趙雲さんはむしろそんな俺を楽しんでいるようで、さらにさらにと追い討ちをかけてくる。
 ……関羽さんは……ああいや、関羽さんもいろいろと気になってるみたいで、止めようとする素振りは見せるものの、止め切ってくれませんですはい……。

「ふむ? 桃香さまのことがお嫌いか?」
「会ってまだそんなに話もしてないのに、好きとか嫌いとかって……というかこういう流れって、どうして好きか嫌いかの二択しかないんだろうか……」
「友としてでもよろしい。まあ嫌いならば友のままで居るのもおかしなものではあるが」
「それは……好きだよ。近くに居て安心するっていうか、呉でも言えることだけどあんな王は他には居ない。傍に居ると暖かく包まれてる……うん、守られてる感じがするのに、いざって時は守ってやりたくなる王様っていうのかな……」

 立てた理想はとても眩しく、眩しいからこそとても脆い。
 強さと弱さを持ちながらも、理想が眩しすぎたために早い段階で弱さの根っ子に気づけなかった。
 結果、理想ごと華琳に叩きのめされることにはなった───けど、華琳と戦うもっと前に答えを得ることが出来たとして、するべきことを変えられただろうか。
 理想が眩しかったから立ち上がることが出来て、関羽さんだけじゃない、無意識とはいえいろいろな人に志を与えてきた彼女だ。目指す場所はきっと同じで、ただもっと自分を高めるか否かの選択肢を選ぶだけだったんだろう。
 そんな道を自分から歩ける人を、尊敬こそすれ嫌ったりなんかできるはずがない。

「……結構。お主の言う“会ってまだそんなに話もしていない”間に、随分と理解しているようではないか」
「へぐっ!? あ、いやこれは……」
「人を見る目があるのなら、お主はきっともう迷わん。壁にぶつかろうと、乗り越えるのではなく抜け道を探すのも一つの手。馬鹿正直に乗り越えようだのどうのと考えれば、たった一つの方向でしか物事を考えられなくなる。そうだろう?」
「それは……うん、もちろん。考えることを放棄するのは自分にも周囲にもよくないことだよ。必要なのは壁にぶつかるたびに乗り越えようとする頭だけじゃない。回り道になろうと、なんとしてもその壁の先に行くことだ。先に行くこと……誰かと一緒に考えて乗り越える、回り道をしてでも先へ行く、一人で解決して先へ進む、壁を破壊してでも進みゆく……きっと方法は一つだけじゃない」
「そう。しかし桃香さまが立った場所には、答えなど一つしかなかった」
「……華琳が壁である以上、華琳は自分の理想……“力で打ち下す”以外の方法じゃあ納得しなかった、か……」

 けれどその先にこうした平和があることを、たとえ与えられた平和であろうとも喜ぶべきだ。
 それがたとえ、望んだ形とは違っていたとしても。

「北郷殿にはそういった答えにぶつかり、さらにその芯ごと叩き折られた桃香さまの“支え”になってほしいと思っているのだよ」
「支えに……?」

 俺の言葉に、壁にとす……と背を預け、腕組をしながら頷く。
 どこか気取っている風情なのにそれがよく似合うのは、様々にとりあげられたもので趙子龍が美形として扱われる所以に近しいものなのかもしれない、なんてことを軽く考えた。
 それよりも疑問を優先させるべきだろうに。

「聞けば、蜀王としての桃香さまの甘えられる場になったという。呉でも、孫権の甘えられる場になったと」
「あー……そんな情報、どこから───いや、なんでもない」

 情報源がはわあわ言っている様子が頭に浮かんだ。
 そんなに簡単にいろいろ話さないほしいなぁとは思うものの、あの大人しい二人のことだ。いろいろと掴まれていることもあるんだろう。

(なんとなくだけど、ほら……結盟のきっかけのアレとか)

 この人との会話時間はまだまだ多くはないが、それでも解ることはある。
 一言で言うなら、人をからかうのが好きそうな顔をしている。
 二言で言うのなら、どこぞの覇王様が人で遊ぶ時とよく似てらっしゃるのだ、妖艶に笑む様とか……まあその、いろいろと。
 三言を加えるなら、からかわれた相手の様を見て楽しむところとかもだ。
 これで女色で王の資質があるなら第二の華琳の誕生になるのか? ああいや撤回しよう、華琳は彼女ほどメンマにハマってはいない。
 食に関してはなかなかにうるさい華琳でも、この人ほどメンマを極めようとは思わないだろう。
 華琳が多に妥協をしない存在なら、趙雲さんは個に妥協しない人で……華琳が食で趙雲さんがメンマ、と……そんな感じか。

「我々は“桃香さま”を支えることは出来ても、蜀王の桃香さまを甘えさせることができません」

 と、また思考の海に飲まれそうになっていたところへ、関羽さんの声が届く。

「そう。どれだけ頼ってくれようと、それは頼るだけであり……桃香さまは逆に頼ってばかりの自分に情けなさを感じてしまうやもしれない。ならばどうするのが理想的なのか」
「……あ、甘えさせること?」
「うむ。出された問題を半日経たずで解いてみせた北郷殿だからこそ任せたい。普通ならばもっとうじうじと考え込んで、今日明日では答えを出せずに思考の海で溺死するものと踏んでいたのだが……ふふっ、認識を改める必要がありそうだ」
「………」

 いや……実際思考の海には何度も落ちた。
 取りつく島を探しては、どこにもそんなものがないことに気づいて答えを探して───……けど、呉での出来事がそんな自分を救ってくれた。
 経験は裏切らない。
 少なくとも、そう思えた瞬間が確かに存在していた。
 たとえ何も解決できなかったとしても、それは経験の量が少なかっただけのことで……積んだ経験はきっと裏切ったりはしないのだと。
 望んだ結果から外れてしまう答えしか出せないのだとしても、経験を恨む必要はないのだと。

(……各国を回ること、やってみてよかったな)

 魏に篭っているだけでは至れない答えがたくさんあった。
 俺も基本的な考えは桃香となにも変わらない。
 助けられる人が居るなら助けたいし、手を繋ぐことで仲良くなれるなら、いくらだって伸ばしたいと思う。
 でも……なんの力もなく伸ばすだけじゃあ、期待させておいて突き落とすのと結果は変わらない。
 俺に出来ることをと足掻いてみても、手を伸ばした人が求めたものを与えてやれない手に、いったいなんの価値があるのか……そう考えてしまうと、もうループばかり。
 そんな期待を国の王として背負ってきた桃香は、本当に凄いと思う。
 けど。背負って立つだけじゃあダメだった。力を押さえるには力が必要で、理想を叶えるためにも力が必要だった。
 彼女にとっての力は仲間で、華琳にとっての力は自分と仲間だった。その違いが最後を決めた。
 じゃあ俺はどうだろう。
 力は……今つけている最中だ。なにかを背負うなんて大それたことはと思うものの、手を繋いだからには、友達になったからにはその人の笑顔をみたいと思っている。

「え、えぇと……自分たちが信じた国の王を、警備隊長に任せるって……どういうことか解って言ってるのかな……」

 一応、という意味で口にしてみる言葉。
 返ってくる言葉は予想がついていたけど、言っておかないといけないことだ。

「ならばその一国の王の甘える場所となった貴方は、よほどに無謀者か命知らずだな」
「あまり意味変わらない気がするんですけどっ!?」

 うん、予想通り。趙雲さんも会話の流れを読んだような言い方だったし、特にあの顔は……俺の心内まで見透かして楽しんでいる華琳のようだ。
 あ、あー……ツッコミが入ったのは本能レベルだったけど、言いたくなる気持ちも察してほしい。

「まったく、おかしな御仁だ。降れだの愛を受け取れだのと言えば頑なだというのに、頼まれると嫌と言えないようだ。桃香さまの時もそうして押し切られたのだろう?」
「……お、押し切られたとかじゃなくてちゃんと頷いたんだって。いくら俺だって、嫌なことは嫌って言えるさ」
「ふふっ、そういう言葉で返す者ほど、そういうことが出来ないものだと思うが。まあそれはこれから知っていくとしよう。ところで北郷殿? 茶があれば淹れてほしいのだが───」
「あ、ああ解った。茶のことならじいちゃんに淹れ方を教わったから、多少は上手くできると思う」

 酒を飲んでいるにも関わらずお茶? とも思ったものの、そんな疑問を返すこともなく部屋から出ていこうとし、肩をガシリと掴まれた。
 振り向いてみれば、関羽さん。

「あ、関羽さんも飲む?」
「あ、はい───ではなくてっ! 言った先から断ることもしないでどうするのですっ!!」
「へ? や、べつに俺嫌だって思わなかったし……嫌なら嫌って言うけど、悪いことじゃないだろ?」
「………………」

 ……あ、あれ? なにやら関羽さんが頭抱えて俯いた……?

「なるほど、言い方を改める必要がある。頼まれると嫌と言えないのではなく、嫌と言えるものが多くない……と」
「くっ……こんなところまで桃香さまに似なくてもっ……!」
「え? い、いや、俺が多少の面倒を負うことで誰かが笑ってくれるなら───だだ大丈夫っ、ちゃんと嫌なら嫌って言うしっ!」
「では北郷殿。厨房へ行き、酒を調達してきてはもらえんだろうか」
「管理してる人に事情話せばいいんだよな。解った」
「ついでに肴になるようなものを───」
「ああ、それならお願いして俺が作ってこようか? 多少は出来るつもりだから」
「酒の相手とまでは言わん、話相手になってほしいのだが」
「今日の予定全部こなしたら、その後にでも。ただし、それまではお酒はお預けだ」
「むっ……ではその予定を全て後回しにしろと願われたら?」
「趙雲さんの話が本当の本当に大切なものなら、何よりも優先させるよ。みんなには謝って、なんとか治めてもらう」
『………』

 ……あ。二人して溜め息吐いた。

「……愛紗に代わってもう一度言おう、北郷殿。そんなお主が何故あの曹操殿の傍に居られた……」

 頭に手を当て、はぁああ……とそれはもう重苦しい溜め息を。

「え? や、それは…………なんでだろ」

 利用価値があったとか、そういうことが基準としてあったなら、それでいいんじゃないだろうか。
 あとはそれまでの気持ちや、積み重ねていった事柄が、そういう縁を結んでくれていたってだけで。……いや、だけでで済ますと後が怖いことはよ〜く解っているんだけど。

「改めて訊かれると、返答に困るな、それ……。じゃあ逆に、趙雲さんはどうして桃香の傍に居られるんだと思う?」
「むっ……それは」
「自分が完璧で誰よりも強く素晴らしいから〜とか?」
「い、いや、それはだな」
「星、顔が赤いぞ」
「ふ、ふむ。少し酔ってしまったらしい」
「自分でした質問に自分が返せないのが恥ずかしいだけだろうに」
「……ならば愛紗よ。お主は返せるのか?」
「当然だ。桃香さまが立つ場所、そこが私の居場所だからだ」

 どーん、なんて擬音が聞こえてきそうなくらいに張られた胸が、その自信のほどを表しているようだった。
 ……ちょっと春蘭みたいだーとか思ったことは、秘密だ。
 で、そんな言葉を耳にした彼女は面をきらりと輝かせ、そのくせキッと俺を睨みつつ笑むと……って器用な顔するなぁ。

「そう、それだ北郷殿っ、桃香さまの傍が私の───」

 そのままリピート。しかし、途端に俺と関羽さんからじとーーーっと見られると、一度咳払いをしたのちに“自分の言葉”で話し始めた。

「あ、あう、いやその…………決して間違いではないが、もちろん私が桃香さまの傍に居るのは、だな……」

 当たり前のように傍に居ると、理由を訊かれた時は困るものだと思う。
 現に俺が華琳の傍に居られる理由は、華琳が必要としてくれているからだとしか答えられそうもない。
 何故って、華琳が要らないと言えば、俺は魏を出て行くしかないからだ。
 それは王の下で働く誰にでも言えることで、王の理想とともに生きたからこそ、その理想から出て行けと言われたなら従うしかない。
 でも……従うだけなのはちょっと違うって、言えるものなら言いたいから。

「じゃあ妥協して……“出来ることがあるから”、で……いいかな」
「出来ることがあるから……?」
「ん。もちろん出来ることが無くなったからって追い出されるわけじゃないけどさ。戦の中で深まった絆が理由っていうのももちろんだけど、そこに胡坐をかいて何もしないでいるのは間違いだ。偉い人が言ってたけど世の中には二つの駄目な人種があるって。一つは言われたことしかやらない人間と、もう一つは言われたこともやらない人間だって」
「……つまり、仕事を提供されるままにやっているだけでは駄目な人間であり、その一歩先も出来てこそ、と?」
「はは……俺が言えた義理じゃないけどね。でも、自分で自分の出来ることが見つけられるなら、少なくともそこに居られる理由にはなる。後ろ向きなのか前向きなのか微妙な考えだし、えーと……質問の答えにはなってないかもしれないけど」

 出来ることを探すのは難しい。
 なにせ人間、物事に慣れてしまうと先に進むことをしなくなってしまう。
 与えられればこなしはするけど、自分からこなしに行くことなんてまずしないだろう。
 俺も“出来れば楽なほうへ”と流されやすいし……うん。
 でもその一歩が踏み出せる人は、自分で自分のするべきことの先を見つけられる。そういう人は滅多なことじゃ首を切られたりしないし、むしろ優先的に仕事が回されてきて、その圧力押し潰されてゴシャーン……じゃなくてっ!

「何事もほどほどだね……。頑張りすぎるのも問題だったよ……」
「……? まあ、それは」
「くくっ……くっふふふはははは……!」

 いろいろと破滅の未来が見えた気がした。
 その時の俺の顔がよっぽどおかしかったのか、ただ単に酒が回っているためになんでも可笑しい状況なのか、趙雲さんは声を殺して笑っていた。声を殺して泣くって言葉はよく聞くけどさ……いや、なにも言うまい……。

「はっはっは、まあ小難しい話はこの辺りで終いにしよう。どうかな北郷殿、くいっと一息」
「? それよりも酒とつまみだろ? 今持ってくるから待っててくれな?」
「へぁっ? あ、いやさっきのは───、……北郷殿? 解ってて言っているのなら、少々……」
「やられたままで終わらせるなっていうのが、一応は我が国の暗黙のルールというか。って、勝手に今決めたんだけどさ。あんまりからかったりしないでくれな? 最近いろいろあって、考えすぎなくらい考えてて頭が痛いくらいだ」
「北郷殿は、壁を与えればそれだけ成長する者だと私が勝手に信じている。魏の連中や呉の連中が気に入る理由も、もっとじっくりと理解していくつもりだ。それとは別に、個人として言わせてもらえば北郷殿のような人間は嫌いではない。努力家で他人のために行動が出来る。……なるほど、もし桃香さまではなく北郷殿が、桃香さまと同じ言を以って皆の笑顔のためと立ち上がっていたのなら───」
「星っ! 滅多なことをっ……!」
「やれやれ……言葉くらい許してくれてもいいだろう? 今さら桃香さま以外に仕える気など毛頭無い。蜀という国を愛している。将も兵も民もだ。今さら離れるのは、身を置き過ぎたこともあり非常に億劫だ。そんな面倒なことをする理由もなかろうよ」

 で、また酒を飲んでクハァと一息。
 ……あー、こういった口調で酒って言葉が合わさるだけで、どーして祭さんが頭に浮かぶのか。

「愛紗、お主こそ言っていただろう? 桃香さまの前に北郷殿に会っていたのなら〜とかなんとか」
「ななぁっ!? ……い、いやあれはっ……! たっ、たとえばっ、たとえばの話だっ!」
「ならば私が例え話をすることになんの異議もなかろう?」
「うぐっ……! ぐ、ぐぐぐ……! いやっ! わわわ私のは桃香さまに出会う以前の話をしていたわけであって、星っ! お前の今現在の話とはそもそも事の重大さが───!」
「なんだ、例え話に重大さ云々を持ち出すとはっ。随分と懐狭く堪忍袋の緒が脆いなぁ関雲長よ」
「狭くもなければ脆くもないっ!」
「大きいのは胸だけか。やれやれ、その胸のようにもっと大きなやさしさを抱いてみたらどうだ。武器しか振るえず、料理も作れぬ女では貰い手というものが───おぉ?」
「《ブチリ》……キサマ」

 ……はい、いつの間にか蚊帳の外で二人を見ていた一刀です。
 というよりも女の喧嘩に口を挟むとろくな結果が生まれないと、必死に勉強した結果がこれなわけですが……あ、あのー……趙雲さん? なぜそそくさと僕の後ろに隠れるんでしょうか〜?

「えっとその……ちょ、趙雲さ〜ん……? 今から謝るとかは……」
「む? 戦人に二言はありませぬ。口にしたからには相応の覚悟を以って───」
「相応の覚悟が俺を盾にすることなの!? ていうか嘘でしょ! 二言はないとか嘘でしょ!! 二言を語らない人が誰かをからかえるもんかーーーっ!!」
「ならばその理想の極みは曹操殿ということになるのですかな? なるほど、では北郷殿はそんな存在が好きだと」
「そういうのじゃないからぁっ! って、え!? なに!? どうしてこんな時に敬語なの!? 盾にしてるから!? そんなのいいから盾にするのをやめません!?」
「……北郷殿、私とて一人の女。男に守られてみたいとは常々……《ソソッ……ぴとっ》」
「くっつかないでぇえええーーーーっ!! やややややや話し合おう関羽さん! いろいろ言ったのは俺じゃなくて……っ! い、いやこの場合は確かに男なら守るべきところなのかもしれないけどっ! え!? むしろこんな自分とは関係ないところから発生した諍いまで治めてこそ男なの!? 男って損な生き物っ……! じゃなくてあぁああああどこから出したのその偃月刀! いつものことだけど、って趙雲さん!? 今笑った!? 笑ったよね今! 人を盾にしておいて───あっ、いやっ、待っ……あ、あーーーーーーっ!!!」

 ……そこからの記憶は、実はよく覚えていない。
 ただ必死で、何故巻き込まれなきゃいけないんだと思いながらも目の前の鬼神から逃げることで頭がいっぱいで。
 聞く話によると、なんでも俺は趙雲さんを背に負ぶったまま鬼神様から逃げ回っていたのだとか。
 ……ええとまあその、そういう話が外から聞かされるってことは、部屋を飛び出て逃げ回っていたということで……あとで趙雲さんに言われました。「降りられぬ状況で城内を駆け回られるのは、ある意味軽い拷問だった」と。
 ちなみに俺は趙雲さんを庇ったことについて関羽さんからお小言をたっぷりと頂き、やはり正座だったりした。
 もうね……拷問はどっちだよぉお……って泣きが入ったよ……。




ネタは特に無しですね。 葛藤は書き始めると長いですが、書ききらなきゃ半端になるのでじっくり書きます。 違和感についてはもうちょっと引っ張るのがプロットとしてありましたが、 えーとそのー……あのですね? その頃、某京都アニメーションで八回繰り返す無駄なアニメがありまして。 その時の主人公の男性の気づかなさにモヤモヤ〜〜っとこう……。 そんなこともあって、少し気づくのを早めました。 若干の予定変更もありましたが、大筋に問題はありません。 Next Top Back