53/“いつもの”になってゆく日々

 将らの朝は早い。
 起きて早々にドタバタ走る者から、足しげくとある女性の部屋に通って朝を報せ、自分の仕事をほったらかしで執務室に張り付く者から、いろいろだ。
 俺はといえば、早朝とも呼べる頃から起きだして、水を一杯もらったのちに中庭に出て軽く体操。食事時になるまではまだ覚醒していない体を動かして、途中から起きだしてきた鈴々も混ぜての運動をした。
 ……といっても、すぐ傍で黙々と付き合ってくれている思春も居るんだけど。
 お願いだから気配を殺したままでず〜〜っと後ろに居るのは勘弁してもらいたいんだけど。どうせならきちんと一緒にやりたいし。

「にゃむにゃむ……んー……まだ眠いのだー……」
「食事時までによくお腹を空かせておけば、もっと美味しく感じられるぞ。運動後、すぐに食うのはよくないっていうけど、それはダイエットしてる人に限ったことだって勝手に認識しよう」
「だいえと? また難しい言葉が出たのだ」
「ああ、ダイエットっていうのは、太っている人や、痩せているけどもっと痩せたい人がする行動のことだよ。食事を減らしたり運動をしたりと、いろいろ大変みたいだ」

 手首足首を曲げ、伸ばし、体の隅々に血液を送るイメージで体操。
 部分部分の柔軟が終わると酸素をよく取り入れて、次の部位へ。

「? ごはんはいっぱい食べたほうがいいのだ」
「そうだなぁ。けど、それを諦めてでも痩せたい人っていうのは居るから、あまりそういうことをハッキリ言わないほうがいいぞ?」
「んー……よく解らないけど、解ったのだ」
「ん、よしっ」

 納得してもらったら再び体操。
 にししと笑う鈴々とともに、今度はゆったりとした動きで体に持久力を思い出させてゆく。
 足を上げようともバランスを崩さぬように、芯は常に大地とともに。
 さすがによく鍛えられているのか、鈴々は高い位置まで足を上げてもフラつくこともない。
 しかも体が柔らかく、よく曲がる。一瞬子供だからかなーと考えたけど、それは失礼だな。きっと鍛錬のたまものだ。

「おや。朝から城の一部だけやけに暑苦しいと思えば」
「? 星なのだ」
「やっ、趙雲さんおはよう、いい朝だね」
「うむ、おはよう。何をもっていい朝だと決めるのかは解らんが、なにやら私もそう思うから賛同してふあああああひゅひゅひゅ……」
(……ねぼけてるのだ)
(……ねぼけてるな)

 朝、弱いんだろうか。
 欠伸をしたのちにふらふらと歩き、体操をする俺達の横にとんと立つ。
 すると途端に俺達の行動の真似を始め、そうする頃には目がキリッとしたものに───! ……あ、やっぱり眠そうだ。

「食事前に運動とは。なるほど、けだるい朝の体には丁度の良い喝だ」
「血のめぐりをよくするためだったんだけどね。一度始めると体が起きるまでやりたくなっちゃってさ」
「おなかすいたのだ〜……」
「はは、うん。たぶんもうちょっとだから、頑張って鈴々」

 言いつつも続ける。
 動きは普通の速度に戻り、ラジオ体操的なものに。
 通路からよく見えるのか、気づけばちらほらと将のみんなが集まり、その場は体操に参加する人や傍観する人で溢れていた。
 視線も参加もどんとこいだ。見られようが参加しようがそのまま続けて、一度した行動を繰り返す。
 いい加減体も暖まり、ほぐれてきたところで誰かが「そろそろ朝食ですよ〜」と言って、体操は終了。
 朝の体操にしてはやりすぎた感もあるものの、目は完全に覚めたので問題はない。
 みんなでワイワイ騒ぎながら厨房までを歩き、食事を摂って、訪れる場所は再び中庭。
 桃香や朱里や雛里には「後で手伝いに行くから」と伝え、すこ〜しだけ体を動かす。
 ……と、そこに視線を感じて、ちらりと見てみれば……通路の欄干に肘をつき、ぶすっとした顔で俺を見ている馬超さんを発見。
 お、怒ってる? 昨日の歌の時点で少しくだけてくれたかなーとか思っていたけど、甘い考えだったのでしょーか。

「………」
「………」

 少し緊張しながらも軽く胃を揺らす運動をする。
 激しい運動は脇腹を痛める原因になるけど、軽く揺らす程度ならばむしろ消化吸収を助けてくれると聞いたことがある。
 だからこそ、ゆるゆると運動していたんだが……そこへ、中庭の草をさくさくと鳴らすながら歩いて馬超さん。
 ぎょっとしそうになるのをなんとか押さえ、運動をやめた俺の前に立つ彼女を「?」と疑問符を浮かべつつ見つめる。

「……あのさ。その……食ったばっかりでそんなに動くと、腹の横とか痛くなるから……その。やめとけって」
「……エ?」

 相変わらずぶすっとしたような顔だったけど、口にしてくれたのは……なんだか暖かい言葉だったりした。
 あれ? どうして俺、こんなこと言われてるんだろ。と、そんな疑問が顔に出たのか、馬超さんは少し慌てた風情で口早に話してくれる。

「あ、いやっ、とと桃香さまから聞いたんだよっ。お前はたしかに魏の連中全員とその、かかか関係をもったかもしれないけどっ、それはきちんとした気持ちであって、浮ついたものじゃないって! だだだからそのっ、勝手に否定して勝手に帰れって言ったことを……その……」
「………」
「その……わ、悪かった! 何も知らないのにエロエロ大魔神とか言ったりしてっ! たんぽぽからも、自分がしつこく訊いたからだって聞いたし───と、とにかく悪いっ!」
「…………えーと」

 予想外再び。
 まさか謝られるとは微塵にも思っていなかった。自分自身、馬岱にいろいろ話した時点で“やってしまった”って感があったのに、そのことをまさか馬超さんに許されるなんて。
 どう返していいか解らず、しばらくぽかーんとしていると……傍から見れば拝み倒すような仕草にも見える風情(頭を下げた顔の前で手を合わせ、目を閉じるといった風情だが)の彼女が片目をチラリと開き、ぽかんとしている俺の様子を伺った。
 それでなんとか意識もハッと戻ってきてくれて、慌てながらもきちんと返すことに成功。

「あ、あぁははは、うん、大丈夫。むしろこっちが悪かったって言いたいくらいだ。迫られたからって、誰かに話していいようなものじゃあなかった……ごめん」
「………」
「? え、えぇと、なにかな」
「へっ? あ、いやっななななんでもっ!? とととにかくっ、これでお互いわだかまりは無しってことで! 改めて、モノ食べたあとにそんなに動くとだなっ……」

 あっさり許したとかあっさり謝ったからとか、そういうことが関係しているのかポカーンと停止していた馬超さんだったけど、ハッとすると口早に脇腹解説をしてくれる。
 しかしながらと、「腹が痛くなるまでじゃなく軽く運動する分には、消化を助けて太りにくくなるんだよ」と教えると、急に真面目な顔になって……参加した。

「かっ……勘違いするなよっ!? あたしはただ、急に運動がしたくなって……!」
「ん、付き合ってくれてありがとう」
「……うぅ」

 呉でも、誰かが鍛錬の付き合いをしたり、指導してくれたりしていたからだろう。一人で鍛錬するっていうのがしっくりこなくなっている自分が居る。
 思えば日本に居た時もじいちゃんが教えてくれていたし───なるほど、そう考えればそもそも一人での鍛錬は最初から肌に合わないものだったのかもしれない。

「けどお前、いつもこんな朝早くから一人っきりで鍛錬してるのか?」
「え? いや、思春───甘寧も一緒だけど?」
「甘寧? どこに居───」
「……すぐ横だ」
「《ビクゥッ!》うわぁあっ!!?」
「《ひしっ!》うわっ!?」

 すぐ横で声をかけられた瞬間、思わず逃げ出すようなカタチで俺に抱き付く結果となった馬超さん。
 彼女自身、俺にしがみついていることに気づいていないのか、「居るなら居るって言えよぉおっ!」と思春を睨みながら叫んでらっしゃった。
 そもそも馬超さんが俺の隣で運動しようとしたから、思春が横にずれて間を空けてくれたんだけど……うん、やっぱり普通じゃ気づけない。
 最近になってようやく少し……本当にすこ〜〜しだけ気配に慣れてきたから“そこに居る”って事実だけは解る俺から見れば、視界の中に確かに居るのに見えないっていうのは、もはや技術というより魔法めいたものなにかだ。
 蓮華に言わせれば、「常に誰かに見られているというのは、向上心を持つ者にとってはありがたいものよ」、だそうなんだが。
 確かに誰かに見られていると思うと、手抜きなんて出来ないだろうし……それが例えば自分が恐怖する相手だったりすれば、なおさらだ。もちろん俺も、蓮華の考えにはまったく同じ考えを持っていたわけで。
 ……い、いや、僕はべつに思春が怖いって言ってるわけじゃなくてデスネ?
 ただ、傍に居てくれるなら、気配を消さずに一緒に頑張ってくれたらなーと思うわけで。

「………《そろり》」

 しかしながら今重要なのはそこではなく……いや、そこも重要だけど、なによりもまずすべきこと。
 それは……服にしがみついている誰かさんに気づかれないよう、このしがみつきから逃れることで───このぎゅ〜〜っと握られた僕の服を、なんとかゆるりと逃がして…………無理ですね、はい。
 だったらここで上一枚を脱いで……無理。

「……あの。馬超さん」

 なんとなくこのあとがどうなるのかを予想できる自分が悲しいけれど、言わないわけにもいかず。
 コホンと咳払いをすると……俺と、自分がどういう体勢でいるのかを確認した彼女に再びエロと言われるまで、時間はそう必要じゃあなかった。


───……。


 さて、そんなこともあった日の昼のこと。
 我ら結盟軍(桃色な結盟だが)の力を以って桃香の手伝いを終わらせた俺は、顔を少し引きつらせた桃香を連れて中庭へ。
 なんのことはなく三日経ったから鍛錬しましょという状況なのだが、繰り返して言うのもなんだけど、桃香が微妙な顔をしている。

「はははっ……筋肉痛にはもうなりたくないか?」
「へぁっ!? あ、ううんっ、頑張りたくないわけじゃなくてえっと……あの……う、うん……」

 大変正直でした。
 そうだね、好きこのんで筋肉痛になる人、居ないと思う。
 そうしなくても鍛えられるのであれば、よほどのことがない限り誰もがそれを望むだろう。
 しかしながら筋肉痛になれば、それだけ鍛えているって実感が沸くものだから、慣れてくると“今回も頑張ったな”って思えてくるんだけど───……最初からそれを望むのは酷か。

「あ、で、でも、やるって決めたから頑張れるよっ? 途中で投げ出したり諦めたりしたら、それこそ華琳さんに怒られちゃうもん」
「……そうだな。じゃ、今日も頑張ろう」

 “華琳に怒られる”か。
 あれから手紙を出したけど、華琳はどんな反応をするだろう。
 怒るだろうか、呆れるだろうか。
 それとも───やっぱりどこまでいっても一刀ね、なんて失笑なさるのだろうか。
 計画実行の根回しにならないためにと思いながら、結局他人任せな自分が情けない。
 命令無しに動けない人たちは、いつもこんな気分で動いているんだろうか───そんなことが浮かんだ頭を軽く振るいながら、桃香や思春とともに準備運動を始めた。

  ……いや、桃香と思春だけだったはずなんだけどね?

「………」

 念入りな準備運動をしていたら、いつの間にやら人が増えていた。
 それは馬超さんだったり文醜さんだったり、魏延さんだったり馬岱だったりと……あ、あれー? どっちもやたらと競い合って運動してるんだけど……蜀ってもっと仲良しで徳と仁に溢れた国じゃあなかっただろうか……?

「馬の扱いでは負けるけど、足でならあたいが勝つっ!」
「ぬかせっ! 馬でも足でもあたしが勝つっ!」
「力ば〜っかりが自慢の脳筋じゃあたんぽぽには追いつけないよ〜だっ」
「なんだとこのっ……! 小回りが利こうと歩幅ではワタシが勝る! 所詮背の小さなお前では、一歩を先んじることは出来ても勝つのはワタシだ!」

 城壁の上を競って走る馬超さんと文醜さん、その後ろをギャースカ騒ぎながら走る馬岱と魏延さんを中庭から見上げ、蜀という国の在り方を少しだけ考えた。
 まあ……これも仲良しの証なのかな。

「思春ちゃん、これの次は……こうだっけ」
「はい、桃香さま。体をよく伸ばし、さらなる運動に耐えられる体を───」

 中庭でも桃香と思春が運動中だし。
 一人余った俺は俺でリハビリも兼ねて、木刀片手に素振りの練習。
 右手に持った木刀をゆるゆるジリジリと持ち上げる……だけなのだが、これがまた辛い。
 負荷をかけることでさらなる強度を〜とか考えているわけだが、まずはきちんとくっついてからやるべきなんじゃないかなぁとか思い始めている。
 単に今まで鍛えてきた部分が弱ってしまうことを実感したくないだけなんだけど。

「桃香、どうだ? 三日前よりは出来てる実感、あるか?」

 そんな焦る心も一呼吸で落ち着かせて、腕を大きく上げて背伸びの運動をしている桃香に語りかける。
 前回の時はこの辺りですらぐったりしていたのに対し、今は───

「はぅうぇえええ〜〜〜〜……」

 ……ぐったりだった。
 運動のあとのリラックスとして取り入れた背伸びの運動らをする桃香は、目をきゅっと瞑りながらプルプルと腕を伸ばし、伸ばし終えると「ぷあっ! は、はぅうう〜〜……」と。聞いているこっちが申し訳なくなりそうな苦しい声を出していた。
 そりゃそうか、たった一回でそんな簡単に強化されてたら、さすがに努力する人の立つ瀬がない。

「終わった?」
「う、うん……なんとか……」

 けれど三日前とは違い、そのまま倒れて動けなくなる、といったことはなく───実際僅かではあるが、効果は出ていると感じられた。
 ……正直に言うなら、ふらふらで今にも倒れそうだけど。

「じゃあ、軽く氣の練習でもしようか。俺も腕がこんな状態だから、そのリハビリも兼ねて」
「……? りは……?」
「ああえっと。怪我をした部分がちゃんと機能するように〜って、少しずつ慣らしていくことを、天ではリハビリって呼んでるんだ。俺の場合は綺麗に折れてるから、くっつくこと自体が早かったしさ……」

 なにより特殊な氣とやらのお陰で、本来なら完治にはもっとかかるような傷なども早い段階で治ってくれる。
 その恩恵なのか、骨がくっつくことも速かったし、華佗が鍼を通してくれたお陰で痛みもない。負荷をかければそりゃあ当然ってくらいに痛いけどさ、それは当然だから仕方がない。

「じゃあ……思春、手伝ってもらっていいかな」
「ああ」
「?」

 桃香を木の幹まで連れ、そこに座ってもらうと……俺が桃香の右、思春が桃香の左に座り、片手ずつを手に取る。
 桃香は「? ?」と疑問符を飛ばしまくっているけど、つまりはアレだ。冥琳を救った時と同じ方法。あ、いや、べつに俺の氣を桃香の氣に変換させて送るとかじゃなく。
 逆に自分の氣を桃香に似せて、桃香の氣を自分側に引っ張る。前回の時と同じ方法だな。

(ん……)

 集中。
 桃香の中に眠る氣を引き出すイメージ。
 彼女の手に触れている自分の手は、あくまで彼女自身のものと意識して、誘導、誘導、誘導……。

「………」

 ちらりと見ると思春も同じく集中していて、しかし俺と目が合うとフンとそっぽを向いてしまう。
 そんな様子に桃香がやっぱり首を傾げたあたりで、彼女が多少はリラックス出来たからだろう。
 ひゅるんっといった感じに桃香の奥底から昇ってきた氣が、彼女の右手と左手に集い、栗色のやさしい輝きを見せた。

「……! わ、わ……すご《ぽしゅんっ》はうっ!? ……き、消えちゃった〜……」

 しかし桃香が喜んだ途端に霧散。
 彼女の喜びは氣の集中には向いていないんだろうか。

「まあまあ。こればっかりは気長にやるしかないって。俺でさえ出来たんだ、桃香もきっと出来る」
「……う、うん、頑張るね」
「………はぁ」

 励ます俺と、励まされた桃香。その横で、「またこの男は……」と溜め息を吐く思春さん。
 けれどその溜め息を吐く口調も、どこかやさしく感じられたのは……自分の心境の変化から来たものだと受け取ってもいいんだろうか。

「よし、じゃあもう一回だ。桃香、今度は喜ぶよりもまず、自分の氣に集中してみてくれ。引き上げたもの、自分の手の中にあるものを自分なりに感じる練習から始めよう」
「氣を感じる…………うん、やってみる」

 もう一度集中。
 再び桃香の氣を自分のもとに導くように彼女の奥底から引き出し、手に集中させる。

「……落ち着いて。集中、集中……」
「う、うん……」
「強張らず、力をお抜きください。氣を特別なものとして考えず、自分の中にあって当然のものとして受け容れてください。それは元々、桃香さまの中にあったものなのです」

 俺の言葉に頷き、思春の言葉に小さく息を飲み、脱力を。
 深呼吸を繰り返し───…………手に集う氣に向け、やがて小さく微笑みかけてみせた。

「……あったかい……」

 成功だ。
 元々素質はあったのか、それとも単に俺に錬氣の才がなかったのか。
 桃香は二回目の集中で氣を受け容れることに成功。
 一度自分の内側に戻してみせると、もう一度手に集中させてみせた。
 俺も凪に“素質がある”とか言われたけど、準備運動で筋肉痛になる桃香がこれだ。
 この世界を……乱世を王として駆け抜けてきただけあって、そこらへんの素質はあったってことか。

「じゃあ桃香、立って剣を振るってみて」
「え? えとー……急に剣の修行なのかな……も、もうちょっと体をほぐしたほうが、その〜……」
「はは、剣術鍛錬をするわけじゃなくて、ただ振ってもらいたいんだ。氣ってものの凄さが解ると思うから」
「……?」

 立ち上がり、剣を…………持ってないから、俺の木刀を「ほら」と渡す。
 木刀の中でも重いそれを、ひょいと受け取った桃香は、「?」と首を傾げつつもそれをブンブカと振るう。

「へぇ〜……重く見えるのに、軽いんだねこれ」
「そっか、そう感じるか。じゃあそのまま氣を内側に戻してみて」
「? う、うん……?《かくんっ》へわっ!?」

 ス……と栗色の輝きが手から消え失せると、持っていた木刀とともに体を前傾させ、へたり込む桃香がいた。
 普通に持てるはずなんだが、急なことに驚いたんだろう。目をパチクリと瞬かせて、自分の手と急に重くなった木刀とを見比べている。

「え、え……? これが……氣?」
「そう。上手く集中出来れば、身体能力を軽く支えてくれる。もちろん重いものが軽く感じられるってことも“多少”程度にしか作用してくれないけど、あとは鍛錬あるのみってことで───……えと、桃香〜? 聞いてるか〜?」
「〜〜〜♪《ブンブンブンッ!》」

 楽しげに木刀を振り回す桃香に、内心ハラハラしながら語りかける。
 もしあれがすっぽ抜けでもしたらと思うと、いったい自分はどれほどの金額を弁償しなければ……! じゃなくて、すっぽ抜けて誰かに当たったら大変だ。

(けど……ちょっと複雑)

 自分は二度目三度目を成功させるのに、随分と苦労したんだけど……誘導したとはいえ一回……一回で成功か。
 凪……世界は広いなぁ。
 俺なんて、手に集中したところで光さえ灯らなかったのに。

「じゃあ次は足にそれを移動させる。氣の移動が出来るようになれば、あまり疲労せずに走れるようになるから」
「え? じゃあお兄さんや鈴々ちゃんや思春ちゃんがあんなに走ってたのって……」
「いや、あそこまで走るには地力ももちろん必要になるよ。氣を得たからって氣だけに頼ってると、逆に体が動いてくれなくなるから。だから、氣は送り方や集中の仕方さえ解れば鍛錬中は使う必要はないと思う。使うのはむしろ体自体で、氣は三日間の休憩の時に使うようにする」
「ふぇええ〜〜……お兄さんはそれをずっと続けてるの?」
「呉に着いてから少しずつ始めたものだから、まだまだだけどね。多少強くなったつもりでも、まだ一回も勝ててないし……は……はは……」

 蓮華には一度だけ勝った……けど、あっさり返されたのも事実。
 常勝出来るようにとまでは言わないから、せめてもっとねばれるくらいの力がほしい。
 ゆくゆくはみんなを守れるくらいの……そう、みんなに“支柱”として受け容れてもらえるくらいの力を。

(力だけで認めてもらうようなものじゃないだろうけどさ)

 それでも頑張らなきゃウソだ。
 重大なものを背負うのならば、背負えるだけの覚悟と努力を。
 トンッと胸をノックして頷くと、思春と桃香とともに氣に慣れるための鍛錬を始めた。
 扱いに慣れてからは、ただひたすらに自身の強化を。
 扱い方が解らないんじゃあ、三日間の休憩中で氣を使うことなんて出来ないからね……。


───……。


 そうして鍛錬を始めること数時間。
 時は昼を通り過ぎ、夕刻へと向かってゆく。
 その頃には将の様々が自身の仕事を終えて戻ってくるのだが、中庭っていうのはどうしても目に留まるものなのだろう。
 蜀の王が鍛錬をしているところを目に留めると、皆が一様に足を止め、歩み寄ってくる。

「そうそうっ、相手からは目を離さないっ! 相手の目を見ることも忘れないっ! 目で行動を読めることもあるからっ! だからって目ばっかり見てるとフェイント……目の動きを利用して裏をかかれるから気をつけるっ!」
「はっ、はっ……! は、はいっ!」
「いや、“はい”はやめてってば桃香!」

 氣とともに散々と体を動かした桃香は、自分の体が疲れにくくなっていることに喜びを見せ、燥いでいた。
 氣で体を動かす───筋肉を酷使することがないために疲労も少ないって教えたら、それを覚えてみたいと言った桃香。
 彼女にそれらを教えて、実際に誘導しながら覚えてもらったのがついさっきなんだが、次は剣を振るってみたいと言ったからさぁ大変。
 「俺が扱うのは受け売りばっかりの剣術だけど、いいか?」って俺の言葉ににっこり笑顔で頷いた彼女を前に、俺がした行動はといえば───もちろん“剣を振るうための準備運動”。
 「え……えぇええ〜〜……?」と、もう準備運動は嫌と言いたげな風情に、準備運動の大切さをみっちり叩き込んだらいよいよ本番。
 木刀を持って受けへと回り、振るわれる模擬刀を逸らして躱して、現れる隙のことごとくを突く。もちろん寸止めだ。

「剣は当てるだけで傷になるから、断ち切るんじゃなく切りつけることを意識することっ! より速く、より正確に、けど同じ動きは極力しない!」
「はぁっ……はぁっ……う、うんっ!」
「動きは細かく、隙は出来るだけ殺していく! そして……自分が振るうものは、どうであれ“力”であることを自覚する! それが出来ない人に剣は似合わない!」
「───! っ……はぁっ……ふぅっ……! ───うんっ!!」

 キッと目つきを変え、桃香が迫る。
 言われた通りに動きは細かく、“傷つけるため”の撃を向けてくる。
 それを避けて弾いて躱して返して……悉くを受けず、彼女が剣を握れなくなるまで捌ききった。

「かはっ……はっ、はぁっ……! はぁっ、はぁっ……!!」
「うん、お疲れ桃香。じゃあ最後に柔軟体操をして終わりだ。マッサージ、忘れないようにね」
「はぁっ、はぁっ……はっ……は、あぁ……っ、はっ……」

 返事をする気力すら残ってないらしい。
 いやむしろ、氣を使い始めたばっかりなのにこれだけ出来るほうがどうかしてる。
 やっぱりこの世界の住人と俺とじゃあ、基本能力とかが違うんだろうなぁ……。
 そう思いながらちらりと見れば、息を荒げながら中庭の草の上でこてりと倒れている桃香さん。
 あー、なんか祭さんと対峙してた俺って、こんな感じで倒れてたのかなーとか思ってしまうのは仕方がないことだと思う。
 少しだけ、ほんの少しだけ微笑ましい気分になりつつ、休憩を取ってから柔軟運動をと……思っていたのだが。

「待て」

 何処から出したのか、巨大な棍棒のようなものを肩に担いだ魏延さんが、桃香を木陰に運ぼうとする俺の前へと待ったをかけてらっしゃった。

「お可哀想に……こんなになるまで“無理矢理”こんな男の我が儘に付き合わされて……。貴様、覚悟は出来ているんだろうな」

 ゴファォオゥウウンッ!! ……などと、多少距離があっても耳に残る巨大な物体特有の重苦しい音。そんな音が勝手に鳴ってしまうようなものを片手で平然と振り回して、魏延さんは何故か俺を睨んでおりました。
 ……え? む、無理矢理だったの?
 そそそそりゃあ確かにちょっと無茶させたかなーとは思うけど、自分の経験上ではこれくらいやらないと底上げになんてならないと判断したわけであり、そのぉおお……!?

「ワタシが桃香さまに代わり、貴様を討つ! 覚悟するがいいエロエロ魔神!」
「えぇええええっ!? いやあのっ……えぇっ!?」

 バババッと先ほどまで文醜さんと競って鍛錬をしていた馬超さんを探す。
 と、城壁の上から俺達を見下ろしていた馬超さんが、発見した俺と目が合った途端に物凄い速度で視線を逸らすのが見えた。
 あのー、嫌な噂でもお流しになられたのでしょうか、馬超さん……?

「……戦う理由が無いんだけど」
「ワタシにはあるっ!」

 どずんっ! 軽々しく振り回され、地面に立てられた鉄製(?)棍棒が、中庭の大地の一部をへこませた。
 その際に、ミミズの畑中さんが潰され、その生涯を終えることになった……とか、わけの解らない状況に置かれたためか考えて、俺は───

1:たたかう(正々堂々、試合開始!)

2:とくぎ(無理だと思うけど話し合い)

3:ぼうぎょ(彼女の一撃を耐えられるか、今こそ試す時!)

4:にげる(重いものを持ってるなら逃げ切れる……? いや、なんかダメそう)

 結論:2!

「あの」
「うぉおおおおおおおっ!!!」
「キャーーーーッ!!?」

 問答無用でした。
 グオオと振りかぶられ、力を溜めた一撃を疾駆とともに繰り出す魏延さん。
 それに対して、俺は素直に悲鳴を上げて───なんとか躱す!

(う、わっ……! い、今ゴフォオオンって……! ご、ごゴごごゴゴ、ゴフォォオゥンって……!!)

 目を前をよぎる巨大な得物というのはそれだけで恐怖になる。
 癖を克服するためとはいえ、目を閉じないようにカッと目を見開いていたために、その恐怖もひとしおだ。
 ああっ……俺の言葉じゃあ止まってくれないなら誰かに止めてもらいたいのに、むしろみんな興味津々顔で見てらっしゃる……!
 思春はっ───あ、なんかもう“いつものことだろう”って顔で溜め息吐いてる! し、思春さん!? それはいくらなんでもあまりじゃあ!?

「魏延さん!? 桃香が疲れているのは鍛錬をしたからであって! 疲れない鍛錬になんの意味がありましょうか!?」
「黙れ色欲魔人め! 翠から聞いているぞ、貴様は女と見れば見境無く手を出し、襲い掛かる男だと!」
「ちょっと馬超さぁああああああああああああん!!!?」

 声帯の許す限りの大絶叫! キッと涙混じりに見上げた城壁の上では、わたわたと慌てる馬超さんが居て《ゴフォゥンッ!!》ヒィッ!?……ってダメだぁあっ! 別のことに意識を向け続ける余裕無い!
 今掠った! 少しだけ掠ったよ頬に!

「なんだっ! 違うとでも言うつもりか!?」
「違っ───………………み、みみみ見境無しなんかじゃないし襲い掛かりもするもんかぁああっ!!」

 違うときっぱり断言出来ない自分に、涙が出るほどのダメージがざくりと……!
 それでも振るわれる攻撃を避けて避けて避け続け、出した結論のもとに説得を続けるんだけど───あ、なんかだめ、そもそもまともに聞いてくれてない気が……!
 けど、説得できないから力で解決って、それでいいのか? 俺は───

「魏延さん! 足で勝負だ!」
「なに……?」
「城壁の上を走り続けて、勝ったほうが桃香を介抱する!」
「ふんっ……武では敵わないと見て足で勝負か。随分情けない判断だな」
「情けなくても力以外でも解決してくれるなら、俺の格好がどうだろうと関係ないよ。俺はただ、最後に笑顔があってくれればそれでいい」
「………」

 力で解決すべき世界は華琳が治めてくれた。
 そしてこれからも、治めていてくれるだろう。
 そんな世界にあって、俺達が出来ることといったら……その“力”の支えとなるべつの力になること。
 やさしさや笑顔、守りたいって心や救いたいって気持ち。そういうのを以って、力以外の何かになることで、覇王を支える。
 “力”が揃っているのに、自分までもが力で治める者になる必要なんてきっとない……ああそうだ、桃香の言う通りだ。
 かつては華琳に“力以外”を否定され、叩き折られたかもしれないけど───今なら、それも無駄なんかじゃないって笑顔で言える。
 そんな世界を彼女が治めているなら、胸を張っていけるはずなのだから。

「……だめだ。貴様がそれを言うなら、まずワタシに“力”を見せろ」
「力を……?」
「そうだ。桃香さまは曹操に立ち向かい、“力”を以ってして折られた。その曹操の傍に立っていた貴様が“守ること”を、“笑顔”を口にするなら、桃香さまと同じく示してみろ!」
「───…………」

 衝撃。
 それは確かにそうなのかもしれないが、まさか真っ向から言われるとは思わなかった。思ってもみなかった。
 けど、華琳は何も、ただ力を示したかったわけじゃない。
 彼女にだって守りたいものは山ほどあったし、それを守る術が力だと理解していたから“叩き潰し、膝を折らせてみせなさい”と言った。

「折られるわけにはいかない。だからって、そこから逃げてちゃ結果は変わらない。───解った、俺は示すよ……力を。負けてもいいなんて気持ちは微塵も持たない。魏も呉も蜀も、どこの意思も今だけは関係ない。俺は俺の意思と覚悟を守るために、俺だけの“力”を示す」

 力ってなんだろう。自分を鍛える傍ら、時折に考えた。
 自分の迷いに気づいてからは向き合っていたつもりだけど、それでも足りないもののほうが多くて……何に手を伸ばせばこの気持ちは晴れてくれるのか。悩むことが増えただけで、いい気分にはなれなかった。
 けど今は───魏のことや華琳のこと、呉で学んだことや蜀でこれから学んでいくこと、様々なものを抜きにして……自分の覚悟を貫く時だ。
 もう、国を言い訳には出来ない。誰かを言い訳には出来ない。

(“自分を持って”、か……雛里には随分偉そうなことを言っちゃったよな)

 持ててなかったのは自分も同じだ。
 だからこそ今、自分として力を示そう。
 国に返していくのなら、国に依存するのではなく自分として立ってみる。全てはそこからだもんな。

「ああ、もう……随分長かったな、スタートライン……」

 マラソン大会の出発地点……じゃないな、受付がどこにあるのか解らなくて泣きそうな感覚……ってのがもしあるなら、こんな感じ?
 いやいい、うだうだ考えてないで、とっとと覚悟を決めてしまえ、北郷一刀。

「《トンッ》……覚悟───完了」

 胸をノックして、魏延さんを見る。
 その後ろで、ちゃっかりと桃香を介抱している関羽さんが、俺が胸をノックするのを見て穏やかに笑っていた。
 あの。介抱するかどうかでもめてるのに、それはマズイんじゃあ───そんなふうにハラハラしている俺とは逆に、俺のことを叩きのめしたい一心なのか、やたらとギラついた目で俺を……俺だけを睨む魏延さん。

「………」

 戦う覚悟は決めたものの……生きて中庭を出れたらいいなぁと、随分小さな夢を胸に抱く僕が居ました。
 「貴女の後ろで、貴女にとってとんでもないことが起こってますよ〜」と言っても、「ワタシを油断させるつもりだろうがそうはいかんっ!」と言われた時点で、俺にはもう遠く眺める空の蒼が眩しすぎたのだ。
 しかしながら、覚悟を決めたのなら貫く意思を。
 深呼吸をしながら木刀を左手で持ち直すと、未だ癒えきらない右腕を軽く添えて構える。

「叩き潰される覚悟は出来たか?」
「ごめん、“それは”出来てない」
「だったら今のうちにしておくんだな。ワタシが貴様を叩き潰す前に」

 振り上げた棍棒(金棒のほうがしっくりくるか)を頭上で回転させたのち、中庭の地面にどごぉんっ! と振り下ろす魏延さん。
 うん。言葉通り、叩き潰されるとたたじゃ済まない……むしろ死ぬ。 

「どこからでも来いっ」

 それを俺への牽制としたのか、持ち上げた金棒を今度は腰に溜めるように構え、余裕の顔で俺を睨みつける。
 片手で軽々と……だもんな。本当に、この世界の女性はとんでもない。

「すぅ───フッ!《ダンッ!》」

 ならば躊躇なく攻撃も出来る。
 力云々を考えるよりも、全力を出し切らなきゃ相手にもならないだろう。
 地面を蹴り弾き、前に進むとともに決められる覚悟を幾度も幾度も決めてゆく。
 最初の一度で全てを受け容れられるほど、自分が強いと思ったことなど一度として無い。
 魏延さんがそんな俺に合わせて金棒を振るうまで、いったい幾つの覚悟を決めたのか。
 戦う覚悟、逃げない覚悟、武器を振るう覚悟、振り切る覚悟───数えたらキリが無い。

「はぁっ!」

 右の腰に溜められ、右手で振るわれる金棒。
 左側から襲い掛かるそれは見事に俺の疾駆速度に合わされていて、このまま馬鹿正直に進めば丁度いいくらいに左半身を潰されそうだ。
 そういった心配を、両足に込めた氣を爆発させることで一気に掻き消す!

「! ちぃっ!」

 祭さんとの手合わせの時にもやった歩法。
 足に込めた氣を爆発させて、一歩で一気に距離を潰す方法を以って魏延さんの懐へと潜り込む!
 だが魏延さんは舌打ちをしただけで、そのまま金棒を振るい───俺が木刀を当てるより先に、“武器に力の乗り切らない状態”で俺を無理矢理吹き飛ばして見せ───ってうぉおおおおおいっ!!?

「ちょっ……!?」

 まるで腕でホームランをされた気分だ。
 蓮華の時のように木刀の腹を喉に当てて決着、なんて上手くいくはずもなく、近寄った分だけ殺されるはずの攻撃範囲の内側の力だけで、俺は宙を舞った。

「《だたんっ》っとわっ……!」

 なんとか着地はしたものの、改めて彼女の腕力に冷や汗をたらした───なんて考え続ける余裕も与えてくれないらしい彼女は、俺が着地するより早く走っており、横薙ぎ一閃に振るわれた金棒がもうすぐそこに!
 ソレに木刀を当て、逸らそうと───したんだけど無理! 無理だこれ重すぎ!

(飛んでくるのが軽いものならまだしも、バットで巨大鉄球は打ち落とせないって!)

 鈴々の蛇矛のように、この金棒に比べれば細いものなら逸らしようもあるが───無理! うん無理!
 そう判断するや、木刀を当てたまま金棒が向かう方向へと全力で地面を蹴って跳躍。
 殺しきれない衝撃と自分の跳躍の勢いとで派手に吹き飛ぶが、それを丁度のいい気持ちの切り替えの時間に利用させてもらい、視界の先から走ってくる魏延さんへと自らも疾駆。
 姑息な手など一切無しで正面からぶつかり合い、当然の如く吹き飛ばされ、それでも体勢を立て直すとぶつかりゆく。
 相手の動きを知って、戦いの中でだろうが対処法を学ぶ。
 やることなんていつも一緒だ、きっとこれからも変わらない。
 あとは自分が全力で、どうあってでも打ち勝つ覚悟、負けない覚悟、自分の全てを出し切る覚悟を決めれば───

「───《キィイイ───……ン》」

 集中。
 鍛錬の中や鈴々の立ち会いの中でも意識した、本気の雪蓮との対峙時の緊張感を我が内側に。
 もっと見ろ、相手の動きを読んで、一手先でも僅か半歩でも構わない……先んじるものを手に、対峙する者に打ち勝つ覚悟を……!

「動きが変わった……?」

 魏延さんの僅かな戸惑いの声を耳にしながら、魏延さんの攻撃を避けてゆく。
 まともに打ち合えば、逸らすことも出来ずに吹き飛ばされる事実はこの身に叩き込んだ。
 あんなに巨大なものを振り回しているにも関わらず、武器を戻すのも十分に速いことも知った。
 迂闊に踏み込めば吹き飛ばされるのは目に見えている。かといって、華雄の時のような方法は通じないだろう。
 だったら……よし。

「ふっ───《トトンッ》」
「っ……どうした。逃げるのかっ!」

 一旦距離を取り、呼吸を乱していないことを双方ともに確認。
 一度深呼吸をしてから再び思考。決めた決意は……あらゆる手段を使ってでも勝つ。武器を木刀だけに限定させず、足でも拳でも使えるものは全て使う。
 右腕は……出来るだけ使いたくはないけど、必要になったら使う覚悟も決めておく。またポッキリいくかもしれないが、譲れない戦いってものがある。

「………」
「………む」

 真っ直ぐに見つめる。
 踏み込もうとしていた足が一旦そこで止まり、しかしすぐに一歩を踏み出し、迫る。
 俺はそれを迎えるべく重心を降ろしてどしりと構え───成功をただひたすらに望んだ。

「ちょろちょろ逃げるのはやめたのか!? だったら───これで終わりだぁああっ!!」

 振りかぶり、振り下ろす。
 ただそれだけの動作だが、俺を潰すのなんてそれだけで十分だ。
 まさか本当に潰すつもりじゃないだろうが、それでも立ち会った頃から怪我どころで済むとは思っていない。
 その覚悟、その意思を己の身に刻み直し、俺の目から見て左から斜に下ろされるそれを確認するや───即座に木刀を持つ手をスイッチ。
 右手一本でソレを持ち、何も持たない左手にありったけの氣を集中させる。

  さて。潰れる覚悟は出来てるか?

 自分の内側から聞こえた声に、ただ小さく笑ってみせた───それだけだ。
 左手は振るわれる金棒目掛けて突き出し、木刀を持った右手は震わせながらもなんとか肩と平行に右の虚空へと伸ばす。

「───」

 無駄な声は出さない。
 振るわれる得物の速度と添える速度のみに集中し、それが叶えば次の工程。
 手に走る重苦しい衝撃全てを氣に乗せて体内に逃がし、今度はその氣を右手に、さらに木刀へと───一気に流してぇえええっ!!

「っ───!!」

 左から来た破壊の衝撃が体内を駆け抜け、右手に持つ木刀に装填されるや、それを震える右腕で振り切った。
 完治していない腕でなんて無茶もいいところだ───けど。その甲斐はあった。

  ルフォドボォッ!!

「あ───くぁああああぁっ!!?」

 振り切った木刀が魏延さんの左脇腹を強打した。
 あんな状況で反撃がくるとは思っていなかったんだろう、意識が完全に攻撃のみに集中していた彼女はまともにこれをくらい、後方へとよろめいてゆく。
 すぐに追撃をと足に力を込める───いや、込めたつもりだったんだが、困ったことに威力を殺しきれなかったらしい。
 いや、殺し切るとかじゃなく上手く逃がしすぎたからか?
 全身に激痛が走って、追うどころではなくなってしまった。

「あ、あー……あれ……!?」

 化勁の応用。
 外部からの衝撃を氣で受け止め、外へと散らすのが正しいやり方……だったっけ?
 けれどもそれを体内に吸収して移動、攻撃へと転換するって技法をぶっつけ本番でやってみたんだが……う、うん……体内通しちゃだめだね……! 氣で衝撃吸収した意味がないよこ《ズキィーーーーン!!》れぇえっだぁああああだだだだーーーーーっ!!?
 痛っ! 体痛ッ!! 外傷ないのに内側痛すぎ!! ああいや外傷あったよ魏延さんの金棒の棘が手に刺さってた!

「ふ、ふっ……ふっ……ふぅうっ……!!《ガタタタタタ……!!》」

 震えて涙目。だが倒れぬ!!
 勝つまでは倒れない! 覚悟と意地にかけても……い、意地に、いじっ……いぢぢだだだだだぁあーーーーーっ!!!

(しっ……神経を鈍器で殴られたみたいなっ……! あ、そうか、鈍器で殴られる衝撃を体内に通したからっ……!)

 あ、やばい……涙止まらない。
 ボロボロこぼれてくる上に体動かないし……!

(これが……涙……? 私、泣いてるの……?)

 なんてどっかの物語の真似をしている場合じゃなくて!!
 落ち着け俺! 痛みを誤魔化したいからっておかしな方向に走るなっ!!

「っ……く、ぐぅうう……!」

 と、おかしな頭をぶんぶん振ってはさらなる痛みに涙する俺の前で、脇腹を押さえながら俺を睨む魏延さん。
 その手に持つ金棒が再び構えられ、「ああ……死ぬ……死ぬな、こりゃ……」と無駄に悟った。

  ……じゃあ、死ぬって解っててただ死ぬのか?

 いや、それはないな。
 死ぬ覚悟を決めるなら、生きる覚悟も決めていく。
 死ぬかもしれないなら、それこそ死ぬ気で抗ってみろ。
 ただ死ぬだけじゃあ……なにも残せないだろ?

「とはいえ……いづっ! 〜〜〜っ……氣は全部、今の一撃で使い果たしたし……はは、本当に放出系は全然だめだな俺……」

 けど、まあ。
 だったら今度は、氣が全然使えなかった頃の自分で戦うしかないってわけだ。
 痛みも……元々傷のないものだ、少しずつ回復してきている。
 あとは自分のやる気云々の問題だ。

「すぅっ……ふっ!」

 吸い、一気に吐く。それだけで気は引き締まり、ふらつきながらも足に力を溜めている魏延さんを睨み返すことが出来た。
 痛みに涙するさっきまでの自分にさよならだ。

「っ───はぁああああっ!!」
「っ……だぁあああっ!!」

 疾駆は同時。
 再び真正面からぶつかり合い、氣を用いらないかつての自分のままでぶつかる。
 当然走る速度も踏み込みの強さも桁で数えたほうが速いくらいに落ちているが───妙に自分にしっくり来るそれらに、どうしてか笑みがこぼれた。


───……。


 …………。

「はっ……は、はっ……かはっ、〜〜っ……はっ……」
「ふぅ、ふぅっ……ふぅう……!」

 俺の氣が底をついてから僅か五分ほど経った今。
 しかし動きっぱなしの五分というのは実に地獄めいたものであり、双方ともに体を庇いながらでは余計だ。
 俺と魏延さんはもはや立っているのがやっとの状態で、けれど自分からは絶対に倒れないという意地を見せ、睨み合っていた。

「貴様……っ……はぁっ……それだけ戦えて……なぜ戦では前線に出てこなかった……!」
「戦があった頃……は、はぁっ……てんで、弱かったから、だよ……!」

 呉や蜀でも説明したことをもう一度。
 鈴々から別の誰かに伝わるといったことが起こらなかったのか、それとも話されても興味がなかったのか。
 魏延さんは小さく舌打ちをすると、「そんな男に追い詰められているのかワタシは……!」とこぼした。
 追い詰めているだなんて、随分買ってくれているけど……生憎ともう右腕が持ち上がらない。
 じくんじくんと蝕むような痛みに支配されて、そもそも右半身が痺れてきている。向かってこられれば、トンと押されるだけで倒れるだろう。
 だというのに自分から“まいった”とは言いたくないんだから、随分頑固者になったものだ。

「───」
「………」

 睨み合う。
 魏延さんは余力を残しているだろうが、こっちはカラッポ。
 しかし散々と相手の力を利用した、カウンターめいた反撃ばかりをされたからだろう。
 俺のこの直立不動の体勢が、何かを狙っていると踏んでいるのか踏み込んでこない。
 ……普通に考えて真正面からぶつかって勝つのは無理だよ。
 攻撃が当たっても「効かんっ!」とか言って無理矢理突っ込んでくるし。
 木刀に氣も込められないから、折らないためにも極力避けるしかないし。
 そうやって避けることを状況によって強要されながら、一定の法則でしか振られない攻撃に合わせて木刀を当てていったんだ。
 うん、結構当たった。当たったはずなんだけど……当たり続けた彼女より、当てた自分の方が追い詰められているのはどうしてなんだろうなぁ……。

「………」

 辛さは顔には出さない。
 むしろ誘うような目つきで魏延さんを睨んで、構えたいけど動けないから直立不動。
 一方の魏延さんといえば、ふぅ……と小さく息を吐いてからギシリと金棒を持ち上げる。
 ……ど、どうやらやる気らしいです。さよなら青春、ありがとう絆。友情フォーエバー。
 それはそうか、相手だって負けを認めることを良しとしない猛者だ。
 一年かそこら鍛錬をした相手に負けるなんて、武人としての誇りが許さないと。
 気持ちは解る……いや、解るようになったんだけど……

(ふっ……く、ぐぅう……!!)

 持ち上がらない腕を無理矢理持ち上げる。
 痺れて動かないくせに、固定されたみたいに木刀を離さない右手から木刀を抜き取って。
 最後の瞬間まで諦めない。
 それは誇りのためじゃなく、自分がこれから歩く道を“簡単に諦めてしまうもの”にしないため。
 貫こうって思ったなら、最後まで貫かなきゃウソだから。

「魏延さん……行くよ?」
「───……攻撃を待つのはもうやめたのか?」
「待ちもいいけど、進まなきゃ届かないものだってあるだろうから」
「……そういう考えは嫌いではない。嫌いではないが……叩き潰させてもらう」
「じゃあこっちは、叩き潰した上で友達になってもらう」
「……は?」

 一瞬の間。
 ポカンと何を言われたのか解らない風情で俺を見た魏延さんへ、本当に最後。立っているための余力の全てを注ぎ込んで疾駆。
 すぐに魏延さんもキッと俺を睨み、振りかぶるが───

「《ミシィッ!》くあっ!?」

 普通の動作で振りかぶるならいい。
 けど、咄嗟の動作っていうのは必要以上に負担をかける。
 それは先ほどから緑と青を混ぜた色に変色してきている彼女脇腹にも、当然の負担をかけた。
 時間にしてみれば僅かな硬直。
 1〜3秒程度だろうが、それだけあれば届く距離に居たのなら……この木刀が彼女の喉元に届かないはずもない。

「………」
「………」

 今度こそ、彼女の喉に木刀を突き付け、寸止めの状態で停止。
 というよりもそこまでが限界だったのだ。
 足はしっかりと地面に根を下ろしてしまって動かない。まるで大木になった気分だ。
 けれども相手の目を見つめたまま、突き出した左腕もそのままに、俺と魏延さんは睨み合っていた。
 そうした時間が長く続いたのちに、ようやく彼女の口が動いた。

「くっ……言い訳はしない。ワタシの負けだ」

 ……言ってくれた。
 それは俺にとっての救いの言葉で、もうどっちが負けてるんだよと自分が自分にツッコミたいくらいで。
 緊張が解けると同時に一気に噴き出た汗や安堵の息や疲労やら痛みやらで、本気で倒れそうになる。
 けれどその前に……遣り残したことがあるから、と動こうとして───限界が訪れました。

  ぼてっ。

「……へ?」

 何が起こったのか解らないってくらいの、なんとも間の抜けた声が耳に届く。
 届けられた本人の俺はといえば、受身も取れないまま背中からぶっ倒れていた。
 そんな状態で綺麗な青を見上げながら、さっさと薄れていく意識に対して……まあその、いつも無茶させてごめんなさいと素直に謝ったのだった。


───……。


 目覚めてみれば自室の寝台。
 あれから思春に自室へと運んでもらったような記憶があるようなないような、薄暗い景色の中で目を覚ました俺は、それほどの時間を気絶していた事実に対し、「はぁあ〜〜……」と溜め息を送った。
 ええと、今日は今日でいいんだよな? 一日中気絶していて、実は翌日の夜でしたってことはないよな?

「あ」

 思い出し、傍らにあるバッグから携帯電話を取り出す。
 ……が、電源オフモードでずぅっと置いておいたのにも関わらず、さすがにバッテリー切れ。
 一応最新型、太陽電池型ではあるのだが、バッグに入れっぱなしでは停止もする。
 今度、人目が無いところで太陽にさらしておこうか。
 今までそうしなかったのは、見つかって破壊されたら困るからってことだったんだが……この世界の住人は、珍しいものにはとりあえず触れてみないと気が済まないからなぁ……。

「というか、見れたところで昨日はおろか一週間前の日付すら知らなかった」

 意味ないね、うん。

「ん、んー……」

 右腕を動かしてみる。
 少しぎこちないが、動くには動く。
 またポッキリいってたらどうしようと不安になっていたんだが、これなら安心だ。
 携帯電話を再びバッグに戻して、キシリと痛む体を庇いながら寝台から降りる。
 何をする気なのかといえば、あまり長引いてしまわないうちに遣り残したことをする気なのだ。
 魏延さんの気が変わらないうちに、会ってきっちり話をしないと。
 だからと歩くんだが、どうにも寝汗がひどかったのか着替えていないからなのか、着衣がじっとりと汗にまみれていた。というか胴着のままだよ俺。
 これは……着替えなきゃマズイ。こんな汗まみれで会いに行ってみろ、叩き出されるだけじゃ済まないぞ。

「えと……こういう場合、制服のほうがいいよな」

 フランチェスカの制服をバッグから出す。
 胴着の上を脱いでいざ着替えを……と思ったんだが、困ったことに下着もひどい有様だ。
 あそこまで呼吸を乱したのも久しぶりだったんだ、これだけ汗が出るのも当然……なのかな?
 まあ気にしない気にしないと、バッグから代えのトランクスとシャツを取り出し、

(そういえば思春は……)

 部屋の中をぐるりと見渡し、きちんと居ないことを確認してから着替えを開始。
 剣道袴を脱ぎ、汗でびっしょりのトランクスを艶かしく(いや、冗談だぞ?)脱ぎ、タオルで軽く体を拭いた───

  ばたーーんっ!!

「おい貴様っ! いい加減に起きろ! いつまで眠りこけ───て゜っ……!?」
「マッ……!?」

 ───ところで、勢いよく部屋の扉を開け放って中へと入ってきた……魏延さんと再会を果たした。
 ちなみに俺……全裸。薄暗いとはいえ体を拭いていた俺を、その鋭い目が下から上へとじっくりと凝視していき、ある一点に辿り着いた時。

「うぅうわぁああああーーーーーっ!!?」
「キャーーーーーッ!!?」
「うわっ、うわ、うわわわぁああーーーーーっ!!!」
「キャーーーッ!!? キャーーーーッ!!」
「うわぁあわわわぁああーーーーーっ!!!」
「キャーーーーアアアアアアアッ!!!!」

 もうどっちが男でどっちが女だよってくらいにお互いが叫び合い、だっていうのに全然視線を外さず叫びまくる魏延さんを前に、俺もまた……女みたいな悲鳴で叫び続けるのでした。


───……。


 騒ぎを聞きつけて人が来るのにそう時間はかからなかった。
 とはいえさすがに全裸のままではいられないので、足音にハッと正気に戻った俺は、慌ててトランクスやらシャツやら制服やらと格闘。
 なんとかみんなが辿り着くまでには着替えを終え、息を荒げていた。

「で……あの。なんで俺、正座を……」

 明りが点いた宛がわれた自室にて、正座をする僕と魏延さん。
 そんな僕らの前に立っているのが桃香と趙雲さん。それが現状である。

「いや、なんとなくだが。朱里や雛里に訊くところによるとほれ、北郷殿は呉の連中にもよく正座をさせられていたと」
「好きでしてたんじゃないんだけどっ!?」
「びっくりしたよ〜、お兄さんを呼びにいった焔耶ちゃんが急に叫んだり叫ばれたりで。慌てて来てみれば、焔耶ちゃんもお兄さんも顔真っ赤っかで……」
「はっはっは、あの生娘のような悲鳴は心地のよいものだった」

 暢気に笑わんでください趙雲さん。って、あれ? 話、逸らした?
 ええと……まあいいや、正座が嫌ってわけじゃあ───うん、ないから……ね?

「あの。食事に呼びに来てくれたのは嬉しいけどさ。なんでまた魏延さんが?」
「……? だってほら。お兄さん、焔耶ちゃんと友達になるんでしょ? それならもっともっと仲良くならないと」

 貴女の差し金ですか、桃香さん。
 お陰でひどい目に遭ったよ……。
 そりゃあ元々そうするつもりで……友達になってくださいって言うつもりでさっさと着替えて、魏延さんの気が変わらないうちに手を伸ばすつもりだったんだけど……

「それで焔耶ちゃん。結果的にそのー……お兄さんのこと、のっ、ののの覗くことになっちゃったわけだけど、どうかな」
「う、ぐ…………。き、ききき貴様があんな時に着替えなどするからっ!」
「ええっ!? 俺の所為なの!?」
「これこれ焔耶、そうではないだろう。北郷殿の時も、お主とそう変わらぬ状況だったと桃香さまは言いたいのだ。中で誰が何をやっているのかなど、開けてみるまでは解らん。まして、“のっく”さえせずに北郷殿の部屋の扉を開け放ったお主では、もはや何を言っても言い訳にもならんだろう」

 ……というか、どうしてここに駆けつけてきたのが桃香と趙雲さんだったのか。
 俺はまずそこが気になっているのですが?
 ……あ、なんか黙っていろって趙雲さんに目で語られた。
 それはこの部屋に思春が居ないことも関係しているのでしょうか。

「立場は違えど、魏からの客人の裸を覗いたのは事実。というか北郷殿、なにも全裸でいることもなかっただろうに」
「………」

 黙っていろって目で語ったあとにそれを言いますか?

「そうだ貴様が悪い! ワワワタシはっ……!」
「焔耶ちゃん? お兄さんは、ちゃんと私に謝ってくれた上に、華雄さんとも戦ったよ?」
「うむ。ここで認めないのは、散々と罵倒したお主としては格好がつかんと思うのだが?」
「うぐっ……し、しかし桃香さまっ……!」
「焔耶ちゃん、ちゃんと相手を見て? 今重要なのは私とのお話じゃなくて、お兄さんとのお話だよ?」
「相手を……」

 チラリと、隣に座っている魏延さんが俺を見る。
 俺はといえば、なんだかこう……親に叱られている友達の傍に居る時のような心境であり、実際近いものもあるんだろうが……なんだろう、うん。ちょっと居心地が悪いかもしれない。
 ほら、あるだろ? たとえば学校で、たとえば家で。
 出来の悪い子と出来の良い子を比べられるようなあの感覚。
 自分は自分の能力を誇ることはしたくないのに、周りが勝手に仲がいいその人と自分を比べたりして、関係が気まずくなる瞬間というか……。
 あ、あの、魏延さんのことそんなに責めないで……? あんな場面で気絶した俺が悪いんだから……と言いたいところだけど、言ったら言ったでややこしくなることを、今までの人生経験が教えてくれた。

「《じーーー》」
「ぎ……魏延さん?」

 加えて言うなら、そんなややこしさからはきっと逃げられないことも、僕は学んでいたんだと思います。
 桃香に言われたからか、真正直に俺のことを見つめる魏延さん。
 そんな彼女に対しての俺の反応なんて、戸惑い以外に存在しない。

「相手を見る……か。おい貴様」
「は、はい?」

 見るというより睨んでる彼女に、正座しながら引け腰になるという器用な真似をしつつ、続きを促す言を放つ。

「たしかに桃香様の言う通りだ。貴様という存在をよく知りもせず、見ることもせず、一方的に自分の意見ばかりを押し付けるのは褒められたものじゃない。だから……桃香さまの命令だ。ワタシは貴様という人間を知ることにする」
「エ?」

 知る、って……俺を? 魏延さんが?
 エ、エ〜〜〜〜ト……ナナナンデショウカネェ……!!
 既に思春が僕の傍に居る中で、魏延さんまでもが僕を見ていることになると、それはとても背筋が凍って胃がキリキリと痛みそうな……!
 もしこれで魏延さんまで俺と一緒に魏に来る、なんていう事態が……本当に、本当の本当に偶然起こり得たとしたら、俺もう溜め息吐くたびに一緒に吐血出来そうだ。
 だって、魏には桂花が居るし……。

「ただしあまりにワタシの予想通りで下衆ならば、もはや容赦はしない。誰がなんと言おうとワタシは貴様という存在を認めない」
「……………」

 深呼吸。
 そうだ、落ち着け。
 なにもそう難しく考える必要はない。
 自分を知ろうとしてくれている人を警戒する必要が何処にあるんだ。

「……ん、解った。じゃあ俺も、魏延さんのことを知っていく。お互いが知ろうとすれば、きっと見える部分も広がるよ」
「へぇっ!? い、いやっ……貴様は知らなくていいっ! ワタシだけが知ればいいことだっ!」
「えぇっ!? いやそれはよくないっ! 俺だけが知られるなんて公平じゃないじゃないか!」
「そんなものは知らん! 大体貴様、なんの権限があってワタシを知ろうなどとほざいて───」
「えへへー、私が許すよー?」
「桃香さま!?」《ガーーーン!!》

 あっさり許可という名の権限が下された途端、魏延さんは本気で“がーん”って擬音が似合うような顔を見せた。
 それを見た趙雲さんが、顔を逸らしながらふるふると震えている。……ああ、あれ笑ってる。絶対笑ってるよ。

「ほらほら、二人とも手を繋いで? これからお友達になるんだから、ひどいこととか言っちゃだめだよ?」
「桃香さまっ! ワタシはこいつを知ると言っただけであって、友になるなど一言もっ……! お、おいっ! 貴様もなにか言えっ!」
「な、なにか? えーと……友達になってください」
「解った。───って違うだろぉっ!!」
「うんっ、じゃあ焔耶ちゃんも頷いてくれたし、これでお兄さんも私も焔耶ちゃんも友達だねっ♪」
「《ハッ……》と、桃香さまの……友達……───い、いえ! ワタシは桃香さまの臣下で在りたいのであって!」

 数瞬行動を停止させる魏延さんだったが、すぐに慌てた風情でお友達宣言を否定。
 すると桃香の顔が寂しげに陰りを見せ、

「焔耶ちゃんは……あくまで臣下のつもりで、私とは友達になりたくないの……?」
「えぇっ!? い、いえいえいえいえっそんなつもりはっ……! しかしワタシは桃香さまのっ……桃香さまの下に居ることにヨロコビ……もといっ、甲斐を見いだしているわけでっ……!」
「……ぶふっ! ぶっ……くふふふふはははは……っ……!!」
「………」

 いろいろと修羅場のようにも見えてきた掛け合いのさなか、俺は笑いをこらえようと必死な趙雲さんを傍観していた。
 ここまで笑っているところを見ると、なにか桃香に入れ知恵でもしたんだろうかと思えてくるわけで。
 結局その話は魏延さんが折れる明朝まで続いた。
 目をこすりながらも友達になれたことを喜ぶ桃香と、戸惑いのままがっくりと項垂れる魏延さん。そして、一人だけさっさと人の寝台で寝ている趙雲さん。
 なんだかんだで“仲間”から“友達”になってくれたことが嬉しいらしく、喜びを表現する桃香が……うん、可愛かった。
 可愛かったんだけど、万歳をした拍子にバランスを崩し、ぽてりと寝台に倒れたら……起き上がらなくなってた。
 いい加減疲労もピークだったに違いない。

「魏延さん」
「うくっ……か、勘違いするなよ。これは桃香さまの命令だから頷いただけであって、本来貴様なぞ……!」
「や、そうじゃなくて。俺のことなんてこの際後回しだってどうだっていいからさ。桃香のマッサージ、してあげて」
「なっ……───……言われるまでもないっ!」

 乱暴に言い捨てて、正座を解いて立ち上がる。
 だがいい加減痺れも最高潮だったんだろう。完全に麻痺していたであろう足は思うようには動かず、あっさりバランスを崩して倒れた魏延さんは───倒れざまに俺の顔面へと鋭いエルボーをキメてきた。
 それがいいところにキマったものだから、蓄積された眠気も相まって、俺は夢の国へと旅立った。
 最後に……なにか暖かいことを言われた気がしたんだけど、鮮明には記憶できないままに。




ネタ曝し  *これが……涙?  漫画とかで感情の無い子がよくやるアレ。  *ああ……死ぬ……死ぬな、こりゃ……  電撃ドクターモアイくんより、父蔵のセリフ。  *友情フォーエバー  突撃!パッパラ隊より、宮本くんのスローモーションボイス。 Next Top Back