54/青の下、ただ賑やかに

 慣れっていう言葉がある。
 習慣って言葉も習って慣れるって文字が一つの言葉になっているように、自分はまさに習慣の中に居た。
 政務を手伝い工夫のおっちゃんたちを手伝い、時間があれば街に出て子供と遊んで。

「馬超さーん! 街の警邏のことで相談があるんだけどー!」
「ん……あー、なんだー?」
「あ、お兄様。もしかしてでぇとのお誘い?」
「いやいやいやっ、違うし、警邏のことでって言ったよね!? えっとさ、この通りの……」
「あ、それって“めも”ってやつ? うわー小さい……って、お兄様これなに?」
「なにって───地図を描いたメモだけど」
「え、ええぇっ!? 地図!? 地図なのっ!? これがーーーっ!?」
「…………お前って、絵……下手くそなんだな」
「《ぐさり》…………」

 筆を動かし書簡を処理し、教鞭の代わりに指を振るって、教えてもらったり教えてみたり。
 思いついたことを案として出してみたり、ダメだしされたらされたで煮詰めつつも別の案を出してみたりと、自分自身の頭を回転させることも続けている。

「ちょっと凡夫さん? もっと強く揉んでくださる?」
「凡夫じゃなくて……いい加減名前覚えて欲しいんだけどなー……」
「あっはっはっは、そりゃ無理だぜアニキ。麗羽さまがそんな、男の名前を覚えるなんて」
「もぉ〜ちろんですわ。下男の名を覚える必要が、ど・こ・に・ありまして?」
「肩揉むだけの下男かぁ……」
「ま、まあまあ一刀さん。麗羽さまも一応、肩を許すくらいは気を許しているみたいですから」
「許すっていうか、暇そうだったからツラ貸せって感じで連れ攫われたんだけど。文醜さんに」
「男が細かいこと気にすんなよー、アニキとあたいの仲じゃん」
「や、いいんだけどね……ありがと、文醜さん。そう言ってもらえると嬉しい。どんな仲なのかは解らないけど」
「《ぐっ、ぐっ……》んっ、ん〜〜〜……そうそう、その調子ですわ。やれば出来るじゃあありませんの」
(集中集中。氣を込めて揉めば、血のめぐりも良くなるだろうし、鍛錬だと思えば───)
「結構。今日この時より……凡夫さん? 貴方を肩揉み凡夫と名付けますわっ!」《どーーーん!》
「……ワーイ、ウレシイナー」
「なー斗詩ぃ……前は確か、お茶汲み下男だったよなぁ……」
「は……あはは………………はぁ。すいません、一刀さん」
「いや……いいよ……どうせ次に会った時には凡夫さんに戻ってるだろうし……」
「なにか仰いまして?」
「イヤー、袁紹さんの髪って綺麗デスネー」
「……? 当然のことを褒められても嬉しくもなんともありませんわ。けど……そうですわね。訊くまでもありませんが、華琳さんと比べ、どちらがより高貴で美し───」
「華琳《キッパリ》」
『あ゙』
「へ? ……あ───アーーーーーッ!!」

 頼まれれば走り、本当に嫌だと思わない限りはこれを受け取り、なんでもかんでも首を突っ込んでは自分に出来る何かで国に返してゆく。
 何処に立っていようと心変わらず、この国、この大陸、この世界で生きてきた自分の過去と、これからの未来のために、自分に出来ることを笑いながら続けている。
 時間のほぼが自分の時間として使えない日々ばかりだったけれど、住む場所と糧を提供してくれるだけでもありがたいというもので。

「えーーーと……公孫賛……こう、そん、さん……と。どーだ北郷っ! ちゃんと書けてるだろっ、なっ!?」
「……“三つフてんちん”になってるけど」
「みつふてんちん!? あ、あれぇ……? ちゃんとお前が書いた手本の通りにやったと思うんだけどなぁ……。よ、よしじゃあ真名だっ! 白蓮っ! これなら間違えないだろっ! ぱいれん、ぱ〜い〜れ〜ん〜〜っと。どうだっ!」
「…………“なじれん”になってる」
「えぇええっ!!? そ、そんなぁ…………どうして私はこうなんだぁああ……」
「がんばろ、公孫賛さん。今日は公孫賛さんだけみたいだし、付きっ切りで教えるから」
「北郷……お前……《じぃいん……!》───あ、ああっ、よぅしやってやるぞーーっ!」
「おーーーっ!」
「うん、よしっ、じゃあ早速“公孫伯珪”をひらがなに……えーと、五十音は習ったからえーーと……こ、こー……わ、悪い北郷……“こ”ってどうだったっ───」
「北郷さん!? ちょっと北郷さんさっさと開けなさいっ! 部屋に居るのは解っていましてよっ! 今日〜〜こそこのっ、わ・た・く・し・がっ! 華琳さんよりも高貴で美しいことを認めさせてくれますわっ!! さっさと出ていらっしゃいっ!!」
「───け……、……って───今の声、麗羽か? ……って北郷っ!? なんで泣いてるんだっ!?」
「いや……なんかもういろいろあってさ……。名前覚えてくれたのは嬉しいんだけど……」

 勉強も鍛錬も相変わらずだ。
 桃香も少しずつだけど慣れていっているし、俺も少しずつだけど独学で放出系の勉強をしている。
 ……加減が出来ずにぶっ倒れてばかりだから、出来るかどうかを試すのは毎回鍛錬終了間際になっている。

「…………《じーーーー》」
「…………」
「…………《じーーーー……》」
「…………え、えーとぉ……」
「…………《じーーーー……!》」
「あのー、魏延さん? 桃香が“見て”って言ったのは、なにも四六時中凝視してろって意味じゃなくて───……どうせ街歩いてるんだから、一緒に歩かない?」
「黙れ。桃香様は貴様を見て、知る努力をしろと仰られたのだ。だからワタシはワタシのやり方で貴様を知る。貴様が勝手に思い描いた桃香様の言葉など知ったことかっ」
「見られてる張本人なのに、なんて救いのない……。じゃあいいよ、俺も魏延さんのこと見てるから」
「なぁっ!? み、見るな馬鹿っ! 貴様がワタシに見られて、無様を知られればそれで全てが終わることなんだ! 余計なことをするなっ!」
「余計じゃないっ! 俺が魏延さんを知りたいんだっ! だから見るなって言われたって知る努力は続ける!」
「強情なやつめ……! 貴様は《ぺろり》はひゃああぅんっ!!?」
「うわっとっ!? な、なななにっ!? 急にヘンな声……あ、犬───ってなんだこの数!!」

 ……あ。あと、なんか魏延さんが暇を見つけては俺を監視するようになりました。
 物陰からこっそりと(のつもりらしい)、移動するたびにジワジワとにじり寄る感じに。
 それはまるで一昔前の恋する乙女のようで…………ごめんなさい、不信人物にしか見えません。

「何故ワタシがこんなに走らなくては……! それもこれもっ……きききき貴様の所為だ貴様のぉおおおおっ!!」
「うぐっ……そ、そりゃ最近なんだかやたらと動物に好かれてるけど、俺だけの所為じゃないだろこれっ! そもそも一番最初に足を舐められたのは魏延さんなんだから、あの犬たちは魏延さんを追って───って来た来た来たぁああーーーーっ!!」
「うわわわわわぁああーーーーーっ!! 来るな来るな来るなぁあーーーーーっ!!!」
「いったいこの街の何処にこれだけの犬が居るんだよぉおおっ!! って魏延さん!? もしかして以前もこうして犬に追われたりした!? 以前見させてもらった、朱里と雛里が起きた出来事をまとめた本にそれっぽいことが書いてあった気がするんだけどっ!!」
「………《フイッ》」
「なんでそこでそっぽ向くの!? 違うなら違うっていつもみたいにキッパリ言ってほしいんだけど!?」
「うぅうううるさいぃいいっ!! とにかくお前が悪いんだお前がっ!!」

 街中を犬に追われること数回。
 処理するべき騒ぎの件を自分で増やしていれば世話がない。
 それでも笑って処理出来るのは、迷惑から来る騒ぎじゃなく、町人たちも笑っていられる騒ぎだからなのだろう。

「いやっ! いいって俺はっ! ほんとにいいからっ!」
「だめですっ! これは結盟した者として目を通す必要があるものなんですからっ!」
「《ぐいいっ!》ぐおおすげぇパワーだ……! オラの十倍はありそうだ……! じゃなくて朱里っ!? 普段か弱いのにどこにそんな握力隠してるんだっ!? ととととにかく俺はいいからっ! 見るなら二人でっ……!」
「だ、だめです……! か、かか、一刀さんもその、一緒に……!」
「勘弁してくれ雛里っ! 俺、これでも随分いっぱいいっぱいの生活送ってるんだっ! そこにきて艶本なんて見せられたら……!」
「ど、どどっ、どうなっちゃうんですかっ!?」
「え……そ、それはもちろん、俺のアレがナニして……《ハッ!?》ど……どうにもなりたくないから離してくれぇええーーーーーーーっ!!!」

 禁欲のほうも相変わらずだ。
 何故かいつかのようにコソコソとする朱里と雛里に連れられ、武器庫の裏にやってきてみれば、ご開帳の結盟の秘宝書。
 頭が一気に沸騰しかけた俺はすぐさま逃走を図ったのだが、あっさり捕まった。
 強引に振り払うわけにもいかず、説得に入るのだが……逆に言葉巧みに丸め込まれてゆく自分や蜀の軍師に恐怖を抱いた瞬間だがそこにはあった。

「それで逃げてきたの? 情けないわねー……」
「え、詠ちゃん、理由を訊ねておいてそれはないよ……」
「賈駆さんも腕引っ張られて武器庫裏に引きずり込まれて、そこで艶本見せられるなんて状況になれば絶対に逃げるって……。それをしようとしてるのが蜀の軍師だよ? 逃げたくもなるよ……」
「う……ま、まあ確かに普段のあの二人を見ていれば、あんな本を隠し持ってるなんて普通は思えないし……解らなくも、ないかもだけど……」
「贅沢は言わないから、少しでも解ってくれればそれでいいよ……ありがと、賈駆さん」
「………………なんか……姓名で呼ばれるとこそばゆいわね……。桃香のところに来てからずっと、真名で呼ばれるのに慣れちゃってたし」
「あ、ごめん……やっぱり文和さんの方がいいよな。董卓さんも仲穎(ちゅうえい)さんって呼んだほうが───」
「ボクのことは賈駆でいいわよ。でも月のことは───“様付け”で呼びなさいっ!《クワッ!》」
「なっ……!?」
「へぅっ!? え、ぇええ、詠ちゃぁあんっ!!? そそそんなっ……一刀さんに迷惑かけるようなこと……! か、一刀さんからも断ってください、こんな───」
「よろしく董卓様!」《どーーーん!!》
「へぅううーーーーっ!!?《がーーーん!》へぅ、え、あ、う、うぅ〜〜……」
「あっ……ちょっと! 月を困らせるんじゃないわよ!」
「ええっ!? どうしろと!?」

 ……そう、結局は習慣って言葉に落ち着く。
 初めてやることでもいつしか習慣に出来るように、この世界で生きることを普通と思えるようなった時のように。
 置き去りにしてきてしまったものもたくさんあるが、夢中だったとはいえ手を伸ばしたかった世界はどちらだと言われれば、いつだって自分はこちらの世界を選ぶのだろう。
 ……いつか、自分がこの世界に返すものが無くなるまで。

「ん……朝───かぁあっ!!?」
「すぅー……ん……んにゃにゃあ……」
「え、え!? 孟獲!? なんで人のベッ……寝台に!?《さわっ……》うわぁっ!? なにっ!? 背中になにか───ゲェーーーッ! 孟獲だけじゃない!? 似たようなのがゴロゴロと……!」
「んにー……いい匂い……するにゃああ〜〜……」
「《がぶり》あいっだぁああーーーーーーーーっ!!?」
「えふぁにゃぁあ〜〜〜……いのふぃふぃにゃ〜〜〜っ……」
「寝惚けてまで人をエサ扱いでイノシシ扱いかっ! ちょっ……離せ離せ痛い痛い痛いってまだ右腕はマズイ! 思春さん!? 見てないで剥がすの手伝───……アノー、ナゼ、ユックリ得物、抜イテマスカ……?」
「それが遺言か、確かに聞いた。───蓮華さま、どうかこの見境の無い男を屠ることをお許しください」
「なんで俺の生殺与奪が蓮華に託されてるのか解らないけどやめてください!? 誤解です! 誤解ですから! 僕なんにもしてないよ!?」
「もはや貴様の存在全てが有害だ。このよく解らん苛立ち……貴様を血抜きして吊るせば晴れる気がする」
「それってつまり死ねってことですよね!? ははは話し合いをっ……平和的な解決をさせ───」
「一刀さんっ!? ちょっと一刀さんっ! さっさと出てきなさいっ!? 起きているのは解っていますわっ! 今日こそこのわ・た・く・し・がっ! 華琳さんより高貴で美しく背も高くて胸も大きいことを───ってちょっと猪々子さん!? 急に引っ張らないでくださるっ!?」
「あーはいはいはいはい麗羽さまー? 朝っぱらから妙なこと叫んでないで、さっさと食べに行きましょーよ」
「妙なこととはなんですのっ!? わたくしはあの解らず屋の男にわたくしの美しさをっ……! は、離しなさい猪々子さんっ! はなっ……───」
「………」
「………」
「───……て、ほしい、な……と……」
「……いつから名で呼ばれる仲になった」
「ヒィッ!? あぁあああああ、あれは袁紹さんが華琳に対抗意識を燃やしているだけであって、おぉおお俺もなにがなにやらいつの間にかそう呼ばれててべべべ別に嫌じゃなかったからそのぅ!」
「……刻むにはいい言葉だ。少々長いが、貴様の辞世の句として頭に刻んでおこう」
「たすけてぇええええーーーーーーーーっ!!!!」

 賑やかな世界に居る。
 それは元の世界でもきっと変わることのない事実で、平和を手に入れられたからこそ心から大切に思える世界と、乱世を知ったからこそ自分が生きてきた平和を噛み締められる世界を、俺は知ることが出来た。
 どちらも大切で、どちらにも大切な人が居る。
 いつかこの世界で満足を得て、大手を振って帰れる時が来たなら……その時に、まだ自分が北郷一刀として認められる歳であったなら、必ずみんなに恩返しをしよう。
 父さんや母さん、及川や早坂といった友人や、剣道部でお世話になった不動先輩にも───……そして、じいちゃんにも。
 いつになるか解らないし、そもそも帰りたいと思ったとして、帰れるかも解らない今があるのも確かだけど……そう、いつかは。

「あーのー……どーしてこんなことになってるのかな」
「んん? それは御遣い殿が紫苑に頭を撫でられたからだろう」
「俺が頭撫でられたことがきっかけで、どーして俺が厳顔さんと黄忠さんに膝枕をすることになるのかなーって訊いてるんだけど」
「お主はあまり畏まらず、自然体で接してくれおるからなぁ。なに、たまには男に無防備な姿を見せるのも悪くなかろう? しかし兵どもでは頼りない。ならばお主しかおらんだろうに」
「…………黄忠さん、この人もう酔っ払ってる」
「ふふっ……貴方がここに来る前まで、そこの東屋で飲んでいたから。はぁ〜〜……♪ 風が気持ちいい……」
「……いいですけどね、もう。眠たくなったら寝ちゃってください。起きるまでこうしてますよ」
「《なでなで……》む、むうう……この頭を撫でられる感触はどうにも慣れん……こぞばゆい……」
「あらあら、ふふっ……私はくすぐったくて嬉しいけれど」
「膝枕をする条件が頭を撫で返すことの許可だったんだから、文句は聞きませんよ厳顔さん。こっちだってまさか、あんなに即答で“どんとこいっ”て言われるなんて思わなかったんだから。……むしろ断ってほしかったのに」
「い、いや、あれは紫苑の頭をという意味でだなぁ……」
「言い訳は聞きません」
「むぅ……男に言いくるめられるなどどれくらいぶりか……───紫苑、何を笑っておる」
「ふふっ、うふふふふっ……! ごめんなさい桔梗、あんまりに可愛らしく言いくるめられているものだから……」
「む、むうう……」
「それで、一刀さんはなにをあんなに慌てていたのでしょうか……? よかったら、相談に乗りますけど───」
「……朱の君(あかのきみ)に殺されそうになったんです」
「……?」

 やがて学校の建築もジワジワと完成に向かう中で、俺は今日も日常の中で現状維持の一歩先を目指し……いや、いろいろな物事に巻き込まれて現状維持なんて出来やしない日々を送っていた。
 誰かが騒げば誰かに伝染するように、騒がしさが広がり賑やかになれる国がここにある。
 蜀は本当に賑やかで暖かく、笑顔が絶えない国だって認識できた。

「うりゃりゃりゃりゃりゃぁあーーーーーーーっ!!」
「うおおおおおおおおっ《ガガガンッガンゴゴンガンッ!!》───って無理無理無理ぃいいいっ!! 鈴々さんっ!? かげっ……加減を《バゴシャア!》ギャアーーーッ!!」
「一刀殿っ!? こら鈴々っ! 長柄の部分とはいえ、相手が飛ぶほど殴るやつがあるかっ!」
「わわわぁあーーーーっ!? お兄さんが空飛んだぁーーーーっ!!」
(嗚呼……空が青い……。仕事に明け暮れる毎日に、空がこんなにも青《ぽすんっ》───お?)
「…………受け止めた。……えらい?」
「恋…………助かったけど、男相手にお姫様抱っこはどうかな……」
「……? 一刀、お姫様……?」
「断じて違うよっ!?」
「簡単に弾き飛ばされたです。きっと体はお姫様なみに軽いのですよ」
「よし。俺はそれを友達に対する挑戦と受け取った。恋、下ろしてくれ。陳宮をお姫様抱っこする」
「なっ……なにを言いだすですかおまえーーーっ! れ、恋殿、下ろさなくていいのです! 一生そのまま───それでは恋殿に迷惑がかかってしまうですか!?《がーーん!!》な、ならばこの陳宮、恋殿のために苦汁を飲んでこの男の毒牙にぃいい〜〜っ……!」
「いつからお姫様抱っこって毒牙になったの!? 抱きかかえるだけであって、毒牙として喩えられるようなことなんて全然やらないって!」
「お兄ちゃん、遊んでないで続きをするのだっ!」
「お兄さんっ、ほら早く降りてっ、鍛錬の続きしよっ!?」
「一刀殿、桃香さまの言う通りです。恋も、いつまでも男子を抱きかかえるものではないぞ。ほら、一刀殿を下ろして───」
「《ふるふる……》……一刀、お姫様は守るものだって言ってた。だから一刀は恋が守る」
「やっ! だからお姫様じゃないって! しかもそれ授業中の雑談でした超配管大工兄弟の話であって、俺とはなんの関係もないよ!?」

 認識できた───はいいんだけど、賑やか=生傷が絶えないってことにも繋がっていて、これはこれでひどい目にも遭っていると言えるわけでもあり。
 何故か誰かと仲良くなるにつれ、時折思春に模擬戦を挑まれたり思春に鈴音片手に追い掛け回されたり思春に思春に思春に……!!
 理由を訊いてみても「もやもやするからだ」だそうで。
 “俺の命<もやもや解消”って答えにフと意識が遠退きかけた。
 でも───そうさ。そんなことさえ笑い話に出来る今がある。
 そんな世界で、そんな世界に至ってくれたこの三国で、俺達は……地に足をついて、今日も賑やかさの中を生きていた。



55/ああメンマの園よ

 鳥の鳴き声で目が覚めた。
 寝台から降りるとぐぅっと伸びをして、天井にかかげた腕をさらにさらにと伸ばしていく。
 そうするとボウっとしていた頭から多少の鈍さが逃げ、はぁっと息を吐く頃には体のほうも起き始めていた。

「うん」

 予定通りに庶人の服に着替え、髪型をいつもとは違ったカタチに整えて準備完了。
 鏡を見たわけでもないが、これなら相当に見慣れた人でもない限りはただの庶人に映るはず。
 こくりと頷いて、既に起きていた庶人服姿の思春と朝の挨拶を交わし、一緒に部屋を出る。
 と───……

「ん……あれ、陳宮? 人の部屋の前で何やってるんだ?」
「ふぉうっ!? お、おおおおまえには関係ないのですっ!」

 部屋の前でなんらかの行動にもたついていたらしい陳宮を発見。
 話し掛けてみれば、両手を天に掲げてクワッと言葉を放つ。

「いや……関係ないのに部屋の前に居るっていうのは……ああ、もしかして俺じゃなくてこの部屋に用があったのか? それとも思春に───」
「…………です」
「? ……んん?」
「おまえに用があったですっ! 悪いですかー!《クワッ!》」

 ……関係、あるじゃないですか。


───……。


 早いもので、魏延さんとのいざこざが起きてから一週間以上が経っていた。
 そこまで経つといい加減、蜀での暮らしにも慣れるというもので、俺が起こす行動も一定になりつつあった。
 とはいえいつまでも同じことをしているわけにもいかず、日々変化を求めて、少しずつだが違う何かを紹介してもらっていた。

「そっか、今日は恋が仕事で退屈なわけか」
「……べつに退屈などしていないです」

 通路を抜けて厨房へ行き、朝食をいただくと仕事へ。
 今日は朱里と雛里に警邏を頼まれている。
 というのも、俺と朱里と雛里と桃香とで執務室にこもり、話していた会話にきっかけがあったわけだが───

「それで、おまえは今日、何をするのです」
「うん? ああ、街の警邏。庶人として街に紛れ込んで、町人の行動に目を光らせるって仕事」
「むむむ……? そんなことしてなにになるですか?」
「将からの視点じゃあ見えないものを見てほしいんだってさ。というか俺も将じゃないから、将の視点っていうのが解らなくて」
「……それで甘寧が居るですか」
「そういうこと」

 俺と思春はともに庶人服。
 フツーにいつもの服なのは陳宮だけだが、たぶん問題にはならない…………こともないか。

「というわけで、出来れば陳宮にも庶人服を着てほしいんだけど」
「ななっ!? なぜちんきゅーがそこまでしなければならないですっ!?」
「……仕事だから……」
「…………そうですね……」

 非番だというのにあっさり納得してくれた陳宮に感謝を。
 ただ暇だとか退屈だとか、相手が欲しいだけなのかもしれないが。
 それでも「あっさり頷ける理由は?」と訊いてみれば、詠や月───つまり賈駆さんや董卓さんがああいう格好で仕事をしているのを見慣れると、そう悪いものでもないと思えるようになったそうで。

  ───で、現在に至るわけだが。

「───《ふるふるふる……!》」
「………」
「……はぁ」

 陳宮は力を溜めている! ───じゃなくて。
 そうしてやってきた街中に立って、庶人服を身に纏い、縛っていた髪を自由にさせた陳宮さんがフルフルと震える。
 その様子が力を溜めているようにも見えて、妙な考えが浮かんだ……途端に、何故か思春に溜め息を吐かれた。

「顔赤いけど……どうかしたか?」
「ななななんでもないのですっ! それこそおまえに関係ないのですっ!」

 言いつつも顔が赤いのは変わらない。
 行き交う人の波の中、呉での朱里や雛里のこともあって、はぐれないように手を繋いでいたりもするんだが。まさかそれが原因だってことは……はは、ないない。

「〜〜……それでどうするのです? 警邏と言ったからには、きっちり見て回る気ですか?」
「うん。書簡から得ただけじゃあ解らないこともあるし……大丈夫っ、これでも見回り“だけ”は得意だっ!」《どーーん!》
「胸を張れることじゃないな」
「ハイ……ソウデスネ……」

 胸を張ってみればあっさり返されるお言葉。
 ありがとう思春。キミが居てくれるなら、俺は絶対に天狗にならずに済む。

「それにしても、やっぱり賑やかだなぁ」
「成都に来て以来、城に閉じこもってばかりいたおまえが驚くのも無理はないのです」
「好きで閉じこもってたんじゃないって。自分に出来ることを探すのと、新しい環境に慣れるためにはいろいろとこう……それに最近は子供達と遊んだりしてたぞ? 兵たちとも少しずつ打ち解けてきたし」

 人々と擦れ違うたび、そこに笑顔があるのが解る。
 子供たちがチャンバラごっこをしたり、大人が店の前で豪快に笑い合ったり、威勢のいいおばちゃんの声が聞こえてきたり。
 うーん……工夫の人たちになにか差し入れでもあげられないかな。
 懐は……そこまで暖かいわけじゃない。だったらお茶でも……いや高い、高いぞお茶は。

(それにしても……)

 幸いなことに俺が俺だとバレた様子もない……やっぱりまだまだ交流が足りないからか。それとも制服じゃないことが予想以上に効果が出ているのか……髪形の所為?
 ……理由がどういったものにせよ、今はそれに感謝だな。
 っと、それよりも……酒屋もきちんと見つけないとな。

(ふむ。手元には自分の金と、出てくる時に“ついでに酒を”って厳顔さんに握らされた金……か)

 何処に行っても酒のお遣いを頼まれるんだろうか俺は。
 そもそも何処に酒屋があるかも、きちんと確認出来てないっていうのに。

「じゃあ、何処に何があるのかもこの目で確かめるついでも兼ねて、警邏警邏」
「……おまえ、書いてあることをわざわざ確認して、いずれ成都に攻め入る気なのですか」
「しないよそんなことっ!! 俺って普段どんな目で見られてるんだっ!?」

 確かに位置確認とか政務の手伝いとか、怪しく思われたりしないかな〜とか不安に思ってたりはしたけど、まさか真正面から怪しまれるとは……。

「〜〜……攻め入るとか騙すとか、そんなことするつもりはないよ。俺はただ、みんなで一緒に“大陸の先”を見たいんだ」
「大陸の先? ……なにを言ってるですかこの男は」
「ははは、うん。呆れられることは予想通りだ。でも、その未来が眩しいなら目指してみたいって思うだろ? 行動するきっかけなんて、そんななんでもないことで十分だ〜って解っちゃったし」

 笑いながら街を歩く。
 陳宮の言う通り、俺はここにはあまり下りてきたことがなく、城での仕事ばかりを手伝っていた。
 降りてきたとしても軽い用事程度で、それが済めばすぐに城へ。
 鈴々や子供らと一緒に遊ぶことはしても、呉に居た頃ほど町人との交流は深くない。
 三日経てば鍛錬をして、それ以外はずっと手伝い。
 こうして朱里と雛里の案でじっくりと街を巡る理由が出来るまで、ずっとずっと仕事づけである。
 もちろん嫌だったわけでもなく、むしろ任せてくれるのが嬉しくて走り回ってばかりだったわけだが───
 そんな仕事ばかりの俺を見かねてなのか、桃香が「たまには街で息抜きとかどうかな」と誘ってきた。
 断る理由もなく、その時は俺も頷いたんだけど……予定していた昨日、桃香に突然の仕事が舞い降りた。
 急で、しかも量の多い仕事だったために今日まで長引き、結果はコレである。

「工夫の人だけじゃなく、桃香にもお土産買っていかないとな」
「普段から不思議と、楽しみにしていたことばかりが裏目に出る人なのです」
「……何度かそういう経験あるから、解るかも」
「貴様の場合は自業自得が理由だろう」
「そっ……そんなことないぞ? そればっかりじゃないって……きっと、たぶん」

 声を大にして言えない俺はとんだ臆病者です。
 とはいえお土産も考えて買わないと、自分の首を絞めることになりそうだ。
 桃香が喜びそうなものって〜……甘いもの?
 お土産として持っていけばなんでも喜んでくれそうではあるものの、どうせだったら桃香が普段でも喜びそうな何かがいいよな。
 よし。


───……。


 そんなわけで警邏を続ける。
 とは言っても俺たちがする以外にも警邏当番の将はきちんと居て、それが今日は馬超さんだった。
 一応昨日の時点で話は通してあるし、会っても声をかけない手筈になっている。
 蜀に馴染みの無い俺と、髪を下ろして庶人服を着た思春だからこそ、バレずに民の素の姿を見られるだろうって話だったからだ。
 「覗き見するみたいで本当は嫌ですけど、そうしないと解決できないこともきっとありますから」とは朱里の言葉だ。

「ふむふむ……この通りには……」

 街の地図は確かにあった。
 随分と細かな地図だったが、全体図として細かなだけであり、実際に歩いて見る分には届いていない部分もあった。
 だからそういったところをメモにとって、頭に記憶させていく。
 一応酒屋も見つけたし、厳顔さんに頼まれたお遣いも果たした。
 もっとも、届けるまでは気を抜けないけど。

「地味な作業です……」
「“地味”が存在しない作業なんてあるもんか。いつかはこれが“派手”に繋がるって考えながらやってみれば、案外楽しいかもしれないぞ?」
「少なくともおまえに派手は向かないのです」
「ああ、はは……自分でもそう思う」
「自覚があるのはいいことだな」
「思春、いつも細かい追い討ちをありがとう」

 成都は広い。
 細かなところにまで目を向ければそれだけ時間もかかるというもので、ハッと気づいてみれば既に昼。
 歩き疲れたと言い始めた陳宮を、「だったら」と負ぶろうとしたのだが、彼女はこれを断固拒否。
 やれ「格好悪い」だの「そんなことされる理由はないです」だの、顔を真っ赤にして叫ばれた。

「疲れたって口にして、ぜーぜーしてる時点で格好なんて悪い。そんなことをする理由なら、心配だし友達だからだよ」

 だからキッパリと言って彼女を後ろから持ち上げた。
 「ぴあっ!?」とヘンな声を出したが、暴れ出す前にスッと持ち上げてしまって、そのまま肩ぐるまの状態に。
 ……うん、右腕も少しずつだけど負荷に耐えられるようになってきている。木刀を自由に振り回すのは、もう少し後になりそうだが。

「な、な、な……」
「肩車」
「そんなことは解っているですーーーっ!!」

 足をしっかりと支え、歩き出す。
 陳宮からの言葉は全てスルー。疲れた人の言葉は聞きません、黙って休んでいてほしい。

「よぉあんちゃんら、さっきもここ通ったな」
「え? あ、どうも」

 と、一番最初に通った通りで声をかけられ、振り向いてみれば頭に鉢巻を巻いた少し太り気味の男の人。
 こんなところに屋台があったのか……最初に通ったっていうのに気がつかなかった。

「見ない顔だが、ここには余所から遊びに来たんかい?」
「ええ」

 返事をしながら屋台に寄り歩き、失礼と思いながらも見渡してみる。
 ……ふと目についたメニューを見る限り、どうやらラーメン屋らしい。
 丁度昼時だし……いいかな?

「思春、いいかな」
「構わんが……金銭面で私に頼るのは間違っているぞ」
「大丈夫、俺が出すよ。ち───宮もそれでいいよな?」
「むむっ? なぜ急に名で呼《がばしっ》ふむぐぅっ!?」

 肩に乗せていた陳宮を下ろし、口を塞いでからその耳元でコソリと話す。
 一応お忍び調査&警邏をしているんだから、名前でバレるのはマズイということを。

「む、むう……そういうことなら仕方ないのです……」
「ごめん。じゃあ親父さん、焼売とラーメン大盛り、麺は硬めでお願い」
「お、食っていってくれるんかい、ありがとよ。お嬢ちゃんたちはどうする?」
「ふむ……ではラーメンで並盛り。それだけでいい」
「ち───きゅ、宮は餃子だけでいいのです」
「そうかい? ちゃんと食わねーと大きくなれねぇぞ〜?」
「大きなお世話なのですっ!!」

 注文が終わればあとは早い。
 手際よくパッパと仕事を始める親父さんを余所に、ぷんぷんと怒る陳宮をなだめながら待つ。
 なんか……いいよな、こういう空気。 
 料理を待っている最中って、ちょっとワクワクする。

「へいおまちっ」
「って、えぇっ!?」

 待って五分も経たず、皿が出された。
 何事? と目を向ければ……なんのことはなく、メンマが盛られた皿がそこにあった。
 ……お通しみたいなものか?
 首を傾げながらも頂いてみれば、驚いたことにとんでもなく美味い。

「…………美味い……」

 思わず口からこぼれた言葉に、親父さんがニカッと歯を見せて笑った。
 俺の反応を見てから箸を動かした思春も、一口目だけで目に動揺を見せるほどだ。

「……なるほど、確かに美味い。これはラーメンにも期待が持て───……宮殿? どうされた」

 しかし、その中で陳宮だけが少し微妙な表情をしていた。

「う……敬語めいた口調はやめるのです。今の宮は庶人ですし、権利を剥奪されたとはいえ呉の将に敬語で話されるのは息が詰まるです」
「いや、そういうわけにもいかないだろう。呉では雪蓮様や北郷が、民とより親交を深めるためにと進んで真名を許し、手を差し伸べもしたが───ここは呉ではない。庶人である私が将であるきさ───こほん、宮殿に気安く声をかけるわけには」
「今“貴様”と言いそうになったですね……いったいどの口が気安く声をかけるわけにはと言うですか」

 そう返しながらも、何故か陳宮の顔色はよろしくない。
 メンマに嫌な思い出でもあるのだろうか……それともメンマが嫌いとか?

「宮、美味しいぞ? 食べないのか?」
「うぐ……ええい食べるですよっ、食べてみせますですよっ」

 ……? 何故か少々ヤケになっている気が。
 でも美味しいとは言っているし……う、うーん?

「へい、焼売おまちっ」
「おっ、きたきたっ、いただきまーすっ」

 いいや、悩みは少し落ち着いてから訊こう。
 言いたくない内は無理に訊くことは…………時には必要だけど。
 彼女の性格からして、無理に訊こうとすれば頑なになるだけだ。

「んぐむぐ……むむっ!? う、うめー! この焼売うめ───はっ!? あ、こ、こほんっ」

 落ち着け俺……じいちゃんに散々と口が悪いって怒られただろう。
 ……しかし驚いた、素直に美味いし……新しい味だ。
 噛むたびにシャクシャクと小気味の良い歯ごたえがあって、しかもそのシャクシャクの味の濃さが肉汁と重なって絶妙な味わいに……!

「思春っ、宮っ、これ食べてみてくれっ、すごく美味しいぞっ!」
「飲み込む前に喋るなですっ! 〜〜……まったく、なんだというですかこんな……《はもっ。もくもく……》……む? むむむっ!? これは新しい味ですっ!」
「なっ!? なっ!? ほら思春もっ! ───って、もう食べていらっしゃる」
「絶妙な歯応え……普通の焼売にはないものだな」
「…………なんか思春が言うと、いろいろと深く聞こえるな」
「……同感です」

 と、こんな感じで。
 次いで出された餃子も一個だけ分けてもらえば素晴らしき味!
 水餃子ではなく焼き餃子であることにも驚いたが、懐かしさや独特の食感に大絶賛だった。

「へっへ、そうまで美味い美味い言ってくれるとこそばゆいねぇ。っと、あいよっ! ラーメン大盛り硬めと並盛りねっ」
「待ってましたっ!」

 焼売、餃子でこの味なんだ。
 きっとラーメンもとんでもなく美味いに違いない。
 俺の興奮は今、遙かなる高みへと───!!

「……………」
「………」
「あぅ……やっぱりなのです……」

 停止。いや、この場合は高みに昇るはずが転落したような気分だ。
 ハテ……? ラーメンを頼んだはずなんだが……何故、茶色い物体が大盛りで目の前に?
 思春のも……わあ、茶色だ。やけに茶色のラーメンだ。
 あ、あれー? 俺、メンマ大盛りなんて頼んだっけ? 汁も無いし麺もないよ?
 もしかしてこれっておまけ? “ラーメン一杯につきゆで卵一個が無料!”とか、そういうラーメン屋でいうところのおまけ?

「あの……これってどう見てもメンマ───」
「おうよっ! この店、メンマ専門店“メンマ園”でラーメンって言ったらメンマのことよ!」
「ゲェエーーーーーーッ!!!」

 絶叫。
 孔明の罠にかかってしまった者たちの絶叫そのものを再現したような、哀れな声が口から漏れた。
 ……ハッ!? ま、待て!? メンマ専門店!?

「まさか……」

 焼売を一口。
 シャクシャクと小気味の良い音が鳴るそれを咀嚼しながら、半分食いちぎった断面図を見やれば……そこにある茶色のアレ。
 OH……メンマだよコレ。

「………」

 いや、食う。
 金を無駄にするわけにはいかない。
 この金は親父たちが俺の給料にってくれたものだ。

(ゆえに───決して残さず食い尽くす覚悟を!!《クワッ!!》)

 かつて、趙雲さんのメンマのお陰で味に目覚めたこの北郷一刀! もはやメンマに畏怖することなどありはしない!
 不味すぎるものならまだしも、専門店を名乗るだけあって美味いメンマならばなおのこと!

「…………《コリコリ、しゃくしゃく……》」

 でも……なんだろう。
 さっきまでのさわやかな団欒っぽい空気は、いったい何処へ向かって裸足で駆けていったのでしょうかサザ(こう)さん。
 最初はいい。いや、不味くなるわけじゃないし、美味いことは美味いんだが……こう、おかずだけを延々と食わされている気分だ。
 中和剤として米が欲しい……いや、むしろこの味の濃さ自体を中和するなにかが……あ。

「親父さん、ちょっと厨房借りていい?」
「へ? いや、そいつはちょっと困るな。店を構えている以上、いろいろと───」
「悪いようにはしないからさっ、この通りっ!」

 拝み倒しを決行。
 このままじゃあだめだ、とにかくだめだ。
 思春なんて眉を寄せたまま箸を停止させてしまっている。
 陳宮はもともと餃子しか頼んでいなかったからいいが、正直この単調極まりない味を延々と食べ続けるのは苦しい。

「……じゃあ、一つだけ約束しろ。メンマってのはメンマ職人が八十八の手間と苦労を掛けて作る至高の一品だ。そのメンマを無駄にするような行為をするんじゃあねぇぞ。もしそんなことをしたら、ただじゃおかねぇ」
「八十八って……親父さん、それって米でしょ」

 言いながらも、了承を得たからには屋台の前からぐるりと回って厨房へ。
 使えそうなものはラー油にテンメンジャン、餃子に使ったであろうネギの残りと……厳顔さんに頼まれたこの酒くらいか?
 いや、卵があるな。歯応えを活かしつつ、濃い味をあっさりと仕上げるには卵は欠かせないだろう。
 ご飯もあるみたいだし……ふんふん。

「餃子ってことはニンニクも……お、あったあった」

 いける。
 なにやら今、俺の頭にキラリと輝く何かが降りた。
 右腕も……大丈夫、お玉を持つくらいどうってことない。
 料理……開始!


───……。


 というわけでここに完成品があります。じゃなくて。
 ざっと作ってみせた料理、その名もメンマ丼をドドンッとカウンターへ置き、ハフゥと一息。

「名付けて、極上メンマ丼っ! おいっしーよっ♪」

 慣れないウインクなぞをしつつ、どこぞの日の出っぽい食堂の少年の真似をして、どうぞと勧める。
 一応親父さんにも使わせてもらったお礼として差し出した。
 ……量が多すぎたから押し付けたんじゃないからね?

「お、おぉお……? な、なかなか上手く出来てるじゃねぇかい。だが味は……《はもっ》…………───おぉおおおお!!?」
「……これは」
「ど、どうしたです? 不味いなら吐き出すべきですっ!」
「いきなり失礼だなおいっ! 美味いって! 味見もしないで出すわけないだろっ!? ほらっ!」

 自分の分のメンマ丼(しっかり大盛り)を、小皿に取り分けて陳宮へ。
 大盛りを頼んだのは俺だから、きちんと思春は並盛り、俺は大盛り状態で分けた。
 ……ご飯と卵で増えた分は、多分親父さんのもとへ。

「む、むー……差し出されたからには食ってやらないこともないですが……《もく……》……む? むむむむむ!? こここれはっ!」
「な? ちゃんと美味いだろ?」
「うぐ……ま、まあまあです……」

 言葉での反応はまずまずだった。
 ……そっぽ向きながらも、黙々と口に運んでる姿だけで十分だが。

「おったまげた……米と卵、そしてメンマが互いを引き立て合い、個性を殺さずに上手く合わさってやがる……! メンマ丼はいろいろ食ってきたが、こんな美味い丼は食ったことがねぇ……!」
「蜀への道中、味気無いと言って授かっていた食を無駄に調理していた経験が活きたか」
「思春さん、そういうことは思ってても口にしないで……」

 それでも陳宮と同じく、黙々と食べてくれる。
 親父さんもがつがつと食らい、俺も大盛りである以上みんなよりも頑張って顎を動かした。
 やがて食事を終えれば、きっちりと米代も払い、メンマ園をあとにする。
 心なし、親父さんがソワソワしたりと落ち着きがなかったのが気になったけど……警邏の続きやお遣いのこともある。
 膨れたお腹に満足しながら、仕事に戻った。


───……。


 さて。
 そんなことから(勝手に酒を使ったことで、厳顔さんにゲンコツもらってから)三日後。
 政務の仕事にもようやく逃げ腰にならずに向かい合えるなーと、肩の力を抜き始めた頃のこと。
 その日は桃香が現場視察に行くと言うので、学校のほうを彼女に任せ、俺が執務室で書簡の山と睨めっこをしていた。
 もちろん、俺が目を通していいものを分けてもらったものとの睨めっこだ。

「…………北郷殿」
「うん? なにうわぁっ!?」

 音も無く執務室に滑り込んだらしいその人、趙雲さんがぐったりとした表情で……その、机を挟んだ向かい側に立っていた。
 まるで亡霊だ……声をかけられなきゃそこに居ることさえ気づけない。

「仕事中に……すまぬとは思うのだが……。探してほしい人物が……」
「探し人? や、それって俺じゃなくて別の誰かに───」
「と、友を見捨てるというのかっ!? 我らは同じメンマを愛する友であろうっ!?」
「だだだからいきなりなにぃっ!! まずきちんと説明してくれなきゃ解らないだろっ!? 友だけど今は人探しの話で、メンマは関係ないだろっ!?」
「あるっ! あるからこうして北郷殿を訪ねたのだ!」
「……へ?」

 暗い表情から一変、元気に叫んだかと思いきや、しゅんと落ち込んだ子供のような顔で俯いた。
 え……な、なんだ? もしかして本当に重要なこと?
 重要なのに俺を、友だって理由だけで頼ってくれた……?

「《キリッ───》……ごめん、きちんと聞くよ。それで、どうしたんだ?」
「あ、ああうむ……実はつい最近のことなのだが……いや、私はその場には居なかったのだがな───」

 趙雲さんの話を簡単に纏めると、つまりこういうことらしい。
 行きつけの店に謎の男が現れ、自分が美味い美味いと思っていたものよりも遙か高みのものを作り、名も告げずに去っていったと。
 趙雲さんは是非ともその人物に会い、自分が見ていた世界を大きく広げてくれたことへの礼を言いたいんだとか。

「へえ……特徴とかは解るかな」
「む……それがどうにも、店主があまりの味に驚愕し、その味を覚えることだけに集中しすぎたために覚えていないと……」
「うわ……第一歩から躓いてるじゃないか」
「いや、待ってほしい。辛うじて成都の人物ではないことと、庶人であることだけは覚えていたそうだ」
「へえ……庶人か」

 そっかそっかー、庶人で成都の人間ではない。で、特徴は解らない。
 ……どう探せと?

「店主自身はその味を再現してみせ、私にも馳走してくれたのだが……あれは素晴らしいものだ。今やその店の名物として、客が並ぶほどだ」
「えぇっ!? すごいじゃないかっ!」
「うむ。ならばこそ直接会って敬意を表し、その御仁に礼を届けたいのだ」

 なるほど……確かにそれは解る。
 自分の見ていた世界を広げてくれた人が居たのなら、きちんと会って感謝のひとつでも届けたい。
 俺が、この大陸に生きる人たちへと感謝を届けたいのと同じように。

「そっか……ん、解った。手掛かりらしい手掛かりが無いんじゃあ探しようもないけど、別のお店で何かを教えているような人が居たら声をかけてみるよ」
「うむ、感謝する」

 軽く頷くように頭を下げて、趙雲さんが去ってゆく。
 手掛かりの無い人の捜索願いか……一応、頭に入れておいてみよう。

「んー……」

 趙雲さんの行きつけの店に訪れたってことは、そこにまた現れる可能性もある……か?
 そうしたらそうしたで、今度こそそこの店主さんが気づくだろうから俺がそこに張り付く必要はないよな。
 じゃあ───あれ? ちょっと待て、俺に出来ることってなにかあるのか? ん、んー……素晴らしいものを作った誰かを探してて、で……───マテ。

「メンマ?」

 メンマは関係ないと言った俺に届いた言葉、“あるからこうして北郷殿を訪ねたのだ”。
 謎の男が現れて? 美味いと思っていたものよりも遙か高みのものを作って? 名も告げずに去っていった?

「……行きつけの店ってまさか」

 あのメンマ園とか? ……まさかね、そんな偶然なんて無いって無い無い。
 大体閃いて適当に作ったメンマ丼が、そんな行列を生じさせるほど人気が出るわけがない。
 行きつけの店っていうのはきっと、どこかの酒が美味しいお店かなんかだったんだ。

「よしっ、仕事仕事っ」

 その誰かのことは頭に入れておいて、今度それっぽい人を探してみよう。
 今は仕事づくめの桃香を少しでも楽にさせるためにも、出来るだけ仕事を減らすことに集中だ。



56/見極めた小さなもの

 ワヤワヤワヤ……

「ごめん張勲、荷物運びなんて手伝わせて」
「いえいえー、部屋に閉じこもってず〜〜〜っと書類仕事をしているよりよっぽど有意義ですから。重いものは一刀さんが持ってくれますし、こんな楽な仕事ならどんどん頼んでくださいねー♪」
「……キミって時々物凄く正直だよね」

 とある日の昼時。
 前日の雨がウソのようにカラッと晴れた晴天の下を、張勲と一緒になって歩いていた。
 掃除で忙しい賈駆さんや董卓さんの買い物を引き受けたはいいが、俺一人で人二人が持つ荷物をスイスイ持てるはずもなく、丁度手が空いていた張勲に手伝いを要求。了承を得て、現在に至る。
 こう……腕力的で言うなら持てはするが、荷物の安全を第一に考えれば人を増やしたほうが安全と踏んだ。一応、右腕に負担をかけないことが理由のひとつにもある。

「今日は思春も軍事のほうに連れて行かれちゃってるから、俺一人だとちょっと大変だったんだ。ありがと、助かったよ」
「いえいえ。ところで甘寧さんへの用は、兵に喝を入れるためー、でしたっけ?」
「うん、そう聞いてる。たまには蜀の将以外の気迫を浴びないと、兵が“戦”ってものを忘れるかもしれないからーって」
「それはまたなんともー……効果が抜群そうですねぇ」
「うん……素直にそう思う」

 俺も今でもヒィとか叫んでしまうし。
 あの殺気、あの眼光で睨まれたら、蛇に睨まれた蛙、チーターに追われるトムソンガゼル、アリクイに襲われし蟻の心境を味わえる。うん、ほぼ死ねる。

「でも、大丈夫なんでしょうかねー。ほら、甘寧さんは確かにお強いですけど、もう将ではないわけですし」
「蜀側に頼まれてのことなんだし、喝を入れるっていってもあの殺気をぶつけるだけなんだし───直接的なことを何もしなければ、問題にはならないよ」
「それってばつまり、勢い余って甘寧さんが兵を叩いたりしようものなら、大変なことになっちゃうってことですか?」
「うん、まあ。えと、ヘンな気、起こさないでね?」
「やですよぉ一刀さん、お嬢様からの無茶振りでもなければそんなことしませんよぉ」
「無茶振りだったらするんだ……」

 にっこにこ笑顔で言ってくれるけど、それが逆に不安を煽った。
 ありがとう華琳、二人を引き離してくれて。ここに袁術が居たら大変なことになっていたかもしれない。
 けど、この人は本当に袁術が好きなんだな。
 相手が小さいからかもしれないけど、そういう関係はなんだか心が暖まる。

(……っと、考え事してると足も遅くなるな。賈駆さんたちも掃除で忙しいんだ、こっちがのんびりするわけにもいかないよな)

 極力通らなかった道を歩く。
 必要なものの中にこの通りの店にあるものが無ければ、絶対に通らなかった。
 それは何故かといえば、

「? 一刀さん、あそこに人だかりが───」
「回り道して帰ろっか」
「はーい、気になるので却下しますねー?」
「早ッ!?」

 言った途端にばっさりで、しかもさっさと人だかりへと近づいていってしまう張勲。
 待ってと止めたところで聞いてくれもしない───いや、聞いた上で無視なさっている。
 ……これくらいの度胸とかが無いと、袁家の人とは付き合えないってことかなぁ。

「はぁ……」

 溜め息一つ、歩き出す。
 向かう先は人だかり……そう、メンマ園であった。

(大丈夫大丈夫、服は前とは違ってフランチェスカの制服だし、あの時は庶人服だったんだから……大丈夫……だよな?)

 だめだだめだっ、こういう場面で弱気になるのはバレる未来を作りだすだけっ!
 いっそのことバレてもいいやってくらいの勢いでっ!
 いざゆかんっ、人垣の奥へっ!!


───……。


 ……うん。結論から言うと、人が多すぎて近づけたもんじゃあなかった。

「けど、本当に人が並ぶほどの人気だったんだなぁ」

 趙雲さんから聞いてはいたけど、意外だ。
 ということは、やっぱり噂のメンマの仕事人っていうのは………………俺なのかぁあ……。
 趙雲さんの行きつけって、多分あそこのことなんだろうし───どうしよ、趙雲さんに名乗り出るべきか?
 ……いや、なにか嫌な予感がする。自然に気づかれるまで、黙っておいたほうがいいかもしれない。
 メンマ園にも今まで通り出来るだけ近づかないようにして。……なんとなく、メンマ園の親父さんと趙雲さんの反応、怖そうだし。

「その口ぶりからすると、人だかりの正体を知っていたんですよね? やですねぇ一刀さん、知っているなら知っているって言ってくれませんと、余計な時間を食っちゃうじゃないですかー」
「あの……いつの間にか俺が悪いみたいな方向になってるんだけど、俺言ったよね? 正体については言わなかったけど、回り道して帰ろっかって言ったよね?」

 からかうのが面白いのかどうなのか、俺の横でピンと立てた人差し指をくるくる回しながら、にこにこ笑顔で俺を見る張勲さん。
 あぁ危ないからそんな、荷物を片手で持つなんてことは……! と、ハラハラしてみればそれすらもからかいの材料だったのか、ニコリと笑うと持ち直す。
 だめだ、どうにもこういう女性には勝てる気がしない。

(…………まあ、いいか。顔会わせの頃の、鬱憤だらけで疲れた笑顔に比べれば……)

 人をからかうことでこんないい笑顔を見せてくれるなら、それもいいこと───だよな?
 度を越したからかいは、是非とも勘弁願いたいけどさ。

「もっと頑張ろっか。蜀でやるべきことを済ませていけば、それだけ帰るのも早まるだろうし……そうすれば袁術ともすぐに会えるよ」
「解ってませんねぇ一刀さん。ここはしばらく距離を取って、お嬢様を寂しがらせてから接するのがいいんじゃないですかー」
「………………寂しがってるのはどっちだよ、まったく」
「《わしゃわしゃっ》わぶぶっ!? なななにをっ!?」

 負担をかけないようにと空けておいた右手で、張勲の頭を乱暴に撫でた。
 酒が入るだけであれだけの寂しさを見せる人が、素面だからって平気なわけじゃないだろうに……。

「張勲、今日は仕事ないんだよな?」
「え? あ、はーい、誰かさんが政務を手伝い荒らしちゃっているお陰で、この手は始末する仕事を探して彷徨っているところですよー」
「荒らしてるとか言わないっ。……でも、そっか。じゃあ仕事仕事って言わずに、今日くらいは楽しんでみないか?」
「うーーん……もう十分楽しんでますよ? 一刀さんで」
「人で楽しまないのっ! そうじゃなくて、袁術の木彫り人形ばっかり彫ってないで、別の楽しみを───」
「ふふふっ、はいっ♪ ですからもう楽しんでますよー?」
「………」

 傾げた笑顔のまま、歩きながら俺の顔を覗いてくる張勲。
 人で楽しむのは……ともう一度言おうとしたんだが、どうにもそういう意味じゃないらしい。
 じゃあどういう意味なんだーと訊かれれば、俺には答えようがない。
 ないので……まあ。

「……そっか。楽しんでるならそれでいっか。じゃあ買ったものを城に運んで、賈駆さんと董卓さんに報告して……えぇっとそれから〜……」

 胸ポケットからメモを取って、片手でペラペラと〜……あった。
 今日の予定……もう何度も消して書いてをしているから随分と汚いページに、約束の文字は無い。
 時間があれば鈴々と一緒になって街の子供達と遊んだり燥いだりをしているから、ヘタに予定が割り込ませたりするとひどい目に遭う。

「蜀の皆さんとの密会予定表ですか?」
「違う違うっ、最近は工夫のみんなを手伝ったり氣の鍛錬の手伝いをしたり、勉強会開いたり大陸の勉強したりっていろいろ大変だから、予定表作っておかないと怖いってだけだよっ」

 そう、怖いのだ。
 勉強、鍛錬、工夫のみんなの手伝い、掃除も手伝ったり買い物を手伝ったり、やることはたくさんある。
 もちろん俺が進んでやらせてくれって頼んだことだ、文句はない。
 けど一度。そう……一度、珍しく仕事らしい仕事が無かった日、桃香の気晴らしに付き合うって約束をしていたことをスコーンと忘れていて、ひどい目に遭ったのだ。
 あれは恐怖だ。ちょっとしたどころじゃない、恐怖以外のなにものでもなかった。
 もしあの日に魏延さんが非番だったらと思うと、今を生きる自分を祝福してやりたくなるほどだ。
 反省。
 で、その反省の結果がこれで、一日周期……じゃないな。約束ごとや頼みごとをされるたびに書いたり消したりを続けているから、ずいぶんとメモがボロボロだ。
 シャーベンの芯も消しゴムも、物凄い速度で磨耗していく。
 ……消した跡の中に、少しずつ練習した絵の跡とかがあるのは秘密だ。

「行こうか。今日はこの買い物以外に予定はないし、付き合うよ。張勲がなにをそんなに楽しんでるのかは解らないけど、一人より二人のほうが───…………えと。楽しいといいんだけど」
「んーーー…………ああっ、これがでぇとのお誘いというものだったりしちゃうんですねっ?」
「デ……!? ちっ、ちちち違うって! その言葉はもう呉で懲りたから勘弁してくれっ!」
「殿方が女性を誘い、遊びに出かけるのがでぇとではないんですか?」
「う……前にも勉強会で言ったけど、デートっていうのは気になる対象を異性が誘って、もっと好きになってもらったり気にかけてもらったりするためのもので───」
「なるほどー、つまり一刀さんは私とは微塵にも、好きになってもらいたかったり気にかけてもらったりなんて、してほしくなかったりしちゃうんですね?」
「へっ!? あっ、いやっ、今のはそういう意味で言ったわけじゃっ……」
「じゃあ好きなんですねっ」
「えがっ……あ、あぅ…………その。……と、友達、としてなら」

 嫌いではない。それは間違いないけど、状況に流されるままに好きを口にするのは危険だ。
 好き、と自分からはっきりと口にした相手は居ないかもしれないが、愛していたと届けた相手なら居る。
 なんだかんだと国を回って様々な女性と顔合わせをしたものの、心の中にはいつだって彼女が居る。
 それがいつだってブレーキ代わりになってくれていたけど、届ける言葉はきちんと自分の言葉。
 もう、彼女や魏を言い訳にしたりはしない。

「うーん……現状維持ですかねぇ。“一刀さんを味方につければ曹操さんはおろか魏のみなさんも下手に動けなくなりますよ作戦”は、早くも頓挫でしょうか」
「うわー、そのまんまだー。しかも本人の前で、どれだけ度胸があるんだ……いやないのか?」
「いえいえそれほどでもー♪ ただどうせ味方につけるなら、好きになっちゃったほうが私的にもお嬢様的にも一石二鳥になっちゃったりしまして、しかもその上、一刀さんが曹操さん以上に私達のことを好きになってしまえば!」
「いや。それはない《キッパリ》」
「うわーい即答ですよこの人〜。何処まで曹操さんが好きなんでしょうかねぇもう。蜀に来る前に集めた情報によれば、誘えば絶対に断らない煩悩だけで動いているような人、なはずなんですけどねー」

 ……うん。何故か無性に桂花と真桜と沙和にいろいろと問いただしたくなってきた。
 どうしてだろうなぁ、この人だーって言われたわけでもないのに。

「っと」

 なんだかんだで城に着く。
 ペコリと……ではなく、「お疲れさんっ」と元気よく声を掛けてくれる兵に、俺も「お疲れっ」と返しつつ。

「……一刀さんは両方いける人だったりするんですか?」
「訊き返して長引かせたくもない内容が予想できそうだけど、なにが?」
「いえいえ、女性を友達どまりにさせておいて、影では兵のみなさんを口説いてまわっ───」
「───ってないからぁっ!! 〜〜〜……あ、あのねぇ張勲? 俺はちゃんと、女の子が好きだし、お、おぉおおお男とそんな関係なんて、まっぴらごめんな一介の青少年なんだぞ? 冗談でもそういうことはだな……」
「〜♪《にこにこ》」
「………」

 “楽しんでいる”って意味が解った。
 俺で楽しむってのは却下した。その上で彼女は「ですから」と言って、楽しんでいるとも。
 じゃあなにをどう楽しんでいるのかといえば……俺に限ったことじゃなく、人をからかって楽しんでいた。

「……あのさ。張勲にとって、俺ってなに?」
「……? はいっ♪《ピンッ》お友達ですよー?」

 人差し指を立てて、にこりと笑む。
 その言葉に数瞬、言葉を失うが───と、友達?

「え───……えと。おもちゃの間違いじゃないよな?」
「いえいえー、玩具の位置はもうお嬢様と───いえげふんげふんっ! ……えーとですねー、一刀さんはお友達ですよ? さっき擦れ違った兵の人と同じです。悪い人じゃないことはもう解りきっちゃってますし、魏で得た情報はなにも、煩悩がどうとかって話だけじゃあありませんから」
「……? それって……」

 恋や桃香も言ってたっけ……魏に居れば俺の話は耳にするって。
 ……でもなぁ、俺の噂っていったら……───だめだ、我ながらいい噂が想像できない。

「噂だけで判断するのは危険ですけど、困ったことにこの目で確かめちゃいましたから。面倒なことに首を突っ込みたがる困ったさんですけど、首を突っ込んでおいて慌てる様とかもこう……なんて言うんでしょうねー、見ていて気持ちがいいくらいですから」
「アノ。ソレハ、トモダチ、イイマスカ?」
「言いますよ、言っちゃいますよ〜? だって一刀さんは私を楽しませたくて、私は一刀さんと居ると楽しめて。安定している利害関係ですし、顔だけでなく性格もいいなら言いっこなしですもん。だから、友達です」
「……いろいろと悩むべきところがあるような無いような……。でも、うん。じゃあきっちり言わせてくれ。───張勲、俺と友───《ピトッ》……?」

 右手を差し出し、友達に……と言おうとしたら、その口に彼女の人差し指が添えられた。
 いっつもピンッと立てている、あの人差し指だ。

「友達は、わざわざ確認し合うものじゃあありませんよ? 言いたい放題難癖つけちゃえば、私とお嬢様にとっての一刀さんは、自由になる好機を潰してくれた困ったさんですけど。難癖つけずにきちんと見れば、落ち着き始めた大陸で賊まがいのことをやっちゃっていた私達を処刑しないでくれた、恩人さんなんですから」
「張く───」
「“七乃”、ですよ。恩人の御遣いさん」
「───…………じゃあ。これからもよろしく、七乃」
「はいっ♪《ピンッ》」

 過ぎる時間、過ぎる一日。
 笑顔であっさりと真名を許した彼女は、笑顔のままにいつの間にか止まっていた足を動かして、城の通路を歩いてゆく。
 慌てる必要なんてないのに慌てて追って、その横を歩く俺はなんだか無性におかしくなって、くっくと笑った。
 いいのか、なんて返すこともなく真名を呼んだのは、酷く簡単なことだ。
 顔合わせの時に彼女が言った言葉、“見極めさせてもらう”って言葉が、今に繋がったってだけなのだろうから。
 噂の一人歩きと呉や蜀での働きのお陰なんだろうが、意外に早かった見極めがありがたくもくすぐったく、つい笑みがこぼれた……ただそれだけの、なんでもない時間。
 荷物を置いて報告を済ませると、早速二人で城の中を歩き回ったりして、からかわれながらも今日という一日を過ごす。
 ……途中、ことあるごとに将や兵に捕まる俺に溜め息を吐いたりもしていたが、「随分好かれてますねー」とからかわれる始末。
 それでも……───うん、それでも。互いがそんな関係を嫌だって思ってないなら、それは確かに心地のいい利害関係にあるのかもしれない。

「明日は工夫のみんなの手伝いがあるし……晴れるといいなぁ」
「はーい、それじゃあ雨乞いでもやっちゃいましょうかー♪」
「なんで!? 俺、晴れてほしんだけどっ!?」

 そんなふうに考えられるくらい慣れることが出来たこの青の下で、今日もみんなが賑やかさの中を生きていた。




ネタ曝しです  *すげぇパワーだ……オラの十倍はありそうだ  ドラゴンボールの悟空が言いそうな言葉。  *おいっしーよっ♪  アニメ・ミスター味っ子の次回予告の際に、主人公が毎度言っていた言葉だったはず。  その彼の家が日の出食堂って名前。  *超配管大工兄弟  スーパーマリオブラザーズ。ピーチはちと攫われすぎだと思うんですよ。  ええい警備兵はなにをしておるか!  え? 守護者がキノピオ?  ……守らせる気があるのかこの城の人たちは。  *サザ工さん  つまりはサザエさん。  いろいろと名前でのパロディが多く、式神の城ではザサエさん。  某投稿漫画ではサバエさん、4年1組起立などではサザザさんとなっている。  なお、式神の城のザサエさんがサザエさんのパロかどうかは、確信が持てません。 Next Top Back