79/同情の価値

-_-/一刀

 …………ミシッ……

「いづっ……! 〜〜〜〜っ……つはっ……あぁ……!!」

 腕の付け根……腋辺りから走る、痺れるような痛みで目が醒めた。
 目覚めたと認識してからは既に腕の感覚はなく、思い出したのは気絶する前の光景。
 なんとか恋の攻撃を氣で受け止めて、吸収して返した……まではよかったんだが、そのあとがまずい。
 きょとんとした顔で俺を見たその姿が、今も目に焼きついている。
 “自分の力で吹き飛ばされた”なんて、まさか夢にも思わないだろうけど、その目が興奮に満たされるのにそう時間は必要じゃあなかったのだ。
 目を爛々に輝かせて、そのくせ本気かと見紛う“構え”を取って───えと、本気じゃなかったよな? さすがに俺相手に本気って……なぁ?

「えっと……こうして倒れてるってことは、あの一撃で気絶したってことだよな?」

 氣で受け止めようにも、恋の一撃を返した時点でほぼを使ってしまっていた。
 だから、掻き集められるだけ集めた氣を木刀に託して、それを受け止めた……───までしか覚えてない。その一撃で気絶したのは確実なんだろうな。

「しかしすごいな……腕の感覚が消えるほどの一撃か。こんなの戦場でされたら、そりゃあ人垣だって一撃で吹き飛ぶよ。三国無双の名前は伊達じゃ───OH」

 痺れた左腕を苦笑混じりに見た───筈が、その腕で三国無双さんが気持ち良さそうに眠っていた。
 そして、苦笑のまま固まる俺。
 ……アア、そりゃあ腕を枕にされちゃあ痺れるよな。ナールホドー。

「……アレ?」

 じゃあ右腕まで痺れているのはナゼ?

「……ゴ、ゴクッ……!」

 声として出るほどの大きな音で、息を飲む。
 バッと振り向こうとしているのに、あまりの緊張か嫌な予感のためかギギギ……としか動かない自分の首に、更なる焦りが生まれる。
 それでもなんとか振り向いた先に、栗色の髪と幸せそうに眠りこける蜀王さま。
 現実を直視したくない一心がそうさせたのか、ギシリとしか動かなかった首が、バッと空を正面に捉えた。
 その正面に、先ほどまでは存在しなかったにっこり笑顔の美髪公。

「……………」
「…………《ニ、ニコッ?》」

 笑顔には笑顔を返す……善き日々を送る秘訣です。
 だがその日僕は確かに祈っていた。
 どうか平穏無事に今日という日を乗り越えられますようにと、またしても神様に。

「一刀殿ぉおおおおおおっ!!!」
「うわわわわわわぁあああああっ!! なんだか知らないけど誤解だぁああああっ!!!」

 それが無理だということは、恋と対峙した時から解りきってたことなんだけどね……。

───……。

 説得。
 話して聞かせ、相手に納得してもらうこと。“説いたものを得てもらう”と書く。
 ただし納得するかはあくまで相手次第であり、

「まったく何を考えておいでか! 昨日の無理を度外視し、さらに恋に本気を出させるなど! もし命を落としたらどうする気だったのです!」
「い、いやぁ〜……命が無くなってたら、どうしようもないんじゃあ……」
「そのようなことを言っているのではありませんっ!!」
「ごごごごめんなさいっ!?」

 ……どうしてかいつの間にか、説く方と説かれる方が逆転していた。
 そしてこの場合は説得じゃなく説教と言います。もちろん正座してるのは俺だけ。

「聞けば恋にねだられたから武器を手にしたそうですが、それでも本気にさせるのはやりすぎです! もしやすれば飛んでいたのは五体ではなく首だったのかもしれぬのですよ!?」
「いやままままま待って待った待ってくれってば! 俺はただ普通に返しただけなんだってば! くらうわけにはいかないから反撃して、そしたら恋が目を輝かせてっ!」
「何を馬鹿な! 恋がそれしきで本気を出すわけがないでしょう!」
「信じてくださいっ!? ほんとなんだって! なぁ恋!? れっ───あれちょっ……! 恋!? れっ……恋起きて! 恋ーーーッ!!」

 振り向いてみれば眠り姫。
 俺だけが雷を受ける中で、二人は未だに眠っていた。

「証明する者は眠っているようですが……さて、一刀殿? あの恋が相手を吹き飛ばすほどの力を振るうならば、それなりの理由が必要となります。争ったあともあるようで、重いものが落ちたような跡もある。確かに一刀殿は吹き飛ばされたのでしょう」
「ハ、ハイ……」
「では、なにが恋をそこまで本気にさせたかです」
「……あの、だから反撃しただけで───」
「《じろり》食べ物、ですか?」
「違いますよ!?《ガーーーン!》聞いて!? お願いだから聞いて愛紗!」

 愛紗の中では“恋=食べ物”なんだろうか。
 解らないでもないが、まずは聞く耳をどうか持って欲しい。
 半眼でジトリと見られたままだと、さすがに自分が悪いのかって錯覚を覚えてくる。

「……はぁ。解りました、そうまで言うなら信じましょう」
「あ、愛紗……! ……目が信じてないんだけど?」
「気の所為です。ええ、気の所為でしょうとも?」
「………」

 ワ、ワーイ、信じてもらえて何よりだー。じゃなくて。

「……愛紗、じっくり説明するから、ここ座って」
「生憎と警邏の続きがありますので。ここには昼をとりに来ただけです」
「いいからいいから、すぐ済むから座って座って」
「《きゅむ》なっ! い、いえっ、ですからその昼の時間自体がそう長いものでは!」
「誤解して貴重な時間を説教に使ったのは愛紗なんだから、自業自得。で、誤解かどうかは今説明するからきちんと聞く。ちゃんと知れば怒る必要なんて無くなるんだから、まず聞く耳を持ちましょう。いいね?」
「うぐっ……」

 正座をしたまま、愛紗の手を握って引っ張る。
 文句を言うわりには軽くすとんと座るその姿に笑みがこぼれるが、説明はきちんとしないと意味が無い。

「恋が本気になった理由だけど、多分これの所為だ。焔耶と戦うことになった時、ぶっつけ本番でたまたま成功したものなんだけど……あ、きっかけを教えてくれたのは明命───呉の周泰なんだけどね」

 まずは氣のことから、解りやすく説明。
 明命と“相手から受けた衝撃を散らす方法”などの話をしたことや、化勁の話をしたことなどを説明しながら、それを焔耶との戦いで成功させたことを話す。
 で、実際に愛紗に俺の左手を殴ってもらい、そうするのとしないのとでの拳の威力を比べてもらった。

「これは奇怪な……。氣とは応用次第でこうも不思議なことが出来るものなのですか」

 愛紗はとても驚いていた。
 物珍しさからか「もう一度試しても?」と訊ねてくるけど、さすがにもう氣が底を尽きてしまった。気絶することで休まった体に、多少は戻った氣だが……今ので使い果たした。くらくらする。

「う……申し訳ない。勝手に誤解し、怒るだけ怒った私に、わざわざ説明させてしまうとは……」
「はは、いや、誤解が解けてなによりだよ。……えと、言っておくけど、俺自身も恋の攻撃で気絶してたから、どうして二人が俺の腕を枕にしていたのかは───」
「ええ、大方桃香さまがそうしたのを恋が真似たんでしょう。つくづく申し訳ありません」
「いいって、四六時中王で居る必要なんて無いと思うし、それで日頃からの頑張りが少しでも報われるなら、俺の腕も痺れ甲斐があるって」
「……そうですか」

 俺ならそう言うと思ってたのか、それともそんな言葉を期待していたのか、愛紗がやさしく微笑む。愛紗も相当気苦労が絶えないよなぁ……誤解とはいえ、こういうことが何度もあったら身が保たない。
 あ、だったら───

「なんだったら愛紗も寝てみるか? 俺の腕くらいならいつでも貸すけど」
「は? ………………───!?《ぐぼんっ!!》」

 あ。赤くなった。

「ななななにを急にそんなっ……い、いや結構です! 私はそんなものを貸してもらわずとも毎夜毎朝を快眠で過ごしています!!《クワッ!!》」

 早口言葉大会で優勝出来るってくらいの早口だった。
 しかも活舌が素晴らしい……じゃなくて。

「そ、そうか? いっつもとばっちりっていうか、面倒ごととかを回しちゃってる気がするから、俺に出来ることならって思ったんだけど」
「だとしても行きすぎです! だっ……大体! 貴方は妙に無防備すぎる! 魏を、魏に、魏がと呉では散々と拒んでいたと聞きますが、だというのにこうも甘い! 貴方にその気が無くとも、それではいずれ誤解をする女性(にょしょう)が───…………一刀殿?」
「え……───あ、いや……うん……」

 言葉が突き刺さった。
 そして思う。善意はやっぱり、自分が思うほどに相手にとっての善にはならないのだと。
 それを真っ直ぐに突き付けられたら、さすがに言葉を失っていた。
 失っていたから……散々言葉に詰まって、出る言葉といえばこんなもの。

「ごめん、軽率だった。でも、何かしてあげたいって思ったのは本当なんだ……それは信じてほしい」
「あ───いえ、私も少々、勢いに任せて言いすぎました……」
「………」
「………」

 気まずい空気が流れる。
 でも、言われても仕方の無いことだったのかもしれない。
 そして、言われて良かったと思うべきことだ。

「ごめん、ちょっと頭冷やしてくるな? いろいろ考えておかないと、大事なもの……壊しちゃいそうな気がするんだ」

 自分に向けて“仕方ないの無い奴だ”って思ったら、自然と笑みが浮かんだ。
 そんな笑みを顔にくっつけたままそう言って、氣を使ったばかりのふらふらな体で立ち上がる。
 ……川にでも行こう。
 思いっきり頭冷やして、そして───…………そして……《がしっ》

「っとぉ!? おわっ! たっ、たとと《ドグシャア!》へぶぅ!?」

 歩き出したところで、ズボンを掴む誰かの手。
 痛打した顔面を押さえながら、指の間から見てみれば……眠たげに目をこする桃香と恋。

「い、ぢぢぢ……! ふ、二人とも、なにを……」
「ふぁう……ふぁひゅひゅぅう……おにいさん、おふぁよぅ……」
「……、……」
「…………お、おはよう」

 挨拶しながらもズボンは離してくれないのな。
 斜面降りるところだったから、その分速度が増して滅茶苦茶痛かったんだが……。
 そして今さらだけど恋って物凄く長く寝てなかったか? 何度寝なんだろう、それは。
 ……じゃなくて。

「……二人とも、ごめん。少し頭冷やしたくてさ、離してくれるとありがた───」
「え〜? だめだよぅ、お兄さんはこれから、私とい〜〜っぱい遊ぶんだから〜〜……♪」
「……わあ、ばっちり寝惚けてらっしゃる」

 ちらりと恋を見てみても、どうやら同じ反応らしい。
 そんな中にあって、ただ愛紗だけが気まずそうに顔を伏せていた。
 ……普通に接してたつもりがああいうことに繋がるなら、普通じゃない自分で行くべきなんだろうかと考えた。───けど、その普通じゃない自分っていうのがイメージ出来なくて、少しだけ自分が嫌いになる。
 掴まれている手を叩いてでも逃げ出そうか?
 適当なことを言って離してもらおうか?
 それとも───……

「っ───せいっ!!《ずぱぁんっ!!》」
『っ!?《びくぅっ!?》』

 それとも、じゃないだろっ……!
 って、ああああ痛っ……! 頬叩くにしたって、もうちょっと加減すればよかった……!

「……〜〜……ごめん、愛紗。やっぱり頭冷やすの無しだ。自分が自分として、自分をそういう奴なんだって自覚して受け止めるなら、誤解する人が出てくるのは仕方ないってことも受け止めなくちゃ嘘になる……。そんないろいろを受け止めた上で、それでも支柱を目指したいって思うなら……そこで“自分の普通”を変えるのって、なんかずるいじゃないか」
「……一刀殿……」
「ふぇ……? なに? なんで叩いたの? わっ、顔赤いよお兄さんっ! 大丈夫!?」
「いや、ははは……正直滅茶苦茶痛いです……!《ズキズキズキズキズキ……!!》」

 俺はこう思うんだが、貴女はどう思う?
 そんな言葉を誰かさんに送った。
 それなのに自分の意思をころころ変えてちゃ、面目の立つ場所が滅びてしまうだろう。
 もともとそんなものが立ってくれるほど、立ち位置が残ってたらの話だけど。
 人は変わるもんだけど、自分が自分を信じられなくなるほど変わってしまったら、それはもう自分じゃない気がする。だめだろう、それは。

「俺は俺のまま支柱を目指すよ。誤解も罵倒も全部受け止めるつもりだ」

 俺は俺らしく。
 そうじゃないと、目指す意味も無い。
 その意味っていうのがどこに落ち着くかなんて、結局は自分と自分の周りのためっていうのに落ち着く。
 落ち着くくせに、困っている人は見捨てられないって自覚がある。自覚があるから行動に出て、誰かの笑顔が自分のためになる。
 行動の全てが笑顔に変わってくれれば、とってもありがたいんだけどなぁ。
 そう上手くいかないのが世の中だ。

「……それは、口で言うほど易いことではありませんよ?」
「うん。だからみんなで目指そう。断言出来るけど、俺一人でなんて絶対に無理だ。俺は出来る限りの天の知識を提供するし、自分に出来ることは“なんでもする”つもりだよ。だから───」
「───なんでも?」
「へ? あ、うん」

 愛紗と話している中、ピクリと肩を動かした桃香が割り込んでくる。
 斜面の下で、ズボンを引っ張られながらっていう、冷静に考えると妙に恥ずかしい状況で。

「ほんとになんでも? お兄さんが支柱になれば、出来ることならなんでもしてくれるの?」
「さすがに限界はあるぞ? 人一人に出来ることなんて限られてるし、俺だって朱里や雛里みたいに知力が高いわけでも───」
「じゃあ賛成っ!」
『───へ?』

 俺と愛紗の声が、綺麗に重なった。
 対するは桃香一人で、恋は俺のズボンを引っ張るかたちでずるずると俺に近づき、足を枕にまた眠りについてしまった。

「お兄さんが支柱になることに、私は賛成するよ?」
「え───なっ! 桃香さま!? 他の者の意見も訊かずにそれはっ───!」
「愛紗ちゃんは反対?」
「はんたっ……い、いえっ! 反対だとかそうでないとかを問うているのではありません! 現状───今のままでも十分だと言っているのです! 日取りを決め、他国に集い、宴をする! それを出来る今が一年も続いています! これ以上を望めば必ず、別のところで綻びがですねっ……!」
「そうかなぁ〜……街の人も村の人も、兵のみんなも将のみんなも、お兄さんのこと嫌いじゃないと思うんだけどなぁ〜……───愛紗ちゃんはお兄さんのこと、嫌い?」
「なぁあっ!? 今はそういうことを話しているわけではないでしょう! す、好き嫌いの問題ではありませんっ!」
「じゃあ嫌いな人でも優秀だったら、誰でもいいの?」
「うぐっ……!」
「愛紗ちゃんは───口が悪くて態度も悪くて、だけど仕事がとっても上手で、綺麗に纏められる人なら誰でもいいの?」

 それは……俺だったら嫌だなぁ。
 だって、国は豊かになりそうだけど、代わりに笑顔が消えそうだ。
 そんな国に住んでいても、ちっとも楽しくない。

「それなら少なからず憎まれてもなくて、交友関係も多いお兄さんのほうがいいんじゃないかなぁ。それに、支柱ってだけで、王様になってほしいって言ってるんじゃないんだよ? この国で頑張れるのは私で、その責任をお兄さんに押し付ける気は全然ないもん」
「…………と、桃香さま……!《じぃいん……!》あの、口を開けば的外れなことを言い、仕事とくれば投げ出すばかり……街を歩けばつまみ食いをし、子供に手を引かれては仕事をほったらかしで一日中遊んでいた桃香さまが……そこまで覚悟を決めていたとは……!」
「《サクサクトストスザクシュッ……!》……お兄さん……愛紗ちゃんって、時々本当に容赦ないよね……」
「うん……お前もそう思ってくれるか、桃香……」

 桃香に言葉の棘が刺さるのをなんとなく確信しながら、ただ見守った。
 いや、俺にも関係のあることなんだけど、桃香の目が本気だったから……ここで割り込むのは邪魔になるだろうって思って。

「解りました。それとなく他の将にも話を通してみましょう。支柱というものがどういった形で働くことになるのかは、まるで見当がつきませんが───貴方が来てから、少しずつではありますが蜀は変わった。そんな貴方の目標を言葉一つで否定するのはあまりに無粋」
「愛紗───」
「───ただし」
「《チキ……》……へ?」

 納得してくれたと喜んだ───次の瞬間には、相変わらず何処から出したのかも解らない青龍偃月刀が、俺の鼻先へと突きつけられていた。

「貴公がその器に相応しくないと感じた時は、曹操殿の進言と同様、迷わず貴公を討たせてもらおう」
「───……」

 “私が非道な王と思ったのならば……劉備、孫策。あなた達が私を討ちなさい”。
 いつか、華琳が言った言葉が思い返される。
 それは“自分は絶対にそうならない”という覚悟だ。
 華琳はあの時から今まで、そういった覚悟を抱いたまま生きている。
 それほどの覚悟が無ければ、王など……ましてや支柱になることなど無理なのだと。
 だったらどうする? 怖いからやめる? 器ではないと判断され次第殺されるのならば、そんなものになどなりたくない?

(………)

 ちらりと桃香を見る。
 たった今、愛紗が言った言葉の意味を何度も何度も確かめて、その上で俺の言葉を待っていてくれているのであろうその姿を。
 でも大丈夫。答えはきっと、その時にこそ桃香と華琳に教えてもらったことなんだから。

「………」

 胸に手を当てて、深呼吸をした。
 桃香はもうこの時点でハッとして、同じように胸に手を当てる。
 その顔は───笑顔だった。

  覚悟、完了。

 誰にも聞こえない声で言って、けれど桃香にはきっと伝わった言葉の魔法。
 それをした時点で、逃げ道なんてものは無くなったのだ。
 先に進むしかないなら、進むだけだよな───じいちゃん。

「解った。その時は、よろしく。って言っても、愛紗より先に華琳に斬られてそうだけど」
「ふふっ、確かに。では私はその後でさらに八つ裂きにしましょうか」
「やめてくださいっ!?」

 軽口をきけるようになる頃には、俺も笑っていた。
 視線の先にも笑顔。
 いつか、様付けで呼ばれなくてもいい、ただの一人として誰かに感謝されたかった王。
 王になんてなりたくなかったと。
 ただ周りに居てくれる誰かと同じように、互いに感謝する誰かで居たかったと願った王。
 そんな彼女が本当の笑顔で笑っていられる一年後の青の下、俺は───自由にされた体で立ち上がり、同じく立ち上がる彼女へと伝えた。
 未だ眠りこけている恋に苦笑し、急いで昼を食べねばと慌てる愛紗を見送って。

「……さっき、桃香が華琳と戦ってた頃のこと、思い出した」
「……うん」
「“王になんてなりたくなかった”。口にしたのは華琳だったけど、多分本当のことなんだろうなって思った。俺も、王で居るよりもみんなの隣に居たいって思う。様なんて呼ばれなくてもいい、もっと……町人だって兵だって、気軽に背中を叩いて笑い合ってくれる……そんな未来が欲しかった」
「……うん」
「でもさ、そんな考えに答えをくれたのも、やっぱり桃香だった。華琳が言うみたいに甘すぎたのかもしれないし、現実を見ることを、自分が頑張らなきゃいけないことまでを任せっきりにしていたら、絶対に辿り着けない場所があるってことを……知った」
「……っ……うん……」

 隣に立って、もう見えなくなってしまった愛紗を見送ったそのままの姿勢の桃香の頭を撫でる。
 王にはなりたくなかった。
 でも、誰かが変えなきゃいけなくて、待っているだけなんて嫌だったから立ち上がった。
 野望があったわけじゃなく、様をつけられ、尊敬されたいから立ち上がったわけでもない、小さな女の子。
 教えてもらったのは“現実”。
 そして、挫かれても立ち上がる“勇気”。
 そのこと全てを伝えるには長すぎて、だけど伝えるべきを伝えると、もう笑顔はそこには無く───ぽろぽろと涙し、かつての自分の弱さに泣く少女だけがそこに居た。

「“何も出来ない”って辛いよな。役に立ちたくても力が無くて、力が無いならせめて知力でって思っても、何にも提供出来やしない」

 “自分の知識”が活きたことなんてあっただろうか。
 天に当然のようにある知識だけが活躍し、それは自分じゃなくても出来たことで……御遣い様なんて呼ばれるたびに、自分は本当に様をつけられる立場にあるんだろうかと疑った。
 剣を握れば軽くあしらわれて、剣を握るほどの力が無いと勝手に決めつけた。
 自分のやるべきことは自分でと立ち上がってみても、それが他人の仕事を奪うことに繋がることを初めて知った。
 やることの全ては空回りばかり。
 どうすればいいのかを詳しく教えてくれる人などおらず、天の知識を武器に“様”呼ばわりされる自分が嫌になり……なのに、そう呼ばれることに慣れていく自分がたまらなく悔しかった。
 御遣い様なんて呼ばれなくてもいい。もっと傍で、同じことで笑ってほしかった。
 天の知識ではなく、自分の知識が活かされた時に……“一刀が居て助かった”って笑ってほしかった。

(ああ……)

 きゅっと、制服の袖を掴まれた。
 俺も、やさしく撫でる頭を、よりやさしく撫でる。
 この世界で桃香の傍に降りることが出来たなら、どれだけ助け合っていけただろう。
 別の場所に降り、敵として戦ったというのに……自分たちはこんなにも似ていた。
 ただ、桃香は戦での王としての敗北を知り───俺は、御遣いとしての勝利を知った。
 互いに勝利を知らず、敗北を知らぬ者としてこうして会って……それでも、同情がどうとか言っても始まらない。同情なら戦いながら、姿も知らない頃から今までをずぅっとしてきた。
 同じ思いを抱き、それでも相容れることなく。

『………』

 軽く見下ろし、軽く見上げて交差する視線。
 拭われることなく流れる涙を見て、その痛みが解ってしまう自分も相当だ。
 ───けどさ。
 解ってしまうからこそこうして笑んで、言うべきをしっかり伝えることが出来る。
 それは事実ってやつで、同じ思いを抱いてきたからこそ解る、同情っていう名の絆だ。

「───桃香」
「───お兄さん」

 じゃあ、言おうか。
 俺も、きっと桃香も、解ってくれる人にこそ心を込めて言われたかった言葉を。

「桃香が居てくれて、」
「お兄さんが居てくれて、」
『本当に、よかった───』

 笑んだまま、涙したままに交わされる言葉。
 涙は余計にぽろぽろと零れ出して、思わず拭おうと指が動いた途端───桃香は俺の胸に抱き付き、わんわんと泣き出した。
 “居てくれて助かった”じゃなく、“居てくれてよかった”と伝える意味は、とても単純なもので───自分達が互いに似ていると感じた頃から、互いに助かったと思うことなどたくさんあったのだ。
 だから、助かったじゃなくよかったを伝える。

(……うん。頑張ろう、もっと、もっと……)

 これからこの世界で、自分は何を学び、どんな明日を作れるだろう。
 考えたところでちっとも浮かんでこないイメージに、早くも苦笑が漏れる。
 けどまあ、難しい顔をしてうんうん唸るよりも、ヘラヘラした薄笑いを浮かべてでも、みんなが笑っていられる未来を目指そう。
 頭が足りていないって思われたって、それはきっと誰かの笑顔に繋がるから。
 王になるべきではなかったと言われても、御遣いとして力不足だったって言われても、もはや悔やむまい。
 力不足に嘆き、人が死ぬ世は……もう終わったのだから。





80/賑やかさとやかましさは紙一重

 体力を回復させるためには食事は必須だった。
 だから食べた。
 ガツガツムシャムシャ、勢いよく。
 しかしよく噛むことも忘れない。しっかり味わわないと、作ってくれた人に失礼だ。
 ……作ったの、俺だけどさ。

「お兄さんは一口が大きいよね〜」
「んあ? そ、そうか?」

 当然ながら、一緒に居た桃香も同じ卓で食事中。
 他国の城での食事にも慣れたものだったけど、そういえば桃香と一緒に食事っていうのはあまりなかった。
 そんなこともあってか、にこにこ笑顔で俺の隣に座り、のんびりと昼餉をつつきながら俺を見る桃香。……なんだか物凄く幸せそうだ。
 まあ、美味いよな、これ。
 散々と氣を使ったり緊張したりを繰り返した所為か、腹の減り方が異常だ。
 当然口にすれば味わい深いというか……いや、空腹は確かに調味料だが、それを抜きにしても美味しいわけで……って、誰に言い訳してるんだ、俺。

「そういえば、愛紗はもう居ないんだな……」
「あはは……私、結構いっぱい泣いちゃったから……」

 それにしたって早い。
 涙でびしょ濡れになった服をなんとかするために、着替えに戻ったとはいえ……ちゃんと噛んだだろうか。不安だ。

「恋は恋で、起こそうと思ったら“うるさい”って殺気飛ばしてくるし……」
「眠ってるのを邪魔されるのが嫌いなんだよ、恋ちゃん」

 にしたって、もうちょっと限度ってものを……無理か。

「っとと、そういえば今日はどうするんだ? 仕事は貰えなかったし、ボランティアも終わっちゃったらしいし……桃香もその様子だと、終わったんだろ?」
「うん。それでお兄さんを探しにいったら、お兄さんが恋ちゃんに吹き飛ばされてて」
「あ、あー……お恥ずかしいところを」
「お兄さん、前にも飛ばされてたよね、鈴々ちゃんに」
「うぐっ……」

 覚えてらっしゃったか……!
 だからどうって話でもないんだが、男の子としては恥ずかしい。
 なにせあのあと、恋にお姫様抱っこされて……ぬわーーーっ!
 思い出したら恥ずかしさがっ! 消えろ消えろっ、消えてくれーーーっ!!
 ハッ!? い、いや、その恥ずかしさも今の俺を形成する過去の一つだから、受け止めなきゃいけないのか!? なっ……なんだこの切ない思い! ってだから落ち着け俺!

「……んむ」

 あー、野菜炒めが美味い。
 侍女さんに頼んで厨房を借りて、自分で作った野菜炒め。
 なんのことはなく、桃香が急に“お兄さんが作った料理を食べたいな”と言い出したから、こうして作ってみたのだが。
 味はやっぱり普通だ。蓮華に食べさせた炒飯のように、可も無く不可もなく。
 不味いわけじゃないから、これはこれでいいだろう。

「食ってるか? 桃香」
「…………《ぽー……》」
「……? 桃香?」
「へぁぅっ? え、あ、な、なにかな」
「いや……食ってるか? って」
「えぁっ!? ああうんっ、食べてる食べてるっ、おいしーよー!?」

 言いながら、箸をコリコリと噛み始める桃香さん。
 彼女はその、なんだ、前世が兎だったりしたんだろうか。はたまた白蟻?

(……なんか、朱里や雛里が考え込んでる時の俺を見るような顔をしてたけど)

 もしかして蜀で流行してるのか?
 ……そか、流行なら仕方ないな。
 星もメンマを見る時は、あんな顔してるし───って、おや?

「そういえば桃香、思春はどうしてる? 呼ばれた〜って言って、執務室に行った筈なんだけど」
「あ、うん。最後だし、兵のみんなに緊張感を持たせるために〜って。ほら、前にも……」
「ああ、確かに」

 前にも他国の将の殺気云々で、緊張感を忘れないためにとか言ってたっけ。
 なるほど、それは確かに俺が行っても意味がない。
 むしろ筋肉痛に震える俺が行ったら、緊張感どころか笑いの種になりかねない。

(でも……なんだろ)

 くれぐれもと言われるほど、拒まれる理由じゃない気がする。
 ……気にしても仕方の無いことか。今はご飯だ。

「《もしゃもしゃもしゃもしゃ……》うんうまい」

 この野菜炒めは正解だった。
 味付けは薄いが、ご飯に良く合う味ではある。
 濃すぎるわけでもないから飽きが来づらく、いくらでもご飯が食べられそうだ。

「《もくもく……》…………《ぽー…………》」
「………」

 で、桃香もきちんと食べてるんだけど、視線は俺に向けたままだった。
 流石に箸を噛み砕くことはしなかったようだけど、この調子じゃあお手拭(てふき)まで食べてしまいそうで怖い。

「……桃香?」
「食べてるよー……《じー…………》」
「………」
「………《じーーー……》」
「桃香?」
「食べてるよー……」
「………」

 見れば解るんだが、こちらを見たままなのはなんとかならないか?
 何か顔についてるのかと触ってみたところで、なんにもついてやしない。
 逆に、桃香の顔は赤いし……いったいなにが……? はっ!? もしかして外で寝たりしたから風邪を!?

「…………」
「……《ひたり》ぴうっ!?」

 額に手を当ててみると、肩が跳ねて変な声が飛び出した。
 熱は……普通? 普通だよな。風邪の熱にしては低いほうだと思う。
 とはいえもし風邪なら、引き始めが肝心。

「桃香、熱っぽいか?」
「へぅ?」

 単刀直入に訊ねてみれば、返ってくるのは月や雛里のような声。
 額からは手を離してあるけど、自分でそこに触れた桃香はより赤くなっていた。

「あ、ううんこれはなんでもないのっ、本当になんでもないからっ」

 しかしハッとするとすぐにそう言って、病気とかじゃないことを熱心に語ってくれた。

「そ、それでなんだけどお兄さん、えと、そのー……ううー……こ、この後、街に───」
「兄、見つけたのにゃーーーーっ!!」
「《がぶぅ!》ウギャアーーーーッ!!?」
「きゃーーーーっ!!?」

 人はそれを不意打ちと言う。
 何処から現れたのか、背中に飛びついてきた美以が俺の首筋にがぶりと牙を立てて───うぁああいだだだだだだぁあーーーっ!!!

「美以!? 急にどうした───じゃなくて出会いがしらに噛み付くのはやめなさいって言ってるだろうがぁーーーっ!!」

 椅子から立ち上がって引き剥がしにかかるが、その度に牙が皮膚を皮膚を皮膚をぉおおぁあああいだだだだだぁあっ!!

「兄、兄ぃ、にーーぃいい〜〜〜っ!! 聞いたにゃ! 明日帰るって聞いたにゃー! 兄はずっと蜀に居るんじゃなかったのにゃー!?」
「いつからそんな話に!? いや、そりゃ客だからやること終われば帰るぞ!? そしてそれを訊こうとしているのに噛み付く意味が繋がらないんだが!?」
「いやにゃーーーっ! ずっとここに居るにゃーーーっ!! 兄が居なくなったら、美以は何に対して狩猟本能をぶつければいいにゃーーーっ!!」
「人に狩猟本能をぶつけることをまずやめません!?」

 とにかくまずはぎうーと抱きしめられている(?)首にかかった腕を、なんとか外しにかかるんだが……途端にビキィと体に走る痛み。
 筋肉痛の脅威は未だ衰えを知らず、力が抜けたところにまた牙が降りました。

「いぁああああだだだだだだ!!? 痛い痛い痛いって美以!!」
「いい匂いですばしっこくて中々強い獲物なんてなかなか居ないのにゃ! 美以は兄がいいのにゃ〜〜〜っ!!」
「《かぷかぷかぷかぷ》うひゃあああっひゃひゃひゃひゃ!!? やっ! やめっ! 甘噛みはもっとやめてくれ! くすぐったくて《がぶぅ!!》いだぁああーーーーっ!!?」

 もはや話にもならず、あまり騒ぐわけにもいかず、しかし食べ途中の食事を置いて外に出るのも気が引けて、ええいどうしたらいいのやらっ……───ハッ!?

「ほ、ほら〜、美以〜? 俺が作った野菜炒めだぞ〜? お腹減ってるならこれを───」
「べつに減ってないにゃ」
「じゃあ噛むのやめよう!?《がーーん!》」

 ええい男は忍耐! 噛まれようがどうしようが、食事の大切ははこの世界で十二分に学んだ! 残すことも粗末にすることも絶対にしない!
 我慢だっ! 噛まれても食べる! ご馳走様もきちんと言う!

「おーい北郷居るかー? お、居た居た。ちょっと話があるんだけど───って、どうしたんだ、背中のそれ」
「日常へのスパイスです《ニ……ニコッ?》」

 どうしてか俺を探して訪れた白蓮に、疑問符が出そうなくらいのラインの、笑みなのか笑みじゃないのか微妙な表情を返した。
 ともあれしっかり食べて、しっかりご馳走様を言って、何故か頬を膨らませながら同じく食べ終わった桃香とともに厨房をあとにした。


───……。


 それからのことは、正直目が回るようで思い出すのも辛いのだが……振り返らないわけにもいかず、ボロボロな自分を見下ろしながら振り返った。
 まずは白蓮の相談から始まったそれは、痛みとともに鮮明に思い返された。

  ───……。

「翠との勝負がつかない?」
「そうなんだ。馬での勝負で負けるわけにはいかないと、翠と競い合ってどれくらい経ったのか……ああまあ忘れたけど、このままじゃあすっきりしないから、何かいい方法はないかなって。勝負に集中するあまり、仕事を疎かにするのもどうかと思うし」
「馬……馬勝負ねぇ……。競馬場でも作って、そこで勝負を続けるっていうのは?」
「? なんだ? そのけい……なんとかってのは」
「馬が競う場所って書いて競馬場。馬の速さを競わせることと、それを賭け事にした場所だな」
「賭け事っ!? だめだだめだっ! 馬をそんなことになんか使わせてたまるかっ!」
「……多分、翠も同じこと言うだろうね。ただそれも鍛錬の……軍備の一環って思えば、すんなりと受け容れられるかもしれないぞ? すぐに競馬場を作れって意味じゃなくてさ、何処を何回先に回った方が勝ちっていうのを、何回かやってみればいい」
「それで決着がつかないからこうして訊いてるんじゃないか……」
「ん、だから、無益な勝負を有益な勝負にするんだ。国にお金も溜まるし、騎兵も鍛えられる。その中で何回勝負の内にどちらが何回勝ったかで勝敗を決めればいいよ」
「……じゃあ、やってみるだけだからな? やってられないって思ったら、すぐに───」

 白蓮に相談され、提案してみると案外あっさり通り、丁度騎兵調練をしていた翠を巻き込んでの勝負が始まる。
 翠はもちろん賭け事なんてと怒っていたんだが───

「あっはははははは!! どーだ一着だ一着! 見たかよあの兵たちの顔っ! あっははははは! 何人たりともあたしの前は走らせねぇーーーっ!!」
「お姉様、大人げないよぅ……」
「うっせ、ちゃんと遅れて出てやったんだから十分だ!」

 兵士たちが乗る馬を先に走らせ……つまりハンデを与えた上で、兵たちが賭け金無しで立てた予想をぶっちぎることに快感を覚えてしまったのか……さっきまでの怒り顔はどこへやら、不覚をとってしまった白蓮とともに、もう一度もう一度とのめり込んでしまった。
 俺と桃香はそんな二人を眺めながらポカンとするしかなく……「……行こうか」「……そうだね」の一言ずつで、子供のように燥ぐ二人を置いて、歩きだした。

「でもそっかー、けいばじょーっていうのが天にはあって、馬もそこで鍛えられるんだ」
「鍛えるとは違うけど、競ってるのは確かだな」
「兄もそこで鍛えられたにゃ?」
「……あの。種馬って、そういうことじゃないからな?」
「あはは……あ、と、ところでお兄さん? さっきは途中になっちゃったけど、これから───」
「おーーーーっほっほっほっほ!! 聞きましてよ一刀さん! 白馬鹿長史で影の薄い白蓮さんに光を与えたそうですわね!」
「ア、俺用事ガアルンダッタイカナキャー《がしぃっ!》やだーーーーっ!!」
「なんですのその言い草……このわたくしが声をかけて差し上げているんですのよ? もっと嬉しそうな悲鳴を上げるべきではありません?」
「嬉しそうな悲鳴ってなに!? って、今日はどうしたんだ、麗羽……最近静かだなーって思ってたのに」
「可愛らしさを磨いてましたわ。まあそんなことはこのわ・た・く・し・に・かかれば、造作もないことですから? どうでもいいことなのですけど」
「………むうっ……!」

 歩き出した先で麗羽に捕まり、毎度の如く無理難題を乞われるわけだが……とくに用事があるわけでもないので可能な限りを手伝うんだが、そのたびに桃香が不機嫌になっていっている気がする。

「ご苦労様、お礼にこのわたくしの頭を撫でることを許可して差し上げますわ。さあ……思う存分に」
「お礼の意味がいろいろとおかしくないかっ!?」
「やかましいですわね……いいから撫でなさいと、このわたくしが───」
「あーあはいはいはいはい、ちょっとこっち来ましょうねー麗羽さまー」
「も、申し訳ありません桃香さまっ、話の腰を折ってしまって……! 今すぐ退散しますからー!」
「なっ!? ちょ、離しなさい二人ともっ! わたくしにこんなことをしてただで済むと───あーーーれーーー…………」
『………』

 で……いつから何処で見ていたのか、頼まれごとが終わるやそそくさと現れた猪々子と斗詩に連れ攫われる麗羽を見送り、顔を見合わせてからまた歩く。
 な、なんなんだ? どうして今日に限ってみんな……? ってそうだよ、そういえば桃香が何か言おうとしてて───って、うわぁ……頬が凄い膨れてる……!

「な、なぁ桃香? さっき───」
「あ! お兄ちゃん見つけたのだーーーっ!!」
「何か言《どごぉっ!》いかけばぶぅ!?」
「わひゃああっ!? り、鈴々ちゃん!?」
「鈴々なのだ! それよりお兄ちゃん、お兄ちゃんにはまだコリンをきちんと紹介してなかったから、今から見にくるのだ!」
「コリッ……げふっ! こ、こりん……!? なに……!?」
「コリンは鈴々の子分なのだ! 鈴々の子分だからコリン! お兄ちゃんも気に入るから、今すぐ行くのだーーーっ!」
「《ぐいぃっ!!》うぇえっ!? いやっ、鈴々待った! 俺筋肉痛だから、そんなに走れな……助けてぇえーーーーーっ!!」

 ……人の話は聞きましょう。
 腰にドゴォとタックルをくらった俺は、喋り途中だったこともあり少々舌を噛んでしまい……その上で問答無用で街までを一気に引っ張られ、途中で何度か転倒した俺は、身を庇うようにしてコリンさんと対面したのだが……「ばうっ」……犬だった。
 しかも連れ出したからにはと街の中を引きずり回され、さすがに体の軋みに涙が出始めた頃に、警邏中の愛紗さんに遭遇。裁きの雷が鈴々に落ちたところで解放はされたんだが……あ。そういえば美以が居ない。転倒した時に離れたか?

「はっ、はっ……お兄さんも鈴々ちゃんも、足速すぎだよぅ……!」
「……桃香、お願いがあるんだけど……」
「はふぅ……え? な、なにかな」
「いや、そこの茶屋で少し休憩出来たら───」
「あ、丁度良かった。ちょっとあんた、これ持ってくれない?」
「え、詠ちゃん、そんな急に、失礼だよっ……」
『………』

 なんだろうな、今日の将との遭遇率。
 あれ? 今日って学校休み? それとも朱里や雛里が頑張ってる?
 そんなことを思っていると、詠に「はい」と渡される荷物。
 その重さに筋肉がミシリと悲鳴をあげた。声で表現するなら絶対にギャーだ。
 恐る恐る顔を覗いてくる桃香に、俺は涙を滲ませたスマイルを送った。
 男には、頑張らなきゃいけない時があるのですと。
 それからさらに城で使う必要な物を買い、持ち、運び、城の厨房にて「ご苦労さま、助かったわ」って軽い挨拶とともに解放された時には、なんだか腕が痺れていました。
 「お……お兄さん?」と再び恐る恐る顔を覗いてくる桃香に、やはり笑みを返して、今度こそ休もうと部屋へ向かおうとする中、

「おーう御遣い殿ぉ〜!」
「うふふ、お散歩ですか?」
「も〜、お母さん、お酒くさいよぅ……」

 いつの間にか酒鬼の巣窟と化していた東屋から酒鬼に発見され、いっそ泣きたくなった。
 部屋への通路を選んだのは死亡フラグであったか……。
 素直に厨房で休んでいればよかった……嗚呼俺の馬鹿。

「おうおう、男子がふらふらと情けないのう。こちらへ来てがっと一献飲むんでみせい!」
「お酒が強い殿方は、きっと好かれるわよ……♪ うふふふふふ……♪」
「ぐはぁ……すっかり出来上がっていらっしゃる……」

 是非とも近づきたくないんだが、来いと言ってるのに無視して行くわけにもいかない。
 ならば遠慮の言葉を返して、そそくさと……とも思ったんだが、こちらの話なんててんで聞いてくれません。
 なので仕方も無しと去ろうとすると、意気地の無い男よのぅとか飲む前から負けを受け容れるとはとか……ああもうっ!

「あ、あのですねっ……! 今日は筋肉痛がひどくて、はやく部屋に戻って休みたくてですねっ……! ってうわぁ!? 焔耶!? おい焔耶ーーーっ!?」
「ほう。ならば酒を飲むが良かろう。体も温まり、すぅっと眠れるぞ」
「……アルコールでの眠気って醒め易いから中途半端な睡眠になるって、誰かが言ってた。ていうか眠くはなくてですね、でもなくて焔耶がっ! 目ぇ回してますよ!? 大丈夫なんですか!? いくら飲ませればこんなにっ───」
「ええい堅苦しいのは好かんと言ったろうが! 不愉快にさせた罰として飲んでみせい!」
「無茶苦茶だこの人! し、紫苑! 紫苑からもなにか───あの。どうしてソッと徳利渡しますか?」
「お酒が強い殿方、好きですよ……? うふふ……♪」
「………」
「………」

 無言でぺこぺこと頭を下げる璃々ちゃんが、心にやさしかった。
 ありがとう、勇気もらった。もらったから……俺は“勝って”ここを去るよ───!

「ア゙ー………」
「あ、あのー……お兄さん?」
「ア゙〜………」

 その後、酒を飲むという勝利と引き換えに、幽鬼のように城の中を彷徨う御遣いが確認された。
 口からは生ける屍のような奇妙な声を放ち、のた、のた……と歩く異常な物体。
 しかしながらこれでも意識ははっきりしていた……つもりなので、気力を振り絞りキッと気を引き締めて、姿勢を正して歩き出した───途端。

「はわっ!? あ───やっと見つけましたっ!」
「う、うん、やったね、朱里ちゃん……っ」
「………」
「う、う……うー……!」

 今日の俺に安息の二文字は無いのだと、静かに悟った。
 そして桃香のもやもやも最高潮に達しようとしていた……ような気がする。


───……。


 ……そんなこんなで夜を迎え、倒れて動けない、心身ともにぼろぼろな自分を見下ろしているわけだが。
 今はもう朱里も雛里も出て行って、部屋には俺と桃香だけ。
 なんだかんだとドタバタやって、外はとっくに黒の空。
 ドタバタというか、最後だからととっておきの本を見せようとした朱里と雛里が、その本を星に発見されて騒ぎまくり、騒ぎを聞き付けた美以に再び捕まって、しかも今度はミケ、トラ、シャムにまで噛みつかれて───そのあとは戻ってきた麗羽と遭遇。斗詩と猪々子が止めるのも徒労に終わり、散々と引っ張り回されたりして……一言で済ますなら、ろくでもない目に遭ったというわけだ。

「今日、学校休みだったんだな」
「うん。お兄さんが居る最後の日だもん。みんな出来るだけ時間を空けられるようにって、無理言ってお休みにしてもらったの」
「そっか……ありがとう。それと、ごめん」
「? どうして謝るの?」
「えっと……ほら。結局言いかけたこと、聞いてあげられなかっただろ?」
「あ……そっかそっかー、えへへ……ちゃんと覚えててくれたんだ。うん、あれはもういいんだよ。ちょっとどたばたしちゃったけど、楽しかったし」

 寝台に寝かされた俺は、はっきり言って本当にボロボロ。
 いや、服とかが本当にボロボロになっているわけじゃなく、筋肉とか氣道とか、いろいろなものに無茶させた所為でボロボロって意味だ。内側だな、つまり。
 なもんだから現在上手く動けなかったりする。
 無理してここに運んでくれた桃香に感謝だ。

「はぁ……最後の最後でとんでもない一日になったな……。せっかく休みをくれたのに、これじゃあ全然休みになってない」
「あう……ごめんねお兄さん」
「あぁ、はは、いいって。散々な目には遭ったけど、俺も楽しかったし」

 騒ぎに笑いはつきものって……いったっけ? まあいいや、つきものっていうし。
 なんだかんだで皆が楽しんでたなら、それはいい休日だった証拠だ。
 学校は休みでも、騎兵訓練や警邏は当然のようにあったみたいだけど。

「………」
「………」

 話すことが特にあるわけでもない。
 自然と沈黙が増えるが、嫌な空気が漂うなんてこともない。
 眠気は正直無いが、目を閉じて息を整える……んだが、さすがに眠気のかけら程度も掴めやしない。
 氣を使い果たせば気絶出来るかなぁと試してみようとするが、死ねそうだからやめた。

「……桃香? もう大丈夫だから、部屋に戻って」
「え───えと。ここに居ちゃ、駄目?」
「? ここにって、居ても話相手くらいにしかなれないぞ? 桃香だって一緒に巻き込まれて、疲れてるだろ? もう遅いし、眠れそうなら寝たほうがいいよ。それに───」
「は、話相手でもいいからっ! お昼寝しちゃったし、眠くもないからっ、だからっ」

 桃香が焦った表情で口早に言う。
 それはまるで駄々をこねる子供のようだったが……あの、桃香?
 話相手もそりゃあいいんだけど、ちょっと問題が───ドバァーーーン!!

「北郷一刀は居るですかーーーっ!!」
「ひゃうわっ!?」
「ああ……」

 扉を蹴り開けての突然の来訪者に、俺は溜め息を吐いて桃香は短い悲鳴をあげた。
 部屋に明りがついてると誰かしら乱入してきそうだから、今日のところはって伝えたかったのに……。

「はぁ……居るけど、どうしたんだ?」
「動けなくなったと聞いて、友達が見舞いに来てやったのです。さあ、存分に歓喜に打ち震えるがいいのです」
「そっか、ありがとな。でもごめんな、生憎だけど打ち震える余裕もないんだよ……この通り体がガタガタで……」
「おまえはねねの貴重な時間をなんだと思っているのですかーーーっ!!」
「それって俺の所為なのか!?」

 両腕を上げて怒るねねをなんとか宥めようとするが……あれ? 宥めるって、俺なにか悪いことしたっけ?
 若干の疑問を抱きつつも体を起こして話そうと《ズキィーーーン!》無理でした。
 笑えるくらいに体がボロボロだ。まさか鍛錬よりも皆との相手のほうが体を痛めつけることになるなんて、思ってもみなかった。
 加えて、開けっ放しだった出入り口からは次から次へと将たちが入ってきて……ってちょっと待てみんないつからそこに!? 今来たばっかりじゃないよな!?

「よぉアニキ、お見舞いに来たぜ〜」
「ごめんなさい一刀さん、麗羽さまの無茶に付き合わせてしまって……」
「……ちょっと斗詩さん? なぜそこでわたくしだけが悪いような言い方をするのか、きっちりと説明してくださる?」
「いや、結局あのあと散々アニキを引っ張り回したじゃないですか。アニキが倒れたのって絶対に麗羽さまの所為ですって」
「なっ……あ、あれしきで倒れる方が軟弱なんですわよっ! それは、最後だからと連れ回しすぎた感は……ごにょごにょ」
「あ……やっぱり少しは罪悪感があるんですね」
「斗詩さんっ!? 何か仰いましてっ!?」
「な、なんでもないですぅっ!!」

 …………。
 えぇと……あの、出来れば静かに───なんて願いが届くはずもなく、人が集まれば騒がしくなるのは当然。
 いつかのように蜀将でいっぱいになった部屋を見て、また酔っ払い地獄になりはしないかと……それだけを心配した。
 などと心配しているうちに、のしのしとすとすと寝台に登ってきた犬猫たちに、体の上や寝台の隅々を占領される。
 ……空気が、一気に犬猫臭に満たされた。

「あうう……ごめんね、お兄さん……」
「あ、は、はは……さ、騒がしいのは嫌いじゃない……から……」

 さすがに笑顔も引きつった。
 賑やかなのはいいけど、さすがに今日はもう勘弁してもらいたかったんだが……はぁあ。
 ……って、あの。さっそく酒の香りが漂ってきてますが? これって犬猫たちにとって平気なものなのか? むしろ今日、俺が平気で居られるのでしょうか。

「うぅう……気持ち悪い……」
「だらしがないぞ焔耶、あれしきで酒に飲まれるとは」
「焔耶ちゃん、悪酔いには迎え酒がいいわよ? ほら、飲んで」
「い、いやっ、ワタシはもうっ……」

 チラリと見てみると、酒鬼に捕まった焔耶を発見。
 酒に負けながらも来てくれた根性には素直に感謝したいが、潰れる前に逃げたほうがいいぞ……と、せめて目で伝えた。
 一度も視線が交差することがなかったから、なんの意味もなかったけど。

「北郷殿、肉体の疲労回復にはやはりメンマ。美味なるものを食せば、疲労もたちまち吹き飛びましょう。私の手製ですが、いつか北郷殿が食したらしき私のメンマよりも、きっと美味に仕上がっておりますぞ」
「こらこら星、病人(?)にそんな塩辛いものを勧めるもんじゃない」
「おや白蓮殿。翠との話はもう?」
「これから煮詰めていこうと思ってるところさ。それよりも星、好物だからってそんなに勧めるのは───」
「む……これは心外。確かに好物ではあるが、何も無理矢理に食べさせる気は一切無し。メンマとは広めるものであり、押し付けるものでは───」

 ……寝台の傍で始まったメンマ談義に、少しだけ頭痛を感じた。
 酒、動物臭、メンマ臭、様々な香りが入り乱れる中で、“来てくれてありがとう、でもそろそろ本気で気絶したい”と思う俺が居た。
 気絶に限らず、もう休めるならどうでもいいです。
 多分、高熱を出して動けない状態なのに、周りが宴会を始めた〜っていう状況が、今のこの部屋の状態なんだろう。
 呼吸を整えたって全然眠れやしない自分の体を、今日ほど恨んだ日は無いな、うん。
 お見舞いは素直に嬉しいんだけど、もう、ほんとうに、体が限界なんですみなさん。
 だから───あ。

「……桃香。みんなには、そのまま騒いでてくれて構わないって言っておいて」
「え? でもお兄さんが」
「ん、大丈夫。気配を感じたから」

 こんな時まで姿を隠す理由が解らないが、辛い時には傍に居てくれる人。
 そんな存在に感謝しながら、犬猫に埋もれた両腕をなんとか引き抜いて、頭の上の子猫をどかす。それから「すぅ……」と息を吸い、吐くと、トンッと軽い衝撃。
 視界が白んでいくのを感じながら、最後に見えた溜め息を吐く姿に感謝を飛ばした。

「……あれ? お兄さん? …………寝ちゃった」

 明日はどんな一日になるだろうと考えてみる。
 多分、あまり変わらない日が来るのだろうけど、それはそれで楽しそうだった。


───……。


 …………。
 何事も無かったように朝を……迎えられたらよかったんだが、目覚めてから目にした景色は混沌風景だった。
 昨夜この場に居た全ての人がそのまま居て、ただし全員眠っていた。そして酒臭い。滅茶苦茶酒臭い。
 犬猫たちはいつの間にか居なくなっていて、何故か隣には桃香が寝ていた。
 …………大丈夫だ、落ち着け俺。思春が居て、そんなおかしな事態が起こるわけがない。
 彼女が居てくれるなら、俺は誰にも手を出さずに……思春さぁあーーーーーん!!?

「えっ、あっ、え、えぇえーーーーーっ!!?」

 皆が様々な場所で眠る混沌風景の中、呉から同行してくださっていた思春さんまでもが酔い潰されて寝ていた。
 思わず飛び起きて傍らに走る───前に、つい着衣を調べてしまうのは、悲しい男のサガとご理解ください。……ん、大丈夫。桃香のほうもおかしなところはない。
 じゃなくて思春!

「思春? 思春っ? どうしたんだいったい……」
「う、ぐ、ぅうう……! 喋るな、頭に響く……!」

 わあ、二日酔いでいらっしゃる。
 なんだか物凄く珍しいものを見た気分だ。

「や、けど思春が酔い潰れるなんて……酔い潰れたんだよ……な? まだ顔赤いし」
「ぐっ……と、止める間も無く酒を嗜んでしまった桃香様が、突然暴れ出して……な……」
「………」

 ちらりと、布団ですいよすいよと眠る桃香さんを見る。
 なるほど、王に勧められた酒を飲まないわけにもいかず、っていうやつか。
 そういえば酒癖悪かったもんなぁ……その、華琳の胸を触りに行くくらいの暴走っぷりだったらしいし。

「…………ところで思春?」
「なんだ……」
「こんな調子で俺……気持ち良く蜀を去れるのかな……」
「……濁しても仕方の無いことだからはっきり言ってやろう。不可能だ」
「ですよね……」

 まさか二日酔いの将に見送られることになりそうだとは、ここに来た時は思いもしなかった。ていうか普通思わないし思えない。
 これも記念になるのかなぁなんてことを思いながら、まずは思春を連れて、厨房へと水を求めた。


───……。


 ……水をもらい、食事を取ると、ようやく体が目覚め始める。
 まさかぐったりな思春をそこらに置いて朝の体操をするわけにもいかず、今日は体は動かさずにいた。
 部屋に戻ると七乃がみんなを介抱してくれていて、戻ってきた俺をにっこり笑顔で追い出し、「乙女の弱った姿を見るなんて、いけませんよ」と言って、部屋の扉は閉ざされる。

「………」
「………」

 思春とともに、無言で待つ。
 しばらくして開かれた扉からは、ゆらゆらと歩く幽鬼が将と王の数だけ登場。
 あ〜〜う〜〜〜……とくぐもった声を出しながら、彼女らは部屋へと戻っていった。
 えと……うん、なんかもうこのまま蜀を出たほうが気持ち良く別れられる気がしません?
 こんなんじゃあ逆に心配で、出発しづらいんだけど……。
 なんて思いながらも、七乃に兵と街のみんなに挨拶を済ませたら、すぐにでも出発する有無を伝える。「随分と早いんですねぇ」と言う七乃だったけど、変わらずの笑顔でピンと人差し指を立てると、それをくるくる回しながら了承。
 「それらが終わったら玉座の間へどうぞー。なんとかそう出来るように運んでみますから」と言い残し、歩いていった。

「…………思春、俺は兵のみんなと別れを済ませてくるけど、どうする?」
「……昨日、喝を入れたばかりだ……。こんな無様を見せられるか」
「だよな。じゃあ部屋……は、酒臭いから東屋で待っててくれるか?」
「………」

 こくりと頷いて、よろよろと歩いていくのを見送る……ことは不安で出来ず、抱きかかえて問答無用で運び、椅子に座らせてから言い分も聞かずに駆けた。
 うん、早く回ろう。普段が普段なだけに、あんな思春は見ていて心配だ。

「え〜〜っと……」

 足早に兵舎を回る。
 今日も頑張ろうと、互いを励まし合っている兵を見ると、こちらも頑張ろうって気になるから不思議だ。
 そんな彼らに声をかけ、笑い合いながら話をする。

「あ、そういえば今日だったか……悪いなぁ、昨日も調練はあって、抜け出したりはできなかった」
「いいって。昨日会えたとしても、体がガクガクで動けなかっただろうし」
「ガクガクといえば、聞いたぞ? 鍛錬の日に五虎大将軍と戦って、こっぴどくやられたって」
「あぁ、それ俺も聞いた。よく無事だったなぁ」
「……その反動で昨日は筋肉痛でさ。なのに恋……呂布とやることになってさ……」
「……つくづく思うけど、お前ってよく生きていられるよな……」
「あの飛将軍を相手に……というか、うちの将軍を相手に五体満足って……」

 ……笑いながら、だと思う。
 どちらかというと乾いた笑いの方が多かったかもだが。
 そうして見送られるままに歩き、擦れ違う侍女さん達にも別れと感謝を口に、また歩く。
 街へと向かい、ボランティアで知り合った人達と話し合う。

「そっかぁ、今日だったかぁ……あぁ、だから昨日は引っ張り回されてたってわけか」
「張将軍は走り始めると止まらないからなぁ、がっはっはっはっは!」
「まあ、なんにせよ楽しかったぜ、にいちゃん」
「またいつでも遊びに来るといいや。そん時ゃ、饅頭の一個くらいはおまけしてやるよ」
「たくさん買ったら、だろ?」
「はっはっはっは、よ〜く解ってんじゃねぇか!」

 饅頭屋のおやっさんと話す傍ら、声が聞こえたのかぞろぞろと集まってくる人達にも事情を話す。
 すると、案外“近いうちに俺が帰る”って話は知ってはいたけど、それが今日だとは知らなかったって人が多かった。
 そのためか「今日だったのか」、「今日なのかい」という言葉ばかりを耳にした。
 そんなみんなに今までの感謝や挨拶をして、もう一度城へ。
 その頃にはさすがにみんなシャッキリと───…………してませんでした。

「うぅうう……頭痛いぃいい……」

 東屋で休んでいた思春を連れ、玉座の間に来た……のはよかったんだが、玉座に座る王様が頭痛に敗北し、ぐったりしている様は中々に衝撃的だ。
 愛紗に小さく「桃香さまっ……!」と怒られ、桃香はビクリと姿勢を正すんだが……今度はその愛紗が今の小さな叫びでも顔をしかめ、頭痛に負けていた。
 ああ……なんか“蜀に居る”って感じがする。
 強いんだけど、どこか家族の絆みたいな緩さを感じるこの国に、思わず笑みがこぼれる。
 辛いようだし、あまり喋らせるのも悪いから、伝えたいことだけを軽く伝える。
 あの山賊まがいのことをしてしまった民の出発は、いつ頃になるのか。
 それに対しての呉の反応はどうだったのか。
 訊きたいことはあったけど……なんとなく、訊かなくてもいい方向に転ぶ気がしたから、訊くことはしなかった。

「あまり長く話すのもなんだし……そろそろ行くな?」
「うぅう……ごめんねお兄さん……。こんな筈じゃなかったんだよぅ……」

 心底申し訳なさそうに、やっぱりたぱーと涙を流す王様が居た。
 変わるものはやっぱりたくさんあるけど、変わらないものもあるなぁと……そんな涙に感謝した。
 そうして“変わらないものへの安心”ってやつを受け取って、一度皆を見渡してから、「お世話になりました」という感謝の言葉と同時に頭を下げた。
 返事は無かったけど、皆一様に目を伏せ、笑みを浮かべて頷いてくれたから、それを返事として受け取って……歩き出す。

(じゃあ……帰ろうか)

 道中、兵をつけてくれるという桃香のやさしさに感謝しつつ、しかしながら思春がこんな調子なのでやんわりと断る。
 こんな調子だから、付き添いが居てくれたほうがいいかもだが、問題ないと言う思春の言葉を信じて、あくまで二人での出発。
 ……さすがに歩きで魏まで行くには、どれほどかかるか解ったものではなく……馬は借りることになったけど。

「………」

 馬屋へ行き、麒麟にも別れの挨拶を済ませ、城を出た。
 お供は名も無き馬が二頭。
 いつかの呉の時のように、見送る姿は一切無い。
 街を抜ける傍ら、街の入り口前に居た警備兵に声を掛け、成都を出る。
 二度と会えなくなるわけでもないのだから、別れは静かに。
 というかまあ、あんな状態で街の外にまで見送りに来られたら、さすがに町人たちが呆れる。
 そんな、どこかに感じる“蜀らしさ”にやっぱり笑いながら、大きな町を振り返った。
 落ち着いたらまた来させてもらおう。
 その時は、仕事とかは関係ない自分として、ゆっくりと見て回りたい。
 そんなことを思いながら道を進み───…………道中。
 馬に揺られた思春が、口も利けなくなるくらいにぐったり状態になりました。
 やっぱり付き添ってもらったほうがよかったかなぁと思いつつ……魏への帰路を進む歩は、ようやく一歩を踏みしめた。




ネタ曝しです。  *うんうまい この野菜炒めは正解だった  孤独のグルメより、ゴロちゃんの呟き。  ほんとはお新香。  お待たせしました、41、42話です。  ゴリゴリと寝る間を惜しんで書いていたら、少し容量が大きくなってしまったので分割。  文章の書き方を変えてみようと四苦八苦、いろいろやってみたら……なんだか文章が硬くなった気がしてなりません。  やわらかい書き方のほうが好きなんですけどね、こう……人間味があるほうが。  硬いと文章を読んでるって感じがしてしまって。いえ実際そうなんですけどね?  人間が思っていることをそのまま読んでいるみたいな文章が書ければ、もっと見やすいと思うんですよ。思うだけで、上手くはいきませんが。  そして難しいのが乙女心。  ゲームをやっていると、主人公補正なのか一刀が好かれる様が、見ていて清々しい。  しかしながら他国の者をそう簡単に好きになれるのかなぁと考えると、左慈加減……じゃなくて匙加減が大変。  一目惚れ……はないよな、うん。じゃあ、どうしたら……?  いろいろ考えていると、思考がこんがらがります。  ここで頬を染めるとか、ありなのか? と自問しながら書いております。  いきなりアナタガ・スキーさんになるのはおかしいだろ、過程はどうした、書くたびにそう思うわけでして、ええ本当に……きちんと書けているのかが不安です。  それでもそんなこんなで蜀よさらばまで書けましたです。  呉での祭さんの時のように、もっと書きたかったなぁと思うのが白蓮さん。  結構好きなんですけど、やっぱり案外目立たない。悔しいです。  しかし、呉では騒ぎを鎮めることで、蜀では学校についての相談。  言葉にすれば一行で済むようなことなのに、随分と長かったです。  「本当に魏アフターなのかこれ」って書いてる本人が何度か思うほどです。  なんにせよ40話にまで達して、まだ続くお話。  7月には萌将伝も出て、いろいろ忙しいです。  8月にはアイルー村も出て、誇り……ではなく埃をかぶっていたPSPがようやく起動しそうです。  でもアイルーはモンハンのあの姿だからいいんだって人、きっと居ると思うのです。  僕はその中の一人です。関係ない話ですね。  ていうか誤変換多いなぁこのPC。  せっかく新しくしたのに、何をそんなにひねくれてますか。  思いが重いになることが何度もあります。“おもい”で変換すると、どうしてか必ず重いが先頭に。  この話の流れで“重い”はないでしょって時でも、とってもグラビトン。  ガッデム。  追伸:41の最初のお話はあくまで夢ということで、あまりお気になさらずに。  追伸2:素で携帯電話の話を書くの忘れた!      ネタメモにしっかり書いておいたのに!      真桜との絡みはアレであれですからグムー……なんとかなりましょう。      ネタを纏めておくのと実際書くのとじゃあ、文字の量がケタ違いで困ります。      1:一刀が天で修行して戻ってきました      2:宴の中で呉と蜀に行く約束をしました      3:呉に行ってなんとかしました      4:同じく      結論だけで書くとたった四行ですよ。  ……今さらですけど、この小説のそもそものキーワードは、   パラレル シリアス コメディ 友情  だったりします。一応守れているでしょうか。  ところで調べてみたら読了時間が2042分に増えてました。  ……これって何時間? これまた調べてみたら34時間だった。  文字数は百万。いったなぁ……と思うものの、こうなるとオリジナルが何文字あるのか気になりますな。 Next Top Back