86/子猫のあやし方?

 カロ……カシャッ。

「……終わらないな」

 昼。
 重ねた竹簡が山になる様に溜め息を吐き、伸ばした手の先にある竹簡の山にも溜め息。
 目覚めた昼から続く書簡整理も、まだまだ終わらない時間が続いていた。

「…………《じーーー……》」
「………」

 ちなみに今日は袁術も起きている。
 寝台の布団の上に座り、じーーーっとこちらを観察しているのだ。

「うぐ……目が霞んでる」

 寝不足がたたって、文字を追う目も霞んでくる。
 目頭をマッサージしたところで大した効果も得られず、眉間に皺を寄せながら見ることに……

「…………《びくびく……》」

 ……出来るはずもなく、穏やかな笑顔のままの作業が続く。
 だって少しでも怖い顔すると怯えるんですもの。
 目薬がほしいな、本当に。
 華佗の鍼って眼精疲労にも効くんだろうか。
 そういうのがあったら是非ともやってもらいたいもんだ。

「……ん」

 気を使う時間が続いたからか、少し喉が渇いた。
 刺激しないようにゆっくりと椅子から立ち、ちらりと袁術を見る……と、布団を抱き締めて、子猫か兎のようにカタカタと震えていた。
 せっかくだからと、これまた刺激しないようにやさしく語りかけることにする。

「えと……袁術? 今から厨房に水をもらいに行くんだけど、一緒に───」
「嫌じゃっ! 出たくないのじゃ!」

 これぞ……のちのHIKIKOMORIの誕生である───! じゃなくて。

「そ、そか。じゃあ蜂蜜以外で飲みたい飲み物はあるか? 一緒に貰ってくるぞ?」
「……う……蜂蜜はだめなのかや? 妾は蜂蜜水がよいのじゃがの……」

 昨夜(昨夜?)の昔話が効いたのか、多少は話すようにもなってくれた袁術だが、ただ単に己の欲望に正直なだけであり、近づけばビワーと泣き出すところは変わっていない。
 自分を包む氣にはもう慣れたのか、もうどーのこーのと言うこともなくなったんだが。

「だ〜め。それは袁術が自分で外に出て……俺と一緒でもいいから、厨房に行った時にだ」
「うぅ……」

 俺の言葉にちらりと扉を見るが、動こうとはしないおぜうさま。
 そんな彼女を見て溜め息混じりの苦笑をひとつ、換気のためにと窓を全開。部屋の出入り口である扉も解放したまま、厨房へと向かう。袁術が窓と出入り口とを涙目で交互に見まくっていたが、何かを言われる前に歩いた。
 あのままじゃあ部屋の中の空気が濁り切る。
 そんな中での書簡整理はさすがに勘弁させていただきたいのだ……本当に。

(さて……と)

 特に急ぐでもなく歩き、道を間違えることもなく厨房へ。そこで水をもらって喉を潤したところで、自分の分とは別にもらった水を片手に通路を行く。何処へ向かっているのですと訊ねられれば当然、自室へと答えるわけだが……

「げっ」
「目にした瞬間に“げっ”はないだろ……」

 途中で桂花と遭遇した。
 そうすることが然であると断言する眼力が、全力で俺を汚物として睨んでくる。
 こいつの頭の中がどうなってるのか、本当に一度見てみたい。
 ……どうせ、俺への憎しみが2割、残りは華琳への愛で満たされているんだろうが。

「なに? わざわざ移動して水を飲むの? そんなもの厨房で済ませてきなさいよ。飲みながら歩かれたら、落ちた水滴で床が腐るじゃない」
「どんな生命体だよ俺は! 大体これは俺が飲むやつじゃないんだから、飲みながら歩いたりなんかしないっつーの!」
「あんたが飲むんじゃない……? はっ! まさかあんた、性懲りもなく華琳さまに!」
「ええい常時爛漫な脳だなちくしょう……時々お前の頭の中が羨ましくなるよ」

 前言撤回だ。一割が俺で九割が華琳だ。
 むしろ一割の中にも華琳が含まれていて、十割を占めることが出来ないからって俺を憎んでいる。突き詰めれば、そんな嫌な方程式が完成しそうだ。

「せっかく天に帰ったって安心していたのに、居なければ居ないで華琳さまに溜め息なんかを吐かせて……! 戻って早々に他国に飛んで、ざまぁ見なさいと思えばまた溜め息を……! しかもその上、戻ってきたと思えばねちっこくも華琳さまを付け狙う始末……!」
「華琳って“華”が爛漫なんだな、お前の頭の中って」
「なに当然のこと言ってるのよ。そんなことに今さら気づくなんて、よっぽど馬鹿ね」

 うんごめん、一割にも届いてないよ俺の存在。
 気づいていたとも、ただ理解したくなかっただけのことさ。
 たとえ既に理解していたとしても、忘れていたかっただけのことさ。

「……それで、桂花はこれから何をするつもりだったんだ?」

 いい加減話を終わらせないと、延々と馬鹿呼ばわりされそうだ。
 なので、ちらりと桂花が手にするものに目を向け、訊いてみる。
 もちろん返ってくる言葉なんてのは容易に想像できるわけで。

『なんであんたなんかに私の予定を話さなきゃならないのよ』
「───なっ!?」
「あっはっはっはー、言うことが単純だなぁ桂花さんはー」

 だから声を重ねて言ってやると、カッと顔を赤くする軍師さま。
 そんなささやかな仕返しに、ふるふると肩を震わせた桂花が言葉にならない罵倒をする中でゆったりと歩く。……たまにはいい薬だろう。今日か明日あたりにでも仕返しされそうな気がするけど。
 背中に冷や汗、頭に嫌な予感を浮かばせながら、引きつった笑みのままに部屋に戻った。

「馬鹿なことをした……仕返しとなると、宅の軍師さまは手段を選ばないからなぁ……」

 しかし、それはそれとして……茶器なんて持ってどうするつもりだったんだろうな。
 そう、桂花は茶器を持っていた。
 茶でも淹れるつもりだった? にしては向かう方向が厨房だったわけだが。
 ……淹れたあとか。華琳に自分が淹れたものを飲んでもらおうとしたとか。

「まあいいや、それよりもと」

 ちらりと見ると、寝台の上にアダマ○タイマイを発見。
 じゃなくて、布団を被って丸まっている袁術を発見。
 掛け布団と敷き布団の隙間から、こちらの様子を伺っている。
 せっかくの換気も無視で、新鮮な空気を吸う気すら無いらしい。

(しょっちゅう追い出されてたとか聞いたけど、そういう時はどうしてたんだか)

 何を思ってこの部屋に寄生し始めたのかは謎だが……居心地がいいとかいい匂いがするとか、やっぱりそこなんだろうか。自分の匂いを嗅いでみたところで、美以の時と同様に特別な匂いがするわけじゃない。
 あれか? 放置されすぎて野生に目覚めた? いやちょっと待て、氣を満足に扱えるようになったのは呉に行ってからだぞ? なのに俺からいい匂いなんて……じいちゃんとの鍛錬で、多少は氣が身に付いてたんでしょうか。初めて会う筈のセキトも、なにやら懐いてくれたし。
 と、それはそれとしてと。

「袁術〜? 水、もらってきたぞ〜?」
「……《もぞ》」

 様子を見ていたくせに、俺の声だと確認するまで顔を出しもしない。
 ようやく顔を出しても、じーーっと俺が持つ水の入った器を睨むばかりで……

「……毒なら入ってないぞ?」

 仕方も無しに言ってやると、ようやく少しだけ睨むのをやめた。
 人に頼りきりの少女が一人になると、こうなるのか……覚えておこう。

(……? そういえば、風呂とかどうしてるんだろうな)

 静かに寝台に近づいて、その端に座って水を差し出す中で、ふと気になった。
 差し出した水を手に、掛け布団を押しのけて女の子チックな座り方をし、こくこくと水を飲む袁術。その髪を見てみると……少しごわごわしていた。
 まあ、布団に潜りっぱなしじゃあこうなる。
 少し梳いてあげようか───とも思ったが、男の部屋に櫛などあるはずもなく。

「…………《すっ》」
「うん? っと、一杯じゃ足りなかったか?」

 すっと差し出された器を見ると、中身は空っぽ。
 しかし俺をちらちらと見る目は何かを欲しがっているようで……ようするにお代わりだろう。ついでに何か食べれそうかと訊いて、蜂蜜水だけは却下しつつも歩き出す。

「一刀は意地悪じゃの……」
「おお、意地悪だぞー? 意地悪だから、嫌って言っても食べ物持ってくるぞー? きちんと食べて、今日も頑張らないとな」
「う、うむ……」

 困り顔の袁術から器を受け取り、あくまで自然な動きでその頭の撫でた。
 突然のことだったのか反応出来なかったらしい袁術は、撫でられるままに硬直。そんな少女に自然と微笑みながら、「じゃ、言ってくる」とだけ言って行動開始。
 換気は続けたままだから、開けっ放しの窓と扉からは心地良い風が流れている。
 そんな風に誘われるように、軽い足取りで厨房を目指した。
 先ほどと同様に軽い足取りで、しかし桂花が潜んでいないか注意しながら。
 ……居ないな。

(気にしすぎだな。大体、あいつだって暇じゃないんだし)

 気にするのはやめて、そのまま厨房へ。
 で、貰った昼食を自室に運び、袁術と済ませてからは書簡を整理する時間が続く。
 目はぼやけたままだが、見えないわけでもないので続行。
 飽きることなくカロカロバサバサと書簡を片付けて……そのたび、街で起こった些細なことで苦笑する。中にはその場に居合わせたかったなと思うものもあって、惜しいことをしたと思うこともしばしばだ。
 ……その問題の原因のほぼが春蘭絡みだったりするのは、華琳の頭痛の種だろう。
 それでも兵や町人に慕われてるのは素直に凄いよ、春蘭。
 いつか秋蘭も納得してたっけ、春蘭が可愛いのは馬鹿だからだって。
 実際に俺が馬鹿って言ってしまった時は、剣を振り回して追いかけ回されたもんだけど。

「ふむふむ……」

 そういった、自分の知らない出来事を目で確認出来るのが嬉しくて、目はぼやけていても読むのをやめられない。机にかじりついている主な理由はそれなのだ。

(ん……真夜中に蠢く少女の影?)

 ふと、竹簡を見ていく中で不思議な事件(事件?)を発見。
 もう解決したのかどうなのかは読みきらないと解りそうもないが……

「………」
「……?」

 寝台の上で俺を見る袁術へと目を向ける。
 もしかして袁術のことだろうか───とも思ったんだが、HIKIKOMORI状態の彼女がそんなことを出来るはずがない。もしやすればHIKIKOMORIになる前のことなのかもだが……まあいいや、とりあえず読み進めてみよう。

(……真夜中の街に怪事件。奇妙な音を耳に、起き出した何人かの町人が、街をゆらゆらと歩く少女を見たとのこと。話し掛けてみても返事もせず、呼び止めるように肩を掴むと、人とは思えないほどの冷たさを感じ、思わず離した……少女はそのまま、何も喋らずに歩いていってしまった、と)

 どうやら未解決のことで、その後も何度か目撃例があるらしい。
 発見し、肩などを掴むことで呼び止めた者は、一様に“冷たかった、硬かった”と言っているらしい。
 ……町人が川へ行って、水浴びでもしていた……? にしては返事もしないでっていうのは気になるな。しかも硬いっていうのが……どうにも引っかかる。

(硬い女性? ……筋肉ゴリモリの不思議少女が、真夜中の鍛錬を終えたのちに……)

 マテ、それは余計にありえないだろ。硬いと思われるくらいの筋骨隆々少女ってなんだよ。むしろそれだけ筋肉があれば、体温も多少は高かろうに。
 ……解らないことは後回しだな、次。

(……ありゃ?)

 続きがあった。ご丁寧に硬い少女の話だ。

(竹簡って案外、書くスペース少ないもんなぁ)

 続けて目を通してみる。
 曰く、硬い少女は妙な音を出す。時折に鈍い音も出し、そんな時は何者かが驚くべき速さで連れ攫い……なんじゃこりゃ。

「あ、あー……うん……?」

 何かが引っかかるんだが……なんだろうな。
 ……解らん。次に行こう。

「怪奇、猫と会話する軍師? ……いつから警備隊はゴシップ新聞社になったんだ?」

 これ書いたの、もしかして沙和か?
 報告することが無くて(恐らくサボって)、目に付いたものを適当に書いてみたって匂いがプンプンする。
 これ、出した後は絶対に華琳に呼び出されたろ……。

「……くふっ、ぷっふふふ……」

 その後も、見ているうちにみんなの失敗等が発見出来た。
 どの国も同じだなぁと思う反面、完璧な人なんて早々居るわけもないことに、妙に安心する。そこのところは、鍛えても凡人だねぇと自分自身を笑う。

「……の、のぅ一刀……? 何ぞ可笑しいものでもあったのかや……?」
「お?」

 竹簡を見て笑うなんて、おかしなことをしている俺に興味を持ったのか疑問を持ったのか、袁術がおずおずと語りかけてくる。
 俺はそれに、大した思考も巡らさずに素直に手招きをした。
 袁術はふるりと、そんな動作に怯えさえしたが……やはりおずおずと寝台から降り、てこてことこちらへ……掛け布団を持ったまま歩いてってこらこらこらっ! ……あ、あー……いいや、布団はあとで叩いて埃でも取っておこう。素直に渡してくれたらの話だが。
 そんなわけで近寄ってきた袁術に竹簡を見せる。
 仕事のものだから、誰彼構わず見せていいものじゃないんだが……まあ、どうかここは仲良くなるためだと納得してほしい。
 見せるのは他愛無い街での出来事のものだし。

「字が……いっぱいじゃの……」
「読めないか?」
「ば、馬鹿にするでないのじゃっ、これくらい妾にかかれば造作もないことじゃ!」

 竹簡がばっと奪われる。
 そうした動作の中、離された掛け布団がドサッと落ちるが、袁術の意識はもはや掛け布団よりも竹簡に向かっているらしい。目を向けることもなく、竹簡を凝視していた。
 俺はといえば……そんな少女の意地を苦笑とともに眺めつつ、落ちた布団を抱えて窓際で叩いた。
 ……埃らしきものは、そう出はしなかった。
 そういえば誰かが定期的に掃除してくれてるとか言ってたっけ。誰なんだろうな……片手間で凪に訊いてみても、知らないっていうし。

「誰かは知らないけど、ありがと」

 なるほど、こんな布団なら包まれて寝たくもなる。
 寝不足だし、こうして抱いた布団に埋もれて寝れたら、それはどれだけ───くいっ。

「ふぇっ!? へ……あ、ああ……? 袁術か、どうした?」

 窓枠に掛け布団を掛け、そこに顔を埋めていたら本気でオチそうになった。
 そんな時に服を引っ張られる感触を覚えて振り向くと、竹簡を睨みながら俺の服を引く袁術。

「わ、わざわざ妾が読む必要もないであろ? 特別におぬしに読んで聞かせる任を与えるから、今すぐ読んでたも?」
「………」

 プライドが恐怖に勝ったのか、恥ずかしさや無知が恐怖に勝ったのか。
 任せるって言ったのに、読んでたも、と頼む姿に笑みながら受け取る。
 なんにせよ、おかしな方向で俺達の接触は始まるらしかった。

「じゃあ、そっち座るか」
「うみゅぅ……仕方ないの、妾はここから動きとうないのじゃからの……」

 早々と寝台の上に乗り、俺には寝台の端を指差し、提供する袁術さん。
 ここ……俺の部屋だよな……?
 ああいや、我慢我慢……とまあそんなこんなで寝台の端に座った。
 机の上から持ってきた幾つかの竹簡を敷き布団の上に置き、カロカロと広げては話して聞かせる。
 袁術は───そんな俺の隣に座り直すと、不安げな顔はそのままに、しかし足をぷらぷらと動かしては続く俺の話に耳を傾けている。

「昔々あるところに、お爺様とお婆様がおりました。お爺様は持ち前の武力を以って芝刈りに、お婆様は持ち前の知力を以ってどう芝を刈ればいいかを指示。二人は長い時をこうして生きてきた最強の老夫婦でした」
「……のう一刀……? それは本当にこの竹簡に書いておるのか……?」
「書いてないぞー? ただ、難しい話よりも楽しい話のほうがいいだろ?」
「むう……ど、道理よの? さすが一刀なのじゃ、ならば続きを話すがよいぞ?」
「ああ」

 どこの一刀さんがさすがなのかは、今の僕には理解できなかった。
 ただ、まあ……そう言いながらも不安げな顔で服を掴まれては、何も言えない。
 少なくとも危害は加えないってことだけは受け取ってもらえたのだと喜ぼう。

「お爺様は普段の温厚な性格、そして痩せ細った体とはまるで別物の、筋骨隆々の姿となって憎き芝めを刈り滅ぼします。素手で」
「ななななんじゃとーーーっ!? 素手なのか!?」
「素手なのです。彼が手を振るうとズバズバと切れる芝は、まるで刃物で切ったと見紛うほどの見事な切れ目。いつにもまして見事な仕事に、指示をするお婆様も満足げに頷きます」
「お爺様は凄いのじゃの……!」
「最強ですから」

 もちろん作り話なのだが……袁術は思いのほかお気に召したご様子。
 とはいえ、即興話だからどこでどうオチをつけるか───……


───……。


 ……さて。

「流れてきた桃には、なんと赤子が入っておりました」
「なんじゃと!? だだだ誰が捨てたのじゃ!?」
「モノ言えぬ赤子を桃に封じ、流した者こそ……鬼ヶ島の鬼!」
「ひぅうっ!? ででででは鬼の子ではないかーーーっ!」
「いや、違うな……。その赤子、実はコウノトリさんが人里に送るのを間違え、鬼ヶ島に届けてしまった赤子。それを風の噂で知った、すくすく育った赤子は思いました。“おのれコウノトリ……! 何年経っても桃の匂いが取れぬこの恨み、晴らさでおくべきか……!”と」
「ひどい話よの……」
「そしてかつての赤子……桃次郎の旅が始まります。いや、始まるはずだったのですが」

 話し始めてしばらく───……話はまだ続いていた。
 話しながらでもなかなかどうにか出来るもので、未確認分の書簡の数は大分減っている。
 しかしながら、当然の如く話はどんどんと脱線していき───

「なんとそこで桃次郎を気絶させたのがお爺様」
「なっ……なんじゃとーーーっ!?」
「子に恵まれなかった老夫婦です。そんな子供に旅をさせるほど、老いぼれてはいなかったのでしょう。身支度をするとお爺様とお婆様は頷き合い、諸悪の根源であるコウノトリさん、そして育てられないからという理由で、子供を桃詰めにした鬼どもを倒すための旅に出たのです───」
「おぉおお! お爺様は最強じゃからの! こうのとりや鬼なぞちょちょいのちょいなのじゃ! うわーーはははははーーーっ!!」

 そしていつの間にか、袁術の中でお爺様最強説が定着してしまっていた。まるでいつかの吾郎くんが如く。
 ……これ、もう全然怯えたりしてない……よな?
 でもなぁ……話をやめると戻りそうだから、中々オチをつけられない。困った。
 この話をするまで、こんな元気な袁術なんて見なかったし。
 三国の宴以来か? こうして高らかに笑ったのって。
 そんな調子でゆっくりと話して聞かせていた話も、いよいよ佳境。
 それなりの山場を迎え、それなりの解決を経て、それなりの終端を迎えたわけだが───

「うぐっ……ぐしゅっ……お爺様……立派だったのじゃ……!」
「あ、ああ、うん……」

 話し終えてみれば、どうしてか感動の涙を流す袁術さんが居た。
 立派だったと言われても、別に戦死したとかそんなことはないのだが……なにやら感動された。お笑い中心のドタバタ活劇だった筈なんだけどな。
 ともあれ涙を指で拭い、頭を撫でてやると、袁術は恥ずかしそうに軽い抵抗をする。
 てっきりすぐに払われるかと思ったんだが……と思った途端にハッとした袁術が俺を押し退けるようにして離れ、掛け布団を被───ろうとしたが、掛け布団は窓枠に引っ掛けて干したままである。
 すぐさまそこを目指してパタパタと走り出す袁術を眺めつつ……俺はやれやれって苦笑を漏らして竹簡の片付けに入った。
 そろそろ陽も暮れる。
 夜も袁術と食べようか。せっかく、少しは慣れてくれたんだから。

「じゃあ、終わった分を隊舎に片付けてくるから」

 一応声をかけてから、布団にある書簡を抱える。
 そうして数瞬目を離したその時……視界の端に、なにか見えたような気がしたんだが……戻してみても、掛け布団を引きずり下ろして包まる袁術が居るだけだった。

「?」

 なんかこう……待ってとばかりに手を伸ばされたような……っと、陽が暮れる前に持っていかないとな。凪に迷惑かけることになる。
 自分で言うのもなんだが、作り話が長引いてしまったこともあり、急がないとやばい。
 なので気になることも半端に、軽く早歩きで部屋を出た。
 そして───

  近道とばかりに中庭を通るその途中、落とし穴に落ちたのは───

  そんな、陽も暮れようとしていた空の下でのことだった。



───……。


 ……夜にもなる頃の自室で、呻く姿がある。
 他の誰でもない、俺なわけだが。

「くぅう……桂花のやつ……! 落とし穴を作る暇があるなら仕事をしろっての……!」

 大体茶器はどうしたんだ茶器はっ、茶を入れるつもりだったんじゃあなかったのか?
 書簡ごと落下したところへわざわざやってきて、「おほほほほざまぁないわね北郷!」とか高笑いしてらっしゃった。ぜーぜーと肩で息をしながら。どれだけ急いで掘ったんだろうなぁ。
 しかしながら、なんとか竹簡が折れないよう書物が潰れないよう、咄嗟に庇えたのは我ながらよくやれたが……やっぱりつついても一切得のない軍師さまだ。
 まさかこんな早くに仕返しされるとは。
 結局、隊舎も鍵をかけられた後で、凪に手間をかけさせちゃったし……はぁ。

「ただの穴だっただけまだマシか。これで槍でも仕込まれてたら死んでたよ」

 よくは無かったけど、ある意味ではよかった。
 どうせ掘るので精一杯で、そんなものを仕掛ける余裕がなかったんだろう。
 ああまあつまりは、自分の足元が見えなくなるくらいに書簡を持って歩いていた俺の不注意だったわけだ。
 穴自体もそう深いものじゃあなかったし、腰をしこたまうちつけた……だけ、と言いたくはないなぁ。だって痛かったし、“だけ”扱いは自分でも嫌だ。

(寝不足、体勢の悪いままでの睡眠、ここに来て腰を痛打……はぁああ……)

 くそう、俺が何をした。
 ただでさえ腰に負担かけた寝方してるのに……と、ちらりと愛しい寝台を見てみれば、こちらをじーーーっと見つめる袁術。
 試しに「今日はそこで寝ていいか」と訊ねると、「ここは妾の閨なのじゃ!」の一言。閨は寝る部屋、寝室のことだぞーとか言って、これ以上機嫌を損ねることはしないでおこう。
 いっそ風邪引いてもいいから、中庭の芝生で寝ようかなぁ。

「………」
「………」

 じーーーっと見詰め合う。
 譲れぬなにかを懸けてそうするように、互いに目を逸らすことなく。
 俺はただ布団で寝たいだけなんだけどね……どうしよ、ほんと。
 と、もはや日課になりつつある……というかなっているかもしれない溜め息が口から吐き出されようとしたその時。微かに耳に届く、くぎゅる〜……という可愛い音。
 俺は……すぅう……と顔を赤くする少女を、ただじっと見つめていた。

「晩メシにしようか?」
「わ、妾ではないぞ? 今の音は妾ではないのじゃっ」
「おや。では夕餉は要りませぬかな?」
「はぅぐっ!」

 真っ赤になりながら自分の腹の虫を否定する袁術に、星の口調を真似た言葉で返す。
 余計に真っ赤になりなさった袁術さまは、わたわたと身振りをしつつ何かを返そうとするのだが、もう一度腹が鳴った時点で……諦めたようだ。

「よし、じゃあ待っててくれな。すぐ持ってくるから」
「うむ……」

 痛む腰を持ち上げ、部屋を出ようとする俺を見て、何処か寂しそうな顔をする。
 ……一人になりたくないのかなと思うわけだが、その割に近づくことを嫌うしなぁ。
 っとと、俺の腹も鳴いてる。早く貰って食事にしようか。

(こうして厨房まで歩くの、今日一日で何回目だっけ?)

 考えてみるが、そんなことより腰が痛い。
 くそう、動けなくなったらどうしてくれる。そんな空気への悪態も心の中で言うままに、大した時間もかからずに厨房へと辿り着く……と、なんか侍女さんに“またですか”って顔をされた。

「何度もごめんな……はは……」

 事情を話し、自室に食事を持ち運んで───……しっかり噛んでの食事も終了。
 片付けたあとは寝るまでの時間を休憩とする。
 さすがに目が疲れたから、追加の書簡は持ってきてはいない。
 だからあとは本当に休むだけなわけなんだけど……

(……はぁ)

 袁術に届かない程度の小ささで、溜め息を吐いた。
 結論から言うと尻が痛い。だってずっと座りっぱなしだもの。
 落とし穴での腰の痛みは大分引いたが、これは辛い。
 もう本当に、寝台恋しき心境です。
 そのくせ、袁術は布団に入って少し興奮気味に俺を見るわけで……よーするに昔話を聞かせろってことなんだろう。
 もういっそ袁術が寝たら、そのまま布団に潜り込んでくれようか。
 そんなことを考えてしまうくらい、寝台恋しき心境です。
 寝不足の所為で余裕が無いとも言うが。

「じゃあ、今日は……わくわくするのとドキドキするのとガタガタするの、どれがいい?」
「む……? がたがたする話とはなんじゃ……?」

 興奮顔を疑問に変え、こてりと首を傾げる袁術。
 寝転がってるのに器用だ。

「それは言えない。選ぶことの勇気が試されるのが今なのです」
「む、むぅう……やはり一刀は意地が悪いの……」
「まあまあ。選ぶだけなんだから簡単だろ? ただし、選んだからにはきちんと聞くこと」
「うむ、一刀のお話は面白いのじゃ。聞くだけならば、その、別に構わんぞ?」

 ……昔話の時だけは調子がいい。
 それでも許せてしまうから、まったく男ってやつは……。

「それで、どうする? わくわくやどきどきを選んでも、必ずしも興奮する内容であるとは限らないぞ?」
「むむ……妾を謀る気でいるのじゃろうが、そうはいかぬぞ? わくわくどきどきが駄目ならば、がたがたを選べばよいのじゃ!」《どーーん!》
「おお! さすが袁術! これを選ぶとはさすがの胆力!」
「う? う……うむうむっ、そうであろそうであろっ? もっと褒めてもよいぞ?」
「それはまた今度で。じゃあガタガタ話で……“ゆめしびき”」
「……? 夢の話かの? 起きておるのに夢の話とは、なかなか趣の良さそうなものよの。やはりがたがたの話が正解だったのじゃ。これも妾の日頃の行いが良いからよの。妾の選択はいつ思い返しても見事なのじゃ〜♪」

 布団の中で腰に手を当てているのか、もぞもぞと動く袁術。
 そんな少女の頭をやさしく撫でて、話を始めた。

「誰かさんが小さい頃、誰かさん……まあ仮に吾郎くんとして、吾郎くんは自分が寝た時に見る世界が好きでした」
「寝たときに見るものは夢であろ?」
「ああ。でもな、吾郎くんはそれを世界って呼んでいた。何故かと言うと、吾郎くんは夢の中でも自分が思うように行動出来るからだ」
「夢の中でも……それは凄いの! 妾も蜂蜜水が目の前にたっぷりと置かれる夢を見たことがあるのじゃが、何故か動けんかったことがあっての……今でもあれは悔やまれるのじゃ……」
「そ、そか」

 どこまで蜂蜜水が好きなんだか……っとと、話の続きをしようか。

「で、吾郎くんは見る夢の中でいろいろな冒険をした。夢っていうのは都合がいいのが大半だから、その気になれば冒険して英雄になることだって出来たんだ。どんな強い相手と戦うことになっても勝てて、夢の中の英雄になれた」
「おおお……そんなことが出来るなら、妾も孫策をちょちょいと捻ってやれるのにの……」
「吾郎くんはいろいろな夢を見られるように頑張った。夢っていうのは記憶の整理だって話を聞けば、見たい夢に関するものを繰り返し考えるようにして」
「そうであろうのぅ、妾も絶対にそうするのじゃ」
「ああ、俺もきっとそうすると思うけどな。でもある日、吾郎くんは泣きながら友人に泣きついた。夢が消えない、夢が離れないって、訳の解らないことを言って」
「……う、うみゅ……? よく、解らぬの……」

 楽しげな雰囲気から一変、袁術は少し眉を顰める。
 俺は構わず話を続けた。

「話を聞いた友人は逆に羨ましがった。けど、それ以上に、泣きながらそんな羨ましいことを懺悔するように言う吾郎くんを不思議がった。そこで……ようやく友人は“どうしたんだ”と訊ねた」
「う、うむ……」
「吾郎は何も言わず、家に来てくれと言った。友人はやっぱり訳が解らないままについていくと……促されるままに家に上がり、異臭を感じた」
「う、ううううむ……? な、なにがあったのじゃ?」
「初めて嗅ぐ匂い……いや、臭いに駆け出し、友人は台所に辿り着いた。そこには───」
「そこ……には……?」
「腐り、蝿がたかる、吾郎の両親だったものが落ちていた」
「《ゾワッ!》ふひぃいいい!? な、ななななんっ……なっ……何故なのじゃー!」

 布団の中に一気に潜り、それでもなお話を続けさせる貴女の勇気に乾杯。

「夢を見すぎたんだ。英雄になったつもりでいたそいつは、いつしか現実と夢の区別がつかなくなっていた。なんだかんだと口煩く自分を叱る親を、始末する夢を見た。……ただし、現実の中で」
「ゆゆゆっゆゆゆ夢を見るのは現実であろー!? 現実でなければなんなのじゃー!」
「結局そいつは、これも夢なんだ、醒めろ、醒めろってぶつぶつと呟きながら……夢の中でもそうして目覚めたことがあったんだろうな。一切の躊躇無く自分の命を断つことで、動かなくなった。……もちろん、夢から醒めることなんてないまま。結果はその家に住むものが居なくなっただけに終わったんだけどな」
「ひぃいいいっ!!」
「ただ、友人が時々見る昔の夢の中に……まあ昔の夢だから吾郎も出てくるんだけどな? 昔の夢のはずなのに、その吾郎がおかしなことを訊ねてくるんだってさ。“俺が死なない現実は何処ですか?”って。当時は“僕”って自分のことを呼んでいたはずなのに。質問の途端に三つの穴が空中に出てきて、それぞれを示すと……」
「し、ししっ、示すとっ……どうなるのじゃ……!?」
「左の穴を示すと吾郎はそこに入って、戻ってこなくなる。なのに夢から醒める時に、喉を締められたような声で“うそつき”って聞こえて、目覚めた自分の喉には、首を締めた手の平のあとがあるんだと。真ん中の穴を示すと、その途端に吾郎の首が切れて崩れ落ちる。実際に死んだときと同じ格好になるんだと。で、右の穴を示すと“怖いから一緒に来て”って引きずり込まれて……」
「こここっ、込まれて……!?」
「穴の中の暗闇を抜けた先で、落下するんだって。底が見えない落とし穴に落ちたみたいに、ずっとずっと。もちろん怖いから、その友人も必死に夢から醒めようとして……醒める直前、落とし穴は終わって……吾郎だけが目の前で潰れて、自分は目を覚ますんだ」
「……! ……───!《ガタタタタタタタタ……!!》」

 ……あ、返事もせずに震えるだけの存在になった。

「けどまあ、穴の先を見たのもその一度ずつで、一定の間隔で繰り返す昔の夢ってやつも、四回目を最後に見なくなったんだとさ。最後……昔の夢の、みんなで遊ぶ“世界”の中、どの穴も選ばずに“ここだよ”って言ってやったら、吾郎は“ただいま”って言って、消えたんだって」
「〜〜〜……《ガタガタガタガタブルブルブルブル……!!》」
「……って、もう聞いてないな」

 これにてガタガタのお話、“夢死引き”はおしまい。
 見下ろす布団さまが見事にガタガタ震えてらっしゃる。
 さてと、じゃあ俺もそろそろ机に戻って……また悪い体勢のまま寝ますか。

「やれや《がしぃっ!》……おや?」

 立ち上がろうとする俺の服が、がっしと小さな手に掴まれる。
 伝って見てみれば、布団から伸びる手。袁術のものでございました。


───……。


 で……その後。

「………」
「………」

 何が吉と転がったのか、俺は布団で寝ていた。
 正しくは、袁術に引っ張り込まれたのだが。
 既に灯りも落とし、暗くなった部屋に二人の息遣いだけが響いている。
 寝巻き……という名のシャツ姿で、久しぶりの布団の感触を味わっているってわけだ。

「か……かずと……? 起きて……おるかや……?」
「起きてるぞ〜……」
「わ、わわ、わわ妾より先に寝たら、ゆゆ許さぬぞっ……? 絶対じゃぞぉ……っ!?」
「解ってる、わかってるよー……」

 袁術は予想通りというか、眠れずにいた。
 トイレに行く時も連れ回され、寝ようとしている今もまあこんな状態だ。
 右腕にしがみついて、カタカタと震えてらっしゃる。
 俺はといえば、長旅にプラスした久しぶりの寝台の感触に、ようやく体を伸ばせる思いで……まどろみに包まれそうになるたびに起こされていた。ある意味生殺しである。

(……明日、そういえば鍛錬の日だけど……)

 どうしようか。華琳に頼めば鍛錬をさせてもらえるだろうか。
 駄目だったら駄目だったで、鍛錬できる時間を自分で作らないとな。
 体をナマらせてしまっては、今まで鍛えてきた時間がもったいない。
 ……なんて思っていると、微かに気配を感じる。

(───……)

 扉の外だ。
 しかも、感じた直後に少しずつ、音を立てずに開かれていく扉。

(こんな時間に誰が……?)

 生憎と陽が傾いてからは雲に覆われた空。
 月の無い夜には気をつけろとはいうが……この時を狙ってきたのなら、随分と周到だ。

(……迷わず寝台(こっち)に来てるな)

 狙いは袁術?
 いや、それとも袁術がここで寝てることは知らなかった、俺が狙いの誰か?
 友好的じゃないのは明らかだ。軽い悪戯目的にしては、穏やかな気配じゃない。

(誰だ、なんて馬鹿正直に声をかけたら、こっちが行動を起こす前に目的達成に走る……よな)

 だから声はかけない。
 寝息に似た呼吸をリズムよく繰り返し、相手の出方を───

「ねねね寝るでないっ! 妾を置いて寝るでないぃい〜〜〜っ!!」

 ───見れませんでした。
 突然の袁術の声に相手は驚いたのか、なにやら持っていたらしきものを床に落とす。
 影が、落としたものに気を取られた隙を突いて掛け布団を投げ飛ばし、巻き込まれるままに倒れるそいつの動きを固め、封じる。
 すぐさま袁術に灯りをつけるように指示すると、暗いのがよっぽど怖かったのか、驚きの早さで灯りは灯され……

「………」
「………」
「?」

 掛け布団の下に、憎しみを込めて俺を見上げる、固められ中の桂花さんがおりました。

「あの……なにやってんの桂花サン」(割と素で)
「ふんっ、この私がそう簡単に、あんたなんかに口を割るとでも思っているの?」
「………」

 ちらりと、桂花が落とした“なにか”に目を向ける。
 ……なんかヌメヌメした生き物がたくさん蠢いていた。
 ああ、よーするにあれだ、落とし穴に仕掛けきれなかったものを、今さら追加で持ってきたと、そういうわけだ。

「……じゃあ現場はこのままに、袁術に華琳を呼んできてもらおうか」
「なっ!? ちょ、ちょっとあんたっ! ……ふんっ、呼べるものなら呼べばいいじゃない。こんな体勢じゃあ、あんたが私に手を出したって見てくださるに決まっているんだからっ!」
「へー。桂花は愛しの華琳さまが、真実を見誤るって思ってるんだ」
「そんなわけないでしょう!? 華琳さまのお美しい瞳は、千里先の真実までを見通す瞳! どんな虚言もたちどころに───た、たち、ど、ころ…………」

 あ。サー……って真っ青になっていく。

「あのさ。いざ寝ようって時にナメクジだの蛙だのを自室に持ち込む理由、説ける?」
「そ、そんなものっ! “北郷が新たな手技開発をしていました”で十分よ!」
「どんな趣味に目覚めようとしてるんだよ俺は!」
「ふふふふふ……? 売り言葉に買い言葉だけど、あんたには丁度いい趣味だわ。ほら、今すぐそこでヌメヌメしながら悶えてみなさいよ、この全身粘液男っ!」
「………」

 えーと、なんだ。
 もういっそこのまま引きずって、すぐ傍で手本を見せてもらえないだろうか。
 いや、さすがに本気ではやら…………ないぞ?
 迷ってない、迷ってないから。

「あー……桂花? 俺もう今日はいろいろと響いてて疲れてるんだ。ゆっくり休ませてくれません?」
「地獄に行って休みたいなら喜んで手伝ってあげるわよ?」
「あ、結構です。じゃなくて。ほら、袁術も怯えてるじゃないか。もういいから、お願いします、ゆっくり寝かせてください」

 言って、解放。桂花が落とした入れ物(入れ物?)で蠢くナメクジや蛙も、ソレから出てしまう前に拾い上げ、ハイと渡して部屋から追い出す。
 当然即座に鍵をかけて、ギャースカ叫ぶのを無視して寝台へ。
 そもそも鍵をかけなかったのがいけないんだ。
 そんなんだから毎度毎度部屋に侵入されて……華琳にも無用心だとか、本当にノックは必要なものなのかって疑われるんだ。
 さあ寝よう。布団が……明日の朝日が待っている。

「じゃ、寝ようか」
「う、うむっ、さっさと寝てしまえば怖くなどないのじゃからの!」
「そうそう」

 しばらくして消えた罵声も特には気にせず、灯りの消えた部屋の寝台に寝転がり、もう一度呼吸を整えた。
 袁術にも“俺と呼吸を合わせてみて”と言ってみて、きゅむとしがみつかれていた腕を頭の下に回してやって、落ち着くように腕枕をしながら頭を撫でてやった。
 嫌がってはいたものの、なんだかんだで怖さは紛らわすことは出来たようで、袁術は結局俺より先に寝てしまい……俺に合わせた呼吸をそのままに寝息をたてた。

(はぁ……やっと寝れ《むずっ》ういぃっ!?)

 それは突然の覚醒! じゃなくて、感触! いや覚醒もしちゃったけどさ!
 なにやら寒気を感じて自分の胸元を見下ろしてみると……ゲゲェーーーーッ!!?

(へ、へぇっ!? ななななんでっ……!?)

 ……袁術が、物凄い速度でお寝惚けあそばれ、あろうことかシャツの上から人の乳首に吸い付いてっ……ってどうすりゃこんな状態になる!?
 え!? なに!? 癖かなんかなのか!?
 ここここらこらこらっ! 吸うんじゃないっ! 吸ったってそんなもん出ないってば!
 離せっ! 離っ……待て待て! ここで強引に押し退けたりしたら、また起きてしまうだろう! 起こすのは可哀相だし、また寝るまでが大変だ! じゃあどうする!?

1:「存分に吸うがよい」───このまま吸われる

2:「俺……実は前世が乳牛でさ」───やっぱり吸われる

3:「すくすく育ちなさい……我が子よ」───むしろ聖母が如く慈しむ

4:「冷静になろう!?」───選択肢はいいからやっぱり起こす

5:「余がうぬの母である!!」───却下

 結論:……第6案を創造、代用物でなんとかする。

 ちうちうとシャツ越しに吸い付いてくる袁術の口に、左手の人差し指をなんとか突っ込むことで気を逸らす。案の定というかありがたいことにというか、今度は人差し指をちうちうと吸い始めることで、事なきを得るに至れた。
 ……しかしそれで離してくれると思っていた結果とはまたも違い、袁術は指に吸い付いたまま離れなくなってしまった。

「…………」

 途中途中、口の隙間から空気が入るから、吸われすぎて破裂とかはないんだが……ふやけます、絶対に。しかしまたも妙な保護欲が滲み出て来てしまい、起こす気にも離す気にもなれず……ええい寝てしまえ、寝てしまえば楽になる。
 自分にそう言い聞かせ、寝ることにした。
 許可が下りれば明日は鍛錬だ。睡眠だけはきちんと取っておかないと。
 長く息を吐き、そこからは袁術の呼吸に合わせて息を整え、眠りについた。
 吸われる指にくすぐったさを感じながらも、意識が許すうちはゆったりと袁術の頭を撫でながら。




ネタ曝しです  *今の僕には(略)  歌詞ネタは危険ですので中略。ア○インストールです。  *アダマ○タイマイ  FFシリーズより、とても硬い亀。  関係ないけどピンクのしっぽは一度も手に入れたことがありません。  誤字報告、毎度毎度助かってます。46話をお送りします。  風の口調の中で(口調?)おかしな部分を発見、慌てて修正。  風が、霞のこともちゃん付けで呼んでたことを思い出して、仕事から戻るなり修正。  他に、煩悩め、死ねーもネタ曝しに追加。  これは書いたつもりになってました、失礼しました。  “05:呉/青少年の心の葛藤”で使ったのが最初なので、そちらへ追加しましたです。  はい、というわけで袁術(美羽)と桂花さんのお話です。  眠気で辛い人は、きっと寝かせてくれるのならどんなことだって許しそうな気がする。  譲れないもの以外ならの話ですが。  楽しみにとっておいたものを食われたことくらい許せます。  RPGのセーブデータを消されたって許しましょう。  でも小説データを消したらタダじゃァおきまセンッ!  即興昔話ですが、これは子供の頃に兄とよくやったものです。  眠れない時などは、交互にその場で思いついた物語を話ました。  内容は本当に滅茶苦茶だったので、覚えてもいませんが。  自由度だけは半端じゃない物語たちだったのだけは覚えています。  なお、夢死引きはフィクションです。  ……じゃあ……眠ります。また、次回で。  追伸:美羽の口調が中々難しいです。ナギーのようにはいかんなぁ……。 Next Top Back