90/王として少女らしく、少女として王らしく

 …………“鍛錬の日”の剥奪が決定された翌日。
 なんだかんだで書簡整理を終えた俺は、華琳の部屋へと訪れその報告をしていた。
 時刻は昼を過ぎたあたり。
 外は生憎の雨だ。耳を澄ますまでもなく耳に届くくらい、なかなかの強い雨。
 報告とともに差し出した、纏めの竹簡を手に取り目を通す華琳は無言。
 俺はただその場で反応を待ち、そうした静かな時間の中でも地を打つ雨音、そして華琳のゆったりとした息遣いを聞いていた。
 それほど室内は静かだった。うるさく聞こえるのは雨音くらいだ。
 もちろん華琳の息遣いだって、よほどに注意しなければ聞こえることもない。

「…………結構。綺麗に纏めてあるわね」
「……そか、そりゃよかった。なにせ読むのに大分苦労させられたからな。これでダメだとか言われたら、禁止された甲斐がない」
「ふふ、そうね。じゃあ逆に訊くけれど……邪魔が入らなければ三日以内に終わらせられたのかしら?」
「苦労させられたけど邪魔とは思ってなかったから、それには答えられないなぁ」
「ならいいわ。もし邪魔だったなんて言おうものなら、きつい罰を与えていたところだけど……そうね。せめて罰は下さないでおいてあげる。三日以内には間に合わなかったけれど、皆の手伝いをしながらこの早さなら、逆に感心出来るくらいよ」
「いいのか?」
「いいわよ。ただし、警備隊や他の者にもきちんと言うべきことを言うこと」
「ん、そりゃもちろん」

 どうやら罰は流れてくれるらしい。
 こういうことは気まぐれみたいに変えてくれるくせに、誰かの予定を曲げた時はほぼ考え直してくれないから困る。

「で……言うべきことを言いに行く前に、一言だけ言わせてほしいんだけど、いいか?」
「なにかしら?」
「……条件を満たせなかったから言うんじゃないけど、人の日課を禁止にしたりして、俺が愛想を尽かすとか怒り出すとか考えなかったのか?」

 正直な話をするなら、鍛錬禁止は勘弁してほしかった。
 雪蓮との約束はもちろんだけど、じいちゃんの期待に応えたいって思いが当然ある。
 条件つきとはいえ、ほぼ一方的に禁止にされた。
 悔しさは……やっぱり、どうしようもなく存在する。

「……そうね。思ったわ。むしろ当り散らしてくれてもいいとさえ思ったわね」
「え……? ど、どうして」

 予想だにしなかった言葉に、軽く混乱する。
 そんなふうに思っていて、どうしてそれを実行しようだなんて思ったのか。

「ねぇ一刀? 貴方、この大陸に来て、自分がしたいことをきちんとしている? 怒るべきに怒り、喜ぶべきに喜んでいる?」
「そりゃ、してるぞ? 笑いたい時に笑ってるし、泣きたい時に……まあ、泣いてる」
「そう。ならば……怒ってはいないのね」
「………」

 ……“心は乱さず”を心がけてはいる。乱しまくっているけど、心がけのほぼは怒りに向けている。けれどどうしても怒る時はあるし、苛立ってしまうことはある。
 だからそれは違うと答えても、華琳は俺の目を覗いてくるだけ。

「一刀。怒るべき時に怒れる貴方になりなさい。やさしさだけじゃあ、いつか身を滅ぼすわよ。貴方相手なら何をしても許される、なんて……わたしはそんなことを許したくはない」
「じゃあ鍛錬のこと取り消して───」
「だめよ。あんなもの、見ているこっちが苦しいじゃない」
「や、だってやってるのは俺だぞ?」
(……だから苦しいって言ってるんじゃない、このばか)
「え? 今なんて……?」
「なんでもないわよっ! とにかく、あんな呼吸困難で死にそうになるほどの鍛錬なんて許さないわ。やるなら他の誰かと、あくまで普通にやりなさい」
「あ、ああ……うん……」

 怒られてしまった。
 ……あれ? ここってこっちが怒るところか?
 いや、けどそんないきなり怒れって言われても、怒れないぞ?

「三日間、貴方に皆を仕向けたのはわたしだけれど……三日目の桂花はやりすぎね。仕事を頼んでいいとは言ったけれど、落とした上に埋めていいとは一言たりとも言ってないわ。お仕置きが必要かしら」
「華琳がお仕置きしても、喜ぶだけだと思うけど」
「……そうね。なら一刀、貴方がやる? 縛った状態で目隠しをして、あとは貴方の好きに───」
「はいストップ。そこまでにしてくれ華琳。無理矢理とかはもう勘弁してほしい。華琳が適当にお仕置きしといてくれ。喜んでもいいから、キッツイのを」
「───……そ……そう。まあ……埋められた本人がそう言うのなら、べつにいいけど」

 どうしてお仕置き=肉体関係に走るんだろうなぁこの魏王さまは。
 無理矢理はもう勘弁だし、どうしてもやれと言われたら、さすがにいい加減なにかがプツンといってしまいそうだ。我慢は体に毒っていうけどね……怒りたくないって思いや仲良くしたいって思い、それと惚れた弱みってやつがいったいどこまで保ってくれるかだ。
 人間、堪忍袋ってものがあります。
 じいちゃんとの鍛錬でそういったものをキツく縛ってきてはいるものの、我慢も限界が来る時はどうしてもある。
 理不尽に叩かれたり殴られたり蹴られたり、条件付きの困難の最中に妨害されたり鍛錬潰されたり……いや、不満ばっかりだぞ? 怒るなって言われても怒りたい時はそりゃあある。
 いっそ華琳が怒るみたいにどっかーんと怒りたいもんだが……こういうのって性格なのかなぁ……やっぱりどっかーんと怒る自分が想像出来ない。
 普段怒らないやつが怒ると怖いっていうけど、俺の場合はどうなるんだか。
 乱世の頃、華琳を引っ叩いたことがあったけど、あれは怒りもあったけど“しっかりしろ!”ってキツケの意味が強かった。頑固者を冷静にさせましょうって意味でのものだ。
 じゃあそれ抜きにして怒る場合は? ……想像つかないな。

(?)

 ……ていうか随分とあっさり引き下がったな。
 “これは命令よ。拒否は許さないわ”とか言ったりしなかったし。
 怖い顔でもしてたかな、俺。
 まあいいや。

「それで……もう警備隊に復帰していいのか?」
「え、ええ……けれど、復帰は明日からにしなさい。今から復帰したら、他の者の予定を崩すことになりかねないわ」
「そっか……うん、そっか」

 明日から復帰出来る。
 消えることになったり、各国を回ったり、迷惑を掛け通しだったけど、ようやく。
 よかった……本当に。これでまた、帰ってきたって実感を得られるに違いない。
 今から頬が緩んで仕方ない。きっとだらしのない顔をしているんだろう。

「…………一刀」
「へ? あ、わ、悪い、顔緩んでたか?」
「ええ、緩んでいるわね。それだけ望んでいたのなら任せ甲斐があるわ。……そうではなくて、支柱の話よ」
「……支柱の?」

 ハテ。てっきりニヤケ顔を指摘してきたのかと。
 こう、しゃきっとしなさいって感じで。
 いや……むしろ“そのだらしのない顔は変わらないのね、つくづく一刀だわ”って。
 けれど表情はどこか不安気というか……あれ? 気を使われてる? 気の所為?

「その、風から聞いたわ。貴方、まだ他国の女性を受け容れるかどうかを悩んでいるそうね」
「えっ……あ……はぁ。風のやつ、そんなこと報告しなくてもいいのに……」
「ということは、事実なのね?」
「……ああ。その理由も聞いたんだろ?」
「ええ。その上で率直な意見を言わせてもらうけど」
「? あ、ああ」
「貴方は……わたしとの会話で何を聞いていたの?」
「………………へ?」

 予想していた言葉と全然違う言葉に思考が停止した。
 しかしすぐに持ち直すと、どういう意味かを考えて……答えが出ないにもほどがある頭をいい加減殴りたくなった。
 華琳も、どこか不安が残っている表情のままに続け、しかし途中からは普段通りの表情になっていた。

「華琳との会話って、え……?」
「私が北郷隊───真桜、沙和、凪を貴方に任せたあとのこと、覚えているわね?」
「ああ、そりゃもちろん」
「ならば当然、わたしが貴方に北郷隊の調子を訊いた時のことも覚えているわね?」
「調子をって……あれか。なんでまたあの時のことを?」
「……だから、何を聞いていたのと訊いているんじゃない。思い出せないようなら耳を引っ張って、その耳元で叫んでくれようかしら?」
「勘弁してくれ。……えと、あー……つまり? ……───! 華琳、それはっ!」
「同じことよ。今貴方が何を思い出し、どう考えたのか。答えはそこでしょう? あの三人との結果はもう出ている。ならば貴方があの時に言った、“自然の流れ、貴方なりのやり方”というものが実ったということ」
「うぐっ……それは、そうだけど」

 確かに自然の流れ……ではあった。
 その流れの行きついた先が、あの時華琳が提案した“ひとつだけ”の結果だったけど。

「魏に操を立てるのは結構。ただ、わたしは貴方に言ったはずよ? わたしが認める者がくだらない男に抱かれることを、わたしは良しとしないと」
「ああ、聞いたけど……」
「男の甲斐性がどうのと唱えたのはわたしよ。相手が一刀に惚れ、一刀が相手に惚れたのなら行き着く先など自然の流れ任せよ。貴方が妙に気負う必要はないし、貴方は自然の流れのままに支柱になり父になればいい。いいえ、むしろなりなさい」
「や……けどなぁ……」

 無茶苦茶だけど、既に手を出してる前例があるだけに反論しづらい。

「“人の気持ちの大事な部分を利用しているようで嫌だ”、と……以前言ったわね」
「言ったなぁ……」
「同じことで悩むなとは言わないわ。人である以上は状況が変われば見誤りもするもの。ただ、いつまでも悩んでいるようなら、それを叩き直すのは指摘出来る者の務めだと思わない?」
「それはつまり、華琳ってことか?」
「誰であろうと十分よ。簡単じゃない、一刀が迷っている答えを教えられれば誰だっていいんだもの」
「…………」

 そうだろうけど、それってつまり俺以外なら簡単に解るって聞こえ───え? もしかしてそうなのか?
 や……実際“揺るぎ”のことについても、愛紗と星の前で赤っ恥曝した俺だし。
 もしかして今回も、物凄く簡単なことなんじゃ……?

「誰も無理矢理に抱けなんて言わないわ。以前の貴方が言ったように自然の流れに任せればいい。好いて、好かれて、そういう流れになったなら抱けばいい」
「……“そうでなければ、応えるはずがないでしょう?”だよな」
「ええ、その通りよ」

 愛は一つだけと決められているわけではない。
 俺は一人しか居ないけど、ならばそれぞれに愛を注げばいいだけ───だったよな。
 そんな言葉に対して、“そういうのは自然の流れだと思う。俺は俺の方法で、信頼を得られるように地道にやってみる”と答えた。
 結果としては三人と関係を結んで、信頼も得て……その、似たようなことが張三姉妹ともあったわけでして。

「けど、あの頃は───」
「あの頃は仲間内だったから、なんてつまらない言い訳は言わないでほしいわね。魏という範疇が三国に広がり、貴方はその支柱になりたいと言ったのよ?」
「いや、それは……」
「なら訊くけど。支柱になった先で、もしそういった自然の流れで至るところに至った時、貴方は魏将だけを抱き、呉将や蜀将は抱けぬと断るの?」
「…………」
「答えをわたしに言う必要はないわ。ただ、国に生き国に死ぬと言った以上、次代を担う子を育む行為を断る貴方に、支柱である資格など───断じて有りはしないのよ」
「それだけで!? えっ……あ、いやっ、そうかもしれないけど、なんか一気にシリアスから別の方向に投げ出されたような……!」

 いや、解る、解るつもりだぞ? そりゃあそうだ、資格無いよ、うん。
 でも……あれぇ……?
 なんかこう、納得するために必要な覚悟が随分と高みにあるような……。

「小難しいことは言わないわ。本気で好きになり、本気で惚れられたなら抱きなさい。友だとどれだけ口にしようと……いいえ? 友になり気安くなったからこそ、好きになるということも有り得るものでしょう?」
「………そりゃ、そうだけど」
「それとも、貴方と友になったのなら、そういうことは一切されないと? 今はそれでもいいでしょうけど、雪蓮あたりは友をやめると言い出しかねないわよ」
「あー……うん、それは俺も考えた」
「そう? 考える頭がまだあるなら、固定した考えばかりではなく柔軟な結論に期待させて頂戴。必ず抱けと言っているんじゃないわ、互いに好きになり、自然の流れでそうなった時に抱けと言っているの。貴方の言う揺るぎがどんな形のものであれ、証は私の手元にある。その証から外れないのであれば、いくらでも許可するわ」
 
 そうなんだろうか……手を出したら出したで、なんだかピリピリしそうな気が。

「自然の流れか。雪蓮には種馬になれって言われたことがあるけど、他の人はそれを望んでいるのかな」
「それは貴方が貴方の目で見て確認することよ。呉で、蜀で、そういったことが一切無かった、なんて言わないわよね?」
「………」

  “か、一刀様っ、私は……子を宿すなら、一刀様との子がいいですっ”

  “私もっ……他の人となんて、考えるだけでも……! …………怖い、です……!”

 ……軽く、いつかの呉でのことを思い返してみる。
 雪蓮がきっかけで始まった、次代を担う子の話。
 明命が、亞莎がそう望んでくれて、俺は…………

「……あった。そっか、断ることで頭がいっぱいだったけど……」

 人の真面目な告白、魏を理由に断ったんだよな、俺……。

(“お主の気持ちはどうなんじゃ”、かぁ……)

 そのあとに言われた、祭さんの言葉を思い出してみる。
 魏や国のことなど後回しにして、俺自身は明命を、亞莎をどう思っているのか。
 ……それは、大事な友達だ。
 言葉通りに大事にしたいし、守ってあげたいと思う。
 実力が伴わなくても守りたくなるほど大切な存在。
 そんな娘が……他の人は怖い、俺がいいって言っているのに、俺は……このまま突き放し続け、誰か適当な男に任せるのだろうか。
 俺には魏があるから、なんて理由で?
 大切な国なのは確かだ。それに、いつの時代だって好きな相手と結ばれないことなんていくらでもある。俺が首を縦に振ることで叶うそれを、俺は───……

  “儂は自分が認めた者以外の男の子を成すなど、許容しきれんわ”

 ……いいんだろうか。
 認められていると、自惚れてしまって。
 ……いいんだろうか。
 求められたからといって、全てを受け止め、受け入れてしまって。

(……俺は……)

 冗談半分、真面目半分で雪蓮が言った、政略的な物事に当人の意思は関係無いって言葉……あれはいつか、彼女らに降りかかるものなんだろう。
 それこそ本当に子が必要になった時、相手なんて選ぶことの出来ない状態で、彼女らは……抱かれるのだろう、地位が良く、中々に力のある誰かと。
 そう思った瞬間、嫌な気分になるのはどうしてだ?
 随分勝手な都合じゃないか、断ったくせに怒るのか?
 俺は……なぁ北郷一刀、お前は……本当に、それで───

「……なぁ華琳。一つだけ、訊いていいか?」
「……ええ。言葉通り、指摘出来る者の務めを果たしてあげる」
「ああ。果たしてくれ」

 息を吸い、そして吐く。
 結論はもう出ていて、やっぱり優柔不断なものだけど……華琳もそれが解っているからか、頬杖をつきながら笑んでいた。

「……俺らしさってのは……なんだ?」

 だから言う。遠慮なく。
 俺は俺としての支柱の在り方を目指す……そうは決めても、今だ鮮明に見えていないその在り方に、もやもやが溜まってきていた。
 だからこそ思う。どれだけ鍛錬しようが学ぼうが、自分はただの人間なのだと。
 自分で苦労して出した答えならば、必ず正解であるわけでもないことを知り、他人に与えられた何気ない一言が、苦労して考えたものよりもよほどに綺麗な答えであることを知ってしまう、人間なのだと。
 人は一人では生きていけない。
 間違ったことをしてしまったなら止めてくれる誰かが必要で、その誰かが間違えば、止める自分も必要で。
 だからこそ俺は……それがどんな言葉でもいい。
 誰かの言葉を欲したのだろう。

「貴方らしさ、ねぇ……。悩んでも空回りばかりで、だというのに期待には無駄に応えて、退屈させないところかしら」
「……華琳の中の俺は、そんなんか」
「ええ、“そんなもん”よ。そして、魏にはそういった馬鹿が必要だった」
「馬鹿って、随分はっきり言うなぁ」
「言ったでしょう? 貴方は言わなきゃ解らないんだもの。言われたくなかったら、思い悩むよりも先に走りなさい。天の御遣いが真実、世に太平を齎す存在ならば……必要なのはむしろこれからよ。乱世の太平は成り、だからこそ北郷一刀は消えたのなら……今度はこの目の前にある平和な世をより幸福にしなさい。わたしがそれを見届け終えるまで、わたしは貴方を帰す気などさらさら無いんだから」
「………」

 楽しそうな顔だった。
 まるで、親に何かを自慢げに語る子供のような、そんな顔。
 いたずらが成功し、満面の笑みを浮かべた瞬間を切り取ったような……そんな、笑顔。
 そんな笑顔に真っ直ぐに心を打たれて、俺は……支柱がどうとか次代がどうとか関係無しに、自然と動いていた。
 机を挟んで向かい合っていた状態から、回り込んですぐ傍へ。
 突然の俺の行動にも余裕の姿勢で俺見る彼女に、彼女が意外に思う行動を取ることで体勢を崩させ……

「なっ───!? かずっ……ふぐっ!?」

 深い深い、くちづけを。
 今や誰もが知る覇王の頭を正面から撫でるなんて、きっと誰もやらない。
 そんな油断があったのか、盛大に体勢を崩してくれた華琳にキスをした。深く、深く。
 しかしながらその先に走ることはなく、これでもかと言うほど、いや……それ以上に長く口を押し付け、舌を伸ばし、唾液を交換し……ようやく、離れた。

「……、……あ、あっ……あなたはっ……」
「……まあその。一応。思い悩むより突っ走ってみたんだけど《ドスッ》げほゥ!?」

 胸を叩かれた。妙なところに当たって、地味に咽る。

「けほっ……! い、いきなりなにをっ……!」
「いきなりなにをはわたしの台詞だと思うのだけれど……!? 誰がいつそんなことをしていいと許可したの!? いつ!?」
「ほら。そうして拒絶反応が出る以上、どっちかが“自然だ”って思ってても、相手が自然の流れとして受け取れなきゃあ受け容れられないもんだろ?」
「なっ……───一刀。貴方今、わたしで遊んだわね?」
「いや。遊んでないし、華琳が好きだからこそ思い悩むより突っ走ってみた」
「っ……! う、なっ……!」

 真正面から真っ直ぐに華琳の目を見て思いをぶつける。
 手をとり、自然に笑んでいく顔をそのままに。

「ははっ……思えばさ、俺達キスするのに夢中で、好きだとか愛してるだとか飛び越しちゃったよな。……言ったのも、どさくさ紛れっぽかったし。だから───」

 天に帰り、離れてしまっていた分。
 他国を回り、離れてしまっていた分。
 焦がれた日々の全てを言葉にこそ込めるように、解き放つ。

「好きだ、華琳。お前を愛している。出来ることなら“過去”になんかしたくなかった。離れた時から今まで、ずっとずっとお前を想っていた」
「───、…………、〜……〜〜〜〜っ……!!《かぁあああっ……!!》」

 “愛していたよ”と過去にし、消えてしまったあの日を思う。
 どうして愛していると伝えられなかったのか。
 天で生きる日常の中で目の前の少女を忘れる日など……片時もなかったというのに。
 会えないのが辛い。胸が締め付けられ、行き場の無い思いを鍛錬に、勉学にぶつけていたようなものだ。

「やっと、真っ直ぐに伝えられる。明日まで待って、きちんと以前のままの俺で届けたかったけど……ごめん、我慢が出来なかった」

 じわりじわりと赤くなっていった華琳を抱き締める。
 抵抗は……無かった。
 ただ、突然の告白にどう反応すればいいのかを必死に探している少女ような風情で、華琳はかちんこちんに固まっていた。
 そんな彼女を胸に抱きながらやさしく頭を撫でることで、心の中にやさしい気持ちが溢れてくる。
 …………でも。

「……でも……そうだよな───そうなんだ。俺がやろうとしてることは……こんなやさしい気持ちの時に……相手に“お前の気持ちは受け取れない”って言うのと……同じなんだよな」

 それは……とても辛い。辛く、悲しいことだった。
 もし俺が華琳にそんなことを言われたらどう思うだろう。
 もし華琳にそんなことを言われたとしたら春蘭なら? 桂花なら?

「……うん、うん……」

 静かに頷きながら、少しずつ覚悟を決めていく。
 支柱になると決めた。けどそれはどれかの国に思いが偏っているようじゃあ、あまりにも贔屓に走る支柱だ。
 柱が傾いていては、周囲にあるものは安心出来るはずもない。
 じゃあどうするのか。
 その答えは……もう華琳が持っている。だから俺は、今度こそ俺らしく。

「強すぎる思いは絶に託していくな? それは証として、華琳が持っていてくれ」
「…………ええ。貴方なりの甲斐性というものを見せてみなさい。三国を愛し、三国を受け容れ……三国に死する貴方で在りなさい。天が御遣い、北郷一刀」
「……ああ。ただまあ、もしみんなが他の誰かを好きになったって言ったら……それはそれで、素直に引くからな? 悲しくないわけじゃないけど、その方が幸せだっていうなら……相手の男を一発殴った上で任せるから」
「勝手になさい。あり得ないことでしょうけど」
「自信満々だな……どこからそんな自信が溢れ出すんだか」
「そもそも貴方が人を殴る姿からして想像がつかないもの」

 ……対蜀軍時、撤退の際にあなたを引っ叩きましたが? 想像できないっていう意味ならなるほどだけど、わざわざ口にすることでもないよな、うん。
 でもまあ……昔っから大事な娘……娘じゃないけど、大事な人を男に任せる時は、相手を殴るって決まってる。もし託すのだとしたら、俺はきっとそうして───……

(?)

 あれ? なんだろ……つい最近、誰かに殴られて何かを託されたような……。

(……気の所為か)

 思い当たらないし、何かの思い違いか気の所為だ。

「…………んっ、よしっ」

 静かに、抱き締めていた華琳を解放する。
 多少顔は赤かったものの、俺を見る目はいつも通りの華琳だったから、俺ももらった勇気とともに顔と気を引き締めて、華琳と向かい合う。

「というわけで華琳」
「……ふふっ、吹っ切れた顔になったわね。なに? 今からでも───」
「わたあめを作ろう!!」

 …………。

「《ぴとり》……額に手を当てても、平熱以上の熱はないぞ?」
「なら、この状況でそれを言う理由はなによ……」
「や、明日から復帰なら、今日は非番扱いになるんだろ? 次の三国連合に向けて、催し物のネタを考えるのもいいかなって。目を通した書簡の中に、結構それっぽい話が混ざってたから気になってはいたんだよ」
「……わたあめ、というのは……貴方が消えるより大分前に話していたあれね? 凪が食べてみたいとか言っていた」
「そうそう。一応、簡易的なものではあるけど、綿菓子機の作り方も天で調べてきたから。あとは真桜さえ頷いてくれれば出来ると思う。砂糖結構使うけど」
「…………使う量は?」
「これくらいの大きさの綿菓子に対して、砂糖の量はこんなもの。なんだかんだで溶かした砂糖を棒に巻いただけだから、空気50砂糖50くらいの雲みたいなお菓子って考えればいいぞ」
「………興味深いわね。雲のようなお菓子……ふぅん」
「?」

 顎に手を当てながら軽く俯き、けれど視線はやたらとちらちらこちらへ向けてくる。
 なんだかその目に何かを期待されているような……顔が少し赤いままなことに関係がある? ……解らんな。
 いや待て、綿菓子の話をしてるんだから、つまりは……───ああなるほど。
 そういや凪も言ってたもんなぁ、華琳さまに教えて差し上げたらお喜びになるのでは〜ってな感じで。
 つまり華琳も綿菓子を食べたいと。

「大丈夫大丈夫、味に保障が出来るようならちゃあんと華琳にも届けるから」
「《ヒクリッ……》……本当に、どうしてこう望んだ時ばかり気が回らないのかしら、この男は……」
「え? なにが?」
「なんでもないわよっ!」
「うぇいっ!? ご、ごめんなさいっ!?」

 なにがなんだか、急に怒られてしまっては謝るしかない。
 図星だったってわけでもなさそうだし……気が回らない? なんのことだろ。
 んん……よく解らん。

「まあ……とにかく少し考えてみるよ。っていっても、決心ってやつは自分が思うよりも固まってるんだろうけど。魏は大事だけど、呉と蜀に行って得たものも大事だ。多分……魏を理由にしないなら、俺はもう呉のみんなや蜀のみんなのことが好きだから」

 それは、焔耶が俺に向けた言葉によく似ている。
 同属嫌悪がどうとか、思ったっけ。
 おかしなところで人っていうのは似ているもんだ。
 “自分の言葉で語れない自分”をなんとか横に置いて、自分の気持ちを語ってみても、そんな自分に自信が持てない時がある。
 ただ……彼女らを大切に思う自分が居て、伝えられた言葉が嬉しかった自分も居るなら、断り続けるのは確かに胸が痛い。

(惚れやすいのかな、俺……───惚れやすいんだろうなぁ)

 現に魏将魏王に惚れ込んでしまっているんだから、否定なんて出来なかった。
 あとは、心変わりばっかりするくせに他人のことには首を突っ込みたがる自分でもいいのなら、自然の流れに任せていこうと思う。
 本当に……つくづく他人のことには気がつくのに、自分のこととなると頭が回らない。
 人間っていうのはどうしてそうなのかな。
 自分のことは自分が一番解ってるって言葉は、いったい誰に当てはまることなんだか。
 少なくとも俺は違うよな。自分のことなのに、周りに教えられてばっかりだ。

(逆に俺も、他の誰かに対してそう在れてるだろうか)

 少しでも周りに教えることが出来ているといいなと思いながら、「そろそろ行くな」と告げて歩き出した。
 一度真桜と相談してみよう。もちろん惚れやすい自分がどうとかの話じゃなく、綿菓子機のことで。次の三国連合の宴がどんなものになるのかは知らない。というより……宴の中に急に降りたような俺だから、どんなことをするのかもまるで見当がつかない。
 ドキドキはしている。またみんなに会いたいなって思いもあるし……会いたくなるようなみんなだからこそ、支柱になりたいと思った自分が居たわけで。

(……あー……なんだ、それってつまり……)

 自分はもう相当に、みんなに惚れ込んでいたんじゃないだろうか。魏を理由にしないのなら、友達として好きとかじゃなく、力量が不足していようが守りたいと思えるくらいに。

「〜〜〜……」

 自分の理解の無さに顔が赤くなるのを感じた。
 部屋を出るはずだったのに、歩みを止めた足がある。
 ただ顔を片手で隠すようにして俯き、どうしようもないくらいのむず痒さに襲われて、叫び出したくなった。ほんと、恥ずかしい。

「一刀?」
「あ……や、ごめん、ちょっと自分の情けなさに呆れてた」
「随分と今さらなことを言うわね」
「《ぐさり》はぐぅ!?」

 今さら……まあ、今さらだ。
 さっきの例えじゃないが、自分が気づかなかったってことは周りはとっくに気づいていたんだろう。なにせ“自分のことは自分が一番解っている”なんて人、その言葉の知名度以上に多くなんてないんだろうし。

「貴方は人はそう簡単には変われないって代表例だから、それでいいのよ。表面でどこがどう変わっていようと、根本が変わらない限りは変わったとは言えない。今の貴方が鍛錬だ勉学だとどれだけ走ろうと、根元が変わっていないのと同じようにね」
「うぐ……そうか? 自分では結構変わったと思うんだけどな」
「惚れ易い。女と見ればほうっておかない。困っている者は見捨てられない。妙なところでよく動くけれど空回りのほうが多い。他人のことには聡いというのに自分にはそれが向かない。だというのに他人が求めるとそれが逆の方向に向く。……まだあるけど、全て聞きたい?」
「勘弁してください」

 ぼろくそである。
 なるほど、俺のことは華琳のほうがよっぽど知っているらしい。

「付け加えるのなら、鍛錬や勉学についても似たようなことが言えるわよ。勉学で言うのなら、この国の文字の書き方を知らなかった貴方が、この地で学び、書簡整理も出来るようになった。鍛錬で言うのなら、自ら警備隊に入り、体を痛めながらも隊長職につき、中々の安全を保障できるようにもなった。今の貴方はその鍛錬と勉学の幅が広くなっただけで、根本は何も変わっていないのよ」
「うわ……そうなのか?」

 と言ってみるものの、反論が思い浮かばない。

「貴方が貴方として、わたしのものであるのなら細かいことには目を瞑るわ。だから、他国の王や将に手を出すことくらい、同意があれば頷いてあげる」
「手を出すこと前提なんだな……はぁ」
「わたしがそう望んでいるからよ。───大陸制覇は成った。この平穏が乱れぬようにわたしは王としての然を守り通す。桃香はここからでも自分の願いを叶えることが出来るし、雪蓮も……“誰もが笑顔で”という宿願を果たすことが出来る。だから一刀、貴方はそれら三国の王の意思を守る支柱……礎となりなさい」
「礎?」
「ええそう。武力で得た平穏ではあるけれど、とりあえず一年は保たれたわ。宴を設けることで連合の心の安定も保たれている。好き好んで戦を起こす馬鹿も居なければ、賊の数も減ってきている。それらを戒める王や将が一層纏まるための礎になりなさい」
「それはまた、難しそうな注文が来たもんだな……」
「あら。支柱になるのと何が違うというのかしら? 貴方が口にした支柱というのはつまり、今わたしが言ったことの全て。三国を安定、邑を街を豊かにし、手と手を繋ぎ、人を笑顔でいさせる者のことよ? わたしたち三国の思いを支えるというのなら、それくらいも出来ないと支柱とは言えないわよ」
「…………まあ、そうだよな」

 頭を軽く掻く。
 解っているつもりでも、いざ言われるとやることの多さに頭が痛くなる。
 だったらやめるかと言われれば、これが困ったことにやめる気なんてさらさらないのだ。
 どこまでお人好しなのか……って、これは自分で言うようなことじゃないよな。

「でもそれで例えると、その支柱が魏に住んでいるのはずるいーとか言い出す輩も出たりするのかもな。支柱なのにどうして三国の中心に居ないんだーとか」

 いろいろ考えてみて、ふと気になったことを口にしてみる。
 本気でそう思ったわけじゃなく、ただなんとなく……言葉で負けそうだったから、冗談でも言って緊張をほぐそうとしただけなのだが。

「……一理あるわね」
「あれ?」

 なんか頷かれた。
 いやあの、華琳さん? 今のはちょっとしたフランチェスカジョークってやつで……。
 や、そんなジョーク存在しないけどさ。

「そうね。もし不満の声が上がるようなら……三国の中心に都を構え、貴方の城でも設けようかしら」
「い、いや、今のは冗談で……」
「悪くない冗談だわ。今ほど“天の御遣い”という言葉が相応しくなる時が、いったいいつ訪れるというの? 予言も神も信じないけれど、少なくとも貴方という御遣いは存在した。わたしも桃香も雪蓮も、もちろん将も兵も民も、本当の意味で奮起するのはこれからよ。だから貴方も───御遣いである以上、この三国を照らす光とやらになってみせなさい」

 構わず続ける華琳に、どうしたものかと天井を仰ぐ。
 もちろん天井を仰いだのだから、今も聞こえる雨音から想像した曇天の空が見えるわけもないので、視線を戻しながら溜め息。

「はぁ……解った。管輅も困った言葉を残したもんだよ……まさか乱世を鎮めるって予言が成っても、まだ御遣いで居なきゃいけないなんてな」
「あら。わたしがいつ、管輅の予言に従えなんて言ったの?」

 溜め息を吐いていると、ふと華琳がニヤリとした笑みを浮かべた。
 ニヤリ? フッとした笑み? ……ニヤリだよなぁ。

「へ? でも御遣いとして、って」
「乱世は鎮めたわ。その時点で貴方は役目を終えて天に戻った。けれどもう一度貴方は降りて、ここにこうして存在する。けれど管輅の予言の中に、再度御遣いが降りるなんて言葉は無いわ」
「……えと、つまり?」
「言ったでしょう? わたしは予言も神も信じない。ただ、この場に確かに存在する貴方のことは信じてあげる。予言にない御遣いが大陸に降りてすることなんて、貴方が決めなければ誰が決めるのよ」
「───……なるほど、そりゃそうだ」

 でもあの華琳さん? あなた今、御遣いである以上、三国を照らす光とやらになってみなさいとかなんとか……ああ、つまりそれが支柱なんだから、なるほど。決めたのは俺か。

「ただ───」
「ただ?」
「眉唾だとしても、予言が無ければ御遣いとして利用出来なかったというのなら……多少は管輅に感謝してあげるのも、悪くはないわね」
「………」

 そう言って華琳は可笑しそうに笑っていた。
 人生、なにがどう吉に転ぶかなんてのは本当に解らないもんだ。
 初めてこの世界に降りた時、最初に会っていたのが星や風や稟ではなく春蘭だったら、俺は絶対に死んでたし。何度想像してみても、華琳の真名をうっかり口にして首を刎ねられる自分にしか辿り着けない。
 あの頃の春蘭と華琳、やたらと俺の末路を首刎ねにしたがってたし。

「とにかく。貴方を三国の種馬にすることに、なんの異論も問題もないわ。仕事も随分と出来るようになったみたいだし、都一つを任せるのも面白そうだもの」
「面白そうって理由で都作りから始める気か覇王さま」
「もちろん、貴方が支柱になれてからの話よ。桃香や雪蓮にも話は通すから、貴方はそのまま支柱に必要な知識を学んでいきなさい。そればっかりは、書物に書いてあることだけでは学べないことが大半なんだから」
「そうだな……ん、頑張ってみる」
「ええ頑張りなさい? やると言った以上は結果を残さなければ許さないわ」
「了解。……って、じゃあ鍛錬却下の条件は? 結果、残せなかったけど」

 ハタと気づいて質問を飛ばす。
 すると華琳は今度こそハッキリとニヤリと笑み、仰った。

「あれは元々、貴方に鍛錬をやめさせるためのものだから構わないわよ。むしろ将の皆が付き纏わなければ、本当に三日で終わらせることが出来たっていうのが信じられないくらいよ。それが解っただけで、結果は得られたと言うべきね」
「うわっ! ひでぇ! 人が散々苦労してる中でそんなこと考えてたのかっ!?」
「言ったでしょう? “様々”を興じてこその王よ。……まあ、意外といえば意外だったわね。大方、鍛錬が響いてすぐに捕まって、一日目から何も出来ずに終わると踏んでいたのに」
「うう……まあ、回復力だけは地味にあるぞ? 当時、自覚はなかったけど」

 警備隊に入ったばっかりの頃も、筋肉痛に苦しんでいた割に案外動けたし。
 あの頃から御遣いとしての力とか、あったりしたんだろうか。

「って、そんなことを言うってことは、だから都を任せるのも〜とか言ったのか?」
「呉や蜀を回ることで、王の仕事の大変さは身に染みたでしょう? もっとも、雪蓮は楽しんでいただけでしょうけど。そういった経験を生かすなら、都を任せるというのはそう悪いことではないわよ」
「う……でもな。急に一つの場所を任されるって言われてもな」
「べつに貴方一人に全てをこなせなんて言わないわよ。むしろそうしたら、三国の中心だけが珍妙な場所になりかねないもの」

 う……否定出来ない。
 知識振り絞って面白い街とか作りそうだ……それはまずい。
 もしそうするんだとしたら、確実に真桜は連れていかないとだが。

「まあどちらにせよ、刺激の足らない日々にはいい刺激になるわ。その都に屋敷を構えて住んでみるのも面白そうだし。そうした時点で雪蓮は間違い無くとして、桃香も屋敷を構えたがるでしょうけど」
「王が居ない国ってどうなんだ……?」
「移動することで国の在り方を見通せないなら、作った都で見通せばいいじゃない。場所が変わるだけで、することなんて変わらないわよ」

 誰かこのマリーさんなんとかして……。
 都が出来ること前提で話進めちゃってるよ……今の大陸ってそんなに刺激が無かったのか? ええい都が建ったらジュノ大公国とでも名づけてくれようか、ちくしょう。

「さて一刀? それはそれとして、貴方はこれからどうする気?」
「俺? 俺はこれから真桜のところに行って、綿菓子機のことを話してみようかって思ってる。カメラのことでもひとつ、見せたいものがあるし」

 隊の連中にも、迷惑をかけた人達にも謝らなきゃいけないしなぁ。

「かめら……北郷隊の訓練の際、真桜が言っていたものね?」
「ん、そう。今回は携帯も壊れなかったし、真桜に写真機能を見せるのも面白いかなって」
「───……《じーーー……》」
「…………了解、まず華琳さまにお見せします」
「良い心がけね」

 言うと思った。
 そんなわけで自室に戻り、バッグから携帯電話を取って華琳の部屋まで戻───る前に、寝台の上ですいよすいよと暢気に眠る袁術の寝顔を写真に収めると、今度こそ華琳の部屋へと戻った。

「というわけでこれが携帯電話っ!」

 ハイヤー!と無駄にテンション高めで見せてみると、華琳は珍しそうにソレを手に取り、シゲシゲといろんな角度から見つめた。

「今回は、と言ったわね。前に降りた時も持っていたということ?」

 その割には、と目が語る。
 生憎と前回はあっさり壊れちゃったからなぁ……。そういったことを伝えると、華琳は俺を見たまま「はぁ」と溜め息を吐いた。いや、俺べつに悪くないんですけど?

「それで? かめらというのは“けいたいでんわ”とは違うの?」
「ああ。この携帯に撮影機能ってのがあって……ちょっといいか?」

 手触りにホウ……と何かを感じていた華琳から携帯を抜き取り、パカリと開いて機能を選択。撮影モードに切り替えると、じっとこちらを見ている華琳の顔をパシャリと撮影。
 それを華琳に見せると、心底驚いたのちに……少し呆れていた。

「……こんな顔をして見ていたのね」

 顔が多少引きつっている。
 うん、まるでおもちゃを渡される前の、わくわくした子供みたいな顔だったしな。
 そんな自分を忘れたく、さらに消したい思いだったんだろう。
 華琳はよく知りもしないで適当なボタンを押してしまい、画像が次のものへと移る。そこには……俺と肩を組み、無駄に笑っている及川の姿が。
 一番最初、この携帯電話を買った時に「記念や記念!」とか言って、及川が撮ったものだ。だから及川の腕が携帯で見るこちら側へと伸びている。

「……?」
「ああ、そいつは天での友人で、及川佑(おいかわたすく)。その写真は、その携帯電話を買った時に無理矢理撮られた」

 写真を見下ろす華琳の横に立ち、眺める。
 楽しそうにしている及川と、一枚目からお前を撮らせるなとばかりに、携帯を取り戻そうと手を伸ばす俺が映っている。
 華琳は「へえ」と口にして、また適当にボタンを押す。
 俺が教えてやるとページ切り替えボタンを覚えて、次は迷い無く。
 学校やら道場やらが映され、及川が映り、プレハブ小屋が映り、及川が……おぉい及川!? お前いったい他人様の携帯でどれだけ自分を撮ってんだ!? 確認しなかった俺も俺だけどさ!

「……仲がいいのね」
「まあ、友達……じゃないな。悪友だから」

 そう返しながら、ちらりと華琳の顔を見る。
 ……また、少し不安を混ぜた表情をしていた。

「…………ねぇ一刀?」
「ん? なんだ?」

 顔を見てたのバレた!? と焦ったが、どうやらそういうことじゃないらしい。
 表情はそのままに、椅子に座ったまま傍らの俺を見上げてくる。

「不満はないの? 勝手に鍛錬を禁止したと思えば、次は都に住ませると言っているのに」
「不満はそりゃあいっぱいあるぞ? だって人間だもん。どうして俺がーとか、なんで俺までーとか、魏だけじゃなく呉でも蜀でもいろいろあったし。鍛錬は条件満たせなかった今でも、叶うならやらせてほしいって思う。都の話は、必要であり、そうしたほうがいいなら別にいいとは思うけど。えと、つまりだな。理不尽に対してはいつまでも冷静じゃあいられなさそうってことで。不満はあるけど、我慢出来ないわけじゃないし」

 言いながら考えてみる。
 桂花は少々どころか相当にやりすぎだ。
 あの時間からなら、頑張ればなんとか書簡整理も終わってたかもしれないのに。ツンデレどころかツン100%な所為でデレが無いなんて辛すぎるだろ。もう少し俺にやさしくあってくれ。

「逆に、俺が本気で怒ってたらどうしてた? というか……あそこで放心してなかったら、間違い無く暴れ回ってた気がするけど……───自分の怒った顔は想像出来ないくせに、そういうところはなんとなく感じるのってどうしてだろうな?」
「暴れるのは多方向、怒るのは一方。そういうことでしょう? 一方に怒鳴り散らして嫌われるくらいなら、多方向へ向けることで周囲からの嫌悪感を低くする。暴れる程度ならば周りが止める。けれど一点に集中された純粋な怒りは止めようとしても止められないものよ。貴方はね、一刀。そういったものを不満を覚えるたびに抱え込んでいるの。だから、爆発して誰かを傷つける前に怒りなさい」
「簡単に言うなってば。すぐ怒る人の気持ちは解らないけど、怒らないヤツの中には、怒らないんじゃなくて怒れないヤツだって居るんだから」
「…………」

 華琳は俺の言葉に目を伏せると「はぁ」と息を吐いて、再度俺を見る。
 その顔は、やっぱり不安を混ぜたような顔だった。
 華琳らしくもない、と言ってしまえばそこまでなんだろうが……誰にだって不安はある。何が原因で彼女がそんな顔をしているのか、なんてものは、この場に居る人を考えれば見えてくる。
 華琳を除けば俺しか居ないんだ、そんな顔をさせているのは俺なのだろう。

「……ねぇ一刀。貴方は忠誠があるから怒らないの? それとも誓いがあるから?」
「? なんのことだ?」

 ちらりと扉を見て、窓を見て、誰も居ないことを確認してからの言葉だった。
 居ないと判断するや、不安の色が増したように見える。

「天には貴方の友が居る。家族が居る。それをほうってまでこの大陸に居る理由は、わたしが天より降れと言ったから?」
「……なぁ華琳? どうかしたのか? さっきから少し変だぞ?」
「自覚しているわ。でもね、仕方がないでしょう? わたしは貴方がもう一度この地に降りた理由を知らない。以前はわたしが天下を手にしたら貴方は消えた。なら今回は? 次はあるの?」
「華琳……」
「理不尽に思われようが、あんな思いをもう一度するくらいなら、わたしは……!」
「………」

 覇王然とした険が剥がれ、その体躯に相応しいとでも言えばいいのか、悲しげに俺を見る少女が、視線の先に居た。
 俺はそんな華琳を見て、思わず息を飲んだ。
 かつて、消える前……似たような声を聞いた気がする。
 逝かないで、と言われた時、こんな声を聞いた気がする。
 その時の彼女はこんな顔をしていたのだろうか。
 けれどそんな顔も、俺が見ていることに改めて気がつくと……もとの表情に戻る。
 だから思わずにはいられない。王っていうのは大変だって。
 ……年がら年中、王で居る必要なんて無いのにな。

「……もし貴方が不満を爆発させて、一時であろうとこの世界を嫌ったらどうなるのかしら。貴方はそれでもこの世界に存在出来る? わたしが帰したくないと思えば、本当にずっとこの世界に居られる? 消えることに抗えなかった貴方がどれだけの言葉を並べたとしても、わたしはきっとそれを信じられないのよ……」
「……それは」
「証をと絶に血を吸わせたところでそれがなに? 証程度で貴方が消えることを止められたなら、わたしはあの時泣いたりなんか───」
「へ? ……な、泣いた?」
「!?」

 あ。なんか今、頭の片隅でカチリって音が。
 ていうか、目の前の華琳が慌てて自分の手で口を塞いだ。
 …………地雷踏んだ? いや、この場合はうっかり口を滑らせた華琳が……!
 ぁあああ……! 華琳の顔がみるみる赤くなって……! く、来るか!? 何が来る!? 拳、蹴り、ビンタ……はたまた絶!? くくく来るならこい! 出来ればこないで!

「そ、そそっ……そうよっ! 泣いたわよ泣かされたわよ! この曹孟徳がよ!? 勝手に現れて勝手に人の中に入り込んできて! なのに勝手に居なくなって! 逝かないでって言わせたくせに! 大好きだって言ったくせに! このわたしにあんな無様をっ……!」

 何が来るのかと身構えていたんだが……あらやだ可愛い。
 じゃなくてっ、え、ええ!? 華琳!? 華琳だよな目の前に居るの!
 この、椅子に座りながら真っ赤な顔でギャーギャー叫んできているお嬢さん、魏の王で国の覇王さま、華琳だよな!?
 そんな華琳さまが椅子に座りながら、俺の襟首を引っ張って顔を近づかせて……!

「不安にさせるなっ! あんなに見てて怖くなる鍛錬なんかするなっ! もっともっとわたしの傍に居なさいよっ!」
「い、いいぃいいいいやいやいやいや、かっかかか華琳!? 華琳さん!? 落ち着こう! 落ち着こう、な!?」
「落ち着いているわよっ! 落ち着いてるから怒っているのよ!!」
「どこをどう見たって誰が見たって落ち着いてないでしょーが! むしろ華琳が泣いたって、それ聞いたらこっちが落ち着いていられないぞ!?」
「泣かせたのは一刀でしょう!?」
「そんなの想像つくもんかっ! ていうかそれこそ理不尽だろ! 悪いとは思うけど抗えなかったんだからどうしようもないだろっ!?」
「抗う様子も見せないで別れを受け容れたくせにっ! 大体“愛していたよ”っていうのはなに!? あんな言い方されたら二度と会えないって思うじゃない!」
「消えるって解ったならせめて別れくらい言いたいだろっ!?」
「いつわたしがそんなものを望んだというの!? わたしはずっと傍に居なさいと、それだけを願ったでしょう!?」
「やっ……だからそれを選べれば苦労はしなかったって……!」
「…………“しなかったって”……なによ」
「い、いや……ちょっと待ってくれ、少し心を落ち着かせたい」
「それじゃあ意味がないでしょう!? わたしは“怒りなさい”と言っているのよ!?」
「えぇ!? 意味がないって……じゃあ今までの全部演技か!?」

 そうは言うけど、「そんなわけないでしょう」とハッキリ怒られた。
 そりゃあ、あそこまで全部演技だったら凄い。
 凄いけど……全部ではなかったにしろ、演技も混ざっていたとしたら……と考えると、心の中にざわりと動くものが。

「…………《じーー》」
「な……なによ」
「いや、俺からもひとつ。華琳もさ、人に怒れとか言う前に、もっと自分を出したらどうだ? 覇王然とするよりも、普通の女の子している時の華琳のほうが好きなんだけど。いや、結論から言えばどっちも好きだけど」
「なっ───……一刀? 大きなお世話という言葉、知らないはずはないわよね?」
「そりゃあもちろん知ってる。ただこっちも言わせてもらえるなら、わざと怒らせるためにあれこれやるのは勘弁してくれ。ていうか少しは、ここまですると嫌われるかもとか思ってみてほしいんだけど」

 あんまり無茶をされるとこっちの身が保たない。
 むしろやさしくしてくれたほうがほら、無駄なストレス溜めなくて済むし。
 仮に怒り出したとしても、相手が魏王で覇王なら、駆逐されるのって俺一択じゃないか。
 駆逐は言いすぎにしても。

「非道な王にはならないなら、相手が所有物だからって無茶しないでくれ」
「はぁ……あのね、一刀。わたしはそう思うからこそ貴方に怒りなさいって言っているの。わたしが天より降れって言ったから無茶しているのか、王だからと遠慮して怒らないのか。所有物だからって我慢させているなら、それこそ非道じゃない」
「あ」

 ……そこまで考えてなかった。

「でも俺、華琳が原因で我慢してることなんて………………えーと。無い、と思うぞ?」
「断言出来ない時点で既に不安なのだけれど?」

 うう、でもなぁ。

「じゃあさ、もういっそ怒らせる気で何かするより、怒りを溜めさせない方向に気を向けてくれないか? 楽しかったり嬉しかったりすれば、怒りなんて溜まらないだろ?」
「嫌よ。ただ喜ばせるだけなんて、つまらないじゃない」
「……ゲンコツした上で激怒していいですか?」

 言いながらも、やるのは華琳の頭を撫でるだけ。
 撫でるっていうよりは、頭の上でポムポムと手を弾ませているだけ。

「……はぁ。怒っていいかと訊ねる者ほど、怒れないものね」

 華琳自身はといえば、そんな俺を少しがっかりした風情で見上げ、溜め息を吐いていた。
 そのくせ、手は払わない。

「自覚はあるかな。怒りやすい人はわざわざそんなこと訊かないもんな」

 訊くより先に怒ってるだろ。
 そう返して、俺もまた溜め息。

「なら……そうね。一刀、一度試しに怒ってみせなさい。嘘でいいから、一度だけ」
「思い立ったらなんでもなところは相変わらずか……。どんな言葉でもいいのか?」
「ええ任せるわ。大声でない限りは、誰も来ないでしょう」
「そっか。じゃあ……」

 素直に受け取るってことは、俺もこれで、案外外に出したい不満もあったのかな。
 そんなことを軽く考えながら、言うべき言葉を探してみる。
 えと……華琳は俺が何かを嫌うことで、消えてしまうんじゃないかとか思ってたわけだから……そだな、軽くでいいから嫌いって思いを出してみよう。
 嘘の言葉でも、氣を込めるように放てばなにかこう……言霊的なものになるかも。
 そんなわけで、許可を得てから軽〜〜くポクリとゲンコツをして、いざ。

「華琳……お前には失望したよ。お前が───大嫌いだ」

 一応言葉に氣を込めるようにして言ってみた。
 すると……

「…………《ぽろぽろぽろ》」
「ホギャアアアアーーーーーーーーーアアアアッ!!?」

 泣いっ……泣いたぁあーーーーーっ!!?
 え、あ、えっ……えぇええーーーーーーーーっ!!?

「ごごごごめんなっ!? ごめんなっ!? 嘘っ、嘘だからっ! なっ!? あああぇえとどうすればっ、こんな時どうすればっ!」

 訳も解らず狼狽える俺が誕生した。
 けれど体は勝手に動き、泣いた少女を胸に抱き、ごめんと謝りながら頭を撫でていた。


───……。


 ……恐ろしいものを見た。
 結論はあくまでそこに落ち着く。
 ていうか泣かせてしまった。そのショックは大きくて、俺はまだ華琳を離せないでいた。

「………」
「………」

 華琳にしても珍しく、いっそ俺を締め上げるみたいにぎうーと抱き付いてきていて、少々腰から腹部までが苦しかったりする。
 言葉に氣を乗せるつもりで放ったのがまずかったのか、それとも嘘とはいえ“失望した、嫌いだ”と言ったのがまずかったのか。判断には困るけど、これだけは言える。“二度と言うまい”。

「……仕返しをしたら非道かしら」
「非道だと断言しますが」

 怒ってみろと言ったのは華琳なので、そこのところは勘弁を。
 ただ華琳自身にしても、受け取れるなにかがあったのか、食い下がろうとはしなかった。

「……一刀?」
「うん?」
「わたしが一刀を嫌ったら、貴方は居なくなる?」
「んー……解らない。そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。そもそも華琳は何を願ったんだ? 俺がまたこの大陸に降りれたのは、華琳が何かを願ったからだろうし」

 この際だし、気になっていたことを訊いてみる。
 再会した時に聞いた言葉は、多分べつの願いとして放たれた言葉だ。
 だからもし他に理由があるならと。

「………、……っただけよ」

 すると華琳は、ぼそぼそと顔を赤くしながら……え? なに?

「ん?」
「だ、だからっ……“また会いましょう”って言っただけよっ! その少しあとに貴方が桃香の着替えを覗いてっ……! だからっ……理由があるとするなら、それくらいしか思い当たらないわよ……」

 また会いましょう、って……それだけ?
 ……どれだけ強く願えば、そんな願いを糧に降りられるんだ、御遣いってのは。
 でもそれだと、会った途端に願いが果たされないか?
 よく消えなかったな、俺。
 それとも“また会いましょう”っていうのは、どっちかが生きてる限りは何度でも繰り返せるわけだから……? ほら、たとえば夜眠って朝起きて会うだけでも、また会うことにはなるわけで。

(そっちの考えでいくと俺は、俺か華琳が死ぬまではずっとこの世界に……)

 俺が死んだ時点で、帰るとかそんなのは関係が無くなるんだから、事実上は華琳が死ぬまでか。
 ……ようこそ老後生活。
 ごめんじいちゃん、こっちの理由が確定だと、恩返しとか無理そうだ。
 宅の華琳さまは病気で死ぬようなヤワさには見えないし、そもそも華佗がなんとかしてしまいそうだ。
 でも……覚悟はしてきた。
 いつかそうなるかもって思いを膨らませて、否定したい気分はあったものの……帰れないんだったらこの地に骨を埋めようと。

「そっか。その願いに応えることで降りたなら、俺もしばらくは大丈夫そうかも」
「…………《じーーー》」
「大丈夫だって。たしかによっぽど嫌いになって、二度と顔も見たくないってことになれば、いつかみたいに“そうなるべき歴史”を曲げることになって、強制的に帰らせられるんだろうけど……あんまり無茶しなければ、そうそう嫌いになったりなんか出来ないって」
「…………解ったわよ。無茶な要求はしないし、無理も言わないであげる」
「………」
「……なによ、その顔」

 いや……そんなあっさり了承してくれるとは。
 熱でもある?

「ああ、いや、ありがと。正直こんなにあっさり受け取られるとは思わなかった。じゃあ鍛錬も───」
「それはだめ」
「ですよね……」

 予想はついていたから悲しくないぞ? ほんとに。

「ま、それはともかくさ、写真の続きを見よう。たしかじいちゃんを映したやつもあったはずだから」
「一刀の……興味があるわ」

 そして俺の言葉にあっさりと抱擁を押し退け、携帯をいじくり始める華琳さん。
 ……いいんだけどね。珍しいもの、むしろ可愛いものも見れたし。

「お、それそれ。それが俺のじいちゃんだ」
「……良い面構えね」
「ああ。強くて怖くて時々やさしい、不思議なじーさんだよ」
「へえ……」

 言葉通りに興味深々なのか、食い入るように画面を睨む華琳。
 そんな彼女の手が次へ次へとボタンを押し…………ビシリと空気が凍った気がした。
 ハテ、と首を傾げながら画面を覗き込むと、そこには───はうあ!?

「ア、アワワ、ハワワワワ……!!」
「───ねぇ一刀?」
「な、ななななんでせう華琳さま……」
「なぜ……思春の寝顔がここに収まっているのかしら?」

 ア、ハ、ハハハ……ななななんででしょうね……!?
 それはなんというかその、悪戯心というか、僕の童心が黙っていられなかったと言いますか……!

「《ピッ》……へえ、次は美羽ね。次がわたし…………そう。───一刀?《ニコリ》」
「うぃっ……!? あ、か、華琳〜? ほら、無茶も無理も言わない約束が……」
「ええ、もちろん覚えているわよ。けれど、種馬の躾には無茶も無理もつきものだと思わない?」
「是非とも思いたくないんですが!? ていうかそれくらいで躾がどうとか言ってちゃ、もし他国の誰かに手を出したりしたら絶対に冷静で居られないだろっ!」
「《ぐさり》ふぐっ……う、うるさいわねっ! そんなことは今はどうでもいいのよっ!」
「ひどっ!? じゃっ……じゃあ華琳! 膝枕するから寝てくれ! それを俺が撮影すれば全て解決して───」
「だからっ……! どうして貴方はそう、望んでいない方向に聡いのよっ!!」
「仰る意味が解りませんが!?」

 ただ、今日も元気に華琳が怒ってることだけはよーく解る!
 そんな華琳が俺の腕を掴み、引っ張り、寝台に座らせると……ちょこんと寝台に寝転がると同時に、俺の膝の上に自分の頭を乗せた。

「………」

 顔を真っ赤にさせて、俺と目を合わせないように目を閉じている。
 しかし携帯はしっかりと俺の手に返して…………エ? 何故こんな状況に?
 そりゃ俺も言ったけどさ……なんだか玉座に座らされた時のことを思い出させる状況だ。
 ……つまり撮れと、そう言いたいんだろうか。

(しばらく会わないうちに、随分と我が儘になったような……あれ? それは元からか?)

 苦笑しながらカメラ機能を起動。
 さらりと頭を撫で、目を瞑っているために急なくすぐったさに、軽く身を竦めたその顔をパシャリと収める。
 早速その写真を確認してみると…………まるで、くすぐったさに身をよじる猫だ。
 想像以上の破壊力がそこにはあった。
 春蘭、秋蘭、桂花、稟が相手ならば、一撃必殺の効力を弾き出しそうだ。

「撮ったぞ?」
「っ───見せなさいっ!」

 で、報告してみると飛び上がるように身を起こし、俺の手から携帯をひったくる。
 そして画面に映る可愛らしい女の子な自分を見ると、ますます顔を赤くした。

「一刀……? これを消すにはっ……どうしたら、いいのかしら……!?」

 さらに言えばその顔は、生涯の汚点と出会った表情にも近かったに違いない。
 が───消すだなんてそんなもったいない! これは宝……たった今から宝にござる!
 携帯の命が続く限り、この写真はこの北郷めが責任持って預からせていただきます!
 その旨を熱く語ってみせると、華琳はもはや何も言えなくなり、逆ギレ気味に「だったら好きにすればいいでしょっ!?」と携帯を俺の胸に押し付けた。
 ……うん、正直怒られたんだか照れてるんだか解らない。
 顔は真っ赤だし声も上ずっていた。ただそれが照れから来ている赤さなのか、怒りから来ている赤さなのか、俺には解らなかった。
 まあそれはそれとして、せっかくだし待ち受け画面にでも。…………よし。

「思わぬ収穫が」
「《ギロリ》」
「イエ、ナンデモ……」

 乾いた笑みを絞り出し、じゃあと去ろうとするのだが、袖を掴まれて再び座らされてしまう。その膝にもう一度頭を置く華琳は、顔を赤くしながらも今度は目を開け、うろちょろと落ち着きもなく視線を彷徨わせていた。
 ……出たのは苦笑。
 特に何も言わずに頭を撫でると、彷徨っていた視線は一方だけを向き、俺は気にせず頭を撫でた。

「華琳さ、甘え方を知らないって……前に言ったよな」
「っ───……言ったわよ。それがなんだというの?」

 言った時を思い出したのか、少しだけこちらへ向いた視線は、途端に別方向へと向けられた。

「いきなり拗ねられても困るけど……報告受けてるなら知ってるだろ? 蓮華と桃香のこと」
「あ、ああ……甘える場所になったという話ね?」
「そ。華琳も甘える練習でもしてみないか? 生意気に思われるだろうけど、華琳を見てるとやっぱり思うんだよ。年がら年中、王である必要なんてないだろって」
「………」
「非道な王にならないために頑張るのもいいけどさ。たまには息を吐くのも───」

 と、話していると、華琳が盛大な溜め息を吐いた。
 まるで、“今わたしがしていることがなんなのか解ってるの?”ってくらいの溜め息だ。
 ……ハテ?

「これは、雪蓮も桃香も苦労するわね……」
「? なにがだ?」
「なんでもないわ。それに、息なら十分に吐いているわよ。……まったく、だからこうして引き止めたっていうのにこのばかは……」
「……? 悪い、最後のほうがよく聞こえ───」
「いい天気ねと言ったのよ」
「───?」

 雨だけど。
 今日の華琳はそういう気分なんだろうか。

(まあ、いいか。疲れてるからこうして膝枕を要求し続けてるんだろうし、こういう時くらいはせめてゆっくり───)

 手に氣を込めて、やさしくやさしく撫でる。
 心が穏やかになりますように、疲れが取れますようにと。
 袁術にもやったように、氣で華琳を包み込み、さらに頭も撫でて、ただひたすらに彼女を癒すためだけに。
 どうしてか赤くなっていた華琳だったけど、しばらくするとその呼吸は一定になり、やがて穏やかな寝息へと変わる。

「……いつもお疲れ様、華琳」

 その寝顔に言葉を届ける。
 熟睡しているのか、反応らしき反応も無い。
 俺はただ、変わらずに彼女の頭を撫で続け、その寝顔を見下ろしていた。
 基本的にやることなすこと滅茶苦茶な人達。
 巻き込まれることもあれば、自分から首を突っ込むことも多々あり……こんな状況、もし俺が及川だったらどうしてただろう。喜んでいたか、それとも早々に逃げ出していたか。

(“怒りなさい”かぁ……)

 最初に必要だったのは役職。
 乱世の頃は、華琳の傍でなければ生きられなかった。
 だからこそ仕事を得て、努力して、次から次へと必要とされる要求に応じ、なんとか頑張ってきた。
 部屋の扉は春蘭に壊されるし、部下は言うこと聞かずにからくりいじりや阿蘇阿蘇読むのに夢中だし、世話役だからってなんでもかんでも俺に当たって俺に押し付けるし、模擬戦ともなれば武力のない俺に向けて楽しげに武器を振るって……思い返しても溜め息が出る。
 怒ることはそりゃああったけど、軽く流されるだけだもんなぁ……そりゃあ怒っても無駄って思えてくる。むしろ“別にいいじゃない”って感じで別の話題に走るのが大半だ。

(しかも今回のことで、余計に怒りづらくなった)

 泣かれるなんて思ってもみなかったのだ。
 だって華琳だぞ? あの華琳が……───って、それはこっちの勝手な言い分か。
 常時王で居る必要なんて無いって言い出した俺が、そんなこと言っててどうするんだか。
 消えたときにも泣いたと言う。
 それだけ大切だって思ってくれてたなら、この地で頑張った甲斐もあったってことだ。

(思わぬ本音も聞けたし───返したいこと、増えちゃったよ)

 国に返す思いは日に日に増えていく。
 全部返し終えることなんて出来るのだろうかと思うばかりだ。
 けれど、とりあえず今は……穏やかに眠っている少女の寝顔を堪能しよう。
 起きた途端にまた、「どうして起こしてくれなかったの」とか言われそうだけど……それも、あの時のように笑って受け止めて。
 それが終わったら……えーと。あの三日が過ぎてから、どうにもよそよそしい魏将のみんなに会いに行こうか。
 よそよそしい理由は見当がついているから、いつもの彼女らに戻ってもらうために。
 あ……でも加減は覚えてほしいから、そこのところはそのー……少しぼかしてみようか。

(ははは……)

 顔が勝手に笑むのを感じながら、甘え方を知らない少女の頭を撫でる。
 もし華琳が甘え方なんてものを知ったらどうなるんだろう。
 その姿を想像してみて、自然の笑みとは別の笑みが小さく溢れた。
 そんなことに肩を震わせながら、静かな部屋での静かな時間を、雨音と少女の吐息とを聞きながら過ごした。


 ……ちなみに。
 さっきのとはべつにもう一枚、寝顔を写真に収めたのは内緒だ。




ネタ曝しです。  *ジュノ大公国  FF11の大きな国。もう何年もやってません。  マイキャラの紋章ハゲは元気でしょうか。  *来るなら来い、出来れば来ないで  トゥハートアンソロジーより、吉田創氏の藤田浩之の言葉。  *いい天気ねと言ったのよ  CHI・GU・HA・GUという漫画であったような気がした台詞。  「いい天気だねって言ったの」だった気がしないでもないです。  前言を誤魔化す時にどうぞ。  主人公の名前がアンパン。ヒロインがみるく。  あんぱんと牛乳、合うよね。  えー……はい、今回は会話だけで終わりました。いちゃいちゃが書きたかっただけです。  抱えてるものを吐き出してみなさいって回ですが……こういう場合って、もし、もしですが相手の行動が行き過ぎた際に、その相手である覇王様に怒りのゲンコツのひとつでもかましたらどうなるんでしょうね。  ……やっぱり打ち首かしら。三国時代って怖いし。  ただ、怒り任せに行動してプラスに働いたことはなかったので、怒る前に踏み止まる……ことが出来たら苦労しません。怒ってからやっちまったーって思うことばかりなのが人生ってやつですねちくしょう。  怒るのも怒られるのも嫌いだから、怒る人間を上手く書けませんハイ。  三国の中心に都を構える等のお話ですが、萌将伝のお話そのまんまですね。  支柱の話となんとなく重ねたくなりまして……しかしどうやっても話は繋がりませんので、ただの遊び心と受け取ってください。  綿菓子の話はいつかやりたいなぁと思ってたんですが、萌将伝のCGで華琳が綿菓子持っているのを見てほっこり。  そして桂花がツン10割なのは公式設定です。  以下、愚痴です。張り切って読み飛ばそう!  追伸:俺……ギャフター書き終えたら、版権もの書くのやめるんだ……。  今の内に死亡フラグでも立てておきましょう。  あとは他のSS作家さまに任せて、ただの見る人に戻りたい。  人気あるもののアフター書くのって楽しいけど辛いね。けど楽しい。  公式で小説とか漫画描く人って凄いや。  いえね、キャラが掴めないんですよ。こういう場面ではどう喋るんだろう、って。  特に難しいのが関西弁さんなわけですが。  この場面でこう喋らせるのってアリ? と考えて、しかしいや待てとぐるぐる。  うん……そろそろ、掴めない自分に嫌気が差してきた。  なので、版権ものを書くのはギャフターがラストで。  あとはオリジナル方面で軽く混ぜる程度でいきます。  予定としては三国連合、呉、蜀、魏、三国連合までを本編とし、ラストがIFとなっておりますが、端を折るやもしれませぬ。  ただ、IFは……超展開などが苦手な人は見ないほうがよろしいかと。  IFなので、本当に好き勝手にやりますので。もう好き勝手やっているだろうって人へは……頷く以外に方法がありません。僕が書く小説はどれも大体こんなノリなので。  キャラが変わって舞台が変わってもやることが一緒なら、わざわざ版権ものでやる必要はないんじゃ……と思いながら書いております。だからこそギャフターを最後にしようと決心しました。  版権ものはONE輝く季節へが最初でした。  小説書くきっかけもそれです。消えましたが。  次がMyMerryMay(落選)で、次が……DearMyFriendですかね。  月姫やFateも書きましたが、今や思い出です。  どんなわけだか解りませんがそんなわけですので、「最後までとりあえず見てやるぜ〜〜〜!」という方がいらっしゃったら、出来れば楽しんでやってください。  今からこんなこと言ってて、いつ終わるのか解ったもんじゃあありませんが、まず百話にはいかない……と信じましょう。あまりだらだら書いても仕方ないので。  どんな形であれ必ず完結させますので、気長に見てやってくだされ。  それでは。  …………追伸長いなオイ。 Next Top Back