91/静かな日

 ……………………復ッッ! 活ッッ!!

「警備隊復活ッ!! 警備隊に復活ッッ!! 復活っていうか復帰ッッ!!」

 よく晴れた朝。
 隊舎前で叫ぶ俺。
 両手を天をへと突き上げ、ほわぁあーーーーっ! と叫んでみる。
 気持ちのいい朝だ……再度この地に降りた際、フランチェスカの制服を着込んだ時にも思ったことだけど……これでこそ帰ってきたって感じがする。

「さ、さあ今日は何をしよう!? 見回り!? 挨拶回り!? サボ……ゲフッ! ゴフッ! とにかくなにかしたい! 成し遂げたい! こんな切ない想い……!」

 鍛錬を禁じられた俺の体が仕事を求めている!!
 でもまずはみんなに挨拶だよな! 俺を知らない新人も居るみたいだし!
 ……ていうかこの場合、なんだか俺のほうが新人みたいな感が否めない。
 ドキドキしながら隊舎の前をうろうろ。どんな挨拶をしようかとか考え込み、三羽烏が訪れるまでを挙動不審で過ごした。

「隊長、なにやっとるん?」
「おうっ!? あ、ああ、真桜か。いや、今日からようやく復帰だろ? けど俺、新しく入ったやつのこととか全然知らないし、どんな挨拶しようかなって、さっきから妙に緊張しててさ」
「あぁそんなら心配いらんで隊長」
「軽い紹介くらいなら、もう沙和と真桜ちゃんとでしてあるのー♪」
「そ、そうなのか? そっか、そりゃ助かる」

 少し緊張が取れた気分だ。

「ところで沙和、真桜? 紹介ってどんな感じにしたんだ?」
「真桜ちゃんが隠し撮りしておいた隊長の写真を見せて、“この人が魏の全てを寵愛する天の御遣い、北郷一刀なの”って」
「うあ……なんだか恥ずかしいな、それ」
「んー? “魏に別の意味で伝説残した種馬〜”ゆーて紹介したほうが良かったん?」
「勘弁してください」

 ニヤリと笑む真桜に、目を糸にし、眉を顰めて首を横に振った。
 と、それはそれとして……沙和、真桜の後ろで少し震えながら遠い目で何処かを眺めている凪に対して、俺はどう反応すればいいんだろう。

「んあ? あぁ凪なぁ。隊長が今日から復帰って聞いてから、もうずっとこんな感じやで……」
「話し掛けてもず〜っと遠くを見てるの」
「そうなのか」

 ひょいと横にずれた二人の間を通り、凪の目の前へ。
 呼びかけてみても、目の前で手を振ってみても、心ここにアラズといった風情で、ず〜っと遠くを見ている。なのに移動を開始してみればついてきて……おおう、物凄い能力だ。無意識でも仕事が出来るぞ。

「……凪って……」
「隊長が居なくなってからしばらくは、こんな感じだったの」
「あ〜……せやったなぁ〜。話し掛けてもなんも返事せんで、そのくせ仕事はきっちりやりおる。時々ハッとして辺り見渡して、目当てのモンが見つからんとま〜た遠くを見てなぁ」
「目当てのものって?」
「ンなもん決まっとるやろ〜……隊長や、た・い・ちょー」
「へ? 俺?」

 ズビシと指差された。
 それも真桜だけにではなく、沙和にも。
 しかも指差したままゾスゾスと、その指で俺の胸をつついてくる。

「凪ちゃん、隊長が居なくなってからずっと大変だったんだからねー? ごはんもあんまり食べないし、鍛錬にも身が入らないし」
「あー……そーいや久しぶりに氣弾で破壊行為しとったなぁ。茶店の看板、吹っ飛んでもーたし」
「うわっ……それはまた随分と懐かしいな……。で、相手は無事だったのか?」
「お、相手が居るってよー気づいたな、隊長」
「無意識だろうが、凪は街中で平気で氣弾飛ばすやつじゃないだろ。食い逃げかなんかか?」
「うん。野党上がりのウジ虫野郎だったの。普通なら包囲して捕まえるだけ、だったんだけど……」
「“隊長が託してくださった平穏を乱すなー!”とかゆーて、凪がどかーんと」
「………」

 喜んでいいのか悪いのか。
 くすぐったいんだが……ごめんなさい、茶店さん。
 いい迷惑だったろうけど、正直そんなふうに思っていてくれたのが……俺は嬉しいと感じてしまっている。
 お詫びの意を込めて、その茶店で一番高いのでも頼もうか。
 ……奢りは無しの方向で。

「んで隊長〜? 今日はどーするん〜?」
「どうするこうする以前に、その眠たそうな顔をなんとかしなさい」
「《べしりっ》あたっ。……おお、なんや懐かしい感触」
「あーっ、ずるいのー! たいちょーたいちょー、沙和もぶって〜♪」
「そういうこと大声で言うのやめなさい!」

 さて……軽く注意するつもりが、どうして注意を求められてるんだろうか。
 逆じゃないか? 普通。
 そう思いながらも、俺自身も懐かしく思いながら、目を輝かせている彼女の額に軽い手刀を落とした。
 沙和はそれを受け、やっぱり懐かしんでいるようで……そういえば、欲しがっていた服を買ってやった時にもこんなことをしたなって……俺は、思い出し笑いをした。


───……。


 青い空の下、区画を一つ一つ回る足が、勝手に弾むのが可笑しかった。

「おお御遣いさま、お久しぶりでっ」
「御遣いさまはやめてくれってば……でも、うん、久しぶり」

 歩くたびに声をかけられ、久しぶりと言ってくれる人達が居ることが、嬉しかった。

「北郷隊長っ! 三区画目で喧嘩をする者がっ!」
「大人数で行くと刺激するだけだから、慣れてるヤツか力自慢のヤツを向かわせてくれ!」

 やたらと上機嫌な、懐かしい警備隊の男と一緒に、笑いながら駆けるのが楽しかった。

「隊長〜! 迷子なの〜!」
「おー! 預かっておくから沙和は真桜と一緒に親を探してあげてくれー!」

 泣き顔の少女を肩車し、探しているうちに泣き声が笑い声に変わることが、くすぐったかった。

「───、…………はっ!? 隊ちょ───……、いや、そうか……隊長はもう……」
「んあ? 俺がどうした?」
「え? ………………た、隊長?」
「? 隊長だけど……凪? ど、どうかしたか?」
「〜〜〜……隊長ぉおおおおっ!!」
「《がばしーーーっ!!》どわぁああっ!? なっ、どっ……どどなっ……どうしたっ!? なにがあった!?」

 ハッとした時に凪が探していたものっていうのが、本当に俺だと解った時、なんとも恥ずかしかった。

「……なぁ隊長? なんや突然凪がものっそいやる気出してるねんけど……隊長なにしたん」
「いや、なんか突然抱きつかれて、いろいろ話し込んだら急に走り出してさ」
「……もしかして、抱きつく前にきょろきょろしとった?」
「ん、しとったしとった。隊長はもう……とかいきなり言われて、声かけたら抱きつかれて。つーか真桜さん? 親探しは?」
「……なるほど、そんなら凪の無意識も今日で終わりか。あれはあれでおもろかったんやけどなぁ」
「おーい……はぁ。もうちょい歩くか」
「ねーねーみつかいさまー? あっちにいこー?」
「はいはい、了解しましたお嬢さま」
「えへへー♪」

 親とはぐれたっていうのに楽しげな少女に、街を案内してやれる自分に安心を得た。

「もー! 隊長ー!? 人に親探し任せておいて、うろちょろするなんてひどいのー!」
「うっ……すまん、この子があんまりにも楽しそうだったから」

 それでも、子が親に向かって笑顔で駆ける姿ほど、安心出来るものはそう無いのだ。
 笑顔で手を振る子供に笑顔で手を振り返して、親がお辞儀をして歩き出すのを見送った。
 そして、また歩くのだ。
 賑やかな人の声が溢れるこの城下を、いつかの視線で見つめながら。


───……。


 帰る場所があるっていうのはいいもんだ。
 そう思えるようになったのはいつだっただろう。
 大人になったと多少でも自覚してからか、それとももっと子供の頃だったのか。
 夕焼けを見ると、泥だらけの自分を思い浮かべるのはどうしてだろう。
 まだヒーローに憧れていた頃、剣道を多少でもかじれば、道端に落ちている木の棒だって正義の剣に見えたものだ。
 俺はそいつを振り回しては、今では考えられないくらいにとても小さなことで無邪気に笑っていた。
 家に帰れば親に怒られる。
 それが子供ってもんだろうってじいちゃんに教えられた時は、逆に泥だらけになることが誇らしくも思えた。
 そんな俺に悪と正義を説いたのが、そのじいちゃんだとしても。

「うあー……久々に張り切ったから肩こったわぁ〜……」
「真桜ちゃんオヤジくさいの……」
「真桜、隊長の前だぞ、しゃきっとしろ」
「……なぁ隊長? ウチもう一度無意識で働く凪に会いたいわ……」
「はいはい、我が儘言わない。一応区画担当ごとに報告よろしくな。あとで纏めるから」
「うへーい……」
「はーい、なのー」
「はっ!」

 今日も一日が終わる。
 空の朱は別れの合図っていうのは子供の頃のことだが、こうして見上げる空はもう暗い。
 三者三様の返事を耳にして、警備隊の連中にも笑顔でまた明日を伝え、歩く。
 薄暗く、もう大分静かな街には、つい数時間前まで存在していた暖かさはなく……見渡してみても見つけることの出来ない虫の鳴き声だけが、人の声に代わって街を小さく賑わわせていた。

「あ、隊長〜? これから今日のこと纏めるん?」
「ああ、自室でのんびりと」
「ならあとでお邪魔してもええ? アレのことでちぃっと話が……」
「……アレか。解った」

 城へと戻る最中に、真桜と小さく笑い合う。
 あくまで小さく笑っただけであって、声自体は普通だったのだから、当然凪も沙和も反応する。
 最初から「なんの話なのー!?」と食い下がる気満々で割って入ってきた沙和に、発明のことだと話をしてやると……どこかぷくーと頬を膨らませて、結局は一緒にお邪魔するという結論に至ったらしい。
 ならばと俺は、ちらちらと少し離れた位置からこちらを見る凪へ手招きして、近づいてきた凪の頭を思う存分に撫でた。
 なにせきっかけは凪なんだから、この発明に関しては凪にも見届けてもらいたい。

「たたた隊長っ……!? なにをっ……!」
「いやそれがな、思い悩むより行動しなさいと我らが主に叱られまして。確かに躊躇するのも今さらだし、そうしたいって思ったなら、思った心ってやつも大事にしてやらないといけないかなぁと」
「や、隊長? 言ってる意味がなんやよぅ解らへんで」
「少しだけ、自分の心に正直になってみようって思ったんだ。それだけ」

 さ、と促して城へ。
 必要な竹簡を途中で抱え、自室に戻ると……お姫様が相変わらず、寝台の上で膨れてらっしゃった。

「一刀っ! お主、妾に断りもせずどこに行っておったのじゃー!」

 片手をズヴァーと突き上げ、怒るお嬢様一丁。
 そんなお嬢様に、買っておいた饅頭を懐から出して進呈。
 すると、ぷんすかな顔は一瞬で笑顔になった。
 もう冷めてしまっているそれを、しかし美味しそうに食べる袁術。
 そのくせ、温かいのがいいのじゃとしっかり文句は言う。
 ほんと、ぺろりとたいらげたあとのくせしてよく言う。

「では一刀、早速城を案内するがよいぞ?」
「だめですよーお嬢様。わたくし北郷はこれより、仕事の報告書を書かなくてはならないのです」
「なぜじゃっ? わ、妾の案内より大事なことなのかそれはっ」
「そりゃ、これで食っていくなら必要だろ。自惚れの域に達してもまだ足りないくらい、自分が街を守っているって意識しなきゃあいけないことなんだ、これ。だから、半端は出来ない」
「むぅ……そうか……。一刀が言うのなら、そうなのであろうの……」
「ごめんな、非番の時はいろいろと付き合うから」

 俺の言葉に「うむっ」と元気に返す袁術は、机の椅子に座った俺の横までを歩くと、俺の膝の上によじ登る。
 すっかりここが気に入ったのか、仕事に対して指摘を飛ばすでもなく、俺が片付ける書簡を眺めていた。

「ん……と。三区画の通りで喧嘩……それと迷子と……道案内、手伝い……」

 竹簡に、墨に塗れた筆が走る。
 昔からこの時代で漢文を書いていた人にはまだまだ遠く及ばないが、それなりに読みやすくはなっている……と思う。無理して上手く書こうとすると遅くなってしまうから、そこのところはそれなりの読みやすさで勘弁してほしい。
 素早く書いても上手く文字を書ける人は凄いな。
 こう、素早さ重視で書くと、ヘンテコな文字に……いや、それ以上に筆が上手く回ってくれず、もじゃもじゃ文字になってしまう。
 三区画の三(参)をさらら〜と書こうとすると、もう何が書いてあるのか解らない。黒い丸があるだけだ。

「筆、もっと細くするかな」

 言いながら、わざわざ取りに行くのもなんだしと、しっかりじっくり書いていく。
 袁術はそんな俺の手の動きを退屈そうに、しかし離れることなくじーっと見ていた。

「……っと、ここから先は他の通りの報告があったほうが、手に取る人にとっては読みやすいよな」

 うーむ、三人はまだだろうか。

「……む? 終わったのかの?」
「んや、まだまだ。あとは他の三人の報告が必要だから、三人が来てからだ」
「また誰か来るのかやっ!?」
「そう嫌がらないの。いい加減慣れなさい」

 そう言うと、袁術は俺の膝から降りると寝台の上まで走り……登るや、布団を被って亀と化した。
 そんな彼女を見た俺は、“妾を守るのが一刀の役目であろ”や“ならば早う来やれー!”等の言葉を言われる前に移動し───ようとしたところに、ノックの音。
 返事を返すと、凪の声。

「鍵はかかってないぞー」

 返事なんて前から変わっちゃいない。
 むしろ、同じにしたくてわざとそう言うと、少し呆れた顔の三人が中へと入ってくる。

「隊長はあれやな……変わった思ても隊長やな……」
「しみじみ言われると、わざと言った甲斐が無いんだが。っと、それはいいや。まず報告から頼んでいいか?」
「はっ!」
「了解なのー!」

 少しだけ浮かせた腰を椅子に落ち着かせると、机の前に立つ三人の言葉を受け取りながら筆を走らせる。
 ……こういう時、この携帯電話に録音機能でもあればなぁと思うのは贅沢か。
 通話中の声しか録音できないもんな、これ。
 そう思いながらも要点をしっかり、しかし補足をつけることを忘れず……あんまりにも説明的にならないように気をつけて……と。うん、上手くいかん。
 仕方ないのでまずメモにシャーペンを走らせ、書かなきゃいけないことだけをしっかり書いておく。……ん、これでよし。

「よし、っと。それじゃあ早速綿菓子機のことだけど」
「お〜ぉ待っとったで〜!」

 メモを胸ポケットに突っ込むと、いざとかけた声に盛大に反応する真桜さん。
 新たなものの開発に心を躍らせているのか、鼻息も荒く先を促してくる。
 落ち着いた様子の凪も、伏せている目を開くと……その目がキラキラと輝いていた。
 沙和も甘いものと聞いては黙っていられないらしく、この三人が同じことを目の前に興奮する、なんてものを珍しく発見出来た気分だった。
 それからは当然これをつかってああやって〜という、この時代に合った素材での説明を……真桜の素材説明も混ぜながら煮詰めていく。
 必要になればメモを取り出し、絵を描くのだが……出来は相変わらずだ、下手と思わば笑ってくれ。

「で、ここに穴を開けてな?」
「なるほどなぁ……器に穴開けて、それを回転させながら熱すれば……溶けた砂糖が糸状に飛ぶってわけやな……」
「それを棒で絡め取って重ねていけば、綿菓子の完成だ。もちろん溶けた砂糖の糸が飛び過ぎないように、円形の壁とかがあったほうがいいな」
「ふむふむ……あー、熱を当てなきゃならんってのがなかなか難しそーやなぁ」

 そういや、ガスバーナーとかこの時代には……かといって、焚き火の上でやるわけにもいかないしな。

「なぁ凪ー? 凪の氣ぃで器を熱ぅすることとかって……」
「……わたしの氣はそんなことをするためのものじゃないぞ」

 ……ふむ。
 あらかじめ焼いておいた石かなんかを器の下に置いて、その熱で……ううむ。
 傍で石をたくさん焼いておく必要があるよな。
 なんだろうなぁ、真桜ならガスバーナーくらい持ってそうなイメージがある。
 でも炉がどうのこうの言ってたから、そんなものあるわけないし。

「そういえば真桜、お前の螺旋槍って氣で回転するんだよな?」
「んー、それがどないしたん〜?」
「台は鉄板細工みたいにして、器は氣で回転するように出来れば、焚き火でも出来るんじゃないかって。問題だったのは、回転させるための絡繰が火で焼け付かないかってことなわけだし」
「お……なるほどなぁ。けど隊長〜? 氣で回転させるにしても触れなあかんで……」
「む……いい線いってると思ったんだけどな」
「それに、食べるたびに氣ぃ使うとったらぶっ倒れんで……」
「そりゃそうだ」

 これは中々難しい。
 からくりを焼け付かせてしまえば器は動かないし、熱に強いからくりを作ろうにも、そこまでいくと素材費が結構な額にいきそうだ。
 ガスバーナー製作から行ってみるとか? ああいや、火は蝋燭を何本か拝借して、それで熱すればいいか。
 あと、受け止め台は……たらいかなんかでも借りるか? 使ってないやつがいいな。
 棒は適当に見つければいいし、回転させる器は……回転、回転かぁ……。
 よっぽど早く回転させなきゃいけなかった気がするんだよな。
 たぶん軽いからくり程度じゃあ糸状で砂糖を吐き出すなんて無茶だ。
 下手な速度だと、どろりとした粘液が器からこぼれることに…………考えるのやめよう。

「やっぱり回転させるなら、相当な速さが出せる方法があればいいな」
「そうなん?」
「そうなん。熱するのは蝋燭を借りよう。受け止め皿はたらいかなんかを借りるとして」
「たらいって、なんかあんまりいい感じじゃないのー……」
「まあ、食べる印象とはちょっと遠いかもな」

 かりかりとシャーペンを走らせ、次々と図を作っていく。
 三人で案を出し合い、あーでもないこーでもないと繋げ……夜も遅いっていうのに真桜が走り、…………戻ってこなくなった。
 俺と凪と沙和はというと、報告を纏めながら待っていたんだけど……いつまで経っても戻ってこない真桜を思い、凪がついにあくびを漏らしたところで解散というかたちになった。


───……。


 翌朝、寝ていた俺が何かの気配に目を開けた時、枕元に幽鬼が立っていた。

「ほぉおぅわっ!?」

 心底驚いてそんな声を出して起き上がった俺は、しかしそのままの勢いで立ち上がると構えて───…………立っていたモノが真桜であることに気づき、停止。

「…………ど、どした?」
「たいちょ……いちお、試作……作っててん……ウチ……」

 しっかり喋っているつもりなんだろうが、眠気のあまりだろうか……口がもごもご動いていて、何を言ってるのかよく解らない。
 しかしズイと差し出された何かを見て、ほおと声を漏らした。
 形は俺が知っているものとは随分違うが、これは綿菓子機……だよな?
 少々小さいが……うん、それっぽいそれっぽい!

「ここ……ここな……? ここに氣ぃ伝わらせるとな……? 真ん中の器が…………」

 頭がぐらぐら揺れている。
 仕方もなしに工房試作品綿菓子機【小型】を机に置くと、真桜を抱えて寝台に寝かせる。

「たいちょ……? いややそんな、朝からやなんて……」
「ヘンな想像しない。今日非番だろ? 構わないからここで寝てろ」

 掛け布団をかけてやると、その額を軽くぺしりと叩く。
 なにか返すかと思いきや、よっぽど眠かったのかそのまま「すぅ……」と寝てしまった。

「……ふむ」

 で、俺はといえば……こんなものをもらったからには試してみたくはなるもので。
 童心が俺に動けと訴えかけているのだ。

「えーと……これに氣を伝わせるっていったっけ?」

 小さな棒が、受け皿であるたらい(のようなもの)から突き出ている。
 それに触れ、一点集中で氣を込めてみると……ゴギャーと穴が開いた器が大回転する。

「……どうなってるんだろうな、これって」

 氣で回転させるっていう原理がよく解らない。
 でも実際回転してるんだから……まあ車をよく知らない人が、液体で車が動くことに疑問を持つくらいどうでもいいことだろう。
 この場合は氣がガソリン代わりってことでいいんだろうな、うん。

「うん、うんっ」

 しかしながら男の子。
 仕掛けアリで回転するもの、もちろん仕掛け無しで回転するものにも興味を持ってしまうが、こういうものを実際に動かしてしまえば“作ってみたい”と思ってしまうもので。
 砂糖だ! 砂糖と……蝋燭! ───厨房へ行こう! ……ザラメとかあったっけ? いいや無かったら無かった時だ!
 わくわくを抑えきれない子供のように、「うっひゃっほぉーーーい!」と叫びながら部屋を飛び出し厨房へ走る俺が居た。
 なるほど、楽しみたい時に思いっきり楽しむためには童心が必要だ。
 こんな時はじいちゃんの顔が頭の中に浮かぶなぁ。


───……。


 ……そんなわけで、自室の机でごくりと喉を鳴らす俺。
 未使用の竹簡を縦に立てて、その上に綿菓子機を置く。
 当然、火を当てる中心には竹簡は無く、変わりに蝋燭が数本と火打石を用意。
 砂糖も用意した。絡め取るための棒も良し。
 さあ、いざ砂糖を入れて点火して……少し溶けるのを待ってから、氣を……送るッ!!

「お……おおっ! 速い!」

 ゴギャーと、まるでドリルのように高速回転する器に子供のようにはしゃぐ。
 そして、しばらくすると細かに開いた穴からは白い糸が吐き出されてゆく。

「おぉおおおお出た出たっ! っととととしまった!」

 ハッと思い出して棒を手に取り、それを絡め取っていく。
 次々と吐き出される糸状の砂糖が外気に触れて固まると、巻いていくたびに雲のようなカタチに纏まっていく。
 実際に綿菓子なんて作ったことがなかったもんだから、もう大燥(おおはしゃ)ぎである。
 調子に乗って氣を送り、砂糖を入れ、しっかりとしたフワフワ綿菓子を一本製作してみせた俺は、さらにもう一本───! と思い立ったところでなんとか自分を制御。
 いかん、この調子でいくと爆発オチが待っている気がしてならない。

「………………《キラキラ……!》」

 そんなわけで、火を消して綿菓子機から手を離し、完成した綿菓子を構え、おもちゃを手にした少年の如き輝く笑顔をしているであろう俺。
 だっ……誰かに見てもらいたい! この完成を、誰かに!
 真桜、は……寝たばっかりだし、袁術も熟睡だし……そうだ凪! 凪に…………

「…………凪の部屋まで、綿菓子を手に笑顔で駆ける男を想像してください」

 ……童心があってもちょっぴり恥ずかしかった。
 ここで誰かが都合よくノックしてくれたりしたらなぁ───……コンコン。

「───」

 来た。
 え? なにこのタイミング。
 まあいいや! ともかく、せっかくのこの綿菓子! 開けた先に居るあなたに!
 無駄にテンション高く、扉へと走って、開け放つと同時にこれをどうぞと突き出して……

「………」
「………」

 桂花だった。
 いや…………うん、なんだろう、この物凄いテンションの下がりよう……。

「あー、えっと…………一口食べる?」
「っ……《キッ!》」
「おおっ……?」

 訊ねてみると、キッと睨まれた。
 ギリリと握り締められた拳がなんだか怖い。

「なんで……どうしてわたしがこんな男に……! いくら華琳様のご命令だからって……!」
「?」

 華琳? なに?
 呪い殺されそうなくらい睨まれてるんだが……。

「ほ、北郷!」
「ん? なんだ?」
「ご…………ごめっ……〜〜〜〜《ギリッ……ギリリリリ……!!》」
「お、おおおいおいおい!? こっちまで聞こえるくらい歯がギリギリ鳴ってるぞ!?」
「うるさいわね黙ってなさいよこの汚物!!」
「朝っぱらからひどいなおい!!」
「いいから耳塞いでわーわー騒ぎなさいっ! その間に言うこと言えばそれで済むんだからっ!」
「?」

 よく解らんが、ならばと綿菓子を持っといてくれと渡して、耳を塞いで騒いでみた。
 するとそんな声に紛れて、やっぱりギリリと歯を食い縛りつつも口を開き、何かを呟いた───途端に目的を達成したとばかりに逃走!!

「へ……? あ、おい桂花!? 桂花ぁあーーーっ!!? 綿菓子! 綿菓子返せぇえーーーーっ!!」

 桂花が何かを呟いたと思ったら、綿菓子を手に逃走した!
 いったい何が……よもやこれは仕組まれたこと……!?
 華琳が綿菓子欲しさに軍師を向かわせ、この北郷めを謀り……!?

「………………」

 ならいいか。
 華琳にもあげるって約束を(一方的に)してたし、じゃあもう一本作って凪にも届けるか。と、扉を閉めて机に戻ると、再び綿菓子作りを開始した。

「よし」

 朝っぱらから部屋に甘ったるい香り。
 その匂いに誘われて起き出した袁術に綿菓子をあげて、遅くなった俺を呼びにきた凪にも一本、沙和にも一本。
 フワフワの形に目を輝かせ、感触に微笑み、味にきゃいきゃいと騒ぐ沙和と凪を見て───俺も試しに食べたら、子供の頃以来の感触に顔が勝手に綻んだ。
 せっかくだから、作る様も見せてみると……凪も沙和も袁術も、子供のように燥いでいた。ああ、俺もこんな顔してたんだろうなぁって思うと、奇妙な一体感とともに笑い合う。

(さて、今日も仕事だ。張り切っていきますか)

 朝から中々元気になれた。
 そんな気分に浸りながら隊舎へ向かい───……朝餉を食べていないことに気づき、空腹のままに仕事をする時間が続いた。
 神様……俺、馬鹿だったけど……綿菓子と笑顔は作れたよな……?


───……。


 警邏を終えると空は暗く、周囲は静かになる。
 今日も一日頑張ったなーと、みんなして城へ戻り、あとは纏めるものを纏めて寝るだけ。
 夕餉も街のほうで食べたし、特に気にかかったりすることなんてない。
 そんなわけで自室前までを歩くと、特に心構えをするでもなくいつも通りに扉を開く。
 待っているのは、普段の自室風景に袁術が加わっただけのもの。
 そんな部屋の中をとことこと歩き、机に座ると早速竹簡を開き、纏めにかかる。
 報告等はメモにとったし……うん、やっぱり便利だなぁメモ。
 春蘭には嫌がられたけど、確かにシャーペンで書くんじゃなければ邪魔でしかない。
 体中に竹簡巻いて、カラカラと歩いていては落ち着けないだろう。

「………」

 試しに、何も書いていない竹簡をカロカロと腕や腰などに巻いてみる。
 …………邪魔だな、うん。
 苦笑をひとつ吐いて椅子に座り直すと、筆を走らせて纏めていく。

「………」

 しかし、纏めることも案外少ない。
 毎日毎日騒ぎがあるわけでもなく、平穏に終わる日は本当に平穏なまま終わる。
 今日って日は、まさにそんな日だったのだ。

  “本日是平穏也(ほんじつこれへいおんなり)”。

 細かいことを抜かせば、その一行で終わってしまうほど静かだった。
 朝に綿菓子機をいじっていろいろやったって程度で、今日って日は本当に静かだった。
 それでも細かいことでも書いておかねばと軽く纏め、せっかくならばと書簡に目を通してから気になっていたことを煮詰める。
 各区毎の詰所による役割分担みたいなものだ。
 この区はこういう事件が多かった、この区はこういったことが少なかった、などのことを見直して、この区にはこれを任せるって感じのもの。
 そういったことを軽く纏めてみると……やっぱり本日のお勤めは終了する。

「それにしても、詰所を見て回ったけど」

 結構汚れてた。
 率先して掃除をする奴が居ない所為かもしれないが、今度思いっきり掃除したほうがよさそうだ。
 ……さて。やることも無くなったし……

「…………《じーーー……》」
「………」

 即興昔話のネタでも考えるか。
 出だしをどうするか、程度しか考えないけど。
 そんなことを袁術に見られながら思い、椅子から立ち上がると寝台へ。
 いつも通りと言えばいつも通りになるのだろうこの瞬間を、愉快な昔話を語りながら過ごした。




ネタ曝しです。  *復活ッッ!  バキより、烈海王の言葉。  目を見開き、微妙に顔を震わせながら言うのがコツ。  *こんな切ない想い……  ケロロ軍曹より、走っている中で目の前にバナナを投げ込まれたケロロさん。  くそッ、踏みたいッ! 踏んでみたいッ! こんな切ない想い……!  *俺の体が仕事を求めている!  カプコンVSエスエヌケイ……2だっけ? の、殺意の波動に目覚めたリュウ。  俺の拳が血を求めている!!  51話へ続きます。 Next Top Back