幕間/ある日の建業

 -_-/呉

 魏を発った雪蓮が建業に着いた翌日のこと。
 城の自室で───ではなく。中庭の東屋の、その円卓の椅子に座って息を吐いた彼女は、届けられていた蜀からの巻物をゆらゆらと揺らして遊んでいた。

「んー……庶人交流ねぇ……。悪くないけど、良くするのも悪くするのも庶人の都合なのよねー……。交流にここをああして付き合いなさいって指示を出しても、余計なお世話な気がするし」

 傍には誰もおらず、もはや魏に遊びに行って戻ることに誰もツッコむ者は居なくなっていた。最初こそは蓮華が、それはもうガミガミと口煩くしていたものだが……言っても無駄だと早々に悟ったか、そうであると軍師さまに諭されたのだろう。いつしか王がふらふらと居なくなることを強く咎める者は居なくなっていた。

「ま、どうなろうと……わたしはべつに面白そうだからいいんだけど。笑顔でいてくれるってことが前提としてあるなら、だけど」

 揺らしていた巻物をもう一度広げ、内容を確認する。
 そこには───軍師らと相談し、これからのことを纏めたものなのだろう。桃香が書いた文字がぎっしりと並んでいる。
 そんな文字を見て、“なんとなく纏め方が上手くなっているかな”と感じた雪蓮は、それが誰の影響であるかを想像して笑った。

「王の仕事を全うするより、街でみんなの手伝いした方が楽しいし。いっそ蜀から来た庶人を一刀みたいに引きずり回……もとい、連れていって……」

 ふむ、と思案する。
 巻物は広げれば広げるほど文字が見え、恐らくはこの全てにびっしりと文字が走らされているのだろう。
 魏から戻ったばかりで、それら全てを見るのは少々億劫だ。あとで冥琳に目を通してもらって、纏めたものを聞かせてもらおう。
 ……そんなふうに思考を切り替えた彼女はもう一度溜め息を吐くと、巻物を巻いて円卓の上へと置いた。

「なんだかんだで桃香も落ちたみたいだし……一刀もちゃ〜んと強くなっていってるみたいだし」

 世が平和になってから、戦をしなくなった分、街を駆け回り手伝うことは増えた。
 手伝いで収穫した茘枝が酒になる日を待つのも楽しい。
 老人に絵師を紹介し、喜ぶ顔を見るのも嬉しい。
 けれど、時折に体を襲う、何かに対する不満を満たすものは、いつまで経っても現れない。
 なにが足りないのか───そんなものは簡単だ。
 世は平穏に至ったが、平穏であるからこそ、肝を冷やすような緊張や興奮が圧倒的に足りなかった。
 天の御遣いである少年が彼女にもたらしたのは、そういった緊張と興奮だった。
 鍛錬をしているとはいえ、明らかに弱いのだろうと踏んでいた少年が放った一撃。
 勘に動かされるままに避けなければどうなっていたのか。
 それを考え、思い出すだけでも小さな緊張が走り、体がうずいた。

「んー……んん、んー……」

 軽い興奮状態になると、なんでもいいからめちゃくちゃにしたくなる。
 それは破壊衝動にも似ていて、たとえば傍に置いてある巻物であろうが、指が触れた瞬間にめちゃくちゃにするだろう自分を簡単に想像できた。

「んー……勘ってものがなかったら何度死んでるんだろ、わたし」

 勘が働いたために助かった回数を数え、彼女は「うわー……」と眉を顰めた。
 そう考えれば、軍師にも将にも随分と無茶なことに付き合わせた。

「………」

 興奮が少しずつ引いてゆく。
 一刀が強くなるのを待つのもいいが、自分で自分を抑えられるようにもなろうと思ったのだ。ことあるごとに興奮し、我を忘れるようではいつかは誰かを傷つける。
 本能のままに動くのもいい。冥琳を閨に招くのもいいのだが、なんとなく……一刀がそうしていたように、耐えてみるのも面白いかもしれないと思ったのだ。
 魏を愛しているからこそ、他に手を出さなかった少年。
 ならば自分は、呉を愛しているからこそ自分の興奮をぶつけるのを抑えてみようと思った。……思っただけであり、昨夜は興奮を抑えられずに冥琳を襲ってしまったわけだが。
 反省が必要だ。そういった意味も含めて、耐えてみようと思ったのだ。
 昨日の時点でこう……明日から本気を出そうって心構えで。

「珍しいこともあるわよねー……思春がちゃんと人を褒めるなんて」

 それだけ一刀は強くなってきてるってことだろうから、わたしとしてはそれが嬉しかった。男で、しかも戦いで自分を満足させてくれる存在が至るべきところに至るかもしれない。
 そういった期待がやがて興奮となり、帰って早々に爆発した。
 彼女はそれを抑えようともせず、軍師さんを閨へと引っ張り込んだ。
 ……今、少し反省している。

「“我慢しようって思った時点で我慢出来ないようじゃあ、本当の我慢なんてのは身につかない”って、蓮華から有り難いお小言ももらっちゃったし」

 一刀が呉を離れてからの蓮華はいやに張り切っていた。
 それは姉である彼女が見ても妹が見てもそうだと思うものであり、ようするに呉に生きる将や王に張り切りすぎだと、自然と認識されるほどだった。
 訊いてみれば、ただ“約束がありますから”と返すだけ。
 蜀での彼がこうであると聞けばさらにさらにと行動を増やし、蜀での彼がああであると聞けばさらにさらにと努力する。
 いっそ危ういと思うほどの行動力だが、しかし当の本人の表情には笑顔が増えた。
 やり方はどうあれ、充実した日々を過ごしているのだろう。
 そう思うと雪蓮も何も言えなくなり、“体を壊さない程度に楽しみなさい”としか言ってやれなかった。……残せる言葉が他にあったとしても、あえて選んだのがこれだったと、軍師さまは語るが。

「思春が居なくなったことで、自分を見守る視線を気にすることが無くなったっていうのも、きっと関係してるんだろうけどねー……楽しそうで羨ましいわ」

 砂にまみれながらも祭に戦を習い、叩きのめされてなお笑顔な妹を思い出し、また笑う。
 無理がすぎれば即座に止めた思春はおらず、蓮華は限界までを突っ走っては中庭に倒れているのを発見されるこどが多くなった。
 しかし己の務めを疎かにはしない。
 そんな突っ走り方を誰に習ったのか。
 自分を高めようとすること、“出来なかったこと”を“出来ること”にするのが余程に楽しいらしい。
 そういった、妹の新しい表情を見るに至ると、なんとなくそれをもたらしたのが自分でないことに……微かな、ほんとうに微々たる嫉妬が彼女を襲った。
 生き方を見習えなんて言うつもりはさらさらない。むしろ蓮華くらいの固い存在が居てくれたほうが、次代の呉王としては丁度よかったとさえ思うほど。
 それが今は……

「……それが今は」

 思っていたことを口に出した彼女が、人の気配にちらりと通路を見やる。
 階段の先にある東屋からでは丁度軽く見下ろすかたちとなるそこには、料理を片手に笑顔で歩く妹が。

「………」

 戦も終わったし、王は蓮華に任せて自分は……と思っていた孫伯符は、妹の可愛らしい姿を見て軽く途方に暮れた。
 笑顔があるのはいいが……なにがどうなって、あのしかめっ面ばかりだった妹がああなったのか。理由なんてものはもちろん解りきっているわけだが。

「これだけは言えるわね。母様……宿願は果たされるわ。だって、ただ一人硬くてしかたなかったあの子がああなんだもの。もう笑うしかないでしょ?」

 空を見上げての、溜め息混じりの言葉。
 しかし憂いなどなく、むしろこれから作られてゆく呉の在り方というものを思い、楽しげですらあった。

「…………もし子供とか出来たら、どうなるんだろ」

 楽しげな顔から一変、通路へと視線を戻しての一言。
 既に蓮華の姿はない。
 料理は恐らく小蓮に振る舞われるのだろう。
 いや、そうではなく……と頭を巡らせ、勘任せに言葉を発してみた。

「……なんか、蓮華は育児は苦手ってことしか浮かばないんだけど。なにこれ」

 笑顔で料理を運ぶ妹には言えない言葉が浮かんだ。
 出来ないことを出来ることにしていってはいるものの、妹の育児技能だけはどうしてもその先が見えない感覚。
 対する自分はどうだろうと、適当に考えてみる。
 ……育児よりも、相手と一緒に居ることを選びそうな気がした。
 それは、王が仕事よりも街の手伝いをしていた自分を連想しての考え。
 小蓮はどうだろう……と、考えるまでもなかった。
 いつか、子が欲しいと言ってはいたものの……子よりも相手だ。絶対に。
 元々が縛られる生き方を嫌うのだから仕方が無い。自分も含めて。

「子供より相手。相手より自由時間。……うん、好き勝手にやれるのが一番ね。だって、好き勝手の時間の中で、子供も相手も相手にしたい時だけ相手にすればいいんだもん」

 “わ、名案だー”と続く暢気な声。
 妻と母の役割は、そうなる前から放り投げる気満々のようである。
 しかしながら真実などは、そうなってみなければ解らないことで満ちている。
 相手が出来たなら、子供が出来たなら、自分がどうなるかなどは勘だけでは想像しきれるものではない。

「家督を蓮華に任せるのは良し。補佐は国全てに任せればいいし、その上で笑顔であればなんの問題もないわね。一刀のことも気になるけど、街のみんなのことも気になる。だったらどうすればいいかなんて、前みたいに一刀を連れまわして街を走ればいいんだもの。簡単簡単」

 そのためには、なんとしても一刀を大陸の父にする必要がある。
 それは彼女だけがどうのこうのと悩んでいても始まるものでもなく、各国の了承と当の本人である一刀の了承が必要だ。
 桃香は飲んだ。華琳もそうしたければすればいいとまで言っている。
 一刀は……そう、問題は一刀だ。呉に居る間も散々と仕掛けたけれど、どれもが拒否。 
 けれど魏を理由にしているって時点で、諦めるつもりなんかさらさら無かった。
 むしろ手に入らないなら逆に燃えた。火がついたのだ。
 その火が取らせた行動が、魏へ通うことだった。

「そういえば、悪戯は成功したのかしら」

 一刀の反応を楽しむ意味も込めて、いろいろとやっていたようだけど……と考え、少しして“それは考えても解らないことだ”と諦めた。
 それよりもなにか、頑固者を頷かせる方法を……と知恵を絞って……───

「あ。そうだ、これ……」

 巻物をもう一度広げて、ざっと目を通してみる。
 蜀には───桃香だけならまだしも、朱里も居るし雛里も居る。
 一刀のことを気に入っていた二人が、桃香が落ちた今、何もしないはずがない。
 呉に居た時から、一刀の言葉に何かしらの感じるものを抱いていた二人。蜀で行動を起こさなかったのならば、起こすとしたら今こそか。
 そうして巡らせた思考の中、彼女の目にとまるのは桃香の字とはべつのもの。
 これは恐らく……

「ふふっ……あははははっ♪ 王が相手を好きになった途端になんて、二人とも大胆ね〜」

 一刀を三国の支柱にする作戦。
 巻物の最後辺りには、そういったものが書かれていた。
 王である雪蓮は当然として、将や軍師、兵や民に至るまで、頷いてくれる者に協力を求めたい。協力は強制ではないのでよく考えてから答えを出して欲しいと。

「将や軍師、兵や民……ふぅん? まあ確かに、少しずるいなとは思ったけど」

 なにかしらの勘が働いたのか、彼女は薄い笑みを浮かべた。
 ここまでくると、勘どころか予知と言いたくもなるが。

「そうね……わたしなら、三国の中心に一刀を置く。同盟の証として自国の誰かをそこに駐在させて、一刀にはその中心を治めてもらう。こういうのってなんていうんだっけ? ん……まあいいわね、重要なのは名前よりもその場が果たすべき役割だし───あ。じゃあこの際、都でも作って、そこに駐在するのは家督を蓮華に譲ったわたしで……」

 考え始めると止まらない。
 ここはこうして、あれはこうしてと口にしながら煮詰めてみると、顔がどうしようもなく笑っていた。

「んっ、今度は蜀に行こっと」

 これからの行動が決まった。
 都なんてものを構えるのなら、確かに王だけの一存でどうのこうのと出来るものでもない。ならばこその民の交流と、皆の許可が必要になる。許可を得られたのなら、あとは走るだけ。

「めいりーーん! めいりーーん!? わたしこれから、蜀に行ってくるからーーっ!」

 そうと決まれば行動は早く、呉国の女王さまは目を輝かせて東屋を駆け下りた。
 聞こえたのならそれでよし、聞こえなかったのなら言伝を頼めばよし。
 馬屋へと辿り着くと、馬が楽しげな彼女を見て恐怖したように見えた。
 こうして……休憩時間はたったの一日程度あたりで、馬の旅は再開したのだ───

「《ぎゅみぃっ!》きゃんっ!? いたっ! いたたたたたっ! みみっ、耳ーーーっ!」

 ……った、と続くより早く、呉王の耳が引っ張られる。
 傍らに立ち、引っ張るのは……呉の軍師だった。

「豪放磊落、奔放不羈も大概にしろ、伯符」
「あ、あははー……やっほ、冥琳……………………怒ってる?」
「仕事の全てを人様に任せ、各地に飛び回る王を前に、怒らない軍師が居るのなら是非見てみたいのだが?」

 一言を放つごとに、メキリと指に力がこもる。
 当然引っ張られる方としてはたまらない。
 しかし“雪蓮”ではなく“伯符”と呼ぶ彼女からは、相手がどうたまらなかろうが関係ないと断言出来る凄みがあった。

「で、でもほら、いずれ蓮華に家督を譲るつもりなんだから、やる気になってる今こそ」
「……孫伯符。わたしはな……“いずれ”ではなく“今”の話をしているんだ……!」
「《ぎゅみみみみ!!》いたたたっ! いたっ! いたいー! 痛いってば冥琳ー!!」
「お前はなにか? 好き勝手によそで暴れ回り、興奮すれば戻って人を閨へ引きずり込み、興奮が治まったらまたよそへを繰り返す気か……!?」

 笑顔である。
 笑顔であるが、コメカミ近くに浮き出た青筋が、彼女の怒りの度合いを示していた。

「あ、あー! じゃあ冥琳も一緒に来るっ? 一刀を大陸の父にしようって、桃香や朱里から報せが届いてたんだけど───いたっ! いたたいたいたいたいいたい〜〜〜っ!」

 耳がさらに引っ張られ、しかしすぐに離される。
 雪蓮は引っ張られていた右耳を片手で押さえながら、涙目で冥琳を睨むが……そこにある迫力は、きっと欠片ほどにも満たない。親に叱られた子供状態である。
 そんな彼女に冥琳が一言、「そういったものこそ軍師に任せるべきだろう」と口にする。

「やだ。こんな楽しいことを他の誰かに任せっきりなんて、つまんないじゃない」
「王としての仕事が残っている。つまるつまらんはそれをこなしてから言いなさい」
「うぐっ……」

 胸を張っての言葉はあっさりと返された。返す言葉はもちろん無い。

「諸葛亮とは少々話したいこともある。いいから伯符、お前は溜まりに溜まった仕事を片付けていろ。いくら処理をしようが、王であるお前の落款が必要なものなど山ほどある。それとも、お前は“要らない王”とでも呼ばれたいか?」
「要らっ……わ、解ったわよもう〜……! 少しくらい空けたからって、そんな目くじら立てることないじゃない、冥琳のけちんぼ」
「お前はその“少しくらい”が頻繁すぎる。耳を引っ張るくらいは甘んじて受け容れろ」
「こんなのを甘んじてたら、近い将来わたしの耳なんて千切れて無くなっちゃってるわよ〜だっ! 冥琳のばかっ、いけずっ!」
「…………《ゴリッ……》」
「あ、うそ。落款くらいいくらでも押すから、ほらほら、わ、笑って冥琳〜?」
「ほう、笑えばいいのか。いいだろう伯符、お前が落款を押し終えるまで傍らで見守っていてやる。当然笑顔でだ」
「あ、あー……あはは? わ、笑わなくていいから、ほっといてくれるって選択は……」
「あると………お思いか?」
「うんある《ぼがすっ!》きゃんっ!! いっ……いったーーーっ! 殴ったぁっ! 今本気で殴ったぁ〜〜〜っ!!《ぎゅみぃっ!》いたたっ!? あ、やっ、ちょっ、冥琳っ、痛い冥琳っ、耳は、耳は〜〜〜っ!!」

 拳骨が落とされてからは問答無用だった。
 耳を引っ張られ、抵抗も空しく執務室まで連衡される。
 そこでしっかりと監視されながら政務をこなし、ようやくそれが終わる頃には……一日二日など軽く過ぎていた。
 終えるまで、自由と呼べる時間がなかったことに文句を飛ばす王様だが、「誰が溜め込んだ仕事だ」と一言返されただけで、何も言えなくなっていた。

 ……しかし懲りることもなく、政務を終えたその日に城を抜け出す王が確認されたらしい。軍師が口の端を引きつらせ、あとのことを穏と亞莎に任せて飛び出したのは、その報せがあった直後であった。




93/赤いものを止めましょう

 -_-/一刀

 とある雨降りの日。
 ひと仕事を終え、体を拭いて頭も拭いて、しばらくしてからのこと。
 通路の端で血溜まりを発見したことがそもそもの発端だった。

「と、そんなわけで。妄想をして鼻血が出てしまうのは、鼻の血管が弱いからだと推測することにした」
「鼻の血管……ですか」

 発端というのであれば、消えてしまう以前から気にはなっていたわけだから、華琳に稟の鼻血のことを任された時点と考えていい。
 そんなこんなでいろいろあり、鼻血も止まったものの少しふらふらしている稟を招き、自室で教鞭代わりに指をくるくると回しているわけだ。

「部屋に来いなどというから、私はてっきり……」
「はい、妄想はそこでやめましょう。で、いいかな? 血管を強くするにはまず食生活。これをまず見直す必要があるんだ」
「は、はあ……」

 稟がよく解っていない風情で《コクリ……?》と頷く。
 毎度一緒に居た風は今日はおらず、自室で稟と二人きりというのもこれで案外珍しい。
 袁術は霞に引っ張られて、今頃風呂で磨き上げられているところだろう。
 ほっとくとちっとも入ろうとしないからな、あのお子様は……。

「血管を作るのはたんぱく質……だったかな? 肉、牛乳、卵あたりがいいとか、そんなのを見た気がする」
「なにやら物凄く頼りない知識ですね」
「仕方ないだろ、なんでも知ってるわけじゃないんだから。本当に“自分の知識”で誰かを救える人なんて、そうそう居るもんか」

 いつかそれを成そうっていうのが、俺と桃香の一緒の目標だったりするんだから、中々に大変な目標だ。“夢はでっかく!”とはよく言ったものの、こういうのは逆に難しい。
 なにせ、案外知らぬどこかで何かを成しているかもしれないのだ。
 だってそんなの無意識に近いだろうし。
 お互い“居て助かった、居て良かった”と言い合える仲にはなれた。……ものの、どうせなら何かを成した際に誰かに言われたい。人って欲張りですね。
 というか稟が牛乳と聞いて顔をしかめた。やっぱり大陸じゃあ牛乳はそう広まってないのかな。美味いのに。
 アレルギーとかないよな? アレはちとシャレにならない。

「そんなわけで稟、ここに俺が作ったまろやかマーボー普通味がある。さぁ、食べてみてよっ」

 お料理番組のように、ここに出来たものがと差し出してみる。
 味身はしてみた。普通だった。牛乳と溶き卵のお陰でまろやかではあるものの、普通だ。華琳が食えば、様々なダメ出しが出されるであろう料理。
 しかし今の俺にはここまでが限界だ。ヘタに無茶な味付けをすれば、それこそキッツいダメ出しが落とされかねない。
 あ、もちろん牛乳は十分に加熱殺菌しております。ちょっと怖かったから念入りに。……成分飛んでなきゃいいけど。

「これを食せば治るとでも?」
「時間がかかることだけど、血管を丈夫にすればそうやすやすと鼻血は出ないよ。人間、なんだかんだで体が資本。肉は調理してもたんぱく質が崩れにくくて、卵や牛乳に含まれるカルシウムが、たんぱく質の吸収を助けてくれる……んだっけ? ごめん、鍛錬ばっかりだったから肝心なところが抜けてるかもしれない」

 あとは適度な運動か。
 カルシウムだけ摂取しても、運動しなきゃきちんと吸収されないって聞くし。

「文官だからって鍛錬はする必要ないって、その根本が間違ってたんだよな、きっと。そんなわけで稟、空いた時間だけでいいから、少しずつ運動してみないか? ───いや違う! 顔を赤らめるような運動じゃあ断じてないからっ!」

 春蘭が体を張って見せてくれた(いや俺は実際には見てないけど)、道化のススメが心に引っかかった。官僚……武官文官の中では、これからの平穏な日々に必要なものは文官だ。
 武官として働いてきた人達はそれこそ、武を振るうことで己を立てた自分は……と思っているようだが、たとえば警備隊には多少の武力が必要だし、城のことに関しても知識だけで固められた上では、暴動が起きた時には抑えられない。
 もちろん暴動が起こらないように政治をしていくのが、王や文官の仕事なわけだが……うん、つまり、武官は勉強を、文官は鍛錬をしてみたらどうだろう。
 そんなことを、思ったわけだ。
 その一歩は一応の意味で、蓮華や桃香が踏み出してくれたと思っている。
 呉と蜀から、どうしてか俺宛に届けられる竹簡の中には、そういったことが書かれていることがあった。雪蓮からは“蓮華が鍛錬に勉強、己を高めるものに積極的になった”こと、桃香からは“氣の使い方に慣れてきて、結構走れるようになった”こと、いろいろだ。
 呉では民との交流が一層増え、蜀では学校って存在が民の知識の底上げに役立っているとか。話に聞く成都での流行りが、計算の謎かけだったりするのだから、世の中変わるものだ。子供に「1+1はー?」と訊ねられ、答えられない親が学校に訪れる……なんてこともあるらしい。親の威厳を保つのも大変だ。
 そんなわけで呉も蜀も順調。
 届けられる竹簡にも楽しさや嬉しさが滲み出ている感があり、俺も嬉しかった。

「《もく……》……ふむ。普通……ですね」
「普通なんだよなぁ……。味にメリハリがつけられないっていうか」
「めり……?」
「落ち着かせるところは落ち着かせて、立てるところは立てるみたいな、キッチリしたこと……だったっけ? “減り込む”とかの“めり”と、“胸を張る”とかの“はる”……かな。それを繋げて“減り張り”って感じ。普通は味とかの話では使わないかもだけど、とにかく、そんな感じで味付けが上手くいかないんだ」
「なるほど。これはこれで、悪くはありませんが」
「華琳に出すとしたら?」
「確実に作り直しを命ぜられますね。いえ、作り直す価値すらないと言われるかも……」
「……それが怖いから、まだ華琳には料理を振るまってないんだよな……」

 溜め息をひとつ。
 まあでも、料理とは違うけど綿菓子は贈れた……はずだから。
 桂花に確認とってないし、味どうだった〜とか華琳自身に訊いてないから、実際どうなったのかなんてのは解らないままだ。
 なんやかんやで忙しい日々に流されるまま、最近は華琳とゆっくり話せていない。
 俺がこうしてゆっくりしていられても、華琳もそうとは限らないしな。
 特に最近は呉や蜀から届けられる書簡整理に忙しいらしく、一度も顔を見ずに終わる日さえある。

「ところで……一刀殿? まさか毎食、これを食べるとか……」
「いや、一日一回くらいでいいと思う。朝昼夜、いつ食べるかを事前に言ってくれれば作るし……あ、なんだったら流琉に頼んで作ってもらうのもアリか。俺のなんかよりよっぽど美味いぞ」
「む……それはそれで少々もったいのない気が。いえ構いません、味に飽きるまでは一刀殿の料理でお願いします」
「そうか? よし、じゃあ少しずつでも腕が上達するように努力を───」
「いえ、現状維持でお願いします。不味くされても困るので」
「…………ウン……ソウダヨネ……」

 お茶のことについて、俺に現状維持を願われた白蓮の気持ちが少し解った瞬間だった。


───……。


 翌日から行動は始まった。
 朝、稟にまろやかマーボーを食べたい時間を訊いてみて、その時間には食後の運動に付き合えるように時間のやりくり。
 さすがにどうしても抜け出せない仕事はあるから毎度とはいかないものの、それなりに付き合えてはいる。武官のみんなにも声をかけて、嫌がらない限りは勉強を教えてみる。
 意外や、一番に受け容れてみせたのは春蘭。次に霞だったわけだが、「来るのが遅なっただけやもん」と、なにに対抗意識を燃やしているのか口を尖らせて、そんなことを言っていた。

「思春〜! 手伝ってもらっていいか〜!?」
「…………また貴様は……」

 いつかのように思春に声をかけて、桃香にそうしてみたいように稟の氣を探る。
 しかしこれが案外あっさりと浮上することに成功。むしろそういった素質があったのか、安定も早かった。……この安定が鼻に向かってくれればなぁ。

「これでどうだ北郷!」《ヴァァーーーン!!》
「や、だからさ春蘭、これでどうだじゃなくて、書いた文字を自分で読むんだってば」
「“かこうげんじょう”だ!」《ヴァアーーーン!!》
「そこまで気合い込めなくていいからっ! えーと……ごめん、一文字すら合ってない」
「なんだとぅ!? 貴様の目は節穴か! どこをどう見ても書いてあるだろう!」

 そんな傍らで勉強も同時に行っているものだから、これがまた大変なわけで。
 しかし時間はそうたっぷりとはとれないから、どうしようもない。

「ははー、元ちゃんはぶきっちょやなー♪ 〜〜っと、“ちょう・ぶんえん”! どう一刀っ、これどうっ? どないっ?」
「はーいはいはい、ちょっと落ち着こうな霞も。えーと……霞」
「なになにっ?」

 にこーっと眩しいくらいの笑顔で返事する霞。
 腰に手を当て胸まで張って、自分が褒められることを疑ってない顔で、続きを促してくる……のだが。
 竹簡を見てみれば、そこにあるのは“ちょう・ぶんしん”の字。
 あなたはなにか、既存を超えた分身でも見せてくれるのか。

「えーーーーーっとな……ちょう・ぶんしんになってる」
「んなっ、え、“え”ってこうやあらへんかった!?」
「近いんだけど……ん〜……と。“し”はこうで“え”はこうな? なめらかに書こうとして出っ張りを忘れたんだろうな。うん、でもいい感じだぞ」
「…………そ、そか。そかそか……えへへ」
「むぅ……ならばこれでどうだ北郷!」《ヴァアアーーーン!》
「だから無駄に迫力出しながら竹簡突き出すのやめませんっ!? しかも今回は文字としては読めるのに“かいルそ”になってるし!」

 “と”と“ん”が合体してるのか、この“そ”は! 合ってるのが最初の“か”しか無いよこれ!

「ふふんっ」
「しかもなんか得意気だ……! あ、あのな春蘭? これじゃあダメなんだからな? 一応読めるってことで進歩はしてるけど」
「当然だっ、道化が要らぬと言われたのならば、私は武を振るい知も振るえる……華琳さまのような存在になってみせる!」
「天下統一から一年、あちこちでの問題も少ななってきたし、武官が要らななるんもこれからや。ならそれまでに頭のほうをなんとかして───あ、けど待ちぃ? んー……な〜一刀?」
「ん? どした?」

 春蘭に文字のアレコレを説明する中、霞がどこか楽しげな表情で声をかけてくる。
 ならばと春蘭への説明もそこそこに向き直ってみると───

「あんな? もし孫策が言ってたみたいに一刀が大陸の父になるとしてやけど」
「う、うん……? もしな、もし」
「ん、そんでな? もし一刀が大陸の父になったら、周りはたぶん……あれやな、“魏に住んどるんはずるい〜”ゆーて、引っ張り合いみたいになる思うんやけど」
「……華琳とも似たような話をしたけど……まあ、華琳は三国の中心に都でも建てて、そこに俺を置くだなんて言ってたし」
「あ、やっぱそーなんか。でな、一刀。もしウチが武官として駄目だし食ろーて、住む場所無くしたら……一刀、ウチのこと都に拾てくれる?」
「───」

 ……オウ?
 今……なんと?

「あ……あ、あー……いや、霞? そもそも華琳はそんなことしないと思うぞ? 前にも言っただろ」
「ん、そらもちろんや。けどな、そうやのーて、一刀はどうしてくれるん?」
「…………そりゃ、拾うっていうかむしろ歓迎するよ。解らないことがあるなら教えるし、覚えにくくても覚えるまで付き合う。今覚えられないからって切り捨てるつもりなんて、全然無いし」

 それは三国の宴の時に、華琳に言った通りの言葉だ。
 役に立たないから切り捨てるなんて言うなら、何も知らない人は何も出来ないままに切り捨てられるだけだ。そんなことをしてしまうくらいなら、少しずつだろうと覚えてもらって、一緒に国を暖かくしていきたい。

「民も兵も、将も王も、どうせなら全員で楽しめる今と明日が欲しいな。だから、俺が教えられることなら教えるし、手伝えることならなんでも手伝いたいって思うんだ。……この世界に来れて、華琳に、みんなに会えて本当によかったって思うから、そんな思いをこの大陸にこそ返したい」

 そのために勉強したし、そのために修行をした。
 得た知識が生かされる瞬間は嬉しいし、自分の努力が報われたことを実感出来る。
 確かに俺も桃香も、自分の力、自分の知力こそを認めてもらいたいとは思ったけれど……うん、誰でもなんでも知っているわけじゃない。基盤となる知識があるから、そこから派生するなにかを想像出来るんであって、勉強もせずに得られるものなどほぼ無いだろう。
 俺は天の知識をみんなに与えるために勉強をした。
 なら、その“自分が勉強した”って努力くらいは、自分自身でだけでも褒めてやらないと可哀相だ。
 ……悲しいことに、調子に乗ることと慢心は敵でしかないけどさ。

「……やっぱ、一刀はいろいろ考えとんのやなぁ……」
「主に、どうすればみんなが笑って暮らせるかなーってことばっかりだけどね。で、どう? 出来た?」
「ん、今度は完璧やっ」

 話しながらもさらさらと書き、今度こそはと竹簡を広げて見せてくれる。
 そこにはしっかりと、“ちょうぶんえん”の字。

「おおっ……しっかり書けてるじゃないかっ!」
「っへへー、同じ失敗繰り返す奴が生き残れるかっちゅーねん。ところで一刀? それ、止めてやらんと危ないのとちゃう?」
「へ? ……オワッ!?」

 促されて見てみれば、いつの間にか鼻血を噴いて倒れている稟が!
 え!? なんで!? さっきまで平然としてたのに! ああいやそんなことよりトントントンと……!

「大陸の父の話したら、ぶつぶつ言い出して静かに倒れとったわ」
「傍観してないで教えよう!? 稟!? 稟ーーーーっ!!」
「ふははははどうだ北郷! 今度こそ完璧だろう!!」
「いや今それどころじゃ───お、おぉおおっ!? ちゃんと書けてる!? すごいじゃないか春蘭! しっかりと“かこう・えん”って───なんで秋蘭になってるの!? ていうか今さらだけど字の方を書こう!? 惇じゃなくて元譲のほうで!」

 まあ、なんだ。
 魏の騒がしさは相変わらずだ。
 今だからこそ思えるけど、戦場で華琳の凛々しさとかばかりを魏の印象として受け取っていた人達が居たのなら、同盟が組まれた今ではそのギャップに驚く人も随分居たんじゃないだろうか。
 多くは語らず、圧倒的武力で攻め、しかし知略にも富んでいる魏の精鋭。
 それが実際は───

「な、なんと……。これは“えん”と読めるのか。ならば……そうだ北郷! 華琳さまの名はどう書く!」
「え? 華琳? えっとな華琳はひらがなで……こう」

 春蘭の手から筆を抜き取り、さらさらと走らせる。
 “そう・もうとく”───文字が綴られ、春蘭はそれを見て「なるほど!」と頷いた。
 そして早速俺の手から筆をぶんどると、その文字を真似て書き始める。
 その表情は……自分の名を書く時よりも真剣であった。
 ほら、新しいノートの1ページ目はやたらと丁寧に文字を書いちゃう時とかみたいな。
 どれだけ華琳が大事ですか春蘭さん。気持ちは解るけどさ。

「間違えられん……! これだけは、絶対に……!」

 目が血走ってらっしゃる。
 そんな春蘭を横目に、稟を介抱して持ち直させると、「大変やな〜」と暢気に笑う霞に苦笑を送りながらもこれからのことを考えた。

「なぁ思春……こんな調子の俺が、大陸の父になんか……無理ってもんだよな?」
「貴様は貴様で支柱とやらを目指せばいい。重要なものは、周りが支柱である貴様をどのように見るかだろう」
「……俺が支柱だ〜って言い張っても、周りの全員が父だって言えば父になるってことか」

 解るけど、解りたくない。
 でも少しは軽くなった気がした。
 そうだよな、俺は俺の目標目掛けて走ればいい。
 周りがどう見ようが、それが自分が目指したものなら胸を張れってじいちゃんも言ってたし。




94/武への想い、約束のお酒

 ……最近、誰かに見られている気がする。

「………」

 とある日の中庭でのこと。
 稟の健康管理も順調で、最近鼻血の回数が減ったかな〜と思いながらの鍛錬は続く。
 続くんだが……

「………」

 やっぱり誰かに見られている気がしてならない。
 現在は魏将のほぼが中庭に居るから、そりゃ誰か見るだろうってなものなんだが。
 なんかこう……ちらりと見られるとか、そんなんじゃないんだよな。
 街でも似たような視線、感じるし。

「よっしゃ一刀っ、ウチと軽く()ろ〜!」
「へ? あ、おおっ! 武器はちゃんと刃引きしたものを───」
「な〜に言うとんねん一刀、刃やろーが木剣なんぞで受け止めるくせして」
「受け止められなかったら斬られるんですけど!?」
「ほなら背刀(むね)でいくから、なっ? な〜っ? 慣れたもんやないとやっても楽しないもん〜!」
「あー……わ、解ったからそんな駄々捏ねないの……!」

 しかしそんな視線も、一対一の模擬戦が始まれば気にしていられなくなる。
 ……今日は戦としてではなく、個々の鍛錬目的の模擬戦祭り。
 ちらりと見れば、用意された椅子にどっかと座る華琳が、せいぜい楽しませて頂戴って顔でこちらを見ている。
 ええい人の鍛錬は結局潰したままだっていうのに、楽しませることだけはしっかり要求するんだからな、あの覇王さまは……!

「……すぅ……はぁ……。んっ───覚悟、完了」
「……やっぱええな〜♪ ウチ、一刀がそれ言う時の顔、好きやわ」
「いろいろ決めなきゃ武器も振るえないんじゃ、未熟もいいところだろ。……じゃ、行くぞ?」
「“いつでも”や───っと!」

 “いつでも”を耳にすると同時に地を蹴り一閃。
 霞はそれを軽く避け、飛龍偃月刀を突き出───されたそれを、さらに地を蹴ることで躱し、横に回り込むと再び一閃。
 霞も同じく足捌きでソレを躱すと、横薙ぎの一閃で俺を射程から退かせた。

「ん〜〜〜……♪ 男でこういう緊張持たせてくれるなんて、やっぱウチ一刀のこと好きになってよかったわ〜♪」
「あっさり返してみせたくせに、よく言うなぁもう……!」

 距離が離れたからか、霞は片手で飛龍偃月刀を持ち、肩の上でトストスと弾ませながら笑う。それを隙と取って駆け込むか……と考えて、やめた。
 明らかに誘いだ。
 重心が前に向いていて、多分だけど走った途端にぶちかましが来る。
 怯んだところへ容赦の無い連撃……背刀打ちはするだろうけど、そんなの鉄棒でボッコボコに殴られるのと変わらない。

(もっと意識を集中させて……)

 氣は霞に付着させた。
 そうすることによって、霞の動きに相当集中出来るようにはなったものの……勝てるかと言ったらNOだ。が、NOだからって簡単に諦めたくはないのが、曲がりなりにも鍛錬をする者の根性というか。

(霞だけに集中……意識の全て、氣の全てを……。雪蓮のイメージにデコピンかましたあの時のように、ただひたすらに……)

 霞は俺の動きをじっと見ていた。
 俺も、それを返すようにじっと見る。
 周囲には俺や霞を見守る魏将と王。
 しかしそんな視線もやがて気にならなく……いや、意識することすら出来なくなるほど集中。
 意識の束をこよりのように細く束ね、霞という一点を穿つモノになった意識のままに、地を蹴り向かった。
 霞もいい加減待つのは飽きたのか、待ってましたとばかりに得物を振るう。
 それを、氣の移動、重心の移動、呼吸の移動、様々な支えを以ってして弾き、「おっ……!」と何処か驚きと嬉しさを混ぜた声を耳にする。

(集中しろ、集中……! 蒲公英や翠や星の槍に比べれば、点よりも線が多いんだ……!)

 突きではなく斬りの多さに対処し、連撃を弾いていく。
 まともに受ければ手が痺れるだけでは済まないそれを、氣で衝撃ごと逸らすことで。

(本気じゃない分、まだ恐怖に飲まれることもない……だったら今の内に慣れて……!)

 雪蓮っていう“本気”のイメージのお陰で、恐怖に飲まれることなく武器を受け、振るう自分を保っていられる。
 そしてそれは、武器を合わせる毎に自分に勇気を与え、一手ずつだがこちらの攻撃回数を増やしていく。

「おっ、おっ……おおっ!?」

 対する霞は意外そうな、しかしやっぱり楽しげな顔で、そんな一撃一撃を確実に弾いていた。ほんと、つくづく戦人です。戦うことで自分の存在意義を保つって言ってた意味が、文字通り骨身に染みる。

「〜〜〜一刀っ!」
「応っ!」
「前にウチがゆーたこと、覚えとるかっ!?」
「《ガギィンッ!》〜〜っと……! もちろん……だっ!」
「《ゴギィンッ!》ほっ……そかっ!」

 受け止め、返し、弾き、弾かれを繰り返しながら話す。
 自分はあくまで武官であり、戦が終われば用済み。
 戦うことで自分を自分と認められる彼女が、いつか俺にそんなことを話してくれた。
 それを思い出した上で、今の自分にその思いを返してやれるかを……木刀に乗せ、返す。

  “狡兎死して走狗煮らる”

 たとえ誰が……華琳が、俺が、誰もが否定しようとも、俺達が天下を取るための駒にすぎなかったのだとしても、平和さえ手に入ればいずれは人知れず始末されるだけの用無しの狗なのだとしても、狗には狗の生き方があるのだと。
 兎を追うだけが走狗の役割じゃないのだと、伝えるために。

「狩る兎が居なくなったなら、別のことが出来る狗になればいいさ! 飼い主がそれでも狗を煮て食らうって言い張るなら、その時点でもう飼い犬じゃなく食料扱いなんだから、牙を剥けばいい!」
「おー! そら孟ちゃんも喜びそうやなー! ほなら一刀っ、ウチが食われそうになったら一緒に噛み付いてくれる!?」
「本気で霞を食うつもりなら、喜んで一緒に噛み付いてやるっ!」
「───へわっ!? や、え……冗談やったのに、大きく出たな、一刀……《ピタリ》」
「非道な王であるなら、討ちなさいって言ったのは華琳だからな。それを見過ごさずに止めるのが、臣下の務めってやつだろ?」

 急に動きが鈍った霞の眼前に、突き出した木刀が止まる。
 霞は「せやなぁ……せやった」と目を伏せて笑い、飛龍偃月刀の石突きをドンと地面に叩きつけると、さっぱりした顔で「まいった、ウチの負けや」と続けた。
 途端、周囲からは悲鳴にも似た歓声(?)が。

「隊長のアホーーッ! なんで勝ってまうねんーーーっ!!」
「ここは綺麗に負けるところなのーーーーっ!!」

 ……どうやら賭けられていて、しかも負けたらしい。
 悲鳴にも似た歓声だったのはその所為か。つーか少しくらいは隊長の勝利ってものを願ってだな……って、凪さん? あの……何故、少し嬉しそうな顔で俯いてらっしゃるの?
 え? もしかして賭けてた? いやむしろ無理矢理賭けさせられて……でも勝った?

「なんか複雑だ……」
「好きにやらしとけばえーよ。それより一刀〜♪」
「《がばしっ》うおっと!? し、霞!?」

 突如として霞が抱き付いてきた。
 何事!? となんとか顔を覗いてみると……なんだかとろけてらっしゃった。

「なぁ一刀〜……? ウチの好み、覚えとる〜……?」

 とろけた顔、とろけた声で訊ねてくる。
 好み? 好みって確か……

「えーっと、自分より弱いヤツは好かんねん、だったっけ。男はそれこそいっぱい居るけど、自分より弱いからいやや〜って───あれ?」

 そこまで言って、思考が固まった。
 なにくそ、と無理矢理動かしてみるが……いや待て、待つんだ。
 だってこんなの、会話の隙を突いた勝利で……霞が本気できたら、俺なんてあっという間にゲファーリゴフォーリ(悲鳴)ってコテンパンだぞ?
 むしろ星あたりなら“卑怯なっ!”とか言って無理矢理続行だ。
 それでも負けたら三本勝負だ〜とか言い出して。うん。
 ともかく。そういったことをしっかりと話して聞かせると、霞は口を尖らせぶーぶーと文句を飛ばしてくる。素直に好きにさせろーと言われているみたいで、もう喜ぶべきなんだろうけど喜べないっていうか。

「せやったら次や! 一刀……ウチ今から本気出すから、受け止めて……くれる?」

 うだうだぬかすなー! とばかりに、がーっと勢いよく口を開いた霞……なのだが、最後には勢いが全く無くなってしまった。
 もちろん俺はそれを受け容れる。
 や、だってさ……不意打ちで惚れられるって、物凄く悲しいじゃないか。
 大事に思えばこそ、たとえここで負けたとしても、あれで好きになられるとかは勘弁だ。
 ちっちゃな男の子のプライドを胸に持ち上げてみるが、それでもなんとなく情けなく思うのはどうしてかなぁ……日頃の素行の所為ですか?

「………」
「………」

 そんなわけで再び対峙。
 俺はといえば緊張を飲み込み、再度覚悟を胸に、ノック。
 霞はといえば、なにやらぶつぶつと口からこぼしていて……えと、なに? 試練? 一刀をもっと好きになるための試練……って、なにを仰っておいでで!?
 うわ、なに!? 顔が勝手にニヤケ……じゃなくて集中集中!! ……ギャアだめ! 霞に集中すればするほどさっきの言葉が胸を叩いて……! だっ……だめぇええ! 胸はだめぇええ! せっかくノックと一緒に胸に込めた覚悟が散っちゃうぅうう!!

「……いくで、一刀」
「!!《キッ》」

 ……一瞬だ。
 霞の、引き締められた表情を見た途端、その思いに応えるって感情が俺の心を殴り倒し、顔のニヤケを完全に無くさせた。
 ……思いには思いを、全力には全力を。
 向き合い、視線に視線を返し、フッと息を吐くのとほぼ同時に、俺達は駆けていた。
 大して離れていたわけでもない。
 本当に一瞬で決着はつき……───

「………」
「〜〜〜♪」

 少し後。
 戦っていた中庭の中心からも離れ、春蘭と秋蘭の戦いっていう珍しいものを、みんなと一緒に座りながら見ている……んだが。
 ぶつかりあった時からずぅっと唖然としていた表情から一変、霞は俺の腕に抱き付き、離れなくなってしまった。

「………」

 なにをしたのかといえば、危険を承知で霞の攻撃を氣で“吸収”して返してみせたわけだが……その結果がこれだった。
 もちろんブチ当てることはせず、寸止めしたあとは吸収した衝撃も地面に逃がした。
 受け止め方が甘かったのか、左腕が滅茶苦茶痛いですが。
 そんな返され方を男にやられたのなんて初めてだったんだろうなぁ……霞は少しだけ、ほんの短い間だけ、負けたことを悲しんで……それからはカラッと元気に……抱き付いてきたわけです、はい。

「あ、あのな、霞〜……? さっきのは相手の攻撃を受け取って、相手に返すってもので」
「一刀が自分の氣ぃでやったことなら、一刀の勝ちやん」
「いやあの……そ、そうなの?」
「じっ……自分に訊かないでくださいっ」

 言葉に詰まって、近くに居た凪に声をかけてみると、凪も困惑なさっていた。

「んー……ところでやけど一刀? 甘寧相手の時にはなんで、さっきの使わなかったん?」
「あ、あー……一緒に鍛錬やってた相手だから、こっちの行動全部見切られてるんだ。どうやれば出来るのかも、魏に帰る途中で話ちゃったし。だから全力でぶつかるしか方法が無くて」
「なるほど、手ぇ抜いとったわけやないんやな」
「いえあの、手なんか抜いたら俺が普通に死ねるんですけど」

 むしろ全力の全力で行っても見切られすぎてて全てが空回り。
 あの恋の一撃を受け止めたーとか、その上で返してみせたーとか、そんなものはなんの力にもなりはしない。見切られていたら、どうしようもないのだ。
 恋には勝てたわけでもないし、結局空を飛ぶハメになっただけなんだ。
 世の中、そう上手くはいかないものなのです。

「……《じーーー……》」
「? 凪? どうかしたか?」
「あ、いえ……隊長が戻ってきてから、隊長の身の振り方を見るのは初めてでしたが……」
「凪ちゃん、驚いたやろー♪ ウチも初めて見た時はたまげたもんな〜♪」
「なにもかも、凪に氣を教わったからだよ。そうじゃなきゃ、あんなに動けないし」
「ちゅーか一刀? 普段どんな鍛錬やっとったん? 天で一年間鍛錬しても大して上達せぇへんかったのに、呉、蜀と回って戻ってきたら段違いや」

 孟ちゃんが禁止するくらいやから、相当なんやろなーと続ける霞。
 そんな彼女に鍛錬メニューを話して聞かせると……軽く引かれた。

「あ、あー……なるほど、そら強なるわ。けどそれ、体っちゅーよりは氣を鍛えとる感じやろ。見たとこ、体つきとかそう変わったようには見えへんもん」
「そうなのかな。一応鍛え方にもいろいろあって、俺は盛り上がる方の筋肉じゃなく、内側の持久力が主な筋肉を鍛えてるから、体つきがそう変わらないのはその所為だと思うんだけど」
「へー、そんなんあるん?」
「一瞬の力よりも長く行使出来る力だな。それを鍛えると、そんな感じになる。ただ、あんまり盛り上がらないのも不気味って言えば不気味だ」

 胴着を軽くはだけ、力こぶを作ってみる。
 ……あまり発達したようには見えない。

「霞、ちょっと飛龍偃月刀貸してもらっていいか?」
「ん、一刀ならえーよ」

 片手で渡されるそれを、両手でぐっと受け取る。
 よし重い、こりゃ重い。
 すぐに氣を腕に集中させて持ってみるが、それでもやはりズシリとくる。
 こんなのを片手でかー……鈴々の蛇矛は何度か借りて振るってみてたけど、これもなかなか……。

「なぁ一刀? 走るだけやのぉて、重りをつけても走ったんやろ?」
「機会は少なかったけどな。武器を使わない誰かから武器を借りて、体に括り付けて走ったり……束にした模擬刀を背負って走ったり、いろいろやったなぁ」

 もちろん、最初は少しずつ。次の時には前より重く、一歩でも先へ。
 以前より先へ進めないなら鍛錬の意味なんて無い。
 だからこそ、どれだけ辛くても一歩前へ進むことは諦めなかった。

「ていうかすごいな春蘭。放たれる矢を片っ端から叩き落とすって、普通出来ないだろ」
「む。あんなんウチかて出来るもん」
「へ? あ、ああ、霞なら出来るだろうなぁ……俺はちょっと無理っぽい」

 どうしてか口を尖らせる霞に、軽く首を傾げながら返す。
 俺だったら……“見えた!”と思ったら突き刺さってただろう。

「凪はどうだ?」
「秋蘭さまの弓術の前では、捌き切れるかどうか……」
「そ、そうか」

 それってつまり、秋蘭以外から遅れを取るつもりはないと?
 訊けばそんなことはないって言いそうだけど、凪も結構負けず嫌いな感じってあるよな。
 ……っと、終わった。春蘭の勝ちか。

「放つ矢の全てを叩き落とされながら近づかれたら、間近に来られるより先に降参しそうだよ、俺」
「確かに、ちょおっと怖いかもやなぁ……もちろん、最初から負ける気もあらへんけど」
「そっか。それは、霞らしいな」

 霞が霞らしくなくてどうするんだって話だけど、霞はそんな俺の言葉を笑って受け取っていた。俺の腕に抱きついたままだから、そこからくる軽い振動がくすぐったくも心地良い。

「……あの、隊長」
「うん?」

 そうしてゆっくりと呼吸をしていると、突然横の凪が真面目な顔で俺を見る。
 「どうした?」と返すも、凪は数回視線を泳がせ……その間、何度か俺と視線を交差させながら、しかし最後にはキッと俺を見て───

「そのっ、じ、自分ともっ! 自分とも、手合わせを願いたいのですがっ……!」
「………」

 どこの告白劇場なのか。
 少しだけドキドキしていた俺の心は、軽くくてりと倒れてしまった。
 しかしながらせっかくのお誘い……断る理由もなく、俺は木刀を手に、華琳に一度断ってから中庭の中心へ。
 霞が楽しげにどっちも頑張れ〜って声を投げ掛けてくる中、イメージを重ねながらゆっくりと構えた。
 武器が拳と蹴りである分、連撃精度は剣や槍よりも余程に早い筈。
 そしてなにより気をつけるべきは氣弾での攻撃……だよな。
 やってこないとは思うけど、確実とは言い切れない。
 なにはともあれ氣の師匠にぶつかるつもりで───挑戦させてもらう気持ちで構え、合図を待ってからぶつかり合った。
 そして、そのすぐ後。
 数撃合わせただけで、体術相手には木刀でも中々辛い事を知る。

「はぁあああっ……───せいっ!!」

 連撃を繰り出す……んだが、とことん手甲によって受け止められ、弾かれ、逸らされ、怯んだ瞬間にはもう、相手は攻撃に移っている。
 それをなんとか身を捻ることで避けるんだが、追撃の速度も長柄のものとは比べものにならないほど早く、秒を刻むごとに防戦しか出来ない俺が出来上がっていく。

「はぁあああっ!!」

 加えてこの攻撃の重さときたらっ……!
 一撃一撃にしっかりと氣が乗っているもんだから、受け止めるだけでもぎしりと重い。
 逸らすにしたって難儀して、けれど凪はこうやってねばる俺を相手にする毎に目を輝かせて、どこまで受け止めてくれるのかを試すようにどんどんと強くしてキャーーーーーーッ!! 凪、凪っ!? 凪さんっ!? 回転が速い! 重い! 鈴々じゃああるまいし、この連撃はちょっ、とっ、たわっ、たっ、とっ!!
 むむむ無理無理無理! 一旦距離を取って───ってギャアーーーッ!?

「せやぁあーーーーーっ!!」

 戦いに意識が向かいすぎたのか、興奮した凪が足を振るい、燃え盛る氣弾を発射!!
 丁度氣で地面を弾き、大きくバックステップをした俺へ目掛けてソレは飛んでくる!

(エ? 死ぬ? 死ぬの? ……じゃなくて集中!)

 コマンドどうする?

1:鈴々のように武器で破壊してみせる

2:根性で耐えてみせる!

3:氣で吸収、こちらも氣弾で返してやる

4:甘んじて受ける

5:自ら後ろへ飛び、ダメージを引くくする

 結論:……3!

 考える余裕なんてない!
 成功するかも解らないからこその一か八か!
 着地するより早く右手に木刀を、左手は飛んで来る氣弾に向けて構えて───着地と同時に左手を襲う痛みを、瞬時に自分の氣と一緒に体の表面を走らせて右手の木刀へ装填!
 氣弾を吸収するなんて初めてのことだったために激痛が走ったけど、熱くなったとはいえ全力には全力を以って返す。それが戦人への敬意だと俺は受け取った。
 だからと、足を振り上げた状態で硬直している凪へと、渾身の一撃を……返した。

「うおぉおおおおおりゃぁああああーーーーーーっ!!!!」

 アバンストラッシュと勝手に呼ばせていただいている剣閃を、凪の氣も乗せて放つ。
 金属と金属が鋭くぶつか合ったような音を立て、空を裂くそれは凪へと飛ぶ。
 そんな氣の向こうに見えた凪の顔は驚愕に染まっていて───轟音ののち、ソレは破裂した。発生する煙に凪の姿を見失う。

「っ───まだだっ!」
「《ボファアッ!》っ!!」

 しかし、自分に向けられるなにかを感じ、構えもそのままに地を蹴り走った。
 直後、煙を裂いて走ってきたのはやっぱり凪。
 派手に爆発したわりには無傷。
 恐らくギリギリまで引き付けてから再び氣弾でも放ち、相殺してみせたんだろう。
 引き付ける理由は、当たったと見せかけるためか。
 軽い想像が終わる頃には木刀と手甲がぶつかり、緊張を保たせたままの連撃が続いた。
 いや、なんとか続けていられるって状況だ。
 なにせ今の剣閃で氣を思い切り使ってしまった。
 やっぱり飛び道具は苦手だ……! 底を尽きませんようにって願ったけど、そう上手くはいきませんねハイ。
 そしてそんな状態が長続きをする筈もなく……少しして、氣を使い果たして降参する俺の姿がそこにあった。

「は、は……はぁ……はぁー……やっぱ強いな、凪は」
「いえ。隊長こそ、よくここまで……」
「あーーーん隊長のどあほーーーっ! なんで負けてまうんやーーーっ!!」
「………」

 そしてまた真桜に怒られる俺。
 いや……人を、というか王が見てるところで普通にトトカルティックなことをするなよ。

「しかし隊長、途中から随分と動きに乱れを感じましたが……」
「あー……すまん、実は氣の放出には慣れてなくて。氣弾は放てるようにはなったものの、気をつけて撃っても大半を使っちゃって、長続きしないんだ」
「……なるほど。動きが急に遅くなった理由がそれ、ですか……」

 やっぱり目に見えて動きが鈍くなったようで、凪は少し残念そうな顔で俺を見る。
 そんな目をされると、こちらとしても申し訳ない気分で……

「そんなわけだからさ、また氣のことを教えてくれないか? もちろん、凪が良かったらだけど」
「あ、いえ、もちろんそれはっ! けどその……自分なんかで、本当に……?」
「いや、俺、凪以外に氣を上手く繰れる人、知らないんだけど。それに、教え方も上手かったし、むしろ凪にこそ頼みたいんだ」
「……わたし、こそに……」

 俺の言葉を自分で呟いた凪。
 その顔はみるみる赤くなってゆき、直後に「ハッ! 了解しました!」と元気な返事が。

「一刀が帰ってきてからの凪ちゃんは、素直でかわええなぁ〜……あ、一刀? その鍛錬ウチも混ざってええ?」
「? べつにいいと思うけど……霞、氣弾を使ってみたくなったのとか?」
「ん、なんもない。これといった理由なんて、な〜んもないよ」
「そうなのか」

 特に理由もなく鍛錬に付き合ってくれるのか……霞って基本的には付き合いはいいよな。
 面白そうって理由があれば大抵のことには付き合ってくれるし。
 ……つまらなかったらあからさまに退屈そうにするけどさ。

「兄ちゃーーん、今度はボクとやろーーーっ?」
「お、ほれ一刀、呼ばれとるでー」
「え゙っ……いや、俺、氣を使い果たして……は、まだいないけど、それでも随分使っちゃってて……!」
「あ、そやった。あんだけやったらそら氣も底を尽くっちゅーもんやな」
「…………でもなぁ」

 ちらりと、俺を呼ぶ季衣を見る。
 嬉しそうにモーニングスター……岩打武反魔を軽々と振り回す季衣さんを。
 ……誰かと戦うたびに、地面にクレーター作ってたと記憶するアレと、氣が少ない状態で戦えと?

「…………霞」
「ん? なに一刀」
「いい酒の話があるんだ……。この戦いが終わったら、一緒に……華琳に話を通しにいこうな……」
「酒? 許可? …………もしかして前にゆーとった天のっ!?」
「いえあの、隊長……その言い回しだと、帰ってくるのは至難の業かと……」
「大丈夫だよ。約束したもんな、霞。絶対に……お前に天の酒の味を……」
「一刀……」

 死亡フラグを立てまくりつつ、俺もやがて立ち上がった。
 向かう先はにっこにこ笑顔の季衣のもと。

  ……その日。

  構え、模擬戦が始まった僅か3秒後に、俺の悲鳴が中庭にこだました。




ネタ曝し……あった気がするので見直しの時にでも。 と思ったら、なんだか無さそうかも。  はい、52話です。  すいません、暑さにやられてなんにも手がつけられませんでした。  暑いの苦手なんです、ほんとに。僕の中に流れるドーミングブラッドがそうさせているのか、暑くなるとぐったりします。  北海道は今、過ごし易い温度なのでしょうか。  とりあえず我が部屋にはクーラーも扇風機もございませんゆえ、夏場は地獄と化します。外の温度に影響されやすいんです、何故か。冬は部屋のほうが寒いし、夏は外のほうが涼しい。なんだろうこの部屋。  書きたくても集中できない……すいません、更新速度下がるやもです。  えー……そんなわけで話は戻って52話。  霞っていいよね……な回です。そして霞を書いていると凪も書きたくなる不思議。  雪蓮の話から稟の話、霞と凪って感じの今回、雪蓮が魏に遊びに来ないのは蜀に遊びに行っているからです。  王とその軍師が一緒になって蜀に行っちゃうなんて、普通じゃあ考えられないことです。原作で普通にやってましたけど。  関係ないけど恋姫から真恋姫になって、一番性格変わったのって……冥琳ですよね?  ではまた次回に。 Next Top Back