97/やさしいだけの人ではなく

 コーーーン……

「ふむ……そうか、そんなことがあったのか」

 許昌に戻るなり部屋に閉じこもられた。
 もちろん俺が閉じこもった〜とか、別の誰かが〜とかそんなことではなく、袁術に。
 許昌へ戻る道中でも袁術は思春と一緒に馬に乗り、まるで怨敵を見るような目で俺を睨んできたりもした。
 心を許しかけたところへの裏切りと感じたんだろうか。
 あのくらいの子にそれはキツイだろう。

「それでなに? 美羽に拳骨して一方的に怒った挙句が“あれ”?」

 ちらりと見られた気がした。
 戻るなり、戻るべき部屋を占領された俺は、今はこうして中庭に居たりする。
 そこでは華琳と秋蘭が穏やかにお茶をしていたんだが、そこに大絶賛後悔中の俺と、呆れ顔の思春が到着したわけで……。
 ちなみに俺は、鍛錬中にはよく背を預けていた木の幹と向かい合い、T−SUWARIをしていたりする。そんな状態で頭を抱えて、「俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿……!」と念仏のように唱え続けていた。
 擦り傷切り傷も治療済み、大袈裟だと思うくらいの包帯が巻かれてはいるが、動かすのに支障はない。支障はないんだが、心が辛い……辛いです。

「フフフ……ワイは男やない……外道や……! 怒り任せに女の子(めのこ)に暴力振るう腐れ外道や……っ!」

 華琳に注意されてはいた。
 けれどそれがまさか、拳骨込みだとは思いもしなかった。
 心配を理由に怒鳴り散らせば正当化されるなんて、そんなことは怒ったほうの一方的な考え方に決まっている。そうでもなければここまで落ち込むこともなかった…………のかもしれないし、殴った時点でもうアウトだったのかもしれない。
 なんにせよ嫌われた。思いっきり嫌われた。
 ただそれが悲しくて、こうして後悔を続けていた。
 後から悔やむ……これほど合う言葉はございません。
 T−SUWARIをやめて正座をすると、木の幹にのの字を書き始めたくなるくらいの後悔が俺を包みこんでいた。

「話は解ったわ。というか、逆に丁度よかったくらいじゃない」

 思春からの状況説明を聞いた華琳の言葉はそれだった。
 丁度良かったってなにが?と視線を向けてみれば、東屋の円卓で足を組みながら、優雅に茶をすする華琳さん。

「怒る対象が美羽であったこと、甘えてばかりのあの子を真っ直ぐに怒ったこと、途中で手を差し伸べなかったこと、その全てがよ」
「……?」
「あなたが美羽にしていたことは、乱世のさなかに桃香がしていたことと同じなのよ。手を差し伸べてばかりで大した見返りは求めず、仲良しでいきましょう、とね」
「いや……でも乱世はもう過ぎただろ……? なのにそんな、気を張る必要なんて……」
「桃香の場合は彼女がやさしくして、けれど他の将が多少の抑制になっていたのよ。手を差し伸べられるだけなのに、甘えるだけしかしない民にならなかった理由はそれでしょうね。ただし一刀、あなたと美羽の関係では、その“抑制”の役目を担うものが居なかったの。そうなれば、ただ手を差し伸べられるだけの我が儘娘が行きつく場所なんて、容易く想像出来るじゃない」
「あ……」

 ……なんとなく感じてはいた。
 少しずつ、我が儘の幅が増えていたこと。
 “俺ならなんでも許してくれる”って目で見られ始めていたこと。
 俺はそれを、自分に心を許してくれたのだとばかり思って、なんでもかんでも許容してきた。その結果が……なるほど、あのいきすぎた我が儘か。

「怒っている中で手を差し伸べられれば結局は同じよ。なんだかんだでやっぱりあなたなら許す、と余計な確信を持たれるだけ。怒り任せの行動にしてはよく出来たほうだわ」
「いや……でも……拳骨はやりすぎだったんじゃあ……」

 小さな頭を殴った感触が、今もこの手に残っている。
 正直、気持ちのいいものじゃない。
 殴って、しかも目の前で泣かれて、これでこたえない人が居るっていうなら見てみたい。
 理由はどうあれ、甘く見られていようがどうしようが、多少は懐いてくれていた子なんだもんなぁ……。ああ、胸が痛い……罪悪感がザクザクと胸を刺す……。

「はぁ……一刀、いいから“あいす”を作りなさい。そんな沈んだ気分じゃなく、美味しく作る気で」
「…………あ、ああ……うん……」
「………」

 ぼそりと返し、のそりと立ち上がる。
 と、なにやら早歩きのような足音とともに俺に近寄るなにかが───ごすぅっ!!

「あだぁっ!? えぁっ!? な、なにっ……!?」

 急に頭を殴られ、振り向いてみれば……華琳。
 ズキズキと痛む頭を押さえながら、「?」と疑問符を飛ばしていると、目の前の彼女が俺に指を突き付ける。

「あのね、一刀。私は沈んだ気分じゃなく、と言ったのよ? 今すぐに気持ちを切り替えなさい」
「ぢぢぢ……む、無茶言うなぁ……! 華琳は俺が、女の子に手を上げてからへらへら笑えるヤツに見えるのか……?」
「見えないわね」
「即答!?」

 いっそ気持ちがいいほどの即答。
 しかし華琳は突きつけた人差し指で俺の胸をゾスと突くと、「いいから作りなさい。沈まないで、いつも通りの気持ちで」と続けた。
 意図が解らないまでも、それが自分を心配しての言葉だと感じることが出来たから、結局は頷いて、歩き出す。途端に後悔が歩を鈍らせるけど、頭を振るって“元気元気っ”と自己催眠をかけるが如く、ぶつぶつと呟きながら。……ハタから見たら危ない人だよな、これ。




-_-/華琳

 …………。

「……よろしいのですか?」
「あら。なにがかしら?」
「いえ。今日はここで、北郷が“あいす”を作って持ってくるのを待つ筈では?」
「……ふふっ」

 一刀が視界から消えてから、秋蘭が目を伏せながら、けれどどこか楽しげに語る。
 そうだ。
 今日はこの蒼の下、のんびりと過ごすと決めていた。
 ゆるやかに吹く風が心地良いこの日、わざわざ動き回るのは実に億劫というものだ。
 もちろんやるべきことも早々に終わらせた。……徹夜であることは、秋蘭にも言っていない事実だけれど……恐らく解っているわね。

「まったく。袁家というのは本当に、いつまで経っても周りに迷惑ばかりをかけるんだから」
「ふふっ……その割には顔が嬉しそうですが」
「怒った一刀、というのも見てみたかったけれどね。怒る理由がまたおかしいじゃない。理不尽や無理難題、落とし入れられたわけでもない、ただの心配からくる怒りなんて。怒鳴り散らすだけなら誰にでも出来ることだけど、まさか……ふふっ、あっはっはっはっは!」

 おかしくなって笑った。
 まったく、北郷一刀というのは本当に私を楽しませてくれる。
 いつかの警備の話でも、こうして笑わせてもらった。
 今はこうして三国に降っている美羽も、蜀に腰を下ろしている麗羽も、大人しくしてはいるが袁家の者。かつては強大な力を持っていたその存在を、落としてみせたり怒ってみせたりと、普通では考えられないことをしてみせている。

「気分が良さそうですね」
「ええ、良いわね。だから、こんなことをするのは楽しませてもらった礼としてで十分。精々、部屋に閉じこもる我が儘娘に、本気で怒り、本気で心配してくれる存在の有り難さっていうのを教えてあげるわ」

 突き放すことも時には救いに繋がる。
 それを理解できる者は存外に少ない。
 袁家の者に一人でその答えに辿り着けというのは、いささかどころかまず無理がある。
 ならばどうするか? 教えてやればいい。
 部屋から引きずり出して、みっちりと教え込んで、“いつも通り”の表情で作業をする一刀を見せてやれば、一刀が彼女を怒ったことになんの憂いも感じていないということが解るだろう。
 それは、美羽に自分がやりすぎたのだということを教えることにも繋がる。

「問題は一刀ね。いつまで表情を保っていられるかしら」
「一刻も保たぬかと」
「……まあ、そうね。思春、秋蘭、二人とも一刀の作業を手伝ってきなさい。天の料理だと言っていたから、面白いことをしているかもしれないわ。変わった技術を行使しているのなら、あとで私に報告すること。いいわね?」
「はっ」
「御意」

 二人が一刀を追うのを見送ってから歩く。
 ……さて、今頃鍵でも閉めて布団にくるまっているであろう我が儘娘を、引きずり出しに行きましょうか。……あぁ、けど扉を開けるためには春蘭が必要ね。
 今回は目を瞑るから、扉を開けてもらわないと。

「ふぅ。お節介になったものね、曹孟徳。あなたは今の自分に満足が出来ている?」

 蒼の下を歩く中、その蒼こそを見上げながら言ってみた。
 その答えはきっと、この沸き上がる“楽しい”という気持ちだけで十分なのだろう。




-_-/一刀

 じゃじゃーーーん!

「はい、それでは美味しいアイスを作りましょう。まず用意するものの確認です。これが無ければ始まりません。用意するものは………………なんだっけ?」
「いや、私に訊かれても知らんぞ」

 のたのたと厨房に来る途中で出会った華雄を連れ、現在はアイスクリーム製作劇場。
 華雄には助手になってもらうようなかたちで、二人でエプロンをつけて構えていた。エプロンというか割烹着というか……エプロンだな、うん。
 思春と秋蘭はそんな俺達の様子を、椅子に座りながらどこか不安げに眺めていた。

「いやいや、ちょっと待った。え〜〜〜っと、確か携帯に保存しておいた画面メモが……あ、あったあった。えーと? 牛乳、生クリーム、砂糖に卵、バニラエッセンス……は酒で代用するとしてと。えーと、簡単に作るんだったらこんなもんか」

 よし、と材料を揃え、量を計って………………計って………………?

「───……大丈夫! キミなら出来る!」

 そんなに細かく計れるものがここにはなかった。
 でも大丈夫! そんなものがなくても朱里や雛里は美味しいお菓子を作っていた! 饅頭だってお手の物だったさ! だからこのままGO!

「よ、よーし、いつも通りいつも通り……! 空元気でも続けていれば元気になるってじいちゃんも言ってた! なんとかなる!」

 早速作業開始!
 まずはえーとなになに? 材料を全部ミキサーに放り込んで混ぜて冷やして完成? ちょっと待て! なんだこの簡単すぎるのにこの時代では出来ないレシピは! 保存するメモ間違えた! 詳しい作り方とか書いてないぞこれ! 材料にしか目が行ってなかった! うわぁどうしよう!

(拠点の守りを厚くせよ! 地の利無くして戦には勝てぬぞ!)
(も、孟徳さん!)

 拠点!? 守り!? 地の利!? え……なに!?
 いやいやようするに地盤無くして戦には勝てませんってことだな、うん!
 そうだよな、材料はあるんだから……よし、勘を頼りに美味しくなりますようにとやってみよう!

「まず卵を適当な器に割り入れて、思い切り掻き混ぜます」
「ふむ」

 カシャリコシャリと卵を割って、ホイッパー……は無いので、何本か連ねた箸でカシャカシャと掻き混ぜてゆく。その際、空気を巻き込むようにして混ぜるのがコツ……とか誰かが言ってた気がする。あれ? それってメレンゲの作り方だっけ? あ、あ〜〜……んん、ん……まあ……いいか? 白身と黄身に分けたりせず、全部入れちゃったし。
 ようは白身も黄身も部分的に残ったりしなければいいんだろうし。

「よく掻き混ぜながら、ここに砂糖と牛乳を混ぜていきます」
「砂糖か。入れるぞ?」
「ん、少しずつお願い」

 砂糖と牛乳を少しずつ混ぜ、攪拌。さらに攪拌。
 オォオオオ!と気合いと氣を込めながら混ぜ、卵がもったりとしたあたりで掻き混ぜを終える……ことにした。どこらへんがいいのかがいまいち解らない。
 さて、次は……生クリームと酒を混ぜましょう。
 ツンとしない、香りのいい酒を選んだほうが良さそうだよな。えーと……

「次に香り付けの酒と、生クリームを攪拌します。……これも思いっきりぼったりになるくらい混ぜたほうが、アイスとしては適当な気がするな。よしいこう」
「うむ」

 酒を少々加えた生クリームを混ぜまくる。
 ゴシャーーーアーーーッ!と全力を以って! 美味しくなりますようにと氣を込めて!
 やがて出来上がった、なんかもう泡自体が固体になってそうなソレと、先に混ぜたものを合わせ、今度は掻き混ぜるんじゃなく、溶け合わせるようにゆったりと混ぜる。
 そうして混ざったものを、さらに適当な器に流し込むと、今度は別の容器で実験開始。

「えーと、まずは水。それに硝石を砕いて入れて……」

 水を一気に冷やし、そこへさらに硝石を砕き入れることでさらに冷やし、そこにアイスの素を流し込んだ器を浮かべるように置く。もちろんバランスを崩して沈んでしまうと台無しなので、ミトン(のようなもの)で掴みながら、冷えた水の上でゆっくりと混ぜる。
 やがて水が凍る頃、氷に塩を散らすことで寒剤にして、一気にアイスを仕上げにかかる。
 もちろんアイスの中に含まれてる空気までもが潰れてしまわないように、出来るだけゆったりと空気を含ませるようにして混ぜながら。

「驚いたな……硝石で水が凍るのか」
「ああ。で、氷と塩を合わせるともっと冷たくなる。原理はどうなのかは知らないけどね」

 急激に冷やされ、しかしゆったりと混ぜられたアイスの素は、やがてそのもったり加減も固めていき、混ぜるのにも抵抗を感じるようになると……アイスとしての完成に至っていた。

「よしっ、完成っ!」

 出来たアイスは、ほのかに良い酒の香りを冷気に乗せて放つ、なんとも美味そうなものだった。……うん、見た目は美味そうだ。ほんとに美味いかは味見をしなければ解らないものの、うん、美味そうだ。

「さすがに味見もしないで華琳に出すのは危険だよな……華雄、ちょっと食べてみるか?」
「む? いいのか?」
「ああ、手伝ってくれたお礼。はいっと」
「ではいただこう」

 さくりとアイスを掬い、あーんと差し出してみる。
 華雄は特に恥ずかしがる様子もなくそれを口に含むと、もむもむと舌で転がすように味わい……目を輝かせた。

「───………………ほ…………ぉ、ぉおおお……!! 口の中で濃厚な甘みと酒の香りが溶けていく……! しかもこの冷たさときたら、なんとも心地が良い……!」
「ん、それがアイスってものなんだ。……けど……ど、どうだ? 美味しいか?」
「う、うむ。これはいいものだ。こんなものは食べたことがない」
「……〜〜〜おおぉおおっ! そっか! そっかそっか! そっかぁっ!」

 美味しいそうだ! よかった! 初めて普通以上の評価を───って、あれ? もしかしてこれも、ミルクや酒の質がよかったから……?
 うおお、余計なことを考えた所為で、せっかくの喜びが裸足で逃げていく……! しかも逃げると同時に緊張が解けたのか、後悔がずっしりと重く圧し掛かってきて……あぁああ気分が、せっかく高揚してた気分が沈んでいく……!

「い、い……いやっ……いやっ……! ここで落ち込んでいても仕方ないだろ……。しゅっ……しゅしゅ、秋蘭? 思春? 二人も味見してみない? 我ながら信じられないくらいに上手く出来たと思うんだ」

 さあ、と促してみると、二人は顔を見合わせたのちに味見に参加した。
 底の低いレンゲ(匙子(チーズ)っていったっけ? レンゲっていうよりスプーンだな)でひと掬い、口に含むと───二人して確かに目を輝かせた。
 ……何故かすぐにキリッとした顔に戻ったけど。
 素直に美味しいって笑顔で頷いてくれればいいのに。

「なるほど、これは美味いな」
「新しい味だな……悪くない」

 それでもやっぱり好印象。
 我ながら〜と言いながらも味見をしていない自分も、一口ぱくりと食べてみれば……なるほど、確かにこれは濃厚で甘く、酒の香りがすぅっと抜けていくような感覚。
 口に広がる冷たさも、甘さも、なにもかもが心地良い。
 ……ちょっと口の中に甘さが残るが、そこまで気になるほどのものじゃない。
 でも……まあその。

「ん、かなり上手く仕上がってる。でも……」
「うん? なにか不都合があるのか?」

 味の余韻に浸っているらしい秋蘭が、少しばかりきょとんとした顔で訊ねてくるのに対し、こくりと頷く。
 問題点があるのだ。どうしようもない、問題点が。

「えっとな、美味しいし濃厚で冷たくてまったりできるけど、食べ過ぎると太る」
『───《ぴしり》』

 たった一言放った“太る”の意味が伝わるや、三人がぴしりと固まった。
 その目が語る。“こんなにも少量なのにか”と。

「太る要因を詰め込んだような食べ物だからなぁ……脂肪、砂糖、高カロリー飲料に、卵も……。あ、もちろん少量食べるくらいならなんの問題もないぞ? むしろこの量だ、みんなで一口ずつ分けるくらいなら、どうってことないよ」

 それにこの世界の女性陣は一日の消費カロリーが高そうだものなぁ。
 そんなに心配しなくても、武官の連中は一日普通に過ごすだけでも簡単に消費出来そうな気がするよ。

「さてと。それじゃあ華琳を呼びに行こうか。秋蘭、華琳は中庭で待ってるって?」
「いや。そろそろ来る頃だとは思うが」
「? あ、ここに来るのか。じゃあ片付けておかないとな」

 でも……うーん、アイスかぁ……。
 これで袁術の機嫌も直ったりは…………いや、モノで釣るのは誠意が足りないか?
 持て成しの心があればそれもまた変わってくるんだろうが、傷つけた時だけ都合よくモノを贈るなんて、それこそ誠意に欠ける。
 華琳も手を差し伸べなかったのが良かったって言ってたんだし、まずは様子を見ることにしよう。ダメだった時は…………どうしようかなぁ、本当に。

(手に手を取って、国に返していこうって決めたのに……繋ぐべきこの手がよりにもよって人を殴る……かぁ……)

 いつか、親父たちを殴った日のことを思い出す。
 あの時の痛みや涙は笑顔に変わってくれた。
 けど今回は………………ぁあ……あぁああ……あぁああ〜〜〜……!!

「む……? 壁にへばりついて、ずるずると崩れ落ちていったが。あれは……なんだ、あの男の趣味かなにかなのか」
「なに。少々事情があってな」
「……どの国でも面倒な男だ」
「ふふっ、違いない。が、ほうっておく気にもなれんから扱いに困る」

 言われ放題な自分が滑稽になるが、それでも自棄にはならない強さを胸に。
 自棄になると後が怖い。だから落ち着こう。
 落ち着いて、華琳が来るのを待つんだ……。



-_-/華琳

 ズドドドドドドド───どっがぁーーーんっ!!!
 ルオッ───どごしゃっ! がごっ! ごしゃーーーん!!

「………」
「華琳さまっ! ご命令通り、北郷の部屋の扉を蹴破りましたっ!」

 …………開けて頂戴と頼んだだけ……なのだけれどね。
 なにも助走までつけて蹴破らなくても。
 閉め切られ、淀んでいた空気を裂いて吹き飛んだ扉が、窓枠の傍で砕けているのを見ると、さすがに思慮が欠けていたと反省した。
 もっと細かに命を下すべきだったわね。

「ええ、ご苦労さま春蘭。ここで頼むことはもうないわ。先に厨房に行って待っていなさい、私もすぐに向かうから」
「はいっ」

 元気よく返事をし、助走の時と同様にずどどどどと走ってゆく。
 数秒もしない内に視界から消えてしまったその速さにいっそ感心する。
 と……今はそれはどうでもいいことね。寝台の上で震えているこのお子様をどうしてくれようかしら。

「美羽、さっさと出てきなさい。我が儘を通していられる時間を終わらせに来てあげたわよ」

 寝台に近づき、びくりと震える布団をひっぺがす。
 軽い抵抗もむなしく、あっさりと剥がされたその下には、離れゆく掛け布団を追って伸ばされる手と、泣き顔の小娘。
 袁家の娘の泣き顔なんて、随分と貴重なものを見たものだ。
 普段から見せていた、踏ん反り返った表情やにやにやとした表情から比べれば随分と可愛く見える。
 ……少しだけ自分と重ねて見てしまったのは、恐らく誰もが知ることはないだろう。

「情けないわね、袁公路。自分を殴るものなど要らぬと言ったと聞いたのだけれど? だというのに殴り、怒った相手の寝台に潜り込むなんて……いったいどんな神経をしているのかしら」
「ひぐっ……うぅ……」

 唇を噛むようにして縮こまり、悔しそうに私を睨むがまるで覇気がない。
 一刀に怒られたのが、殴られたのがそんなに辛かった? ……はぁ。まあ、不覚にも泣いたわたしがどうこう言えることではないとは思うけど、“だからこそ”見ていて腹が立つ。

「あら。何も言い返さないのね。麗羽あたりなら、まだ虚勢だろうとも返してくるわよ」
「〜〜〜っ……どこでっ……ひぐっ……どこで泣こうと妾の勝手であろ! お主なぞに妾の何が解るというのじゃ! 目をかけていた者に裏切られ、辛いのに七乃もおらぬ! どうせお主がそうするように仕組んだのであろ! 笑うがよいのじゃ!」

 まるで癇癪を起こした子供だ。
 なるほど、一刀の前で私はこんな無様を見せたのか。
 あまつさえ一方的に自分の願いばかりを叫び、押し付けたわね。
 だというのにあの男ときたら、結局最後は笑顔で受け容れるのだ。
 怒れと言っても聞きやしない。

「まず一つ。自分から自らの何一つも語ろうとしない輩が、軽々しく“何が解る”とほざくな。二つ。私は一刀に、あなたに目をかけられる行動をしろと命じた覚えも、その信頼を裏切れと命じた覚えもないわ。そして三つ。全て勘違いだというのにいつまでも引きこもっている相手を笑う? 残念ね、笑い話にもならないわよ。私を笑わせたいのなら、もっと私の予想を裏切る事柄を用意しなさい」

 私を見る目をまっすぐに見つめ返し、きっぱりと言ってやる。
 途端に目に溜まる涙の量は増し、それは美羽の目からぽろぽろとこぼれた。

「どうしたの? 言い返す言葉もない? ……なら、このまま続けさせてもらうわね」

 何かを言おうとしているのは解った。が、嗚咽が邪魔をして喋れないでいるようだ。
 ならばと伝えることはさっさと伝えてしまおう。
 いつまでも自らのみが名乗った皇帝気分で居られるのも困るし、そんな者をずっと養う気もさらさら無い。

「美羽。しばらくは待ってあげたけれど、何もしようとしないあなたに言わなければならないことがあるのよ。間違いではあったけれど、言われた時点で仕事を探した一刀とは違う。自ら動こうともしないで、自分が傷つけられれば文句ばかりを口にするあなたにね」
「〜〜〜っ……」

 私を睨む目に、怯えがさらにさらにと含まれてゆく。
 けれど構わず続ける。
 どう動くかは制限しないのだから、精々考えなさいと態度で伝えるように。

「役立たずは必要ないわ。あなたは乱世の頃、誰の役に立ったわけでもなく、平和に至ってからも賊まがいのことをして皆に迷惑をかけた。なんの功績があるわけでもないのに、ここまでの期間を面倒見てやったのは、一刀が“役に立たないなら立つように教えればいい”と言ったからよ。少なくとも、魏で生きることを学ぶ時間は十分にあげた筈よね? あなたはその間、なにをしていた?」
「ひくっ……ふ、ぅう……っ……」
「口を開けば七乃七乃と喚くばかり。何を言っても袁家がどうのこうのと口にして、気まぐれに与えた仕事の一つも放り出し、やろうともしない。あまつさえなに? 甘えることしかしなかったくせに、心から心配したが故に怒った相手を突き放し、泣くだけしかしない? 呆れるわね、それでよく名門を謳えたものだわ」
「っ……、〜〜っ……」

 涙がこぼれる。
 けれど私を睨む目はさらに鋭くなる。

「あのね。解っていないようだから教えてあげるわ。あなたも七乃も華雄も、一刀のお陰で今ここで生きているの。あの時点で一刀が帰ってこなかったら、賊紛いのことで平和を掻き乱そうとした存在が簡単に許されたと本気で思っているの?」
「ひっ……」
「雪蓮の前に突き出された時点で首を刎ねられていた可能性だってある。この天下、今や私だけのものではないのだから、それを一時とはいえ掻き乱さんとした罪は、重いなんてものではないのよ。けれどそれを許されたからこそ美羽、あなたは今ここで我が儘を口に出来ている。その事実、その理由の重さを理解なさい」
「………」

 睨む目を睨み返してやると、その目は逸らされた。
 ……弱いわね。周りに何も居ないかつての名門とやらは、こうまで弱いのか。

「…………妾は……ぐしゅっ……わらわ、は……」
「……? なに? 言いたいことがあるのならはっきりと言いなさい」

 目は逸らしたまま。
 けれど涙を拭い、呼吸を整えてから、おそるおそる私の目を見た美羽が口を開く。

「妾は……一刀に救われていたのかや……? 一刀は、妾が心配だったから……あそこまで怒ったのかや……?」

 訊ねられたものは、一言で返すなら“そんなものは自分で考えなさい”で終わらせたいものだった。冷静でいられるのなら、誰でも解りそうなことでしょうに。

「ようやく手に入れた平和を笑顔で掻き乱す存在が、どうやって三国が集まる宴の中で無事でいられるのか。私のほうこそ教えてほしいくらいなのだけれど?」
「ひうっ……!?」

 だから溜め息混じりにそう返し、さらに睨んでやった。
 すると低い悲鳴を上げ、震え始める。
 ……そんな様子を見ていると、なんというかこう……いじめたく───……はぁ、少しは慎みなさい、私。

「それと、心配だからこそ拳骨が出るほど怒るなんてこと、まず一刀でなくてはしないわ。それも、我を忘れるほどに怒らないと無理ね。……理解しなさい、袁公路。あなたがどれだけ我が儘を尽くそうが、確かに一刀なら見捨てたりはしない。けれど同時に教えようともしていたはずよ。するべきことではないことはするべきではないと、こう動くべきはこう動くべきと。それを聞きもしないままに怒られた殴られたと泣き叫ぶのなら、あなたを許し続ける一刀こそが報われない」
「………」

 そうでなければあの日、桃香との舌戦で頭に血が上っていたとはいえ“私を叩く”なんてことを、あの一刀が出来るわけがなかったのだから。

「いい加減、成長しなさい。あなた、このままだと誰にも慕われずに路頭を彷徨い、血でも吐いて死ぬことになるわよ」
「………………それでも……」
「ええそうね。それでも、一刀だけはあなたを守ろうとするでしょうね。だから、もう一度だけ“成長する機会”を与えるわ。救われた命、大事にされているという自覚を持った上で、あなた自身が決めなさい。七乃に相談するのでもなく、己自身で。そして気づきなさい。あなた自身には、相談する相手すら七乃しか居なかったという事実に」
「───っ……」
「それを理解した上で、差し伸べられている手をどうするのかは、あなただけが決められることよ。どうするのも勝手だけれど、いくら一刀があなたを見捨てないとしても、私はあなたを見捨てられる。それで非道と謳われるようなら、それは仕方の無いことと受け取るわ」

 だから、精々考えなさいと……それだけを言い残し、一刀の部屋をあとにした。
 

───……。


 厨房に着く頃には、頭の中のもやもやも多少は晴れ、さらに言えば厨房から漂う甘い香りを嗅いだ途端にするりと簡単に、気分は晴れた。
 中からは歓喜の声と驚きの声。
 恐らくあいすは完成し、それの味見をしているところなのだろう。
 ……べつに、構わないわよ、味見くらい。どうしても一番に食べなければ気が済まないわけでもないし。

「あら、もう始めていたのね」

 だから、中に入った時点でそう口にする。
 厨房に居た一刀、春蘭、秋蘭、思春、華雄は揃って私へと向き直ると、どこか上気した顔で私を迎えた。

「華琳、結構時間かかったな。最初は春蘭を探してた〜って聞いたけど、それからなにかあったのか?」

 続けて「探されてたって教えてくれた春蘭自身が勢いよく駆け込んできたから、何事かと思ったけど」と口にする一刀に、「べつになんでもないわ」と返すと、その手に持つものを見やる。
 これが……あいす?

「ん? ああ、これか? どうせならって、残った牛乳で作ってみたんだ。天の食べ物でプリンっていってな、冷蔵庫がないから寒剤で冷やしたんだけど……」

 釜戸を見てみれば、大きな鍋と蒸篭。
 どうやら蒸して作るものらしい。

「へえ……かんざい、というのは?」
「ああ、あれのこと。硝石で凍らせた水に塩をかけると、もっと冷たくなるんだ。二種類以上の混合物のことで、氷としての意図よりも冷却材としての意図を差す……だったっけ? まあそれよりもさ、アイスも出来たし食べてみてくれないか? 我ながら上手く出来たと思うんだ」

 まるで子供のように燥ぐ、目の前の男。
 ただそれが空元気であることは、少なくとも私の目には明白だった。

「……この香りは、酒ね?」
「あ……やっぱり気づくか。バニラエッセンスが無いから代用で悪いんだけど、これも案外いい感じになってくれたぞ?」

 そう言って、笑顔のままに匙子であいすを掬い、差し出してくる。

「…………なに?」
「はい、あーん」
「なっ───!? じっ、自分で食べられるわよっ!」

 差し出されたものの意味を理解した途端に、顔が赤くなるのを感じた。
 当然私はそれを一刀の手からひったくると自分で口に含み───……新たな味に、軽く身を震わせた。

「…………」
「……《ごくり》」
「………」
「…………」
「…………」
「……? あ、あのー……華琳? 美味しく……なかったか?」
「!? あ、えと、そ、そうね……わわ、悪くない味だわ」

 少し、意識が別の方向へと飛んでいってしまっていた。
 これは……美味しい。
 甘い饅頭にも限定の菓子にも無い味だ。
 濃厚な味わいでありながら滑らかな舌触りと、口の中でほどけるように溶ける甘み、そして軽く鼻を通ってゆく酒の香り。そしてなにより、この心地の良い冷たさ。
 説教まがいのことを美羽にして、少し気分が尖っていたところにこれは反則だ。

「悪くない味か……まあボロクソ言われるよりは一歩前進ってことで、お次はこれを」

 当の一刀は褒められたとは思っていないようで、「さあさ」と次を用意。
 ぷりん、と言ったかしら。それを差し出してくる。

「………」
「………」
「……? 華琳?」
「…………手が塞がっているのが見て解らないの? 食べさせて頂戴」
「……ははっ、かしこまりました。では心を込めて、差し出させていただきます」
「良い心がけね」

 ほら見なさい、突然のこんな我が儘にも軽く乗ってくる男だ。
 どれだけ美羽が我が儘放題したところで、見捨てる筈が無い。
 だからあの子ももっと早くにそういったことに気づいていれば───《もくっ》

「───!」

 考え事をしている最中に、口の中につるりとした甘み。
 思わず目を見開いて、口の中に感じるつるつるとした食感に驚く。
 甘い。
 甘くて冷たくて、けれど今度は溶けない。
 そんな味を堪能したくて舌で触れてみれば、柔らかく砕けるソレ。
 しかし砕けてなお甘みは死なず、濃厚な味わいが口いっぱいに広がって……

「…………一刀」
「? なんだ? あれ? もしかして不味かったか?」
「結論を急がないの。それよりも……これ、気に入ったわ。作り方を教えなさい。もちろん“あいす”の作り方もよ」
「え……ってことはっ?」
「ええ、とても美味しいわ。綿菓子もよかったけれど、これらは特に。ただ少し味が残りすぎるわね。濃厚な味わいは新鮮味があるけれど……」
「あ、やっぱりそこはそう感じるか。後味までさらりと溶かすのは難しいんだよ、これ」

 なにせ材料が材料だからと言う一刀に、工夫次第でどうとでもなるでしょうと返す私。
 天というのは本当に不思議だ。
 こんな味の物をいくつも作り出しているというのだから。

「───」

 ……ふと感じる気配。
 決して大袈裟に振り向いたりはせず、ちらりと視線を向けてみれば、厨房の入り口の前で中を覗く存在。……どう見ても美羽だ。
 行動が遅いのか早いのか。

「えと……華琳、ちょっと」
「ほうっておきなさい。自分で動ききらない限り、それは動いたとは言えないわ」
「…………解った」

 きゅっと握った拳で自分の胸を叩いて、一刀は後ろを向いた。
 硝石で作った氷と、それに塩を合わせた寒剤を見せてくれるのだという。

(……こんなことくらいで辛そうな顔をしているんじゃないわよ、ばか)

 小さく溜め息を吐いて、寒剤とやらを見ることにする。
 言うべき事は言った。どう受け取り、どう動くかは自分次第。
 手伝う義理もなければ、言ってみればあんなことを言う義理だってなかった。
 なのにそうしたのは、言った通り楽しませてもらった礼でしかない。
 私は私で、今日というこの日を存分に楽しませてもらうだけだ。
 久しぶりに心が躍るような味に出会えたのだから、他のことをそう意識しては楽しさが半減するじゃない。

「おい北郷、このかんざいとやらは食えるのか?」
「食べちゃダメ! それは食べ物じゃないから!」
「しかしそれではふりかけた塩がもったいなかろう!」
「その気持ちは解るけど、寒剤ってのはそういうものなんだってば!」
「ええい何を訳の解らんことを!」
「訳が解らんのはお前だぁあっ! ああもうっ、解るように説明するから触っちゃダメだし食べちゃダメ!!」

 ふふっ……まあでも、春蘭が上手く引っ掻き回しているようだし、一刀も落ち込んだままでは居られないわね。
 これからどうするのか───あとは貴女次第。
 一歩を踏み出すも良し、踏み出せぬのなら……孤独な旅が待っているだけ。
 好きにすればいい。どうせ二択しかないのだから。
 “選べる”ということがまだ幸福であることを、じっくり感じなさい。
 この、それが許されるようになった蒼の下で。




ネタ曝しです。  *ワイは男やない……外道や……腐れ外道や……  すごいよマサルさんより、ワイは男やない……犬や、負け犬や……。  真茶彦、大好きでした。  おまけ:妖怪・腐れ外道。ではないものの、書いていて真っ先に頭に浮かびました。  サムライスピリッツシリーズに出没、人間が妖怪化したもの。EDは衝撃を受けました。  ちなみにこんな顔。舌がやたらとデカくて長い。  サムスピ零が外道先生が一番の記録を出した上でクリア出来た作品でした。  他のキャラではクリア出来ませんでしたが。  ナコルルを怒り爆発→頭突き一発で倒したのは良い思い出。  *いい加減、成長しなさい  女王の教室より、いい加減目覚めなさい。  そんなつもりは無かったんだけど、書いている時に思い出したので一応。  えー……はい、いつもよりお待たせしております、凍傷です。  暑さがどうとかではなく現実の世知辛さにより書く暇がありませんでした。  いやなことって重なるものですね、本当に。  軽く生きる気力を失いかけましたよ……自棄になりたくもなります。なりませんけど。  でもやらなきゃいけないこともようやく終わりました。  これでまた小説に集中出来る筈。  とかなんとかドタバタやってるうちにもうすぐ発売の萌将殿。  小説書き終えてからやるべきか、口調をもっと学ぶためにやってしまうべきか。  どちらにせよ楽しみですね! 楽しみですとも!  と、時間もないのでここらで。ではまた次回。 Next Top Back