100/なんでもない一日

 すぅうう……はぁああ……!

「はい、その調子です。身に宿る氣と木剣を繋げたまま放つのではなく、木剣自体に切り離した氣を篭らせる感覚です」

 とある日の中庭。
 その芝生の上に座り込み、凪と二人で氣の練習をする俺。
 今日もいい天気……と言いたいところだが、真上の空は綺麗な蒼ではあるものの、吹く風が微妙に水気を含んでいる。
 思春だったら間違い無く“雨が来るな”と言うような風だ。
 そんな日になんだってこんなことをしているのかといえば、凪が非番で俺が休憩中だからである。いや、それじゃあ理由になってないか。
 ドタバタが続いたから、少しゆっくりとしたおさらいをしておきたかったのだ。
 ここ最近の鍛錬といえば、ほぼが華雄との激突稽古。
 それ以外の時間は仕事に追われる日々が続く……そんな中で相も変わらず氣脈拡張鍛錬は続けているものの、やっぱりその“氣”自体を器用に扱うなら凪だろう。
 ……とまあ、そんな考えの下、休憩中に立ち寄った中庭で凪を発見。せっかくだからとご享受願った次第だ。

「なるほどなぁ……切り離した分を飛ばせば、そりゃあ根こそぎ無くなったりしないよな」
「得物に氣を宿らせる場合、気脈と繋げてしまった方が思い通りに動かせますから。けれどそのまま氣弾として放ってしまえば、気脈から直接流れることになってしまい、一気に氣を消耗してしまうんです」
「その典型が、俺のやり方だったわけか……」

 理解してみれば“そりゃあ当然だ”って思えることでも、気づくまでは難しいのが世の常。常って呼べるほど、そんなことがゴロゴロあるものかと否定したくもなるが、あるんだよなぁ案外……。
 
「ん……おっ、久しぶりに木刀が重い」
「切り離した氣の重みと、木剣に移ったために腕に氣が回りきっていないためです。木剣の氣と繋げないよう、氣を腕に運んでみてください」
「む、難しそうだな……っ」

 それでも言われた通りにやってみる。
 まず集中し、ゆっくりと氣を流し……うわっ、くっついたっ!

「うへぇ……難しそうじゃなくて、普通に難しいなこれっ」
「はい。ですが自分が思うように氣を操れるようになっているのであれば、後は楽だと思います。やはり隊長は筋が良かったんですよ」
「そ、そか。それなら今まで散々と鍛錬した甲斐もあるな」

 言いながら、もう一度さっきの工程で氣を操作する。
 幸いなのが別に失敗しても氣が霧散するわけじゃないこと。
 いつかの明命との氣の鍛錬のように、間違って散らしたりでもしない限りは平気そうだ。

(明命かぁ……呉のみんなは元気にしてるかな)

 猫を追いかける明命の姿が頭に浮かんで、小さく笑った。
 途端に集中が乱れて収束に失敗する。
 ……反省。

「……そういえば隊長は……模擬戦の際、相手に自分の氣をつけているようですが」
「うん? ああ、あれをすると相手の動きがなんとなく解るっていうか」
「はい。確かにそれをした途端に、驚くべき回避能力を発揮しているように見えますが」
「……いや、うん。言いたいことは解るぞ? 逆に攻撃が完全に疎かになってるっていうんだろ?」
「はい」

 きっぱりだった。
 そうなんだよな……うん。
 俺がやっているのは、華佗が言うところの攻撃と守りの氣の……攻撃の氣を相手に付着させて、守りの氣でその攻撃の……“昂ぶり”っていうのか? それを察知して避けているような感じだ。
 美羽の問題が片付く前のいつかの日、華琳と模擬稽古をした際に華琳に指摘されて、俺自身も初めて気づいたんだよな。相手につけていたのが攻撃の氣だ〜ってことに。
 華琳がそうであるって教えてくれたわけじゃなく、急に守りばかりになった俺に対して華琳がツッコんだのだ。で、そういえばそうかも……って考えながら自分の氣ってものと向き合ってたら……そんなことが解ってしまった。
 失敗だよな……俺、桃香に“相手に自分の氣を付着させたら〜”とか教えちゃったよ。
 華佗が言うには氣は一人につき一色……攻撃か守りしかないっていうんだから、もし桃香が氣を相手に付着させたとしても、まるで守りと守りの氣が磁石のように引かれ合って………………やめよう、考えるの。

「隊長は不思議な氣をお持ちですね」
「華佗にも言われたよ。攻撃方向の氣と守備方向の氣、その二つが混ざってるらしい」

 華佗だけじゃなく、貂蝉にも言われたんだけどね。
 俺自身の氣が攻撃で、天の御遣いとしての氣が守りだっけ。
 華琳は……俺に何を守ってもらいたかったんだろ。
 華琳が願ったからこそ存在する御遣いってものの氣が守り。
 守りたかったのは……誇り? 栄誉?
 そんなことを軽く考えてみて、ふと浮かんだのは秋蘭の顔と……魏の旗。

「…………」

 ん……そーだな。
 何を守るためとか何を得るためとか、そういうのじゃあきっとない。
 もっと簡単でもっと身近で……だけど、だからこそ普段からは口に出せないような“当然”を守るために、俺は華琳に……。

「……んー……ん、んっ」

 集中。
 荒ぶる攻撃の氣を守りの氣で包み、合わせることで、一色ずつしかない氣に三色目を発生させるように。

「………………えーと」

 合わせることで…………合わせる……。

「隊長?」
「凪、ちょっと手を伸ばしてくれ。あ、氣を込めて」
「? はあ……」

 言った通り、手を伸ばしてくれる。
 きちんと氣も込めてくれているようで、火と見紛う赤い氣が軽くちらつく。
 そんな手に、俺も手を伸ばして重ね……集中してみる。
 凪の氣は……攻撃側、だよな? じゃあこっちは守りの氣を重ねてみて……。

「………」
「……、……」
「………」
「〜〜〜……《かぁあ……》」

 あれ? 特になにも起こらないな……。
 強いて言うなら、凪が顔を俯かせながら、落ち着きなく視線をあちらこちらに動かしているくらいで……。

「なぁ凪? なにか変わった感覚とかあるか? 力が湧いてくる〜とか、心が熱くなる〜とか」
「へぁぇっ!? あっ……どっ、どきどきしています! 力が湧いて、心が熱いです!」
「え? そうなのか?」

 じゃあ一応、自分以外の誰かの氣を合わせても力になる……のか?
 難しいなぁ、氣って。
 そう思いながら手をするりと離し、今度は自分の手で氣を合わせてみる。
 左手に守りを、右手に攻撃を。
 その二つを胸の前でそっと合わせてみると、綺麗な黄金色の氣が完成する。
 あれ? 凪の氣と合わせてみても、なんの変化もなかったんだけど……ハテ? と、チラリと凪を見てみると、真っ赤な顔で俯きながら、さっきまで繋いでいた手を大事にそうに胸に抱いていた。
 …………いや、なんかごめん、いろいろ勘違いだったって解った。
 一度、氣のことを頭から払い、真っ赤な顔で俯く凪の頭を撫でた。

「なわっ!? たた、隊長!?」
「あっはっはっはっは、凪は可愛いなぁ」
「そんなっ、秋蘭さまが春蘭さまに言うような言い方で言われてもっ……! ってそうではなくてっ!」

 さっきよりもよっぽど赤い顔をして、しかし俺の手を払うことを良しとはしないのか、おろおろするだけの凪を思う存分に撫でる。
 そうやって、心に暖かなものをたっぷりと溜め込んでから、深呼吸をして再び氣の集中へ。

「あの……今の行為に、なんの意味が……」
「え? いや……」

 凪が可愛かったから、なんて言ったら絶対に“可愛いことなどありません”って反発するよな。多少は耐性が出来たとはいえ、まだそういうのには完全に慣れていないっぽいし。
 ……慣れてもらわないほうが、なんとなく初々しくていいんだけど。

「集中するための準備と思ってくれ」《どーーーん!》

 なので精一杯な真面目顔でそんなことを言ってみた。
 あながち嘘じゃないから、嘘でしょうとか言われても真顔で本当だと返せるとも!
 なんて構えていたのだが、凪は少しばかり停止。のちにハッと身震いさせると、

「じ、自分の頭を撫でる程度で隊長が集中出来るのならば、そのっ……いくらでも!」

 と、目をきゅっと閉じて頭を突き出してきた。
 …………真っ直ぐだなぁ、凪は。
 華琳から見る桂花ってこんな感じなのかな。いや待て、桂花は俺には刺々しいのに、凪は華琳の命にも絶対だぞ? ……あれ? なんだろうこの不公平気分。
 当然のことなのにちょっぴり悲しい。

「……よしっ、じゃあたっぷり準備しよう!」
「《がばしっ!》うひゃぁあああっ!? あ、なぁわっ!? 隊長!?」

 モヤリと浮かんだ思考に少し嫉妬した。不公平に嫉妬なんておかしなものだが。
 なので凪の頭を抱き締めると、その頭を撫でる! 愛でる! 慈しむ!
 しかし、そうしてしばらく抱き締めたまま撫でたりしていると、突然胸の中の凪がくたりと脱力する。
 ハテ?と覗いてみると…………目を回し、気絶した彼女がそこに居た。

「………」

 何事もほどほどだな……気をつけよう。
 せっかくの非番を気絶で潰してしまうのはさすがに気が引けるので、何度か呼びかけたり揺すったりを繰り返してみるも……凪はどこか満たされた表情のまま───えぇとそうだな。たとえば死地で、仲間を先に行かせたあとに力尽きてしまった人のような、いい顔だな。そんな顔のまま起きることはなく、駆け寄って抱き起こした人が思わず名を叫んびつつ天を仰いでしまいそうな状況がここにあった。
 ……べつに死んだわけじゃないからやらないけど。

「やらないのはいいけど…………」

 どうしよう。
 そろそろ休憩時間も終わる。
 凪をこのままにしておくのは危険だろう……危険じゃないかもしれないが、そこはそれだ。気を失った女の子を仕事だからと捨て置くヤツになんかなりたくないぞ。
 クビがかかっている瞬間だとどうだと訊かれると、流石に考えはするが……その時は、

「───再就職だな《ニコリ》」

 と、気絶している凪にも負けないくらいのいい顔をしていないでと。
 華琳が再就職を許すかどうかも問題だし、最悪隊の誰かに頼んで代わってもらえばいい。
 というかそもそも、凪を部屋まで運べばいいのではなかろうか。
 もしくはよく座る立ち木に寄りかからせるとか。東屋って手もあるし。

「……でもなぁ、自分が原因で気絶した子を置いていくのって抵抗あるよな」

 うん、やっぱり誰かに頼もう。
 そうと決まれば行動は迅速にだ。
 まずは気絶中の凪を抱きかかえてと……えぇっと。

「おおっ……まだまだ陽は高いというのに女の子をお持ち帰りですか。お兄さんもお盛んですねー」
「…………。いつから居たのかな、風」

 きょろきょろと辺りを見渡し、人を探す俺のすぐ後ろ。
 そこから聞こえる声に振り向かずに言葉を返すと、むっふっふと笑うことさえ楽しんでいるといった変わった笑い声が聞こえてくる。

「風はお兄さんが、凪ちゃんを抱き締めてめちゃくちゃにしているところからず〜〜っと後ろに居たわけですから、いつからと言われればそんなところからと正直に返せるのですよ」
「あの。風? その言い方だと誤解しか生産出来ないから、是非とも言い回しを考えような?」
「凪ちゃんがお兄さんには逆らえないことを知っておきながら、抱き締め、その真っ赤に染まる顔を気にも留めずに撫でさすり、胸に抱き、震える体をそれでも逃がさず───」
「言い方変えるにしても、悪化の一途しか辿らない言い回しはやめような!?」
「嘘は言ってませんよ?」
「そういうこと言ってると絶対に一方的に誤解する軍師さまが現れるんだから、やめよう」
「おおぅ……誰と言われずとも頭の中に浮かぶ方がいらっしゃいますねー。誰とは言いませんがー」
「なぁ。誰とは言わないけど」

 そこまで話してようやく振り向くと、眠たげな半眼でキャンディーを口に銜えた風が。

「や、風」
「おう兄ちゃん。最近真面目になったと思ったら、仕事サボって女といちゃいちゃたぁいい度胸じゃねぇかい」
「……宝ャも、元気そうでなによりだよ」
「お兄さんも動じなくなりましたねー」

 少し慌てた気分が、風の登場だけで随分と緩やかになった。
 ……当然、気分的なものであり、仕事をしなくてもよくなったわけじゃないのだが。

「風は今日、非番か?」
「いえいえー、風はこれから稟ちゃんと一緒に書物を求めて書店巡りですよー」
「……や、だから非番じゃないのか?」
「華琳さまのお達しですからね、ただ本を求めるのとは違うのです。なのでお兄さんにも品揃えのいい書店を紹介して貰えると、非常に助かるのですがー……これからお楽しみなら仕方無いですねー」
「だから違うよ!? 凪の部屋に行って、凪を寝かせてこようとしただけだから!」
「そしてあたかも袁術ちゃんを毎夜閨に招くように、お兄さんもその隣で」
「眠らないからね?」
「おおっ……先に言われてしまいましたねー……。お兄さんは風のことならなんでも知っているのですか?」
「日常が日常だから、何を言われるかくらい予想がつくって。……約一名、会う度に悪口の格が上がっていく誰かさんは例外だけど」
「……例外ですねー」
「例外だよなぁ……」

 あそこまで悪口にバリエーションが持てるってことは、それだけ彼女の頭もそういったものに穢されているんじゃないかと思うのですよ。穢れているというか毒されているというか。人の悪口をああまで元気に口にするヤツが、この大陸の何処をどれだけ探せば他に見つかるのか。
 …………ああ、麗羽あたりなら言いそうではあるか?

「まあ、そんなわけだからちょっと待っててくれな。凪を寝かせてきたら、案内するから」
「いえいえー、ごゆるりとどうぞ〜」
「ニヤニヤしながらそういうこと言わない」

 そんなわけで歩きだす。
 中庭から通路へ、通路から凪の部屋へと歩き、部屋に入って凪を寝かせると、その寝顔を覗きこんで……一度だけ撫でてから部屋をあとにした。
 さて。
 案内しながら氣の復習だ。
 雨が降るかもだけど、その前に案内し終えたほうがいいよな。

「……一応バッグを持っていくか」

 雨に降られてはせっかく書物を見つけても運びづらいだろうし、紙袋で守れる時間なんて僅かなものだろう。
 そんなわけで、少し回り道になるけど自室に戻ってバッグを持っていくことにする。
 で、自室というと……

「美羽のやつ、どうしてるかな」

 老人を客にした歌のことに関しては、イメージが纏まるまで待ってもらうつもりだが……まあ、今の美羽ならおかしなことはしてないだろう。多分、きっと。
 あんまり待たせるのもなんだし、少し速めに歩いて自室へ。
 つい最近直されたばかりの扉を開けて中に入ると、どうやら部屋の中を掃除していたらしい美羽がパッと振り向き、入ってきたのが俺だと知るや雑巾を床に置いたままぱたぱたと走り寄ってきて、抱き付いてきた。

「主様っ、お、お、おー……おつ、とめ? お勤め……じゃな、うむっ、お勤めご苦労さまなのじゃっ」

 そして、俺の腹部あたりの自分の鼻をごしごしとこすりつけるようにしたのちに、抱き付いたままに俺を見上げてにっこり。
 ていうか……掃除? あの美羽が?

「美羽……どうかしたのか? 掃除するなんて」
「うむ。ぶんじゃくのやつが、働きもしないならせめてこの部屋の掃除くらいしてみせよと言うのでの。なんでも他の者の部屋は侍女が掃除をするらしいのじゃが、なぜかこの部屋だけは掃除するなと言われておるらしくての」
「そうなの!? 初耳なんだけど!?」

 え……えぇええ……!? なんでそんな……!?
 あれ? でもその割には毎度毎度、いつのまにか綺麗だった気がするんだけど……?

「ならばと妾がこうして、真心込めて掃除しておるのじゃ。う、うー……その、主様は……喜んでくれるかの?」
「………」

 ふと思う。
 返事も大事だけど、一緒に居る中で解ったことがひとつあるのだ。
 それは、やっぱり言葉もだけれど、なにより美羽は俺の目を見る。
 だから見上げる視線に感謝の視線を向けて、笑みながら頭を撫でた。
 それだけで彼女は満面の笑顔になり、もう一度俺の腹部あたりに顔をこしこしと擦り付けてからパッと離れる。まるで動物に匂いでも付けられている気分だが、嫌な気は全然しない。
 離れた美羽はといえば、雑巾が落ちている場所へと戻って掃除を再開。
 ……夢でも見てるんだろうか。袁家の人が働いていらっしゃる。

(……じゃないか)

 何処がどうとかで見るのはやめよう、頑張っている美羽に失礼だ。
 今だってああしてせっせと床を拭いて、額に滲んだ汗を笑顔で拭っている。
 なんだろうな……すごくやさしい気持ちになれる。
 頭を撫でて、心からありがとうを届けたくなった。けれど邪魔をすることになりなかねないからそこは飲み込んで、自分の用事を済ませることにする。

「掃除してるところごめんな。ちょっとバッグを使うから中身を寝台の上に空けていくけど……そのままにしておいてくれればいいから」
「へわぅ? う、うむっ、わかったのじゃっ! 妾、この服にはなーんにもせんぞよ!」
「よしっ、じゃあちょっと出てくるから、また夜にな」
「うむっ! う、え、えと……」
「? ……ああ、ははっ。“いってらっしゃい”」
「おおっ、そうであったのっ! いってらっしゃいなのじゃ、主様っ」
「ああ。いってきます、美羽」

 美羽に見送られ、部屋の外へ。
 もう空気の湿っぽさも濃くなっており、いよいよ降りそうな予感。
 だからといって足を止めるわけにもいかず、城門前で待っていた稟と風とともに街へと向かった。一応、雨が降りそうだから急いで探そうと伝えつつ。


───……。


 ……さて。
 街へ降り、知る中でもここ一年の間に立てられたらしい大きな書店へ行き、華琳に頼まれたという書物を探す。
 断っておくが、四時食制でも韓非子の孤憤偏でもない。
 最近出たものらしく、あるのなら買ってきてほしいと頼まれたものだ。
 そんなわけで大きな書店……アウト。見事に売ってやしない。
 ならばと次の店を案内する。ここは敢えて穴場の書店へ。
 するとあっさりと本は見つかり───支払いを終えて店から出ると、濡れた地面の香りと雨の音。

「あっちゃぁあ……見事に降ってるなぁ……」

 生憎と傘なんてものはない。
 しかし本を守るバッグはある。
 ということでバッグに本をソッと入れて、あとは……

「稟、風、これ」

 バッグを稟に、上着を風に渡す。
 二人はきょとんとした顔で俺を見る……って、当然か。

「雨を防ぐものがないから、これでも使ってくれ。あ、バッグは丁寧に頼む。本もあるし」
「いえ、そうではなく……一刀殿、それでは貴殿が」
「んー……こういう時は、あれこれ詮索せずに受け取ってくれるとありがたいんだけど。あれだ、軍師さまに風邪を引かれても困るしってことで。出来るかどうか解らないけど、ちょっと試してみたいこともあるし」
「しかしそれは……」
「稟ちゃん稟ちゃん、ここは素直に受け取っておきましょう。見返りを求めない厚意にあれこれ言われては、言い出したお兄さんも困るというものです」
「…………やれやれ。解りました、風の言う通りにしましょう」

 そう言うと、差し出しっぱなしだったバッグと上着を受け取ってくれる。
 ……うん、この場面だけ見るとまるで、荷物を女に押し付ける面倒くさがりな男だよね。
 で、こういうときには大体あの軍師さまが偶然居合わせたりして───

「………」
「……? 一刀殿?」
「いや。過敏……っていうのかな、これも。少し勘繰りすぎてた」

 首を傾げる二人に「なんでもない」って笑って返して、先を促す。
 書店の軒下で空を眺めていた稟と風は、それぞれ頭の上にバッグと上着を翳してパタパタと走りだす。
 幸いにして雨はまだ降ったばかりなのか、地面はそこまでぬかるんではいない。
 走っていく二人を見送ってから、俺も……えぇと。

「んー……んっ」

 氣を体の表面に纏わせてみる。
 そんな状態でサッと軒下から手を伸ばすと、タタタタッと一気に濡れていく手。
 ……やっぱり氣を纏わせたからって弾けるわけじゃないらしい。
 じゃあもっと、手にだけ集中させてみて……! …………結果は変わらなかった。

「やあ、これはまいった」

 わざとらしく言ってみても状況は変わらない。
 まいったなぁ……全速力で走るか? でもこの雨だ、一気にとはいかないまでも、びしょ濡れは免れない。
 せっかく美羽が部屋を掃除してくれたのに、濡れた自分が戻るのもな。濡れた状態で帰って、水も滴るいい男とか冗談言ったら絶対に引かれるだろうし、そもそも言いたくない。
 ふぅうむどうしたものか───……などと、結構な時間を悩んでいると……この雨の中を堂々と、動じることもなく歩く誰かさんを発見。

「……華雄? 華雄〜? 華雄? 華雄ー!!」

 ザーーー……と降る雨の中、遮るものは己が服のみといった風情でずんずんと歩く。
 そんな彼女の名前を呼んでみると、これまた平然と「うん?」と振り向く華雄さん。
 しかも俺に気づくと「おお北郷」とか言ってのんびり歩いて寄ってきて……って、

「なんでそんなのんびりしてるの!? 風邪引くだろっ!」
「うむ。少々意地比べをしているのだ」
「いっ……へ? 意地っ……なに?」
「意地比べだ。霞がわたしと春蘭は似た者同士の馬鹿だというから、二人でどちらが馬鹿なのかを比べることにしたというわけだ」
「…………で、なんで雨の中を?」
「? お前の国では、馬鹿は風邪を引かぬものなのだろう?」
「今すぐやめなさいっ!!」
「む……? ま、まさか違うのかっ?」
「当たり前だあぁあっ! それは風邪を引かないんじゃなくて、風邪を引いたことにも気づかないから馬鹿だって話───だった気がするから、大きな間違いだっ!」

 言うが早し! 華雄の手を引っ掴んで走り出───冷たッ!?
 どれだけ雨の中を歩いてればここまで冷たくなるんだ!?
 昔じいちゃんは言いました! おなごが体を冷やすものではないと! いろいろ違う意味もあるだろうが、馬鹿比べで体を壊しちゃ笑えないだろ!
 ええいとにかく走る! 城に戻って風呂───って今日風呂の日じゃないぞ!? どうするんだよ! いや待て!? さっきの話が本当なら、春蘭もこの雨の中をゆったり気分で歩いて……!? あぁあああああもう!!

「華雄! ちょっとごめん!」
「《がばぁっ!》ふわぁっ!? お、おいっ!?」

 引っ張りながらあちこち回るんじゃあ、冷え切った体では躓く可能性だってある。
 ならばとお姫様抱っこをして、足に纏わせた氣を弾けさせて一気に走る走る!
 華雄だけでも先に城へ……とも思ったんだが、春蘭の性格や華雄の性格を考えればこれが正解の筈。
 どうせ“先に城に戻った時点で貴様の負けだ”とか言うに決まってるんだ。
 だから二人同時のほうが……───つーか何処!? 春蘭何処!?

「むしろ誰か止めようとは思わなかったのかよもぉおおお……!! 発端を考えれば霞あたりがさぁあああ!!」

 叫びながら走る。
 結構な勢いの雨に、通りを歩く人の数は少ない。
 皆、軒下に避難している。雨って“難”に入るのか? まあいいけど───そんなみんなの視線をたくさん集める、お姫様抱っこ中な俺と華雄。
 華雄がなにか話し掛けてくるけどそんなものは知りません、少しは懲りてくれ。
 そして、ちょっと考えてみたけど霞なら……煽りはするけど止めはしそうになかった。


───……。


 ……雨の中を走り、区画を二つほど飛ばした先の豪雨の中、震えている春蘭を発見した。
 雨もいよいよってくらい本格的なものになっている。
 ていうかこれもう台風に近いだろ。城壁とか壊れないだろうなぁ……壊れたら園丁†無双のみなさんに頑張ってもら───……無理だな、誤魔化ししか出来ないんだった、あの皆様は。

「春蘭っ」
「おっ……おおっ、北郷っ、きききっ、きききききっ……《ガタタタタタ……!!》」
「そんな震えるまでこの豪雨の中なにやってたの!? あー、あー! 解った! 奇遇だからさっさと城に戻るぞ!」
「それはならんっ! 私があの馬鹿よりも馬鹿でないことを馬鹿なりにばばばば……!!」
「もうわけが解らないからっ!」
「貴様ぁああ!! 誰が訳が解らないくらいに馬鹿で阿呆で間抜けで愚者だ!!」
「そこまで言ってないって!! しかもそもそも悪口自体言ってないっ!!」

 埒が空かないので春蘭の手を握───れないよ! お姫様抱っこ中だよ俺!

「…………ええい構うかっ!」

 華雄を下ろしてからその腰に肩を当てるようにして一気に担ぐ!
 春蘭も同様に担ぎ、何を言われても無視! 日頃鍛えた氣の力、見せてやる!

「うおぉおおおおおおっ!!!」

 足と腕に氣を充実させて、走る走る走る!
 もうびしょ濡れだからどうでもいいとかそんなことは無い! 冷えれば冷えるだけ抵抗力ってものが低下するって聞いたことがある! なんだったっけ? 体温が一度下がるごとに、免疫力やらウィルスに対する抵抗力やらが30%近く落ちるとかなんとか……うん、まずいだろそれは。
 ……でも城に戻ったからって、暖まる方法があるわけでもない。
 ああ、裸で抱き合───却下です。春蘭とはその、そういうことがなかったわけじゃないけど……いや違う暖まるだけだってなに考えてるんだこの非常時に!
 ともかくその場合は華雄がいろいろと危ないだろっ! だから却下!
 じゃあどうやって暖まるかが問題であって、あ〜……真桜に炉でも焚いてもらうか? 流琉に温かいものでも作ってもらって。
 生姜湯なんていいかも。玉子酒とかも……それは風邪引いたらだな。
 でも、一言言えることがあるとするなら結局はこれだな。
 “こんな雨の中、女性を担いで考えることじゃないよこれ”。


───……。


 城に戻ると、すっかり冷え切った二人を秋蘭と霞が出迎えてくれた。
 二人用にお湯が用意されていたらしく、つまりは風呂は用意できないが、これで体を拭けってことだろう。俺の手から離れ、なおも平気だと言う強情な二人は待っていた二人にこそ連れていかれ、多分……それぞれがそれぞれの手でしっかりと暖められたに違いない。

「で、俺の分のお湯は……?」

 誰も居ない城門の少し先で、少しだけ途方に暮れ───る前に、とことことのんびり歩いてくる足音を耳にする。
 ちらりと見てみれば、そこには桶に入ったお湯を持ち、ゆっくりと歩いてくる風が。

「ふ、風! それっ……!」
「生憎だが兄ちゃん、これは華琳の大将用のお湯だぜ。温かいのが欲しいなら自分で沸かすんだな」
「いやいやなんでこのタイミングで華琳がお湯を欲しがるんだ!? 冗談だろ!?」
「ええ〜、もちろんですよーお兄さん。これは稟ちゃんと風からの、ほんのお礼です。お陰で大して濡れることもなく済みましたからー」

 はいと差し出される桶と手ぬぐい。
 それをありがたく受け取り、一度シャツなどの水をぎうーと搾り、改めて熱いお湯に浸し、搾った手ぬぐいで体を拭く。

「うぃいい〜〜〜……! なんかこう、染みるなぁ……!」
「お兄さんは温かさで痛みを覚える人なのですか。これは大変なことを知って───」
「違うから! 風呂入った時も、熱さがじぃいんって染みるだろ!? それほど体が冷えてたんだって!」

 走ればすぐに暖まるなんて、暖かいところで育った人だけが言える言葉さきっと!
 ……俺も今日初めて、傘の存在の有り難さとか雨の怖さをたっぷりと知ったクチだけど。

「あれ……そういえば稟は?」
「稟ちゃんなら、華琳さまに本を渡しに行っているところですねー……風も一緒にと誘われたのですが、ここは稟ちゃんだけに手柄を譲ったほうが、いろいろと面白くなりそうなので」
「あ、なるほど」
「へっへっへ、今頃大将に誘われるがままに跪いて、あんなことやこんなこととか」
「宝ャ、キミちょっとオヤジくさい」
「散々と潰された恨みだそうですよ」
「一番最初に砕いたのは風だったよな」
「………」
「………」
「宝ャ? あなたが悪いです」
「へへっ……女の立場を守るのも男の務めってもんさ、気にすんなよ」
「無駄に格好いいなオイ」

 しかもそれって、俺が男の務めを放棄したように聞こえるんですが?
 ……そして何故にこちらをじーっと見上げてくるのですか、風さん。

「見上げてきても、事実は動かないぞ?」
「いえいえ〜、事実を知識で変えてしまうのも、軍師の能力の一つですから」
「事実を知識でか。能力なのか? それって」
「集団思考というものですねー。“事実”に必要な説得力以上の説得力を、捏造したものにくっつけるのですよ。すると真実よりも偽りが信じられるようになり、人を動かしやすくなるとー……まあそんなところですねー」
「なるほど。軍師らしい……って言っていいのかな」
「国のため王のために勝利するための知識を考えるのが軍師ですからね。もっとも、その勝利も国の流儀あってこそですがー……」
「下手な勝ち方なんてしたら、即刻首が飛ぶだろうなぁ……」
「そうですねー……」

 “あのような勝ち方、あのような戦をこの私が認めると思っているの!? 春蘭、この者の首を即刻刎ねなさい! はっ、華琳さまっ!”……この流れだけで終わりそうだ。
 魏の軍師っていうのもある意味命がけだ。

「ん、よしっと。ありがとな、風。お陰で暖まったよ」
「いえいえ礼には及びませんよー、風も稟ちゃんも、お兄さんのお陰でお兄さんの二の舞にならずに済んだのでー」
「……喜んでいいのか微妙な返事だな、それ。っと、そういえばフランチェスカの……ああえっと、貸した上着はどうした?」
「ぐー」
「寝るなっ!」
「おおっ? なにやら急に意識が遠退いて……」
「べつに持っててもなにがどうなるものでもないだろ……それに、あれは天の大事なものなんだからな? 大事なものでもあるし天との接点でもあるし、なにより……思い出が詰まってる」
「おお〜……それは、もし誰かが誤って破りでもしたら───」
「……ごめん、そんなことが起こったら、いくら俺でもどうなるか解らない」
「………」
「………」
「今すぐ返しましょう〜」
「ん、助かるよ」

 懐に仕舞われていたらしい制服を、どうぞ〜と渡してくれる。
 助かるの一言と一緒にそれを受け取ると、部屋へ向けて歩き出す。
 風も華琳のところへ行かなければいけないらしく、キャンディーを舐めつつ「ではー」と静かに去っていった。
 ……何気に歩くのが上手いよな。足音とか全然聞こえない。
 これで気配を消せたら第二の思春の誕生に……?

(……首に鈴音を構えられないだけマシすぎるよな)

 ん、そうだよな。精々で背後から急に寝息が〜とか───怖いよ!?
 いやいや、そんなこと言ってないで戻ろう。
 どちらにしろ着替えなきゃいけないし、どうせならって桶も手ぬぐいも借りてきたから、着替える前にもう一度温まろう。
 そんなわけで、出来るだけ水滴が落ちないようにと身振りしながら歩いて、ようやく部屋に辿り着いたわけだが…………部屋の前にバッグが置かれていた。少し濡れてるけど、間違いなく俺の。
 うん、お勤めご苦労さま。ちゃんと稟を守れたか? ……などと意味もなく思いつつ、バッグを拾って部屋の中へ。
 その先で───

「………」

 ───美羽が寝ていた。
 寝台の上で、とても気持ち良さそうに寝ている。
 外の雨なんて知らんのじゃーってくらいに幸せそうだ。
 で……問題なのは、どうして俺の着替えを抱くようにして寝ているのか、なんだが。

「……“なんにもせぬぞよー”はどうしたんだ〜、美羽〜」

 幸せそうにすいよすいよと寝ている美羽の頬を、つんつんとつついてみる。
 反応は……身動ぎするだけだった。
 いつかと同じだな。また袖を掴まれそうだ。

「うんうん」

 だが大丈夫だ、こちらも同じ轍は踏まないぞ。
 えぇっと、たしかアレももう十分に冷えている頃だよな───…………。

…………。

 と、いうわけで。

「こちらに出来ているものを用意してあります」

 厨房から自室に戻り、サッと持ち上げてみるのはよく冷えた蜂蜜。
 ……いや、どうせならさ、自分で用意した巣箱で採れた蜂蜜をあげたかったんだけどさ、これがまた中々溜まらないんだ。
 一応コロニーというか、ミツバチが巣を作ってくれはしたんだけど。
 蜂一匹が一日中花を巡って、ようやく集められる蜂蜜の量ってのがなぁ……なんでも小匙一杯分にも満たないらしい。
 ミツバチは確かに数が多いが、それでも花も蜂も気色悪いほどいっぱい居るわけじゃないのだ。巣の大きさに対して、存在出来る蜂の数は決まってるんだっけ? ともかく、美羽が蜂蜜を飲むために、ミツバチたちがどれだけ苦労していたのかを知る結果になったよ。いつもお疲れさまですミツバチさん。

「で……」

 蜂蜜水ってどうやって作るんだ?
 水、ってつくからには水で割ったりするんだろうか。
 いっつも蜂蜜〜とか蜂蜜水〜とか言うくらいだから、きっと美味い作り方があるのだ。
 好きな者にしか解らない黄金率! とかさ。
 ふむ……それはそれとして、今度蜂蜜カラメルプリンでも作ってみようか? や、でもな、せっかく単品でも甘いのに、砂糖とか混ぜるのもな。
 少し焦がしてみれば、これもカラメルみたいになったりするのか? いや待て、なんか熱するのがもったいないぞ、これ。

「…………まあ、とりあえずご開帳」

 “帳”じゃないけど気にしない。
 カコリと蓋を開けてみれば、冷やされてなお濃厚な香りが、ふわりと辺りに漂う。
 すると寝ている美羽の鼻がヒクヒクと小刻みに動き出す。……こう見ると犬みたいだな。

「美羽ー? 掃除してくれてありがとうなー? お礼に蜂蜜持ってきたぞー」
「《がばぁっ!》」
「ほぉうあっ!?」

 お、おお起きたっ!? 反動とか無しに無拍子で!?
 あ、でもなんか滅茶苦茶眠たげだ。
 産まれたばかりの子猫みたいに震えながら、閉じたままの目でふるふると辺りを探っている。……あのー、その調子で抱き締めてる服も解放してやってもらえないでしょうか。べつに“服質とは卑劣な!”とかは言わないから。

「美羽?」

 急に掴まれてこぼされても困るから、一応蓋をコパリと戻して蜂蜜を差し出してみる。
 反応は…………無い。

「行動の一つ一つが一種のクエストみたいだよな、もう……」

 着替え一つを得るために、どうしてこうも回り道を……。
 仕方ないので肩をゆすってみる。
 激しくではなくやさしく。反応が無いから蜂蜜を軽く掬って口に近づけてみると、ハモリと口にした。直後にとろけるような幸せ顔になったのは言うまでもなく、一応は……それで起きてくれた。

「……うみゅ……? 主様……? おお、帰っておったのじゃな、お帰りなのじゃ、主様」
「ただいま、美羽。よく眠れたか?」
「むー……少々眠り足りぬの……。それで、主様の仕事はもう終わったのかの?」
「いや、まだまだ終わらない。着替えたら傘……あー……この場合は(がい)か? うん、蓋を差して戻らなきゃいけないんだ」
「大変じゃの……」
「警邏ってそういうもんだよ」

 雨の中で親とはぐれた子供が居たら笑えない。
 あの春蘭でさえガタガタ震えるほどの寒さだ、雨に当たりっぱなしは非常にまずい。

「というわけで美羽、その着替えを離してくれるとありがたい」
「着替え? 着替え……お、おおっ? お、おかしいの……何故妾は主様の服を……?」
「いや、俺に訊かれても」
「ち、違うのじゃ主様っ、妾、掃除をしていたら疲れてしまっての? その、あの、の……、すこ〜しだけ休憩を取ろうと思った次第での……?」

 そんな、あからさまに視線を逸らされながら言われてもな。

「美〜羽? 人と話す時は?」
「……“相手の目を見て話す”じゃの」
「ん、よし。べつに怒ってないから大丈夫だって」

 はい、と手を差し出すと、そこに着替えをはいと渡してくれる。
 受け取ってからは美羽に後ろを向いていてもらい、パパッと着替えて準備完了。
 濡れた服は……窓際で搾って、室内に吊るしておこうか。
 仕事着扱いにしてたから、これ着ないとほとんど庶人なんだけどなぁ俺……。

「よし、と。じゃあ行ってくるな美羽。留守番よろしく」
「うむっ、妾にどーんと任せるがよいぞっ? うわーーははははーーっ!」

 手を上に突き上げ、「主様の期待には必ずや応えてみせるぞよ」と息巻く美羽。
 その頭をやさしく撫でてから出発した。一応、タオルを懐に仕舞った上で。


───……。


 ざああと水滴の群が地面を打つ。
 その数は尋常じゃなく、傘を支える手もしんどく感じるほど。
 風が無いのが救いではあるが、この量は珍しい。

「天の恵みではあるものの、大陸で洪水はシャレにならないんだぞー……」

 言ってみるも、空は雨以外はなにも返しちゃくれない。
 降ってるのがせめて、ここだけならいい……ってわけでもないか。止んでください。

「北郷隊長、この区画には人は居ないようです」
「そっか。他の区画担当とも連絡を取り合って、早く終わらせちゃおう」
「はっ」

 ぶつぶつとこぼしながらも、傘を構えて走り回る。
 俺も魏兵の鎧とか着てみようかな。あれなら雨合羽代わりに……ならないか?
 むしろ誰も俺だと気づかなそうだ。それはそれで楽しそうではあるけど。

「あーっ! 隊長ずるいのー!」
「うあ〜……女にそのまま働かせて自分は蓋持ってすたすたかいな……隊長、少しは空気読まんと嫌われんで……?」
「それ言う以前にその格好で雨の中はセルフ拷問もいいところだろ! 特に真桜!」
「え? なに?」
「なにじゃないって! いーからこれ着る! 兵たちにも目に毒だろ!」
「べつにスケたりせぇへんで?」
「そういう問題じゃないのっ!」

 着替えてきたのにいきなり上着を渡す俺……うん、いっそ笑ってくれ。
 けれどこれは危険だ、いろいろな意味で。
 大体にして、胸に対して服の幅が小さすぎるだろ。
 ほら、あっちに居る兵なんか、そわそわしてこっちも満足に向けない状態だし。

「真桜ちゃんばっかりずるーい! ねぇねぇ隊長、沙和は? 沙和にはー?」
「……この蓋あげるから、真桜と一緒に休んでなさい」
「ほえ? ええの?」
「雨の中、ご苦労さま。さすがにもう上がれなんて勝手なことは言えないけど、少し休んでていいよ。寒かったろ?」
「おー、もうめっちゃ寒かったわ……大地の上で溺れるか思うくらい降るんやもん……」

 その格好にも問題があると思うんだが……ともかく渡した蓋を差した沙和と、その下に潜り込んだ真桜をタオルでわっしゃわっしゃと拭いてやり、上着を着させる。
 タオルは……いいか。このまま沙和の頭の上にでも。

「……? たいちょー?」
「よく拭いておくこと。俺もちょっと兵たちと走ってくるから」
「隊長、胸は拭いてくれへんのー?」
「自分でやりなさいっ!!」

 にやにや笑いながらの言葉にそう返すと、地面を蹴って隊舎へ。
 流石に庶人服(上無し)のままじゃあ風邪を通り越して、最悪肺炎とかになりかねない。
 なので隊舎で、非番の誰かの鎧を借りてみようと思った次第だ。
 そうして鎧を纏い、区画ごとに人探しやら雨宿りをしている人を案内したりやら、いろいろしているうちに───

「おーい! 北郷隊長を見なかったかー!?」
「いやー! その代わり、やたらと脚が速いやつがあちらこちらで駆け回ってるぞー!」
「……ってあれ隊長だよ! 鎧なんか着てなにやってるんだあの人はー!」
「隊長!? 北郷隊長ー!? 示しが付きませんからいつもの天の服を着てください!」

 兵に捕まり、あっさりと鎧は返すはめになった。 
 しかもそれまでの経緯を話すや、「隊長こそ風邪を引いたらどうするつもりです」と注意されてしまう。まあ、そうなんだけどさ。

「北郷隊長が我々警備隊を大事にしてくれるのは嬉しいのですが、我々にとっても隊長はなくてはならない存在なのです。あまり無茶をされては困ります」
「うぐ……わ、悪い」

 まるで凪みたいなことを兵に言われ、口ごもるしかない俺がいた。
 その頃には激しかった雨も止み、ずぶぬれの俺達が残された。

「はぁあ……凄い雨だったなぁ」
「作物が喜ぶ前に地面が抉れそうなくらいの雨でしたよ」
「だなぁ」

 迷子も居なかったようでなによりだ。
 でもなぁ……あれだけの雨が降ったからには、絶対にどこかで不都合が起きている。
 その不都合を、華琳に報告される前に出来るだけ消化していかないとな。
 華琳の仕事を無駄に増やすわけにはいかない。

「よしみんな、一度着替えてからもうひと頑張りしよう! 頭もだけど、足もよく拭いておくように!」
「はっ!」

 動き回るのは、水びたしでふやけた足にはちょっと辛い。
 なので一度みんなには隊舎に戻ってもらい、その間の街の巡回などは俺が担当。
 どこか壊れたものはないか、倒れたものはないかを確認して、あればこなしてゆく。

(誰かに頼んでサボったりしなくてよかったよ、まったく)

 こんな日に誰かと交代したとあっては、さすがに気分が悪い。
 そんなことを考えてしまった分も含めて一層に張り切り、区画毎を走り回っては困りごとを処理。兵が戻ってくると交代で隊舎に戻って、自分も随分と濡れてしまった体を拭いた。
 そこまで長くは降らなかったものの、記録的な豪雨だろうなぁ。

「隊長、お疲れのところ、失礼します」
「っと、どうした?」

 足も拭き終えたところで、さてと立ち上がろうとしたところに兵の一人が。

「はっ、なんでも雨漏りがひどいと訴える者が幾人か居るとか」
「…………段々雑用係になりつつあるなぁ」

 民からの認識も、それでもやろうとする自分らから見ても。

「軽い処置なら出来るけど、そういうのは誰か工夫の人に頼んできちんとやってもらわないと、後が怖いって伝えておいて。下手なことして雨漏りが広がったら目も当てられない」
「はっ」

 笑顔のためにとどれだけ走ろうと、出来ないものは出来ないと言わなければ期待させ損だ。きちんと言うやさしさ……やさしさじゃないな、必要性か。そういうのもある。

「よしっ」

 じゃあ、残りの仕事もちゃっちゃと片付けようか。
 どうか風邪を引いたりしませんようにと願いつつ。




ネタ曝しです。  *再就職だな  信じられんほどのニヒルスマイルでどうぞ。  デスノートより、夜神総一郎さんの言葉。  家族のことも考えずに退職覚悟でって……とか言われそうだけど、個人的にはよくぞ言ったでしたね。  その歳で冒険心挑戦心を忘れず、かつまだまだ働く気があるだけで十分です。  ……仕事が決まるかは別問題ですが。世の中ってやさしくないもの。  はい、お疲れ様です凍傷です。  今回は普通の日常をテーマに、仕事側を。  外での作業がある日に限って大雨……いやになりますね。  2010年08月01日の現在、萌将伝プレイ中でございます。  やってると書きたくなりますね。予想通りに自分の中の設定とは違う部分がゴロゴロですが、さすがに仕方が無いです。  現在の感想は「普通に面白い」ですね。  祭りということもあり、長いものから細々としたものまでお話を楽しめる感じ。  感じたものがあるとすれば───えーと。  1:ネタ多し! いや、全然構わないんですが、ニコニコ動画等で見たことがあるネタがやたらと多いため、製品っていうよりはユーザーアペンドを音声つきでやっている感じ。もちろん楽しいですが、そのネタを一刀ではなく将や王がよく使うとなるとやっぱり……って感じです。でもよく考えたら今までのもそんな感じだった気が。  2:自分にも言えることですが、一刀くんの扱いが結構ひどい。エロ本と例の絡繰の時はいい加減になさいって思ったけど……うん。クロさんが言ってたことがもう一度ひしひしと染みてくるようです。死ぬかもしれないって思いをしても、特になにも返さないのは……。いえ、誤解無きように言いますが、凍傷は一刀くんが相当好きですよ? 主人公が嫌いなもののFFなんて書くもんですか。凍傷にとってのゲームは、ヒロインよりも主人公を気に入れたかどうかです。ヒロインがよくても主人公の性格が悪いと台無しじゃないですか。  3:氷の作り方とか、無い知恵搾って探したり調べたりしたのに、なんかフツーにカキ氷食べててショックだった。売ってるんかいっ! 普通に売ってるんかいっ!! しかも華琳が普通にプリン作ってらっしゃった。あ、やっぱりプリンは作れるんだと安心した瞬間です。もしこれで「プリンなんて作れないわよ」とか仰られたら、いろいろと台無しになるところでした。  4:昆布……ええ、なんとかして昆布……これは僕も探しました。でも無理だった。そもそも中国で昆布養殖が始まったのが、この時代のずっと後らしいので……。ちなみに鍋は鍋でも、どうしてかスッポン鍋のことを考えていた僕が居ました。  5:真桜の声……慣れました。逆に他のキャラの声に「あれ?」と感じることも。  6:美羽……ああ、やっぱりアイドル方向でいくのかぁって感じです。個人的にはもっとこう、一刀と……いや無理か、忙しいし。あ、美羽といえば……始まって少しして、物凄くあっさりと真名を許しててアレェエエ!?でした。あ、あの……僕、廃れても袁家の人だからって、そう簡単には許さないんだろうな〜といろいろ考えたんですが……?  総合:楽しんでます。いろいろな方向から。  FFを書いていると感じ方もいろいろと違うんでしょうか。これはこんな感じなのかぁと理解出来ることもたくさんあります。ニセモノのお偉いさんの話はどこ行ったのかで首を傾げているところですが、最後あたりにくるのかな?  今現在の進み具合を一言で唱えるなら……酢豚? はい、もっと時間が欲しいです。  ほんとはこの回も昨日の……7月中に上げたかったんですけどね……。  はい、ではこんなところで。続きをやってきますね。また次回で。 Next Top Back