104/三国連合へ向けて

 …………かしゃん。

「だはぁっ……終わったぁああ……!」

 墨が乾いた竹簡を積み、腹の奥から体に溜まった“仕事用の空気”を吐き出すつもりで息を吐く。あとはこれを隊舎に届けて、それからえーと……ああ、そういえば張三姉妹に呼ばれてたっけ。
 じゃあ竹簡届けたら事務所に行くとして……うーん、いかんな。非番に仕事を持ちこんでしまうようじゃ、華琳が認めてくれるかどうか。昨日の夜のうちに終わらせるつもりだったのに。

「まあいいや。まずはこれを届けるか」

 竹簡を抱えてそのまま立ち上がる……前に、扉を開けてから机までを戻り、改めて竹簡を抱える。
 さて、今日も一日が始まる。
 寝不足ではございますが張り切ってまいりましょう。


───……。

 …………ごめん、張り切れない。

「くぁ……あ……ふぁああ〜〜〜ひゅひゅひゅ……」
「北郷隊長……随分と眠たそうですね」

 隊舎まで来て竹簡を届けたのはいいんだけど、部下の目の前で盛大に欠伸をしてしまった。それ自体には兵も「普段から張り切りすぎなんですよ」と言って、呆れるどころか逆に心配してはくれたんだが……うう、やっぱり無茶してるのかなぁ俺。自分では上手くやれてるつもりだったんだけどな。

「楽進さまが心配なされてましたよ。最近の隊長は無理が過ぎると」
「え゙っ……む、無理してるように……見えるか?」
「隊長はあまり体裁を気にせず我々と接してくれますし、欠伸を見るのも初めてではありませんが……その顔とその欠伸を見れば、なるほどと頷けます」
「うう……すまん」

 表に出しているつもりはなかったとしても、必ずしもそれが成功しているとは限らない。特に俺の場合、キリッとしているつもりでも全然そうではなかったことが、美羽ゲンコツ事件の時に明らかにされたし。
 キリッとしているつもりだったのに泣きそうな顔だったって、どれほど理想から懸け離れてたんだよ、俺の顔。

「休める時間があったら素直に休むことにするよ。じゃあ、竹簡のほうよろしくな」
「はっ」

 軽く手を振って、いざ張三姉妹が待つであろう事務所へ。
 その過程で、会う人会う人ほぼ全員に心配された。いったい自分はどんな顔をしてるんだかとも思ったが、確認すると一気にこう……ね? キそうな気がしたから、確認するのはやめておいた。
 手元に鏡があるわけでもないし、うん大丈夫、なんとかなる。
 
───……。

 そして訪れた事務所にて。

「…………誰も居ない」

 そこに誰も居ないことと、そういえば朝餉を食べていないことに気づいた。
 施錠もなく、あっさりと中には入れたんだが……大丈夫かこれ。無用心だな。……とは思うものの、軽い用事ですぐ戻ってくるのかもしれないからこその無用心か? その場合は無用心って言えるんだろうか。あ、だめだ、頭が上手く働かない。

「あ、いや…………そういえば昼からって約束だったような……? うう……」

 いろいろとこんがらがってきている。
 これはまいった、自分が思っているよりもずぅっと体が疲れているらしい。
 今も上手く考えが纏まらず、何かを思いだそうとするんだけど、何を思い出そうとしたのかさえ忘れる。
 そんなことを少しだったのか長くだったのか続けたとある瞬間、ふと体が床に引き込まれるような錯覚を覚える。

(え……う、あ……!? たち、くらみ……?)

 これはまずいと、倒れてしまう前になんとか机に手を着いて体を支える。
 しかしいくら手で支えても、足が支えるための力を無くしたかのように崩れてしまっては支えきれるわけもなく。俺の体は、まるで耳元でさざ波を聞いているような血の気が引く音を聞きながら、床へと崩れ落ち───がしぃっ!

「〜〜〜っ……ふっ……くっ……!」

 倒れるより早く、根性で再び机を掴む。
 ここで倒れたら無駄な心配をさせることになる……! いや、無駄な心配とか本人たちの前でいったら本気で怒られそうだけどさ……!
 せめて、せめて机で寝てたってくらいの認識で済ませたいから……。

「……、……《どすっ》……あ、……」

 なんとか適当な椅子に座ると、一気に力が抜ける。
 抗うことも出来ないままに机に突っ伏し、俺の意識はバツリと音さえ出して途切れた。


───……。


 ……つんつん、つん……。

「…………」

 つん……つんつん。

「……ん、あ……?」

 何かにつつかれる感触を、頬に感じる。
 あれ? 俺どうしたんだっけ。頭がハッキリしない。まるで頭の中が泥に沈んだみたいに何もかもが鈍くて……えと……ああ、そうだ、たしか事務所にいって、それで……。
 じゃあこの頬をつついてる何かは……天和か地和かな……? 人和はなんとなく、そういうことしそうにないし……。

「ん……」

 目を開ける。
 どれほど疲れていて、どれほど熟睡だったのか、目を開けたにも関わらず視界は定まらず、数回瞬きをしてからようやく多少の景色が見えるようになり───

「あらぁん? ご主人様ったぁ〜らぁん、ようやくお目覚めぇん?」
「わ゙ーーーーーーーーお゙!!?」

 ───開けた視界の先に、褐色の肉ダルマが居た。
 思わず絶叫して、机に突っ伏していた体を起き上らせると───……らせると……?

「はっ……は……あ、あれ?」

 肉ダルマが居る……などということはなく、どうやら夢を見ていたらしい。
 これは、明らかに無理をしすぎですよとの天からの罰ですか? よし、睡眠大事。疲労回復大事。無理厳禁。

「は……はぁあ……夢かぁあ……!」

 そう、とりあえずゴリモリマッチョのモミアゲのみヘアーな誰かさんは居なかった。
 代わりにと比較するのも失礼な話かもだが、急に起きた俺を見て固まっている人が一人だけ。
 えぇっと、とりあえず───

「おはよう」
「……お、おはよ……う?」

 よっぽど驚いたのか、硬直しながらもそれだけを返したのは……地和だった。
 いやまあ、直後に「急に叫んだり起きたりしないでよ!」といった感じに怒られたんだが。

「で、なに? 夢の中で筋肉ダルマに起こされて、それで起きた? ちぃとそんなバケモノを間違えるなんて、失礼にもほどがあるわよっ」
「……地和。お前はな、アレに抱き締められたことがないからそんなこと言えるんだよ」

 簡単な説明をされて呆れたままに言葉を返す地和だが、対する俺はあの凄まじき肉の感触を生々しく思い出しつつ、体を庇うように抱きながら目を逸らして呟いた。
 バケモノは言いすぎかもしれないが、あれを間近で見るとさすがになぁ……。
 だって、フランチェスカを背景にビキニパンツ一丁で女口調なゴリモリマッスルだぞ? 景色と格好が合ってないにもほどがあるだろう。
 そんな変人が漢女口調でクネクネしながら近付いてきて人のことをご主人様って言いながら頬を染めて風が巻き起こるほどのウィンクまでして俺をきつくきつくぎゅってぎゅってギャアアアアアアアア!!!!

「一刀っ! ちょっと一刀どうしたのよっ!」
「はうあっ!?」

 思考が暴走しかけたところで地和に肩を掴まれ揺すられる。お陰でなんとか戻ってこれた俺は、嫌な汗をかきつつ地和に感謝した。
 お、落ち着こう、落ち着こうな、俺。よーし大丈夫だ、ここは現実で、夢じゃない。

「はぁあ……よし、落ち着いた。ご、ごめんなー地和。急に来て勝手に寝てて、起きた途端に騒いだりして」
「……今だけでそこまで謝る要素がある人っていうのも珍しい気がする」
「俺もそう思うよ……」

 お互いに『とほー……』と溜め息を吐いてから、改めておはようと挨拶。とはいうものの、とっくに朝であった時間などは過ぎているらしく……なるほど、道理で腰とか首が痛いわけだ。やっぱり寝るなら布団だよなぁ。

「それよりどうしたの? 約束は昼だったはずだけど。あ、もしかしてちぃに会いたくて我慢できなくなっちゃったとか?」
「え゙っ! い、いや、それはそのー……」
「?」

 約束があったのに徹夜で仕事してました。いや、むしろ約束があったからこそ仕事を終わらせた? なのに辿り着いたここで寝てました。うわあい、逃げ道がない。
 視線と手を忙しなく動かしてみるも、善となるであろう言い訳など思いつきもせぬわ。

「……───」

 明日は明日の、今日は今日の風が吹きます。
 ならば一刀よ、己が悔いを残さぬ返答を返してこそ男意気。
 ウソをついても格好つける男ではなく、馬鹿でも正直な漢であれ───!

「会いたかったのは確かだけど、早く来た理由は違うんだ。仕事が片付かなくて徹夜して、終わった竹簡を隊舎に届けたあとにここに来た。昼の約束だって思い出したのも、ここについてからでさ。寝不足の所為で立ちくらみがして、椅子に座ったらもう寝てたって、そんな情けない有様でございまして……」
「立ちくらみって、ちょっと一刀っ、大丈夫なのっ?」
「ん。寝たらもう全然平気みたいだ。やっぱりただの寝不足だったんだなぁ」
「そうなんだ。じゃあいいわ、約束の内容を忘れてたことは許したげる。ちぃに会いたかったことは事実なんだし、お陰で一刀の寝顔、独り占めできたし〜♪」
「うなっ!? 俺の寝顔なんか見たって楽しくないだろっ!」
「楽しいかどうかはちぃが決めることなんだから気にすることなんてないじゃない。姉さんや人和が戻ってくるまでもう少しあるし、久しぶりに一刀を独占できるなら……」

 座っている俺の太腿に手を着き、体重をかけて顔を寄せてくる。
 見上げるようにして近付いてくるその顔には、どこか挑発的な色さえ混ざっており───俺は、そんな視線に飲まれるように顔を……

「《きゅむっ》ふえっ?」

 ───抱き締めた。もちろん、地和の顔を。

「へっ? やっ、一刀っ? なにっ……!?」

 俺がこう来ることは予想外だったんだろう。地和は慌てた風情でいまいち言葉になりきっていない声を放ち、俺の腕の中で軽く暴れた。

「……ごめんな。三国の支柱になるまでは、そういうのは控えようって決めたんだ」
「えぇぇっ!? なにそれっ! 誰に断ってそんなこと決めてるのよー!」
「誰って……俺自身だけど」
「種馬がそういうことしなかったらいったいなんの役に立つっていうのよっ!」
「日々を忙しく過ごしております。役に立ってないなら別の仕事でも紹介してもらうけど」
「うう〜〜〜……じゃあ、ちぃたち限定の種馬の仕事を紹介してあげる」
「支柱の話が裸足で逃げていくのでやめてください」

 そりゃあ傍に居ればキスしたいって思うし、抱き締めて愛したい。
 けど、真剣だからこそしっかりとした意思を持って歩きたい。
 蜀でも思ったことだ。
 呉でも蜀でも女性に手を出さなくて、魏に帰ったら帰ったで、自分の欲望を発散させるために誰かを抱くのは違う。
 愛があればそれでいいなんて理屈はそもそも存在していなかったんだ。
 人と人との繋がりっていうものを各国で学んできた。
 過去に愛しきを知って、確かにみんなを愛した俺だけど……今はその時よりも、胸に込み上げる暖かさがある。
 抱くだけが全てじゃない。
 もっともっと大事にしたい。
 傍に居るだけで沸き出してくる“ありがとう”を、もっともっと伝えたい。

「前にさ、華雄に言われたんだ。“言葉だけで、一方に偏ったままの存在が支柱になれるのか”って。地和も聞いてたと思うけど」
「ああ、あの帰ってきたばっかりの時ね?」
「ん。その時からさ、少しずつ覚悟を決めていってた。もし本当に支柱を目指すなら、偏りがない自分で居なきゃいけない。それこそ、“国に生きて国に死ぬような自分じゃなくちゃ、本当の意味での支柱になんかなれやしないんだから”って」

 だからこそ様々を耐えた。
 前に華琳が俺の膝の上で寝た時なんて、どれほど抱き締めたかったか。自分への褒美として襲ってしまおうかなんてことを、“僅かとはいえ思ってしまった”くらいだったのだ。
 支柱になりたいって思い、国に生き国に死ぬことへと頷いた。つまりこれは自分への戒めであり、ひとつの覚悟だ。ならばこそ“決めた覚悟”は貫き通す。

「じゃあ接吻……キスだっけ? それは?」
「いやその、大変情けない話ではあるんだが、そろそろ危険だから勘弁してくれるとありがたい」
「危険? 危険ってなにがよ」
「い、いやっ……それはそのっ……」

 ……天で我慢して、この世界に降りてからも我慢して、はやどれほどでしょう。
 欲望に任せて抱く気はないとはいえ、我慢した年月が長すぎた。
 ようやく会えたみんなとだって、俺の勝手な事情もあってなにもしていない。自分で処理するにしたってほら……美羽が居るのにそんなこと出来るもんか。
 つまり、ようするに、あ、あー……そのー……いい加減、多少の刺激でも辛いのだ。
 などということを馬鹿正直に地和に話してみればニヤリと笑み、いいことを聞いたとばかりに行動を起こし───!
 コマンドどうする!?

1:熱き抱擁(さらに抱き締める)

2:竜禅寺流(?)一本背負い(そもそも習っちゃいないんだが)

3:早坂流妹ナックル(待て、俺は妹じゃない)

4:及川撃退用アッパーカット&ストンピング(及川以外には危険なので却下)

5:全てを興ずるが覇王ならば、全てを愛する者こそ種馬ぞ(はい却下)

 結論:……1しかないだろこれ。どうしてこう攻撃的なんだよ……及川はいいとして。

 よし、そんなわけで、熱き抱擁!

「《ぎゅむっ!》わぷぅっ!?」

 腕を振りほどき、無理矢理行動に出ようとした地和の動きを抱き締めることで封じる!
 それでもパタパタと暴れてくるが、もういっそ地和を軽く持ち上げるようにして、向きを変えてから抱き締めることで落ち着かせる。

「ちっ……地和〜? 今日はそういう用事じゃなくて、美羽のことを話し合う約束だったろ〜……?」
「うぐぅう……」

 ようするに向きを同じに、膝の上に乗せて胴を抱くような感じ。
 美羽がよく膝に乗ってくるようになってから、こうすると落ち着いたのでやってみたのだが……おお、意外に効果があった。
 しかしこうなると地和の感触がその、足に伝わってきて……一番最初に、意識をそっち側に持っていかれたのは辛い。主張こそはしないものの、むずむずする感触が走っている。
 それをなんとか落ち着けるべくうろ覚えのお経なんかを唱えたりして、煩悩を殺していった。このまま突入してしまえとか我慢する必要がどこにあるとか、同意のもとなんだからいいじゃないかとか、ありとあらゆる理屈をこねる自分の思考と欲望に打ち勝つために……!

「一刀……ちぃとしたくないの?」
「したいです」《どーーーん!》
「───……え?」

 ……ハッ!?

「あ、い、いやっ、今のは間違いっ……じゃないけどっ! ととととにかくこっちにもいろいろ事情があってな!? だから、えっと……! あ、あ〜〜……!」

 自分の本音に心底呆れ、いっそ泣きたくなるくらいに困った状況に陥る。ほんと、だったらなにも気にせず愛し合えばいいって話なんだが……。

「俺に節操を持つなんてこと、無理なのかなぁ……」

 地和を抱き締めながら天井を仰ぐ。
 地和も雰囲気を察してか、俺の胸に頭を預けるようにして天井を仰いだ。

「ちぃたちのこと、嫌いになったとかじゃないわよね?」
「当たり前。好きで大事じゃなきゃ、こんなに悩んだりしないよ」

 抱き締める腕に力がこもる。
 地和も笑いながら遠慮なし体を預けてきて、心地良い重さが胸にかかる。

「でもそれってさ、支柱になった途端に誰も彼もに手をだすってこと?」
「いやいやいやいやっ、さすがにそれはないっ! あくまで自然の流れでそういうことになったらであって、そんな立場を利用してとかはっ!」
「ふーん? じゃあ一刀が支柱になったら、真っ先にちぃが自然の流れで愛してあげる」
「………お……おー……」

 あまりに急に、楽しげに言うもんだから少しだけ面をくらった。
 なのに頭に浮かんだのは、“戻ってきてからの初めては華琳がいいな……”なんていう、思い返すのも恥ずかしい乙女チックなものでぐああああああ消えろ消えろ今の無し!!

「この地和ちゃんに我慢させるっていうんだから、その時まで拒んだりしたらただじゃおかないからね?」

 すぐ後ろで悶える俺に、自分の肩越しに微笑み、軽くウィンクをして見せる地和。
 俺は……そんな笑顔と、一方的な我が儘な覚悟を受け容れてもらえた喜びとを胸に抱き、さらなる急な抱擁に慌てふためく地和に散々とありがとうを送った。
 それと、ヘンなことを考えていたことを心の中で詫びた。わりと本気で。

「あ、でも……他の誰かに誘われて、あっさり抱いちゃったりしたら本気で怒るからね?」
「イ……イエッサ」

 そのありがとうが、引きつった声に変わるまで。

───……。

 さて。地和も落ち着いてくれたところで、まだ膝の上に居る彼女の頭を撫でながら話を進める。まだ天和と人和が居ないが、それはそれだ。二人でも進められる話をしてみる。

「袁術かぁ……うん、認めるのは悔しいけど歌は上手いわよ。ちぃたちには及ばないけど」
「そうなのか」
「うん、一度人気を横取りされそうになったくらいだからね。っていっても、老人に可愛い可愛い言われてただけみたいだけど」
「あ、やっぱり老人なのか」

 孫に居たら甘やかしたくなるタイプだもんな、うん。よく解───マテ、解っていいのか俺。え? 俺、老人脳?

「そ。で、ほら。そのおじいちゃんたちが、ちぃたちの歌を聞くくらいなら袁術の歌を聴きなさい〜とか言ったら……ね? 解るでしょ?」
「あー……なるほどなるほど」

 それは確かにありそうだ。
 我が家の祖父さまはそれをそうするぐらいなら〜とは言わなかったものの、悪か正義かで言えば悪といった不思議じーさんだったし。“正義を選ぶくらいなら悪がいいぞ!”とは言わないんだが、回りくどく正義ではなく悪を説いてくるから逆に……なぁ?

「じゃあ客がきちんと好みで選べるようにしたほうがいいか。さすがに好きなものを強制されちゃあ、お客さんも嫌だろうし」
「しかも親やおじいちゃんおばあちゃんが相手じゃね」

 というわけでとメモに今後の予定を大まかに書いてみる。
 頭を撫でることをやめた途端に膨れっ面が振り向いてきたが、書くことくらい許してほしい。

「便利よね、それ。なんていったっけ? しゃー……?」
「シャーペン。シャープペンシルの略語だったっけ? 英語でいうならメカニカルペンシル、発明国で言うならプロペリングペンシル───って、こういう無駄知識はいいか。まあ、便利だよ」

 地和がじーっと見つめる中で、机に広げたメモに文字を走らせる。
 本当に便利だ。なにせ墨が乾くまでを待つ必要が無い。
 ……鉛筆の芯の原料が黒鉛と粘土だっけ? 真桜と相談して、開発してみるのも面白いかもしれない。
 それがだめならやっぱりチョークか。

「へぇえ〜……一刀、それって一本しかないの?」
「ああ。このメモや制服、胴着と同じで大事な一品ものだ」
「ちょーだいって言ったら?」
「あげません《きっぱり》」
「……人の大事な一品ものは奪ったくせに」
「そういうこと言わないっ!!」

 ぺしゃりと額を叩いて、メモとシャーペンをポケットにしまう。
 そうしてから改めて抱き締め、頭を撫でると、地和は騒ぐこともせずにどっかりと俺の胸に体を預けてきた。
 まあ……実際、今日の約束をとりつけて以降はてんで会えなかったし、とりつける前もあまり会えなかった。時間がなかったわけじゃなく、ただ単に時間が合わなかっただけ。
 世話役をもう一度って話だったのに、随分とほったらかしにしてしまったことになる。
 はぁ、と出る溜め息とほぼ同時に外から物音。扉が開かれると、天和と人和が───

「ちーちゃーん、一刀、もう来て───あ」
「天和姉さん、そんなに急がなくても───あ」

 ───地和を膝に乗せ、お腹に手を回し、頭を撫でる俺を見て固まった。
 Q:……なぁ北郷一刀? 今さらだけど、こうして抱き締めて頭撫でるのって、キスするのとなにがどこまで違うんだ?
 A:うん僕知らない。

「ちーちゃんばっかりずるーい! お姉ちゃんもー!」
「だめよっ! まだやってもらったばっかりだもん!」
「ちぃ姉さん、その割には顔がとろけきってた」
「そっ、そんなことないわよっ!!」

 開け放たれた扉からそよぐ風が気持ち良かった。
 俺はそんな風に撫でられるままに天を仰ぎ、見えた天井に向けて心中で語った。

(今日の昼餉はなにがいいかなぁ)

 人はそれを現実逃避といいます。

───……。

 さて。しっかりと三人を膝の上に乗せて頭を撫でる(甘やかすで統一)ことを終え、すっかり上機嫌な三人を前に、椅子に座る俺。
 ご丁寧に四つ分ある椅子は、三姉妹とあと……俺の分、なのかなぁ。
 いまいち自信は持てないが、「一刀はこの椅子ね」と天和に座らされたのだから、思うくらいならタダだろう。

「というわけで、客の層を増やすのと美羽の仕事探しも兼ねて、歌を歌わせてみたいんだけど……って、この辺りは前に説明した通りなんだが」
「ええ、一方的に話されて、忙しいからまたなって走っていったわね」

 仕切り直しの言葉に、きっぱりとした事実を返すのは人和さん。
 
「う……ごめん。丁度、迷子探ししてたから……」

 そうじゃなかったら、多少の時間を割いてでも話をしたんだけど。
 なかなか思い通りにはいかないのが世の中の常ってやつのようで、そういう時に限って外せない用事があるものなのだ。
 子供と遊ぶ約束をしていたのに、急に仕事が入るパパさんの心境って、きっとこんな感じなんだろうな。

「いいわ。一刀さんのそういうところ、解ってるつもりだから」
「人和……《じぃいん……!》」

 解ってくれる人が居るっていいなぁ……。しみじみそう思いながら、コホンと咳払いをして話を戻し、これからのことを話していく。
 まずは美羽が人前で歌えるかどうかだが。

「歌ってたから老人層を美羽に取られたんだよな?」
「まあ、そうね」
「じゃあじゃあ、どんな歌を歌うかだよね。私たちの曲を歌わせるわけにもいかないし」
「そんなの、一刀の国の歌でも歌わせとけばいいんじゃない?」
「“でも”って、お前なぁ……」

 “みんなのうた”あたりから攻めてみるか?
 童謡とかにもいい歌はあるし、むしろ激しい曲なんて歌ったって老人はついてきてくれないだろう。なにより、その……美羽が歌いきれるかが問題になってくる。

「その前に一刀さん、音とかはどうする気なの? 楽隊に頼むにしたって、安くないわよ?」
「ぐっ……そ、それが問題なんだよな……」

 どうする? 誰か音を奏でることが出来る人を探す? ……誰?
 音……音ねぇ。音、音……音ぉおお……! 一瞬春蘭が浮かんだけど、奏でられるのは騒音だけだという答えが出た。そしてそんな答えに言い訳さえ出せない俺が居る。

「前に歌ってた時は、誰が楽器を……って、美羽の傍っていったら七乃しか居ないか」
「そうなのよっ! なんか腹立つけど上手いのよっ!」
「あー、解る解る。七乃って無駄になんでもソツなくこなすもんなぁ」

 今でこそ美羽とも離れて、蜀で頑張っているが……今頃どうしてるんだろうな。また妙に腹黒いこと、考えてないといいけど。




-_-/七乃

 むずっ……

「はぁっぷしゅうぅうっ!」
「わひゃあああっ!? ……び、びびびっくりしたぁ〜…………七乃ちゃん、風邪?」
「ああ、いえいえー、ただちょこっとだけムズっときただけですから」

 桃香さまの書類整理を手伝う中、瞬間的にむずっときた痒さに耐える間もなく出たくしゃみ。うーん、これは……お嬢様がこの七乃のことでも噂しているんでしょうかね。
 静かな空間での急なくしゃみ……桃香さまが驚くのも無理はありません。
 盛大に驚いてくれたのを見て、小さく心が暖かくなりましたけど……はぁ、退屈です。
 お嬢様も一刀さんも居ないとなっては、このからかう相手の居ない寂しさをどう発散したものでしょう。桃香さまをからかうという手もありますけど、蜀将の怒りを買うのは得策じゃあありませんしねー……。
 からかうのにも命懸けでは、あまりに割りに合いませんからね。
 まったく、孫策さんから逃げるためとはいえ、こうして仕事に集中するしかないなんて……寂しいことですね。お嬢様か一刀さんが居れば、まだ退屈凌ぎにも花が咲くんですけど。

「はぁ〜……必要なことだっていうのは解ってるけど、この量はやっぱり辛いよ〜……。お兄さんも今頃、こんなことしてるのかなぁ……」
「はぁ、そうですねー……曹操さんの仰ることが事実なら今頃、夏侯惇さんに三日毎の地獄の鍛錬を強いられて、街の警備も一切手を抜かず、部下が残した未整理分の書類との格闘、お嬢様の相手、その他もろもろの日々を送ってると思いますけど……代わりたいですか?」
「うううううううん!? うううん!?《ぶんぶんぶんっ!》」

 物凄い勢いで、首を横に振られてますよ一刀さん。

「まあ、するのが書類整理だけならまだ大丈夫ですよ。鍛錬なんて休みたい時に休んじゃえばいいんですから。けど一刀さんの場合ですとー……たとえ鍛錬を休んでも、魏将のみなさんがほうっておかないと思いますしね。警備隊の仕事もあれば、将との付き合いも大事。町人や兵との交流も大事にする人みたいですし、なにより鍛錬をサボるようなことはしないみたいですし」
「うーん……体、壊してないといいけど」

 そういえば一度風邪を引いてましたっけ。
 まあ引いたら引いた時ですけどね。そんな時は次に会う時にでも自己管理について散々とからかってあげましょう。

「ところで桃香さまは、一刀さんが支柱になったら早速抱いてもらうんですかー?」
「ぶふぅっしゅ!? げっほっ! けほっ! こほっ!」

 書類整理をしながら軽く声をかけてみれば、丁度お茶を飲んで休んでいたらしい桃香さまが盛大にお茶を噴き出しました。
 あらら、一部の書類がお茶びたしに。

「なななっ……けほっ! なにを言い出すの七乃ちゃんっ!」
「だってー♪ 支柱になったら出来ることならなんでも聞くという、一刀さんの言葉を聞いて迷うことなく挙手したと聞いてますしー♪ それはつまり、一刀さんを支柱にしないと出来ないなにかがあったんですよね?」
「ふぐっ……そ、それはそのー……」
「今頃はこんな桃香さまも乙女心も知らず、魏のみなさんと肉欲の日々を送っているかもしれないのに、それでも?」
「あ、ううん? 華琳さんの話だと、お兄さんは魏に帰っても誰にも手を出してないんだって。あ……手を出してって言い方、ちょっと失礼だね」
「手を……?」

 出していないとは意外ですね。
 呉で散々と魏のため魏のためと騒いでいたらしいのに。
 なにかしらの心境の変化でもあったんでしょうかね。

「曹操さんはそのことについて、なにか仰ってました?」
「“あの様子だと、支柱になるまで誰にも手を出すつもりはないでしょうね……”だって」

 多分曹操さんの真似なんでしょうけど、キリッと目を鋭くさせて言う桃香さま。
 一言で言うなら全然似てませんね。
 その言葉を言うなら、どちらかといえばキリッというよりも目を伏せながら呆れて溜め息の一つでもついているところでしょうに。

「その口調からすると、曹操さんはそれでもいいと?」
「あ、あはは……“あの一刀がそれを我慢するほどの覚悟なら、逆に見物だわ”って言ってたよー? 私、魏でのお兄さんがちょっと想像できないよ」

 それはまあ、確かにそうですね。
 女と見れば手を出す、魏の種馬、節操無し、噂だけなら随分と聞きましたけど……帰ってきてからの噂の御遣いさまは、女性と仲良くしようとはしますけど男性とも仲が良いですし。
 どちらかといえば艶っぽい話から、わざと自分を遠ざけようとしている感がありましたしねー。

「やっぱりあれですかね、立たなくなっちゃったんですかねー」
「立た……? なにが?」
「いえいえなんでもありませんよ。曹操さんは他にはなんと?」
「うん。おかしいなーとは思ったんだけど、それぞれの将にお兄さんに抱かれる気があるのなら好きにするといいって。それ聞いた時、あ、あっ、抱かれるとかは別のお話だけどねっ!? えと……なんだかお兄さんばっかり華琳さんのことが好きみたいで、やだなぁって」

 ふむふむ。

「つまり一刀さんばかりが曹操さんに夢中で、逆に曹操さんは一刀さんを三国の種馬に宛がおうとしているのがなんとなく気に食わないと」
「うっ……やっぱりそうなのかなぁ。お兄さんの気持ちばっかり空回りしてるみたいで、少しだけもやもやしちゃって」

 はぁ、と溜め息を吐いて、濡れた書簡を拭い終える桃香さま。
 うーん、少し考えすぎな気もしますけど……ようするに嫉妬でしょうかねー。曹操さんばっかりそんなに思われていてずるいーといった感じの。自覚はないみたいですけど。

「まあいいじゃないですか。そうなったらそうなったで、きちんと好きな相手と結ばれてゆくゆくは子を生せるんですから」
「うん───ってわぁああっ!? ななななに言ってるの七乃ちゃん! わたっ、私はただお兄さんのっ……じゃなくて華琳さんのことでっ!」
「それとも見知らぬ誰かと国のために結ばれて、子供を産みたいですか?」
「それはっ…………嫌だけど……」
「今の一刀さんもきっとそんな心境ですよ。支柱になるために立ち上がったのにいつの間にか大陸の父の話が纏まっていて、しかも愛する華琳さんがそれに賛成。あくまで友達として手を繋いできた私達に種を提供する、ある意味本当の種馬状態になりつつあるんですから」
「───あっ……」

 実際に、私たちがこうして楽しく騒ぐよりもよっぽど考えていると思いますけどね。

「私……お兄さんの気持ちとかあまり考えないで、燥ぎすぎちゃったのかな」
「そうかもしれませんけど、そういうこともきっと一刀さんは考えてますよ。あれで無駄に人の心はほうっておかない人ですしね。にぶいくせして」

 自分ばかりで散々悩んで、出来るだけ誰かが傷つかない道を選ぶような人。
 蜀に居る期間だけで、そんなことは軽く理解できるほどのお馬鹿さんを見ましたし。

「そうですねー……よく知りもしない誰かに抱かれて心から望まない子を宿らせるくらいなら、もし私たちが望んでくれるのなら俺が〜……と、そんな風に思っているんじゃないでしょうかね、あの困った人を見捨てられないお馬鹿さんのことですから」
「………」
「それで桃香さまは実際どうなんですかー? よく知らない誰かの子に蜀の次代を任せるのか。それとも一刀さんと結ばれて産まれた子に次代を───」
「…………あの。もしも、もしもだけど。もしその……えと。私がそう望んだら、お兄さんは受け容れてくれると思う?」
「まあ最初は絶対におろおろと戸惑うでしょうけどね。ですけどぉ……真摯な気持ちには応える人ですよ。それが、私がお嬢様を任せるほどには見極めた、一刀さんの人間性ですから」
「───……そっか。うんっ、そっかぁ〜っ!」

 私の言葉なにかしら納得出来たのか、胸の上で指を絡めて満面の笑みを浮かべる桃香さま。初々しいですね〜、花も恥らう乙女って感じです。
 さてさて、これで支柱の話も多少の加速を見せるでしょうし、一刀さんの慌てふためく顔が目に浮かびます。本当にもう受け容れきっているのなら、こんな加速なんて望むところでしょうけどね。

「それじゃあ残りの書類も片付けちゃいますか〜」
「うんうんっ、やっちゃおー!」

 軽く促してみれば、やる気充実といった風情で筆を手にする桃香さま。
 私も多少はからかえましたし、少し頑張っちゃいますか。




-_-/一刀

 ……ぶるるっ!

「うぃいっ!?」
「? なに? どうかした? 一刀」
「えっ……いや、今言い様のない悪寒が走って…………なんだろ」

 なんだかより一層に覚悟を決めて、さらに頑張らないといけないような何かを感じたような……なんだろ。
 ま、まあいいや、とにかくこれからの三国連合に向けての活動内容、美羽が歌うにしても誰が楽器を扱うかをきっちり話し合おう。せっかくこうして時間を取ることが出来たんだから、出来るだけ纏められるように。

「で、楽器のことだけど───」
「もう一刀がやるしかないんじゃない? だってあのちんちくりん、一刀にしか懐いてないし」
「え? 俺?」
「そうだよねー。あの子が居るから迂闊に夜這いに行けないな〜って、みんな言ってたし」
「みんな!? みんなって誰!?」
「ち、ちぃじゃないわよっ!? ちょっと姉さんっ、急になに言い出すのよっ!」
「はぁ……そもそもどれだけ言っても、都合上夜這いは無理よ、ちぃ姉さん」
「ちぃじゃないったら!」

 ……あ、ああ……うぅんと……まあその、いろいろな葛藤があったらしい。
 確かに思春がついてくるようになってからは思春が、美羽と知り合ってからは美羽と寝ているから、誰かが侵入してきた〜なんてことは一度しかなかった。その一度っていうのも桂花だったし。
 それに地和の言う通り、美羽は俺にばっかり懐いている感がある。というかそうらしい。なもんだから、必然的に美羽関連の話は俺に向けられることとなり、今現在もまあこうなるんじゃないかとは軽い予想はついていた。
 しかしそうなると、警邏に鍛錬、書類整理に楽器練習、みんなとの時間も取りたいし、稟の妄想をなんとかすることとかも考えなきゃいけないし……ワーオ、さらに時間が無くなる。が、それこそ“しかし”だ。悩んで時間を潰すくらいなら、やってみせましょ男の子。

「よし引き受けた!」《どーーーん!》
「えぇえっ!? え、あっ……〜〜〜っ……か、一刀がいいって言うんだったら、そりゃあ夜這いのひとつくらい───ってさっき自分でそういうことはしないって言ってたじゃないの!」
「え? えと……なんの話だ? 俺はただ、楽器の話を引き受けるって───え?」
「え?」
『………』

 地和と顔を見合わせ、停止。
 えーと……なんの話だったっけ? 美羽の楽器の話をしていて、懐いてるって話になって、何故か夜這いの話が───ちょっと待て! じゃあなにか!? 今俺、夜這いを引き受けようとかそういうことを言ったと思われてる!?

「いやいやいやいや違うぞ!? 夜這いを引き受けるとかじゃなくて楽器の話をだなっ! 大体そもそもが楽器の話をしてたのに、どうして夜這いの話が主体になってるんだよ!」
「相手がぁ、一刀だからじゃない?」
「天和さん、あなた暖かな笑顔でそんな……」

 乱世の中でしみついた種馬の印象は、そう簡単には消えなさそうだった。
 そういう認識が染み付いているからこそ、民に“将の体が目当てで支柱になるんじゃないか”とか思われないために、自分を律しようと思ったんだけどなぁ……誰にも言ってないけど。霞あたりなら“あっはっはっはっはぁ、今さら何ゆーとんねん”ってばっさり斬りそうだし。
 だからこれは自分との根競べと意地みたいなもんだ。みんなには悪いけど、協力してもらおう。

「それじゃあ夜這いの話はここまでにして、一刀さん」
「お、おう?」

 こほんと咳払いをした人和が姿勢を正すように座り直し、さらにかけていた眼鏡を直して俺を見る。急に改まれると、結構戸惑うな……。

「楽器のことだけど、経験は?」
「楽器? ああ、小さい頃にハーモニカとかリコーダーを吹いた程度」
「はー……も? ……ごめんなさい、天の楽器じゃなくて、ここの楽器の経験の話なんだけど」
「あ、そか」

 ここの楽器の話か。
 経験って訊かれたから自分の楽器経験を素直に話したものの、自分で言っててハーモニカは随分と懐かしいと感じた。

「楽器の経験はないな。中国───じゃなかった、大陸の楽器っていったら二胡とか古筝(こそう)だっけ?」
「それだけじゃないけど……大体は」
「そか。前に美羽が歌ってた時は七乃が何かを弾いてたんだよな? どんな楽器を使ってたんだ?」

 それが解れば俺も美羽に合わせやすいと思うんだが……考えてみれば楽器の類は練習経験もそうない。及川あたりならギターに夢を抱いてショーウィンドウの前で目を輝かせてるイメージがあるけど、生憎と剣道も中途半端、それなりの実力しかなった俺だ。“楽器が得意である”なんてステキなスキルは存在しない。

「二胡……だった気がする。いろいろと余裕の無いやりとりをしていたから、楽器までは」
「余裕のないやりとりって……? あ、あー、まあいいか。そこらへんは美羽に訊いてみるよ。問題はその楽器がいくらくらいするのかだし」

 この世界の知識が欲しくて、戻った天でいろいろ調べた経験はあるにはある。その中には当然、楽器のこともあったわけだ。そうじゃなかったら古筝なんて名前を知っているはずもない。
 しかしながら……お値段はとてもとても高いところにあったと記憶する。
 贅沢を言わなければ黒檀木刀ほどはいかないものの、同じ黒檀を使ったものだと……お、同じくらいしたっけなぁ……?

『………』
「そこで黙らないで!? むちゃくちゃ怖いから!!」
「あぁっ、なんだったら一刀が作ってみるとか」
「や、だから天和さん? あなたそんな、眩しい笑顔でなんてことを」

 作れと言いますか。
 確かにそれなら材料を自分で集められればよっぽど安いだろうけどさ。せっかく作った蜂の巣箱をガラクタ呼ばわりされた俺にそれを言うか。

「だーいじょーぶ大丈夫〜っ。あんなの糸張って、同じく糸で弾けば音が鳴るんだから」
「いきなり投げっぱなすなよっ! 目がそれじゃあ無理だって明らかに語ってるだろ!」
「だってちぃたち歌専門だもん」
「楽隊はきちんと雇っているし」
「安くないけどねー。あ、じゃあ一刀が楽器を使えるようになったら、楽隊さんに頼まなくても済むかもしれないねー♪」
「たった一人にどれほどの楽器を扱えと言いますか、天和さん」

 今さらだけど、あれ? なんか三人とも少し怒ってない?
 や、理由はなんとなくどころか解ってはいる。いるから敢えて話題には出さないようにしている。話が本当なら、天和言うところの“みんな”が、美羽が居るからこそ思うように俺に会いにこれなかったなら、美羽が居ないところ。つまりはこういうところでならと考えたりもしたんだろう。
 なのに俺自身がそれを拒んじゃあなぁ。

(………)

 理由が違ってたらただの自意識過剰男だな、俺。はは……気の所為気の所為。睨まれてなんていないさきっと。

「それでさ、気になったんだけど……今度の三国が集まる日はいつなんだ?」
「一刀さんが帰って来る前までは一月に一度。帰ってきてからは、一刀さん自身に各国でやらなきゃいけないことが出来たから、学校の話や民の沈静が終わるまでは普通に過ごしましょうって話になったの」
「え……そうだったのか?」

 初耳なんだが……え? 俺が原因なの?
 そりゃあ、他国に民を鎮めに行ってるのに、そこに他国のみんながなだれ込んでのどんちゃか騒ぎをすれば、沈静化どころの話じゃなくなる。
 蜀にしたって学校の話を纏めようって時になだれ込まれてもなぁ。
 なるほど、そう考えてたからこその現在か。

「あれ? そうなると、各国での用事も済んだ今、そろそろ……?」
「ま、そろそろでしょうね。その時はちぃたちが他国のみんなも驚かせちゃうくらいにいい歌を歌っちゃうんだからっ」
「うん、お姉ちゃんも頑張っちゃうねー♪」
「燥ぎすぎて歌を間違えたりしなければいいけど……」
「あ、それは俺も不安……」

 二人同時に溜め息を吐いた。
 地和と天和はそんなことはしないと断言するものの、その自信がどこから来るのかって考え出したら、逆に不安を煽ることにしかならなかった。

「じゃあ、今度の公演は三国連合の時ってことでいいか?」
「もっちろんっ」
「お客さんの数は少ないけど、相手が各国の王や将だから……普段よりも緊張するのは確かね」
「れんほーちゃん? 緊張なんかしちゃうより楽しんじゃえばいいんだよー?」
「そうだな。いろいろ準備したのに三人が楽しめないんじゃ意味がない」
「それはもちろんだけど、緊張も必要なものでしょ?」

 まあ……天和と地和が燥ぎまくる分、せめて一人でも冷静な人が居ないと大変なことになる。そんな“大変”って光景が目に浮かぶようだよ。で、いっつも苦労を背負うのはその“冷静な人”なわけだ。
 俺と人和は無言でキュムと手を繋ぐと、やはり長い長い溜め息を吐いた。
 頑張りましょうとも、次の三国連合まで。仕事も鍛錬も楽器のことも、全力で。
 ただ、事務所を出る時に念を押すように心配された。自分ではすっきりしたつもりだったのだが、どうにも顔色が悪いらしい。
 これで無理して倒れたりしたらそれこそ本末転倒だ。
 三人の忠告をありがたく受け取り、休める時は思い切り休もうと心に決めた。
 手始めに、食いっぱぐれた朝餉の代わりに昼餉を食べて、一息ついたら美羽と一緒に昼寝でもしようか。せっかくの非番なんだし、心置きなく。
 誰かしらの乱入を受けそうだけど、そうなったらそうなった時だな、うん。




ネタ曝しは……あったような。なんでしたっけ、えーと。  *わ゙ーーーーお゙!!?  世紀末リーダー伝たけし、トリコなどの島袋氏の漫画より。  61話をお送りします。  61話を書いている途中、知人から「そういえばエロ要素が足りないっぽいこと書かれてたよ」とのメール。  エ……エロ要素!?と戸惑いましたが確かにエロは無いですね。  ここの一刀くんには勝手な理想を押し付けまくってますからね……もし今からエロスに突入するとして、えー……と。鍛錬どころじゃなくなる気が。むしろごめんなさい、エロスはきっちりと書いたことがございません。  呉での穏の倉のアレもミギャアアアと苦しみながら書いたくらいです。  ここここういうのはまずはててて手を握ってからこここ交換日記をデスネェィ!?  ええ、そこまではいきませんが、書くのはとても苦手です。  興味はあったものの、いざ書いてみると、えーとほら、なんでしょ。  自分がおなごに「あーん」とか「らめぇ」とか言わせてるのを読み返してみると、ふと妙に冷静になってしまって「あ、あれ……? 俺、なにしてるんだろ……」ってしみじみ思ってしまうような……ほら。ねぇ?  知人に言わせれば、一刀が華琳を正面から泣かせた話のほうがよっぽどムズムズしたそうですが……そうかなぁ? 普通ですよね? 僕の感覚がおかしいんでしょうか。  関係ない話ではありますが、オリジナルを書いている途中に一度、たった一度だけエロスを書いてみたことがあります。  結果は……アレです、上記の通り。なんだか妙に冷静になってしまい、そんな経験が中井出のエロスを消しました。(丁度サマーデイズウィンドを書いている時)  あとは……47話目が見れないとの注意文が来たとか。  一応こちらではPC、携帯電話ともに、URL二つとも閲覧可能でした。  丁度メンテナンスでも開始したのでしょうか……うーん。  ではまた次回で。だらだらとやらずにと書いたくせに、どうも上手く纏められないでおります。  精進あるのみです。 Next Top Back